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2024/05/16 15:12 |
易 し い ギ ル ド 入 門 【14】/シエル(マリムラ)
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【14】』 
   
               ~ 芝居放棄 ~



場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル
NPC:パリス イルラン
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「ああ、やはり運命だ!」

 隠れようとしたシエルを目聡く見つけると、足早に近づいてイルランは言った。

「コレをどうぞ。あなたに似合うと思って、つい買ってしまいました」

 イルランに差し出された大輪の白百合は、食堂のどの匂いも押しのけるほど強い香
りを放っていた。シエルはこの男を花束ごと風で吹き飛ばしたくなったが、眉間に深
く皺を刻むことで何とか自制。こんな調子ではあまり保たないだろうが、今暴れるわ
けにもいかないという苦渋の選択だ。一体何処までこの男は邪魔をするのか……。

「今度こそ名前を」

 イルランの言葉に、食堂のどこかから冷やかしの口笛が響いた。シエルがキッと横
目で睨むと、冷やかした青年はコソコソと逃げるように去っていく。それを一瞥し、
同じ様な調子でイルランを睨み付けたが、逃げる代わりに嬉しそうな笑顔を向けてき
た。

「迷惑だからやめて」

 イライラを隠そうともせずにシエルは言い放つ。しかし、イルランはめげない。

「あなたの事が頭から離れないんです」

 純粋なエルフは、左右の均整の取れた神秘的な外見をしている……そう聞いたこと
があったが、こんなに目をキラキラさせて神秘も何もあったモンじゃない。細いとい
うより薄い体躯は貧弱で、どうやらエンジュよりも少し背は低そうだった。

「私は興味を持たれることが凄く不本意だわ」

「人の言葉では『嫌よ嫌よも好きのうち』というのでしょう?」

「本気で嫌なのがわからない!?」

「ああ、怒った顔も魅力的ですね」

 どうしよう、話が通じない。会話が成立しない理由を文化の違いで済ませていいの
もなのかすらわからない。異常事態だ。

「アナタはもっと人の感情表現を学ぶべきだわ」

 シエルの冷たく突き放したような皮肉は、当然のように通じない。イルランは嬉し
そうに微笑むとゆっくりと頷いた。

「仰る通り、私はまだまだ未熟な若輩者です。でも、人の寿命が我々に比べとても短
いことは知っています」

 ああ、話が明らかにズレている。

「だから、少しでもあなたと一緒に過ごせるよう、あなたから色々学ぶのが論理的だ
と思います。私に色々教えてくれませんか?」

 だーかーらー。勘弁して下さい。そんな論理飛躍は聞いたことがありません。全く
もって非論理的に聞こえます。って、こっちの感情棚上げとは何事だ!?

 シエルが怒りに肩を震わせ始めた頃になって、始めてパリスが動きを見せた。間に
立ち塞がり、イルランを見下ろしたのだ。

「君、彼女が迷惑だと言ってるだろ? 僕を無視して話を進めないでくれ」

 シエルは「遅いっ!!」と思うだけでなんとか口に出さずに済んだ。
 存在を忘れられるほどの遅い登場なんて必要ない。目の前の女が口説かれているの
に放っておく男なんてアンジェラに振られてしまえばいい。だが、一応は仕事。しか
もギルドランクやら諸々の都合もあって放り出すわけにもいかないのだからイライラ
は募る。

「きみは彼女の何なんですか。私は彼女と話をしている」

 イルランは意外なほどクールにパリスを見上げた。さっきの目を輝かせた姿からは
別人のようなその態度に、思わずパリスも怯む。

「彼は結婚相手よ。もう関わらないで」

 シエルが出した助け船は「誰の」を指す重要な単語が意図的に抜かれていた。もう
半ば芝居自体がどうでもよくなっていたシエルにとって、イルランが早く去るのな
ら、依頼人だろうがギルドの仕事だろうが利用できるモノは全て、道具以外の何でも
ない。

 さて、驚いたのはパリスの方である。打ち合わせには「学院内で周囲に親密さを見
せつける」→「親に報告」という流れしかなかったのだから。

「と、とりあえずそういうことだから!」

 パリスの口から苦し紛れに出た言葉はそれだけで。イルランが顔をしかめた。

「……本当に彼と結婚するつもりですか?」

 コレはやめた方が……と言いたいのは分かる。凄くよく分かる。シエルも心からそ
う思っていたから、一拍おいて、返事の代わりに重々しく頷いた。
 頷きは幸か不幸か質問に対する肯定と取られ、イルランの眉間に深い皺を刻む。

「では……」

 イルランはガサゴソと懐を探ると、取り出した白く薄い手袋を握りしめ……

「決闘です。彼女は私にこそ相応しい」

 パリスに投げつけたのだ。シエルは深い深ーい溜息を吐いた。




 イルランがパリスに何やら決闘のルールなるモノを説明し始めたので、シエルは黒
い頭巾を取り出し、おもむろに被り始めた。アッという間に分かり易い不審者の出来
上がり。ギャラリーの中にどよめきが広がる。

「あ……どこへ」

 イルランが気付いて声を掛けるが、シエルの返事は行動を伴ったモノだった。

「帰るの。さよなら」

 返事と一緒に歩き出す。顔を隠すと何でこんなに胡散臭くなるのだろうか。全身黒
づくめのシエルが歩くと、皆が一歩引いて道を空けた。

「待って!」

 イルランが後ろから声を掛けるが、シエルは無視。私は何も聞こえない、私は何も
聞こえない……と頭の中で反芻しながら、徐々に歩速も上がって行く。
 慌てて走ってきた彼の持つ強い香りに阻まれ足を止めたのは、建物を出てすぐだっ
た。

「突然の話で驚かせてしまって申し訳ない。でも、顔を伏せても尚、気高さを失わな
いこの花を一目見て、まるであなたのようだと、どうしてもあなたのことが知りたい
と改めて思ったんです。……花に罪はありません。是非受け取って下さい」

 頭を垂れて差し出される花束。なんかもう受け取らないと帰れないんじゃないかと
思う気持ちと、受け取ると縁が切れないんじゃないかと思う気持ちとの狭間で心が揺
れる。揺れすぎて船酔いを連想して、本気で気持ちが悪くなってくるくらいに。

「……シエルさーん!もう帰ってしまうんですかー!?」

 恐らく呆気にとられていたのだろう、遅れて走ってきながらパリスがそう声を掛け
た。

「こんの……バカ!」

 芝居なんてもう頭になかった。精一杯の大声で罵声を浴びせると、風を呼ぶ。

「<クードヴァン>!」

 風に乗ってアッという間にシエルが去ると、何故怒鳴られたのか分からないパリス
と、花束を抱きしめるイルランが残された。

「シエル……素敵な名だ」

 そう呟くと、イルランはウットリと空を見上げる。空には白い月が浮かんでいた。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「あーっもう、やってらんないわ!」

 エンジュが宿に戻ると、珍しくシエルが酒を飲んで荒れていた。風に乗って先回り
したとはいえ、既にビンが転がっているところを見ると相当なペースで飲んでいたら
しい。

「ちょ、ちょっと、どうしたのよシエル……」

「パリスはダメよ。全然ダメ。分かれた方がアンジェラの為よ、きっと」

 赤い顔で眼は虚ろ、机に上半身を投げ出しながらも酒の入ったグラスはしっかり握
っているシエル。いつもは静かに飲むのを知っているだけに、初めて見るその醜態に
ただ驚く。仕事が上手くいかなかったのかもしれないが、それだけが荒れている理由
だろうか?

「何か、あったのね?」

 パリスがシエルに手を出したのかと眉をひそめるエンジュに返ってきたのは、眉間
にもっと深い皺を刻んだシエルの意外な返事だった。

「……話の通じない馬鹿エルフ」

「なぁんですって!?」

 軽口を叩くことはあっても、こんなに心底嫌そうに暴言を吐いたことは今までに一
度もなかったはずだ。ただただ驚くエンジュの肩にもたれかかるように、シエルが小
さな小さな声で呟いた。

「……助けて」

 シエルの肩は小刻みに震えていた。事情が分からないまま、エンジュはシエルの頭
を優しく撫で続けた。

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2007/02/12 17:05 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門

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