PC:ヴォルボ ウェイスター
NPC:ウォダック(テスカトリポカ)
場所:イヴァノフォールドの一農村
+++++++++++++++++++++++++++++
二人は唖然としていた。目の前のウォダックことテスカトリポカの言葉から察する
に、この男が、村を破壊したのだろうが、流石にそんなことは信じられない。自然災
害か戦争に巻き込まれたかのように無残な姿の村。それを、このやせた、背の丸い男
がやってのけたというのだろうか。確かにこの男にはテスカトリポカの力が宿ってい
るらしい。
しかし、だ。
「どうした?そんなマヌケな顔なんかしちゃってさ。」
ウォダックは、宙に浮いたまま二人に近づいてきた。勿論、この男に羽根があるわけ
ではないし、何かの器具が取り付けられているわけでもない。宙に浮いている理由が
無い。それなのにウォダックは平然と宙で歩みを進めているのである。多分、一介の
宗教家であれば彼を神の使いとあがめるだろう。それほどに神秘的な歩みだった。
ふぁさっ…
ウォダックはヴォルボの髭を一撫でし、不気味な笑みを浮かべる。まだ、浮いたまま
だ。
「今夜は野宿になるね。風邪なんかひかないでね。」
二人は、動けなかった。
「じゃあ、また。」
すぅっと消えるウォダック。神がかりにもほどがある。
二人は汗が顔を伝い、あごのところでたまり、ぽたりと落ちる。その汗が乗っていた
馬の首を伝い、さらに地面に落ちるまでの時間、呼吸をすることさえ忘れていた。
ようやく我に返ると、肩で息をし、あたりを見回す。そうだ、村が壊滅状態にあった
んだ。思い出す。
火事も起こっているし、瓦礫の下から人を運び出したりしなければならない。そう
だ。そうだ。忘れている場合でない。ウォダックがどうあれ、とにかく今は人命救助
が第一だ。ウェイスターとヴォルボはお互い見合って、行動を開始した。まずは、火
事を消しにかかる。幸い井戸は無事で、手早く水を運び小火は鎮火。火災は初期消火
がものを言うのだ。休むまもなく、次々と瓦礫の除去のかかる。二人は額に汗して懸
命にどかすも、すでに絶命しているものも少なくなかった。小さな村とはいえ、結構
な人口だ。その全てを助けられるほど二人は万能ではなかった。
と、すればやはりウォダックは神がかり的だ。二人が懸命に働いても救えないだけの
命をいともたやすく消し去ったのだ。
「くそ…ッ。」
やけくそになりながら瓦礫をどかす。やりきれない無力感を誤魔化すために。
がしゃ
がしゃ
がしゃ
ウェイスターは、瓦礫をどかしながら、その奥にある赤子の鳴き声が聞こえなくなる
のを聞いた。
ヴォルボは、けが人に包帯を巻きながら、その人の命が消えていくのを感じた。
がしゃ
がしゃ
がしゃ
ウェイスターは、瓦礫に左腕を挟まれた男を見た。男は、必死にあがくも、どうやら
腕は外れないようだ。瓦礫をどかそうとウェイスターは思い、力を込めるがびくとも
しない。ウェイスターは、男の左腕を断ち切り、瓦礫の下から引っ張り出した。男は
何故腕を切ったのかと、ウェイスターをにらみつけた。
ヴォルボは、焼け落ちる寸前の家から女性を助け出した。その女性は言う。中には子
供がいるそうだ。だが、家はもう崩れる寸前だった。女性は再び家に戻ろうとする。
ヴォルボはそれを引き止めた。女性は行かせてくれ、と哀願する。それでも、きつく
引き止める。女性は言った。子供を見殺しにしてまで生きる理由はない、と。それで
も…引き止めた。
がしゃ
がしゃ
がしゃ
夜も更け、月が真上に来るころ、ようやく村は静かになった。すすり泣く人々の声以
外、ろくに聞こえなくなっていた。
ウェイスターは顔を伏せながら、小さく言った。
「先を急ごう。」
「…そうですね。」
ヴォルボもまた、小さく答えた。
一刻一秒でも早くテスカトリポカを討たなければならない。だが、勝てるのだろう
か。村一つを簡単に屠る悪魔に。邪滅の剣とやら本当だとして、それだけで勝機が訪
れるのだろうか。
二人は、暗い気持ちのまま馬を走らせた…。
NPC:ウォダック(テスカトリポカ)
場所:イヴァノフォールドの一農村
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二人は唖然としていた。目の前のウォダックことテスカトリポカの言葉から察する
に、この男が、村を破壊したのだろうが、流石にそんなことは信じられない。自然災
害か戦争に巻き込まれたかのように無残な姿の村。それを、このやせた、背の丸い男
がやってのけたというのだろうか。確かにこの男にはテスカトリポカの力が宿ってい
るらしい。
しかし、だ。
「どうした?そんなマヌケな顔なんかしちゃってさ。」
ウォダックは、宙に浮いたまま二人に近づいてきた。勿論、この男に羽根があるわけ
ではないし、何かの器具が取り付けられているわけでもない。宙に浮いている理由が
無い。それなのにウォダックは平然と宙で歩みを進めているのである。多分、一介の
宗教家であれば彼を神の使いとあがめるだろう。それほどに神秘的な歩みだった。
ふぁさっ…
ウォダックはヴォルボの髭を一撫でし、不気味な笑みを浮かべる。まだ、浮いたまま
だ。
「今夜は野宿になるね。風邪なんかひかないでね。」
二人は、動けなかった。
「じゃあ、また。」
すぅっと消えるウォダック。神がかりにもほどがある。
二人は汗が顔を伝い、あごのところでたまり、ぽたりと落ちる。その汗が乗っていた
馬の首を伝い、さらに地面に落ちるまでの時間、呼吸をすることさえ忘れていた。
ようやく我に返ると、肩で息をし、あたりを見回す。そうだ、村が壊滅状態にあった
んだ。思い出す。
火事も起こっているし、瓦礫の下から人を運び出したりしなければならない。そう
だ。そうだ。忘れている場合でない。ウォダックがどうあれ、とにかく今は人命救助
が第一だ。ウェイスターとヴォルボはお互い見合って、行動を開始した。まずは、火
事を消しにかかる。幸い井戸は無事で、手早く水を運び小火は鎮火。火災は初期消火
がものを言うのだ。休むまもなく、次々と瓦礫の除去のかかる。二人は額に汗して懸
命にどかすも、すでに絶命しているものも少なくなかった。小さな村とはいえ、結構
な人口だ。その全てを助けられるほど二人は万能ではなかった。
と、すればやはりウォダックは神がかり的だ。二人が懸命に働いても救えないだけの
命をいともたやすく消し去ったのだ。
「くそ…ッ。」
やけくそになりながら瓦礫をどかす。やりきれない無力感を誤魔化すために。
がしゃ
がしゃ
がしゃ
ウェイスターは、瓦礫をどかしながら、その奥にある赤子の鳴き声が聞こえなくなる
のを聞いた。
ヴォルボは、けが人に包帯を巻きながら、その人の命が消えていくのを感じた。
がしゃ
がしゃ
がしゃ
ウェイスターは、瓦礫に左腕を挟まれた男を見た。男は、必死にあがくも、どうやら
腕は外れないようだ。瓦礫をどかそうとウェイスターは思い、力を込めるがびくとも
しない。ウェイスターは、男の左腕を断ち切り、瓦礫の下から引っ張り出した。男は
何故腕を切ったのかと、ウェイスターをにらみつけた。
ヴォルボは、焼け落ちる寸前の家から女性を助け出した。その女性は言う。中には子
供がいるそうだ。だが、家はもう崩れる寸前だった。女性は再び家に戻ろうとする。
ヴォルボはそれを引き止めた。女性は行かせてくれ、と哀願する。それでも、きつく
引き止める。女性は言った。子供を見殺しにしてまで生きる理由はない、と。それで
も…引き止めた。
がしゃ
がしゃ
がしゃ
夜も更け、月が真上に来るころ、ようやく村は静かになった。すすり泣く人々の声以
外、ろくに聞こえなくなっていた。
ウェイスターは顔を伏せながら、小さく言った。
「先を急ごう。」
「…そうですね。」
ヴォルボもまた、小さく答えた。
一刻一秒でも早くテスカトリポカを討たなければならない。だが、勝てるのだろう
か。村一つを簡単に屠る悪魔に。邪滅の剣とやら本当だとして、それだけで勝機が訪
れるのだろうか。
二人は、暗い気持ちのまま馬を走らせた…。
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PC:ヴォルボ ウェイスター
NPC:吟遊詩人の男
場所:一農村~ガイス(廃村)
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
「とりあえず、ガイスに向かいましょう」
取り敢えず、ヴォルボはそう提案した。
いつまでもこんな破壊された農村に拘っているわけにはいかない。二人に
は、時間が無いのだ。今にも、彼等が敵としているウォダックの身体に憑依し
たテスカトリポカが、破壊の限りを尽くさないとも限らないのだ。事実、目の
前で村を一つ壊滅させられた。地獄を見た、気がした。何の罪も無い人々が、
突然の災害に巻き込まれて死んでいく様をこの目に焼き付けられてそして、自
分達は何の力も無いことを思い知らされた。助けられる命を助けられなかっ
た。その事を悔やんだが、悔やんでも悔やみきれなかった。涙をいくつ流した
だろう。
瓦礫に埋まっている人々を見て回ったとき、まだ助けられる人もいた。
だが、助けられなかった。
子供が燃え盛る火の海の中に置き去りにされていた時、母親の悲痛な叫びを
聞いた。
だが、救助することが出来なかった。
瓦礫の中で一つ一つ消えていく命の灯火達に、何もしてやることが出来なか
った。
だが、悲嘆にくれることならいつでも出来る。自分達はこれから先の事を考
えて、行動しなければならないのだった。
だから。
だから、ガイスに向けて旅立たねばいけなかった。
ガイスの先にある、受刑都市ジュデッカに向けて。
更に歩を進める二人であった。
*□■*
馬車を失って歩くしかないからから、だから時間がかかる。しかし、道が平
坦で無くなってしまったから、馬車がもし無事でも結局歩くしか選択肢は無い
だろう。道は地割れに喰われていた。巨大な顎[あぎと]に喰い付かれた様に、
そこかしこに亀裂が走り断層が見えるくらいに地面に高低差が出ている。あい
にくここは山道ではないので、砂礫で道が塞がったり土砂災害が発生したりす
る事は無かった。だが、先程起こった地震の被害は尋常じゃない。この分だと
ソフィニアも無事かどうか甚だ疑問だ。
兎も角、当初予想していた時間より大幅にずれて、二人はガイスに辿り着い
た。
ガイスに辿り着ければ暖かい食事とベッドが待っていると思っていたのだ
が、そこで二人が遭遇したのは村の閉鎖と言う絶望だった。
人っ子一人とていない。
村は瓦礫の山と化していた。
「酷いな。誰がこんな事を……」
少なくとも半日前に起こった地震が原因とは思えなかった。
ここ数日間で出来た瓦礫の山ではない。少なく見積もっても半年前からこの
状態だったに違いない。瓦礫の山には、年月を想起させる様な塵と埃が積もっ
ていた。
瓦礫の山と山の間に、いまだ無事な姿を佇んでいる家屋が所々見え隠れす
る。それらも例外なく、人が住まなくなって久しい廃屋だ。その廃屋を一軒一
軒見て回りながら、ヴォルボは感慨深げな眼差しをして地図を取り出した。そ
の地図にはギルド公認の証である印が押してあったが、その印も色褪せていて
何処と無く歳月を思わせた。
「ボクは、数年前の地図を見て旅をしていたようですね。ガイスがよもやこん
なことになっていようとは」
直ぐ傍で付き従うように歩いているウェイスターに、言い訳じみた言葉を吐
いてみる。彼は一つ頷いただけで、別に何を喋るでもなかった。「まぁ、そう
気を落とすな」とも、「こんなこともあるさ」とも言ってくれなかった。ただ
無言の内に慰めの言葉を隠しているだけのようだった。
二人が村の中央付近に差し掛かった時、それは起こった。
村の中央に位置する広場に一歩足を踏み入れた途端、ヴォルボとウェイスタ
ーは異変に被われた。突然周囲の情景がぼやけ、霞んだかと思いきや、突如と
して村が復元されたのだ。それは、かつて栄えていた頃の村の面影。かつて人
がこの村で生きていた頃の、それは幻影だった。夢であり、幻であり、現だっ
た。そこには、かつての活気が確かにあった。人々の行き交う息遣いが感じら
れた。再現された家々からは、立ち上る煙が見えた。市場には売り買いの声が
響いていた。
生き返った村を見て、訝しんでお互いに見合う二人。二人の頭の中を、クエ
スチョンが飛び交っていた。
と、そこに何処からかか細い男のような歌声が聞こえて来た。
二人の耳にはたった今届いたかのようだが、村が復元した当初からそれは鳴
り響いていた。
「嗚呼夢は潰え
そして幻となり消える」
「? 歌が聞こえる……」
歌の聞こえてくる方を見遣ると、一人の男がハープを片手に詩を歌ってい
た。
男は一言で言うと、美麗だった。端麗な顔立ちに大きな眼が印象的だった。
緑色の瞳を空に括りつけて、余り大き過ぎない薄い唇で歌を口ずさんでいる。
瞳の色と同じ色の髪の毛は長く、腰に掛かるほどだった。寒そうな空の下、寒
そうに肌を露出して佇んでいた。纏うは薄布一枚。マントが風に靡いている。
「誰だ?」
男は答えの代わりに、歌で答えた。
「そこは夢の終わるところ
死の淵
そこは常世[とこよ]
死者が戯れるところ」
男が歌う度に、男がハープを奏でる度に、周囲の様子は変わっていった。
先程まで声だけだった活気が、周囲に人々が行き交うようになっていったの
だ。
歌声が弾ける度毎に、弦が弾ける度毎に、人々の影が増えていった。
その村はもう、廃墟ではなくなっていた。死に満ちてはいなかった。
その村は、正に生き返ったのだ。
「な!? これはっ!?」
NPC:吟遊詩人の男
場所:一農村~ガイス(廃村)
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
「とりあえず、ガイスに向かいましょう」
取り敢えず、ヴォルボはそう提案した。
いつまでもこんな破壊された農村に拘っているわけにはいかない。二人に
は、時間が無いのだ。今にも、彼等が敵としているウォダックの身体に憑依し
たテスカトリポカが、破壊の限りを尽くさないとも限らないのだ。事実、目の
前で村を一つ壊滅させられた。地獄を見た、気がした。何の罪も無い人々が、
突然の災害に巻き込まれて死んでいく様をこの目に焼き付けられてそして、自
分達は何の力も無いことを思い知らされた。助けられる命を助けられなかっ
た。その事を悔やんだが、悔やんでも悔やみきれなかった。涙をいくつ流した
だろう。
瓦礫に埋まっている人々を見て回ったとき、まだ助けられる人もいた。
だが、助けられなかった。
子供が燃え盛る火の海の中に置き去りにされていた時、母親の悲痛な叫びを
聞いた。
だが、救助することが出来なかった。
瓦礫の中で一つ一つ消えていく命の灯火達に、何もしてやることが出来なか
った。
だが、悲嘆にくれることならいつでも出来る。自分達はこれから先の事を考
えて、行動しなければならないのだった。
だから。
だから、ガイスに向けて旅立たねばいけなかった。
ガイスの先にある、受刑都市ジュデッカに向けて。
更に歩を進める二人であった。
*□■*
馬車を失って歩くしかないからから、だから時間がかかる。しかし、道が平
坦で無くなってしまったから、馬車がもし無事でも結局歩くしか選択肢は無い
だろう。道は地割れに喰われていた。巨大な顎[あぎと]に喰い付かれた様に、
そこかしこに亀裂が走り断層が見えるくらいに地面に高低差が出ている。あい
にくここは山道ではないので、砂礫で道が塞がったり土砂災害が発生したりす
る事は無かった。だが、先程起こった地震の被害は尋常じゃない。この分だと
ソフィニアも無事かどうか甚だ疑問だ。
兎も角、当初予想していた時間より大幅にずれて、二人はガイスに辿り着い
た。
ガイスに辿り着ければ暖かい食事とベッドが待っていると思っていたのだ
が、そこで二人が遭遇したのは村の閉鎖と言う絶望だった。
人っ子一人とていない。
村は瓦礫の山と化していた。
「酷いな。誰がこんな事を……」
少なくとも半日前に起こった地震が原因とは思えなかった。
ここ数日間で出来た瓦礫の山ではない。少なく見積もっても半年前からこの
状態だったに違いない。瓦礫の山には、年月を想起させる様な塵と埃が積もっ
ていた。
瓦礫の山と山の間に、いまだ無事な姿を佇んでいる家屋が所々見え隠れす
る。それらも例外なく、人が住まなくなって久しい廃屋だ。その廃屋を一軒一
軒見て回りながら、ヴォルボは感慨深げな眼差しをして地図を取り出した。そ
の地図にはギルド公認の証である印が押してあったが、その印も色褪せていて
何処と無く歳月を思わせた。
「ボクは、数年前の地図を見て旅をしていたようですね。ガイスがよもやこん
なことになっていようとは」
直ぐ傍で付き従うように歩いているウェイスターに、言い訳じみた言葉を吐
いてみる。彼は一つ頷いただけで、別に何を喋るでもなかった。「まぁ、そう
気を落とすな」とも、「こんなこともあるさ」とも言ってくれなかった。ただ
無言の内に慰めの言葉を隠しているだけのようだった。
二人が村の中央付近に差し掛かった時、それは起こった。
村の中央に位置する広場に一歩足を踏み入れた途端、ヴォルボとウェイスタ
ーは異変に被われた。突然周囲の情景がぼやけ、霞んだかと思いきや、突如と
して村が復元されたのだ。それは、かつて栄えていた頃の村の面影。かつて人
がこの村で生きていた頃の、それは幻影だった。夢であり、幻であり、現だっ
た。そこには、かつての活気が確かにあった。人々の行き交う息遣いが感じら
れた。再現された家々からは、立ち上る煙が見えた。市場には売り買いの声が
響いていた。
生き返った村を見て、訝しんでお互いに見合う二人。二人の頭の中を、クエ
スチョンが飛び交っていた。
と、そこに何処からかか細い男のような歌声が聞こえて来た。
二人の耳にはたった今届いたかのようだが、村が復元した当初からそれは鳴
り響いていた。
「嗚呼夢は潰え
そして幻となり消える」
「? 歌が聞こえる……」
歌の聞こえてくる方を見遣ると、一人の男がハープを片手に詩を歌ってい
た。
男は一言で言うと、美麗だった。端麗な顔立ちに大きな眼が印象的だった。
緑色の瞳を空に括りつけて、余り大き過ぎない薄い唇で歌を口ずさんでいる。
瞳の色と同じ色の髪の毛は長く、腰に掛かるほどだった。寒そうな空の下、寒
そうに肌を露出して佇んでいた。纏うは薄布一枚。マントが風に靡いている。
「誰だ?」
男は答えの代わりに、歌で答えた。
「そこは夢の終わるところ
死の淵
そこは常世[とこよ]
死者が戯れるところ」
男が歌う度に、男がハープを奏でる度に、周囲の様子は変わっていった。
先程まで声だけだった活気が、周囲に人々が行き交うようになっていったの
だ。
歌声が弾ける度毎に、弦が弾ける度毎に、人々の影が増えていった。
その村はもう、廃墟ではなくなっていた。死に満ちてはいなかった。
その村は、正に生き返ったのだ。
「な!? これはっ!?」
PC:ヴォルボ ウェイスター
NPC:吟遊詩人の男
場所:ガイス?
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
どうなっているんだ?あまりの出来事に二人の思考は凍り付いていた。
見るからに寂れていた廃村が、いつの間にか活気を取り戻した…いや、そんな表現で
は飽き足らない。
何もない荒野に突如としてオアシスが現れたかのよう…。
「…ど、どうなっているんでしょうか…。」
ヴォルボは、事態を必死に理解しようと、辺りを見回し、答えが無いのを予想しなが
らもウェイスターに尋ねた。
「……。」
予想通り、ウェイスターは答えを用意することができなかった。
何がどうなったのか、廃村は、春の木漏れ日漂う和やかな村になっていた。
幻覚?罠?…地図を間違えた?いや、馬鹿な…。
さまざまに思考をめぐらせ、現実に草木に触れ、そのどれもが違うことを確かめた。
「憂き世に漂う 鮮やかな幻 いつの世も 楽園は姿を隠し 暗闇から 世界を照ら
し…。」
なんだかよく分からない歌詞に乗せて、吟遊詩人が歌っていた。
そうだ。この男、ここが寂れていたときから、ずっとそこにいる。
ウェイスターが、視線を向けると、視線に気づいたのか、話しかける気があったの
か、吟遊詩人は顔を上げ滑らかに舌を動かした。
「…君たちは…。紛れ込んでしまったのかな?」
「紛れ込んだ?」
反応したのは、ヴォルボだった。合点がいかない…そんな面持ちで、吟遊詩人に近づ
く。
「そう、紛れ込んだのさ。輪廻の隙間に…。」
「どういことだ?」
まどろっこしい、吟遊詩人の物言いに業を煮やしたのか、ウェイスターも詰め寄って
問い詰める。
「…そう、せかさないでくれよ。…そうだね、例えるならば、ここは生と死の隙間
…。別の世界さ。」
吟遊詩人は、朗らかにそういってのけた。手にしたハープをポロン…と、一撫でし、
満足そうだ。
その姿は陽光を浴び、きらめいていただけに、ウェイスターの癪に障った。
「ふざけるな!!別の世界だと?何を寝ぼけている!…ここがどこか。私はそれを知
りたいだけだ。下らん御託を並べるな!」
大げさな身振りと、彼にしては長い口上。相当、腹が立っているようだった。今にも
胸倉につかみかからんばかりに、怒鳴り散らす。
「まぁまぁ、おちついて…。」
そうなると、ヴォルボは、なだめる役に徹するしかない。しかたなし、ウェイスター
と、詩人の間に割って入り、手をあげる。
「君たちが驚くのも無理はない。君たち、普通の人たちと、この世界はあまりに無縁
だ。」
詩人は、驚いたふうもなく、歌うように言葉をつむぐ。
「君たち…普通の人間が生きるのが、現世…としよう。仮にね。そうすると、ここは
…霊界というのがしっくりくるかな。厳密には違うんだけどね。」
「?」
二人は合点がいかない様子
「生き物は死ぬとどうなると思う?魂…ってヤツ。」
すると 男はいきりたつ
「しるか!ごちゃごちゃと…!!」
連れがなだめる おだやかに
「待ってください!今、説明を聞かないと、いつまでもワケが分からないままで
す!」
男は黙って閉口する
「……むぅ…。」
連れが促す 事の次第…
「さ、続けてください。」
詩人は歌いだす 歌いだす 語りだす…
「魂は死なず、新たな体を与えられる。…神というのかな?神秘の塊だよ。だけど、
体が滅びてからすぐに新しい体用意されるわけじゃない。
つまりここは、新しい体を待つ魂の安息所というわけだ。分かるかな?」
男は口を閉じたまま
「まぁ、そんなことは、どうでもいいんだろ?どうやったら、現世に帰れるか…。そ
れが知りたいんだろ?」
詩人は見透かしたよう
「結論はな。」
「だろ?たまに紛れ込む人がいると、決まってそれを要求するからね。」
「…ということは、いままでにここに訪れた…現世の人がいたわけですね?」
興奮気味のウェイスターは置いておいて、ヴォルボはことの収集にかかった。
「大体の人は、現世に帰るよ。本来ここにくるべきじゃないんだ。この世界が君たち
を拒絶する。…つまり、世界にはじかれ、強制的にもとの現世に戻る。待っていれ
ば、じきに始まるよ。」
詩人は、淡々と言った。今までの浪々とした話かたが急に変わったのを、ヴォルボは
不快に思った。
「では…、このまま待っていればいいんですね?」
「うん。…ただ、君たちが強く望むなら、ここに残ることもできる。さらに言えば、
強く強く願うなら現世に少しだけ変化を与えることができる。」
詩人はまじめな顔をして、ガキっぽい表現をした。
「どういうことだ?」
ウェイスターは、もはや自体を理解する気はなく、流れに逆らわないことにしたよう
だった。それ故に、無駄な言葉は発せず、ただ疑問の声だけを上げた。
「折角だから、自己紹介するね。僕の名はキラミースト・モンス・ミックス。キラで
いいよ。」
「何を急に…。」
「僕は死神だ。」
意味深を通り越して、意味不明な言葉の羅列に、二人はぽかんと口をあけた。
NPC:吟遊詩人の男
場所:ガイス?
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
どうなっているんだ?あまりの出来事に二人の思考は凍り付いていた。
見るからに寂れていた廃村が、いつの間にか活気を取り戻した…いや、そんな表現で
は飽き足らない。
何もない荒野に突如としてオアシスが現れたかのよう…。
「…ど、どうなっているんでしょうか…。」
ヴォルボは、事態を必死に理解しようと、辺りを見回し、答えが無いのを予想しなが
らもウェイスターに尋ねた。
「……。」
予想通り、ウェイスターは答えを用意することができなかった。
何がどうなったのか、廃村は、春の木漏れ日漂う和やかな村になっていた。
幻覚?罠?…地図を間違えた?いや、馬鹿な…。
さまざまに思考をめぐらせ、現実に草木に触れ、そのどれもが違うことを確かめた。
「憂き世に漂う 鮮やかな幻 いつの世も 楽園は姿を隠し 暗闇から 世界を照ら
し…。」
なんだかよく分からない歌詞に乗せて、吟遊詩人が歌っていた。
そうだ。この男、ここが寂れていたときから、ずっとそこにいる。
ウェイスターが、視線を向けると、視線に気づいたのか、話しかける気があったの
か、吟遊詩人は顔を上げ滑らかに舌を動かした。
「…君たちは…。紛れ込んでしまったのかな?」
「紛れ込んだ?」
反応したのは、ヴォルボだった。合点がいかない…そんな面持ちで、吟遊詩人に近づ
く。
「そう、紛れ込んだのさ。輪廻の隙間に…。」
「どういことだ?」
まどろっこしい、吟遊詩人の物言いに業を煮やしたのか、ウェイスターも詰め寄って
問い詰める。
「…そう、せかさないでくれよ。…そうだね、例えるならば、ここは生と死の隙間
…。別の世界さ。」
吟遊詩人は、朗らかにそういってのけた。手にしたハープをポロン…と、一撫でし、
満足そうだ。
その姿は陽光を浴び、きらめいていただけに、ウェイスターの癪に障った。
「ふざけるな!!別の世界だと?何を寝ぼけている!…ここがどこか。私はそれを知
りたいだけだ。下らん御託を並べるな!」
大げさな身振りと、彼にしては長い口上。相当、腹が立っているようだった。今にも
胸倉につかみかからんばかりに、怒鳴り散らす。
「まぁまぁ、おちついて…。」
そうなると、ヴォルボは、なだめる役に徹するしかない。しかたなし、ウェイスター
と、詩人の間に割って入り、手をあげる。
「君たちが驚くのも無理はない。君たち、普通の人たちと、この世界はあまりに無縁
だ。」
詩人は、驚いたふうもなく、歌うように言葉をつむぐ。
「君たち…普通の人間が生きるのが、現世…としよう。仮にね。そうすると、ここは
…霊界というのがしっくりくるかな。厳密には違うんだけどね。」
「?」
二人は合点がいかない様子
「生き物は死ぬとどうなると思う?魂…ってヤツ。」
すると 男はいきりたつ
「しるか!ごちゃごちゃと…!!」
連れがなだめる おだやかに
「待ってください!今、説明を聞かないと、いつまでもワケが分からないままで
す!」
男は黙って閉口する
「……むぅ…。」
連れが促す 事の次第…
「さ、続けてください。」
詩人は歌いだす 歌いだす 語りだす…
「魂は死なず、新たな体を与えられる。…神というのかな?神秘の塊だよ。だけど、
体が滅びてからすぐに新しい体用意されるわけじゃない。
つまりここは、新しい体を待つ魂の安息所というわけだ。分かるかな?」
男は口を閉じたまま
「まぁ、そんなことは、どうでもいいんだろ?どうやったら、現世に帰れるか…。そ
れが知りたいんだろ?」
詩人は見透かしたよう
「結論はな。」
「だろ?たまに紛れ込む人がいると、決まってそれを要求するからね。」
「…ということは、いままでにここに訪れた…現世の人がいたわけですね?」
興奮気味のウェイスターは置いておいて、ヴォルボはことの収集にかかった。
「大体の人は、現世に帰るよ。本来ここにくるべきじゃないんだ。この世界が君たち
を拒絶する。…つまり、世界にはじかれ、強制的にもとの現世に戻る。待っていれ
ば、じきに始まるよ。」
詩人は、淡々と言った。今までの浪々とした話かたが急に変わったのを、ヴォルボは
不快に思った。
「では…、このまま待っていればいいんですね?」
「うん。…ただ、君たちが強く望むなら、ここに残ることもできる。さらに言えば、
強く強く願うなら現世に少しだけ変化を与えることができる。」
詩人はまじめな顔をして、ガキっぽい表現をした。
「どういうことだ?」
ウェイスターは、もはや自体を理解する気はなく、流れに逆らわないことにしたよう
だった。それ故に、無駄な言葉は発せず、ただ疑問の声だけを上げた。
「折角だから、自己紹介するね。僕の名はキラミースト・モンス・ミックス。キラで
いいよ。」
「何を急に…。」
「僕は死神だ。」
意味深を通り越して、意味不明な言葉の羅列に、二人はぽかんと口をあけた。
PC:ヴォルボ ウェイスター
NPC:キラミースト・モンス・ミックス
場所:ガイス(常世)~ジュデッカ
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
「死神はね、本来魂を集めるのが仕事なのさ」
まるで夢を見るような眼差しで、事実を述べるキラミースト。その瞳は潤みを帯びた赤色で、髪は薄い緑という死神らしからぬ死神だった。彼が紡ぎ出した言葉はまるで意味が通っていないようにも聞こえたし、繋がりがあるようにも聞こえた。だからヴォルボは必死になって今までの話との繋がりを考えてみた。
だが、生憎その繋がりは見つからなかった。
結局のところ、彼、キラミーストは自分の言いたい事を言いたい時に言いたいだけのたまっているだけだと結論付けた。
その言葉は旋律に乗って。優雅に、軽やかに。だが、意味の通じない。そんな会話がキラミーストの持ち味だと解るまでにたっぷり5分はかかった。
「で? だから? それがどうした?」
意味不明だと言わんばかりにウェイスターが身を乗り出した。
それでもキラミーストはマイペースに言葉を紡ぐ。この男に限って言えば、言葉を紡ぐという言い方がぴったりである。何しろ、歌う様に話すのだから。
「どうもしないよ。僕が死神で、君達が捕らわれた魂だという事実があるだけさ。……あ、そうそう。この世界にある食べ物や飲み物を食べたり飲んだりしたらいけないよ」
「は? なぜだ?」
「それは、君達がこの世界と同化するという意味だからさ」
キラミーストは意味深な言葉と共に、意味深長な視線を綻ばせる。目で、笑っていた。その視線に当てられて、言葉の意味するところを理解して、ヴォルボの心は震えた。
もし――、
もしここにある食べ物を自分が口にすれば――。
そうすれば、自分は――。
いけない考えを頭を振って振り解く、ヴォルボ。マリリアンの笑顔が浮かんで消えた。一瞬浮かんだ考えはとても素敵だったけれど、それを実行する訳には行かない。少なくとも今は。いつまでも過去の残照に縋り付く訳にはいかない。現実を、今ある事実を直視しなければ。だから自分は前向きに生きるのだと、自分自身に言い聞かせる。それで想い人を完全に忘れ去る事はできないけれど、少なくとも今の自分に目を向けることは出来る。
自分の渦の中に取り込まれそうになっていたのを何とか脱出してみると、少しは客観的に見られるようになって来た。そうして周囲に目を向けてみると、ウェイスターとキラミーストが問答を繰り返していた。渦に飲み込まれる前から続いていた問答だ。いい加減うんざりしているとキラミーストの口から意外な言葉が飛び出た。
「この道を真っ直ぐ進んでごらん。そこに澄んだ泉がある。その泉に飛び込むんだ。そのままずっと泉の奥深くに潜っていけば、この世界から抜け出せる」
意外だった。
彼は、迷い込んだ自分達をただ嘲笑うために粉をかけて来ているのだとばかり思っていた。だから、その彼の口から自分達の益になる言葉が出るとは思っても見なかったのである。
「どうして、……どうして、そんな事を言うんですか?」
ヴォルボは問わず語りに問うた。
だが、キラミーストは答えない。代わりに踊るように去って行った。何かを言いたげな視線を残して――。
「行こう。ヴォルボ殿。我々は、ここで立ち止まっているわけにはいかない」
ウェイスターが先を促す。
ヴォルボはその言葉に応えるように、一歩一歩重い足を動かした。
かつて生者の村だったところは、死者の町と化していた。
とはいえ、部分部分はかつての面影を残している。かつての村を知っている訳ではなかったが、生者が住まう村や町を世界各地で見てきているが、そのどの街と比較しても遜色なく機能している。少なくともヴォルボにはそう見えた。生者が往来を行き来しているわけではなかったが、市はたっているし、煙突からは煙が立ち昇っている。ただ違うといえば、そのどれもが死者が関与しているということだ。市場を賑わせているのは死者の呼び込みの声だし、往来を行き来しているのは足はあってともすると生者と変わりなく見えるが、土気色の肌を晒して生気を失った人々の列だった。
そう、ここは死者の町なのだ。自分達がいてはいけない場所。
ここに残るにしても、ここから抜け出すにしても、どちらにせよ覚悟が必要なようだ。ここから抜け出すためには泉に身を投じなければいけない。どれだけ深いのか、何処まで行けば抜け出せるのか、キラミーストはその事に関しては一言も触れなかった。だから、良く解らない。良く解らない場所に、良く解らないだけ潜っていなければならないのだ。潜る――という言葉が当て嵌まるかどうかも怪しい。それなりの覚悟が必要だ。反対に、この世界に残る――という選択をしてみよう。その場合でさえ、ある種の覚悟が必要なのだ。生者が死者と共に生きるという事は、やがて朽ちる身でありながら永遠の時を彷徨うということなのだ。心が、壊れていくかもしれない。そういえば、この場所で死んだ場合、どうなってしまうのだろう。それすらも不明だ。あるいは、燃え尽きてしまうだけなのか。それとも魂だけが彷徨うことになるのか。
道なりに真っ直ぐ進んで、村を過ぎて少し行った森の中に泉はあった。
鬱蒼と茂った森は何処までも暗く、不透明な現実を表しているかのようだった。互いに触れ合わんばかりに茂っている枝葉はヴォルボ達の行く手を阻んでいたし、何処までも蒼かった。
重なり合った枝葉を掻き分けながら進む。
どのくらい歩いただろう。もう時間の感覚がなくなった頃――この世界に入り込んだ時点から時間の感覚は失われていたのかもしれないが――泉の水面の輝きが目に飛び込んできた。ヴォルボはその眩しさに、思わず瞳を細めた。鬱蒼と生い茂った森の中でも陽の光は差し込むのだろうかとか、そもそもこんな死人の国で陽の光などというものが存在するのだろうかとか、色々と考えると切りが無いがともかくも泉は光りを乱反射していた。
ヴォルボはその光りを目に焼き付けながらも、薄っすらと思う。そして、その思ったことを口にする。意を決したように、眉間に皺を寄せながら。
「ボクはここに残る」
すると、その言葉を聞いたウェイスターが即座に反応した。いい反応だ。半ば褒め称えるようにして、彼を見るヴォルボ。
「君はこんな場所に残るというのか? こんな、人間の住まう場所では無い場所に? 何故だ。どうしてそれほど人間であることを捨てようとする」
「ボクには、忘れられない人がいる。ここに、この場に残れば、少なくともその人に会える気がする」
「君はまさか――!? 馬鹿な! 正気か? いいか? 私達がやろうとしていることは――」
NPC:キラミースト・モンス・ミックス
場所:ガイス(常世)~ジュデッカ
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「死神はね、本来魂を集めるのが仕事なのさ」
まるで夢を見るような眼差しで、事実を述べるキラミースト。その瞳は潤みを帯びた赤色で、髪は薄い緑という死神らしからぬ死神だった。彼が紡ぎ出した言葉はまるで意味が通っていないようにも聞こえたし、繋がりがあるようにも聞こえた。だからヴォルボは必死になって今までの話との繋がりを考えてみた。
だが、生憎その繋がりは見つからなかった。
結局のところ、彼、キラミーストは自分の言いたい事を言いたい時に言いたいだけのたまっているだけだと結論付けた。
その言葉は旋律に乗って。優雅に、軽やかに。だが、意味の通じない。そんな会話がキラミーストの持ち味だと解るまでにたっぷり5分はかかった。
「で? だから? それがどうした?」
意味不明だと言わんばかりにウェイスターが身を乗り出した。
それでもキラミーストはマイペースに言葉を紡ぐ。この男に限って言えば、言葉を紡ぐという言い方がぴったりである。何しろ、歌う様に話すのだから。
「どうもしないよ。僕が死神で、君達が捕らわれた魂だという事実があるだけさ。……あ、そうそう。この世界にある食べ物や飲み物を食べたり飲んだりしたらいけないよ」
「は? なぜだ?」
「それは、君達がこの世界と同化するという意味だからさ」
キラミーストは意味深な言葉と共に、意味深長な視線を綻ばせる。目で、笑っていた。その視線に当てられて、言葉の意味するところを理解して、ヴォルボの心は震えた。
もし――、
もしここにある食べ物を自分が口にすれば――。
そうすれば、自分は――。
いけない考えを頭を振って振り解く、ヴォルボ。マリリアンの笑顔が浮かんで消えた。一瞬浮かんだ考えはとても素敵だったけれど、それを実行する訳には行かない。少なくとも今は。いつまでも過去の残照に縋り付く訳にはいかない。現実を、今ある事実を直視しなければ。だから自分は前向きに生きるのだと、自分自身に言い聞かせる。それで想い人を完全に忘れ去る事はできないけれど、少なくとも今の自分に目を向けることは出来る。
自分の渦の中に取り込まれそうになっていたのを何とか脱出してみると、少しは客観的に見られるようになって来た。そうして周囲に目を向けてみると、ウェイスターとキラミーストが問答を繰り返していた。渦に飲み込まれる前から続いていた問答だ。いい加減うんざりしているとキラミーストの口から意外な言葉が飛び出た。
「この道を真っ直ぐ進んでごらん。そこに澄んだ泉がある。その泉に飛び込むんだ。そのままずっと泉の奥深くに潜っていけば、この世界から抜け出せる」
意外だった。
彼は、迷い込んだ自分達をただ嘲笑うために粉をかけて来ているのだとばかり思っていた。だから、その彼の口から自分達の益になる言葉が出るとは思っても見なかったのである。
「どうして、……どうして、そんな事を言うんですか?」
ヴォルボは問わず語りに問うた。
だが、キラミーストは答えない。代わりに踊るように去って行った。何かを言いたげな視線を残して――。
「行こう。ヴォルボ殿。我々は、ここで立ち止まっているわけにはいかない」
ウェイスターが先を促す。
ヴォルボはその言葉に応えるように、一歩一歩重い足を動かした。
かつて生者の村だったところは、死者の町と化していた。
とはいえ、部分部分はかつての面影を残している。かつての村を知っている訳ではなかったが、生者が住まう村や町を世界各地で見てきているが、そのどの街と比較しても遜色なく機能している。少なくともヴォルボにはそう見えた。生者が往来を行き来しているわけではなかったが、市はたっているし、煙突からは煙が立ち昇っている。ただ違うといえば、そのどれもが死者が関与しているということだ。市場を賑わせているのは死者の呼び込みの声だし、往来を行き来しているのは足はあってともすると生者と変わりなく見えるが、土気色の肌を晒して生気を失った人々の列だった。
そう、ここは死者の町なのだ。自分達がいてはいけない場所。
ここに残るにしても、ここから抜け出すにしても、どちらにせよ覚悟が必要なようだ。ここから抜け出すためには泉に身を投じなければいけない。どれだけ深いのか、何処まで行けば抜け出せるのか、キラミーストはその事に関しては一言も触れなかった。だから、良く解らない。良く解らない場所に、良く解らないだけ潜っていなければならないのだ。潜る――という言葉が当て嵌まるかどうかも怪しい。それなりの覚悟が必要だ。反対に、この世界に残る――という選択をしてみよう。その場合でさえ、ある種の覚悟が必要なのだ。生者が死者と共に生きるという事は、やがて朽ちる身でありながら永遠の時を彷徨うということなのだ。心が、壊れていくかもしれない。そういえば、この場所で死んだ場合、どうなってしまうのだろう。それすらも不明だ。あるいは、燃え尽きてしまうだけなのか。それとも魂だけが彷徨うことになるのか。
道なりに真っ直ぐ進んで、村を過ぎて少し行った森の中に泉はあった。
鬱蒼と茂った森は何処までも暗く、不透明な現実を表しているかのようだった。互いに触れ合わんばかりに茂っている枝葉はヴォルボ達の行く手を阻んでいたし、何処までも蒼かった。
重なり合った枝葉を掻き分けながら進む。
どのくらい歩いただろう。もう時間の感覚がなくなった頃――この世界に入り込んだ時点から時間の感覚は失われていたのかもしれないが――泉の水面の輝きが目に飛び込んできた。ヴォルボはその眩しさに、思わず瞳を細めた。鬱蒼と生い茂った森の中でも陽の光は差し込むのだろうかとか、そもそもこんな死人の国で陽の光などというものが存在するのだろうかとか、色々と考えると切りが無いがともかくも泉は光りを乱反射していた。
ヴォルボはその光りを目に焼き付けながらも、薄っすらと思う。そして、その思ったことを口にする。意を決したように、眉間に皺を寄せながら。
「ボクはここに残る」
すると、その言葉を聞いたウェイスターが即座に反応した。いい反応だ。半ば褒め称えるようにして、彼を見るヴォルボ。
「君はこんな場所に残るというのか? こんな、人間の住まう場所では無い場所に? 何故だ。どうしてそれほど人間であることを捨てようとする」
「ボクには、忘れられない人がいる。ここに、この場に残れば、少なくともその人に会える気がする」
「君はまさか――!? 馬鹿な! 正気か? いいか? 私達がやろうとしていることは――」
PC:ヴォルボ ウェイスター 場所:ガイス(常世)~ジュデッカ +++++++++++++++++++++++++++++++++++
「私達がやろうとしていることは――」
言いかけてウェイスターは口ごもった。やろうとしていることは?ウォダックを討ち
世の平静を取り戻すこと…か?
「別に君を止めるつもりはないよ。この湖に潜れば、いつもの世界に帰れるんだ
ろ?」
キラミーストの言葉が本当ならば…と、ヴォルボは口には出さず付け足した。この美
しい湖に底があるのだろうか。あったとしてそれはどれくらいの深度か。なにより…
向うの世界に帰ってどうするのか。
「…ヴォルボ殿は、この地に残りいかがなさるつもりか。」
「いったろ?僕には忘れられない人がいるって。」
「しかし、なぜ今になって…!」
ヴォルボは答えず、うつむいた。その姿がなんとなく、いたたまれなくなって、ウェ
イスターも口を閉じた。もしこの世界が本当に死者の世界だというのなら、ヴォルボ
に限らず誰だって会いたい人はいる。ウェイスターとて例外ではなかった。ただ、今
はそのような感傷に浸っている場合ではない。それだけがウェイスターを突き動かす
原動力だった。
「…もういい。分かった。私は戻る。君は、すきにするといい。」
「うん。そうしよう。」
あまりにもそっけないヴォルボを尻目に、ウェイスターは湖を見下ろす。改めてその
美しさを痛感し、そして深呼吸…。
ざぶん
ウェイスターは湖の底を目指し、ひたすらに潜り続けた。
水の中は明るさが無く、まるで闇の中をもがいてるようだった。
*□■*
ウェイスターがもぐってからすでに数分が経っていた。ヴォルボは、湖のほとりに佇
んだまま、時々上がる気泡を眺めていた。
「…まだいるんだ。」
だが、もうどうでもいいことだ。彼とはここまでの縁だったわけだし、現実の世界で
ウォダックがどう暴れようと興味はない。
死者の世界でも何でもいい。
「マリリアン…。」
声に出してみた。別に、彼女の影をどこかに見たわけではない。願いとして…彼女に
今一度会いたくて、声に出した。
女々しいかな…なんて想いが、ヴォルボの心をそっとかすめた。
ヴォルボは歩いた。当てもなく、ひたすらに彼女の影を探した。探す手がかりもな
く、ふらふらと歩いているだけだったが、不思議と彼の心はマリリアンに近づいてい
る気がした。気のせいといえば確かにそうだ。しかし、それだけでも気休めにはな
る。歩いて、歩いて、歩いた。本当にここが死者の世界というのなら、彼女は居てし
かるべきだし、ドラマチックを演出したいなら再開は必然だ。
「……。」
その必然が唐突に訪れた。
何気ない道中、そっけない風の中、マリリアンがヴォルボの眼前にたっていたのだ。
生前の『醜さ』そのままに。
「マリリアン…。」
ヴォルボには続けるべき言葉があったが、唇を裂いてこぼれる言葉は、それとはかけ
離れていた。
「大丈夫?」なわけない。死んでいるんだから。
「元気だった?」死者に向ける言葉とは思えない。
「あのさ…。」僕はと、続けようとして、口をつぐんだ。
マリリアンは、静かにヴォルボを見下ろしていた。慈しむように、女神のごとく。
「…なんでもない。」わけではないが、ここで彼女に何を言えるだろう。ヴォルボに
はマリリアンの何が分かるわけではなかった。
彼女はウォダックの手によって殺された。それだけだ。僕と彼女をつなぐ糸はあまり
にも細い。
命を懸けるほどでは決してない。結局、彼女を理由に、むりやりしていた旅だ。
ウェイスターとかいう、あの変人とも今ひとつ意見が合わないし、彼のようにはっき
りした動機があるわけじゃない。
もし、マリリアンが口を聞けたらなんと言うだろう?
「私のためなんかに、危険を冒さないで。」とでもいうだろうか。
頭上のマリリアンは何も言わない。
「違う。僕には…聞き取る権利がないんだ…。」
自己嫌悪でヴォルボの目の前はかすんだ。
「………!!」
頭上のマリリアンが何かを言っているようだった。必死に何かを訴えているような
…。
「え?なんて?聞こえない!」
ヴォルボのいうことは聞こえたのか、マリリアンは身振り手振りを交えて何かを伝え
ようとする。
手を大きく回して…
「え?なにそれ?なんか大きいの?」
首を振るマリリアン。
手のひらを外に向け、水をかくしぐさ…
「え?かえるがどうしたの?」
首を振るマリリアン。
しばし、腕を組んで黙る。そして、思いついたように、剣を振るしぐさをする。
「え?剣道始めたの?」
首を振るマリリアン。ちょっと、イラついてきたみたいだ。
指でヴォルボの来たほうをさす。
「え?来た道がなんだって?」
初めて縦に首を振る。
そして、改めて水をかくしぐさをする。
「え?来た道にかえるはいないよ。」
だいぶイラついてきたみたいだ。
いいか加減にしろといわんばかりに胸倉をつかもうとするマリリアン。実際は触れら
れないわけだから、するり抜けたわけだが。
「ちょ…、近いよマリリアン…。」
と、てれて顔をそむけるヴォルボに平手打ち(当たらない)をするマリリアン。
「顔に手を添えようとしてくれたの?ごめんね。僕が…。」
「ちがわい!こんボケナスがィッ!」と、言っているのだが伝わらないとはなんと歯
がゆい。
「え?何?なんだって?そんなに眉間にしわ寄せちゃって…。よっぽど寂しかったん
だね。大丈夫、僕もだから…。」
と、一人悦に入ってるヴォルボの胸倉をつかんで(掴めてないのだが)怒鳴り散らす
(聞こえないのだが)ともすれば唾がかかる(わけはないのだが)くらいの勢いで。
するとヴォルボは微笑んで、静かに言った。
「…大丈夫。分かってるよ。彼のトコにいけっていうんだろ?」
不意を疲れて、きょとんとしたマリリアン。
「よくわからいけど、分かってるつもりだよ。」
我ながら支離滅裂と思いながらも、それでいいのかと思った。ヴォルボはマリリアン
を背後霊に背負い、来た道を引き返し始めた。
*□■*
そのころウェイスターは、文字通りの闇にとらわれていた。
「私達がやろうとしていることは――」
言いかけてウェイスターは口ごもった。やろうとしていることは?ウォダックを討ち
世の平静を取り戻すこと…か?
「別に君を止めるつもりはないよ。この湖に潜れば、いつもの世界に帰れるんだ
ろ?」
キラミーストの言葉が本当ならば…と、ヴォルボは口には出さず付け足した。この美
しい湖に底があるのだろうか。あったとしてそれはどれくらいの深度か。なにより…
向うの世界に帰ってどうするのか。
「…ヴォルボ殿は、この地に残りいかがなさるつもりか。」
「いったろ?僕には忘れられない人がいるって。」
「しかし、なぜ今になって…!」
ヴォルボは答えず、うつむいた。その姿がなんとなく、いたたまれなくなって、ウェ
イスターも口を閉じた。もしこの世界が本当に死者の世界だというのなら、ヴォルボ
に限らず誰だって会いたい人はいる。ウェイスターとて例外ではなかった。ただ、今
はそのような感傷に浸っている場合ではない。それだけがウェイスターを突き動かす
原動力だった。
「…もういい。分かった。私は戻る。君は、すきにするといい。」
「うん。そうしよう。」
あまりにもそっけないヴォルボを尻目に、ウェイスターは湖を見下ろす。改めてその
美しさを痛感し、そして深呼吸…。
ざぶん
ウェイスターは湖の底を目指し、ひたすらに潜り続けた。
水の中は明るさが無く、まるで闇の中をもがいてるようだった。
*□■*
ウェイスターがもぐってからすでに数分が経っていた。ヴォルボは、湖のほとりに佇
んだまま、時々上がる気泡を眺めていた。
「…まだいるんだ。」
だが、もうどうでもいいことだ。彼とはここまでの縁だったわけだし、現実の世界で
ウォダックがどう暴れようと興味はない。
死者の世界でも何でもいい。
「マリリアン…。」
声に出してみた。別に、彼女の影をどこかに見たわけではない。願いとして…彼女に
今一度会いたくて、声に出した。
女々しいかな…なんて想いが、ヴォルボの心をそっとかすめた。
ヴォルボは歩いた。当てもなく、ひたすらに彼女の影を探した。探す手がかりもな
く、ふらふらと歩いているだけだったが、不思議と彼の心はマリリアンに近づいてい
る気がした。気のせいといえば確かにそうだ。しかし、それだけでも気休めにはな
る。歩いて、歩いて、歩いた。本当にここが死者の世界というのなら、彼女は居てし
かるべきだし、ドラマチックを演出したいなら再開は必然だ。
「……。」
その必然が唐突に訪れた。
何気ない道中、そっけない風の中、マリリアンがヴォルボの眼前にたっていたのだ。
生前の『醜さ』そのままに。
「マリリアン…。」
ヴォルボには続けるべき言葉があったが、唇を裂いてこぼれる言葉は、それとはかけ
離れていた。
「大丈夫?」なわけない。死んでいるんだから。
「元気だった?」死者に向ける言葉とは思えない。
「あのさ…。」僕はと、続けようとして、口をつぐんだ。
マリリアンは、静かにヴォルボを見下ろしていた。慈しむように、女神のごとく。
「…なんでもない。」わけではないが、ここで彼女に何を言えるだろう。ヴォルボに
はマリリアンの何が分かるわけではなかった。
彼女はウォダックの手によって殺された。それだけだ。僕と彼女をつなぐ糸はあまり
にも細い。
命を懸けるほどでは決してない。結局、彼女を理由に、むりやりしていた旅だ。
ウェイスターとかいう、あの変人とも今ひとつ意見が合わないし、彼のようにはっき
りした動機があるわけじゃない。
もし、マリリアンが口を聞けたらなんと言うだろう?
「私のためなんかに、危険を冒さないで。」とでもいうだろうか。
頭上のマリリアンは何も言わない。
「違う。僕には…聞き取る権利がないんだ…。」
自己嫌悪でヴォルボの目の前はかすんだ。
「………!!」
頭上のマリリアンが何かを言っているようだった。必死に何かを訴えているような
…。
「え?なんて?聞こえない!」
ヴォルボのいうことは聞こえたのか、マリリアンは身振り手振りを交えて何かを伝え
ようとする。
手を大きく回して…
「え?なにそれ?なんか大きいの?」
首を振るマリリアン。
手のひらを外に向け、水をかくしぐさ…
「え?かえるがどうしたの?」
首を振るマリリアン。
しばし、腕を組んで黙る。そして、思いついたように、剣を振るしぐさをする。
「え?剣道始めたの?」
首を振るマリリアン。ちょっと、イラついてきたみたいだ。
指でヴォルボの来たほうをさす。
「え?来た道がなんだって?」
初めて縦に首を振る。
そして、改めて水をかくしぐさをする。
「え?来た道にかえるはいないよ。」
だいぶイラついてきたみたいだ。
いいか加減にしろといわんばかりに胸倉をつかもうとするマリリアン。実際は触れら
れないわけだから、するり抜けたわけだが。
「ちょ…、近いよマリリアン…。」
と、てれて顔をそむけるヴォルボに平手打ち(当たらない)をするマリリアン。
「顔に手を添えようとしてくれたの?ごめんね。僕が…。」
「ちがわい!こんボケナスがィッ!」と、言っているのだが伝わらないとはなんと歯
がゆい。
「え?何?なんだって?そんなに眉間にしわ寄せちゃって…。よっぽど寂しかったん
だね。大丈夫、僕もだから…。」
と、一人悦に入ってるヴォルボの胸倉をつかんで(掴めてないのだが)怒鳴り散らす
(聞こえないのだが)ともすれば唾がかかる(わけはないのだが)くらいの勢いで。
するとヴォルボは微笑んで、静かに言った。
「…大丈夫。分かってるよ。彼のトコにいけっていうんだろ?」
不意を疲れて、きょとんとしたマリリアン。
「よくわからいけど、分かってるつもりだよ。」
我ながら支離滅裂と思いながらも、それでいいのかと思った。ヴォルボはマリリアン
を背後霊に背負い、来た道を引き返し始めた。
*□■*
そのころウェイスターは、文字通りの闇にとらわれていた。