PC:ヴォルボ (ウェイスター)
NPC:キャサリン デブスな少女
場所:ドワーフ村(過去)~ソフィニア市街
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
村を出るときは、単純な理由だった。
結ばれる予定であった村娘が気に入らなかったからだ。
彼女の名前はキャサリン。村一番、否、ドワーフ族一の器量良しとして、一
族の男共からもてはやされていた。キャシーと言う愛称で呼ばれて親しまれて
いる。
ヴォルボはそんな彼女との婚約を破棄する事に何の躊躇いもなかった。理由
はいたって単純。彼はブスと呼ばれるような女性の方が、好きだったからだ。
しかも、肥っている、という事項も追加されていた。
つまるところ、キャサリンは振られたのだ。
キャサリンは、喜んで村を出ていくヴォルボの背に向かって泣き叫んで、引
き留めるためのありとあらゆる言葉をその背に浴びせた。
「待って! いかないで! 私を置いていかないで! ヴォルボ――!」
ついでに、私の何処が嫌なの? と質問もぶつけてきた。
答えられるわけが無い。お前の器量良しなところがだよ、と。そんな酷い
事、言える訳が無い。言ってしまったらキャサリンの心を砕いてしまうだろ
う。そんな事はいくらなんでもヴォルボの良心が許さなかった。
キャサリンを気に入らない理由がもう一つあった。
それは、両親が自分を無視して勝手に決めた縁談だったからだ。ヴォルボに
とって両親――家族と呼べる者達はすべからく嫌悪すべき対象だった。何故か
彼に対して家族達は辛く当たるのだった。蔑まされ、自分の自由になる物など
一つも無かった。そんな家族達が勝手に縁談を組んだのだ。よりにもよってキ
ャサリンなんかと。自分は腹が立ってしかたが無かった。キャサリン自身には
恨みも辛みも無いが、いかんせん家族同士が組んだという部分が気に食わなか
ったから当の縁談を蹴って村を出立せざるを得なくなったのだ。
キャサリンの家は金持ちだった。最近家庭内で資金不足が目立ってきたもの
だからここぞと言わんばかりにキャサリンと結婚させようと企んだのだろう。
その目論見も当てが外れる事になるのだが。ざまあみろだ。
ヴォルボの実家は地主だった。キャサリンとは幼馴染で、キャシーのほうは
ヴォルボに気があるようで、幼き頃から常に「私、大きくなったらヴォル君の
お嫁さんになるの」と言っていた。美的感覚が他人と一線を画しているヴォル
ボにとって、その言葉は恐怖と呪いの言葉だった。
そんな恐怖の対象、キャサリンから離れられる。これほど嬉しい事はない。
思わずスキップを踏みたくなるほどだ。いや、踏まなかったが。
食い扶持を稼ぐのは案外容易だった。冒険者ギルドには登録済みだし、自慢
の装飾品はそのなりに似合わず何故か好評だったからだ。主に奇抜なデザイン
を好む奇天烈な収集家が買っていくのだが。
ドワーフは基本的に樽体型だと言われている。胴長短足で身長が1mしかな
いくせに、胴回りが太いからだ。樽と揶揄されるもう一つの理由に、いくら酒
を飲んでも酔わない、という体質がある。少なくとも人間の作った酒では酔え
ないのだ。
ドワーフは、ドワーフの作った火酒でしか酔えないというのが通説だった。
ヴォルボはそんなドワーフの例に漏れず、樽体型で胃袋や肝臓も樽並だっ
た。当然ドワーフの造った酒、火酒でしか酔えないし、手先も器用で細かい仕
事が得意だった。主に装飾品作りに秀でていたが。だが、いかんせん他人と美
的感覚が正反対に違うからその作り出す装飾品もゲテモノになりがちだった。
それでも、その世間一般的には余り美しいとは言い難い装飾品も好事家には受
けが良かった。
そんな昔の事に思いを馳せながら、ヴォルボはエールを煽っていた。勿論、
仕事帰りの一杯だ。エールを煽るついでに、壁に貼り付けてある依頼書を流し
で見る。どれも然して大したことのない、儲けの少ないごくごく簡単な依頼ば
かりである。
ここはソフィニアの冒険者の酒場。二階が宿屋になっている典型的な冒険者
の溜まり場である。通りには“トラベラーズイン”と銘打った看板が乾いた風
に靡いている。
世間様では“行方不明事件”などという大層な事件が頻発している頃、ヴォ
ルボは自作の装飾品を売って生活費に当てていた。その仕事の帰りに立ち寄っ
たのだ。この、冒険者の酒場に。
酒場ではいつもの如く、喧騒に満ちていた。
冒険者という仕事柄、皆お上品とはかけ離れた存在なのだ。
欠けた歯を思い切り見せびらかしてガハハと笑っている者も居れば、大人し
く酒をちびちび飲んでいるものも居る。中にはカードゲームで金をつぎ込むも
のも居て、それはそれは見ていて楽しそうである。しかし、ここは冒険者の酒
場。普通の酒場と違うところは、半数近くが酒場に張り出されている手配書を
物色しているところである。かく言うヴォルボも手配書を物色していたが。
だが、然して大した依頼もないので、ヴォルボは酒場を後にすることにし
た。とりあえず、ギルド支部にでも寄ってみることにしたのだ。
酒場を出て裏通りの入り口に差し掛かったとき、突然少女の泣き声が聞こえ
て来た。よくよく耳を澄ませてないと聞こえて来ないような小さい、か細い泣
き声だった。
「しくしくしく」
裏寂れた裏通りで少女が一人泣いていた。
ヴォルボが声を掛けてみると、少女が振り向いた。ヴォルボの心はときめい
た。
彼女は世間一般で言うところの醜悪な顔を晒していた。鼻は低く丸まってい
て、両の目は位置が微妙にずれている。唇だけが薄くて小さくて可愛らしかっ
た。しかし全体的に太目だったため、顎が二重顎になっておりそれを台無しに
していた。
「ど、どうしたんですか?」
「しくしくしく。私、少し前に誘拐されたんだけれど、私みたいなブスでデブ
な女は必要ないって放り出されたの。あんまりだと思わない?」
「それはあんまりな言い様ですね。貴方のような可憐で美しい少女を捕まえ
て」
ヴォルボの目には彼の少女が可憐で美しく見えていた。
彼女は誘拐の一部始終を話してくれた。
要約すると、こうだ。
*■□*
彼女はある日街を歩いていたら、突如として転移魔法で飛ばされたのだとい
う。瞑っていた目を開いてみると、目の前には今まで見ていた街の景色とは打
って変わって荘厳で重厚な造りの広間みたいなところに出たのだという。左右
には円柱が立ち並び、部屋の中央には黒尽くめのローブを身に纏った人間が
4、5人は居たという。彼らは中でも飛びぬけて贅沢な作りの黒ローブを身に
纏ったリーダー格らしき人物のいう事を聞いていた。そのリーダーらしき男は
大きな魔方陣を前に両手を翳していた。その魔方陣の前にはなにやら台座らし
きものがあつらえてあった。
男は振り返って厳かに言った。
「ようこそ。生贄の少女よ……」
「……生贄……?」
少女が疑問を口に出しても、それにはまったく反応を示さずにただ一点を見
詰め硬直している男。出る言葉がない、開いた口が塞がらない、といった風体
だ。
「……」
「……」
「……おい。これは何の冗談だ?」
「はっ。見ての通り、生贄の少女、でございます」
「そんな事を聞いているのではない! 問題はその顔だ! 生贄の少女と言っ
たら、そら、あれだ。美少女と、相場が決まっているではないか! それが、
何だ! この、……不細工な造りはっ!」
男はそこまで一気に捲くし立ててぜいぜいと息を整えると、少し落ち着くよ
うに胸を撫で回した。
「まぁ、あれだ。……コホン……。このようなブスでデブな少女は役に立た
ん。あのお方もきっと満足されんだろう。……返してきたまえ」
「え? 今何と?」
「返してきたまえと言ったんだ! 何度も言わせるな!」
*■□*
「…………と、こういうことなの」
「あのお方って、何だ?」
「さぁ? 私にも解らないわ。でも、とても邪悪な匂いがしたの」
それを聞くと、ヴォルボは突然少女の手を両の手で力強く握り締め煌びやか
な瞳で力強く言った。
「よし、その問題、ボクが解決してあげますよ。安心して下さい」
一体どんな問題をどう解決しようとしてるのか。それは、彼自身にも解らな
かった――。
NPC:キャサリン デブスな少女
場所:ドワーフ村(過去)~ソフィニア市街
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村を出るときは、単純な理由だった。
結ばれる予定であった村娘が気に入らなかったからだ。
彼女の名前はキャサリン。村一番、否、ドワーフ族一の器量良しとして、一
族の男共からもてはやされていた。キャシーと言う愛称で呼ばれて親しまれて
いる。
ヴォルボはそんな彼女との婚約を破棄する事に何の躊躇いもなかった。理由
はいたって単純。彼はブスと呼ばれるような女性の方が、好きだったからだ。
しかも、肥っている、という事項も追加されていた。
つまるところ、キャサリンは振られたのだ。
キャサリンは、喜んで村を出ていくヴォルボの背に向かって泣き叫んで、引
き留めるためのありとあらゆる言葉をその背に浴びせた。
「待って! いかないで! 私を置いていかないで! ヴォルボ――!」
ついでに、私の何処が嫌なの? と質問もぶつけてきた。
答えられるわけが無い。お前の器量良しなところがだよ、と。そんな酷い
事、言える訳が無い。言ってしまったらキャサリンの心を砕いてしまうだろ
う。そんな事はいくらなんでもヴォルボの良心が許さなかった。
キャサリンを気に入らない理由がもう一つあった。
それは、両親が自分を無視して勝手に決めた縁談だったからだ。ヴォルボに
とって両親――家族と呼べる者達はすべからく嫌悪すべき対象だった。何故か
彼に対して家族達は辛く当たるのだった。蔑まされ、自分の自由になる物など
一つも無かった。そんな家族達が勝手に縁談を組んだのだ。よりにもよってキ
ャサリンなんかと。自分は腹が立ってしかたが無かった。キャサリン自身には
恨みも辛みも無いが、いかんせん家族同士が組んだという部分が気に食わなか
ったから当の縁談を蹴って村を出立せざるを得なくなったのだ。
キャサリンの家は金持ちだった。最近家庭内で資金不足が目立ってきたもの
だからここぞと言わんばかりにキャサリンと結婚させようと企んだのだろう。
その目論見も当てが外れる事になるのだが。ざまあみろだ。
ヴォルボの実家は地主だった。キャサリンとは幼馴染で、キャシーのほうは
ヴォルボに気があるようで、幼き頃から常に「私、大きくなったらヴォル君の
お嫁さんになるの」と言っていた。美的感覚が他人と一線を画しているヴォル
ボにとって、その言葉は恐怖と呪いの言葉だった。
そんな恐怖の対象、キャサリンから離れられる。これほど嬉しい事はない。
思わずスキップを踏みたくなるほどだ。いや、踏まなかったが。
食い扶持を稼ぐのは案外容易だった。冒険者ギルドには登録済みだし、自慢
の装飾品はそのなりに似合わず何故か好評だったからだ。主に奇抜なデザイン
を好む奇天烈な収集家が買っていくのだが。
ドワーフは基本的に樽体型だと言われている。胴長短足で身長が1mしかな
いくせに、胴回りが太いからだ。樽と揶揄されるもう一つの理由に、いくら酒
を飲んでも酔わない、という体質がある。少なくとも人間の作った酒では酔え
ないのだ。
ドワーフは、ドワーフの作った火酒でしか酔えないというのが通説だった。
ヴォルボはそんなドワーフの例に漏れず、樽体型で胃袋や肝臓も樽並だっ
た。当然ドワーフの造った酒、火酒でしか酔えないし、手先も器用で細かい仕
事が得意だった。主に装飾品作りに秀でていたが。だが、いかんせん他人と美
的感覚が正反対に違うからその作り出す装飾品もゲテモノになりがちだった。
それでも、その世間一般的には余り美しいとは言い難い装飾品も好事家には受
けが良かった。
そんな昔の事に思いを馳せながら、ヴォルボはエールを煽っていた。勿論、
仕事帰りの一杯だ。エールを煽るついでに、壁に貼り付けてある依頼書を流し
で見る。どれも然して大したことのない、儲けの少ないごくごく簡単な依頼ば
かりである。
ここはソフィニアの冒険者の酒場。二階が宿屋になっている典型的な冒険者
の溜まり場である。通りには“トラベラーズイン”と銘打った看板が乾いた風
に靡いている。
世間様では“行方不明事件”などという大層な事件が頻発している頃、ヴォ
ルボは自作の装飾品を売って生活費に当てていた。その仕事の帰りに立ち寄っ
たのだ。この、冒険者の酒場に。
酒場ではいつもの如く、喧騒に満ちていた。
冒険者という仕事柄、皆お上品とはかけ離れた存在なのだ。
欠けた歯を思い切り見せびらかしてガハハと笑っている者も居れば、大人し
く酒をちびちび飲んでいるものも居る。中にはカードゲームで金をつぎ込むも
のも居て、それはそれは見ていて楽しそうである。しかし、ここは冒険者の酒
場。普通の酒場と違うところは、半数近くが酒場に張り出されている手配書を
物色しているところである。かく言うヴォルボも手配書を物色していたが。
だが、然して大した依頼もないので、ヴォルボは酒場を後にすることにし
た。とりあえず、ギルド支部にでも寄ってみることにしたのだ。
酒場を出て裏通りの入り口に差し掛かったとき、突然少女の泣き声が聞こえ
て来た。よくよく耳を澄ませてないと聞こえて来ないような小さい、か細い泣
き声だった。
「しくしくしく」
裏寂れた裏通りで少女が一人泣いていた。
ヴォルボが声を掛けてみると、少女が振り向いた。ヴォルボの心はときめい
た。
彼女は世間一般で言うところの醜悪な顔を晒していた。鼻は低く丸まってい
て、両の目は位置が微妙にずれている。唇だけが薄くて小さくて可愛らしかっ
た。しかし全体的に太目だったため、顎が二重顎になっておりそれを台無しに
していた。
「ど、どうしたんですか?」
「しくしくしく。私、少し前に誘拐されたんだけれど、私みたいなブスでデブ
な女は必要ないって放り出されたの。あんまりだと思わない?」
「それはあんまりな言い様ですね。貴方のような可憐で美しい少女を捕まえ
て」
ヴォルボの目には彼の少女が可憐で美しく見えていた。
彼女は誘拐の一部始終を話してくれた。
要約すると、こうだ。
*■□*
彼女はある日街を歩いていたら、突如として転移魔法で飛ばされたのだとい
う。瞑っていた目を開いてみると、目の前には今まで見ていた街の景色とは打
って変わって荘厳で重厚な造りの広間みたいなところに出たのだという。左右
には円柱が立ち並び、部屋の中央には黒尽くめのローブを身に纏った人間が
4、5人は居たという。彼らは中でも飛びぬけて贅沢な作りの黒ローブを身に
纏ったリーダー格らしき人物のいう事を聞いていた。そのリーダーらしき男は
大きな魔方陣を前に両手を翳していた。その魔方陣の前にはなにやら台座らし
きものがあつらえてあった。
男は振り返って厳かに言った。
「ようこそ。生贄の少女よ……」
「……生贄……?」
少女が疑問を口に出しても、それにはまったく反応を示さずにただ一点を見
詰め硬直している男。出る言葉がない、開いた口が塞がらない、といった風体
だ。
「……」
「……」
「……おい。これは何の冗談だ?」
「はっ。見ての通り、生贄の少女、でございます」
「そんな事を聞いているのではない! 問題はその顔だ! 生贄の少女と言っ
たら、そら、あれだ。美少女と、相場が決まっているではないか! それが、
何だ! この、……不細工な造りはっ!」
男はそこまで一気に捲くし立ててぜいぜいと息を整えると、少し落ち着くよ
うに胸を撫で回した。
「まぁ、あれだ。……コホン……。このようなブスでデブな少女は役に立た
ん。あのお方もきっと満足されんだろう。……返してきたまえ」
「え? 今何と?」
「返してきたまえと言ったんだ! 何度も言わせるな!」
*■□*
「…………と、こういうことなの」
「あのお方って、何だ?」
「さぁ? 私にも解らないわ。でも、とても邪悪な匂いがしたの」
それを聞くと、ヴォルボは突然少女の手を両の手で力強く握り締め煌びやか
な瞳で力強く言った。
「よし、その問題、ボクが解決してあげますよ。安心して下さい」
一体どんな問題をどう解決しようとしてるのか。それは、彼自身にも解らな
かった――。
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PC:ウェイスター(ヴォルボ)
NPC:デブスな少女
場所:ソフィニア市街
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
私はウェイスター・ロビン。カミカゼ機動隊というテロ組織に所属する危険分子の一
人だ。
だが、間違わないで欲しい。テロリストというのはあくまで世間の認識だ。カミカゼ
機動隊は悪に対する悪、つまり悪党を討つために組織された非営利組織である。世の
悪党をうち、世界を浄化するのが目的だ。その辺よろしく。
ウェイスターがソフィニアの「トラベラーズイン」という冒険者の酒場に着いたのは
昨日のことだった。彼は、カミカゼ機動隊の命を受け、各地の悪を討つために旅をし
ていたところだ。宿はにぎわっており、静寂を好む彼はそれを少々疎ましく思いなが
ら、カウンターでちびちび酒を飲みはじめた。壁に貼られた手配書の数々。彼は辟易
した。どれも欺瞞に見える正義。利益本位で誠意の無い依頼。安い酒をあおり、宿を
後のした。ふと、脇に目をやると決して美人じゃない…いや、むしろブス、しかもデ
ブな女が、同じく寸胴な男と話をしていた。男は多分、ドワーフなのだろうが、女の
方はただの人間だろう。デブスという言葉が良く似合う女だった。
「しくしくしく。私、少し前に誘拐されたんだけれど、私みたいなブスでデブな女は
必要ないって放り出されたの。あんまりだと思わない?」
などと話している。正直、あんなブス女がどうなろうと知ったことではない。むし
ろ、放り捨てた男はなんて懸命なのだろうと感心してしまう。いや、でも、それなら
誘拐するなって話か。なんてことを考えながら、無意識のうちに二人の会話を聞いて
いた。深い意味は無い。
「~でも、とても邪悪な匂いがしたの」
突如耳にした言葉はカミカゼ機動隊であれば素通り出来ない単語だった。邪悪!悪の
上に邪までつく忌まわしきのろいの言葉だ。デブスは知ったことではないが、悪を討
つのがカミカゼ機動隊の使命。これは何とか便乗しなければならないだろう。
「よし、その問題、ボクが解決してあげますよ。安心して下さい」
ドワーフの男が頼もしげに言っていた。よっぽどなフェミニストか熱血漢かは知らな
いが、これは実に好都合だった。ウェイスターはドワーフの後をつけ、悪ある所まで
運んでもらおうと考えた。
あくる朝、ドワーフの男は大層な荷物を担いで、町を出た。一体どこへ行くつもりだ
ろうか。因みに私もろくに調査していない。彼の後ろのついて、時期が来たら飛び出
しヒーローを気取る予定だ。
ドワーフの足取りは軽く、近くの森へ進んでいった。
「ふんふんふーん♪」
鼻歌交じりのドワーフ。どうやら、あのデブスとの約束を果たすべく、件の黒ローブ
の男を捜しているようだ。しかし…見当が有るのだろうか。闇雲に歩いているような
気がする。
「へへ…。あんな可愛い娘とお近づきになれるなら、ローブの男なんて安いもんだよ
ナァ。『ヴォルボ様、素敵!』なんていわれて抱きつかれたりして…。へへっ。」
なにやら独り言とを言ってはにやけた面をしている。…もしかしたら、頼りにはなら
ないかもしれないな。まぁ、敵さえ明らかになれば、私は単独でも悪を討つをだけ
だ。いかにドワーフが役に立たなかろうと、私にはなんら関係ない。
ソフィニアの町を出てから一刻半。なにやら怪しげな森の中、これまた怪しげな洞窟
を見つけた。悪と名のつくものは往々にして地下を好む。太陽の光を恐れるモグラの
ように貧弱な連中だ。正義を冠する私が出れば一網打尽にできよう。案の定、洞窟に
乗り込むドワーフ。なんと好都合か。
暗く、陰鬱な雰囲気のする洞窟だった。湿気がひどく、苔でぬめり、暗く気味が悪
い。まるで暗黒の世界だ。もっとも、名誉有る正義の具現者カミカゼ機動隊はその程
度でひるんだりはしない。そうだ、ひるんではいけないのだ。
若干ビビってたウェイスターは自分に言い聞かせ、先を行くヴォルボの後をつける。
ヴォルボは準備良く、たいまつを掲げていた。ここに悪の組織が有るのを知っていた
のかもしれない。知らなかったとしたら、大した勘のよさだ。ドワーフは手先が器用
だそうだが、勘がいいとは聞いたことは無い。偶然といえばそれまでか。
こつんこつん…
暗い洞窟に響く足音。たよりの無いたいまつの明かりがドワーフを照らし、影が長く
のびる。
こつん…
ドワーフの足が止まった。
「だれだっ!」
こっそり後をつけていたつもりだが、ばれてしまったようだ。だるまさんが転んだの
如く、振り返ったドワーフに見咎められた私は硬直してしまった。良く考えれば、こ
れだけ反響する洞窟では姿は見えなくても足音で気付かれる。
「お前が彼女をバカしたバカかっ!」
あらぬ疑いをかけられているが、まぁ致仕方るまい。問題は、それをどうやって誤魔
化すかだ。
「…何を言う。私も彼女に頼まれた者だ。」
嘘八百。
「え?…そうなの?」
「いかにも。」
あっけに取られた様子のドワーフだったが、ウェイスターがあんまり堂々と話すもの
でなんだか気おされてしまっていた。また、あんまり深く考えることもしなかった。
「そう…。なら、一緒に行こう。」
「よかろう。」
かくして、若干予定が狂ったが、二人は洞窟の奥へとさらに歩みを進めていった…。
NPC:デブスな少女
場所:ソフィニア市街
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
私はウェイスター・ロビン。カミカゼ機動隊というテロ組織に所属する危険分子の一
人だ。
だが、間違わないで欲しい。テロリストというのはあくまで世間の認識だ。カミカゼ
機動隊は悪に対する悪、つまり悪党を討つために組織された非営利組織である。世の
悪党をうち、世界を浄化するのが目的だ。その辺よろしく。
ウェイスターがソフィニアの「トラベラーズイン」という冒険者の酒場に着いたのは
昨日のことだった。彼は、カミカゼ機動隊の命を受け、各地の悪を討つために旅をし
ていたところだ。宿はにぎわっており、静寂を好む彼はそれを少々疎ましく思いなが
ら、カウンターでちびちび酒を飲みはじめた。壁に貼られた手配書の数々。彼は辟易
した。どれも欺瞞に見える正義。利益本位で誠意の無い依頼。安い酒をあおり、宿を
後のした。ふと、脇に目をやると決して美人じゃない…いや、むしろブス、しかもデ
ブな女が、同じく寸胴な男と話をしていた。男は多分、ドワーフなのだろうが、女の
方はただの人間だろう。デブスという言葉が良く似合う女だった。
「しくしくしく。私、少し前に誘拐されたんだけれど、私みたいなブスでデブな女は
必要ないって放り出されたの。あんまりだと思わない?」
などと話している。正直、あんなブス女がどうなろうと知ったことではない。むし
ろ、放り捨てた男はなんて懸命なのだろうと感心してしまう。いや、でも、それなら
誘拐するなって話か。なんてことを考えながら、無意識のうちに二人の会話を聞いて
いた。深い意味は無い。
「~でも、とても邪悪な匂いがしたの」
突如耳にした言葉はカミカゼ機動隊であれば素通り出来ない単語だった。邪悪!悪の
上に邪までつく忌まわしきのろいの言葉だ。デブスは知ったことではないが、悪を討
つのがカミカゼ機動隊の使命。これは何とか便乗しなければならないだろう。
「よし、その問題、ボクが解決してあげますよ。安心して下さい」
ドワーフの男が頼もしげに言っていた。よっぽどなフェミニストか熱血漢かは知らな
いが、これは実に好都合だった。ウェイスターはドワーフの後をつけ、悪ある所まで
運んでもらおうと考えた。
あくる朝、ドワーフの男は大層な荷物を担いで、町を出た。一体どこへ行くつもりだ
ろうか。因みに私もろくに調査していない。彼の後ろのついて、時期が来たら飛び出
しヒーローを気取る予定だ。
ドワーフの足取りは軽く、近くの森へ進んでいった。
「ふんふんふーん♪」
鼻歌交じりのドワーフ。どうやら、あのデブスとの約束を果たすべく、件の黒ローブ
の男を捜しているようだ。しかし…見当が有るのだろうか。闇雲に歩いているような
気がする。
「へへ…。あんな可愛い娘とお近づきになれるなら、ローブの男なんて安いもんだよ
ナァ。『ヴォルボ様、素敵!』なんていわれて抱きつかれたりして…。へへっ。」
なにやら独り言とを言ってはにやけた面をしている。…もしかしたら、頼りにはなら
ないかもしれないな。まぁ、敵さえ明らかになれば、私は単独でも悪を討つをだけ
だ。いかにドワーフが役に立たなかろうと、私にはなんら関係ない。
ソフィニアの町を出てから一刻半。なにやら怪しげな森の中、これまた怪しげな洞窟
を見つけた。悪と名のつくものは往々にして地下を好む。太陽の光を恐れるモグラの
ように貧弱な連中だ。正義を冠する私が出れば一網打尽にできよう。案の定、洞窟に
乗り込むドワーフ。なんと好都合か。
暗く、陰鬱な雰囲気のする洞窟だった。湿気がひどく、苔でぬめり、暗く気味が悪
い。まるで暗黒の世界だ。もっとも、名誉有る正義の具現者カミカゼ機動隊はその程
度でひるんだりはしない。そうだ、ひるんではいけないのだ。
若干ビビってたウェイスターは自分に言い聞かせ、先を行くヴォルボの後をつける。
ヴォルボは準備良く、たいまつを掲げていた。ここに悪の組織が有るのを知っていた
のかもしれない。知らなかったとしたら、大した勘のよさだ。ドワーフは手先が器用
だそうだが、勘がいいとは聞いたことは無い。偶然といえばそれまでか。
こつんこつん…
暗い洞窟に響く足音。たよりの無いたいまつの明かりがドワーフを照らし、影が長く
のびる。
こつん…
ドワーフの足が止まった。
「だれだっ!」
こっそり後をつけていたつもりだが、ばれてしまったようだ。だるまさんが転んだの
如く、振り返ったドワーフに見咎められた私は硬直してしまった。良く考えれば、こ
れだけ反響する洞窟では姿は見えなくても足音で気付かれる。
「お前が彼女をバカしたバカかっ!」
あらぬ疑いをかけられているが、まぁ致仕方るまい。問題は、それをどうやって誤魔
化すかだ。
「…何を言う。私も彼女に頼まれた者だ。」
嘘八百。
「え?…そうなの?」
「いかにも。」
あっけに取られた様子のドワーフだったが、ウェイスターがあんまり堂々と話すもの
でなんだか気おされてしまっていた。また、あんまり深く考えることもしなかった。
「そう…。なら、一緒に行こう。」
「よかろう。」
かくして、若干予定が狂ったが、二人は洞窟の奥へとさらに歩みを進めていった…。
PC:ヴォルボ ウェイスター
NPC:マリリアン
場所:ソフィニア郊外の鉱山~ソフィニア市街
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
二人は、岩窟の行き当たりに辿り着いた。
すると、ヴォルボは何を思ったか手にしていた松明を投げ捨てると、手近に
転がっている石ころを拾い上げ熱心に見詰め始めた。
そして、ひとりごちる。
「ふむぅ。やはりここは良質の魔法鉱石が採れるなぁ」
――良質の魔法鉱石?
と、後ろの方でいぶかしんでいる人間が一人いるが、それは気にしない事に
した。
思えば、おかしな人が付いて来たものだ。ソフィニアの街からずっと後を付
けてきた上に、ばれたらばれたでさも友達然として後に引っ付いてきている。
世の中には暇人もいたものだなぁ。と、ヴォルボは思うのであった。
打ち捨てられた松明は、丁度水が流れている部分に嵌ったのか、じゅっとい
う音共に火が消えてしまった。明かりが消えたことにより周囲が暗くなり、魔
法鉱石が暗中に光り輝いて、幻想的な人口の青を周囲に撒き散らしていた。そ
れは天空に輝く星星の輝きにも似て、一時世界中の時が止まってしまったかの
ように感じられた。青い光の中に浮き彫りにされる、二人の顔。浮き彫りにさ
れたのは二人の顔だけでは無かった。周囲を取り巻く環境も、今まで松明で半
径5mほどしか照らされていなかった部分が、青白い魔法鉱石の光によって岩
窟の内部が浮き彫りになっていた。そこは、坑道と呼ぶに相応しい造りだっ
た。丸太と木板が交差して組み合わさって、洞窟の崩落を防いでいる。足元を
見れば、トロッコのレールが今も尚使われているが如く敷かれている。鉱石が
所々に散乱していたりする。
ヴォルボが恍惚に浸っていると、思い切り罵る声が後ろから響いて来た。
「なっ、何なんですかっ! あなたはっ! 依頼はどうなったんですかっ!」
前髪が少しうっとおしそうなそれでいて、妙に青い制服が似合う男だった。
道すがら聞いた話によると、正義のために戦っているとの事だ。この、いかに
も怪しげな男が正義を語るとはへそが茶を沸かす、というものだ。
「依頼? 依頼は遂行しますよ。ただ、ここの鉱物を採ってからです」
今度作る装飾品のためにどうしても、ここの魔法鉱石が必要なのだ。だから
こそ、ここへ来た。男は勝手に付いて来ただけだというのに、五月蝿いことを
言う。
ヴォルボはうっとうしいと思いながらも男を邪険には扱わなかった。扱いよ
うが無い。だってついさっき知り合ったばかりだし、見ず知らずの赤の他人を
理由も無しに邪険に扱えるほどヴォルボは世間知らずではなかったし非常識で
もなかった。
「この鉱物を採ってからって……、一体何に使うんです?」
「装飾品に使おうと思いましてね」
ヴォルボは正直に話した。嘘を付いたところで得策とはいえないからだ。何
が得で何が得でないか解っているつもりだ。
「敵のアジトは突き止めないのですか!?」
色めきたった男の必疑にヴォルボは落ち着き払って言った。
「やだなぁ。流石に確たる情報も無いのに、動くわけ無いじゃないですか」
ハハハと乾いた笑い声を漏らすヴォルボ。何度も言うようだが、嘘を付く謂
れは無い。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。ボクの名前はヴォルボ・ヴォルフガ
ング=リミット。ヴォルボでいいです。失礼ですが、あなたは……?」
名前をまだ名乗りあっていない事に気付き、ヴォルボは慌てて名乗りあげ
る。ドワーフとしての誇りだけはまだ持ち合わせているつもりだった。例え家
名を捨てたとしてもドワーフとしての誇りだけは、捨てられない。それが、ヴ
ォルボの生きる糧だからだ。彼は、ドワーフを捨て切れていなかったのだ。
「あ、いや。失礼。私は…………」
男は暫し躊躇った後、自分の名を名乗った。
彼は名をウェイスター・ロビンといった。どうやら頑なな信条があるようで、
立ち居振る舞いなどからその堅固さが滲み出て来ていた。頑ななのは良いこと
だ。自分自身が見えなくなるよりも、自分の信じる道を真っ直ぐに歩いていけ
る事は大切だ。ただ、闇雲に信じる事や、頑な過ぎるというのは問題だが。い
つ、どんなときでも過度に求める事は受け入れられないものだ。
名前を明かし合ったところで、打ち解けられたのかどうかは不明だがとにか
くこの坑道から出ることにした。ヴォルボにとっては何てこと無い暗闇でも、
ウェイスターにとっては有り難くない暗闇だからだ。
「ところで、情報を仕入れなくてはいけませんね。どこに行けば良いのか、見
当は付いているんですか?」
黙々と出口に向かって歩いている所、最初に口火を切ったのはウェイスター
だった。
今やウェイスターはヴォルボに先導されている状態だった。松明の火が消え
た事により、坑道は暗闇に沈みこんでしまいウェイスターの目では手探りで歩
かなければいけないので、足元が覚束ないのだ。だから、暗視能力があるヴォ
ルボに手を引いてもらっている。格好悪いといえば悪いのだが、致し方あるま
い。
「あるといえばある、無いと言えば無いですかね」
ヴォルボは暫く熟考してから、答えた。考えに考えた末の結論ではないが。
「まさか、依頼人本人が手掛かり、とか言うんじゃないでしょうね」
信じられないという面持ちでウェイスターが言った。
ヴォルボは振り向いて微笑んだだけだった。
*■□*
ソフィニアの街に着いて先ず最初に向かったのは、例の依頼人の少女の所だ
った。
取り敢えず今入手している情報は、依頼人の少女――名をマリリアンといっ
た――から聞いた話によると、彼女を誘拐した犯人達は「暗くてじめじめした
ところ」と「岩肌が露出していた」という場所にいるそうである。
これ以上の情報を彼女からなんとしても聞き出さなくてはいけなかった。今
の情報では少な過ぎて、逆に絞込みが出来ないからだ。暗くてじめじめした所
など掃いて捨てるほどあるし、岩肌が露出した場所など坑道や山の洞窟など沢
山ある。その中で絞り込まなければいけないのだ。呼び出された部屋の大きさ
や、高さ、寒暖差など集めようと思えば情報はいくらでもある。そういったこ
とを一つ一つ彼女から導き出さねばならないと、ヴォルボのその天才的な頭脳
が閃いた。
依頼人の住所は予め聞いておいた。そして、その通りの住所だった。
扉を軽く二、三回叩く。間もなく中から返事がした。
「はい。どちら様?」
誰何の声は、意外と高音だった。彼女はその見た目に合わず、高い透き通っ
た声の持ち主なのだ。
「ヴォルボです。今日は依頼の事について二、三窺いたいと思い参りました」
扉は静かに開かれた。
「で? 窺いたい事とは?」
マリリアンはその円らな瞳(ヴォルボ視点)で、こう切り出して来た。
ヴォルボは一つ頷いて、話し出した。
「聞きたい事は大きく分けて三つあります。まず、部屋の大きさ。それから、
天井があればその高さとか、奥行きなど。三つ目は寒暖差です。その部屋の温
度が高かったか、低かったか。湿度なども、出来れば」
「そうですね――」
彼女は思い出しながら、掻い摘んで話してくれた。
まず、部屋の大きさ。
部屋の大きさはかなり広かったそうだ。男の後ろに魔法陣が描かれていて、
それの大きさが大の大人が手を繋いでぐるりと周りを囲んだら数十人は必要か
と思われるほどだった。その魔法陣がすっぽり収まってもまだ余りあるほどの
広さだった。周囲に存在するはずの壁などはマリリアンの位置からは見えなか
ったと言う。奥行きもかなり合ったそうだ。入り口らしきものが闇の中に沈ん
で見えなかったからだ。ただ、部屋は石畳で出来ていた。それだけは間違いが
無いと言う。
天井は有る様だったが、周囲が闇に飲み込まれて見えないぐらいだから天井
も当然見えなかった。ただ、柱は左右に等間隔に並べられていたから、そこか
ら類推するに恐らく天井は有るだろうという事だった。
部屋の温度は高くも無く、低くも無く、適度な温度だった。ただ、湿度は高
かったように思うとのことだ。
「ふむふむ」
ヴォルボは頷きながら、聞き入っていた。
「……あの、その方は?」
マリリアンが今気が付いたかのように、おずおずと訊ねるまでヴォルボは遠
くの世界に行ってしまっていた。
「…………え? あ、ああ。こちらの方は、ウェイスターさんといいます。僕
と一緒に仕事をする事になりました」
突然の事に、マリリアンは呆気に取られていた。
NPC:マリリアン
場所:ソフィニア郊外の鉱山~ソフィニア市街
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
二人は、岩窟の行き当たりに辿り着いた。
すると、ヴォルボは何を思ったか手にしていた松明を投げ捨てると、手近に
転がっている石ころを拾い上げ熱心に見詰め始めた。
そして、ひとりごちる。
「ふむぅ。やはりここは良質の魔法鉱石が採れるなぁ」
――良質の魔法鉱石?
と、後ろの方でいぶかしんでいる人間が一人いるが、それは気にしない事に
した。
思えば、おかしな人が付いて来たものだ。ソフィニアの街からずっと後を付
けてきた上に、ばれたらばれたでさも友達然として後に引っ付いてきている。
世の中には暇人もいたものだなぁ。と、ヴォルボは思うのであった。
打ち捨てられた松明は、丁度水が流れている部分に嵌ったのか、じゅっとい
う音共に火が消えてしまった。明かりが消えたことにより周囲が暗くなり、魔
法鉱石が暗中に光り輝いて、幻想的な人口の青を周囲に撒き散らしていた。そ
れは天空に輝く星星の輝きにも似て、一時世界中の時が止まってしまったかの
ように感じられた。青い光の中に浮き彫りにされる、二人の顔。浮き彫りにさ
れたのは二人の顔だけでは無かった。周囲を取り巻く環境も、今まで松明で半
径5mほどしか照らされていなかった部分が、青白い魔法鉱石の光によって岩
窟の内部が浮き彫りになっていた。そこは、坑道と呼ぶに相応しい造りだっ
た。丸太と木板が交差して組み合わさって、洞窟の崩落を防いでいる。足元を
見れば、トロッコのレールが今も尚使われているが如く敷かれている。鉱石が
所々に散乱していたりする。
ヴォルボが恍惚に浸っていると、思い切り罵る声が後ろから響いて来た。
「なっ、何なんですかっ! あなたはっ! 依頼はどうなったんですかっ!」
前髪が少しうっとおしそうなそれでいて、妙に青い制服が似合う男だった。
道すがら聞いた話によると、正義のために戦っているとの事だ。この、いかに
も怪しげな男が正義を語るとはへそが茶を沸かす、というものだ。
「依頼? 依頼は遂行しますよ。ただ、ここの鉱物を採ってからです」
今度作る装飾品のためにどうしても、ここの魔法鉱石が必要なのだ。だから
こそ、ここへ来た。男は勝手に付いて来ただけだというのに、五月蝿いことを
言う。
ヴォルボはうっとうしいと思いながらも男を邪険には扱わなかった。扱いよ
うが無い。だってついさっき知り合ったばかりだし、見ず知らずの赤の他人を
理由も無しに邪険に扱えるほどヴォルボは世間知らずではなかったし非常識で
もなかった。
「この鉱物を採ってからって……、一体何に使うんです?」
「装飾品に使おうと思いましてね」
ヴォルボは正直に話した。嘘を付いたところで得策とはいえないからだ。何
が得で何が得でないか解っているつもりだ。
「敵のアジトは突き止めないのですか!?」
色めきたった男の必疑にヴォルボは落ち着き払って言った。
「やだなぁ。流石に確たる情報も無いのに、動くわけ無いじゃないですか」
ハハハと乾いた笑い声を漏らすヴォルボ。何度も言うようだが、嘘を付く謂
れは無い。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。ボクの名前はヴォルボ・ヴォルフガ
ング=リミット。ヴォルボでいいです。失礼ですが、あなたは……?」
名前をまだ名乗りあっていない事に気付き、ヴォルボは慌てて名乗りあげ
る。ドワーフとしての誇りだけはまだ持ち合わせているつもりだった。例え家
名を捨てたとしてもドワーフとしての誇りだけは、捨てられない。それが、ヴ
ォルボの生きる糧だからだ。彼は、ドワーフを捨て切れていなかったのだ。
「あ、いや。失礼。私は…………」
男は暫し躊躇った後、自分の名を名乗った。
彼は名をウェイスター・ロビンといった。どうやら頑なな信条があるようで、
立ち居振る舞いなどからその堅固さが滲み出て来ていた。頑ななのは良いこと
だ。自分自身が見えなくなるよりも、自分の信じる道を真っ直ぐに歩いていけ
る事は大切だ。ただ、闇雲に信じる事や、頑な過ぎるというのは問題だが。い
つ、どんなときでも過度に求める事は受け入れられないものだ。
名前を明かし合ったところで、打ち解けられたのかどうかは不明だがとにか
くこの坑道から出ることにした。ヴォルボにとっては何てこと無い暗闇でも、
ウェイスターにとっては有り難くない暗闇だからだ。
「ところで、情報を仕入れなくてはいけませんね。どこに行けば良いのか、見
当は付いているんですか?」
黙々と出口に向かって歩いている所、最初に口火を切ったのはウェイスター
だった。
今やウェイスターはヴォルボに先導されている状態だった。松明の火が消え
た事により、坑道は暗闇に沈みこんでしまいウェイスターの目では手探りで歩
かなければいけないので、足元が覚束ないのだ。だから、暗視能力があるヴォ
ルボに手を引いてもらっている。格好悪いといえば悪いのだが、致し方あるま
い。
「あるといえばある、無いと言えば無いですかね」
ヴォルボは暫く熟考してから、答えた。考えに考えた末の結論ではないが。
「まさか、依頼人本人が手掛かり、とか言うんじゃないでしょうね」
信じられないという面持ちでウェイスターが言った。
ヴォルボは振り向いて微笑んだだけだった。
*■□*
ソフィニアの街に着いて先ず最初に向かったのは、例の依頼人の少女の所だ
った。
取り敢えず今入手している情報は、依頼人の少女――名をマリリアンといっ
た――から聞いた話によると、彼女を誘拐した犯人達は「暗くてじめじめした
ところ」と「岩肌が露出していた」という場所にいるそうである。
これ以上の情報を彼女からなんとしても聞き出さなくてはいけなかった。今
の情報では少な過ぎて、逆に絞込みが出来ないからだ。暗くてじめじめした所
など掃いて捨てるほどあるし、岩肌が露出した場所など坑道や山の洞窟など沢
山ある。その中で絞り込まなければいけないのだ。呼び出された部屋の大きさ
や、高さ、寒暖差など集めようと思えば情報はいくらでもある。そういったこ
とを一つ一つ彼女から導き出さねばならないと、ヴォルボのその天才的な頭脳
が閃いた。
依頼人の住所は予め聞いておいた。そして、その通りの住所だった。
扉を軽く二、三回叩く。間もなく中から返事がした。
「はい。どちら様?」
誰何の声は、意外と高音だった。彼女はその見た目に合わず、高い透き通っ
た声の持ち主なのだ。
「ヴォルボです。今日は依頼の事について二、三窺いたいと思い参りました」
扉は静かに開かれた。
「で? 窺いたい事とは?」
マリリアンはその円らな瞳(ヴォルボ視点)で、こう切り出して来た。
ヴォルボは一つ頷いて、話し出した。
「聞きたい事は大きく分けて三つあります。まず、部屋の大きさ。それから、
天井があればその高さとか、奥行きなど。三つ目は寒暖差です。その部屋の温
度が高かったか、低かったか。湿度なども、出来れば」
「そうですね――」
彼女は思い出しながら、掻い摘んで話してくれた。
まず、部屋の大きさ。
部屋の大きさはかなり広かったそうだ。男の後ろに魔法陣が描かれていて、
それの大きさが大の大人が手を繋いでぐるりと周りを囲んだら数十人は必要か
と思われるほどだった。その魔法陣がすっぽり収まってもまだ余りあるほどの
広さだった。周囲に存在するはずの壁などはマリリアンの位置からは見えなか
ったと言う。奥行きもかなり合ったそうだ。入り口らしきものが闇の中に沈ん
で見えなかったからだ。ただ、部屋は石畳で出来ていた。それだけは間違いが
無いと言う。
天井は有る様だったが、周囲が闇に飲み込まれて見えないぐらいだから天井
も当然見えなかった。ただ、柱は左右に等間隔に並べられていたから、そこか
ら類推するに恐らく天井は有るだろうという事だった。
部屋の温度は高くも無く、低くも無く、適度な温度だった。ただ、湿度は高
かったように思うとのことだ。
「ふむふむ」
ヴォルボは頷きながら、聞き入っていた。
「……あの、その方は?」
マリリアンが今気が付いたかのように、おずおずと訊ねるまでヴォルボは遠
くの世界に行ってしまっていた。
「…………え? あ、ああ。こちらの方は、ウェイスターさんといいます。僕
と一緒に仕事をする事になりました」
突然の事に、マリリアンは呆気に取られていた。
PC:ヴォルボ ウェイスター
NPC:マリリアン
場所:ソフィニア
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
マリリンとか言うデブスは、あっけに取られたからか、口をぽかんとあけ不美人に拍
車がかかっていた。
正直、ウェイスターは笑いをこらえるので精一杯だった。ヴォルボに促されるまで、
自己紹介することもできず、必死に目をそらしていた。また、自己紹介のときも極力
目を合わせないように気をつけた。さすがに、真顔を笑われたのでは向こうも傷つく
だろう。
「はじめまして。ウェイスター・ロビンです。なにやら、悪事に巻き込まれたご様
子。私でよければ力になりたいと思い参上しました。」
マリリンは、はぁ、と、気の抜けた返事をよこし、相変わらずブスだった。また、
ウェイスターの言葉の意味がよくわかっていないようで、結局なんでヴォルボにくっ
ついているのかが理解できずにいた。
しかし、理解できてないといえばヴォルボもまた然りで、彼からも詳しい説明を促さ
れてしまった。マリリンの話を聞きにきたというに、なんでかウェイスターが質問攻
めにあう。良く考えれば必然だが。
「むぅ…。つまり、です。私はカミカゼ機動隊という…あー…いわばボランティアみ
たいな慈善団体に所属してまして、世のか弱き人を救うのを生きがいとしてるわけで
す。」
ウェイスターは、必死に説明したが、二人には「おせっかいサンなのね。」の一言で
一蹴されてしまった。
「…まぁ、そんなところです。」
ウェイスターもまた、しぶしぶ了承した。
自己紹介がひと段落すると、また話は元に戻り、事件の現場や状況を詳しく聞きなお
していた。ほとんどはさっき話したことと重複し、目新しい情報は無かった。
「…これ以上はもう…。」
マリリンの側から話を打ち切ってきた。しつこい尋問にうんざりしたからだろう。当
初は事件のことを聞いていたのだが、時折彼女自身のプライベートなことなども聞き
始めたからかもしれない。それが、リラックスさせようとするヴォルボなりの気遣い
なのか、単なる趣味なのかは定かではない。
「ヴォルボ殿、これ以上聞き込みをしていても、らちがあきません。調査に行くなり
なんなりしましょう。」
「…ですね。」
非常に後ろ髪惹かれる思いのヴォルボも承知し、二人はマリリン宅を出る。ここでも
ヴォルボは「またお邪魔するかも知れません」などと言っていた。ウェイスターは内
心とんでもないと毒づきながらの帰路となった。
+++++
ソフィニアの街はすでに暗くなっていた。街の人々は、仕事帰りらしい。疲れた顔
や、うれしそうな顔など様々な表情が飛び交っていた。そんな中、ウェイスターと
ヴォルボは難しい顔で考え事をしながら、酒場「トラベラーズイン」に向かってい
た。
「広くて、暗くて、魔方陣で、石畳…と。見当つきますか?」
ウェイスターは、手帳にメモした情報を羅列してみた。どの情報も決定力を欠いてい
るように思えた。また、この近辺かどうかすら定かではない。
「んー。」
ヴォルボはうなったままで、答えをよこすことはしなかった。すると、突然口を開い
た。
「そうだ!」
突然の大声に、ウェイスターは二、三歩後ずさりし、それから、相槌を打った。
「どうしたんですか?」
「これは、髪止めにしよう。うん。それがいい。あの娘にきっと似合うのができるは
ずだ。」
「は?」
あまりにも的外れな答えが返ってきたので、ウェイスターは、はにわの如く間抜けな
顔をしてしまった。
「髪止めだよ。髪止め。」
髪止めぐらい想像つくよ…。とウェイスターは思ったが、もしかしたら深い考えが
あっての発言かもしれない。もう少し、髪止めという言葉を反芻してみようと思っ
た。
「そんなわけだから、ボクは、先に帰ってますね。」
短い足をバタバタさせながら、ヴォルボは酒場に向かって走っていってしまった。
ウェイスターは「どんなわけで?」と、その場に取り残されてしまった。いや、走っ
て追えば捕まえられるだろう。正直、ドワーフが駆けたところでたかが知れているの
だ。
「……。」
間。
「…まぁ、いい。一人の方が調査はしやすい。」
たっぷり三分は黙ってから、ウェイスターは気を取り直し、手帳を眺めた。
広くて…屋内と限れば、多数あるが…。
暗くて…地下か?だが、天井は見えなかったらしいが。
魔方陣で…ソフィニアは魔法が盛んだ。特定はできないだろう。
石畳…少なくても、人の手が加わったところということだろう。
そこから導いてみるに…。
「魔術学院…か?」
まさか。ウェイスターは考えてから、それを打ち消した。魔術学院といえば伝統と栄
誉あるれっきとした学校だ。その学校の中でよからぬことを企む輩がいるものだろ
か。しかし、それなら合点がいく。
「…ふむ。」
ウェイスターは思わず立ち止まっていたことに気がついた。
NPC:マリリアン
場所:ソフィニア
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
マリリンとか言うデブスは、あっけに取られたからか、口をぽかんとあけ不美人に拍
車がかかっていた。
正直、ウェイスターは笑いをこらえるので精一杯だった。ヴォルボに促されるまで、
自己紹介することもできず、必死に目をそらしていた。また、自己紹介のときも極力
目を合わせないように気をつけた。さすがに、真顔を笑われたのでは向こうも傷つく
だろう。
「はじめまして。ウェイスター・ロビンです。なにやら、悪事に巻き込まれたご様
子。私でよければ力になりたいと思い参上しました。」
マリリンは、はぁ、と、気の抜けた返事をよこし、相変わらずブスだった。また、
ウェイスターの言葉の意味がよくわかっていないようで、結局なんでヴォルボにくっ
ついているのかが理解できずにいた。
しかし、理解できてないといえばヴォルボもまた然りで、彼からも詳しい説明を促さ
れてしまった。マリリンの話を聞きにきたというに、なんでかウェイスターが質問攻
めにあう。良く考えれば必然だが。
「むぅ…。つまり、です。私はカミカゼ機動隊という…あー…いわばボランティアみ
たいな慈善団体に所属してまして、世のか弱き人を救うのを生きがいとしてるわけで
す。」
ウェイスターは、必死に説明したが、二人には「おせっかいサンなのね。」の一言で
一蹴されてしまった。
「…まぁ、そんなところです。」
ウェイスターもまた、しぶしぶ了承した。
自己紹介がひと段落すると、また話は元に戻り、事件の現場や状況を詳しく聞きなお
していた。ほとんどはさっき話したことと重複し、目新しい情報は無かった。
「…これ以上はもう…。」
マリリンの側から話を打ち切ってきた。しつこい尋問にうんざりしたからだろう。当
初は事件のことを聞いていたのだが、時折彼女自身のプライベートなことなども聞き
始めたからかもしれない。それが、リラックスさせようとするヴォルボなりの気遣い
なのか、単なる趣味なのかは定かではない。
「ヴォルボ殿、これ以上聞き込みをしていても、らちがあきません。調査に行くなり
なんなりしましょう。」
「…ですね。」
非常に後ろ髪惹かれる思いのヴォルボも承知し、二人はマリリン宅を出る。ここでも
ヴォルボは「またお邪魔するかも知れません」などと言っていた。ウェイスターは内
心とんでもないと毒づきながらの帰路となった。
+++++
ソフィニアの街はすでに暗くなっていた。街の人々は、仕事帰りらしい。疲れた顔
や、うれしそうな顔など様々な表情が飛び交っていた。そんな中、ウェイスターと
ヴォルボは難しい顔で考え事をしながら、酒場「トラベラーズイン」に向かってい
た。
「広くて、暗くて、魔方陣で、石畳…と。見当つきますか?」
ウェイスターは、手帳にメモした情報を羅列してみた。どの情報も決定力を欠いてい
るように思えた。また、この近辺かどうかすら定かではない。
「んー。」
ヴォルボはうなったままで、答えをよこすことはしなかった。すると、突然口を開い
た。
「そうだ!」
突然の大声に、ウェイスターは二、三歩後ずさりし、それから、相槌を打った。
「どうしたんですか?」
「これは、髪止めにしよう。うん。それがいい。あの娘にきっと似合うのができるは
ずだ。」
「は?」
あまりにも的外れな答えが返ってきたので、ウェイスターは、はにわの如く間抜けな
顔をしてしまった。
「髪止めだよ。髪止め。」
髪止めぐらい想像つくよ…。とウェイスターは思ったが、もしかしたら深い考えが
あっての発言かもしれない。もう少し、髪止めという言葉を反芻してみようと思っ
た。
「そんなわけだから、ボクは、先に帰ってますね。」
短い足をバタバタさせながら、ヴォルボは酒場に向かって走っていってしまった。
ウェイスターは「どんなわけで?」と、その場に取り残されてしまった。いや、走っ
て追えば捕まえられるだろう。正直、ドワーフが駆けたところでたかが知れているの
だ。
「……。」
間。
「…まぁ、いい。一人の方が調査はしやすい。」
たっぷり三分は黙ってから、ウェイスターは気を取り直し、手帳を眺めた。
広くて…屋内と限れば、多数あるが…。
暗くて…地下か?だが、天井は見えなかったらしいが。
魔方陣で…ソフィニアは魔法が盛んだ。特定はできないだろう。
石畳…少なくても、人の手が加わったところということだろう。
そこから導いてみるに…。
「魔術学院…か?」
まさか。ウェイスターは考えてから、それを打ち消した。魔術学院といえば伝統と栄
誉あるれっきとした学校だ。その学校の中でよからぬことを企む輩がいるものだろ
か。しかし、それなら合点がいく。
「…ふむ。」
ウェイスターは思わず立ち止まっていたことに気がついた。
PC:ヴォルボ (ウェイスター)
NPC:黒ローブの男達
場所:何処かの広間~ソフィニア市街
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
「もう時間が無いんだ! 明日までに美女を一人連れて来い!」
ヒステリックな男の細い声が広間に反響して木霊となって返ってくる。
「はっ! わかりましたっ! 今直ぐにでも連れて参ります!」
ヒステリックに喚き散らす男と同じように、黒いローブを目深に被った長身
の男が了解の意を伝え小走りに掛けて行く。その男の後姿に、まるで追い討ち
を掛けるように再びヒステリックな男の声が響く。
「当たり前だ! 期限何時までだと思っているんだ!」
揺れる蝋燭の炎の光を反射して、眼鏡の奥がきらりと光る。
ここは何処かの地下にある大広間。暗くて湿度の高い場所で、同じく暗くて
邪悪な事をしている黒ローブが複数居た。その中でも特に偉そうに踏ん反り返
っている、角眼鏡の男が自分よりも背の高い男達に指示を出している。彼は黒
ローブ集団の中でも一番背が低いようだ。だが、その反面一番身分や気位が高
い様でもあった。それが片腕を振り回して大声を張り上げている。まるで、自
分の欠点を打ち消すが如く。その様は傍から見ていておかしささえ覚えるほど
だ。
「い・い・か! 今夜だ! タイムリミットは今夜だからなーっ!!」
周囲の壁という壁に眼鏡男の声が反響する。それは静かな衝撃となって、辺
りに散りばめられた。
*□■*
宿屋に戻ったヴォルボは部屋の中で、簡易式の移動工房を広げて早速魔法鉱
石の加工に取り掛かった。作るべき物のイメージは既に頭の中に思い描いてい
る。後は具現化するだけだ。イメージから現実のものへ。鉱石から装飾品へ。
加工は手馴れたものだった。先ず、魔法鉱石の原石を削りだし石の本来の輝
きを引き出す。魔法鉱石は元来空気に触れるとその部分から魔力が漏れ出し、
本来の輝きを失っていく。魔法鉱石の鉱山で見た、魔法鉱石の輝きは一瞬で消
えうせてしまうのだ。それを防ぐために、空気に触れて酸化する前に研磨石で
磨き上げるのだ。それは素早さと繊細さを要する作業である。正にドワーフに
うってつけの作業であった。
鉱石を研磨し終わると、微細な粒子を内包した仄かに青く光る宝石へと変貌
した。それはまるで深い海の底の様な色であり、また、遥かに高い空の色でも
あった。ヴォルボはそれを更に細かく砕いていく。そして磨き上げて小さな宝
石の塊へと変えていった。
次に取り出したのは、何の変哲も無い銀板である。その銀板を打ち込んで、
細かく模様を入れていく。それはまるで花畑のようであり、所々穴が開いてい
て何かをはめ込める様になっている。丁度中央部にあたる部分には何かの鳥の
ような形に穴を穿ち、形作っていく。
本当に細かい作業を、熱心に着実に形にしていく。
銀板の作業が終わったところで、次に移ったのははめ込む作業だった。
先程細かく砕いて加工した魔法鉱石の欠片を銀板の穴の部分に埋め込んでい
く。中央に掘り込まれた鳥の模りにも魔法鉱石を埋め込んでいく。嵌め込まれ
ていく過程で、その姿が露わになっていく。その形は、孔雀だった。美しい虹
色の尾を広げた雄の孔雀。それが中央に堂々と掘り込まれていた。
「よし! 出来た! 後は……」
後は髪飾りとしての機能を持たせるだけである。
銀板の裏に模っておいた筒の中に蝶番を取り付けて、髪に留めるための金具
を取り付ける。これで髪留めは完成だ。
後はこれを彼女に届けるだけだ。付けて貰えるだろうか。孔雀を模った髪留
め。
彼女には、孔雀のような豪華なものが良く似合う。そう考えて、ヴォルボは
笑みがこぼれるのを覚えた。髭に隠れていて見えないが、口角は上がってい
た。
マリリアンに贈ろうと部屋を出ようとした時、ヴォルボは奇妙な叫び声のよ
うな呻き声のような声ともとれない奇声を聞いた。同時に街路を走っていくよ
うな荒々しい足音も聞こえて来た。一人ではない。声は一人のものだが、足音
は数人のものだ。
ヴォルボはその奇声の所在を見るべく、窓に走り寄った。
窓から見えたものは――。
なんと形容したらいいのか。
一言で言って、男が包丁を片手に走っていた。
男は、二十代後半から四十代前半くらいに見える。一目でくたびれたと言う
形容詞が思いつくような、そんな男だった。大きな背負い鞄を背負った、勘違
いした冒険者。そんな出で立ちだ。
その後ろから男に負けぬ勢いで、一目でチャーハン魔王と解る格好をした男
が通りを横切って公園の方へと走り去って行く所だった。
ヴォルボはそれらを見てから、「はて、アレは何なのだろう」と首を傾げ
た。包丁を持った男の後ろにいた男がチャーハン魔王だと解ってしまった自分
にも首を傾げた。
それはともかく置いといて、と思い直しヴォルボは急いで通りに出ることに
した。
*■□*
通りに出て、最初に目に入ったのは、魔方陣だった。
紙に書いた魔法陣が通りの中央に広げられて落ちていた。そしてそれを落と
したらしい、黒ローブの男が自分の目の前を通り過ぎていくのをも目撃した。
ヴォルボはそれだけでそいつが何をやろうとしているのか、図りかねてい
た。だから、行動が遅くなった。
だから、少女がその魔法陣の書かれた紙を踏みつけて、瞬間移動させられる
のを止める事が出来なかった。その少女は、藍色の髪を型までの高さで切り揃
えていて、緑色の目は大きくくりっとしていて、薄く赤い唇が笑んでいた。鼻
は高く、何処から見ても美少女だった。普通の人間が見れば。だが、目撃して
いたのは残念なことにヴォルボだった。彼の目には彼女の美貌は不細工に映っ
ていた。
その少女が紙を踏みつけた途端に、無数の煙と共に跡形も無く消えたのだ。
恐らくどこかへと飛ばされたのだろう。黒ローブの男の口角が、笑みの形に歪
んでいた。ただの笑いじゃない。邪念が篭った笑みだった。
流石にその光景を見て、ヴォルボも気付かぬ筈がなかった。
黒ローブの男が仕掛けた。
その事実に辿り着くのにさほど時間はかからなかった。
そしてたっぷり一秒経った後、立ち去る黒ローブの背に指を突きつけて叫ん
だ。
「こらぁ! そこの君! ちょっとまったぁ!」
NPC:黒ローブの男達
場所:何処かの広間~ソフィニア市街
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「もう時間が無いんだ! 明日までに美女を一人連れて来い!」
ヒステリックな男の細い声が広間に反響して木霊となって返ってくる。
「はっ! わかりましたっ! 今直ぐにでも連れて参ります!」
ヒステリックに喚き散らす男と同じように、黒いローブを目深に被った長身
の男が了解の意を伝え小走りに掛けて行く。その男の後姿に、まるで追い討ち
を掛けるように再びヒステリックな男の声が響く。
「当たり前だ! 期限何時までだと思っているんだ!」
揺れる蝋燭の炎の光を反射して、眼鏡の奥がきらりと光る。
ここは何処かの地下にある大広間。暗くて湿度の高い場所で、同じく暗くて
邪悪な事をしている黒ローブが複数居た。その中でも特に偉そうに踏ん反り返
っている、角眼鏡の男が自分よりも背の高い男達に指示を出している。彼は黒
ローブ集団の中でも一番背が低いようだ。だが、その反面一番身分や気位が高
い様でもあった。それが片腕を振り回して大声を張り上げている。まるで、自
分の欠点を打ち消すが如く。その様は傍から見ていておかしささえ覚えるほど
だ。
「い・い・か! 今夜だ! タイムリミットは今夜だからなーっ!!」
周囲の壁という壁に眼鏡男の声が反響する。それは静かな衝撃となって、辺
りに散りばめられた。
*□■*
宿屋に戻ったヴォルボは部屋の中で、簡易式の移動工房を広げて早速魔法鉱
石の加工に取り掛かった。作るべき物のイメージは既に頭の中に思い描いてい
る。後は具現化するだけだ。イメージから現実のものへ。鉱石から装飾品へ。
加工は手馴れたものだった。先ず、魔法鉱石の原石を削りだし石の本来の輝
きを引き出す。魔法鉱石は元来空気に触れるとその部分から魔力が漏れ出し、
本来の輝きを失っていく。魔法鉱石の鉱山で見た、魔法鉱石の輝きは一瞬で消
えうせてしまうのだ。それを防ぐために、空気に触れて酸化する前に研磨石で
磨き上げるのだ。それは素早さと繊細さを要する作業である。正にドワーフに
うってつけの作業であった。
鉱石を研磨し終わると、微細な粒子を内包した仄かに青く光る宝石へと変貌
した。それはまるで深い海の底の様な色であり、また、遥かに高い空の色でも
あった。ヴォルボはそれを更に細かく砕いていく。そして磨き上げて小さな宝
石の塊へと変えていった。
次に取り出したのは、何の変哲も無い銀板である。その銀板を打ち込んで、
細かく模様を入れていく。それはまるで花畑のようであり、所々穴が開いてい
て何かをはめ込める様になっている。丁度中央部にあたる部分には何かの鳥の
ような形に穴を穿ち、形作っていく。
本当に細かい作業を、熱心に着実に形にしていく。
銀板の作業が終わったところで、次に移ったのははめ込む作業だった。
先程細かく砕いて加工した魔法鉱石の欠片を銀板の穴の部分に埋め込んでい
く。中央に掘り込まれた鳥の模りにも魔法鉱石を埋め込んでいく。嵌め込まれ
ていく過程で、その姿が露わになっていく。その形は、孔雀だった。美しい虹
色の尾を広げた雄の孔雀。それが中央に堂々と掘り込まれていた。
「よし! 出来た! 後は……」
後は髪飾りとしての機能を持たせるだけである。
銀板の裏に模っておいた筒の中に蝶番を取り付けて、髪に留めるための金具
を取り付ける。これで髪留めは完成だ。
後はこれを彼女に届けるだけだ。付けて貰えるだろうか。孔雀を模った髪留
め。
彼女には、孔雀のような豪華なものが良く似合う。そう考えて、ヴォルボは
笑みがこぼれるのを覚えた。髭に隠れていて見えないが、口角は上がってい
た。
マリリアンに贈ろうと部屋を出ようとした時、ヴォルボは奇妙な叫び声のよ
うな呻き声のような声ともとれない奇声を聞いた。同時に街路を走っていくよ
うな荒々しい足音も聞こえて来た。一人ではない。声は一人のものだが、足音
は数人のものだ。
ヴォルボはその奇声の所在を見るべく、窓に走り寄った。
窓から見えたものは――。
なんと形容したらいいのか。
一言で言って、男が包丁を片手に走っていた。
男は、二十代後半から四十代前半くらいに見える。一目でくたびれたと言う
形容詞が思いつくような、そんな男だった。大きな背負い鞄を背負った、勘違
いした冒険者。そんな出で立ちだ。
その後ろから男に負けぬ勢いで、一目でチャーハン魔王と解る格好をした男
が通りを横切って公園の方へと走り去って行く所だった。
ヴォルボはそれらを見てから、「はて、アレは何なのだろう」と首を傾げ
た。包丁を持った男の後ろにいた男がチャーハン魔王だと解ってしまった自分
にも首を傾げた。
それはともかく置いといて、と思い直しヴォルボは急いで通りに出ることに
した。
*■□*
通りに出て、最初に目に入ったのは、魔方陣だった。
紙に書いた魔法陣が通りの中央に広げられて落ちていた。そしてそれを落と
したらしい、黒ローブの男が自分の目の前を通り過ぎていくのをも目撃した。
ヴォルボはそれだけでそいつが何をやろうとしているのか、図りかねてい
た。だから、行動が遅くなった。
だから、少女がその魔法陣の書かれた紙を踏みつけて、瞬間移動させられる
のを止める事が出来なかった。その少女は、藍色の髪を型までの高さで切り揃
えていて、緑色の目は大きくくりっとしていて、薄く赤い唇が笑んでいた。鼻
は高く、何処から見ても美少女だった。普通の人間が見れば。だが、目撃して
いたのは残念なことにヴォルボだった。彼の目には彼女の美貌は不細工に映っ
ていた。
その少女が紙を踏みつけた途端に、無数の煙と共に跡形も無く消えたのだ。
恐らくどこかへと飛ばされたのだろう。黒ローブの男の口角が、笑みの形に歪
んでいた。ただの笑いじゃない。邪念が篭った笑みだった。
流石にその光景を見て、ヴォルボも気付かぬ筈がなかった。
黒ローブの男が仕掛けた。
その事実に辿り着くのにさほど時間はかからなかった。
そしてたっぷり一秒経った後、立ち去る黒ローブの背に指を突きつけて叫ん
だ。
「こらぁ! そこの君! ちょっとまったぁ!」