PC:礫 メイ
NPC:キシェロ
場所:トーポウ
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
出会いとは奇妙なものだ。
村を出て、当て所なく各地の村や町や遺跡などをフラフラしていたら、珍妙
な生き物――妖精にぶつかった。しかも、よりにもよってその少女は突然泣き
出してしまったのだ。「どうしたの?」と宥めてみても、余計に涙腺を緩める
ばかり。如何せん往来のど真ん中なので、弱った事になってしまった。
そして、少女の困り事を解決する手伝いをすることになってしまった。
少女の名は、メイリーフといった。
そして、泣いたカラスが一瞬で笑い出した。
「あー、んと、取り敢えず涙拭こうか」
礫は一つ提案した。
メイは涙を拭く事も忘れて、喜びを噛み締めているからだ。
「あっ、そうだね」
小さな手の甲で必死に涙を拭うメイ。その行為が可愛らしくて、つい目を細
めてしまう礫。取り出したハンカチーフがメイに対して大き過ぎる事に気付い
て、慌ててしまいこむ。どうやって拭いてあげたらいいか解らなかったから
だ。一体妖精はハンカチーフを持っているのだろうかなどと、ぜんぜんその場
に関係ない事を考えたりした。
暫くして、メイがその小さな腕を涙で濡れそぼらせながらやっと涙を拭き終
った頃合を見計らって、もう一つ提案した。
「取り敢えずさ、ここから動かない? お腹空いてない? 喉渇いてない?
どこかに入ろうか」
「お腹? 空いてるー!」
二人はどこか近くに食堂らしき店がないか探しに、歩き出した。
その後ろ、数歩後方に退いた所に男の影が見える。男は陰鬱な眼窩を光らせ
て、何やら熱心に見詰めている。まるで何かを思い詰めたかのようだ。二人が
歩き出した頃合を見計らって、男も後を付けるように動き出した。その影は建
物の陰に隠れ潜むようにひっそりと移動していった。
*□■*
ここにも、奇妙な出会いを体験した男がいた。
男はその出会いを目撃したとき――その珍妙な生物を目撃したとき、ぴんと
来るものがあった。
男には、長年悩み苦しんできた悩みがあった。その悩みとは、見世物小屋を
この先ずっと経営し続けていく事であった。男が経営する見世物小屋は、今や
経営困難に陥っていた。今のままではこの先ずっと続けていくなど夢物語だろ
う。マンネリ化した見世物に、客は飽きてきている。おまけに胡散臭がる客も
出てきている始末だ。無理もない。猿のミイラと魚のミイラを足して、人魚の
ミイラとして見世物にしているのだから。今の見世物は、本物じゃない。
本物が必要だった。
今以上の。
今目の前にいる生物――妖精と言う――は、正にうってつけだった。
長年見世物小屋を経営して旅をしてきた男の、勘だった。
男の行動は素早かった。少女と、少年を尾行し始めたのだ。
行動原理は簡単だった。「捕らえて、見世物にする」これに尽きる。しか
も、生きたままで。彼のターゲットは少女の方、妖精だった。少年などどうで
も良い。しかし、邪魔立てするならば手段は選ばない。
男は執念にぎらつく目を少年と少女に一心に向けながら、静かに後を付けて
行く。
音を立ててもし相手に気付かれたら、アウトだ。二人の後を、付かず離れず
身長に尾行していく。
男が、二人が洒落た食堂に入って行くのを見届けて自分も食堂に入ろうとし
たその時、
「うぉーい! キシェロさん!」
溌剌[はつらつ]とした声に呼び掛けられて、キシェロと呼ばれた男は猫背を
大仰に震わせて肩を掬わせびくつきながら振り返った。
「どうしたんです? 見世物小屋の方ほっぽっといて、こんな所で」
そういって気さくに声を掛けてきた男は、キシェロの見知った顔だった。
この街の青年で、よく見世物小屋に見に来ている若者だ。物珍しいものが大
好きなのだという。好奇心旺盛な瞳をいつもキラキラさせて、覗きにやってく
る一ファンだった。数少ない、ファンの一人だ。
「いや、何ね、とてもいいものを見つけて」
しきりに眼鏡を直しながら答えるキシェロ。眼鏡の奥の眼窩は落ち窪んでい
る。
「いいものって、何ですか!?」
青年は目をキラキラ輝かせて訊ねてきた。とても、何かを期待した瞳だ。
キシェロは本能で、この青年の期待に応えなくてはならないと思った。
そして、青年の期待に応えるためにも今の尾行を続けて、機会が訪れたらあ
の妖精を手に入れなければならないと思った。絶対に失敗してはならないと
も。
キシェロは、青年に今改めて訪れた決心が解る様に微笑んだ。
眼鏡の奥の瞳は、希望に満ちていた。
*□■*
「何、食べる?」
礫は、食堂に入って店員に案内された席に座るとメイに訊ねた。
傍から見ると礫が一人で座っているように見えるけれど、ようく見ればその
丸テーブルの上に置かれた礫の左腕の上に、緑色の髪の毛の小さな女の子が乗
って据わっているのが解る。礫と同じように、メニューが書かれた冊子を覗い
ている。
「んーっと、あたしはねぇ、若鶏のクリームスープとホイエルンのバター炒
め」
「んじゃあ、僕は朝色茸のカボチャクリームパスタ。カモミールの紅茶もつけ
ようかな」
店員を呼んで、注文をする礫。
暫くして、最初の一品が運ばれてきた。
NPC:キシェロ
場所:トーポウ
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
出会いとは奇妙なものだ。
村を出て、当て所なく各地の村や町や遺跡などをフラフラしていたら、珍妙
な生き物――妖精にぶつかった。しかも、よりにもよってその少女は突然泣き
出してしまったのだ。「どうしたの?」と宥めてみても、余計に涙腺を緩める
ばかり。如何せん往来のど真ん中なので、弱った事になってしまった。
そして、少女の困り事を解決する手伝いをすることになってしまった。
少女の名は、メイリーフといった。
そして、泣いたカラスが一瞬で笑い出した。
「あー、んと、取り敢えず涙拭こうか」
礫は一つ提案した。
メイは涙を拭く事も忘れて、喜びを噛み締めているからだ。
「あっ、そうだね」
小さな手の甲で必死に涙を拭うメイ。その行為が可愛らしくて、つい目を細
めてしまう礫。取り出したハンカチーフがメイに対して大き過ぎる事に気付い
て、慌ててしまいこむ。どうやって拭いてあげたらいいか解らなかったから
だ。一体妖精はハンカチーフを持っているのだろうかなどと、ぜんぜんその場
に関係ない事を考えたりした。
暫くして、メイがその小さな腕を涙で濡れそぼらせながらやっと涙を拭き終
った頃合を見計らって、もう一つ提案した。
「取り敢えずさ、ここから動かない? お腹空いてない? 喉渇いてない?
どこかに入ろうか」
「お腹? 空いてるー!」
二人はどこか近くに食堂らしき店がないか探しに、歩き出した。
その後ろ、数歩後方に退いた所に男の影が見える。男は陰鬱な眼窩を光らせ
て、何やら熱心に見詰めている。まるで何かを思い詰めたかのようだ。二人が
歩き出した頃合を見計らって、男も後を付けるように動き出した。その影は建
物の陰に隠れ潜むようにひっそりと移動していった。
*□■*
ここにも、奇妙な出会いを体験した男がいた。
男はその出会いを目撃したとき――その珍妙な生物を目撃したとき、ぴんと
来るものがあった。
男には、長年悩み苦しんできた悩みがあった。その悩みとは、見世物小屋を
この先ずっと経営し続けていく事であった。男が経営する見世物小屋は、今や
経営困難に陥っていた。今のままではこの先ずっと続けていくなど夢物語だろ
う。マンネリ化した見世物に、客は飽きてきている。おまけに胡散臭がる客も
出てきている始末だ。無理もない。猿のミイラと魚のミイラを足して、人魚の
ミイラとして見世物にしているのだから。今の見世物は、本物じゃない。
本物が必要だった。
今以上の。
今目の前にいる生物――妖精と言う――は、正にうってつけだった。
長年見世物小屋を経営して旅をしてきた男の、勘だった。
男の行動は素早かった。少女と、少年を尾行し始めたのだ。
行動原理は簡単だった。「捕らえて、見世物にする」これに尽きる。しか
も、生きたままで。彼のターゲットは少女の方、妖精だった。少年などどうで
も良い。しかし、邪魔立てするならば手段は選ばない。
男は執念にぎらつく目を少年と少女に一心に向けながら、静かに後を付けて
行く。
音を立ててもし相手に気付かれたら、アウトだ。二人の後を、付かず離れず
身長に尾行していく。
男が、二人が洒落た食堂に入って行くのを見届けて自分も食堂に入ろうとし
たその時、
「うぉーい! キシェロさん!」
溌剌[はつらつ]とした声に呼び掛けられて、キシェロと呼ばれた男は猫背を
大仰に震わせて肩を掬わせびくつきながら振り返った。
「どうしたんです? 見世物小屋の方ほっぽっといて、こんな所で」
そういって気さくに声を掛けてきた男は、キシェロの見知った顔だった。
この街の青年で、よく見世物小屋に見に来ている若者だ。物珍しいものが大
好きなのだという。好奇心旺盛な瞳をいつもキラキラさせて、覗きにやってく
る一ファンだった。数少ない、ファンの一人だ。
「いや、何ね、とてもいいものを見つけて」
しきりに眼鏡を直しながら答えるキシェロ。眼鏡の奥の眼窩は落ち窪んでい
る。
「いいものって、何ですか!?」
青年は目をキラキラ輝かせて訊ねてきた。とても、何かを期待した瞳だ。
キシェロは本能で、この青年の期待に応えなくてはならないと思った。
そして、青年の期待に応えるためにも今の尾行を続けて、機会が訪れたらあ
の妖精を手に入れなければならないと思った。絶対に失敗してはならないと
も。
キシェロは、青年に今改めて訪れた決心が解る様に微笑んだ。
眼鏡の奥の瞳は、希望に満ちていた。
*□■*
「何、食べる?」
礫は、食堂に入って店員に案内された席に座るとメイに訊ねた。
傍から見ると礫が一人で座っているように見えるけれど、ようく見ればその
丸テーブルの上に置かれた礫の左腕の上に、緑色の髪の毛の小さな女の子が乗
って据わっているのが解る。礫と同じように、メニューが書かれた冊子を覗い
ている。
「んーっと、あたしはねぇ、若鶏のクリームスープとホイエルンのバター炒
め」
「んじゃあ、僕は朝色茸のカボチャクリームパスタ。カモミールの紅茶もつけ
ようかな」
店員を呼んで、注文をする礫。
暫くして、最初の一品が運ばれてきた。
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PC:礫 メイ
NPC:キシェロ 店員
場所:トーポウ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あ」
メイが声を上げたのは、礫が店員に注文をし終えた時だった。
「どうしたの? もっと何か頼む?」
尋ねる礫はあくまでも優しい。
メイは、首を横に振った。
「……あたしの注文ってさ」
両足を交互にぶらぶらと揺らしながら、メイはテーブルの木目をじっと見つめる。
その横顔はどこか真剣……というべきか、真面目な表情だった。
「注文がどうかした?」
「うん……れっきーと同じぐらいの量で来るのかな、って思って」
「…………」
礫はしばらく固まった。
メイは今度は腕組みをし、む~……と難しい顔をする。
「もしさ、れっきーと同じぐらいだったら、あたし、食べきれないよ? 食べ物残し
ちゃいけないって、じい様も言ってたし……」
どうしよう~……とメイはぺしゃんこな気分だった。
「あ、あのさ」
そんなメイに、礫は微笑みかけた。
「もし人間用のサイズで出てきたら、なんとか食べられるだけ片付けるよ」
「……礫って大食い?」
メイの問いかけに、礫はほんの少し考え込む。
「普通、ぐらいだと思う……けど」
「はいよ、お待ちどうさま」
中年ぐらいの女の声とともに、メイの周囲に影が落ちる。
顔を上げると、エプロンをかけた中年女が、料理を載せているらしい木のおぼんを手
に現れたところだった。
女は、運んできた料理を、手際よくてきぱきとテーブルに並べてゆく。
ほわほわと湯気を立てる、カモミールの紅茶。
そして……人間の料理のことは詳しくわからないのだが、パスタの上にカボチャの風
味を感じるソースがかかっているから、隣の皿に盛りつけられているのが『朝色茸の
カボチャクリームパスタ』というやつなのだろう。
メイにとってはまさしくパスタの山である。
(ちょっとだけ食べてみたいなぁ……って、いかんいかんっ)
慌ててメイは思考を戻した。
さて、自分の注文はどんなことになっているのか。
人間用のサイズだったら、礫が少々苦しい思いをすることになろう。
(うぅ、ごめん、れっきー)
早くも食べ過ぎで苦しむ礫の姿を思い浮かべ、メイはちょっとした罪悪感を感じてい
た。
「それから、あなたのはこっちね」
店員はそう言うと、メイの注文分の料理をテーブルに並べ始めた。
「うわあ」
メイは、自分の前に置かれた皿を見て感嘆の声を上げた。
小さな……そう、小さな妖精であるメイにとって『ちょうどよい』サイズの食器の中
に、注文した『若鶏のクリームスープ』と『ホイエルンのバター焼き』が盛りつけら
れていたのだ。
感心すべきは容器に盛りつけてあるだけではなく、材料までがきちんと容器に見合う
ように小さく切られている点である。
まさしく職人技、という他にない。
「店長の娘さんがおチビの頃に使ってたやつだから、ちょっと古いけどね。ちゃんと
綺麗に
洗ってあるから、使ってちょうだい」
「えへへ、ありがと!」
メイは女性の顔を見上げ、笑顔を見せた。
その様子を、やや離れた席からじっと見つめつつ、キシェロはコーヒーをすすってい
た。
別に、コーヒーなど飲みたくもなかった。
しかし、食堂に入っておきながら注文もせずに居座っているというのも目立つと思
い、一番安いものを注文したのである。
安いコーヒーはただもの熱い上、砂糖とミルクをたっぷり入れて苦味を誤魔化さねば
とても飲めないような代物だった。
おまけに、飲みこんだ後に舌に酸っぱさが残る。
本当はブラックで飲むのが好きだったキシェロだが、今回ばかりは仕方なく、主義に
反して砂糖とミルクをたっぷり入れた。
『それ』は、もはやコーヒーというよりも『砂糖とミルクの水溶液』とでも呼びたい
ような有り様だった。
主義に反したコーヒーは、彼に憩いの時間を与えるどころか、活力をガリガリと削り
落としてゆく。
俗に、甘いものは疲労に良いというが、この場合、当てはまりそうにない。
「いただきます」
「いっただきまーすっ」
見ているうちに、少年と妖精とが仲良く食事を始めた。
妖精用の食器など、普通、置いてあるものだろうか……と疑問に思い、妖精の使って
いる食器を観察してみると、それはどうやら人形遊びなどで使うおもちゃのようであ
る。
――そうだ。
彼の脳裏に、突如として閃きが起こった。
妖精を捕まえた後のことも考えておかなくてはならない。
そのことに気付いた彼は、脳みそを目まぐるしく回転させる。
妖精を捕まえた後、どうやって見世物小屋に置こう。
ありきたりな、鳥かごに入れて飾っておくようなものでは駄目だ。つまらない。
何より、妖精を引きたてることができない。
人形用に作られた家……そう、ドールハウスを用意しよう。
食器や家具類も、一通りそろえてやらなくては。
それから、忘れてはならないのが衣服だ。
飾るためのものなのだから、できるだけたくさん用意しておこう。
それもやはり、人形用のものを見繕うとしよう。
そのためには、まず。
(妖精を確実に捕まえる方法を考えないと……な)
甘ったるい液体を口の中に流し込み、キシェロは近くにいた店員を呼ぶ。
今度は、ブラックで飲んでも美味しい、値段の高いコーヒーを注文しよう。
時間つぶしのためではなく、すっきりとした頭で捕獲方法を考えるために。
NPC:キシェロ 店員
場所:トーポウ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あ」
メイが声を上げたのは、礫が店員に注文をし終えた時だった。
「どうしたの? もっと何か頼む?」
尋ねる礫はあくまでも優しい。
メイは、首を横に振った。
「……あたしの注文ってさ」
両足を交互にぶらぶらと揺らしながら、メイはテーブルの木目をじっと見つめる。
その横顔はどこか真剣……というべきか、真面目な表情だった。
「注文がどうかした?」
「うん……れっきーと同じぐらいの量で来るのかな、って思って」
「…………」
礫はしばらく固まった。
メイは今度は腕組みをし、む~……と難しい顔をする。
「もしさ、れっきーと同じぐらいだったら、あたし、食べきれないよ? 食べ物残し
ちゃいけないって、じい様も言ってたし……」
どうしよう~……とメイはぺしゃんこな気分だった。
「あ、あのさ」
そんなメイに、礫は微笑みかけた。
「もし人間用のサイズで出てきたら、なんとか食べられるだけ片付けるよ」
「……礫って大食い?」
メイの問いかけに、礫はほんの少し考え込む。
「普通、ぐらいだと思う……けど」
「はいよ、お待ちどうさま」
中年ぐらいの女の声とともに、メイの周囲に影が落ちる。
顔を上げると、エプロンをかけた中年女が、料理を載せているらしい木のおぼんを手
に現れたところだった。
女は、運んできた料理を、手際よくてきぱきとテーブルに並べてゆく。
ほわほわと湯気を立てる、カモミールの紅茶。
そして……人間の料理のことは詳しくわからないのだが、パスタの上にカボチャの風
味を感じるソースがかかっているから、隣の皿に盛りつけられているのが『朝色茸の
カボチャクリームパスタ』というやつなのだろう。
メイにとってはまさしくパスタの山である。
(ちょっとだけ食べてみたいなぁ……って、いかんいかんっ)
慌ててメイは思考を戻した。
さて、自分の注文はどんなことになっているのか。
人間用のサイズだったら、礫が少々苦しい思いをすることになろう。
(うぅ、ごめん、れっきー)
早くも食べ過ぎで苦しむ礫の姿を思い浮かべ、メイはちょっとした罪悪感を感じてい
た。
「それから、あなたのはこっちね」
店員はそう言うと、メイの注文分の料理をテーブルに並べ始めた。
「うわあ」
メイは、自分の前に置かれた皿を見て感嘆の声を上げた。
小さな……そう、小さな妖精であるメイにとって『ちょうどよい』サイズの食器の中
に、注文した『若鶏のクリームスープ』と『ホイエルンのバター焼き』が盛りつけら
れていたのだ。
感心すべきは容器に盛りつけてあるだけではなく、材料までがきちんと容器に見合う
ように小さく切られている点である。
まさしく職人技、という他にない。
「店長の娘さんがおチビの頃に使ってたやつだから、ちょっと古いけどね。ちゃんと
綺麗に
洗ってあるから、使ってちょうだい」
「えへへ、ありがと!」
メイは女性の顔を見上げ、笑顔を見せた。
その様子を、やや離れた席からじっと見つめつつ、キシェロはコーヒーをすすってい
た。
別に、コーヒーなど飲みたくもなかった。
しかし、食堂に入っておきながら注文もせずに居座っているというのも目立つと思
い、一番安いものを注文したのである。
安いコーヒーはただもの熱い上、砂糖とミルクをたっぷり入れて苦味を誤魔化さねば
とても飲めないような代物だった。
おまけに、飲みこんだ後に舌に酸っぱさが残る。
本当はブラックで飲むのが好きだったキシェロだが、今回ばかりは仕方なく、主義に
反して砂糖とミルクをたっぷり入れた。
『それ』は、もはやコーヒーというよりも『砂糖とミルクの水溶液』とでも呼びたい
ような有り様だった。
主義に反したコーヒーは、彼に憩いの時間を与えるどころか、活力をガリガリと削り
落としてゆく。
俗に、甘いものは疲労に良いというが、この場合、当てはまりそうにない。
「いただきます」
「いっただきまーすっ」
見ているうちに、少年と妖精とが仲良く食事を始めた。
妖精用の食器など、普通、置いてあるものだろうか……と疑問に思い、妖精の使って
いる食器を観察してみると、それはどうやら人形遊びなどで使うおもちゃのようであ
る。
――そうだ。
彼の脳裏に、突如として閃きが起こった。
妖精を捕まえた後のことも考えておかなくてはならない。
そのことに気付いた彼は、脳みそを目まぐるしく回転させる。
妖精を捕まえた後、どうやって見世物小屋に置こう。
ありきたりな、鳥かごに入れて飾っておくようなものでは駄目だ。つまらない。
何より、妖精を引きたてることができない。
人形用に作られた家……そう、ドールハウスを用意しよう。
食器や家具類も、一通りそろえてやらなくては。
それから、忘れてはならないのが衣服だ。
飾るためのものなのだから、できるだけたくさん用意しておこう。
それもやはり、人形用のものを見繕うとしよう。
そのためには、まず。
(妖精を確実に捕まえる方法を考えないと……な)
甘ったるい液体を口の中に流し込み、キシェロは近くにいた店員を呼ぶ。
今度は、ブラックで飲んでも美味しい、値段の高いコーヒーを注文しよう。
時間つぶしのためではなく、すっきりとした頭で捕獲方法を考えるために。
PC:礫 メイ
NPC:引ったくりの少年
場所:トーポウ
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
礫にとってそれは、幸せな一時だった。
親友と呼べる者も居ない、親しき者など居ない世界でずっと過ごしてきた。だから、こ
ういうシチュエーションに慣れていないのだ。今の今まで、孤独な世界で生きてきた。世
界というものは、暗幕で覆われているのではないかと思うことすらあった。寂しかった。
ずっとずっと、心を一にすることが出来る人が欲しかった。心合いの通える友達が欲しか
った。
メイは、自分に対して気さくにも声を掛けてきてくれた。
例え偶然出会ったにせよ、言葉を通わすことが出来る友達になった。
でも、それはまやかしにしか過ぎないのかもしれない。例え言葉を通わすことが出来る
友達になったとしても、友達から進展して親友になったとしても、真に心を通わすことは
出来ないだろう。心の探りあいは、もう嫌だった。心の奥底からわだかまりを消し去りた
かった。礫は、そんな事を考えると不意に表情が暗くなるのだった。
でも、だからこそ、否、例えそうであったとしても、今を楽しもう。
少なくとも今、この瞬間、楽しいと思っている自分は本物だから。
楽しい一瞬一瞬を出来るだけ楽しもう、大切にしようと、メイに微笑みかける礫。メイ
も礫の想いに気付いているのかいないのか、微笑んだ礫に微笑み返す。互いに微笑み会う
二人は、まるで恋人同士のようであった。傍から見れば、誤解されることこの上ないだろ
う。
実に微笑ましい、時間がつつがなく流れていった。
二人は談笑し、美味しい料理を上積みするようにさらに美味しく召し上がった。
「デザートも食べる?」
最後の料理を平らげて、人心地付いた頃合を見計らうように礫が言った。
「んーん。いらなーい。もう、お腹一杯」
じゃあ、ということで礫はメイが何処から来たのか訊ねて見ることにした。場所が特定
できなければ、そこに行く事など到底出来ないからだ。場所が解ったら後は、地図に照ら
し合わせてみるだけだ。その意図を含ませながら、礫は質問をぶつけてみた。そうしたら、
あろうことかメイは知っていてさも当然の如くのたまって胸を反らせた。
「あたしが居た場所? 妖精の森よ」
「……」
この答えには、流石の礫も絶句するしかなかった。
「あー……じゃあ、さ。何処から来たかとか……そうだ! 取り敢えず、宿に戻ろうよ。
宿に戻れば地図があるから……」
「地図? そんなの必要あんの?」
礫は、唖然とした。
地図を知らずに旅をするものなど居ない。例え小旅行といえども、地図を見ずに自分の
住んでいる町を出ることなど無謀を通り越して、死に急ぐようなものだし、今の時代、ギ
ルドによって完成された地図が多数出回っているので、比較的安価で手に入れることが出
来る。冒険者を名乗るものならば、地図は命を繋ぐ大切な道具なのだ。何処に村や町があ
るか、現在地からの距離など冒険をしていて知らなければ成らないことは数多ある。だか
らこそ、地図は必要不可欠なのだ。それを、こともあろうに「必要あんの?」と言い切っ
てしまった。
礫は、苦味交じりの忍び笑いを止める事が出来なかった。
「なーに? れっきー。何さー!」
メイは膨れてあらぬほうを向いてしまった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「取り敢えず、宿に帰るよ」
頼んだメニューの全てを食べ終えて、やや膨れ過ぎたお腹を落ち着かせて、店側への清
算を済ませて店を後にして数歩歩いたところで、礫が言った。
「えー!? 宿ってなにー!?」
いい加減予想通りの反応に、礫は律儀にも応えてやる。
「うん。この世界には、宿屋って言うのがあってね、僕みたいに旅をしている冒険者や旅
人なんかを泊めたり――ああ、泊めるってのはご飯を食べさせたり、一晩寝るところを貸
したりする事ね――するところなんだ。僕がとった宿に行こうよ。そこに荷物も置いてあ
るからさ」
噛み砕いて説明したつもりだ。これで解らなければ、もうお手上げだ。
メイは、理解した、とでも言うように二、三度頷いて見せた。丁度礫の方のところにち
ょこんと座って、しきりに頷いている様は、可愛らしくて微笑ましい。
それじゃ、行こうか、と行きかけたその瞬間、何かが礫の背にぶつかった。
その瞬間、礫は見た。
ぶつかって来た少年が、自分の財布を摺ろうとしているところを。
礫は咄嗟に利き腕で少年の腕を掴んだ。
「やめるんだ!」
メイは、礫が突然とんでもない大声を張り上げたものだから驚いて二、三センチ浮いた。
その羽根を羽ばたかせて、礫の頭上に浮かび上がる。邪魔になるとでも思ったのだろう。
礫はいつになく真剣な表情で、少年を睨む。少年が何か言おうとしているのを雰囲気で
図って、沈黙を保っている。少年は、目に涙を浮かべながら一言二言言い訳じみたことを
言い始めた。
「ご、ごめんなさい、お兄さん。……んと、だって、キシェロさんが、やれって言うから
…………ごめんなさい」
(キシェロ?)
礫の中にいくつかの疑問が浮かび上がったが、今は目の前の少年を諭す事に集中する。
「君は、人からやれって言われたら、何でもするのかい? 例えば、人から死ねって言わ
れたら死ぬのかい? それと同じことだぞ。人には、やっていいこととやっちゃいけない
ことってのがあるんだ。他人からやられて嫌な思いをする事は、同じことを他人にしちゃ
いけない」
「キシェロって誰?」
メイが当然もって然るべき素朴な疑問を口にする。少年は一瞬ぎょっとして逡巡した様
だったが、黙っていても仕方ないと結論が出たのか礫の後方を確認するように見遣った後、
説明の言を吐いた。
「見世物小屋の座長さんだよ」
見世物小屋。その言葉を聴いたとき、礫は茫漠とした不安を抱いた。
一体何故、見世物小屋の座長が自分達にこの少年をけしかけたのか。一体どんなカラク
リがあるというのだろうか。メイと目を見合わせて、その理由が何となくだけど頭の中に
浮かんだような気がした。見世物小屋。メイリーフという名前の妖精。この二つの間に、
何か見えない糸のようなものが結ばれているように思えた。
食事をした店から礫が取った宿までは、そう遠くなかった。
然程規模が大きく無い町の事、だから宿と食堂もそんなに離れていないのだろう。便利
ではあるけれど、楽しみが少ないという不便もある。でもだからと言って、住み慣れた町
を後にする者はこの町にはいないようである。誰の顔を見ても満足を絵に描いたような表
情だし、現に町を後にしたものはいないからだ。
「ここだよ。ここが、僕のとった宿」
「ふ~ん。…………普通ね」
「な、何を期待していたんだい!?」
「……別に」
メイはちょっと意味深な笑みでその場を流した。恐らく、過大な期待でもしていたのだ
ろうが、生憎と今の礫にはそれほど良い宿屋に泊まれるほどの備蓄はなかった。
室内の調度は予想に沿って、地味過ぎず派手過ぎずきちんと整えられていた。所謂、普
通、なのである。
「……普通、だね」
「……普通、だよ」
メイが見も蓋も無いことを虚ろな目で言って、同じく虚ろな目で重ねて答える礫。
と、礫が部屋の隅に置いてあった自分の荷物から、やおら地図を取り出すと部屋の中央
に配置している机の上に広げた。
「と、こんな事で呆然としている場合じゃなかった。メイちゃん、君の故郷の大体の位置
って解る?」
NPC:引ったくりの少年
場所:トーポウ
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
礫にとってそれは、幸せな一時だった。
親友と呼べる者も居ない、親しき者など居ない世界でずっと過ごしてきた。だから、こ
ういうシチュエーションに慣れていないのだ。今の今まで、孤独な世界で生きてきた。世
界というものは、暗幕で覆われているのではないかと思うことすらあった。寂しかった。
ずっとずっと、心を一にすることが出来る人が欲しかった。心合いの通える友達が欲しか
った。
メイは、自分に対して気さくにも声を掛けてきてくれた。
例え偶然出会ったにせよ、言葉を通わすことが出来る友達になった。
でも、それはまやかしにしか過ぎないのかもしれない。例え言葉を通わすことが出来る
友達になったとしても、友達から進展して親友になったとしても、真に心を通わすことは
出来ないだろう。心の探りあいは、もう嫌だった。心の奥底からわだかまりを消し去りた
かった。礫は、そんな事を考えると不意に表情が暗くなるのだった。
でも、だからこそ、否、例えそうであったとしても、今を楽しもう。
少なくとも今、この瞬間、楽しいと思っている自分は本物だから。
楽しい一瞬一瞬を出来るだけ楽しもう、大切にしようと、メイに微笑みかける礫。メイ
も礫の想いに気付いているのかいないのか、微笑んだ礫に微笑み返す。互いに微笑み会う
二人は、まるで恋人同士のようであった。傍から見れば、誤解されることこの上ないだろ
う。
実に微笑ましい、時間がつつがなく流れていった。
二人は談笑し、美味しい料理を上積みするようにさらに美味しく召し上がった。
「デザートも食べる?」
最後の料理を平らげて、人心地付いた頃合を見計らうように礫が言った。
「んーん。いらなーい。もう、お腹一杯」
じゃあ、ということで礫はメイが何処から来たのか訊ねて見ることにした。場所が特定
できなければ、そこに行く事など到底出来ないからだ。場所が解ったら後は、地図に照ら
し合わせてみるだけだ。その意図を含ませながら、礫は質問をぶつけてみた。そうしたら、
あろうことかメイは知っていてさも当然の如くのたまって胸を反らせた。
「あたしが居た場所? 妖精の森よ」
「……」
この答えには、流石の礫も絶句するしかなかった。
「あー……じゃあ、さ。何処から来たかとか……そうだ! 取り敢えず、宿に戻ろうよ。
宿に戻れば地図があるから……」
「地図? そんなの必要あんの?」
礫は、唖然とした。
地図を知らずに旅をするものなど居ない。例え小旅行といえども、地図を見ずに自分の
住んでいる町を出ることなど無謀を通り越して、死に急ぐようなものだし、今の時代、ギ
ルドによって完成された地図が多数出回っているので、比較的安価で手に入れることが出
来る。冒険者を名乗るものならば、地図は命を繋ぐ大切な道具なのだ。何処に村や町があ
るか、現在地からの距離など冒険をしていて知らなければ成らないことは数多ある。だか
らこそ、地図は必要不可欠なのだ。それを、こともあろうに「必要あんの?」と言い切っ
てしまった。
礫は、苦味交じりの忍び笑いを止める事が出来なかった。
「なーに? れっきー。何さー!」
メイは膨れてあらぬほうを向いてしまった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「取り敢えず、宿に帰るよ」
頼んだメニューの全てを食べ終えて、やや膨れ過ぎたお腹を落ち着かせて、店側への清
算を済ませて店を後にして数歩歩いたところで、礫が言った。
「えー!? 宿ってなにー!?」
いい加減予想通りの反応に、礫は律儀にも応えてやる。
「うん。この世界には、宿屋って言うのがあってね、僕みたいに旅をしている冒険者や旅
人なんかを泊めたり――ああ、泊めるってのはご飯を食べさせたり、一晩寝るところを貸
したりする事ね――するところなんだ。僕がとった宿に行こうよ。そこに荷物も置いてあ
るからさ」
噛み砕いて説明したつもりだ。これで解らなければ、もうお手上げだ。
メイは、理解した、とでも言うように二、三度頷いて見せた。丁度礫の方のところにち
ょこんと座って、しきりに頷いている様は、可愛らしくて微笑ましい。
それじゃ、行こうか、と行きかけたその瞬間、何かが礫の背にぶつかった。
その瞬間、礫は見た。
ぶつかって来た少年が、自分の財布を摺ろうとしているところを。
礫は咄嗟に利き腕で少年の腕を掴んだ。
「やめるんだ!」
メイは、礫が突然とんでもない大声を張り上げたものだから驚いて二、三センチ浮いた。
その羽根を羽ばたかせて、礫の頭上に浮かび上がる。邪魔になるとでも思ったのだろう。
礫はいつになく真剣な表情で、少年を睨む。少年が何か言おうとしているのを雰囲気で
図って、沈黙を保っている。少年は、目に涙を浮かべながら一言二言言い訳じみたことを
言い始めた。
「ご、ごめんなさい、お兄さん。……んと、だって、キシェロさんが、やれって言うから
…………ごめんなさい」
(キシェロ?)
礫の中にいくつかの疑問が浮かび上がったが、今は目の前の少年を諭す事に集中する。
「君は、人からやれって言われたら、何でもするのかい? 例えば、人から死ねって言わ
れたら死ぬのかい? それと同じことだぞ。人には、やっていいこととやっちゃいけない
ことってのがあるんだ。他人からやられて嫌な思いをする事は、同じことを他人にしちゃ
いけない」
「キシェロって誰?」
メイが当然もって然るべき素朴な疑問を口にする。少年は一瞬ぎょっとして逡巡した様
だったが、黙っていても仕方ないと結論が出たのか礫の後方を確認するように見遣った後、
説明の言を吐いた。
「見世物小屋の座長さんだよ」
見世物小屋。その言葉を聴いたとき、礫は茫漠とした不安を抱いた。
一体何故、見世物小屋の座長が自分達にこの少年をけしかけたのか。一体どんなカラク
リがあるというのだろうか。メイと目を見合わせて、その理由が何となくだけど頭の中に
浮かんだような気がした。見世物小屋。メイリーフという名前の妖精。この二つの間に、
何か見えない糸のようなものが結ばれているように思えた。
食事をした店から礫が取った宿までは、そう遠くなかった。
然程規模が大きく無い町の事、だから宿と食堂もそんなに離れていないのだろう。便利
ではあるけれど、楽しみが少ないという不便もある。でもだからと言って、住み慣れた町
を後にする者はこの町にはいないようである。誰の顔を見ても満足を絵に描いたような表
情だし、現に町を後にしたものはいないからだ。
「ここだよ。ここが、僕のとった宿」
「ふ~ん。…………普通ね」
「な、何を期待していたんだい!?」
「……別に」
メイはちょっと意味深な笑みでその場を流した。恐らく、過大な期待でもしていたのだ
ろうが、生憎と今の礫にはそれほど良い宿屋に泊まれるほどの備蓄はなかった。
室内の調度は予想に沿って、地味過ぎず派手過ぎずきちんと整えられていた。所謂、普
通、なのである。
「……普通、だね」
「……普通、だよ」
メイが見も蓋も無いことを虚ろな目で言って、同じく虚ろな目で重ねて答える礫。
と、礫が部屋の隅に置いてあった自分の荷物から、やおら地図を取り出すと部屋の中央
に配置している机の上に広げた。
「と、こんな事で呆然としている場合じゃなかった。メイちゃん、君の故郷の大体の位置
って解る?」
PC:礫 メイ
NPC:キシェロ
場所:トーポウ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「えーっとね」
机の上に広げられた地図の上に降り立ち、メイは首を傾げる。
「今、あたし達どこにいんの?」
「ここだよ」
礫が指差した部分には、小さな丸印とともに『トーポウ』という文字がある。
「へー、ここなんだ」
メイは、てくてくとその部分に歩み寄る。
「メイちゃん、どこの方角から来たとか、わかる?」
「わかんない」
ふるふる、とメイは首を横に振る。
「……え?」
「だって、わっかんないんだもん」
ぷぅ、と頬をふくらませ、メイは礫を見上げる。
「花畑にいてさ、カゴに入ってた花がじゅうたんみたいだったから、そこに寝転がっ
たら気持ちよくって、寝ちゃったの。そんで、気がついたら変なもじゃもじゃオヤジ
に掴まれてて」
「ちょっと待って。それじゃあ、なんとかなるかも知れない」
「えっ? えっ?」
礫の言葉に、メイはきょとんとした表情を返す。
「その……もじゃもじゃオヤジに聞いてみたら、その花がどこから来たものか、わか
るじゃないか。そうしたら、メイちゃんがいた花畑に行ける。そこまで行けば、どこ
から来たかわかるんじゃない?」
「おおっ! れっきーって頭良い!」
メイは手をポンと打ち、感嘆の声を上げた。
「良かったー、帰れるんだぁ。れっきー、ありがと!」
礫の手に自分の両手を置き、メイは安堵の表情を浮かべた。
「……良かったね」
「にひー。絶対恩返しするかんね」
その微笑みが、声が……どことなくぎこちないように思えた。
帰れる、という安堵感で満たされていく心の奥底に、わだかまりのようなものが残っ
ていることに、メイはまだ気付かなかった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
メイちゃん……。
礫に呼ばれたような気がして、メイは振り返る。
すると、そこには礫がいた。
両手いっぱいに、小さな小さな赤い実を乗せた礫が。
「うわぁ……!」
メイは、両頬を手で押さえながら目をキラキラと輝かせた。
礫の手いっぱいに乗っている赤い実は、クルの実といって、妖精……少なくともメイ
にとっては大好物の果実である。
人間にしてみれば、草の種のようなものだが。
「それ、あたしに?」
クルの実を指差しながら尋ねると、礫は爽やかに微笑んだ。
「うん、もちろんだよ」
「ホント? ホント?」
「うん、いくらでも食べていいよ。まだまだ沢山あるからね」
メイには、どういうわけか礫に後光が差して見えた。
「ありがとうっ、れっきー!」
さっそくクルの実を手に取り、メイは大口を開けてかじりついた。
しかし……なんだか妙な食感だ。
噛んでも噛んでも噛み切れないのだ。
変だなあ、と思いつつ、メイはもう一度大口を開けて――
がぶっ。
クルの実特有のみずみずしい甘さはない。
それどころか、どういうわけか親指に激痛が走った。
「いったーっ………あれ?」
気がつけば、そこは礫が取ったという宿屋の一室。
……夢、だったようである。
親指をクルの実と思いこみ、噛んでいたらしい。
その証拠に、親指にくっきりと歯型が残っている。
「…………」
大好物と間違えて自らの親指にかじりついていたなどと、これ以上の虚しさがあるだ
ろうか。
メイはどんよりとした空気をまといつつ、肩を落とした。
――ふと、視線を移せば、傍らには、横たわって静かな寝息を立てる礫がいた。
明日にそなえて寝ましょうね、ということになり、メイは礫の枕元でハンカチを掛け
布団代わりにして寝ていたのである。
どうやらメイの馬鹿な行動には気付かなかったようで、規則正しい寝息を立ててい
る。
(気付かれなくて良かった……かも)
メイは、非常に虚しい気持ちになりながら、寝なおすべくハンカチを掛けなおした。
……しかし、閉じた目をすぐに開く。
窓の方から、なんだか嗅覚を刺激する香りが漂ってくるのだ。
メイは、窓辺にひらひらと飛んで行くと、くんくん、と香りをかいでみた。
クルの実の香りだ。
窓の隙間から、クルの実の香りが漂ってきている。
頬をつねってみると、痛みがあった。
これは夢ではない。現実なのだ。
クルの実があるのだ!
そう思うと、メイの思考はクルの実のことでいっぱいになった。
「えへへへ……」
なんともたるみきった表情を浮かべ、メイは窓をわずかに押し開ける。
どうあっても食べに行くつもりである。
(朝までに帰ればいいよね)
なんとも楽天的な考えである。
口の中に溢れてくるつばを飲みこみ、外へと羽ばたいて行った。
クルの実の香りをたどると、宿の隣の空き地に着いた。
茂みにかこまれた部分に、クルの実が幾つか転がっている。
人間にしてみればどうでもいい光景だが、メイにとってはお宝が転がっているのも同
然である。
はやる気持ちを押さえつつ、すとん、と降り立つと、一つを手に取り、スカートのす
そで軽く表面を拭いた。
「いっただっきまあーすっ」
大口を開け、クルの実にかぶりつく。
今度こそ、夢ではない。
しゃりしゃりした食感と、口に広がるみずみずしい甘さ。
うっとりした表情を浮かべ、はぅ……と思わずため息をこぼす。
まさに至福の一時、とでもいうべきか。
メイは生きている幸せを感じていた。
至福の一時も良いが、ここで疑うべきである。
どうして、ここにクルの実があるのか、ということを。
がしゃぁん!と盛大な音がして、メイの体がわずかに宙に浮いた。
地面の中から、何かが勢い良く突き出してきたのである。
「………う?」
目の前に、背の高い鉄製の柵が形成されていた。
なんとなく嫌な予感がして、そのまま視線を横に滑らせると、そこにも鉄製の柵があ
る。
頭上にも、そして足元にも。
――閉じ込められた、ということを理解するのに、それほど時間はかからなかった。
「きゃーっ、ちょ、ちょっと、何よこれぇ!」
クルの実を放りだし、メイは柵に手を掛ける。
どんなに力を入れても、あまりに重くてビクともしない。
「あぁ、クルの実はやはり効くんだね。あっという間に捕まった」
にゅっと、男の顔が現れた。
眼鏡をかけた、どこか陰鬱そうな雰囲気の男だ。
しかし、目だけが異様にギラギラと輝いていて、不気味だった。
メイは、反対側の柵に逃げた。
男の吐息がかかることすら、拒みたい気持ちだった。
反対側の柵に背中をぴったりつけて、男を睨む。
「誰よっ」
「そんなに怖い顔をしないでおくれ。危害を加えるつもりはないよ」
「もう危害加えてるじゃないっ」
拳をぶんぶん振りまわし、メイは精一杯抗議の声を張り上げる。
男はひょいと肩をすくめた。
「たかだか檻に閉じ込めただけじゃないか。怪我はしていないだろう?」
「出して」
「さて、私の名前はキシェロだ。君の名前は?」
「出して」
「私は見世物小屋を経営しているのだがね、最近経営が右肩下がりで……」
「出・し・てっ!」
ふう、とキシェロと名乗った男はため息をつく。
「遠目に見た時は可愛らしいと思っていたのに、意外に気が強いね」
「わーるかったわね」
どーせ可愛くなんかないわよ、とメイは舌を出した。
脳裏に、『美人』と称される姉の姿がかすめ、不意に泣きたい気持ちになった。
「あまり騒がれると厄介だな」
ふしゅうっ、と檻の中に空気が注がれる。
それは強烈に甘い匂いで、メイの意識を絡めとった。
「……っ」
柵に寄りかかる形で、メイの体勢はずるずると崩れていった。
体の自由が効かないのだ。
ほどなく、メイの体はうつ伏せに倒れた。
死んでいるわけではない。
よく耳をすませば、くーくーというかすかな寝息が聞こえる。
キシェロは、捕獲に使った鳥かごほどの大きさの檻を持ち上げ、中にいるメイをじっ
と観察する。
先ほどまでぎゃいぎゃいとうるさかった妖精も、眠っていれば、それなりに愛らし
い。
鳥かごにそっと布をかけ、大切そうに抱える。
「さあ、私を救っておくれ。妖精さん」
キシェロは大股に茂みを踏み越え――暗がりの中に消えていった。
NPC:キシェロ
場所:トーポウ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「えーっとね」
机の上に広げられた地図の上に降り立ち、メイは首を傾げる。
「今、あたし達どこにいんの?」
「ここだよ」
礫が指差した部分には、小さな丸印とともに『トーポウ』という文字がある。
「へー、ここなんだ」
メイは、てくてくとその部分に歩み寄る。
「メイちゃん、どこの方角から来たとか、わかる?」
「わかんない」
ふるふる、とメイは首を横に振る。
「……え?」
「だって、わっかんないんだもん」
ぷぅ、と頬をふくらませ、メイは礫を見上げる。
「花畑にいてさ、カゴに入ってた花がじゅうたんみたいだったから、そこに寝転がっ
たら気持ちよくって、寝ちゃったの。そんで、気がついたら変なもじゃもじゃオヤジ
に掴まれてて」
「ちょっと待って。それじゃあ、なんとかなるかも知れない」
「えっ? えっ?」
礫の言葉に、メイはきょとんとした表情を返す。
「その……もじゃもじゃオヤジに聞いてみたら、その花がどこから来たものか、わか
るじゃないか。そうしたら、メイちゃんがいた花畑に行ける。そこまで行けば、どこ
から来たかわかるんじゃない?」
「おおっ! れっきーって頭良い!」
メイは手をポンと打ち、感嘆の声を上げた。
「良かったー、帰れるんだぁ。れっきー、ありがと!」
礫の手に自分の両手を置き、メイは安堵の表情を浮かべた。
「……良かったね」
「にひー。絶対恩返しするかんね」
その微笑みが、声が……どことなくぎこちないように思えた。
帰れる、という安堵感で満たされていく心の奥底に、わだかまりのようなものが残っ
ていることに、メイはまだ気付かなかった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
メイちゃん……。
礫に呼ばれたような気がして、メイは振り返る。
すると、そこには礫がいた。
両手いっぱいに、小さな小さな赤い実を乗せた礫が。
「うわぁ……!」
メイは、両頬を手で押さえながら目をキラキラと輝かせた。
礫の手いっぱいに乗っている赤い実は、クルの実といって、妖精……少なくともメイ
にとっては大好物の果実である。
人間にしてみれば、草の種のようなものだが。
「それ、あたしに?」
クルの実を指差しながら尋ねると、礫は爽やかに微笑んだ。
「うん、もちろんだよ」
「ホント? ホント?」
「うん、いくらでも食べていいよ。まだまだ沢山あるからね」
メイには、どういうわけか礫に後光が差して見えた。
「ありがとうっ、れっきー!」
さっそくクルの実を手に取り、メイは大口を開けてかじりついた。
しかし……なんだか妙な食感だ。
噛んでも噛んでも噛み切れないのだ。
変だなあ、と思いつつ、メイはもう一度大口を開けて――
がぶっ。
クルの実特有のみずみずしい甘さはない。
それどころか、どういうわけか親指に激痛が走った。
「いったーっ………あれ?」
気がつけば、そこは礫が取ったという宿屋の一室。
……夢、だったようである。
親指をクルの実と思いこみ、噛んでいたらしい。
その証拠に、親指にくっきりと歯型が残っている。
「…………」
大好物と間違えて自らの親指にかじりついていたなどと、これ以上の虚しさがあるだ
ろうか。
メイはどんよりとした空気をまといつつ、肩を落とした。
――ふと、視線を移せば、傍らには、横たわって静かな寝息を立てる礫がいた。
明日にそなえて寝ましょうね、ということになり、メイは礫の枕元でハンカチを掛け
布団代わりにして寝ていたのである。
どうやらメイの馬鹿な行動には気付かなかったようで、規則正しい寝息を立ててい
る。
(気付かれなくて良かった……かも)
メイは、非常に虚しい気持ちになりながら、寝なおすべくハンカチを掛けなおした。
……しかし、閉じた目をすぐに開く。
窓の方から、なんだか嗅覚を刺激する香りが漂ってくるのだ。
メイは、窓辺にひらひらと飛んで行くと、くんくん、と香りをかいでみた。
クルの実の香りだ。
窓の隙間から、クルの実の香りが漂ってきている。
頬をつねってみると、痛みがあった。
これは夢ではない。現実なのだ。
クルの実があるのだ!
そう思うと、メイの思考はクルの実のことでいっぱいになった。
「えへへへ……」
なんともたるみきった表情を浮かべ、メイは窓をわずかに押し開ける。
どうあっても食べに行くつもりである。
(朝までに帰ればいいよね)
なんとも楽天的な考えである。
口の中に溢れてくるつばを飲みこみ、外へと羽ばたいて行った。
クルの実の香りをたどると、宿の隣の空き地に着いた。
茂みにかこまれた部分に、クルの実が幾つか転がっている。
人間にしてみればどうでもいい光景だが、メイにとってはお宝が転がっているのも同
然である。
はやる気持ちを押さえつつ、すとん、と降り立つと、一つを手に取り、スカートのす
そで軽く表面を拭いた。
「いっただっきまあーすっ」
大口を開け、クルの実にかぶりつく。
今度こそ、夢ではない。
しゃりしゃりした食感と、口に広がるみずみずしい甘さ。
うっとりした表情を浮かべ、はぅ……と思わずため息をこぼす。
まさに至福の一時、とでもいうべきか。
メイは生きている幸せを感じていた。
至福の一時も良いが、ここで疑うべきである。
どうして、ここにクルの実があるのか、ということを。
がしゃぁん!と盛大な音がして、メイの体がわずかに宙に浮いた。
地面の中から、何かが勢い良く突き出してきたのである。
「………う?」
目の前に、背の高い鉄製の柵が形成されていた。
なんとなく嫌な予感がして、そのまま視線を横に滑らせると、そこにも鉄製の柵があ
る。
頭上にも、そして足元にも。
――閉じ込められた、ということを理解するのに、それほど時間はかからなかった。
「きゃーっ、ちょ、ちょっと、何よこれぇ!」
クルの実を放りだし、メイは柵に手を掛ける。
どんなに力を入れても、あまりに重くてビクともしない。
「あぁ、クルの実はやはり効くんだね。あっという間に捕まった」
にゅっと、男の顔が現れた。
眼鏡をかけた、どこか陰鬱そうな雰囲気の男だ。
しかし、目だけが異様にギラギラと輝いていて、不気味だった。
メイは、反対側の柵に逃げた。
男の吐息がかかることすら、拒みたい気持ちだった。
反対側の柵に背中をぴったりつけて、男を睨む。
「誰よっ」
「そんなに怖い顔をしないでおくれ。危害を加えるつもりはないよ」
「もう危害加えてるじゃないっ」
拳をぶんぶん振りまわし、メイは精一杯抗議の声を張り上げる。
男はひょいと肩をすくめた。
「たかだか檻に閉じ込めただけじゃないか。怪我はしていないだろう?」
「出して」
「さて、私の名前はキシェロだ。君の名前は?」
「出して」
「私は見世物小屋を経営しているのだがね、最近経営が右肩下がりで……」
「出・し・てっ!」
ふう、とキシェロと名乗った男はため息をつく。
「遠目に見た時は可愛らしいと思っていたのに、意外に気が強いね」
「わーるかったわね」
どーせ可愛くなんかないわよ、とメイは舌を出した。
脳裏に、『美人』と称される姉の姿がかすめ、不意に泣きたい気持ちになった。
「あまり騒がれると厄介だな」
ふしゅうっ、と檻の中に空気が注がれる。
それは強烈に甘い匂いで、メイの意識を絡めとった。
「……っ」
柵に寄りかかる形で、メイの体勢はずるずると崩れていった。
体の自由が効かないのだ。
ほどなく、メイの体はうつ伏せに倒れた。
死んでいるわけではない。
よく耳をすませば、くーくーというかすかな寝息が聞こえる。
キシェロは、捕獲に使った鳥かごほどの大きさの檻を持ち上げ、中にいるメイをじっ
と観察する。
先ほどまでぎゃいぎゃいとうるさかった妖精も、眠っていれば、それなりに愛らし
い。
鳥かごにそっと布をかけ、大切そうに抱える。
「さあ、私を救っておくれ。妖精さん」
キシェロは大股に茂みを踏み越え――暗がりの中に消えていった。
PC:礫 (メイ)
NPC:引ったくりの少年 花売りのおじさん
場所:トーポウ
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
そうか。幸せってこういうものなんだ。
家族って、こういうものなんだ。
メイちゃんといるとまるで、血を分けた本当の家族と暮らしているみたいな気分になる。
いや、彼女に対してはもっとこう、家族以外の、家族以上の何かとても暖かい感情を抱
いてしまう。彼女を見ていると、体の奥底から湧き上がってくる熱い何かを感じずにはい
られない。彼女は、本当の家族以上の――。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
金糸が室内に差し込み、礫の頬を刺す。暗色に支配されていた室内が黄金色の輝きに染
まっていき、色を取り戻す。人生で何度目かの朝がやってきた。足元に陽が差し込んで来
たところで、漸く意識が浮上する礫。ゆっくりと重たい瞼を上に押し上げる。目を開けた
だけで、暫く固まっている。布団から這い出すのが億劫でならない。朝が来た、というこ
とは日光の差し込み具合で何となく解るが、如何せん頭が働かない。憂鬱そうに視線だけ
で、室内を見渡す。メイの姿が無いのを見て取ると、未だに夢見心地な頭で必死に考える。
そして出した結論が、散歩だった。
「うん。多分、メイちゃんは、朝の散歩に行っているんだ。きっとそうだよ。だって、朝
の空気は清々しいからね」
礫は、自分に言い聞かせるように呟く。何か、思い込みめいて宙に虚しく散る。
言葉尻を取るならそれは不安めいた独り言でしかなかった。朝起きて、メイちゃんにお
はようの挨拶をしよう、などと楽しみに寝入った昨日の晩の自分が酷く恥ずかしく、滑稽
に思えた。
頭が活性化するまで暫く呆けていると、窓の外で野鳥が囀る声が聞こえて来た。
窓から差し込む陽が刻一刻と長くなっていく。それと同時に、部屋の灰色に染まってい
る部分が、徐々に色を取り戻す面積を増やしていく。夜の支配から昼の支配へと移り変わ
っていく瞬間だ。それでも闇がわだかまる部分というのは、無くならない。その闇の部分
に目を凝らしているうちに、次第に自分の過去へと落ちてゆく。人の心は、このわだかま
っている闇と同じだ。人心にわだかまった差別意識や偏見など消すことなど出来ない。礫
が家族だと思い接してきた、人々も同じだった。家族といえども、所詮真っ赤な他人でし
かなかった。血の繋がりのようなものなど、欠片ほども感じられなかった。自分に笑い掛
けるときでさえ、どこか他人めいていた。確かに、見ず知らずの他人である自分を引き取
って育ててくれた恩義は感じたが、それ以上の繋がりは無かった。家族というものは血の
繋がりで成り立っている他人だから、自分など入り込む余地が無かったのである。
わだかまっていたのは、自分か。
そこまで考えて、窓の外を見る。
窓の外では、曙色から浅葱色へと変化していくところだった。綺麗なグラデーションに
なって、その交代劇は滞りなく行われていく。外では早くから市がたっているらしく、呼
び込みの声や値切りの声などがけたたましく行き交っている。
朝起きてからどれ位の時間が経っているのだろう。少なくとも、一時間は経過していな
いはずである。それでも、散歩だったらそろそろ戻ってきてもいいくらいの時間は経って
いた。
早朝の散歩にしては時間が長いなとか、早く彼女を探さないと、などと考えたりもした
が、腹の虫が鳴ったのでとりあえず腹ごしらえをすることにした。寝巻きから普段着に着
替え、護身用にと刀を手に持つと荷物を置きっぱなしにして階下へと降りる。一応部屋に
は鍵を掛けておくが、メイが何時帰って来てもいいように、書置きを扉に貼り付けておく
事も忘れない。彼女が人間の使う文字を読めれば意味が通じるが、その限りで無いことは
とりあえず念頭から外しておく。
とりあえず、階下へ降りていく。
とりあえず、開いている席へ着席する。
とりあえず、朝食を用意されてある場所まで取りに行く。
とりあえず、器に盛る。
とりあえず、席について食べる。
一人で食べる朝食は、どこか味気ない。
おかしい。村を出てから今までずっと一人で食べて来たはずなのに。どうしてこんなに
もつまらないと思えてしまうんだろう。ずっと一人だった。食事するときも、夜寝るとき
も。でも、そのときは少しも“寂しい”だなんて思わなかった。それなのに――。
礫は、ひとりでに涙が溢れてきたのに気付いた。
「あれ? おかしいな。僕、何で泣いてる――」
語尾が続かなかった。
とめどなく流れる涙の理由は、何となくだけど解る様な気がした。
メイは、昼を過ぎても帰って来なかった。
彼女が誘拐されたのではないかという思いがもたげるが、果たして本当にそうだろうか
という疑問も浮上する。第一、もし本当に誘拐であるならば、脅迫状みたいなものが届け
られるはずである。それが無いところを見ると、誘拐したことによる副産物が目当てなの
ではなく、彼女自身が目当ての誘拐か、そもそも誘拐などという事件自体が起こっていな
いかのどちらかだ。出来れば誘拐など起こって欲しくはなかった。
未だ誘拐だと決まったわけでは無いけれど、もし誘拐か連れ去り事件だとしても犯人を
特定できる物品もなければ、心当たりの場所も無い。こんな状況ではメイを探しに行きた
くとも出来ない。だからとりあえず、メイの故郷への手がかりを探しに外に出る事にした。
外で動き回っていれば、メイに関する情報が飛び込んでくるかもしれないからだ。何もし
ないよりましである。何もしないと、おかしくなりそうだった。
とりあえず、昨日メイが言っていた、花売りのおじさんを探してみることにする。
花売りのおじさんは、特徴が掴めているからあっけなく見つかった。
彼は市場の端、村の中央広場寄りのところに店を構えていた。店はこじんまりとした店
で、花を売っている傍らでお茶なども売っている。お茶は花茶といって、ここ最近この近
辺で流行しているお茶である。店主はメイの表現がピッタリ当てはまるような人相、髪の
毛は勿論の事、髭も、眉毛までがモジャモジャで熊のような体躯のおじさんだった。年齢
は40代半ば、といったところか。
「すいません。ちょっといいですか?」
「はい。いらっしゃいませ」
「この、花なんですけど、何処で仕入れているんですか?」
礫は店の奥まった所に陳列されている、花茶の一種、白くて小さい花を指差して言った。
すると、店主は鋭い目つきで礫を睨み据えるとやや警戒した語調で言った。
「あんた、同業者か何か?」
「いいえ! 違いますよ。ただ……そう! 勉強のために調べているんです。学校の課題
で……」
「ふうん」
それでも花屋は胡散臭そうに礫を見詰める。まるで値踏みをされているようだ。礫は苦
し紛れの言い訳しか出来なかった自分の脳の足りなさ加減を悔やんだ。もっとましな言い
訳が出来れば。
しかし、事態は思っていたほど悪い方へは転ばなかった。
花屋は今まで値踏みしていた視線を引っ込めると、にやりと意味ありげに笑った。
「まぁ、いいや。花茶の仕入先だったね。ここから南東の方角にあるポポルを経由して二
つ三つ町を越えたところにある、田園地帯で作られているのさ。俺はいつもそこで仕入れ
ているね」
「なるほど。地図で言うとどの辺ですか? 差し支えなければお願いします」
「んーっと、だいたいこの辺だなぁ」
礫が持ってきていた地図を広げると、花屋は正確な位置を指で指し示した。
「ありがとうございます」
礫は礼を述べて、店を後にした。
店を後にした礫の服の裾を、誰かが引っ張った。
見ると、昨日礫の財布を引っ手繰ろうとした少年だった。その円らな瞳でじっと礫を見
上げてくる。愛くるしい仕草にも見れるが、何かを訴えかけようとしているようにも見て
取れる。少年は暫く見詰めた後、礫に質問を投げ掛けた。
「お兄ちゃん、昨日一緒にいた妖精さんは?」
その言葉を聞いた時、少年が何かを掴んでいる事を礫は直感的に悟った。本当の事を言
おうか迷ったが、本当の事を言うことにした。隠し立てしてもしようが無いからだ。
「それが……今朝起きたら居なくて。ひょっとしたら誰かに連れ去られたのかもしれない
んだ。心当たりあるのかい?」
少年は、暫く逡巡した後はっきりと礫に告げた。
「うん。キシェロさんが妖精さんを連れて行くところ、見たんだ」
まただ。
また、キシェロの名前が出てきた。昨日といい、今日といい、キシェロと言う者は一体
何者だろう。礫は、少年に対する疑念よりも先ず最初にその疑問が浮上するのを覚えた。
だが、口をついて出た質問は、違う言葉だった。少年に対するそれよりも、キシェロと言
う者の正体よりも、先ず最初にしなければならないこと。
「大変だ。早くメイちゃんを助け出さないと」
「お兄さん、冒険者でしょ。俺も連れて行って! 俺、役に立つから」
少年から意外な言葉が飛び出た。
「俺、キシェロさんの顔、わかるよ!」
少年は、無我夢中で自己主張をした。自分を売り込むのに必死な形相をしている。少年
は名前をニャホニャホタマクローといった。盗賊だという事だから、恐らく偽名だろう。
どこかの民族で活躍した英雄の名前からとったのだそうだ。
礫も自ら名乗って、二人は見ず知らずの他人から仲間になった。
これで後はメイが戻って来てくれればいいのだが――不安げな視線を彷徨わせて南天を
通り過ぎる太陽を見上げる礫であった。
NPC:引ったくりの少年 花売りのおじさん
場所:トーポウ
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そうか。幸せってこういうものなんだ。
家族って、こういうものなんだ。
メイちゃんといるとまるで、血を分けた本当の家族と暮らしているみたいな気分になる。
いや、彼女に対してはもっとこう、家族以外の、家族以上の何かとても暖かい感情を抱
いてしまう。彼女を見ていると、体の奥底から湧き上がってくる熱い何かを感じずにはい
られない。彼女は、本当の家族以上の――。
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金糸が室内に差し込み、礫の頬を刺す。暗色に支配されていた室内が黄金色の輝きに染
まっていき、色を取り戻す。人生で何度目かの朝がやってきた。足元に陽が差し込んで来
たところで、漸く意識が浮上する礫。ゆっくりと重たい瞼を上に押し上げる。目を開けた
だけで、暫く固まっている。布団から這い出すのが億劫でならない。朝が来た、というこ
とは日光の差し込み具合で何となく解るが、如何せん頭が働かない。憂鬱そうに視線だけ
で、室内を見渡す。メイの姿が無いのを見て取ると、未だに夢見心地な頭で必死に考える。
そして出した結論が、散歩だった。
「うん。多分、メイちゃんは、朝の散歩に行っているんだ。きっとそうだよ。だって、朝
の空気は清々しいからね」
礫は、自分に言い聞かせるように呟く。何か、思い込みめいて宙に虚しく散る。
言葉尻を取るならそれは不安めいた独り言でしかなかった。朝起きて、メイちゃんにお
はようの挨拶をしよう、などと楽しみに寝入った昨日の晩の自分が酷く恥ずかしく、滑稽
に思えた。
頭が活性化するまで暫く呆けていると、窓の外で野鳥が囀る声が聞こえて来た。
窓から差し込む陽が刻一刻と長くなっていく。それと同時に、部屋の灰色に染まってい
る部分が、徐々に色を取り戻す面積を増やしていく。夜の支配から昼の支配へと移り変わ
っていく瞬間だ。それでも闇がわだかまる部分というのは、無くならない。その闇の部分
に目を凝らしているうちに、次第に自分の過去へと落ちてゆく。人の心は、このわだかま
っている闇と同じだ。人心にわだかまった差別意識や偏見など消すことなど出来ない。礫
が家族だと思い接してきた、人々も同じだった。家族といえども、所詮真っ赤な他人でし
かなかった。血の繋がりのようなものなど、欠片ほども感じられなかった。自分に笑い掛
けるときでさえ、どこか他人めいていた。確かに、見ず知らずの他人である自分を引き取
って育ててくれた恩義は感じたが、それ以上の繋がりは無かった。家族というものは血の
繋がりで成り立っている他人だから、自分など入り込む余地が無かったのである。
わだかまっていたのは、自分か。
そこまで考えて、窓の外を見る。
窓の外では、曙色から浅葱色へと変化していくところだった。綺麗なグラデーションに
なって、その交代劇は滞りなく行われていく。外では早くから市がたっているらしく、呼
び込みの声や値切りの声などがけたたましく行き交っている。
朝起きてからどれ位の時間が経っているのだろう。少なくとも、一時間は経過していな
いはずである。それでも、散歩だったらそろそろ戻ってきてもいいくらいの時間は経って
いた。
早朝の散歩にしては時間が長いなとか、早く彼女を探さないと、などと考えたりもした
が、腹の虫が鳴ったのでとりあえず腹ごしらえをすることにした。寝巻きから普段着に着
替え、護身用にと刀を手に持つと荷物を置きっぱなしにして階下へと降りる。一応部屋に
は鍵を掛けておくが、メイが何時帰って来てもいいように、書置きを扉に貼り付けておく
事も忘れない。彼女が人間の使う文字を読めれば意味が通じるが、その限りで無いことは
とりあえず念頭から外しておく。
とりあえず、階下へ降りていく。
とりあえず、開いている席へ着席する。
とりあえず、朝食を用意されてある場所まで取りに行く。
とりあえず、器に盛る。
とりあえず、席について食べる。
一人で食べる朝食は、どこか味気ない。
おかしい。村を出てから今までずっと一人で食べて来たはずなのに。どうしてこんなに
もつまらないと思えてしまうんだろう。ずっと一人だった。食事するときも、夜寝るとき
も。でも、そのときは少しも“寂しい”だなんて思わなかった。それなのに――。
礫は、ひとりでに涙が溢れてきたのに気付いた。
「あれ? おかしいな。僕、何で泣いてる――」
語尾が続かなかった。
とめどなく流れる涙の理由は、何となくだけど解る様な気がした。
メイは、昼を過ぎても帰って来なかった。
彼女が誘拐されたのではないかという思いがもたげるが、果たして本当にそうだろうか
という疑問も浮上する。第一、もし本当に誘拐であるならば、脅迫状みたいなものが届け
られるはずである。それが無いところを見ると、誘拐したことによる副産物が目当てなの
ではなく、彼女自身が目当ての誘拐か、そもそも誘拐などという事件自体が起こっていな
いかのどちらかだ。出来れば誘拐など起こって欲しくはなかった。
未だ誘拐だと決まったわけでは無いけれど、もし誘拐か連れ去り事件だとしても犯人を
特定できる物品もなければ、心当たりの場所も無い。こんな状況ではメイを探しに行きた
くとも出来ない。だからとりあえず、メイの故郷への手がかりを探しに外に出る事にした。
外で動き回っていれば、メイに関する情報が飛び込んでくるかもしれないからだ。何もし
ないよりましである。何もしないと、おかしくなりそうだった。
とりあえず、昨日メイが言っていた、花売りのおじさんを探してみることにする。
花売りのおじさんは、特徴が掴めているからあっけなく見つかった。
彼は市場の端、村の中央広場寄りのところに店を構えていた。店はこじんまりとした店
で、花を売っている傍らでお茶なども売っている。お茶は花茶といって、ここ最近この近
辺で流行しているお茶である。店主はメイの表現がピッタリ当てはまるような人相、髪の
毛は勿論の事、髭も、眉毛までがモジャモジャで熊のような体躯のおじさんだった。年齢
は40代半ば、といったところか。
「すいません。ちょっといいですか?」
「はい。いらっしゃいませ」
「この、花なんですけど、何処で仕入れているんですか?」
礫は店の奥まった所に陳列されている、花茶の一種、白くて小さい花を指差して言った。
すると、店主は鋭い目つきで礫を睨み据えるとやや警戒した語調で言った。
「あんた、同業者か何か?」
「いいえ! 違いますよ。ただ……そう! 勉強のために調べているんです。学校の課題
で……」
「ふうん」
それでも花屋は胡散臭そうに礫を見詰める。まるで値踏みをされているようだ。礫は苦
し紛れの言い訳しか出来なかった自分の脳の足りなさ加減を悔やんだ。もっとましな言い
訳が出来れば。
しかし、事態は思っていたほど悪い方へは転ばなかった。
花屋は今まで値踏みしていた視線を引っ込めると、にやりと意味ありげに笑った。
「まぁ、いいや。花茶の仕入先だったね。ここから南東の方角にあるポポルを経由して二
つ三つ町を越えたところにある、田園地帯で作られているのさ。俺はいつもそこで仕入れ
ているね」
「なるほど。地図で言うとどの辺ですか? 差し支えなければお願いします」
「んーっと、だいたいこの辺だなぁ」
礫が持ってきていた地図を広げると、花屋は正確な位置を指で指し示した。
「ありがとうございます」
礫は礼を述べて、店を後にした。
店を後にした礫の服の裾を、誰かが引っ張った。
見ると、昨日礫の財布を引っ手繰ろうとした少年だった。その円らな瞳でじっと礫を見
上げてくる。愛くるしい仕草にも見れるが、何かを訴えかけようとしているようにも見て
取れる。少年は暫く見詰めた後、礫に質問を投げ掛けた。
「お兄ちゃん、昨日一緒にいた妖精さんは?」
その言葉を聞いた時、少年が何かを掴んでいる事を礫は直感的に悟った。本当の事を言
おうか迷ったが、本当の事を言うことにした。隠し立てしてもしようが無いからだ。
「それが……今朝起きたら居なくて。ひょっとしたら誰かに連れ去られたのかもしれない
んだ。心当たりあるのかい?」
少年は、暫く逡巡した後はっきりと礫に告げた。
「うん。キシェロさんが妖精さんを連れて行くところ、見たんだ」
まただ。
また、キシェロの名前が出てきた。昨日といい、今日といい、キシェロと言う者は一体
何者だろう。礫は、少年に対する疑念よりも先ず最初にその疑問が浮上するのを覚えた。
だが、口をついて出た質問は、違う言葉だった。少年に対するそれよりも、キシェロと言
う者の正体よりも、先ず最初にしなければならないこと。
「大変だ。早くメイちゃんを助け出さないと」
「お兄さん、冒険者でしょ。俺も連れて行って! 俺、役に立つから」
少年から意外な言葉が飛び出た。
「俺、キシェロさんの顔、わかるよ!」
少年は、無我夢中で自己主張をした。自分を売り込むのに必死な形相をしている。少年
は名前をニャホニャホタマクローといった。盗賊だという事だから、恐らく偽名だろう。
どこかの民族で活躍した英雄の名前からとったのだそうだ。
礫も自ら名乗って、二人は見ず知らずの他人から仲間になった。
これで後はメイが戻って来てくれればいいのだが――不安げな視線を彷徨わせて南天を
通り過ぎる太陽を見上げる礫であった。