PC:ヴォルボ ウェイスター
NPC:ウォダック(テスカトリポカ)
場所:ソフィニア郊外 マリリアン宅
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
見えない。何も。感じない。どれも。信じない…。正義なんて…。
ウェイスターは暗い意識のふちで、そんなことを思っていた。確か、テスカトリポカ
とかいう者の力を受けたヲタクに完膚なきまでに叩きのめされたはずだ。そのせいで
全身はボロボロで、次に目覚めるときは天国とか地獄とかいう所なのだろうと、なん
となく思っていたくらいだ。
「気がつきました?」
聞き覚えのある声だった。
あぁ、確かヴォルボというドワーフだ。とすると、まだ私は死んでいないようだ。
少し気を緩めると、ウェイスターはまた気を失った。深い闇に落ちていく。
ヴォルボは、ウェイスターが気を失ったと知ると、その頭に濡れタオルを置き、席を
立った。
「……。」
見上げて写るのは、何の変哲も無い白い天井。多分、この景色をマリリアンも見たこ
とだろう。なにせここは彼女のうちだ。
満身創痍のまま、ふらふらと歩いていたらたどり着いたのはここだった。不法侵入と
は思ったが、誰がそれを咎めるだろう。住人はもうすでにいないのだ。彼女はいない
し、彼女の家族もまたいなかった。とゆうか、無かった。
彼女は不幸な身の上だったらしい。幼いころに両親は早世し、育ての親だった祖母も
また、去年肺を患って亡くなった。
「?」
ヴォルボは自問した。何故こんなことを知っているのかと。そして、正面を見据えた
とき答えが出た。
「…あぁ、そうだよなぁ。君自身は知っているよね…。」
おぼろげに揺れる影として、マリリアンの姿を見た。俗に言う霊というやつだ。あの
ときの彼女は幻ではなかった。
それは彼女の無念が故だろうか、それともか彼女への思いの強さゆえか。今頬を伝う
涙のわけがヴォルボにははっきりしなかった。
*□■*
幾日かたったある日のことだった。
良く晴れていい天気だった。ウェイスターはベットから起き、自分が歩けることを確
信するとヴォルボにある提案をした。
「…私はあの邪神を討つつもりだ。」
「はい。ボクもです。」
「策はある。やつが邪神だというのならば、わがカミカゼ機動隊本部に奉納されてい
る邪滅の剣、『麗黒剣』をもってすれば…たやすくとは言わないが…少なくとも討つ
可能性は大きくなるはずだ。」
「しかし、今のヤツは人間に取り付いていて通常の攻撃でも倒せるはずですよ?なに
も、そこまで回りくどい真似をしなくとも…。」
「ふむ…。かもしれん。しかしだ、前回の戦闘で分かったのは純粋に戦闘力の差が大
きいことではないだろうか?」
「つまり、現時点では勝てないと?」
「残念ながらそう考えるのが妥当だ。一時の感情で命を捨てるのでは、亡くなった者
に対し失礼に当たる。」
「で、その剣はどこに?」
「本部、つまりジュデッカだ。長旅になるだろう。」
ヴォルボは、ウェイスターのこの提案に対し、疑問を持った。この男は、適当に理由
をつけて戦闘を先延ばしにしたいのではないか、と。そして、なによりその剣を自分
が作る事だって可能だ。あの髪飾りさえあれば自分にも勝機があった。そう考えれば
わざわざ取りに行く気にはなれなかった。
「ウェイスター殿、正直に言う。アナタはもしかして、邪神との戦闘を避けたいがた
め、言い逃れを探しているのでは?その剣の信憑性だってマユツバだし、なによりそ
ういった類の武具を作ることはボクにだってできるんです。」
ウェイスターは一瞬黙って、うつむいた。そして、うめくような声で「あぁ。」とだ
け言った。その姿は哀れみさえ感じさせる哀愁を纏っていた。ヴォルボは視線を外
し、無期限に気まずい空気が流れた。
*□■*
ソフィニアの魔法学院では、地下講堂が激しく破壊されていたことに対する噂が飛び
交っていた。
そんな中、教室の片隅でウォダックは青い顔をさらに青くしてがたがたと震えてい
た。
「あぁ…。」
その風貌と性格ゆえにクラスのつまはじき者である彼。そんな彼の様子がおかしかっ
たことなど誰も気がつかなかった。そんなことより、根も葉もない噂話をしている方
が大抵の学生にとって刺激的だった。噂はもっぱら召喚に失敗したとか、魔法の暴発
だとかありきたりな発想だったが、それでも学生というのはこういったスキャンダル
を好むものだ。
そして、その日の地下には彼がいたという噂も当然飛び交った。なにしろ、彼は実際
にそこにいたのだ、普段はろくに話もしないクラスメイトに「あの日、何があっ
た?」などと聞かれる。ウォダックは適当にお茶を濁し、自分が邪神に取り付かれた
ことなどは話はしない。
ただ、がたがたと震えていた。
「ヨォ、オッサン。」
不意に声がかけられた。聞き覚えは無い。
「だ、誰?」
バン・チヨダこと、番長バンだ。ウェイスターに無理やり道案内させられた男。その
男がふてぶてしく、ウォダックの机に手を置いていた。
「オッサン。あの日、あそこで何があったんだよ。言えよ。」
ウォダックは、視線をそらした。こういった連中はすぐ暴力に走るから嫌いなんだ。
「黙ってんなよ。」
少し荒めの語気で問い詰める。
「あ…。いや、別に…。」
「別に何もなくて、どうして地下講堂に穴が開くんだよ?オッサン。」
「ど、どうして君がそんなことを…。」
「別に、興味がわいただけよ。」
「…なら、帰ってくれよ。忙しいんだ。」
「つれないこというなよ、なぁ、オッサン!」
バンは苛立ってウォダックの胸倉を掴みあげた。
「や、やめてくれよぉお!」
驚いたウォダックは、胸倉にあるバンの手をはたいた。
あぁ、やってしまった。と、ウォダックは思った。いつも、ここで思わず出た一発で
相手の反感を買って、ボコボコにされるのだ。
ウォダックにはその経験が7回あった。だから、思わず目をつぶったままじっとして
いた。
ドガァアアアッ
暫くしても、何も起こらないので、恐る恐る目を開けると、そこには数メートル吹っ
飛ばされ、白目をむいたバンがいた。
NPC:ウォダック(テスカトリポカ)
場所:ソフィニア郊外 マリリアン宅
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見えない。何も。感じない。どれも。信じない…。正義なんて…。
ウェイスターは暗い意識のふちで、そんなことを思っていた。確か、テスカトリポカ
とかいう者の力を受けたヲタクに完膚なきまでに叩きのめされたはずだ。そのせいで
全身はボロボロで、次に目覚めるときは天国とか地獄とかいう所なのだろうと、なん
となく思っていたくらいだ。
「気がつきました?」
聞き覚えのある声だった。
あぁ、確かヴォルボというドワーフだ。とすると、まだ私は死んでいないようだ。
少し気を緩めると、ウェイスターはまた気を失った。深い闇に落ちていく。
ヴォルボは、ウェイスターが気を失ったと知ると、その頭に濡れタオルを置き、席を
立った。
「……。」
見上げて写るのは、何の変哲も無い白い天井。多分、この景色をマリリアンも見たこ
とだろう。なにせここは彼女のうちだ。
満身創痍のまま、ふらふらと歩いていたらたどり着いたのはここだった。不法侵入と
は思ったが、誰がそれを咎めるだろう。住人はもうすでにいないのだ。彼女はいない
し、彼女の家族もまたいなかった。とゆうか、無かった。
彼女は不幸な身の上だったらしい。幼いころに両親は早世し、育ての親だった祖母も
また、去年肺を患って亡くなった。
「?」
ヴォルボは自問した。何故こんなことを知っているのかと。そして、正面を見据えた
とき答えが出た。
「…あぁ、そうだよなぁ。君自身は知っているよね…。」
おぼろげに揺れる影として、マリリアンの姿を見た。俗に言う霊というやつだ。あの
ときの彼女は幻ではなかった。
それは彼女の無念が故だろうか、それともか彼女への思いの強さゆえか。今頬を伝う
涙のわけがヴォルボにははっきりしなかった。
*□■*
幾日かたったある日のことだった。
良く晴れていい天気だった。ウェイスターはベットから起き、自分が歩けることを確
信するとヴォルボにある提案をした。
「…私はあの邪神を討つつもりだ。」
「はい。ボクもです。」
「策はある。やつが邪神だというのならば、わがカミカゼ機動隊本部に奉納されてい
る邪滅の剣、『麗黒剣』をもってすれば…たやすくとは言わないが…少なくとも討つ
可能性は大きくなるはずだ。」
「しかし、今のヤツは人間に取り付いていて通常の攻撃でも倒せるはずですよ?なに
も、そこまで回りくどい真似をしなくとも…。」
「ふむ…。かもしれん。しかしだ、前回の戦闘で分かったのは純粋に戦闘力の差が大
きいことではないだろうか?」
「つまり、現時点では勝てないと?」
「残念ながらそう考えるのが妥当だ。一時の感情で命を捨てるのでは、亡くなった者
に対し失礼に当たる。」
「で、その剣はどこに?」
「本部、つまりジュデッカだ。長旅になるだろう。」
ヴォルボは、ウェイスターのこの提案に対し、疑問を持った。この男は、適当に理由
をつけて戦闘を先延ばしにしたいのではないか、と。そして、なによりその剣を自分
が作る事だって可能だ。あの髪飾りさえあれば自分にも勝機があった。そう考えれば
わざわざ取りに行く気にはなれなかった。
「ウェイスター殿、正直に言う。アナタはもしかして、邪神との戦闘を避けたいがた
め、言い逃れを探しているのでは?その剣の信憑性だってマユツバだし、なによりそ
ういった類の武具を作ることはボクにだってできるんです。」
ウェイスターは一瞬黙って、うつむいた。そして、うめくような声で「あぁ。」とだ
け言った。その姿は哀れみさえ感じさせる哀愁を纏っていた。ヴォルボは視線を外
し、無期限に気まずい空気が流れた。
*□■*
ソフィニアの魔法学院では、地下講堂が激しく破壊されていたことに対する噂が飛び
交っていた。
そんな中、教室の片隅でウォダックは青い顔をさらに青くしてがたがたと震えてい
た。
「あぁ…。」
その風貌と性格ゆえにクラスのつまはじき者である彼。そんな彼の様子がおかしかっ
たことなど誰も気がつかなかった。そんなことより、根も葉もない噂話をしている方
が大抵の学生にとって刺激的だった。噂はもっぱら召喚に失敗したとか、魔法の暴発
だとかありきたりな発想だったが、それでも学生というのはこういったスキャンダル
を好むものだ。
そして、その日の地下には彼がいたという噂も当然飛び交った。なにしろ、彼は実際
にそこにいたのだ、普段はろくに話もしないクラスメイトに「あの日、何があっ
た?」などと聞かれる。ウォダックは適当にお茶を濁し、自分が邪神に取り付かれた
ことなどは話はしない。
ただ、がたがたと震えていた。
「ヨォ、オッサン。」
不意に声がかけられた。聞き覚えは無い。
「だ、誰?」
バン・チヨダこと、番長バンだ。ウェイスターに無理やり道案内させられた男。その
男がふてぶてしく、ウォダックの机に手を置いていた。
「オッサン。あの日、あそこで何があったんだよ。言えよ。」
ウォダックは、視線をそらした。こういった連中はすぐ暴力に走るから嫌いなんだ。
「黙ってんなよ。」
少し荒めの語気で問い詰める。
「あ…。いや、別に…。」
「別に何もなくて、どうして地下講堂に穴が開くんだよ?オッサン。」
「ど、どうして君がそんなことを…。」
「別に、興味がわいただけよ。」
「…なら、帰ってくれよ。忙しいんだ。」
「つれないこというなよ、なぁ、オッサン!」
バンは苛立ってウォダックの胸倉を掴みあげた。
「や、やめてくれよぉお!」
驚いたウォダックは、胸倉にあるバンの手をはたいた。
あぁ、やってしまった。と、ウォダックは思った。いつも、ここで思わず出た一発で
相手の反感を買って、ボコボコにされるのだ。
ウォダックにはその経験が7回あった。だから、思わず目をつぶったままじっとして
いた。
ドガァアアアッ
暫くしても、何も起こらないので、恐る恐る目を開けると、そこには数メートル吹っ
飛ばされ、白目をむいたバンがいた。
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PC:ヴォルボ ウェイスター
NPC:ウォダック(テスカトリポカ)
場所:ソフィニア~イヴァノフォールドの一農村
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
魔術学院に併設されている寮のウォダックの自室に一枚の紙が置いてあった。
その机の上に置き去りにされた紙には、こう書かれてあった。
――僕は旅に出ます。
捜さないで下さい。
*□■*
ガラガラと規則正しく轍を踏む車輪の音が聞こえてくる。
ヴォルボはその心地よい音を聞きながら、微睡んでいた。
自慢の鬚[ひげ]が風に靡いて揺れている。
結論から言うと、ヴォルボはウェイスターの言う通り邪滅の剣とやらを取りに、カミカゼ機動隊の総本山ともいえる受刑都市ジュデッカへと旅立ったのだった。
邪滅の剣『麗黒剣』は意思を持つ剣だ。自身の意思で持ち主を選び、主に助言を与えながらも敵を薙ぎ払う、と言う代物だ。そんな武具などヴォルボには到底作れないし、だからヴォルボはウェイスターの申すとおりジュデッカへの旅路に着いたのだ。ウェイスターの説明を受けてからの出立と相成った。
ソフィニア東側の門を通って街の外に出ると、先ず広がるのが長閑な田園風景だった。まるで馬でも欠伸しそうなほど長閑で平和な地帯だ。この辺で取れるのは小麦や大麦などのパンの主原料である穀物や、シリアルの主原料でもあるトウモロコシや野菜、果物なども栽培している。農家の家屋はその段々畑や麦畑、トウモロコシ畑などの間に点々と見えるだけだ。何処までも長閑で、そして平和だった。まるで、ここら辺近辺では戦闘など起こらないようである。魔物の姿も、これといって見当たらない。ここイヴァノフォールド一帯を統治している領主、オーギュスト・ル=イヴァノフォールドが善政を布いているのが覗える。
ヴォルボとウェイスターは、馬車を借りて陸路を通ってジュデッカへ向かうことにした。
何故、暢気に陸路など選んだのか。
海路と言う選択肢もあったが、そのルートはヴォルボが真っ先に否定した。理由は、鎧が錆びるから、だそうだ。本人もそう言って、頑として聞き入れないから仕方なしにウェイスターは陸路を選ばざるを得なかったのだ。
「取り敢えず、ガイスに向かいましょう」
御者台にて手綱を引くウェイスターに声を掛けるヴォルボ。
道程はまだ始まったばかり。ジュデッカはまだ遥か先にある。
御者台に上るのは、交代制にしたのだ。一日走って夜は野営をして、翌日はヴォルボが手綱を引く番だ。ドワーフとはいえ、一通り手綱捌きも覚えたつもりだ。冒険者暮らしは何かと覚えることが多い。
借りた馬車は幌馬車とも言うべきものだった。荷台に簡易式の天蓋が覆っていて、御者台と荷台を分かち遮るものは何も無い。当然後ろからも丸見えになるが、追われているで無し、都合の悪い事など何も無い。荷台を引く馬は二頭いて両方とも栗毛の馬だ。片方には前足の片方が白くなっていて、業界用語で星と言うものが付いていた。それ以外は、双方共に差異はない。
「あ、ああ。そうだな」
一拍遅れてウェイスターが応対する。
今は手綱捌きで忙しい、と言うところだろう。
道はそれなりに石畳で舗装はされていたが、所々未舗装な部分もあって馬車にとっては見過ごせないほどの大きさの石が落ちていたり、轍の溝が何重にも重なっていたりと御者にとっては集中を余儀なくされる道だからだ。
ウェイスター自身手綱捌きになれていないせいもあるにはあるが。
この分だと、途中で野宿することになるだろうなぁ、とそんな事を暢気に考えながらヴォルボは再び微睡みの中に投じていった。
*□■*
どの位微睡んでいただろう。
ただ車輪の等間隔に響いてくる心地よい響きと揺らぎとに身体をもたせ掛けて、危うく頭を床板に打ち付けるところだった。
打ち付けるまでには至らなかったが、完全に目覚めることは出来た。
頭を二、三度横に振って正気を保とうとする。
その時丁度ウェイスターの声が聞こえて来て、ヴォルボが前方に注意を向ける。
「ヴォルボ殿、向こうに村が見えます」
ウェイスターの指差す先に、小さく点のような集落が見えてきた。ヴォルボは目を凝らしながらそのゴマ粒を観察した。ゴマ粒は見る間に近付いてきて大きくなっていく。文字通り集落に形作られるのは時間の問題だった。ヴォルボとウェイスターの顔が俄かに明るみを増した。今夜は野宿をしなくて済みそうだからだ。
「良かった。今夜はあそこに――」
ヴォルボの言葉が終わるか終わらないかの内に、目の前に迫っていた村が突如として陥没した。集落を形作っている一軒一軒が地面に飲み込まれるが如く、崩れ崩落し瓦礫と化していく。それはまるで映画の一幕をコマ送りで見ているように、ゆっくりとだが激しく崩れ去っていった。家の中で生活していた人々の、阿鼻叫喚が聞こえてくるようだ。その村人達の阿鼻叫喚を飲み込んでも尚、村は上下に激しく揺れていた。
地面の激震はまだ続いていて、ヴォルボとウェイスターが乗っている馬車のある辺りまで揺れていた。当然だ地続きなのだから。道の中央に亀裂が走り、地面が上下にずれていく。馬車を飲み込みながら。ヴォルボはしっかと馬車の縁[へり]に掴まって体を固定した。そして、ウェイスターに向かって叫ぶ。
「大丈夫ですか!? ウェイスター殿!」
「な、なんとか!」
ウェイスターのほうも、御者代の縁を掴んで身体を固定していた。
だが、馬の方は沈み行く地面に脚を取られ、恐慌に陥っていた。嘶きが虚しく虚空に消えゆく。馬は、哀れ地面に飲み込まれていった。
「こ、この揺れは、震度7くらいですかね……」
火山の多い地震地帯の出身らしく、ヴォルボはこの揺れの中でも冷静さを保っていた。
やがて地面の揺れが収まったとき、何処からか聞き覚えのある高笑いが聞こえて来た。
「……そんな、あり得ない……」
その声は、テスカトリポカに取り付かれたウォダックのものだった。
二人とも近くまで行って確かめたい衝動に駆られたが、如何せん馬車は先程の地震で横転していた。馬も、地割れの溝に挟まって動けなくなっていた。二人は協力して二頭の馬を地割れから引き上げることにした。そのためには先ず馬車から外さなければならない。それは馬車を捨てるということだ。だが、今は迷っている暇はない。馬だけでも救い出さねば。
二人は先ず、馬を荷台から外すと一頭ずつ地割れに挟まれた馬を引き起こしにかかった。細い足が丁度地面の割れ目に入り込んでしまっていて、なかなか上手く引き抜けない。ヴォルボはふと思いついて、荷台の床板を外しにかかった。それを使って割れ目の穴を大きく掘り広げていく。ウェイスターもそれを見て手伝い始めた。
二人で作業をすれば早いもので、じきに二頭とも救出することに成功した。
二人はその馬に跨って村へと疾駆した。
村は惨憺たる有様だった。
火事でもあったのかそこかしこで火が燻っていたり、瓦礫の下敷きになっているのか何処からか人の呻き声や赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。「助けて」とか細い声で呼んでいるものもいる。
村はどこか虚ろになっていた。
それ以前の村を知らないからなんとも言えないが、ともかく陰惨な活気のない村に変貌していた。
村の中央の大通りらしき道を馬を引きながら歩いていくと、村の中央辺りにある井戸の上で宙ぶらりんになったウォダックがいた。ずり落ちそうな眼鏡を人差し指で直し、かつて戦った二人を目にすると虚ろな目で嗤った。
「遅かったな。もう村は壊滅したあとだよ。フフフ。もう少し楽しませてくれなくちゃあ」
まるで新しい遊びでも思いついたかのように、不気味に笑うウォダック。
その人格は少しずつだが変わっていた。
NPC:ウォダック(テスカトリポカ)
場所:ソフィニア~イヴァノフォールドの一農村
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
魔術学院に併設されている寮のウォダックの自室に一枚の紙が置いてあった。
その机の上に置き去りにされた紙には、こう書かれてあった。
――僕は旅に出ます。
捜さないで下さい。
*□■*
ガラガラと規則正しく轍を踏む車輪の音が聞こえてくる。
ヴォルボはその心地よい音を聞きながら、微睡んでいた。
自慢の鬚[ひげ]が風に靡いて揺れている。
結論から言うと、ヴォルボはウェイスターの言う通り邪滅の剣とやらを取りに、カミカゼ機動隊の総本山ともいえる受刑都市ジュデッカへと旅立ったのだった。
邪滅の剣『麗黒剣』は意思を持つ剣だ。自身の意思で持ち主を選び、主に助言を与えながらも敵を薙ぎ払う、と言う代物だ。そんな武具などヴォルボには到底作れないし、だからヴォルボはウェイスターの申すとおりジュデッカへの旅路に着いたのだ。ウェイスターの説明を受けてからの出立と相成った。
ソフィニア東側の門を通って街の外に出ると、先ず広がるのが長閑な田園風景だった。まるで馬でも欠伸しそうなほど長閑で平和な地帯だ。この辺で取れるのは小麦や大麦などのパンの主原料である穀物や、シリアルの主原料でもあるトウモロコシや野菜、果物なども栽培している。農家の家屋はその段々畑や麦畑、トウモロコシ畑などの間に点々と見えるだけだ。何処までも長閑で、そして平和だった。まるで、ここら辺近辺では戦闘など起こらないようである。魔物の姿も、これといって見当たらない。ここイヴァノフォールド一帯を統治している領主、オーギュスト・ル=イヴァノフォールドが善政を布いているのが覗える。
ヴォルボとウェイスターは、馬車を借りて陸路を通ってジュデッカへ向かうことにした。
何故、暢気に陸路など選んだのか。
海路と言う選択肢もあったが、そのルートはヴォルボが真っ先に否定した。理由は、鎧が錆びるから、だそうだ。本人もそう言って、頑として聞き入れないから仕方なしにウェイスターは陸路を選ばざるを得なかったのだ。
「取り敢えず、ガイスに向かいましょう」
御者台にて手綱を引くウェイスターに声を掛けるヴォルボ。
道程はまだ始まったばかり。ジュデッカはまだ遥か先にある。
御者台に上るのは、交代制にしたのだ。一日走って夜は野営をして、翌日はヴォルボが手綱を引く番だ。ドワーフとはいえ、一通り手綱捌きも覚えたつもりだ。冒険者暮らしは何かと覚えることが多い。
借りた馬車は幌馬車とも言うべきものだった。荷台に簡易式の天蓋が覆っていて、御者台と荷台を分かち遮るものは何も無い。当然後ろからも丸見えになるが、追われているで無し、都合の悪い事など何も無い。荷台を引く馬は二頭いて両方とも栗毛の馬だ。片方には前足の片方が白くなっていて、業界用語で星と言うものが付いていた。それ以外は、双方共に差異はない。
「あ、ああ。そうだな」
一拍遅れてウェイスターが応対する。
今は手綱捌きで忙しい、と言うところだろう。
道はそれなりに石畳で舗装はされていたが、所々未舗装な部分もあって馬車にとっては見過ごせないほどの大きさの石が落ちていたり、轍の溝が何重にも重なっていたりと御者にとっては集中を余儀なくされる道だからだ。
ウェイスター自身手綱捌きになれていないせいもあるにはあるが。
この分だと、途中で野宿することになるだろうなぁ、とそんな事を暢気に考えながらヴォルボは再び微睡みの中に投じていった。
*□■*
どの位微睡んでいただろう。
ただ車輪の等間隔に響いてくる心地よい響きと揺らぎとに身体をもたせ掛けて、危うく頭を床板に打ち付けるところだった。
打ち付けるまでには至らなかったが、完全に目覚めることは出来た。
頭を二、三度横に振って正気を保とうとする。
その時丁度ウェイスターの声が聞こえて来て、ヴォルボが前方に注意を向ける。
「ヴォルボ殿、向こうに村が見えます」
ウェイスターの指差す先に、小さく点のような集落が見えてきた。ヴォルボは目を凝らしながらそのゴマ粒を観察した。ゴマ粒は見る間に近付いてきて大きくなっていく。文字通り集落に形作られるのは時間の問題だった。ヴォルボとウェイスターの顔が俄かに明るみを増した。今夜は野宿をしなくて済みそうだからだ。
「良かった。今夜はあそこに――」
ヴォルボの言葉が終わるか終わらないかの内に、目の前に迫っていた村が突如として陥没した。集落を形作っている一軒一軒が地面に飲み込まれるが如く、崩れ崩落し瓦礫と化していく。それはまるで映画の一幕をコマ送りで見ているように、ゆっくりとだが激しく崩れ去っていった。家の中で生活していた人々の、阿鼻叫喚が聞こえてくるようだ。その村人達の阿鼻叫喚を飲み込んでも尚、村は上下に激しく揺れていた。
地面の激震はまだ続いていて、ヴォルボとウェイスターが乗っている馬車のある辺りまで揺れていた。当然だ地続きなのだから。道の中央に亀裂が走り、地面が上下にずれていく。馬車を飲み込みながら。ヴォルボはしっかと馬車の縁[へり]に掴まって体を固定した。そして、ウェイスターに向かって叫ぶ。
「大丈夫ですか!? ウェイスター殿!」
「な、なんとか!」
ウェイスターのほうも、御者代の縁を掴んで身体を固定していた。
だが、馬の方は沈み行く地面に脚を取られ、恐慌に陥っていた。嘶きが虚しく虚空に消えゆく。馬は、哀れ地面に飲み込まれていった。
「こ、この揺れは、震度7くらいですかね……」
火山の多い地震地帯の出身らしく、ヴォルボはこの揺れの中でも冷静さを保っていた。
やがて地面の揺れが収まったとき、何処からか聞き覚えのある高笑いが聞こえて来た。
「……そんな、あり得ない……」
その声は、テスカトリポカに取り付かれたウォダックのものだった。
二人とも近くまで行って確かめたい衝動に駆られたが、如何せん馬車は先程の地震で横転していた。馬も、地割れの溝に挟まって動けなくなっていた。二人は協力して二頭の馬を地割れから引き上げることにした。そのためには先ず馬車から外さなければならない。それは馬車を捨てるということだ。だが、今は迷っている暇はない。馬だけでも救い出さねば。
二人は先ず、馬を荷台から外すと一頭ずつ地割れに挟まれた馬を引き起こしにかかった。細い足が丁度地面の割れ目に入り込んでしまっていて、なかなか上手く引き抜けない。ヴォルボはふと思いついて、荷台の床板を外しにかかった。それを使って割れ目の穴を大きく掘り広げていく。ウェイスターもそれを見て手伝い始めた。
二人で作業をすれば早いもので、じきに二頭とも救出することに成功した。
二人はその馬に跨って村へと疾駆した。
村は惨憺たる有様だった。
火事でもあったのかそこかしこで火が燻っていたり、瓦礫の下敷きになっているのか何処からか人の呻き声や赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。「助けて」とか細い声で呼んでいるものもいる。
村はどこか虚ろになっていた。
それ以前の村を知らないからなんとも言えないが、ともかく陰惨な活気のない村に変貌していた。
村の中央の大通りらしき道を馬を引きながら歩いていくと、村の中央辺りにある井戸の上で宙ぶらりんになったウォダックがいた。ずり落ちそうな眼鏡を人差し指で直し、かつて戦った二人を目にすると虚ろな目で嗤った。
「遅かったな。もう村は壊滅したあとだよ。フフフ。もう少し楽しませてくれなくちゃあ」
まるで新しい遊びでも思いついたかのように、不気味に笑うウォダック。
その人格は少しずつだが変わっていた。
PC:ヴォルボ ウェイスター
NPC:ウォダック(テスカトリポカ)
場所:イヴァノフォールドの一農村
+++++++++++++++++++++++++++++
二人は唖然としていた。目の前のウォダックことテスカトリポカの言葉から察する
に、この男が、村を破壊したのだろうが、流石にそんなことは信じられない。自然災
害か戦争に巻き込まれたかのように無残な姿の村。それを、このやせた、背の丸い男
がやってのけたというのだろうか。確かにこの男にはテスカトリポカの力が宿ってい
るらしい。
しかし、だ。
「どうした?そんなマヌケな顔なんかしちゃってさ。」
ウォダックは、宙に浮いたまま二人に近づいてきた。勿論、この男に羽根があるわけ
ではないし、何かの器具が取り付けられているわけでもない。宙に浮いている理由が
無い。それなのにウォダックは平然と宙で歩みを進めているのである。多分、一介の
宗教家であれば彼を神の使いとあがめるだろう。それほどに神秘的な歩みだった。
ふぁさっ…
ウォダックはヴォルボの髭を一撫でし、不気味な笑みを浮かべる。まだ、浮いたまま
だ。
「今夜は野宿になるね。風邪なんかひかないでね。」
二人は、動けなかった。
「じゃあ、また。」
すぅっと消えるウォダック。神がかりにもほどがある。
二人は汗が顔を伝い、あごのところでたまり、ぽたりと落ちる。その汗が乗っていた
馬の首を伝い、さらに地面に落ちるまでの時間、呼吸をすることさえ忘れていた。
ようやく我に返ると、肩で息をし、あたりを見回す。そうだ、村が壊滅状態にあった
んだ。思い出す。
火事も起こっているし、瓦礫の下から人を運び出したりしなければならない。そう
だ。そうだ。忘れている場合でない。ウォダックがどうあれ、とにかく今は人命救助
が第一だ。ウェイスターとヴォルボはお互い見合って、行動を開始した。まずは、火
事を消しにかかる。幸い井戸は無事で、手早く水を運び小火は鎮火。火災は初期消火
がものを言うのだ。休むまもなく、次々と瓦礫の除去のかかる。二人は額に汗して懸
命にどかすも、すでに絶命しているものも少なくなかった。小さな村とはいえ、結構
な人口だ。その全てを助けられるほど二人は万能ではなかった。
と、すればやはりウォダックは神がかり的だ。二人が懸命に働いても救えないだけの
命をいともたやすく消し去ったのだ。
「くそ…ッ。」
やけくそになりながら瓦礫をどかす。やりきれない無力感を誤魔化すために。
がしゃ
がしゃ
がしゃ
ウェイスターは、瓦礫をどかしながら、その奥にある赤子の鳴き声が聞こえなくなる
のを聞いた。
ヴォルボは、けが人に包帯を巻きながら、その人の命が消えていくのを感じた。
がしゃ
がしゃ
がしゃ
ウェイスターは、瓦礫に左腕を挟まれた男を見た。男は、必死にあがくも、どうやら
腕は外れないようだ。瓦礫をどかそうとウェイスターは思い、力を込めるがびくとも
しない。ウェイスターは、男の左腕を断ち切り、瓦礫の下から引っ張り出した。男は
何故腕を切ったのかと、ウェイスターをにらみつけた。
ヴォルボは、焼け落ちる寸前の家から女性を助け出した。その女性は言う。中には子
供がいるそうだ。だが、家はもう崩れる寸前だった。女性は再び家に戻ろうとする。
ヴォルボはそれを引き止めた。女性は行かせてくれ、と哀願する。それでも、きつく
引き止める。女性は言った。子供を見殺しにしてまで生きる理由はない、と。それで
も…引き止めた。
がしゃ
がしゃ
がしゃ
夜も更け、月が真上に来るころ、ようやく村は静かになった。すすり泣く人々の声以
外、ろくに聞こえなくなっていた。
ウェイスターは顔を伏せながら、小さく言った。
「先を急ごう。」
「…そうですね。」
ヴォルボもまた、小さく答えた。
一刻一秒でも早くテスカトリポカを討たなければならない。だが、勝てるのだろう
か。村一つを簡単に屠る悪魔に。邪滅の剣とやら本当だとして、それだけで勝機が訪
れるのだろうか。
二人は、暗い気持ちのまま馬を走らせた…。
NPC:ウォダック(テスカトリポカ)
場所:イヴァノフォールドの一農村
+++++++++++++++++++++++++++++
二人は唖然としていた。目の前のウォダックことテスカトリポカの言葉から察する
に、この男が、村を破壊したのだろうが、流石にそんなことは信じられない。自然災
害か戦争に巻き込まれたかのように無残な姿の村。それを、このやせた、背の丸い男
がやってのけたというのだろうか。確かにこの男にはテスカトリポカの力が宿ってい
るらしい。
しかし、だ。
「どうした?そんなマヌケな顔なんかしちゃってさ。」
ウォダックは、宙に浮いたまま二人に近づいてきた。勿論、この男に羽根があるわけ
ではないし、何かの器具が取り付けられているわけでもない。宙に浮いている理由が
無い。それなのにウォダックは平然と宙で歩みを進めているのである。多分、一介の
宗教家であれば彼を神の使いとあがめるだろう。それほどに神秘的な歩みだった。
ふぁさっ…
ウォダックはヴォルボの髭を一撫でし、不気味な笑みを浮かべる。まだ、浮いたまま
だ。
「今夜は野宿になるね。風邪なんかひかないでね。」
二人は、動けなかった。
「じゃあ、また。」
すぅっと消えるウォダック。神がかりにもほどがある。
二人は汗が顔を伝い、あごのところでたまり、ぽたりと落ちる。その汗が乗っていた
馬の首を伝い、さらに地面に落ちるまでの時間、呼吸をすることさえ忘れていた。
ようやく我に返ると、肩で息をし、あたりを見回す。そうだ、村が壊滅状態にあった
んだ。思い出す。
火事も起こっているし、瓦礫の下から人を運び出したりしなければならない。そう
だ。そうだ。忘れている場合でない。ウォダックがどうあれ、とにかく今は人命救助
が第一だ。ウェイスターとヴォルボはお互い見合って、行動を開始した。まずは、火
事を消しにかかる。幸い井戸は無事で、手早く水を運び小火は鎮火。火災は初期消火
がものを言うのだ。休むまもなく、次々と瓦礫の除去のかかる。二人は額に汗して懸
命にどかすも、すでに絶命しているものも少なくなかった。小さな村とはいえ、結構
な人口だ。その全てを助けられるほど二人は万能ではなかった。
と、すればやはりウォダックは神がかり的だ。二人が懸命に働いても救えないだけの
命をいともたやすく消し去ったのだ。
「くそ…ッ。」
やけくそになりながら瓦礫をどかす。やりきれない無力感を誤魔化すために。
がしゃ
がしゃ
がしゃ
ウェイスターは、瓦礫をどかしながら、その奥にある赤子の鳴き声が聞こえなくなる
のを聞いた。
ヴォルボは、けが人に包帯を巻きながら、その人の命が消えていくのを感じた。
がしゃ
がしゃ
がしゃ
ウェイスターは、瓦礫に左腕を挟まれた男を見た。男は、必死にあがくも、どうやら
腕は外れないようだ。瓦礫をどかそうとウェイスターは思い、力を込めるがびくとも
しない。ウェイスターは、男の左腕を断ち切り、瓦礫の下から引っ張り出した。男は
何故腕を切ったのかと、ウェイスターをにらみつけた。
ヴォルボは、焼け落ちる寸前の家から女性を助け出した。その女性は言う。中には子
供がいるそうだ。だが、家はもう崩れる寸前だった。女性は再び家に戻ろうとする。
ヴォルボはそれを引き止めた。女性は行かせてくれ、と哀願する。それでも、きつく
引き止める。女性は言った。子供を見殺しにしてまで生きる理由はない、と。それで
も…引き止めた。
がしゃ
がしゃ
がしゃ
夜も更け、月が真上に来るころ、ようやく村は静かになった。すすり泣く人々の声以
外、ろくに聞こえなくなっていた。
ウェイスターは顔を伏せながら、小さく言った。
「先を急ごう。」
「…そうですね。」
ヴォルボもまた、小さく答えた。
一刻一秒でも早くテスカトリポカを討たなければならない。だが、勝てるのだろう
か。村一つを簡単に屠る悪魔に。邪滅の剣とやら本当だとして、それだけで勝機が訪
れるのだろうか。
二人は、暗い気持ちのまま馬を走らせた…。
PC:ヴォルボ ウェイスター
NPC:吟遊詩人の男
場所:一農村~ガイス(廃村)
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
「とりあえず、ガイスに向かいましょう」
取り敢えず、ヴォルボはそう提案した。
いつまでもこんな破壊された農村に拘っているわけにはいかない。二人に
は、時間が無いのだ。今にも、彼等が敵としているウォダックの身体に憑依し
たテスカトリポカが、破壊の限りを尽くさないとも限らないのだ。事実、目の
前で村を一つ壊滅させられた。地獄を見た、気がした。何の罪も無い人々が、
突然の災害に巻き込まれて死んでいく様をこの目に焼き付けられてそして、自
分達は何の力も無いことを思い知らされた。助けられる命を助けられなかっ
た。その事を悔やんだが、悔やんでも悔やみきれなかった。涙をいくつ流した
だろう。
瓦礫に埋まっている人々を見て回ったとき、まだ助けられる人もいた。
だが、助けられなかった。
子供が燃え盛る火の海の中に置き去りにされていた時、母親の悲痛な叫びを
聞いた。
だが、救助することが出来なかった。
瓦礫の中で一つ一つ消えていく命の灯火達に、何もしてやることが出来なか
った。
だが、悲嘆にくれることならいつでも出来る。自分達はこれから先の事を考
えて、行動しなければならないのだった。
だから。
だから、ガイスに向けて旅立たねばいけなかった。
ガイスの先にある、受刑都市ジュデッカに向けて。
更に歩を進める二人であった。
*□■*
馬車を失って歩くしかないからから、だから時間がかかる。しかし、道が平
坦で無くなってしまったから、馬車がもし無事でも結局歩くしか選択肢は無い
だろう。道は地割れに喰われていた。巨大な顎[あぎと]に喰い付かれた様に、
そこかしこに亀裂が走り断層が見えるくらいに地面に高低差が出ている。あい
にくここは山道ではないので、砂礫で道が塞がったり土砂災害が発生したりす
る事は無かった。だが、先程起こった地震の被害は尋常じゃない。この分だと
ソフィニアも無事かどうか甚だ疑問だ。
兎も角、当初予想していた時間より大幅にずれて、二人はガイスに辿り着い
た。
ガイスに辿り着ければ暖かい食事とベッドが待っていると思っていたのだ
が、そこで二人が遭遇したのは村の閉鎖と言う絶望だった。
人っ子一人とていない。
村は瓦礫の山と化していた。
「酷いな。誰がこんな事を……」
少なくとも半日前に起こった地震が原因とは思えなかった。
ここ数日間で出来た瓦礫の山ではない。少なく見積もっても半年前からこの
状態だったに違いない。瓦礫の山には、年月を想起させる様な塵と埃が積もっ
ていた。
瓦礫の山と山の間に、いまだ無事な姿を佇んでいる家屋が所々見え隠れす
る。それらも例外なく、人が住まなくなって久しい廃屋だ。その廃屋を一軒一
軒見て回りながら、ヴォルボは感慨深げな眼差しをして地図を取り出した。そ
の地図にはギルド公認の証である印が押してあったが、その印も色褪せていて
何処と無く歳月を思わせた。
「ボクは、数年前の地図を見て旅をしていたようですね。ガイスがよもやこん
なことになっていようとは」
直ぐ傍で付き従うように歩いているウェイスターに、言い訳じみた言葉を吐
いてみる。彼は一つ頷いただけで、別に何を喋るでもなかった。「まぁ、そう
気を落とすな」とも、「こんなこともあるさ」とも言ってくれなかった。ただ
無言の内に慰めの言葉を隠しているだけのようだった。
二人が村の中央付近に差し掛かった時、それは起こった。
村の中央に位置する広場に一歩足を踏み入れた途端、ヴォルボとウェイスタ
ーは異変に被われた。突然周囲の情景がぼやけ、霞んだかと思いきや、突如と
して村が復元されたのだ。それは、かつて栄えていた頃の村の面影。かつて人
がこの村で生きていた頃の、それは幻影だった。夢であり、幻であり、現だっ
た。そこには、かつての活気が確かにあった。人々の行き交う息遣いが感じら
れた。再現された家々からは、立ち上る煙が見えた。市場には売り買いの声が
響いていた。
生き返った村を見て、訝しんでお互いに見合う二人。二人の頭の中を、クエ
スチョンが飛び交っていた。
と、そこに何処からかか細い男のような歌声が聞こえて来た。
二人の耳にはたった今届いたかのようだが、村が復元した当初からそれは鳴
り響いていた。
「嗚呼夢は潰え
そして幻となり消える」
「? 歌が聞こえる……」
歌の聞こえてくる方を見遣ると、一人の男がハープを片手に詩を歌ってい
た。
男は一言で言うと、美麗だった。端麗な顔立ちに大きな眼が印象的だった。
緑色の瞳を空に括りつけて、余り大き過ぎない薄い唇で歌を口ずさんでいる。
瞳の色と同じ色の髪の毛は長く、腰に掛かるほどだった。寒そうな空の下、寒
そうに肌を露出して佇んでいた。纏うは薄布一枚。マントが風に靡いている。
「誰だ?」
男は答えの代わりに、歌で答えた。
「そこは夢の終わるところ
死の淵
そこは常世[とこよ]
死者が戯れるところ」
男が歌う度に、男がハープを奏でる度に、周囲の様子は変わっていった。
先程まで声だけだった活気が、周囲に人々が行き交うようになっていったの
だ。
歌声が弾ける度毎に、弦が弾ける度毎に、人々の影が増えていった。
その村はもう、廃墟ではなくなっていた。死に満ちてはいなかった。
その村は、正に生き返ったのだ。
「な!? これはっ!?」
NPC:吟遊詩人の男
場所:一農村~ガイス(廃村)
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
「とりあえず、ガイスに向かいましょう」
取り敢えず、ヴォルボはそう提案した。
いつまでもこんな破壊された農村に拘っているわけにはいかない。二人に
は、時間が無いのだ。今にも、彼等が敵としているウォダックの身体に憑依し
たテスカトリポカが、破壊の限りを尽くさないとも限らないのだ。事実、目の
前で村を一つ壊滅させられた。地獄を見た、気がした。何の罪も無い人々が、
突然の災害に巻き込まれて死んでいく様をこの目に焼き付けられてそして、自
分達は何の力も無いことを思い知らされた。助けられる命を助けられなかっ
た。その事を悔やんだが、悔やんでも悔やみきれなかった。涙をいくつ流した
だろう。
瓦礫に埋まっている人々を見て回ったとき、まだ助けられる人もいた。
だが、助けられなかった。
子供が燃え盛る火の海の中に置き去りにされていた時、母親の悲痛な叫びを
聞いた。
だが、救助することが出来なかった。
瓦礫の中で一つ一つ消えていく命の灯火達に、何もしてやることが出来なか
った。
だが、悲嘆にくれることならいつでも出来る。自分達はこれから先の事を考
えて、行動しなければならないのだった。
だから。
だから、ガイスに向けて旅立たねばいけなかった。
ガイスの先にある、受刑都市ジュデッカに向けて。
更に歩を進める二人であった。
*□■*
馬車を失って歩くしかないからから、だから時間がかかる。しかし、道が平
坦で無くなってしまったから、馬車がもし無事でも結局歩くしか選択肢は無い
だろう。道は地割れに喰われていた。巨大な顎[あぎと]に喰い付かれた様に、
そこかしこに亀裂が走り断層が見えるくらいに地面に高低差が出ている。あい
にくここは山道ではないので、砂礫で道が塞がったり土砂災害が発生したりす
る事は無かった。だが、先程起こった地震の被害は尋常じゃない。この分だと
ソフィニアも無事かどうか甚だ疑問だ。
兎も角、当初予想していた時間より大幅にずれて、二人はガイスに辿り着い
た。
ガイスに辿り着ければ暖かい食事とベッドが待っていると思っていたのだ
が、そこで二人が遭遇したのは村の閉鎖と言う絶望だった。
人っ子一人とていない。
村は瓦礫の山と化していた。
「酷いな。誰がこんな事を……」
少なくとも半日前に起こった地震が原因とは思えなかった。
ここ数日間で出来た瓦礫の山ではない。少なく見積もっても半年前からこの
状態だったに違いない。瓦礫の山には、年月を想起させる様な塵と埃が積もっ
ていた。
瓦礫の山と山の間に、いまだ無事な姿を佇んでいる家屋が所々見え隠れす
る。それらも例外なく、人が住まなくなって久しい廃屋だ。その廃屋を一軒一
軒見て回りながら、ヴォルボは感慨深げな眼差しをして地図を取り出した。そ
の地図にはギルド公認の証である印が押してあったが、その印も色褪せていて
何処と無く歳月を思わせた。
「ボクは、数年前の地図を見て旅をしていたようですね。ガイスがよもやこん
なことになっていようとは」
直ぐ傍で付き従うように歩いているウェイスターに、言い訳じみた言葉を吐
いてみる。彼は一つ頷いただけで、別に何を喋るでもなかった。「まぁ、そう
気を落とすな」とも、「こんなこともあるさ」とも言ってくれなかった。ただ
無言の内に慰めの言葉を隠しているだけのようだった。
二人が村の中央付近に差し掛かった時、それは起こった。
村の中央に位置する広場に一歩足を踏み入れた途端、ヴォルボとウェイスタ
ーは異変に被われた。突然周囲の情景がぼやけ、霞んだかと思いきや、突如と
して村が復元されたのだ。それは、かつて栄えていた頃の村の面影。かつて人
がこの村で生きていた頃の、それは幻影だった。夢であり、幻であり、現だっ
た。そこには、かつての活気が確かにあった。人々の行き交う息遣いが感じら
れた。再現された家々からは、立ち上る煙が見えた。市場には売り買いの声が
響いていた。
生き返った村を見て、訝しんでお互いに見合う二人。二人の頭の中を、クエ
スチョンが飛び交っていた。
と、そこに何処からかか細い男のような歌声が聞こえて来た。
二人の耳にはたった今届いたかのようだが、村が復元した当初からそれは鳴
り響いていた。
「嗚呼夢は潰え
そして幻となり消える」
「? 歌が聞こえる……」
歌の聞こえてくる方を見遣ると、一人の男がハープを片手に詩を歌ってい
た。
男は一言で言うと、美麗だった。端麗な顔立ちに大きな眼が印象的だった。
緑色の瞳を空に括りつけて、余り大き過ぎない薄い唇で歌を口ずさんでいる。
瞳の色と同じ色の髪の毛は長く、腰に掛かるほどだった。寒そうな空の下、寒
そうに肌を露出して佇んでいた。纏うは薄布一枚。マントが風に靡いている。
「誰だ?」
男は答えの代わりに、歌で答えた。
「そこは夢の終わるところ
死の淵
そこは常世[とこよ]
死者が戯れるところ」
男が歌う度に、男がハープを奏でる度に、周囲の様子は変わっていった。
先程まで声だけだった活気が、周囲に人々が行き交うようになっていったの
だ。
歌声が弾ける度毎に、弦が弾ける度毎に、人々の影が増えていった。
その村はもう、廃墟ではなくなっていた。死に満ちてはいなかった。
その村は、正に生き返ったのだ。
「な!? これはっ!?」
PC:ヴォルボ ウェイスター
NPC:吟遊詩人の男
場所:ガイス?
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
どうなっているんだ?あまりの出来事に二人の思考は凍り付いていた。
見るからに寂れていた廃村が、いつの間にか活気を取り戻した…いや、そんな表現で
は飽き足らない。
何もない荒野に突如としてオアシスが現れたかのよう…。
「…ど、どうなっているんでしょうか…。」
ヴォルボは、事態を必死に理解しようと、辺りを見回し、答えが無いのを予想しなが
らもウェイスターに尋ねた。
「……。」
予想通り、ウェイスターは答えを用意することができなかった。
何がどうなったのか、廃村は、春の木漏れ日漂う和やかな村になっていた。
幻覚?罠?…地図を間違えた?いや、馬鹿な…。
さまざまに思考をめぐらせ、現実に草木に触れ、そのどれもが違うことを確かめた。
「憂き世に漂う 鮮やかな幻 いつの世も 楽園は姿を隠し 暗闇から 世界を照ら
し…。」
なんだかよく分からない歌詞に乗せて、吟遊詩人が歌っていた。
そうだ。この男、ここが寂れていたときから、ずっとそこにいる。
ウェイスターが、視線を向けると、視線に気づいたのか、話しかける気があったの
か、吟遊詩人は顔を上げ滑らかに舌を動かした。
「…君たちは…。紛れ込んでしまったのかな?」
「紛れ込んだ?」
反応したのは、ヴォルボだった。合点がいかない…そんな面持ちで、吟遊詩人に近づ
く。
「そう、紛れ込んだのさ。輪廻の隙間に…。」
「どういことだ?」
まどろっこしい、吟遊詩人の物言いに業を煮やしたのか、ウェイスターも詰め寄って
問い詰める。
「…そう、せかさないでくれよ。…そうだね、例えるならば、ここは生と死の隙間
…。別の世界さ。」
吟遊詩人は、朗らかにそういってのけた。手にしたハープをポロン…と、一撫でし、
満足そうだ。
その姿は陽光を浴び、きらめいていただけに、ウェイスターの癪に障った。
「ふざけるな!!別の世界だと?何を寝ぼけている!…ここがどこか。私はそれを知
りたいだけだ。下らん御託を並べるな!」
大げさな身振りと、彼にしては長い口上。相当、腹が立っているようだった。今にも
胸倉につかみかからんばかりに、怒鳴り散らす。
「まぁまぁ、おちついて…。」
そうなると、ヴォルボは、なだめる役に徹するしかない。しかたなし、ウェイスター
と、詩人の間に割って入り、手をあげる。
「君たちが驚くのも無理はない。君たち、普通の人たちと、この世界はあまりに無縁
だ。」
詩人は、驚いたふうもなく、歌うように言葉をつむぐ。
「君たち…普通の人間が生きるのが、現世…としよう。仮にね。そうすると、ここは
…霊界というのがしっくりくるかな。厳密には違うんだけどね。」
「?」
二人は合点がいかない様子
「生き物は死ぬとどうなると思う?魂…ってヤツ。」
すると 男はいきりたつ
「しるか!ごちゃごちゃと…!!」
連れがなだめる おだやかに
「待ってください!今、説明を聞かないと、いつまでもワケが分からないままで
す!」
男は黙って閉口する
「……むぅ…。」
連れが促す 事の次第…
「さ、続けてください。」
詩人は歌いだす 歌いだす 語りだす…
「魂は死なず、新たな体を与えられる。…神というのかな?神秘の塊だよ。だけど、
体が滅びてからすぐに新しい体用意されるわけじゃない。
つまりここは、新しい体を待つ魂の安息所というわけだ。分かるかな?」
男は口を閉じたまま
「まぁ、そんなことは、どうでもいいんだろ?どうやったら、現世に帰れるか…。そ
れが知りたいんだろ?」
詩人は見透かしたよう
「結論はな。」
「だろ?たまに紛れ込む人がいると、決まってそれを要求するからね。」
「…ということは、いままでにここに訪れた…現世の人がいたわけですね?」
興奮気味のウェイスターは置いておいて、ヴォルボはことの収集にかかった。
「大体の人は、現世に帰るよ。本来ここにくるべきじゃないんだ。この世界が君たち
を拒絶する。…つまり、世界にはじかれ、強制的にもとの現世に戻る。待っていれ
ば、じきに始まるよ。」
詩人は、淡々と言った。今までの浪々とした話かたが急に変わったのを、ヴォルボは
不快に思った。
「では…、このまま待っていればいいんですね?」
「うん。…ただ、君たちが強く望むなら、ここに残ることもできる。さらに言えば、
強く強く願うなら現世に少しだけ変化を与えることができる。」
詩人はまじめな顔をして、ガキっぽい表現をした。
「どういうことだ?」
ウェイスターは、もはや自体を理解する気はなく、流れに逆らわないことにしたよう
だった。それ故に、無駄な言葉は発せず、ただ疑問の声だけを上げた。
「折角だから、自己紹介するね。僕の名はキラミースト・モンス・ミックス。キラで
いいよ。」
「何を急に…。」
「僕は死神だ。」
意味深を通り越して、意味不明な言葉の羅列に、二人はぽかんと口をあけた。
NPC:吟遊詩人の男
場所:ガイス?
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
どうなっているんだ?あまりの出来事に二人の思考は凍り付いていた。
見るからに寂れていた廃村が、いつの間にか活気を取り戻した…いや、そんな表現で
は飽き足らない。
何もない荒野に突如としてオアシスが現れたかのよう…。
「…ど、どうなっているんでしょうか…。」
ヴォルボは、事態を必死に理解しようと、辺りを見回し、答えが無いのを予想しなが
らもウェイスターに尋ねた。
「……。」
予想通り、ウェイスターは答えを用意することができなかった。
何がどうなったのか、廃村は、春の木漏れ日漂う和やかな村になっていた。
幻覚?罠?…地図を間違えた?いや、馬鹿な…。
さまざまに思考をめぐらせ、現実に草木に触れ、そのどれもが違うことを確かめた。
「憂き世に漂う 鮮やかな幻 いつの世も 楽園は姿を隠し 暗闇から 世界を照ら
し…。」
なんだかよく分からない歌詞に乗せて、吟遊詩人が歌っていた。
そうだ。この男、ここが寂れていたときから、ずっとそこにいる。
ウェイスターが、視線を向けると、視線に気づいたのか、話しかける気があったの
か、吟遊詩人は顔を上げ滑らかに舌を動かした。
「…君たちは…。紛れ込んでしまったのかな?」
「紛れ込んだ?」
反応したのは、ヴォルボだった。合点がいかない…そんな面持ちで、吟遊詩人に近づ
く。
「そう、紛れ込んだのさ。輪廻の隙間に…。」
「どういことだ?」
まどろっこしい、吟遊詩人の物言いに業を煮やしたのか、ウェイスターも詰め寄って
問い詰める。
「…そう、せかさないでくれよ。…そうだね、例えるならば、ここは生と死の隙間
…。別の世界さ。」
吟遊詩人は、朗らかにそういってのけた。手にしたハープをポロン…と、一撫でし、
満足そうだ。
その姿は陽光を浴び、きらめいていただけに、ウェイスターの癪に障った。
「ふざけるな!!別の世界だと?何を寝ぼけている!…ここがどこか。私はそれを知
りたいだけだ。下らん御託を並べるな!」
大げさな身振りと、彼にしては長い口上。相当、腹が立っているようだった。今にも
胸倉につかみかからんばかりに、怒鳴り散らす。
「まぁまぁ、おちついて…。」
そうなると、ヴォルボは、なだめる役に徹するしかない。しかたなし、ウェイスター
と、詩人の間に割って入り、手をあげる。
「君たちが驚くのも無理はない。君たち、普通の人たちと、この世界はあまりに無縁
だ。」
詩人は、驚いたふうもなく、歌うように言葉をつむぐ。
「君たち…普通の人間が生きるのが、現世…としよう。仮にね。そうすると、ここは
…霊界というのがしっくりくるかな。厳密には違うんだけどね。」
「?」
二人は合点がいかない様子
「生き物は死ぬとどうなると思う?魂…ってヤツ。」
すると 男はいきりたつ
「しるか!ごちゃごちゃと…!!」
連れがなだめる おだやかに
「待ってください!今、説明を聞かないと、いつまでもワケが分からないままで
す!」
男は黙って閉口する
「……むぅ…。」
連れが促す 事の次第…
「さ、続けてください。」
詩人は歌いだす 歌いだす 語りだす…
「魂は死なず、新たな体を与えられる。…神というのかな?神秘の塊だよ。だけど、
体が滅びてからすぐに新しい体用意されるわけじゃない。
つまりここは、新しい体を待つ魂の安息所というわけだ。分かるかな?」
男は口を閉じたまま
「まぁ、そんなことは、どうでもいいんだろ?どうやったら、現世に帰れるか…。そ
れが知りたいんだろ?」
詩人は見透かしたよう
「結論はな。」
「だろ?たまに紛れ込む人がいると、決まってそれを要求するからね。」
「…ということは、いままでにここに訪れた…現世の人がいたわけですね?」
興奮気味のウェイスターは置いておいて、ヴォルボはことの収集にかかった。
「大体の人は、現世に帰るよ。本来ここにくるべきじゃないんだ。この世界が君たち
を拒絶する。…つまり、世界にはじかれ、強制的にもとの現世に戻る。待っていれ
ば、じきに始まるよ。」
詩人は、淡々と言った。今までの浪々とした話かたが急に変わったのを、ヴォルボは
不快に思った。
「では…、このまま待っていればいいんですね?」
「うん。…ただ、君たちが強く望むなら、ここに残ることもできる。さらに言えば、
強く強く願うなら現世に少しだけ変化を与えることができる。」
詩人はまじめな顔をして、ガキっぽい表現をした。
「どういうことだ?」
ウェイスターは、もはや自体を理解する気はなく、流れに逆らわないことにしたよう
だった。それ故に、無駄な言葉は発せず、ただ疑問の声だけを上げた。
「折角だから、自己紹介するね。僕の名はキラミースト・モンス・ミックス。キラで
いいよ。」
「何を急に…。」
「僕は死神だ。」
意味深を通り越して、意味不明な言葉の羅列に、二人はぽかんと口をあけた。