PC:ヴォルボ ウェイスター
NPC:マリリアン
場所:ソフィニア
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
マリリンとか言うデブスは、あっけに取られたからか、口をぽかんとあけ不美人に拍
車がかかっていた。
正直、ウェイスターは笑いをこらえるので精一杯だった。ヴォルボに促されるまで、
自己紹介することもできず、必死に目をそらしていた。また、自己紹介のときも極力
目を合わせないように気をつけた。さすがに、真顔を笑われたのでは向こうも傷つく
だろう。
「はじめまして。ウェイスター・ロビンです。なにやら、悪事に巻き込まれたご様
子。私でよければ力になりたいと思い参上しました。」
マリリンは、はぁ、と、気の抜けた返事をよこし、相変わらずブスだった。また、
ウェイスターの言葉の意味がよくわかっていないようで、結局なんでヴォルボにくっ
ついているのかが理解できずにいた。
しかし、理解できてないといえばヴォルボもまた然りで、彼からも詳しい説明を促さ
れてしまった。マリリンの話を聞きにきたというに、なんでかウェイスターが質問攻
めにあう。良く考えれば必然だが。
「むぅ…。つまり、です。私はカミカゼ機動隊という…あー…いわばボランティアみ
たいな慈善団体に所属してまして、世のか弱き人を救うのを生きがいとしてるわけで
す。」
ウェイスターは、必死に説明したが、二人には「おせっかいサンなのね。」の一言で
一蹴されてしまった。
「…まぁ、そんなところです。」
ウェイスターもまた、しぶしぶ了承した。
自己紹介がひと段落すると、また話は元に戻り、事件の現場や状況を詳しく聞きなお
していた。ほとんどはさっき話したことと重複し、目新しい情報は無かった。
「…これ以上はもう…。」
マリリンの側から話を打ち切ってきた。しつこい尋問にうんざりしたからだろう。当
初は事件のことを聞いていたのだが、時折彼女自身のプライベートなことなども聞き
始めたからかもしれない。それが、リラックスさせようとするヴォルボなりの気遣い
なのか、単なる趣味なのかは定かではない。
「ヴォルボ殿、これ以上聞き込みをしていても、らちがあきません。調査に行くなり
なんなりしましょう。」
「…ですね。」
非常に後ろ髪惹かれる思いのヴォルボも承知し、二人はマリリン宅を出る。ここでも
ヴォルボは「またお邪魔するかも知れません」などと言っていた。ウェイスターは内
心とんでもないと毒づきながらの帰路となった。
+++++
ソフィニアの街はすでに暗くなっていた。街の人々は、仕事帰りらしい。疲れた顔
や、うれしそうな顔など様々な表情が飛び交っていた。そんな中、ウェイスターと
ヴォルボは難しい顔で考え事をしながら、酒場「トラベラーズイン」に向かってい
た。
「広くて、暗くて、魔方陣で、石畳…と。見当つきますか?」
ウェイスターは、手帳にメモした情報を羅列してみた。どの情報も決定力を欠いてい
るように思えた。また、この近辺かどうかすら定かではない。
「んー。」
ヴォルボはうなったままで、答えをよこすことはしなかった。すると、突然口を開い
た。
「そうだ!」
突然の大声に、ウェイスターは二、三歩後ずさりし、それから、相槌を打った。
「どうしたんですか?」
「これは、髪止めにしよう。うん。それがいい。あの娘にきっと似合うのができるは
ずだ。」
「は?」
あまりにも的外れな答えが返ってきたので、ウェイスターは、はにわの如く間抜けな
顔をしてしまった。
「髪止めだよ。髪止め。」
髪止めぐらい想像つくよ…。とウェイスターは思ったが、もしかしたら深い考えが
あっての発言かもしれない。もう少し、髪止めという言葉を反芻してみようと思っ
た。
「そんなわけだから、ボクは、先に帰ってますね。」
短い足をバタバタさせながら、ヴォルボは酒場に向かって走っていってしまった。
ウェイスターは「どんなわけで?」と、その場に取り残されてしまった。いや、走っ
て追えば捕まえられるだろう。正直、ドワーフが駆けたところでたかが知れているの
だ。
「……。」
間。
「…まぁ、いい。一人の方が調査はしやすい。」
たっぷり三分は黙ってから、ウェイスターは気を取り直し、手帳を眺めた。
広くて…屋内と限れば、多数あるが…。
暗くて…地下か?だが、天井は見えなかったらしいが。
魔方陣で…ソフィニアは魔法が盛んだ。特定はできないだろう。
石畳…少なくても、人の手が加わったところということだろう。
そこから導いてみるに…。
「魔術学院…か?」
まさか。ウェイスターは考えてから、それを打ち消した。魔術学院といえば伝統と栄
誉あるれっきとした学校だ。その学校の中でよからぬことを企む輩がいるものだろ
か。しかし、それなら合点がいく。
「…ふむ。」
ウェイスターは思わず立ち止まっていたことに気がついた。
NPC:マリリアン
場所:ソフィニア
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マリリンとか言うデブスは、あっけに取られたからか、口をぽかんとあけ不美人に拍
車がかかっていた。
正直、ウェイスターは笑いをこらえるので精一杯だった。ヴォルボに促されるまで、
自己紹介することもできず、必死に目をそらしていた。また、自己紹介のときも極力
目を合わせないように気をつけた。さすがに、真顔を笑われたのでは向こうも傷つく
だろう。
「はじめまして。ウェイスター・ロビンです。なにやら、悪事に巻き込まれたご様
子。私でよければ力になりたいと思い参上しました。」
マリリンは、はぁ、と、気の抜けた返事をよこし、相変わらずブスだった。また、
ウェイスターの言葉の意味がよくわかっていないようで、結局なんでヴォルボにくっ
ついているのかが理解できずにいた。
しかし、理解できてないといえばヴォルボもまた然りで、彼からも詳しい説明を促さ
れてしまった。マリリンの話を聞きにきたというに、なんでかウェイスターが質問攻
めにあう。良く考えれば必然だが。
「むぅ…。つまり、です。私はカミカゼ機動隊という…あー…いわばボランティアみ
たいな慈善団体に所属してまして、世のか弱き人を救うのを生きがいとしてるわけで
す。」
ウェイスターは、必死に説明したが、二人には「おせっかいサンなのね。」の一言で
一蹴されてしまった。
「…まぁ、そんなところです。」
ウェイスターもまた、しぶしぶ了承した。
自己紹介がひと段落すると、また話は元に戻り、事件の現場や状況を詳しく聞きなお
していた。ほとんどはさっき話したことと重複し、目新しい情報は無かった。
「…これ以上はもう…。」
マリリンの側から話を打ち切ってきた。しつこい尋問にうんざりしたからだろう。当
初は事件のことを聞いていたのだが、時折彼女自身のプライベートなことなども聞き
始めたからかもしれない。それが、リラックスさせようとするヴォルボなりの気遣い
なのか、単なる趣味なのかは定かではない。
「ヴォルボ殿、これ以上聞き込みをしていても、らちがあきません。調査に行くなり
なんなりしましょう。」
「…ですね。」
非常に後ろ髪惹かれる思いのヴォルボも承知し、二人はマリリン宅を出る。ここでも
ヴォルボは「またお邪魔するかも知れません」などと言っていた。ウェイスターは内
心とんでもないと毒づきながらの帰路となった。
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ソフィニアの街はすでに暗くなっていた。街の人々は、仕事帰りらしい。疲れた顔
や、うれしそうな顔など様々な表情が飛び交っていた。そんな中、ウェイスターと
ヴォルボは難しい顔で考え事をしながら、酒場「トラベラーズイン」に向かってい
た。
「広くて、暗くて、魔方陣で、石畳…と。見当つきますか?」
ウェイスターは、手帳にメモした情報を羅列してみた。どの情報も決定力を欠いてい
るように思えた。また、この近辺かどうかすら定かではない。
「んー。」
ヴォルボはうなったままで、答えをよこすことはしなかった。すると、突然口を開い
た。
「そうだ!」
突然の大声に、ウェイスターは二、三歩後ずさりし、それから、相槌を打った。
「どうしたんですか?」
「これは、髪止めにしよう。うん。それがいい。あの娘にきっと似合うのができるは
ずだ。」
「は?」
あまりにも的外れな答えが返ってきたので、ウェイスターは、はにわの如く間抜けな
顔をしてしまった。
「髪止めだよ。髪止め。」
髪止めぐらい想像つくよ…。とウェイスターは思ったが、もしかしたら深い考えが
あっての発言かもしれない。もう少し、髪止めという言葉を反芻してみようと思っ
た。
「そんなわけだから、ボクは、先に帰ってますね。」
短い足をバタバタさせながら、ヴォルボは酒場に向かって走っていってしまった。
ウェイスターは「どんなわけで?」と、その場に取り残されてしまった。いや、走っ
て追えば捕まえられるだろう。正直、ドワーフが駆けたところでたかが知れているの
だ。
「……。」
間。
「…まぁ、いい。一人の方が調査はしやすい。」
たっぷり三分は黙ってから、ウェイスターは気を取り直し、手帳を眺めた。
広くて…屋内と限れば、多数あるが…。
暗くて…地下か?だが、天井は見えなかったらしいが。
魔方陣で…ソフィニアは魔法が盛んだ。特定はできないだろう。
石畳…少なくても、人の手が加わったところということだろう。
そこから導いてみるに…。
「魔術学院…か?」
まさか。ウェイスターは考えてから、それを打ち消した。魔術学院といえば伝統と栄
誉あるれっきとした学校だ。その学校の中でよからぬことを企む輩がいるものだろ
か。しかし、それなら合点がいく。
「…ふむ。」
ウェイスターは思わず立ち止まっていたことに気がついた。
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PC:ヴォルボ (ウェイスター)
NPC:黒ローブの男達
場所:何処かの広間~ソフィニア市街
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
「もう時間が無いんだ! 明日までに美女を一人連れて来い!」
ヒステリックな男の細い声が広間に反響して木霊となって返ってくる。
「はっ! わかりましたっ! 今直ぐにでも連れて参ります!」
ヒステリックに喚き散らす男と同じように、黒いローブを目深に被った長身
の男が了解の意を伝え小走りに掛けて行く。その男の後姿に、まるで追い討ち
を掛けるように再びヒステリックな男の声が響く。
「当たり前だ! 期限何時までだと思っているんだ!」
揺れる蝋燭の炎の光を反射して、眼鏡の奥がきらりと光る。
ここは何処かの地下にある大広間。暗くて湿度の高い場所で、同じく暗くて
邪悪な事をしている黒ローブが複数居た。その中でも特に偉そうに踏ん反り返
っている、角眼鏡の男が自分よりも背の高い男達に指示を出している。彼は黒
ローブ集団の中でも一番背が低いようだ。だが、その反面一番身分や気位が高
い様でもあった。それが片腕を振り回して大声を張り上げている。まるで、自
分の欠点を打ち消すが如く。その様は傍から見ていておかしささえ覚えるほど
だ。
「い・い・か! 今夜だ! タイムリミットは今夜だからなーっ!!」
周囲の壁という壁に眼鏡男の声が反響する。それは静かな衝撃となって、辺
りに散りばめられた。
*□■*
宿屋に戻ったヴォルボは部屋の中で、簡易式の移動工房を広げて早速魔法鉱
石の加工に取り掛かった。作るべき物のイメージは既に頭の中に思い描いてい
る。後は具現化するだけだ。イメージから現実のものへ。鉱石から装飾品へ。
加工は手馴れたものだった。先ず、魔法鉱石の原石を削りだし石の本来の輝
きを引き出す。魔法鉱石は元来空気に触れるとその部分から魔力が漏れ出し、
本来の輝きを失っていく。魔法鉱石の鉱山で見た、魔法鉱石の輝きは一瞬で消
えうせてしまうのだ。それを防ぐために、空気に触れて酸化する前に研磨石で
磨き上げるのだ。それは素早さと繊細さを要する作業である。正にドワーフに
うってつけの作業であった。
鉱石を研磨し終わると、微細な粒子を内包した仄かに青く光る宝石へと変貌
した。それはまるで深い海の底の様な色であり、また、遥かに高い空の色でも
あった。ヴォルボはそれを更に細かく砕いていく。そして磨き上げて小さな宝
石の塊へと変えていった。
次に取り出したのは、何の変哲も無い銀板である。その銀板を打ち込んで、
細かく模様を入れていく。それはまるで花畑のようであり、所々穴が開いてい
て何かをはめ込める様になっている。丁度中央部にあたる部分には何かの鳥の
ような形に穴を穿ち、形作っていく。
本当に細かい作業を、熱心に着実に形にしていく。
銀板の作業が終わったところで、次に移ったのははめ込む作業だった。
先程細かく砕いて加工した魔法鉱石の欠片を銀板の穴の部分に埋め込んでい
く。中央に掘り込まれた鳥の模りにも魔法鉱石を埋め込んでいく。嵌め込まれ
ていく過程で、その姿が露わになっていく。その形は、孔雀だった。美しい虹
色の尾を広げた雄の孔雀。それが中央に堂々と掘り込まれていた。
「よし! 出来た! 後は……」
後は髪飾りとしての機能を持たせるだけである。
銀板の裏に模っておいた筒の中に蝶番を取り付けて、髪に留めるための金具
を取り付ける。これで髪留めは完成だ。
後はこれを彼女に届けるだけだ。付けて貰えるだろうか。孔雀を模った髪留
め。
彼女には、孔雀のような豪華なものが良く似合う。そう考えて、ヴォルボは
笑みがこぼれるのを覚えた。髭に隠れていて見えないが、口角は上がってい
た。
マリリアンに贈ろうと部屋を出ようとした時、ヴォルボは奇妙な叫び声のよ
うな呻き声のような声ともとれない奇声を聞いた。同時に街路を走っていくよ
うな荒々しい足音も聞こえて来た。一人ではない。声は一人のものだが、足音
は数人のものだ。
ヴォルボはその奇声の所在を見るべく、窓に走り寄った。
窓から見えたものは――。
なんと形容したらいいのか。
一言で言って、男が包丁を片手に走っていた。
男は、二十代後半から四十代前半くらいに見える。一目でくたびれたと言う
形容詞が思いつくような、そんな男だった。大きな背負い鞄を背負った、勘違
いした冒険者。そんな出で立ちだ。
その後ろから男に負けぬ勢いで、一目でチャーハン魔王と解る格好をした男
が通りを横切って公園の方へと走り去って行く所だった。
ヴォルボはそれらを見てから、「はて、アレは何なのだろう」と首を傾げ
た。包丁を持った男の後ろにいた男がチャーハン魔王だと解ってしまった自分
にも首を傾げた。
それはともかく置いといて、と思い直しヴォルボは急いで通りに出ることに
した。
*■□*
通りに出て、最初に目に入ったのは、魔方陣だった。
紙に書いた魔法陣が通りの中央に広げられて落ちていた。そしてそれを落と
したらしい、黒ローブの男が自分の目の前を通り過ぎていくのをも目撃した。
ヴォルボはそれだけでそいつが何をやろうとしているのか、図りかねてい
た。だから、行動が遅くなった。
だから、少女がその魔法陣の書かれた紙を踏みつけて、瞬間移動させられる
のを止める事が出来なかった。その少女は、藍色の髪を型までの高さで切り揃
えていて、緑色の目は大きくくりっとしていて、薄く赤い唇が笑んでいた。鼻
は高く、何処から見ても美少女だった。普通の人間が見れば。だが、目撃して
いたのは残念なことにヴォルボだった。彼の目には彼女の美貌は不細工に映っ
ていた。
その少女が紙を踏みつけた途端に、無数の煙と共に跡形も無く消えたのだ。
恐らくどこかへと飛ばされたのだろう。黒ローブの男の口角が、笑みの形に歪
んでいた。ただの笑いじゃない。邪念が篭った笑みだった。
流石にその光景を見て、ヴォルボも気付かぬ筈がなかった。
黒ローブの男が仕掛けた。
その事実に辿り着くのにさほど時間はかからなかった。
そしてたっぷり一秒経った後、立ち去る黒ローブの背に指を突きつけて叫ん
だ。
「こらぁ! そこの君! ちょっとまったぁ!」
NPC:黒ローブの男達
場所:何処かの広間~ソフィニア市街
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「もう時間が無いんだ! 明日までに美女を一人連れて来い!」
ヒステリックな男の細い声が広間に反響して木霊となって返ってくる。
「はっ! わかりましたっ! 今直ぐにでも連れて参ります!」
ヒステリックに喚き散らす男と同じように、黒いローブを目深に被った長身
の男が了解の意を伝え小走りに掛けて行く。その男の後姿に、まるで追い討ち
を掛けるように再びヒステリックな男の声が響く。
「当たり前だ! 期限何時までだと思っているんだ!」
揺れる蝋燭の炎の光を反射して、眼鏡の奥がきらりと光る。
ここは何処かの地下にある大広間。暗くて湿度の高い場所で、同じく暗くて
邪悪な事をしている黒ローブが複数居た。その中でも特に偉そうに踏ん反り返
っている、角眼鏡の男が自分よりも背の高い男達に指示を出している。彼は黒
ローブ集団の中でも一番背が低いようだ。だが、その反面一番身分や気位が高
い様でもあった。それが片腕を振り回して大声を張り上げている。まるで、自
分の欠点を打ち消すが如く。その様は傍から見ていておかしささえ覚えるほど
だ。
「い・い・か! 今夜だ! タイムリミットは今夜だからなーっ!!」
周囲の壁という壁に眼鏡男の声が反響する。それは静かな衝撃となって、辺
りに散りばめられた。
*□■*
宿屋に戻ったヴォルボは部屋の中で、簡易式の移動工房を広げて早速魔法鉱
石の加工に取り掛かった。作るべき物のイメージは既に頭の中に思い描いてい
る。後は具現化するだけだ。イメージから現実のものへ。鉱石から装飾品へ。
加工は手馴れたものだった。先ず、魔法鉱石の原石を削りだし石の本来の輝
きを引き出す。魔法鉱石は元来空気に触れるとその部分から魔力が漏れ出し、
本来の輝きを失っていく。魔法鉱石の鉱山で見た、魔法鉱石の輝きは一瞬で消
えうせてしまうのだ。それを防ぐために、空気に触れて酸化する前に研磨石で
磨き上げるのだ。それは素早さと繊細さを要する作業である。正にドワーフに
うってつけの作業であった。
鉱石を研磨し終わると、微細な粒子を内包した仄かに青く光る宝石へと変貌
した。それはまるで深い海の底の様な色であり、また、遥かに高い空の色でも
あった。ヴォルボはそれを更に細かく砕いていく。そして磨き上げて小さな宝
石の塊へと変えていった。
次に取り出したのは、何の変哲も無い銀板である。その銀板を打ち込んで、
細かく模様を入れていく。それはまるで花畑のようであり、所々穴が開いてい
て何かをはめ込める様になっている。丁度中央部にあたる部分には何かの鳥の
ような形に穴を穿ち、形作っていく。
本当に細かい作業を、熱心に着実に形にしていく。
銀板の作業が終わったところで、次に移ったのははめ込む作業だった。
先程細かく砕いて加工した魔法鉱石の欠片を銀板の穴の部分に埋め込んでい
く。中央に掘り込まれた鳥の模りにも魔法鉱石を埋め込んでいく。嵌め込まれ
ていく過程で、その姿が露わになっていく。その形は、孔雀だった。美しい虹
色の尾を広げた雄の孔雀。それが中央に堂々と掘り込まれていた。
「よし! 出来た! 後は……」
後は髪飾りとしての機能を持たせるだけである。
銀板の裏に模っておいた筒の中に蝶番を取り付けて、髪に留めるための金具
を取り付ける。これで髪留めは完成だ。
後はこれを彼女に届けるだけだ。付けて貰えるだろうか。孔雀を模った髪留
め。
彼女には、孔雀のような豪華なものが良く似合う。そう考えて、ヴォルボは
笑みがこぼれるのを覚えた。髭に隠れていて見えないが、口角は上がってい
た。
マリリアンに贈ろうと部屋を出ようとした時、ヴォルボは奇妙な叫び声のよ
うな呻き声のような声ともとれない奇声を聞いた。同時に街路を走っていくよ
うな荒々しい足音も聞こえて来た。一人ではない。声は一人のものだが、足音
は数人のものだ。
ヴォルボはその奇声の所在を見るべく、窓に走り寄った。
窓から見えたものは――。
なんと形容したらいいのか。
一言で言って、男が包丁を片手に走っていた。
男は、二十代後半から四十代前半くらいに見える。一目でくたびれたと言う
形容詞が思いつくような、そんな男だった。大きな背負い鞄を背負った、勘違
いした冒険者。そんな出で立ちだ。
その後ろから男に負けぬ勢いで、一目でチャーハン魔王と解る格好をした男
が通りを横切って公園の方へと走り去って行く所だった。
ヴォルボはそれらを見てから、「はて、アレは何なのだろう」と首を傾げ
た。包丁を持った男の後ろにいた男がチャーハン魔王だと解ってしまった自分
にも首を傾げた。
それはともかく置いといて、と思い直しヴォルボは急いで通りに出ることに
した。
*■□*
通りに出て、最初に目に入ったのは、魔方陣だった。
紙に書いた魔法陣が通りの中央に広げられて落ちていた。そしてそれを落と
したらしい、黒ローブの男が自分の目の前を通り過ぎていくのをも目撃した。
ヴォルボはそれだけでそいつが何をやろうとしているのか、図りかねてい
た。だから、行動が遅くなった。
だから、少女がその魔法陣の書かれた紙を踏みつけて、瞬間移動させられる
のを止める事が出来なかった。その少女は、藍色の髪を型までの高さで切り揃
えていて、緑色の目は大きくくりっとしていて、薄く赤い唇が笑んでいた。鼻
は高く、何処から見ても美少女だった。普通の人間が見れば。だが、目撃して
いたのは残念なことにヴォルボだった。彼の目には彼女の美貌は不細工に映っ
ていた。
その少女が紙を踏みつけた途端に、無数の煙と共に跡形も無く消えたのだ。
恐らくどこかへと飛ばされたのだろう。黒ローブの男の口角が、笑みの形に歪
んでいた。ただの笑いじゃない。邪念が篭った笑みだった。
流石にその光景を見て、ヴォルボも気付かぬ筈がなかった。
黒ローブの男が仕掛けた。
その事実に辿り着くのにさほど時間はかからなかった。
そしてたっぷり一秒経った後、立ち去る黒ローブの背に指を突きつけて叫ん
だ。
「こらぁ! そこの君! ちょっとまったぁ!」
PC:ウェイスター (ヴォルボ)
NPC:黒ローブの男達
場所:ソフィニア市街・ソフィニア魔法学院
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
呼び止めるも止まらない黒ローブ。故にヴォルボは黒ローブを捕まえようと、駆け出
した。ーが、いかんせんドワーフ。足が短い。手足をばたつかせ懸命に駆けるも、黒
ローブとの差は詰まらない。ヴォルボとは対照的にその男の足は長かったのだ。しか
も、その男だって、呼び止められたと同時に駆け出していたから、なおのことだ。黒
ローブは加速していき、ヴォルボをぐんぐん突き放す。兎と亀の駆け比べだ。
「ッこの!」
歯噛みして、なおも追いかけるが、もうすっかり置いていかれていた。足を止め、息
を整えた。
「…マリリアンところに行こう。」
頭を切り替えたようで、マリリアンの所へ向かっていった。見失ってしまったのだか
ら仕方が無い。今の第一優先はマリリンに髪止めを届けることだ。
少女を飲み込んだ魔方陣の描かれた紙は宙を舞って、どこかへ消えていった…。
+++++
そのころウェイスターはといえば、とりあえず高名なソフィニアの魔法学院に来てい
た。多くの学院生で賑わっており、マリリンを誘拐しようとした人間がいるのかどう
かさっぱりだった。聞き込みをしようかとも思ったが、目立ったまねをするのはまず
いと思い、結局止めた。怪しげな格好をした人間は多少散見されたが、魔法学院とい
うこともあり、それだけで怪しいとは言いかねる。
何より、ウェイスターは若者あふれる学院の雰囲気とは明らかに異なっており、浮い
ていた。
向こうの方で女性と数人がウェイスターの方をちらちらと見ながら何か話していた。
「なにアレー?いまどきガクラン?」
「応援団かなんかじゃないの?」
「えー。でも、青いガクラン…しかも、長ランじゃ無い。おかしいよ。」
「きっと、ツッパリなのよ。」
今日び、ツッパリだのチョウランだの言うのも珍しい。ましてや、青い。バカみたい
に目立つ。
暫くすると、リーゼントの、それこそツッパリファッションの男に睨み付けられる始
末だ。
「なんだよ、オメーは。ここはソフィニア魔法学院だぞ。」
しかも、因縁つけられてしまった。
「承知の上だ。」
「わかってんなら消えろや。場違いなんだよ。」
好都合。ウェイスターは思ってしまった。こういったヤンキーくんは割と顔が広いの
だ。
「お互い様だろう。なんだ、今日び短ランか。」
「長ランに言われたくねーよ。大体、なんだよ、他人(ヒト)の学校きといて、デ
ケー面すんなよ。」
「別にそんなつもりは無いが。君の思い違いだろう。」
ウェイスターが、あんまりに表情を変えないものだから、ヤンキーくんはなんだか、
頭にきていた。
「はい、そうですか…。」
「?」
「って、言うとでも思ってんのかコラァ-ッッ!」
ヤンキーくんは思いっきり振りかぶって、ウェイスターの右顔面にストレートを放
つ。
バチィ
乾いた音が響いた。
…が、ウェイスターは微動だにせずに、パンチを受けきっていた。右頬にヤンキーく
んの拳がめり込んでいる。
「…こんのやらぁッ!」
ヤンキーくんは半ばやけになって、ウェイスターに攻めかかる。
右ストレート、左フック、狙いをボディに変えて、右ミドル。最後に胸ぐらを掴んみ
…。
ガツン
強烈な頭突きを放った。
「ットォ…。頭突きは…ちょっと、自分もいてぇや…。」
ヤンキーくんは、数歩下がって、頭をなでた。多分、後でこぶになるだろう。リーゼ
ントが少し乱れていた。
「…気は済んだか。」
ウェイスターは、やっぱり微動だにしていなかった。
「聞きたいことがある。」
ヤンキーくんに選択の余地は無かった。
+++++
「マリリアンちゃーん。」
マリリアン宅の戸を叩くのは、短い四肢と長いひげの彼だ。
こんこん
…返事が無い。
「?」
ヴォルボは失礼かと思ったが、ドアを開けた。
二、三回マリリンに呼びかけ、やっぱり返事が無かったので、中に上がった。
そして、ヴォルボの表情は凍りついた。
居間には返事の無いマリリアンの代わりに、魔方陣の描かれた紙が落ちていた。
NPC:黒ローブの男達
場所:ソフィニア市街・ソフィニア魔法学院
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
呼び止めるも止まらない黒ローブ。故にヴォルボは黒ローブを捕まえようと、駆け出
した。ーが、いかんせんドワーフ。足が短い。手足をばたつかせ懸命に駆けるも、黒
ローブとの差は詰まらない。ヴォルボとは対照的にその男の足は長かったのだ。しか
も、その男だって、呼び止められたと同時に駆け出していたから、なおのことだ。黒
ローブは加速していき、ヴォルボをぐんぐん突き放す。兎と亀の駆け比べだ。
「ッこの!」
歯噛みして、なおも追いかけるが、もうすっかり置いていかれていた。足を止め、息
を整えた。
「…マリリアンところに行こう。」
頭を切り替えたようで、マリリアンの所へ向かっていった。見失ってしまったのだか
ら仕方が無い。今の第一優先はマリリンに髪止めを届けることだ。
少女を飲み込んだ魔方陣の描かれた紙は宙を舞って、どこかへ消えていった…。
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そのころウェイスターはといえば、とりあえず高名なソフィニアの魔法学院に来てい
た。多くの学院生で賑わっており、マリリンを誘拐しようとした人間がいるのかどう
かさっぱりだった。聞き込みをしようかとも思ったが、目立ったまねをするのはまず
いと思い、結局止めた。怪しげな格好をした人間は多少散見されたが、魔法学院とい
うこともあり、それだけで怪しいとは言いかねる。
何より、ウェイスターは若者あふれる学院の雰囲気とは明らかに異なっており、浮い
ていた。
向こうの方で女性と数人がウェイスターの方をちらちらと見ながら何か話していた。
「なにアレー?いまどきガクラン?」
「応援団かなんかじゃないの?」
「えー。でも、青いガクラン…しかも、長ランじゃ無い。おかしいよ。」
「きっと、ツッパリなのよ。」
今日び、ツッパリだのチョウランだの言うのも珍しい。ましてや、青い。バカみたい
に目立つ。
暫くすると、リーゼントの、それこそツッパリファッションの男に睨み付けられる始
末だ。
「なんだよ、オメーは。ここはソフィニア魔法学院だぞ。」
しかも、因縁つけられてしまった。
「承知の上だ。」
「わかってんなら消えろや。場違いなんだよ。」
好都合。ウェイスターは思ってしまった。こういったヤンキーくんは割と顔が広いの
だ。
「お互い様だろう。なんだ、今日び短ランか。」
「長ランに言われたくねーよ。大体、なんだよ、他人(ヒト)の学校きといて、デ
ケー面すんなよ。」
「別にそんなつもりは無いが。君の思い違いだろう。」
ウェイスターが、あんまりに表情を変えないものだから、ヤンキーくんはなんだか、
頭にきていた。
「はい、そうですか…。」
「?」
「って、言うとでも思ってんのかコラァ-ッッ!」
ヤンキーくんは思いっきり振りかぶって、ウェイスターの右顔面にストレートを放
つ。
バチィ
乾いた音が響いた。
…が、ウェイスターは微動だにせずに、パンチを受けきっていた。右頬にヤンキーく
んの拳がめり込んでいる。
「…こんのやらぁッ!」
ヤンキーくんは半ばやけになって、ウェイスターに攻めかかる。
右ストレート、左フック、狙いをボディに変えて、右ミドル。最後に胸ぐらを掴んみ
…。
ガツン
強烈な頭突きを放った。
「ットォ…。頭突きは…ちょっと、自分もいてぇや…。」
ヤンキーくんは、数歩下がって、頭をなでた。多分、後でこぶになるだろう。リーゼ
ントが少し乱れていた。
「…気は済んだか。」
ウェイスターは、やっぱり微動だにしていなかった。
「聞きたいことがある。」
ヤンキーくんに選択の余地は無かった。
+++++
「マリリアンちゃーん。」
マリリアン宅の戸を叩くのは、短い四肢と長いひげの彼だ。
こんこん
…返事が無い。
「?」
ヴォルボは失礼かと思ったが、ドアを開けた。
二、三回マリリンに呼びかけ、やっぱり返事が無かったので、中に上がった。
そして、ヴォルボの表情は凍りついた。
居間には返事の無いマリリアンの代わりに、魔方陣の描かれた紙が落ちていた。
PC:ヴォルボ ウェイスター
NPC:黒ローブの男達 眼鏡の男 不良・千代田 番 マリリアン
場所:ソフィニア市街~魔術学院
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
ウェイスターが魔術学院でも屈指の不良、千代田 番と対峙している頃、ヴ
ォルボは今しがた空になったばかりの部屋を見詰め愕然としていた。
ここは、マリリアンの家だ。質素だがこじんまりとしていて、清潔感のある
良い家だ。その家の居間の丁度台所に当たるところに一枚の紙切れが落ちてい
た。その紙切れから煙が出ていて、今し方魔法が発動したばかりのように見受
けられる。
「マ、マリリアンちゃん?」
ヴォルボは呆然と呟いた。
信じられない面持ちだった。昨日帰されたばかりだというのに、再び誘拐さ
れてしまうとは。何の為に帰されたのかこれでは解らない。
暫し呆然としていたヴォルボだったが、唐突に気を取り直して現場検証をす
ることにした。まだ何か手がかりが残っているかもしれない。ぱっと見て先ず
目に付くのは、台所に面している窓が開きっぱなしだということだった。台所
には料理でもしていたのか、包丁と食材が散乱している。鍋の火が点きっぱな
しである事に気付き、慌てて鍋をどけて火を消す。そして、再び床の紙切れを
見る。
先程少女が消えたときに落ちていた紙切れと同じように、その紙切れにも魔
方陣らしき模様替えがかれていた。円形の中に複雑に絡み合った幾何学模様は
魔術師にしかわからない図式で【転移魔法】の呪文が描かれていた。当然、ヴ
ォルボにその事を理解できる訳が無い。
その紙切れをしげしげと眺めているヴォルボは、ふと思い立ちその紙切れに
乗ってみる事にした。その紙切れに乗れば、先程の少女と同じ現象――消失現
象が起こるのではないかと思ったのだ。
だが、何も起こらなかった。
当然、魔法陣の書かれた紙切れは簡易魔方陣で、一度上に乗って魔方陣を発
動すると魔力が失われ二度と使えなくなる代物だった。だから発動した後の魔
法陣に乗っても、発動するわけが無かった。
ヴォルボの肩はがっくりと落ちた。
自分もその同じ魔法陣に乗れば、同じ場所に行けるのではないかと思ったの
だ。
ドワーフの浅はかな知恵だった。
「……!? 黒ローブの男!」
ヴォルボははっとなって突然顔を上げた。何かをふと思い出したのだ。
確か、黒ローブの男の胸元には何かの紋章のようなものが描かれていた。具
体的にどんな紋章かは遠目だったので解らないが、輪郭は何となくソフィニア
の魔術学院の紋章に似ていた。
となれば、魔術学院に行くしかない。
手掛かりはそこにあるはずだ。
ヴォルボはそう、思い立つと、素早く行動に移った。
*■□*
いついかなる場所いかなる時代にも、不良と呼ばれる者達は居る。
伝統と格式と実力を重んじるここ、ソフィニアの魔術学院にもやはり不良と
呼ばれる人種は居た。
不良とは、そもそも自分の能力が他と比べて劣っている劣等感の塊のような
人間がなるものだ。だから、リーゼント頭が凛々しい不良、千代田 番も劣等
感に苛まされていた。だからこそ、むやみやたらと他人に突っ掛かるのだ。
だが、今日は日が悪かった。
運悪く、突っ掛かった者がカミカゼ機動隊のエース、ウェイスター・ロビン
だった事が災いした。
番はウェイスターに突っ掛かっていって、殴り合いの末何故か優勢だった番
の方がウェイスターに屈服していた。これは不良たる者にとって、屈辱的な事
だった。だが、何故かウェイスターには逆らえないのだ。それほどの貫禄が、
彼にはあった。それは何故か。青い長ランの制服を着ているからか。否。ウェ
イスターの打たれても打ち負けない根性が不良、千代田 番を屈服させたの
だ。
勝ち誇ったウェイスターは、見下す様に番を見――実際には目は前髪に隠れ
て見えないのだが――訊ねた。
「ここ――魔術学院の中で不審な人物、最近何か不審な事をしているものが居
ないか?」
高慢な質問だった。
だが、番は何故か素直に答えてしまう。不良の世界とは不思議なものだ。
「あ? ああ。不審な事と言えばよぉ。最近夜中に魔術学院の実践魔法科の方
でよぉ、光が点ってたりするんだよなぁ。人が出入りしている痕跡もあるし。
人影だって見たんだ。で、肝試しついでに入ってみたのよ。そしたら、黒ロー
ブの男達が地下に潜っていくのを見たんだよ。実践魔法科の棟の地下講堂って
奴だ。何でも、実践魔法は危険が伴うから地下に講堂を作って結界魔法を張り
巡らしてんだとよ。なぁ、もういいだろう?」
十分な情報を得たとばかりに、ウェイスターは首肯で返した。
番はほっと胸を撫で下ろして、開放された喜びを噛み締めていた。
*□■*
一方、ここは地下講堂。
「まだだ。まだ足りない。あと、五人はいないと……」
眼鏡をかけた一際背の低い黒ローブの男が、何やら低く呟いていた。
男の背後には六芳星の魔方陣と、その頂点の一つに一人の少女が蹲ってい
た。どうやら気を失っているようだ。少女は、ヴォルボの目の前で消えうせた
あの美少女だった。
眼鏡の男は歯噛みしていた。イライラして、その場をウロウロ往復してい
た。
と、そこへ、一人の少女が転移して来た。少女の下には受け側の転移魔法陣
が描かれている。少女は否応無く、眼鏡の男の視線を一身に浴びた。
一瞬後。
眼鏡の男は肩を戦慄かせて周囲に怒鳴り散らした。
「こいつはどういうことだ! あれほどデブでブスな女はは連れてくるなと言
っただろうがっ!」
二人目として連れてこられたのは、マリリアンだった。
「はっ、すいません。ガルの奴がこんなデブに目が無いもので」
「ふ、ふん。まぁ、いい。期日は差し迫っているんだ。こんな女でも使い物に
ならない訳ではあるまい。六芳星の頂点に連れて行け。……スリープクラウ
ド」
眼鏡の男が何か呪文を呟いて手をマリリアンの方に掲げると、掌から雲のよ
うなものが出現して、マリリアンの頭部を覆った。すると、マリリアンは眠気
はまったく無い筈なのに、突如として睡魔に襲われたのだった。
マリリアンはその場に倒れた。
そして、六芳星の頂点へと連れて行かれた。
NPC:黒ローブの男達 眼鏡の男 不良・千代田 番 マリリアン
場所:ソフィニア市街~魔術学院
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
ウェイスターが魔術学院でも屈指の不良、千代田 番と対峙している頃、ヴ
ォルボは今しがた空になったばかりの部屋を見詰め愕然としていた。
ここは、マリリアンの家だ。質素だがこじんまりとしていて、清潔感のある
良い家だ。その家の居間の丁度台所に当たるところに一枚の紙切れが落ちてい
た。その紙切れから煙が出ていて、今し方魔法が発動したばかりのように見受
けられる。
「マ、マリリアンちゃん?」
ヴォルボは呆然と呟いた。
信じられない面持ちだった。昨日帰されたばかりだというのに、再び誘拐さ
れてしまうとは。何の為に帰されたのかこれでは解らない。
暫し呆然としていたヴォルボだったが、唐突に気を取り直して現場検証をす
ることにした。まだ何か手がかりが残っているかもしれない。ぱっと見て先ず
目に付くのは、台所に面している窓が開きっぱなしだということだった。台所
には料理でもしていたのか、包丁と食材が散乱している。鍋の火が点きっぱな
しである事に気付き、慌てて鍋をどけて火を消す。そして、再び床の紙切れを
見る。
先程少女が消えたときに落ちていた紙切れと同じように、その紙切れにも魔
方陣らしき模様替えがかれていた。円形の中に複雑に絡み合った幾何学模様は
魔術師にしかわからない図式で【転移魔法】の呪文が描かれていた。当然、ヴ
ォルボにその事を理解できる訳が無い。
その紙切れをしげしげと眺めているヴォルボは、ふと思い立ちその紙切れに
乗ってみる事にした。その紙切れに乗れば、先程の少女と同じ現象――消失現
象が起こるのではないかと思ったのだ。
だが、何も起こらなかった。
当然、魔法陣の書かれた紙切れは簡易魔方陣で、一度上に乗って魔方陣を発
動すると魔力が失われ二度と使えなくなる代物だった。だから発動した後の魔
法陣に乗っても、発動するわけが無かった。
ヴォルボの肩はがっくりと落ちた。
自分もその同じ魔法陣に乗れば、同じ場所に行けるのではないかと思ったの
だ。
ドワーフの浅はかな知恵だった。
「……!? 黒ローブの男!」
ヴォルボははっとなって突然顔を上げた。何かをふと思い出したのだ。
確か、黒ローブの男の胸元には何かの紋章のようなものが描かれていた。具
体的にどんな紋章かは遠目だったので解らないが、輪郭は何となくソフィニア
の魔術学院の紋章に似ていた。
となれば、魔術学院に行くしかない。
手掛かりはそこにあるはずだ。
ヴォルボはそう、思い立つと、素早く行動に移った。
*■□*
いついかなる場所いかなる時代にも、不良と呼ばれる者達は居る。
伝統と格式と実力を重んじるここ、ソフィニアの魔術学院にもやはり不良と
呼ばれる人種は居た。
不良とは、そもそも自分の能力が他と比べて劣っている劣等感の塊のような
人間がなるものだ。だから、リーゼント頭が凛々しい不良、千代田 番も劣等
感に苛まされていた。だからこそ、むやみやたらと他人に突っ掛かるのだ。
だが、今日は日が悪かった。
運悪く、突っ掛かった者がカミカゼ機動隊のエース、ウェイスター・ロビン
だった事が災いした。
番はウェイスターに突っ掛かっていって、殴り合いの末何故か優勢だった番
の方がウェイスターに屈服していた。これは不良たる者にとって、屈辱的な事
だった。だが、何故かウェイスターには逆らえないのだ。それほどの貫禄が、
彼にはあった。それは何故か。青い長ランの制服を着ているからか。否。ウェ
イスターの打たれても打ち負けない根性が不良、千代田 番を屈服させたの
だ。
勝ち誇ったウェイスターは、見下す様に番を見――実際には目は前髪に隠れ
て見えないのだが――訊ねた。
「ここ――魔術学院の中で不審な人物、最近何か不審な事をしているものが居
ないか?」
高慢な質問だった。
だが、番は何故か素直に答えてしまう。不良の世界とは不思議なものだ。
「あ? ああ。不審な事と言えばよぉ。最近夜中に魔術学院の実践魔法科の方
でよぉ、光が点ってたりするんだよなぁ。人が出入りしている痕跡もあるし。
人影だって見たんだ。で、肝試しついでに入ってみたのよ。そしたら、黒ロー
ブの男達が地下に潜っていくのを見たんだよ。実践魔法科の棟の地下講堂って
奴だ。何でも、実践魔法は危険が伴うから地下に講堂を作って結界魔法を張り
巡らしてんだとよ。なぁ、もういいだろう?」
十分な情報を得たとばかりに、ウェイスターは首肯で返した。
番はほっと胸を撫で下ろして、開放された喜びを噛み締めていた。
*□■*
一方、ここは地下講堂。
「まだだ。まだ足りない。あと、五人はいないと……」
眼鏡をかけた一際背の低い黒ローブの男が、何やら低く呟いていた。
男の背後には六芳星の魔方陣と、その頂点の一つに一人の少女が蹲ってい
た。どうやら気を失っているようだ。少女は、ヴォルボの目の前で消えうせた
あの美少女だった。
眼鏡の男は歯噛みしていた。イライラして、その場をウロウロ往復してい
た。
と、そこへ、一人の少女が転移して来た。少女の下には受け側の転移魔法陣
が描かれている。少女は否応無く、眼鏡の男の視線を一身に浴びた。
一瞬後。
眼鏡の男は肩を戦慄かせて周囲に怒鳴り散らした。
「こいつはどういうことだ! あれほどデブでブスな女はは連れてくるなと言
っただろうがっ!」
二人目として連れてこられたのは、マリリアンだった。
「はっ、すいません。ガルの奴がこんなデブに目が無いもので」
「ふ、ふん。まぁ、いい。期日は差し迫っているんだ。こんな女でも使い物に
ならない訳ではあるまい。六芳星の頂点に連れて行け。……スリープクラウ
ド」
眼鏡の男が何か呪文を呟いて手をマリリアンの方に掲げると、掌から雲のよ
うなものが出現して、マリリアンの頭部を覆った。すると、マリリアンは眠気
はまったく無い筈なのに、突如として睡魔に襲われたのだった。
マリリアンはその場に倒れた。
そして、六芳星の頂点へと連れて行かれた。
PC:ウェイスター ヴォルボ
NPC:バン・チヨダ ウォダック
場所:ソフィニア市街・魔術学院
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
「実践魔法…地下講堂…か。」
ウェイスターは得た情報の意味を反芻するように、何度か口に出してみる。そして、
重要なことに気付いた。
番は、もう、こういった輩と関わりたくないので、そろりそろりとウェイスターから
離れようと、太極拳のように動いていた。が、首根っこをウェイスターにつかまれ
「ぐぇ」と、カエルさながらの声を上げてしまった。
「その地下講堂とやらに案内してもらえないか。場所が分からない。」
返事はイエス。それしかないのだ。…番はなんだかひどく悲しい気分になっていた。
+++++++++
とてとてとて…
まるでスピード感に欠けた速度で、ひぃひぃ言いながら走る樽が合った。樽がしゃべ
るわけは無いだろう。そうだ、これはヴォルボだ。彼は今、マリリアンの身を案じて
ソフィニア魔法学院に向かっているところだ。もっとも、マリリアンが魔法学院にい
る保障はどこにも無い。部屋に残された簡易魔方陣から推理して、魔法学院ではない
か…と、少し思っている程度だ。事の発端であった、黒尽くめの連中と同一犯である
かどうかも分かっていない。分かっていないが、今は一刻も早く彼女に会わなければ
ならないのだ。
「チーキショーッッ!!」
自分の体型が恨めしい。もっと足が長ければ、ついさっきの黒尽くめにも追いついた
はずだ。それなのに…。
なんてことを考えていたら、足元の小石に気付かなかった。
こつん
ちょっとしたバランスの変化だ。普段なら、少しよろけてそれで終わり。けれど、今
日は違った。いいだけ加速がついていたせいで、転んだ拍子に転がり始めてしまっ
た。運動会の玉転がしの玉の如く、ごろごろと転がったのだ。
「ワワッ!」
猛スピードで転がり、周りの全てをなぎ倒す。ボーリングのピンの如く人や物がはじ
かれていく。
このぶんなら、あと数分で学院につくことだろう。
…多くの被害を出して。
+++++++++
「ここっス。」
ウェイスターが案内されたのは、いかにもホラー映画に使われるような洋館だった。
きっと、中には吸血鬼だの、フランケンシュタインがいることだろう。
「ずいぶんと雰囲気でてるじゃないか。」
「魔法は心粋ッスからね。」
「なるほど。」
「じゃ、オレ、失礼します。」
深々と頭を下げ、帰ろうとする番。だが、またしても首根っこを掴まれる。
「地下講堂に案内願いたい。」
(ちょっとはテメーでやれよ。)なんて番は思ったが、逆らえないのは理解してたの
で、「はい。」なんて、愛想の効いた声で返事をしてみた。どうせ、結果分かりきっ
ているんだ。下手に逆らっても仕方ない。
洋館の重たげなドアを押す。案の定、ギギギギギ…なんて音を上げながら、ドアが開
く。やっぱり、案の定、ドアの向こうは妙に暗く、照明は古臭いランプのみ、そのわ
りには豪奢なシャンデリアが飾られていたり、今にも動き出しそうな甲冑が幾体も並
んでいた。
「実践魔法というのは、一体何をしているんだ?」
「さぁ、しらねえっす。ただ、なんか毎日ヲタクくせー連中がセコセコ足繁く通って
んスヨ。めでてーっすよね。」
「勤勉で結構じゃないか。」
勤勉は結構だ。すばらしい。ただ、それが正しい方向に向かっていればだ。
二人は、暗い中を黙々と進んだ。薄暗いものの、平淡な廊下を歩くのは苦ではない。
「勤勉っすかね。オレには、ただ焦ってるように見えます。」
「焦る?」
意外な単語に、思わず歩みを止めてしまった。
「卒業が難しいんスよ。ほら、ここは歴史と伝統あるソフィニア魔法学院じゃねえっ
スか。半端な技量じゃ卒業できないんスよ。だから、才能ないヤツは焦ってるんす
よ。」
「…ほぅ。」
「ま、オレもその口っすよ。やっぱ、魔法って才能なんでしょうね。いくらやっても
技量がつかねえ。」
「…魔法ばかりが世界じゃないさ。」
「…そうっすね。」
すっかり黄昏ムードの二人だった。
もし、許されるなら、今この二人は河川敷で夕日をバックに石投げをしていることだ
ろう。それはなんて青春!
「そ、そこの君ッッ!」
そんな雰囲気は、いかにも生真面目そうな声で打ち砕かれた。
「ここは、か、関係者以外、立ッち入り禁止だ・ぞ!」
なぜか妙に、聞き取りずらい吃音で叫んでいたのは、背の低い眼鏡をかけた神経質そ
うな男だった。
多分、学生なんだろう。が、老けている。ぱっとみ41歳ぐらいだ。
「な、なんとか、い・言いたまえッ!」
そんな学生を見るなり、番はいつもの番長いのポジションを思い出し、高圧的な態度
に移る。
「あぁーん?うるせぇな。オレは、ここの学生。つまり、関係者。四の五の言わねー
で、地下講堂まで案内してくれや。」
すると、学生は、明らかにビビッた様子で、後ずさる。
「いや、でも、だって…ッ。」
「だってじゃねーよ、さっさとしろよ。オッサン。」
オッサン呼ばわりされた彼は、番より二つも年下だった。けれど、彼自身、自分が老
けているのは知っていた。
だから、禁呪を犯してでも容姿を変えたかった。オッサンと呼ばれても、彼にとって
はかけがえの無い青春時代だ。月並みな恋の一つでもしたいのだ。そう、地味にこの
男が、マリリアンをはじめ、魔法陣を使って多くの女性をさらった張本人である。尤
も、実行犯は別の人間だが。
「オ・オッサンじゃ…ない…。ぼ、ぼくは…ウォダック・トレインマンだ!」
「ヲタクだか、ウォダックだかしらねーけど、うるせぇんだよ。オッサン!」
普通に考えれば悪いのはウェイスターらである。番はともかく、ウェイスターは明ら
かに不法侵入である。にもかかわらず、なぜか正論であろうウォダックのほうが論破
されつつある。世の中とは不条理だ。
「ち、ちきしょー…。」
そのまま彼は、力なく駆けていった。
「なんだ、アレは。」
「さぁ。勉強ができるだけのバカですよ。」
残された二人そんなヤリトリをしながら、奥へと進む。突き当りには階段があり、そ
れを下る。
「ココっす。」
「有難う。帰っても構わんぞ。」
「じゃ、お疲れさまっした。」
ずばっと頭を下げて、番は立ち去る。きっと、今日の彼の日記には、ウェイスターへ
の様々な思いが書き綴られることだろう。その証拠に、開放されたとたん、彼の口元
は緩んでいた。
悪趣味なドアを前にウェイスターは深呼吸をひとつ。
そして、ドアを勢い良く押し開ける。
ばん
「カミカゼ機動隊だ。神妙に縄につけぃ!」
NPC:バン・チヨダ ウォダック
場所:ソフィニア市街・魔術学院
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
「実践魔法…地下講堂…か。」
ウェイスターは得た情報の意味を反芻するように、何度か口に出してみる。そして、
重要なことに気付いた。
番は、もう、こういった輩と関わりたくないので、そろりそろりとウェイスターから
離れようと、太極拳のように動いていた。が、首根っこをウェイスターにつかまれ
「ぐぇ」と、カエルさながらの声を上げてしまった。
「その地下講堂とやらに案内してもらえないか。場所が分からない。」
返事はイエス。それしかないのだ。…番はなんだかひどく悲しい気分になっていた。
+++++++++
とてとてとて…
まるでスピード感に欠けた速度で、ひぃひぃ言いながら走る樽が合った。樽がしゃべ
るわけは無いだろう。そうだ、これはヴォルボだ。彼は今、マリリアンの身を案じて
ソフィニア魔法学院に向かっているところだ。もっとも、マリリアンが魔法学院にい
る保障はどこにも無い。部屋に残された簡易魔方陣から推理して、魔法学院ではない
か…と、少し思っている程度だ。事の発端であった、黒尽くめの連中と同一犯である
かどうかも分かっていない。分かっていないが、今は一刻も早く彼女に会わなければ
ならないのだ。
「チーキショーッッ!!」
自分の体型が恨めしい。もっと足が長ければ、ついさっきの黒尽くめにも追いついた
はずだ。それなのに…。
なんてことを考えていたら、足元の小石に気付かなかった。
こつん
ちょっとしたバランスの変化だ。普段なら、少しよろけてそれで終わり。けれど、今
日は違った。いいだけ加速がついていたせいで、転んだ拍子に転がり始めてしまっ
た。運動会の玉転がしの玉の如く、ごろごろと転がったのだ。
「ワワッ!」
猛スピードで転がり、周りの全てをなぎ倒す。ボーリングのピンの如く人や物がはじ
かれていく。
このぶんなら、あと数分で学院につくことだろう。
…多くの被害を出して。
+++++++++
「ここっス。」
ウェイスターが案内されたのは、いかにもホラー映画に使われるような洋館だった。
きっと、中には吸血鬼だの、フランケンシュタインがいることだろう。
「ずいぶんと雰囲気でてるじゃないか。」
「魔法は心粋ッスからね。」
「なるほど。」
「じゃ、オレ、失礼します。」
深々と頭を下げ、帰ろうとする番。だが、またしても首根っこを掴まれる。
「地下講堂に案内願いたい。」
(ちょっとはテメーでやれよ。)なんて番は思ったが、逆らえないのは理解してたの
で、「はい。」なんて、愛想の効いた声で返事をしてみた。どうせ、結果分かりきっ
ているんだ。下手に逆らっても仕方ない。
洋館の重たげなドアを押す。案の定、ギギギギギ…なんて音を上げながら、ドアが開
く。やっぱり、案の定、ドアの向こうは妙に暗く、照明は古臭いランプのみ、そのわ
りには豪奢なシャンデリアが飾られていたり、今にも動き出しそうな甲冑が幾体も並
んでいた。
「実践魔法というのは、一体何をしているんだ?」
「さぁ、しらねえっす。ただ、なんか毎日ヲタクくせー連中がセコセコ足繁く通って
んスヨ。めでてーっすよね。」
「勤勉で結構じゃないか。」
勤勉は結構だ。すばらしい。ただ、それが正しい方向に向かっていればだ。
二人は、暗い中を黙々と進んだ。薄暗いものの、平淡な廊下を歩くのは苦ではない。
「勤勉っすかね。オレには、ただ焦ってるように見えます。」
「焦る?」
意外な単語に、思わず歩みを止めてしまった。
「卒業が難しいんスよ。ほら、ここは歴史と伝統あるソフィニア魔法学院じゃねえっ
スか。半端な技量じゃ卒業できないんスよ。だから、才能ないヤツは焦ってるんす
よ。」
「…ほぅ。」
「ま、オレもその口っすよ。やっぱ、魔法って才能なんでしょうね。いくらやっても
技量がつかねえ。」
「…魔法ばかりが世界じゃないさ。」
「…そうっすね。」
すっかり黄昏ムードの二人だった。
もし、許されるなら、今この二人は河川敷で夕日をバックに石投げをしていることだ
ろう。それはなんて青春!
「そ、そこの君ッッ!」
そんな雰囲気は、いかにも生真面目そうな声で打ち砕かれた。
「ここは、か、関係者以外、立ッち入り禁止だ・ぞ!」
なぜか妙に、聞き取りずらい吃音で叫んでいたのは、背の低い眼鏡をかけた神経質そ
うな男だった。
多分、学生なんだろう。が、老けている。ぱっとみ41歳ぐらいだ。
「な、なんとか、い・言いたまえッ!」
そんな学生を見るなり、番はいつもの番長いのポジションを思い出し、高圧的な態度
に移る。
「あぁーん?うるせぇな。オレは、ここの学生。つまり、関係者。四の五の言わねー
で、地下講堂まで案内してくれや。」
すると、学生は、明らかにビビッた様子で、後ずさる。
「いや、でも、だって…ッ。」
「だってじゃねーよ、さっさとしろよ。オッサン。」
オッサン呼ばわりされた彼は、番より二つも年下だった。けれど、彼自身、自分が老
けているのは知っていた。
だから、禁呪を犯してでも容姿を変えたかった。オッサンと呼ばれても、彼にとって
はかけがえの無い青春時代だ。月並みな恋の一つでもしたいのだ。そう、地味にこの
男が、マリリアンをはじめ、魔法陣を使って多くの女性をさらった張本人である。尤
も、実行犯は別の人間だが。
「オ・オッサンじゃ…ない…。ぼ、ぼくは…ウォダック・トレインマンだ!」
「ヲタクだか、ウォダックだかしらねーけど、うるせぇんだよ。オッサン!」
普通に考えれば悪いのはウェイスターらである。番はともかく、ウェイスターは明ら
かに不法侵入である。にもかかわらず、なぜか正論であろうウォダックのほうが論破
されつつある。世の中とは不条理だ。
「ち、ちきしょー…。」
そのまま彼は、力なく駆けていった。
「なんだ、アレは。」
「さぁ。勉強ができるだけのバカですよ。」
残された二人そんなヤリトリをしながら、奥へと進む。突き当りには階段があり、そ
れを下る。
「ココっす。」
「有難う。帰っても構わんぞ。」
「じゃ、お疲れさまっした。」
ずばっと頭を下げて、番は立ち去る。きっと、今日の彼の日記には、ウェイスターへ
の様々な思いが書き綴られることだろう。その証拠に、開放されたとたん、彼の口元
は緩んでいた。
悪趣味なドアを前にウェイスターは深呼吸をひとつ。
そして、ドアを勢い良く押し開ける。
ばん
「カミカゼ機動隊だ。神妙に縄につけぃ!」