****************************************************************
『 易 し い ギ ル ド 入 門 【23】』
~ 白と金の友人 ~
場所 :ソフィニア
PC :シエル ミルエ (エンジュ イェルヒ)
NPC:白髪の男
****************************************************************
どこをどう通ったのか、影伝いに屋外を進み、研究棟へと辿り着くことが出
来た。途中で何人かの学生と顔を合わせたが、彼らは気付かないのかあえて無
視しているのか、こちらに興味を示さなかったし、遠くから「わー」と楽しそ
うに響く声も、遠くで走り回っている人参達だとミルエに教えられ、シエルは
何も聞かなかったことにした。
取り立てて何も無い、夕方の風景だ。
「そういえば、あなたの名前を聞いていないわ」
無事に研究室とやらに通されたシエルが、回転椅子に座らされた状態で問
う。
お嬢様風の彼女は、ピンセットでつまんだ白いコットンに何かを染み込ませ
ながら顔を伏せて座って、忍び笑いをもらした。
「そうでしたかしら」
「ええ、聞いてないわ」
彼女が浸していたのは消毒液らしく、つまんだソレでシエルの傷をなぞる。
地味に痛い。
シエルが憮然とした表情になったのは、彼女の消毒がやたら滲みるせいか。
それとも彼女がはぐらかそうとしたせいか。小さな傷口を丁寧に消毒しなが
ら、彼女が言った。
「でも、名乗る必要ってありますの?」
消毒するたび、体に緊張が走る。それを楽しんでいるようにも見える彼女に
半ば呆れながら、シエルは答えた。
「じゃあ、なんと呼べばいい? 変な名前付けるわよ」
意外な答えだったのか、面白いと判断したのか。彼女は手当てを中断し、顔
を上げてシエルを見た。変わらずの値踏みするような視線の後に笑みが浮か
ぶ。
「それは確かにイヤですわね。なかなか面白いお方」
「それはどーも」
褒められている気はしないが、とりあえず認めては貰ったらしい。にーっこ
りと笑顔で返す。彼女は心なしか楽しそうに、そして優雅に一礼すると名を名
乗った。
「ミルエ。ミルエ・コンポニートですわ。植物の育成を研究していますの」
つられてシエルも礼をする。
「シエルよ……って、知ってるわよね。一応冒険者ギルドに登録したばかり」
苦笑ついでに肩を竦めると、粗方消毒は終わったのか、ミルエは応急セット
を片付け始めた。そして、何やら小さな壷を取り出してくる。
「シエル、とお呼びしますわね。裂け目が酷い一部に軽度の火傷があります
の。コレを試してもよろしくて?」
「試し……って、一体何なのよ、ソレ」
「ただの火傷用軟膏ですわ。天然植物性ですのよ」
「でも、試しなのね……」
「ええ、試しなんですの」
一言一言全てが遊ばれているような気がする。軽い頭痛を感じながらも、シ
エルはされるがままにすることにした。
「アナタを信じるわ、ミルエ」
「まあ、初対面の人間をそう信用してもよろしいのかしら」
「毒を盛るならさっきの段階でも充分出来たでしょ。だから信じる」
シエルは自分でも裂け目が酷いと感じた右腕を差し出した。目が合ったミル
エは一瞬驚いたようにも見えたが、すぐに表情が読めない笑みに戻る。不思議
なお嬢様だ。
「シエルは素直ですのね」
「痛っ……!!」
「ああ、うっかり言い忘れましたけど、かなり滲みますの。でも効き目は保障
しますわ」
「……わざとでしょ」
「あら、シエルは私のこと信用してくださったのではなくて?」
そういって笑うミルエは本当に楽しそうで。人をおもちゃにするのが楽しい
のか、少しでも心を開いてくれたのか、シエルには分からないままだった。
コンコンコン。
三度のノックが扉を叩く。誰が訪ねて来たのか分かっている、とシエルに目
で合図し一つ頷くと、ミルエは薄く扉を開けた。
「どうなりまして?」
「学院内で遭遇はもうないと思うゼ?」
そう悪巧みが成功した子供のように笑った男の声は大きく、室内で対応して
いるミルエの声よりよく響く。隙間からチラッと見えた白髪の男は、同じく垣
間見えたであろうシエルに対して、楽しそうに、そしてやたらと下品に口笛を
吹いた。
「貴方のおもちゃには差し上げられませんわ」
「めーずらしい」
「私達『友人』ですもの」
振り返って、にっこり、とミルエが笑う。楽しそうだがソレが怖い。シエル
が若干引きつった笑みで返すと、扉の向こうの男と目が合った。
僅かに額が紅く見える。壁にでもぶつけなければああはなるまい、と考え
て、対象が壁ではなくイルランであることを理解した。ああ『遭遇はもうな
い』とはそういうことか。シエルの引きつった笑顔が噴出す笑いに変わる。イ
ルランなど、割れるような痛みに頭を抱えて宿でゆっくり寝ていればいいの
だ。想像するとおかしくてしょうがなかった。
「あら、察しがいいですこと」
ミルエのほうこそ察しがいい。噴出したシエルの思考経路を読みきっている
のだから。
男はにんまり笑うとその場を後にした。
<] <] <] <] <] [> [> [> [> [>
日が暮れてどのくらい経ったろう。まだそんなに時間は経っていないはずな
のに、シエルは例の温室で睡魔と格闘していた。
治療が済むとミルエはシエルに学士用のレトロなガウンを羽織らせ、再び西
日に当たらないよう注意を払いながら温室へ戻ってきて指示したのだ。温室内
の湿度を上げて下さいな、と。シエルは温室を霧で満たすと、それからずっと
集中を切らさないようにしている。
「人使いが荒いわよ、ミルエ……」
「あら、約束したのは貴女ですわ」
シエルがいくら風や天候に関与出来るといっても、風は元来一所に留まらな
いモノである。しばらくはミルエの指示で温室内の湿度調節をしていたが、こ
うも長時間に亘っての『風』の使用に、シエルも疲労を重ねていた。
「霧で一度満たせばしばらくは持つじゃない」
「あら、それでは一定を保つことは難しいんじゃなくて?」
「水遣りが必要なら、雨を降らせれば早いのに……」
「今は直接水で濡らさずに経過を観てますの」
ミルエは一向に取り合ってくれない。シエルは目を擦り、若干揺れを感じる
体をミルエに向けた。
「私このままじゃ寝るわよ、ココで」
「まあ、ソレは困ってしまいますわ」
「……いや、冗談言ってる余裕ない」
「仕方がないですわねぇ、まだ全然約束を満たしてませんのに」
のうのうと答えるミルエの両肩に、目の据わったシエルが手を置いた。
「抱きついて離さないまま爆睡してやるわよ……」
さすがに本気が通じたのか。それとも遊ぶのに飽きたのか。
「では、続きは明日でよろしいわよね?」
ミルエは軽くシエルを押し戻しながら、にっこり、と例の笑みを浮かべた。
結局、明日の日が落ちる頃に再び手伝う約束をさせられてしまったのだ。反論
する気力も尽きた。
「いいわ……でも、今日は宿に帰ってゆっくり寝たい」
「わかりました、誰かに送らせますわ。宿の名前は?」
「クラウンクロウ……」
集中を解いて楽になったものの、気を張らないおかげで睡魔がどっと押し寄
せてきた。自然と舟を漕ぐような形になって、慌てて壁に手を付く。
「まあ、大変」
「だからミルエのせいだって……」
風を使ってひとっとび、というわけにはいかなそうだ。送ってもらえるとい
うのならそれに甘えるほかないだろう。
そんなことをぼんやりと考えながら、シエルはまどろんでゆく意識を少しで
もはっきりさせようと、小さく欠伸をした。
『 易 し い ギ ル ド 入 門 【23】』
~ 白と金の友人 ~
場所 :ソフィニア
PC :シエル ミルエ (エンジュ イェルヒ)
NPC:白髪の男
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どこをどう通ったのか、影伝いに屋外を進み、研究棟へと辿り着くことが出
来た。途中で何人かの学生と顔を合わせたが、彼らは気付かないのかあえて無
視しているのか、こちらに興味を示さなかったし、遠くから「わー」と楽しそ
うに響く声も、遠くで走り回っている人参達だとミルエに教えられ、シエルは
何も聞かなかったことにした。
取り立てて何も無い、夕方の風景だ。
「そういえば、あなたの名前を聞いていないわ」
無事に研究室とやらに通されたシエルが、回転椅子に座らされた状態で問
う。
お嬢様風の彼女は、ピンセットでつまんだ白いコットンに何かを染み込ませ
ながら顔を伏せて座って、忍び笑いをもらした。
「そうでしたかしら」
「ええ、聞いてないわ」
彼女が浸していたのは消毒液らしく、つまんだソレでシエルの傷をなぞる。
地味に痛い。
シエルが憮然とした表情になったのは、彼女の消毒がやたら滲みるせいか。
それとも彼女がはぐらかそうとしたせいか。小さな傷口を丁寧に消毒しなが
ら、彼女が言った。
「でも、名乗る必要ってありますの?」
消毒するたび、体に緊張が走る。それを楽しんでいるようにも見える彼女に
半ば呆れながら、シエルは答えた。
「じゃあ、なんと呼べばいい? 変な名前付けるわよ」
意外な答えだったのか、面白いと判断したのか。彼女は手当てを中断し、顔
を上げてシエルを見た。変わらずの値踏みするような視線の後に笑みが浮か
ぶ。
「それは確かにイヤですわね。なかなか面白いお方」
「それはどーも」
褒められている気はしないが、とりあえず認めては貰ったらしい。にーっこ
りと笑顔で返す。彼女は心なしか楽しそうに、そして優雅に一礼すると名を名
乗った。
「ミルエ。ミルエ・コンポニートですわ。植物の育成を研究していますの」
つられてシエルも礼をする。
「シエルよ……って、知ってるわよね。一応冒険者ギルドに登録したばかり」
苦笑ついでに肩を竦めると、粗方消毒は終わったのか、ミルエは応急セット
を片付け始めた。そして、何やら小さな壷を取り出してくる。
「シエル、とお呼びしますわね。裂け目が酷い一部に軽度の火傷があります
の。コレを試してもよろしくて?」
「試し……って、一体何なのよ、ソレ」
「ただの火傷用軟膏ですわ。天然植物性ですのよ」
「でも、試しなのね……」
「ええ、試しなんですの」
一言一言全てが遊ばれているような気がする。軽い頭痛を感じながらも、シ
エルはされるがままにすることにした。
「アナタを信じるわ、ミルエ」
「まあ、初対面の人間をそう信用してもよろしいのかしら」
「毒を盛るならさっきの段階でも充分出来たでしょ。だから信じる」
シエルは自分でも裂け目が酷いと感じた右腕を差し出した。目が合ったミル
エは一瞬驚いたようにも見えたが、すぐに表情が読めない笑みに戻る。不思議
なお嬢様だ。
「シエルは素直ですのね」
「痛っ……!!」
「ああ、うっかり言い忘れましたけど、かなり滲みますの。でも効き目は保障
しますわ」
「……わざとでしょ」
「あら、シエルは私のこと信用してくださったのではなくて?」
そういって笑うミルエは本当に楽しそうで。人をおもちゃにするのが楽しい
のか、少しでも心を開いてくれたのか、シエルには分からないままだった。
コンコンコン。
三度のノックが扉を叩く。誰が訪ねて来たのか分かっている、とシエルに目
で合図し一つ頷くと、ミルエは薄く扉を開けた。
「どうなりまして?」
「学院内で遭遇はもうないと思うゼ?」
そう悪巧みが成功した子供のように笑った男の声は大きく、室内で対応して
いるミルエの声よりよく響く。隙間からチラッと見えた白髪の男は、同じく垣
間見えたであろうシエルに対して、楽しそうに、そしてやたらと下品に口笛を
吹いた。
「貴方のおもちゃには差し上げられませんわ」
「めーずらしい」
「私達『友人』ですもの」
振り返って、にっこり、とミルエが笑う。楽しそうだがソレが怖い。シエル
が若干引きつった笑みで返すと、扉の向こうの男と目が合った。
僅かに額が紅く見える。壁にでもぶつけなければああはなるまい、と考え
て、対象が壁ではなくイルランであることを理解した。ああ『遭遇はもうな
い』とはそういうことか。シエルの引きつった笑顔が噴出す笑いに変わる。イ
ルランなど、割れるような痛みに頭を抱えて宿でゆっくり寝ていればいいの
だ。想像するとおかしくてしょうがなかった。
「あら、察しがいいですこと」
ミルエのほうこそ察しがいい。噴出したシエルの思考経路を読みきっている
のだから。
男はにんまり笑うとその場を後にした。
<] <] <] <] <] [> [> [> [> [>
日が暮れてどのくらい経ったろう。まだそんなに時間は経っていないはずな
のに、シエルは例の温室で睡魔と格闘していた。
治療が済むとミルエはシエルに学士用のレトロなガウンを羽織らせ、再び西
日に当たらないよう注意を払いながら温室へ戻ってきて指示したのだ。温室内
の湿度を上げて下さいな、と。シエルは温室を霧で満たすと、それからずっと
集中を切らさないようにしている。
「人使いが荒いわよ、ミルエ……」
「あら、約束したのは貴女ですわ」
シエルがいくら風や天候に関与出来るといっても、風は元来一所に留まらな
いモノである。しばらくはミルエの指示で温室内の湿度調節をしていたが、こ
うも長時間に亘っての『風』の使用に、シエルも疲労を重ねていた。
「霧で一度満たせばしばらくは持つじゃない」
「あら、それでは一定を保つことは難しいんじゃなくて?」
「水遣りが必要なら、雨を降らせれば早いのに……」
「今は直接水で濡らさずに経過を観てますの」
ミルエは一向に取り合ってくれない。シエルは目を擦り、若干揺れを感じる
体をミルエに向けた。
「私このままじゃ寝るわよ、ココで」
「まあ、ソレは困ってしまいますわ」
「……いや、冗談言ってる余裕ない」
「仕方がないですわねぇ、まだ全然約束を満たしてませんのに」
のうのうと答えるミルエの両肩に、目の据わったシエルが手を置いた。
「抱きついて離さないまま爆睡してやるわよ……」
さすがに本気が通じたのか。それとも遊ぶのに飽きたのか。
「では、続きは明日でよろしいわよね?」
ミルエは軽くシエルを押し戻しながら、にっこり、と例の笑みを浮かべた。
結局、明日の日が落ちる頃に再び手伝う約束をさせられてしまったのだ。反論
する気力も尽きた。
「いいわ……でも、今日は宿に帰ってゆっくり寝たい」
「わかりました、誰かに送らせますわ。宿の名前は?」
「クラウンクロウ……」
集中を解いて楽になったものの、気を張らないおかげで睡魔がどっと押し寄
せてきた。自然と舟を漕ぐような形になって、慌てて壁に手を付く。
「まあ、大変」
「だからミルエのせいだって……」
風を使ってひとっとび、というわけにはいかなそうだ。送ってもらえるとい
うのならそれに甘えるほかないだろう。
そんなことをぼんやりと考えながら、シエルはまどろんでゆく意識を少しで
もはっきりさせようと、小さく欠伸をした。
PR
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【24】』
~ 睡眠不足にご注意を ~
場所 :ソフィニア魔法学院-温室
PC :シエル ミルエ (エンジュ イェルヒ)
****************************************************************
あくびをしているシエル。
気を抜くとまぶたが下りるのか、時折まばたきを繰り返している。
その様子をクスリと笑うも「アンタのせいよ」という恨めしい視線が帰ってくる。
送らせるのは誰がいいか。
こんな美女を送るのだ。自分の友人?である彼らが断るはずもないと勝手に判
断する。
シエルに選ばせる?
「胡散臭い男と騒がしい男と何も言わない男、誰がいいかしら?」
睡魔と闘っているシエルの動きが止まる。
一時考えたあとミルエを正面から見据えて聞き返した。
「ごめん、もう一回言ってくれる?」
意味が解らなくて聞き返しているのだろうが、眠くて聞き取れなかったのです
わね、と内容が理解できなかった理由を面白いと思う方向に解釈する。
「仕方ないですわね。胡散臭い男と、騒がしい男と、何も言わない男。誰がいい
かしら?」
選択肢のところで少し間を置いて喋る。
只でさえ男の所為でこの状況になったシエルの心境をまったく考えていない発
言に眉を寄せる。
眠いがまだ判断力はなんとか保っている。要は男を選べと。
「……何ソレ」
ミルエは腰に手を当てて、ルールを説明するかのようにはっきりと言う。
その表情は自身ありげといわんばかりだ。何故えらそうなのかはわからない。
「何もなにも、シエルを宿屋へ送る護衛ですわ。誰がいいのかシエルに選んでも
らおうと思いまして、私のお奨めは……」
「何も言わない男」
「あら、いいんですの? 会話がないと寝てしまいますわ」
「いいの」
ミルエの勧めの言葉を遮り即答。
それでも心配そうに覗き込んでいるミルエ。良く見れば口の端が歪んでいるが
シエルはそこまで確認できなかった。
「ミルエあんたね、わかってるの!? 私はあの馬鹿エルフの所為で困ってんの
よ! 胡散臭い考え方もイヤ!煩くてしつこいのもイヤ!」
ミルエの覗き込む視線を交わすようにのけぞり、地団駄を踏むような勢いで拒
絶する。
友人を表現した言葉は、天敵となっているイルランをイメージさせるものだっ
たらしい。
即答したのもうなずける。
「イヤイヤだらけですわね。でもイヤよイヤよもス…」
「ミルエ!」
「冗談ですわ」
あぁ、とミルエは閃いた。
「寝てしまったら……抱きかかえて送ってもらうというのもいいですわね」
「……絶対寝ない」
ふふ。とシエルの無愛想に眠たそうな表情に軽く笑みを零すミルエ。
出口の方向に進み出て、シエルに手を差し伸べる。
「では行きましょうか」
<] <] <] <] <] [> [> [> [> [>
研究棟でも離れになっている建物……調合などを扱う研究棟、通称「錬金棟」
空振りは避けたいミルエ。風に問いかけ風が囁く。
ちょっとひねくれた答えが返ってきたが事実は把握できた。
「居るようですわね」
「何も言わない男って言ったけど、大丈夫なの?」
「何を心配しているのかわかりませんが、大丈夫ですわ」
少々精霊さんに嫌われていますけど、と付け加える。シエルは「ふぅん」と相
槌を打っただけだった。
何が大丈夫なのだろう?ミルエもシエルもよく考えていないだけかもしれない。
私は大丈夫ですけど、シエルは大丈夫かしら?と頭の隅で考えながら連金棟に
足を踏み入れる。
錬金棟内は、消毒液が散布されたような少し異質な香りが漂っている。
訝しげにシエルはミルエの名前を呟くが「こういう所ですわ」と軽く返した。
靴の音が建物にあまり反響しない。
「アルフ。いらっしゃるのでしょう?」
ドアをノックしながら部屋の中に問いかける。
シエルはこの研究室の表札を確認する。「ラボ アルフ・ラルファ」と少し右
に崩れた字で書いてあった。
室内からガラス質が擦り合うような音が聞こえた後、ドアが開く。
「要件は」
挨拶もナシに切り出す赤髪の男。アルフ・ラルファ。
今はめがねをかけていないようだ。白衣を羽織っているということは何かの作
業中だろうか。
推察はするがそれ以上はない。
「彼女をクラウンクロウまで送って欲しいの。宿屋ですわ」
ミルエもアルフにあわせているのか挨拶はない。
アルフはちらり、とミルエの脇に立っているシエルを見やるがすぐに視線を戻す。
まじまじと見つめられる事はあっても、流される事は少ないのだろうか。
目を軽く見開いた後に逆に目を細め「へぇ……」と呟く。
「彼女のお陰で新たな栽培方法が確立できそうですわ。理論は成ってましたけど
実証がまだだった低温高湿度での……」
と言ったところでアルフはミルエの意を汲み「了解した」と短く答えた。
「では今からお願いしますわ。私の友人ですから丁重に。あぁ『お姫様ダッコ』
というのも憧れますわね」
「だからヤメテ」
「問題ない」
「あなたも否定しなさいよ」
「……」
アルフの返事は「今から」という部分に対するものだった。少し会話がかみ
合っていない。
否定する要素が見当たらないアルフに表情の変化はなかった。
ミルエはクスリ、と笑った後に真顔に戻る。
「注意事項は二つ。彼女は追われていますので、あまり人目のつくところにはい
かない事。殺傷する類ではないので争いの心配はありませんわ。それと、彼女は
日光に弱いので日のあたる所は通らないこと……と言っても大分日が傾いています
わね」
三人は共に廊下の外からもれてくる日差しを眺める。
その色はすでに赤みを帯びていた。
「あぁ、あともう一つ。彼女は極度の睡眠不足状態ですので、途中で眠ってしま
わないようにお願いしますわ。眠ってしまったほうが絵的は良いのかもしれませ
んけど」
夕暮れの空の下、白銀の姫を抱いて歩く騎士……、などと呟くミルエ。
ピクリ、と反応するのはもちろんシエルだ。
「寝ない」
「惜しいですわね」
「そんなに寝て欲しいならミルエに抱きついたまま寝るわ」
「私にそちらの趣味はありませんけど……シエルなら悪い気はしませんわね」
「今。ここで」
「それでは動けなくなってしまいますわ」
「ミルエのせいなんだから自業自得よ」
シエルにとっては死活問題、ミルエにとってはただの雑談だが、学院内ではな
かなか見られない光景。
『絶対四重奏』と呼ばれる彼らとの雑談でもミルエのこういった感情の起伏は
稀だった。
その間もアルフは出る準備をしていた。作りかけていた混合物を乾燥棚に上
げ、広げていた薬剤を元の位置に戻す。流れで白衣を脱ぎコートに換えた。
「……」
無言のまま部屋を出てドアの鍵をかける。
そのまま錬金棟の出口へと歩き始めるアルフに、シエルは怪訝に思うが「私達
も行きましょう」とアルフの後に着いていくのを即す。
一言もなしに行動を開始したアルフに驚きつつも「そうね」と軽く返して歩き
始める。
<] <] <] <] <] [> [> [> [> [>
「シエル、明日もお願いしますわね。研究室で待っていますわ」
錬金棟の出口で分かれることになる。ミルエは留まりシエルを見送るつもりの
ようだ。
赤暗くなってきた空。伸びる影。
アルフはすでに学院出口へと向っており途中で振り返った体勢で待っていた。
「ホントに何も言わないわね……」
「ふふ。それではごきげんよう」
手をひらひらさせながらミルエと別れアルフの後に続くシエル。アルフは追い
つくのを確認すると再び歩き始めた。
シエルの少し前方を行くアルフ。顔が見えることなくアルフが振り返ることも
ない。
日光に弱い、という話だったので夕日とシエルの間に立つように歩く。
この辺りは学院の寮に近い手前、関係者ぐらいしか通らない。人通りが少ない
が、こちらに歩いてくる人物がいる。
目つきの悪い金髪の男。人外であることを示す長い耳。
認識はある。学院に所属している有名なエルフ。イェルヒ。ミルエが何回か
ちょっかいを出しているようだが、アルフには関係ない話であり、今は係わり合
いもない。
目が合った。お互い自然に視線をはずし、そのまますれ違う。
シエルが一瞬体を震わせたようだが、それ以外何も無かったのでアルフは気に
することなく歩き続けた。
宿屋クラウンクロウ。直行するならこの道を道なりに進めば大通りに当たる。
人目のつくところはよくないらしいのでアルフは迂回路を取る。
それにあわせてシエルもついてくる。
夕暮れ時の建物のお陰で日陰が多い。道が細ければその分日陰も大きくなる。
日差しを気にする必要がなくなってきた。
気がかりが「睡魔」の事ぐらいか、と少し間を置いて歩くシエルを確認する。
歩いてはいるが少しおぼつかない欝な表情。
一旦足を止めてシエルを待つ。ふらついた足取りだったがアルフが立ち止まっ
ているのに気づく。
「大丈夫よ」
アルフは彼女のセリフを無視し、距離を詰めて移動を開始する。シエルも何も
言わず歩き始める。
先程まで自分のペースで歩いていたアルフは、歩調をシエルにあわせる。だが
それがまずかった。
ついていくという程よい緊張感があったのだが、意識していない軽い緊張感が
抜け落ちる。
宿屋まで半分を過ぎた。
何事もない裏通り。雑踏の喧騒が少し遠くきこえる。
会話もなく刺激もないこの環境。それがシエルの睡魔を助長し、歩きながらも
舟を漕ぐようになった。
シエルの歩調を覚えたアルフはその速度で動いているが、それでもシエルは遅
れ始めた。
その度に元々赤い目を擦りアルフに追いつく。
だが、何度か繰り返しているうちに、ふら付いた拍子にアルフにぶつかってし
まった。
「あ、ごめ……っ」
その拍子に目が覚めたのだが元に戻ろうとした反動と目が覚めた反動が重な
り、逆方向に大きくバランスを崩してしまう。アルフはすかさずシエルの背中に
手を回した。
「っ」
社交場のダンスのような体制で、二人は一瞬固まった。
『 易 し い ギ ル ド 入 門 【24】』
~ 睡眠不足にご注意を ~
場所 :ソフィニア魔法学院-温室
PC :シエル ミルエ (エンジュ イェルヒ)
****************************************************************
あくびをしているシエル。
気を抜くとまぶたが下りるのか、時折まばたきを繰り返している。
その様子をクスリと笑うも「アンタのせいよ」という恨めしい視線が帰ってくる。
送らせるのは誰がいいか。
こんな美女を送るのだ。自分の友人?である彼らが断るはずもないと勝手に判
断する。
シエルに選ばせる?
「胡散臭い男と騒がしい男と何も言わない男、誰がいいかしら?」
睡魔と闘っているシエルの動きが止まる。
一時考えたあとミルエを正面から見据えて聞き返した。
「ごめん、もう一回言ってくれる?」
意味が解らなくて聞き返しているのだろうが、眠くて聞き取れなかったのです
わね、と内容が理解できなかった理由を面白いと思う方向に解釈する。
「仕方ないですわね。胡散臭い男と、騒がしい男と、何も言わない男。誰がいい
かしら?」
選択肢のところで少し間を置いて喋る。
只でさえ男の所為でこの状況になったシエルの心境をまったく考えていない発
言に眉を寄せる。
眠いがまだ判断力はなんとか保っている。要は男を選べと。
「……何ソレ」
ミルエは腰に手を当てて、ルールを説明するかのようにはっきりと言う。
その表情は自身ありげといわんばかりだ。何故えらそうなのかはわからない。
「何もなにも、シエルを宿屋へ送る護衛ですわ。誰がいいのかシエルに選んでも
らおうと思いまして、私のお奨めは……」
「何も言わない男」
「あら、いいんですの? 会話がないと寝てしまいますわ」
「いいの」
ミルエの勧めの言葉を遮り即答。
それでも心配そうに覗き込んでいるミルエ。良く見れば口の端が歪んでいるが
シエルはそこまで確認できなかった。
「ミルエあんたね、わかってるの!? 私はあの馬鹿エルフの所為で困ってんの
よ! 胡散臭い考え方もイヤ!煩くてしつこいのもイヤ!」
ミルエの覗き込む視線を交わすようにのけぞり、地団駄を踏むような勢いで拒
絶する。
友人を表現した言葉は、天敵となっているイルランをイメージさせるものだっ
たらしい。
即答したのもうなずける。
「イヤイヤだらけですわね。でもイヤよイヤよもス…」
「ミルエ!」
「冗談ですわ」
あぁ、とミルエは閃いた。
「寝てしまったら……抱きかかえて送ってもらうというのもいいですわね」
「……絶対寝ない」
ふふ。とシエルの無愛想に眠たそうな表情に軽く笑みを零すミルエ。
出口の方向に進み出て、シエルに手を差し伸べる。
「では行きましょうか」
<] <] <] <] <] [> [> [> [> [>
研究棟でも離れになっている建物……調合などを扱う研究棟、通称「錬金棟」
空振りは避けたいミルエ。風に問いかけ風が囁く。
ちょっとひねくれた答えが返ってきたが事実は把握できた。
「居るようですわね」
「何も言わない男って言ったけど、大丈夫なの?」
「何を心配しているのかわかりませんが、大丈夫ですわ」
少々精霊さんに嫌われていますけど、と付け加える。シエルは「ふぅん」と相
槌を打っただけだった。
何が大丈夫なのだろう?ミルエもシエルもよく考えていないだけかもしれない。
私は大丈夫ですけど、シエルは大丈夫かしら?と頭の隅で考えながら連金棟に
足を踏み入れる。
錬金棟内は、消毒液が散布されたような少し異質な香りが漂っている。
訝しげにシエルはミルエの名前を呟くが「こういう所ですわ」と軽く返した。
靴の音が建物にあまり反響しない。
「アルフ。いらっしゃるのでしょう?」
ドアをノックしながら部屋の中に問いかける。
シエルはこの研究室の表札を確認する。「ラボ アルフ・ラルファ」と少し右
に崩れた字で書いてあった。
室内からガラス質が擦り合うような音が聞こえた後、ドアが開く。
「要件は」
挨拶もナシに切り出す赤髪の男。アルフ・ラルファ。
今はめがねをかけていないようだ。白衣を羽織っているということは何かの作
業中だろうか。
推察はするがそれ以上はない。
「彼女をクラウンクロウまで送って欲しいの。宿屋ですわ」
ミルエもアルフにあわせているのか挨拶はない。
アルフはちらり、とミルエの脇に立っているシエルを見やるがすぐに視線を戻す。
まじまじと見つめられる事はあっても、流される事は少ないのだろうか。
目を軽く見開いた後に逆に目を細め「へぇ……」と呟く。
「彼女のお陰で新たな栽培方法が確立できそうですわ。理論は成ってましたけど
実証がまだだった低温高湿度での……」
と言ったところでアルフはミルエの意を汲み「了解した」と短く答えた。
「では今からお願いしますわ。私の友人ですから丁重に。あぁ『お姫様ダッコ』
というのも憧れますわね」
「だからヤメテ」
「問題ない」
「あなたも否定しなさいよ」
「……」
アルフの返事は「今から」という部分に対するものだった。少し会話がかみ
合っていない。
否定する要素が見当たらないアルフに表情の変化はなかった。
ミルエはクスリ、と笑った後に真顔に戻る。
「注意事項は二つ。彼女は追われていますので、あまり人目のつくところにはい
かない事。殺傷する類ではないので争いの心配はありませんわ。それと、彼女は
日光に弱いので日のあたる所は通らないこと……と言っても大分日が傾いています
わね」
三人は共に廊下の外からもれてくる日差しを眺める。
その色はすでに赤みを帯びていた。
「あぁ、あともう一つ。彼女は極度の睡眠不足状態ですので、途中で眠ってしま
わないようにお願いしますわ。眠ってしまったほうが絵的は良いのかもしれませ
んけど」
夕暮れの空の下、白銀の姫を抱いて歩く騎士……、などと呟くミルエ。
ピクリ、と反応するのはもちろんシエルだ。
「寝ない」
「惜しいですわね」
「そんなに寝て欲しいならミルエに抱きついたまま寝るわ」
「私にそちらの趣味はありませんけど……シエルなら悪い気はしませんわね」
「今。ここで」
「それでは動けなくなってしまいますわ」
「ミルエのせいなんだから自業自得よ」
シエルにとっては死活問題、ミルエにとってはただの雑談だが、学院内ではな
かなか見られない光景。
『絶対四重奏』と呼ばれる彼らとの雑談でもミルエのこういった感情の起伏は
稀だった。
その間もアルフは出る準備をしていた。作りかけていた混合物を乾燥棚に上
げ、広げていた薬剤を元の位置に戻す。流れで白衣を脱ぎコートに換えた。
「……」
無言のまま部屋を出てドアの鍵をかける。
そのまま錬金棟の出口へと歩き始めるアルフに、シエルは怪訝に思うが「私達
も行きましょう」とアルフの後に着いていくのを即す。
一言もなしに行動を開始したアルフに驚きつつも「そうね」と軽く返して歩き
始める。
<] <] <] <] <] [> [> [> [> [>
「シエル、明日もお願いしますわね。研究室で待っていますわ」
錬金棟の出口で分かれることになる。ミルエは留まりシエルを見送るつもりの
ようだ。
赤暗くなってきた空。伸びる影。
アルフはすでに学院出口へと向っており途中で振り返った体勢で待っていた。
「ホントに何も言わないわね……」
「ふふ。それではごきげんよう」
手をひらひらさせながらミルエと別れアルフの後に続くシエル。アルフは追い
つくのを確認すると再び歩き始めた。
シエルの少し前方を行くアルフ。顔が見えることなくアルフが振り返ることも
ない。
日光に弱い、という話だったので夕日とシエルの間に立つように歩く。
この辺りは学院の寮に近い手前、関係者ぐらいしか通らない。人通りが少ない
が、こちらに歩いてくる人物がいる。
目つきの悪い金髪の男。人外であることを示す長い耳。
認識はある。学院に所属している有名なエルフ。イェルヒ。ミルエが何回か
ちょっかいを出しているようだが、アルフには関係ない話であり、今は係わり合
いもない。
目が合った。お互い自然に視線をはずし、そのまますれ違う。
シエルが一瞬体を震わせたようだが、それ以外何も無かったのでアルフは気に
することなく歩き続けた。
宿屋クラウンクロウ。直行するならこの道を道なりに進めば大通りに当たる。
人目のつくところはよくないらしいのでアルフは迂回路を取る。
それにあわせてシエルもついてくる。
夕暮れ時の建物のお陰で日陰が多い。道が細ければその分日陰も大きくなる。
日差しを気にする必要がなくなってきた。
気がかりが「睡魔」の事ぐらいか、と少し間を置いて歩くシエルを確認する。
歩いてはいるが少しおぼつかない欝な表情。
一旦足を止めてシエルを待つ。ふらついた足取りだったがアルフが立ち止まっ
ているのに気づく。
「大丈夫よ」
アルフは彼女のセリフを無視し、距離を詰めて移動を開始する。シエルも何も
言わず歩き始める。
先程まで自分のペースで歩いていたアルフは、歩調をシエルにあわせる。だが
それがまずかった。
ついていくという程よい緊張感があったのだが、意識していない軽い緊張感が
抜け落ちる。
宿屋まで半分を過ぎた。
何事もない裏通り。雑踏の喧騒が少し遠くきこえる。
会話もなく刺激もないこの環境。それがシエルの睡魔を助長し、歩きながらも
舟を漕ぐようになった。
シエルの歩調を覚えたアルフはその速度で動いているが、それでもシエルは遅
れ始めた。
その度に元々赤い目を擦りアルフに追いつく。
だが、何度か繰り返しているうちに、ふら付いた拍子にアルフにぶつかってし
まった。
「あ、ごめ……っ」
その拍子に目が覚めたのだが元に戻ろうとした反動と目が覚めた反動が重な
り、逆方向に大きくバランスを崩してしまう。アルフはすかさずシエルの背中に
手を回した。
「っ」
社交場のダンスのような体制で、二人は一瞬固まった。
PC:ヴォルボ (ウェイスター)
NPC:キャサリン デブスな少女
場所:ドワーフ村(過去)~ソフィニア市街
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
村を出るときは、単純な理由だった。
結ばれる予定であった村娘が気に入らなかったからだ。
彼女の名前はキャサリン。村一番、否、ドワーフ族一の器量良しとして、一
族の男共からもてはやされていた。キャシーと言う愛称で呼ばれて親しまれて
いる。
ヴォルボはそんな彼女との婚約を破棄する事に何の躊躇いもなかった。理由
はいたって単純。彼はブスと呼ばれるような女性の方が、好きだったからだ。
しかも、肥っている、という事項も追加されていた。
つまるところ、キャサリンは振られたのだ。
キャサリンは、喜んで村を出ていくヴォルボの背に向かって泣き叫んで、引
き留めるためのありとあらゆる言葉をその背に浴びせた。
「待って! いかないで! 私を置いていかないで! ヴォルボ――!」
ついでに、私の何処が嫌なの? と質問もぶつけてきた。
答えられるわけが無い。お前の器量良しなところがだよ、と。そんな酷い
事、言える訳が無い。言ってしまったらキャサリンの心を砕いてしまうだろ
う。そんな事はいくらなんでもヴォルボの良心が許さなかった。
キャサリンを気に入らない理由がもう一つあった。
それは、両親が自分を無視して勝手に決めた縁談だったからだ。ヴォルボに
とって両親――家族と呼べる者達はすべからく嫌悪すべき対象だった。何故か
彼に対して家族達は辛く当たるのだった。蔑まされ、自分の自由になる物など
一つも無かった。そんな家族達が勝手に縁談を組んだのだ。よりにもよってキ
ャサリンなんかと。自分は腹が立ってしかたが無かった。キャサリン自身には
恨みも辛みも無いが、いかんせん家族同士が組んだという部分が気に食わなか
ったから当の縁談を蹴って村を出立せざるを得なくなったのだ。
キャサリンの家は金持ちだった。最近家庭内で資金不足が目立ってきたもの
だからここぞと言わんばかりにキャサリンと結婚させようと企んだのだろう。
その目論見も当てが外れる事になるのだが。ざまあみろだ。
ヴォルボの実家は地主だった。キャサリンとは幼馴染で、キャシーのほうは
ヴォルボに気があるようで、幼き頃から常に「私、大きくなったらヴォル君の
お嫁さんになるの」と言っていた。美的感覚が他人と一線を画しているヴォル
ボにとって、その言葉は恐怖と呪いの言葉だった。
そんな恐怖の対象、キャサリンから離れられる。これほど嬉しい事はない。
思わずスキップを踏みたくなるほどだ。いや、踏まなかったが。
食い扶持を稼ぐのは案外容易だった。冒険者ギルドには登録済みだし、自慢
の装飾品はそのなりに似合わず何故か好評だったからだ。主に奇抜なデザイン
を好む奇天烈な収集家が買っていくのだが。
ドワーフは基本的に樽体型だと言われている。胴長短足で身長が1mしかな
いくせに、胴回りが太いからだ。樽と揶揄されるもう一つの理由に、いくら酒
を飲んでも酔わない、という体質がある。少なくとも人間の作った酒では酔え
ないのだ。
ドワーフは、ドワーフの作った火酒でしか酔えないというのが通説だった。
ヴォルボはそんなドワーフの例に漏れず、樽体型で胃袋や肝臓も樽並だっ
た。当然ドワーフの造った酒、火酒でしか酔えないし、手先も器用で細かい仕
事が得意だった。主に装飾品作りに秀でていたが。だが、いかんせん他人と美
的感覚が正反対に違うからその作り出す装飾品もゲテモノになりがちだった。
それでも、その世間一般的には余り美しいとは言い難い装飾品も好事家には受
けが良かった。
そんな昔の事に思いを馳せながら、ヴォルボはエールを煽っていた。勿論、
仕事帰りの一杯だ。エールを煽るついでに、壁に貼り付けてある依頼書を流し
で見る。どれも然して大したことのない、儲けの少ないごくごく簡単な依頼ば
かりである。
ここはソフィニアの冒険者の酒場。二階が宿屋になっている典型的な冒険者
の溜まり場である。通りには“トラベラーズイン”と銘打った看板が乾いた風
に靡いている。
世間様では“行方不明事件”などという大層な事件が頻発している頃、ヴォ
ルボは自作の装飾品を売って生活費に当てていた。その仕事の帰りに立ち寄っ
たのだ。この、冒険者の酒場に。
酒場ではいつもの如く、喧騒に満ちていた。
冒険者という仕事柄、皆お上品とはかけ離れた存在なのだ。
欠けた歯を思い切り見せびらかしてガハハと笑っている者も居れば、大人し
く酒をちびちび飲んでいるものも居る。中にはカードゲームで金をつぎ込むも
のも居て、それはそれは見ていて楽しそうである。しかし、ここは冒険者の酒
場。普通の酒場と違うところは、半数近くが酒場に張り出されている手配書を
物色しているところである。かく言うヴォルボも手配書を物色していたが。
だが、然して大した依頼もないので、ヴォルボは酒場を後にすることにし
た。とりあえず、ギルド支部にでも寄ってみることにしたのだ。
酒場を出て裏通りの入り口に差し掛かったとき、突然少女の泣き声が聞こえ
て来た。よくよく耳を澄ませてないと聞こえて来ないような小さい、か細い泣
き声だった。
「しくしくしく」
裏寂れた裏通りで少女が一人泣いていた。
ヴォルボが声を掛けてみると、少女が振り向いた。ヴォルボの心はときめい
た。
彼女は世間一般で言うところの醜悪な顔を晒していた。鼻は低く丸まってい
て、両の目は位置が微妙にずれている。唇だけが薄くて小さくて可愛らしかっ
た。しかし全体的に太目だったため、顎が二重顎になっておりそれを台無しに
していた。
「ど、どうしたんですか?」
「しくしくしく。私、少し前に誘拐されたんだけれど、私みたいなブスでデブ
な女は必要ないって放り出されたの。あんまりだと思わない?」
「それはあんまりな言い様ですね。貴方のような可憐で美しい少女を捕まえ
て」
ヴォルボの目には彼の少女が可憐で美しく見えていた。
彼女は誘拐の一部始終を話してくれた。
要約すると、こうだ。
*■□*
彼女はある日街を歩いていたら、突如として転移魔法で飛ばされたのだとい
う。瞑っていた目を開いてみると、目の前には今まで見ていた街の景色とは打
って変わって荘厳で重厚な造りの広間みたいなところに出たのだという。左右
には円柱が立ち並び、部屋の中央には黒尽くめのローブを身に纏った人間が
4、5人は居たという。彼らは中でも飛びぬけて贅沢な作りの黒ローブを身に
纏ったリーダー格らしき人物のいう事を聞いていた。そのリーダーらしき男は
大きな魔方陣を前に両手を翳していた。その魔方陣の前にはなにやら台座らし
きものがあつらえてあった。
男は振り返って厳かに言った。
「ようこそ。生贄の少女よ……」
「……生贄……?」
少女が疑問を口に出しても、それにはまったく反応を示さずにただ一点を見
詰め硬直している男。出る言葉がない、開いた口が塞がらない、といった風体
だ。
「……」
「……」
「……おい。これは何の冗談だ?」
「はっ。見ての通り、生贄の少女、でございます」
「そんな事を聞いているのではない! 問題はその顔だ! 生贄の少女と言っ
たら、そら、あれだ。美少女と、相場が決まっているではないか! それが、
何だ! この、……不細工な造りはっ!」
男はそこまで一気に捲くし立ててぜいぜいと息を整えると、少し落ち着くよ
うに胸を撫で回した。
「まぁ、あれだ。……コホン……。このようなブスでデブな少女は役に立た
ん。あのお方もきっと満足されんだろう。……返してきたまえ」
「え? 今何と?」
「返してきたまえと言ったんだ! 何度も言わせるな!」
*■□*
「…………と、こういうことなの」
「あのお方って、何だ?」
「さぁ? 私にも解らないわ。でも、とても邪悪な匂いがしたの」
それを聞くと、ヴォルボは突然少女の手を両の手で力強く握り締め煌びやか
な瞳で力強く言った。
「よし、その問題、ボクが解決してあげますよ。安心して下さい」
一体どんな問題をどう解決しようとしてるのか。それは、彼自身にも解らな
かった――。
NPC:キャサリン デブスな少女
場所:ドワーフ村(過去)~ソフィニア市街
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
村を出るときは、単純な理由だった。
結ばれる予定であった村娘が気に入らなかったからだ。
彼女の名前はキャサリン。村一番、否、ドワーフ族一の器量良しとして、一
族の男共からもてはやされていた。キャシーと言う愛称で呼ばれて親しまれて
いる。
ヴォルボはそんな彼女との婚約を破棄する事に何の躊躇いもなかった。理由
はいたって単純。彼はブスと呼ばれるような女性の方が、好きだったからだ。
しかも、肥っている、という事項も追加されていた。
つまるところ、キャサリンは振られたのだ。
キャサリンは、喜んで村を出ていくヴォルボの背に向かって泣き叫んで、引
き留めるためのありとあらゆる言葉をその背に浴びせた。
「待って! いかないで! 私を置いていかないで! ヴォルボ――!」
ついでに、私の何処が嫌なの? と質問もぶつけてきた。
答えられるわけが無い。お前の器量良しなところがだよ、と。そんな酷い
事、言える訳が無い。言ってしまったらキャサリンの心を砕いてしまうだろ
う。そんな事はいくらなんでもヴォルボの良心が許さなかった。
キャサリンを気に入らない理由がもう一つあった。
それは、両親が自分を無視して勝手に決めた縁談だったからだ。ヴォルボに
とって両親――家族と呼べる者達はすべからく嫌悪すべき対象だった。何故か
彼に対して家族達は辛く当たるのだった。蔑まされ、自分の自由になる物など
一つも無かった。そんな家族達が勝手に縁談を組んだのだ。よりにもよってキ
ャサリンなんかと。自分は腹が立ってしかたが無かった。キャサリン自身には
恨みも辛みも無いが、いかんせん家族同士が組んだという部分が気に食わなか
ったから当の縁談を蹴って村を出立せざるを得なくなったのだ。
キャサリンの家は金持ちだった。最近家庭内で資金不足が目立ってきたもの
だからここぞと言わんばかりにキャサリンと結婚させようと企んだのだろう。
その目論見も当てが外れる事になるのだが。ざまあみろだ。
ヴォルボの実家は地主だった。キャサリンとは幼馴染で、キャシーのほうは
ヴォルボに気があるようで、幼き頃から常に「私、大きくなったらヴォル君の
お嫁さんになるの」と言っていた。美的感覚が他人と一線を画しているヴォル
ボにとって、その言葉は恐怖と呪いの言葉だった。
そんな恐怖の対象、キャサリンから離れられる。これほど嬉しい事はない。
思わずスキップを踏みたくなるほどだ。いや、踏まなかったが。
食い扶持を稼ぐのは案外容易だった。冒険者ギルドには登録済みだし、自慢
の装飾品はそのなりに似合わず何故か好評だったからだ。主に奇抜なデザイン
を好む奇天烈な収集家が買っていくのだが。
ドワーフは基本的に樽体型だと言われている。胴長短足で身長が1mしかな
いくせに、胴回りが太いからだ。樽と揶揄されるもう一つの理由に、いくら酒
を飲んでも酔わない、という体質がある。少なくとも人間の作った酒では酔え
ないのだ。
ドワーフは、ドワーフの作った火酒でしか酔えないというのが通説だった。
ヴォルボはそんなドワーフの例に漏れず、樽体型で胃袋や肝臓も樽並だっ
た。当然ドワーフの造った酒、火酒でしか酔えないし、手先も器用で細かい仕
事が得意だった。主に装飾品作りに秀でていたが。だが、いかんせん他人と美
的感覚が正反対に違うからその作り出す装飾品もゲテモノになりがちだった。
それでも、その世間一般的には余り美しいとは言い難い装飾品も好事家には受
けが良かった。
そんな昔の事に思いを馳せながら、ヴォルボはエールを煽っていた。勿論、
仕事帰りの一杯だ。エールを煽るついでに、壁に貼り付けてある依頼書を流し
で見る。どれも然して大したことのない、儲けの少ないごくごく簡単な依頼ば
かりである。
ここはソフィニアの冒険者の酒場。二階が宿屋になっている典型的な冒険者
の溜まり場である。通りには“トラベラーズイン”と銘打った看板が乾いた風
に靡いている。
世間様では“行方不明事件”などという大層な事件が頻発している頃、ヴォ
ルボは自作の装飾品を売って生活費に当てていた。その仕事の帰りに立ち寄っ
たのだ。この、冒険者の酒場に。
酒場ではいつもの如く、喧騒に満ちていた。
冒険者という仕事柄、皆お上品とはかけ離れた存在なのだ。
欠けた歯を思い切り見せびらかしてガハハと笑っている者も居れば、大人し
く酒をちびちび飲んでいるものも居る。中にはカードゲームで金をつぎ込むも
のも居て、それはそれは見ていて楽しそうである。しかし、ここは冒険者の酒
場。普通の酒場と違うところは、半数近くが酒場に張り出されている手配書を
物色しているところである。かく言うヴォルボも手配書を物色していたが。
だが、然して大した依頼もないので、ヴォルボは酒場を後にすることにし
た。とりあえず、ギルド支部にでも寄ってみることにしたのだ。
酒場を出て裏通りの入り口に差し掛かったとき、突然少女の泣き声が聞こえ
て来た。よくよく耳を澄ませてないと聞こえて来ないような小さい、か細い泣
き声だった。
「しくしくしく」
裏寂れた裏通りで少女が一人泣いていた。
ヴォルボが声を掛けてみると、少女が振り向いた。ヴォルボの心はときめい
た。
彼女は世間一般で言うところの醜悪な顔を晒していた。鼻は低く丸まってい
て、両の目は位置が微妙にずれている。唇だけが薄くて小さくて可愛らしかっ
た。しかし全体的に太目だったため、顎が二重顎になっておりそれを台無しに
していた。
「ど、どうしたんですか?」
「しくしくしく。私、少し前に誘拐されたんだけれど、私みたいなブスでデブ
な女は必要ないって放り出されたの。あんまりだと思わない?」
「それはあんまりな言い様ですね。貴方のような可憐で美しい少女を捕まえ
て」
ヴォルボの目には彼の少女が可憐で美しく見えていた。
彼女は誘拐の一部始終を話してくれた。
要約すると、こうだ。
*■□*
彼女はある日街を歩いていたら、突如として転移魔法で飛ばされたのだとい
う。瞑っていた目を開いてみると、目の前には今まで見ていた街の景色とは打
って変わって荘厳で重厚な造りの広間みたいなところに出たのだという。左右
には円柱が立ち並び、部屋の中央には黒尽くめのローブを身に纏った人間が
4、5人は居たという。彼らは中でも飛びぬけて贅沢な作りの黒ローブを身に
纏ったリーダー格らしき人物のいう事を聞いていた。そのリーダーらしき男は
大きな魔方陣を前に両手を翳していた。その魔方陣の前にはなにやら台座らし
きものがあつらえてあった。
男は振り返って厳かに言った。
「ようこそ。生贄の少女よ……」
「……生贄……?」
少女が疑問を口に出しても、それにはまったく反応を示さずにただ一点を見
詰め硬直している男。出る言葉がない、開いた口が塞がらない、といった風体
だ。
「……」
「……」
「……おい。これは何の冗談だ?」
「はっ。見ての通り、生贄の少女、でございます」
「そんな事を聞いているのではない! 問題はその顔だ! 生贄の少女と言っ
たら、そら、あれだ。美少女と、相場が決まっているではないか! それが、
何だ! この、……不細工な造りはっ!」
男はそこまで一気に捲くし立ててぜいぜいと息を整えると、少し落ち着くよ
うに胸を撫で回した。
「まぁ、あれだ。……コホン……。このようなブスでデブな少女は役に立た
ん。あのお方もきっと満足されんだろう。……返してきたまえ」
「え? 今何と?」
「返してきたまえと言ったんだ! 何度も言わせるな!」
*■□*
「…………と、こういうことなの」
「あのお方って、何だ?」
「さぁ? 私にも解らないわ。でも、とても邪悪な匂いがしたの」
それを聞くと、ヴォルボは突然少女の手を両の手で力強く握り締め煌びやか
な瞳で力強く言った。
「よし、その問題、ボクが解決してあげますよ。安心して下さい」
一体どんな問題をどう解決しようとしてるのか。それは、彼自身にも解らな
かった――。
PC:ウェイスター(ヴォルボ)
NPC:デブスな少女
場所:ソフィニア市街
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
私はウェイスター・ロビン。カミカゼ機動隊というテロ組織に所属する危険分子の一
人だ。
だが、間違わないで欲しい。テロリストというのはあくまで世間の認識だ。カミカゼ
機動隊は悪に対する悪、つまり悪党を討つために組織された非営利組織である。世の
悪党をうち、世界を浄化するのが目的だ。その辺よろしく。
ウェイスターがソフィニアの「トラベラーズイン」という冒険者の酒場に着いたのは
昨日のことだった。彼は、カミカゼ機動隊の命を受け、各地の悪を討つために旅をし
ていたところだ。宿はにぎわっており、静寂を好む彼はそれを少々疎ましく思いなが
ら、カウンターでちびちび酒を飲みはじめた。壁に貼られた手配書の数々。彼は辟易
した。どれも欺瞞に見える正義。利益本位で誠意の無い依頼。安い酒をあおり、宿を
後のした。ふと、脇に目をやると決して美人じゃない…いや、むしろブス、しかもデ
ブな女が、同じく寸胴な男と話をしていた。男は多分、ドワーフなのだろうが、女の
方はただの人間だろう。デブスという言葉が良く似合う女だった。
「しくしくしく。私、少し前に誘拐されたんだけれど、私みたいなブスでデブな女は
必要ないって放り出されたの。あんまりだと思わない?」
などと話している。正直、あんなブス女がどうなろうと知ったことではない。むし
ろ、放り捨てた男はなんて懸命なのだろうと感心してしまう。いや、でも、それなら
誘拐するなって話か。なんてことを考えながら、無意識のうちに二人の会話を聞いて
いた。深い意味は無い。
「~でも、とても邪悪な匂いがしたの」
突如耳にした言葉はカミカゼ機動隊であれば素通り出来ない単語だった。邪悪!悪の
上に邪までつく忌まわしきのろいの言葉だ。デブスは知ったことではないが、悪を討
つのがカミカゼ機動隊の使命。これは何とか便乗しなければならないだろう。
「よし、その問題、ボクが解決してあげますよ。安心して下さい」
ドワーフの男が頼もしげに言っていた。よっぽどなフェミニストか熱血漢かは知らな
いが、これは実に好都合だった。ウェイスターはドワーフの後をつけ、悪ある所まで
運んでもらおうと考えた。
あくる朝、ドワーフの男は大層な荷物を担いで、町を出た。一体どこへ行くつもりだ
ろうか。因みに私もろくに調査していない。彼の後ろのついて、時期が来たら飛び出
しヒーローを気取る予定だ。
ドワーフの足取りは軽く、近くの森へ進んでいった。
「ふんふんふーん♪」
鼻歌交じりのドワーフ。どうやら、あのデブスとの約束を果たすべく、件の黒ローブ
の男を捜しているようだ。しかし…見当が有るのだろうか。闇雲に歩いているような
気がする。
「へへ…。あんな可愛い娘とお近づきになれるなら、ローブの男なんて安いもんだよ
ナァ。『ヴォルボ様、素敵!』なんていわれて抱きつかれたりして…。へへっ。」
なにやら独り言とを言ってはにやけた面をしている。…もしかしたら、頼りにはなら
ないかもしれないな。まぁ、敵さえ明らかになれば、私は単独でも悪を討つをだけ
だ。いかにドワーフが役に立たなかろうと、私にはなんら関係ない。
ソフィニアの町を出てから一刻半。なにやら怪しげな森の中、これまた怪しげな洞窟
を見つけた。悪と名のつくものは往々にして地下を好む。太陽の光を恐れるモグラの
ように貧弱な連中だ。正義を冠する私が出れば一網打尽にできよう。案の定、洞窟に
乗り込むドワーフ。なんと好都合か。
暗く、陰鬱な雰囲気のする洞窟だった。湿気がひどく、苔でぬめり、暗く気味が悪
い。まるで暗黒の世界だ。もっとも、名誉有る正義の具現者カミカゼ機動隊はその程
度でひるんだりはしない。そうだ、ひるんではいけないのだ。
若干ビビってたウェイスターは自分に言い聞かせ、先を行くヴォルボの後をつける。
ヴォルボは準備良く、たいまつを掲げていた。ここに悪の組織が有るのを知っていた
のかもしれない。知らなかったとしたら、大した勘のよさだ。ドワーフは手先が器用
だそうだが、勘がいいとは聞いたことは無い。偶然といえばそれまでか。
こつんこつん…
暗い洞窟に響く足音。たよりの無いたいまつの明かりがドワーフを照らし、影が長く
のびる。
こつん…
ドワーフの足が止まった。
「だれだっ!」
こっそり後をつけていたつもりだが、ばれてしまったようだ。だるまさんが転んだの
如く、振り返ったドワーフに見咎められた私は硬直してしまった。良く考えれば、こ
れだけ反響する洞窟では姿は見えなくても足音で気付かれる。
「お前が彼女をバカしたバカかっ!」
あらぬ疑いをかけられているが、まぁ致仕方るまい。問題は、それをどうやって誤魔
化すかだ。
「…何を言う。私も彼女に頼まれた者だ。」
嘘八百。
「え?…そうなの?」
「いかにも。」
あっけに取られた様子のドワーフだったが、ウェイスターがあんまり堂々と話すもの
でなんだか気おされてしまっていた。また、あんまり深く考えることもしなかった。
「そう…。なら、一緒に行こう。」
「よかろう。」
かくして、若干予定が狂ったが、二人は洞窟の奥へとさらに歩みを進めていった…。
NPC:デブスな少女
場所:ソフィニア市街
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
私はウェイスター・ロビン。カミカゼ機動隊というテロ組織に所属する危険分子の一
人だ。
だが、間違わないで欲しい。テロリストというのはあくまで世間の認識だ。カミカゼ
機動隊は悪に対する悪、つまり悪党を討つために組織された非営利組織である。世の
悪党をうち、世界を浄化するのが目的だ。その辺よろしく。
ウェイスターがソフィニアの「トラベラーズイン」という冒険者の酒場に着いたのは
昨日のことだった。彼は、カミカゼ機動隊の命を受け、各地の悪を討つために旅をし
ていたところだ。宿はにぎわっており、静寂を好む彼はそれを少々疎ましく思いなが
ら、カウンターでちびちび酒を飲みはじめた。壁に貼られた手配書の数々。彼は辟易
した。どれも欺瞞に見える正義。利益本位で誠意の無い依頼。安い酒をあおり、宿を
後のした。ふと、脇に目をやると決して美人じゃない…いや、むしろブス、しかもデ
ブな女が、同じく寸胴な男と話をしていた。男は多分、ドワーフなのだろうが、女の
方はただの人間だろう。デブスという言葉が良く似合う女だった。
「しくしくしく。私、少し前に誘拐されたんだけれど、私みたいなブスでデブな女は
必要ないって放り出されたの。あんまりだと思わない?」
などと話している。正直、あんなブス女がどうなろうと知ったことではない。むし
ろ、放り捨てた男はなんて懸命なのだろうと感心してしまう。いや、でも、それなら
誘拐するなって話か。なんてことを考えながら、無意識のうちに二人の会話を聞いて
いた。深い意味は無い。
「~でも、とても邪悪な匂いがしたの」
突如耳にした言葉はカミカゼ機動隊であれば素通り出来ない単語だった。邪悪!悪の
上に邪までつく忌まわしきのろいの言葉だ。デブスは知ったことではないが、悪を討
つのがカミカゼ機動隊の使命。これは何とか便乗しなければならないだろう。
「よし、その問題、ボクが解決してあげますよ。安心して下さい」
ドワーフの男が頼もしげに言っていた。よっぽどなフェミニストか熱血漢かは知らな
いが、これは実に好都合だった。ウェイスターはドワーフの後をつけ、悪ある所まで
運んでもらおうと考えた。
あくる朝、ドワーフの男は大層な荷物を担いで、町を出た。一体どこへ行くつもりだ
ろうか。因みに私もろくに調査していない。彼の後ろのついて、時期が来たら飛び出
しヒーローを気取る予定だ。
ドワーフの足取りは軽く、近くの森へ進んでいった。
「ふんふんふーん♪」
鼻歌交じりのドワーフ。どうやら、あのデブスとの約束を果たすべく、件の黒ローブ
の男を捜しているようだ。しかし…見当が有るのだろうか。闇雲に歩いているような
気がする。
「へへ…。あんな可愛い娘とお近づきになれるなら、ローブの男なんて安いもんだよ
ナァ。『ヴォルボ様、素敵!』なんていわれて抱きつかれたりして…。へへっ。」
なにやら独り言とを言ってはにやけた面をしている。…もしかしたら、頼りにはなら
ないかもしれないな。まぁ、敵さえ明らかになれば、私は単独でも悪を討つをだけ
だ。いかにドワーフが役に立たなかろうと、私にはなんら関係ない。
ソフィニアの町を出てから一刻半。なにやら怪しげな森の中、これまた怪しげな洞窟
を見つけた。悪と名のつくものは往々にして地下を好む。太陽の光を恐れるモグラの
ように貧弱な連中だ。正義を冠する私が出れば一網打尽にできよう。案の定、洞窟に
乗り込むドワーフ。なんと好都合か。
暗く、陰鬱な雰囲気のする洞窟だった。湿気がひどく、苔でぬめり、暗く気味が悪
い。まるで暗黒の世界だ。もっとも、名誉有る正義の具現者カミカゼ機動隊はその程
度でひるんだりはしない。そうだ、ひるんではいけないのだ。
若干ビビってたウェイスターは自分に言い聞かせ、先を行くヴォルボの後をつける。
ヴォルボは準備良く、たいまつを掲げていた。ここに悪の組織が有るのを知っていた
のかもしれない。知らなかったとしたら、大した勘のよさだ。ドワーフは手先が器用
だそうだが、勘がいいとは聞いたことは無い。偶然といえばそれまでか。
こつんこつん…
暗い洞窟に響く足音。たよりの無いたいまつの明かりがドワーフを照らし、影が長く
のびる。
こつん…
ドワーフの足が止まった。
「だれだっ!」
こっそり後をつけていたつもりだが、ばれてしまったようだ。だるまさんが転んだの
如く、振り返ったドワーフに見咎められた私は硬直してしまった。良く考えれば、こ
れだけ反響する洞窟では姿は見えなくても足音で気付かれる。
「お前が彼女をバカしたバカかっ!」
あらぬ疑いをかけられているが、まぁ致仕方るまい。問題は、それをどうやって誤魔
化すかだ。
「…何を言う。私も彼女に頼まれた者だ。」
嘘八百。
「え?…そうなの?」
「いかにも。」
あっけに取られた様子のドワーフだったが、ウェイスターがあんまり堂々と話すもの
でなんだか気おされてしまっていた。また、あんまり深く考えることもしなかった。
「そう…。なら、一緒に行こう。」
「よかろう。」
かくして、若干予定が狂ったが、二人は洞窟の奥へとさらに歩みを進めていった…。
PC:ヴォルボ ウェイスター
NPC:マリリアン
場所:ソフィニア郊外の鉱山~ソフィニア市街
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
二人は、岩窟の行き当たりに辿り着いた。
すると、ヴォルボは何を思ったか手にしていた松明を投げ捨てると、手近に
転がっている石ころを拾い上げ熱心に見詰め始めた。
そして、ひとりごちる。
「ふむぅ。やはりここは良質の魔法鉱石が採れるなぁ」
――良質の魔法鉱石?
と、後ろの方でいぶかしんでいる人間が一人いるが、それは気にしない事に
した。
思えば、おかしな人が付いて来たものだ。ソフィニアの街からずっと後を付
けてきた上に、ばれたらばれたでさも友達然として後に引っ付いてきている。
世の中には暇人もいたものだなぁ。と、ヴォルボは思うのであった。
打ち捨てられた松明は、丁度水が流れている部分に嵌ったのか、じゅっとい
う音共に火が消えてしまった。明かりが消えたことにより周囲が暗くなり、魔
法鉱石が暗中に光り輝いて、幻想的な人口の青を周囲に撒き散らしていた。そ
れは天空に輝く星星の輝きにも似て、一時世界中の時が止まってしまったかの
ように感じられた。青い光の中に浮き彫りにされる、二人の顔。浮き彫りにさ
れたのは二人の顔だけでは無かった。周囲を取り巻く環境も、今まで松明で半
径5mほどしか照らされていなかった部分が、青白い魔法鉱石の光によって岩
窟の内部が浮き彫りになっていた。そこは、坑道と呼ぶに相応しい造りだっ
た。丸太と木板が交差して組み合わさって、洞窟の崩落を防いでいる。足元を
見れば、トロッコのレールが今も尚使われているが如く敷かれている。鉱石が
所々に散乱していたりする。
ヴォルボが恍惚に浸っていると、思い切り罵る声が後ろから響いて来た。
「なっ、何なんですかっ! あなたはっ! 依頼はどうなったんですかっ!」
前髪が少しうっとおしそうなそれでいて、妙に青い制服が似合う男だった。
道すがら聞いた話によると、正義のために戦っているとの事だ。この、いかに
も怪しげな男が正義を語るとはへそが茶を沸かす、というものだ。
「依頼? 依頼は遂行しますよ。ただ、ここの鉱物を採ってからです」
今度作る装飾品のためにどうしても、ここの魔法鉱石が必要なのだ。だから
こそ、ここへ来た。男は勝手に付いて来ただけだというのに、五月蝿いことを
言う。
ヴォルボはうっとうしいと思いながらも男を邪険には扱わなかった。扱いよ
うが無い。だってついさっき知り合ったばかりだし、見ず知らずの赤の他人を
理由も無しに邪険に扱えるほどヴォルボは世間知らずではなかったし非常識で
もなかった。
「この鉱物を採ってからって……、一体何に使うんです?」
「装飾品に使おうと思いましてね」
ヴォルボは正直に話した。嘘を付いたところで得策とはいえないからだ。何
が得で何が得でないか解っているつもりだ。
「敵のアジトは突き止めないのですか!?」
色めきたった男の必疑にヴォルボは落ち着き払って言った。
「やだなぁ。流石に確たる情報も無いのに、動くわけ無いじゃないですか」
ハハハと乾いた笑い声を漏らすヴォルボ。何度も言うようだが、嘘を付く謂
れは無い。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。ボクの名前はヴォルボ・ヴォルフガ
ング=リミット。ヴォルボでいいです。失礼ですが、あなたは……?」
名前をまだ名乗りあっていない事に気付き、ヴォルボは慌てて名乗りあげ
る。ドワーフとしての誇りだけはまだ持ち合わせているつもりだった。例え家
名を捨てたとしてもドワーフとしての誇りだけは、捨てられない。それが、ヴ
ォルボの生きる糧だからだ。彼は、ドワーフを捨て切れていなかったのだ。
「あ、いや。失礼。私は…………」
男は暫し躊躇った後、自分の名を名乗った。
彼は名をウェイスター・ロビンといった。どうやら頑なな信条があるようで、
立ち居振る舞いなどからその堅固さが滲み出て来ていた。頑ななのは良いこと
だ。自分自身が見えなくなるよりも、自分の信じる道を真っ直ぐに歩いていけ
る事は大切だ。ただ、闇雲に信じる事や、頑な過ぎるというのは問題だが。い
つ、どんなときでも過度に求める事は受け入れられないものだ。
名前を明かし合ったところで、打ち解けられたのかどうかは不明だがとにか
くこの坑道から出ることにした。ヴォルボにとっては何てこと無い暗闇でも、
ウェイスターにとっては有り難くない暗闇だからだ。
「ところで、情報を仕入れなくてはいけませんね。どこに行けば良いのか、見
当は付いているんですか?」
黙々と出口に向かって歩いている所、最初に口火を切ったのはウェイスター
だった。
今やウェイスターはヴォルボに先導されている状態だった。松明の火が消え
た事により、坑道は暗闇に沈みこんでしまいウェイスターの目では手探りで歩
かなければいけないので、足元が覚束ないのだ。だから、暗視能力があるヴォ
ルボに手を引いてもらっている。格好悪いといえば悪いのだが、致し方あるま
い。
「あるといえばある、無いと言えば無いですかね」
ヴォルボは暫く熟考してから、答えた。考えに考えた末の結論ではないが。
「まさか、依頼人本人が手掛かり、とか言うんじゃないでしょうね」
信じられないという面持ちでウェイスターが言った。
ヴォルボは振り向いて微笑んだだけだった。
*■□*
ソフィニアの街に着いて先ず最初に向かったのは、例の依頼人の少女の所だ
った。
取り敢えず今入手している情報は、依頼人の少女――名をマリリアンといっ
た――から聞いた話によると、彼女を誘拐した犯人達は「暗くてじめじめした
ところ」と「岩肌が露出していた」という場所にいるそうである。
これ以上の情報を彼女からなんとしても聞き出さなくてはいけなかった。今
の情報では少な過ぎて、逆に絞込みが出来ないからだ。暗くてじめじめした所
など掃いて捨てるほどあるし、岩肌が露出した場所など坑道や山の洞窟など沢
山ある。その中で絞り込まなければいけないのだ。呼び出された部屋の大きさ
や、高さ、寒暖差など集めようと思えば情報はいくらでもある。そういったこ
とを一つ一つ彼女から導き出さねばならないと、ヴォルボのその天才的な頭脳
が閃いた。
依頼人の住所は予め聞いておいた。そして、その通りの住所だった。
扉を軽く二、三回叩く。間もなく中から返事がした。
「はい。どちら様?」
誰何の声は、意外と高音だった。彼女はその見た目に合わず、高い透き通っ
た声の持ち主なのだ。
「ヴォルボです。今日は依頼の事について二、三窺いたいと思い参りました」
扉は静かに開かれた。
「で? 窺いたい事とは?」
マリリアンはその円らな瞳(ヴォルボ視点)で、こう切り出して来た。
ヴォルボは一つ頷いて、話し出した。
「聞きたい事は大きく分けて三つあります。まず、部屋の大きさ。それから、
天井があればその高さとか、奥行きなど。三つ目は寒暖差です。その部屋の温
度が高かったか、低かったか。湿度なども、出来れば」
「そうですね――」
彼女は思い出しながら、掻い摘んで話してくれた。
まず、部屋の大きさ。
部屋の大きさはかなり広かったそうだ。男の後ろに魔法陣が描かれていて、
それの大きさが大の大人が手を繋いでぐるりと周りを囲んだら数十人は必要か
と思われるほどだった。その魔法陣がすっぽり収まってもまだ余りあるほどの
広さだった。周囲に存在するはずの壁などはマリリアンの位置からは見えなか
ったと言う。奥行きもかなり合ったそうだ。入り口らしきものが闇の中に沈ん
で見えなかったからだ。ただ、部屋は石畳で出来ていた。それだけは間違いが
無いと言う。
天井は有る様だったが、周囲が闇に飲み込まれて見えないぐらいだから天井
も当然見えなかった。ただ、柱は左右に等間隔に並べられていたから、そこか
ら類推するに恐らく天井は有るだろうという事だった。
部屋の温度は高くも無く、低くも無く、適度な温度だった。ただ、湿度は高
かったように思うとのことだ。
「ふむふむ」
ヴォルボは頷きながら、聞き入っていた。
「……あの、その方は?」
マリリアンが今気が付いたかのように、おずおずと訊ねるまでヴォルボは遠
くの世界に行ってしまっていた。
「…………え? あ、ああ。こちらの方は、ウェイスターさんといいます。僕
と一緒に仕事をする事になりました」
突然の事に、マリリアンは呆気に取られていた。
NPC:マリリアン
場所:ソフィニア郊外の鉱山~ソフィニア市街
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
二人は、岩窟の行き当たりに辿り着いた。
すると、ヴォルボは何を思ったか手にしていた松明を投げ捨てると、手近に
転がっている石ころを拾い上げ熱心に見詰め始めた。
そして、ひとりごちる。
「ふむぅ。やはりここは良質の魔法鉱石が採れるなぁ」
――良質の魔法鉱石?
と、後ろの方でいぶかしんでいる人間が一人いるが、それは気にしない事に
した。
思えば、おかしな人が付いて来たものだ。ソフィニアの街からずっと後を付
けてきた上に、ばれたらばれたでさも友達然として後に引っ付いてきている。
世の中には暇人もいたものだなぁ。と、ヴォルボは思うのであった。
打ち捨てられた松明は、丁度水が流れている部分に嵌ったのか、じゅっとい
う音共に火が消えてしまった。明かりが消えたことにより周囲が暗くなり、魔
法鉱石が暗中に光り輝いて、幻想的な人口の青を周囲に撒き散らしていた。そ
れは天空に輝く星星の輝きにも似て、一時世界中の時が止まってしまったかの
ように感じられた。青い光の中に浮き彫りにされる、二人の顔。浮き彫りにさ
れたのは二人の顔だけでは無かった。周囲を取り巻く環境も、今まで松明で半
径5mほどしか照らされていなかった部分が、青白い魔法鉱石の光によって岩
窟の内部が浮き彫りになっていた。そこは、坑道と呼ぶに相応しい造りだっ
た。丸太と木板が交差して組み合わさって、洞窟の崩落を防いでいる。足元を
見れば、トロッコのレールが今も尚使われているが如く敷かれている。鉱石が
所々に散乱していたりする。
ヴォルボが恍惚に浸っていると、思い切り罵る声が後ろから響いて来た。
「なっ、何なんですかっ! あなたはっ! 依頼はどうなったんですかっ!」
前髪が少しうっとおしそうなそれでいて、妙に青い制服が似合う男だった。
道すがら聞いた話によると、正義のために戦っているとの事だ。この、いかに
も怪しげな男が正義を語るとはへそが茶を沸かす、というものだ。
「依頼? 依頼は遂行しますよ。ただ、ここの鉱物を採ってからです」
今度作る装飾品のためにどうしても、ここの魔法鉱石が必要なのだ。だから
こそ、ここへ来た。男は勝手に付いて来ただけだというのに、五月蝿いことを
言う。
ヴォルボはうっとうしいと思いながらも男を邪険には扱わなかった。扱いよ
うが無い。だってついさっき知り合ったばかりだし、見ず知らずの赤の他人を
理由も無しに邪険に扱えるほどヴォルボは世間知らずではなかったし非常識で
もなかった。
「この鉱物を採ってからって……、一体何に使うんです?」
「装飾品に使おうと思いましてね」
ヴォルボは正直に話した。嘘を付いたところで得策とはいえないからだ。何
が得で何が得でないか解っているつもりだ。
「敵のアジトは突き止めないのですか!?」
色めきたった男の必疑にヴォルボは落ち着き払って言った。
「やだなぁ。流石に確たる情報も無いのに、動くわけ無いじゃないですか」
ハハハと乾いた笑い声を漏らすヴォルボ。何度も言うようだが、嘘を付く謂
れは無い。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。ボクの名前はヴォルボ・ヴォルフガ
ング=リミット。ヴォルボでいいです。失礼ですが、あなたは……?」
名前をまだ名乗りあっていない事に気付き、ヴォルボは慌てて名乗りあげ
る。ドワーフとしての誇りだけはまだ持ち合わせているつもりだった。例え家
名を捨てたとしてもドワーフとしての誇りだけは、捨てられない。それが、ヴ
ォルボの生きる糧だからだ。彼は、ドワーフを捨て切れていなかったのだ。
「あ、いや。失礼。私は…………」
男は暫し躊躇った後、自分の名を名乗った。
彼は名をウェイスター・ロビンといった。どうやら頑なな信条があるようで、
立ち居振る舞いなどからその堅固さが滲み出て来ていた。頑ななのは良いこと
だ。自分自身が見えなくなるよりも、自分の信じる道を真っ直ぐに歩いていけ
る事は大切だ。ただ、闇雲に信じる事や、頑な過ぎるというのは問題だが。い
つ、どんなときでも過度に求める事は受け入れられないものだ。
名前を明かし合ったところで、打ち解けられたのかどうかは不明だがとにか
くこの坑道から出ることにした。ヴォルボにとっては何てこと無い暗闇でも、
ウェイスターにとっては有り難くない暗闇だからだ。
「ところで、情報を仕入れなくてはいけませんね。どこに行けば良いのか、見
当は付いているんですか?」
黙々と出口に向かって歩いている所、最初に口火を切ったのはウェイスター
だった。
今やウェイスターはヴォルボに先導されている状態だった。松明の火が消え
た事により、坑道は暗闇に沈みこんでしまいウェイスターの目では手探りで歩
かなければいけないので、足元が覚束ないのだ。だから、暗視能力があるヴォ
ルボに手を引いてもらっている。格好悪いといえば悪いのだが、致し方あるま
い。
「あるといえばある、無いと言えば無いですかね」
ヴォルボは暫く熟考してから、答えた。考えに考えた末の結論ではないが。
「まさか、依頼人本人が手掛かり、とか言うんじゃないでしょうね」
信じられないという面持ちでウェイスターが言った。
ヴォルボは振り向いて微笑んだだけだった。
*■□*
ソフィニアの街に着いて先ず最初に向かったのは、例の依頼人の少女の所だ
った。
取り敢えず今入手している情報は、依頼人の少女――名をマリリアンといっ
た――から聞いた話によると、彼女を誘拐した犯人達は「暗くてじめじめした
ところ」と「岩肌が露出していた」という場所にいるそうである。
これ以上の情報を彼女からなんとしても聞き出さなくてはいけなかった。今
の情報では少な過ぎて、逆に絞込みが出来ないからだ。暗くてじめじめした所
など掃いて捨てるほどあるし、岩肌が露出した場所など坑道や山の洞窟など沢
山ある。その中で絞り込まなければいけないのだ。呼び出された部屋の大きさ
や、高さ、寒暖差など集めようと思えば情報はいくらでもある。そういったこ
とを一つ一つ彼女から導き出さねばならないと、ヴォルボのその天才的な頭脳
が閃いた。
依頼人の住所は予め聞いておいた。そして、その通りの住所だった。
扉を軽く二、三回叩く。間もなく中から返事がした。
「はい。どちら様?」
誰何の声は、意外と高音だった。彼女はその見た目に合わず、高い透き通っ
た声の持ち主なのだ。
「ヴォルボです。今日は依頼の事について二、三窺いたいと思い参りました」
扉は静かに開かれた。
「で? 窺いたい事とは?」
マリリアンはその円らな瞳(ヴォルボ視点)で、こう切り出して来た。
ヴォルボは一つ頷いて、話し出した。
「聞きたい事は大きく分けて三つあります。まず、部屋の大きさ。それから、
天井があればその高さとか、奥行きなど。三つ目は寒暖差です。その部屋の温
度が高かったか、低かったか。湿度なども、出来れば」
「そうですね――」
彼女は思い出しながら、掻い摘んで話してくれた。
まず、部屋の大きさ。
部屋の大きさはかなり広かったそうだ。男の後ろに魔法陣が描かれていて、
それの大きさが大の大人が手を繋いでぐるりと周りを囲んだら数十人は必要か
と思われるほどだった。その魔法陣がすっぽり収まってもまだ余りあるほどの
広さだった。周囲に存在するはずの壁などはマリリアンの位置からは見えなか
ったと言う。奥行きもかなり合ったそうだ。入り口らしきものが闇の中に沈ん
で見えなかったからだ。ただ、部屋は石畳で出来ていた。それだけは間違いが
無いと言う。
天井は有る様だったが、周囲が闇に飲み込まれて見えないぐらいだから天井
も当然見えなかった。ただ、柱は左右に等間隔に並べられていたから、そこか
ら類推するに恐らく天井は有るだろうという事だった。
部屋の温度は高くも無く、低くも無く、適度な温度だった。ただ、湿度は高
かったように思うとのことだ。
「ふむふむ」
ヴォルボは頷きながら、聞き入っていた。
「……あの、その方は?」
マリリアンが今気が付いたかのように、おずおずと訊ねるまでヴォルボは遠
くの世界に行ってしまっていた。
「…………え? あ、ああ。こちらの方は、ウェイスターさんといいます。僕
と一緒に仕事をする事になりました」
突然の事に、マリリアンは呆気に取られていた。