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2024/11/17 01:20 |
易 し い ギ ル ド 入 門 【8】/シエル(マリムラ)
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【8】』 
   
               ~ 打ち合わせは綿密に ~



場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル
NPC:パリス アンジェラ
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 "パリスとベルベッドの結婚式までにパティーを奪還する。
 または家族にアンジェラとの結婚を認めさせる"

 シエルは頭の中でもう一度繰り返し、一度閉じた目を開けた。

「結婚式まで後2週間。時間がないからパティーの奪還に絞った方がいいわね」

 考えながら呟く。
 まあ、しっかり聞こえていたようで、パリスとアンジェラはしっかりと頷いた。

 一度エンジュに視線を送るも、彼女は傍観を決めてこんでいるようだ。
 まあ、冒険者ギルドでの初仕事でもあり、好きにさせようということなのだろう。
 不安を押し殺して提案する。

「今思いつくのは三つ。
 一つは代わりの結婚相手を用意して、式を引き延ばす方法。
 もう一つは婚約者とやらに近づいてパティーの居場所を捜す方法。
 そして最後は、素直に結婚すると見せて、パティーを見つけ次第逃げるという方
法」

 一本ずつ指を立てながら説明していく。どれも自信があるわけではない。

「一番の問題は、パティーの居場所が全く分からないことなの。
 それさえ分かれば何とか逃がしてあげられると思うんだけど、手がかりがなきゃ
ね」

 小さく肩を竦めた。
 パリスとアンジェラは見つめ合っていたが、やがてこちらに向き直って言った。

「全てお任せします」
「お願いします」

 深々と頭を下げる二人。
 それまで黙って聞いていたエンジュが、片手をあげた。

「思ったんだけど」

 視線がエンジュに集中する。

「平行してやってみたらどう?」

「……そうね」

 こうして、作戦会議が始まった。



 先ほどあげた選択肢のうち、最後の一つは最終手段としても、先にあげた二つは早
く取りかからないと全く効果が無くなってしまう。ということで、シエルとエンジュ
が別行動を取ろうということになったのだが。

「エンジュなら一目惚れするのに充分な容姿を持っているし、人当たりもいいわ。
 私は彼女を代わりの結婚相手として連れて行くべきではないかと思うんだけど」

「いえ……父は異種族全般に偏見があるので、エルフというだけで同じように」

「……そう」

「……ええ」

 というワケで、選択肢もなく。やむなく仮面を外す。
 男は感嘆の溜め息をもらし、獣人の女は彼を肘で小突き、エンジュはニッコリと笑
った。

「私は日光を浴びると火傷を負う体質なの。
 普段の恰好は日光を避けるのは勿論だけど、この異様な容姿を隠すためでもあって
ね。
 肌や髪の白さは化粧やカツラで何とかなるとしても、目を染める薬は知らないし。
 それでも構わない? ご両親には抵抗が有るんじゃない?」

 念を押す顔には自嘲の笑みを浮かべる。
 嫌味になってしまわないように気をつけていても……あまり上手くいっていないよ
うだ。

「それは大丈夫だと思います。かえって喜んでくれるでしょう」

「では、夜しか会えないということにしておいて下さい。
 理由は、そうですね……本当のことを。
 嘘は本当のことに少しだけ混ぜた方が気付きにくいと言いますし」

 男が頷く。獣人の女は不安そうに男に擦り寄った。

「では、髪の色、肌の色、出会った場所あたりを決めて……」

 後は何を決めておけばいいだろう?

「髪も肌もそのままで結構ですよ。折角の白さが勿体ない……てっ!」

 優男の足が、しっかり隣の彼女に踏まれている。
 可愛い人だなと笑みが漏れた。この人達は何も知らないから。

 夢で、よく後ろ姿を見かける青年がいた。
 彼はいつも顔を見せてくれない。しかし、銀の髪はとても印象的で、逢えば必ず分
かると確信があった。すらりと伸びた指に光るリングも覚えている。
 その人は一体誰なのか。記憶を無くした時期に逢った人なのかもしれないし、想像
の産物なのかもしれない。正直、そのどちらでもあるような、不思議な存在。
 追いかけても追いつけず、けして振り返らない彼……彼以上に自分胸を焦がす相手
はいない。その事実は、夢を見始めてからずっとかわらないのだ。

 だから、実はドレスにも抵抗があった。あの人以外の前で、純白のドレスを身に着
けてはいけないんじゃないかと。芝居でも、それは彼を裏切るのではないかと。

 やきもちをやく可愛い彼女は、ふくれているように見えた。まあ、獣人を見慣れて
いないせいで、表情が分かり辛くはあるのだが。
 だから言う。彼女がこれ以上心を痛めないように。

「お世辞をいちいち真に受けたりしないから大丈夫。
 あなたはパティーを見つけ次第、安全に逃げられるよう考えて」

 心配そうに見ていた彼女が、表情を引き締める。
 そうだ。彼女たちに手助けできるのはパティーを見つけ、逃げるところまで。
 そこから先は、彼と彼女が力を合わせて切り開いていく道だから。

「……そうだ!」

 男が何かを思いだしたように手を叩いた。

「明日、学院の公開講座があるんです。
 私も手伝いに借り出されているので、そこで出会ったことにすれば」

「今まで話題にも上らなかった言い訳にもなる、か……」

 少しでも嘘の情報が隠れるように、なるべく本当の情報をいれなくては。

「では、明日学院で“初めて”会いましょう。
 なるべく急速に親しくなった風を、周りにも印象付けられるように」

 言って、考える。

「それで、その公開講座には婚約者の方もいらっしゃるんですか?」

「ええ、かなりの人間がバイト扱いで手伝いますから。
 研究資金を少しでも稼ぎたい彼女には、断る理由もないでしょう」

 では、学院内で別行動になるのか。
 エンジュは、その魔女とやらに近づけるだろうか?

「私は案内係だったハズなので、接触は簡単に出来ます。
 問題は彼女の担当を知らないってことですね」

 男が頭をかく。エンジュは何を考えているのか計りかねる笑顔で、こちらを眺めて
いる。

「まあとにかく、腹が減っては何とやら、よ。
 夕飯にしましょう! そうすればきっと良い案が浮かぶわよ!!」

 ……あれは「お腹空いちゃったなー」だったのか。
 脱力するシエルを見ながら、エンジュは元気にそう言った。


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2007/02/12 17:02 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門
易 し い ギ ル ド 入 門 【9】/エンジュ(千鳥)
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【9】』 
   
               ~ 接触 ~



場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル
NPC:パリス ベルベッド
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「ケーキセット一つ」
「私は紅茶だけでいいわ」

 ソフィニア魔術学院の近くにあるカフェ“マリ・ドリーヌ”は、エンジュがパリスから聞き出した『美味しいデザートのお店』の一つである。
 パリスとその婚約者、ベルベッドが参加する公開講座まであと数刻ある。
 シエルとエンジュは最終打ち合わせをする為――
  
「お待たせいたしました。本日のケーキはイチゴムースのスフレケーキになります」
「やーん、美味しそう」

 というより、エンジュの腹ごしらえの為に、この店に寄った。 
 黄色い声を出すと、エンジュは早速食べ物に手を伸ばす。
 スポンジケーキにムースのクリームを挟んだだけの素朴なケーキは、生地に練りこんだ乾燥イチゴの粒が見た目にも食感にもアクセントを加えている。
 冷たく冷やしたスフレ生地とムースが舌の上で一緒に溶ける食感を楽しみながらエンジュは尋ねる。

「でも、本当に良かったの、シエル?」

 外を眺め、心ここにあらずといった様子だったシエルはワンテンポ遅れて返事をした。

「何が?」
「恋人のフリ。本当は演技でもしたくないって、思うような大事な相手、居るんじゃないの?」
「多分……平気よ」

 シエルは一瞬間をおいて答えた。
 まるで自分の心を探るような頼りない返事だった。

「そういうエンジュはどうなの?」
「私?これでも人間の一生分は生きてるのよ?」

 意味深に答えると、追求してくるシエルの口にすかさずケーキを放り込む。

「…甘い」
「ケーキだもの」

 眉間に皺を浮かべたシエルに微笑んで答えをはぐらかす。
 そんな二人の様子を男が呆れた顔で見下ろした。

「何?こんなとこでもイチャついてるわけ?君たち」
「シダ!なんでこんな所にいるのよ」
 
 七三分けの強化週間が終わったのか、仕事時間外だからか、前髪を下ろしたシダは随分若く見えた。
 ピコピコと楽しそうに犬の形をした耳を動かすと、シダは同じテーブルに座った。

「何?獣人が甘いもん食べちゃ駄目なわけ?」
「アンタはエルフでしょ」
「あ、店員さんいつものヤツね」

 エンジュの言葉を無視し、愛想よく店員の少女に注文すると、シダはシエルに顔を向けた。
 穏やかな瞳は本物の犬のように澄んでいる。

「初めての仕事は順調?」
「これからよ」
「確か依頼人はソフィニア魔術学院の人間だったね。昨日の夜、学院でちょっとした騒ぎがあったみたいだから警備が厳重になってるよ。君たちも気をつけたほうがいい」
「昨日の夜?何があったのよ」
「二人は何か感じなかった?強い魔力の波動とか…」
「そんなのソフィニア中よ。あんたはどうなの?魔力の探知は得意だったじゃない」
「この身体になってからは魔法とは相性が悪いんだ。その分すごく鼻が利くけどね」

 得意げ答えるシダにエンジュは苦笑した。
 対するシエルは真剣な顔つきでシダの話を聞いている。

「魔法関連なの?」
「学院で何か召喚したらしい。若い女性が失踪する事件が続いてるだろ?召喚には生贄がつきものだから皆疑ってるんだ。…何か情報を掴んだら教えてほしい」
「魔術学院って物騒なのね」
「魔術を使い、研究する人間が大勢居るんだ。仕方がないさ」
「エルフの村じゃこんなこと起きなかったわ」
「魔法との付き合い方がそもそも違うんだ。息をしてるだけで火事は起きない。でも道具は使い方を間違えると思わぬ惨事を生む」
「でも…」
「お待たせしました。特製パフェとオレンジジュースになります」

 若い店員の声が、エンジュの言葉を遮った。
 そしてシダの前に巨大なパフェが置かれるのを見ると、エンジュは今までの会話が馬鹿らしくなって口を閉じた。 

「バナナは入ってないよね??」
「もちろんですよ」

 途端に鼻歌でも歌いそうな表情でスプーンを手に取ったシダにシエルは何か言いたげな視線を向けていた。
 シエルがハーフエルフの食欲に対して間違った認識を持ったとしてもしょうがないかもしれない。
  

 ************

「失礼ですが、学院の関係者ですか?」
「いいえ、この公開講座に参加しにきたのだけれど…」

 ソフィニア魔術学院の校門前には、シダが言ったとおり、複数の警備員が立っていた。
 二人の前の立ちふさがった男たちに、シエルはパリスに渡された紙を見せる。
 紙を受け取り中身を確認した男たちは、顔を見合わせ言葉を交わすと二人の全身を眺めた。
 その行動にエンジュは自分が腰に短剣を下げている事を思い出しひやりとする。

「どうぞ、会場は右手に見える白い建物の横の第二講堂になります」

 しかし、心配をよそに彼らは好意的な笑みを浮かべると西の方を指差し、門を開けた。

「没収されるかと思ったわ・・・」
「心配しなくても彼らはその剣より、エンジュの胸の方に釘付けだったわよ」
「……こんなものでも、役に立つこともあるのね」

 呆れた声でため息をつくと、エンジュは短剣を荷物入れの中に押し込んだ。

 ************

 三十席ほどある講義室は、既に人でいっぱいだった。
 聴衆は魔術学院の学生から、一般参加の商人風の男や、老人と様々だ。
 その中にパリスの姿を確認すると、エンジュはシエルに目配せして空いた席に座った。
 シエルも少しはなれた斜め左の席に座った。

 テーマは『絶滅を危惧される魔法生物について』、内容は興味が無いので後から聞かれたって、多分何一つ覚えていないだろう。
 あくびをかみ殺し、シエルのほうを盗み見ると、真面目な顔で話を聞いている。
 パリスも自分たちに気がついているだろうが一向にそんな素振りを見せず、用紙を配布していた。
 彼らは何処で〝運命の出会い〟を演出するつもりなのだろうか。
 他人事のようにそんな事を考えながら、エンジュは自分のターゲットであるベルベッドの姿を探した。
 講義室中に目を配ったところで、自分が肝心のベルベッドの特徴を何一つ知らない事に気がつく。
 パリスの婚約者だというからには、彼に近い年齢だろう。
 あと思い当たることといえば…パリスはベルベッドの事をしきりに〝魔女〟と呼んでいた。

(一体、どんな女かしら・・・・?)

 講義は延々と続き終わる様子はない。
 長い間机に向かうといった経験の無いエンジュは耐えられなくなって、こっそり講義室を出た。

「どうされました?」

 部屋を出るとすぐに、白衣をきた若い女が近づいてくる。
 どうやら係員らしく、胸には名札がついている――『ベルベッド・ローデ』。
 その名に思わずニヤリと笑みを浮かべるとエンジュは答えた。

「ちょっと外の空気が吸いたくなったんだけど」
「それなら、あの廊下を曲がった所に休憩所があるわ・・・。あら、貴女エルフなのね」

 ベルベッドの目は好奇心を隠そうとせず真っ直ぐエンジュを見ていた。
 エンジュもまた、ターゲットを冷静に観察する。
 ベルベッドは容姿でいえばなかなかの美人だった。
 赤い髪を肩まで伸ばし、化粧気の無い顔にはそばかすが浮いている。
 しかし、唇だけが異様に赤かった。
  
「半分だけね」
  
 大抵の人間は聞き流してしまう、エンジュの小さな抵抗の言葉に彼女は敏感に反応した。

「まぁ、珍しい!ハーフエルフなのね。育ったのはエルフの村なの?ハーフエルフの寿命ってどのくらいなのかしら?貴女いくつ……って、女性に歳聞いちゃいけないわね」

 豪快に笑うベルベッドはエンジュの嫌いなタイプではなかった。
 彼女と親密になればパティーの奪還がよりしやすくなる。 
 幾つかの質問に答えてやると、彼女は改めで自分の名を告げた。

「アタシはここの研究員をやってるベルベッド・ローデよ。貴女は?」
「私は…」

 魔法使いに名を明かす時は、慎重にならなければいけない。
 エンジュは逡巡した後、自分でも何故か分からないが

「アンジェラ」

 と答えていた。
 
「そう。貴女…アンジェラって言うの」
「あら、どうかしたの?」

 気の利いた偽名なんてすぐには思い浮かばない。
 シエルの名を出さなかっただけ上等だ。
 エンジュは開き直って尋ねる。

「アタシが今世界で一番嫌いな女と同じ名前なのね」

 ベルベッドは鼻の上に皺を浮かべると心底嫌そうに呟いた。
 しかし、その直後に浮かべた表情は……。

(あんの馬鹿!肝心な所分かってないじゃない)

 パリスはベルベッドが父親と手を組んだのは単なる金目当てだと話していた。
 しかし、彼女の切なげな表情には間違いなく別の感情が込められていた。

 ベルベッドはパリスの事が好きなのだ―――。

(あの優男・・・なんだって、こう美人にもてるのかしら…)


2007/02/12 17:03 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門
易 し い ギ ル ド 入 門 【10】/シエル(マリムラ)
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【10】』 
   
               ~ ドラマチックな出会い ~



場所 :ソフィニア
PC :(エンジュ)シエル
NPC:パリス イルラン
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『絶滅を危惧される魔法生物について』という講義は、思ったよりずっと興味深い、
面白いものだった。実は砂漠の民と共存していない古代種がいたりとか、様々な形態
の魔法生物の中でも飛行可能な形態が最も多く確認されている等々。
 しかしエンジュが席を外した事にも気付いていたし、本来の目的も忘れる程でもな
く。頭の中で計画を反芻する。

(そろそろ……かしら?)

 シエルは講義が終わると足早に出口へ向かった。その脇に案内係のパリスが立って
いるのを確認すると、一瞬速度を緩め、後ろから押される形で彼にぶつかる。

 パリーン!

 ざわついた会場が一瞬静まる。
 俯き、髪で顔の見えないシエルの下には陶器製の仮面が真っ二つに割れており、そ
の音に驚いた人々は一度歩みを止めた。少し遠巻きに人が歩き出し、徐々にざわつき
始めても、膝を崩して横座りのまま立ち上がらないシエルの周りは不思議と避けら
れ、僅かながら空間が出来ている。
 シエルは重い陶器製の仮面をわざわざ用意してきていたのだ。もちろん「割る」た
めに。
以前から持っていたモノだが、重くてあまり使ってはいなかったのだから惜しくもな
い。

 シエルがゆっくりと顔を上げる。
 目論見通り丁度光が射すその場所は、まるでスポットライトがあてられた舞台のよ
うだった。シエルの白く細い髪がさらさらと音を立てて揺れ、隙間から印象的な赤い
瞳が覗く。

 シエルはパリスを見つめた。パリスは仮面を外したシエルに見つめられ、顔がどん
どん紅潮してゆく。二人はしばらく見つめ合ったまま動かない。そして通り過ぎる
人々は皆、二人に目を奪われてから部屋を出ていくのだ。素顔を晒し慣れないシエル
も、沢山の好奇の視線に頬が染まる。まあ、シエルの場合はこんな馬鹿げた芝居をし
ている事への気恥ずかしさから来ているのだが、表情に出さない限り、彼を見つめな
がら赤面しているようにしか見えないのだから天晴れだ。

 ゆっくりとパリスから手が差し伸べられた。シエルがその手に手を延ばす。

 だが、突然声に遮られて、その手は掴まる場所を失った。

「だ、大丈夫ですか!?」

 シエルとパリスの間に立ち塞がるように、これまたパリスにも負けないほど赤面し
た男が割り込んだのだ。しかも声がでかい。

「……え、ええ。大丈夫よ」

 視線をパリスに向けたまま、シエルは答えた。こんな所で邪魔が入るとは。

「あの、咄嗟に引き寄せたり出来れば良かったんでしょうけど、慌てていて……」

 どうも後ろからぶつかった男らしい。

「しかもとても美し……いや、あの、見とれたりとかそんなことを言っているわけで
はなくてですね、えー……」

 しどろもどろで何を言っているのだかサッパリ分からない。

「急いでいたところにお手間を取らせました。私は大丈夫ですからどうぞ行って下さ
い」

 慌てるパリスをチラチラ見ながら、シエルはその男に愛想笑いを浮かべて見せた。
 気分は勿論「さっさと行きやがれ」って感じで。
 しかし、相手はそう思ってはくれなかった。

「イルランです、あなたは?」
「……名乗られる意味も、名前も聞かれる意味も分からないんですけど」

 まずい展開になってきた。

「あの、運命って信じますか? 僕はあなたに運命を感じたんです!!」

 残り少なくなった会場の全員が注目する。
 この時になって初めて、男の顔をじっくり見ることになったのだが、驚くことに人
ではなかった。恐らくエンジュよりも純粋なエルフだ。
 あーああ。あなたに運命を感じられても困る。というか、何でこんな時にこんなに
目立つことをしてくれるんだろう?
 手を差し伸べられ、今この手を取ると運命を受け入れたようで嫌だなぁと頭をよぎ
る。

「えと、あの、困りますから」

 立ち上がるタイミングを逃し、座ったままの不自然な格好で返答する。
 その時になってやっと、呆気にとられていたパリスが動いた。

「君、彼女が困っているじゃないか。いい加減にしろよ」

 隣に立ち、もう一度手をこちらへ延ばすと、今度は躊躇無く手を掴み引き上げる。
 少々強引な立たせ方のおかげでバランスを崩したのか、立ち上がった途端抱きつく
ような形になってしまった。不幸中の幸いか、コレも計算なのかは分からないけれ
ど。

「ありがとう……ございます」

 パッと体を離してパリスにお礼を言いながら下を向く。そしてイルランと名乗った
エルフの視線を避けるように、パリスの陰に隠れた。

「あなたのことを何でもいい、教えてください」

 イルランは食い下がる。だが、シエルはパリスの後ろに隠れるように言った。

「私には運命は分かりません。でも、縁があればまた逢うこともあるでしょう。
 ……これ以上困らせないでください」

 他に何と言って追い返せばいいのか分からなかった。

「では、次に遭ったときには名前を聞かせてくれますね?」

 嬉しそうにイルランが笑う。
 黙っていたら、彼はようやく部屋を後にしたようだった。
 パリスの後ろから出てきて、ホッと胸を撫で下ろす。

「本当に助かりました」
「どういたしまして。少し落ち着けるところまで案内しましょうか?」

 実は女性を口説き慣れているのではないかと思わせるほど、パリスの切り出し方は
あまりに自然だった。つい、吹き出してしまう。

「くすくす……お願いします。でも、お仕事があるのでは」
「今日は公開講座の案内係です。講義が終わった以上、誰も咎めませんよ」

 二人は目を見て笑う。

 まあ、第一段階の出会いはこんなところだろうか。コレから人が不特定多数出入り
をする食堂でもっと印象付けなければならない。
 出来るだけ親密そうに話をしながら、二人は食堂へと向かった。


2007/02/12 17:03 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門
易 し い ギ ル ド 入 門 【11】/エンジュ(千鳥)
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【11】』 
   
               ~ こいばな ~


場所 :ソフィニア魔術学院
PC :エンジュ シエル
NPC:パリス ベルベッド

※ベルベッドに対してエンジュはアンジェラという偽名と使っている。
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 部屋の中から拍手の音が聞こえた。そろそろ講座も終わりに差し掛かったようだ。

「ごめんなさい。引き止めてしまったわね」
「いいのよ。私、話を聞くのって苦手みたい。実際に動いて見る方がいいわ」
「あなた、魔法生物に興味があるの?」

 その言葉にベルベッドは探るような目でエンジュを見た。目の前に居るハーフエルフがどれだけ信用できる人物か見定めようとしているのだ。

「えぇ、本当は本物が見れれば一番良かったんだけど…」

 対するエンジュも、ねだる様な口調で答えた。ベルベッドが自分に好意を持っていることは分かっている。彼女は今、アンジェラから奪った生きた魔法生物を持っているのだ。親密になれば見せてもらうことも出来るかもしれない。
 後一押し何か彼女の心を掴まなければ……

「ハーフエルフに理解のある人と知り合えて嬉しいわ、ベルベッド。私たち良いお友達になれると思わない?」

 彼女の肩に触れると、エンジュは極上の微笑を浮かべた。
 弟のユークリッドと同様、男女両方に威力のあるらしいエンジュの端正な美貌にベルベッドも思わず魅入っていた。

「そうね……。少しここで待っててくれない?片づけが終わったらアタシの部屋で良いものを見せてあげるわ」

 それだけ言うと、慌ててエンジュの元を離れた。

「まぁ、最初はこんなもんよね」

 講義室の扉が開き、中から人々が出てきた。エンジュはシエルの姿を探して出口を覗いた。ちょうど、部屋の中でシエルの仮面が割れたところだった。

(うっわーっ!!)

 それは思わずエンジュが赤面したくなるような光景だった。儚げに座り込むシエルは美しく、見詰め合う二人は確かに運命の出会を果たした男女だった。しかし、シエルの性格とこれが茶番である事を知るエンジュには、まるで自分の娘のラブシーンでも見ているような気恥ずかしさが先にたつ。
 それでも、周知公認の中二人は出会ったのだから、それでよしとしよう…等とぶつぶつと心の中で呟いているのもつかの間、そこに邪魔が入った。
 
(エルフがどうしてこんな所にいンのよッ!)

 恋の邪魔者、イルランと名乗った男は本来なら魔術学院とは縁が無い純粋なエルフだった。しかも、遠くにいるエンジュにすら聞こえるような声で『運命』等という恥ずかしい言葉を繰り返している。用意された運命に運命を感じるなど、喜劇でしかないというのに。

(人間に恋したエルフはしつこいわよ…)

 これからの計画を大きく阻む危険性を感じ、エンジュはシエルを心配げに見つめた。

 本来エルフのように長寿で生涯を一人の伴侶と添い遂げる種族は、恋愛に関しては慎重でプラトニックな部分が多い。しかし、はるかに寿命の短い相手を伴侶として選ぶとなれば、そんな悠長な事は言っていられなくなる。本来の目的であるところの子孫繁栄を果たすべく、彼は全力でシエルにアタックしてくるに違いない。
 エルフの森に迷い込んだ父を匿(かくま)い、周囲の反対を押し切って子供まで成した母は、父の事以外では、実にたおやかな女性であったから、エルフの内に秘めた情熱をエンジュは身をもって知っていた。

 出来ればイルランの動きを牽制したい所だが、シエルとエンジュが知り合いである事がベルベッドに知れるとまずい。パリスが上手くイルランからシエルを守ってくれると良いのだが。

「一人の女も守れないような男に任せるのは心配よね……」

 シエルを守るには、自分が頑張るしかなさそうだ。

「アンジェラ、お待たせ。アタシの研究室に案内するわ。…どうかしたの?」
 
 頭を抱えるエンジュをベルベッドが不思議そうに覗き込んだ。

「ちょっと今、恋愛の難しさについて実感しているところ」
「あら、アンジェラは恋をしているの?」

 違う。と言いかけて、慌てて「そうよ」と言い直す。女同士の友情を深めるならば、作り話ででも打ち解けたように見せかけたほうが良い。

「どんな人なの?」
「そうねぇ…」

 取りあえず身近な異性を思い浮かべて、最初に出てくるのが弟というところが情けない。あの馬鹿を例に出すのも癪なので、はるか昔の初恋の相手などを頑張って記憶の奥底から掘り出してみることにした。

「いつも陽気で…冒険者だったから子供みたいな所もあったけど頼りがいのある人よ。奥さんと子供がいたけどね」
「…辛い恋なのね」
「……」

 自分を人間の世界に連れ出してくれた叔父への淡い初恋を話したつもりが、何だか間違ってしまたような気がしてならない。

「ベルベッドはどうなの?」
「アタシは、いないわ」
「え!?」

 あの時の切なげな表情に、エンジュは彼女がパリスに恋をしていると確信していた。予想外の答えに思わず声を上げる。

「でも、結婚したいと思う男はいるわ」

 そう言って、大きく薄い唇を広げて笑うと、ベルベッドの表情は冷酷な魔女のように見えた。

「そういう笑い方、しない方がいいわよ」

 それ以前に彼女が浮かべた微笑みは、ずっと魅力的だった。自虐的な笑みは見ているほうが辛くなる。

「魔女のよう。でしょう?アタシのうちは貧しくてね、子供を養うだけの稼ぎも無かった。幸い、アタシには魔法の才能があって、魔術学院に奨学金で通うことで何とかこうして生きてこられた」
「ベルベッド…」
「アタシの結婚したい男はね、金と家の力で才能が無くせに研究員を続けられるような男なの。そのくせ見てくれが良くて、好きな女の為なら地位も家も捨てられるって言うのよ?あんなぼんくらが、そんな生活に耐えられるわけ無いじゃない。
 絶対に、邪魔して見せるわ。」

 恋愛は難しい。それが嫉妬なのか、愛なのか見分けのつかないものならなおさらだ。


2007/02/12 17:04 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門
易 し い ギ ル ド 入 門 【12】/シエル(マリムラ)
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【12】』 
   
               ~ 続く障害 ~



場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル
NPC:パリス ベルベッド イルラン

※ベルベッドに対してエンジュはアンジェラという偽名と使っている。
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 部屋から出て、食堂へ向かう予定が狂った。
 あの迷惑なエルフもひとまず退散したようだし、障害はない……はずだったのに。
 上手くいかない時には上手くいかないことが続くモノなのだろうか。

「パリス、その人は誰?」

 自虐的で卑屈な笑みを浮かべる女が立ち塞がる。
 魔女と揶揄される女・ベルベットだと、一目で分かった。
 パリスは咄嗟に目を逸らし、明後日の方向を見ている。その隣で一人、彼女の視線
に晒されているシエルが小さく溜め息を吐いた。
 彼女の不躾な視線にウンザリしたのだ。婚約者が仲良さそうに他の女と連れだって
歩いていたら、女の面子丸潰れだということくらい流石に分かる。分かるのだが、あ
の視線をぶつけられるのはあまり気分のいいモノでもなくて。

「困っていたところを助けていただいたんです。アナタこそどちらさま?」

 名前を聞くなら先に名乗れ。
 軽く挑発してみる。

「ベルベットよ。そこの男の婚約者」

 勝ち誇ったようなウィッチスマイルでベルベットが答えた。
 しかし、そんなことは当然知っているシエルは、驚くどころかあざ笑う。

「婚約者に目も合わせて貰えないなんて、アナタ相当嫌われているのね。
 か・わ・い・そ・う・に」

 ベルベットの顔が見る間に紅潮した。
 おや、どうも気にしていたらしい。

「アナタには関係のないことだわ。それよりちゃんと名乗ったらどうなの?」
「イヤよ」
「何ですって!?」
「アナタなんかに名乗る名前は持っていないわ」

 火花のバチバチという効果音が聞こえそうな対峙。
 顔を真っ赤にして髪が逆立ちそうな勢いのベルベットに比べ、シエルは対照的に涼
しい表情を保っている。互いが互いの目を見据える妙な緊張感に、皆が呑まれかけて
いた。

 そう、廊下にいた皆が遠巻きに様子を窺っているのだ。
 再び舞台のように視線を浴びても、シエルは表情を崩すことはなかった。




「ちょっと、何事!?」

 遅れてベルベットの後ろに現れたのはエンジュだった。ベルベットは廊下を曲がる
際にパリスを見かけ、エンジュをその場に待たせたまま、一人で引き返してきていた
らしい。
 険悪な空気は廊下の端まで届いたのだろう。待ちきれずに彼女を追ったエンジュ
は、シエルの顔を見つけると「しまった」という表情を一瞬浮かべた。
 不幸中の幸いか、ベルベットはシエルを睨み続けていた為、気付かない。

「アンジェラ、もう少し待ってて。大事な用が出来たの」

 シエルから視線を逸らすことなくそう答えるベルベット。
 エンジュはベルベットの肩を軽く叩くと、彼女に小さな声で耳打ちした。

「何があったの?」
「婚約者に連れがいたから挨拶してるの」

 シエルを睨んだまま、大きく薄い唇を広げて笑う。
 エンジュは辛そうに顔をしかめ、耳打ちを続けた。

「婚約? 勝ちも同然じゃない。結婚したい相手って彼なんでしょう?」
「そう……そうね、ええ、そうよ」

 ベルベットの顔色が少し落ち着きを取り戻し始める。

「バツが悪くて目を逸らしているけど、別に相手の女を庇う風でもないし。
 まあ、モテる男がファンの相手しているだけって見えなくもないけど」

 そこでやっと、視線がシエルから外れた。パリスを見たのだ。

「パリス、魔法生物の実験って楽しそうだと思わない?」

 ビクッと目に見えて体を震わせた男を見て、ようやく満足そうに笑うベルベット。

「分かっているんだったらいいわ。じゃあね、名乗る名前もない脇役さん」

 そういうと、ベルベットはエンジュを連れて去っていく。それを合図に、取り巻い
ていた群衆がちらほらと離れ始め、空気が通常のモノへと戻り始める。
 この男はダメだ……と本気で思っているせいか、不安そうに寄り添う演技が苦痛に
感じるシエルであった。




 気を取り直して談笑しながら、食堂の一角を陣取った。日が射し込まない席を選ん
で、それでも明るい室内に「永くは保たないな」と思いながら。

 パリスの評価としては、顔も悪くはなく、話も悪くなく、性格が悪い男でもなかっ
た。 が、それだけだ。
 明るく気さくな好青年、と言えば聞こえはいいが、婚約者には言い返すことも出来
ず、連れを庇うことすらろくに出来ていない。こんな人が家を出てやっていけるのだ
ろうか?

「婚約なさってるんですね、いいんですか? 私と一緒にいて」
「いいんです。親が勝手に決めた相手ですから。今時、時代錯誤な話ですよ」
「それは……望んでいないんですか」
「私だって出来ればあなたのような……いや、失礼」

 手をそれとなく握り、パッと離す。
(婚約者がいながら別の女を口説く男、それだけ聞いたら最低ね)
 そう思いつつも、恥ずかしそうに手を引っ込めた。

「同じ手を、一体何人に使ったのかしら」
「あなただけですよ」

(うわー、コレで信じる女がいたらバカだわね)

「ずっと前からあなたを知っていたような気がします」

 シエルの頬が朱に染まる。
(こんなに恥ずかしい台詞が吐けるなんて、どこかおかしいんじゃないかしら)
 聞いているこっちが恥ずかしいのだ。

「あの、さっきは本当にありがとうございました」

 真っ赤な顔でにこりと笑う。

「いえ、あなたと知り合えて、私の方が幸運でしたよ……おや、どうしました?」

 シエルが慌ててパリスの陰に隠れるも、時既に遅し。

「ああ、やはり運命だ!」

 花束を抱えたイルランに見つかってしまったらしい。
 シエルはこっそり頭を抱えた。


2007/02/12 17:04 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門

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