****************************************************************
『 易 し い ギ ル ド 入 門 【3】』
~ ソフィニア支部 受付 ~
場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル
NPC:ユークリッド 受付嬢 シダ
****************************************************************
「もうすぐソフィニアですよ。お客さん」
御者がそう言って間もなくすると、たえず馬車を揺らしていた衝撃が徐々に小さくなっていった。
砂利道から舗装された道路へ、ソフィニアの町並みへと入ったのだ。
「そのままギルド支部まで行ってくれ」
激しい揺れの中でずっと新聞に目を落としていたユ-クリッドは、頭痛がするのかこめかみを押さえながら顔を上げた。
窓を開け外の景色を眺めると、建物は整然と立ち並び、通りを歩く市民も身なりの整った者が多い。
文化レベルの違いというものだろうか。エンジュは50年程前にソフィニアに来たことがあった。
魔道機関などというものが発明される前だったたが町の様子は当時とあまり変わらない。
とにかく、魔術師とか学者とか研究者とかいう人間が多い町だった。
「何かあったのかしら?」
高く響く警笛と人々の異変に最初に気がついたのはシエルだった。
三人の耳に「包丁を持った男が・・・」「公園に・・・殺人犯か?」等といった単語が届く。
「どうやら、最近のソフィニアの治安は良くないみたいだね。白昼に連続殺人が起きてるらしいよ」
読み終わった新聞をたたみながら、ユ-クリッドは言った。表情は楽しげだった。
「俺達みたいな連中には逆に仕事が増えて都合が良いんだけどね」
「ぶっそうなのはや~よ」
可愛いシエルに怪我でもされたらたまらない。とばかりにエンジュは隣に座るシエルの肩を抱いた。
「どんな仕事にだって危険は付き物でしょう?」
シエルは抵抗こそしないが冷たい言葉を返す。
「そうそう。何より恐いのは退屈で代わり映えの無い平凡な毎日さ」
「じゃあ、向こうの人達はさぞかし楽しい人生を送ってるんでしょうよ」
建物の後ろから巨体な火柱が立つ。こんな町中で、いっそ清々しい程の殺傷効果のある魔法を誰かが使ったようだ。
「流石、魔術都市ソフィニア。派手な歓迎じゃないか」
三人がソフィニアの公園で起きた騒動を馬車の中から他人事として話している間にも、御者は慣れた動作で馬を操り町の中枢へ彼等を運んで行った。
* * * *
「ようこそ、冒険者ギルド ソフィニア支部へ。ご用件をどうぞ」
前髪をきっちりと横分けにしたオールド・ミス風の受付嬢は、眼鏡を装備し事務的な口調で述べた。
「新規でギルドに登録したいんだが…」
ユークリッドがそう言うと、受付嬢はその仮面のような顔に僅かだが笑みを浮かべる。
そうすると、三十路に見えた受付嬢が随分と若いことに気がつく。
「登録希望の方は?」
「私です」
「では、この用紙の必要項目に記入をしてください。文字は…書けますか?」
「えぇ」
シエルはペンを受け取ると、肩から流れてきた長い髪をかき上げて、神妙な面持ちで記入を始める。
更に、その様子を見守るユークリッドと、久しぶりに入った冒険者ギルドを物珍しげに眺めるエンジュに受付嬢は別の書類を用意して尋ねた。
「紹介者の方はどちらですか?」
「私。一応ギルドのハンターよ」
「では、カードの提示をお願いします」
その言葉に、エンジュは右手を前に出す。
その指には紅玉の嵌った指輪がきらめいていた。
“ギルドカード”は名の通り通常はカードの形を取る証明証だが、高レベルのハンターにはランクアップの際、特権としてハンターが望む形に作りかえることが出来た。
一瞬、受付嬢の瞳が驚いたように大きく開かれ、後ろを向いて声をかけた。
「悪いんだけど誰か照合用のペンを貸してくれないかしら」
「どうぞ」
事務室に居る男性職員が、受付嬢にペンを渡す。
狭い受付の窓から見えたその男性職員もまた、眼鏡に七三分けだった。
そのわずかな違和感に気がついたユークリッドが疑わしげに首をかしげた。
「では照合を行います」
ペンの上に飾られた透明な珠と、エンジュの指輪が同じ色に発光し、紙の上をペンが走った。
――― エンジュ・ドルチェ・アージェント
登録番号 XⅡE4863…ランク“B” ――
「間違いはありませんね?」
確認を行うために、内容を読み上げた受付嬢に「多分ね」答える。
「エンジュ……アージェント?」
背後で男の声と、分厚い本が落ちる音がした。
振り返ると、やはり眼鏡に七三分けの若い男が立っていた。
ユークリッドが「ソフィニアは今この髪型が流行なのか…?」と小さく唸る。
男もまた、ギルドの職員だった。
しかも、ピンととがった黒い耳を生やし、ふさふさの長い尻尾が垂れている――獣人だ。
「えーっと、どなた?」
獣人の知り合いなど、自分には殆どいないハズだった。
一人、とびきりの有名人を知らないわけでもないが、彼は間違っても自分を前にしてその尻尾を嬉しそうに振ることは無いだろう。
「エンジュ!随分久しぶりだね!大きくなって!」
「??」
肩に両手を置かれて揺すられても、一向に相手について思い出せない。
「ひさしぶり?」「大きくなって?」その言葉は、ここ何十年成長の兆しの見えない自分には不用な挨拶なはずだった。しかも相手は獣人だ。人間と同等、またははるかに寿命の短い彼らがエンジュと同じ歳月を生きられるわけが無い。
「シダ!なんて破廉恥な事してるんですか!!今週が“インテリ強化週間 お客様にクリーンなイメージを”なの忘れてるんですか!!」
「あー、だからそんな格好」
「支部長から首輪をつけられて鎖で繋がれてもいいの!?」
納得するユーウリッド。
更に受付嬢の物騒な言葉な言葉が続く。
「あー。それは困る!じゃ、とりあえず、そっちの彼女のカードが出来るまでお茶でもしないかな?」
獣人のギルド職員は、慌ててエンジュから手を放すとシエルに愛想笑いを向けた。
シエルはエンジュを伺うように見ている。
自分しだいという訳か……それから騒ぎに注目していた室内のハンターたちが、それに飽きるぐらいの時間考えて、やっとエンジュは相手を思い出すことが出来た。
「シダ…シダック・リーフネット?」
「良かった。ハーフエルフの記憶力を疑うところだったよ」
そう言って、大きく尻尾を振る彼は、やっぱりエンジュの知るシダック・リーフネットとは、少し違っていたのだけれど…。
* * * * *
「では、改めまして、シダック・リーフネットです」
シダと呼ばれた獣人ギルド職員が3人を案内したのは、ギルド支部の一角、休憩室だった。
そこはカフェを兼ねておりそれぞれの手元には紅茶と菓子が置かれている。
「シダックは私が人間の世界に出て最初に出会ったハーフエルフの友人よ。多分・・・」
「ハーフエルフって、年を取ると尻尾が出るのね」
エンジュの自信なさげな紹介に、シエルは真面目な顔で言った。
「いやぁ、実はとある遺跡を探検中にトラップの魔法にかかってしまってね。こんな姿になっちゃったんだ。古代の魔法だろう?誰もとき方を知らなくて。まぁ、僕は常々自分がエルフであることが嫌でたまらなかったからこのままだってちっとも構わないのだけれど」
笑いながら説明するシダの様子は確かに困っているようには見えない。
「ただ、肉を食べるようになったからかな。精霊の声がちっとも聞こえなくなってしまって――つまりは、魔法が使えなくなってしまって。今はこうしてギルドの職員をやっているんだ。そ-いえば、隣の彼は君の息子?」
「な、何言ってるのよ!ンなわけないでしょ!!」
早口で喋り続ける彼の言葉を聞き流しそうになりながら、エンジュは慌てて否定した。
隣ではユークリッドが紅茶を喉に詰まらせてむせている。
「この子は、ハルベルト・アージェントの孫よ」
エンジュはかつてエルフの縛られた生活から自分を解放してくれた叔父の名を久しぶりに声に出していった。
「あぁ、エンジュの初恋の相手の」
「アンタ耳だけでなく身体も炭のように黒くなりたいわけ?」
「照れてるんだね。子供だなぁ」
ほぇほぇとした表情で、エンジュを子供のように扱う七三分けの獣人、シダ。シエルとユークリッドは改めて、この男がエンジュよりも年を重ねたエルフであることを実感した。
「そうか、ユークリッド君だけ?君はお母さん似なんだね。ハルベルトとは俺も仕事をしたことがある。」
「そうですか」
「腰抜けだけど、剣の腕は滅法たって良い男だったよ」
「そりゃどーも……」
普段は愛想の良いユークリッドだが、今回はどこか無愛想に応える。
相手は野郎だったし、他にも気に入らない部分が少し…いや、かなりあった。
「そろそろ、カードも出来てる頃かな。いい仕事が何件か入ってるから、見て行ったらどうかな。引退したとはいえ先輩だから何かアドアイスが出来ると思うよ」
眼鏡をくいと持ち上げると、シダは席を立ってこちらを促した。
エンジュたちとしても、ここでこのお喋りなハーフエルフだか、獣人だか中途半端な男の相手をするつもりはさらさらなかったので同様に立ち上がった。
「どんなアドバスをくれるんだかねぇ」
彼が、かつて仲間内で“ジョーカー引きのシダック”などと呼ばれていたのを知っているのは幸いにもエンジュだけだった。
『 易 し い ギ ル ド 入 門 【3】』
~ ソフィニア支部 受付 ~
場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル
NPC:ユークリッド 受付嬢 シダ
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「もうすぐソフィニアですよ。お客さん」
御者がそう言って間もなくすると、たえず馬車を揺らしていた衝撃が徐々に小さくなっていった。
砂利道から舗装された道路へ、ソフィニアの町並みへと入ったのだ。
「そのままギルド支部まで行ってくれ」
激しい揺れの中でずっと新聞に目を落としていたユ-クリッドは、頭痛がするのかこめかみを押さえながら顔を上げた。
窓を開け外の景色を眺めると、建物は整然と立ち並び、通りを歩く市民も身なりの整った者が多い。
文化レベルの違いというものだろうか。エンジュは50年程前にソフィニアに来たことがあった。
魔道機関などというものが発明される前だったたが町の様子は当時とあまり変わらない。
とにかく、魔術師とか学者とか研究者とかいう人間が多い町だった。
「何かあったのかしら?」
高く響く警笛と人々の異変に最初に気がついたのはシエルだった。
三人の耳に「包丁を持った男が・・・」「公園に・・・殺人犯か?」等といった単語が届く。
「どうやら、最近のソフィニアの治安は良くないみたいだね。白昼に連続殺人が起きてるらしいよ」
読み終わった新聞をたたみながら、ユ-クリッドは言った。表情は楽しげだった。
「俺達みたいな連中には逆に仕事が増えて都合が良いんだけどね」
「ぶっそうなのはや~よ」
可愛いシエルに怪我でもされたらたまらない。とばかりにエンジュは隣に座るシエルの肩を抱いた。
「どんな仕事にだって危険は付き物でしょう?」
シエルは抵抗こそしないが冷たい言葉を返す。
「そうそう。何より恐いのは退屈で代わり映えの無い平凡な毎日さ」
「じゃあ、向こうの人達はさぞかし楽しい人生を送ってるんでしょうよ」
建物の後ろから巨体な火柱が立つ。こんな町中で、いっそ清々しい程の殺傷効果のある魔法を誰かが使ったようだ。
「流石、魔術都市ソフィニア。派手な歓迎じゃないか」
三人がソフィニアの公園で起きた騒動を馬車の中から他人事として話している間にも、御者は慣れた動作で馬を操り町の中枢へ彼等を運んで行った。
* * * *
「ようこそ、冒険者ギルド ソフィニア支部へ。ご用件をどうぞ」
前髪をきっちりと横分けにしたオールド・ミス風の受付嬢は、眼鏡を装備し事務的な口調で述べた。
「新規でギルドに登録したいんだが…」
ユークリッドがそう言うと、受付嬢はその仮面のような顔に僅かだが笑みを浮かべる。
そうすると、三十路に見えた受付嬢が随分と若いことに気がつく。
「登録希望の方は?」
「私です」
「では、この用紙の必要項目に記入をしてください。文字は…書けますか?」
「えぇ」
シエルはペンを受け取ると、肩から流れてきた長い髪をかき上げて、神妙な面持ちで記入を始める。
更に、その様子を見守るユークリッドと、久しぶりに入った冒険者ギルドを物珍しげに眺めるエンジュに受付嬢は別の書類を用意して尋ねた。
「紹介者の方はどちらですか?」
「私。一応ギルドのハンターよ」
「では、カードの提示をお願いします」
その言葉に、エンジュは右手を前に出す。
その指には紅玉の嵌った指輪がきらめいていた。
“ギルドカード”は名の通り通常はカードの形を取る証明証だが、高レベルのハンターにはランクアップの際、特権としてハンターが望む形に作りかえることが出来た。
一瞬、受付嬢の瞳が驚いたように大きく開かれ、後ろを向いて声をかけた。
「悪いんだけど誰か照合用のペンを貸してくれないかしら」
「どうぞ」
事務室に居る男性職員が、受付嬢にペンを渡す。
狭い受付の窓から見えたその男性職員もまた、眼鏡に七三分けだった。
そのわずかな違和感に気がついたユークリッドが疑わしげに首をかしげた。
「では照合を行います」
ペンの上に飾られた透明な珠と、エンジュの指輪が同じ色に発光し、紙の上をペンが走った。
――― エンジュ・ドルチェ・アージェント
登録番号 XⅡE4863…ランク“B” ――
「間違いはありませんね?」
確認を行うために、内容を読み上げた受付嬢に「多分ね」答える。
「エンジュ……アージェント?」
背後で男の声と、分厚い本が落ちる音がした。
振り返ると、やはり眼鏡に七三分けの若い男が立っていた。
ユークリッドが「ソフィニアは今この髪型が流行なのか…?」と小さく唸る。
男もまた、ギルドの職員だった。
しかも、ピンととがった黒い耳を生やし、ふさふさの長い尻尾が垂れている――獣人だ。
「えーっと、どなた?」
獣人の知り合いなど、自分には殆どいないハズだった。
一人、とびきりの有名人を知らないわけでもないが、彼は間違っても自分を前にしてその尻尾を嬉しそうに振ることは無いだろう。
「エンジュ!随分久しぶりだね!大きくなって!」
「??」
肩に両手を置かれて揺すられても、一向に相手について思い出せない。
「ひさしぶり?」「大きくなって?」その言葉は、ここ何十年成長の兆しの見えない自分には不用な挨拶なはずだった。しかも相手は獣人だ。人間と同等、またははるかに寿命の短い彼らがエンジュと同じ歳月を生きられるわけが無い。
「シダ!なんて破廉恥な事してるんですか!!今週が“インテリ強化週間 お客様にクリーンなイメージを”なの忘れてるんですか!!」
「あー、だからそんな格好」
「支部長から首輪をつけられて鎖で繋がれてもいいの!?」
納得するユーウリッド。
更に受付嬢の物騒な言葉な言葉が続く。
「あー。それは困る!じゃ、とりあえず、そっちの彼女のカードが出来るまでお茶でもしないかな?」
獣人のギルド職員は、慌ててエンジュから手を放すとシエルに愛想笑いを向けた。
シエルはエンジュを伺うように見ている。
自分しだいという訳か……それから騒ぎに注目していた室内のハンターたちが、それに飽きるぐらいの時間考えて、やっとエンジュは相手を思い出すことが出来た。
「シダ…シダック・リーフネット?」
「良かった。ハーフエルフの記憶力を疑うところだったよ」
そう言って、大きく尻尾を振る彼は、やっぱりエンジュの知るシダック・リーフネットとは、少し違っていたのだけれど…。
* * * * *
「では、改めまして、シダック・リーフネットです」
シダと呼ばれた獣人ギルド職員が3人を案内したのは、ギルド支部の一角、休憩室だった。
そこはカフェを兼ねておりそれぞれの手元には紅茶と菓子が置かれている。
「シダックは私が人間の世界に出て最初に出会ったハーフエルフの友人よ。多分・・・」
「ハーフエルフって、年を取ると尻尾が出るのね」
エンジュの自信なさげな紹介に、シエルは真面目な顔で言った。
「いやぁ、実はとある遺跡を探検中にトラップの魔法にかかってしまってね。こんな姿になっちゃったんだ。古代の魔法だろう?誰もとき方を知らなくて。まぁ、僕は常々自分がエルフであることが嫌でたまらなかったからこのままだってちっとも構わないのだけれど」
笑いながら説明するシダの様子は確かに困っているようには見えない。
「ただ、肉を食べるようになったからかな。精霊の声がちっとも聞こえなくなってしまって――つまりは、魔法が使えなくなってしまって。今はこうしてギルドの職員をやっているんだ。そ-いえば、隣の彼は君の息子?」
「な、何言ってるのよ!ンなわけないでしょ!!」
早口で喋り続ける彼の言葉を聞き流しそうになりながら、エンジュは慌てて否定した。
隣ではユークリッドが紅茶を喉に詰まらせてむせている。
「この子は、ハルベルト・アージェントの孫よ」
エンジュはかつてエルフの縛られた生活から自分を解放してくれた叔父の名を久しぶりに声に出していった。
「あぁ、エンジュの初恋の相手の」
「アンタ耳だけでなく身体も炭のように黒くなりたいわけ?」
「照れてるんだね。子供だなぁ」
ほぇほぇとした表情で、エンジュを子供のように扱う七三分けの獣人、シダ。シエルとユークリッドは改めて、この男がエンジュよりも年を重ねたエルフであることを実感した。
「そうか、ユークリッド君だけ?君はお母さん似なんだね。ハルベルトとは俺も仕事をしたことがある。」
「そうですか」
「腰抜けだけど、剣の腕は滅法たって良い男だったよ」
「そりゃどーも……」
普段は愛想の良いユークリッドだが、今回はどこか無愛想に応える。
相手は野郎だったし、他にも気に入らない部分が少し…いや、かなりあった。
「そろそろ、カードも出来てる頃かな。いい仕事が何件か入ってるから、見て行ったらどうかな。引退したとはいえ先輩だから何かアドアイスが出来ると思うよ」
眼鏡をくいと持ち上げると、シダは席を立ってこちらを促した。
エンジュたちとしても、ここでこのお喋りなハーフエルフだか、獣人だか中途半端な男の相手をするつもりはさらさらなかったので同様に立ち上がった。
「どんなアドバスをくれるんだかねぇ」
彼が、かつて仲間内で“ジョーカー引きのシダック”などと呼ばれていたのを知っているのは幸いにもエンジュだけだった。
PR
****************************************************************
『 易 し い ギ ル ド 入 門 【4】』
~ 易しい仕事の選び方 ~
場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル
NPC:ユークリッド 受付嬢 シダ
****************************************************************
見せられたギルドカードは、思っていた以上に素っ気ないモノだった。
「……コレ?」
シエルが問いかけると、シダが人懐っこく笑う。
「そうだよ、正真正銘ホンモノのギルド登録証明書」
四角い小さな紙には、名前と共に登録番号・ギルドランクが記載されている。
「内容に間違いはないよね」
「一つだけ気になったんだけど……ランク表示、Gなんてあるの?」
「ああ、仮登録ランク、ってこと。正式会員はF以上って考えてくれればイイよ」
シダがそういいながらギルドの刻印を押し、そして完成品をシエルに差し出す。
「ようこそ新米冒険者さん!」
掌に隠れるほどのそのカードを、シエルは対して感慨もなく財布にしまった。
ソレを見たシダが声を上げて笑う。
「あっはっは、そうじゃなくちゃねぇ?
ギルダーじゃなくちゃんとランカーとして育ってくれよ!」
当然のように使われた知らない言葉に、シエルは首を傾げた。
「ソレ、どういう意味かしら」
聞き返されるとは思っていなかったらしく、シダはしばらく絶句した。
頭の中で数回言葉を反芻してやっと理由に思い当たったらしく、慌てて取り繕うよ
うに用語解説を始める。若干慌てているのは、初心者に対して使わないようにと、注
意されていたのかもしれない。
「ええと、説明……んー、簡単に言うと、
ギルドランクが低いまま、食べるには困らない程度に小さな仕事専門で受ける人の
事を『ギルダー』って呼んでるんだ。まあ、半数以上はそうかな。
それに対してランクがどんどん上がって行く人を『ランカー』って呼ぶわけ。
ランクが上がれば二つ名も名乗れるし、顔が利いたりもする。
どっちもいないと冒険者ギルドなんて成り立たないんだけど、大口の仕事はどうし
ても『ランカー』限定だったりするから、事務側としてはありがたいんだな。
まあ、一種の業界用語だよね。僕だけに通じるって可能性も否定はしないけどさ」
ユークリッドはさっきから受付嬢と、情報屋として仕事絡みの話をしているようだ
し、エンジュはと言えば、退屈して部屋の隅の長椅子に座っていた。これではシダに
からかわれたのかすら分からない。が、まあ、そんなウソをついたところで、彼の得
にはならないだろうと、僅かな時間で考える。
「ありがとう、勉強になるわ」
「いえいえ、どういたしまして」
さて、コレで冒険者ギルドへの登録は完了したワケだが……。
「それじゃ、予定がなければ仕事見てみようか」
シダが何かのファイルを取り出した。
そう厚くはないが、ぱらぱらぱらとめくっていく。
「入り口近くの掲示板にも仕事依頼の張り紙があるよ。
でも、そこに張り出す前のモノとか、特殊な依頼とかはコッチにあるんだよね」
ぱらぱらめくっていた手が止まり、開いたページの向きをこちらへ向ける。
「オススメはこの辺。
エンジュの紹介だから結構使えるんでしょ?」
薦められるままに資料を覗き込み、絶句する。
提示された仕事内容は、明らかに初心者向けではなかったのだから……。
* * * * *
『子供達が消えていく事件の原因究明及び子供達の無事奪還(至急』
『ゴブリン退治。ゴブリン多数との情報あり』
『異世界人「ミウラ」を確保し、元の世界へ返す。詳細は秘密厳守』
『動物に変えられてしまった人を元に戻す。手段は問わない』
『にんぎょうをさがしてください(詳細不明・依頼者と要相談』
『結婚式のどさくさに紛れて依頼人二人を逃亡させる(極秘』
『憑き物を落としてください』
『家の壁に毎日落書きという事件の原因究明及び再犯防止』
* * * * *
「か、考えさせて……」
とりあえずエンジュと相談しよう、そうしよう。
そう心に決めたシエルであった。
『 易 し い ギ ル ド 入 門 【4】』
~ 易しい仕事の選び方 ~
場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル
NPC:ユークリッド 受付嬢 シダ
****************************************************************
見せられたギルドカードは、思っていた以上に素っ気ないモノだった。
「……コレ?」
シエルが問いかけると、シダが人懐っこく笑う。
「そうだよ、正真正銘ホンモノのギルド登録証明書」
四角い小さな紙には、名前と共に登録番号・ギルドランクが記載されている。
「内容に間違いはないよね」
「一つだけ気になったんだけど……ランク表示、Gなんてあるの?」
「ああ、仮登録ランク、ってこと。正式会員はF以上って考えてくれればイイよ」
シダがそういいながらギルドの刻印を押し、そして完成品をシエルに差し出す。
「ようこそ新米冒険者さん!」
掌に隠れるほどのそのカードを、シエルは対して感慨もなく財布にしまった。
ソレを見たシダが声を上げて笑う。
「あっはっは、そうじゃなくちゃねぇ?
ギルダーじゃなくちゃんとランカーとして育ってくれよ!」
当然のように使われた知らない言葉に、シエルは首を傾げた。
「ソレ、どういう意味かしら」
聞き返されるとは思っていなかったらしく、シダはしばらく絶句した。
頭の中で数回言葉を反芻してやっと理由に思い当たったらしく、慌てて取り繕うよ
うに用語解説を始める。若干慌てているのは、初心者に対して使わないようにと、注
意されていたのかもしれない。
「ええと、説明……んー、簡単に言うと、
ギルドランクが低いまま、食べるには困らない程度に小さな仕事専門で受ける人の
事を『ギルダー』って呼んでるんだ。まあ、半数以上はそうかな。
それに対してランクがどんどん上がって行く人を『ランカー』って呼ぶわけ。
ランクが上がれば二つ名も名乗れるし、顔が利いたりもする。
どっちもいないと冒険者ギルドなんて成り立たないんだけど、大口の仕事はどうし
ても『ランカー』限定だったりするから、事務側としてはありがたいんだな。
まあ、一種の業界用語だよね。僕だけに通じるって可能性も否定はしないけどさ」
ユークリッドはさっきから受付嬢と、情報屋として仕事絡みの話をしているようだ
し、エンジュはと言えば、退屈して部屋の隅の長椅子に座っていた。これではシダに
からかわれたのかすら分からない。が、まあ、そんなウソをついたところで、彼の得
にはならないだろうと、僅かな時間で考える。
「ありがとう、勉強になるわ」
「いえいえ、どういたしまして」
さて、コレで冒険者ギルドへの登録は完了したワケだが……。
「それじゃ、予定がなければ仕事見てみようか」
シダが何かのファイルを取り出した。
そう厚くはないが、ぱらぱらぱらとめくっていく。
「入り口近くの掲示板にも仕事依頼の張り紙があるよ。
でも、そこに張り出す前のモノとか、特殊な依頼とかはコッチにあるんだよね」
ぱらぱらめくっていた手が止まり、開いたページの向きをこちらへ向ける。
「オススメはこの辺。
エンジュの紹介だから結構使えるんでしょ?」
薦められるままに資料を覗き込み、絶句する。
提示された仕事内容は、明らかに初心者向けではなかったのだから……。
* * * * *
『子供達が消えていく事件の原因究明及び子供達の無事奪還(至急』
『ゴブリン退治。ゴブリン多数との情報あり』
『異世界人「ミウラ」を確保し、元の世界へ返す。詳細は秘密厳守』
『動物に変えられてしまった人を元に戻す。手段は問わない』
『にんぎょうをさがしてください(詳細不明・依頼者と要相談』
『結婚式のどさくさに紛れて依頼人二人を逃亡させる(極秘』
『憑き物を落としてください』
『家の壁に毎日落書きという事件の原因究明及び再犯防止』
* * * * *
「か、考えさせて……」
とりあえずエンジュと相談しよう、そうしよう。
そう心に決めたシエルであった。
****************************************************************
『 易 し い ギ ル ド 入 門 【5】』
~ ソフィニア支部 待合室 ~
場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル
NPC:ユークリッド 受付嬢 シダ
****************************************************************
シエルが獣人のギルド職員――背を向けているが嬉しそうに尻尾を振っているのが分かる―――シダに説明を受けている間、エンジュは待ち合い室の長椅子にだらし無く座りながらソフィニア支部の様子を見ていた。
仕事を探しに来る冒険者たちは、見た目からして年季の入ったハンターが多い。ソフィニアは裕福な層が多く、報酬においても高額が望まれるからであろう。また、魔術絡みの厄介な事件も多く、魔術学院が事件の中心だったということもある。
「姉さん、俺ちょっとこれから別行動ね」
受付嬢と話を終えたユークリッドが、戻ってくるなりそう告げた。
これは今までの旅でも珍しくない事で、ギルドと契約を結んでいるユークリッドはたまにギルドに依頼された情報を集める為に、短くて一週間、長いと数ヶ月姿を消す。
実際にどんな仕事をしているのかはエンジュも知らなかったが、今更尋ねる気にもならない。
「もしこの町を離れるときは、彼女に行き先を伝えといてくれ。マチルダだ」
先ほど話しこんでいた受付嬢、マチルダはユークリッドが振り返ったのに気がつくと、色っぽくウインクを返してきた。
「何、これから毎晩彼女の家にでも泊まるつもり?」
軽蔑した目でユークリッドを見やると、彼は慌てて首を振った。
「違うよ!俺、最近純愛に目覚めたばっかりなんだぜ?」
この八方美人の弟と「レーナ」という女性の出会いを聞いたのは数ヶ月前だったが、彼は未だに彼女の事を引きずっているようだった。
「あんまり無茶しないでね」
「じゃあ、シエルさんによろしく」
ユークリッドは表情を引き締めると、先ほどの少年のような仕草が嘘のように踵を返して去っていった。その後ろ姿を眺めながら、胸が苦しくなるのを感じた。
自分のことを母のように慕っていた少年が大人になり、そして自分を追い越していく瞬間を見るのは人間の世界に住むエンジュには当たり前のことだったが、それでも、彼らを失う悲しみは何度味わっても慣れはしない。
******
「ねぇ、エンジュ。どれを選んだら良いと思う?」
シダのオススメだという数件の依頼書を手にし、シエルが戻って来きた。エンジュは途方に暮れた表情の彼女から書類を受け取り目を通す。
「なんか・・・差し迫った依頼が多いわね」
極端とも言えるセレクトに、エンジュはシダに意図を問う。
「ここにあるのはこれから登録される最新のものだからね。それにエンジュの相方につまらない依頼なんて勧めたりしないよ~」
期待してるよと、微笑みかけるシダにシエルは嫌そうに答える。
「あまり期待しないで頂戴」
「私、手伝ったほうが良い?」
何気なしに口にした言葉だったが、相手の性格を思い出してはっとした。言い方を間違えたのだ。案の定「一人で平気よ」と素っ気ない返事が返ってくる。彼女は人に助けを求めるのが決して得意ではなかったのだ。
「じゃあさ、エンジュこの仕事受けない??ちょっと厄介でさぁ」
“異世界人の捜索”という文字が入った書類をひらひらさせてシダが割り込んできた。
「んなの出来るわけないじゃない。AとかSの高ランクの連中にでも頼めば?この町だったら居るでしょ?何人でも」
「いないことはないんだけどー、さっきも公園で見かけたし。でも、ああいう人たちってなかなか支部まで仕事を探しに来てくれなくてねー。この依頼は、難しいといっても見つけてしまえば身柄は魔術学院の研究室に預けて返す方法を・・・っと」
喋りすぎたことに気がついて、シダは慌てて口をつぐむ。
「あの学院はおかしな騒ぎばっかり起こすのね…」
「まずはこの仕事を受けてみようかしら…?」
二人がそうしている間にも、シエルは結局一人で決めてしまった。
それを横から覗き込んで「いいんじゃない?」と賛同する。
「もちろん、私もついてくけどね。なんたってシエルの初仕事なんだから!」
今度は有無を言わさず決めると、シエルは呆れるような顔で「勝手なんだから」と呟いた。もちろん、口元には笑みを浮かべて。
『 易 し い ギ ル ド 入 門 【5】』
~ ソフィニア支部 待合室 ~
場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル
NPC:ユークリッド 受付嬢 シダ
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シエルが獣人のギルド職員――背を向けているが嬉しそうに尻尾を振っているのが分かる―――シダに説明を受けている間、エンジュは待ち合い室の長椅子にだらし無く座りながらソフィニア支部の様子を見ていた。
仕事を探しに来る冒険者たちは、見た目からして年季の入ったハンターが多い。ソフィニアは裕福な層が多く、報酬においても高額が望まれるからであろう。また、魔術絡みの厄介な事件も多く、魔術学院が事件の中心だったということもある。
「姉さん、俺ちょっとこれから別行動ね」
受付嬢と話を終えたユークリッドが、戻ってくるなりそう告げた。
これは今までの旅でも珍しくない事で、ギルドと契約を結んでいるユークリッドはたまにギルドに依頼された情報を集める為に、短くて一週間、長いと数ヶ月姿を消す。
実際にどんな仕事をしているのかはエンジュも知らなかったが、今更尋ねる気にもならない。
「もしこの町を離れるときは、彼女に行き先を伝えといてくれ。マチルダだ」
先ほど話しこんでいた受付嬢、マチルダはユークリッドが振り返ったのに気がつくと、色っぽくウインクを返してきた。
「何、これから毎晩彼女の家にでも泊まるつもり?」
軽蔑した目でユークリッドを見やると、彼は慌てて首を振った。
「違うよ!俺、最近純愛に目覚めたばっかりなんだぜ?」
この八方美人の弟と「レーナ」という女性の出会いを聞いたのは数ヶ月前だったが、彼は未だに彼女の事を引きずっているようだった。
「あんまり無茶しないでね」
「じゃあ、シエルさんによろしく」
ユークリッドは表情を引き締めると、先ほどの少年のような仕草が嘘のように踵を返して去っていった。その後ろ姿を眺めながら、胸が苦しくなるのを感じた。
自分のことを母のように慕っていた少年が大人になり、そして自分を追い越していく瞬間を見るのは人間の世界に住むエンジュには当たり前のことだったが、それでも、彼らを失う悲しみは何度味わっても慣れはしない。
******
「ねぇ、エンジュ。どれを選んだら良いと思う?」
シダのオススメだという数件の依頼書を手にし、シエルが戻って来きた。エンジュは途方に暮れた表情の彼女から書類を受け取り目を通す。
「なんか・・・差し迫った依頼が多いわね」
極端とも言えるセレクトに、エンジュはシダに意図を問う。
「ここにあるのはこれから登録される最新のものだからね。それにエンジュの相方につまらない依頼なんて勧めたりしないよ~」
期待してるよと、微笑みかけるシダにシエルは嫌そうに答える。
「あまり期待しないで頂戴」
「私、手伝ったほうが良い?」
何気なしに口にした言葉だったが、相手の性格を思い出してはっとした。言い方を間違えたのだ。案の定「一人で平気よ」と素っ気ない返事が返ってくる。彼女は人に助けを求めるのが決して得意ではなかったのだ。
「じゃあさ、エンジュこの仕事受けない??ちょっと厄介でさぁ」
“異世界人の捜索”という文字が入った書類をひらひらさせてシダが割り込んできた。
「んなの出来るわけないじゃない。AとかSの高ランクの連中にでも頼めば?この町だったら居るでしょ?何人でも」
「いないことはないんだけどー、さっきも公園で見かけたし。でも、ああいう人たちってなかなか支部まで仕事を探しに来てくれなくてねー。この依頼は、難しいといっても見つけてしまえば身柄は魔術学院の研究室に預けて返す方法を・・・っと」
喋りすぎたことに気がついて、シダは慌てて口をつぐむ。
「あの学院はおかしな騒ぎばっかり起こすのね…」
「まずはこの仕事を受けてみようかしら…?」
二人がそうしている間にも、シエルは結局一人で決めてしまった。
それを横から覗き込んで「いいんじゃない?」と賛同する。
「もちろん、私もついてくけどね。なんたってシエルの初仕事なんだから!」
今度は有無を言わさず決めると、シエルは呆れるような顔で「勝手なんだから」と呟いた。もちろん、口元には笑みを浮かべて。
****************************************************************
『 易 し い ギ ル ド 入 門 【6】』
~ 易しい仕事の初め方 ~
場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル
NPC:シダ
****************************************************************
依頼書の束を持ってシエルはもう一度シダの元へと戻る。
満面の笑みで応対する獣人に困惑しながらも、一枚の依頼書を指し示す。
「この依頼にするわ」
「じゃあコレで契約成立って事で、依頼は下げておくからね。はい、詳細。
依頼者の方にも連絡入れとくよ。落ち合う場所は『クラウンクロウ』って宿だか
ら。
あと、大丈夫だと思うけど、無理なときには早めに連絡してね。
依頼を他の冒険者に頼むことになるからさ」
シダは一枚の依頼書を別のファイルにしまうと、そこから詳細の書かれた紙を三枚
渡す。他の依頼書は元のファイルにきちんと戻したようだ。
シエルは詳細をめくって首を傾げた。
「書いてなかったけど……期限は?」
「期限がある依頼もあるけどね、この辺は『要相談』ってカンジのやつだから」
そういうと、愛嬌たっぷりにウィンクをするシダ。……獣人の彼がウィンクしたと
ころで、シエルには興味も何もナイのだが。
後ろからエンジュが覆い被さるように抱きついてきて、シダに向かって「しっし
っ」と手を振る。シエルはシエルで大きな胸に押されながら「重っ……」と漏らし
た。
「手続き終わりでしょ。もう連れて行くわよ?」
「ああ、構わないけど……そんなに邪険にしなくてもいいじゃないか」
寂しそうなシダの言葉に返すのは、冷ややかな視線×2。
「シエルに色目使うからよ」
変な誤解をされそうなセリフだが、本人達に恋愛感情はないからだろう、色気が全
く感じられない。ちょっと有名な「肉食エルフ」が本当に女の子に熱を上げているの
なら、そこそこ面白い噂話になるかもしれないが。
(コレだけじゃれてても、全く色気無いからなぁ)
苦笑するシダ。目にした人には彼女たちの関係がすぐに分かるのだ。
噂にも聞かなかったのはそのせいかもしれない。
ギルド支部を後にする彼女たちを、シダは目を細めて見送った。
* * * * *
「それで、結局どれにしたの?」
エンジュが横から詳細の書かれた資料をシエルから取り上げた。
「ええと……依頼者宅の住所と地図でしょ、依頼者の名前と肩書きでしょ、簡単な容
姿でしょ……なにコレ、コレだけ?」
「まあね、おかげで覚えちゃったわ」
エンジュから資料を取り返そうともせずに、シエルはすたすた歩く。置いて行かれ
そうになって、小走りにエンジュが駆け寄った。
連れ立って歩きながら、エンジュは資料に目を走らせる。その資料の冒頭には『結
婚式のどさくさに紛れて依頼人二人を逃亡させる(極秘』と記されていて、黒ずくめ
の相棒との違和感に首を傾げた。
「……で?」
「で……って、依頼者に話聞かなきゃ動けないでしょ」
「じゃなくて、どうしてコレにしたのかなーと思って」
素朴な疑問。
「一番風を使いやすい仕事だと思ったからよ」
明快な答え。
「まあ、シエルの初仕事ですもんね。シエルの直感で決めないと」
「……聞いてないわね?」
* * * * *
まあ、そんなこんなで移動した先は、何故か洋裁店。色とりどりの生地が所狭しと
並べられている。店員に訝しがられながらも生地を物色するシエル。エンジュは、こ
んな所で待ち合わせとは珍しい依頼人もいたもんだと、一人通りを眺めていた。
通りの向こうからは何とも言えない香りが漂い、彼女の胃を刺激する。一方通行か
と思う程の人の流れが、チャーハン祭りだのチャーハン魔王だのと噂している。
「エンジュ、こっちに来てくれないと困るんだけど」
「さーっぱり事情が飲み込めませーん」
と言いながらも素直に移動。シエルがいくつかの布をエンジュに押し当て、その中
でも光沢のある白い布を選び、店員に渡す。
「これ、いくら?」
「ええと、長さはどのくらいでしょうか、お切りできますけれども」
「全部よ」
『えっ?』
最後の言葉は声が重なった。店員とエンジュの声だ。
「何よ、ココには買い物に来たの?」
「エンジュ、シダの話聞いてた……?」
お互いに疑問符が飛び交う。店員はオロオロとロール状の生地を抱きかかえてい
る。
「落ち合うのは冒険者の宿。
連絡はギルドから向こうへ行くらしいけど、すぐには無理。
だから先に準備しておきたいモノがあったのよ……」
呆れるシエルに、エンジュも呆れ顔だ。
「なんだ、時間が空いてるんだったら言ってよ。
ここに来てから町中が香ばしい、美味しそうな匂いしてるのに」
くんくん、と鼻を鳴らすエンジュ。確かに、町中が美味しそうな香りに包まれてい
る。
「わかった、行って食べてもいいわエンジュ。ただし」
「何よ」
「今回の仕事は私の計画に従ってもらうからね」
言葉は聞こえているはずなのに、意識の半分以上は匂いに釣られているエンジュ。
「わかってるわかってる、早めに戻るわ」
生返事で足を通りに向けた。
「私の名前で宿を取るから、用が済んだら宿で会いましょう」
後ろからのシエルの言葉は果たして聞こえていたのだろうか?
エンジュの気もそぞろな足取りを不安に思いながらも、シエルはもう一度声を掛け
た。
「帰ったら採寸よ! あなたの花嫁衣装を作るんだから!」
依頼者が花嫁側でも花婿側でも両方でも何でもいい。
囮が一人いれば、仕事はやりやすくなるはず。そして自分は日中、肌を晒すのは無
理だ。
エンジュの魅惑的な肢体で会場中を魅了するためには、胸の大胆に空いたドレスが
きっと効果的だろう。ベールは長めに、シルエットはシャープに、ブーケはシンプル
に。
そんな計画の一端も、まだ口にしていない。
本当に大丈夫なのだろうか?
『 易 し い ギ ル ド 入 門 【6】』
~ 易しい仕事の初め方 ~
場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル
NPC:シダ
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依頼書の束を持ってシエルはもう一度シダの元へと戻る。
満面の笑みで応対する獣人に困惑しながらも、一枚の依頼書を指し示す。
「この依頼にするわ」
「じゃあコレで契約成立って事で、依頼は下げておくからね。はい、詳細。
依頼者の方にも連絡入れとくよ。落ち合う場所は『クラウンクロウ』って宿だか
ら。
あと、大丈夫だと思うけど、無理なときには早めに連絡してね。
依頼を他の冒険者に頼むことになるからさ」
シダは一枚の依頼書を別のファイルにしまうと、そこから詳細の書かれた紙を三枚
渡す。他の依頼書は元のファイルにきちんと戻したようだ。
シエルは詳細をめくって首を傾げた。
「書いてなかったけど……期限は?」
「期限がある依頼もあるけどね、この辺は『要相談』ってカンジのやつだから」
そういうと、愛嬌たっぷりにウィンクをするシダ。……獣人の彼がウィンクしたと
ころで、シエルには興味も何もナイのだが。
後ろからエンジュが覆い被さるように抱きついてきて、シダに向かって「しっし
っ」と手を振る。シエルはシエルで大きな胸に押されながら「重っ……」と漏らし
た。
「手続き終わりでしょ。もう連れて行くわよ?」
「ああ、構わないけど……そんなに邪険にしなくてもいいじゃないか」
寂しそうなシダの言葉に返すのは、冷ややかな視線×2。
「シエルに色目使うからよ」
変な誤解をされそうなセリフだが、本人達に恋愛感情はないからだろう、色気が全
く感じられない。ちょっと有名な「肉食エルフ」が本当に女の子に熱を上げているの
なら、そこそこ面白い噂話になるかもしれないが。
(コレだけじゃれてても、全く色気無いからなぁ)
苦笑するシダ。目にした人には彼女たちの関係がすぐに分かるのだ。
噂にも聞かなかったのはそのせいかもしれない。
ギルド支部を後にする彼女たちを、シダは目を細めて見送った。
* * * * *
「それで、結局どれにしたの?」
エンジュが横から詳細の書かれた資料をシエルから取り上げた。
「ええと……依頼者宅の住所と地図でしょ、依頼者の名前と肩書きでしょ、簡単な容
姿でしょ……なにコレ、コレだけ?」
「まあね、おかげで覚えちゃったわ」
エンジュから資料を取り返そうともせずに、シエルはすたすた歩く。置いて行かれ
そうになって、小走りにエンジュが駆け寄った。
連れ立って歩きながら、エンジュは資料に目を走らせる。その資料の冒頭には『結
婚式のどさくさに紛れて依頼人二人を逃亡させる(極秘』と記されていて、黒ずくめ
の相棒との違和感に首を傾げた。
「……で?」
「で……って、依頼者に話聞かなきゃ動けないでしょ」
「じゃなくて、どうしてコレにしたのかなーと思って」
素朴な疑問。
「一番風を使いやすい仕事だと思ったからよ」
明快な答え。
「まあ、シエルの初仕事ですもんね。シエルの直感で決めないと」
「……聞いてないわね?」
* * * * *
まあ、そんなこんなで移動した先は、何故か洋裁店。色とりどりの生地が所狭しと
並べられている。店員に訝しがられながらも生地を物色するシエル。エンジュは、こ
んな所で待ち合わせとは珍しい依頼人もいたもんだと、一人通りを眺めていた。
通りの向こうからは何とも言えない香りが漂い、彼女の胃を刺激する。一方通行か
と思う程の人の流れが、チャーハン祭りだのチャーハン魔王だのと噂している。
「エンジュ、こっちに来てくれないと困るんだけど」
「さーっぱり事情が飲み込めませーん」
と言いながらも素直に移動。シエルがいくつかの布をエンジュに押し当て、その中
でも光沢のある白い布を選び、店員に渡す。
「これ、いくら?」
「ええと、長さはどのくらいでしょうか、お切りできますけれども」
「全部よ」
『えっ?』
最後の言葉は声が重なった。店員とエンジュの声だ。
「何よ、ココには買い物に来たの?」
「エンジュ、シダの話聞いてた……?」
お互いに疑問符が飛び交う。店員はオロオロとロール状の生地を抱きかかえてい
る。
「落ち合うのは冒険者の宿。
連絡はギルドから向こうへ行くらしいけど、すぐには無理。
だから先に準備しておきたいモノがあったのよ……」
呆れるシエルに、エンジュも呆れ顔だ。
「なんだ、時間が空いてるんだったら言ってよ。
ここに来てから町中が香ばしい、美味しそうな匂いしてるのに」
くんくん、と鼻を鳴らすエンジュ。確かに、町中が美味しそうな香りに包まれてい
る。
「わかった、行って食べてもいいわエンジュ。ただし」
「何よ」
「今回の仕事は私の計画に従ってもらうからね」
言葉は聞こえているはずなのに、意識の半分以上は匂いに釣られているエンジュ。
「わかってるわかってる、早めに戻るわ」
生返事で足を通りに向けた。
「私の名前で宿を取るから、用が済んだら宿で会いましょう」
後ろからのシエルの言葉は果たして聞こえていたのだろうか?
エンジュの気もそぞろな足取りを不安に思いながらも、シエルはもう一度声を掛け
た。
「帰ったら採寸よ! あなたの花嫁衣装を作るんだから!」
依頼者が花嫁側でも花婿側でも両方でも何でもいい。
囮が一人いれば、仕事はやりやすくなるはず。そして自分は日中、肌を晒すのは無
理だ。
エンジュの魅惑的な肢体で会場中を魅了するためには、胸の大胆に空いたドレスが
きっと効果的だろう。ベールは長めに、シルエットはシャープに、ブーケはシンプル
に。
そんな計画の一端も、まだ口にしていない。
本当に大丈夫なのだろうか?
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【7】』
~ 依頼人 ~
場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル
NPC:パリス アンジェラ
****************************************************************
「ただいま~!!聞いてよシエル、今公園でチャ-ハン祭が・・・」
エンジュが誘われた香ばしい匂いの先は小さな公園だった。
人だかりの中心で、チャ-ハン魔王なぞと名乗る男たちが、紅生姜チャ-ハンなるものを作っていた。
何から何まで怪しいことこの上なかったが、それはそれ、美味しいものは美味しい。と、ちゃっかり祭に紛れ込んだエンジュは日が暮れるまでチャ-ハンをその胃袋にかきこみ続けた。
祭のフィナーレを見る事なく帰って来たのはお腹がいっぱいになったからではなく、美しい自分の相方と、夕食をとる為であった。
しかし、開いた扉の奥に立っていたのは仮面の美女ではなく、若い男女だった。
突然の乱入者に表情を強張らせ、こちらを見ている。
「あら、ゴメンなさいね。部屋を間違えたみたい」
その男女は、お互いの手を強く絡ませ、その姿には二度と離れるものかという決意が見られた。
まるで駆け落ちの真っ只中にいる恋人たちのようだった。
(ん・・・駆け落ち?)
「ここであってるわよ。エンジュ。扉を閉めて」
そんな二人の奥から、聞き慣れた声がする。
立ち上がったシエルは二人の脇を擦り抜け、エンジュを室内に招いた。
「安心してください。彼女は私の友人で腕の良いハンターよ。今回の依頼では彼女も協力してくれます」
「え?」
お願いしますと頭を下げる二人に、エンジュは途方に暮れながらシエルを見た。
「ねぇ。この人たちって・・・」
「私の依頼主よ。事態は急を要してるみたい。シダ君が連絡したら、向こうがすぐに会いたいって」
「で?依頼の内容は何なの」
ただの駆け落ちならば、自分達で勝手にすれば良い。
家族や世間体や将来を全て投げ捨てるのだ。
他人に頼る方が間違ってる。
おそらく、彼らには、それが出来ない理由があるのだろう。
「全ては僕が不甲斐ないせいなんです」
パリスと名乗った男が口を開いた。
パリス・ヴァデラッシュ――書類に書かれた依頼人の名前は確かそう記されていた。
「僕は学院の調査員をしています。調査に出かけたオフィ砂漠で遭難している所を彼女に助けられたのが出会いでした。僕とアンジェラは恋に落ち、長老にも認められた仲になりました」
ほっそりとした体格に知的な雰囲気を纏ったパリスはいかにもソフィニア男という様子で、エンジュから見るとどうも頼りなく映る。
うなだれているから余計そう見えるのかもしれない。
一方、彼の横にそっと寄り添うアンジェラは、エンジュよりも背の高い美女で、黒く癖のある長い髪を背中まで伸ばし、吊り上った黒い目がじっと観察するように自分たちに向けられている。
実際はかなり気の強い性格なのが一目でわかった。
「オフィ砂漠の長老と言うと、アンジェラさんは砂漠の民なのかしら・・・?」
シエルが怪訝そうな顔でたずねた。
「そうです。彼女は砂漠の民"ジグラッド"なのです」
パリスが渋い顔で頷く。
エンジュは、何かに気がついたらしいシエルの横顔を眺めながら説明を待った。
「そして、我がヴァデラッシュ家は代々イムヌス教のパトリアルシュ(族長)の議長を務めている家系なのです」
「イムヌスとジグラッドねぇ・・・」
「で、何で駄目なのよ?」
イムヌス教については、エンジュも何となくは耳にしているが、エルフという外見上、彼らとかかわった事は殆どなかった。
砂漠の民と、イムヌス教には何か確執でもあるのだろうか。
「もう、日が暮れますね」
パリスが、窓の外をみてポツリといった。
「だから何なのよ?」
アンジェラが、パリスの腕から離れ、窓際へと足を運んだ。
その黒い髪が体全体を覆ってゆく。
顔の横にあったはずの耳が次第に伸びてゆき、頭上でピンと立ち上がった。
シダの姿とは全く違う、美しく、しなやかな体躯の黒い獣人がゆっくりと振り返った。
「我々、ジグラッドの民はイムヌスに迫害された人狼の一族です」
初めて耳にしたアンジェラの声は低いが落ち着いたものだった。
夜空を背負う人狼の姿は美しかったが、確かに聖職につく家族が許すはずもない。
「でも、長老には許可をもらってるんでしょ?さっさと何処か違う場所で二人で暮らせばよいじゃない」
「もちろん。そうしようと思いました。しかし、父は僕らより上手で、僕たちの結婚を反対すると同時に、僕に別の婚約者を作ったのです。婚約者の名は、ベルベット・ローデ。僕と同じく魔術学院に所属する魔女です」
パリスの口にした「魔女」と言う言葉は、同じ魔法使いが口にすると随分と違和感があった。
しかし、パリス曰く、ベルベッドは実に魔女と呼ぶにふさわしい性格の持ち主らしい。
「ベルベッドは僕を愛しているわけじゃない。父が約束した研究資金が欲しいだけなのです。そして、僕らが逃げないようにパティーを奪った」
「パティー?」
「魔法生物と呼ばれる私の大事な半身です」
絶えず姿を変える砂漠で移動する集落の位置を掴むには、その魔法生物が不可欠だという。
「アンジェラが生まれた時から共にいるパティを見捨てて逃げることなんて出来ません。それに、魔法生物の研究をしているあの女が、パティーを実験体として使うとも限らない。ベルベッドは僕が彼女と結婚すれば、無事にパティーは返すと言っているのですが・・・」
結婚式まで後2週間。
"パリスとベルベッドの結婚式までにパティーを奪還する。または家族にアンジェラとの結婚を認めさせる"
それがシエルに与えられた初めての依頼だった。
『 易 し い ギ ル ド 入 門 【7】』
~ 依頼人 ~
場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル
NPC:パリス アンジェラ
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「ただいま~!!聞いてよシエル、今公園でチャ-ハン祭が・・・」
エンジュが誘われた香ばしい匂いの先は小さな公園だった。
人だかりの中心で、チャ-ハン魔王なぞと名乗る男たちが、紅生姜チャ-ハンなるものを作っていた。
何から何まで怪しいことこの上なかったが、それはそれ、美味しいものは美味しい。と、ちゃっかり祭に紛れ込んだエンジュは日が暮れるまでチャ-ハンをその胃袋にかきこみ続けた。
祭のフィナーレを見る事なく帰って来たのはお腹がいっぱいになったからではなく、美しい自分の相方と、夕食をとる為であった。
しかし、開いた扉の奥に立っていたのは仮面の美女ではなく、若い男女だった。
突然の乱入者に表情を強張らせ、こちらを見ている。
「あら、ゴメンなさいね。部屋を間違えたみたい」
その男女は、お互いの手を強く絡ませ、その姿には二度と離れるものかという決意が見られた。
まるで駆け落ちの真っ只中にいる恋人たちのようだった。
(ん・・・駆け落ち?)
「ここであってるわよ。エンジュ。扉を閉めて」
そんな二人の奥から、聞き慣れた声がする。
立ち上がったシエルは二人の脇を擦り抜け、エンジュを室内に招いた。
「安心してください。彼女は私の友人で腕の良いハンターよ。今回の依頼では彼女も協力してくれます」
「え?」
お願いしますと頭を下げる二人に、エンジュは途方に暮れながらシエルを見た。
「ねぇ。この人たちって・・・」
「私の依頼主よ。事態は急を要してるみたい。シダ君が連絡したら、向こうがすぐに会いたいって」
「で?依頼の内容は何なの」
ただの駆け落ちならば、自分達で勝手にすれば良い。
家族や世間体や将来を全て投げ捨てるのだ。
他人に頼る方が間違ってる。
おそらく、彼らには、それが出来ない理由があるのだろう。
「全ては僕が不甲斐ないせいなんです」
パリスと名乗った男が口を開いた。
パリス・ヴァデラッシュ――書類に書かれた依頼人の名前は確かそう記されていた。
「僕は学院の調査員をしています。調査に出かけたオフィ砂漠で遭難している所を彼女に助けられたのが出会いでした。僕とアンジェラは恋に落ち、長老にも認められた仲になりました」
ほっそりとした体格に知的な雰囲気を纏ったパリスはいかにもソフィニア男という様子で、エンジュから見るとどうも頼りなく映る。
うなだれているから余計そう見えるのかもしれない。
一方、彼の横にそっと寄り添うアンジェラは、エンジュよりも背の高い美女で、黒く癖のある長い髪を背中まで伸ばし、吊り上った黒い目がじっと観察するように自分たちに向けられている。
実際はかなり気の強い性格なのが一目でわかった。
「オフィ砂漠の長老と言うと、アンジェラさんは砂漠の民なのかしら・・・?」
シエルが怪訝そうな顔でたずねた。
「そうです。彼女は砂漠の民"ジグラッド"なのです」
パリスが渋い顔で頷く。
エンジュは、何かに気がついたらしいシエルの横顔を眺めながら説明を待った。
「そして、我がヴァデラッシュ家は代々イムヌス教のパトリアルシュ(族長)の議長を務めている家系なのです」
「イムヌスとジグラッドねぇ・・・」
「で、何で駄目なのよ?」
イムヌス教については、エンジュも何となくは耳にしているが、エルフという外見上、彼らとかかわった事は殆どなかった。
砂漠の民と、イムヌス教には何か確執でもあるのだろうか。
「もう、日が暮れますね」
パリスが、窓の外をみてポツリといった。
「だから何なのよ?」
アンジェラが、パリスの腕から離れ、窓際へと足を運んだ。
その黒い髪が体全体を覆ってゆく。
顔の横にあったはずの耳が次第に伸びてゆき、頭上でピンと立ち上がった。
シダの姿とは全く違う、美しく、しなやかな体躯の黒い獣人がゆっくりと振り返った。
「我々、ジグラッドの民はイムヌスに迫害された人狼の一族です」
初めて耳にしたアンジェラの声は低いが落ち着いたものだった。
夜空を背負う人狼の姿は美しかったが、確かに聖職につく家族が許すはずもない。
「でも、長老には許可をもらってるんでしょ?さっさと何処か違う場所で二人で暮らせばよいじゃない」
「もちろん。そうしようと思いました。しかし、父は僕らより上手で、僕たちの結婚を反対すると同時に、僕に別の婚約者を作ったのです。婚約者の名は、ベルベット・ローデ。僕と同じく魔術学院に所属する魔女です」
パリスの口にした「魔女」と言う言葉は、同じ魔法使いが口にすると随分と違和感があった。
しかし、パリス曰く、ベルベッドは実に魔女と呼ぶにふさわしい性格の持ち主らしい。
「ベルベッドは僕を愛しているわけじゃない。父が約束した研究資金が欲しいだけなのです。そして、僕らが逃げないようにパティーを奪った」
「パティー?」
「魔法生物と呼ばれる私の大事な半身です」
絶えず姿を変える砂漠で移動する集落の位置を掴むには、その魔法生物が不可欠だという。
「アンジェラが生まれた時から共にいるパティを見捨てて逃げることなんて出来ません。それに、魔法生物の研究をしているあの女が、パティーを実験体として使うとも限らない。ベルベッドは僕が彼女と結婚すれば、無事にパティーは返すと言っているのですが・・・」
結婚式まで後2週間。
"パリスとベルベッドの結婚式までにパティーを奪還する。または家族にアンジェラとの結婚を認めさせる"
それがシエルに与えられた初めての依頼だった。