PC:レオンハルト
NPC:アナスタシア ユリアン
場所:シカラグァ連合王国・直轄領
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「アナ様に何をした!?」
開口一番、凄い剣幕で怒鳴られた。
「こっちがされたんだクソガキ!」
大人げなくもやけくそ気味に大声で応戦する。
この声変わりも終わっていない子供が部屋に入ってきたのは、何かの薬湯を持って
のことだった。あの女が御前試合とやらを見に行くとかで、他の見合い相手を引き連
れて出かけたのが少し前。これ以上のチャンスがあるか?と逃げる算段をしていたそ
んなとき、重々しく扉が開いたのだった。
無言で部屋に入ってきて、無言でテーブルにトレイを置いて。
向き直って開口一番がコレだ。訳が分からない。
「アナ様にオッサンが似合わないって事くらい分かるだろ!!」
「知るか!!」
まったく迷惑な話である。
望まないことに巻き込まれた挙げ句に逆恨み。冗談じゃない。
多分、いろんな事が限界だったのだと思う。
普段なら相手にもしないような、自分の半分かそれ以下の年齢の子供に向かって怒
鳴り散らし、相手も引かないモノだから双方の息が切れるまで続け、
「はぁ、はぁ、はぁ……って、オマエ何者だ」
そこへ来て初めて、相手の名前すら知らないことに気付く。
「アナ様の……相談役にして、はぁ、はぁ、宮廷魔術師見習いのユリアンだ!!」
肩で息をしながら威勢のいい返事が返ってくる。
なるほど、よく見ると魔術師っぽい服装の様な気もする。
「相談役って暇つぶし相手だろ。見習いごときがデカイ口叩くなよ」
息を整え、水差しに手を延ばす。喉が渇いて痛いくらいだ。
「大魔術師ローウェン様の弟子をナメるなよっ! 私は大事な薬草集めだって言い使
っているんだぞ!」
何かが、引っかかった。水差しに延ばした手が止まる。
「ほう……そりゃえらい下働きだな。小間使いか?」
止めた手をなんとかもう一度動かし、何事もなかったように水を飲む。
「ローウェン様は凄い方なんだ。私はその薬を作る手伝いもしているんだ」
得意げに胸を張るそのガキに、オレの不幸もお前達のせいかと怒りを憶える。……
が、何とか自制。もう一杯水を飲んでから、ふふんと見下してやる。
「手伝ったところで極秘の新薬だろ? 作り方も分からないクセに威張るなよ」
身長差が頭二つ分くらいはあるだろうか。その高低差で見下ろすとそれなりの威圧
感があるはずなのに、相手は怯みもしない。
「……ふっふっふっふっふ」
肩を揺らし笑う様は子供らしくなくて滑稽だったが、その次の言葉が吹き出そうと
する顔を凍り付かせた。
「ローウェン様のレシピの控えを持っているのはボクだけなんですよ~?
もちろん解毒薬のレシピだって持ってるんですから」
この子は自分が機密を漏らしたことに気付いているのだろうか?
利害の一致だ。
このガキは俺があの女に近づくのを嫌い、俺はあの女から逃げたいと思っている。
だから。
「……頼みがある」
まじめな顔でそう言った。
「お前の話など信用できるモノか」
そう横を向くガキに、言葉を続ける。
「誤解があるようだが、俺は彼女と結婚するつもりなどない。ここにいるのは薬を盛
られたからだ。出来ればここから出て、一生彼女と合わない生活が送りたいと思って
いる」
「……」
ガキの動きが止まった。
「だからここから逃げる手伝いをして欲しい。利害は一致するだろう?」
なるべくトゲのないように。出来るだけ声をひそめて。
「……話を聞こう。き、聞くだけだぞ!?」
少しの沈黙の後、宮廷魔術師見習い様は手近な椅子に腰掛けた。
事情を簡潔に説明する。
元々見合いには乗り気ではなかったこと。何故か理由はよく分からないが気に入ら
れてしまったらしいこと。そして、自分を帰さないために新薬を盛られたこと。
彼女に迫られたことは敢えて伏せておいた。神経を逆なでするだろうとの配慮から
だが、詳細を説明しようにも子供には刺激が強すぎる。聞かれると困るというのが本
当のところかもしれない。
「……信じられないね」
そう言いながらも、声は半分以上信じかけていた。もしかすると新薬を持ち出すよ
うに頼まれたのはこの子だったのかもしれない。
「じゃあ……そうだな。ちょっと手、貸してみろ」
指の関節付近に小さな切り傷を見つけたのだ。よく見ると手の甲にも無数の傷があ
る。
こちらから手を延ばすと反射的に手を隠し、真っ赤になってだれも聞いていない弁
明を始めた。
「こ、これは今朝、実験中にヘマしたりなんかしたんじゃないぞ!」
自分からやったと言っているようなモノだ。
「いいから貸せ。証拠を見せてやる」
強引に手を引き寄せ、一か八か舐めてみる。
何を? 勿論相手の手の甲だ。好いた相手でもない子供相手に何をやっているんだ
か。
相手が体を硬直させるのが分かったが、そんなことに構っていられない。
「!?」
思った通り、舐めた部分の傷が治っていた。
深い傷で効果があるかはしらないが、この程度の浅い擦り傷には有効らしい。
「あの猫に舐められた。それ以来味覚がおかしいからそういうことなんだろう」
手を無造作に放り出すと、それだけ言った。
顔を真っ赤にしてこちらを睨むこの子に真意は通じただろうか?
「あ、あんたはすぐに出て行くべきだ!!」
あーああ、涙目になっている。が、構ってられるか。
「解毒薬があるんだろ? 逃げるのとその薬を手に入れるために協力者が必要だ」
目を見て、真剣な声色で。
こっちは命が掛かっているのだ。子供だからって容赦してられるか!
「……わかった。部屋を出て見張りの気を逸らすからその間に……」
道順の説明が始まる。
何度も頭の中で反芻しながら、二人は同時に頷いた。
† † † † † † † † †
部屋を出たその子は、扉の前に見張りに声をかけた。
「申し訳ありませんが、アナ様のお部屋の模様替えを頼まれているのです。家具など
私では動かせませんから、あなた方の協力を仰ぐようにと……」
勿論扉はまだ閉まりきっていない。というか、声が聞こえるように扉に物を挟んで
隙間を開けているのだが。
「しかし、交代の者が来ないことには……」
「アナ様のお帰りまでに間に合わなければお叱りを受けてしまいます。薬でしばらく
は眠っているでしょうから今のうちに頼みたいのです」
しばらくのやりとりの後、廊下の向こうへ足音が遠ざかっていく。
焦る心を抑えつつ、音が聞こえなくなるまで待ってからそっと扉を開けた。
誰もいない。
(よしっ)
音がしないよう、慎重に扉を閉める。
部屋を覗き見たくらいでは逃げ出したことに気付かれないように、上着も壁に掛け
たままにしてきた。ベッドには詰め物までしてある。靴を片手に薄着なのは何とも心
許ないが、今は贅沢を言っていられない。
道順は暗唱できるほど完璧に記憶済み。彼らが去った反対の方角へ素足で走る。靴
を手に持っているのは、音の響きやすいこの廊下対策だ。冷たかろうと我慢我慢。
これであの子と合流し、薬をもらってさようなら。
上手くいくことを祈るしかない。
(上手くやってくれよ……アナ様のためなんだからな)
声に出さずにそう祈る。自分は見つからないことに力を注ぐ必要があるのだ。
† † † † † † † † †
一部の関係者しか通らない廊下を駆け抜け、更に薄暗い北側へと回り込む。
あの子供の情報によると、この通路は魔術師とその弟子しか使わないらしい。魔術
師達に提供されている研究棟への通路だかららしいのだが……。
(……何故誰もいない?)
途中、所々に隠れながら、周りの気配を窺いつつ進んでいるのだが。
(こんなに上手く行っていいのか?)
誰もこの廊下を通らないのだ。
普段もあまり使われておらず、殆ど自分専用の道だとあの子は自慢していたが、そ
れにしてもこう上手くいくと勘繰りたくなるではないか。
そう、あの女に躍らされているのではないかと。
(……あの女ならやりかねないが、この機会を逃せば次はないだろうし……)
それでも自分には道がないのだ。やるしかない。
子供の指示した部屋まではもうすぐだ。
† † † † † † † † †
結局、狭く物の多い部屋で半日近く待たされた。日が傾いてきている。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
盛大に溜め息も出るというものだ。
おそらく本当に模様替えをやっていたのだろう。戻ってきた子供はすまなそうに、
そして疲れた笑顔で紙袋を差し出した。
「予定よりずいぶん待たせて悪かった。夕飯は部屋で取るからと、夕飯分と夜食分を
詰めてもらったんだ。食べていいよ」
ぐぅ。図ったかのように腹の虫が鳴く。こんな時でも腹は減るらしい。
「……すまん」
「いいって」
二人で黙々とサンドイッチを食う。
飲み物はフラスコと漏斗でコーヒーを入れてもらった。なかなか美味だ。
「で、薬の方は?」
「うん、その事なんだけど……」
言いづらそうな語尾の濁し方に、イヤな予感がする。
が、相手が切り出すまで根気強く待った。ああ、勘違いでありますように。
「……薬が持ち出されてた。材料も揃ってない」
やっぱりか。あのお姫様に躍らされていたというのか?
「で、でも、レシピはあるよ。材料と分量を書いたメモをあげる」
そう言って差し出されたメモには、知らない字が踊っていた。
「……読めん」
「あー……古代ナジェイラ語だから」
「そんなもん、読めるか!」
思わず声が大きくなって、慌てて声をひそめる。
「……お前は作れるのか?」
「うん、材料さえ揃えばね。だってコレ調合したのボクだし」
なんだと?
「えーと、偉いお師匠様が新薬作ったんだよな?」
「そうだよ。で、解毒薬はボクが作った。言ってなかったっけ?」
聞いてない。
混乱する頭を抱え、考えを整理する。
「あと必要な材料は幾つくらいあるんだ」
「えーと、コレとコレは買えるとしてもコレは……」
「幾つだ」
「竜の髭と火蜥蜴の牙と銀真珠、かな。あとはどうにか手に入ると思うよ」
「……どれも聞いたことねぇ」
普段全く縁のない名前ばかりだ。なんかもう聞くことすら放棄してしまおうかなと
思ったが、そういうワケにもいかない。
「だろうね。おかげで入手困難。手に入れてくれたら薬作ってあげてもいい」
ぶつぶつ言いながらレシピとにらめっこをする子供の言葉を、聞き逃しはしなかっ
た。
丈夫そうな背負い袋を部屋の片隅から見つけ出し、ついでに革のマントを身に着け
る。雨風にも強そうなそのマントは、クローゼットから拝借した。
「あ、ローウェン様のマント……」
小声の訴えなど聞こえなかったことにする。身支度を整えながら、聞いた。
「そういえばお師匠は?」
「ソフィニアまで出かけてくるって。一月じゃ戻らないと思うよ」
「いつ発った?」
「一昨日かな」
……彼女の陰謀のような気がしてならない。が、逃げないわけには行かないのだ。
「よし、必要な材料を用意してくれ」
「……って、今用意したって作れないよ。材料足りないんだもん」
「そもそも名前を聞いたところで、何処で手に入るか知らないんだぞ」
それもそうかと頷く子供。お前実は騙されやすいだろ、と不憫に思わなくもない。
「じゃあ油紙で包んでおく。お金までは用意できないけど、オジサン頑張ってね」
「オジサン言うな」
木の根やら何かの尻尾やら、丁寧に包んでくれた。持ち運ぶのに不便な材料もある
からと、すりつぶす器具も持たせてくれる。
「じゃあ、二度とアナ様に近づくなよ。こっちから出てここを通れば人に遭わないか
ら」
手を振り送り出そうとするそのこの手首をおもむろに掴んだ。さっきのことを思い
出したのか、ビクッと体を硬直させるその子に、非常な言葉を投げる。
「悪いな、お前にも来てもらう」
「……はぁ!?」
そう言って口を塞ぎ、毛布にくるんで抱え上げた。軽い。じたばた暴れようとして
いるものの、力で敵うはずもなく。
「解毒薬が効いたら、解放してやるよ。あ、後な、男色の気はないから安心しろ」
なんの気休めにもならないなと思いつつ、子供を肩に担ぎ、裏口から脱出した。
NPC:アナスタシア ユリアン
場所:シカラグァ連合王国・直轄領
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「アナ様に何をした!?」
開口一番、凄い剣幕で怒鳴られた。
「こっちがされたんだクソガキ!」
大人げなくもやけくそ気味に大声で応戦する。
この声変わりも終わっていない子供が部屋に入ってきたのは、何かの薬湯を持って
のことだった。あの女が御前試合とやらを見に行くとかで、他の見合い相手を引き連
れて出かけたのが少し前。これ以上のチャンスがあるか?と逃げる算段をしていたそ
んなとき、重々しく扉が開いたのだった。
無言で部屋に入ってきて、無言でテーブルにトレイを置いて。
向き直って開口一番がコレだ。訳が分からない。
「アナ様にオッサンが似合わないって事くらい分かるだろ!!」
「知るか!!」
まったく迷惑な話である。
望まないことに巻き込まれた挙げ句に逆恨み。冗談じゃない。
多分、いろんな事が限界だったのだと思う。
普段なら相手にもしないような、自分の半分かそれ以下の年齢の子供に向かって怒
鳴り散らし、相手も引かないモノだから双方の息が切れるまで続け、
「はぁ、はぁ、はぁ……って、オマエ何者だ」
そこへ来て初めて、相手の名前すら知らないことに気付く。
「アナ様の……相談役にして、はぁ、はぁ、宮廷魔術師見習いのユリアンだ!!」
肩で息をしながら威勢のいい返事が返ってくる。
なるほど、よく見ると魔術師っぽい服装の様な気もする。
「相談役って暇つぶし相手だろ。見習いごときがデカイ口叩くなよ」
息を整え、水差しに手を延ばす。喉が渇いて痛いくらいだ。
「大魔術師ローウェン様の弟子をナメるなよっ! 私は大事な薬草集めだって言い使
っているんだぞ!」
何かが、引っかかった。水差しに延ばした手が止まる。
「ほう……そりゃえらい下働きだな。小間使いか?」
止めた手をなんとかもう一度動かし、何事もなかったように水を飲む。
「ローウェン様は凄い方なんだ。私はその薬を作る手伝いもしているんだ」
得意げに胸を張るそのガキに、オレの不幸もお前達のせいかと怒りを憶える。……
が、何とか自制。もう一杯水を飲んでから、ふふんと見下してやる。
「手伝ったところで極秘の新薬だろ? 作り方も分からないクセに威張るなよ」
身長差が頭二つ分くらいはあるだろうか。その高低差で見下ろすとそれなりの威圧
感があるはずなのに、相手は怯みもしない。
「……ふっふっふっふっふ」
肩を揺らし笑う様は子供らしくなくて滑稽だったが、その次の言葉が吹き出そうと
する顔を凍り付かせた。
「ローウェン様のレシピの控えを持っているのはボクだけなんですよ~?
もちろん解毒薬のレシピだって持ってるんですから」
この子は自分が機密を漏らしたことに気付いているのだろうか?
利害の一致だ。
このガキは俺があの女に近づくのを嫌い、俺はあの女から逃げたいと思っている。
だから。
「……頼みがある」
まじめな顔でそう言った。
「お前の話など信用できるモノか」
そう横を向くガキに、言葉を続ける。
「誤解があるようだが、俺は彼女と結婚するつもりなどない。ここにいるのは薬を盛
られたからだ。出来ればここから出て、一生彼女と合わない生活が送りたいと思って
いる」
「……」
ガキの動きが止まった。
「だからここから逃げる手伝いをして欲しい。利害は一致するだろう?」
なるべくトゲのないように。出来るだけ声をひそめて。
「……話を聞こう。き、聞くだけだぞ!?」
少しの沈黙の後、宮廷魔術師見習い様は手近な椅子に腰掛けた。
事情を簡潔に説明する。
元々見合いには乗り気ではなかったこと。何故か理由はよく分からないが気に入ら
れてしまったらしいこと。そして、自分を帰さないために新薬を盛られたこと。
彼女に迫られたことは敢えて伏せておいた。神経を逆なでするだろうとの配慮から
だが、詳細を説明しようにも子供には刺激が強すぎる。聞かれると困るというのが本
当のところかもしれない。
「……信じられないね」
そう言いながらも、声は半分以上信じかけていた。もしかすると新薬を持ち出すよ
うに頼まれたのはこの子だったのかもしれない。
「じゃあ……そうだな。ちょっと手、貸してみろ」
指の関節付近に小さな切り傷を見つけたのだ。よく見ると手の甲にも無数の傷があ
る。
こちらから手を延ばすと反射的に手を隠し、真っ赤になってだれも聞いていない弁
明を始めた。
「こ、これは今朝、実験中にヘマしたりなんかしたんじゃないぞ!」
自分からやったと言っているようなモノだ。
「いいから貸せ。証拠を見せてやる」
強引に手を引き寄せ、一か八か舐めてみる。
何を? 勿論相手の手の甲だ。好いた相手でもない子供相手に何をやっているんだ
か。
相手が体を硬直させるのが分かったが、そんなことに構っていられない。
「!?」
思った通り、舐めた部分の傷が治っていた。
深い傷で効果があるかはしらないが、この程度の浅い擦り傷には有効らしい。
「あの猫に舐められた。それ以来味覚がおかしいからそういうことなんだろう」
手を無造作に放り出すと、それだけ言った。
顔を真っ赤にしてこちらを睨むこの子に真意は通じただろうか?
「あ、あんたはすぐに出て行くべきだ!!」
あーああ、涙目になっている。が、構ってられるか。
「解毒薬があるんだろ? 逃げるのとその薬を手に入れるために協力者が必要だ」
目を見て、真剣な声色で。
こっちは命が掛かっているのだ。子供だからって容赦してられるか!
「……わかった。部屋を出て見張りの気を逸らすからその間に……」
道順の説明が始まる。
何度も頭の中で反芻しながら、二人は同時に頷いた。
† † † † † † † † †
部屋を出たその子は、扉の前に見張りに声をかけた。
「申し訳ありませんが、アナ様のお部屋の模様替えを頼まれているのです。家具など
私では動かせませんから、あなた方の協力を仰ぐようにと……」
勿論扉はまだ閉まりきっていない。というか、声が聞こえるように扉に物を挟んで
隙間を開けているのだが。
「しかし、交代の者が来ないことには……」
「アナ様のお帰りまでに間に合わなければお叱りを受けてしまいます。薬でしばらく
は眠っているでしょうから今のうちに頼みたいのです」
しばらくのやりとりの後、廊下の向こうへ足音が遠ざかっていく。
焦る心を抑えつつ、音が聞こえなくなるまで待ってからそっと扉を開けた。
誰もいない。
(よしっ)
音がしないよう、慎重に扉を閉める。
部屋を覗き見たくらいでは逃げ出したことに気付かれないように、上着も壁に掛け
たままにしてきた。ベッドには詰め物までしてある。靴を片手に薄着なのは何とも心
許ないが、今は贅沢を言っていられない。
道順は暗唱できるほど完璧に記憶済み。彼らが去った反対の方角へ素足で走る。靴
を手に持っているのは、音の響きやすいこの廊下対策だ。冷たかろうと我慢我慢。
これであの子と合流し、薬をもらってさようなら。
上手くいくことを祈るしかない。
(上手くやってくれよ……アナ様のためなんだからな)
声に出さずにそう祈る。自分は見つからないことに力を注ぐ必要があるのだ。
† † † † † † † † †
一部の関係者しか通らない廊下を駆け抜け、更に薄暗い北側へと回り込む。
あの子供の情報によると、この通路は魔術師とその弟子しか使わないらしい。魔術
師達に提供されている研究棟への通路だかららしいのだが……。
(……何故誰もいない?)
途中、所々に隠れながら、周りの気配を窺いつつ進んでいるのだが。
(こんなに上手く行っていいのか?)
誰もこの廊下を通らないのだ。
普段もあまり使われておらず、殆ど自分専用の道だとあの子は自慢していたが、そ
れにしてもこう上手くいくと勘繰りたくなるではないか。
そう、あの女に躍らされているのではないかと。
(……あの女ならやりかねないが、この機会を逃せば次はないだろうし……)
それでも自分には道がないのだ。やるしかない。
子供の指示した部屋まではもうすぐだ。
† † † † † † † † †
結局、狭く物の多い部屋で半日近く待たされた。日が傾いてきている。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
盛大に溜め息も出るというものだ。
おそらく本当に模様替えをやっていたのだろう。戻ってきた子供はすまなそうに、
そして疲れた笑顔で紙袋を差し出した。
「予定よりずいぶん待たせて悪かった。夕飯は部屋で取るからと、夕飯分と夜食分を
詰めてもらったんだ。食べていいよ」
ぐぅ。図ったかのように腹の虫が鳴く。こんな時でも腹は減るらしい。
「……すまん」
「いいって」
二人で黙々とサンドイッチを食う。
飲み物はフラスコと漏斗でコーヒーを入れてもらった。なかなか美味だ。
「で、薬の方は?」
「うん、その事なんだけど……」
言いづらそうな語尾の濁し方に、イヤな予感がする。
が、相手が切り出すまで根気強く待った。ああ、勘違いでありますように。
「……薬が持ち出されてた。材料も揃ってない」
やっぱりか。あのお姫様に躍らされていたというのか?
「で、でも、レシピはあるよ。材料と分量を書いたメモをあげる」
そう言って差し出されたメモには、知らない字が踊っていた。
「……読めん」
「あー……古代ナジェイラ語だから」
「そんなもん、読めるか!」
思わず声が大きくなって、慌てて声をひそめる。
「……お前は作れるのか?」
「うん、材料さえ揃えばね。だってコレ調合したのボクだし」
なんだと?
「えーと、偉いお師匠様が新薬作ったんだよな?」
「そうだよ。で、解毒薬はボクが作った。言ってなかったっけ?」
聞いてない。
混乱する頭を抱え、考えを整理する。
「あと必要な材料は幾つくらいあるんだ」
「えーと、コレとコレは買えるとしてもコレは……」
「幾つだ」
「竜の髭と火蜥蜴の牙と銀真珠、かな。あとはどうにか手に入ると思うよ」
「……どれも聞いたことねぇ」
普段全く縁のない名前ばかりだ。なんかもう聞くことすら放棄してしまおうかなと
思ったが、そういうワケにもいかない。
「だろうね。おかげで入手困難。手に入れてくれたら薬作ってあげてもいい」
ぶつぶつ言いながらレシピとにらめっこをする子供の言葉を、聞き逃しはしなかっ
た。
丈夫そうな背負い袋を部屋の片隅から見つけ出し、ついでに革のマントを身に着け
る。雨風にも強そうなそのマントは、クローゼットから拝借した。
「あ、ローウェン様のマント……」
小声の訴えなど聞こえなかったことにする。身支度を整えながら、聞いた。
「そういえばお師匠は?」
「ソフィニアまで出かけてくるって。一月じゃ戻らないと思うよ」
「いつ発った?」
「一昨日かな」
……彼女の陰謀のような気がしてならない。が、逃げないわけには行かないのだ。
「よし、必要な材料を用意してくれ」
「……って、今用意したって作れないよ。材料足りないんだもん」
「そもそも名前を聞いたところで、何処で手に入るか知らないんだぞ」
それもそうかと頷く子供。お前実は騙されやすいだろ、と不憫に思わなくもない。
「じゃあ油紙で包んでおく。お金までは用意できないけど、オジサン頑張ってね」
「オジサン言うな」
木の根やら何かの尻尾やら、丁寧に包んでくれた。持ち運ぶのに不便な材料もある
からと、すりつぶす器具も持たせてくれる。
「じゃあ、二度とアナ様に近づくなよ。こっちから出てここを通れば人に遭わないか
ら」
手を振り送り出そうとするそのこの手首をおもむろに掴んだ。さっきのことを思い
出したのか、ビクッと体を硬直させるその子に、非常な言葉を投げる。
「悪いな、お前にも来てもらう」
「……はぁ!?」
そう言って口を塞ぎ、毛布にくるんで抱え上げた。軽い。じたばた暴れようとして
いるものの、力で敵うはずもなく。
「解毒薬が効いたら、解放してやるよ。あ、後な、男色の気はないから安心しろ」
なんの気休めにもならないなと思いつつ、子供を肩に担ぎ、裏口から脱出した。
PR
PC:レオン、ピエール
場所:シカラグァ直轄領
NPC:ユリアン
--------------------------------------------------------------------------------
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
盛大な溜息を吐きながらレオンは走っていた。身じろぎ一つしないとは言え人一人を肩
に背負い、よく分からない薬の素材やら簡単な身の回りの品も合わせるとやはりそれなり
に重量がある。それでもなおレオンが走らなければいけない理由は、彼の約10mほど後
ろにあった。
「待てー!」
「こっちに逃げたぞ、追えー!」
「逃がすなー!」
王宮を護る警備兵にしては数が少ない気もしたが、何かの事情で追っ手が減っているな
らそれはそれで好都合な事だ。深くは考えない事にしてレオンはただ走る。
影に潜み追っ手を隠れてやりすごし、あるいは見つからないように息を潜めながら移動
したりしつつレオンは出来るだけ人が居ない方へ居ない方へと進んでいく。
気が遠くなるほどの時間――実際には一時間程だが――を経て、レオンはようやく裏門
へたどり着く事ができた。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
物陰で一息吐くレオン。気を取り直して顔をあげると、ちょうど裏門を見て戻ってきた
らしい警備兵と目がばったりこんにちわ。
「いたぞおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「冗談だろこんな展開っ!?」
警備兵が叫びをあげるのと同時に裏門に向けて一目散に駆け出す。
街にでる事ができれば身を隠す場所も増えいくらでも追っ手をごまかす事もできようが、
大荷物とすぐ後ろにいる警備兵がそれを阻む。
「いい加減にしろよまったく……!!」
どうやって追っ手を振り切ろうか考えるレオン。そんな彼の視界の中で裏門がどんどん
と大きくなっていく。いるはずの門兵も何故か見当たらない、どちらにしても駆け抜ける
しかないが、その後はどうする?
焦りばかりが募っていくこの状況で、何か救いはないかとと張り巡らしていた感覚に響
いた音があった。
カッカッカッカッ
ガラガラガラガラ
蹄鉄が石畳を刻む音とそれに付随する車輪の音。それがなんの音かを確信したレオンの
目の前にまさにそれが姿を現す。二頭立ての馬車――それも、都合がいい事に後ろからさ
っと乗り込めるタイプの幌馬車。人が走るよりも少し早い程度の速度で走っている馬車に
通りすがりざまに荷物を放り込み、ついで自分も飛び乗る。
追っ手達が裏門にたどり着く頃にはもう馬車は宵闇の中に消え、逃亡者の姿は影も形も
見えなくなっていた。
「やれやれ、なんとか抜け出すまでは上手くいったか」
御者席との間にも捲れるようにはなっているものの幌が下がっており、とりあえず御者
が自分達に気付いた様子はない。
一息ついたレオンはとりあえず簀巻きにしていたユリアンを開放する事にした。神経が
太いのかなんなのか、すぴーとかいう寝息を立てているのが妙に腹立たしい。剥ぎ取った
毛布を羽織って、幌を支える柱に背を預けると疲れがでたのか眠気がこみ上げて来た。も
しかしたら隣で気持ちよさそうに寝てるヤツがいるのがいけないのかも知れない。
ごとごと ごとごと
ゆったりとした馬車のリズムという駄目押しを受け、レオンはいつの間にか眠りへと落
ちていった。
★☆◆◇†☆★◇◆
「あの、本当にこの馬車でよろしいのですか?長期ですとかなりお値段張りますけど」
レオンとユリアンが馬車に乗り込む数時間前、シカラグァ直轄領に古くから軒を並べる
老舗貸し馬車屋『天馬の駆け足』はかつてないほど珍妙な事態を迎えていた。
「うむ、それで頼む。代金はこちらの方が支払ってくれる事になっているハズでな」
何故かフル装備で店に現れた自称騎士。所属する騎士団は橙の国のものと言うのですぐ
には確認が取れず、仮にホンモノだとしても何故従者ではなく本人が、しかもフル装備で
馬車を仮に来るのか。
さらにはこの店が保有する馬車の中でももっとも値が張る、サスペンションを搭載し快
適性を追及、さらには幌に強化呪法を施し雨でも火でも矢でも大丈夫な仕様になっている
上流階級がお忍びで旅行する時に使うような超高級仕様幌馬車を可能な限り長く借りたい
とまでいいだす始末。
それだけなら、まだよかったのだ。
「……失礼ですが、これをどちらで手に入れられましたか?」
問題なのは、支払いの段階で彼が差し出した一枚の紙。非公式ではあるが代金を王家の
方で負担する事が記されており、最後にはアナスタシアと署名まで入っている。ホンモノ
ならいいが、もし偽物だった場合は下手をすると処罰されてもおかしくはない。
「あまり詳しくは話せないのだが……是非にと頼まれごとをしてな、その時に受け取った
のだ」
……結局、店主はその自称騎士の言う事を信じて馬車を貸す事にした。結果として王家
と直接的なコネを持つ事になったこの店はますます繁栄する事になるのだが、それはまた
別のお話。
馬車を借りる事に成功したピエールは、荷物を詰めて裏門から少し離れた外壁沿いのと
ころで待機。
後は裏庭の様子を見通せる部屋で状況を見守っていたアナスタシア付きのメイドがタイ
ミングを見計らってピエールにカンテラで合図を送り、なんとか無事合流する事ができた
のだった。
場所:シカラグァ直轄領
NPC:ユリアン
--------------------------------------------------------------------------------
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
盛大な溜息を吐きながらレオンは走っていた。身じろぎ一つしないとは言え人一人を肩
に背負い、よく分からない薬の素材やら簡単な身の回りの品も合わせるとやはりそれなり
に重量がある。それでもなおレオンが走らなければいけない理由は、彼の約10mほど後
ろにあった。
「待てー!」
「こっちに逃げたぞ、追えー!」
「逃がすなー!」
王宮を護る警備兵にしては数が少ない気もしたが、何かの事情で追っ手が減っているな
らそれはそれで好都合な事だ。深くは考えない事にしてレオンはただ走る。
影に潜み追っ手を隠れてやりすごし、あるいは見つからないように息を潜めながら移動
したりしつつレオンは出来るだけ人が居ない方へ居ない方へと進んでいく。
気が遠くなるほどの時間――実際には一時間程だが――を経て、レオンはようやく裏門
へたどり着く事ができた。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
物陰で一息吐くレオン。気を取り直して顔をあげると、ちょうど裏門を見て戻ってきた
らしい警備兵と目がばったりこんにちわ。
「いたぞおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「冗談だろこんな展開っ!?」
警備兵が叫びをあげるのと同時に裏門に向けて一目散に駆け出す。
街にでる事ができれば身を隠す場所も増えいくらでも追っ手をごまかす事もできようが、
大荷物とすぐ後ろにいる警備兵がそれを阻む。
「いい加減にしろよまったく……!!」
どうやって追っ手を振り切ろうか考えるレオン。そんな彼の視界の中で裏門がどんどん
と大きくなっていく。いるはずの門兵も何故か見当たらない、どちらにしても駆け抜ける
しかないが、その後はどうする?
焦りばかりが募っていくこの状況で、何か救いはないかとと張り巡らしていた感覚に響
いた音があった。
カッカッカッカッ
ガラガラガラガラ
蹄鉄が石畳を刻む音とそれに付随する車輪の音。それがなんの音かを確信したレオンの
目の前にまさにそれが姿を現す。二頭立ての馬車――それも、都合がいい事に後ろからさ
っと乗り込めるタイプの幌馬車。人が走るよりも少し早い程度の速度で走っている馬車に
通りすがりざまに荷物を放り込み、ついで自分も飛び乗る。
追っ手達が裏門にたどり着く頃にはもう馬車は宵闇の中に消え、逃亡者の姿は影も形も
見えなくなっていた。
「やれやれ、なんとか抜け出すまでは上手くいったか」
御者席との間にも捲れるようにはなっているものの幌が下がっており、とりあえず御者
が自分達に気付いた様子はない。
一息ついたレオンはとりあえず簀巻きにしていたユリアンを開放する事にした。神経が
太いのかなんなのか、すぴーとかいう寝息を立てているのが妙に腹立たしい。剥ぎ取った
毛布を羽織って、幌を支える柱に背を預けると疲れがでたのか眠気がこみ上げて来た。も
しかしたら隣で気持ちよさそうに寝てるヤツがいるのがいけないのかも知れない。
ごとごと ごとごと
ゆったりとした馬車のリズムという駄目押しを受け、レオンはいつの間にか眠りへと落
ちていった。
★☆◆◇†☆★◇◆
「あの、本当にこの馬車でよろしいのですか?長期ですとかなりお値段張りますけど」
レオンとユリアンが馬車に乗り込む数時間前、シカラグァ直轄領に古くから軒を並べる
老舗貸し馬車屋『天馬の駆け足』はかつてないほど珍妙な事態を迎えていた。
「うむ、それで頼む。代金はこちらの方が支払ってくれる事になっているハズでな」
何故かフル装備で店に現れた自称騎士。所属する騎士団は橙の国のものと言うのですぐ
には確認が取れず、仮にホンモノだとしても何故従者ではなく本人が、しかもフル装備で
馬車を仮に来るのか。
さらにはこの店が保有する馬車の中でももっとも値が張る、サスペンションを搭載し快
適性を追及、さらには幌に強化呪法を施し雨でも火でも矢でも大丈夫な仕様になっている
上流階級がお忍びで旅行する時に使うような超高級仕様幌馬車を可能な限り長く借りたい
とまでいいだす始末。
それだけなら、まだよかったのだ。
「……失礼ですが、これをどちらで手に入れられましたか?」
問題なのは、支払いの段階で彼が差し出した一枚の紙。非公式ではあるが代金を王家の
方で負担する事が記されており、最後にはアナスタシアと署名まで入っている。ホンモノ
ならいいが、もし偽物だった場合は下手をすると処罰されてもおかしくはない。
「あまり詳しくは話せないのだが……是非にと頼まれごとをしてな、その時に受け取った
のだ」
……結局、店主はその自称騎士の言う事を信じて馬車を貸す事にした。結果として王家
と直接的なコネを持つ事になったこの店はますます繁栄する事になるのだが、それはまた
別のお話。
馬車を借りる事に成功したピエールは、荷物を詰めて裏門から少し離れた外壁沿いのと
ころで待機。
後は裏庭の様子を見通せる部屋で状況を見守っていたアナスタシア付きのメイドがタイ
ミングを見計らってピエールにカンテラで合図を送り、なんとか無事合流する事ができた
のだった。
PC:レオン ピエール
NPC:ユリアン
場所:シカラグァ連合王国・直轄領→紫の氏族領(途中の街道沿いの店
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「んがっ」
がくんと馬車が揺れた拍子に目が覚めた。気がつけば日は昇り、幌の隙間か
ら光が差し込んでいる。隣で寝ていたユリアンはというと、気持ちよさそうに
まだ夢の中だ。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
思わず盛大な溜息を吐いて、頭をぼりぼりと掻く。切羽詰っていたとはい
え、小憎たらしいからとはいえ、そもそも子供の誘拐などを計画していたわけ
じゃないのだ。
「お客人、目が覚めましたかの」
幌の向こうで御者から声がかけられる。いつから気付いていたんだろう……
とりあえずユリアンを起こさないように御者台の方へ顔を出した。
「あー、お気付きでしたか」
「ふむ、気付いていないと思われていたとはな。我が名はピエール・ド・カッ
パーダボード卿じゃ。気を楽になされよ」
前を向いたまま馬を操る御者は普通の御者などではなく、まるでドワーフを
思わせる、しかしドワーフにしては大きすぎる不思議な風貌の男だった。
「レオン……です、どうもご親切に」
馬車の造りが半端じゃない。コレは面倒な馬車に転がり込んだものだと軽い
頭痛を覚える。どう考えても貴族専用の高級馬車だ。しかも乗っているのが騎
士風の男一人。何か重要なものを運んだ帰りか、それとも今から取りに行くの
か。どちらにしてもお貴族様と係わり合いになる気はさらさらなかった。
「この馬車はどこへ向かっているのでしょうか」
「うむ、宛があるわけではなくてな。騎士団から長い暇を貰ったゆえ、貴公ら
と共に旅をするのも良いかもしれん」
まるで見覚えの無い景色は、地元へ向かっているわけではなさそうだった。
途中、どこか適当なところで下ろしてもらわねばならないだろう。というか、
こんな胡散臭い出会い方をしたのにこちらを疑いもしないこの人を信用してい
いものだろうか?
「勝手に乗り込んですみません。どこかで止めていただければ、後は二人で歩
きますので」
「いやいや、旅は道連れという言葉がある。わしは意味のある出会いだと思っ
ておるから咎めずに乗せておるのだ」
「はぁ……」
とりあえず、変わり者の騎士であることは分かった。戦場へ赴くのでも無い
のにフルプレートを馬車に積み、馬上槍を加工したような短い槍もすぐに手に
出来るようになのか、御者台の傍に置いている。馬車を転がすときくらいは軽
装で充分だろうに、サーコートを纏うのはソレを由としない人なのだろう。
「えーと、とりあえずの目的地は?」
「この方角だと紫の氏族領だな。旧ナジェイラ氏族領でも第二直轄領でも呼び
やすいように呼べばよい」
確かにありがたい申し出ではある。ユリアンが古代ナジェイラ語でメモを取
っていたように、ナジェイラは古くから知識の集まる都として知られているか
らだ。解毒剤に必要な諸々の採集場所や採集方法が分かるかもしれない。……
が、本当に大丈夫なのだろうか?
「では、目的地も同じ方角のようですし、しばらくお世話になります」
「構わぬ構わぬ。まだ道は長い、ゆっくりするといい」
いざとなればまた逃げることになるかもしれない。一応そのことも考えてお
かなければ。
こうしてレオンはピエール卿との奇妙な旅をすることになったのだった。
すやすや眠るユリアンに許可を得ることもなく……。
「だからどうしてこういうことになってるんですか!!」
ユリアンは憤慨していた。自分を誘拐した相手は、目の前で大欠伸をしてい
る。
「どうしたもこうしたも……お前のメモじゃ解毒剤は作れないだろう」
「だったらご自分で古代ナジェイラ語の勉強でもしたらどうなんです!?」
自分が不覚にも馬車内で爆睡してしまったせいか、恥ずかしさも手伝って声
は自然と大きくなる。
「まあまあ、そう激昂なさるな」
ピエール卿が苦笑した。
「大体ねぇ、貴方も貴方ですよ!このオッサンは誘拐犯なんですからね!!」
「しかし……口の悪い息子だと聞いておるが」
「……騙されてる、貴方は騙されているんですよ!!」
わなわなと震えるユリアン。レオンはいけしゃあしゃあと口を挟んだ。
「ほら、口の悪い息子ですみませんねぇ。学だけはあるが、他の教育を怠った
ようだ」
「ふざけるなよ、オッサン!間違ってもあんたの息子でなんかあるもん
か!!」
「ユリアン、ピエール卿の前でその態度は無いだろう……」
レオンが大げさに溜息をつく。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……昔はそんなこと言わなかったのに」
「ユリアン殿、少々口が過ぎるようだ。レオン殿に失礼だろう」
「騙されてるんだー!貴方は騙されてるー!!」
……このやり取りが半日は続いただろうか。
ユリアンの腹の虫がくぅと鳴いたのは、もう日も傾きかけた頃だった。
「はっはっは、そろそろ飯にしますか」
もうすぐ街道沿いの小さな飯処に辿り着く、いいタイミングだったようだ。
実際、途中にはろくな店もなく、携帯食料の糒(ほしいい)や干し肉を少量
かじっただけである。
「助かります」
ピエール卿には伝えてあるが、文無しの状態で旅に出たのだ。暖かい食事を
奢ってもらえるのはありがたかった。
「お前も店では静かにしろよ」
「作法はちゃんと学んでるよ。オッサンより綺麗に食べるに決まってるだろ」
反目しながらも食事が必要だと判断したらしいユリアンは、レオンを睨み付
けるだけにした。
「はぁい、何になさいますぅー?」
甘い声のウェイトレスは、この異様な三人組にも笑顔を絶やさず接客した。
さすがプロだ。
「三人分の食事を適当に見繕ってくれまいか。あと、馬にも干草を……」
ちなみに馬車はお食事処に併設されている貸し馬屋に預けてある。ここは貸
し馬屋とお食事処に宿屋まで併設した施設らしい。長い街路に店が少なかった
せいか、ソレなりに繁盛しているようだ。
「馬のお世話は馬屋のほうにお任せくださぁい。料理はオススメをお持ちしま
すねぇ!」
フリルの付いたエプロンが流行っているのかもしれない。メニューを持ち、
去っていくウェイトレスの姿はやたらフリフリしていた。
「なんだよ、お前ああいうのが好みか」
水を飲みながらボーっとウェイトレスから目を離さないユリアンに、レオン
がチャチャを入れる。
「ばっ……違いますよ、服に興味があっただけです」
「なんだ、制服フェチか」
「だから違うって言ってるでしょう」
「俺はあんな小娘より、艶っぽい妙齢の女性の方が好みなんだがなぁ……」
言っているうちに悲しくなってきたレオンが肩を落とす。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
「その大げさな溜息、やめた方がいいですよ」
「ほっとけ」
「むぅ、少し静かには出来ないのかね」
なかなか会話が噛み合わないピエール卿。というか、レオンとユリアンの会
話のスピードが速すぎるのだ。会話というよりも切り返しというべきか。何し
ろ相手が言い終わるか終わらないかのうちに返事が帰ってくるのだから。
「まあ、仲良きことは良いことだが」
のんびりペースのピエール卿は、こうやって時々話を挟むだけ。ニコニコと
二人を眺めている。
「……とにかく、私は調べ物が済んだら帰らせてもらうからな!」
「ばーか、誰が調合するんだよ、他にいないだろう」
「そんな事、私には関係ないっ」
「そうか、仕方ないな。お姫さんと結婚するしか道はないのか……」
「それだけは駄目だって!!」
「じゃあ付き合え」
「誘拐しておいて卑怯だぞっ」
「こちらも命がかかってましてね」
物騒な話だが、騒々しい店内では誰も相手にしなかった。……まあ、ピエー
ル卿の言うように仲が良さそうに見えるのか、それとも聞こえなかっただけな
のか。
「お待たせしましたぁ、A定食3つでございまぁす!」
食事の時には臨時休戦。腹が減った二人は黙々と食べ始めた。
「うむ、食事は静かにするものだ」
ピエール卿は一人笑って、いただきます、と手を合わせた。
NPC:ユリアン
場所:シカラグァ連合王国・直轄領→紫の氏族領(途中の街道沿いの店
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「んがっ」
がくんと馬車が揺れた拍子に目が覚めた。気がつけば日は昇り、幌の隙間か
ら光が差し込んでいる。隣で寝ていたユリアンはというと、気持ちよさそうに
まだ夢の中だ。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
思わず盛大な溜息を吐いて、頭をぼりぼりと掻く。切羽詰っていたとはい
え、小憎たらしいからとはいえ、そもそも子供の誘拐などを計画していたわけ
じゃないのだ。
「お客人、目が覚めましたかの」
幌の向こうで御者から声がかけられる。いつから気付いていたんだろう……
とりあえずユリアンを起こさないように御者台の方へ顔を出した。
「あー、お気付きでしたか」
「ふむ、気付いていないと思われていたとはな。我が名はピエール・ド・カッ
パーダボード卿じゃ。気を楽になされよ」
前を向いたまま馬を操る御者は普通の御者などではなく、まるでドワーフを
思わせる、しかしドワーフにしては大きすぎる不思議な風貌の男だった。
「レオン……です、どうもご親切に」
馬車の造りが半端じゃない。コレは面倒な馬車に転がり込んだものだと軽い
頭痛を覚える。どう考えても貴族専用の高級馬車だ。しかも乗っているのが騎
士風の男一人。何か重要なものを運んだ帰りか、それとも今から取りに行くの
か。どちらにしてもお貴族様と係わり合いになる気はさらさらなかった。
「この馬車はどこへ向かっているのでしょうか」
「うむ、宛があるわけではなくてな。騎士団から長い暇を貰ったゆえ、貴公ら
と共に旅をするのも良いかもしれん」
まるで見覚えの無い景色は、地元へ向かっているわけではなさそうだった。
途中、どこか適当なところで下ろしてもらわねばならないだろう。というか、
こんな胡散臭い出会い方をしたのにこちらを疑いもしないこの人を信用してい
いものだろうか?
「勝手に乗り込んですみません。どこかで止めていただければ、後は二人で歩
きますので」
「いやいや、旅は道連れという言葉がある。わしは意味のある出会いだと思っ
ておるから咎めずに乗せておるのだ」
「はぁ……」
とりあえず、変わり者の騎士であることは分かった。戦場へ赴くのでも無い
のにフルプレートを馬車に積み、馬上槍を加工したような短い槍もすぐに手に
出来るようになのか、御者台の傍に置いている。馬車を転がすときくらいは軽
装で充分だろうに、サーコートを纏うのはソレを由としない人なのだろう。
「えーと、とりあえずの目的地は?」
「この方角だと紫の氏族領だな。旧ナジェイラ氏族領でも第二直轄領でも呼び
やすいように呼べばよい」
確かにありがたい申し出ではある。ユリアンが古代ナジェイラ語でメモを取
っていたように、ナジェイラは古くから知識の集まる都として知られているか
らだ。解毒剤に必要な諸々の採集場所や採集方法が分かるかもしれない。……
が、本当に大丈夫なのだろうか?
「では、目的地も同じ方角のようですし、しばらくお世話になります」
「構わぬ構わぬ。まだ道は長い、ゆっくりするといい」
いざとなればまた逃げることになるかもしれない。一応そのことも考えてお
かなければ。
こうしてレオンはピエール卿との奇妙な旅をすることになったのだった。
すやすや眠るユリアンに許可を得ることもなく……。
「だからどうしてこういうことになってるんですか!!」
ユリアンは憤慨していた。自分を誘拐した相手は、目の前で大欠伸をしてい
る。
「どうしたもこうしたも……お前のメモじゃ解毒剤は作れないだろう」
「だったらご自分で古代ナジェイラ語の勉強でもしたらどうなんです!?」
自分が不覚にも馬車内で爆睡してしまったせいか、恥ずかしさも手伝って声
は自然と大きくなる。
「まあまあ、そう激昂なさるな」
ピエール卿が苦笑した。
「大体ねぇ、貴方も貴方ですよ!このオッサンは誘拐犯なんですからね!!」
「しかし……口の悪い息子だと聞いておるが」
「……騙されてる、貴方は騙されているんですよ!!」
わなわなと震えるユリアン。レオンはいけしゃあしゃあと口を挟んだ。
「ほら、口の悪い息子ですみませんねぇ。学だけはあるが、他の教育を怠った
ようだ」
「ふざけるなよ、オッサン!間違ってもあんたの息子でなんかあるもん
か!!」
「ユリアン、ピエール卿の前でその態度は無いだろう……」
レオンが大げさに溜息をつく。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……昔はそんなこと言わなかったのに」
「ユリアン殿、少々口が過ぎるようだ。レオン殿に失礼だろう」
「騙されてるんだー!貴方は騙されてるー!!」
……このやり取りが半日は続いただろうか。
ユリアンの腹の虫がくぅと鳴いたのは、もう日も傾きかけた頃だった。
「はっはっは、そろそろ飯にしますか」
もうすぐ街道沿いの小さな飯処に辿り着く、いいタイミングだったようだ。
実際、途中にはろくな店もなく、携帯食料の糒(ほしいい)や干し肉を少量
かじっただけである。
「助かります」
ピエール卿には伝えてあるが、文無しの状態で旅に出たのだ。暖かい食事を
奢ってもらえるのはありがたかった。
「お前も店では静かにしろよ」
「作法はちゃんと学んでるよ。オッサンより綺麗に食べるに決まってるだろ」
反目しながらも食事が必要だと判断したらしいユリアンは、レオンを睨み付
けるだけにした。
「はぁい、何になさいますぅー?」
甘い声のウェイトレスは、この異様な三人組にも笑顔を絶やさず接客した。
さすがプロだ。
「三人分の食事を適当に見繕ってくれまいか。あと、馬にも干草を……」
ちなみに馬車はお食事処に併設されている貸し馬屋に預けてある。ここは貸
し馬屋とお食事処に宿屋まで併設した施設らしい。長い街路に店が少なかった
せいか、ソレなりに繁盛しているようだ。
「馬のお世話は馬屋のほうにお任せくださぁい。料理はオススメをお持ちしま
すねぇ!」
フリルの付いたエプロンが流行っているのかもしれない。メニューを持ち、
去っていくウェイトレスの姿はやたらフリフリしていた。
「なんだよ、お前ああいうのが好みか」
水を飲みながらボーっとウェイトレスから目を離さないユリアンに、レオン
がチャチャを入れる。
「ばっ……違いますよ、服に興味があっただけです」
「なんだ、制服フェチか」
「だから違うって言ってるでしょう」
「俺はあんな小娘より、艶っぽい妙齢の女性の方が好みなんだがなぁ……」
言っているうちに悲しくなってきたレオンが肩を落とす。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
「その大げさな溜息、やめた方がいいですよ」
「ほっとけ」
「むぅ、少し静かには出来ないのかね」
なかなか会話が噛み合わないピエール卿。というか、レオンとユリアンの会
話のスピードが速すぎるのだ。会話というよりも切り返しというべきか。何し
ろ相手が言い終わるか終わらないかのうちに返事が帰ってくるのだから。
「まあ、仲良きことは良いことだが」
のんびりペースのピエール卿は、こうやって時々話を挟むだけ。ニコニコと
二人を眺めている。
「……とにかく、私は調べ物が済んだら帰らせてもらうからな!」
「ばーか、誰が調合するんだよ、他にいないだろう」
「そんな事、私には関係ないっ」
「そうか、仕方ないな。お姫さんと結婚するしか道はないのか……」
「それだけは駄目だって!!」
「じゃあ付き合え」
「誘拐しておいて卑怯だぞっ」
「こちらも命がかかってましてね」
物騒な話だが、騒々しい店内では誰も相手にしなかった。……まあ、ピエー
ル卿の言うように仲が良さそうに見えるのか、それとも聞こえなかっただけな
のか。
「お待たせしましたぁ、A定食3つでございまぁす!」
食事の時には臨時休戦。腹が減った二人は黙々と食べ始めた。
「うむ、食事は静かにするものだ」
ピエール卿は一人笑って、いただきます、と手を合わせた。
****************************************************************
『 易 し い ギ ル ド 入 門 【1】』
~ 著 チドリッヒ・マリームラ ~
場所 :酒場
NPC:ユークリッド
PC :エンジュ シエル
****************************************************************
『沈没船の引上げ作業 力に自慢のある方急募!!』(・・・向いてない。)
『報酬銀貨100枚 クーロンまで荷物の輸送 詳細は後日○○にて』(怪しすぎ・・・。)
『この猫を探しています 銅貨五枚』(子供の依頼かしら。)
『寂しい老人のお相手 元気な女性募集中 』(・・・・・・・・・。)
* * * * *
港町のダイニング・バー〝海龍の鱗亭〟の自慢は、マスターが海賊時代に手に入れたという龍の鱗の食器である。
といっても、荒くれの海の男どもが集まるこの酒場でその食器が使われる事は殆どない。
壊されるか、盗まれるのがオチだからだ。
マスターがこの食器を使うのは親しい友人か上客が来た時と決まっていた。
または、よほどの美人か―――
「ねぇ、この町に冒険者ギルドの支部ってあるのかしら」
グラスを揺らしながら壁の貼り紙を眺めていた仮面の美女が、隣に座るエルフに話しかけた。
彼女らの他に、客は無い。
既に港町の人々は明日の航海や市の準備の為にベッドでいびきをかいている時刻だった。
彼女らが遅い夕食を摂るハメになったのは「野郎に絡まれるのがイヤなら絶対夜中のほうがいいぜ!」という、もう一人の同行者の忠告からだった。
彼女たちのテーブルに置かれたアジの酢漬けは、鈍く光る青い皿の上に添えられている。
「ン? シエル、何ていったの?」
熱々のチーズリゾットと格闘していたエルフは、仮面の美女の夜風のような囁き声を聞き逃して、慌てて顔を上げた。
彼女はエルフ特有の中性的な顔立ちをしていたが、胸の豊かな膨らみが強烈に性別を主張していた。
「この町に、冒険者ギルドはあるかって、聞いたのよ」
シエルと呼ばれた女性は、歯切れの悪い口調で再び問う。
エルフがまじまじとシエルの顔を覗き込むと、途端に仮面の奥の表情が曇る。
二人は隠れた顔から表情が読み取れる程度に親しい間柄であった。
しかし、エルフは冒険者ギルドに登録している自分ならまだしも、シエルのギルド支部に向かう用事など思い浮かばなかった。
「あ、もしかして誰かに手紙を送りたいとか?」
エルフは、ギルドが郵政事業も受け付けている事を思い出す。
しかし、シエルは「違うわ」と短く彼女の考えを否定する。
「私も、冒険者ギルドに登録しようかと思ってるの」
「フーン。いいんじゃない?」
エルフは途端に興味を失ったフリをして食事を再開した。
何故?とは聞かない。
どうして魔術師ギルドではなく冒険者ギルドなのか、も尋ねない。
彼女はエルフの割には――実際はハーフ・エルフなのだが――人情に厚い性格だったが、それを目の前の仮面の美女が求めている訳ではないと思っていたからだ。
「フーン、って、エンジュそれだけなの?先輩としてのコメントは?」
シエルは面白がってエルフ――エンジュの方に身体を向けた。
現在上から3番目、Bランクに位置するエンジュは、銀色の長い髪を何度かかき上げると、シエルの方を見ず早口で応えた。
「……向いてないとは言わないわよ。頭だって良いし、冷静だし、人を上手く使うしね、パーティ向きってヤツ?でもさぁ、それならさ、何処かの商家とか嫁いで、きりもりしたほうがよっぽど安全だとオモイマス」
何だか語尾がおかしかった。
「それが本音?」
「あ、でも、アナタ人前に顔出すの嫌いだもんね、接客業は向いてないかな。じゃあ、夜の支配者、どこかの金持ちをたぶらかして影から操るの」
「エンジュ」
相手が珍しく困っていることに気がついて、シエルは落ち着いた声で彼女を制した。
「私はまだ何処かに落ち着くつもりはないの。ましてや、故郷に戻るわけにもね」
「それが本音?」
シエルは素直に応えた。
「そうよ」
「・・・・・・二人で美人ハンターとして名を轟かせるのもいいかもしれないわね」
「ユークリッド君っていう、信用の置ける情報屋もいることだしね」
「あいつは美人のマネージメントなら喜んでやるわよ」
エンジュは、そこまで言うと、テーブルに乗っていた全ての料理を一気に平らげた。
先ほどのチーズリゾットはもちろん、タマネギとサーモンのマリネ、海老のパエリヤ、アサリのワイン蒸し、クラムチャウダー…目を丸くするマスターに、エンジュは気前よくコインを投げた。
「美味しかったわよ。ご馳走様」
「その食費で、ギルドに入りたての時でもやってけたの?」
「小さい頃の私は、胃袋も小さかったのよ」
呆れるシエルの視線に、エンジュは納得できるような、出来ないような答えを返した。
「あ、あと登録して仕事を探すならもう少し海から離れた場所にしない?
もう海の幸に飽きちゃったのよね」
****************************************************************
『 易 し い ギ ル ド 入 門 【2】』
~ 冒険者ギルドの基礎知識 ~
場所 :街道
NPC:ユークリッド
PC :エンジュ シエル
****************************************************************
エンジュの希望とユークリッドの薦めにより都会を目指した一行は、ソフィニア方
面へ向かう為、街道を東へと進んでいた。ユークリッドは若干の荷物を手に持ち、シ
エルは背中にリュックらしきモノを背負い、エンジュは両手に焼き鳥と焼きイカ(途
中の露店で買ったらしい)を持って歩いている。
何とも奇妙な一行だ。
「とりあえず、何をすればいいのかしらね?」
そう問いかけるのは、擦れ違う馬車等から胡散臭い視線を投げかけられても気にし
た素振りすら見せない、黒ずくめに白マスクの女・シエル。
コレでも以前に比べれば随分親しみやすい恰好だ、とユークリッドは思う。
以前はシルエットで辛うじて女性と分かる程度の独特の民族衣装だった上、この無
表情なマスクが異彩を放っていたのだから面食らったモノだ。今はもっと動きやすい
服装を身に纏い、颯爽と歩いている。……まあ、見慣れたというのもあるのかもしれ
ないが。
「……ユークリッド君、どうかした?」
シエルの怪訝な声に、ユークリッドは「ああ、とりあえず……」と話を切り出し
た。
「ギルドに登録するなら、ちゃんとしたギルド支部があるところがいいだろうね」
「ちゃんとしていないところもあるの?」
「小さな町では、宿屋や酒場なんかに委託されてたりするからなぁ」
そういうと、情報屋を本職とするユークリッドは、中性的な甘い笑顔をシエルに向
けた。
「こらこら、シエルに色目を使わない!」
エンジュは、目下のお気に入りに笑いかける弟を肘で小突いて、シエルに抱きつ
く。シエルはされるがままにしていたが、一言、ぽつりと言った。
「……エンジュ、アナタが説明してくれないからでしょ」
「えー、もう何年も前の話なんて忘れちゃったに決まってるじゃない」
ケロリと答えるエンジュの回答は、コレが初めてではなかった。それが冒険者ギル
ドでもBランクというのだから、頭を抱えるしかない。
「必要なモノは何かあるのかしら」
「そうだね、身分を証明できるモノがあれば言うことナシ。
まあ、今回は姉さんの推薦がつくから、無くても大丈夫だろうけど。
あとは……ギルド支部で必要事項に記入するんだけど、嘘は書いちゃダメだよ?
バレるとギルドランクを剥奪される上に、下手をすると追っ手が掛かるから」
「まー、物騒ねぇ」
「……姉さん、そのくらいは知っておいてよ……」
そうやって、ユークリッドのギルド入門講座は続く。
「最初は自分で仕事を選ぶのは難しいかもね。実は受付の人次第なんだけど。
受付の人が初心者向けの依頼しか見せてくれないことがあるんだよ」
「……ふぅん」
「信用がモノを言うのは何処でも一緒。
ギルド全体の信用を落とさないためにもココは譲れないよね。で。
初心者向けの仕事を二つ三つこなしたら、初めてギルドランクがつくってワケ」
「つまり、試用期間があるのね」
「そういうコト」
シエルは首を傾げた。
「エンジュの推薦とユークリッド君の色目でどうにかならないの?」
「うわぁ、何か酷いこと考えてる?」
「面倒ねぇ、どうにかしなさいよ」
「姉さんまでそんな無茶を……勘弁してよ、俺の仕事が無くなる……」
ユークリッドの脱力する様子は世の女性の母性なるモノを刺激するのか、次の馬車
は目立つ女性陣に目もくれず、ユークリッドにウットリとした視線を向けているでは
ないか。
エンジュが呆れて弟に拳骨を落とすと、弟は頭を抱えて座り込んだ。
勿論焼きイカはもうなく、片手はがら空きだ。
「痛っ、何するんだよ姉さん!」
「手加減したでしょうが」
「俺は悪くない~」
まあ、いつも通りの光景。
そんなこんなでじゃれあいながら、一行は街を目指す。
「えーと、何だっけ。ああ、仕事仕事」
まだ頭を押さえているユークリッド。さっきのがよっぽど痛かったらしい。
「小さな依頼は下請けの酒場や宿屋を当たった方がいいかもしれない。
小さな町で処理できる分は、その町でしか募集をかけなかったりするからね。
じゃあ、逆はどうかというと、大きな依頼とか広範囲に仕事を探したかったら、
ギルド支部に出向いた方がいいと思うよ。絶対数が多いと選択肢が広がるし」
手を広げながら説明するユークリッドに顔も向けず、シエルは顎に手を当て、思案
顔である。エンジュは露店で買った焼き鳥の串が無くなり、面白くなさそうに串を投
げ捨てた。
「そんな説明後々!
登録しないことには始まらないんでしょ?」
思い切り伸びをする。豊かな胸が、重そうに揺れた。
「まずは大きい街で登録する!
その時に詳しいことは教えてくれるわよ」
「……早く何か食べたいのね?」
「もちろん、それもあるわね」
得意げに笑うエンジュを見ながら、次の街で馬車を借りるのと、立ち寄る町毎に食
費がかかるのとではどちらが安上がりか、シエルは真剣に考えていた。
『 易 し い ギ ル ド 入 門 【2】』
~ 冒険者ギルドの基礎知識 ~
場所 :街道
NPC:ユークリッド
PC :エンジュ シエル
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エンジュの希望とユークリッドの薦めにより都会を目指した一行は、ソフィニア方
面へ向かう為、街道を東へと進んでいた。ユークリッドは若干の荷物を手に持ち、シ
エルは背中にリュックらしきモノを背負い、エンジュは両手に焼き鳥と焼きイカ(途
中の露店で買ったらしい)を持って歩いている。
何とも奇妙な一行だ。
「とりあえず、何をすればいいのかしらね?」
そう問いかけるのは、擦れ違う馬車等から胡散臭い視線を投げかけられても気にし
た素振りすら見せない、黒ずくめに白マスクの女・シエル。
コレでも以前に比べれば随分親しみやすい恰好だ、とユークリッドは思う。
以前はシルエットで辛うじて女性と分かる程度の独特の民族衣装だった上、この無
表情なマスクが異彩を放っていたのだから面食らったモノだ。今はもっと動きやすい
服装を身に纏い、颯爽と歩いている。……まあ、見慣れたというのもあるのかもしれ
ないが。
「……ユークリッド君、どうかした?」
シエルの怪訝な声に、ユークリッドは「ああ、とりあえず……」と話を切り出し
た。
「ギルドに登録するなら、ちゃんとしたギルド支部があるところがいいだろうね」
「ちゃんとしていないところもあるの?」
「小さな町では、宿屋や酒場なんかに委託されてたりするからなぁ」
そういうと、情報屋を本職とするユークリッドは、中性的な甘い笑顔をシエルに向
けた。
「こらこら、シエルに色目を使わない!」
エンジュは、目下のお気に入りに笑いかける弟を肘で小突いて、シエルに抱きつ
く。シエルはされるがままにしていたが、一言、ぽつりと言った。
「……エンジュ、アナタが説明してくれないからでしょ」
「えー、もう何年も前の話なんて忘れちゃったに決まってるじゃない」
ケロリと答えるエンジュの回答は、コレが初めてではなかった。それが冒険者ギル
ドでもBランクというのだから、頭を抱えるしかない。
「必要なモノは何かあるのかしら」
「そうだね、身分を証明できるモノがあれば言うことナシ。
まあ、今回は姉さんの推薦がつくから、無くても大丈夫だろうけど。
あとは……ギルド支部で必要事項に記入するんだけど、嘘は書いちゃダメだよ?
バレるとギルドランクを剥奪される上に、下手をすると追っ手が掛かるから」
「まー、物騒ねぇ」
「……姉さん、そのくらいは知っておいてよ……」
そうやって、ユークリッドのギルド入門講座は続く。
「最初は自分で仕事を選ぶのは難しいかもね。実は受付の人次第なんだけど。
受付の人が初心者向けの依頼しか見せてくれないことがあるんだよ」
「……ふぅん」
「信用がモノを言うのは何処でも一緒。
ギルド全体の信用を落とさないためにもココは譲れないよね。で。
初心者向けの仕事を二つ三つこなしたら、初めてギルドランクがつくってワケ」
「つまり、試用期間があるのね」
「そういうコト」
シエルは首を傾げた。
「エンジュの推薦とユークリッド君の色目でどうにかならないの?」
「うわぁ、何か酷いこと考えてる?」
「面倒ねぇ、どうにかしなさいよ」
「姉さんまでそんな無茶を……勘弁してよ、俺の仕事が無くなる……」
ユークリッドの脱力する様子は世の女性の母性なるモノを刺激するのか、次の馬車
は目立つ女性陣に目もくれず、ユークリッドにウットリとした視線を向けているでは
ないか。
エンジュが呆れて弟に拳骨を落とすと、弟は頭を抱えて座り込んだ。
勿論焼きイカはもうなく、片手はがら空きだ。
「痛っ、何するんだよ姉さん!」
「手加減したでしょうが」
「俺は悪くない~」
まあ、いつも通りの光景。
そんなこんなでじゃれあいながら、一行は街を目指す。
「えーと、何だっけ。ああ、仕事仕事」
まだ頭を押さえているユークリッド。さっきのがよっぽど痛かったらしい。
「小さな依頼は下請けの酒場や宿屋を当たった方がいいかもしれない。
小さな町で処理できる分は、その町でしか募集をかけなかったりするからね。
じゃあ、逆はどうかというと、大きな依頼とか広範囲に仕事を探したかったら、
ギルド支部に出向いた方がいいと思うよ。絶対数が多いと選択肢が広がるし」
手を広げながら説明するユークリッドに顔も向けず、シエルは顎に手を当て、思案
顔である。エンジュは露店で買った焼き鳥の串が無くなり、面白くなさそうに串を投
げ捨てた。
「そんな説明後々!
登録しないことには始まらないんでしょ?」
思い切り伸びをする。豊かな胸が、重そうに揺れた。
「まずは大きい街で登録する!
その時に詳しいことは教えてくれるわよ」
「……早く何か食べたいのね?」
「もちろん、それもあるわね」
得意げに笑うエンジュを見ながら、次の街で馬車を借りるのと、立ち寄る町毎に食
費がかかるのとではどちらが安上がりか、シエルは真剣に考えていた。