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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【1】』
~ 著 チドリッヒ・マリームラ ~
場所 :酒場
NPC:ユークリッド
PC :エンジュ シエル
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『沈没船の引上げ作業 力に自慢のある方急募!!』(・・・向いてない。)
『報酬銀貨100枚 クーロンまで荷物の輸送 詳細は後日○○にて』(怪しすぎ・・・。)
『この猫を探しています 銅貨五枚』(子供の依頼かしら。)
『寂しい老人のお相手 元気な女性募集中 』(・・・・・・・・・。)
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港町のダイニング・バー〝海龍の鱗亭〟の自慢は、マスターが海賊時代に手に入れたという龍の鱗の食器である。
といっても、荒くれの海の男どもが集まるこの酒場でその食器が使われる事は殆どない。
壊されるか、盗まれるのがオチだからだ。
マスターがこの食器を使うのは親しい友人か上客が来た時と決まっていた。
または、よほどの美人か―――
「ねぇ、この町に冒険者ギルドの支部ってあるのかしら」
グラスを揺らしながら壁の貼り紙を眺めていた仮面の美女が、隣に座るエルフに話しかけた。
彼女らの他に、客は無い。
既に港町の人々は明日の航海や市の準備の為にベッドでいびきをかいている時刻だった。
彼女らが遅い夕食を摂るハメになったのは「野郎に絡まれるのがイヤなら絶対夜中のほうがいいぜ!」という、もう一人の同行者の忠告からだった。
彼女たちのテーブルに置かれたアジの酢漬けは、鈍く光る青い皿の上に添えられている。
「ン? シエル、何ていったの?」
熱々のチーズリゾットと格闘していたエルフは、仮面の美女の夜風のような囁き声を聞き逃して、慌てて顔を上げた。
彼女はエルフ特有の中性的な顔立ちをしていたが、胸の豊かな膨らみが強烈に性別を主張していた。
「この町に、冒険者ギルドはあるかって、聞いたのよ」
シエルと呼ばれた女性は、歯切れの悪い口調で再び問う。
エルフがまじまじとシエルの顔を覗き込むと、途端に仮面の奥の表情が曇る。
二人は隠れた顔から表情が読み取れる程度に親しい間柄であった。
しかし、エルフは冒険者ギルドに登録している自分ならまだしも、シエルのギルド支部に向かう用事など思い浮かばなかった。
「あ、もしかして誰かに手紙を送りたいとか?」
エルフは、ギルドが郵政事業も受け付けている事を思い出す。
しかし、シエルは「違うわ」と短く彼女の考えを否定する。
「私も、冒険者ギルドに登録しようかと思ってるの」
「フーン。いいんじゃない?」
エルフは途端に興味を失ったフリをして食事を再開した。
何故?とは聞かない。
どうして魔術師ギルドではなく冒険者ギルドなのか、も尋ねない。
彼女はエルフの割には――実際はハーフ・エルフなのだが――人情に厚い性格だったが、それを目の前の仮面の美女が求めている訳ではないと思っていたからだ。
「フーン、って、エンジュそれだけなの?先輩としてのコメントは?」
シエルは面白がってエルフ――エンジュの方に身体を向けた。
現在上から3番目、Bランクに位置するエンジュは、銀色の長い髪を何度かかき上げると、シエルの方を見ず早口で応えた。
「……向いてないとは言わないわよ。頭だって良いし、冷静だし、人を上手く使うしね、パーティ向きってヤツ?でもさぁ、それならさ、何処かの商家とか嫁いで、きりもりしたほうがよっぽど安全だとオモイマス」
何だか語尾がおかしかった。
「それが本音?」
「あ、でも、アナタ人前に顔出すの嫌いだもんね、接客業は向いてないかな。じゃあ、夜の支配者、どこかの金持ちをたぶらかして影から操るの」
「エンジュ」
相手が珍しく困っていることに気がついて、シエルは落ち着いた声で彼女を制した。
「私はまだ何処かに落ち着くつもりはないの。ましてや、故郷に戻るわけにもね」
「それが本音?」
シエルは素直に応えた。
「そうよ」
「・・・・・・二人で美人ハンターとして名を轟かせるのもいいかもしれないわね」
「ユークリッド君っていう、信用の置ける情報屋もいることだしね」
「あいつは美人のマネージメントなら喜んでやるわよ」
エンジュは、そこまで言うと、テーブルに乗っていた全ての料理を一気に平らげた。
先ほどのチーズリゾットはもちろん、タマネギとサーモンのマリネ、海老のパエリヤ、アサリのワイン蒸し、クラムチャウダー…目を丸くするマスターに、エンジュは気前よくコインを投げた。
「美味しかったわよ。ご馳走様」
「その食費で、ギルドに入りたての時でもやってけたの?」
「小さい頃の私は、胃袋も小さかったのよ」
呆れるシエルの視線に、エンジュは納得できるような、出来ないような答えを返した。
「あ、あと登録して仕事を探すならもう少し海から離れた場所にしない?
もう海の幸に飽きちゃったのよね」
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