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2024/11/16 19:44 |
獣化の呪いと騎士の槍  01/ピエール(魅流)
PC:ピエール
NPC:イングラム、シカラグァ女王
場所:シカラグァ 闘技場
--------------------------------------------------------------------------------
 女王御前試合。
 シカラグァにおいて不定期に開かれる、兵士達の腕を披露する戦以外での晴れ舞台。
 ここで闘い、優勝すれば女王から直接の言葉を賜る事が出来る上、副賞としてある程度の褒美もでるので、国内の騎士団や傭兵団などからそれぞれ腕自慢が集まりその技を思う存分揮う。ここで優勝できればかなりの実力者だろう。

 そして、燈の氏族領騎士団"戦乙女の投げ槍"に所属するピエール・ド・カッパーダボードもまた、御前試合に参加するべく会場に足を運んでいた。愛用の突撃槍を肩に背負い、軽量化してあるとはいえ総重量10kgのフルプレートアーマーを身に纏い、平気な顔をして歩いている。普通の騎士ならば馬を使うはずなのだが、彼は馬を使うのを好まずに自分の足で移動している。その奇行は、周囲から興味の視線を集めていた。

                ◆◇★☆†◇◆☆★

 今回の大会の開催を決めた女王は、つまらなそうに消化されていく試合を眺めていた。

「なんじゃ、もっとこう、インパクトのある試合展開はないのか?」

 行われている試合は槍を携え馬に乗った騎士達の戦で、お互いにまっすぐに突撃し合い、雌雄を決する戦いにはそれなりに見ごたえがある。しかし、それが何試合も連続して行われるとなると話は別だった。

 試合は進んで行く。繰り返される同じ展開に飽きた女王は側近の目を盗んで抜け出せないかと本気で思案を始めた。実際に抜け出す事はできなくとも、思考するだけで少しは退屈な御前試合から意識を離す事ができる。それが狙いだった。

 現実逃避が昨日行われた末娘の見合いにまで及んだ時、ふと女王は違和感を感じて闘技場に注意を戻した。ぱっと見て感じた違和感。その正体を求めて、闘技場の二人の騎士をじっくりと観察する。

「あ。」

 それに気づいて、思わず声が漏れた。片方の騎士は普通に馬に乗っているのだが、もう一人が馬に乗っていない。今までは全て二人とも馬に乗っていたから、それが違和感として心の隅にひっかかったのか。

「あやつはどうして馬に乗っておらんのじゃ?自分の馬がないのか」

 思わず声をあげた事に反応してか、不思議そうな視線を向けてくる側近に誤魔化すように問いかけた。

「あの盾の紋章から判断しますに……そうですな、彼こそが"戦乙女の投げ槍"随一の奇人として知られる、徒(かち)の騎士、ピエール郷なのでしょう」

 女王の疑問に傍らの側近が答える。持ち前の途方もない記憶力を最大限に生かして、女王の疑問を解決するのが彼の仕事であり、またそのために知識を蓄えるのが彼の唯一の趣味だった。
 女王と側近がそんな会話を交わしている間にも対戦者二名による女王への礼をすませ、いよいよ試合が始まる。

 ピエールは半身になって片手で槍を持ち、構えた。その相手――"海神の三叉槍"所属のイングラム郷は普通馬に乗った騎士がやるように、ランスを鎧のわきの部分に金具で固定して、突撃(チャージ)の構えをとっている。

「そなたがかの有名な徒の騎士か。噂では騎兵すらも打ち倒すらしいが、私相手には通用しないと思っていただこう」

「なぁに、わしはただ騎士道に則り戦うのみよ」

 ピエールの返答にイングラムは兜の面頬を下ろし、馬の腹を蹴って突撃の命令をくだした。
 人と馬合わせて500kgを超える重量の突撃を防ぐことなどできはしない。それは騎馬戦の中でも無敵を誇る攻撃のひとつ。故にこそ、イングラムは自分の勝ちを確信していた。戦場にて数多の敵を沈めてきた自分の一撃が、馬にすら乗っていないヤツに負けるはずはないと。
 引き降ろされた面頬の、刻まれた細いいくつかのスリットから相手の位置を確認しつつ、イングラムは槍を小脇に抱えて突き進む。相手がパイクやクロスボウなどのようにこちらよりも射程が長い武器を用意していても一騎打ちであれば勝てる自信を持つイングラムにとって、自分のそれよりも短いランスを持つピエールなどは相手にもならない、そう思っていた。それが起きる瞬間までは。

「徒の騎士、おそるるに足らず!」

 イングラムとピエールの間は見る間に詰まって行く。5歩、4歩、3歩、2歩、1歩。
 後1歩で届く。イングラムが兜の下で会心の笑みを浮かべたその瞬間、面頬に空けられたスリットからみえていたピエールの姿がガッという音を立てて掻き消えた。
 思わず「馬鹿なっ!」と叫んで手綱を引き絞るイングラム。だが、全力疾走していた馬が急にその速度を0にする事なぞできはしない。さらに数歩進んで、ようやく止まったと思った瞬間、左の方から大きな衝撃がイングラムが乗る馬を襲う。左を見ると、馬の脇腹に肩からぶつかってきているピエールと、おそらくは彼が地面を蹴った跡であろう、先ほどまではなかった罅割れが目に入った。
 イングラムが転倒する前に馬から飛びのく事ができたのはひとえに今までに培ってきた無数の戦の経験が生んだ成果だ。着地すると同時に金具を外し槍を捨て、倒れた馬に結び付けてあった剣を引き抜いた。背中に背負っている盾まで降ろして構えるほどの暇は流石になく、抜いたロングソードを両手で構える。

「く、徒の騎士の名は伊達ではないという事か。だが懐に入ってしまえば私の勝ちだ!」

 強気な発言を繰り返すイングラムだが、その反面自分から動こうとはしなかった。今までの戦いは全て馬を使った突撃で勝ち抜いてきた彼だが、だからといってけしてこの重い鎧を着たまま剣術の立ち回りができないという事はない。ただ、この相手に対しては静に徹し、落ち着いて懐に入るべきだと彼の理性が告げていた。先ほどのような慢心はけしてしない。イングラム郷は自信家だったが、相手の実力を見極め、それを素直に認める事が嫌いなわけではない。だからこそ、歴戦を勝ち抜き今この場に立っているのだから。

 ピエールは真半身で槍を肩と腰の中間辺りで前に向かってかまえ、やはり動こうとしない。しかし、観客が長期戦を予想した直後に間合いをあっさりと詰める。そして、剣の間合い一歩手前で立ち止まった。

「侮るかっ!」

 上体を揺らさず、安定したままに歩く独特の歩法に一瞬虚を突かれるが、その隙を突かずただ立っているだけのピエールに、イングラムは怒声を上げた。
 槍の横、ピエールの体正面に向かって踏み込み、面頬が上げられたままのためにむき出しになっている顔に向けて全力で突きを繰り出した。ガッと硬い手ごたえ。繰り出した一閃はピエールが左手に持っていたカイトシールドに命中、そのまま左腕を払われ、イングラムの体が泳ぐ。あろうことか、次の瞬間ピエールは左腕を払った動きでそのまま盾を投げ捨てた。即座に引き戻された左手が突き出され、イングラムの肩を抑える。その動きに連動して、槍を持った右手は大きく後ろへと行くことになった。

「おおおおおりゃああああああああ!!」

 イングラムの目は、引き絞られた弓につがえられた矢のように今まさに放たれんとしている右手の槍を見ていた。両腕の長さと胴体の横幅を足した長さにほぼ等しい槍は、まっすぐにイングラムの左胸、心臓の部分をポイントしている。そこは鎧の中でも最も装甲の厚い部分だが、恐らくはあっさりと貫かれるのだろう。人生で初めて、イングラムは自分の負けを素直に受け止めた。体の力を抜き、目を閉じる。

 衝撃は一瞬だった。体の左側を何かが貫いていく。ギャリリリッという、鎧の装甲が削れる耳触りな音が衝撃とともにイングラムを撃つ。与えられたベクトルに従い、イングラムの体は地面へと倒れこんだ。地面からの衝撃が鎧を貫通し、肺を直撃。中に溜まっていた空気が抜け、一瞬の呼吸困難に陥る。酸素を求めた体はほとんど反射的に口を大きく開け深呼吸、そこでようやくイングラムは別の痛みが脇腹から来る事に気が付いた。

「……心臓を突いたのでは、なかったのか?」

 呆然とし、半ば独り言に近いイングラムの言を受け、ピエールは言葉を返す。

「なぁに、こんな試合で命の取り合いまでする必要はないだろう。お前さんはもう負けを認めていたみたいだったようだしの」

 そういうとピエールはイングラムを助け起こし、盾を拾いにいく。
 馬に跨り闘技場を後にする直前、イングラムは退場していくピエールの背中に、言葉を掛けた。

「徒の騎士の名、伊達ではないと教えられた。暴言を撤回させていただきたい。今後の貴公の勝利を願っている。ピエール郷」

 槍を軽く振り上げて答えるピエールが退場するのを見届けると、イングラムも痛む脇腹を堪えて、闘技場の外へと馬を走らせた。

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2007/02/12 16:54 | Comments(0) | TrackBack() | ○獣化の呪いと騎士の槍
獣化の呪いと騎士の槍  02/レオン(マリムラ)
PC:レオンハルト・クラウゼヴィッツ
NPC:アスラン 
場所:シカラグァ連合王国・グルナラス氏族領→直轄領
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 男はごつごつとした手で、玉のように流れる汗を拭った。そしてふと、窓の外に目
をやる。噴煙の上がる火口を見下ろせるこの都市は、彼の自慢の一つでもあった。そ
して、同じ方角から自分の館に向かって登ってくる人影が見えた。
「そうか、時間か」
 男は短くそう言うと席を立ち、煌々と燃えさかる炎から離れ、手に持つハンマーを
しまう。そう、余り気が進まない予定があった。だからその事実を少しでも考えない
で済むように、日課となりつつある鍛冶仕事をしていたのだ。
 迎えの使者が来る前に、簡単な準備を終わらせなくてはならない。手持ちの正装も
恐らく丈が足りないだろうがやむを得ないだろう。コレしか持たないからと言ってガ
マンして貰うか、そう苦笑しながら、手早く水を浴びようと肌に張り付いた服を剥が
す。
 汗を流すだけに止め、水を滴らせたままの髪を整えようともせずに、男はわずかに
丈の足りないシャツに袖を通した。
 コンコンコン。木製のドアが叩かれる音。
 あの急な山道をこの短時間で登ってきたという事実が、扉の向こうの人物を特定さ
せる。ソレは恐らく幼なじみのアスラン、しかも他の供を置いて一人先にやってきた
のではないだろうか。
「着替え中、外で待ってろ」
 そう扉に向かって声を掛けたのに、アスランは遠慮する素振りすら見せずに部屋に
ずかずかと入ってくる。袖の短いシャツと下着姿のままの男を見つけると、にやっと
笑って紙袋を放った。
「おまえデカくなりすぎだよ、その服で降りて来るつもりだったのか?」
 なるほど、紙袋には新しい正装が入っているらしい。
「面倒だな、代わりにお前が行けよ」
「ヤなこったい」
 ちなみに、面白がっている風のこの男は、グルナラス氏族領の次期領主と目される
「若様」だ。何故か風貌も声も全然違うのに、この二人が従兄弟だというのだから、
血というのも案外面白い。
「選ばれると思ってないんだったら、観光のつもりで行けばいいだろ」
 アスランがハンマーを手の平で踊らせながら声を掛ける。男は無言で着替え直す。
新しく渡された正装が謀ったような寸法なので、若干の陰謀を感じながらもタイを締
める。
「ベルファスが落とす気満々だしね、頭数合わせに借り出されてらっしゃい」
 自分の弟の名を他人事のように報告すると、アスランは男の曲がったタイを笑っ
た。
「似合わないだろ」
 そう言いつつも男は準備を終え、アスランと共に外へ出る。追いついてきた従者達
が一度男を見上げ、頭を下げた。
 そう、男は背が高い。平均よりも高いはずのアスランの頭が、肩までしか来ないほ
どには長身で、しかも姿勢が悪かった。姿勢が良ければもっと高く見えることだろ
う。この一際高いところに位置する屋敷に籠もるようになってからは、ただでさえ高
い背が更に伸びた。知っているのは時々お忍びで遊びに来ていたアスランだけのはず
だ。
「お迎えに上がりました、一緒にお越し下さい」
 頭を下げたまま、従者が言う。
 男は肩を竦めた。どうせ反対したところで、行くことには変わりないのだ。
「土産、期待してるよ」
 アスランが手を振り、笑う。おざなりに手を振って返す。
 彼に当分会えなくなるとは、その時は考えても見なかったのだが。



 グルナラスの馬車は赤い。元々赤みを帯びた木材を使っているのかそういう加工な
のかは知らないが、遠目に見てもはっきりと分かるほどには赤いのだ。わかりやすい
と言えばわかりやすいのだろうが……まあいい。一応識別の意味があってのことだろ
う。
 そう、グルナラスの旗は赤だ。朱の氏族領と呼ばれるほど、その色は馴染み深い。
シカラグァ連合王国の中でも鉄工業・金属細工など、鉱物資源を加工させるならココ
をおいて他にはなく、生産する品質は大陸中に知られているが、その中でも良質な一
部には「朱」という名のブランドで売り出されているのだ。

 グルナラスにはドワーフ中心の街もあるが、入れる人間は信用に足る者だけだとさ
れている。だから、岩山を掘り抜いて造られた都市は確認されているモノの、実態が
あまり知られていない。そのドワーフと共存しているのだから、やはり謎の多い土地
柄なのだろうと、自分を半ば強引に納得させる。

 窓の外の風景が変わり行くのは面白い。特徴的な赤土の火山が遙か後方へと流れて
いく。
 早く帰りたいのは本当だが、滅多にない長旅だ。何か面白いことでもあればいいの
だが。

 そんなことを考えながら瞼を落とす。先は長い。寝ておこう、と。



  † † † † † † † † †



 場所は変わってシカラグァ直轄領。王都へと向かう長い橋を渡る馬車。
 レオンハルトは本日幾度目かの溜め息をもらした。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
 気が進まない用事が目前に迫っている。
 今年三十になった自分への、領主である叔父の命令。それは「見合い」だった。
「そろそろ王都へ入ります。失礼のございませんよう」
 御者に溜め息をたしなめられる。
 大体集団見合いに何故自分が出なければいけないのか。しかも一対六という変則見
合いなんぞというものに。
 どうせ引き立て役なら他のヤツに行かせればいいじゃないか。ベルファスが思惑通
り、相手に好かれるならソレも良し、年齢制限ギリギリのヤツをわざわざ行かせる必
要もないだろう。それなのに。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
 思わず、脱走の機会を窺ってしまうのだった。



  † † † † † † † † †



 事前情報:女王の末娘、アナスタシア・ベル・ラス、15歳。

 見合い相手に関する自分に与えられた情報はそれだけだ。
 まあ、本気で口説くつもりがあれば、好きな食べ物なり趣味なり、調べることも出
来たろう。容姿に関する情報も入るだろう。だが、自分の半分の年齢というだけでウ
ンザリするのに、叔父の命令というのが気にくわない。だから、それ以上の情報は持
つ気になれなかったというのもある。
「アナスタシア様でございます」
 十代から三十まで、よくもまぁ幅広い年齢層が集まったモノだと感心しながら待つ
応接間の隅で、壁にもたれていた時、彼女は現れた。
「……ほぉ」
 虚をつかれた。
 正直、もっと乳臭いお子さまだと思っていた。
 肢体がすっかり伸び、小振りながらも形の良い胸が目を引く涼やかな水色のドレス
で、栗色の髪を高く結っている。顔の作りなんてモノは好みの問題だろうが、意志の
強そうな目が興味を引いた。

 他の連中は我先に、と彼女へのプレゼントを片手に声を掛ける。五人の男に囲ま
れ、少し困ったような表情を浮かべながらも笑顔で対応するアナスタシア……それを
観察していた自分に、観察されていた彼女が突然視線を向けた。
 まあ、一人だけ寄ってこなければ気分が悪いかも知れないとは予想していたが、彼
女は一瞬楽しそうに目を煌めかせ、男どもに一声ずつかけると、壁際まで足を運ぶ。
「始めまして、レオンハルトさま」
「……始めてお目にかかります、アナスタシア嬢」
 嫉妬の目が痛い痛い。おい、お前らとも彼女は同じ挨拶をしていたじゃないか。
 片手を差し出されて、そういえば儀礼用の挨拶とやらもあったっけなと片膝をつ
き、白い絹の手袋の甲に軽く口づける。

 彼女とその時会話をしたのはそれだけだった。
 彼女は会話の輪の中へ戻っていき、自分は会話に加わろうとしなかったのだから。



 夜、六人はそれぞれに部屋を割り振られ、屋敷に泊まることになっていた。
 ランプの明かりが一人には広すぎる部屋を照らす。長く伸びる影が炎に合わせて揺
れる。

 コツコツコツ

 入り口のドアは一つのハズだが、その音はドアから聞こえたモノではなかった。
 不審に思い耳を潜めると、どうもクローゼットから聞こえるらしい。
「誰だ……?」
 返答無ければ無視を決め込もうと思いながら、一応クローゼットに声を掛ける。
「私(わたくし)です、開けてもよろしいかしら」
 声の主は見合い相手のお嬢様。つい、頭を抱えて座り込んでしまった。
「あまりお話しできませんでしたでしょう? 少しお話しできないかと思いました
の」
 そんな理由で夜這いをかけるなよ。襲われても知らんぞ。
 そう思いつつも断り方が思いつかず、開けようか迷って踏み止まった。
 偉いな、俺。
「何処から入られたかは存じませんが、お帰り下さい」
「困ったわ、この隠し通路、一方通行ですのに」
 おいおい、もうちょっと後先考えてみてくれ。頼む。
 迷って迷って迷った挙げ句にクローゼットを開ける。

 彼女は体の線が透けるほどに薄い生地のネグリジェを纏い、その上から申し訳程度
にケープを羽織って立っていた。とっさに目を背ける。頭がクラクラした。
「ありがとう、レオンハルト様」
 ああ、ヤバイ。面倒なことは嫌いなんだ。なのに何でこんなに面倒事がやってくる
のか。
 彼女はにっこり笑うと、何も聞かずに部屋に入り込み、勝手にベッドに腰掛ける。
 と、手招きをしてベッドを叩いてみせた。
「あー……あのですね、それは『夜』のお誘いでしょうか?」
 思わず眉間に皺が寄る。何だ、何なんだ、この状況は。面倒臭い。
 こちらの理性でも推し量ろうというのか。そんな馬鹿な。冗談じゃない。
 擦れ違ったときに嗅いだほのかな香が、心臓を高鳴らせる。
 待て、落ち着け、気のせいだ。眉間に更に力を込める。
 そんな様子を見て意味深な笑みを浮かべた姫君は、ゆっくりと返事をした。
「隣に座ってお話を聞かせて下さいな」
 イエスともノーとも答えないが、それは「誘い」の肯定と受け取れた。平穏な日常
が遠ざかる。ちょっと待て、こんな小娘首尾範囲外だ、思い出せ、自分。
 必要以上に頭を振ると、ベッドを背に立ち、頭を掻く。
「何か羽織って部屋にお戻り下さい。こういう駆け引きは嫌いです」
 しばしの沈黙。ようやくベッドが小さく軋む音が聞こえた。
 ああ、そうだ。おとなしく帰れ帰れ。自分の半分の年の少女に欲情してたまるか。
さっきのは錯覚だ。そうに決まってる。そんな面倒な道を選ぶなんて冗談じゃない。
平穏なこれまでの暮らしに戻って、また鍛冶仕事に精を出すのだ。最近は結構いい仕
事が出来るようになってきたじゃないか。そうだ、俺は間違っていない。
「……ではせめて、一杯お付き合い下さい、レオンハルト様」
 帰るのかと思いきや、気が付けばグラスを両手に一つずつ持ち、隣に姫君が立って
いる。
「これを飲み干すまで位は、側にいてもよろしいでしょう?」
 見下ろすと、胸の谷間がよく見える。……ではなく、それは飲み干しさえすれば帰
ってくれるということか。
「では、頂きましょう」
 受け取りざまに一気にあおってグラスを返す。乾杯すらしない。
「帰りなさい、もう中身は残っていない」
 少しは残念そうな顔でも拝めるだろうか、そう思ったのが間違いだった。
「約束ですモノね、今は帰ります。またお目にかかりましょう」
 一瞬、彼女の年齢を忘れるほどに妖艶に微笑んだ姫君は、ひらりとネグリジェを翻
すとクローゼットを開け放った。
「……一方通行というのは嘘ですか」
「ふふ、方便ですわよ、それに」
 クローゼットに滑り込み、振り返る。
「こんな恰好を他の方に見られるわけにもいきませんでしょう?」
 艶やかに笑う。こんな年齢なのに、女性とはこうも表情が変わるモノなのか。
「ああ、貴方が通ることは出来ませんから、全くの嘘というわけでもありませんわ」
 一つウィンクをすると、そのままクローゼットの奥へ消えていった。
 何だったんだ、今のは。

 疲れ果て、そのままベッドに倒れ込む。
 服が皺になったって構うモノか。もう、今日は色々あり過ぎた。

 ぐったりとした身体に睡魔が忍び寄る。
 うつらうつらと意識を手放しかけたとき、突然心臓が暴れ出した。

2007/02/12 16:55 | Comments(0) | TrackBack() | ○獣化の呪いと騎士の槍
獣化の呪いと騎士の槍  03/ピエール(魅流)
PC:ピエール
場所:シカラグァ闘技場
NPC:ライアン
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 女王御前試合は順調にすすみ、いよいよ準々決勝というところまでやってきた。このレベルになってくると、そろそろ音に聞く騎士の名前も増えてきて、独特のスタイルで戦う者や、普通の騎士の戦闘法で戦う者でも明らかに高い技量が窺えたりと、見るものを退屈させない高レベルな試合が続く。言い換えると、前半の試合に比べて参加者の消耗の度合いが加速度的に増えてきていた。
 さらに言うならば、試合を見学する女王のために一度だけしばらく休憩が取られたし自分以外の者が戦っている間は休憩ができるのだが、人数が減ってくると当然そのペースは上がる事になる。最終的には、技量があるだけではなく、体力も持つ者が勝つような仕組みになっているのだ。

「東、"戦乙女の投げ槍"所属、ピエール・ド・カッパーダボード!」

 魔術で拡大された声に促されて、ピエールは闘技場の真ん中へと歩を進めた。準々決勝――すなわち上位四位を決める戦いからは、このように出場者の名前が紹介される。この四名の中に入るだけでもそれなりに名誉な事なのだ。

「西、"ミュルグレス"所属、ライアン・ガラモンド!」

 現れたのは、独特の甲冑に身を包んだ男だ。やはり馬にはのっておらず、徒歩での入場だ。腰には独特の反りが特徴的な剣である刀を佩き、一般的な騎士が着る鎧とは違った趣の甲冑を身につけている。彼を見て、彼の事を一言で表せと言われたら、10人中10人がこう答えるだろう。『侍』と。
 "ミュルグレス"というのは騎士団の名前ではない。金で雇われた傭兵達が集う、傭兵団の名前なのだ。騎士団では基本的に各人の装備を統一し、統制が取れた編成を目指すが、傭兵団では装備などは各自が自分で用意したものを使い、その戦術、戦法にもかなりの自由度を与えられている。当然、ライアンのように異国の装備を使う者が多数所属しているのが傭兵団なのだ。

 女王御前試合はある程度以上の実力があれば騎士団所属でなくとも出場する事はできるとはいえ、こうして傭兵団の者が出てくる事は珍しい。というのも、傭兵団というのは言い変えるとならずものの集団という見方があり、あながちこれは的外れでもないという実情があるからなのだ。プライドの高い騎士達はそのような傭兵団が台頭する事をよしとはせず、必然的にその出場を取り潰すように全力で働きかけてきた。それがライアンに限って出場できているのは、彼がこの少し前の戦――と言っても辺境の小競り合いだが――で武勲を立てたからである。

 そういう背景事情があった所為かどうかはわからないが、この日ライアンは目覚しい働きを以って己が実力を証明してみせた。彼が残した一歩は、そのうちに数多くの騎士団を廃団へと導く破滅の一歩となるのだが、その事を知るものはまだこの場にはいない。

「はじめ!」

 開始の合図と共に、ダンっと音と立てて地面を蹴る。そのまま猛然と踏み込み、ライアンの胸部に目掛けて突きを放った。ギャリっという鎧を掠める手ごたえ。ライアンは、右肩を落として槍を背中の方に逸らし躱すという道を選んだのだ。そしてそのまま腰に佩いた刀の柄を握り、斬撃。

「撥っ!」

 裂帛の気合と共に打ち出された鞘走りを利用しての斬撃は、ただ振り下ろすだけの攻撃とは比較にならない速度と攻撃力を持つ。さらにその一撃は、鎧の関節部分を狙うだけの正確ささえも併せ持っていた。

「むぅっ」

 槍をかわされ、懐からの攻撃を防ぐ手立てはない。とっさに体を引きはしたものの、鎧の表面に浅く刀傷が刻み込まれてしまった。下手をしたら今の一撃で決着がついていた……背筋に冷たいものが走るのを感じながら、ピエールは次の手を考えた。相手は刀を抜いたまま、再び鞘に収める様子はない。それどころか、右足を引き、左手を前に突き出して体勢を低く構えた。

「いかんっ!」

 ピエールが慌てて進行方向を横に変えるべく地面を蹴るのと、ライアンが満を持して突きを繰り出すのはほぼ同時だった。
 耳障りな音を立てて鎧に新たな傷が刻み込まれる。なんとか避ける事に成功したピエールが、今度はお返しと言わんばかりに無防備な背中に向かって左肩を打ち付けた。いや、打ちつけようとした。
 そうはさせんと踏み出した右足をそのまま支点にして体を半回転させ、ピエールの方に向き直るライアン。その動きに無駄はなく、同時に鞘が左手によって腰から抜き出されていた。回転の勢いを借りて、鞘をピエールの側頭部に叩きつける。兜に当たった鉄鞘はクワ~ンという小気味いい音を立てた。
 傍から聴く分には小気味いいで済む音も、それを音が中で響く兜の、しかも耳元にやられたピエールは溜まったものではない。頭がくらくらするのをなんとか我慢して、ピエールは前蹴りを繰り出した。バックステップで回避するライアン。すかさずピエールも後ろに下がり、体勢をなんとか立て直す。

 一瞬、闘技場が静けさで満たされた。まるで嵐の前の晩のように。

 今度は、二人ともが前にでた為一瞬で間合いが詰まった。一合目と同じ、ピエールの突き。相対速度が付いているため躱すのは無理だと判断したのか、ライアンの刀が弧を描き槍を迎撃する。すかさず槍を引き戻し、再び突くピエール。先ほどの零距離での肉弾戦からうってかわって、今度は中距離での武器戦闘になった。最短距離を最速で動くピエールの槍に対して、ライアンの刀は無駄の多い弧を描いて迎撃に向かう。それだというのに、槍の一撃がライアンの鎧に届く事はなかった。それどころか、じりじりと前に進みピエールを刀の間合いに捕らえんとしてさえいる。だから状況はライアンに有利かと言えば、そうでもない。理由は、突きの合間に時々混ざる薙ぎ攻撃があるせいだ。

 これは通常の槍において特に言われることだが、槍のもっとも恐ろしい攻撃の一つは実は薙ぎ払う攻撃なのだ。刃こそついていないものの、いやむしろ刃なんてついていないからこそ、この攻撃は恐ろしい。というのも、点攻撃である突きに対して、払いは面攻撃なのである。迂闊に受ければ打撃によるダメージは鎧を素通しして体に響き、さらにはどうしても体勢が崩れてしまう。かといって避けようにも逃げ道は後ろか上くらいにしかない。そして、後ろに逃げた場合はどうしても相手との距離が開き間合いが広い槍の独壇場になるし、上に跳べば着地の隙や、身動きができない滞空中を狙われる羽目になる。

 ピエールの槍は持ち手の部分を併せても長さが精々150cm程と、槍と言うにはかなり短い部類に入る。下手をすれば両手剣にも長さで劣る事がありうる。それでも、ピエールの人並み外れた膂力で振り回される槍には十分な威力があったし、自分に有利な間合いを維持するという意味に於いて薙ぎ攻撃は有効だった。

 突き詰めて言えば、この戦いはいかにライアンが自分の間合いに入るか。もしくは、いかにピエールが自分の間合いで相手を倒すか、そこに集約される。こういうといかにも退屈なように思えるが、今までが騎兵同士の文字通りぶつかり合いだけだっただけに、このお互いの技術の全てを駆使した戦いは多いに観客を沸かせた。お互いに決め手を欠いたまま、接戦が続く。

「……見切った!」

 もう何度目になるか分からない牽制の薙ぎ攻撃。ライアンはくわっと目を見開き、半歩下がり、紙一重で躱す。槍の間合いを完全に把握したのだ。

「む、しまった!」

 慌てた時にはもう遅い。ピエールの体が開き、出来た隙を逃さずにライアンが踏み込む。次の瞬間には梃子の原理で兜が飛ばされ、首筋に刀が突きつけられていた。

「俺の、勝ちだ」

「どうやらそのようだの……」

 勝ちを宣告するライアンに、それを受け入れるピエール。今までで観客を一番魅入らせた試合は、こうして幕を下ろした。

                ★☆◆◇†☆★◇◆

「わしもまだまだ修行が足りんわい……」

 ぼやきながら、ピエールは一人道を歩いていた。負けたとはいえ力の限りを尽くした戦いの末の結末なので、ピエールの心に影を落とす雲はない。同じように晴れ渡った空を見上げて、思いっきり深呼吸をした。息と共に最後に残った無念も吐き出す。後は、橙の氏族領にある自分の"家"に帰るだけだ。そして、ピエールは足取りも軽く――ガシャガシャと鎧を鳴らしながら――帰途についた。いや、つこうとした。

「失礼ですが、"戦乙女の投げ槍"のピエール郷ですか?」

「いかにも、わしがピエールだが?」

 声を掛けてきたのは、見ればまだ年端のいかない少女だった。緑色の服に何故か白いエプロンのようなものを付けている。

「実は、先ほどの御前試合を見た私の主から、貴方様にお願いがありまして」

 少女は淡々と話を進めて行く。その様子は年齢よりもかなり大人びていて、こういう仕事に熟練している事を実感させた。

「ある方の護衛に是非付いていただきたいのです」

「ほう?」

 鎧がガシャリ、と重い音を立てた。気にする風もなく少女は話を続ける。

「そのある方というのは――私の主の婚約者なのですが。今度、お忍びでしばらく旅に出る事になったんです。お忍びなので護衛を沢山連れて行くというわけにもいきませんが、主としては心配なので腕の立つ者一人くらいをつけたいと」

「なるほど、それでわしに白羽の矢が立ったわけですか」

 腕の立つ、と言われて悪い気がする武人などそうはいない。ついさっき負けたばかりだとは言え、自分とまともに打ち合えるものはそう多くはないという自負は多少なりとも持っているピエールであった。

「そうなんです。お引き受け願えないでしょうか?」

 身長が高いとはお世辞にもいえないピエールだが、少女の身長はさらに10cmほど低かった。自然と上目遣いで見上げるような格好になる。

「いいですぞ――と言いたい所なのですが。わしも騎士団に所属する身でしてな。旅というからにはそれなりに纏まった期間が必要になるであろうし。団長の許可を得ないとお答えしかねますな」

「それはもちろんです。団長様の許可はすでにおりていますから、後は貴方様の御意思次第です」

 なんでもない事のように、根回しは既に済んでいると少女は口にした。長距離をリアルタイムで交信する事は不可能ではないが、それをやる為には魔術師ギルドにある程度のコネが必要になる。それを持つといえば、魔術師ギルドの関係者か、あるいは魔術師ギルドが恩を売りたいと考える一部の人間――例えば王族のような。

「そういう事ならば、お引き受けしましょう。ところで、護衛するのはどなたですかな?」

「レオンハルト・クラウゼヴィッツ様です。後、厚かましいようで申し訳ないのですが」

 言われた名前は、正直に言ってピエールには聞き覚えのない名前だった。少なくとも橙の氏族領の人間ではないのだろう。ほんの少しだけ、何故自分に?という思いが鎌首をもたげる。だが、それもすぐに新しい疑問に流されていった。

「……何かあるのですかな?」

「できれば、私の主のお願いでというのをレオンハルト様には内緒にしていただきたいのです。婚約者にそういう風に心配されているとなると自尊心に傷がついてしまうかもしれませんので」

 その"理由"は、ピエールの些細な疑問を押し流すには充分だった。なんという思いやり、なんという心遣い。深く感動すると共に、この優しい心だけはけして無にしまいと堅く心に誓った。

「なるほど、了解しました。しかしレオンハルト殿はいい婚約者をお持ちのようですな。このピエール・ド・カッパーダボード、持てる力の全てを以って必ずや任務を果たしてみせますのでご安心くださいとお伝えくだされ」

「ありがとうございます。それでは、これをどうぞ」

 そういって少女がピエールに渡したのは、折りたたまれた小さな紙片だった。広げてみると、大雑把な宮殿の図にところどころ線が引いてある。

「これは?」

「レオンハルト様の脱出経路でございます。なにしろ、お忍びですので」

 それにしても、その図面に記されていた経路はあまりにも不自然だったのだが――少女の主とやらの心遣いに感動しているピエールはそんな事にはまったく気づかず、紙片を懐に仕舞いこむ。

「なるほど、確かに預かりましたぞ。それでは」

「よろしくお願いいたします」

 丁寧に頭を下げると、少女はスっとその場を後にした。まったく無駄がないその動きは、思わず少女が消えたものとピエールに錯覚させた。

「さてと、旅の支度をしなくてはな」

 そして、ピエールは改めて自分が泊まる宿を目指して道を歩き始めた。

                ★☆◆◇†☆★◇◆

「お嬢様、ピエール郷から快諾をいただきました」

 夕暮れ時。自らの主の下へ戻った少女は与えられた仕事の首尾を報告していた。

「そう、ご苦労様」

 主は窓の外を見ながらではあるが、少女をねぎらう。しかし、その声音には当然だという響きが混じっていた。

「いいのですか?」

「それは、護衛をつける事?――それとも、婚約者と嘘をついた事かしら?」

「……両方です」

 ピエールを相手に話を進める時は一分の隙も見せなかった少女だが、今ではとても同一人物とは思えないほどに揺らいでいる。

「いいのよ」

 だが、忠臣の不安ぶりに対して、主の返事はあまりにもそっけなく、そして自信に満ちていた。体をゆっくりと回し、外に向いていた視線を少女の方へと向ける。その振り返った顔を照らし出す暁色の光のなんと鮮やかな事か。まるで美しい絵画を見ているような気持ちになり、少女は思わず言葉を失った。

「……いいのよ」

 もう一度、目を合わせて断言する。それでなんとか落ち着きを取り戻した少女は、再び口を開く。

「ピエール郷ならば余計な事に気を回す心配もない、ですか」

 部屋の片隅にある机の上には、今回の女王御前試合に参加する騎士や傭兵の名前がリストアップされたものが置いてある。そして、そこにはちょこちょこと備考が書き足されてある。その中の、ピエールの項目にはただ一言。『手駒にするのにちょうどよい』とだけ書いてある。

「ええ、そうよ。彼ならば余計な事を聞いたり考えたりしないでしょうし、腕もそれなりに立つしね」

 侍女の言葉にクスっと笑う。その仕草は歳相応の少女のものだが、だからこそ空恐ろしいものに感じられた。外見からは想像もつかないが、その中ではとても少女とは思えない深慮遠謀が働いているのだから。

「ああ、あの人が私に傅く日がくるのが楽しみだわ――」

 日が沈み、暗くなっていく部屋の中で、少女は限りなく純粋にそしてどこまでも妖艶に微笑んで見せた。

2007/02/12 16:55 | Comments(0) | TrackBack() | ○獣化の呪いと騎士の槍
獣化の呪いと騎士の槍  04/レオン(マリムラ)
PC:レオンハルト
NPC:アナスタシア
場所:シカラグァ連合王国・直轄領
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ……ドクッ!

 眠りかけている身体が、ガクンと揺れた。
 一度心臓が跳ねたような錯覚。いや、錯覚ではないかも知れない。バクバクバクと
心拍数が上がる。徐々に大きくなる心音。一気に汗が噴き出す。
 ……しまった、毒でも盛られたか!?

 激しく暴れる心臓を押さえようと胸に強く手を押しつけるも、一向に治まる気配は
ない。脂汗が滝のように流れ出し、強張った全身の筋肉が悲鳴を上げる。心臓が自ら
肋骨を破って飛び出してきそうな苦痛に、体を起こすこともできない。
 意識せずとも勝手に収縮と弛緩を繰り返す筋肉に疲労が溜まっていく。時々骨の軋
む音さえ聞こえる。眠りかけていた意識は覚醒しないまま、靄の中で足掻いているカ
ンジだ。

 何だ、何がいけなかったんだ。誘ったのを断られたのが殺す理由か?そんな表情微
塵も見せずに、大した役者だなお姫様。それとももっと前か。自分から挨拶をしなか
ったから怒っているのか。もう、何もかもが原因のような気がしてくる。
 こんな所でこんな死に方か、お笑い種だな。
 そんなアスランの声がしたような気がした。くそっ、そんなこと言わせてたまる
か。



  † † † † † † † † †



 ひんやりとした肌が頬に触れた。
 ……身体は大量の汗でねっとりと濡れているのに、心臓の暴れる感覚がない。
 いや、まあ、動悸は治まっていないが、とにかく日常生活並までには落ち着いてい
る。
 何だ、夢見が悪かったのかとうっすら目を開けて、思考が固まった。
「おはよう、レオン」
 視界が顔に塞がれる。柔らかく甘い唇がゆっくりと口づける。ふわっと甘い香りが
して、長い睫毛に目を奪われる。頬に手を置くのは、そう、見合い相手のお姫様。
 ……って、ちょっと待て、何でコイツがココにいる!?

 跳ね起きて、いつの間にか掛けられていたシーツを持ち上げ、自分の姿をまず確
認。
 勘弁してくれ。なんで裸なんだ、なんで下着すら付けていないんだ。
 恐る恐る隣を見ると、そのシーツを掻き寄せ身体を隠しながら、彼女が微笑んでい
るではないか。細い肩紐と白い肩が艶めかしい。
「何でココにいるんです……アナスタシア嬢」
 喉が枯れて変な声だが気にしていられる状況じゃない。
 跳ね起きる際に払い除けた形になった手を、彼女は腕に絡み付けて擦り寄ってく
る。
「アンでいいのに」
 絡み付いた細腕と押しつけられた胸の感触に押し倒したくなるが辛うじて自制。
 何やってるんだ、自分。
 もう片方の手で軽く彼女を押し、なんとか密着状態から脱する。
「……ねえ、昨日みたいにキスして、レオン」
 拗ねるような媚びるような……そしてほんのり照れるような上目遣い。
 あまりの衝撃に、思わずベッドから転がり落ちた。
「嘘……だろ?」
 えーっと、何の冗談だろう。
 言い逃れさせてくれそうにない環境だが、自覚はこれっぽっちもない。記憶もな
い。
 ああ、きっと何かの罠だ。そうだ、そうに決まってる。
「覚えていないのね、酷いわ」
 そんな、泣き出しそうな顔をされても困る。というか、こっちが泣きそうだ。
 腰をしたたかに打った床には脱ぎ散らかされ、服が散乱している。
 散乱している服を掻き集め、慌てて袖を通した。
「見て……これでも思い出せない?」
 彼女が髪を掻き上げると、首筋にいくつか小さな内出血の痕が見られた。
 えーと、コレってもしかしてキスマークだったりしますか……?
 ぶんぶんぶんと音が聞こえそうな勢いで頭を振る。そんなはずがあってたまるか!

 すると、彼女はガラリと表情を変えた。
 寂しそうなおとなしそうな子供っぽい表情から、妖艶な雰囲気に一変する。
「思い出させてあげる……」
 そう言うと、ふわりとベッドから舞い降りる。
 身体のラインが透けるスリップドレス一枚だけというのが、余計にいやらしい。
 生唾を飲み込みながらも、腰が上げられないまま後ずさる。
 ガンバレ理性。御馳走が出されるのは面倒事の前兆だと相場が決まってるんだ。
「冗談はやめてくれ、俺に何の恨みがあるんだ!」
 そう言いながら天井を仰ぎ見た。
 真っ直ぐ彼女を見ることができない。無意識に腰のラインや胸の膨らみを観察して
しまうのだ。うわ、コレって視姦か。暫く籠もってたからってそんなに節操ナシか、
俺。
 髪を乱暴に掻き、眉間に力を込めてぎゅっと目を瞑る。
「あんた、俺になんか薬を盛ったろう!
 俺が一体何をしたっていうんだ。俺は一体何時間眠ってたんだ!」
 もう、礼儀なんて構うものか。大声で叫ぶ。

 寄ってきた彼女が、手を伸ばしてきた彼女が、一歩引いたのが分かった。
 至近距離の大声は凶器と変わらない。彼女の気持ちは砕けただろうか?

 とすっ。ベッドから音がした。多分彼女が腰掛けたんだろうと推測、ある程度距離
が開いたことで、ホッとして目を開ける。
 窓からの光を背に受ける彼女は美しかった。ベッドに腰掛け、足を組み、膝に片肘
を乗せて、顎に手を当てている。絵画のような錯覚を一瞬覚え、ぼうっと見入ってし
まったこっちの顔を、口元だけで笑われた。
 見下ろす態度と表情が、別人のように見える。
「……貴方のことが気に入ったのは本当よ、レオンハルト・クラウゼヴィッツ」
 そこにいるのはもう15歳の少女ではなかった。

「媚びられるのは好きじゃないの。
 それに、貴方が父親だったら子供達にも期待が出来るわ。
 その身長は武器になる、顔もそんなに悪くないしね」
 とりあえず迫るのを諦めてくれたようなので、座り直して言い返す。
「顔がいいのは揃ってたろう。あんたも見る目がないな」
「表情なんて教育でどうとでもなるのよ。元が悪くなければソレで充分」
 ここで誉めたりしないところが彼女の本性なのかも知れない。
「それに、貴方は欲望に振り回されずに自制してたわ。
 美味しそうに見えたでしょう? でも、手を着けようとはしなかった」
 そんな面倒なこと、してられるかよ。とは、敢えて言わないでおこう。
 ああ、でも、後腐れのない女だったら違ったかも。と、思ってしまう自分が憎い。
「色香に惑わされる人なら、ソレでコントロールできるってコトだものね。
 浮気しないとは言いきれないけど、結婚しなくたって充分手駒になってくれる」
 ……なんて恐い女なんだ。
「貴方は周りにいなかったタイプよ。
 初めて手に入れたくなっちゃった……私と手を組まない?」
 そこまで言うと、間を空けた。
 きっとこれも計算のウチなんだろうと思うが、言葉の意味が飲み込めない。
 何を言ってるんだ、この女。
 こんなコトしておいて、平和な顔して手を組めるとでも思ってるのか。
「ああ、そうそう。貴方には残念ながら選択権がないの」
「何!?」
「薬って、いってたでしょ? アレ、当たり」
 くすっと笑う様は可愛らしいが、出てきた言葉は何とも物騒なものだった。
「ウチのお抱え魔術師が開発したばかりの新薬『百獣の王』よ。
 中和薬はもちろんウチにしか無いし、効果は絶大。助けて欲しい?」
 余裕の笑みで見下ろされる。効果ってなんだ、絶大って何だ!?
「効果を聞いておく必要があると思うんだが」
 ぼそりと反論してみる。いや、反論にすらなんていないような。
 寝に入るときのあの感覚が毎晩襲ってくるとか、徐々に効いてくる惚れ薬だとか
色々考えて、それだけでぐったりする。
「獣化よ」
 彼女はこともなげにそう告げた。



  † † † † † † † † †



「私を信じて、既成事実があるモノだと思ってしまえば良かったのに。
 それとも、目が覚める前に既成事実を作っておいた方が良かったのかしら?」
 そう言って、彼女は部屋を後にした。
 残されたのは愕然としたまま取り残された自分一人。
 立ち上がることすらせず、後ずさった壁際に座り込んで、言われたことを反芻す
る。
「婚約発表を済ませたら中和薬を飲ませてあげる。
 そしたら貴方は色んな意味で逃げられないモノね」
 自分に残された自由は、盛大に溜め息をつく自由だけなのだろうか?
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 面倒なことは嫌いだ。だから見合いなんて嫌だったのだ。
 今更遅いが、こんなことなら出された据え膳を食っておけば良かったのかもしれな
い。オイシイ思いをした上に、変な薬は使われずに済んだかもしれないのだから……
いや、それも別の意味で恐そうだから、想像は自粛。一生手駒なんて楽しい話じゃな
い。



 ドアが僅かに開き、しなやかなシルエットの黒猫が隙間から滑り込んだ。
 遅れて淡いグリーンにドレスアップした彼女が入ってくる。
「いつまでそうしてるの? レオン」
 甘えるような声は、扉の向こうの誰かに聞かせるためのものなのか。
 壁に寄りかかるようにしながらのろのろと立ち上がって、虚ろな目を向ける。
「食事の時間よ、早くいらして」
 扉を今、ようやく閉める。想像力の豊かな連中は、何を思い描いているのだろう
か。
 彼女を抱きしめ、軽く口付ける自分か?
 それとも、彼女に抱きつかれ、困る自分なのか。

「……扉さえ閉めてしまえば、外に声は聞こえないわ。本題に入りましょ?」
 一瞬で表情を変えた彼女は、さっきまでよりずっと生き生きと、そして艶やかに笑
う。
 その事を知っているのは自分だけかもしれないとつい考えてしまい、頭を振る。
 顔が好みに見えてこようが、相手が自分だけに気を許そうが駄目だ、アレに惚れち
ゃいけない。本能が危険だと叫んでいるのだ。面倒事はもう沢山だ。
「ご挨拶して、マイラ」
 足下にじゃれついたと思ったら、器用に身体を駆け登り、肩口に座る黒猫。
 にゃーん
 顔に擦り寄ろうとしてバランスを崩すと、爪を出して首筋を引っ掻いた。
「なっ!?」
「あら、ごめんなさいね」
 彼女が手を伸ばすと、黒猫は彼女の手に飛び移る。
 首筋に、細い血の跡が残る。傷は深くない。が。

 ……ドクッ!
 壁により掛かるように立つ身体が、ガクンと揺れた。
 膝から崩れ落ち、勢い余って強かに額を床で打つ。
「これで、薬が冗談じゃないと分かってくれるかしら?」
 猫を撫でながら、彼女はこちらを見下ろしていた。

「症状には随分個人差があるみたいだからハッキリとしたことは言えないけど、
 傷から獣化が進行するみたいね。傷を受け続ければどんどん症状は進行するわ。
 傷ついたところから、触れた動物の一部を身体に取り込むって感じかしら。
 例えば……そうね、攻撃してきたのが単一の動物じゃない場合、
 キメラみたいな合成生物になるかもしれないわね」
 そう言うと、抱いていた猫を下ろした。
 ビクッと身体が身構えようと反応する。しかし、心臓が激しく脈打ち、汗が滴り落
ち、腕の筋肉は痙攣を始め、自由に身動きがとれない。
 しかし、今度は傷を負わせるつもりはないようだった。
「マイラは特別な猫でね、舐めることで傷を癒してくれるの。
 ……薬を飲んだときのように、獣化した部分は元に戻らないけど」
 にゃーん
 とてとてと近づいた猫は、血の匂いにイヤな素振りすら見せず、ぺろぺろと傷を舐
めた。
 浅い傷跡が、気のせいだとでも言うように消えていく。
 が、収まりかけた心臓が、再び暴れ出し、呻き声を漏らす。。
「面倒なこと、嫌いなんでしょう?
 だったら、早く折れた方が、面倒も気苦労も少なくて済むわ。
 いずれ折れるのなら、傷は浅い方がいいものね」
 彼女はそう言うと、きびすを返してドアを開けた。

「一緒にお食事出来ないなんて、とても残念だわ」
 それは猫を被った甘えた声。やはり誰かに聞かせるためのセリフなのだろうか。
「またお見舞いに伺いますわね、レオン」
 わざとらしくも名を呼ぶ。そういう親しい仲なのだと主張するように。
 黒猫が彼女の足下を擦り抜けて、部屋を先に出る。
 静かに、ドアが閉まった。

 動悸が収まったら、体が自由に動くようになったら、急いでここから逃げなけれ
ば。
 まだ落ち着かず、床に突っ伏した状態で決意する。
 あの女の思い通りには、ならない。



2007/02/12 16:56 | Comments(0) | TrackBack() | ○獣化の呪いと騎士の槍
獣化の呪いと騎士の槍  05/ピエール(魅流)
PC:ピエール
NPC:団長とか。
場所:シカラグァ連合王国・直轄領 ピエールの回想。
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 太陽が完全に沈み、夜の帳が降りきった頃。夕食を終え、部屋に戻ってきたピエールは一人で寛いでいた。

「そういえば、騎士団から離れて夜を越すのも久しぶりだのう」

 騎士団に入団してより十余年。ピエールにとっての家は生まれ育った実家よりではなく団員達が寝食を共にする隊舎になっていたし、家族といえばその意味の半分以上が仲間達を指す言葉だった。
 団体行動を常とする生活の中で、このように独りで夜を過ごす事なぞ滅多にあるものではない。まだ眠るには早く、かと言って何かやる事できる事があるわけでもない。時間を持て余したピエールは酒の効果と相まって、なんとなく昔の事を思い返していた。

 思い出される事はやはり騎士団に纏わる事が大多数を占めている。その中でも特に多いのが団長に関わるエピソードで、その数は優に総数の9割程に登る。
 "戦乙女の投げ槍"の団長はいわゆるトラブルメーカーだ。彼を知るものでこの意見に首肯しない者はいないだろう。
 戦においては絡め手というものを好まず力押しの正攻法な戦法のみを取り、油断慢心当たり前。見かねた部下が諌めれば「戯け、この程度の相手に慢心せずして何の団長か」と言い返す始末。それにも関わらず、結果として全ての戦に勝ち抜いて来たという冗談のような経歴を持つ男。"戦乙女の投げ槍"の団長はそういう男だ。
 さらには不幸な事にというべきか、団長は不思議なカリスマを持っていた。天上天下唯我独尊の考え、振る舞いの中に人を惹き付ける何かがあるのだ。それさえ無ければとっくに回りからひんしゅくを買って大した事もせず終わっていたはずだった。しかし、彼はそれを持っていたのだ。結果として、回りの人間を全て巻き込むまるで台風のような存在としていつでも彼は絶好調だった。

 実を言えば、今ピエールがこの場にいるのも団長からの"影響"の一つなのだ。というのも、元々この女王御前試合に招かれたのは団長の方だったのにも関わらず「面倒だ。任せた」の二言で済ませてしまい、ピエールが代役として出場する事になったからだ。
 まぁ、それが良い影響であったのか悪い影響だったのかと言えば、微妙なところなのだが。

「そういえば、あの時も団長の一言で苦労したもんだったなぁ……」

 思い返すのは数年前。冬を前にして太陽が地を照らす時間がだんだんと短くなり、いよいよ寒さが顎を開いて襲い掛からんとしているような時期の事だ。
 近隣の住民からの陳情――盗賊団にカモられてるので助けてほしい――を聞いた団長は、「その程度に兵を割くまでもない。我(オレ)とピエールだけで十分だ」と言うやいなや手に入れたばかりの剣を片手に嬉々として飛び出してしまった。団長がそういう行動にでる事そのものはいつもの事で、もはや周りでフォローする体制が整ってしまっているので問題ない。
 ただ、不幸だったのが名指しにされたピエールで、遠征から帰ってきた次の日には再び荷物を持って街道をえっちらおっちらと行く羽目になってしまったのだった。

 盗賊団探しそのものはすぐに終わった。陳情を出した村全てをまわり、情報を集めてみるとあっさりと盗賊達がどこからやってくるのかが特定できたからだ。情報を総合すると、村を襲う盗賊団は食うに困って落ちぶれた野盗の類ではなく、隣国からわざわざやってきて略奪行為を行う、私掠盗賊団だという事がわかった。さすがにアジトまで相手国内に作る度胸はないようで、毎回毎回国境の川に架かっている大橋を渡ってやってきているらしい。盗賊達と戦うにあつらえたような絶好のロケーションである大橋を。

「いやぁ、今日も冷えますなぁ」

 大橋の途中にいくつか作ってある小部屋の一つでピエールと団長は何をするというわけでもなくただ時間をつぶしていた。何しろ盗賊達の行動に一貫性はなく、連日来たかと思えばしばらくこなかったり、かといってその繰り返しかと言うとそうでもなく一日置きだったり二日置きだったりと次にいつ来るのかがまったく予想できないのだ。迎撃する側にできる事と言えばただ待つのみ。来るルートが限定されているという救いがなければとても二人ではやってられない仕事だった。
 石造りの小部屋は風こそ凌げるものの、寒さを完全に防ぐ事はできず冷気の侵入を許してしまっている。鎧に掛けられている魔術があるので寒さによって体力を消耗する事はないが、お陰で寝る時も鎧を脱ぐ事はできない。お世辞にも快適な状態とはいえない状況が、三日間続いた。

 三日目の夕暮れ。いい加減待つのに飽きた団長がいっそ隣国の領土に攻め込むのを本気で検討しはじめた頃、ようやく待ちかねていた盗賊団が姿を現した。
 平和条約を結んでいる為お互いに迂闊に兵を置けない大橋を我が物顔で通り抜けようとする盗賊達はその数約五十人。通常の盗賊団の規模から考えると計り知れない人数だ。

「おー?どこの騎士様だかしらねぇけど、俺たちのジャマはよくねぇなぁ」

 いわゆる小者によく見られる傾向だが、数で相手を圧倒すると途端に気が大きくなる人間というものがいる。この男もその一人だった。

「光栄に思え。貴様らを我(オレ)の剣の試し斬りに使ってやる」

 沈み行く太陽を背後に背負い、黄金に輝く男は不敵に哂う。無視された形になって、安い自尊心を傷つけられた盗賊は、太陽光の照り返しだけではなく男本人もまた光をまとっている事に気づけなかった。もっとも、冷静だったとしても気づけたかどうかは怪しいものだが。

「け、たった二人で俺たち全員を斬る気かよ?できるもんならやってみやがれってんだ」

 五十対二。この人数差の前にはどんなに腕が立つ人間だろうと数に押し切られて負けるのみだ。だから、この盗賊団の首領の油断はある種仕方がないと言えるだろう。騎士団を相手に何回もやりあい、負けても生き延び時には勝ってきた経験に裏づけされた判断に狂いはないと自負してきたし、実際ここ数年はそれで上手くいっていたのだ。
 ――彼にとって唯一不幸だったのは、今まで自分の想像を超えるような規格の敵に出会う幸運に恵まれなかった事だろうか。だが、それも仕方がない。たった一人で五十人もの人間を無力化してのける人間など、そうそう転がっていては世の中がおかしな事になってしまう。

 盗賊団の首領が自分の失策に気づいた時にはもう手遅れだった。鎧から立ち上る、目にはっきりと見えるほど具現化した魔力を湯水のように吸い尽くし、黄金の魔剣は思うがままに己の性能を、造られた意義を哀れな盗賊達へと揮う。振られた剣から一閃、伸びた白い光は盗賊達全員を貫き、石の壁に当たって消滅する。
 自分の上半身と下半身が分離していくのを、首領はただ冷静に他人事のように見守っていた。過ぎた痛みはいっそ何も感じないというが、まさにその通り。下半身の支えを失った上半身が地面に落ちても、落下する感覚もなければ地面に当たった感触もしない。――って、いくらなんでもそんな馬鹿な。一度目を閉じて再び開く。そこに見える景色は、魔剣による一撃をくらう直前とほとんど同じ、太陽を背に立つ黄金の鎧。違う事といえば、剣が振り切られている事と、目の前に白銀の鎧を着た男が迫ってる事だろうか。

                ◆◇★☆†◇◆☆★

 ――少し昔語りをしよう。その昔、ある若いがとても腕のいい鍛冶屋がいた。右に出るものなし、周りとはまったく比較にならぬ、過去最高の腕を持つブラックスミス。彼を持て囃す声は絶える事がなく、また本人も腕が立つとは言えまだ若者。鍛冶神ヴァルカンの現界という二つ名と共に、様々な名剣名刀を生み出した。
 ある時。ふと手に取った書物――ある水に囲まれた王国の伝承を読んだ彼は、その物語の中にでてくる救国の聖剣を実際にこの世に生み出そうと思い、その実現の為に己が持つ全ての力を注ぎ込んだ。稼いだ金は魔力を増幅する効果がある希少な鉱物を買い求める為に費やされ、他の注文は全て断り、ただ一振りの聖剣を生み出さんとした。

 しかし、結論から言えばそれは不可能な事だったのだ。伝承の中にある、実在したかも怪しい聖剣。それは妖精が当時の王に与え、その王の死と共に妖精に返却されたという幻想の産物。多少腕が立つとはいえ、人間によって造れる物ではない。
 金属を鋳溶かし、叩き上げ、剣の形にする。出来上がった剣の中にはいままでの作品に比べれば比較にならぬほどの力を秘めた剣も数多くあった。しかし、結局伝承通りの力を発揮できるような聖剣は一振りとてできなかったのだ。
 聖剣を打つと決めてから早数年。稼いだ財はほぼ全てが消え、注文を断り続けた結果信用も名声も全てをなくし、それでもまだ諦めずに挑み続ける男がいた。最後の金で手に入れた一振りの剣を造れる量の希少金を前に、鍛冶屋は死に瀕していた。本当に最後の最後、彼の魂を打ち込まれた剣は、彼の親友の魔導師の手によって振られ、一軍を一振りで薙ぎ倒すという成果を出す。鍛冶屋はその様子を見て、満足した表情で息を引き取ったのだ。

 だが、思い出して欲しい。鍛冶屋は死に瀕した体だった。必要な栄養も何も取らず、病に罹っても養生せず、そんな生活を数年間続けたのだからそうなるのは当たり前だ。そんな鍛冶屋が真に優れた剣を生み出す事ができるのだろうか?――答えは否。彼の最期の一振りは、今までの魔力剣の中でも五指に入る駄作だったと言う。そんな剣が何故一軍を薙ぎ倒す事ができたのか?その答えは、鍛冶屋の親友の魔導師の術にある。魔導師が得意とするのは、相手に幻を見せて惑わす幻惑の術。死に行く友に、せめてもの餞と倒れ行く大軍の姿を見せたのだ。しかし、その術の対象は鍛冶屋だけに留まらなかった。
 衰えた力で鍛えられた剣は、いままでの剣に比べて明らかに駄作だった。だか、それは剣としてそれを見た場合の話だ。鍛冶屋の最期の鎚は、結果として希少金の金属としての性質よりも、魔力を増幅するという性質の方を強化していたのである。そして、死に行く親友の最期にと魔導師が使った幻術は剣の力によって増幅され、軍全てに彼ら自身が斬られるという幻覚を見せたのだ。幻術はあくまでも幻それは本物ではないが、それを見る者がそれを真実と心の底から信じれば少なくとも綻びに気づくまでの間は間違いなく真実だ。拡散した所為か視覚しか惑わされなかったものの、伝説とまで言われた鍛冶屋の作、そして実際に剣から白い光がでて自分たちに至るのを感じた軍人たちの大半はそれを本物と受け入れてしまったのだ。

 そして、魔導師は亡き友の名誉の為に三日三晩の儀式を行い、『自分が真っ二つに斬られたように思わせる幻術』を剣に篭めた。それも、人間の思い込みの力を使い、食らった者は実際に体が裂けるほど強力な、禁呪とされている術を。
 そして時は流れ、剣は結局その危険度の為に上から幻術を封印する術を掛けられ、封印された。『もう二度と歴史の表舞台に出る事はないだろう』封印がされた時、剣の存在を知る誰もがそう思った。何しろ13人の当時最高の力を持つ魔術師達がそれぞれに施した封印は相互干渉によってもはや掛けた本人たちでさえ解く事ができないレベルに達していたのだから。
 彼らは知らなかったのだ。圧倒的な魔力を持ってすれば効果が弱くなるもののちゃんと魔剣を発動させる事ができる事、そして装備しているものの魔力を倍増させる、剣と同じ希少金で造られた鎧の存在を。まぁ、仮に知っていたとしても彼らは黙殺しただろう。なぜなら、よっぽどの魔力(ちから)持ちでもない限りは鎧の効果を持ってしても剣を発動させるには至らないのだから。

 とにかく、こうしてしばらくの間剣は封印した者達の意思どおりに歴史の表舞台から姿を消す事になる。長い眠りに就いていた剣が再び世に放たれる事になったきっかけは、一つの国が異界へと消えた事だ。皇室の宝物庫に収められていたはずのその剣がどうして異界行きを免れたかは今となっては分からないが、倉の片隅でその使い手を得る事もなく眠るはずだった剣は世に放たれ、こうして"戦乙女の投げ槍"の団長の手に渡る事になった。
 その成果がここに現れたのだ。元々強い魔力を持つ人間と、それを増幅する黄金の鎧。必要な条件を全て満たし、永い時を越えて再び偽聖剣(せいけん)は思うがままに与えられた能力(ちから)を揮う。今ここに、かの剣は二度目の産声を上げたのだ。

 ――昔語りはこれで終わり。後は、現代に蘇ったその剣の力をとくと照覧あれ――!

「野郎ども、目をさませがふっ!?」

 いち早く幻覚状態から立ち直った盗賊団の首領は、まだ勝機は失われていないと考えていた。いくら一度50人全員が幻覚に囚われたとは言え、所詮そう質のいいものではない。恐らく声を掛けて教えてやればそれだけで正気に立ち返るだろうし、そうなれば後は数で圧すだけなのだから。――だが、それは少し見込みが甘かったようだ。

 団長の魔剣解放の直後、愛用の槍を置いてピエールは盗賊達に向かってダッシュを掛けた。一人一人槍で小突いていてはキリがない。それよりも、ここは橋の上。敵の数を減らすにもってこいの場所があるではないか――!!
 ピエールが最初に抱え上げたのが、いち早く正気を取り戻した団長だった事は、実際ただの偶然に過ぎない。だが、その偶然が勝負を完全に決める事になった。

「少し頭を冷やしてこいっ!」

「てめぇ、何しやがる。や、やめろ、やめうわああああああああああああああ」

 いくら正気に戻っていたとは言え、自分の視界が急激に変化して戸惑わない人間はいない。そして、その隙はピエールをとって絶好の好機だった。棒立ちになっている首領の脚の間に手を入れ、砲丸投げの要領で橋の外に向かって投げ飛ばす。人並み外れた膂力を持つピエールだからこその荒業だ。

「がば、てめぇ!おぼぼぼぼ、げふん、覚えてやがれ!がぼぐぼごぼ」

 首領が流されていく間にも、次から次へと盗賊達は川に投げ込まれてく。全員が正気を取り戻した頃には、優に40人以上が寒川の中を岸に向かって泳ぐ羽目に遭っていたのだ。これで残る盗賊達は10人。かたや人数で勝るとはいえあっという間に仲間を蹴散らされて意気消沈の、もともと弱いものイジメしか脳がないような盗賊達。かたや40人を川流しにして疲れてはいるが気力は十分、さらに言うならば常日頃から鍛錬を重ねるプロの兵隊。8人という人数差では実力差をひっくり返すにはいたらなかった。

 以降、何度か盗賊団が現れ近隣の村人達を苦しめたことがあったが、その全てが例外なく川流しの刑に処されるのがこのあたりの伝統になった。結果として、今いる者達を徹底的に酷い目に逢わせる事でやる気を失わせる事になり、その後しばらくの間近隣の住民たちが盗賊団に悩まされる事はなくなったと言う。

「さて、そろそろ寝るとするかの」

 明りを消して、ピエールはベッドの上に横になった。睡眠時間が限られている生活を長く続けている所為か、寝つきの良さはピエールの特技のひとつだ。

 ちなみに、今夜ピエールが見た夢は数十人を橋から投げ落としたせいで、数日の間付き合う事になった筋肉痛と戦う自分の夢だったそうな。


2007/02/12 16:56 | Comments(0) | TrackBack() | ○獣化の呪いと騎士の槍

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