PC:アロエ オーシン
場所:イノスのスラム街
NPC:薄汚れたローブを着た少年
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「僕は……お父様に、薬を渡されただけだ」
少年の言葉は、長い長い沈黙の果てに、ようやく紡がれた。
対するオーシンは、のったりした動きで首を傾げる。
「……薬……?」
おばば様は植物の種だと言っていたのに……と、そんなことを考えた。
「お父様は、皆に欲しいかどうか聞いてみて、もし『欲しい』という人がいたら渡し
て来なさい、って、そうおっしゃったんだ」
「……それで……カラに、渡した……ってこと……?」
「名前なんて知らない。だけど、欲しいって言ったからあげただけだ」
「……それじゃ、お父様、って人が……その……薬を、持ってるんだね……?」
オーシンは、ぼんやりと思い出した。
確か、サラは、『種を管理している奴なら、なんとかする手段を知ってるかもしれな
い』と言っていたはずである。
ならば、そのお父様とやらが、なんとかする方法を知っているのではなかろうか。
種ではなく薬と言っているようだが。
「……あの、ね……お父様、って、どこにいるんだい……?」
途端、少年の態度に変化が起きた。
「どうしてそんなことを聞くの?」
どこかおどおどしていた声が、冷たくて硬い声に変わったのである。
「……カラを助ける手段を、その人が……知ってる、と思うから……」
その言葉に、少年は頑なな表情を浮かべた。
「あの薬で誰かが苦しんでるなんて、そんなはずない……。お父様は、あの薬は人を
幸せにする薬だって、願いをかなえる薬だって言ってたんだから」
頑なな瞳が、オーシンを見据える。
「嘘つき」
嘘つき呼ばわりされ、オーシンは、ぼんやりした顔でまばたきを数回繰り返した。
嘘を言った覚えがなかったからである。
「嘘……じゃないよ……」
のったりした動きで首を横に振れば、
「お父様のおっしゃることに間違いなんかない! お父様は正しいんだ!」
頑なな表情から一転、少年は鋭くオーシンを睨む。
少年グループに取り囲まれていた時とは、まるで別人のようである。
弱々しかった青灰色の瞳が、今は強い意思のようなものを宿していた。
「……でも、カバは……苦しんでた……」
オーシンの発言に、少年が眉をひそめる。
「さっき、カラ、って言ってなかった?」
カバではないが、カラでもない。
正しくはカヤである。
オーシンは人の名前を覚えるのが非常に苦手なのである。
しかし、初対面の少年がそんなことを知るはずもない。
「やっぱり嘘つきじゃないか。そんなに嘘ばかりついて、恥ずかしくないの?」
「苦しんでるのは、本当、だよ……」
「嘘だ! それ以上お父様を悪者呼ばわりしたら、許さないっ」
……こちらの言葉を聞いてくれそうにはない。
それほど、彼にとって『お父様』とやらの言葉は絶対なのだろう。
オーシンは、ぼんやりと、困ったなあ、と思った。
カヤは今この瞬間も苦しんでいるのだ。
ここであまり時間をかけてもいられない。
早く、なんとかする手段を教えてもらわなくてはならない。
そのためには……。
オーシンは、決意した。
オーシンは、いきなり少年の腕を掴むと、引っ張って立たせた。
細い腕だった。
もしかしたら、ロクに食べていないのかもしれない。
「ちょ、ちょっと! 何するんだよ!」
少年はその腕を振り払い、抗議の声を上げる。
しかしオーシンは振り払われた腕を再度掴み、少年を引きずるようにして走り出し
た。
「離せったら、嘘つき!」
オーシンは、これまたいきなり足を止め、少年の方を振り向いた。
いきなりだったせいだろう。
少年は勢いあまってオーシンにぶつかり、振り向いたオーシンの顔を間近にすること
になった。
オーシンの顔を間近にした少年は、慌てて視線を逸らした。
その緑色の瞳に見つめられそうになり、本能的な恐怖を覚えたのである。
「カラが……苦しんでるのは、本当、だよ……その目で……見たらいい……」
カヤを助けるためには。
まず、この少年に、カヤが苦しんでいることを信じてもらう必要がある。
そうしなければ、お父様とやらの言葉を盲目的に信じているこの少年は、その居場所
を教えてはくれないだろう。
カヤを助ける手段を知っているであろう、人物の居場所を。
「……嘘に決まってる……お父様以外は、みんな嘘つきなんだ……」
少年はうなだれたまま、小さな小さな声で吐き捨てるように呟いた。
「行くよ……」
オーシンは、少年の腕を引いて再び走り出した。
シーカヤック号をめざして。
場所:イノスのスラム街
NPC:薄汚れたローブを着た少年
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「僕は……お父様に、薬を渡されただけだ」
少年の言葉は、長い長い沈黙の果てに、ようやく紡がれた。
対するオーシンは、のったりした動きで首を傾げる。
「……薬……?」
おばば様は植物の種だと言っていたのに……と、そんなことを考えた。
「お父様は、皆に欲しいかどうか聞いてみて、もし『欲しい』という人がいたら渡し
て来なさい、って、そうおっしゃったんだ」
「……それで……カラに、渡した……ってこと……?」
「名前なんて知らない。だけど、欲しいって言ったからあげただけだ」
「……それじゃ、お父様、って人が……その……薬を、持ってるんだね……?」
オーシンは、ぼんやりと思い出した。
確か、サラは、『種を管理している奴なら、なんとかする手段を知ってるかもしれな
い』と言っていたはずである。
ならば、そのお父様とやらが、なんとかする方法を知っているのではなかろうか。
種ではなく薬と言っているようだが。
「……あの、ね……お父様、って、どこにいるんだい……?」
途端、少年の態度に変化が起きた。
「どうしてそんなことを聞くの?」
どこかおどおどしていた声が、冷たくて硬い声に変わったのである。
「……カラを助ける手段を、その人が……知ってる、と思うから……」
その言葉に、少年は頑なな表情を浮かべた。
「あの薬で誰かが苦しんでるなんて、そんなはずない……。お父様は、あの薬は人を
幸せにする薬だって、願いをかなえる薬だって言ってたんだから」
頑なな瞳が、オーシンを見据える。
「嘘つき」
嘘つき呼ばわりされ、オーシンは、ぼんやりした顔でまばたきを数回繰り返した。
嘘を言った覚えがなかったからである。
「嘘……じゃないよ……」
のったりした動きで首を横に振れば、
「お父様のおっしゃることに間違いなんかない! お父様は正しいんだ!」
頑なな表情から一転、少年は鋭くオーシンを睨む。
少年グループに取り囲まれていた時とは、まるで別人のようである。
弱々しかった青灰色の瞳が、今は強い意思のようなものを宿していた。
「……でも、カバは……苦しんでた……」
オーシンの発言に、少年が眉をひそめる。
「さっき、カラ、って言ってなかった?」
カバではないが、カラでもない。
正しくはカヤである。
オーシンは人の名前を覚えるのが非常に苦手なのである。
しかし、初対面の少年がそんなことを知るはずもない。
「やっぱり嘘つきじゃないか。そんなに嘘ばかりついて、恥ずかしくないの?」
「苦しんでるのは、本当、だよ……」
「嘘だ! それ以上お父様を悪者呼ばわりしたら、許さないっ」
……こちらの言葉を聞いてくれそうにはない。
それほど、彼にとって『お父様』とやらの言葉は絶対なのだろう。
オーシンは、ぼんやりと、困ったなあ、と思った。
カヤは今この瞬間も苦しんでいるのだ。
ここであまり時間をかけてもいられない。
早く、なんとかする手段を教えてもらわなくてはならない。
そのためには……。
オーシンは、決意した。
オーシンは、いきなり少年の腕を掴むと、引っ張って立たせた。
細い腕だった。
もしかしたら、ロクに食べていないのかもしれない。
「ちょ、ちょっと! 何するんだよ!」
少年はその腕を振り払い、抗議の声を上げる。
しかしオーシンは振り払われた腕を再度掴み、少年を引きずるようにして走り出し
た。
「離せったら、嘘つき!」
オーシンは、これまたいきなり足を止め、少年の方を振り向いた。
いきなりだったせいだろう。
少年は勢いあまってオーシンにぶつかり、振り向いたオーシンの顔を間近にすること
になった。
オーシンの顔を間近にした少年は、慌てて視線を逸らした。
その緑色の瞳に見つめられそうになり、本能的な恐怖を覚えたのである。
「カラが……苦しんでるのは、本当、だよ……その目で……見たらいい……」
カヤを助けるためには。
まず、この少年に、カヤが苦しんでいることを信じてもらう必要がある。
そうしなければ、お父様とやらの言葉を盲目的に信じているこの少年は、その居場所
を教えてはくれないだろう。
カヤを助ける手段を知っているであろう、人物の居場所を。
「……嘘に決まってる……お父様以外は、みんな嘘つきなんだ……」
少年はうなだれたまま、小さな小さな声で吐き捨てるように呟いた。
「行くよ……」
オーシンは、少年の腕を引いて再び走り出した。
シーカヤック号をめざして。
PR
PC アロエ オーシン
場所 イノス
NPC ハボック カーチス 少年
___________________________________
おばば様のカミナリが落ちてから数分後。
イノスの町を歩くハボックとカーチスの姿があった。
「全く…、どーしてこんなことになっちまったんだかね」
カーチスがドレッドヘアーの頭をぼりぼり掻いて言う。
「あのコスプレの子は実はネコだったし、魔女には大目玉くらうし、…オレた
ち予定ではこんなはずじゃなかったのになぁ、ハボック?」
「しゃーねぇだろ」
一方のハボックのほうはあきらめきった顔で、目は進行方向を見つめてい
た。
「こうなったら麦藁帽の方の子早いトコ見つけて、魔女に機嫌直してもらうし
かねぇし」
「なぁ、ハボック。まさか…あの麦藁帽の子も人間じゃねぇとか…」
「あのな、冗談言ってる暇あったら、早いとこあの子探せよ、カーチス」
「はいはい」と返事してカーチスは首をすくめた。どうやらコスプレの子が
ネコだったのを知り、ナンパするときにはあんなに盛り上がっていた彼の気分
はすっかり冷め切ってしまったようだ。
(全く…、一度気分が冷めるとコイツ、冗談いってもカルく流すからなぁ。つ
まんねぇ)
ふてくされた顔で、カーチスも、ハボックよりはやる気のない感じではある
が麦藁帽の子を探し始めた。
ぽつっとカーチスの鼻の頭に、何か冷たいものが当たった。
「お、ハボック、降ってきたぜ」
カーチスのその声に、丁度街の女性に麦藁帽の子を見なかったか尋ねていた
最中のハボックも空を見上げた。いつのまにか空は鉛色の雲に覆われていた。
「こりゃ降ってくるな…。おい、カーチス、ひとまずどこか屋根のあるところ
に避難するか」
「そうだな、そうだ、そこの<海猫亭>にしねぇか?」
そういってカーチスは丁度近くにあった<海猫亭>の方を顎でしゃくった。
「何でだよ」
「だって、そうしたら海猫亭のバーで飲みながら雨が上がるのを待っていられ
るだろ?うん、名案だな、オレ」
「全く…」
どうしてコイツはいつもいつも、肝心な時に真面目に働かないのか…。ハボ
ックはため息をついた。ハボックにはカーチスが真面目に麦藁帽の子を探す気
などないことはとっくにお見通しだ。しかし…。ハボックはふと考えた。イノ
スで泊まるなら<海猫亭>と言われるほどに、<海猫亭>はギルドハンターや
商人など多くの人間が集まる場所だ。<海猫亭>の酒場では、時にギルドより
も多くの情報を得られることもある。もしかしたら、麦藁帽の子の情報も手に
入るかもしれない。
(単に飲みたいだけのカーチスはともかく、行ってみる価値はあるかもしれね
ぇな)
そう考え、ハボックは「いいぜ、行こうか」と返事をした。それを聞いたカ
ーチスの目が輝く。
「おう、なんだ、オレはお前のことだから『真面目に探せよ』って断られるか
と思ってたのによ。ようやくハボックも話のわかるやつになったんだな。ガハ
ハ」
陽気に笑うと意気揚々と<海猫亭>のドアをくぐるカーチス。ハボックはた
め息をつくとカーチスに続いてそのドアをくぐった。
おばば様のカミナリが落ちてから数分後。
シーカヤック号の甲板で一人正座をしているアロエの姿があった。今はおば
ば様の回復魔法のおかげで『天使型』に戻っている。
なぜ正座しているかというと、それはおばば様に黙って勝手に出歩き、しか
も危険な場所でオーシンを見失った罰としてだ。
「うう。全く…、どーしてこんなことになっちまったんだか」
耳も尻尾もしょぼーんとたらしてアロエはしょげ返っていた。
「あの船員たちには正体バレちまったし、ばーさんには耳がキンキンするほど
怒られるし、…おれの予定ではこんなハズじゃなかったのによぉ」
あれから、アロエはさらにおばば様にくどくどと怒られ、船員二人は説教か
ら逃げるように「オレたちあの子を探しに行ってきます!」と街にオーシンを
探しに出かけてしまったのである。
「うう、アイツらさっさとばーさんの説教から逃げやがって…。おかげでオレ
一人正座じゃねぇか…。ずりぃぞ…」
ううう…、と唸りながら正座しているアロエの耳を、ちょんちょん、と触る
ものがあった。
「アロエ…」
その感触にふっと顔を上げたアロエは、驚いて目をまん丸くした。
「オーシンじゃねぇか!」
目の前に立っているのは紛れもなくオーシンである。思わずアロエは立ち上
がろうとして、「イテテ…」と足を擦った。正座で足がしびれてしまっていた
のである。
「大丈夫…、アロエ…?」
「お、おうよ…、平気だ。って、お前どーしてここにいるんだ??」
「あのね…、この子に、カラの姿を見てもらおうと思って」
そういってオーシンが示した先には、薄汚いフードを被った少年がいた。青
灰色の瞳が挑むようにアロエを見据えている。
「なんだ?コイツは?っていうかカラ、って、もしかしてまた人の名前間違え
てんのかよ、オーシン」
「?」と首をかしげるオーシンの姿を見て、アロエは頭をぼりぼりと掻い
た。
「まあいいや…、とにかくばーさんがお前のこと心配してるからな。ひとまず
ばーさんとこ行こう」
その言葉に、少年が、おびえるように低く「ううう…」と唸った。
「…<ばーさん>って、誰さ。どこ行くの」
「なんだコイツ?…っていうか、お前、面白れぇ目してるなー」
初めてアロエは少年の目に気がついたようだ。興味津々のキラキラした眼差
しで少年の目を見つめる。
「…煩い。僕の目を馬鹿にするな…っ」
「いや、馬鹿になんかしてねぇよ。ただ面白れぇなーと思ってよぉ」
「煩いっ!」
「まあいいや、とにかく面倒だからお前もついてこいよ」
「うわっ…!」
少年が声を上げた。なぜなら体をアロエに横向きに抱きかかえられたからで
ある。
「離せよ!降ろせー!」
「うるせぇなー、ばーさんとこついたら降ろすからよ」
「嫌だ、行くもんか!離せー!」
しかし、少年の抵抗もむなしく、少年はアロエたちと一緒におばば様に対面
することになるのであった…。
ハボックとカーチスが<海猫亭>についたその頃。一人の男がバーで飲んで
いた。彼は何日か前にある依頼をギルドに頼んでいた。
「依頼:盗まれた植物の種を取り戻すこと。…依頼者名:ウォン=リー」
場所 イノス
NPC ハボック カーチス 少年
___________________________________
おばば様のカミナリが落ちてから数分後。
イノスの町を歩くハボックとカーチスの姿があった。
「全く…、どーしてこんなことになっちまったんだかね」
カーチスがドレッドヘアーの頭をぼりぼり掻いて言う。
「あのコスプレの子は実はネコだったし、魔女には大目玉くらうし、…オレた
ち予定ではこんなはずじゃなかったのになぁ、ハボック?」
「しゃーねぇだろ」
一方のハボックのほうはあきらめきった顔で、目は進行方向を見つめてい
た。
「こうなったら麦藁帽の方の子早いトコ見つけて、魔女に機嫌直してもらうし
かねぇし」
「なぁ、ハボック。まさか…あの麦藁帽の子も人間じゃねぇとか…」
「あのな、冗談言ってる暇あったら、早いとこあの子探せよ、カーチス」
「はいはい」と返事してカーチスは首をすくめた。どうやらコスプレの子が
ネコだったのを知り、ナンパするときにはあんなに盛り上がっていた彼の気分
はすっかり冷め切ってしまったようだ。
(全く…、一度気分が冷めるとコイツ、冗談いってもカルく流すからなぁ。つ
まんねぇ)
ふてくされた顔で、カーチスも、ハボックよりはやる気のない感じではある
が麦藁帽の子を探し始めた。
ぽつっとカーチスの鼻の頭に、何か冷たいものが当たった。
「お、ハボック、降ってきたぜ」
カーチスのその声に、丁度街の女性に麦藁帽の子を見なかったか尋ねていた
最中のハボックも空を見上げた。いつのまにか空は鉛色の雲に覆われていた。
「こりゃ降ってくるな…。おい、カーチス、ひとまずどこか屋根のあるところ
に避難するか」
「そうだな、そうだ、そこの<海猫亭>にしねぇか?」
そういってカーチスは丁度近くにあった<海猫亭>の方を顎でしゃくった。
「何でだよ」
「だって、そうしたら海猫亭のバーで飲みながら雨が上がるのを待っていられ
るだろ?うん、名案だな、オレ」
「全く…」
どうしてコイツはいつもいつも、肝心な時に真面目に働かないのか…。ハボ
ックはため息をついた。ハボックにはカーチスが真面目に麦藁帽の子を探す気
などないことはとっくにお見通しだ。しかし…。ハボックはふと考えた。イノ
スで泊まるなら<海猫亭>と言われるほどに、<海猫亭>はギルドハンターや
商人など多くの人間が集まる場所だ。<海猫亭>の酒場では、時にギルドより
も多くの情報を得られることもある。もしかしたら、麦藁帽の子の情報も手に
入るかもしれない。
(単に飲みたいだけのカーチスはともかく、行ってみる価値はあるかもしれね
ぇな)
そう考え、ハボックは「いいぜ、行こうか」と返事をした。それを聞いたカ
ーチスの目が輝く。
「おう、なんだ、オレはお前のことだから『真面目に探せよ』って断られるか
と思ってたのによ。ようやくハボックも話のわかるやつになったんだな。ガハ
ハ」
陽気に笑うと意気揚々と<海猫亭>のドアをくぐるカーチス。ハボックはた
め息をつくとカーチスに続いてそのドアをくぐった。
おばば様のカミナリが落ちてから数分後。
シーカヤック号の甲板で一人正座をしているアロエの姿があった。今はおば
ば様の回復魔法のおかげで『天使型』に戻っている。
なぜ正座しているかというと、それはおばば様に黙って勝手に出歩き、しか
も危険な場所でオーシンを見失った罰としてだ。
「うう。全く…、どーしてこんなことになっちまったんだか」
耳も尻尾もしょぼーんとたらしてアロエはしょげ返っていた。
「あの船員たちには正体バレちまったし、ばーさんには耳がキンキンするほど
怒られるし、…おれの予定ではこんなハズじゃなかったのによぉ」
あれから、アロエはさらにおばば様にくどくどと怒られ、船員二人は説教か
ら逃げるように「オレたちあの子を探しに行ってきます!」と街にオーシンを
探しに出かけてしまったのである。
「うう、アイツらさっさとばーさんの説教から逃げやがって…。おかげでオレ
一人正座じゃねぇか…。ずりぃぞ…」
ううう…、と唸りながら正座しているアロエの耳を、ちょんちょん、と触る
ものがあった。
「アロエ…」
その感触にふっと顔を上げたアロエは、驚いて目をまん丸くした。
「オーシンじゃねぇか!」
目の前に立っているのは紛れもなくオーシンである。思わずアロエは立ち上
がろうとして、「イテテ…」と足を擦った。正座で足がしびれてしまっていた
のである。
「大丈夫…、アロエ…?」
「お、おうよ…、平気だ。って、お前どーしてここにいるんだ??」
「あのね…、この子に、カラの姿を見てもらおうと思って」
そういってオーシンが示した先には、薄汚いフードを被った少年がいた。青
灰色の瞳が挑むようにアロエを見据えている。
「なんだ?コイツは?っていうかカラ、って、もしかしてまた人の名前間違え
てんのかよ、オーシン」
「?」と首をかしげるオーシンの姿を見て、アロエは頭をぼりぼりと掻い
た。
「まあいいや…、とにかくばーさんがお前のこと心配してるからな。ひとまず
ばーさんとこ行こう」
その言葉に、少年が、おびえるように低く「ううう…」と唸った。
「…<ばーさん>って、誰さ。どこ行くの」
「なんだコイツ?…っていうか、お前、面白れぇ目してるなー」
初めてアロエは少年の目に気がついたようだ。興味津々のキラキラした眼差
しで少年の目を見つめる。
「…煩い。僕の目を馬鹿にするな…っ」
「いや、馬鹿になんかしてねぇよ。ただ面白れぇなーと思ってよぉ」
「煩いっ!」
「まあいいや、とにかく面倒だからお前もついてこいよ」
「うわっ…!」
少年が声を上げた。なぜなら体をアロエに横向きに抱きかかえられたからで
ある。
「離せよ!降ろせー!」
「うるせぇなー、ばーさんとこついたら降ろすからよ」
「嫌だ、行くもんか!離せー!」
しかし、少年の抵抗もむなしく、少年はアロエたちと一緒におばば様に対面
することになるのであった…。
ハボックとカーチスが<海猫亭>についたその頃。一人の男がバーで飲んで
いた。彼は何日か前にある依頼をギルドに頼んでいた。
「依頼:盗まれた植物の種を取り戻すこと。…依頼者名:ウォン=リー」
PC:アロエ オーシン
場所:イノス(シーカヤック号船内)
NPC:サラ 少年
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「つまり、アロエと離れたのは怪しいと思った奴を追っかけたからで、とっつかまえ
たこのガキが、種を管理してる奴の居所を知ってるだろうから、こっちの事情を信じ
てもらうために連れてきた、ってことなんだね?」
サラの言葉に、オーシンは、こくん、と頷いた。
サラは、くたびれたと言わんばかりに長いため息をついた。
帰ってきたオーシンが、どうして出歩いたのか、そしてその結果どういうことになっ
たかということを説明したのだが、いかんせん、その説明が、ただひたすらにわかり
づらかったのである。
無理もない。
何しろ、説明しているのはオーシンなのだ。
そのままではちっとも要領を得ず、ところどころにアロエやサラの質問が入らなけれ
ば、とても『説明』とは呼べないシロモノだった。
「本当は、絶対安静にしてなきゃいけないんだけどね……まあいいだろう。お前達、
部屋で騒ぐんじゃないよ」
サラはそう言うと、腰掛けていた椅子から立ちあがり、
「オーシン」
しわだらけの小さな手で、手招きをした。
「……何……?」
「こっちに来な」
一体なぜそんなことをするのか、さっぱりわからなかったが、オーシンは取りあえず
言う通りにすることにした。
ぼかっ!
サラの杖が、歩み寄ったオーシンの頭に強烈な一撃をお見舞いした。
結構派手な音がしたため、アロエと少年がギョッとした表情を浮かべる。
「……おばば様、痛い」
当の本人は、叩かれた部分を押さえ、ちっとも痛くなさそうな、ぼんやりした口調で
そういうだけだった。
サラはオーシンの顔をじろりと一瞥し、
「あたしに黙って勝手に出歩いた罰だ。2度とするんじゃないよ」
「……わかった……」
「まったく……」
サラは、一見怒っているようにしか見えないが、実はあることを恐れているのだ。
オーシンは、今の姿こそ若い娘のものだが、いつかどこかで、何かをきっかけにし
て、正体を見破られてしまうということもあり得るのだ。
生まれ持った本来の姿――醜悪なその姿を。
――そうなれば。
サラの胸中に、苦々しいものが広がる。
世の中の人間の大多数は、魔物を好いてはいない。
むしろ、排除せねばならぬと考える者の方が大半であろう。
そんな中で、正体がバレてしまったら。
(何事もなく終る、ってことはないだろうね……)
予想される事態が頭に浮かび、サラは眉をしかめた。
「ところで、このガキ、名前は何なんだい」
ふいに尋ねられ、そういえば、名前を聞いていなかったことをオーシンは思い出し
た。
「……聞いて、ない……」
いつものように、のったりした動きで首を横に振る。
「おおかた、そんなことだろうと思ってたよ。で? お前、名前は?」
「フンッ」
少年はむすっとした表情でそっぽを向く。
その態度に、サラのこめかみがぴくっと震えた。
「……お前は、自分の名前を言う口も持ってないのかい?」
サラの怒りが沸点に向かいかけたその時。
……ぽん、ぽん。
オーシンが、少年の肩を叩いた。
「何だよ」
いぶかしげに少年が見ると、オーシンはいつものぼーっとした口調で、
「フン、って名前……?」
などとのたまった。
「ンなわけねぇだろ!」
「違うっ!」
アロエと少年が、それに対してほぼ同時に突っ込む。
「あたしはフンだろうがクソだろうが、別にどうでもいいけどねぇ」
唯一、サラだけがにやりと笑った。
この台詞に黙っていられないのが少年本人である。
いくらなんでも、フンだのクソだのと呼ばれてはたまらない。
ぶすっとした表情で足元を睨みながら、
「……ない」
短く、そう呟いた。
「はあ?」
頭をかきつつアロエが尋ねると、少年はアロエを苛立たしげに睨んだ。
「だから……! 名前なんか、ないんだよっ」
「なんだよ、そりゃあ?」
「ずっと、お父様と2人きりだったから……そんなの、必要なかったんだ」
「ようするに、名無しのごんべえってことなんだね」
サラは、ほんの少しの間黙りこみ、何かを考え込む。
「よし。あたしが特別に名前をつけてやろう。呼び名がないと何かと不便だからね」
いらない、と言いたげな少年を完全に無視し、サラは続ける。
「ベルサリウスと名無しのごんべえ、どっちがいいか選びな」
一体何を基準にしてその二つを選び出したのかは不明だが、その二つには、物凄い差
があるのではないだろうか。
「ばーさん、名無しのごんべえってのはねぇだろ……?」
「お前は黙ってな、馬鹿天使」
思わず呟いたアロエを、サラは視線でねじ伏せる。
「……ベルサリウス、でいい……」
本音としては納得していないのだろうが、少年はぼそぼそと答えた。
「ふーん。ベルサリウス、ねえ……んじゃ、あだ名はベルだな」
提案したアロエを、少年が睨む。
「嫌だ! そんな女の子みたいなの!」
「いいじゃねぇか。短くて呼びやすいし」
なあ? と同意を求められ、オーシンはこっくりと頷いた。
「……うん、いいあだ名だと、思うよ……べム、って」
たった2文字であっても間違えるオーシンだった。
場所:イノス(シーカヤック号船内)
NPC:サラ 少年
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「つまり、アロエと離れたのは怪しいと思った奴を追っかけたからで、とっつかまえ
たこのガキが、種を管理してる奴の居所を知ってるだろうから、こっちの事情を信じ
てもらうために連れてきた、ってことなんだね?」
サラの言葉に、オーシンは、こくん、と頷いた。
サラは、くたびれたと言わんばかりに長いため息をついた。
帰ってきたオーシンが、どうして出歩いたのか、そしてその結果どういうことになっ
たかということを説明したのだが、いかんせん、その説明が、ただひたすらにわかり
づらかったのである。
無理もない。
何しろ、説明しているのはオーシンなのだ。
そのままではちっとも要領を得ず、ところどころにアロエやサラの質問が入らなけれ
ば、とても『説明』とは呼べないシロモノだった。
「本当は、絶対安静にしてなきゃいけないんだけどね……まあいいだろう。お前達、
部屋で騒ぐんじゃないよ」
サラはそう言うと、腰掛けていた椅子から立ちあがり、
「オーシン」
しわだらけの小さな手で、手招きをした。
「……何……?」
「こっちに来な」
一体なぜそんなことをするのか、さっぱりわからなかったが、オーシンは取りあえず
言う通りにすることにした。
ぼかっ!
サラの杖が、歩み寄ったオーシンの頭に強烈な一撃をお見舞いした。
結構派手な音がしたため、アロエと少年がギョッとした表情を浮かべる。
「……おばば様、痛い」
当の本人は、叩かれた部分を押さえ、ちっとも痛くなさそうな、ぼんやりした口調で
そういうだけだった。
サラはオーシンの顔をじろりと一瞥し、
「あたしに黙って勝手に出歩いた罰だ。2度とするんじゃないよ」
「……わかった……」
「まったく……」
サラは、一見怒っているようにしか見えないが、実はあることを恐れているのだ。
オーシンは、今の姿こそ若い娘のものだが、いつかどこかで、何かをきっかけにし
て、正体を見破られてしまうということもあり得るのだ。
生まれ持った本来の姿――醜悪なその姿を。
――そうなれば。
サラの胸中に、苦々しいものが広がる。
世の中の人間の大多数は、魔物を好いてはいない。
むしろ、排除せねばならぬと考える者の方が大半であろう。
そんな中で、正体がバレてしまったら。
(何事もなく終る、ってことはないだろうね……)
予想される事態が頭に浮かび、サラは眉をしかめた。
「ところで、このガキ、名前は何なんだい」
ふいに尋ねられ、そういえば、名前を聞いていなかったことをオーシンは思い出し
た。
「……聞いて、ない……」
いつものように、のったりした動きで首を横に振る。
「おおかた、そんなことだろうと思ってたよ。で? お前、名前は?」
「フンッ」
少年はむすっとした表情でそっぽを向く。
その態度に、サラのこめかみがぴくっと震えた。
「……お前は、自分の名前を言う口も持ってないのかい?」
サラの怒りが沸点に向かいかけたその時。
……ぽん、ぽん。
オーシンが、少年の肩を叩いた。
「何だよ」
いぶかしげに少年が見ると、オーシンはいつものぼーっとした口調で、
「フン、って名前……?」
などとのたまった。
「ンなわけねぇだろ!」
「違うっ!」
アロエと少年が、それに対してほぼ同時に突っ込む。
「あたしはフンだろうがクソだろうが、別にどうでもいいけどねぇ」
唯一、サラだけがにやりと笑った。
この台詞に黙っていられないのが少年本人である。
いくらなんでも、フンだのクソだのと呼ばれてはたまらない。
ぶすっとした表情で足元を睨みながら、
「……ない」
短く、そう呟いた。
「はあ?」
頭をかきつつアロエが尋ねると、少年はアロエを苛立たしげに睨んだ。
「だから……! 名前なんか、ないんだよっ」
「なんだよ、そりゃあ?」
「ずっと、お父様と2人きりだったから……そんなの、必要なかったんだ」
「ようするに、名無しのごんべえってことなんだね」
サラは、ほんの少しの間黙りこみ、何かを考え込む。
「よし。あたしが特別に名前をつけてやろう。呼び名がないと何かと不便だからね」
いらない、と言いたげな少年を完全に無視し、サラは続ける。
「ベルサリウスと名無しのごんべえ、どっちがいいか選びな」
一体何を基準にしてその二つを選び出したのかは不明だが、その二つには、物凄い差
があるのではないだろうか。
「ばーさん、名無しのごんべえってのはねぇだろ……?」
「お前は黙ってな、馬鹿天使」
思わず呟いたアロエを、サラは視線でねじ伏せる。
「……ベルサリウス、でいい……」
本音としては納得していないのだろうが、少年はぼそぼそと答えた。
「ふーん。ベルサリウス、ねえ……んじゃ、あだ名はベルだな」
提案したアロエを、少年が睨む。
「嫌だ! そんな女の子みたいなの!」
「いいじゃねぇか。短くて呼びやすいし」
なあ? と同意を求められ、オーシンはこっくりと頷いた。
「……うん、いいあだ名だと、思うよ……べム、って」
たった2文字であっても間違えるオーシンだった。
PC アロエ オーシン
場所 イノス
NPC ハボック カーチス ウォン=リー ベル(ベルサリウス) おばば
様(サラ) カヤ
___________________________________
少年がおばば様と対面していた時刻とちょうど同じ頃――。
<海猫亭>に入ったとたん意気揚々とカウンターに座りバーで飲みだしたカ
ーチスは放って置き、ハボックは真面目に、宿にいる何人もの人間に麦藁帽の
女の子の行方を尋ねていた。
「知らないね」
「さあ…、見なかったけどなぁ…」
冒険者風の男、商人風の男…いろいろな人間に尋ねたが、返ってくるのはそ
んな言葉ばかりだ。時にはじろりと睨みつけられ「麦藁帽の子なんてどこにで
もいるだろ」と冷たい言葉を返されたこともあった。
念のため、先ほどまでギルドにいたという冒険者数人に「ギルドで白い服を
着た麦藁帽の女の子を見ませんでしたか?」と尋ねてみたが、その冒険者たち
も「そんな子は見なかったけどな…」と皆一様に首を振った。
(チキショー、情報ゼロかよ)
気力を使い果たしすっかりくたびれたハボックは、バーの椅子にどっかりと
腰を下ろした。
「あー、疲れた。カーチスはさっきから飲んでんのによ」
疲れのせいで、カーチスに対する不満も高まる。
「オレだけ必死で情報聞いて、あー馬鹿馬鹿しいったらないね」
すっかりふてくされ、ハボックはバーのマダムに自分もウィスキーを注文し
た。<海猫亭>のマダムは、…彼女の妖艶な魅力がこの宿の人気の一つなのだ
が、艶のある笑顔でハボックにウィスキーを差し出す。
「はい、どうぞ。あら?船員さん、アナタも昼間からお酒?」
「…あの働かないヴァカと一緒にしないで下さいよ」
思わず、「バカ」という言葉に力が入る。そんなハボックを見てマダムがく
すくすと笑った。
「ふふっ、そういえばアナタと同じ制服のそう…髪の毛がくるくるパーマの人
がさっきから飲んでたわね」
マダムが指で髪の所の<くるくる>というジェスチャーをして言う。
「そうそう。アイツ、頭だけじゃなくて、中身も<クルクル>ですから」
それにハボックも同じジェスチャーを返した。マダムが「ふふふっ」と笑
う。
「ねぇ、アナタ、その人のお友達なんでしょう?…お金、貸してあげたら?」
「はっ?」
突然のマダムの言葉にハボックは目が点になった。
「何でオレが?」
「だってその人、さっきからそこのテーブルでカードゲームしてるけど、ずっ
と負けっぱなしなのよ。おサイフの底が尽きちゃうわ」
「へっ?」
その言葉にマダムが指差したほうを見ると、カーチスが、見知らぬ男とテー
ブルを挟んでゲームをしていた。カーチスの表情はかなり苦しそうで、しきり
に「チクショー」「次は勝つからな!」と叫んでいる。相手の男…黒髪で長い
ローブのようなものを着ているが…は、波立たない水面のように冷静で。ハボ
ックにはそれが、その男のゆるぎない自信のようにも見えた。
(カーチス…、アイツ、カードはそんなに弱くないはずなんだが…)
カーチスと男の勝負をただ茫然と見ているハボックに、マダムが囁いた。
「あの人…、さっきまでここで飲んでた人なんだけど…、植物を研究してるん
ですって。つい最近、とても珍しい種を『盗まれた』って言ってたわ」
「へぇ…、植物をねぇ…」
怪訝そうな顔でハボックはその男を見つめた。心の底に「チクリ」と引っか
かるものを感じながら――。
一方。シーカヤック号では…。
「あ…」
少年…ベルサリウスが絶句したまま立ち尽くしていた。その青灰色の目を大
きく見開いて。
「この人の顔に…見覚えある、よね?」
オーシンが静かに言う。そう、ここはカヤの寝ている船室だ。ベルサリウス
はわなわなとカヤの傍に近づくと、そっとカヤの手を握った。
「ウ、ウソだ…。こんな…」
ベルサリウスが握ったカヤの手は痩せて細く、冷たかった。
「こんなの…ウソだ!!種の所為なんかじゃない!」
「坊主、自分のしたことから逃げるんじゃないよ!」
サラが怒鳴った。
「これは正真正銘<種>の仕業だ。最初はもしや…と思っていたが、アンタの
反応を見て確信したよ。どうやらこの娘の病気の原因はアンタと、アンタのお
父様にあることは間違いないようだね!」
その時。
「う…」
カヤが苦しそうに声を漏らした。
「おい、カヤ!大丈夫かっ!」
アロエとおばば様が駆け寄る。
「苦しいのか…っ、カヤっ…」
アロエがぎゅっと、手を握ると、
「…父、さ…ん…」
カヤの目から涙がこぼれた。
「苦しいよ…、お母…さ…」
バタンっ
その様子を見ていられなくなったのだろう。ベルサリウスが部屋を飛び出し
た。
「待て、ベル!」
「待って…!」
急いでアロエとオーシンも後を追いかけた。
場所 イノス
NPC ハボック カーチス ウォン=リー ベル(ベルサリウス) おばば
様(サラ) カヤ
___________________________________
少年がおばば様と対面していた時刻とちょうど同じ頃――。
<海猫亭>に入ったとたん意気揚々とカウンターに座りバーで飲みだしたカ
ーチスは放って置き、ハボックは真面目に、宿にいる何人もの人間に麦藁帽の
女の子の行方を尋ねていた。
「知らないね」
「さあ…、見なかったけどなぁ…」
冒険者風の男、商人風の男…いろいろな人間に尋ねたが、返ってくるのはそ
んな言葉ばかりだ。時にはじろりと睨みつけられ「麦藁帽の子なんてどこにで
もいるだろ」と冷たい言葉を返されたこともあった。
念のため、先ほどまでギルドにいたという冒険者数人に「ギルドで白い服を
着た麦藁帽の女の子を見ませんでしたか?」と尋ねてみたが、その冒険者たち
も「そんな子は見なかったけどな…」と皆一様に首を振った。
(チキショー、情報ゼロかよ)
気力を使い果たしすっかりくたびれたハボックは、バーの椅子にどっかりと
腰を下ろした。
「あー、疲れた。カーチスはさっきから飲んでんのによ」
疲れのせいで、カーチスに対する不満も高まる。
「オレだけ必死で情報聞いて、あー馬鹿馬鹿しいったらないね」
すっかりふてくされ、ハボックはバーのマダムに自分もウィスキーを注文し
た。<海猫亭>のマダムは、…彼女の妖艶な魅力がこの宿の人気の一つなのだ
が、艶のある笑顔でハボックにウィスキーを差し出す。
「はい、どうぞ。あら?船員さん、アナタも昼間からお酒?」
「…あの働かないヴァカと一緒にしないで下さいよ」
思わず、「バカ」という言葉に力が入る。そんなハボックを見てマダムがく
すくすと笑った。
「ふふっ、そういえばアナタと同じ制服のそう…髪の毛がくるくるパーマの人
がさっきから飲んでたわね」
マダムが指で髪の所の<くるくる>というジェスチャーをして言う。
「そうそう。アイツ、頭だけじゃなくて、中身も<クルクル>ですから」
それにハボックも同じジェスチャーを返した。マダムが「ふふふっ」と笑
う。
「ねぇ、アナタ、その人のお友達なんでしょう?…お金、貸してあげたら?」
「はっ?」
突然のマダムの言葉にハボックは目が点になった。
「何でオレが?」
「だってその人、さっきからそこのテーブルでカードゲームしてるけど、ずっ
と負けっぱなしなのよ。おサイフの底が尽きちゃうわ」
「へっ?」
その言葉にマダムが指差したほうを見ると、カーチスが、見知らぬ男とテー
ブルを挟んでゲームをしていた。カーチスの表情はかなり苦しそうで、しきり
に「チクショー」「次は勝つからな!」と叫んでいる。相手の男…黒髪で長い
ローブのようなものを着ているが…は、波立たない水面のように冷静で。ハボ
ックにはそれが、その男のゆるぎない自信のようにも見えた。
(カーチス…、アイツ、カードはそんなに弱くないはずなんだが…)
カーチスと男の勝負をただ茫然と見ているハボックに、マダムが囁いた。
「あの人…、さっきまでここで飲んでた人なんだけど…、植物を研究してるん
ですって。つい最近、とても珍しい種を『盗まれた』って言ってたわ」
「へぇ…、植物をねぇ…」
怪訝そうな顔でハボックはその男を見つめた。心の底に「チクリ」と引っか
かるものを感じながら――。
一方。シーカヤック号では…。
「あ…」
少年…ベルサリウスが絶句したまま立ち尽くしていた。その青灰色の目を大
きく見開いて。
「この人の顔に…見覚えある、よね?」
オーシンが静かに言う。そう、ここはカヤの寝ている船室だ。ベルサリウス
はわなわなとカヤの傍に近づくと、そっとカヤの手を握った。
「ウ、ウソだ…。こんな…」
ベルサリウスが握ったカヤの手は痩せて細く、冷たかった。
「こんなの…ウソだ!!種の所為なんかじゃない!」
「坊主、自分のしたことから逃げるんじゃないよ!」
サラが怒鳴った。
「これは正真正銘<種>の仕業だ。最初はもしや…と思っていたが、アンタの
反応を見て確信したよ。どうやらこの娘の病気の原因はアンタと、アンタのお
父様にあることは間違いないようだね!」
その時。
「う…」
カヤが苦しそうに声を漏らした。
「おい、カヤ!大丈夫かっ!」
アロエとおばば様が駆け寄る。
「苦しいのか…っ、カヤっ…」
アロエがぎゅっと、手を握ると、
「…父、さ…ん…」
カヤの目から涙がこぼれた。
「苦しいよ…、お母…さ…」
バタンっ
その様子を見ていられなくなったのだろう。ベルサリウスが部屋を飛び出し
た。
「待て、ベル!」
「待って…!」
急いでアロエとオーシンも後を追いかけた。
PC:アロエ オーシン
場所:イノス(シーカヤック号船内)
NPC:おばば様(サラ) ベルサリウス
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
船内から甲板に出るドアを開けると、湿った空気が肌に触れた。
船内でのやり取りの間に、通り雨が降ったらしい。
その証拠に、甲板の床板が濡れていた。
ベルサリウスは、甲板の端に置かれた樽の陰に、隠れるようにして座っていた。
かぶったフードのすそを引っ張って、頭をすっぽり覆っている。
「ベル……」
アロエが歩み寄ると、ベルサリウスはびくっと怯えたように身をすくめた。
「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」
頭をかばうように抱え込みながら、何度もごめんなさいを繰り返す。
「いや、別に何もしないって……」
「ぼ……僕……っ、何も知らなくて……っ……知らないで、あの子に渡して……!
僕のせいで、あの子、あんな…あんな……っ!」
かなり取り乱した様子で、滅茶苦茶なことを並べ立てる。
挙句、彼は声を漏らして泣き始める。
「だからな、ベル……」
アロエがなんとか声をかけようとするが、ベルサリウスはひたすら泣きじゃくってい
る。
罪悪感とショックとがごちゃ混ぜで、人の話を聞く余裕などないのだろう。
オーシンは、いっこうに進まないアロエとベルサリウスの会話を、傍らでぼーっと聞
いていた。
傍観するつもりなどない。
オーシンは、非常にわかりづらいが、戸惑いのようなものを感じているのだ。
人間が泣きわめく瞬間を見たのが、初めてだったのである。
何しろ、オーシンが今までに最も身近に接した人間は、あの『魔女』と呼ばれ畏怖さ
れるサラ一人だけ。
泣きわめく人間を見る機会など、あるはずもない。
人間が泣くのは、一体どういう時だろうか、とオーシンはぼんやり考えた。
だいたいは、悲しいと思った時に涙を流すらしい。
しかし、感激のあまり涙を流すこともあるらしい。
この場合は、感激のあまり泣いているわけではないだろう。
悲しいと思ったから、というのも何となく違うようである。
そこまで考えたオーシンは、ベルサリウスの横にちょこんとしゃがみ、
「……怖い……?」
一言、ぽつりと尋ねた。
「え……?」
ベルサリウスが戸惑い、しゃくり上げながら顔を上げると、
「……怖い……?」
オーシンはもう一度尋ねた。
この少年が泣くのは、おそらく何かを恐れているからだ、と推測したらしい。
その『何か』が何なのかまでは、オーシンはわからなかったが。
「怖いよ……だって……だって、とんでもないこと、しちゃったんだ……! どうし
たらいいか、わからないよ……!」
「……お父様の、場所」
再び泣きわめきかけたベルサリウスに、オーシンはさらに尋ねる。
「べム、お父様の場所を、教えて……?」
どうしてそんな言葉が返ってくるのか、ベルサリウスは理解できなかったのだろう。
彼は泣くことすら忘れて、固まった。
「あー……ええとな。お前の言ってる『お父様』が、カヤを助ける方法を知ってるは
ずなんだ。だから、会って聞きたいんだ」
アロエがすかさずフォローにまわる。
「…………」
ベルサリウスはうつむき、黙りこんだ。
迷っているのかもしれない。
今まで信じ続けてきた『お父様』の言葉と、今見た現実。
その二つはあまりにもかけ離れていた。
だが、ずっと信じてきたものは、根深い所で彼を拘束している。
そんなに簡単に捨てられるものではない。
……くい。
じーっとベルサリウスを見ていたオーシンが、不意にローブの袖を小さく引っ張っ
た。
まるで、幼児がやるような仕草で。
「……カラのこと、どうでもいい……?」
ベルサリウスが、息を飲む。
「そんなことない! 僕の……僕のせいで、あんなことになったんだ!」
しかし、そこまで言うと、彼は肩を落とし、うなだれた。
「でも……今更何したって、きっと、許してなんかもらえないよ……それくらい、ひ
どいことしちゃったんだから……」
後はぐずぐずと鼻をすするばかりである。
「あ……あのさ」
アロエが、おずおずと声を上げた。
「おれ、思うんだけどさ。このままカヤのことほっといて逃げたら、きっと駄目だ。
お前、一生後悔するぞ」
ベルサリウスが唇を噛む。
本人としても、そこは強く自覚しているのだろう。
「許してくれるかどうかは、正直言うとよくわかんねぇよ、おれも。だけど……何も
しないで後悔するよりは、ずっとマシじゃねぇのかな。やれるだけのこと、やった
分」
――沈黙が、しばらく続いた。
その間、オーシンはぼーっとベルサリウスを見つめ、アロエはかける言葉がうまく見
つからない様子で、何かを言いかけては口を閉ざすという行動を繰り返していた。
「……わかった……」
唐突に、ベルサリウスは重々しく口を開く。
「許してなんて、もらえないかもしれないけど……でも、やらなくちゃ……僕の、せ
いなんだから」
かすれた声で、自分に言い聞かせるように言いながら、立ち上がる。
「お父様の所に、案内するよ。だから、ついて来て」
場所:イノス(シーカヤック号船内)
NPC:おばば様(サラ) ベルサリウス
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
船内から甲板に出るドアを開けると、湿った空気が肌に触れた。
船内でのやり取りの間に、通り雨が降ったらしい。
その証拠に、甲板の床板が濡れていた。
ベルサリウスは、甲板の端に置かれた樽の陰に、隠れるようにして座っていた。
かぶったフードのすそを引っ張って、頭をすっぽり覆っている。
「ベル……」
アロエが歩み寄ると、ベルサリウスはびくっと怯えたように身をすくめた。
「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」
頭をかばうように抱え込みながら、何度もごめんなさいを繰り返す。
「いや、別に何もしないって……」
「ぼ……僕……っ、何も知らなくて……っ……知らないで、あの子に渡して……!
僕のせいで、あの子、あんな…あんな……っ!」
かなり取り乱した様子で、滅茶苦茶なことを並べ立てる。
挙句、彼は声を漏らして泣き始める。
「だからな、ベル……」
アロエがなんとか声をかけようとするが、ベルサリウスはひたすら泣きじゃくってい
る。
罪悪感とショックとがごちゃ混ぜで、人の話を聞く余裕などないのだろう。
オーシンは、いっこうに進まないアロエとベルサリウスの会話を、傍らでぼーっと聞
いていた。
傍観するつもりなどない。
オーシンは、非常にわかりづらいが、戸惑いのようなものを感じているのだ。
人間が泣きわめく瞬間を見たのが、初めてだったのである。
何しろ、オーシンが今までに最も身近に接した人間は、あの『魔女』と呼ばれ畏怖さ
れるサラ一人だけ。
泣きわめく人間を見る機会など、あるはずもない。
人間が泣くのは、一体どういう時だろうか、とオーシンはぼんやり考えた。
だいたいは、悲しいと思った時に涙を流すらしい。
しかし、感激のあまり涙を流すこともあるらしい。
この場合は、感激のあまり泣いているわけではないだろう。
悲しいと思ったから、というのも何となく違うようである。
そこまで考えたオーシンは、ベルサリウスの横にちょこんとしゃがみ、
「……怖い……?」
一言、ぽつりと尋ねた。
「え……?」
ベルサリウスが戸惑い、しゃくり上げながら顔を上げると、
「……怖い……?」
オーシンはもう一度尋ねた。
この少年が泣くのは、おそらく何かを恐れているからだ、と推測したらしい。
その『何か』が何なのかまでは、オーシンはわからなかったが。
「怖いよ……だって……だって、とんでもないこと、しちゃったんだ……! どうし
たらいいか、わからないよ……!」
「……お父様の、場所」
再び泣きわめきかけたベルサリウスに、オーシンはさらに尋ねる。
「べム、お父様の場所を、教えて……?」
どうしてそんな言葉が返ってくるのか、ベルサリウスは理解できなかったのだろう。
彼は泣くことすら忘れて、固まった。
「あー……ええとな。お前の言ってる『お父様』が、カヤを助ける方法を知ってるは
ずなんだ。だから、会って聞きたいんだ」
アロエがすかさずフォローにまわる。
「…………」
ベルサリウスはうつむき、黙りこんだ。
迷っているのかもしれない。
今まで信じ続けてきた『お父様』の言葉と、今見た現実。
その二つはあまりにもかけ離れていた。
だが、ずっと信じてきたものは、根深い所で彼を拘束している。
そんなに簡単に捨てられるものではない。
……くい。
じーっとベルサリウスを見ていたオーシンが、不意にローブの袖を小さく引っ張っ
た。
まるで、幼児がやるような仕草で。
「……カラのこと、どうでもいい……?」
ベルサリウスが、息を飲む。
「そんなことない! 僕の……僕のせいで、あんなことになったんだ!」
しかし、そこまで言うと、彼は肩を落とし、うなだれた。
「でも……今更何したって、きっと、許してなんかもらえないよ……それくらい、ひ
どいことしちゃったんだから……」
後はぐずぐずと鼻をすするばかりである。
「あ……あのさ」
アロエが、おずおずと声を上げた。
「おれ、思うんだけどさ。このままカヤのことほっといて逃げたら、きっと駄目だ。
お前、一生後悔するぞ」
ベルサリウスが唇を噛む。
本人としても、そこは強く自覚しているのだろう。
「許してくれるかどうかは、正直言うとよくわかんねぇよ、おれも。だけど……何も
しないで後悔するよりは、ずっとマシじゃねぇのかな。やれるだけのこと、やった
分」
――沈黙が、しばらく続いた。
その間、オーシンはぼーっとベルサリウスを見つめ、アロエはかける言葉がうまく見
つからない様子で、何かを言いかけては口を閉ざすという行動を繰り返していた。
「……わかった……」
唐突に、ベルサリウスは重々しく口を開く。
「許してなんて、もらえないかもしれないけど……でも、やらなくちゃ……僕の、せ
いなんだから」
かすれた声で、自分に言い聞かせるように言いながら、立ち上がる。
「お父様の所に、案内するよ。だから、ついて来て」