PC アロエ オーシン
場所 イノス
NPC おばば様(サラ) シーカヤック号船員 ヤックル船長 カヤ
___________________________________
シーカヤック号の船長ヤックルは、先ほどから扉の前をウロウロウロウロし
て非常に落ち着かない様子だ。
吸っている葉巻ももう五本目である。
頭の中は、部屋の中で「魔女」サラの治療を受けている娘のことでいっぱい
だった。娘は今どうしているのだろう、どんな治療を受けているのか、と。
治療前にサラに「これは病気の進行を止めることはできるが、長い間使うと
体に毒だからね。そんなに頻繁に使える魔法じゃない」とはっきりいわれたこ
とも原因である。そして部屋の中にいるのは娘の他にサラ一人、あの魔女は治
療を始めるとき自分たちのみならず、連れてきた女の子二人も部屋から追い出
してしまった。
(しかし、あの<コスプレ>の方の女の子…。)
船長はあのよく目立つ猫耳と長いしっぽをつけた女の子の姿を思い出しなが
ら思った。
(魔女に部屋から追い出されたとき、とても悲しそうな、憤ったような表情を
していた…)
そのコスプレの子は、格好も奇抜なら、あの魔女に面と向かって堂々と文句
もいう、少し奇抜な女の子だった。
その子が魔女に「お前にできることは何もない」と言われ、部屋を出て行っ
たときの悲しそうな顔。
今は他人を同情している余裕がない船長でさえふっと思い出してかわいそう
に思ってしまうくらい、彼女は悲しんでいた。ノラ猫が雨に濡れたように、耳
も尻尾もしょんぼりとたらして。
その時、船長は息を呑んだ。
青白い顔をしたサラが、娘の部屋から出てきたのだ。
魔女のその顔色に一瞬ぎょっとした船長だったが、すぐに「あ、ああ…、娘
は…」とたどたどしく尋ねる。
「今はよく寝てるよ」
ドアの前の魔女を押しのけるようにして、すぐに船長が部屋の中に入ると、
カヤは…、今はやわらかく目を閉じて、すうすうと穏やかな寝息を立ててい
た。
「カヤ…」
そっと船長は娘の白い手を握った。こんな穏やかな表情で寝ている娘を見る
のは久しぶりだった。
サラはそんな船長にかまわず、船の中をふらふらと歩くと、ちょうどその
時、なにやら楽しそうに話している二人の船員を見つけ、声をかけた。
「おい、お前達」
『うわっ』
船員が二人同時にびくっ、として振り向いた。船員の一人がびっくりして手
に持っていた麦藁帽子をとすっ、と落とした。
「なにをそんなに驚くんだね」
「い、いや、そんないきなり声かけられたら驚くじゃないですか、なぁ?」
「お、おう」
二人とも、まさか今まで女の子をナンパする相談をしていたからだとは言え
ず、決まり悪そうににやにや笑うしかない。
サラはそんな二人を訝しげにじろりと見つめると、
「ふん、まあいい、今落としたのはオーシンの帽子だね。私の連れ…、オーシ
ンとアロエをこの船のどこかで見なかったかい」
「船というか…、その二人なら先ほど船から出てどこかへ出かけていきました
よ…?」
「なっ…!」
それを聞いたサラの顔色が変わった。
「あの馬鹿…!勝手に出かけるなとあれほど…」
そのとき、先ほどの治療の疲れとショックでサラの体がふらっ、と傾いた。
あわてて船員二人がその体を支える。
「だっ、大丈夫ですか?顔色が真っ青ですよ…?」
「ふん…。これくらいあの娘に比べればたいしたことないさ…。それより、お
前達、あの二人がどこに行ったか心当たりはないのかい…?」
苦しそうにサラが尋ねると、サラの右肩を捕まえている船員が左肩を支えて
いる船員の顔を見て尋ねる。
「心当たりか…、おい、お前なんかあるか?」
「あ、そういえばあのコスプレの子が『ギルドに行く』とか何とか言ってた様
な…」
「あの、馬鹿天使…、余計なこと、を…」
ショックが重なったせいだろうか、サラはそのままふっと意識をなくしてし
まった。
「あ、おい、大丈夫か、おい!」
慌てて船員二人がサラの体を揺さぶるが、サラは目を覚まさない。
「ど、どうするよ?おい?」
「と、とりあえずこの魔女をどこかのベッドに寝かせてだな…」
「それでその後は?」
「その後は…」
その時、右肩を捕まえていたほうの船員がにやり、とした。
「なぁ、俺たち二人であの二人を探しに行くっていうのはどうよ?」
「えっ?」
困惑した表情になるもうひとりの船員に、その船員はにやにやしながら言
う。
「なあに、<人助け>だよ、<人助け>。魔女のためにあの二人を連れて帰っ
てきてやるのさ。そしたら自然にあの子達に声かけられるだろ?」
「おお、いいね、それ」
もう一人の船員の目も光る。
「じゃあ、そういうことにしねぇ?行き先はわかってるし」
「だな」
魔女を挟んで、二人はにやっと笑みを交わした。
場所 イノス
NPC おばば様(サラ) シーカヤック号船員 ヤックル船長 カヤ
___________________________________
シーカヤック号の船長ヤックルは、先ほどから扉の前をウロウロウロウロし
て非常に落ち着かない様子だ。
吸っている葉巻ももう五本目である。
頭の中は、部屋の中で「魔女」サラの治療を受けている娘のことでいっぱい
だった。娘は今どうしているのだろう、どんな治療を受けているのか、と。
治療前にサラに「これは病気の進行を止めることはできるが、長い間使うと
体に毒だからね。そんなに頻繁に使える魔法じゃない」とはっきりいわれたこ
とも原因である。そして部屋の中にいるのは娘の他にサラ一人、あの魔女は治
療を始めるとき自分たちのみならず、連れてきた女の子二人も部屋から追い出
してしまった。
(しかし、あの<コスプレ>の方の女の子…。)
船長はあのよく目立つ猫耳と長いしっぽをつけた女の子の姿を思い出しなが
ら思った。
(魔女に部屋から追い出されたとき、とても悲しそうな、憤ったような表情を
していた…)
そのコスプレの子は、格好も奇抜なら、あの魔女に面と向かって堂々と文句
もいう、少し奇抜な女の子だった。
その子が魔女に「お前にできることは何もない」と言われ、部屋を出て行っ
たときの悲しそうな顔。
今は他人を同情している余裕がない船長でさえふっと思い出してかわいそう
に思ってしまうくらい、彼女は悲しんでいた。ノラ猫が雨に濡れたように、耳
も尻尾もしょんぼりとたらして。
その時、船長は息を呑んだ。
青白い顔をしたサラが、娘の部屋から出てきたのだ。
魔女のその顔色に一瞬ぎょっとした船長だったが、すぐに「あ、ああ…、娘
は…」とたどたどしく尋ねる。
「今はよく寝てるよ」
ドアの前の魔女を押しのけるようにして、すぐに船長が部屋の中に入ると、
カヤは…、今はやわらかく目を閉じて、すうすうと穏やかな寝息を立ててい
た。
「カヤ…」
そっと船長は娘の白い手を握った。こんな穏やかな表情で寝ている娘を見る
のは久しぶりだった。
サラはそんな船長にかまわず、船の中をふらふらと歩くと、ちょうどその
時、なにやら楽しそうに話している二人の船員を見つけ、声をかけた。
「おい、お前達」
『うわっ』
船員が二人同時にびくっ、として振り向いた。船員の一人がびっくりして手
に持っていた麦藁帽子をとすっ、と落とした。
「なにをそんなに驚くんだね」
「い、いや、そんないきなり声かけられたら驚くじゃないですか、なぁ?」
「お、おう」
二人とも、まさか今まで女の子をナンパする相談をしていたからだとは言え
ず、決まり悪そうににやにや笑うしかない。
サラはそんな二人を訝しげにじろりと見つめると、
「ふん、まあいい、今落としたのはオーシンの帽子だね。私の連れ…、オーシ
ンとアロエをこの船のどこかで見なかったかい」
「船というか…、その二人なら先ほど船から出てどこかへ出かけていきました
よ…?」
「なっ…!」
それを聞いたサラの顔色が変わった。
「あの馬鹿…!勝手に出かけるなとあれほど…」
そのとき、先ほどの治療の疲れとショックでサラの体がふらっ、と傾いた。
あわてて船員二人がその体を支える。
「だっ、大丈夫ですか?顔色が真っ青ですよ…?」
「ふん…。これくらいあの娘に比べればたいしたことないさ…。それより、お
前達、あの二人がどこに行ったか心当たりはないのかい…?」
苦しそうにサラが尋ねると、サラの右肩を捕まえている船員が左肩を支えて
いる船員の顔を見て尋ねる。
「心当たりか…、おい、お前なんかあるか?」
「あ、そういえばあのコスプレの子が『ギルドに行く』とか何とか言ってた様
な…」
「あの、馬鹿天使…、余計なこと、を…」
ショックが重なったせいだろうか、サラはそのままふっと意識をなくしてし
まった。
「あ、おい、大丈夫か、おい!」
慌てて船員二人がサラの体を揺さぶるが、サラは目を覚まさない。
「ど、どうするよ?おい?」
「と、とりあえずこの魔女をどこかのベッドに寝かせてだな…」
「それでその後は?」
「その後は…」
その時、右肩を捕まえていたほうの船員がにやり、とした。
「なぁ、俺たち二人であの二人を探しに行くっていうのはどうよ?」
「えっ?」
困惑した表情になるもうひとりの船員に、その船員はにやにやしながら言
う。
「なあに、<人助け>だよ、<人助け>。魔女のためにあの二人を連れて帰っ
てきてやるのさ。そしたら自然にあの子達に声かけられるだろ?」
「おお、いいね、それ」
もう一人の船員の目も光る。
「じゃあ、そういうことにしねぇ?行き先はわかってるし」
「だな」
魔女を挟んで、二人はにやっと笑みを交わした。
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PC:アロエ オーシン
場所:イノス
NPC:うす汚れたローブの人
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
よく晴れていた。
空は青く澄み渡り、白い雲などどこにも見当たらない。
るり色の天井のようにさえ思える空の色。
しかし、その美しさの一方、じりじりと太陽が照り付け、朝と比べて気温もぐんと上
がっている。
海から吹いてくる潮風もどこか生ぬるく、涼むにはあまり適さない。
「あぢぃ……」
アロエは、やっとという感じで呟いた。
イノスにある広場。
中央には噴水があり、また片隅には芝生の敷かれた部分がある。
芝生の部分には何本かの木が植えられており、暑さから逃れて、木陰でくつろぐ者も
ちらほらと見うけられる。
そのうちの一本の木。
そこにできた木陰の中に、2人はいた。
オーシンは足を投げ出して座り、アロエはそのそばでぐったりと体を横たえている。
2人は、ギルドを目指していたはずである。
それがどうしてこんなところにいるのかというと、歩いていたアロエがいきなり倒れ
たからである。
はじめは具合が悪いのかと思ったオーシンだったが、実のところ、アロエが倒れたの
は暑さのためだった。
こんな状態ではギルドに行くこともできず、オーシンは比較的涼しそうな木陰までア
ロエをおんぶして運び……今にいたる。
「……アロエ、歩ける……?」
「悪い、まだちょっと無理」
そう答えるアロエのネコ耳としっぽは、だらりと力なく垂れ下がっている。
そうとう辛いようだ。
上から降ってきた一枚の葉っぱが、ぱさり、とアロエの頬に落ちる。
アロエはそれをはらう気力もないのか、動こうとしない。
はらってあげよう。
オーシンは、じっとアロエを見つめ……そのうち、そ~っとアロエに手を伸ばした。
まるで、幼い子供が未知のものに対してそうするように。
ぺそ。
葉っぱをはらい落とした際、オーシンの手が、アロエの頬に軽く触れた。
「いぃっ!?」
途端、アロエが奇声を発してがばっと起き上がった。
同時に、彼女のしっぽが、ぶわっと大きくふくらむ。
「オーシン、何すんだよっ」
「……え……?」
何すんだ、と言われてオーシンは戸惑った。
葉っぱをはらってあげようと思っただけなのである。
今の行動は、そんなに悪いことだったのだろうか。
「なんか、今、すっげえ手が冷たかったぞ! お前、冷え性なのかっ?」
……どうやら、アロエは触れたオーシンの手の冷たさに驚いたらしい。
「ひえしょう?」
きょとん、とした視線を返すオーシン。
アロエは、その反応にしばし沈黙し、
「……冷え性って言葉、知らないのか?」
こくん。
オーシンは一つ、うなずいた。
「あー……冷え性ってのはな、手足がいっつも冷たいことだよ」
アロエの説明に、オーシンはのったりした動きで首を傾げる。
「どうしていつも冷たいの……?」
「それはー……」
頭をガリガリとかいて、アロエはしばらく考え込み、
「オレもわかんねえ」
簡潔にそう述べた。
普通ならずっこけそうなところだが、相手はオーシンである。
ぼーっとした口調で「ふうん」と呟いただけで、特に大きな反応はない。
「オーシン、暑くねえのかよ」
アロエは、その場にあぐらをかいた。
その後ろで、ちろりっと動いたしっぽは、いつもの太さに戻っている。
「うん」
「暑くないほうがどうかしてるぜ。ほら、チビがいっぱい水遊びしてるし」
アロエが指差した方角では、子供達が噴水に入って水遊びに熱中していた。
靴は脱いでいるが、衣服は脱いでいない。
きっと、びしょびしょのままで家に帰って、母親にうんとしかられるのだろう。
オーシンは、視線を上に向けた。
木の葉や枝越しに見える光は、港で見たあの太陽とは違い、やわらかだ。
ざわざわと風に揺れると、さまざまな表情をみせる。
オーシンには、暑さも寒さもたいして影響しない。
人間のなりをしてはいるが、人間とは違うのである。
したがってどんなに暑くても汗ひとつかかないし、寒さに身震いしたりすることもな
い。
「アロエ、まだ、辛い……?」
「おう、快調快調。だいぶ気分も良くなったし、そろそろ行こうぜ」
すっくと立ち上がり、アロエはにかっと笑う。
うながされるようにして立ち上がり、ワンピースについた芝生を手ではらい――オー
シンの嗅覚が、何かの匂いを拾った。
不思議な匂いだ。
生き物の匂いのような、植物の匂いのような……でも、芝生の匂いとは違う匂い。
この匂いは、どこからただよってくるのだろう。
オーシンは、ぼんやりした視線を匂いのする方向に向けた。
その方角には、うす汚れたローブを着た人物の姿があった。
すっぽりとフードをかぶっているため、『老若男女』のうちのどれなのかも、この距
離ではうかがえない。
人ごみに紛れながら、その人物は通りの向こうへと消えていく。
「なっ、お、おいっ、オーシン!?」
声を上げるアロエにかまわず、オーシンは走り出した。
走り出したオーシンに驚いてか、広場にたむろしていた鳩がいっせいに飛び立つ。
はばたく音が間近に聞こえたが、それでも速度は緩めない。
嗅覚が決断を下したのだ。
あの人物を追え、と。
場所:イノス
NPC:うす汚れたローブの人
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
よく晴れていた。
空は青く澄み渡り、白い雲などどこにも見当たらない。
るり色の天井のようにさえ思える空の色。
しかし、その美しさの一方、じりじりと太陽が照り付け、朝と比べて気温もぐんと上
がっている。
海から吹いてくる潮風もどこか生ぬるく、涼むにはあまり適さない。
「あぢぃ……」
アロエは、やっとという感じで呟いた。
イノスにある広場。
中央には噴水があり、また片隅には芝生の敷かれた部分がある。
芝生の部分には何本かの木が植えられており、暑さから逃れて、木陰でくつろぐ者も
ちらほらと見うけられる。
そのうちの一本の木。
そこにできた木陰の中に、2人はいた。
オーシンは足を投げ出して座り、アロエはそのそばでぐったりと体を横たえている。
2人は、ギルドを目指していたはずである。
それがどうしてこんなところにいるのかというと、歩いていたアロエがいきなり倒れ
たからである。
はじめは具合が悪いのかと思ったオーシンだったが、実のところ、アロエが倒れたの
は暑さのためだった。
こんな状態ではギルドに行くこともできず、オーシンは比較的涼しそうな木陰までア
ロエをおんぶして運び……今にいたる。
「……アロエ、歩ける……?」
「悪い、まだちょっと無理」
そう答えるアロエのネコ耳としっぽは、だらりと力なく垂れ下がっている。
そうとう辛いようだ。
上から降ってきた一枚の葉っぱが、ぱさり、とアロエの頬に落ちる。
アロエはそれをはらう気力もないのか、動こうとしない。
はらってあげよう。
オーシンは、じっとアロエを見つめ……そのうち、そ~っとアロエに手を伸ばした。
まるで、幼い子供が未知のものに対してそうするように。
ぺそ。
葉っぱをはらい落とした際、オーシンの手が、アロエの頬に軽く触れた。
「いぃっ!?」
途端、アロエが奇声を発してがばっと起き上がった。
同時に、彼女のしっぽが、ぶわっと大きくふくらむ。
「オーシン、何すんだよっ」
「……え……?」
何すんだ、と言われてオーシンは戸惑った。
葉っぱをはらってあげようと思っただけなのである。
今の行動は、そんなに悪いことだったのだろうか。
「なんか、今、すっげえ手が冷たかったぞ! お前、冷え性なのかっ?」
……どうやら、アロエは触れたオーシンの手の冷たさに驚いたらしい。
「ひえしょう?」
きょとん、とした視線を返すオーシン。
アロエは、その反応にしばし沈黙し、
「……冷え性って言葉、知らないのか?」
こくん。
オーシンは一つ、うなずいた。
「あー……冷え性ってのはな、手足がいっつも冷たいことだよ」
アロエの説明に、オーシンはのったりした動きで首を傾げる。
「どうしていつも冷たいの……?」
「それはー……」
頭をガリガリとかいて、アロエはしばらく考え込み、
「オレもわかんねえ」
簡潔にそう述べた。
普通ならずっこけそうなところだが、相手はオーシンである。
ぼーっとした口調で「ふうん」と呟いただけで、特に大きな反応はない。
「オーシン、暑くねえのかよ」
アロエは、その場にあぐらをかいた。
その後ろで、ちろりっと動いたしっぽは、いつもの太さに戻っている。
「うん」
「暑くないほうがどうかしてるぜ。ほら、チビがいっぱい水遊びしてるし」
アロエが指差した方角では、子供達が噴水に入って水遊びに熱中していた。
靴は脱いでいるが、衣服は脱いでいない。
きっと、びしょびしょのままで家に帰って、母親にうんとしかられるのだろう。
オーシンは、視線を上に向けた。
木の葉や枝越しに見える光は、港で見たあの太陽とは違い、やわらかだ。
ざわざわと風に揺れると、さまざまな表情をみせる。
オーシンには、暑さも寒さもたいして影響しない。
人間のなりをしてはいるが、人間とは違うのである。
したがってどんなに暑くても汗ひとつかかないし、寒さに身震いしたりすることもな
い。
「アロエ、まだ、辛い……?」
「おう、快調快調。だいぶ気分も良くなったし、そろそろ行こうぜ」
すっくと立ち上がり、アロエはにかっと笑う。
うながされるようにして立ち上がり、ワンピースについた芝生を手ではらい――オー
シンの嗅覚が、何かの匂いを拾った。
不思議な匂いだ。
生き物の匂いのような、植物の匂いのような……でも、芝生の匂いとは違う匂い。
この匂いは、どこからただよってくるのだろう。
オーシンは、ぼんやりした視線を匂いのする方向に向けた。
その方角には、うす汚れたローブを着た人物の姿があった。
すっぽりとフードをかぶっているため、『老若男女』のうちのどれなのかも、この距
離ではうかがえない。
人ごみに紛れながら、その人物は通りの向こうへと消えていく。
「なっ、お、おいっ、オーシン!?」
声を上げるアロエにかまわず、オーシンは走り出した。
走り出したオーシンに驚いてか、広場にたむろしていた鳩がいっせいに飛び立つ。
はばたく音が間近に聞こえたが、それでも速度は緩めない。
嗅覚が決断を下したのだ。
あの人物を追え、と。
PC アロエ オーシン
場所 イノス
NPC シーカヤック号船員二名(ハボック・カーチス)
___________________________________
「オーシン!」
突然、ふっ、と何かに憑かれたかのように走り出したオーシンを、あわてて
アロエは追いかけた。アロエにはなぜオーシンが突然走り出したのか、その理
由が解らない。『匂い』をかぎわける力は魔物であるオーシンには本能的にあ
るようだが、化け猫のハーフとはいえ、天使であるアロエにはそれは備わって
いなかった。
あわてて二三歩踏み出すが、そこでふ…、と意識が揺らぐ。まださっきの日
射病が治っていなかったようだ。
(やべえ、このままだとネコになっちまう…)
体が弱ったり、気が緩んだりすると、アロエは人間の姿に近い『天使型』の
姿でいられなくなり、猫の姿に近い『化け猫型』になってしまうのだ。単細胞
のアロエでも、いきなり公衆の面前でネコに変身してしまうことがマズイこと
ぐらいは解る。
そんなことをアロエが考えてるうちに、オーシンは暗い路地に姿を消してし
まった。
「オー…シン…っ」
後を追って同じ路地に入ろうとするアロエ。
しかし、
がしっ
「おわっ!?」
突然両腕を何者かに捕まれ、おどろいたアロエが横を見ると、
「よかった。やっと見つけたぜ。なあ、カーチス」
「おう、ハボック。けっこう歩いたよなぁ」
アロエは思わず目を丸くする。シーカヤック号の制服を着た船員二人が自分
の両腕をがっしりと捕まえて、ニヤニヤ自分を挟んで笑いあっているのだ。
「なんだ、お前ら!放せよ!おれ、今急いでるんだ!」
じたばたアロエは男達に捕まれながらもがくが、海で鍛えた男達の腕の力は
強く、いっこうに抜け出せない。
「お嬢ちゃん、そんな暴れんなよ。オレ達、あの魔女に言われて来たんだ」
自分の右腕を掴んでいる男…ハボックと呼ばれた金髪の方がそう言う。
「魔女?あのばーさんのことか?」
「そう、あの魔女にお嬢ちゃんともう一人の連れの子を連れ戻して来いって、
頼まれたんだよ、オレ達」
左腕を掴んでいる男…カーチスと呼ばれた黒髪ドレットヘアーの方が困った
ような顔を作りながら言う。
ちなみにそんなのは全くのウソである。あの後、魔女を船医に預けこの二人
が勝手に探しに来ただけなのだ。もしかしたら魔女からなにか報酬がもらえる
かもしれないという淡い期待と、かわいい女の子に話しかけられるという下心
を持って。
そして二人の期待通り、二人は今、女の子の一人、アロエを見つけ、その腕
をがしっと捕まえることが出来る幸運(?)に恵まれたわけだ。
「だからさ、アロエちゃん…、だっけ?何をしようとしてるか知らないけど、
今はひとまず船に戻らない?」
と、ハボック。
「そーさ、魔女カンカンだぜ?二人が勝手に船を抜け出した、って。早く戻っ
て謝ったほうがいいんじゃない?」
と、カーチス。
アロエは…唖然とした顔をしていた。
第一に、自分が「お嬢ちゃん」だの「アロエちゃん」だの呼ばれたことが初
めてだったからだ。
そして自分たちが船を抜け出してきたことがもうバレたことにも、驚きを感
じていた。自分たちが抜け出してきて、おばば様が気づいて、追っ手を差し向
けて…。まだ一時間も経っていない。
その二つのショックでアロエはしばらくぽかーんとしていたが、すぐにはっ
と気を取り直した。
「そーだ、それどころじゃねぇんだ、今は、オーシンが!」
「オーシン?」
ひょっ、とした顔で聞き返すハボックにアロエはうなづく。
「おれの連れだよ、ほら、麦藁帽被った!」
「ああ、あの美人なあの子ね。その子が、どうかしたの?」
「今、何あったか知らねぇけどさ、この路地の奥に走って行っていなくなっち
まったんだ!だから、今すぐ追いかけねぇと、ますます見失っちまう。だから
放してくれ」
「ダメだよ」
カーチスが言う。
「そんなことしたらキミのことまで見失っちまう。この奥がどんな場所だかキ
ミは知ってるのかい?」
「えっ?」
驚くアロエに、カーチスは神妙な顔をして言う。
「この奥は、このイノスのワルどもが溜まっているスラム街なんだ。だから、
ここに入ればオレたち二人でもキミのことを守りきれるかどうか…」
「じゃあ、尚更だ!オーシンを探さねぇと!おれのことは天使だから、守らな
くったっていいから!」
「どっちにしたって無理だ。キミ、体がふらふらしていただろ?ムリしないほ
うがいい」
「んなの…!」
(おれは天使だから平気だ!)と叫びたかったが、そのときにはもう、アロエ
は二人に抱えられたまま回れ右をしていた。
「何するんだよ!放せ!」
「ダメだよ、とりあえず今はひとまず船に戻るんだ。そうしないと魔女が怒る
し」
「ダメだ!放せ!オーシンがっ…!」
いくらアロエがもがいても、この二人の腕から抜け出せない。今ここでネコ
に変身すればもしかしたら抜け出せるかもしれないが、人間として船員に通し
ている以上、さすがにそれは出来ない。変化も同じ理由だ。
(オーシンっ…!!)
努力も空しくアロエはシーカヤック号に強制的に連行されていった。
場所 イノス
NPC シーカヤック号船員二名(ハボック・カーチス)
___________________________________
「オーシン!」
突然、ふっ、と何かに憑かれたかのように走り出したオーシンを、あわてて
アロエは追いかけた。アロエにはなぜオーシンが突然走り出したのか、その理
由が解らない。『匂い』をかぎわける力は魔物であるオーシンには本能的にあ
るようだが、化け猫のハーフとはいえ、天使であるアロエにはそれは備わって
いなかった。
あわてて二三歩踏み出すが、そこでふ…、と意識が揺らぐ。まださっきの日
射病が治っていなかったようだ。
(やべえ、このままだとネコになっちまう…)
体が弱ったり、気が緩んだりすると、アロエは人間の姿に近い『天使型』の
姿でいられなくなり、猫の姿に近い『化け猫型』になってしまうのだ。単細胞
のアロエでも、いきなり公衆の面前でネコに変身してしまうことがマズイこと
ぐらいは解る。
そんなことをアロエが考えてるうちに、オーシンは暗い路地に姿を消してし
まった。
「オー…シン…っ」
後を追って同じ路地に入ろうとするアロエ。
しかし、
がしっ
「おわっ!?」
突然両腕を何者かに捕まれ、おどろいたアロエが横を見ると、
「よかった。やっと見つけたぜ。なあ、カーチス」
「おう、ハボック。けっこう歩いたよなぁ」
アロエは思わず目を丸くする。シーカヤック号の制服を着た船員二人が自分
の両腕をがっしりと捕まえて、ニヤニヤ自分を挟んで笑いあっているのだ。
「なんだ、お前ら!放せよ!おれ、今急いでるんだ!」
じたばたアロエは男達に捕まれながらもがくが、海で鍛えた男達の腕の力は
強く、いっこうに抜け出せない。
「お嬢ちゃん、そんな暴れんなよ。オレ達、あの魔女に言われて来たんだ」
自分の右腕を掴んでいる男…ハボックと呼ばれた金髪の方がそう言う。
「魔女?あのばーさんのことか?」
「そう、あの魔女にお嬢ちゃんともう一人の連れの子を連れ戻して来いって、
頼まれたんだよ、オレ達」
左腕を掴んでいる男…カーチスと呼ばれた黒髪ドレットヘアーの方が困った
ような顔を作りながら言う。
ちなみにそんなのは全くのウソである。あの後、魔女を船医に預けこの二人
が勝手に探しに来ただけなのだ。もしかしたら魔女からなにか報酬がもらえる
かもしれないという淡い期待と、かわいい女の子に話しかけられるという下心
を持って。
そして二人の期待通り、二人は今、女の子の一人、アロエを見つけ、その腕
をがしっと捕まえることが出来る幸運(?)に恵まれたわけだ。
「だからさ、アロエちゃん…、だっけ?何をしようとしてるか知らないけど、
今はひとまず船に戻らない?」
と、ハボック。
「そーさ、魔女カンカンだぜ?二人が勝手に船を抜け出した、って。早く戻っ
て謝ったほうがいいんじゃない?」
と、カーチス。
アロエは…唖然とした顔をしていた。
第一に、自分が「お嬢ちゃん」だの「アロエちゃん」だの呼ばれたことが初
めてだったからだ。
そして自分たちが船を抜け出してきたことがもうバレたことにも、驚きを感
じていた。自分たちが抜け出してきて、おばば様が気づいて、追っ手を差し向
けて…。まだ一時間も経っていない。
その二つのショックでアロエはしばらくぽかーんとしていたが、すぐにはっ
と気を取り直した。
「そーだ、それどころじゃねぇんだ、今は、オーシンが!」
「オーシン?」
ひょっ、とした顔で聞き返すハボックにアロエはうなづく。
「おれの連れだよ、ほら、麦藁帽被った!」
「ああ、あの美人なあの子ね。その子が、どうかしたの?」
「今、何あったか知らねぇけどさ、この路地の奥に走って行っていなくなっち
まったんだ!だから、今すぐ追いかけねぇと、ますます見失っちまう。だから
放してくれ」
「ダメだよ」
カーチスが言う。
「そんなことしたらキミのことまで見失っちまう。この奥がどんな場所だかキ
ミは知ってるのかい?」
「えっ?」
驚くアロエに、カーチスは神妙な顔をして言う。
「この奥は、このイノスのワルどもが溜まっているスラム街なんだ。だから、
ここに入ればオレたち二人でもキミのことを守りきれるかどうか…」
「じゃあ、尚更だ!オーシンを探さねぇと!おれのことは天使だから、守らな
くったっていいから!」
「どっちにしたって無理だ。キミ、体がふらふらしていただろ?ムリしないほ
うがいい」
「んなの…!」
(おれは天使だから平気だ!)と叫びたかったが、そのときにはもう、アロエ
は二人に抱えられたまま回れ右をしていた。
「何するんだよ!放せ!」
「ダメだよ、とりあえず今はひとまず船に戻るんだ。そうしないと魔女が怒る
し」
「ダメだ!放せ!オーシンがっ…!」
いくらアロエがもがいても、この二人の腕から抜け出せない。今ここでネコ
に変身すればもしかしたら抜け出せるかもしれないが、人間として船員に通し
ている以上、さすがにそれは出来ない。変化も同じ理由だ。
(オーシンっ…!!)
努力も空しくアロエはシーカヤック号に強制的に連行されていった。
PC:アロエ・オーシン
場所:イノスのスラム街
NPC:薄汚れたローブを着た人・少年グループ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――どこからか吹いてくる生ぬるい風が、頬をくすぐる。
スラム街。
元々は倉庫街か何かだったものが、長年放置された挙句できあがったのだろう。
古いレンガ造りの巨大な倉庫がいくつも並び、地面に影を落としている。
普段、日の当たりにくいとおぼしき部分は大きな水たまりを作り、ひどいところは、
緑色のコケだかカビだかわからないものに覆われている。
道の片隅には、ガラクタが雑然と積み重ねられていたり、張られたロープに
洗濯物がぶら下げられていたりする。
薄汚れたローブを着た人物は、そんな中を歩いていく。どこかへ向かって。
その後をオーシンが追う。
飾り気こそないものの、清潔な白いワンピースを着たオーシンは、この街の
雰囲気になじんでいない。
街のあちこちに、数名で固まっている少年少女達がいるが、彼らは薄汚れた
暗い色の服ばかり着ているのである。
こんなところで生活していたら、明るい色の服を着ようなどという気分には
ならないのかもしれない。
彼らの中には、通り過ぎるオーシンを値踏みするような目で見る者もいた。
……どうして、こんなにゴミが散らかってるんだろ……。
ローブを着た人物を追いながら、オーシンはそんなことを思った。
実際、散らかり放題なのである。
生ぬるい風に吹かれた紙くずが道を転がり、何度か空き瓶を踏みそうにもなった。
……おばば様、ゴミはちゃんと、くず入れに捨てるもんだって、言ってたのに……。
こんなところをサラが見たら、怒り心頭ではないだろうか、とやはりどこかずれたこ
とを思うオーシンだった。
ちなみにサラは、街の美観云々で怒りはしない。
家の中がこのような有り様ならば、別だろうが。
薄汚れたローブを着た人物は、後を追うオーシンに気づいていないのか、最初に見か
けた時と全く変わらない速度で、スラム街を奥へと奥へと進んでいく。
――その歩みが、突然止まった。
オーシンも、つられたように足を止める。
その前方に、あまりガラの良くない少年達が、道を塞ぐような形で立っていたのであ
る。
ローブを着た人物は、そこから逃げるかのように方向を変えて歩き出す。
通してくれ、と言わない辺り、どうもこの少年達に対して怯えているらしい。
「待てよ。どこ行こうってんだ?」
しかし、少年達にたちまち取り囲まれ、身動きが取れなくなる。
「なーんで逃げるのかねえ? やましいことでもあるのかなあ?」
「聞いたって無駄だろ。こいつ、誰とも口きかないんだぜ」
「なんとか言えよ、ああ!?」
一人が、ローブを着た人物を乱暴に突き飛ばす。
人物は尻餅をついたが、運の悪いことにそこには水たまりがあった。
跳ねあがった水が、ローブを濡らす。尻の部分も水浸しになっていることだろう。
途端に沸き上がる、侮蔑しきった笑い声。
ローブを着た人物はうなだれ、その笑い声に耐えていた。
その時、グループのリーダーとおぼしき少年が、少し距離を置いたところでじっと
見ているオーシンに気付いた。
「何見てんだよ」
その声で、いっせいに少年達の興味はオーシンの方に向けられた。
「お前、ここの奴じゃねえな……? 何の間違いでここに来たかは知らねえが、
ここのルールってものを教えてやる」
微動だにせず、いまだじっと見ているままのオーシンを、怯えて動けないのだと
判断したらしい。
嫌な笑みを浮かべて、リーダー格の少年が近寄ってくる。
もしオーシンの見た目が、屈強そうな男なら。
少なくとも、今のような若い娘の姿でなければ。
そんな真似などしなかっただろうが。
オーシンは、近寄ってきたリーダー格の少年を、ぼーっとした目で見つめた。
そして、思ったままを、これまた、ぼーっとした口調で告げた。
「……大勢で、よってたかって一人をいじめるのって……いけないんだよ……」
まるで、友達のケンカを止めようとする幼児のような言い様である。
しかも、口調がぼーっとしているせいか、迫力も説得力も全くない。
これで態度を改める者がいたら、そいつの方がどうかしている。
聞いていた他の少年達が、げらげらと笑い声を上げた。
あいつはとんだ大馬鹿だ。
内心、誰もがそう思っていることだろう。
しかし、ただ一人、リーダー格の少年に、明らかな変化が起きた。
「……わかっ、た……もう、やら、ない……」
少年は、どこかうつろにそう答える。
いつもとは違う態度に、他の少年達はざわつき出した。
オーシンに、いまだ自覚はないが。
その緑色の瞳には、何かの力があるらしい。
ハーフとはいえ、天使であるアロエを、一時は圧倒しかけたほどの力が。
「……あとね……家に帰って、手伝いとか、した方がいいと思う……」
その言葉に無言でうなづくと、リーダー格の少年は、オーシンから離れ、
ふらふらと歩き去っていく。
あっけに取られてその後ろ姿を凝視していた連中は、「覚えてやがれ!」などと
言葉を吐いて、その後を追いかけていった。
……後には、オーシンと、薄汚れたローブを来た人物だけが残された。
オーシンは、いまだ尻餅をついたままの、ローブを着た人物に歩み寄る。
そして、その前にぺたんと座り、無言でじーっと見つめた。
「……何か、用なの?」
近寄ってきて何も言わず何もせず、ただじーっと見つめているだけのオーシンを
さすがに不審がったのだろう、人物はぼそぼそと尋ねた。
その声は、年の頃なら14・5歳ほどの少年のものだった。
オーシンは、こくん、とうなづく。
「船長さんの娘の……カラが……人間の血を吸って成長して、花を咲かせるっていう
植物の種を飲みこんで……それが発芽して、苦しんでるんだ……」
正しくはカラではなくカヤである。
アロエの時同様、名前を間違えているオーシンだった。
「そ、そんなこと、僕うわああっ!?」
何か言いかけた人物は、途中で悲鳴を上げる。
オーシンが、いきなり両肩を掴んでぐいっと引き寄せ、挙句くんくんと匂いを
かぎ始めたからである。
「な、な、何するんだよ、一体っ!?」
わたわたとお尻で後ずさり、人物はなおも叫ぶ。
かぶっていたフードが、ばさりとずり落ちた。
「……それで、ね……」
人物とは対照的に、いつものぼーっとした態度のまま、オーシンは続ける。
「カラの体からしてたのと、似た匂いだから……何か知ってると思ったんだ……」
その言葉に。
フードがずり落ち、顔が露わになった人物は、青灰色の瞳を丸くしていた。
場所:イノスのスラム街
NPC:薄汚れたローブを着た人・少年グループ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――どこからか吹いてくる生ぬるい風が、頬をくすぐる。
スラム街。
元々は倉庫街か何かだったものが、長年放置された挙句できあがったのだろう。
古いレンガ造りの巨大な倉庫がいくつも並び、地面に影を落としている。
普段、日の当たりにくいとおぼしき部分は大きな水たまりを作り、ひどいところは、
緑色のコケだかカビだかわからないものに覆われている。
道の片隅には、ガラクタが雑然と積み重ねられていたり、張られたロープに
洗濯物がぶら下げられていたりする。
薄汚れたローブを着た人物は、そんな中を歩いていく。どこかへ向かって。
その後をオーシンが追う。
飾り気こそないものの、清潔な白いワンピースを着たオーシンは、この街の
雰囲気になじんでいない。
街のあちこちに、数名で固まっている少年少女達がいるが、彼らは薄汚れた
暗い色の服ばかり着ているのである。
こんなところで生活していたら、明るい色の服を着ようなどという気分には
ならないのかもしれない。
彼らの中には、通り過ぎるオーシンを値踏みするような目で見る者もいた。
……どうして、こんなにゴミが散らかってるんだろ……。
ローブを着た人物を追いながら、オーシンはそんなことを思った。
実際、散らかり放題なのである。
生ぬるい風に吹かれた紙くずが道を転がり、何度か空き瓶を踏みそうにもなった。
……おばば様、ゴミはちゃんと、くず入れに捨てるもんだって、言ってたのに……。
こんなところをサラが見たら、怒り心頭ではないだろうか、とやはりどこかずれたこ
とを思うオーシンだった。
ちなみにサラは、街の美観云々で怒りはしない。
家の中がこのような有り様ならば、別だろうが。
薄汚れたローブを着た人物は、後を追うオーシンに気づいていないのか、最初に見か
けた時と全く変わらない速度で、スラム街を奥へと奥へと進んでいく。
――その歩みが、突然止まった。
オーシンも、つられたように足を止める。
その前方に、あまりガラの良くない少年達が、道を塞ぐような形で立っていたのであ
る。
ローブを着た人物は、そこから逃げるかのように方向を変えて歩き出す。
通してくれ、と言わない辺り、どうもこの少年達に対して怯えているらしい。
「待てよ。どこ行こうってんだ?」
しかし、少年達にたちまち取り囲まれ、身動きが取れなくなる。
「なーんで逃げるのかねえ? やましいことでもあるのかなあ?」
「聞いたって無駄だろ。こいつ、誰とも口きかないんだぜ」
「なんとか言えよ、ああ!?」
一人が、ローブを着た人物を乱暴に突き飛ばす。
人物は尻餅をついたが、運の悪いことにそこには水たまりがあった。
跳ねあがった水が、ローブを濡らす。尻の部分も水浸しになっていることだろう。
途端に沸き上がる、侮蔑しきった笑い声。
ローブを着た人物はうなだれ、その笑い声に耐えていた。
その時、グループのリーダーとおぼしき少年が、少し距離を置いたところでじっと
見ているオーシンに気付いた。
「何見てんだよ」
その声で、いっせいに少年達の興味はオーシンの方に向けられた。
「お前、ここの奴じゃねえな……? 何の間違いでここに来たかは知らねえが、
ここのルールってものを教えてやる」
微動だにせず、いまだじっと見ているままのオーシンを、怯えて動けないのだと
判断したらしい。
嫌な笑みを浮かべて、リーダー格の少年が近寄ってくる。
もしオーシンの見た目が、屈強そうな男なら。
少なくとも、今のような若い娘の姿でなければ。
そんな真似などしなかっただろうが。
オーシンは、近寄ってきたリーダー格の少年を、ぼーっとした目で見つめた。
そして、思ったままを、これまた、ぼーっとした口調で告げた。
「……大勢で、よってたかって一人をいじめるのって……いけないんだよ……」
まるで、友達のケンカを止めようとする幼児のような言い様である。
しかも、口調がぼーっとしているせいか、迫力も説得力も全くない。
これで態度を改める者がいたら、そいつの方がどうかしている。
聞いていた他の少年達が、げらげらと笑い声を上げた。
あいつはとんだ大馬鹿だ。
内心、誰もがそう思っていることだろう。
しかし、ただ一人、リーダー格の少年に、明らかな変化が起きた。
「……わかっ、た……もう、やら、ない……」
少年は、どこかうつろにそう答える。
いつもとは違う態度に、他の少年達はざわつき出した。
オーシンに、いまだ自覚はないが。
その緑色の瞳には、何かの力があるらしい。
ハーフとはいえ、天使であるアロエを、一時は圧倒しかけたほどの力が。
「……あとね……家に帰って、手伝いとか、した方がいいと思う……」
その言葉に無言でうなづくと、リーダー格の少年は、オーシンから離れ、
ふらふらと歩き去っていく。
あっけに取られてその後ろ姿を凝視していた連中は、「覚えてやがれ!」などと
言葉を吐いて、その後を追いかけていった。
……後には、オーシンと、薄汚れたローブを来た人物だけが残された。
オーシンは、いまだ尻餅をついたままの、ローブを着た人物に歩み寄る。
そして、その前にぺたんと座り、無言でじーっと見つめた。
「……何か、用なの?」
近寄ってきて何も言わず何もせず、ただじーっと見つめているだけのオーシンを
さすがに不審がったのだろう、人物はぼそぼそと尋ねた。
その声は、年の頃なら14・5歳ほどの少年のものだった。
オーシンは、こくん、とうなづく。
「船長さんの娘の……カラが……人間の血を吸って成長して、花を咲かせるっていう
植物の種を飲みこんで……それが発芽して、苦しんでるんだ……」
正しくはカラではなくカヤである。
アロエの時同様、名前を間違えているオーシンだった。
「そ、そんなこと、僕うわああっ!?」
何か言いかけた人物は、途中で悲鳴を上げる。
オーシンが、いきなり両肩を掴んでぐいっと引き寄せ、挙句くんくんと匂いを
かぎ始めたからである。
「な、な、何するんだよ、一体っ!?」
わたわたとお尻で後ずさり、人物はなおも叫ぶ。
かぶっていたフードが、ばさりとずり落ちた。
「……それで、ね……」
人物とは対照的に、いつものぼーっとした態度のまま、オーシンは続ける。
「カラの体からしてたのと、似た匂いだから……何か知ってると思ったんだ……」
その言葉に。
フードがずり落ち、顔が露わになった人物は、青灰色の瞳を丸くしていた。
PC アロエ オーシン
場所 イノス(シーカヤック号船内)
NPC サラ(おばば様) カーチス ハボック
___________________________________
「こ…んの大馬鹿者がっ!!」
シーカヤック号に連れ戻されたアロエは、部屋に入っていきなりサラの怒声
を浴びることとなった。
アロエの隣に立っていたカーチスとハボックも、思わず耳を塞ぐほどの大
声。しかもアロエは、その耳の形状がネコ型のせいか人間より耳がいいので、
尚更、耳が「キーン」となってしまった。
「うう…、ばーさん、おれ大きな音ニガテだ…。ああ、頭ガンガンする…」
二三歩よろよろとよろけるアロエ。
「煩い、この馬鹿天使!!」
サラはポカンと手に持っていた杖でアロエの頭を殴った。
「…っつたぁ!」
「全くお前は居てもろくなことをしないね!私に黙ってどこをほっつき歩いて
いたんだい!」
「違ぇよ!ばーさん!おれ、あの子を助けたかったんだ!」
アロエは必死に食らいつく。
「だからおれっ、オーシンとギルドに行こうと思って…」
「へぇ…、ギルドにぃ…」
ハボックとカーチスが顔を見合す。そういえばこの二人は、アロエとオーシ
ンが勝手に出歩いた理由を知らなかったのである。
「ふーん…、ギルドにねぇ…」
サラもアロエとオーシンが意味なく出かけたわけではないのを知って、少し
落ちつきを取り戻したようだ。
「で、オーシンはどこにいるんだい?」
「それが…、こいつら二人にいきなり連れ戻されちまったから、見失っちまっ
て…」
「この大馬鹿者どもがっ!!」
ポカン、ポカン、ポカン、と今度は三人連続で殴られた。
『うう…、痛てぇ…』
アロエも、船員二人も痛そうに頭をさする。
その間にもサラは大声でまくし立てる。
「いいかいオーシンはねぇ、まだあの子は、見ての通り間が抜けていて世間知
らずなんだ!それをこともあろうに街の中で見失ったってぇ?お前たち、あの
街には危険な区域もあるんだってことを知らないのかい!」
「えっと、ばーさん…」
アロエがおそるおそる言う。
「おれがオーシンを見失ったの、たぶんな、その危険な区域の前…」
「なんだってぇぇっ!」
サラの顔は今は怒りと興奮で真っ赤になっている。アロエは確信した。この
ばーさんが『魔女』と呼ばれる由縁を。この怒りが頂点に達した顔。まさに、
『魔女』そのものだ。
『ふざけるんじゃないよ!!』
「キーン」というアロエの耳鳴りが最高潮に達した。
「うう…」
頭の痛みに、くるくると目を回して倒れるアロエ。とたんに、
ボンっ
天使型から一転、化け猫型に変ってしまった。
口をあんぐりとあけたまま、唖然とするハボックとカーチス。目の前には目
を回して倒れている一匹のネコの姿があった。
「ちょ…、この子、ネコ…?」
「羽生えてるぜ…、オイ…?」
「…見ての通りさ、この子、人間じゃないんだよ」
仕方なくアロエの正体を話すサラ。
「ネコと天使のハーフなんだってさ。何でも自分は天使だから、人間を救いた
いそうだよ」
「天使…」
今はどう見ても、白い羽が生えてる以外は猫にしか見えないアロエを、二人
はまじまじと見つめた。
「全く…。仕方のない馬鹿天使め」
サラは傍に近づくと、アロエの身体に杖の先を当てた。やわらかい光が杖の
先にともる。
アロエがぱっちりと目を開けた。今のはどうやら回復魔法だったようだ。
「おわっ、ばーさん。…あ、おれ今もしかしてネコ?」
「そうだよ、この大馬鹿。普通の人間には人間で通すって、出かける前に私に
言ったのはどこの誰だい」
アロエはきょろきょろと辺りを見回した。ネコになった目線から見て、はる
か上のほうに唖然としているハボックとカーチスの顔が見えた。
「あー…、やっちまったよ」
場所 イノス(シーカヤック号船内)
NPC サラ(おばば様) カーチス ハボック
___________________________________
「こ…んの大馬鹿者がっ!!」
シーカヤック号に連れ戻されたアロエは、部屋に入っていきなりサラの怒声
を浴びることとなった。
アロエの隣に立っていたカーチスとハボックも、思わず耳を塞ぐほどの大
声。しかもアロエは、その耳の形状がネコ型のせいか人間より耳がいいので、
尚更、耳が「キーン」となってしまった。
「うう…、ばーさん、おれ大きな音ニガテだ…。ああ、頭ガンガンする…」
二三歩よろよろとよろけるアロエ。
「煩い、この馬鹿天使!!」
サラはポカンと手に持っていた杖でアロエの頭を殴った。
「…っつたぁ!」
「全くお前は居てもろくなことをしないね!私に黙ってどこをほっつき歩いて
いたんだい!」
「違ぇよ!ばーさん!おれ、あの子を助けたかったんだ!」
アロエは必死に食らいつく。
「だからおれっ、オーシンとギルドに行こうと思って…」
「へぇ…、ギルドにぃ…」
ハボックとカーチスが顔を見合す。そういえばこの二人は、アロエとオーシ
ンが勝手に出歩いた理由を知らなかったのである。
「ふーん…、ギルドにねぇ…」
サラもアロエとオーシンが意味なく出かけたわけではないのを知って、少し
落ちつきを取り戻したようだ。
「で、オーシンはどこにいるんだい?」
「それが…、こいつら二人にいきなり連れ戻されちまったから、見失っちまっ
て…」
「この大馬鹿者どもがっ!!」
ポカン、ポカン、ポカン、と今度は三人連続で殴られた。
『うう…、痛てぇ…』
アロエも、船員二人も痛そうに頭をさする。
その間にもサラは大声でまくし立てる。
「いいかいオーシンはねぇ、まだあの子は、見ての通り間が抜けていて世間知
らずなんだ!それをこともあろうに街の中で見失ったってぇ?お前たち、あの
街には危険な区域もあるんだってことを知らないのかい!」
「えっと、ばーさん…」
アロエがおそるおそる言う。
「おれがオーシンを見失ったの、たぶんな、その危険な区域の前…」
「なんだってぇぇっ!」
サラの顔は今は怒りと興奮で真っ赤になっている。アロエは確信した。この
ばーさんが『魔女』と呼ばれる由縁を。この怒りが頂点に達した顔。まさに、
『魔女』そのものだ。
『ふざけるんじゃないよ!!』
「キーン」というアロエの耳鳴りが最高潮に達した。
「うう…」
頭の痛みに、くるくると目を回して倒れるアロエ。とたんに、
ボンっ
天使型から一転、化け猫型に変ってしまった。
口をあんぐりとあけたまま、唖然とするハボックとカーチス。目の前には目
を回して倒れている一匹のネコの姿があった。
「ちょ…、この子、ネコ…?」
「羽生えてるぜ…、オイ…?」
「…見ての通りさ、この子、人間じゃないんだよ」
仕方なくアロエの正体を話すサラ。
「ネコと天使のハーフなんだってさ。何でも自分は天使だから、人間を救いた
いそうだよ」
「天使…」
今はどう見ても、白い羽が生えてる以外は猫にしか見えないアロエを、二人
はまじまじと見つめた。
「全く…。仕方のない馬鹿天使め」
サラは傍に近づくと、アロエの身体に杖の先を当てた。やわらかい光が杖の
先にともる。
アロエがぱっちりと目を開けた。今のはどうやら回復魔法だったようだ。
「おわっ、ばーさん。…あ、おれ今もしかしてネコ?」
「そうだよ、この大馬鹿。普通の人間には人間で通すって、出かける前に私に
言ったのはどこの誰だい」
アロエはきょろきょろと辺りを見回した。ネコになった目線から見て、はる
か上のほうに唖然としているハボックとカーチスの顔が見えた。
「あー…、やっちまったよ」