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2024/11/15 21:57 |
12.君の瞳が追う先/マックス(フンヅワーラー)
PC:ジルヴァ ラルク マックス
場所:シカラグァ連合王国・直轄領
―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 シカラグァでは箸と呼ばれる2本の棒を使って食べると初めて知ったときは、
ユニークな文化だと思った。
 その2本の棒をうまく使い、シンプルに塩で焼いた魚の皮をめくり、櫛形に
切ってある緑がかった小さな柑橘をしぼってかける。蒸気とともに良い香りが広
がる。

「この……なんだい? 白い、水っぽい、みぞれみたいなやつは」

「大根おろしです。大根を、摩り下ろしてたやつで、魚と一緒にたべるとおいし
いんですよ。
 そのまま食べてもおいしいんですけど、醤油をかけてもおいしいんですよ」

 ラルクが、嬉しそうに言い、黒い液体を大根おろしにかける。
 ジルヴァは箸を拳で握りながら、魚と悪戦苦闘している。見かねて、マックス
は、「貸してください」と、ジルヴァの魚の身と骨とを分けてやる。ジルヴァは
更に「喉に刺さるから小骨もちゃんと取れ」と注文までつけてきた。
 一応、「見落としていたらすみません」と事前に告げておく。
 マックスの箸使いを見て、ラルクが目を丸くする。

「マックスさんってここの出身者だったんですか?」

 思わず箸を止めて、ラルクの顔を見る。
 その反応で違うと判断したラルクは続けた。

「いや、シカラグァのなまりが全然ないんで、違うと思ってたんですけど。あま
りに、箸を綺麗に使うんで。
 あ、もしかして、ここにいるのは長いとかですか?」

「いや……半月ほど、になりますかね」

「へぇー。それじゃぁ器用なんですね。僕より上手かもしれない」

 とラルクはニコニコと笑った。
 ジルヴァに袖をひっぱられ、マックスは、引き続き魚の骨取りを再開する。

「そういえば、お二人はなんでシカラグァに来たんですか?」

「あたしは、ツレに付き合ってここまで来ただけさ」

 まだ骨取りは終えていないというのに、ジルヴァはより分けた身を匙ですくっ
て、ご飯と一緒にぱくついている。ちなみに、マックスはまだ、自分の分を口に
していない。

「私は……単に、今までと同じように、転々と旅をしていて、ここに来ただけのこ
とですかね」

「へぇ。旅人さんなんだ。色んなところに行ってるんですね。
 僕は、ずっとここに住んでるんで、他の国は、見たこと無いんですよ」

「この南の地域は、比較的異文化の人々も多いですけど、元々地域の文化がかな
り独特ですから、きっと、驚かれることが多いと思いますよ。
 ……はい、どうぞ。終わりました」

 横から箸を伸ばしかけてきたジルヴァに皿を返し、自分の皿を手前に引き戻す。

「すごいなぁ」

「そんなこと、無いですよ。
 ただ、ふらふらして、金が無くなればその場所で働いて、そしてまた移動する
だけですよ」

「でも、時々故郷が恋しくなったりとかしませんか?」

「長いことやってるんで、どこが故郷なのか、もう分からなくなりましたね」

 本当に、故郷はどこだったのか。
 生まれた場所はおろか、あの逃亡した『施設』の場所すら、忘れている。

「すごいなぁ、旅人さんっぽい台詞だ」

 どこか憧れるような眼差しで、ラルクはマックスを見ている。
 そんなラルクに、マックスは「すごいもんじゃないですよ」と控えめに笑いを
作ってみせる。
 本当に、「旅人」などいいものではない。
 どこに行っても、居場所が無いだけなのだ。
 別に、居場所を探しているつもりではないのに、気づけば旅立つ算段をたてて
いるのだ。
 一箇所に留まっているのが耐えられないということではない。一定の人間関係
を持ち続けるのに嫌気がさすというのでもない。脅えるように逃げ出すのとも違う。
 ただ、違和感を感じるだけなのだ。
 「違う」と、何かが判断しているのだ。その違うと思う理由も、何もわからな
いまま、判断が下される。
 そこには、理由が無いだけに、納得は無い。あるのは、結果だけが出力された
違和感だけだ。
 違和感を感じ続けるということは……単純に、あんまりいいものではない。

「そんなにしたいなら、一度旅をしてみればいいじゃないか」

「え!?」

 しゃっくりのような声をラルクが上げた。
 ジルヴァを見ると、お椀にそそがれた、透明でとろみのあるスープをふぅ、
ふぅ、と冷ましている。猫舌らしい。

「見たところ、一人身なんだろう? なら、ちょっとくらい旅をしたって支障は
無いじゃないか。
 むしろ、アンタの場合、ここを出た方が、生活が楽になるんじゃないかい?」

 マックスにはその発言が何を示すのか、わからなかったが、ラルクには分かっ
たらしい。

「考えたこと……なかったです。
 ずっと、ここにいるもんだと思ってた……。
 そうかぁ、旅かぁ……」

 その顔は、だんだんと笑顔へと緩んでいく。が、突如、その緩んだ顔は強張っ
て、困ったような笑みに変わった。

「でも……僕みたいな人間が、できるわけないですよ」

「そうかい? あたしから見たら、十分だと思うがね」

 ジルヴァは、それ以上、そのことについては何も言わなかった。

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2007/02/11 23:55 | Comments(0) | TrackBack() | ○君の瞳
つまらない話を/オーシン(周防松)
PC:オーシン
NPC:おばば様(サラ)
場所:イノスのはずれにある民家

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


つまらない話を、ひとつ、致しましょう。

昔々、とあるところで、ひとつの生命が誕生しました。
しかしその誕生は、世界にとってはあまり歓迎のできないものでした。
なぜなら、それは『魔物』だったからです。

鋭い爪と牙。真っ黒い、巨大な体。
誰がどう見たとしても、それは凶悪そうな魔物としか映らない姿でした。
魔物は、最初、おそらく多くの魔物がそうであるように――何のためらいも疑問もな
く、人々を、村を襲っていました。

ところが、ある日。
この魔物は、とんでもない願い事を持ってしまったのです。

――その願い事は、人間になりたい、というものでした。

魔物は、同族の群れから離れ、人間になる術を求めてさまよいました。
先々で、凶悪な魔物と思われては武器を持った人間に追いかけられ、何度も斬りつけ
られ、血を流して逃げ回りながら、それでも魔物はさまよい続けました。

哀れな魔物。
『人間になりたい』などと願わなければ、ずっとしあわせだったでしょうに。

――いいえ。
かなわぬ願いを抱えるがゆえの苦しみや痛みは、決して、その魔物だけが感じるもの
ではないでしょうけれど。

そんな日々が長く続いた果てに。
魔物は、ついに巡りあいました。

願い事をかなえる術を持った、一人の魔女に。


――それは、糸のように細い三日月の浮かぶ夜のことでした。


 * * * * * * * * * * *



イノスという、貿易で栄える港町のはずれに、小さな家がある。
そこで暮らしているのは、一人の老婆。
元々はソフィニアでそれなりに活躍した魔術師なのだが、年をとるごとに偏屈さを増
していき、1人でいる方が気楽で結構、と言ってイノスのはずれに居をかまえ、1人
暮しを始めたのである。
その老婆の名は、サラという。
しかし本名で呼ばれることはめったになく、周囲からは尊敬と恐怖をもって「おばば
様」と呼ばれていた。

「おばば様、終わったよ。次は何をやるんだい?」

エプロン姿の若い娘が、とある部屋のドアをノックする。
淡い茶色の髪を無造作に束ねてポニーテールにした、緑色の瞳の、なんだかぼんやり
した娘である。
ノックの直後、バタン!と乱暴にドアが開く。
開いたドアから現れたのは、小柄で腰の曲がった老婆。サラである。

「このお馬鹿! たかがマキ割りに、一体どんだけ時間がかかったと思ってんだい!
 ああっ、ったく、ホントに使えない奴だねえ! このあたしが親切丁寧に何度も何
度も効率のいいやり方を教えてやったっていうのに、ちっとも覚えやしない! マキ
割りだけじゃない、料理も、皿洗いも、掃除も洗濯も裁縫も! ああーもうっ、どう
してこんなもの拾っちまったんだ、あたしは! いいかい、図々しくもタダで願い事
をかなえてくれっていう魔物の願い事をかなえてやって、なおかついろいろ不自由だ
ろうからしばらくここで生活させてやるなんて、あたしのような聖人はめったにいな
いんだからね!」

ガミガミガミガミガミガミガミガミ。

サラの小言は止まらない。
しかし、言われている本人はいたって気にしていないようで、サラの頭上の辺りにぼ
んやりと視線を置いている。
なんだか、正直なところ、聞いているのかどうかも疑問である。

……かくんっ。

娘の体が、ほんの少し後ろの方によろめいた。
「……あ」
そこで、ハッと気がつく娘。
どうやら、小言の途中から寝ていた模様である。器用にも目を開けたまま。

ぷちっ。

サラの中で、何かが切れた。

「人の話くらい真面目に聞きな、オーシン!!」
ポカッ!
サラは、持っていた杖で娘――オーシンの頭を一発叩いた。
「おばば様、痛い」
叩かれたところを押さえるオーシン。しかし、オーシンの言う「痛い」は、どこか
ぼーっとした口調のせいもあり、ちっとも痛そうに聞こえない。
「ふん」
サラは不機嫌そうに片方の眉をぴくりと動かすと、
「それで、次にやることだけどね」
ため息をつきながら話を変えた。

「ハーノ魔術書専門店に行って来な。こないだ買いに行ったら店員が売り切れだとか
ぬかしやがった本が、今日入荷してるはずだからね。金は先に払ってあるから、『サ
ラの代理で本を受け取りに来ました』って言えばいい。わかったね。ちょっと言って
みな」

ぼんやりとまばたきをした後、オーシンは口を開いた。
「ドラの代理で」

コン!

言い終えぬうちにオーシンの頭を直撃する、杖の一撃。
「おばば様、痛い」
「ええいっ、どうしてあんたって奴は人の名前を覚えないんだ! あたしはサラだ!
 いいかい、サラだよ! サ・ラ! サラって言ってみな!」
「……サラ」
今度はすんなりと言えるオーシン。
「よし。じゃあさっさと行きな」
こくりと頷き、オーシンはエプロンをはずすと、玄関に向かう。
玄関の壁にかけてある上着をはおり、玄関のドアを開けたところで、
「オーシン」
サラが声をかけてきた。
「……何、おばば様」
ゆっくりした動きで振り向くオーシン。
「帰ってきたら今度は居間の掃除だ。道草するんじゃないよ」
「わかった」

ぼんやりと返事をし、オーシンは眩しい日差しの元に出た。


2007/02/12 16:29 | Comments(0) | TrackBack() | アロエ&オーシン
「星影のワルツ」 オーシン2話/オーシン(周防松)
PC:オーシン
NPC:店員・女
場所:イノス ハーノ魔術書専門店

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ハーノ魔術書専門店。
イノスにあるのは本店。つまり支店があるということになる。
まあ、支店がどこにあるのかは、オーシンの興味のないところである。

「サラの代理で本を受け取りに来ました」

カウンターにいる店員に、ぼーっとした口調でそう告げる。
ここでの買い物は、初めてではない。サラに連れられて何度か来ている。
おかげでオーシンは、店での買い物のやり方、というものをだいたい理解していた。
「はい、サラ様の代理の方ですね。少々お待ち下さい」
店員はにこやかに応対すると、カウンターの奥の部屋へと引っ込んでいった。

――「お待ち下さい」って言われたら、おとなしくそこで待ってるんだよ。わかった
ね。

いつだったかサラの言った言葉を思い出しつつ、オーシンはカウンターの前で
ぼーっとしていた。

……え? オーシンさん?
……そうそう、オーシンさん。
……ぷっ……っくく……。
……笑っちゃダメだってば………っぷ……
……あ……あんたこそ……っくく……

店の片隅で、2人の店員が何やらこそこそとやり取りしている。
悪意は感じられないが、どこかからかうような雰囲気である。

……本人の知らないところであるが。

サラに連れられて何度かこの店に来ているうちに、オーシンはちょっとした有名人に
なっている。
それというのも、あまりにとっぴな行動ばかりしては「やめな、オーシン!」 「そ
れに触るんじゃないよ、オーシン!」 「寝るんじゃないよ、オーシン!」といった
具合で始終サラに怒鳴り散らされたせいである。
おかげで店員たちはオーシンという人物をしっかり覚えてしまったのである。

「お待たせいたしました」

カウンターの奥の部屋から、先ほどの店員が戻ってくる。
雑談をしていた2人の店員が、それを合図にしたかのようにサッと離れる。
それを鋭く一瞥すると、カウンターの店員はてきぱきと魔術書を紙袋に入れ、
「当店のご利用、ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」
丁寧に頭を下げた。
「…………」
オーシンは、ぼーっとした表情のままで少々考え込んだ。
店員の言った言葉を、もう一度頭の中で繰り返す。

『またのお越しをお待ちしております』

お待ち下さい、ではない。ということは、待つ必要はない。

「お客さま?」
魔術書の入った紙袋を差し出しつつ、にこやかに尋ねる店員。
「なんでもないよ」
紙袋を受け取り、オーシンは店を出る。
なんでもないよ、というこの言葉もやはり、サラに教わった言葉である。
説明するのが面倒な時に使いな、というとんでもない教え方だったが。

店を出た途端に、太陽の日差しが目に刺さる。

オーシンは思わず、片手をかざして日差しをさえぎった。
港町であるイノスにとっては、晴天というのは何よりもありがたいものだろう。
しかし、元々が魔物であるオーシンにとっては、ただひたすら眩しいだけである。
日の光に慣れていない、とも言えるだろう。
この姿を取るまでは、常に暗がりに隠れて生きていたのだから。

そうしているうちに眩しい日差しに目が慣れ、オーシンはかざしていた手を降ろす。

ふと、その手を見つめる。
どこからどう見ても人間の女の手そのものの、細い指。
本来の自分の手とは、まるで正反対の手である。
ぼんやりと見つめていると、これの何倍も巨大で、真っ黒で、鋭い爪の伸びた手が、
脳裏をよぎった。
――生まれ持った、本来の自分の手。

「ちょっと、あなた。そこ邪魔なんだけど?」

声をかけられて、オーシンは我に返る。
若い女が、明らかにイライラした様子で睨んでいた。
そういえば、オーシンが立っている位置は魔術書専門店の入り口の真ん前である。
「ごめんよ」
オーシンが横に避けると、女はもう一度横目で睨んで店へと入っていった。

そうだ。自分は道草しないで早く帰らなければならないのだ。何せ、この後には居間
の掃除が待っている。
オーシンは、魔術書の入った紙袋をしっかりと持つと、サラの待つ家へと歩き出し
た。

2007/02/12 16:30 | Comments(0) | TrackBack() | アロエ&オーシン
1.アロエ&オーシン「墜落から予兆へ」/アロエ(果南)
PC アロエ オーシン
場所 イノス
NPC おばば様(サラ)
___________________________________

 その日、イノスの港町に不思議な噂が流れた。

 何でも、船乗りの一人が、「空飛ぶネコ」を見たという。それは、背中に真
っ白な翼が生えていて、「飯~、飯~」といいながら、ふらふらと飛び去って
行ったそうだ。

 その船乗りは、酒飲みで有名なためと、話があまりにも馬鹿馬鹿しいのと
で、「どうせ、また酒の飲みすぎで幻覚でも見たんだろ」と、本気にしない者
が多数だった。
 だが、その日の船乗りの様子は、いつもとは少し違っていた。
 彼は充血した眼を大きく見開いて、その姿は少し殺気立っていた。

「本当だって!嘘じゃねぇよ、俺っ、見たんだ!」

 同僚の船乗りがへらへら笑いながら言う。

「で?そのマイエーンジェルは、一体どこに飛び去って行ったんだよ?」

 彼は、顎鬚をこしこしと摩りながら、しばし考えた。

「うーん、あの方角は、たしか<おばば>の家のほうだったかな…」

***********************************

 何度も何度も、まるで呪文のように、言うべき台詞をオーシンに教えた後、
おばば様ことサラは、やっとこ、オーシンを家から送り出した。
ため息を一つついた後、ロッキングチェアに深く沈みこむ。けれども、おばば
様には解っていた。あんだけ台詞を一生懸命教えても、またオーシンは、必ず
どこかでヘマをやらかすと。例えば、まったく関係のない本を受け取ってきた
り…。…いや、もう慣れた。
「全く…、何であんな子、世話しようと思ったんだかねぇ…」
 おばば様はそう言うと、また溜め息をついた。
「全く…、あんな子にちらっとでも、同情しちまった、なんてあたしも馬鹿げ
てる…」
 その時だ。

ドシャーン!!

「!?」
 おばば様は思わず、座っていたロッキングチェアから立ち上がった。
 おばば様の家の天井をド派手に壊して、<何か>が落ちてきたのだ。
「…何だい、こりゃ?」
 近寄って、それを手に取ったおばば様は、こう漏らした。
「…ネコじゃないか。おや、羽がついてるねぇ。珍しい」
 その時、ネコが口を開いた。
「…飯ぃ」

***********************************

ガツガツガツ ハグハグ んぐっ

「…全く、アンタも、よく食うねぇ」
 そのネコの、豪快な食いっぷりを、おばば様はあきれて見つめていた。
空から落ちてきたそのネコは、おばば様が飯を出したとたん、一体いつ呼吸し
ているんだ、と思えるほど、ガツガツガツガツ飯を平らげ始めたのだ。飯をむ
さぼり、時々水を飲み、また飯を食う。

 そのエンドレス。

「ちょっと、アンタ、口を挟むようで悪いんだけど」
 
 ガツガツガツ

「ちょっと、あたしの話を聞きな」

 ガツガツガツ ゴクッ ガツガツ

「話を聞きなって言ってるんだよ!!」

ドンっ!

「にゃっ!!」
 おばば様が床に杖を思いっきりついた音で、ようやくネコは食べるのを止め
た。そして、金色の瞳をこっちに向ける。
「いいかい、あたしが、お前に聞きたいことは三つある」
「何だ?」
 ネコは、きょとん、としておばば様を見つめる。
「おれ、早く食べたいんだ。何かあるんなら早く聞いてくれ」
 ぷちっ、とおばば様の中で何かが切れる音がしたが、とりあえず、この馬鹿
ネコと、初めてまともに会話できるようになったので、今のはひとまず押さえ
ることにした。
「…っ。いいかい、まず、お前は一体何者なんだい」
「おれは、縞目野=アロエリーナってんだ。ま、アロエって呼んでくれ。これ
でも、天使なんだぜ。おれ」
「ほーう、天使とね」
 おばば様がうさんくさそうな目を向ける。
「猫の天使なんて初めて見たが」
「おう、俺、化け猫と天使のハーフなんだ。ま、こっちのほうが解りやすいか
な、よっ…と」
 そういって、ネコはくるん、と一回転、宙返りをすると、あっというまに猫
耳に猫の尻尾がついた人間の姿になった。
たしかに、こっちの姿のほうが、まだ、天使らしく見える。
「どうだ、これで解りやすいだろ?」
「ふん…、猫の天使なんて本当にいるモンなんだね。で、お前は、どーしてウ
チの屋根をこんなに『ど派手に』ぶっこわして、落ちてきたんだい」
 嫌味たっぷりに言ったつもりだったが、アロエには通じなかったらしい。
 アロエはへらへらと笑いながら言った。
「いや、実はさぁ、おれ、三日前からなんにも食ってねぇんだよ~、それで、
腹へってさ。ばーさん家から旨そうな匂いしたもんだから、こっちのほうに飛
んできちまったんだよな~。それで、落っこっちまったわけ」
「…『ばーさん』とな」
 おばば様の中で、何かのタイマーが、カウントダウンを始めた。おばば様の
こめかみが、ピクピク波打っている。
 おばば様は、怖いぐらいに静かに言った。それは何かの予兆のように。
「…最後の質問だよ。お前、この屋根の修理代、食事代…、まさか、タダだと
は思っていないだろうね…?」

 3・2・1

「…へっ?」
 一気に、呆然とするアロエ。そして決定的な一言を言った。

「…うぇっ、マジでっ?」

「おおマジだよっ!!こんの大馬鹿者めがっっ!!」

 ドカーン!

「うみゃぁぁっ!!」
 アロエは驚いて、また、猫の姿に戻ってしまった。驚くと、思わず猫の姿に
なってしまうのだ。
 しかし、それはまだ予兆に過ぎなかった。これから起こる出来事に比べれ
ば…。

2007/02/12 16:31 | Comments(0) | TrackBack() | アロエ&オーシン
2.アロエ&オーシン 「天使への怖れ」/オーシン(周防松)
PC:アロエ オーシン
場所:イノス
NPC:おばば様(サラ)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

オーシンは、急いでいた。
傍目には、いつもとあんまり変わらない速度だろうが、それでも急ぎ足で歩いてい
た。
理由はただ一つ。
抱えて歩く紙袋の中身――魔術書をサラに渡して、それから居間の掃除をしなくては
ならないから。

居間の掃除に早く取りかからないと、後々の仕事に響いてくるのだ。

家に辿りつき、玄関のドアに手をかける。
そしてまさに、ただいま、と言おうとした、その瞬間だった。


「おおマジだよっ!!こんの大馬鹿者めがっっ!!」

ドカーン!

「うみゃぁぁっ!!」
 

家の中から発生した、サラの怒鳴り声と、知らない誰かの悲鳴らしきもの。

驚いて、オーシンは体をビクッと震わせる。
その弾みで、抱えていた紙袋が腕から滑り落ちた。

ぼちゃ。

本が落ちたにしては、少し妙な音である。

疑問に思って視線を下げたオーシンは、あ、とかすかに声を上げた。

そこには、運の悪いことに水たまりがあった。
その水たまりは、昨日、水汲みをしていて誤ってぶちまけてしまった時にできたもの
だ。
サラの家はあまり水はけがよくないらしく、一日経っても乾かなかったのである。
慌てて拾い上げたつもりだったが、泥水は紙袋を越えて中の魔術書にまで達してい
た。

この状態で、使い物になるのだろうか?

オーシンは、どろどろになった紙袋を見つめる。

しかし、いつまでも見つめていたところで、元通りになんてなるわけもない。
オーシンは気が進まないながらも、家に入ることにした。

「ただいま」

ドアを押し開けて中に入ると、サラが無愛想な顔でオーシンをじろりと見た。

「おや、やっと帰ってきたのかい。遅かったね」

つっけんどんな物言い。
どうやら、虫の居所が良くないらしい。

「で? あたしが言いつけた用事はちゃんとできてるんだろうね?」

言われて、オーシンは少し考え込んだ。
取りに行く、というところまでは、ちゃんとやったのだが……その後起きたハプニン
グのせいで、魔術書は悲惨な状態になってしまった。
結果としては、『ちゃんとできている』とは言えないのではないだろうか。

「できてるのかできてないのか、って聞いてるんだよ。返事しな」

サラの機嫌が、また一段と悪化する。
オーシンは、おずおずと魔術書の入った紙袋をサラの目の前に差し出した。
例の、水たまりに落ちてどろどろになったやつである。

それを見たサラの顔つきが、まともに引きつる。

「……さっき、おばば様が大きな声を出したから、びっくりして……」
「落としたってのかい?」
こくん、とうなづく。
サラは、盛大なため息をつくと、なかばひったくるようにして紙袋を受け取った。
「おばば様、ごめんよ」
普通なら、落ちこむべき場面である。
しかし、オーシンにはそういった細やかな情緒の変化というものが乏しい。
ぼーっとした顔つきで、ガリガリと頭をかいただけだった。
「……ハナっから期待なんてしちゃいないよ」
サラはそう言うと、顔をしかめてこめかみを押さえた。

「ばーさん、誰だよこいつ。あ、もしかして孫とか?」

先ほど、サラに怒鳴られて悲鳴を上げたのと同じ声が言う。
オーシンは、声の持ち主を探すべく、サラの前方へと視線を向けた。

「うるさいね。それにさっきから思ってたけど、『ばーさん』ってなんだい!
『おばば様』と呼びな!」
足元に向かってそう言うサラ。
そこにいるのは、背中に白い羽根を背負った、猫。
そう、少なくとも、人間にはそうとしか映らないだろう。

オーシンの視線は、白い羽根に集中していた。

――天使。

闇に巣くう魔物どもが恐れる、聖なる存在。
どうしてなのかはさっぱりわからないが、この猫から、それと良く似た空気が感じら
れるのだ。
姿を変えても、オーシンは結局魔物なのである。
本能的に恐怖を覚えるのは、当然のことかもしれない。

もっとも、この時オーシンはそいつが「天使と化け猫のハーフ」などとは気付いてい
なかったのだが。

「どうしたんだよ、おい。気分でも悪いのか?」
とことこと気さくに足元に近寄ってきて、そいつはオーシンを見上げる。

「……そういうわけじゃ……ないよ……」

どうしても、視線を合わせられない。
オーシンの視線は、自然と逸らされていた。

「あっ、猫がしゃべってるから変な感じするのか? ちょっと待ってろ」

言うなり、そいつは、くるん、と1回、宙返りをする。

すると、不思議なことに、先ほどまで猫そのものだった姿は、猫の耳と尻尾があるも
のの、人間に近い姿に変わっていた。
より天使に近付いた姿に、オーシンはさらに警戒心を強める。

「おれ、縞目野=アロエリーナ。アロエって呼んでくれよ。あんたは?」

実に気さくに声をかけられているというのに、オーシンは黙りこくって視線を逸らし
たままである。
どうしても、言葉が出てこないのだ。

「こいつの名前はオーシンっていうのさ。時々こうして人見知りするんだよ」
サラが、横からでたらめなことをでっちあげる。
知っているのだ。オーシンが視線を合わせられない理由を。
「……ふーん?」
そいつ――アロエが、サラの答えにポリポリと頭をかいた。

「さてと、アロエ」

サラの持っている杖が、天井の一点を指す。

「あんた、これをどうしてくれるつもりだい」

不機嫌そのものの声でアロエに詰め寄るサラ。
杖の先は、天井にぽっかりと開いた巨大な穴を指している。
その規模といったら、空の様子がばっちり観察できるほどである。
これで雨でも降ってきたら、家の中は悲惨な状態になること間違いなしだろう。

……いや、穴が開いた時に降り注いだと思われる木くずなどが床に散乱していて、す
でに家の中は悲惨なことになっていたのだが。

「いや、だからさ、ばーさん、悪気はなかったんだって」
両手を小さく上げながら、アロエが言い訳じみたことを口にする。
「ふん。聞く耳持たないね。まずはこれを塞いでもらうよ」
「え、ええっ!?」
「当然だろ? 人の家の屋根をぶち破って落ちてきて、挙句に飯までがつがつ食っ
て……これがどうしてタダになると思うんだいっ! 世の中ってのは、そんなに甘く
ないんだからね! しっかり働いて返しな!」

アロエが「う~……」とうなだれる。
そんなアロエを尻目に、サラは今度はオーシンの方を向いた。

「オーシン、後は頼んだよ。全部終わって、飯の支度ができたら呼びに来な」

サラの言葉に、オーシンはほんのわずかに顔を強張らせた。

「おばば様は?」

「あたしはこれからやることが山ほどあるんだ。何から何まで構ってられないね」

サラはすれ違いざま、ぽん、とオーシンの胸元を本で軽く叩く。

「別にとって食われやしないよ。無闇に警戒するんじゃないよ、まったく」

ぶつくさ言いながら、サラはさっさと自分の部屋に入ってしまった。
ぱたん、と閉じられたドアをしばらく見つめ、
無闇に警戒するんじゃない、と言われても、警戒心は簡単に解けるものではない。
一つ深呼吸すると、オーシンはアロエの方を向く。

「……それじゃ……最初に、屋根の穴、塞ごうか。大工道具持ってくるから、ちょっ
と待っててくれないかな……アルレ」

……オーシンは、名前を覚えるのが非常に苦手なのだった。



2007/02/12 16:31 | Comments(0) | TrackBack() | アロエ&オーシン

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