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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
NPC:クレア ウルザ
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イスカーナ貴族の最高位である公爵のなかでも、特に力を持つ三大公の一つ。
後ろ暗いころの一つや二つあっても不思議ではない。
だが、カイの推測どおり(というか、クレイとしても同じような考えにいたっていた)なら、単なるスキャンダルではすまない。
家の存続云々を問題にする以前に、ハーネス家は神殿を完全に敵にしていることになる。
「俺の考えっても、カイのとそんなに違わねえよ」
クレイは目の前で銀のトレイから実に高そうな茶器を下ろし、手際よく用意を整えるウルザをみながら肩をすくめた。
「付け加えるなら、大公もカラスもクレアには何も知らせたくないらしいってことだな」
そのためのウルザだとしたら、カラスが大公の秘宝を狙っているよりも腑に落ちる機がする。
テーブルの用意を終えたウルザは相変わらず笑みを絶やさずに首をかしげる。
「でも、そこまで複雑にしなくても、その民族の生き残りが大公に復讐しようと近づいてるのかもしれませんよ。なにしろ、当時の戦争の指揮
官なわけですし」
今の発言は暗にウルザと<名を消された民族>の関わりを認めているともとれるものだったが、クレイはあげ足を取らなかった。
「あんたがクレアのお付になってどれくらいだ? 詳しくはしらないが、昨日今日なわけはない。宝にしろ大公自身にしろ、機会はいくらでもあったはずだ」
クレイの話に頷きながら、カイもつづけた。
「それに、影としてのシステムを徹底するのも口で言うほど簡単ではない」
二人が単なる勘だけでなく、しっかりとした推察を行っていることがウルザにもわかったのだろうか。
あいかわらず笑みを崩すことはないが、どこかとぼけたような気配も消えた。
「これが最後の忠告になります。使い古された言葉ですが、長生きをしたいなら手を引いたほうが懸命です。……クレア様は私たちが命をか
けて守りますから」
「別に大公家の揉め事や、あんたの一族のことはしらねえよ。ただ、俺たちは琥珀のカラスを追っているだけだからな」
結局推測を重ねておおよその事情を察したとはいえ、ウルザ自身のことやカラスのことについてはっきりとした説明を聞けたわけではない。
相手の様子と状況分析から手探りでの推察では、あたりもはずれもありはしない。
ウルザは食えない相手であったが、クレイも相手に習ってすっとぼけることにしたのだ。
「不確定要素を抱え込む、っていうのも悪くない」
カイも気を使ってるつもりなのか、あさってのほうを向きさりげない風を装いながらつぶやく。
神殿側からすれば、<名を消された民族>とも大公家とも神殿とも利害関係のないクレイ達はノーマークのはず。
この先知られるとしても、たいして注意を払う相手とは考えないだろう。
カイはそうした不確定要素こそがおおうにして事態を急転させることをいっているのだった。
ウルザもカイのいっている意味が理解できると、あきれたように首を振る。
そのとき、外の扉が軽くノックされる。
「すいません。青の間にて閣下と姫さまがおまちです。」
ウルザが虚をつかれたような顔をする。
クレイとカイは秘密裏に入ってきたのだし、もともと褒美をもらいにきたわけでもない。
クレアが挨拶を済ませたら、すぐにでも家を抜け出すとよそくしていたのだが。
「あっ! そうか、すっかり忘れてた。」
そう、クレアにとってはカラスがどうとか家の事情とかは知らないことで、そもそもは政略結婚をいやがっていて、クレイたちが何とかすると約束したから家に戻ってきたのだ。
「……手をひいとくべきだったか?」
珍しく冗談めかした口調でカイがお茶をすすった。
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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
NPC:クレア ウルザ
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「……手をひいとくべきだったか?」
珍しく冗談めかした口調でカイがお茶をすすった。
大事なことを忘れていた、というか、他のことに気を取られて考えがそこまで及ばなかった、というか。クレイは無言でこめかみを押さえる。
ウルザは思いがけず、吹き出しそうになってしまった。
クレアがそのつもりでつれてきているのなら、タダで返すはずはない。二人の大胆な行動をみても、彼らに大公家の当主の座を狙う気がないにもかかわらず。
クレアはどういうつもりで彼らを連れてきたのだろう?
いつも手を焼かしてくれるが、自分にとって職務以上に大事なクレア。
あの子が自分で連れてきた、私以外の最初の人間。
ウルザは複雑に入り交じった感情と、押さえきれない興味に驚いた。
彼らを好意的に見ている自分と、小さな嫉妬のようなしこり。
そして、その感情と興味に流されそうな自分。
手を口元に寄せ、くすりと笑う。
ダメね。感情はコントロールできるうちに手を打たないと。
カイがカップを置く。それを待っていたかのようにウルザは一歩進み出る。
「こちらへどうぞ。青の間までご案内させていただきます」
大丈夫。いつもの私。
「閣下をあまりお待たせするわけにはいきませんからね」
ちょっと意味深にクレイを見る。
困ったような、少しあきれたような、そして少し諦めたかのような表情。
本当に面白い……。
ウルザは時々後ろを確認しつつ、二人を青の間まで先導したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「遅いっ!」
青の間の前でクレアが待ちかまえていた。
短時間で仕上げたにしては上出来の化粧と結い上げられた髪。肌の露出が抑えられ
た清楚なドレス。そして、それらに不似合いな仁王立ち。
「……良家のお嬢様のする格好じゃないぞ……」
クレイがぼそりと呟く。
聞こえていないのか、聞こえていても無視しているのか。
クレアは気にせず、にーっこりと微笑みかけた。
「よかった。帰っちゃったかと思った」
ちょっと小首を傾げて付け加える。
「でも、私がいなくちゃ無事に帰れないか」
(……確信犯?)
ウルザも含めた3人の頭にそんな言葉がよぎる。
そう疑いたくもなる言動だが、気にしている暇はなさそうだ。
「お父様がお待ちかねだよ」
目の前の重厚な扉は大きく、その前に立つ者を押し潰すほどの威厳を放っている。
この扉の向こうに待つのは、ハーネス大公、その人なのだ。
クレイは思わず、生唾を飲み込んだ。
カイも少々気圧されているようだ。
「お父様、お客人がお見えになられました」
クレアが取っ手に手をかける。
樫の木の、重く厚みもある扉の隙間から、ゆっくり光が広がった……。
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NPC:ギルベルト ルキア
場所:王都イスカーナ
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「―――そうか、カシューがな……。」
報告を聞き終えた男はそういって、豪奢な革張り金装飾の椅子に深く腰をかけなおした。
公爵家の屋敷の執政室を使っているといえば、ギルベルト・ハーネス公爵その人であろう。
武人気質の多いこの国の大貴族にしては細面のどちらかといえば戦場よりも国政において働くのがふさわしそうに見えるほどだ。
外見は育ちのいい優男ではあるが、大公と称されるには親の財産を食いつぶすだけでは決してりえない。
それを裏付けるように、その目は内面を写しているのか鋭い光を放っていた。
「といっても彼がそんなことをする理由がありませんから、おそらくあの少年が正義感でも発揮したのでしょう。私と彼はカシューと会ったときに顔をあわせてますし、おそらくお使いにでも出てウルザを見てしまったのでしょうね」
そういった女性は窓際にもたれかかるようにたっていた。
シンプルなシャツにズボン。飾り気も何もない黒一色の服装は仕立てもよく機能性もよさそうだったが、公爵家で働くものとしてはいささか不釣合いの格好だった。
「そうか、あの子の息子だったな。クレアが男を連れてくる年頃になるわけだ」
そういって懐かしそうに目を細める様子は……まるでなにか企んでほくそえんでいるかのようではあったが、とにかく父親の素顔であった。
だがもちろんの容姿にふさわしい切れ者であるギルベルトはクレアがつかった抜け道のことも知っているし、警備もぬかりはないので、とうにクレイとカイのことは承知済みであった。
「ふふ、カシューがキッドの行動にきづかなかったとも思えん。ひょっとすると忠告かも知れんな」
「……王宮の介入を?」
「そこまで露骨でもあるまいが、ハーネスだけで神殿とは戦えんといいたいのだろう。だが、クレアのこともあのときの事もあるからな慎重に
ならざるをえん。お前たちには苦労をかけるが」
「はい。私もウルザもクレア様を…………。あの時は幼くてお方様を守るどころか泣いていることしかできなかったけど、今度こそは必ず守り
通して見せます」
「ルキア……それは私も同じだよ」
ふたりがかみ締めているものは同じ思いなのかもしれない。
今脳裏に浮かぶのはあのときの光景、そして絶望と怒り。
「それはそうと、クレアの連れてきた者の方はどうだ。さすがにまだ手を回したところで詳しい資料がないのだが。」
公爵は話題を変えるため、というよりも実のところこちらが本題とも言うべき質問をする。
クレアが屋敷に近づいてきた時点で、抜け道を使って帰還、ただし二人の男を同伴の報告を受けていた。
「クレアを信用してはいるが、へたなチンピラが小金ほしさに近づいたということもありうるからな」
もっともらしくいう公爵を見て、初めてルキアも笑顔を見せる。
「そんなに心配ならはじめから結婚話などちらつかせなければよろしいのに」
「あ、あれはだな、あれにもいい加減大貴族の一人娘としての自覚を、その……」
公爵の地位を前公爵より奪い取るようにしてついで10数年。
変わったといえば変わったのだが、こういうところはいまでも「若様」のままに見えた。
ルキアは懐古にひたるにはまだ若すぎたが、何事もなくただ幸せに包まれていたあのころを思い出すのは悪い気がしなかった。
「ふふふ、困った人ですね。大丈夫ですよ。なかなか面白そうな方々でしたよ。もう少し姫様の目も信用してあげてください」
「む、そうか。しかし実際にあってそれ次第ではクレアのわがままにも付き合いきれなくなることもあるからな」
切れ者と名高いギルベルトもこういうところはただの父親と変わらないらしい。
「閣下。先に申し上げて起きますが、わたしもウルザもクレアさまの味方ですからね」
そういったルキアの顔はまだ笑を消しきれてはいなかったが、その目は馬鹿な姿をさらしたら容赦しないといっていた。
権外の圧力に気がついた公爵は我に帰り、咳払いを一つすると苦笑いを浮かべてごまかす様にいった。
「そうだったな。お前とウルザが使えているのは私でなくクレアだったな」
どことなくすねた感情もまざってはいたが、テレをごまかすつもりだったのだろう。
それに対しルキアは、窓辺を離れ戸口へとあゆみだしながら不敵な笑みを返した。
「忘れたのですか? 一族から名前と歴史を奪われようとも、カラスは常に守護者として存在し続けるのですよ。さ、そろそろころあいもいいでしょう。私はクレア様をお呼びするように伝えてきますので、閣下は青の間のほうに」
そういうとそのまま戸をあけるルキアを見ながら、ギルベルトも腰を上げる。
「ふむ、いいだろう。クレアのつれて来た男をみてやるとするか」
部屋を出るルキアは肩越しに公爵を一瞥し、ため息をつきながら戸を閉めた。
(閣下は命の恩人で、貴族にしては珍しく尊敬できる方だけど、クレア様のことになるとほんとに)
そう思いつつも、おそらく大貴族との面会に緊張しまくっているであろうクレイとカイを思い浮かべると、自然とおかしさがこみあげてくる。
彼らがギルベルトのこんな一面を知ったらどう思うだろうか?
なにより、彼らはなかなか頭がよさそうだったが、「父親」の部分がおさえられないギルベルトと、「大公閣下」のつもりで話すとした
ら……。
(ふふ、クレイのことは御前試合でのイリス姫との負け試合で顔をあわせているはず。あえて言わずにいたけど、いきなり顔をあわせたとし
たら、閣下はどんな顔をされるのかしら)
そう公爵はわすれていたのかもしれない、カラスはなかな好奇心旺盛でかいたずら心満載の生き物でもあることを。
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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
NPC:クレア ウルザ ギルベルト
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開け放たれた扉の向こうは、思っていたほど広い部屋ではなかった。
しかし、華美ではないが細かい装飾の施された絨毯など、隅々まで気を配られた内装を一見しただけで、部屋の大きさなどは大公家の威厳を揺るがしたりしないのだと痛感させられる。
部屋の奥には一人、壮年の男が座っていた。
「お父様、お連れしました」
クレアが優雅に会釈する。スカートをそっとつまむ仕草も可愛らしい。
若干表情をゆるめ、娘を一別したギルベルト。この国の大公その人である。
クレアの後ろに続く二人の青年に視線を移し、思わず表情を険しくした。
「以前何処かで会ったかな」
もちろんカイには覚えがない。
クレイにしても遠目にしか会った覚えなど無かったのだが。
「クレアは下がっていなさい」
有無を言わせない大公としての顔だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さて、不法侵入の言い訳を聞こうか」
ギルベルトは二人を交互に見ながら声をかけた。
そしてその視線はクレイの上で止まる。
「城下で不審な者に襲われましたクレア嬢を護衛して参りました」
嘘ではない。
が、大公は鼻で笑った。
「ほう?外泊の理由も何もかも『護衛』という言葉で片づけられるという訳だ」
クレイの背中に冷や汗が流れる。
「イリス姫と互角に戦えもしない君に、護衛が務まるのかね」
何処で見かけたのか思いだしたらしい大公は、クレイに冷たく言い放つ。
そうか。あの御前試合で顔を覚えられていたのか。
恥ずかしさに頬が紅潮する。
「君は新参者の傭兵か。目的は何だ」
カイの方を見る。
東方の小国カフールを故郷とする者など、この国では殆ど目にすることがない。
ギルベルトの眉間に皺が寄る。
「報酬か。名声か。」
カイの眉がぴくりと動いた。
「……どちらも欲しくはございません。私が欲しいのは……情報です」
ギルベルトの後ろのカーテンが、かすかに揺れたような気がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
クレアは青の間へ続く廊下を行ったり来たりしていた。
「お父様ったら、追い出さなくてもいいのに」
すっかりふくれっ面である。
「まあまあ。心配かけたんですから、少しはいい子にしましょうね」
なだめるウルザはメイド服。
服装・表情・髪型など、明らかに違うにも関わらず、二人はとてもよく似通った顔立ちをしていた。それぞれが別の役を演じる役者の一面のように。
「クレイにはお婿さんに来てもらうんだから、お父様がイジメないように私から紹介するつもりだったのよ?」
迷惑そうなクレイの顔が浮かんで、思わずウルザは吹き出した。
「カイはねー、あなたに会わせてみたかったんだ」
思いも寄らない一言に目が点になる。
「何となく雰囲気が似てるときがあるのよ。気が合うかと思ったんだけどなー」
やはり彼は影なのか。
ロマンスを期待するクレアをよそに、ウルザは表情を引き締めた。
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人物:カイ クレイ
場所:王都イスカーナ
NPC:クレア ウルザ ギルベルト ルキア
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「あらあら、ウルザにまで相手を連れきたのですか?」
「ルキア! 帰っていたのね」
青の間へ続く廊下でとももつれずに立ち話に華を咲かせるクレアとウルザに近づいてきたのは、二人によく似た顔立ちをした女性だった。
いや、顔こそにているもののその目や表情の作り方はクレアよりもウルザよりもさらに年上の印象を与える。
そのせいか個別にくらべれば似ていると思うものの、クレアとウルザほどに「同じ顔」とはおもえない。
クレアとウルザを別のところで見れば同一人物とおもうがルキアだとおそらく姉妹の誰かと思うのではなかろうか。
実際ルキアとクレアが抱擁しあう姿は、中の良い姉妹が喜び合っているように見えた。
「クレア様、首尾よく男を引っ掛けてこられたようですね」
「ふふ、ルキアの言うとおりにして抜け道つかったから、うるさいばあやたちにもつかまらずに住んだのよ」
その言葉を聴いてウルザはあきれた思いで納得した。
「クレア様がいつになく用意が良かったのはお姉さまがかんでらしたからですね」
「そうよ。私は……私たちはクレア様だけのためにいるのだから当然でしょ?」
ルキアのこの言葉はクレアが物心ついたときから良くきいてきたものだった。
スリのスキルを教えてくれたとき、政略結婚の話が出てることを教えてくれたときも。
なぜハーネスでなくクレアなのか……。
しかしクレアにとっては乳兄弟であり世話役でありほとんど唯一の「友達」でもある。
その事実さえわかっていればささいな言葉の違和感などないも同じことなのできにしたことはなかった。
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重たい空気。
予想していたことであったが、やはり気持ちのいいものではない。
「情報というが、君たちはクレアを保護して連れ帰してくれたのであろう? 報酬を望むならまだしも情報とは何を言っているのかね」
しかしそう告げたカイはただ黙ったままクレイに目を向ける。
(げ! 振るだけ振っといて……)
とはいえ切りかかった上は振りぬかねばなるまい、と覚悟を決めたクレイは動揺も全て隠して公爵の目を見た。
「きっかけはクレア様のことを報告しようと王城に向かった先で、琥珀のカラスなる賊のこと、さらには神殿の剣呑な雰囲気、そうしたことを知ったことでした」
きりだしたクレイに公爵は何も言わずに、うなずきで話を進めるように促した。
「長くなるので詳細は省かせてもらいますが、どうも閣下――いえクレア姫を中心に回っているようなのです」
「ほう」
「イスカーナの治安を預かるものとしてももちろんですが、イスカーナで剣を帯びるものとしてもか弱い姫様のためにもちからをつくしたいと思っています」
なんとなく巻き込まれて、厄介払いしようと宮殿に向かったらきな臭くなってきて、気がついたら抜けれなくなっていたとはさすがにいえない。
「僭越ながら――」
クレイが説明している間おとなしく黙っていたカイが、間髪いれずにたたみかける。
「――屋敷の様子、あのメイド、閣下は全ての事情を承知しているのでは、と」
「むう……。」
はじめは軽くあしらうつもりでいたギルベルトはおもわず言葉に詰まった。
(こやつら思ったよりも頭が回るようだ)
この件についてどこまで知っているにせよ、交渉の仕方としては堂に入っている。
少なくとも目先の小金にとびつくような思慮の浅いものではないだろう。
(それに影のことにも気付かれている、か……)
このときクレイもまたどこまで言うべきかに頭を悩ませていた。
(クレアの素性なんて迂闊に言い出したら……この屋敷を生きて出られんだろうなぁ)
お互いになんとなく次の言葉を探りあい、妙な沈黙が訪れる。
はたから見たら実に奇妙な事態であるが、おなじクレアを守りたい目的があっても立場の違いが大きすぎる以上慎重になるのも仕方のないことなのだ。
そんなに二人にしびれをきらして、というわけでもないだろうが、沈黙を破ったのは再びのカイだった。
「閣下、琥珀のカラスの本当の宝をご存知ですか?」
ギルベルトに緊張が走る。
(……ば!……それはいくらなんでも直球すぎんだろ!)
クレイはとっさに脱出のことまで考えをめぐらす。
しかしカイはクレアと歴史の闇については触れるつもりはなかった。
「神殿はそれが何かしらないらしい」
カイは何を言いたいのか……、クレイとギルベルトがそれに気がついたのはほぼ同時だった。
公爵はクレアを守りたい、カラスもどうやらクレアを守りたいらしい。
しかし危険と考える相手は、自分たちが何を求めているのか知らない。
ならば戦い方もあるだろう。
敵は血の問題を暴こうとする政敵ではないのだから。
そう神殿がちまなこになって探す宝とは、者ではなく物なのだ。
ここにいたりクレイは余裕を取り戻したのか、公爵にむかって唇の端で笑みを浮かべてみせた。
「閣下、賊がうごめいている今クレア様を動かすのは危険と思われます」
結婚話はおいといて……なんでかはわかるな、とまさに恐喝とも取れる提案だがギルベルトも面白そうにして笑う。
「そうだな。それはそうとそなたらは情報を求めているのだったな?」
「はっ! 琥珀のカラスなるものが狙う『宝』、それがどのような宝物なのか教えていただきたい」
さっきまでの腹の探りあいから一転、クレイ晴れやかに聞いたものだった。