忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2024/11/14 12:15 |
いくつもの今日と明日と世界と 第10章「寝場所はどこに?」/香織(周防松)
PC: 香織/冬留
場所: クーロン
NPC: 「影法師ザザ」/不良のようなごろつきのような若者達

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

元の世界に帰る。
それは、大きな目標である。ただし、その到達方法は今のところ不明で、可能かどう
かすらもわからない段階だが。
しかし、いきなり到達しようとするのは無理だとしても、それに繋がるように小さな
事を積み重ねていけば、いつかはその目標に辿りつけるのではないか?

だから、とりあえず今は。

「今日寝るところをどうにかしなきゃね」
香織の言葉が、白い吐息とともに肌寒い空気の中に消えた。
「どうにかって、アテはあるんですか?」
「うーん……まあ、歩いてればそのうち見つかるんじゃないかな」
なんともアバウトな答えを返し、香織は歩き出す。
やや遅れて冬留がついてくるが、いかんせん冬留は身長が高く、歩幅が広いため、す
ぐに肩を並べることになった。

――そこから、会話が途切れる。

最初は、旅館というかホテルというか宿泊施設の類を探してキョロキョロしていたか
ら会話どころではなかったのだが……時間が経つにつれ、香織は、その沈黙を重たく
感じ始めた。
(……なんか、軽く話でもしてみようかな)
歩きながら、香織は冬留を見上げた。
「冬留君って、いくつ?」
いくら沈黙が気詰まりだからといって、なんで年齢のことなんか尋ねたのか、本人に
もよくわからなかった。
不意に話しかけられ、冬留はきょとんとした表情を見せる。
「ボクは」
「だから勝手に出てくるなっ!……ええと、俺は15歳ですけど」
影からひょっこり現れたザザを一喝した後、冬留は答える。
「15歳?」
(……7つも年下だったのね)
おそらく年下だろうと予測してはいたが、7つも年下だったとは。
ただし口に出しては言わない。
理由は単純。年齢がバレるからである。
最近の子は背が高いのねえ、なんて年寄りじみたことを考えながら、
(ということは、私がしっかりしなくちゃね)
香織は内心気合を入れた。
15歳ということは、未成年である。
そして自分はというと、22歳、つまり成人。
やはりここは、曲がりなりにも成人である香織が面倒をみるのが一般的だろう。
成人だから頼りになるかどうかというと、また別の話だが。
「15歳ってことは……」
中学3年生? と尋ねかけた香織の足が、ぴたっ、と地面に貼りついたかのように動
かなくなる。
なんというか、進行方向になんともイヤな気配を感じるのだ。
気配の正体を知りたいような、でも知りたくないような。
香織は、ぎぎぎっ、とぎこちなく進行方向に顔を向けた。

う。

自分の顔が、まともに引きつるのを香織は感じた。

「わあ、お友達になりたくないタイプダネ」

香織の心の中を読み取ったかのように、ザザが陽気な声を上げた。

香織の視線の先には、数人の若者がたむろしている様子があった。
皆一様に派手な格好をしていて、ナイフやら何やら武器を持っている。
その姿を一言で現すと『不良少年』とか『ごろつき』とか、そんなところだろうか。
近くを通りかかると、「お前何ガンつけてんだ」とかなんとかいちゃもんつけてボコ
ボコにされそうな、物騒な雰囲気が漂っている。
……怖い……。
年上なんだからしっかりしなくちゃ、という気持ちが一瞬にしてぺしゃんこに潰れ
る。
おずおずと手を伸ばし、冬留の袖をつかまえた。
「何ですかっ?」
途端にぎょっとした表情を返されて、香織は内心慌てる。
正直に「あいつら、なんか怖いから」なんて、口が裂けても言えない。
つまらない年上のプライドである。
「え、あ、ああ、ええとね、冬留君が迷子になったら困るからっ」
少し考えた末に出てきた言い訳が、またなんとも間抜けだった。
口にした瞬間、もっとマシな言い訳はできないのか、と自分の頭をぽかすか叩きたく
なるくらいに。
「俺、そこまで子供じゃないですよ」
冬留のぎょっとした表情が、ほんの少しムッとしたような表情に変わる。
「ナニ言ってるノ。トールは未成年だから、ボクみたいな保護者が必要ダヨ」
「俺はお前に保護してもらった覚えはない!」
「ヒドイなトール。ボクはすごくデリケートなのに。カオリもそう思うデショ?」
「え、ええと……」
出会ったばかりでそう思うも何もないと思うのだが、と香織は思いつつ、あいまいな
笑みを浮かべる。

「と、とにかく、別の道行きましょ。ね? ね?」

香織は冬留をぐいぐい引っ張って、今歩いてきた道を引き返し始めた。

PR

2007/02/11 23:21 | Comments(0) | TrackBack() | ▲いくつもの今日と明日と世界と
いくつもの今日と明日と世界と[第11章]《第二の悪魔、本当の願い》/冬留(菫巽)
PC:真田冬留(さなだとうる)/香織
性別:男
性格:沈着冷静でいて他人事に首を突っ込むのが好き。
年齢:15歳
場所:クーロン
NPC:ザザの影法師/死なずのカーネル
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
冬留-3 【第二の悪魔、本当の願い】



 急に道を引き返し始めた香織の行動のワケは冬留にもわかった。
 アレだ。
 コンビニ前でよく見るようなゴロツキだ。
 ただ方向転換した所でそれがなんの意味もない行動だという事に気づいて、
冬留は足を止める。
 いくら年下、15歳、中学三年生とはいえ冬留は傍目には大学生でも通る体格
の男だ。
 手を引いている相手が急に止まったので、香織は思わずつんのめりそうにな
りながらも体勢を立て直して。
「冬留君…! 駄目よあーいうのに関わっちゃ…」
「小声で言っているとこ申し訳ないですけど香織さん。
 ぜんっぜん意味がないです」
 首だけ振り返った香織に至極冷静な態度で冬留が突っ込む。
「…?」
「こういうとこってアレですよ。なんていうか例えたら袋小路っていうか。
 ほら日本でも恐喝現場とかって場所が大抵特定されてるでしょう」
「…?」
「ですからああいうのって獲物が逃げた時のために反対側にも味方をおいとく
んですよ。
 ゴロツキってそういう方向には頭の回る人種ですから。
 現に香織さん。
 俺達が引き返そうとしてる道って何が見えます?」
「……? 普通の旅人さんらしき人が歩いてくるけど?」
「普通の旅人が護身用に隠し持ってるならともかく白昼堂々ナイフ片手に道闊
歩してるワケがないでしょう」
「………あ」
 そこで香織も気が付いた。
 前方の歩いてくる男はにこやかな笑顔でいるものの、片手には確かに大振り
のナイフを握っている。
 一種異様な光景だ。
「…ま、向こうは一人なので。
 香織さん。何も考えずにさっき向かおうとしていた道の方向にダッシュ」
「はぁ!?」
 相変わらず冷静な顔で淡々と、しかも敵が一人しかいない道ではなくゴロツ
キのたむろしている方の道へ向かって走れと言い出した冬留に香織はワケが判
らない。
「いいからダッシュ。向こうが増えない…もとい降りてこない内に。
 逃げるが勝ちです」
「降り…?」
「確かに道を歩いていたのは一人ですけど道の両端の壁の上にお仲間が沢山い
るんです。
 普通にあっち突っ込んだら上から襲いかかられますよ」
「嘘っ…!」
「本当です。なので数の少ない方から逃げましょう。
 香織さんは気にせず突っ走ってていいですよ。向かってきた奴は俺がどうに
かしますから」
「え?」
「いいから走る!」
「は…はいっ!」
 とはいえ二人が向かっている道の先にはもうゴロツキ達が何人も武器を持っ
てスタンバイしている。
(突っ走れって…無理よー!)
 そう思った香織の腰をいきなり片腕で抱えて、ひょいと持ち上げたのは冬留
だ。
「…へ?」
「香織さん。受け身取って下さいね」
「…はい?」
 香織を持ち上げたまま走る冬留の言葉に、香織はついていけない。
 が、冬留が持ち上げた香織の身体を上で固定して足は止めないまま腕に力を
込めたのが判って、香織はまさかと顔を引きつらせる。
「そこの人上手く受け止めて下さいね!」
「うっ…きゃー!」
 予想は当たって欲しくないものほど当たる。
 冬留はあろうことか木箱の上で二人を待ち受けていたゴロツキの一人に向か
って、思い切り香織の身体を放り投げたのだ。
 さながら砲丸投げのように。
「っげ!」
 向こうもまさか仲間(それも女)を投げてくるとは予想だにして(そりゃ普
通誰もそんな事態は予想しない)いなかった為持っていた武器を落として咄嗟
に香織を受け止めてしまう。
 が、女とはいえ人一人を受け止めた為男はバランスを崩して木箱から足を滑
らせ…。
「そこ女の人庇って!」
「おう! …あれ?」
 冬留の声というか命令に木箱から落下しながら咄嗟に香織が怪我をしないよ
う腕の中に庇ってしまってから男は行動の矛盾に気が付くのだが時既に遅し。
 香織を庇った為に自分の方はお留守になった男はそのまま石畳に頭をぶつけ
て昏倒した。
「てめっ…!?」
「遅いし」
 その一部始終を見届けてしまってから(だって普通襲っている側の自分達に
味方を投げて来る奴がいるなんて誰も思わないだろう)、残りの男達は冬留の
方へと向き直った。
 のだが姿がない。そう思った直後に、男の一人の顔面に靴底がめりこんだ。
 男の一人がまた昏倒して地面に横たわる。
 冬留だ。他の男達が香織に注意を取られている間に一気に懐まで入って来て
いたのだ。
 彼に気づいた二人の男が同時に両側から拳を突き出してきたが、当たる前に
冬留が気軽にひょいと屈んだので、二人のゴロツキはお互いの拳がお互いの顔
に入って自滅する。
「ナイス。あれだ。クロスカウンターってこういうのかな…違う。それは蹴り
だった」
 などと言いながら背後から振り下ろされた鉄パイプを見もせずに、冬留は石
畳を軽く蹴る。
「しとめっ…あ?」
 目標を失って石畳を削った鉄パイプ。
 男が咄嗟に上を見る。
 そこにはさながらサーカスのクラウンのように上空を舞う姿。
 気づいた時には遅い。回転して宙を飛んだまま男の頭に足を振り下ろして、
それでKOになった男の頭を足場に冬留は木箱の上に着地する。
「あ、香織さん無事?」
 それから呑気に問いかけられて、香織は言葉が出ない。
 冬留がこの世界の人間ならば納得もした。
 が、冬留は自分と同じ異世界人で、しかも子供で見た目には痩身の優男だ。
「あ、しまった。向こう壁の上の人達が来てしまった。
 香織さん向こうの道にダッシュ」
 言いながら冬留も木箱から飛び降りると香織の手を一瞬だけ引っ張って、ゴ
ロツキ達が既に倒れ伏した道を曲がり、別の路地へと出る。
「…あ」
「あ、本当に袋小路…」
 選んだ道が悪かった。行き止まりだ。
「…いや、香織さん上行ける」
「え?」
「木箱積んでありますからそこ登って壁の反対側に」
「壁の反対側に何もなかったら降りられないわよー!
 っていうか冬留君って何者ー!?」
「普通の男子中学生ですよ」
「普通の中学生はあそこまで喧嘩慣れしてないー!」
「喧嘩慣れしてませんよ。
 ただバイトでやってたのが役に立っただけで…」
「は?」
「とか言ってる間に来ちゃいましたよ。
 …あ、丁度いい所に。
 じゃ論より証拠という事で」
「…え? はしご持ち出してなにするの?」
「壁の上の人には手が届きませんのでこうするんですよ」
 地上を走ってくる数人の男を無視して冬留は道の中央にはしごを立てると、
なんの支えもないそれに足をかけた。
「ちょっ…!」
「香織さんは木箱の上登って避難。
 ほら見た事ないですか?
 サーカスでよくある支えのないはしごの上でのバランス芸…!」
 そのまま一気に支えのないはしごを駆け上ると冬留はその天辺に手を付いて
いつのまに拾ってきたのか先程ゴロツキが落とした鉄パイプを二本片手に持っ
て、足の一閃でバランスを崩し壁の上から落ちた一人の男を無視してその後に
続く男達に不安定なはしごの上で笑みさえ浮かべてその鉄パイプを投げる。
「あ…、そうだ!
 サーカスのアレ!」
 思い出したという風に叫んだ香織の目の前で、冬留が投げた鉄パイプに当た
り壁から落下していく男達を横目に、冬留は先程のように宙で反転すると軽い
音を立てて地上に降り立つ。
「そう!
『フリースタンディングラダー』!」
「正解香織さん」
 言いながらぱしんと、落ちてきた鉄パイプを片手で受け止めて、冬留はうち
一本を向かって来ていた男の顔面に投げつけてから、振り返って木箱の上の香
織に口元だけで微笑む。
「ま、こんな感じで」
「うわ…うっわすっごい冬留君!
 本物のサーカスみたい!」
「お褒めにあずかり光栄です。
 俺学校に内緒でサーカスのクラウンのバイトやってるんですよね。
 まあよもやこんな場所で役立つとは思いませんでしたけど」
「あー道理で身のこなしが普通じゃないと思った………。
 ……って、なんであの人達は固まってるの?」
 と木箱の上から降りて香織が指さしたのは同じく自分達を追いかけて来たは
ずの男達だ。
 だがどう見ても走っている途中で時でも止められましたという風に不自然な
格好で固まっている。
 それに冬留はため息混じりで。
「……ザザ?」
「ナーニトール!?」
「きゃっ出た!」
「デタってナニおネエさん? ボクはねー」
「説明はうるさいからどうでもいいから。
 …お前の仕業だろうザザ?」
「ウン。だってトールにゼンブまかせチャッタらボクのタチバってモノがない
ジャン!」
「…お前…俺が呼ばない限り出てこないんじゃなかったのか…」
「臨機応変ジャン!」
「それをお前が使うな」
「……あ、あの?」
「ああ、香織さんは知らないですよね。
 こいつには人間の影を操って動けなくしたり操ったりっていう事が出来
る…。
 つまるところ悪魔です。
 ほら、固まってる人達の影にこいつの顔と同じ三日月型の口が浮かんでるで
しょう?」
「……あ、本当だ。
 …? でも冬留君。こんな事が出来るならわざわざ戦わなくってもよかった
んじゃ…」
「…それもそうですけど…。
 こいつは何処まで信用していいのか判りませんから。
 自分で対処できることは自分でやっておかないと見放された時にえらい目に
遭いますからね」
「ミハナスってヒドイなトール!」
「悪魔をそう簡単に信用できるわけがないだろう。
 こっちの基準で考えてくれよお前も」
「……ま、そダネ。
 ボクだって他のヤツラなんて信用出来ないー!」
「ほら見ろ。
 それにお前の事だから宿主の俺は守っても香織さんは放っておきそうだった
からね」
「だってボクがタスケタってボクにトクがないジャン!」
「…ね? だからこいつに頼りたくなかったんですよ」
「………その気持ちはわからないでもないわ」
「…でしょう?
 …?
 ちょっと待てザザ。お前さっきの言い方だと本当にお前以外に悪魔がいるよ
うな話になるんじゃ」
 冬留の言葉が終わるより早く、なにか肉を裂くような嫌な音がした。
 一瞬、冬留と香織は何が起こったのか理解できなかったが、現実にはザザに
影を止められて動けないはずの男の一人がいつの間にか冬留の背後にいて、そ
の背中にナイフを突き刺したのだ。
「………っ!」
 ずるっと冬留の背からナイフが引き抜かれる。
 そのまま香織の身体に倒れ込んだ冬留の背中からは血が噴き出していて、そ
の刃渡り七?はあるナイフが突き刺さっていた場所はよりにもよって心臓の位
置だ。
「……と、冬留く…!?」
 続けて信じられない事が起こる。
 冬留を刺した男がそのまま持っていたナイフでいきなり自分の首をかき切
り、自殺したのだ。
「……っ」
「……ザ……ザ……おま…え…………」
「…あ…冬留君!」
「…だ、から…………いつ…裏切るか…わから…な」
 その後も途切れ途切れに何かを言おうとした冬留だったが、急に力が抜けた
ようにその身体が意志を失う。
 咄嗟に抱き留めてから、香織は既に彼の息がないことに気づいて蒼白になっ
た。
「………あ」
「心配無用ジャン!」
「…あ、…貴方!
 冬留君の味方じゃ…彼は貴方の主じゃなかったの!?」
「そのトオリジャン」
「じゃあなんで…っ!」
「ロンよりショーコだよ! トール言ってたジャン!
 ボクの他に悪魔がいるかどうかって!
 だからショーコを見せるタメにやったジャン!
 心配しなくてもトールはダイジョウブジャン!」
「…、い、生きてるの?」
「死んだに決まってるジャン!
 このサキはボクじゃないヤツのカンカツジャン!」
「ま、心臓貫かれて生きてる人間がいたらそれはむしろ異常だからな」
 その声は、冬留のものではなかった。
 香織が気が付けば、既にその場に他の男達の姿はなく。
 ただ佇んでいるのは、黒髪に金色の瞳をした20歳前後の青年。
 ただし、何故か喪服姿の。
 その手には冬留を殺した奴が持っていたナイフ。
「初めまして。お嬢さん。
 宿主より先に別の人間に挨拶するのはまあ俺は別段珍しい事じゃない」
「……や、どぬし? …って」
「お察しの通り。
“ザザの影法師”言うところの信用できない他の管轄の悪魔。
 って奴さ。俺はね」
「…あく、…え?」
「説明は後だ。
 俺は説明は一度で済ませたいんだ。
 今説明しちゃったら宿主が生き返ってからまた説明のやり直しだろ?
 だから、」
 そう言った男の手が冬留の頬をなでて、額にすっと指を這わす。
 そこから突然、一滴の血がこぼれ落ちたのを男は器用に右手の人差し指で受
け止めるとそれを口に含み、冬留に口づけた。
「……、」
 言葉のでない香織を余所に、男はこれでOKと呟き、冬留の身体を引き寄せて
強引に立たせると軽く揺すった。
「おい宿主。やーどぬし!
 起きろ」
「…お、起きろ…って彼は…!」
「死んだな。けど生き返る。
 …ほれ」
 気づけば男は冬留を支えてはいなかった。
 ただそこに立たされているようにしか見えない冬留が数度、瞳を瞬かせてか
ら自分の現状に気づいたように目を見開いて自分の心臓に手を当てた。
「と……冬留君…?」
「…あ、香織、さん…?
 俺……は」
「死んで、生き返った。
 それが一番手っ取り早い説明。というかそれが現実であり事実だ。
 グンモーニン。
 初めまして。宿主」
「……や、ど?」
「影法師からなんも聞いてないのか?
 ほらお前死ぬ前に“他に悪魔はいるのか”的ニュアンスの言葉を口にした
ろ?
 したら影法師の奴が“論より証拠”って影で操った人間でお前殺したんだ
よ。
 そっからの管轄は俺の役目。此処まではいいか?」
「…なんか詰め込んでてよくわからないが…。
 …ザザ…お前が俺を裏切ったっていうのは」
「ウラギってないジャン!
 ダッテこうしナキャこいつデテこない!
 トール勘違いしてる!」
「何の勘違いだよ」
「まあそれは後にして自己紹介させてくれ。
 俺はそいつとおんなじ悪魔で、真田冬留。
 お前を宿主としてる存在だ。
 名前は“死なずのカーネル”
 名の通り、宿主を生き返らせたり出来るってのが俺の能力な」
「で、トールが勘違いシテルのはトールはボクだけの宿主になったってオモッ
テルこと!
 それフセイカイ。
 トールが開いた本。ボクやそこのカーネルを含めて七匹の悪魔が封じられて
た。
 それを開いた」
「真田冬留。
 お前は自動的にその七体の悪魔の宿主になるよう設定されてるんだ。
 詳しい事はその本呼び出して読んでみな。
 とりあえず俺は宿主、お前に回数付きの不死を与える」
「…回数…付き?」
「そ。完全な不死はあり得ない。
 だから回数付きだ。
 これからは宿主は死んでも生き返る事が出来る。
 それが俺が与えた力だからな。
 でも回数付きってんだからその生き返る回数にも限りがある。
 その辺頭に入れて有効活用しろよ」
 そう言って男…いや悪魔“死なずのカーネル”は闇に溶けるように姿を消し
ていく。
「でも注意しな。
 俺達は宿主に生きててもらわなきゃ困る。
 無駄に生き返りの回数券を使うなよ」
 その声は反響し、やがて消えた。

「そして、俺達七つの悪魔は」


「当然のように仲が悪いんだ」



 それが第二の悪魔の、その場での最後の言葉だった。

「…な…………ちょっと待て。
 冗談じゃないぞザザだけでもいい迷惑なのに他にもいるって?
 七? ……まさか」
「……冬留、君」
 くるりと背後に浮かぶザザを見上げて、もう冷静さを取り戻した顔で問いか
ける。

「俺がこの世界に呼ばれたのは…理由は、お前達を復活させる為か。
 そうだな?」
 その言葉にザザは口をぐにゃりと曲げて笑い、『だからトール大好きジャ
ン』と言った。




 夜。街の宿屋。
 夕食を終えて、二人はそれぞれの部屋に戻った。
 香織はもう少しなにか話さないかと言ったのだけど、冬留は眠いからと言っ
て断った。
 本当はまだ眠くない。おやすみなさい、そう言って扉を閉めた冬留に同じ言
葉を掛けて廊下を歩いていく彼女の足音を耳に呟いた。
「……さよなら。香織さん」




 同じ世界の人に出会えた事は、嬉しかった。
 それは事実だった。
 彼女が嫌いなわけじゃない。
 邪魔だってわけじゃない。
 むしろ何故か不思議な好意すら持ってしまうからこそ。
 香織とは。
 離れた方がいい。
 そう思った。
 自分の部屋で呼び出して開いたあの本。
 ただの洋書だったはずのそれは。
 見たこともない文字で綴られた代物に変わっていた。
 ただ自分がその封印を解いた人間だからなのか。
 その文字も何故か冬留には読む事が出来た。
「…此処に、七つの大罪を架す悪魔を封じる…。
 それを解き放つ者には罪と罰を…」


“七つの悪魔を内包せよ。それが汝の罪である”


 そこにはその七つの悪魔の名も記されていた。

『ソロモンの魔女』
『ザザの影法師』
『死なずのカーネル』
『鬼女 清姫』
『顔無しのドッペルゲンガー』
『ブラッディマリア』
『    』


 ただし、何故か七番目の悪魔の名前だけが空白だった。
 わかっている事は、自分は多分、一人でいた方がいいって事。
 香織さんを一人にするのも充分危険だとは思うが、自分といるよりはマシだ
ろう。
 他の、姿をまだ見ていない悪魔達が彼女になにをするかわからない。
 ザザでさえ充分危険なのだ。



『香織さんへ

 一時でも共に旅を出来た事。
 会えた事を喜ばしく思います。
 けれど俺は貴方と共には行けません。
 いつ貴方に被害が及ぶかわからない。
 香織さんならきっと他に手を貸してくれる人が現れるでしょう。
 俺は大丈夫です。
 一人には慣れていますし、今のところ味方であろう悪魔達もいます。
 会えた事は本当に嬉しかった。
 でもさようならです。


 お互い、元の世界に帰れる事を信じましょう。


                   真田冬留』


 部屋のテーブルの上には一枚の置き手紙。
 開かれたままの窓から見える夜空の月。
 部屋は二階で、クラウンのバイトをやっていた冬留には飛び降りてそこか
ら、今はもう眠っているだろう彼女に内緒で抜け出す事など簡単で。
 だが宿屋から数メートルも離れないうちに、冬留は急な睡魔に襲われる。
「……な…………」
 もちろん睡眠薬なぞ飲んではいない。
 だがその睡魔は強力で、強制的に冬留を眠りへと誘う。
 意識が霞みがかってきた。
「……だ…め………離れ……ない…と」
 きっと彼女を傷つける。
 もうろうとした思考でそう思いながら、冬留は何故。
 同じ世界の人間とはいえ出会って一日も経っていない香織の事をこれほどま
でに心配するのか、ふと不思議になった。
 どんどんぼやけていく頭。
 その中でようやく気づく。

 まだ、自分が『深崎夏樹』だった頃。
 大好きで、よく慕って自分が懐いていた。
 一緒に遊んでくれた従姉妹のお姉さん。
 従姉妹と言ったって、自分は養子だったのだから血の繋がりなどないけれ
ど。
 幼心に大好きだったお姉さん。



『なっつきー! 行こ!』



 明るい声で、いつも自分の手を引いてくれた。
 ああ、そっか。

 香織さん…、似てるんだ。

 その、今はもうどうしているかもわからないお姉さんに。
 だから心配だったんだ。


「……お……姉……ちゃ」


 名前…なんて言ったっけ。
 ごめんお姉ちゃん…。
 ……思い出せない。



 ごめん…。



「副作用を説明し忘れてたな」
 完全に眠りに落ちた冬留を抱えて、あの“死なずのカーネル”は夜の中で笑
った。
「生き返る度にその反動で深い眠りに落ちるってのを宿主に言い忘れてた…。
 ……さて?」
 見上げた宿屋の、香織の部屋にはいつの間にか明かりが点いている。
「……お前は本当は逃げたいのか。誰かの側にいたいのか。
 どっちだ宿主?
 副作用を言い忘れてた詫びに、その程度の願いなら叶えてやるよ」

 皆、自分を落ち着いてると。冷静だって言うけれど。
 本当はそんなに大人じゃない。
 自分の事だって自分で信じていやしないんだ。
 本当はただ、……独りになってもいいから『夏樹』のままでいたかった。

「……逃げる事が望みなら此処から遠くの場所に運んでやる。
 でも……『夏樹』である事が望みなら…」

 もうすぐ、多分。

 香織はあの置き手紙に気づくだろう。

「………誰かの側にいる事が本当の願いじゃないのか?」


 馬鹿な宿主だ。

 大人びたようで、本当はまだ幼い。
 自分の本当の願いすら口にも出来ないような。


 馬鹿な宿主だ。


 そしてカーネルは何故か自嘲のような笑みを浮かべるとその場から消えた。
 宿主をその場に残して。






『どうして封印を解く者がお前じゃなければいけなかったか判るか? 宿主』




2007/02/11 23:22 | Comments(0) | TrackBack() | ▲いくつもの今日と明日と世界と
いくつもの今日と明日と世界と 第12章「君に差し出す手のひら」/香織(周防松)
PC:香織/冬留
場所:クーロンのとある宿屋
NPC:死なずのカーネル

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

――誰かが、呼んでいる。

ベッドの中でまどろみながら、香織はなんとなくそう感じた。
「んん……」
重いまぶたを、ゆるゆると持ち上げる。
最初は、夢かな、と思った。
それから、きっと何かの物音を人の声と勘違いしているんだ、と結論付けた。
眠たさのせいで、複雑な思考には耐えられないのである。
(……気のせい、気のせい……)
香織は、それ以上何も考えず、ごろりと寝返りを打った。

しかし、呼びかける気配は、なかなか香織を解放しようとしない。
声がするわけでもない。
体を揺さぶられているわけでもない。
それなのに、『呼ばれている』と脳が感知するのである。

これが、本当にただの夢などであり得るだろうか?

香織は、閉じたまぶたをもう一度開いた。
むっくり起き上がり、思いきり伸びをすると、ベッドから降りる。
起きた香織は、シャツ1枚を身につけた姿だった。
まさかスーツを着たまま寝るわけにもいかず、そういう状態になってしまった
のである。
……本人としては、絶対人に見られたくない格好である。
いそいそとスカートを身につけ、香織は部屋を出た。
自分に呼びかけるモノの正体……あるいは原因を探るべく。
しかしその足は、本人も意識しないうちに、冬留が眠っているはずの部屋へと
向かっていた。



「……あれ……?」
香織は、無意識のうちに辿りついた部屋のドアを凝視する。
(ここって、冬留君の部屋、でしょ?)
どうしてここに来てしまったのか、さっぱりわからない。
しかし、なんとなくここから『呼ぶ気配』がするのだ。
……冬留も何か、感知しているかもしれない。
(聞くだけ聞いてみようかな……)

――コンコン。

ドアを軽くノックしてみるが、中からの応答はない。
おそらく冬留は眠っているのだろう。
(……疲れてるのかな、私)
やっぱり気のせいだ。そうだ、全部疲れてるせいなんだ。そうに決まってる。
香織は無理矢理納得して部屋に戻ろうとしたのだが……ふと、扉の下の隙間
から、ひんやりした夜風が吹いてくることに気付いて眉をひそめた。
(まさか、窓開けて寝てるの?)
今夜は結構冷え込んでいる。
こんな時に夜風に当たっていたら、風邪を引いてしまうのではないだろうか。
窓を閉めておいてあげようかな、と香織は思った。
俗に言う、おせっかい、というやつだが……。
「し、失礼しま~す……」
そ~っとドアを開けた香織は、ノックなど必要なかったことを知った。
室内に、冬留の姿はなかったのである。
空いた窓から夜風が差し込み、薄いカーテンがふわふわと揺れている。
(冬留君に何かあったんじゃ!?)
誘拐。拉致監禁。殺人事件。
縁起でもない言葉が頭の中を駆け巡り、さながらムンクの叫び状態に陥る。
(どうしよう!?)
香織は、おろおろしているうちに、テーブルの上に置かれた1枚の紙に
気付いた。


『香織さんへ

 一時でも共に旅を出来た事。
 会えた事を喜ばしく思います。
 けれど俺は貴方と共には行けません。
 いつ貴方に被害が及ぶかわからない。
 香織さんならきっと他に手を貸してくれる人が現れるでしょう。
 俺は大丈夫です。
 一人には慣れていますし、今のところ味方であろう悪魔達もいます。
 会えた事は本当に嬉しかった。
 でもさようならです。


 お互い、元の世界に帰れる事を信じましょう。


                   真田冬留』


「こ……これ、って」
手に取った紙を見つめる香織のこめかみを、つうっ、と汗が伝う。

(た、た、大変だわ~っ!)

誘拐だの拉致監禁だの殺人事件だのといった類ではなかったが、やはり
一大事であることに変わりはない。
放っておくなんてことはできない。
しかし、旅立とうとする若者を無理矢理引きとめてしまっても良いのだろうか。
そもそもそんな権利が自分にあるんだろうか。
でも、15歳の、しかも異世界出身でこの世界のことなどほとんどわからない
少年がどうやって生きて行けるというのか。
だいたい『1人には慣れてる』ってそれは慣れてもいいことなんだろうか。

どんどん香織の思考は混乱する。

(ええいっ。『探さないで下さい』って、どこにも書いてないんだから、探しに
行ったっていいのよっ)
自分自身に言い聞かせ、香織は部屋を飛び出した。

「グッナイ、お嬢さん」

そこへ投げかけられる、聞き覚えのある男の声。
香織は、素早く振り返った。
「あなた……!」
振り返った先には、黒髪に金色の瞳の青年。
死なずのカーネル、といっただろうか。
黒い喪服が、暗がりに溶けこんでいた。
「静かにした方がいい。他のお客さんの迷惑になるからな」
唇に人差し指を当て、彼は、しいっ、と小さく呟いた。
「一体なんなの? 私、これから……」
「冬留を探さなきゃいけない、だろう?」
「どうして……っ!」
驚いて目を丸くした香織は、大声を上げそうになって慌てて口を押さえた。
そして一つ、深呼吸をする。
どうして、なんて知ってどうする。
今自分が知りたいのは、冬留の行方である。
「冬留君がどこに行ったか、心当りはない?」
やや緊張した面持ちで、香織は尋ねた。
「ああ、あるぜ」
「本当!?」
ああよかった、と顔をほころばせかけた香織に、何を思ってか、彼は一歩、
歩み寄る。
香織はビクッと身を強張らせ、反射的に後ずさった。
――2人の距離は、変わらない。
彼は、クク、と喉の奥で低く笑った。
「怖いか」
「あ、当たり前じゃない……だって、あなた、悪魔なんでしょう?」
自分を守るかのように、香織は胸の前に手を置く。
その手は、かすかに震えていた。
「なるほど。じゃあ……七つの悪魔の宿主になった人間はどうだ?」
「……冬留君のこと?」
香織は首をかしげる。
「どうして怖がらなくちゃいけないの?」
ごろつきに出くわしても冷静に撃退できたり、七つの悪魔の宿主であるとか、
何やらややこしげな事情が色々とあるが、それでも香織にとってはごく普通の
少年なのである。

――そう、今、目の前にいるこの悪魔よりはずっと安心できる。

「それより、冬留君がどこにいるか教えて」
香織は精一杯怖い顔をしてみせる。
そうでもしなければ、圧倒されて声も出なくなりそうだった。
「宿主なら、この建物を出てすぐそこだ。ま、今のところ、まだ寝てるけどな」
その言葉を聞くやいなや、香織は廊下を小走りに駆けていた。
あまりバタバタすると、他のお客さんの迷惑になる……ということをすっかり
忘れている。
そのまま廊下の突き当りを曲がりかけて――ぴたりと足を止めた。
そして、くるり、と振り返る。
カーネルは、まだそこにいた。
香織の様子を観察するかのように。

「……教えてくれて、ありがと」
香織は硬い声音で告げると、後は振り返らずに玄関まで駆けた。
カーネルがどんな表情をしていたかなんて、興味はなかった。




宿屋を出て、香織は通りをきょろきょろと左右に見まわす。
すぐそこ、とは一体どの辺のことを指すのだろうか。
もっと詳しく聞いておくんだった、と少し後悔し始めた頃――
「……あ!」
道端にうずくまるような人影を見つけ、香織は駆け寄った。
その人影は、紛れもなく冬留だった。
「冬留君、大丈夫?」
肩に手を置いてみて、香織はぎょっとした。
だいぶ体が冷えている。
冷えた空気に、体温を奪われているらしい。
「冬留君、起きて。こんなトコで寝たら風邪引いちゃうわよ?」
ゆさゆさと揺さぶってみるが、反応はない。

――先ほどの光景が、脳裏に浮かぶ。

背中にナイフを突き刺されて、自分に向かって倒れこんできた冬留。
溢れ噴き出す真っ赤なしぶき。
同時に重みを増していった体。
香織は、その光景を振り払うかのように、ぶんぶんと頭を振った。
(だ、大丈夫よ、きっと……)
冬留の鼻先に手をかざして、呼吸を確かめてみる。
規則正しい呼吸が、手の平に感じられた。
本当に、眠っているだけのようだ。
は~……と、香織はようやく安堵の息をついた。
しかし、さっそく別の問題にぶち当たった。

「……えっと……」

(宿まで、どうやって運ぼうかなあ……)
香織は、うーん、と腕組みをした。
いくら年上とは言っても、香織は女性である。
自分よりも長身の男なんて、運べといわれても運べない。
しばらくうろうろと歩きまわり、何か良い案がないものかと考えた末、
「……宿屋の人、呼んでこよ」
(一人にして大丈夫かな……怖い人とかに絡まれたりしないかしら……?)
香織は、ちらちらと何度も心配そうに冬留を振り返りながら、宿屋へと戻った。


2007/02/11 23:23 | Comments(0) | TrackBack() | ▲いくつもの今日と明日と世界と
いくつもの今日と明日と世界と 最終章「そして新たなる項へ」/香織(周防松)
PC:香織
NPC:坂城 士狼(さかき しろう)
場所:草原

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

どこまでも広がる草原。
草のじゅうたんの上を、柔らかい風が過ぎていく。

あちらの世界ではあまり経験したことのない、優しい風だ。
乾いた土の匂い。
みずみずしい草の匂い。
機械などに頼らず自然に生まれてきた風は、いろいろな匂いを含んでいた。

草原の中をまっすぐに突き抜ける道を歩いていた香織は、足を止め、気持ちよさそう
に目を細めた。
肩の下まで伸びた黒い髪が、草の匂いのする風に舞う。

――やがて風は過ぎ去り、辺りに再び静寂が戻る。

「さてと。行きますか」

香織は呟き、右手に持っていた小型のトランクを左手に持ち替え、また歩き出した。



元いた世界から、いきなりこちらの世界にやってきて、およそ半年になる。

同じ世界からこちらに迷い込んだ少年、冬留は、彼女の傍らにはいない。
彼は、少し前に元の世界へと帰ることができたのだ。
偶然にも、元の世界に戻る方法が見つかったのである。
しかし、喜びも束の間。
元の世界に帰れるのは、どちらか一人だけという説明がなされた。
当然……と言うべきか、2人はもめた。
自分が帰りたいから、と争いになったわけではない。
『自分はいいから、あなたが帰りなさい』という、譲り合いの押し付け合いになった
のである。
結局、最後は香織が押し切って、冬留を元の世界に帰すことになったわけだが。

香織はその後、一人での放浪生活を始めた。
元の世界に帰る方法を探すため、という一応の目的はあるものの、実際には『アテの
ない旅』といったほうが近い。
いまだ、別の方法の手がかりすらつかんでいないのだ。
半年の間に、荷物を入れていたハンドバッグは小型のトランクに変わり、香織には、
水たまりを見つけるたびにそっと踏んでみる、という妙な癖ができていた。
この世界に来たきっかけが、マンション前の水たまりに落ちたというものだったから
である。

もしかしたら、水たまりから元の世界に帰れるのではないか?

そう思うと、どうしても試さずにいられなかった。
毎度、期待外れで肩を落とす羽目になるというのに。


道は、いつしか上り坂になっていた。

ここまで長い距離を歩いてきたためか、坂を上がるうちにふくらはぎの辺りがギシギ
シ痛みはじめた。
ついでに言うと、足の裏も痛い。
「うう……がんばれ……」
自分を励ましつつ道をひたすら進み、頂上である小高い丘に到着した頃には、肺の底
が引きつりそうになっていた。
「と、とうちゃ……く」
香織は思わず、その場にへたりこみ、ぜえぜえと荒い息を繰り返した。
こちらの世界に来て半年が経つというのに、体力はついていないようである。
「きゅ……休憩……しよ」
トランクを置き、その上によたよたと腰掛ける。
体中が、とにかく熱い。
スーツのジャケットを脱ぎ、香織はうつむいてぎゅっと目を閉じた。
(さっきの風……もう1回こないかな……)
などと思ってみたりもするが、そうそう都合良く風は来ない。
せめてもうちょっと曇っててくれたなら、と、香織は今日の晴天を恨めしくさえ思っ
た。

……ざしっ。

ぐったりした香織の耳が、土を踏む音を拾った。
どうやら、誰かがやってくるらしい。
しかし、今の香織はそんなことにはかまっていられない。
せめて通行の邪魔にならないよう、伸ばしていた足を縮こめた。

――香織は気付かなかった。
その足音は、今自分が歩いてきた方向から向かってくるということに。

視界に、影が落ちた。
どうやら、目の前に誰かがいるらしい。
さっきの足音の主だろうか、と香織はぼんやり思った。

「こんちは」

ややあって、関西風のなまりのある男の声がした。
(こっちの世界にも、関西語を話す人っているのかしら)
香織は最初、そんな風にしか思わなかった。
全く聞き覚えのない声だが、わざわざ立ち止まって挨拶されたのだから、一応は返し
ておかねばなるまい。
「あー……はい、こんにちは……」
ぐったりしながら、香織は片手を上げてみたりした。

「えーと。あんた、西本香織さんやな?」

その言葉が、ぐったりしていた香織の感覚を呼び覚ました。
ざわざわと、波が引くかのように、全身の感覚が過敏になっていくのがわかった。

この男、どうして、自分の名前を知っているのだ。
しかもフルネームで。

記憶にある限り、この世界において自分のフルネームを知っている人間なんて、片手
で数えられるくらいしかいないはずだ。
(この人、一体!?)
警戒しながら顔を上げると、ノンフレームのメガネをかけた、スーツ姿の若い男がい
た。
ネクタイはしておらず、シャツのボタンをだいぶ開けている。
こちらの世界では目立つだろうが、香織にとってはまあ珍しくもない格好である。
だが、ただ1つ、香織に違和感を与える部分があった。
この男は、布に包まれた巨大な平べったいものに、さらにベルトを巻きつけたもの
を、ショルダーバッグの要領で担いでいるのだ。
スーツ姿でそんなもの持ち歩いている人間なんて、滅多に見かけない。

「あの……?」

尋ねかけて、香織はあることに気付いた。

男の着ているものが、一体何を示しているか、ということに。

ここはあちらの世界とは違う。
香織にとっては普通そのものに見えるが、こちらではこんな格好をした人間の方が珍
しいのだ。
自分だって、このスーツのせいでさんざん好奇の目で見られたではないか。

ということは、この男も……?


男は、物言いたげな表情の香織に、人懐こい印象を与える笑顔を見せた。

「初めまして。ご家族の依頼であんたのこと探しとりました。坂城 士狼(さかき 
しろう)や、よろしゅう」


2007/02/11 23:23 | Comments(0) | TrackBack() | ▲いくつもの今日と明日と世界と
ナナフシ  1:eine negative Entwicklung/アルト(小林悠輝)
キャスト:アルト
場所:正エディウス国内
--------------------------------------------------------------------------

 どうしてこんなところに来たのかわからない。
 もちろん、連れにひきずられて来たのだが、その連れは、今いない。人が多いくせに
あまり広くなく、しかもあまり綺麗でない路地を歩いているうちにはぐれてしまった。

 錆付いて軋んだような色合いの店が並び、その前に薄汚い露店がいくつも出されてい
る。普通の市場なのかそれとも闇市なのか判断に困る品物が、あまり気を使っていると
は思えない様子で並びたてられているのは圧巻だったが、今はそんなものに目を留めて
いる場合ではない。

 アルトは人ごみの中を歩きながら、連れの、どこにいても目立つ金髪の頭を探した。
様々な人種――人間から一般的に“亜人”という不名誉な呼称をされる異種族も含めて、
様々な容姿や文化を持つ者の姿を見ることができる。

 ただ、浅褐色の肌を持つ小柄な森妖精[エルフ]は、自分以外にはいないようだ。人
間の作った社会をうろうろし始めてもう十年近くが経とうとしているが、一度として同
族に出会ったことなどなかった。引きこもりにも程がある。

 そんなことを考えながら、ふと目に付いた露店の前で足を止める。
 どうせ、このまま探していても相方を見つけることはできないだろう。夕方になれば
宿で待ち構えていて、「遅い」とか「どこで迷子になってたんだ」とか言ってくるに違
いない。

 今戻っても、やっぱり理不尽に文句を言われることは予想できた。いつものことだ。
慣れているから別に構わないといえば構わないが、慣れてしまって本当にいいのだろう
かという疑問も脳裏を掠める。

「まったく、勝手なんだから……」

「どうしたんだい、お嬢ちゃん」

「え?」

 声をかけられてアルトは我に返った。一瞬だけ途切れていた、周囲の音が蘇る。
 喧騒、人ごみ。二つに別れたエディウスの、“正等”を名乗る方の国。もう一つのエ
ディウスとの紛争が絶えず、どこか疲れたような雰囲気が国全体に沈殿している。
 首都から数日の距離にあるこの町も例外ではなく、市場には、憔悴の内側に篭った活
気が、むせ返りそうなほど満ちている。

「ぼうっとしてたね」

「少し考え事を」

 やわらかな笑みで応える。
 話しかけてきたのは当然のことながら、露店の男だった。彼は人好きのする笑顔を浮
かべて、商品らしい小物を手でもてあそんでいる。どうやら手鏡のようだ。傾けられた
一瞬、アルトは、映りこんだ自分の姿から目を逸らす。

 肩まである艶消しの黒髪、浅褐色の肌、深い紫の大きな瞳。華奢でか弱げな、幼い印
象の少女。薄汚れた革の外套がちっとも似合ってない。「少女趣味でない服は似合わな
いよ」と、からかい口調で言ってきた友人を思い出して嘆息。

 気が重くなったのは、その言葉がまったくの間違いではないと認める程度には既に諦
めてしまっているせいであり、また、よくそんな戯言をほざいていた友人が目の前で斬
り殺されたときのことを思い出したせいでもあった。あれは何年前だったか。

「気をつけなよ、この辺は物騒だから。一人旅かい?」

「連れが……どこへ行ったのか」

「はぐれた?」

「はぐれたのは彼です」

「彼氏?」

「そうではなくて、三人称の“彼”」

「二人旅?」

「ええ」

「やっぱり彼氏じゃないか」

 まったく違う。そういった方面の趣味はない。
 アルトはどうせ否定しても無駄だと思って、表情だけをわずかに曇らせた。男はその
意味に気づいたらしく苦笑する。「機嫌なおしなよ、安くするからさ」という言葉につ
られて小物に手を伸ばす。連れが女々しいとなじるのも仕方がないかも知れない。

「こんな可愛い彼女を放って、そいつは何をしてるんだろうね」

「さぁ?」




 ――はぐれる理由が。
 ないわけではなかった。





 朝、連れは酷く呆然とした表情をしていた。
 死人のように青褪めて、空中を見ながら呟いたのだ。

「……思い出した」

「え?」

「思い出したんだよ。あいつのことだ。なんで今まで、忘れてたんだ……」

 それが誰のことを示すのかアルトは知っていた。だって、彼と会ったときに約束した
のだから。蜃気楼の町に囚われてしまった、彼の仲間を助け出すと。果たせないまま、
彼は誰かの魔法にかかってその仲間のことを忘れてしまった。

 初めて会ったときの彼は、仲間を失ったことに打ちひしがれて、絶望と虚無の狭間に
立ち尽くしていた。それが今は傲慢に、楽しそうに自分のことを引きずり回していて、
そんな彼を見るのが少なくとも嫌ではなかったものだから――だからアルトは何も言わ
なかったし、そんなことはそ知らぬふりをして、彼の傍に居続けたのだ。

「あいつはまだハーミットにいるはずなんだ」

「落ち着いてください。ハーミットはもうないでしょう?」

「あいつは……俺のことなんか待っちゃいないだろうけど、どんな問題が起こったって、
一人でどうとでもできるんだろうけど、行かないと」

 その青い目は強い光を宿していた。その種類をアルトは読み取れなかった。自分には
ないものだ。あまりにも異質過ぎて理解どころか推測すらもできない。そういったもの
は、徐々に増えていく。昔はわかったものがわからなくなっていく。
 首筋を痺れさせる悪寒を、かつて契約した闇の精霊がチキチキという僅かな音と共に
貪り尽くした。
 その結果でしかない冷静さで、アルトは穏やかに微笑んだのに。

「……ユーリィ、その人は……」

「お前は、知ってたのに教えてくれなかったんだな」

 ふいに視線を合わせてきた連れは、平坦な声で遮った。
 ごめんなさい、と吐き出す以外に何ができたというのだ?

 それからずっと連れは上の空だった。





「――――お嬢ちゃん、だから、ぼうっとするなって。
 この辺は物騒なんだって言ったばかりだろ?」

「大丈夫ですよ」

 気のない返事をしながら、外套の下で、剣の柄を探る。が、剣帯を壊してしまったせ
いで宿に置いてきたことをすぐに思い出した。後で買って帰ろう。「それでは」と言っ
て身を翻そうとすると、手首を掴まれた。露店の向こうから腕を伸ばしてきている男に
視線を遣る。愛想笑いは絶やさない。

「本当に?」

「……大丈夫なんですよ」

 わずかに声のトーンを下げて繰り返す。
 ただのナンパか、人さらいか。その判断は一瞬ではつけられない。とりあえず、それ
こそ悪漢に絡まれた乙女よろしく声でも上げてみようかと周囲を見渡す――

 と。

 それどころではなくなった。
 遠くから悲鳴じみた叫び声が聞こえた。

「軍だ!」

 並んでいた露店の主人たちが血相をかえて品物を隠そうとする。
 一般人に見えない人々さえ、騒ぎと逆方向へ逃れようとする。アルトの腕を掴んでい
た男も例外ではなく、さっと顔色が青ざめ、屋台から抜け出して逃れようとじたばたし
始める。

 解放されたアルトは、手首をさすりながら、周囲の状況をぼんやりと眺めた。
 押しのけられたので道の隅へ。

 これだけ緊張状態の国ならば軍くらいうろついているだろう。そんな覚悟もなしに闇
市まがいの商売をしていたわけではあるまいに、この騒ぎはどうしたことだ。まるで、
そういった事情お構いなしに、軍そのものが毛嫌いされて――あるいは恐怖されている
ようだ。

「あんたも来いよ」

 屋台から這い出した男が言ってきた。

「何故?」

 騒ぎは近くなってくると共に奇妙に沈静化していく。

「ここも人間の国なのですから、軍隊くらいいるでしょう?
 何をそんなに騒いでいるのです? 関わらなければ――」

「馬鹿か! この国の軍を他と一緒にするな」

「では?」

 また手首を掴まれそうになる。今度は逃れたが。
 気がつけば人は影に隠れるか逃れるかしてしまったようだった。逃げ遅れた人々が、
あたふたと別の路地へ消えていく。男はなおもアルトを捕まえようと手を伸ばしてきた。

「奴らは悪魔の手先だ。変態ばかりの気狂いどもだ!」

 裏返りかけたその声は通りに反響した。

2007/02/11 23:30 | Comments(0) | TrackBack() | ○ナナフシ

<<前のページ | HOME | 次のページ>>
忍者ブログ[PR]