PC:真田冬留(さなだとうる)
性別:男
性格:沈着冷静でいて他人事に首を突っ込むのが好き。
年齢:15歳
場所:異世界(東京)→オルヴィア
NPC:真田寛二/ザザ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
冬留-1 【迷子と影踏み】
何時でも見る夢は、決まって遊園地で泣いている夢だった。
何時まで待っても迎えに来てはくれない父親を待っている夢だった。
自分はその年にしては頭のいい子供で、警察が言った『捨てられたんだな』
という言葉が理解できた。
施設で数年暮らし、自分は運良くその施設のオーナーに引き取られた。
オーナーには息子が既にいたしもう70歳を過ぎていたから、息子と言うより
孫という形で引き取られた。オーナー、祖父は優しかった。
名前すら覚えていなかった自分に名前をくれて、心から愛してくれた。
けれど、彼は死んでしまった。
次に自分を引き取ったのは祖父の息子夫婦だった。
けれどそれは所詮世間体で、与えるのは物ばかり。
いつも独りきりで、いつしか独りで食事をする事も独りで眠る事も帰った時
『ただいま』なんて言わなくなった。それが当たり前になった。
それが劇的な変化を遂げたのが15歳の秋。
本当の家族が見つかった。
真相はこうだ。
父親は自分を捨てたのではなく、母親に呼び出されて遊園地から一度退場し
て近くの店へ車を走らせている最中、交通事故に遭い、それから長い間記憶喪
失になっていたのだ。
だから自分を捜せなかった。
けれど三ヶ月前に父親の記憶が戻り、俺の家族は四方八方手を尽くして俺を
探し、ついに俺が引き取られていた施設から俺の場所を探し当てた。
偽の家族の絆なんて安い物で、里親は簡単に俺を本当の両親に引き渡した。
俺に与えられたのは大きな家と疑いたくなるほどに自分を愛してくれる家族
と双子の兄。
それから、慣れるには遠ざかりすぎた本当の名前。
真田冬留。
今でも慣れず、名を呼ばれても反応できない事が多い。
「……留…。冬留…。…………………夏樹」
「え、」
「ずっと呼んでいたんだぞ」
「あ………ごめん」
自分と同じくらいの身長の双子の兄に謝って、またやってしまったと俺は思
った。
本当の名前である冬留に反応できなくて、見かねた兄は仕方なく俺が里子だ
った頃の名で呼ぶのだ。
夏樹、と。
家のベランダで風に吹かれていた。
もう、黄昏が近い。
「なあ……真田」
「冬留」
「あ……ごめん。またやっちゃった」
二度目。
目の前にいる双子の兄、真田寛二は元々俺の同級生だったので名字で呼ぶ癖
がコレまた抜けない。
「悪い…悪かったから寛二……。そんな眉間を深くしないでくれよ」
「…いや、まだ三ヶ月だ。無理に、慣れろと言う方が無理だった」
「……でも俺は悪くないと思ってるよ? この生活。
まだぎこちないけれどさ。帰ってきて『ただいま』をいう相手が居るってい
うのは…」
それは、当たり前の幸せだ。
けれどそれが当たり前でなかった冬留に、寛二は何も言えない。
本当は冬留が、自分を愛してくれた祖父に貰った『夏樹』という名前を捨て
るのが辛かった事も判っている。
けれどずっと探していた自分の半身だから、見つけて、じゃあそれで、とい
うわけにはいかなかったのだ。
「……そうだ。これ、お前が探していた本。物置にあったのを見つけたから」
気まずくなった話題を逸らすために、寛二は冬留に一冊の古びた洋書を手渡
した。
「あ、これ探してたんだよ。有り難う」
今は、少しずつでいい。失っていた時間を取り戻せるなら。
焦る必要はない。自分達はまだ15歳で、時間は充分にあるのだから。
そう思って、自分と大して変わらない長身の、短い黒髪に度の強い眼鏡を掛
けた弟を見つめる。
生憎、冬留とは二卵性の双子であんまり似ていない。似ていたならもっと早
く見つかっただろう。
整っているとはいえ老けていると言われがちな自分と違って、冬留は身長の
所為で年上に見られるだけでその顔は笑えば年相応で、まるで日本人形のよう
に整っている。
興味津々に早速ベランダでその本を開き始めた冬留に、せめて部屋に入って
から読めと言おうとした。
次の瞬間、真田寛二の眼に入ってきたのは目映いばかりの光の奔流と、一度
だけ顔を上げて自分を見て何かを言った冬留の姿だった。
思わず寛二は叫んでいた。
呼び慣れた名前で。
冬留の、里子だった頃の、ただの同級生だった頃に呼んでいた彼の名字で。
「深崎――――――――!!」
(…頭、痛い)
何処かにぶつけたかと思って、冬留は身体を起こす。
そうして、愕然とした。
見たこともない場所が目の前に広がっていた。
洋風の建物。こちらを振り向きもしない人々の群れ。
まだ高い位置にある太陽。
(……な、に?)
質の悪い夢だろうか。確かに自分はゲーム好きだけれど。
記憶を辿る。
そうだ。寛二が俺が探していた本を渡してくれて、それを開いた瞬間。
でも……。
「…………真田」
とても、懐かしい名前で呼ばれた。
きっと寛二、真田は気付いていた。
俺が祖父に貰った名前も名字も捨てたくなかった事。
だから、ただあいつも慣れきっていなかっただけなのかもしれないけれど。
呼んでくれた。
『深崎』と。
数ヶ月前まで、深崎夏樹だった自分。
此処は、何処だろう。
気が付けば、あの洋書はまだ自分の腕の中にあった。
服は、先程まで着ていた普段着のままだ。
立ち上がって、声を掛けようとして少し考える。
「……言葉が通じなかったらどうしよう」
生憎と自分が喋れるのは日本語と英語くらいである。
(違うヨーロッパ方面だったらどうしよう……というかなんで此処にいるんだ
ろう)
何処でもドア?
しかし夢と思いこむにしては打ち付けたらしい頭が痛い。
思い切って通りかかった女性に声を掛けた。
「あの、すいません」
「はい? 何か?」
(あ、よかった言葉通じた…)
じゃなくて。
「…あの、変なことを訊くんですけど、俺も訊きたくないんですけど……。
…………此処……………何処ですか?」
何だか自分の中に馬鹿らしい考えが浮かんできて、冬留は現実逃避しかけな
がらも。
何とかそう言った。
ら、女性はきょとんとして。何言ってるの? と返してきた。
「ここはオルヴィアよ?」
「……オルヴィア?」
「街よ。知らないの? 何処の田舎から来たの貴方?」
「……………いえ、あの」
東京は田舎じゃなくて都会です。
じゃなくって。
「……呼び止めてすいませんでした」
としか言えない。
去って行く女性を横目に、冬留は手の中の本を見つめる。
(とりあえず)
「……お前が元凶だって事に間違いはないよな」
返答など帰らぬはずの本に向かって呟いた。
ら。
「失礼だなボクをないがしろにするのかいトール?」
やけにハスキーな声と共に本が勝手に開いて中から黒い帽子を被ったような
影とその影に張り付くように宙に浮かんだまるで漫画のような三日月型の眼と
口が動いた。
辺りに響いた悲鳴は自分の物ではなく、それを運悪く目撃してしまった街の
女性だった。
あっという間に自分の周りに人垣が出来る。
(…こういうのは慣れてるけど……でなくて)
「………何? 君?」
何だか冷静に冬留は問いかけてしまった。
「オドロカナイ? 流石トール。気に入った。ボクの味方にしてあげる」
ケケケっとその宙に浮かんだ口が笑った瞬間、本は一瞬にして消えて手の中
からなくなり、その不気味な影も消えた。と思った。
周囲の人垣が更なる悲鳴を上げなければ。
あきらかに自分を見ている。
畏怖の目だ。
だけど本は何処に。あの不気味な影は…。
「此処だよトール」
背後から聞こえた声に弾かれるように振り返る。
そこには、あの三日月型の口と眼を宙に浮かばせた帽子を被った形の影が自
分よりも二倍ほどの大きさで佇んでいた。
「…………おま…え」
「ボクはザザ。トールが呼んだら出てきてあげる。あの本もトールが呼べば出
てくる」
「……出てくるって何処から………」
言いかけて、冬留はその影が何処へ続いているのかに気付いて眼を見開い
た。
ザザ、と名乗ったその不気味な影は間違いなく、冬留の影から伸びていたの
である。
「…悪魔?」
こんな時でも冷静に訊ける自分が少し間抜けになった。
取り乱したりパニックになれれば楽だったかも知れないけれど。
「悪魔と呼んでもいい。ボクはザザ。『ザザの影法師』。だからこんな事もお
手のものサ」
そう言ったザザが影の黒い手でパチンと指を鳴らした途端、周囲の自分を囲
んでいた人々がいきなり無表情になりぞろぞろと徒党を組んだように群になっ
て同じ方向へ歩き出して行ってしまった。
「………何、やった?」
「言ったろ? 頭いいのに飲み込み悪いネトール。
ボクは『ザザの影法師』。だからボクの力が入り込んだ人間は影を通して操
れる。
さっきのはボクがあいつらの影を操ってトールから離れるようにあいつらの
影を動かしたからあいつらの肉体も離れていったってコト」
「…じゃ、待て。お前に影乗っ取られてる俺は?」
「言ったジャン。ボクはトールの味方。味方を操ったりしない。
それにボクは宿主が必要なんだヨネ。宿主はボクと一心同体で主であり下
僕。
その宿主を操るなんてコトしない」
「……気に入ったという言葉の意味は宿主として気に入ったって意味か」
「そういうコトジャン」
「じゃあ最初の質問だ。ザザ」
「ナァニ? トール?」
「此処は現実か? そして馬鹿馬鹿しい話だが異世界とか言う奴か?」
信じたくないが、今の冬留に頼れるのはこの不気味な影しかいない。
ザザは口を大きくして笑いながら答えた。
「当たり前ジャン」
性別:男
性格:沈着冷静でいて他人事に首を突っ込むのが好き。
年齢:15歳
場所:異世界(東京)→オルヴィア
NPC:真田寛二/ザザ
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冬留-1 【迷子と影踏み】
何時でも見る夢は、決まって遊園地で泣いている夢だった。
何時まで待っても迎えに来てはくれない父親を待っている夢だった。
自分はその年にしては頭のいい子供で、警察が言った『捨てられたんだな』
という言葉が理解できた。
施設で数年暮らし、自分は運良くその施設のオーナーに引き取られた。
オーナーには息子が既にいたしもう70歳を過ぎていたから、息子と言うより
孫という形で引き取られた。オーナー、祖父は優しかった。
名前すら覚えていなかった自分に名前をくれて、心から愛してくれた。
けれど、彼は死んでしまった。
次に自分を引き取ったのは祖父の息子夫婦だった。
けれどそれは所詮世間体で、与えるのは物ばかり。
いつも独りきりで、いつしか独りで食事をする事も独りで眠る事も帰った時
『ただいま』なんて言わなくなった。それが当たり前になった。
それが劇的な変化を遂げたのが15歳の秋。
本当の家族が見つかった。
真相はこうだ。
父親は自分を捨てたのではなく、母親に呼び出されて遊園地から一度退場し
て近くの店へ車を走らせている最中、交通事故に遭い、それから長い間記憶喪
失になっていたのだ。
だから自分を捜せなかった。
けれど三ヶ月前に父親の記憶が戻り、俺の家族は四方八方手を尽くして俺を
探し、ついに俺が引き取られていた施設から俺の場所を探し当てた。
偽の家族の絆なんて安い物で、里親は簡単に俺を本当の両親に引き渡した。
俺に与えられたのは大きな家と疑いたくなるほどに自分を愛してくれる家族
と双子の兄。
それから、慣れるには遠ざかりすぎた本当の名前。
真田冬留。
今でも慣れず、名を呼ばれても反応できない事が多い。
「……留…。冬留…。…………………夏樹」
「え、」
「ずっと呼んでいたんだぞ」
「あ………ごめん」
自分と同じくらいの身長の双子の兄に謝って、またやってしまったと俺は思
った。
本当の名前である冬留に反応できなくて、見かねた兄は仕方なく俺が里子だ
った頃の名で呼ぶのだ。
夏樹、と。
家のベランダで風に吹かれていた。
もう、黄昏が近い。
「なあ……真田」
「冬留」
「あ……ごめん。またやっちゃった」
二度目。
目の前にいる双子の兄、真田寛二は元々俺の同級生だったので名字で呼ぶ癖
がコレまた抜けない。
「悪い…悪かったから寛二……。そんな眉間を深くしないでくれよ」
「…いや、まだ三ヶ月だ。無理に、慣れろと言う方が無理だった」
「……でも俺は悪くないと思ってるよ? この生活。
まだぎこちないけれどさ。帰ってきて『ただいま』をいう相手が居るってい
うのは…」
それは、当たり前の幸せだ。
けれどそれが当たり前でなかった冬留に、寛二は何も言えない。
本当は冬留が、自分を愛してくれた祖父に貰った『夏樹』という名前を捨て
るのが辛かった事も判っている。
けれどずっと探していた自分の半身だから、見つけて、じゃあそれで、とい
うわけにはいかなかったのだ。
「……そうだ。これ、お前が探していた本。物置にあったのを見つけたから」
気まずくなった話題を逸らすために、寛二は冬留に一冊の古びた洋書を手渡
した。
「あ、これ探してたんだよ。有り難う」
今は、少しずつでいい。失っていた時間を取り戻せるなら。
焦る必要はない。自分達はまだ15歳で、時間は充分にあるのだから。
そう思って、自分と大して変わらない長身の、短い黒髪に度の強い眼鏡を掛
けた弟を見つめる。
生憎、冬留とは二卵性の双子であんまり似ていない。似ていたならもっと早
く見つかっただろう。
整っているとはいえ老けていると言われがちな自分と違って、冬留は身長の
所為で年上に見られるだけでその顔は笑えば年相応で、まるで日本人形のよう
に整っている。
興味津々に早速ベランダでその本を開き始めた冬留に、せめて部屋に入って
から読めと言おうとした。
次の瞬間、真田寛二の眼に入ってきたのは目映いばかりの光の奔流と、一度
だけ顔を上げて自分を見て何かを言った冬留の姿だった。
思わず寛二は叫んでいた。
呼び慣れた名前で。
冬留の、里子だった頃の、ただの同級生だった頃に呼んでいた彼の名字で。
「深崎――――――――!!」
(…頭、痛い)
何処かにぶつけたかと思って、冬留は身体を起こす。
そうして、愕然とした。
見たこともない場所が目の前に広がっていた。
洋風の建物。こちらを振り向きもしない人々の群れ。
まだ高い位置にある太陽。
(……な、に?)
質の悪い夢だろうか。確かに自分はゲーム好きだけれど。
記憶を辿る。
そうだ。寛二が俺が探していた本を渡してくれて、それを開いた瞬間。
でも……。
「…………真田」
とても、懐かしい名前で呼ばれた。
きっと寛二、真田は気付いていた。
俺が祖父に貰った名前も名字も捨てたくなかった事。
だから、ただあいつも慣れきっていなかっただけなのかもしれないけれど。
呼んでくれた。
『深崎』と。
数ヶ月前まで、深崎夏樹だった自分。
此処は、何処だろう。
気が付けば、あの洋書はまだ自分の腕の中にあった。
服は、先程まで着ていた普段着のままだ。
立ち上がって、声を掛けようとして少し考える。
「……言葉が通じなかったらどうしよう」
生憎と自分が喋れるのは日本語と英語くらいである。
(違うヨーロッパ方面だったらどうしよう……というかなんで此処にいるんだ
ろう)
何処でもドア?
しかし夢と思いこむにしては打ち付けたらしい頭が痛い。
思い切って通りかかった女性に声を掛けた。
「あの、すいません」
「はい? 何か?」
(あ、よかった言葉通じた…)
じゃなくて。
「…あの、変なことを訊くんですけど、俺も訊きたくないんですけど……。
…………此処……………何処ですか?」
何だか自分の中に馬鹿らしい考えが浮かんできて、冬留は現実逃避しかけな
がらも。
何とかそう言った。
ら、女性はきょとんとして。何言ってるの? と返してきた。
「ここはオルヴィアよ?」
「……オルヴィア?」
「街よ。知らないの? 何処の田舎から来たの貴方?」
「……………いえ、あの」
東京は田舎じゃなくて都会です。
じゃなくって。
「……呼び止めてすいませんでした」
としか言えない。
去って行く女性を横目に、冬留は手の中の本を見つめる。
(とりあえず)
「……お前が元凶だって事に間違いはないよな」
返答など帰らぬはずの本に向かって呟いた。
ら。
「失礼だなボクをないがしろにするのかいトール?」
やけにハスキーな声と共に本が勝手に開いて中から黒い帽子を被ったような
影とその影に張り付くように宙に浮かんだまるで漫画のような三日月型の眼と
口が動いた。
辺りに響いた悲鳴は自分の物ではなく、それを運悪く目撃してしまった街の
女性だった。
あっという間に自分の周りに人垣が出来る。
(…こういうのは慣れてるけど……でなくて)
「………何? 君?」
何だか冷静に冬留は問いかけてしまった。
「オドロカナイ? 流石トール。気に入った。ボクの味方にしてあげる」
ケケケっとその宙に浮かんだ口が笑った瞬間、本は一瞬にして消えて手の中
からなくなり、その不気味な影も消えた。と思った。
周囲の人垣が更なる悲鳴を上げなければ。
あきらかに自分を見ている。
畏怖の目だ。
だけど本は何処に。あの不気味な影は…。
「此処だよトール」
背後から聞こえた声に弾かれるように振り返る。
そこには、あの三日月型の口と眼を宙に浮かばせた帽子を被った形の影が自
分よりも二倍ほどの大きさで佇んでいた。
「…………おま…え」
「ボクはザザ。トールが呼んだら出てきてあげる。あの本もトールが呼べば出
てくる」
「……出てくるって何処から………」
言いかけて、冬留はその影が何処へ続いているのかに気付いて眼を見開い
た。
ザザ、と名乗ったその不気味な影は間違いなく、冬留の影から伸びていたの
である。
「…悪魔?」
こんな時でも冷静に訊ける自分が少し間抜けになった。
取り乱したりパニックになれれば楽だったかも知れないけれど。
「悪魔と呼んでもいい。ボクはザザ。『ザザの影法師』。だからこんな事もお
手のものサ」
そう言ったザザが影の黒い手でパチンと指を鳴らした途端、周囲の自分を囲
んでいた人々がいきなり無表情になりぞろぞろと徒党を組んだように群になっ
て同じ方向へ歩き出して行ってしまった。
「………何、やった?」
「言ったろ? 頭いいのに飲み込み悪いネトール。
ボクは『ザザの影法師』。だからボクの力が入り込んだ人間は影を通して操
れる。
さっきのはボクがあいつらの影を操ってトールから離れるようにあいつらの
影を動かしたからあいつらの肉体も離れていったってコト」
「…じゃ、待て。お前に影乗っ取られてる俺は?」
「言ったジャン。ボクはトールの味方。味方を操ったりしない。
それにボクは宿主が必要なんだヨネ。宿主はボクと一心同体で主であり下
僕。
その宿主を操るなんてコトしない」
「……気に入ったという言葉の意味は宿主として気に入ったって意味か」
「そういうコトジャン」
「じゃあ最初の質問だ。ザザ」
「ナァニ? トール?」
「此処は現実か? そして馬鹿馬鹿しい話だが異世界とか言う奴か?」
信じたくないが、今の冬留に頼れるのはこの不気味な影しかいない。
ザザは口を大きくして笑いながら答えた。
「当たり前ジャン」
PR
場所 : クーロン第七地区・クラノヴァ執政長邸宅、洋風の道
PC : ハーティー 香織 冬瑠
NPC: 『赤の女王』『イカレ帽子屋』『影法師ザザ』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・
「そうね、帰りたいわね。居場所のある世界はとても大切だから」
俯いた香織が面を上げると、そこには優しげな『女王』の顔があった。
彼女は少し迷った表情をして、香織に穏やかで気遣うような声を出す。
「私は異界を渡る力を持っているわ。
貴方をもと居た場所へ帰すことも出来る力を。でも、今の貴方を私の“
ゲーム”へ参加させるわけにはいかないわ」
「・・・・・“ゲーム”って、何ですか?」
すると、今まで他人顔で紅茶を飲んでいた『壊れたら元に戻れない者』が
顔を上げて説明した。
「知らないかい?
“不思議の国のアリス”だよ。この物語は異話(ヴァリアント)…まあ
話がいくつにも系統化されてるのは知ってる?同じ物語なのに、まったく
違うイベントや話筋があるんだ。
とある一つの物語には、アリス…つまりは『異邦人』は女王とクリケット
する場面がある。彼女の“ゲーム”のお相手としてね」
補足するように『赤の女王』が続けた。
「私は『異邦人』に『ゲーム』を与えることが出来るわ。
それを打破した者にだけ、私はその物語への干渉力を持つ。…でも、今の
貴方には、私は『ゲーム』を与えたくない、与えないわ」
意味不明の話だったが、最低限のことはわかった。
彼らは力があるのに、香織を帰してくれないのだ。
「ど、どうしてですか?なんで駄目なんですか!」
思わず声を荒げてしまった女性に、『赤の女王』は瞑目するように瞳
を隠した。
隣の青年が、香織の顔を覗き込んでいった。
「お姉さん、アリスが女王のゲームを受ける前には、アリス(異邦人)
は異界を彷徨わなきゃいけないんだ」
「・・・・え?」
「貴方には、この世界での物語がない。
この世界で生きて、笑って、泣いて、苦しんで、怒って、喘いだ歴史が
足りない、少ない、まったくないわ。物語を改変したくても、物語自体が
なければ、変えようがないの」
もし、その物語なしに貴方に干渉すれば、と彼女はこう言った。
「貴方を、貴方自体を改変することとなる。
…あなたの心と魂と記憶を、塗り潰してしまうことになるの。そしてそう
すれば、あなたの向こうの世界すらあなたの居場所はなくなってしまう」
見たこともない洋風系の町並み。
そんな中、香織と同じ状況下にある少年が『影法師』と対峙していた時
だった。
「物語りが被るのはよくないですね、しかも役者(キャラ)まで似ている
のはやや宜しくない」
少年は、落ち着き払った動作で振り向いた。
単に、驚いているが顔に出ないタイプだろうか?いやに年格好の割に冷静
そうだ。
「こんにちわ“影法師の王”。貴方の物語に祝福あれ」
少年は、また突然現れた事態を直視していた。
ウェーブのかかった髪、喪服よりもなお暗い黒。夜闇より深い深遠色。
肌が大理石のように真っ白で、とてもじゃないがあの皮膚の下に赤い血が
流れているなんて信じられない。
少年には知る術もなかったが、目の前の『事態』を彼の相棒や知り合いの
音楽家が見たら驚愕するだろう。
人工の硝子細工のような、深みのない蒼い瞳だった。
『事態』である青年、『イカレ帽子屋』は丁寧にお辞儀をした。
「これはこれは“影法師”…ずいぶん気に入られたようですね」
「アンタ、誰だ?」
『“イカレ帽子屋(マッド・ハッター)”だよトール。
お気に入りの帽子は?イメチェン?それとも失くしたの?』
蒼い瞳は宝石のように綺麗だったが、どこか造られたもののような派手、
というか浅はかで凄烈な色合いだった。
「貴方と区別したほうがいいでしょう?
しかし連続で異邦人が訪れるのも珍しい、我らのアリスに感謝を」
『まだそんな神様みたいな絵空事信じてるんだ?』
「ええ、我らはアリスの盤面に配置された役者ですからね」
待ってれば気が遠くなるほど会話が途切れそうにないので冬留は話に
割り込んだ。
「なんなんだよ、『影法師』の次には『イカレ帽子屋』…どうなってんだ」
『イカレ帽子屋』は皮肉げに唇を上げた。
いつもの三日月型の笑顔ではない、どこかいつもより人間めいた仕草。
「そろそろ『壊れたら元に戻らない者』が舞台を去らねばならないのです。
『迷いのアリス』なる女性と『影法師の王』たる貴方の分岐路を併せて
みようかと思いましてね」
少年は、眉をひそめて目の前の喪服色を見つめる。
「所詮、人の歴史も人生も…そう、人でない者達ですら“物語”の側面
でしかないのですよ。そして、我々は『アリス』という名の読み手によって
より物語を進化させるために揃えられた駒。
もしかしたら我々は本の文字や情報媒体の記号でしかないのかも知れません
ね。インターネットで流れる小説の文字の羅列かもしれませんし、また古び
た古書でかろうじて読み取れるインクの筆跡かもしれない。
…だが、文字であろうが記号であろうが『物語』は確かに存在するのです。
それは、現実です。このストーリーは確かに存在しある というのはその
物語は現実で、真実の一つで、絶対なのですよ」
「・・・わかんねぇよ」
また頭の痛い奴が、といった顔の冬留に、『イカレ帽子屋』はその真っ赤な
口唇を綺麗に弓張り月型で表した。
「そう、理解は不要です。貴方は物語を建設すればいいだけのこと、理解と
解読など、この物語の文面の読者が悟ればいいだけのこと」
『ちょっとー僕を無視しないでよ!』
「これは失敬、では『影法師の王』よ。
ここから路地を2つ曲がって左に進んだ邸宅に、貴方と同じ世界の住人が
迷い込んでますよ。会うも会わないもご自由ですが、そのままでは治安の
悪いこの場所では魂すら危険ですがね」
命、ではなく、何故か彼は「魂」といった。
「その『影法師の王』って、俺のことか?」
「ええ、影を従えた異邦人…それとも、こちらのほうがよろしいですかな?
“影を受け入れ許諾した”異邦人、とも?」
では、と言って『イカレ帽子屋』は去っていった。
「どうすれば、いいんですか?」
香織は聞いた。
「どちらにしろ、貴方はここで生きなければならないわ。
私を頼るなら貴方は何ヶ月、いや何年もここで生きていくしかない。それ
以外の方法は、あなた自身がこの世界で見つけるしかないわ。
あなた自身が、物語なのだから」
ふと、ハーティーの肩に乗っていたソクラテスが瞼を上げた。
「ソクラテス?」
『自分の生存、あるいは我らの生など、絶対者が見ている夢である』
PC : ハーティー 香織 冬瑠
NPC: 『赤の女王』『イカレ帽子屋』『影法師ザザ』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・
「そうね、帰りたいわね。居場所のある世界はとても大切だから」
俯いた香織が面を上げると、そこには優しげな『女王』の顔があった。
彼女は少し迷った表情をして、香織に穏やかで気遣うような声を出す。
「私は異界を渡る力を持っているわ。
貴方をもと居た場所へ帰すことも出来る力を。でも、今の貴方を私の“
ゲーム”へ参加させるわけにはいかないわ」
「・・・・・“ゲーム”って、何ですか?」
すると、今まで他人顔で紅茶を飲んでいた『壊れたら元に戻れない者』が
顔を上げて説明した。
「知らないかい?
“不思議の国のアリス”だよ。この物語は異話(ヴァリアント)…まあ
話がいくつにも系統化されてるのは知ってる?同じ物語なのに、まったく
違うイベントや話筋があるんだ。
とある一つの物語には、アリス…つまりは『異邦人』は女王とクリケット
する場面がある。彼女の“ゲーム”のお相手としてね」
補足するように『赤の女王』が続けた。
「私は『異邦人』に『ゲーム』を与えることが出来るわ。
それを打破した者にだけ、私はその物語への干渉力を持つ。…でも、今の
貴方には、私は『ゲーム』を与えたくない、与えないわ」
意味不明の話だったが、最低限のことはわかった。
彼らは力があるのに、香織を帰してくれないのだ。
「ど、どうしてですか?なんで駄目なんですか!」
思わず声を荒げてしまった女性に、『赤の女王』は瞑目するように瞳
を隠した。
隣の青年が、香織の顔を覗き込んでいった。
「お姉さん、アリスが女王のゲームを受ける前には、アリス(異邦人)
は異界を彷徨わなきゃいけないんだ」
「・・・・え?」
「貴方には、この世界での物語がない。
この世界で生きて、笑って、泣いて、苦しんで、怒って、喘いだ歴史が
足りない、少ない、まったくないわ。物語を改変したくても、物語自体が
なければ、変えようがないの」
もし、その物語なしに貴方に干渉すれば、と彼女はこう言った。
「貴方を、貴方自体を改変することとなる。
…あなたの心と魂と記憶を、塗り潰してしまうことになるの。そしてそう
すれば、あなたの向こうの世界すらあなたの居場所はなくなってしまう」
見たこともない洋風系の町並み。
そんな中、香織と同じ状況下にある少年が『影法師』と対峙していた時
だった。
「物語りが被るのはよくないですね、しかも役者(キャラ)まで似ている
のはやや宜しくない」
少年は、落ち着き払った動作で振り向いた。
単に、驚いているが顔に出ないタイプだろうか?いやに年格好の割に冷静
そうだ。
「こんにちわ“影法師の王”。貴方の物語に祝福あれ」
少年は、また突然現れた事態を直視していた。
ウェーブのかかった髪、喪服よりもなお暗い黒。夜闇より深い深遠色。
肌が大理石のように真っ白で、とてもじゃないがあの皮膚の下に赤い血が
流れているなんて信じられない。
少年には知る術もなかったが、目の前の『事態』を彼の相棒や知り合いの
音楽家が見たら驚愕するだろう。
人工の硝子細工のような、深みのない蒼い瞳だった。
『事態』である青年、『イカレ帽子屋』は丁寧にお辞儀をした。
「これはこれは“影法師”…ずいぶん気に入られたようですね」
「アンタ、誰だ?」
『“イカレ帽子屋(マッド・ハッター)”だよトール。
お気に入りの帽子は?イメチェン?それとも失くしたの?』
蒼い瞳は宝石のように綺麗だったが、どこか造られたもののような派手、
というか浅はかで凄烈な色合いだった。
「貴方と区別したほうがいいでしょう?
しかし連続で異邦人が訪れるのも珍しい、我らのアリスに感謝を」
『まだそんな神様みたいな絵空事信じてるんだ?』
「ええ、我らはアリスの盤面に配置された役者ですからね」
待ってれば気が遠くなるほど会話が途切れそうにないので冬留は話に
割り込んだ。
「なんなんだよ、『影法師』の次には『イカレ帽子屋』…どうなってんだ」
『イカレ帽子屋』は皮肉げに唇を上げた。
いつもの三日月型の笑顔ではない、どこかいつもより人間めいた仕草。
「そろそろ『壊れたら元に戻らない者』が舞台を去らねばならないのです。
『迷いのアリス』なる女性と『影法師の王』たる貴方の分岐路を併せて
みようかと思いましてね」
少年は、眉をひそめて目の前の喪服色を見つめる。
「所詮、人の歴史も人生も…そう、人でない者達ですら“物語”の側面
でしかないのですよ。そして、我々は『アリス』という名の読み手によって
より物語を進化させるために揃えられた駒。
もしかしたら我々は本の文字や情報媒体の記号でしかないのかも知れません
ね。インターネットで流れる小説の文字の羅列かもしれませんし、また古び
た古書でかろうじて読み取れるインクの筆跡かもしれない。
…だが、文字であろうが記号であろうが『物語』は確かに存在するのです。
それは、現実です。このストーリーは確かに存在しある というのはその
物語は現実で、真実の一つで、絶対なのですよ」
「・・・わかんねぇよ」
また頭の痛い奴が、といった顔の冬留に、『イカレ帽子屋』はその真っ赤な
口唇を綺麗に弓張り月型で表した。
「そう、理解は不要です。貴方は物語を建設すればいいだけのこと、理解と
解読など、この物語の文面の読者が悟ればいいだけのこと」
『ちょっとー僕を無視しないでよ!』
「これは失敬、では『影法師の王』よ。
ここから路地を2つ曲がって左に進んだ邸宅に、貴方と同じ世界の住人が
迷い込んでますよ。会うも会わないもご自由ですが、そのままでは治安の
悪いこの場所では魂すら危険ですがね」
命、ではなく、何故か彼は「魂」といった。
「その『影法師の王』って、俺のことか?」
「ええ、影を従えた異邦人…それとも、こちらのほうがよろしいですかな?
“影を受け入れ許諾した”異邦人、とも?」
では、と言って『イカレ帽子屋』は去っていった。
「どうすれば、いいんですか?」
香織は聞いた。
「どちらにしろ、貴方はここで生きなければならないわ。
私を頼るなら貴方は何ヶ月、いや何年もここで生きていくしかない。それ
以外の方法は、あなた自身がこの世界で見つけるしかないわ。
あなた自身が、物語なのだから」
ふと、ハーティーの肩に乗っていたソクラテスが瞼を上げた。
「ソクラテス?」
『自分の生存、あるいは我らの生など、絶対者が見ている夢である』
場所 : クーロン第七地区・クラノヴァ執政長邸宅~邸宅前
PC : ハーティー 香織 冬留
NPC: 『赤の女王』 傭兵
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
赤絨毯の敷かれたまっすぐな廊下を、香織は歩いていた。
(どうしようかな……これから)
うつむき加減に歩く彼女の頭の中は、そのことで一杯だった。
あなたを頼って、何ヶ月、あるいは何年も待っている余裕なんてない。
少しでも早く帰れる方法を見つけるために、行動する。
香織がそう告げると、『赤の女王』は微笑み、がんばりなさい、と励ました。
誰もが惹きこまれそうな、慈母のような、女神のような、そんな微笑みだった。
香織は今、その部屋を後にしてきたところである。
(これから、大変よね……家族とか、帰るトコとか、いっぺんになくなっちゃたんだ
もん)
家族も、帰る場所もない世界。
考えれば考えるほど、孤独感がじわじわ強くなる。
しかし、どこかまだ冷静でいられるのは、言葉が通じるから、なのかもしれない。
……まだ実感が沸かないだけ、なのかもしれないが。
もし、ここが言葉の全く通じない場所だったなら、香織は絶望して泣きわめいていた
ところだろう。
ともあれ。
家族も、帰る場所もないこの世界で生活していくためには、まず、お金が必要だろ
う。
どうにかして稼がなくてはならない。
「ちょっとちょっと、お姉さん」
「へ?」
ふと呼ばれて振り向くと、ハーティーが後方で手をひらひらさせていた。
「お姉さん、そっちじゃないよ。こっち」
言ってハーティーは、右の通路を指差す。
「え、あ、ああ、そうなの? ごめんごめん」
香織は決して方向音痴というわけではない。
考え事をしながら歩いていたから、間違えてしまったのだろう。
小走りにハーティーのところに戻り、再び歩き出すと、中断した思考を戻した。
とりあえずは、収入源となる仕事を見つけねばなるまい。
しかし……こちらの世界にどんな仕事があるのやら。
こちらの世界のことなんて、まるでわからない。
「ねえ、ハーティー君。いい仕事先、知らない?」
頼るアテなんてものもなくて、香織はハーティーに聞いてみた。
出会ってそう時間も経っていない人間に、そんなことを聞くべきじゃないかもしれな
いが、香織にとってハーティーとは、唯一こちらの世界の情報を提供してくれる人物
なのである。
「ええっ? いい仕事先、ねえ……うーん……希望とか条件はある?」
いきなり聞かれたハーティーは、ほんの少し眉をしかめる。
「そうね~……」
言って香織は少し考える。
「そりゃ、できるだけ楽な仕事で、お給料が高くって、休みが多いと嬉しいけど……
こっちの世界だって、世の中そんなに甘くないでしょ?」
「楽して儲けられる仕事なんて、たぶんロクなものじゃないと思うよ」
「そうよねえ。楽な仕事とか、休みが多い仕事って、その分給料が安くなっちゃうの
が普通だし……」
腕組みをし、うんうん、なんて頷く香織。
「じゃあ、得意なことって?」
今度は香りが眉をしかめる番だった。
「得意……っていうか、好きなのは料理と、手芸ね。得意かどうかって聞かれると、
ちょっとわかんないけど……あ。中学と高校ね、部活、手芸部に入ってたわ」
「ブカツ?」
ハーティーの反応を見て、香織はハッとした。
そうだ、こちらの世界の人が『部活』なんてものを知ってるはずもない。
「ああ、ごめんごめん。わかんないよね。たいしたことじゃないから忘れて」
首を傾げるハーティーに、手をぱたぱた振って、香織はごまかした。
そうこうしているうちに、2人は屋敷の玄関に到達した。
ただの玄関なのに、これがまたやたらに広く、凝った彫刻の施された置き物が片隅に
飾られていたりする。
立派な玄関を出ると、さっきの用心棒達の姿が見えた。
(……やっぱり怖い)
先ほど取り囲まれたのが、まだ少し怖い香織だった。
できるだけ目を合わせないように、と気をつけながら、門へと向かう。
――そんな姿勢で歩いていると、前方への注意がおろそかになってしまいがちであ
る。
「きゃ」
香織は、屋敷の門を出たところで、どん、と何かにぶつかり、しりもちをついた。
ちゃんと前を見て歩いていたなら、どこ見て歩いてるのよ、くらいのことは言えたか
もしれないが、香織は用心棒達と目を合わせたくないあまり、前方に注意を向けてい
なかった。
完全なる前方不注意状態で歩いていた香織に非がある。
「ご、ごめんなさいっ! 前、全然見てなくて!」
慌てて謝りながら、香織は顔を上げて――固まった。
ただし、その瞳だけは大きく見開かれた。
フォールインラブ、というわけではない。だいたい相手は明らかに年下である。
身長こそ、かなりの高さだったが。
香織が注目したのは、そこではない。
彼の身につけている衣服が、ここでは珍しいとされ――元の世界では普段着にしか見
えない、というものだったからだ。
たっぷり十数秒、彼の姿をあ然と見つめた後、香織の脳裏にある考えが起きた。
もしかして、この人……現代人?
「あなた、その格好、もしかして……現代人っ?」
思わず、香織はそう尋ねていた。
PC : ハーティー 香織 冬留
NPC: 『赤の女王』 傭兵
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
赤絨毯の敷かれたまっすぐな廊下を、香織は歩いていた。
(どうしようかな……これから)
うつむき加減に歩く彼女の頭の中は、そのことで一杯だった。
あなたを頼って、何ヶ月、あるいは何年も待っている余裕なんてない。
少しでも早く帰れる方法を見つけるために、行動する。
香織がそう告げると、『赤の女王』は微笑み、がんばりなさい、と励ました。
誰もが惹きこまれそうな、慈母のような、女神のような、そんな微笑みだった。
香織は今、その部屋を後にしてきたところである。
(これから、大変よね……家族とか、帰るトコとか、いっぺんになくなっちゃたんだ
もん)
家族も、帰る場所もない世界。
考えれば考えるほど、孤独感がじわじわ強くなる。
しかし、どこかまだ冷静でいられるのは、言葉が通じるから、なのかもしれない。
……まだ実感が沸かないだけ、なのかもしれないが。
もし、ここが言葉の全く通じない場所だったなら、香織は絶望して泣きわめいていた
ところだろう。
ともあれ。
家族も、帰る場所もないこの世界で生活していくためには、まず、お金が必要だろ
う。
どうにかして稼がなくてはならない。
「ちょっとちょっと、お姉さん」
「へ?」
ふと呼ばれて振り向くと、ハーティーが後方で手をひらひらさせていた。
「お姉さん、そっちじゃないよ。こっち」
言ってハーティーは、右の通路を指差す。
「え、あ、ああ、そうなの? ごめんごめん」
香織は決して方向音痴というわけではない。
考え事をしながら歩いていたから、間違えてしまったのだろう。
小走りにハーティーのところに戻り、再び歩き出すと、中断した思考を戻した。
とりあえずは、収入源となる仕事を見つけねばなるまい。
しかし……こちらの世界にどんな仕事があるのやら。
こちらの世界のことなんて、まるでわからない。
「ねえ、ハーティー君。いい仕事先、知らない?」
頼るアテなんてものもなくて、香織はハーティーに聞いてみた。
出会ってそう時間も経っていない人間に、そんなことを聞くべきじゃないかもしれな
いが、香織にとってハーティーとは、唯一こちらの世界の情報を提供してくれる人物
なのである。
「ええっ? いい仕事先、ねえ……うーん……希望とか条件はある?」
いきなり聞かれたハーティーは、ほんの少し眉をしかめる。
「そうね~……」
言って香織は少し考える。
「そりゃ、できるだけ楽な仕事で、お給料が高くって、休みが多いと嬉しいけど……
こっちの世界だって、世の中そんなに甘くないでしょ?」
「楽して儲けられる仕事なんて、たぶんロクなものじゃないと思うよ」
「そうよねえ。楽な仕事とか、休みが多い仕事って、その分給料が安くなっちゃうの
が普通だし……」
腕組みをし、うんうん、なんて頷く香織。
「じゃあ、得意なことって?」
今度は香りが眉をしかめる番だった。
「得意……っていうか、好きなのは料理と、手芸ね。得意かどうかって聞かれると、
ちょっとわかんないけど……あ。中学と高校ね、部活、手芸部に入ってたわ」
「ブカツ?」
ハーティーの反応を見て、香織はハッとした。
そうだ、こちらの世界の人が『部活』なんてものを知ってるはずもない。
「ああ、ごめんごめん。わかんないよね。たいしたことじゃないから忘れて」
首を傾げるハーティーに、手をぱたぱた振って、香織はごまかした。
そうこうしているうちに、2人は屋敷の玄関に到達した。
ただの玄関なのに、これがまたやたらに広く、凝った彫刻の施された置き物が片隅に
飾られていたりする。
立派な玄関を出ると、さっきの用心棒達の姿が見えた。
(……やっぱり怖い)
先ほど取り囲まれたのが、まだ少し怖い香織だった。
できるだけ目を合わせないように、と気をつけながら、門へと向かう。
――そんな姿勢で歩いていると、前方への注意がおろそかになってしまいがちであ
る。
「きゃ」
香織は、屋敷の門を出たところで、どん、と何かにぶつかり、しりもちをついた。
ちゃんと前を見て歩いていたなら、どこ見て歩いてるのよ、くらいのことは言えたか
もしれないが、香織は用心棒達と目を合わせたくないあまり、前方に注意を向けてい
なかった。
完全なる前方不注意状態で歩いていた香織に非がある。
「ご、ごめんなさいっ! 前、全然見てなくて!」
慌てて謝りながら、香織は顔を上げて――固まった。
ただし、その瞳だけは大きく見開かれた。
フォールインラブ、というわけではない。だいたい相手は明らかに年下である。
身長こそ、かなりの高さだったが。
香織が注目したのは、そこではない。
彼の身につけている衣服が、ここでは珍しいとされ――元の世界では普段着にしか見
えない、というものだったからだ。
たっぷり十数秒、彼の姿をあ然と見つめた後、香織の脳裏にある考えが起きた。
もしかして、この人……現代人?
「あなた、その格好、もしかして……現代人っ?」
思わず、香織はそう尋ねていた。
PC:真田冬留(さなだとうる)/ハーティー/香織
性別:男
性格:沈着冷静でいて他人事に首を突っ込むのが好き。
年齢:15歳
場所:クーロン第七地区・クラノヴァ執政長邸宅~邸宅前
NPC:ザザ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
冬留-2 【異星人交差点】
あの『いかれ帽子屋』の言うとおりの道を通って、出会い頭に年上の女性に
ぶつかった。
「ご、ごめんなさいっ! 前、全然見てなくて!」
ぶつかった拍子に尻餅を着いた女性に咄嗟に手を差し伸べようとして。
先に(彼女も何故か固まっていたが)固まるような台詞を言われた。
「あなた、その格好、もしかして……現代人っ?」
「…はい?」
思わず口から出たのがそれだった。
現代人?
出会い頭になんでこんな質問されなきゃいけな……現代人?
「…え?」
頭の中で彼女の言葉を反芻して、それからその意味に気付いた冬留が僅かに
身を乗り出した時だった。
先程まで冬留の影の中に引っ込んでいたあのザザがまたいきなり飛び出て来
て宙に浮かんだ口で笑うと女性の傍らにいる男性に声を掛けたのだ。
「きゃっ!?」
女性の悲鳴に、“当然の反応だよなこれ”と冬留は思いながら、背後を振り
返って。
「おい、お前俺が呼ばない限り出てこないんじゃなかったのか?
それをさっきも…『いかれ帽子屋』とかいう奴に会った時も勝手に」
「やあ『壊れたら元に戻らない者』!久しぶりジャン!」
「……………また知り合いかよおい」
という冬留の突っ込みはスルーされた。
「これは久しぶりだね『影法師』。その少年は君の玩具?」
「違うジャン。トールはボクの宿主。
サッキ会った『いかれ帽子屋』風に言えば『影法師の王』ダヨ。
でも『いかれ帽子屋』も面白いジャン。イメージ被るとヤだって帽子取って
たジャン!
あれじゃタダの『いかれ屋』ジャン」
「それは確かにその通りだね。
でも…『影法師の王』か」
そこでハーティーは一度冬留の顔を見ると、すぐにザザに視線を戻して。
「随分若い子なのに君のお眼鏡に適うとは珍しい」
「トールは特別ジャン。ボク見てもオドロカナイ。これだけでも及第点ジャ
ン」
(何だか上で奇妙奇天烈な会話が繰り広げられている……)
しかし関わりたくなかったので、冬留は未だ地面にしゃがんだままの女性の
目線に合わせるように自分もしゃがみ込む。
「…えっと。大丈夫ですか? 怪我とか」
「あ…はい。平気です」
「…あー、で。すいません出会い頭に変なの出て来ちゃって。
あいつなんか俺に取り憑いてるっていうか………。
まあ自縛霊かなんかだと思って下さい。
というか他に俺も説明出来ないので」
「……はぁ」
「で、先程の貴方の質問なんですけど…」
そこで一旦言葉を切り、一息つくと。
冬留は香織の瞳を真っ直ぐに見て問いかけた。
「『現代人』の意味はもしかして日本とかカナダとか新宿とかアメリカとかド
イツとかそういうのがある世界の人間ですか? っていう問いに変換して受け
取っていいんでしょうか?」
「は、はい!」
「なら返答はイエスです。現代人というか異世界人ですね。俺。
でもなんで貴方そんな…」
「彼女もまた君と同じだからだよ。『影法師の王』」
「……同じ?」
ザザとの会話に手一杯だと思っていた見知らぬ青年が割り込んできた。
「失礼。僕は『壊れたら元に戻らない者』ハンプティ・ダンプティっていうん
だ。
仲間は“卵”とか“ジョーカー”って呼ぶ人もいるね」
「…仲間ってもしかさっき会った『いかれ帽子屋』とか?」
「そう。ま、長いからハーティーでいいよ。『影法師の王』」
「…とりあえず、俺こっちの女の人に話があるから貴方はザザと話しててくれ
ません?」
「こりゃ失礼」
そう言って再びザザとの会話に戻ったハーティーを一瞥だけして、冬留は香
織に視線を戻す。
「…同じって、同じ異世界人って意味?」
「そうなの…! さっきの単語から判断して貴方も同じ世界の人よね!?」
同じ世界の人間が見つかって安堵したのか、香織が身を乗り出して同意を求
める。
「…そ、そうですけど。
あの……………」
「あ、ごめんなさい。
私西本香織。同じ世界の人に会えたからつい…」
「あ、その気持ちは分かります。俺も来た早々にこいつが出て来て…。
ああ、すいません」
話がまた脱線したので冬留は咄嗟に戻すと。
「改めて、俺は深崎…じゃなかった。
真田、真田冬留。初めまして」
「こちらこそー!」
「で、西本さんは」
「香織でいいわよ」
「じゃあ、香織さんはどうしてこの世界に?」
「それが、気が付いたら…」
「俺は物置の本を開いた途端光って、で気が付いたら此処。
元凶はこれっぽいんですが」
と冬留は疲れたように自分の影から出てきてまだ何か話しているザザを指さ
す。
「『ザザの影法師』、って言うらしいです。
で、俺がその宿主……つまるところが寄生されちゃったんです」
「寄生ってシッツレイだねトール!
もっとドウセイとか安らぎに溢れたコトバで現してヨ」
「同棲の方がよっぽどいやらしいわこの影!」
一瞬だけ冷静さをかなぐり捨ててザザに向かって叫んでから、冬留は再びし
ゃがみ込むと。
「……まあ、こういった状況なんで。
……どうするべきか」
困ったような、年相応な表情で香織に問いかけた冬留が、それから少しの間
の後。
ぽつりと。
「こいつ…………見せ物かパシリに使えないかな」
呟いたのだがそれはそれ。
性別:男
性格:沈着冷静でいて他人事に首を突っ込むのが好き。
年齢:15歳
場所:クーロン第七地区・クラノヴァ執政長邸宅~邸宅前
NPC:ザザ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
冬留-2 【異星人交差点】
あの『いかれ帽子屋』の言うとおりの道を通って、出会い頭に年上の女性に
ぶつかった。
「ご、ごめんなさいっ! 前、全然見てなくて!」
ぶつかった拍子に尻餅を着いた女性に咄嗟に手を差し伸べようとして。
先に(彼女も何故か固まっていたが)固まるような台詞を言われた。
「あなた、その格好、もしかして……現代人っ?」
「…はい?」
思わず口から出たのがそれだった。
現代人?
出会い頭になんでこんな質問されなきゃいけな……現代人?
「…え?」
頭の中で彼女の言葉を反芻して、それからその意味に気付いた冬留が僅かに
身を乗り出した時だった。
先程まで冬留の影の中に引っ込んでいたあのザザがまたいきなり飛び出て来
て宙に浮かんだ口で笑うと女性の傍らにいる男性に声を掛けたのだ。
「きゃっ!?」
女性の悲鳴に、“当然の反応だよなこれ”と冬留は思いながら、背後を振り
返って。
「おい、お前俺が呼ばない限り出てこないんじゃなかったのか?
それをさっきも…『いかれ帽子屋』とかいう奴に会った時も勝手に」
「やあ『壊れたら元に戻らない者』!久しぶりジャン!」
「……………また知り合いかよおい」
という冬留の突っ込みはスルーされた。
「これは久しぶりだね『影法師』。その少年は君の玩具?」
「違うジャン。トールはボクの宿主。
サッキ会った『いかれ帽子屋』風に言えば『影法師の王』ダヨ。
でも『いかれ帽子屋』も面白いジャン。イメージ被るとヤだって帽子取って
たジャン!
あれじゃタダの『いかれ屋』ジャン」
「それは確かにその通りだね。
でも…『影法師の王』か」
そこでハーティーは一度冬留の顔を見ると、すぐにザザに視線を戻して。
「随分若い子なのに君のお眼鏡に適うとは珍しい」
「トールは特別ジャン。ボク見てもオドロカナイ。これだけでも及第点ジャ
ン」
(何だか上で奇妙奇天烈な会話が繰り広げられている……)
しかし関わりたくなかったので、冬留は未だ地面にしゃがんだままの女性の
目線に合わせるように自分もしゃがみ込む。
「…えっと。大丈夫ですか? 怪我とか」
「あ…はい。平気です」
「…あー、で。すいません出会い頭に変なの出て来ちゃって。
あいつなんか俺に取り憑いてるっていうか………。
まあ自縛霊かなんかだと思って下さい。
というか他に俺も説明出来ないので」
「……はぁ」
「で、先程の貴方の質問なんですけど…」
そこで一旦言葉を切り、一息つくと。
冬留は香織の瞳を真っ直ぐに見て問いかけた。
「『現代人』の意味はもしかして日本とかカナダとか新宿とかアメリカとかド
イツとかそういうのがある世界の人間ですか? っていう問いに変換して受け
取っていいんでしょうか?」
「は、はい!」
「なら返答はイエスです。現代人というか異世界人ですね。俺。
でもなんで貴方そんな…」
「彼女もまた君と同じだからだよ。『影法師の王』」
「……同じ?」
ザザとの会話に手一杯だと思っていた見知らぬ青年が割り込んできた。
「失礼。僕は『壊れたら元に戻らない者』ハンプティ・ダンプティっていうん
だ。
仲間は“卵”とか“ジョーカー”って呼ぶ人もいるね」
「…仲間ってもしかさっき会った『いかれ帽子屋』とか?」
「そう。ま、長いからハーティーでいいよ。『影法師の王』」
「…とりあえず、俺こっちの女の人に話があるから貴方はザザと話しててくれ
ません?」
「こりゃ失礼」
そう言って再びザザとの会話に戻ったハーティーを一瞥だけして、冬留は香
織に視線を戻す。
「…同じって、同じ異世界人って意味?」
「そうなの…! さっきの単語から判断して貴方も同じ世界の人よね!?」
同じ世界の人間が見つかって安堵したのか、香織が身を乗り出して同意を求
める。
「…そ、そうですけど。
あの……………」
「あ、ごめんなさい。
私西本香織。同じ世界の人に会えたからつい…」
「あ、その気持ちは分かります。俺も来た早々にこいつが出て来て…。
ああ、すいません」
話がまた脱線したので冬留は咄嗟に戻すと。
「改めて、俺は深崎…じゃなかった。
真田、真田冬留。初めまして」
「こちらこそー!」
「で、西本さんは」
「香織でいいわよ」
「じゃあ、香織さんはどうしてこの世界に?」
「それが、気が付いたら…」
「俺は物置の本を開いた途端光って、で気が付いたら此処。
元凶はこれっぽいんですが」
と冬留は疲れたように自分の影から出てきてまだ何か話しているザザを指さ
す。
「『ザザの影法師』、って言うらしいです。
で、俺がその宿主……つまるところが寄生されちゃったんです」
「寄生ってシッツレイだねトール!
もっとドウセイとか安らぎに溢れたコトバで現してヨ」
「同棲の方がよっぽどいやらしいわこの影!」
一瞬だけ冷静さをかなぐり捨ててザザに向かって叫んでから、冬留は再びし
ゃがみ込むと。
「……まあ、こういった状況なんで。
……どうするべきか」
困ったような、年相応な表情で香織に問いかけた冬留が、それから少しの間
の後。
ぽつりと。
「こいつ…………見せ物かパシリに使えないかな」
呟いたのだがそれはそれ。
PC:香織・『ハンプティ・ダンプティ』
場所:喫茶店・緑の峡谷(ウェッド・レヒ)
NPC:「影法師ザザ」『イカレ帽子屋』『青い鳥』『赤の女王』喫茶店のマ
スター
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
いつのまにか、空は暮れて夜色だった。
少しだけ寒くなった気温に合わせて、吐息も宗旨替えしたらしく白い呼気が
出た。
それを少しだけ見つめていたハーティーは、珍しく眉根を寄せて時計台を見
た。
時間が迫っている、舞台の幕が。
「お姉さんと冬瑠君に話があるんだけど、いいかな?」
喫茶店・緑の峡谷(ウェッド・レヒ)
それぞれテーブルごとに違う優しいらんぷの灯りがぼうと輪郭を曖昧にして
揺れる。
人々は小さく囁き、笑い合い、黙りあう。
まるでその音の集合体は森のなかのような、そんな風の吐息を思い出す。
背後に奏でられていたフィドルのBGMが途切れる。
どこか異国の家路を思い浮かばせるような、切なく心惹かれる音楽が止まり、
皆顔を上げる。
「……ねえ、ハーティー君ってここの従業員なの?」
「んーまあ正解。雇われだけど、おかげで保険ないしね」
「この世界でも保険制度はあるんだな」
様々な個性を持つ三人が、非常にこの中では目立つ格好で一つのテーブルに
座っている。
緑の野菜を散りばめたパスタを加えつつ、笑顔で説明する。
「話を要約すると、君達の世界でいわれてる『ゲーム』や『RPG』、『童
話』や『伝説』といった価値観の世界 と認識してくれてもいいと思うよ。
魔物も出る、剣や戦の世界、魔法や『影法師』といった未知の技術や現象に
寄り添ってある」
『未知の技術ってナンカかっこイイよネ』
「お前出て来たら二度と喋ってやらねえからな」
香りはアルコールがほんの少し混じった暖かいココア、冬瑠は口当たりの爽
やかな清涼系の飲み物と軽いサラダをつつきあっている。
先ほどから『影法師』がサラダをつまもうとじゃれていて、それを冬瑠がに
らんで止めているという家系図である。
「俺達みたいな人々は今までいるのか?」
「たくさんではないけどね、稀に。君達の世界でもそういうことない?ほら、
どうやって出来た分からないものがあったり、私はドコドコへ行ってきまし
た、居ましたとかさ」
香織はああ、と曖昧に頷く。
「異世界の人っていうのはあんまり聞かないけど…そういう正体不明なもの
とかはよくTVに出たりするよね」
「たいがいデマだろ」
パスタの残りをつつきつつ、こちらの世界でありながらの異世界な者は笑っ
た。
「そして、大概の中に稀に存在する。奇妙で、不思議で、歴史や社会性とは
脈絡のない何かが」
「おい、そろそろ仕事だ」
音楽の停止と同時にマスターは囁いた。
笑顔で頷いたハーティーのちょっとたれ系の耳が動いて揺れた。
「お姉さんと君、ちょっと待ってて。これからお仕事なんだ」
香織は、何か考えて質問した。
「ハーティー君お仕事何なの?」
「鳥の調教師?」
最後の疑問は冬瑠。青い梟は微動だにしない。
「いやいや、手品師・奇術師だよ。体一つの職業ってけっこう使いが荒くて
ね」
「お前がよく逃げ出すからな」
マスターの突っ込みに苦笑いを浮べて、ハーティーは立ち上がる。
馴染みの客からは期待、見知らぬ客からは不安を背負って彼はにっこり微笑
んだ。
「まあ、損はしないから見ててよ」
銀色の髪が、鋭く揺れて隣の青い鳥は、ただ無言であった。
赤い布から、鳩が花が猫が出る。
紙吹雪が室内を舞い、鳩の羽毛は突如炎に変わる。
鮮やかな色が視覚を刺激し、脳裏に輝く娯楽のひと時。
「ハーティー君もきちんとお仕事してるのね」
終わった後に、香織は感心したように言い放った。
「ひどいな、お姉さん。僕はこう見えてもまっとうな一市民だけど?」
至極もっとものような顔で、苦笑するハーティー。
『まとも辺りに疑問を一票入れたいネ』
「それは君自身に入れたほうが投票者も納得の当選確実だよ」
『影法師』にも異論を言われて、今度はちょっと眉根を寄せつつ返答する。
「さて、お姉さんと冬瑠君。僕はそろそろ行くね」
「・・・え、ええ!ちょっと、待ってよ!」
思わず香織は、勢いよく立ち上がった。
素っ頓狂な木目の引きずる音が、客の視線を一網打尽に集める。
ご、ごめんなさいと周りに頭を下げてから、ハーティーの服の裾をひっぱる。
「行っちゃうの?どうして?あたし達これから……」
「はい」
思わず、香織は手渡された物を反射的に受け取ってしまう。
冬瑠が、慌てて隠そうとする。
「ちょっ、これ本物の剣じゃないか!」
しかし、まわりはまったくそんな事を気にしてないように談笑をしている。
「君達の世界では、こういうの駄目だったの?どうやって身を守っているん
だい?」
むしろそれが疑問に、ハーティーは冬瑠に問いかけた。
冬瑠は一瞬絶句して、また落ち着きを取り戻して椅子に座りなおす。
当の本人の香織といえば、ただ目を白黒させて目の前の物体を凝視している。
「ね、ねえ。これどういう……」
すがるように、ハーティーを見上げた香織だったが。
そこには、真剣な、会って以来初めての顔があった。笑っていない、怖気の
する真剣な瞳。
「お姉さん、よく聞いて。
真実は一つ、とかじゃない。僕の真実、お姉さんの真実、冬瑠君の真実、そ
して「影法師」の真実…色んな人々がいて、色んな真実がある。色んな世界
と物語、そして理由が」
短剣(グラディウス)と呼ばれる、二の腕長さの短剣は、鈍い輝きを放つ。
「理由?」
「そうだよ。そこには、人が行動し思考するのは“理由”があるから。
その“理由”は誰にも譲れない、その人のものだから。その人だからの理由
だからね。
だから、お姉さんは、冬瑠君も覚悟を決めなきゃいけない」
短剣を香織に握らせて、冬瑠の方を向く。
「どういう意味ですか?」
冬瑠が、落ち着いてなお真剣に問いただす。
「誰もが自分の何かのために、例え自分のためでなくても、必ず自分の選ん
だ行動をする。
それは他人に侵害されるものではない……例外は、その行動の有無と利害が
交差した時。つまり、誰かと誰かの行動は、人の営みの中では確実に交差し
衝突する」
短剣は、金と銀の装飾を控えめに輝かせている。
「それは、どうしようもないことで。
お姉さんや冬瑠君がこの世界で生きていくためには、確実に誰かの意志と衝
突する。
全て安穏と過ごせるような、安易な目的じゃないと、分かってるよね?」
元の世界に戻る、その危険性を。そこまで到達できるかの障害。
「使わなかったら、使わなくてもいい。
ただ、決意を決めた方がいい。殺すのか、殺せないのか。立ち向かうか、後
ずさるか。今でなくてもいいよ。けれど確実に決断の時はやって来る、その
ときでは遅いんだ」
短剣は、そのお守りかな。と彼は笑う。
「冬瑠君には、いざってときの『影法師』がついてるしね。
お姉さんだけ何もないのはフェアじゃない。だから、これをあげる」
短剣は、現代の香織の華奢な手のひらには重そうに見える。
「あ、そうそう冬瑠君。
これ君にあげる、これはギルドの酒場の名刺。これがあれば手数料ナシで情
報や傭兵を雇える。3回だけだけどね…あと、これは僕からの気持ち。当分
はこれでなんとかなるよ」
袋の中を数えて、金貨10枚銀貨42枚、銅貨79枚と数えていく。
「お姉さん達についていきたいけど、僕はここを離れられないんだ。
ここで、僕はまだするべき事柄を待ってるんだ。だから……ん」
ふと、もぞもぞと青い梟が動き出した。
口にくわえる青い羽、餞別だろうか。
そんな青い鳥の珍しい健気な行動に『壊れたら元に戻らない者』はくすりと
微笑む。
香織はちょっと泣きそうになりながらそれを受け取り、冬瑠はためらった後
に、静かに受け取る。
「青い鳥の羽は幸運を呼ぶんだって。お姉さん達が素晴らしい旅路であるこ
とを期待するよ」
そうやって、彼は笑顔で去っていった。
一度も振り返らないで。
豪奢な部屋の一室。
『赤の女王』がくすくす笑っている。
「で、貴方は結局“あの子”がどこに遊びにいっちゃったか分からないのね」
「ええ『母親』としては少し寂しい気持ちですね。子の巣立ちを見送れなかっ
たとは」
どこか投げやりに返答するのは、白い紫煙をくゆらせる『イカレ帽子屋』で
ある。
珍しく帽子はない。その所為か、いつもより人間味をおびて見える。
「やや心配ですね…あの子はこの世界の言語がまるで分からない。片言すらま
まならない」
やや、疲れた調子。彼が不気味な笑顔以外の何かを吐露するのは珍しい。
「大丈夫よ、女は強いのよ。それが少女であってもね」
笑いながら、背中から抱きつく『赤の女王』。
「マレフィセント…茨の魔女、斜陽の娘。
あなたの可愛い愛娘、悪魔が産み落とした異界の子。魔女の最愛の我が子。
彼女は、貴方や私よりもきっと大丈夫よ。とってもしっかりした子だもの」
そういって、彼の煙草を奪い取る。
「少なくとも、自分の体調を無視して歩き回る、貴方よりは」
『イカレ帽子屋』は疲労に色濃い顔に、三日月を浮べて笑った。
「女という生き物は恐ろしいものですね」
「残念、男が弱すぎるのよ?」
紫煙が、漂う。
「僕は終わったよ、次は“茨の魔女”の物語かな?」
ハーティーが、いつの間にか現れて言った。
「異界人と最近は縁があるね、君の『娘』も異界の子だったよね?」
青い鳥は、無言。冷徹なまでの、沈黙。
「ええ、次の舞台は……悪魔の娘の物語です」
場所:喫茶店・緑の峡谷(ウェッド・レヒ)
NPC:「影法師ザザ」『イカレ帽子屋』『青い鳥』『赤の女王』喫茶店のマ
スター
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
いつのまにか、空は暮れて夜色だった。
少しだけ寒くなった気温に合わせて、吐息も宗旨替えしたらしく白い呼気が
出た。
それを少しだけ見つめていたハーティーは、珍しく眉根を寄せて時計台を見
た。
時間が迫っている、舞台の幕が。
「お姉さんと冬瑠君に話があるんだけど、いいかな?」
喫茶店・緑の峡谷(ウェッド・レヒ)
それぞれテーブルごとに違う優しいらんぷの灯りがぼうと輪郭を曖昧にして
揺れる。
人々は小さく囁き、笑い合い、黙りあう。
まるでその音の集合体は森のなかのような、そんな風の吐息を思い出す。
背後に奏でられていたフィドルのBGMが途切れる。
どこか異国の家路を思い浮かばせるような、切なく心惹かれる音楽が止まり、
皆顔を上げる。
「……ねえ、ハーティー君ってここの従業員なの?」
「んーまあ正解。雇われだけど、おかげで保険ないしね」
「この世界でも保険制度はあるんだな」
様々な個性を持つ三人が、非常にこの中では目立つ格好で一つのテーブルに
座っている。
緑の野菜を散りばめたパスタを加えつつ、笑顔で説明する。
「話を要約すると、君達の世界でいわれてる『ゲーム』や『RPG』、『童
話』や『伝説』といった価値観の世界 と認識してくれてもいいと思うよ。
魔物も出る、剣や戦の世界、魔法や『影法師』といった未知の技術や現象に
寄り添ってある」
『未知の技術ってナンカかっこイイよネ』
「お前出て来たら二度と喋ってやらねえからな」
香りはアルコールがほんの少し混じった暖かいココア、冬瑠は口当たりの爽
やかな清涼系の飲み物と軽いサラダをつつきあっている。
先ほどから『影法師』がサラダをつまもうとじゃれていて、それを冬瑠がに
らんで止めているという家系図である。
「俺達みたいな人々は今までいるのか?」
「たくさんではないけどね、稀に。君達の世界でもそういうことない?ほら、
どうやって出来た分からないものがあったり、私はドコドコへ行ってきまし
た、居ましたとかさ」
香織はああ、と曖昧に頷く。
「異世界の人っていうのはあんまり聞かないけど…そういう正体不明なもの
とかはよくTVに出たりするよね」
「たいがいデマだろ」
パスタの残りをつつきつつ、こちらの世界でありながらの異世界な者は笑っ
た。
「そして、大概の中に稀に存在する。奇妙で、不思議で、歴史や社会性とは
脈絡のない何かが」
「おい、そろそろ仕事だ」
音楽の停止と同時にマスターは囁いた。
笑顔で頷いたハーティーのちょっとたれ系の耳が動いて揺れた。
「お姉さんと君、ちょっと待ってて。これからお仕事なんだ」
香織は、何か考えて質問した。
「ハーティー君お仕事何なの?」
「鳥の調教師?」
最後の疑問は冬瑠。青い梟は微動だにしない。
「いやいや、手品師・奇術師だよ。体一つの職業ってけっこう使いが荒くて
ね」
「お前がよく逃げ出すからな」
マスターの突っ込みに苦笑いを浮べて、ハーティーは立ち上がる。
馴染みの客からは期待、見知らぬ客からは不安を背負って彼はにっこり微笑
んだ。
「まあ、損はしないから見ててよ」
銀色の髪が、鋭く揺れて隣の青い鳥は、ただ無言であった。
赤い布から、鳩が花が猫が出る。
紙吹雪が室内を舞い、鳩の羽毛は突如炎に変わる。
鮮やかな色が視覚を刺激し、脳裏に輝く娯楽のひと時。
「ハーティー君もきちんとお仕事してるのね」
終わった後に、香織は感心したように言い放った。
「ひどいな、お姉さん。僕はこう見えてもまっとうな一市民だけど?」
至極もっとものような顔で、苦笑するハーティー。
『まとも辺りに疑問を一票入れたいネ』
「それは君自身に入れたほうが投票者も納得の当選確実だよ」
『影法師』にも異論を言われて、今度はちょっと眉根を寄せつつ返答する。
「さて、お姉さんと冬瑠君。僕はそろそろ行くね」
「・・・え、ええ!ちょっと、待ってよ!」
思わず香織は、勢いよく立ち上がった。
素っ頓狂な木目の引きずる音が、客の視線を一網打尽に集める。
ご、ごめんなさいと周りに頭を下げてから、ハーティーの服の裾をひっぱる。
「行っちゃうの?どうして?あたし達これから……」
「はい」
思わず、香織は手渡された物を反射的に受け取ってしまう。
冬瑠が、慌てて隠そうとする。
「ちょっ、これ本物の剣じゃないか!」
しかし、まわりはまったくそんな事を気にしてないように談笑をしている。
「君達の世界では、こういうの駄目だったの?どうやって身を守っているん
だい?」
むしろそれが疑問に、ハーティーは冬瑠に問いかけた。
冬瑠は一瞬絶句して、また落ち着きを取り戻して椅子に座りなおす。
当の本人の香織といえば、ただ目を白黒させて目の前の物体を凝視している。
「ね、ねえ。これどういう……」
すがるように、ハーティーを見上げた香織だったが。
そこには、真剣な、会って以来初めての顔があった。笑っていない、怖気の
する真剣な瞳。
「お姉さん、よく聞いて。
真実は一つ、とかじゃない。僕の真実、お姉さんの真実、冬瑠君の真実、そ
して「影法師」の真実…色んな人々がいて、色んな真実がある。色んな世界
と物語、そして理由が」
短剣(グラディウス)と呼ばれる、二の腕長さの短剣は、鈍い輝きを放つ。
「理由?」
「そうだよ。そこには、人が行動し思考するのは“理由”があるから。
その“理由”は誰にも譲れない、その人のものだから。その人だからの理由
だからね。
だから、お姉さんは、冬瑠君も覚悟を決めなきゃいけない」
短剣を香織に握らせて、冬瑠の方を向く。
「どういう意味ですか?」
冬瑠が、落ち着いてなお真剣に問いただす。
「誰もが自分の何かのために、例え自分のためでなくても、必ず自分の選ん
だ行動をする。
それは他人に侵害されるものではない……例外は、その行動の有無と利害が
交差した時。つまり、誰かと誰かの行動は、人の営みの中では確実に交差し
衝突する」
短剣は、金と銀の装飾を控えめに輝かせている。
「それは、どうしようもないことで。
お姉さんや冬瑠君がこの世界で生きていくためには、確実に誰かの意志と衝
突する。
全て安穏と過ごせるような、安易な目的じゃないと、分かってるよね?」
元の世界に戻る、その危険性を。そこまで到達できるかの障害。
「使わなかったら、使わなくてもいい。
ただ、決意を決めた方がいい。殺すのか、殺せないのか。立ち向かうか、後
ずさるか。今でなくてもいいよ。けれど確実に決断の時はやって来る、その
ときでは遅いんだ」
短剣は、そのお守りかな。と彼は笑う。
「冬瑠君には、いざってときの『影法師』がついてるしね。
お姉さんだけ何もないのはフェアじゃない。だから、これをあげる」
短剣は、現代の香織の華奢な手のひらには重そうに見える。
「あ、そうそう冬瑠君。
これ君にあげる、これはギルドの酒場の名刺。これがあれば手数料ナシで情
報や傭兵を雇える。3回だけだけどね…あと、これは僕からの気持ち。当分
はこれでなんとかなるよ」
袋の中を数えて、金貨10枚銀貨42枚、銅貨79枚と数えていく。
「お姉さん達についていきたいけど、僕はここを離れられないんだ。
ここで、僕はまだするべき事柄を待ってるんだ。だから……ん」
ふと、もぞもぞと青い梟が動き出した。
口にくわえる青い羽、餞別だろうか。
そんな青い鳥の珍しい健気な行動に『壊れたら元に戻らない者』はくすりと
微笑む。
香織はちょっと泣きそうになりながらそれを受け取り、冬瑠はためらった後
に、静かに受け取る。
「青い鳥の羽は幸運を呼ぶんだって。お姉さん達が素晴らしい旅路であるこ
とを期待するよ」
そうやって、彼は笑顔で去っていった。
一度も振り返らないで。
豪奢な部屋の一室。
『赤の女王』がくすくす笑っている。
「で、貴方は結局“あの子”がどこに遊びにいっちゃったか分からないのね」
「ええ『母親』としては少し寂しい気持ちですね。子の巣立ちを見送れなかっ
たとは」
どこか投げやりに返答するのは、白い紫煙をくゆらせる『イカレ帽子屋』で
ある。
珍しく帽子はない。その所為か、いつもより人間味をおびて見える。
「やや心配ですね…あの子はこの世界の言語がまるで分からない。片言すらま
まならない」
やや、疲れた調子。彼が不気味な笑顔以外の何かを吐露するのは珍しい。
「大丈夫よ、女は強いのよ。それが少女であってもね」
笑いながら、背中から抱きつく『赤の女王』。
「マレフィセント…茨の魔女、斜陽の娘。
あなたの可愛い愛娘、悪魔が産み落とした異界の子。魔女の最愛の我が子。
彼女は、貴方や私よりもきっと大丈夫よ。とってもしっかりした子だもの」
そういって、彼の煙草を奪い取る。
「少なくとも、自分の体調を無視して歩き回る、貴方よりは」
『イカレ帽子屋』は疲労に色濃い顔に、三日月を浮べて笑った。
「女という生き物は恐ろしいものですね」
「残念、男が弱すぎるのよ?」
紫煙が、漂う。
「僕は終わったよ、次は“茨の魔女”の物語かな?」
ハーティーが、いつの間にか現れて言った。
「異界人と最近は縁があるね、君の『娘』も異界の子だったよね?」
青い鳥は、無言。冷徹なまでの、沈黙。
「ええ、次の舞台は……悪魔の娘の物語です」