PC:香織・『ハンプティ・ダンプティ』
場所:喫茶店・緑の峡谷(ウェッド・レヒ)
NPC:「影法師ザザ」『イカレ帽子屋』『青い鳥』『赤の女王』喫茶店のマ
スター
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
いつのまにか、空は暮れて夜色だった。
少しだけ寒くなった気温に合わせて、吐息も宗旨替えしたらしく白い呼気が
出た。
それを少しだけ見つめていたハーティーは、珍しく眉根を寄せて時計台を見
た。
時間が迫っている、舞台の幕が。
「お姉さんと冬瑠君に話があるんだけど、いいかな?」
喫茶店・緑の峡谷(ウェッド・レヒ)
それぞれテーブルごとに違う優しいらんぷの灯りがぼうと輪郭を曖昧にして
揺れる。
人々は小さく囁き、笑い合い、黙りあう。
まるでその音の集合体は森のなかのような、そんな風の吐息を思い出す。
背後に奏でられていたフィドルのBGMが途切れる。
どこか異国の家路を思い浮かばせるような、切なく心惹かれる音楽が止まり、
皆顔を上げる。
「……ねえ、ハーティー君ってここの従業員なの?」
「んーまあ正解。雇われだけど、おかげで保険ないしね」
「この世界でも保険制度はあるんだな」
様々な個性を持つ三人が、非常にこの中では目立つ格好で一つのテーブルに
座っている。
緑の野菜を散りばめたパスタを加えつつ、笑顔で説明する。
「話を要約すると、君達の世界でいわれてる『ゲーム』や『RPG』、『童
話』や『伝説』といった価値観の世界 と認識してくれてもいいと思うよ。
魔物も出る、剣や戦の世界、魔法や『影法師』といった未知の技術や現象に
寄り添ってある」
『未知の技術ってナンカかっこイイよネ』
「お前出て来たら二度と喋ってやらねえからな」
香りはアルコールがほんの少し混じった暖かいココア、冬瑠は口当たりの爽
やかな清涼系の飲み物と軽いサラダをつつきあっている。
先ほどから『影法師』がサラダをつまもうとじゃれていて、それを冬瑠がに
らんで止めているという家系図である。
「俺達みたいな人々は今までいるのか?」
「たくさんではないけどね、稀に。君達の世界でもそういうことない?ほら、
どうやって出来た分からないものがあったり、私はドコドコへ行ってきまし
た、居ましたとかさ」
香織はああ、と曖昧に頷く。
「異世界の人っていうのはあんまり聞かないけど…そういう正体不明なもの
とかはよくTVに出たりするよね」
「たいがいデマだろ」
パスタの残りをつつきつつ、こちらの世界でありながらの異世界な者は笑っ
た。
「そして、大概の中に稀に存在する。奇妙で、不思議で、歴史や社会性とは
脈絡のない何かが」
「おい、そろそろ仕事だ」
音楽の停止と同時にマスターは囁いた。
笑顔で頷いたハーティーのちょっとたれ系の耳が動いて揺れた。
「お姉さんと君、ちょっと待ってて。これからお仕事なんだ」
香織は、何か考えて質問した。
「ハーティー君お仕事何なの?」
「鳥の調教師?」
最後の疑問は冬瑠。青い梟は微動だにしない。
「いやいや、手品師・奇術師だよ。体一つの職業ってけっこう使いが荒くて
ね」
「お前がよく逃げ出すからな」
マスターの突っ込みに苦笑いを浮べて、ハーティーは立ち上がる。
馴染みの客からは期待、見知らぬ客からは不安を背負って彼はにっこり微笑
んだ。
「まあ、損はしないから見ててよ」
銀色の髪が、鋭く揺れて隣の青い鳥は、ただ無言であった。
赤い布から、鳩が花が猫が出る。
紙吹雪が室内を舞い、鳩の羽毛は突如炎に変わる。
鮮やかな色が視覚を刺激し、脳裏に輝く娯楽のひと時。
「ハーティー君もきちんとお仕事してるのね」
終わった後に、香織は感心したように言い放った。
「ひどいな、お姉さん。僕はこう見えてもまっとうな一市民だけど?」
至極もっとものような顔で、苦笑するハーティー。
『まとも辺りに疑問を一票入れたいネ』
「それは君自身に入れたほうが投票者も納得の当選確実だよ」
『影法師』にも異論を言われて、今度はちょっと眉根を寄せつつ返答する。
「さて、お姉さんと冬瑠君。僕はそろそろ行くね」
「・・・え、ええ!ちょっと、待ってよ!」
思わず香織は、勢いよく立ち上がった。
素っ頓狂な木目の引きずる音が、客の視線を一網打尽に集める。
ご、ごめんなさいと周りに頭を下げてから、ハーティーの服の裾をひっぱる。
「行っちゃうの?どうして?あたし達これから……」
「はい」
思わず、香織は手渡された物を反射的に受け取ってしまう。
冬瑠が、慌てて隠そうとする。
「ちょっ、これ本物の剣じゃないか!」
しかし、まわりはまったくそんな事を気にしてないように談笑をしている。
「君達の世界では、こういうの駄目だったの?どうやって身を守っているん
だい?」
むしろそれが疑問に、ハーティーは冬瑠に問いかけた。
冬瑠は一瞬絶句して、また落ち着きを取り戻して椅子に座りなおす。
当の本人の香織といえば、ただ目を白黒させて目の前の物体を凝視している。
「ね、ねえ。これどういう……」
すがるように、ハーティーを見上げた香織だったが。
そこには、真剣な、会って以来初めての顔があった。笑っていない、怖気の
する真剣な瞳。
「お姉さん、よく聞いて。
真実は一つ、とかじゃない。僕の真実、お姉さんの真実、冬瑠君の真実、そ
して「影法師」の真実…色んな人々がいて、色んな真実がある。色んな世界
と物語、そして理由が」
短剣(グラディウス)と呼ばれる、二の腕長さの短剣は、鈍い輝きを放つ。
「理由?」
「そうだよ。そこには、人が行動し思考するのは“理由”があるから。
その“理由”は誰にも譲れない、その人のものだから。その人だからの理由
だからね。
だから、お姉さんは、冬瑠君も覚悟を決めなきゃいけない」
短剣を香織に握らせて、冬瑠の方を向く。
「どういう意味ですか?」
冬瑠が、落ち着いてなお真剣に問いただす。
「誰もが自分の何かのために、例え自分のためでなくても、必ず自分の選ん
だ行動をする。
それは他人に侵害されるものではない……例外は、その行動の有無と利害が
交差した時。つまり、誰かと誰かの行動は、人の営みの中では確実に交差し
衝突する」
短剣は、金と銀の装飾を控えめに輝かせている。
「それは、どうしようもないことで。
お姉さんや冬瑠君がこの世界で生きていくためには、確実に誰かの意志と衝
突する。
全て安穏と過ごせるような、安易な目的じゃないと、分かってるよね?」
元の世界に戻る、その危険性を。そこまで到達できるかの障害。
「使わなかったら、使わなくてもいい。
ただ、決意を決めた方がいい。殺すのか、殺せないのか。立ち向かうか、後
ずさるか。今でなくてもいいよ。けれど確実に決断の時はやって来る、その
ときでは遅いんだ」
短剣は、そのお守りかな。と彼は笑う。
「冬瑠君には、いざってときの『影法師』がついてるしね。
お姉さんだけ何もないのはフェアじゃない。だから、これをあげる」
短剣は、現代の香織の華奢な手のひらには重そうに見える。
「あ、そうそう冬瑠君。
これ君にあげる、これはギルドの酒場の名刺。これがあれば手数料ナシで情
報や傭兵を雇える。3回だけだけどね…あと、これは僕からの気持ち。当分
はこれでなんとかなるよ」
袋の中を数えて、金貨10枚銀貨42枚、銅貨79枚と数えていく。
「お姉さん達についていきたいけど、僕はここを離れられないんだ。
ここで、僕はまだするべき事柄を待ってるんだ。だから……ん」
ふと、もぞもぞと青い梟が動き出した。
口にくわえる青い羽、餞別だろうか。
そんな青い鳥の珍しい健気な行動に『壊れたら元に戻らない者』はくすりと
微笑む。
香織はちょっと泣きそうになりながらそれを受け取り、冬瑠はためらった後
に、静かに受け取る。
「青い鳥の羽は幸運を呼ぶんだって。お姉さん達が素晴らしい旅路であるこ
とを期待するよ」
そうやって、彼は笑顔で去っていった。
一度も振り返らないで。
豪奢な部屋の一室。
『赤の女王』がくすくす笑っている。
「で、貴方は結局“あの子”がどこに遊びにいっちゃったか分からないのね」
「ええ『母親』としては少し寂しい気持ちですね。子の巣立ちを見送れなかっ
たとは」
どこか投げやりに返答するのは、白い紫煙をくゆらせる『イカレ帽子屋』で
ある。
珍しく帽子はない。その所為か、いつもより人間味をおびて見える。
「やや心配ですね…あの子はこの世界の言語がまるで分からない。片言すらま
まならない」
やや、疲れた調子。彼が不気味な笑顔以外の何かを吐露するのは珍しい。
「大丈夫よ、女は強いのよ。それが少女であってもね」
笑いながら、背中から抱きつく『赤の女王』。
「マレフィセント…茨の魔女、斜陽の娘。
あなたの可愛い愛娘、悪魔が産み落とした異界の子。魔女の最愛の我が子。
彼女は、貴方や私よりもきっと大丈夫よ。とってもしっかりした子だもの」
そういって、彼の煙草を奪い取る。
「少なくとも、自分の体調を無視して歩き回る、貴方よりは」
『イカレ帽子屋』は疲労に色濃い顔に、三日月を浮べて笑った。
「女という生き物は恐ろしいものですね」
「残念、男が弱すぎるのよ?」
紫煙が、漂う。
「僕は終わったよ、次は“茨の魔女”の物語かな?」
ハーティーが、いつの間にか現れて言った。
「異界人と最近は縁があるね、君の『娘』も異界の子だったよね?」
青い鳥は、無言。冷徹なまでの、沈黙。
「ええ、次の舞台は……悪魔の娘の物語です」
場所:喫茶店・緑の峡谷(ウェッド・レヒ)
NPC:「影法師ザザ」『イカレ帽子屋』『青い鳥』『赤の女王』喫茶店のマ
スター
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
いつのまにか、空は暮れて夜色だった。
少しだけ寒くなった気温に合わせて、吐息も宗旨替えしたらしく白い呼気が
出た。
それを少しだけ見つめていたハーティーは、珍しく眉根を寄せて時計台を見
た。
時間が迫っている、舞台の幕が。
「お姉さんと冬瑠君に話があるんだけど、いいかな?」
喫茶店・緑の峡谷(ウェッド・レヒ)
それぞれテーブルごとに違う優しいらんぷの灯りがぼうと輪郭を曖昧にして
揺れる。
人々は小さく囁き、笑い合い、黙りあう。
まるでその音の集合体は森のなかのような、そんな風の吐息を思い出す。
背後に奏でられていたフィドルのBGMが途切れる。
どこか異国の家路を思い浮かばせるような、切なく心惹かれる音楽が止まり、
皆顔を上げる。
「……ねえ、ハーティー君ってここの従業員なの?」
「んーまあ正解。雇われだけど、おかげで保険ないしね」
「この世界でも保険制度はあるんだな」
様々な個性を持つ三人が、非常にこの中では目立つ格好で一つのテーブルに
座っている。
緑の野菜を散りばめたパスタを加えつつ、笑顔で説明する。
「話を要約すると、君達の世界でいわれてる『ゲーム』や『RPG』、『童
話』や『伝説』といった価値観の世界 と認識してくれてもいいと思うよ。
魔物も出る、剣や戦の世界、魔法や『影法師』といった未知の技術や現象に
寄り添ってある」
『未知の技術ってナンカかっこイイよネ』
「お前出て来たら二度と喋ってやらねえからな」
香りはアルコールがほんの少し混じった暖かいココア、冬瑠は口当たりの爽
やかな清涼系の飲み物と軽いサラダをつつきあっている。
先ほどから『影法師』がサラダをつまもうとじゃれていて、それを冬瑠がに
らんで止めているという家系図である。
「俺達みたいな人々は今までいるのか?」
「たくさんではないけどね、稀に。君達の世界でもそういうことない?ほら、
どうやって出来た分からないものがあったり、私はドコドコへ行ってきまし
た、居ましたとかさ」
香織はああ、と曖昧に頷く。
「異世界の人っていうのはあんまり聞かないけど…そういう正体不明なもの
とかはよくTVに出たりするよね」
「たいがいデマだろ」
パスタの残りをつつきつつ、こちらの世界でありながらの異世界な者は笑っ
た。
「そして、大概の中に稀に存在する。奇妙で、不思議で、歴史や社会性とは
脈絡のない何かが」
「おい、そろそろ仕事だ」
音楽の停止と同時にマスターは囁いた。
笑顔で頷いたハーティーのちょっとたれ系の耳が動いて揺れた。
「お姉さんと君、ちょっと待ってて。これからお仕事なんだ」
香織は、何か考えて質問した。
「ハーティー君お仕事何なの?」
「鳥の調教師?」
最後の疑問は冬瑠。青い梟は微動だにしない。
「いやいや、手品師・奇術師だよ。体一つの職業ってけっこう使いが荒くて
ね」
「お前がよく逃げ出すからな」
マスターの突っ込みに苦笑いを浮べて、ハーティーは立ち上がる。
馴染みの客からは期待、見知らぬ客からは不安を背負って彼はにっこり微笑
んだ。
「まあ、損はしないから見ててよ」
銀色の髪が、鋭く揺れて隣の青い鳥は、ただ無言であった。
赤い布から、鳩が花が猫が出る。
紙吹雪が室内を舞い、鳩の羽毛は突如炎に変わる。
鮮やかな色が視覚を刺激し、脳裏に輝く娯楽のひと時。
「ハーティー君もきちんとお仕事してるのね」
終わった後に、香織は感心したように言い放った。
「ひどいな、お姉さん。僕はこう見えてもまっとうな一市民だけど?」
至極もっとものような顔で、苦笑するハーティー。
『まとも辺りに疑問を一票入れたいネ』
「それは君自身に入れたほうが投票者も納得の当選確実だよ」
『影法師』にも異論を言われて、今度はちょっと眉根を寄せつつ返答する。
「さて、お姉さんと冬瑠君。僕はそろそろ行くね」
「・・・え、ええ!ちょっと、待ってよ!」
思わず香織は、勢いよく立ち上がった。
素っ頓狂な木目の引きずる音が、客の視線を一網打尽に集める。
ご、ごめんなさいと周りに頭を下げてから、ハーティーの服の裾をひっぱる。
「行っちゃうの?どうして?あたし達これから……」
「はい」
思わず、香織は手渡された物を反射的に受け取ってしまう。
冬瑠が、慌てて隠そうとする。
「ちょっ、これ本物の剣じゃないか!」
しかし、まわりはまったくそんな事を気にしてないように談笑をしている。
「君達の世界では、こういうの駄目だったの?どうやって身を守っているん
だい?」
むしろそれが疑問に、ハーティーは冬瑠に問いかけた。
冬瑠は一瞬絶句して、また落ち着きを取り戻して椅子に座りなおす。
当の本人の香織といえば、ただ目を白黒させて目の前の物体を凝視している。
「ね、ねえ。これどういう……」
すがるように、ハーティーを見上げた香織だったが。
そこには、真剣な、会って以来初めての顔があった。笑っていない、怖気の
する真剣な瞳。
「お姉さん、よく聞いて。
真実は一つ、とかじゃない。僕の真実、お姉さんの真実、冬瑠君の真実、そ
して「影法師」の真実…色んな人々がいて、色んな真実がある。色んな世界
と物語、そして理由が」
短剣(グラディウス)と呼ばれる、二の腕長さの短剣は、鈍い輝きを放つ。
「理由?」
「そうだよ。そこには、人が行動し思考するのは“理由”があるから。
その“理由”は誰にも譲れない、その人のものだから。その人だからの理由
だからね。
だから、お姉さんは、冬瑠君も覚悟を決めなきゃいけない」
短剣を香織に握らせて、冬瑠の方を向く。
「どういう意味ですか?」
冬瑠が、落ち着いてなお真剣に問いただす。
「誰もが自分の何かのために、例え自分のためでなくても、必ず自分の選ん
だ行動をする。
それは他人に侵害されるものではない……例外は、その行動の有無と利害が
交差した時。つまり、誰かと誰かの行動は、人の営みの中では確実に交差し
衝突する」
短剣は、金と銀の装飾を控えめに輝かせている。
「それは、どうしようもないことで。
お姉さんや冬瑠君がこの世界で生きていくためには、確実に誰かの意志と衝
突する。
全て安穏と過ごせるような、安易な目的じゃないと、分かってるよね?」
元の世界に戻る、その危険性を。そこまで到達できるかの障害。
「使わなかったら、使わなくてもいい。
ただ、決意を決めた方がいい。殺すのか、殺せないのか。立ち向かうか、後
ずさるか。今でなくてもいいよ。けれど確実に決断の時はやって来る、その
ときでは遅いんだ」
短剣は、そのお守りかな。と彼は笑う。
「冬瑠君には、いざってときの『影法師』がついてるしね。
お姉さんだけ何もないのはフェアじゃない。だから、これをあげる」
短剣は、現代の香織の華奢な手のひらには重そうに見える。
「あ、そうそう冬瑠君。
これ君にあげる、これはギルドの酒場の名刺。これがあれば手数料ナシで情
報や傭兵を雇える。3回だけだけどね…あと、これは僕からの気持ち。当分
はこれでなんとかなるよ」
袋の中を数えて、金貨10枚銀貨42枚、銅貨79枚と数えていく。
「お姉さん達についていきたいけど、僕はここを離れられないんだ。
ここで、僕はまだするべき事柄を待ってるんだ。だから……ん」
ふと、もぞもぞと青い梟が動き出した。
口にくわえる青い羽、餞別だろうか。
そんな青い鳥の珍しい健気な行動に『壊れたら元に戻らない者』はくすりと
微笑む。
香織はちょっと泣きそうになりながらそれを受け取り、冬瑠はためらった後
に、静かに受け取る。
「青い鳥の羽は幸運を呼ぶんだって。お姉さん達が素晴らしい旅路であるこ
とを期待するよ」
そうやって、彼は笑顔で去っていった。
一度も振り返らないで。
豪奢な部屋の一室。
『赤の女王』がくすくす笑っている。
「で、貴方は結局“あの子”がどこに遊びにいっちゃったか分からないのね」
「ええ『母親』としては少し寂しい気持ちですね。子の巣立ちを見送れなかっ
たとは」
どこか投げやりに返答するのは、白い紫煙をくゆらせる『イカレ帽子屋』で
ある。
珍しく帽子はない。その所為か、いつもより人間味をおびて見える。
「やや心配ですね…あの子はこの世界の言語がまるで分からない。片言すらま
まならない」
やや、疲れた調子。彼が不気味な笑顔以外の何かを吐露するのは珍しい。
「大丈夫よ、女は強いのよ。それが少女であってもね」
笑いながら、背中から抱きつく『赤の女王』。
「マレフィセント…茨の魔女、斜陽の娘。
あなたの可愛い愛娘、悪魔が産み落とした異界の子。魔女の最愛の我が子。
彼女は、貴方や私よりもきっと大丈夫よ。とってもしっかりした子だもの」
そういって、彼の煙草を奪い取る。
「少なくとも、自分の体調を無視して歩き回る、貴方よりは」
『イカレ帽子屋』は疲労に色濃い顔に、三日月を浮べて笑った。
「女という生き物は恐ろしいものですね」
「残念、男が弱すぎるのよ?」
紫煙が、漂う。
「僕は終わったよ、次は“茨の魔女”の物語かな?」
ハーティーが、いつの間にか現れて言った。
「異界人と最近は縁があるね、君の『娘』も異界の子だったよね?」
青い鳥は、無言。冷徹なまでの、沈黙。
「ええ、次の舞台は……悪魔の娘の物語です」
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