場所 : クーロン第七地区・クラノヴァ執政長邸宅、洋風の道
PC : ハーティー 香織 冬瑠
NPC: 『赤の女王』『イカレ帽子屋』『影法師ザザ』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・
「そうね、帰りたいわね。居場所のある世界はとても大切だから」
俯いた香織が面を上げると、そこには優しげな『女王』の顔があった。
彼女は少し迷った表情をして、香織に穏やかで気遣うような声を出す。
「私は異界を渡る力を持っているわ。
貴方をもと居た場所へ帰すことも出来る力を。でも、今の貴方を私の“
ゲーム”へ参加させるわけにはいかないわ」
「・・・・・“ゲーム”って、何ですか?」
すると、今まで他人顔で紅茶を飲んでいた『壊れたら元に戻れない者』が
顔を上げて説明した。
「知らないかい?
“不思議の国のアリス”だよ。この物語は異話(ヴァリアント)…まあ
話がいくつにも系統化されてるのは知ってる?同じ物語なのに、まったく
違うイベントや話筋があるんだ。
とある一つの物語には、アリス…つまりは『異邦人』は女王とクリケット
する場面がある。彼女の“ゲーム”のお相手としてね」
補足するように『赤の女王』が続けた。
「私は『異邦人』に『ゲーム』を与えることが出来るわ。
それを打破した者にだけ、私はその物語への干渉力を持つ。…でも、今の
貴方には、私は『ゲーム』を与えたくない、与えないわ」
意味不明の話だったが、最低限のことはわかった。
彼らは力があるのに、香織を帰してくれないのだ。
「ど、どうしてですか?なんで駄目なんですか!」
思わず声を荒げてしまった女性に、『赤の女王』は瞑目するように瞳
を隠した。
隣の青年が、香織の顔を覗き込んでいった。
「お姉さん、アリスが女王のゲームを受ける前には、アリス(異邦人)
は異界を彷徨わなきゃいけないんだ」
「・・・・え?」
「貴方には、この世界での物語がない。
この世界で生きて、笑って、泣いて、苦しんで、怒って、喘いだ歴史が
足りない、少ない、まったくないわ。物語を改変したくても、物語自体が
なければ、変えようがないの」
もし、その物語なしに貴方に干渉すれば、と彼女はこう言った。
「貴方を、貴方自体を改変することとなる。
…あなたの心と魂と記憶を、塗り潰してしまうことになるの。そしてそう
すれば、あなたの向こうの世界すらあなたの居場所はなくなってしまう」
見たこともない洋風系の町並み。
そんな中、香織と同じ状況下にある少年が『影法師』と対峙していた時
だった。
「物語りが被るのはよくないですね、しかも役者(キャラ)まで似ている
のはやや宜しくない」
少年は、落ち着き払った動作で振り向いた。
単に、驚いているが顔に出ないタイプだろうか?いやに年格好の割に冷静
そうだ。
「こんにちわ“影法師の王”。貴方の物語に祝福あれ」
少年は、また突然現れた事態を直視していた。
ウェーブのかかった髪、喪服よりもなお暗い黒。夜闇より深い深遠色。
肌が大理石のように真っ白で、とてもじゃないがあの皮膚の下に赤い血が
流れているなんて信じられない。
少年には知る術もなかったが、目の前の『事態』を彼の相棒や知り合いの
音楽家が見たら驚愕するだろう。
人工の硝子細工のような、深みのない蒼い瞳だった。
『事態』である青年、『イカレ帽子屋』は丁寧にお辞儀をした。
「これはこれは“影法師”…ずいぶん気に入られたようですね」
「アンタ、誰だ?」
『“イカレ帽子屋(マッド・ハッター)”だよトール。
お気に入りの帽子は?イメチェン?それとも失くしたの?』
蒼い瞳は宝石のように綺麗だったが、どこか造られたもののような派手、
というか浅はかで凄烈な色合いだった。
「貴方と区別したほうがいいでしょう?
しかし連続で異邦人が訪れるのも珍しい、我らのアリスに感謝を」
『まだそんな神様みたいな絵空事信じてるんだ?』
「ええ、我らはアリスの盤面に配置された役者ですからね」
待ってれば気が遠くなるほど会話が途切れそうにないので冬留は話に
割り込んだ。
「なんなんだよ、『影法師』の次には『イカレ帽子屋』…どうなってんだ」
『イカレ帽子屋』は皮肉げに唇を上げた。
いつもの三日月型の笑顔ではない、どこかいつもより人間めいた仕草。
「そろそろ『壊れたら元に戻らない者』が舞台を去らねばならないのです。
『迷いのアリス』なる女性と『影法師の王』たる貴方の分岐路を併せて
みようかと思いましてね」
少年は、眉をひそめて目の前の喪服色を見つめる。
「所詮、人の歴史も人生も…そう、人でない者達ですら“物語”の側面
でしかないのですよ。そして、我々は『アリス』という名の読み手によって
より物語を進化させるために揃えられた駒。
もしかしたら我々は本の文字や情報媒体の記号でしかないのかも知れません
ね。インターネットで流れる小説の文字の羅列かもしれませんし、また古び
た古書でかろうじて読み取れるインクの筆跡かもしれない。
…だが、文字であろうが記号であろうが『物語』は確かに存在するのです。
それは、現実です。このストーリーは確かに存在しある というのはその
物語は現実で、真実の一つで、絶対なのですよ」
「・・・わかんねぇよ」
また頭の痛い奴が、といった顔の冬留に、『イカレ帽子屋』はその真っ赤な
口唇を綺麗に弓張り月型で表した。
「そう、理解は不要です。貴方は物語を建設すればいいだけのこと、理解と
解読など、この物語の文面の読者が悟ればいいだけのこと」
『ちょっとー僕を無視しないでよ!』
「これは失敬、では『影法師の王』よ。
ここから路地を2つ曲がって左に進んだ邸宅に、貴方と同じ世界の住人が
迷い込んでますよ。会うも会わないもご自由ですが、そのままでは治安の
悪いこの場所では魂すら危険ですがね」
命、ではなく、何故か彼は「魂」といった。
「その『影法師の王』って、俺のことか?」
「ええ、影を従えた異邦人…それとも、こちらのほうがよろしいですかな?
“影を受け入れ許諾した”異邦人、とも?」
では、と言って『イカレ帽子屋』は去っていった。
「どうすれば、いいんですか?」
香織は聞いた。
「どちらにしろ、貴方はここで生きなければならないわ。
私を頼るなら貴方は何ヶ月、いや何年もここで生きていくしかない。それ
以外の方法は、あなた自身がこの世界で見つけるしかないわ。
あなた自身が、物語なのだから」
ふと、ハーティーの肩に乗っていたソクラテスが瞼を上げた。
「ソクラテス?」
『自分の生存、あるいは我らの生など、絶対者が見ている夢である』
PC : ハーティー 香織 冬瑠
NPC: 『赤の女王』『イカレ帽子屋』『影法師ザザ』
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「そうね、帰りたいわね。居場所のある世界はとても大切だから」
俯いた香織が面を上げると、そこには優しげな『女王』の顔があった。
彼女は少し迷った表情をして、香織に穏やかで気遣うような声を出す。
「私は異界を渡る力を持っているわ。
貴方をもと居た場所へ帰すことも出来る力を。でも、今の貴方を私の“
ゲーム”へ参加させるわけにはいかないわ」
「・・・・・“ゲーム”って、何ですか?」
すると、今まで他人顔で紅茶を飲んでいた『壊れたら元に戻れない者』が
顔を上げて説明した。
「知らないかい?
“不思議の国のアリス”だよ。この物語は異話(ヴァリアント)…まあ
話がいくつにも系統化されてるのは知ってる?同じ物語なのに、まったく
違うイベントや話筋があるんだ。
とある一つの物語には、アリス…つまりは『異邦人』は女王とクリケット
する場面がある。彼女の“ゲーム”のお相手としてね」
補足するように『赤の女王』が続けた。
「私は『異邦人』に『ゲーム』を与えることが出来るわ。
それを打破した者にだけ、私はその物語への干渉力を持つ。…でも、今の
貴方には、私は『ゲーム』を与えたくない、与えないわ」
意味不明の話だったが、最低限のことはわかった。
彼らは力があるのに、香織を帰してくれないのだ。
「ど、どうしてですか?なんで駄目なんですか!」
思わず声を荒げてしまった女性に、『赤の女王』は瞑目するように瞳
を隠した。
隣の青年が、香織の顔を覗き込んでいった。
「お姉さん、アリスが女王のゲームを受ける前には、アリス(異邦人)
は異界を彷徨わなきゃいけないんだ」
「・・・・え?」
「貴方には、この世界での物語がない。
この世界で生きて、笑って、泣いて、苦しんで、怒って、喘いだ歴史が
足りない、少ない、まったくないわ。物語を改変したくても、物語自体が
なければ、変えようがないの」
もし、その物語なしに貴方に干渉すれば、と彼女はこう言った。
「貴方を、貴方自体を改変することとなる。
…あなたの心と魂と記憶を、塗り潰してしまうことになるの。そしてそう
すれば、あなたの向こうの世界すらあなたの居場所はなくなってしまう」
見たこともない洋風系の町並み。
そんな中、香織と同じ状況下にある少年が『影法師』と対峙していた時
だった。
「物語りが被るのはよくないですね、しかも役者(キャラ)まで似ている
のはやや宜しくない」
少年は、落ち着き払った動作で振り向いた。
単に、驚いているが顔に出ないタイプだろうか?いやに年格好の割に冷静
そうだ。
「こんにちわ“影法師の王”。貴方の物語に祝福あれ」
少年は、また突然現れた事態を直視していた。
ウェーブのかかった髪、喪服よりもなお暗い黒。夜闇より深い深遠色。
肌が大理石のように真っ白で、とてもじゃないがあの皮膚の下に赤い血が
流れているなんて信じられない。
少年には知る術もなかったが、目の前の『事態』を彼の相棒や知り合いの
音楽家が見たら驚愕するだろう。
人工の硝子細工のような、深みのない蒼い瞳だった。
『事態』である青年、『イカレ帽子屋』は丁寧にお辞儀をした。
「これはこれは“影法師”…ずいぶん気に入られたようですね」
「アンタ、誰だ?」
『“イカレ帽子屋(マッド・ハッター)”だよトール。
お気に入りの帽子は?イメチェン?それとも失くしたの?』
蒼い瞳は宝石のように綺麗だったが、どこか造られたもののような派手、
というか浅はかで凄烈な色合いだった。
「貴方と区別したほうがいいでしょう?
しかし連続で異邦人が訪れるのも珍しい、我らのアリスに感謝を」
『まだそんな神様みたいな絵空事信じてるんだ?』
「ええ、我らはアリスの盤面に配置された役者ですからね」
待ってれば気が遠くなるほど会話が途切れそうにないので冬留は話に
割り込んだ。
「なんなんだよ、『影法師』の次には『イカレ帽子屋』…どうなってんだ」
『イカレ帽子屋』は皮肉げに唇を上げた。
いつもの三日月型の笑顔ではない、どこかいつもより人間めいた仕草。
「そろそろ『壊れたら元に戻らない者』が舞台を去らねばならないのです。
『迷いのアリス』なる女性と『影法師の王』たる貴方の分岐路を併せて
みようかと思いましてね」
少年は、眉をひそめて目の前の喪服色を見つめる。
「所詮、人の歴史も人生も…そう、人でない者達ですら“物語”の側面
でしかないのですよ。そして、我々は『アリス』という名の読み手によって
より物語を進化させるために揃えられた駒。
もしかしたら我々は本の文字や情報媒体の記号でしかないのかも知れません
ね。インターネットで流れる小説の文字の羅列かもしれませんし、また古び
た古書でかろうじて読み取れるインクの筆跡かもしれない。
…だが、文字であろうが記号であろうが『物語』は確かに存在するのです。
それは、現実です。このストーリーは確かに存在しある というのはその
物語は現実で、真実の一つで、絶対なのですよ」
「・・・わかんねぇよ」
また頭の痛い奴が、といった顔の冬留に、『イカレ帽子屋』はその真っ赤な
口唇を綺麗に弓張り月型で表した。
「そう、理解は不要です。貴方は物語を建設すればいいだけのこと、理解と
解読など、この物語の文面の読者が悟ればいいだけのこと」
『ちょっとー僕を無視しないでよ!』
「これは失敬、では『影法師の王』よ。
ここから路地を2つ曲がって左に進んだ邸宅に、貴方と同じ世界の住人が
迷い込んでますよ。会うも会わないもご自由ですが、そのままでは治安の
悪いこの場所では魂すら危険ですがね」
命、ではなく、何故か彼は「魂」といった。
「その『影法師の王』って、俺のことか?」
「ええ、影を従えた異邦人…それとも、こちらのほうがよろしいですかな?
“影を受け入れ許諾した”異邦人、とも?」
では、と言って『イカレ帽子屋』は去っていった。
「どうすれば、いいんですか?」
香織は聞いた。
「どちらにしろ、貴方はここで生きなければならないわ。
私を頼るなら貴方は何ヶ月、いや何年もここで生きていくしかない。それ
以外の方法は、あなた自身がこの世界で見つけるしかないわ。
あなた自身が、物語なのだから」
ふと、ハーティーの肩に乗っていたソクラテスが瞼を上げた。
「ソクラテス?」
『自分の生存、あるいは我らの生など、絶対者が見ている夢である』
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