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2024/11/09 11:33 |
『いくつもの今日と明日と世界と』 2章/香織(周防松)

PC:ハーティー 香織
NPC:ソクラテス
場所:クーロン 酒場『緑の峡谷(ウェッド・レヒ)』の裏通り


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「だって貴女がそういう名前だから、貴女の名前なんでしょう?」

穏やかに微笑む少年。
香織は、ぽかんとした顔で少年を見つめる。
(な、何言ってるの……?)
言っていることがよくわからない。
もしこれが、詩心のある人間ならば、気の利いた解釈なり返事なりするところなのだ
ろうが、あいにく香織は詩心を持たない一般人である。
どうにかして意味を理解しようとして思考がフリーズし、頭の中は『?』マークで埋
め尽くされていく。
(……あれ?)
その『?』マークで埋め尽くされていく頭の片隅で、ふと疑問が生じる。
この少年、どうしてこちらの名前を知っているのだ?
(どうして?)
考え込んだ香織は、ふと、ある可能性に至った。
「……ねえ、もしかして、前に私と会ったことあるの?」
そう。
以前どこかで会ったことがあって、それを自分が忘れているだけかもしれない。
「さあ?」
しかし、ひょい、と少年は小さく肩をすくめるだけ。
おまけに、何がおかしいのか、くす、と小さく笑っている。
「ちょっと。真面目に答えなさいよ」
香織はちょっとだけムッとした。
目の前にいるこの少年、どう見ても自分よりは年上とは思えない。
おそらく18・9歳か……とにかく、成人したようには見えない。
(私の方が年上なのに)
そう思うと、ますます面白くない香織であった。
少年は香織の内心を知ってか知らずか、足もとの蒼い梟をそっと抱え上げ、肩に乗せ
ている。
香織にとっては、見たこともない梟である。
そもそも、梟に蒼い羽根を持つ種類がいたのだろうか。
香織の知っている梟は、白とか灰色とか茶色とかのものばかりだ。
(綺麗ねえ……新種かしら?)
珍しさに、香織はじっと梟を見つめた。

「……で? どうして泥棒なんてする羽目になったのかな、お姉さん」

「誤解しないで! 私は無実よっ」
香織が思わず声を上げると、少年の肩に乗った蒼い梟が、くるりと首を回した。
「へえ、泥棒じゃないんだ」
「そうよ! 気がついたら、あそこにいたの」
きっぱりと言いきる。
香織だって、ワケがわからないのだ。マンション前にいたはずなのに、気付いたらあ
んなところにいたのだから。
それを泥棒呼ばわりされてはたまらない。

「窃盗しようっていう意思がないんだから、泥棒とは違うでしょ? それに、別に自
分の意思であそこにいたわけじゃないんだから、不法侵入とも違うと思うしっ」

(なんだか変な感じだけど……日本語が通じてるってことは、ここ、日本?)
無実であることを主張する傍ら、香織は思う。
日本人である香織だって、日本の全ての都市を理解しているわけじゃない。
だから、ここはきっと、自分の知らない日本のどこかの都市なのだろう。
少年の妙なファッションも、きっと最近の若者特有の、大人には理解できない感覚ゆ
えのものなのだろう。

……先ほど、ウェイトレスらしい女性に、珍しくもなんともないスーツを『変わった
服』と言われたことをすっかり忘れている香織であった。

(うんうん、きっとここは日本よ、日本なのよ、間違いないわっ)
次第にそれを確信としてとらえていく。
ここが日本ならば、まあ、どうにかして帰れるだろう。
携帯電話が使えなくたって、どこかで公衆電話を探せば問題ない。

――実際は、日本どころか、地球からも遠い位置にいるのだが、彼女がそんなことを
知る由もない。

(ああっ、家に帰れるのねっ♪ あ、途中でストッキング買って行かないと)
香織の思考が、一気にお気楽モードに突入した。

「まあ、故意じゃないなら罪にはならないかもね」
幸いにも、少年は、一応、納得してくれたようである。
「そういうことっ。じゃ、逃がしてくれてありがと」
少年に軽く礼を言い、香織はハンドバッグのひもを肩にかける。
ひもの部分が長く作られているので、肩にかけられるのだ。
「そうだ。ねえ、ここ、どこなの?」
『帰れる』という希望を持った香織は、今にも歌い出しそうな雰囲気である。
瞳は希望にキラキラ輝き、表情も明るい。
少年は、そんな香織に相変わらずの穏やかな顔つきで、
「クーロン」
短く答えた。
「……はい?」
固まる香織。
クーロンなんて、そんな地名、日本には存在しない。
「あのねえ。日本にそんな地名の場所があるわけないでしょ」
はーう、とため息をつき、香織はこめかみを押さえる。
「ニホン?」
一方、少年はあごに手をかけ、首を傾げている。
「変わった地名だね。聞いたことないな……ソクラテス、知ってる?」
何故か梟に尋ねる少年。無論、梟が答えるはずもない。
香織は、がく然とした。
(……じゃあ、ここって……?)
緊張で、表情が強張ってくる。
香織は、ガラガラと希望が音をたてて崩れていくような錯覚を覚えた。

……ここが日本じゃないとすると。

その時、ピシャ―ン! と香織の脳裏を稲妻が駆け抜けた。

そう。きっと、そうだ。そうに違いない!


(ここ、外国なんだわ!)


……笑ってはいけない。
ここは異世界である、なんてことを真っ先に想像できたら、そっちの方がたぶんどう
かしている。
無論、彼女の『ここは外国』論にはいろいろとツッコむべき点があるのだが。

(でもどうしてっ? まさか、超常現象で外国に瞬間移動しちゃったとかっ!? ど
うしよう、私、ビザとかパスポートとか持ってないし、そんな奴が日本大使館に駆け
こんでもちゃんと対応してくれるのかしら? 超常現象で瞬間移動しましたなんて、
信じてくれるのかしら? 違法滞在とか密航とか疑われるんじゃないっ!? )

うつむき、あたふたと思いを巡らす香織は、

…………ふ。

一見、穏やかに微笑む少年のその笑みが、ちょっとダークに染まったことに気付くは
ずもなかった。

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2007/02/11 23:16 | Comments(0) | TrackBack() | ▲いくつもの今日と明日と世界と
『いくつもの~』 ・他人の事情/ハンプティ・ダンプティ(Caku)

PC:ハーティー 香織
NPC:ソクラテス
場所:クーロン 酒場『緑の峡谷(ウェッド・レヒ)』の裏通り


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「まあ、とりあえずお姉さん。何か飲み物でも奢ってあげようか?」
少年は笑顔でそう言った。
「とりあえず、ゆっくり話さないと多分お姉さんが困ると思うし」
どこか、含みのある発言であった。


通りに面した変哲もない喫茶店。
すくなくとも、クーロンや他の場所にもどこにでも存在しそうな店。
すくなくとも、この世界では。
「お飲み物は何になさいますか?」
『緑の峡谷』とはまた違い、落ち着いた制服のウェイトレスが、営業用の笑顔
で覗き込んでくる。
「えと、僕は『4つの四十奏(カルテット)』で。リズゥーの実入りで、あと
なにか『軽い食事(セヴォリーズ)』でお勧めとかあります?」
「ええ、最近は『気まぐれムース(ムース・カプリス)』が女性に人気です
よ。そちらの方はどうですか?」
「え、ええ・・・・・・・」
もはや言語についてこれてない女性を、にこやかに見守りつつ、あんまり眺め
ていると本当に意地悪なのでそれとなく注文してあげた。
「じゃあ彼女には、飲み物は『6つの果実(シ・フリュイ)』のラズイバット
の甘みで。さっきの『気まぐれムース』を2つね」
「かしこまりました」

「・・・ここは何処!?カナダ?イタリア?ドイツ?フランス?いいえそれと
も未開の地!!?」
けっこう面白い展開だ。しかし、丁寧に答えてみる。
「どれも聞いたことない地名だね。お姉さん、しかもその服目立ってるよ」
先程から他の客の視線が痛いほどに香織に突き刺さる。
少年&梟のほうにも、痛いほどの珍妙な視線が刺さるが、本人は感じないらし
い。
「あ、そうそう。言い忘れてたけど、僕は“壊れたら元に戻らない者”、ハン
プティ・ダンプティっていうんだ。
仲間は“卵”とか“ジョーカー”って呼ぶ人もいるけど。仲間内だけだからい
いや。
まあ長いから「ハーティー」でいいよ?こっちはソクラテスね」
相変わらず、毛ほども動かない梟を指差して自己紹介終了。
柔和な笑みに反して、その剣色の髪の毛は冷徹なまでの硬質な輝きを放ってい
た。
触れてみたい、と思うが、きっと触れるだけで指を切り裂いてしまいそうな光
沢。
少なくとも、彼を真正面に見た人間は違和感を感じるのだ。
その、優しい微笑みと鋭利な輝きのギャップに。


「お姉さん、名前は香織でしょ?どこから来たとかは?」
「え?え?ああ、名前・・・名前は香織よ。苗字は・・・」
「ミョウジ?ミドルネームのこと?」
「なんで知ってる知識と知らない知識が混濁してるのよ!?」
「や、僕に怒られても困るよ」
そうこうしているうちに、先程のウェイトレスが注文の品を持ってくる。

香織は、興味深そうに飲み物を見つめている。
笑顔で進めるが、手に取っただけで顔には「?」マークが浮き出ている。
『6つの果実』は緑色の美しい飲み物。そこの方にオレンジ色の果実が6つ沈
んでいる。
「とりあえず、落ち着いて今の状況でも楽しんでみる?」


他人事ゆえの、余裕であった。


2007/02/11 23:17 | Comments(0) | TrackBack() | ▲いくつもの今日と明日と世界と
『いくつもの今日と明日と世界と』 3章/香織(周防松)
PC:ハーティー 香織
NPC:ソクラテス・店内のお客さん
場所:クーロン 喫茶店

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「とりあえず、落ち着いて今の状況でも楽しんでみる?」

にっこりと温和に微笑みながら投げかけられた言葉。

「そっ……そういうわけにはいかないでしょっ!?」
香織は、危うく持っていたグラスを取り落とすところだった。
おっとと、なんて言いつつ、もう片方の手でグラスを支える。
「あはは、やっぱり」
さりげなく香織にとっては衝撃的なことを口にした当の本人は、軽く流している。

「だって、いきなり人がいなくなっちゃったら色々大変でしょ? 家族だって心配す
るし、仕事だって……」

家族、という言葉を口にした途端、不安が押し寄せてきた。
ちゃんと、日本に戻れるのだろうか。

「えーと……ハーティー君」

一体ここはどこの国、と質問をぶつけようとして、はたと気が付いた。
そういえば、自己紹介がまだだったような。
「ちゃんとした自己紹介、まだだったわよね? 私は西本香織……あ、こっちだと名
前の方が先なのかな。そしたらカオリ=ニシモトってことになるんだけど。で、日本
の東京出身」
「ニホンノトウキョウ?」
ちょっとアクセントがおかしい。
「日本の東京! 日本っていう国の、東京っていう都市の出身なの。……ねえ、本当
に知らない?」
「全然。あいにくだけど」
あっさりと答えられて、香織は思わず頭を抱えたくなった。
このクーロンという場所は、一体地球のどこに存在しているのだ?
日本はおろか、他の外国名すら、聞いたことがない、と一蹴されてしまうなんて。

(どうしよう……?)

何か良い現状打開策はないものか、と悩みながら、香織は手の中のグラスに視線を落
とした。
きれいな緑色の液体で満たされたグラス。底には、オレンジ色の果実が6つ沈んでい
る。
『6つの果実(シ・フリュイ)』――あまり耳慣れない名前の飲み物。
おずおずとグラスに口をつける。
生まれて初めて見たものに対する警戒心が、ちょっとだけあった。
こく。
わずかに顔を強張らせながら飲んでみると、口の中に爽やかな甘味が広がる。
香織の舌は、それをリンゴに似た味だと認識した。

……それにしても。

香織は、重たいため息をついた。
店内にいる客達の視線がこっちに集中しているのである。
ちらちらと投げかけられる視線に、正直気が滅入る。
おまけに「変な格好」なんて言葉まで聞こえてくる。
目立つことの好きな人間だったら、これだけ注目されて大喜びするかもしれないが、
あいにく香織は目立つのはあまり好きではない。
ただひたすらに憂鬱なだけである。

(私の服、そんなに珍しいの? こんなの、ただのビジネススーツなのに)

頬杖をつきながら、『気まぐれムース』をスプーンの底でぺたぺたと軽く叩く。
ムースは皿の上でぷにんぷにんと揺れていた。
「お姉さん、それ、叩いて遊ぶ物じゃないよ?」
ふと声をかけられて顔を上げると、ハーティーがスプーンですくって食べるような仕
草をしてみせた。
食べる物だよ、と言いたいらしい。
「それくらいわかってますぅ」
スプーンですくって口に運んでみると、苺のムースによく似た味がした。
先ほど、注文を取りに来た店員が『女性に人気』といっていたが、それも頷ける出来
である。

(……あっ、そうだ!)

その時、香織の脳裏にピコーンとひらめきが走った。

「ハーティー君、お願いあるんだけど」
ぱん、と両手を合わせ、ウィンク一つ。

「世界地図が見たいの。もしよかったら、なんだけど……地図のあるところに案内し
てくれないかな?」

そう、世界地図だ。世界地図を見れば、疑問は一発で解決するではないか。
ここがだいたいどこに位置しているのか、地図を見ればはっきりする。
ついでに、日本からどのくらい離れているか、なども。

……それが決定打になるとは、夢にも思わぬ香織であった。


2007/02/11 23:17 | Comments(0) | TrackBack() | ▲いくつもの今日と明日と世界と
いくつもの~・第四章『赤の女王』/ハンプティ・ダンプティ(Caku)
場所 : クーロン図書館~クーロン第七地区・クラノヴァ執政長邸宅
PC : ハーティー 香織
NPC: 傭兵 『赤の女王』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「お姉さん大丈夫?」


どうやら必殺の一撃となった世界地図を丁寧に折りたたんだハーティーは、
隣の女性になるべく衝撃を与えないように話しかけた。
「…うふふ、なんなのココ…どこの世界なのよ!冗談じゃないわ!」
半笑い&半泣きで、誰にでもなく怒ってる。
まあ、大抵の人々は、見も知りもしない世界に、急に放り込まれれば
そうなる。
「僕達が特別な、あるいは異常なだけかな」
楽しそうに呟いた言葉に、香織が顔を上げた。

ここは地区の小さな図書館。
地図と情報が入るなら、こういう市営の場所が一番のハズ……だった。
もちろん、未開の地や不可思議な場所がごまんと存在する世界だ。絶対、とは
言い切れないものの、それでも確実でそれなりな大陸地図や世界地図は無論存
在する。
「ニホン、ニホン…うーん、ないねぇ。というかその、漢字っていうの?
確かに漢字圏らしい国は存在するけど、残念。“日本”はないね。あ、あと
“ジャパン”もなかったね」
どうして同じ国名なのに、呼び方が二つもあるの?と聴いたら、香織は「“ジ
ャパン”のほうは英語よ?」とさらに不思議な言語を示唆してくれた。
もちろん、英語なんて漢字名の言語、残念ながら存在しない(漢字言語でもな
いのだが、彼に分かるはずもない)。


「…お姉さん、そんなに落ち込まないでよ。
僕が泣かせちゃったみたいじゃないか。
こう見えてもまだ、女の子を泣かせた経験ってあんまりないから困るよ」
多少戸惑いながらも、全然慰めにもなっていない言葉を言うハーティー。
聞きようによっては、さらに相手を落ち込ませる内容は、香織にとって非常に
マイナスの面に取られたようだ。
思わず泣き出しそうな彼女に、慌てて発言を修正しようとする青年。
「うわっ、だから違うって!
その、別にお姉さんいじめてるわけじゃなくって…ああ!泣かないでってば!
あーもーどーしよ……」
なかなかこういう場面に遭遇しないためか、珍しく慌てて香織を懸命になだめ
るハーティー。
「………」
現在の状況を、ようやく理解し始めた香織に、他人を気遣う余裕などどこにも
無い。
自分の状況すら手に余る事態だ。冷たい深海のような青の梟は、こんな時でも
沈黙を堅固して宥めようとも、助けようともせずただ見ている。


「…お姉さん、じゃあもう一つだけ手がかりをあげるから泣かないで、ね?」


困惑気味の声に含まれた“手がかり”という単語に反応した香織を見て、やっ
とハーティーはいつもの笑顔で微笑んだ。
「お姉さんと同じ、この世界の出身じゃない人に、会わせてあげる」




クーロン第七地区・『小麦の大地(フォルメンテラ)』
黄金のかがやかしい実り豊かなその名前を裏切らず、そこは闇の底無し沼に沈
んだ金が、豊かに消費される場所である。
麻薬、人買、娼婦に密輸。交わされるのは昼の世界ではあり得ない単語と視
線。
交錯するのは思惑と殺意に疑惑。閑散とした立派なレンガ造りの建物が並ん
だ、夕暮れの町。

「…さっきの何なの?すっごく血みたいな染みが壁沿いにあったり!黒いサン
グラスのお兄さんが並んでこっちを睨んだり!ねえ、大丈夫なのここ?本当に
『赤の…』なんとかって人、いるの?」
袖をつつく香織は、不安120%でこちらを伺ってる。
「『赤の女王(レーヌ・ド・ルージュ)』だよ。
彼女はこの世界じゃない別の世界の住人だったんだ。えーと「魔族」っていう
とっても綺麗で強い種族の人でね。あ、人じゃないか。
とにかく、彼女には空間を歪ませる力があって…ようは別の世界と別の世界を
行き来できるらしいんだ。だから『不思議の国』でも情報屋として成立して
る」
あ、確か「夜魔(サキュバス)」だっけ? と香織に既存のない知識を教えつ
つ、古びた壁の角を曲がると、大きな邸宅が見えてきた。
人も住んでるらしく、窓には明かりがともり、庭も手入れを怠っていない。


「この家?大きいわね」
「そりゃそうだよ、だってここはこの第七地区『小麦の大地』のー……」

「何者だ!ここはクーロン自治区・クラノヴァ執政長の邸宅だぞ!」


とたんに、ぞろぞろっとどこにいたのか用心棒の軍隊が周りを取り囲む。
すでに武器や凶器を構えて臨戦態勢バッチリのきちがいまでいる。香織が恐怖
で失神する前に、ハーティーは困ったようにはにかんだ。
「うん。知ってるよ。
ああ、お姉さん。ここクーロンの…この第七地区のお偉いさんのお宅。『赤の
女王』は結構パトロン持ちだから、大抵愛人の家にいるんだよ」
「そんなのん気に説明しないで、この状況なんとかしてよ!」
恐怖と威圧で失神しそうな顔で、ハーティーをせかす香織。


「待て、その男に手を出すな」

低く重圧した声音が、一瞬で傭兵まがいの用心棒達に、緊張と束縛を与えた。
邸宅の門構えから出てくる男性、歳は60代前後。
顔には無数の傷跡が目立ち、その巨躯も歴史を感じさせる壁のような男だっ
た。
周りの反応から見て、この男がこのクラノヴァ執政長という護衛のリーダー
か。
「そいつは『不思議の国の住人』だ。手を出せばこっちが危険だ。そいつは
『壊れたら元に戻らない者(ハンプティ・ダンプティ)』だ、一度『壊して』
しまえば、こちらが危ない」
「褒め言葉にしてはひねりがないね、『赤の女王』に用があるんだ。君達のご
主人には用はないよ」
どこか鋼のような鋭く光った前髪が、柔和な下の紫の瞳と会って違和感を催
す。
その微笑を真正面から直視できる数少ない男性は、あごで後ろの邸宅を示し
た。
「あの女は寝室にいる。クラノヴァは留守だ、あまり中を荒らすな」
「そう、ありがとう」

あっさり最後は顔パスで通してくれた男性に、感謝の言葉を述べながら、散歩
のような足取りで邸宅の中へ入っていく。
その後ろで戸惑い気味の女性が、慌てて後をついていく。


その後姿を見ながら、男性は溜息をついた。
「お前達、気をつけろ。あれは『不思議の国』の新入りだそうだ。あまり敵に
回したくない」
恐る恐る、部下らしい小柄な男が聞き出した。
「…ちょっとばかし調子付いたガキにしか見えませんでしたが?」
数人も、同意の意を示すとばかり顔を見合わせる。

「……覚えておいた方がいい、『あいつら』と戦って死ねれば、いいほうだ。
“壊れる”よりは…な」




「…さっきの人と知り合いなの?」
「ううん、別に」
そんな噂のハーティーは、香織と並んで赤い絨毯の廊下を並んで歩いていた。
「ずいぶん、噂されてるのね。君って」
「そうかな?噂の一人歩きでしょ…ここかな?寝室って」

大きな木製の扉が、廊下の突き当たりにそびえている。
香織は希望と期待、そして少しの不安顔で「早く早く」と表情でハーティーを
せかした。
それに答えるように、笑顔で笑ってノックをしようとしてー…ふと、何かを思
い出したのか、いきなり顔が硬直した。
いつまでたっても固まったままのハーティーに、不思議そうに香織が覗き込
む。
「どうしたの?早く会いましょうよ!もうすぐそこにいるのよ」
「あ…その、なんていうか…この状況って…」
珍しく戸惑いつつ、なぜか顔が赤い青年。珍しい場面だ。
業を煮やした香織が、我慢できずといった調子で、ついに取っ手に手をかけ
た。

「もう!何やってるの!私が開けるっ…すみませんっ!!」
「あああっ、お姉さん!ストップストップ!!」

焦燥と限界が二重になった音が、扉を開ける音より後に響いた。





琥珀の月明かりで、影は蒼く、深い。
蒼く暗い室内に、琥珀の明かり。家具も壁も室内がすべてその2色に侵食され
ているのに、なぜかたった一つ、白い人影があった。
大理石のような、という白さではない。鼓動を帯びた、甘い白。
練乳色の肌は、透き通るようで光を吸収し、光るというより照らされる とい
う感覚がふさわしい。
想像されるのは、甘い白。生気を帯びた、生の暖かさ。
なぜ、そんなにも白いのか。明快単純、相手は素っ裸であるから。

髪の毛の糸が見えないまでにまとまって、粘性の液体のように緩やかに動きに
伝う黒髪を、手であげて、裸身の女王は憂いを帯びた瞳を大きくまばたいた。
香織が石化して、後ろのハーティーは「やっぱり」と珍しくも額に手をあてて
目を閉じていた。
時間が、鈍行列車のごとく流れた。


「きゃああああああああああ!ごめんなさいっっ!!」



「前は他に3人ぐらい相手がいたけど…よかった、一人で」
「…ふふ、なんなら今から相手してあげてもいいけれど?そこのお嬢さんもご
一緒に」
素肌の女性は、まったく動じてなかった。
「『女王』、頼むから僕だって精神はともかく身体上は普通の人間なんだか
ら、抑えてよ」
ベットの上で、胸の谷間を見せつけながら、女王は魅惑の微笑で問いかけた。
「我慢しなくたっていいのよ?君はまだ可愛い。『イカれ帽子屋』なんて、ち
っとも誘ってくれないわ」
「君が誘ってるから、結果的には同じでしょ?」



「いいから早く服着てください!それとハーティー君見ないで!変態!」
「…はいはい、というわけで『赤の女王』、早く着替えてね。あとこの部屋事
後だと思うから、よければ別の部屋を用意してくれると若者的にすごく助か
る」
「…ベットの中じゃ不満?」
「不満、ついでに拒否」

「早く服着てくださいー!!」


香織の悲鳴が、邸宅にこだました。


2007/02/11 23:18 | Comments(0) | TrackBack() | ▲いくつもの今日と明日と世界と
いくつもの今日と明日と世界と 第5章 『それ行け小市民』/香織(周防松)
場所 : クーロン第七地区・クラノヴァ執政長邸宅
PC : ハーティー 香織
NPC: 『赤の女王』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

案内された別室は、先ほどの部屋とは違って、柔らかな色の照明に照らされていた。
置かれている調度品も見事なものばかりで、ただの単なる一般人の香織としては、な
んだか触れることすらためらわれる。
今まで、こんな豪奢なものに囲まれる機会がなかった香織にとって、くつろげる環境
ではない。

そのうえ……。

「そんなに固くならないで。それじゃあ話なんてできないわ」

テーブルの向こうで、優雅に微笑む女性。
香織はうつむいたまま、「はあ」と小さく笑うだけだった。
傍目には暗く落ちこんでいるようにも見えるが、ちょっと違う。
香織は、単に、目のやり場に困っていたのである。

『赤の女王』といったか。
この女性、一応服を着てくれたが、それがあんまりにもとんでもないものだった。
目の覚めるような真っ赤なロングドレスはまだいい……というか、『赤の女王』と呼
ばれるだけあってか、よく似合っている。
しかし、それが体のラインを強調するデザインで、おまけに胸元が大きく開いている
タイプなのである。
香織が少しでも視線を上げると、形の良い胸と、谷間が目に入ってしまう。
同じ女性同士なんだから、そんなもん気にしないという人もいるだろう。
しかし香織は、同性だろうがなんだろうが、気にするタイプであった。

(どうして、もっと露出度の低い服を着ないんだろ……)

香織は、テレビでよく見かける、とある姉妹を思い出していた。

胸元が視界に入るのが恥ずかしいのなら、視線をもっと上に上げ、顔を見つめて会話
すればいいようなものだが、香織にはそれもできない。
あの優美なお顔を直視して、「うふふ」だの「おほほ」だのと余裕しゃくしゃくに会
話できる自信がないのだ。

仕方なく、香織の視線はあちこちをさまよった挙句、自分の膝の上に落ちついたので
ある。

膝の上に置いた手には、紅茶の入ったカップ。
『女王』直々にいれてくれたもので、薫り高いことから、良い葉を使っていることが
うかがえた。
――もっとも、口にする気分ではないので、すっかり冷めてしまっているが。

「『女王』、もう少し大人しめの服はないの?」
一方、涼しい顔でお茶をすすっているのはハーティーである。
ただし、さりげなく胸元からは視線が逸らされていたりする。
「あら。照れてるのかしら? 可愛い」
くすくすと『女王』は笑う。
「そりゃね……っていうか、顔も上げられない状態の人が若干1名いるから」
ほっといて。
香織は内心呟いた。
「ふふ。ところで、まだ貴方の名前をうかがっていないわね?」
問い掛けられて、香織は顔を上げかけて――中途半端な位置で固まった。
いかん。やはり直視はできない。
「あっ、ええと、香織です、あ、でも、正確には西本香織っていって、西本っていう
のが苗字で、香織が名前で」
あたふたと言い終えてから、香織は思った。
別に、「香織です」で済んだ話なのである。苗字のことまでいちいち説明しなくても
良いのだ。

……カッコ悪い22歳である。

「丁寧にありがとう。異世界のお嬢さん」
にこりと『女王』が笑う。
「え……なっ、なんでわかるんですかっ!?」
思わず目を丸くする。
まだ、何も言っていないはずなのに。
「そうねぇ、何て言うのかしら……あなたの周りの空気って、この世界にいる人達の
ものとは少し違っているのよ。それですぐにわかったの」
あっさりした口調で言われても、香織にはいまいちピンと来ない。
周りの空気が違う、とはどういうことなのだろう?

「貴方、帰りたい? 元の世界に」
「帰りたい……です!」
不意に投げかけられた言葉に、思わず、カップを持つ手に力がこもる。
「どうして?」
問われて、香織はちょっと返答に詰まった。
明確な理由を述べろ、といきなり言われても、そんなにぱっと思いつかない。
ただ、帰りたいのだ。ひたすら、あの世界に帰りたいのだ。

「理由は……正直に言うと、よくわからないです。でも……帰りたいんです」
自分で言って、香織は、う~ん、とうなる。

「なんていうのかな……こっちの世界にいなくちゃいけない理由、ないし……だった
ら、ちょっとでも、居場所のある世界にいた方が、いいような気がするんです」

別に、元の世界において、物凄く重要な人間だったわけではない。

普通の家庭に生まれて普通に育って、普通に学校に通って、就職難に揉まれながらも
どうにか入社した、いわばただの会社員だ。
会社内での評価が物凄く高いわけでもないし、仮に香織が突然いなくなったとして
も、別の誰かが彼女の分の仕事をするだけで、大して影響はないような……気もす
る。
会社は、居場所とは言えないかもしれない。

でも……家族は。
家族は、一番大きな居場所ではないだろうか。

社員の代わりはいくらでもいるだろう。友人は、なろうと思えば誰とでもなれるだろ
う。
では、家族の代わりは?
互いに憎みあっているような関係ならば別だろうが、香織の場合は、ごく普通の家族
関係だった。
ここが違う世界だと知った時にショックだったのは、もう二度と家族に会えない、と
思ったから……ではないだろうか。
一番大きな居場所を失くしてしまった、と。

(今頃、あっちの世界、どうなってるのかな)

唐突に、香織は思った。
時間の流れ方は、こちらと同じなのだろうか。それとも、違うのだろうか。
今、何曜日なのだろう。休日はとっくに終わっているのだろうか。
平日なら、会社の方では、出社しない香織を不審に思っていることだろう。
マンションの部屋にもいないとわかれば、会社から、家族にも連絡が行くのだろう
か。
家族は心配するだろう。しかも、捜索願を出そうとも、香織は地球上にすらいないの
だから、探しようがない。
そのことを知っている人間も、あちらにはいない。
(どうしよう……)
大騒ぎになっているかもしれない、と考えると、頭が重たくなってくる。

……いや。

もしかしたらあっちの世界では、百年くらい経っていたりするかもしれない。
そうだとしたら、どうなのだろう。

無事に戻れたとして――その時、自分の居場所はあるのだろうか?


「……やっぱり、よくわからないです」


紅茶の入ったカップをテーブルに戻し――香織は、ぐちゃぐちゃに絡まりかけた思考
を強制終了させた。

2007/02/11 23:18 | Comments(0) | TrackBack() | ▲いくつもの今日と明日と世界と

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