PC:ハーティー 香織
NPC:ソクラテス
場所:クーロン 酒場『緑の峡谷(ウェッド・レヒ)』の裏通り
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「だって貴女がそういう名前だから、貴女の名前なんでしょう?」
穏やかに微笑む少年。
香織は、ぽかんとした顔で少年を見つめる。
(な、何言ってるの……?)
言っていることがよくわからない。
もしこれが、詩心のある人間ならば、気の利いた解釈なり返事なりするところなのだ
ろうが、あいにく香織は詩心を持たない一般人である。
どうにかして意味を理解しようとして思考がフリーズし、頭の中は『?』マークで埋
め尽くされていく。
(……あれ?)
その『?』マークで埋め尽くされていく頭の片隅で、ふと疑問が生じる。
この少年、どうしてこちらの名前を知っているのだ?
(どうして?)
考え込んだ香織は、ふと、ある可能性に至った。
「……ねえ、もしかして、前に私と会ったことあるの?」
そう。
以前どこかで会ったことがあって、それを自分が忘れているだけかもしれない。
「さあ?」
しかし、ひょい、と少年は小さく肩をすくめるだけ。
おまけに、何がおかしいのか、くす、と小さく笑っている。
「ちょっと。真面目に答えなさいよ」
香織はちょっとだけムッとした。
目の前にいるこの少年、どう見ても自分よりは年上とは思えない。
おそらく18・9歳か……とにかく、成人したようには見えない。
(私の方が年上なのに)
そう思うと、ますます面白くない香織であった。
少年は香織の内心を知ってか知らずか、足もとの蒼い梟をそっと抱え上げ、肩に乗せ
ている。
香織にとっては、見たこともない梟である。
そもそも、梟に蒼い羽根を持つ種類がいたのだろうか。
香織の知っている梟は、白とか灰色とか茶色とかのものばかりだ。
(綺麗ねえ……新種かしら?)
珍しさに、香織はじっと梟を見つめた。
「……で? どうして泥棒なんてする羽目になったのかな、お姉さん」
「誤解しないで! 私は無実よっ」
香織が思わず声を上げると、少年の肩に乗った蒼い梟が、くるりと首を回した。
「へえ、泥棒じゃないんだ」
「そうよ! 気がついたら、あそこにいたの」
きっぱりと言いきる。
香織だって、ワケがわからないのだ。マンション前にいたはずなのに、気付いたらあ
んなところにいたのだから。
それを泥棒呼ばわりされてはたまらない。
「窃盗しようっていう意思がないんだから、泥棒とは違うでしょ? それに、別に自
分の意思であそこにいたわけじゃないんだから、不法侵入とも違うと思うしっ」
(なんだか変な感じだけど……日本語が通じてるってことは、ここ、日本?)
無実であることを主張する傍ら、香織は思う。
日本人である香織だって、日本の全ての都市を理解しているわけじゃない。
だから、ここはきっと、自分の知らない日本のどこかの都市なのだろう。
少年の妙なファッションも、きっと最近の若者特有の、大人には理解できない感覚ゆ
えのものなのだろう。
……先ほど、ウェイトレスらしい女性に、珍しくもなんともないスーツを『変わった
服』と言われたことをすっかり忘れている香織であった。
(うんうん、きっとここは日本よ、日本なのよ、間違いないわっ)
次第にそれを確信としてとらえていく。
ここが日本ならば、まあ、どうにかして帰れるだろう。
携帯電話が使えなくたって、どこかで公衆電話を探せば問題ない。
――実際は、日本どころか、地球からも遠い位置にいるのだが、彼女がそんなことを
知る由もない。
(ああっ、家に帰れるのねっ♪ あ、途中でストッキング買って行かないと)
香織の思考が、一気にお気楽モードに突入した。
「まあ、故意じゃないなら罪にはならないかもね」
幸いにも、少年は、一応、納得してくれたようである。
「そういうことっ。じゃ、逃がしてくれてありがと」
少年に軽く礼を言い、香織はハンドバッグのひもを肩にかける。
ひもの部分が長く作られているので、肩にかけられるのだ。
「そうだ。ねえ、ここ、どこなの?」
『帰れる』という希望を持った香織は、今にも歌い出しそうな雰囲気である。
瞳は希望にキラキラ輝き、表情も明るい。
少年は、そんな香織に相変わらずの穏やかな顔つきで、
「クーロン」
短く答えた。
「……はい?」
固まる香織。
クーロンなんて、そんな地名、日本には存在しない。
「あのねえ。日本にそんな地名の場所があるわけないでしょ」
はーう、とため息をつき、香織はこめかみを押さえる。
「ニホン?」
一方、少年はあごに手をかけ、首を傾げている。
「変わった地名だね。聞いたことないな……ソクラテス、知ってる?」
何故か梟に尋ねる少年。無論、梟が答えるはずもない。
香織は、がく然とした。
(……じゃあ、ここって……?)
緊張で、表情が強張ってくる。
香織は、ガラガラと希望が音をたてて崩れていくような錯覚を覚えた。
……ここが日本じゃないとすると。
その時、ピシャ―ン! と香織の脳裏を稲妻が駆け抜けた。
そう。きっと、そうだ。そうに違いない!
(ここ、外国なんだわ!)
……笑ってはいけない。
ここは異世界である、なんてことを真っ先に想像できたら、そっちの方がたぶんどう
かしている。
無論、彼女の『ここは外国』論にはいろいろとツッコむべき点があるのだが。
(でもどうしてっ? まさか、超常現象で外国に瞬間移動しちゃったとかっ!? ど
うしよう、私、ビザとかパスポートとか持ってないし、そんな奴が日本大使館に駆け
こんでもちゃんと対応してくれるのかしら? 超常現象で瞬間移動しましたなんて、
信じてくれるのかしら? 違法滞在とか密航とか疑われるんじゃないっ!? )
うつむき、あたふたと思いを巡らす香織は、
…………ふ。
一見、穏やかに微笑む少年のその笑みが、ちょっとダークに染まったことに気付くは
ずもなかった。
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