場所 : クーロン第七地区・クラノヴァ執政長邸宅
PC : ハーティー 香織
NPC: 『赤の女王』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
案内された別室は、先ほどの部屋とは違って、柔らかな色の照明に照らされていた。
置かれている調度品も見事なものばかりで、ただの単なる一般人の香織としては、な
んだか触れることすらためらわれる。
今まで、こんな豪奢なものに囲まれる機会がなかった香織にとって、くつろげる環境
ではない。
そのうえ……。
「そんなに固くならないで。それじゃあ話なんてできないわ」
テーブルの向こうで、優雅に微笑む女性。
香織はうつむいたまま、「はあ」と小さく笑うだけだった。
傍目には暗く落ちこんでいるようにも見えるが、ちょっと違う。
香織は、単に、目のやり場に困っていたのである。
『赤の女王』といったか。
この女性、一応服を着てくれたが、それがあんまりにもとんでもないものだった。
目の覚めるような真っ赤なロングドレスはまだいい……というか、『赤の女王』と呼
ばれるだけあってか、よく似合っている。
しかし、それが体のラインを強調するデザインで、おまけに胸元が大きく開いている
タイプなのである。
香織が少しでも視線を上げると、形の良い胸と、谷間が目に入ってしまう。
同じ女性同士なんだから、そんなもん気にしないという人もいるだろう。
しかし香織は、同性だろうがなんだろうが、気にするタイプであった。
(どうして、もっと露出度の低い服を着ないんだろ……)
香織は、テレビでよく見かける、とある姉妹を思い出していた。
胸元が視界に入るのが恥ずかしいのなら、視線をもっと上に上げ、顔を見つめて会話
すればいいようなものだが、香織にはそれもできない。
あの優美なお顔を直視して、「うふふ」だの「おほほ」だのと余裕しゃくしゃくに会
話できる自信がないのだ。
仕方なく、香織の視線はあちこちをさまよった挙句、自分の膝の上に落ちついたので
ある。
膝の上に置いた手には、紅茶の入ったカップ。
『女王』直々にいれてくれたもので、薫り高いことから、良い葉を使っていることが
うかがえた。
――もっとも、口にする気分ではないので、すっかり冷めてしまっているが。
「『女王』、もう少し大人しめの服はないの?」
一方、涼しい顔でお茶をすすっているのはハーティーである。
ただし、さりげなく胸元からは視線が逸らされていたりする。
「あら。照れてるのかしら? 可愛い」
くすくすと『女王』は笑う。
「そりゃね……っていうか、顔も上げられない状態の人が若干1名いるから」
ほっといて。
香織は内心呟いた。
「ふふ。ところで、まだ貴方の名前をうかがっていないわね?」
問い掛けられて、香織は顔を上げかけて――中途半端な位置で固まった。
いかん。やはり直視はできない。
「あっ、ええと、香織です、あ、でも、正確には西本香織っていって、西本っていう
のが苗字で、香織が名前で」
あたふたと言い終えてから、香織は思った。
別に、「香織です」で済んだ話なのである。苗字のことまでいちいち説明しなくても
良いのだ。
……カッコ悪い22歳である。
「丁寧にありがとう。異世界のお嬢さん」
にこりと『女王』が笑う。
「え……なっ、なんでわかるんですかっ!?」
思わず目を丸くする。
まだ、何も言っていないはずなのに。
「そうねぇ、何て言うのかしら……あなたの周りの空気って、この世界にいる人達の
ものとは少し違っているのよ。それですぐにわかったの」
あっさりした口調で言われても、香織にはいまいちピンと来ない。
周りの空気が違う、とはどういうことなのだろう?
「貴方、帰りたい? 元の世界に」
「帰りたい……です!」
不意に投げかけられた言葉に、思わず、カップを持つ手に力がこもる。
「どうして?」
問われて、香織はちょっと返答に詰まった。
明確な理由を述べろ、といきなり言われても、そんなにぱっと思いつかない。
ただ、帰りたいのだ。ひたすら、あの世界に帰りたいのだ。
「理由は……正直に言うと、よくわからないです。でも……帰りたいんです」
自分で言って、香織は、う~ん、とうなる。
「なんていうのかな……こっちの世界にいなくちゃいけない理由、ないし……だった
ら、ちょっとでも、居場所のある世界にいた方が、いいような気がするんです」
別に、元の世界において、物凄く重要な人間だったわけではない。
普通の家庭に生まれて普通に育って、普通に学校に通って、就職難に揉まれながらも
どうにか入社した、いわばただの会社員だ。
会社内での評価が物凄く高いわけでもないし、仮に香織が突然いなくなったとして
も、別の誰かが彼女の分の仕事をするだけで、大して影響はないような……気もす
る。
会社は、居場所とは言えないかもしれない。
でも……家族は。
家族は、一番大きな居場所ではないだろうか。
社員の代わりはいくらでもいるだろう。友人は、なろうと思えば誰とでもなれるだろ
う。
では、家族の代わりは?
互いに憎みあっているような関係ならば別だろうが、香織の場合は、ごく普通の家族
関係だった。
ここが違う世界だと知った時にショックだったのは、もう二度と家族に会えない、と
思ったから……ではないだろうか。
一番大きな居場所を失くしてしまった、と。
(今頃、あっちの世界、どうなってるのかな)
唐突に、香織は思った。
時間の流れ方は、こちらと同じなのだろうか。それとも、違うのだろうか。
今、何曜日なのだろう。休日はとっくに終わっているのだろうか。
平日なら、会社の方では、出社しない香織を不審に思っていることだろう。
マンションの部屋にもいないとわかれば、会社から、家族にも連絡が行くのだろう
か。
家族は心配するだろう。しかも、捜索願を出そうとも、香織は地球上にすらいないの
だから、探しようがない。
そのことを知っている人間も、あちらにはいない。
(どうしよう……)
大騒ぎになっているかもしれない、と考えると、頭が重たくなってくる。
……いや。
もしかしたらあっちの世界では、百年くらい経っていたりするかもしれない。
そうだとしたら、どうなのだろう。
無事に戻れたとして――その時、自分の居場所はあるのだろうか?
「……やっぱり、よくわからないです」
紅茶の入ったカップをテーブルに戻し――香織は、ぐちゃぐちゃに絡まりかけた思考
を強制終了させた。
PC : ハーティー 香織
NPC: 『赤の女王』
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案内された別室は、先ほどの部屋とは違って、柔らかな色の照明に照らされていた。
置かれている調度品も見事なものばかりで、ただの単なる一般人の香織としては、な
んだか触れることすらためらわれる。
今まで、こんな豪奢なものに囲まれる機会がなかった香織にとって、くつろげる環境
ではない。
そのうえ……。
「そんなに固くならないで。それじゃあ話なんてできないわ」
テーブルの向こうで、優雅に微笑む女性。
香織はうつむいたまま、「はあ」と小さく笑うだけだった。
傍目には暗く落ちこんでいるようにも見えるが、ちょっと違う。
香織は、単に、目のやり場に困っていたのである。
『赤の女王』といったか。
この女性、一応服を着てくれたが、それがあんまりにもとんでもないものだった。
目の覚めるような真っ赤なロングドレスはまだいい……というか、『赤の女王』と呼
ばれるだけあってか、よく似合っている。
しかし、それが体のラインを強調するデザインで、おまけに胸元が大きく開いている
タイプなのである。
香織が少しでも視線を上げると、形の良い胸と、谷間が目に入ってしまう。
同じ女性同士なんだから、そんなもん気にしないという人もいるだろう。
しかし香織は、同性だろうがなんだろうが、気にするタイプであった。
(どうして、もっと露出度の低い服を着ないんだろ……)
香織は、テレビでよく見かける、とある姉妹を思い出していた。
胸元が視界に入るのが恥ずかしいのなら、視線をもっと上に上げ、顔を見つめて会話
すればいいようなものだが、香織にはそれもできない。
あの優美なお顔を直視して、「うふふ」だの「おほほ」だのと余裕しゃくしゃくに会
話できる自信がないのだ。
仕方なく、香織の視線はあちこちをさまよった挙句、自分の膝の上に落ちついたので
ある。
膝の上に置いた手には、紅茶の入ったカップ。
『女王』直々にいれてくれたもので、薫り高いことから、良い葉を使っていることが
うかがえた。
――もっとも、口にする気分ではないので、すっかり冷めてしまっているが。
「『女王』、もう少し大人しめの服はないの?」
一方、涼しい顔でお茶をすすっているのはハーティーである。
ただし、さりげなく胸元からは視線が逸らされていたりする。
「あら。照れてるのかしら? 可愛い」
くすくすと『女王』は笑う。
「そりゃね……っていうか、顔も上げられない状態の人が若干1名いるから」
ほっといて。
香織は内心呟いた。
「ふふ。ところで、まだ貴方の名前をうかがっていないわね?」
問い掛けられて、香織は顔を上げかけて――中途半端な位置で固まった。
いかん。やはり直視はできない。
「あっ、ええと、香織です、あ、でも、正確には西本香織っていって、西本っていう
のが苗字で、香織が名前で」
あたふたと言い終えてから、香織は思った。
別に、「香織です」で済んだ話なのである。苗字のことまでいちいち説明しなくても
良いのだ。
……カッコ悪い22歳である。
「丁寧にありがとう。異世界のお嬢さん」
にこりと『女王』が笑う。
「え……なっ、なんでわかるんですかっ!?」
思わず目を丸くする。
まだ、何も言っていないはずなのに。
「そうねぇ、何て言うのかしら……あなたの周りの空気って、この世界にいる人達の
ものとは少し違っているのよ。それですぐにわかったの」
あっさりした口調で言われても、香織にはいまいちピンと来ない。
周りの空気が違う、とはどういうことなのだろう?
「貴方、帰りたい? 元の世界に」
「帰りたい……です!」
不意に投げかけられた言葉に、思わず、カップを持つ手に力がこもる。
「どうして?」
問われて、香織はちょっと返答に詰まった。
明確な理由を述べろ、といきなり言われても、そんなにぱっと思いつかない。
ただ、帰りたいのだ。ひたすら、あの世界に帰りたいのだ。
「理由は……正直に言うと、よくわからないです。でも……帰りたいんです」
自分で言って、香織は、う~ん、とうなる。
「なんていうのかな……こっちの世界にいなくちゃいけない理由、ないし……だった
ら、ちょっとでも、居場所のある世界にいた方が、いいような気がするんです」
別に、元の世界において、物凄く重要な人間だったわけではない。
普通の家庭に生まれて普通に育って、普通に学校に通って、就職難に揉まれながらも
どうにか入社した、いわばただの会社員だ。
会社内での評価が物凄く高いわけでもないし、仮に香織が突然いなくなったとして
も、別の誰かが彼女の分の仕事をするだけで、大して影響はないような……気もす
る。
会社は、居場所とは言えないかもしれない。
でも……家族は。
家族は、一番大きな居場所ではないだろうか。
社員の代わりはいくらでもいるだろう。友人は、なろうと思えば誰とでもなれるだろ
う。
では、家族の代わりは?
互いに憎みあっているような関係ならば別だろうが、香織の場合は、ごく普通の家族
関係だった。
ここが違う世界だと知った時にショックだったのは、もう二度と家族に会えない、と
思ったから……ではないだろうか。
一番大きな居場所を失くしてしまった、と。
(今頃、あっちの世界、どうなってるのかな)
唐突に、香織は思った。
時間の流れ方は、こちらと同じなのだろうか。それとも、違うのだろうか。
今、何曜日なのだろう。休日はとっくに終わっているのだろうか。
平日なら、会社の方では、出社しない香織を不審に思っていることだろう。
マンションの部屋にもいないとわかれば、会社から、家族にも連絡が行くのだろう
か。
家族は心配するだろう。しかも、捜索願を出そうとも、香織は地球上にすらいないの
だから、探しようがない。
そのことを知っている人間も、あちらにはいない。
(どうしよう……)
大騒ぎになっているかもしれない、と考えると、頭が重たくなってくる。
……いや。
もしかしたらあっちの世界では、百年くらい経っていたりするかもしれない。
そうだとしたら、どうなのだろう。
無事に戻れたとして――その時、自分の居場所はあるのだろうか?
「……やっぱり、よくわからないです」
紅茶の入ったカップをテーブルに戻し――香織は、ぐちゃぐちゃに絡まりかけた思考
を強制終了させた。
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