(PC:ヴィルフリード、リタルード)
NPC:ゼクス、エルディオ
場所:街
犬の遠吠えが、夜の寒さに響いた。それは一般的には不吉な象徴であるが、
このような場所では単なるBGMでしかない。
明け方で見られた嫌な倦怠感は薄れていて、活気はあった。しかし、それら
も比較でしかない。何も知らない客が入れば、倦怠感は漂って、店内は静かな
ものだと感じるだろう。時折聞こえる喋り声も、どれも潜めているものばかり
で、周囲を拒絶している。
活気とは言っても、あくまで薄暗く、陰気な中に薄く見える、狂気によるも
のだ。完全に暗くなって、ようやくその危険な光が浮き彫りになっただけのこ
とだろう。
ゼクスは、今朝と同じ席に一人で座っていた。時折、注文を受けて、忠実に
それにこたえる主人が、ゼクスにグラスを渡すだけで、彼の周囲には、誰もい
ない。
ゼクスは、グラスをじーっと見ては、時折それを仰ぐ。彼には、グラスの中
に歪んで見える自分以外の何かが見えているのだろうか。
彼の口元は歪んでいる。皮肉に笑っているようにも見えるし、ただ単につま
らなそうにも見える。いや、普段どおりなのかもしれない。
「ここ、いい?」
ゼクスは、相手を見ずに、顎で座るように促した。
茶色の毛をした青年は、臆することなくゼクスの隣に座る。
身なりは、派手ではないが、まったくくたびれた様子のない衣服。よく見れ
ば、詳しくないものでも、上等な仕立てだということが分かるだろう。
一見、この店には似つかわしくない客のように見えるが、この界隈の人間に
は分かる。ニオイで分かる。「この青年は自分達に近い」ということを。見か
けどおりの「お坊ちゃん」ではなく、一癖も二癖もあるということを。
適当に、と注文をすると、青年、エルディオは身体の方向をゼクスに向け
た。
「ご苦労様」
「大したことはしてないよ。フラれちゃったしね。散々だ」
「俺なんか何年もフラれ続けてる」
エルディオは笑った。ゼクス相手に笑いを向けれる人間は、本当に稀有であ
ろう。
店の主人が、無造作に青年の前にワインを置いた。香りからしてさしていい
代物ではないということが分かる。エルディオはその差し出されたワインを無
視して、ゼクスの前に重そうな袋を置く。
「成功報酬。これを資金に、追い続けるとかすれば?」
「しつこいのは趣味じゃないんだ。悪趣味だと思わないかい?」
それを受け取り、ゼクスは初めてエルディオの顔を見た。やはり、笑みを浮
かべながら。しかし、エルディオも笑っている。ゼクスとエルディオの笑い方
とは全く違うのに、何故か二人の笑みには共通する雰囲気があった。
「用事は済んだんだろう? 帰れば? そうじゃなければ、それ飲んだらど
う?」
ゼクスは、エルディオが飲む気の無いワイングラスを、楽しそうな視線で促
す。言外に『とっとと帰れ』と言っていることに、エルディオは気づいた。
「………そうだね」
エルディオはワイングラスを上品に持った。
「ゼクスさんが折角勧めているから、いただくよ」
エルディオは、軽く……少しだけ気障に……持ち上げて、ゼクスに乾杯の仕
草をする。
二人の共通項とは、何のことはない。「人が嫌がることを楽しむ」というこ
とだ。
「ねぇねぇ、ゼクスさん。例の短剣のこと。こっそり、俺にだけ教えてくれな
い?」
「一回預けたんだ。君のことだ、調べたんだろう?」
それに対する返答は無い。なれば、答えは一つに限定される。
エルディオは続ける。
「さらに報酬上乗せするからさ」
「クイズにズルはいけないなぁ。どうせ、君には役に立たないものだよ」
笑って、ゼクスはエルディオをかわす。
「クイズなら」
仕掛けた罠に兎がかかった瞬間を見たかのように、エルディオは笑った。
「俺が回答する権利と、ゼクスさんが、その回答が正解かを答える義務がある
んだよね?」
ゼクスは、急激に醒めた顔つきになった。
「……君らは似ているなぁ。
僕に関わっても、ろくなことは無いって分かってるのに。なんでそう、から
むかな?」
「ゼクスさんって、自分に触れられそうになると、すぐにはぐらかそうとする
よね」
エルディオは、クスクスと笑った。子供の「しょうがなさ」を笑うように。
ゼクスの顔から笑みが消えた。いや、表情というものが消えた。
「知らないけどね。俺は。そういう、生体の仕組みとか知らないけど。
……ゼクスさんさ、何歳? まぁ、何歳とでも見えるけどね。でも、雰囲気
は、誤魔化せないよ。……失礼かもしれないけど、ゼクスさんさ、若さが、全
く感じられないんだよ。芝居がかりすぎているよ。
あと、長い月日で何度も打ちのめされて認めざるをえない、諦めている雰囲
気。これって、隠しようがないものだっていうの、知ってた?」
ワイングラスを大きく仰いだ。持ち方は上品だが、飲み方は乱雑だ。品質に
あわせているというのだろうか。
「ゼクスさんさぁ、何歳?」
獲物を、射止めるように。エルディオはゼクスに聞いた。
しかし、ゼクスは、口の端を釣り上げた。
「さぁね。年齢なんか意味が無いから数えないことにしてるんだ。
僕が不死身だとでも思ってるの? 興味があるなら、小賢しい弟よりも、エ
ルフ族だとかの長寿な種族でも追いかけたら?」
「……まぁ、いいや。
とにかく、ゼクスさん。あんたが何歳だろうが、ともかく、傷を負いにくい
身体であることは、確かだ。痛みも無いみたいだしね」
ワイングラスを、置く。
「ねぇ。正解したら、ゼクスさんが読んだあいつの記憶、教えてよ」
あはは、と声を出してゼクスは笑った。
「そっくりだ。本当に、そっくりだよ。
どこから聞いたの? ……あぁ、そうか、あの時あそこにいたヤツの……う
るさかったやつ? ……いや、寝たふりをしていた方かもね。まぁ、そのどっ
ちからか、買ったのか。抜け目ないなぁ。本当に」
「で。教えてくれるのか、答えてないんだけど」
ゼクスは、しばらく宙を見つめ、そして、エルディオに微笑を向けながら答
えた。
「まぁ、言ってごらん。僕が気に入った答えなら教えてあげるよ」
「難しいなぁ」
エルディオは苦笑した。ゼクスはそれに取り合わず、グラスと向き合って一
人でいるかのように振舞った。嫌ならば、帰れ、と言わんばかりに。
ふぅ、と息を吐き、エルディオは口を開いた。
「悪いけど、それ、預かった時、中、見させてもらったんだよね」
ゼクスは見向きもせず答える。
「知ってた。そうすると思ってた」
エルディオはそのそっけなさを気にせず続ける。
「刀身に、びっしり文字が刻まれてた。なんて書いてあるかはわからないけ
ど、古代文字の種類らしいって言われたよ。永続的な効果を持つらしいね。
時間が無くて、そこまでしか専門家に見てもらえなかったよ。
試しに、指の先を切ってみたんだよ」
「勇気があるね。で、どうだった?」
その口調は、やる気が無い。投げやりだ。エルディオの方を見向きもしな
い。
「勿論、俺のじゃないよ。雇ったんだよ。なんともなかった。血が出たけど、
すぐふさがった。今日もそいつはぴんぴんしてたよ」
「だろうね」
「死ぬことがない人の欲しいものって、何だと思います?」
突然のエルディオの質問。ゼクスは答えない。
「……死ねる手段だと、俺は思うんですよ。
自分を殺せる手段というのを手元に置いて殺される可能性を低くしたいのか
もしれないし、ただ単純に死にたいのかもしれないし、あるいは、自分も死ね
ることを安心材料にしたいのかもしれない。
いずれにしても、それが必要になる」
「無駄話はいいよ」
退屈そうに、ゼクスは両手の中でグラスを弄ぶ。
「これが回答だよ。ゼクスさん。
その短刀は、触れた面の魔力をしばらく断絶させる。普通の人にはまったく
不必要なものだけど、それが必要なのは、限られてくる。アナタにだけしか、
必要でないものだよ」
ゼクスは動かない。グラスを握り締め、ピクリとも動かなかった。エルディ
オは笑みを浮かべながらゼクスを見つめている。
と、彼にとっては珍しく……本当に珍しいことに、噴出すように、ゼクスは
笑った。
「君は見かけによらず、想像力が豊かだ。エルディオ」
エルディオは一瞬、何を言われたかを理解できなかった。しかし、すぐに少
しだけ、悔しそうに……というよりも機嫌が悪そうに、歪んだ。
「甘いアメ[ご褒美]はあげられないな。坊や」
エルディオはグラスの中に残っていたものを一気に煽る。
そして、疑わしそうに、
「……本当に、ハズレなの?」
「おかしなことを言うね。君が答えなければいけなかったのは、真実じゃな
い。僕が気に入る答えだ」
苛立ったように、エルディオは立ち上がり、カウンターに適当な金額を置
く。
「お釣りはいらない」
と言って、席から離れようとするエルディオに、ゼクスは楽しそうに声をか
けた。
「アメはあげられないけど、正解、おしえようか? 嘘でいいなら」
ゼクスの声は弾んでいる。ゲームの勝者の余裕が溢れている。
「……嘘なんじゃん」
こちらは、敗者の余裕の無さが滲み出ている。
「じゃぁ、訂正。嘘『かも』しれない」
無視するのは容易かった。だが、それはさらに無様だと、エルディオは思っ
た。かといって、素直に聞くのも癪なので、こんな返答をする。
「……勝手にすれば」
くすくす笑いながら、ゼクスは妙な質問をした。
「君は、米を炊いたものを味付けして、具材と一緒に強火で炒める料理、食べ
たことがあるかい?」
「は?」
エルディオはあっけに取られた顔をした。きっと、リタが一度も見たこと無
い顔だったに違いない。
「美味しいんだよ。チャーハンっていってね」
もう、エルディオは完全に何を言われているかが分からない。
「で、コレはねソフィニアにある、シケた遺跡にあったんだよ。
美味しいチャーハンを極められる、呪いのナイフ。
エルディオ、君は幸運だ。指じゃなくて具材を切っていたら、君は取り憑か
れていたよ」
からかわれている、とエルディオはその時、気づいた。途端、頬が朱に染ま
る。その顔を自覚し、エルディオは背を向ける。
「バカじゃないの!?」
「ま、嘘だけどね。……っていうのも嘘かもしれないから、世の中ややこしい
よね」
実に楽しそうなゼクスの顔を見ることなく、エルディオは店を出た。
あんな馬鹿な話、嘘にしても程がある。
夜空に、また、犬の遠吠えが響いた。
NPC:ゼクス、エルディオ
場所:街
犬の遠吠えが、夜の寒さに響いた。それは一般的には不吉な象徴であるが、
このような場所では単なるBGMでしかない。
明け方で見られた嫌な倦怠感は薄れていて、活気はあった。しかし、それら
も比較でしかない。何も知らない客が入れば、倦怠感は漂って、店内は静かな
ものだと感じるだろう。時折聞こえる喋り声も、どれも潜めているものばかり
で、周囲を拒絶している。
活気とは言っても、あくまで薄暗く、陰気な中に薄く見える、狂気によるも
のだ。完全に暗くなって、ようやくその危険な光が浮き彫りになっただけのこ
とだろう。
ゼクスは、今朝と同じ席に一人で座っていた。時折、注文を受けて、忠実に
それにこたえる主人が、ゼクスにグラスを渡すだけで、彼の周囲には、誰もい
ない。
ゼクスは、グラスをじーっと見ては、時折それを仰ぐ。彼には、グラスの中
に歪んで見える自分以外の何かが見えているのだろうか。
彼の口元は歪んでいる。皮肉に笑っているようにも見えるし、ただ単につま
らなそうにも見える。いや、普段どおりなのかもしれない。
「ここ、いい?」
ゼクスは、相手を見ずに、顎で座るように促した。
茶色の毛をした青年は、臆することなくゼクスの隣に座る。
身なりは、派手ではないが、まったくくたびれた様子のない衣服。よく見れ
ば、詳しくないものでも、上等な仕立てだということが分かるだろう。
一見、この店には似つかわしくない客のように見えるが、この界隈の人間に
は分かる。ニオイで分かる。「この青年は自分達に近い」ということを。見か
けどおりの「お坊ちゃん」ではなく、一癖も二癖もあるということを。
適当に、と注文をすると、青年、エルディオは身体の方向をゼクスに向け
た。
「ご苦労様」
「大したことはしてないよ。フラれちゃったしね。散々だ」
「俺なんか何年もフラれ続けてる」
エルディオは笑った。ゼクス相手に笑いを向けれる人間は、本当に稀有であ
ろう。
店の主人が、無造作に青年の前にワインを置いた。香りからしてさしていい
代物ではないということが分かる。エルディオはその差し出されたワインを無
視して、ゼクスの前に重そうな袋を置く。
「成功報酬。これを資金に、追い続けるとかすれば?」
「しつこいのは趣味じゃないんだ。悪趣味だと思わないかい?」
それを受け取り、ゼクスは初めてエルディオの顔を見た。やはり、笑みを浮
かべながら。しかし、エルディオも笑っている。ゼクスとエルディオの笑い方
とは全く違うのに、何故か二人の笑みには共通する雰囲気があった。
「用事は済んだんだろう? 帰れば? そうじゃなければ、それ飲んだらど
う?」
ゼクスは、エルディオが飲む気の無いワイングラスを、楽しそうな視線で促
す。言外に『とっとと帰れ』と言っていることに、エルディオは気づいた。
「………そうだね」
エルディオはワイングラスを上品に持った。
「ゼクスさんが折角勧めているから、いただくよ」
エルディオは、軽く……少しだけ気障に……持ち上げて、ゼクスに乾杯の仕
草をする。
二人の共通項とは、何のことはない。「人が嫌がることを楽しむ」というこ
とだ。
「ねぇねぇ、ゼクスさん。例の短剣のこと。こっそり、俺にだけ教えてくれな
い?」
「一回預けたんだ。君のことだ、調べたんだろう?」
それに対する返答は無い。なれば、答えは一つに限定される。
エルディオは続ける。
「さらに報酬上乗せするからさ」
「クイズにズルはいけないなぁ。どうせ、君には役に立たないものだよ」
笑って、ゼクスはエルディオをかわす。
「クイズなら」
仕掛けた罠に兎がかかった瞬間を見たかのように、エルディオは笑った。
「俺が回答する権利と、ゼクスさんが、その回答が正解かを答える義務がある
んだよね?」
ゼクスは、急激に醒めた顔つきになった。
「……君らは似ているなぁ。
僕に関わっても、ろくなことは無いって分かってるのに。なんでそう、から
むかな?」
「ゼクスさんって、自分に触れられそうになると、すぐにはぐらかそうとする
よね」
エルディオは、クスクスと笑った。子供の「しょうがなさ」を笑うように。
ゼクスの顔から笑みが消えた。いや、表情というものが消えた。
「知らないけどね。俺は。そういう、生体の仕組みとか知らないけど。
……ゼクスさんさ、何歳? まぁ、何歳とでも見えるけどね。でも、雰囲気
は、誤魔化せないよ。……失礼かもしれないけど、ゼクスさんさ、若さが、全
く感じられないんだよ。芝居がかりすぎているよ。
あと、長い月日で何度も打ちのめされて認めざるをえない、諦めている雰囲
気。これって、隠しようがないものだっていうの、知ってた?」
ワイングラスを大きく仰いだ。持ち方は上品だが、飲み方は乱雑だ。品質に
あわせているというのだろうか。
「ゼクスさんさぁ、何歳?」
獲物を、射止めるように。エルディオはゼクスに聞いた。
しかし、ゼクスは、口の端を釣り上げた。
「さぁね。年齢なんか意味が無いから数えないことにしてるんだ。
僕が不死身だとでも思ってるの? 興味があるなら、小賢しい弟よりも、エ
ルフ族だとかの長寿な種族でも追いかけたら?」
「……まぁ、いいや。
とにかく、ゼクスさん。あんたが何歳だろうが、ともかく、傷を負いにくい
身体であることは、確かだ。痛みも無いみたいだしね」
ワイングラスを、置く。
「ねぇ。正解したら、ゼクスさんが読んだあいつの記憶、教えてよ」
あはは、と声を出してゼクスは笑った。
「そっくりだ。本当に、そっくりだよ。
どこから聞いたの? ……あぁ、そうか、あの時あそこにいたヤツの……う
るさかったやつ? ……いや、寝たふりをしていた方かもね。まぁ、そのどっ
ちからか、買ったのか。抜け目ないなぁ。本当に」
「で。教えてくれるのか、答えてないんだけど」
ゼクスは、しばらく宙を見つめ、そして、エルディオに微笑を向けながら答
えた。
「まぁ、言ってごらん。僕が気に入った答えなら教えてあげるよ」
「難しいなぁ」
エルディオは苦笑した。ゼクスはそれに取り合わず、グラスと向き合って一
人でいるかのように振舞った。嫌ならば、帰れ、と言わんばかりに。
ふぅ、と息を吐き、エルディオは口を開いた。
「悪いけど、それ、預かった時、中、見させてもらったんだよね」
ゼクスは見向きもせず答える。
「知ってた。そうすると思ってた」
エルディオはそのそっけなさを気にせず続ける。
「刀身に、びっしり文字が刻まれてた。なんて書いてあるかはわからないけ
ど、古代文字の種類らしいって言われたよ。永続的な効果を持つらしいね。
時間が無くて、そこまでしか専門家に見てもらえなかったよ。
試しに、指の先を切ってみたんだよ」
「勇気があるね。で、どうだった?」
その口調は、やる気が無い。投げやりだ。エルディオの方を見向きもしな
い。
「勿論、俺のじゃないよ。雇ったんだよ。なんともなかった。血が出たけど、
すぐふさがった。今日もそいつはぴんぴんしてたよ」
「だろうね」
「死ぬことがない人の欲しいものって、何だと思います?」
突然のエルディオの質問。ゼクスは答えない。
「……死ねる手段だと、俺は思うんですよ。
自分を殺せる手段というのを手元に置いて殺される可能性を低くしたいのか
もしれないし、ただ単純に死にたいのかもしれないし、あるいは、自分も死ね
ることを安心材料にしたいのかもしれない。
いずれにしても、それが必要になる」
「無駄話はいいよ」
退屈そうに、ゼクスは両手の中でグラスを弄ぶ。
「これが回答だよ。ゼクスさん。
その短刀は、触れた面の魔力をしばらく断絶させる。普通の人にはまったく
不必要なものだけど、それが必要なのは、限られてくる。アナタにだけしか、
必要でないものだよ」
ゼクスは動かない。グラスを握り締め、ピクリとも動かなかった。エルディ
オは笑みを浮かべながらゼクスを見つめている。
と、彼にとっては珍しく……本当に珍しいことに、噴出すように、ゼクスは
笑った。
「君は見かけによらず、想像力が豊かだ。エルディオ」
エルディオは一瞬、何を言われたかを理解できなかった。しかし、すぐに少
しだけ、悔しそうに……というよりも機嫌が悪そうに、歪んだ。
「甘いアメ[ご褒美]はあげられないな。坊や」
エルディオはグラスの中に残っていたものを一気に煽る。
そして、疑わしそうに、
「……本当に、ハズレなの?」
「おかしなことを言うね。君が答えなければいけなかったのは、真実じゃな
い。僕が気に入る答えだ」
苛立ったように、エルディオは立ち上がり、カウンターに適当な金額を置
く。
「お釣りはいらない」
と言って、席から離れようとするエルディオに、ゼクスは楽しそうに声をか
けた。
「アメはあげられないけど、正解、おしえようか? 嘘でいいなら」
ゼクスの声は弾んでいる。ゲームの勝者の余裕が溢れている。
「……嘘なんじゃん」
こちらは、敗者の余裕の無さが滲み出ている。
「じゃぁ、訂正。嘘『かも』しれない」
無視するのは容易かった。だが、それはさらに無様だと、エルディオは思っ
た。かといって、素直に聞くのも癪なので、こんな返答をする。
「……勝手にすれば」
くすくす笑いながら、ゼクスは妙な質問をした。
「君は、米を炊いたものを味付けして、具材と一緒に強火で炒める料理、食べ
たことがあるかい?」
「は?」
エルディオはあっけに取られた顔をした。きっと、リタが一度も見たこと無
い顔だったに違いない。
「美味しいんだよ。チャーハンっていってね」
もう、エルディオは完全に何を言われているかが分からない。
「で、コレはねソフィニアにある、シケた遺跡にあったんだよ。
美味しいチャーハンを極められる、呪いのナイフ。
エルディオ、君は幸運だ。指じゃなくて具材を切っていたら、君は取り憑か
れていたよ」
からかわれている、とエルディオはその時、気づいた。途端、頬が朱に染ま
る。その顔を自覚し、エルディオは背を向ける。
「バカじゃないの!?」
「ま、嘘だけどね。……っていうのも嘘かもしれないから、世の中ややこしい
よね」
実に楽しそうなゼクスの顔を見ることなく、エルディオは店を出た。
あんな馬鹿な話、嘘にしても程がある。
夜空に、また、犬の遠吠えが響いた。
PR
PC@イカレ帽子屋
NPC@ 知人男性・仲間(三月兎・壊れたら元に戻らない者)
場所@ とある部屋の一室 → コモンウェルズ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーー
その手紙の最初の一行は、まったくもって不吉極まりないハジマリであった。
『吸血鬼が吸血鬼を呼び寄せた』
目を走らせると、幾つかの国家の紋章と代表者のサイン。
最後に当てつけるように一言。
「<速やかに調査・原因究明されたり>……こちらの事情などお構いなしです
か」
「事が動いたのは三十年振りだからな、この機会…逃すわけにはいかないだろ
う」
とある国家でも、高官の位置にある知人は指を組んで沈黙した。
『イカレ帽子屋』はシルクハットを目深く被っており、その表情はうかがい知
れない。
彼にだって、人間的な知人の幾人かはいる。両手で数えるぐらいしかいないの
であるが。
彼に手紙を持ってきたのは、そんな彼の友人の中でも良識的な部類に入る男性
あった。
「正直、お前の今の相棒…アダム君といったか?彼に依頼したかったのだが」
「諸事情で今別件を抱えていましてね、それに少々彼には向かない依頼です
ね」
最高級の紙で出来たソレを適当にあしらい、机の上に放り投げる。
一瞬、高官の警護官数名が頬を凍らせて引き攣ったが、すぐに見かけだけは冷
静を保つ。
「向く者など限られているよ、こればかりは」
「ではなおさらですよ、アダム・ザインは人間です。
そして、相手は謎の吸血鬼や鳳凰信仰を隠れ蓑にした化け物、人ではありませ
ん。
人には身分相応というものがある」
今年で47歳となる知人は、少しだけ笑った。
喪服色の友が、いつになく相手を考えて発言しているのだから。
「だが、調べただけでも事は二十数件…おそらく掘り下げていけばもっと増え
るだろう。
これ以上犠牲者を出すわけにもいかん。内部で何をやっているかさえ見当つか
んのでは」
「見当は、ついているのでしょう?」
この文面のハジマリを見るに、おそらく皆薄々は感づいているはずだ。
例え何が起こっているかはわからずとも、被害者は二度と戻ってこないという
事だけは。
だから、こんなにも仰々しい威嚇文章で警告している。
この依頼を断りでもしたら、お前やお前の仲間がどうなるんだろうな と。
「うちは情報屋や仲介、錬金といったサポートの集団ですよ?
…どうしてこうも、肉体系の依頼ばかり来るんでしょうねぇ………」
珍しく嘆かわしいとばかりに、彼は首を振った。
「まあ、今回はな。
お前に少しでも情というものがあるなら、この友の願いを聞き届けてくれるだ
ろう?」
「それは金貨の量で判断しましょうか、友情に見合う価値を用意して頂ける
と?」
友は、少しだけ破顔した。
「魅力的な物言いだな」
「大体の友情は金貨で成り立つと、もっぱらの人の噂ですから」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーー
剣色にも似た鋭い銀髪の青年は、満面の笑みで<ソレ>を掲げた。
「どう?これは結構自信あるよー」
滑らかな皮の表紙。
名刺二つ分程度の黒い皮、二つ折りを開くと金色の文章が光る。
なにか難解な文字文を見せびらかすように、彼は『イカレ帽子屋』に振り返
る。
「偽造パスにしては、見栄えも良いですね」
「でしょ?こう見えても、僕錬金術師だし。国の発行してる通行書ぐらい偽造
は完璧だよ」
肩に青い鳥を乗せたエルフの青年が浮かれ口調で自慢している。
それを胡散臭い笑顔で適度に流しつつ、鞄に旅に必要なものを詰め込んでい
く。
同じく胡散臭く見つめるのは、窓枠に寄りかかった美少女。なぜかウサ耳。
「通行書が完璧でも、持ってる奴が超胡散臭い」
「まあ、それは僕の力をもってしても不可能だからねぇ。
神様に作られた人間を作りかえるってのは錬金術の禁忌だし、ねえハッタ
ー?」
「それは遠回しに私が社会不適合者と言いたいのですか?」
銀髪の青年は、笑顔で手をひらひらと振った。
見た目は十台半ばだが、エルフという事と錬金術の腕前からして結構な年齢か
もしれない。
「いや、社会不敵合者みたいな?」
三日月に裂けた微笑を浮かべて、彼はエルフの青年から偽造通行書を受け取っ
た。
飴色にまで使い込まれた美しい鞄を閉め、ソファーにかけていた杖を手に取
る。
その杖を見て、美少女は嫌そぉな顔をした。
その杖には、細剣が仕込まれていている。見た目も中身も一級品だ。
『イカレ帽子屋』は、少女の顔に気がついて面白そうに微笑む。この仕込み
杖、それを製作したのは若干12歳にして天才の名を欲しいままにしていた当
時の少女だ。
「似合いますか?」
「超最悪」
かつてコンビを組んでいた二人とは思えない険悪さ。
室内の気温が下がるような雰囲気だが、二人もそしてエルフの青年ですら気に
してない。
第三者がこの空間にいれば、窒息死しそうだ。
「断崖の世界、コモンウェルズねぇ……僕も言ったこと無いけど、すっごい閉
鎖的なんだって?」
「大体、そういう依頼が一番厄介なのよ。
国が絡むとろくなことないのに…まあ、アタシは顔を見るだけで嫌な奴がしば
らく消えるからいいけど」
二人の会話を背にして、扉に歩み寄る。
帽子掛けにかけてあるのは、いつものシルクハット。
目深く被る前に、彼はそのあざとい青い瞳を動かして、仲間に留守を頼んだ。
「では、留守中は気をつけて」
「うん、『イカレ帽子屋』も気をつけて」
「相手が気をつけたほうがいいと思うけど」
それぞれの挨拶は、扉の閉まる音と三日月色の微笑みで終了した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーー
鳳凰信仰国、コモンウェルズ。
『イカレ帽子屋』は神を認めてはいるが信じてはいない。
この起伏の激しい大地、変わりやすい山の天候、厳しい生活を余儀なくされる
山の中。
宗教を軸としなければ、人は乗り越えていけなかっただろう。
神に縋ることに、どこか空しいと知っていても。
人は支えを求めるものだ。神という大きすぎる支えならば、何百もの人を支え
られるのだろう。
現実世界が支えられることは、ないと知っていても。
「ここが、かの有名なコモンウェルズですか」
強く吹き付ける風は、山間を駆け下りていく。
茶色の町並みは、岸壁をくり貫いて作られた山地独特の景観だ。
民族衣装の強い服装の人々、幹が太く背が低い針葉の街路樹、そして風の音と
天に近い空の青。
コモンウェルズ。
それは閉じられた断崖の国、空に近い箱庭の世界。
「初めまして、切り立つ岸壁の国よ。そして悔いるがいい、贄の祭壇よ」
NPC@ 知人男性・仲間(三月兎・壊れたら元に戻らない者)
場所@ とある部屋の一室 → コモンウェルズ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーー
その手紙の最初の一行は、まったくもって不吉極まりないハジマリであった。
『吸血鬼が吸血鬼を呼び寄せた』
目を走らせると、幾つかの国家の紋章と代表者のサイン。
最後に当てつけるように一言。
「<速やかに調査・原因究明されたり>……こちらの事情などお構いなしです
か」
「事が動いたのは三十年振りだからな、この機会…逃すわけにはいかないだろ
う」
とある国家でも、高官の位置にある知人は指を組んで沈黙した。
『イカレ帽子屋』はシルクハットを目深く被っており、その表情はうかがい知
れない。
彼にだって、人間的な知人の幾人かはいる。両手で数えるぐらいしかいないの
であるが。
彼に手紙を持ってきたのは、そんな彼の友人の中でも良識的な部類に入る男性
あった。
「正直、お前の今の相棒…アダム君といったか?彼に依頼したかったのだが」
「諸事情で今別件を抱えていましてね、それに少々彼には向かない依頼です
ね」
最高級の紙で出来たソレを適当にあしらい、机の上に放り投げる。
一瞬、高官の警護官数名が頬を凍らせて引き攣ったが、すぐに見かけだけは冷
静を保つ。
「向く者など限られているよ、こればかりは」
「ではなおさらですよ、アダム・ザインは人間です。
そして、相手は謎の吸血鬼や鳳凰信仰を隠れ蓑にした化け物、人ではありませ
ん。
人には身分相応というものがある」
今年で47歳となる知人は、少しだけ笑った。
喪服色の友が、いつになく相手を考えて発言しているのだから。
「だが、調べただけでも事は二十数件…おそらく掘り下げていけばもっと増え
るだろう。
これ以上犠牲者を出すわけにもいかん。内部で何をやっているかさえ見当つか
んのでは」
「見当は、ついているのでしょう?」
この文面のハジマリを見るに、おそらく皆薄々は感づいているはずだ。
例え何が起こっているかはわからずとも、被害者は二度と戻ってこないという
事だけは。
だから、こんなにも仰々しい威嚇文章で警告している。
この依頼を断りでもしたら、お前やお前の仲間がどうなるんだろうな と。
「うちは情報屋や仲介、錬金といったサポートの集団ですよ?
…どうしてこうも、肉体系の依頼ばかり来るんでしょうねぇ………」
珍しく嘆かわしいとばかりに、彼は首を振った。
「まあ、今回はな。
お前に少しでも情というものがあるなら、この友の願いを聞き届けてくれるだ
ろう?」
「それは金貨の量で判断しましょうか、友情に見合う価値を用意して頂ける
と?」
友は、少しだけ破顔した。
「魅力的な物言いだな」
「大体の友情は金貨で成り立つと、もっぱらの人の噂ですから」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーー
剣色にも似た鋭い銀髪の青年は、満面の笑みで<ソレ>を掲げた。
「どう?これは結構自信あるよー」
滑らかな皮の表紙。
名刺二つ分程度の黒い皮、二つ折りを開くと金色の文章が光る。
なにか難解な文字文を見せびらかすように、彼は『イカレ帽子屋』に振り返
る。
「偽造パスにしては、見栄えも良いですね」
「でしょ?こう見えても、僕錬金術師だし。国の発行してる通行書ぐらい偽造
は完璧だよ」
肩に青い鳥を乗せたエルフの青年が浮かれ口調で自慢している。
それを胡散臭い笑顔で適度に流しつつ、鞄に旅に必要なものを詰め込んでい
く。
同じく胡散臭く見つめるのは、窓枠に寄りかかった美少女。なぜかウサ耳。
「通行書が完璧でも、持ってる奴が超胡散臭い」
「まあ、それは僕の力をもってしても不可能だからねぇ。
神様に作られた人間を作りかえるってのは錬金術の禁忌だし、ねえハッタ
ー?」
「それは遠回しに私が社会不適合者と言いたいのですか?」
銀髪の青年は、笑顔で手をひらひらと振った。
見た目は十台半ばだが、エルフという事と錬金術の腕前からして結構な年齢か
もしれない。
「いや、社会不敵合者みたいな?」
三日月に裂けた微笑を浮かべて、彼はエルフの青年から偽造通行書を受け取っ
た。
飴色にまで使い込まれた美しい鞄を閉め、ソファーにかけていた杖を手に取
る。
その杖を見て、美少女は嫌そぉな顔をした。
その杖には、細剣が仕込まれていている。見た目も中身も一級品だ。
『イカレ帽子屋』は、少女の顔に気がついて面白そうに微笑む。この仕込み
杖、それを製作したのは若干12歳にして天才の名を欲しいままにしていた当
時の少女だ。
「似合いますか?」
「超最悪」
かつてコンビを組んでいた二人とは思えない険悪さ。
室内の気温が下がるような雰囲気だが、二人もそしてエルフの青年ですら気に
してない。
第三者がこの空間にいれば、窒息死しそうだ。
「断崖の世界、コモンウェルズねぇ……僕も言ったこと無いけど、すっごい閉
鎖的なんだって?」
「大体、そういう依頼が一番厄介なのよ。
国が絡むとろくなことないのに…まあ、アタシは顔を見るだけで嫌な奴がしば
らく消えるからいいけど」
二人の会話を背にして、扉に歩み寄る。
帽子掛けにかけてあるのは、いつものシルクハット。
目深く被る前に、彼はそのあざとい青い瞳を動かして、仲間に留守を頼んだ。
「では、留守中は気をつけて」
「うん、『イカレ帽子屋』も気をつけて」
「相手が気をつけたほうがいいと思うけど」
それぞれの挨拶は、扉の閉まる音と三日月色の微笑みで終了した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーー
鳳凰信仰国、コモンウェルズ。
『イカレ帽子屋』は神を認めてはいるが信じてはいない。
この起伏の激しい大地、変わりやすい山の天候、厳しい生活を余儀なくされる
山の中。
宗教を軸としなければ、人は乗り越えていけなかっただろう。
神に縋ることに、どこか空しいと知っていても。
人は支えを求めるものだ。神という大きすぎる支えならば、何百もの人を支え
られるのだろう。
現実世界が支えられることは、ないと知っていても。
「ここが、かの有名なコモンウェルズですか」
強く吹き付ける風は、山間を駆け下りていく。
茶色の町並みは、岸壁をくり貫いて作られた山地独特の景観だ。
民族衣装の強い服装の人々、幹が太く背が低い針葉の街路樹、そして風の音と
天に近い空の青。
コモンウェルズ。
それは閉じられた断崖の国、空に近い箱庭の世界。
「初めまして、切り立つ岸壁の国よ。そして悔いるがいい、贄の祭壇よ」
PC :ウピエル
NPC:リーゼロッテ、女王マルガリータ
場所 :断崖の国コモンウェルズ
--------------------------------------------------------------------------------
「ここが断崖の国の入り口か」
大陸横断鉄道を途中下車して、やや北東へ。スズナ山脈の一角にひっそりとある洞窟の、衛兵が待機している検問所を抜ければそこはもう断崖の国コモンウェルズだ。
この厳しい自然環境の中に敢えて国を作り住んでいるのは、一言で言うと信じる心が為せる技で、コモンウェルズは100%全国民が鳳凰を信仰している特殊な宗教国家だ。その形態は非常に閉鎖的で、外から中の様子を伺い知る事はできない。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
そう呟きながらウピエルはここに来る前に屋敷のメイドに言って調べさせた情報が書いてある紙にもう一度ざっと目を通した。やや小さめの紙に纏められた項目は三つ、閉鎖的であること、鳳凰信仰であること。そして、何十年かに一度鳳凰信仰とまったく関係のない外部の者が中に入り、そのまま行方不明になっていること。最後の点をもう一度確認すると、手紙をポケットに仕舞い、洞窟に向けて歩き出した。
――鬼が出るか蛇が出るか。間違いなく言えるのは、待ち受けているのが仏などではないという事だけである――
◆☆★◇†☆◆◇★
女王からの手紙を見せるとあっさりと入り口を抜ける事ができた。どうやら話はしっかりと通っていたらしい。王族がいる神殿までの案内も提案されたが丁重にお断り申し上げ、洞窟を抜ける。
視界に入って来たのは、絶壁をくり貫いて作ったと思われる茶色い家々とところどころに生えている針葉樹。正直ウピエルは全員が全員顔見知りのような地方の村のような場所を想像していたのだが、断崖の"国"と言うだけにそれなりの規模はあるらしい。予想外の事態だったが、今更戻って案内を頼むのもしゃくなので適当に大きめの道で上の方に向いている道を探して適当に歩くことにした。
しばらく行くとやや開けた広場に辿り着いた。ざっと見渡しただけでも指針にしていた大きめな道が三本もあり、ウピエルはどうしたものかと考えを巡らせた。なんとなく辺りを見渡していると、一人の少女が目に止まる。
先ほどから目にするここの住民は大体同じような民族衣装を着ているのだが、この少女だけは少し派手というか装飾が付いてやや豪華な服装になっている。恐らくは宗教関係の役職にいる娘なのだろう。
仕事なのか単に面倒見がいいだけなのか、広場の隅で泣いている男の子の世話をしていた少女は人が近づく気配を感じて顔を上げた。
「こんにちわ、お嬢さん」
「あ、はい。こんにちわ……?」
半ば条件反射的に挨拶は返したものの、見上げた先のこの国では滅多に見ない服装をした男に戸惑いを隠せない少女に、ウピエルはさらに言葉を重ねる。
「実は俺様、ここの女王様にちょいと頼まれ事があってな。
神殿てヤツを探してるんだけど良かったら道教えてくれないか?」
言いながら女王から受け取った国の紋章入りの手紙を振って見せた所為か少女はあっさりと警戒心を解き、さっと泣いていた少年の腕を包帯で巻いて立ち上がる。包帯に染み込ませてるらしい、薬湯と思しき甘い匂いがウピエルの鼻腔をくすぐった。
「私もちょうどこれから神殿に戻りますから、よろしければご一緒しますか?」
礼を言って駆けて行く男の子を見送ってから少女がそう提案した。ウピエルがそれを断るはずもなく、二人は軽く自己紹介した後山頂近くの神殿を目指して歩き始めたのだった。
リーゼロッテと名乗った少女はやはり神殿に仕える存在である巫女で、祭事の時などにいろいろな雑事をしたり病人やけが人の世話をするのが主な仕事らしい。
先ほど広場で少年を診ていたのもその一環で、ああいう時の為に救急セットは肌身離さず持っているんですよ、とリーゼロッテは小さなポーチを取り出して見せた。
ウピエルが受け取って蓋を開けてみると、綺麗に並べられた包帯やガーゼ、消毒薬が入った瓶など普通の救急パックと同じようなモノが並んでいる。この国独特の治療法でもあるのか、薄い緑色をした液体を入れた小瓶とガーゼに包まれた細長い何かが入っているのが目を引いた。
そんな風にお互いの事やこの国の話をしていると、気付けばもう神殿は目の前という所に辿り着く。
岩壁の斜面から綿密な計算をもって削りだされた神殿はその冠に炎を頂き、荘厳で重厚な気配を惜しむことなく醸し出している。それは名を残す事はなかった人間の、確かな才能と実力の上に建つ一つの芸術の姿だった。
「へぇ、コイツが神殿か……案内ありがとな、助かったよ」
雰囲気との相乗効果でただ燃えているだけの炎さえ神々しく見え、ウピエルは軽く顔をしかめた。自然の神に感謝をしつつ生きていた人間時代の事がフラッシュバックしかけるのを頭を振って強引に押さえ込み、ここまで案内してくれたリーゼロッテに礼を述べた。
しかし当のリーゼロッテは何かを思い悩むような表情をしており、全然耳に入った様子がない。
「リズちゃん?」
「え、あ、ごめんなさい。考えごとしてました」
「ん、案内サンキュな。お陰で迷わずに済んだわ」
「いいえ、私もここに戻ってくる所でしたから。
それよりもウピエルさん、実はちょっとお願いが――」
「リーゼロッテ様、お帰りなさいませ。
やや、そちらの方は……もしかして、ウピエル様ですか?」
意を決して口を開いたリーゼロッテの言葉はしかし大きな声によって遮られてしまった。意図的ではないにしろリーゼロッテの邪魔をしたのは白を基調とした貫頭衣に身を包みハルバードと小型のラウンドシールドで武装した男。恐らくは神殿を守る衛兵なのだろう。
親しげを通り越して馴れ馴れしい笑みを浮かべてリーゼロッテに歩み寄り、本人的にさりげなくリーゼロッテの手を取ろうもさらっとかわされて失敗。表情を軽くひきつらせながらも何事もなかったかのようにウピエルの方に向きなおった。
「ウピエル様、ご本人であれば女王様からのお手紙を見せていただきたいのですが」
言葉面こそ丁寧だが、その行動の端々には相手を見下すような節が見られる。ウピエルは『貴族のボンボンか何かか』と判断を下し、下手に逆らわないで適当に相手する事に決めた。こういう手合いを怒らせるのはそこそこ楽しめ、しかも非常にお手軽なのだが後々面倒な事になる可能性も高い。後で万が一コイツの助力が必要ということにでもなったら目も当てられないのだ。
ウピエルが渡した手紙を無駄に時間だけかけて確かめて(偽造されてないか確かめたかったのだろう)、衛兵は神殿の奥を指差してみせた。
「まっすぐ行くと謁見の間がありますのでどうぞお進み下さい。
……さて、リーゼロッテ様。お部屋にお連れしましょう」
言い終わると同時は後は知らんとばかりにリーゼロッテの方にまた向き直った。正直、ここまで下心丸出しな人間もそうはいないのではないだろうか。これも日常茶飯事なのか、リーゼロッテも何か言うという事はしていないもの表情は明らかに嫌そうだし体に至っては半歩引いている。
仕方ないので、ウピエルは助け舟を出すことにした。
「おいおい、ここの国では手紙で一通で呼びつけた挙句ろくな応対もしないのかよ?」
流石に、それは衛兵としてはあまりにもマズいと自覚できる程度に職業意識はあったらしい。しぶしぶとリーゼロッテから離れ、ウピエルを先導するように歩き始めた。
「それじゃあ、またな。リズちゃん」
特に愛称にイントネーションを置いて発音すると、前を行く衛兵の肩が面白いくらいに痙攣した。さらにリーゼロッテの「はい、また後で」と言う返事が追い討ちを掛ける。
普通に考えればなんてことはないやり取りなのだが妙に意識している者にとってはそういう風に聞こえる、そんなやりとり。意図した以上の結果を受けて、ウピエルは満面の笑みを浮かべた。――まったく。これだから、人をからかうのはやめられない。
「ここが謁見の間です。それでは、私はこれで」
挨拶もそこそこに衛兵はいそいそと自分の持ち場へと引き返していった。よもやリーゼロッテがまだいるとでも思っているのだろうか。
ウピエルは彼のもはや執念じみた行動にいっそ感動すら覚えかけ、それをリーゼロッテの不幸を憐れむ気持ちに切り替えた。あんなのに付きまとわれたらノイローゼになったっておかしくないだろうに。
ちょうど鳴り響いた正午を知らせる鐘の音をきっかけにウピエルは謁見の間に注意を戻した。体を火で覆われた鳥、つまりは鳳凰が舞う姿が美しく刻み込まれた両開きの扉があり、その扉の両脇にはやはり同じ制服の衛兵が二人、待機している。
「ここの女王様から呼び出されたウピエルっつうもんなんだが、通してもらえるか?」
言いながら片方に手紙を渡す。渡された衛兵はざっとその手紙を確認すると、相方に頷いてみせた。
「どうぞお通り下さい、女王様がお待ちです」
なにか操作をしたのか、二人が声を揃えて言うと同時にゴゴゴゴと音を立てて扉が開く。ウピエルが中に入るとまた音を立てて扉は閉まった。
この神殿の謁見の間はその言葉面から想像されるような、よく城に見られるそれとは全然違うものだった。どちらかといえば横長な部屋を簾が二つに仕切っている。しばらくすると、簾の向こうに人が入ってくるのがわかった。
「ようこそ我がコモンウェルズへいらっしゃいました。ウピエル殿」
やってきた女王は大変美しい鈴を転がしたかのような声をしていた。道中にリーゼロッテに聞いた話だと彼女が物心ついてから10年余、女王マルガリータは衰える事ない美貌を保っているらしい。それが鳳凰の加護を受けるこの国の女王の証なんだそうだ。
どうやらこの国の女王は近来稀に見る絶世の美女、それも男を落しに掛かれば落ちない者はいないというほどの魔性の女のようだ。
「事件の解決がご希望だそうで?」
相手への尊敬の念など欠片も入っていない丁寧語。人、それを慇懃無礼という。
しかし女王はウピエルのそんな不遜な物言いに特に腹を立てる様子もなく、話を進める。
「その通りです。今我が国で起きている事件を調査し、解決してください。
その結果が私の望む通りであれば報酬は貴方の望むとおりに差し上げましょう」
「おいおい、そんだけかよ。ちょいとアバウト過ぎねぇか、それ」
あまりといえばあまりに無茶な物言いにウピエルの眉が跳ね上がる。事件がどういうモノかも言わず、自分が望む解決法さえ言わないのであればどう考えたところで動きようがない。喩え事件を無事解決できたとしてもそれを望む通りではないとし、報酬を支払わないという事だって出来てしまうのだ。
「一週間はこちらで宿を手配します。その間に事件を解決してください」
女王はウピエルが何を言おうが淡々と自分の話を進めて行く。それは王族特有の強引さに加え、相手を自分の策に絡めとった自信を持つ策士の余裕を合わせたような行動だ。
「テストも兼ねてるってか。呼びつけておいて偉そうな話だな?」
拒否する要素などはない。それはとうにわかっていたが、敢えてウピエルは否定的な言葉を口にした。無駄なのは百も承知でも、無抵抗でいるのはウピエルの矜持が赦さない。
「もちろん、貴方には依頼を受けないという選択肢もあります。
ただ、我が国では信徒以外の入国は例外を除いて一時たりとも赦していませんが」
案の定、女王は断れば只では済まないというカードを切ってきた。閉鎖的な国に君臨する女王とその国を訪れる部外者では手札に差がありすぎる。もとよりこの場での交渉においてウピエルに勝ち目はないのだ。
「やれやれ……ま、いいだろ。ついでも出来たしな」
これ以上ゴネてもらちが明かないのでウピエルはさっさと話を進める事にした。脳裏に悩んだ末に口を開くリーゼロッテの姿がよぎった。どちらにしろ、すでに引く道はないのだ。
どうやらと言うかやはりと言うか、待ち受けていたのは鬼。これからの面倒くささを思ってウピエルは盛大に溜息をついた。
「貴方が賢明で助かります。それでは、何か分かったら私の所へ報告に来てください」
話は終わりといわんばかりに音を立てて後ろの扉が開く。「へいへい、わかりましたよ」と投げやりな返事を残してウピエルは謁見の間を後にした。
アテなんてもの当然なかったから、ウピエルはとりあえず顔見知りになったリーゼロッテにでも話を聞きに行く事にしたのだった。
◆☆★◇†☆◆◇★
結論から言うと、リーゼロッテを捕まえる事はできなかった。巫女というのはあれやこれやと忙しい仕事らしく、あの後また下の街の方へ降りていってしまったらしい。探しに行く事も考えたが、まったく土地勘の無い街で行動パターンを把握できていない人を一人探せるような広範囲を探索する術をウピエルは持っていない。彼にあるのは基本たる足だけなのだ。
仕方が無いので神殿まで案内される途中で教えてもらった外部の人間の区画の方へ足を伸ばして見る事にした。基本的にこの国は信徒だけで成り立っているが、この断崖という厳しい環境においてそれだけでは人が生活して行くにはあまりにも沢山の物が不足している。だから例外として商人隊が滞在したりする為の宿屋と酒場が用意してあるのだ。
ウピエルはとりあえず宿屋に行き、部屋に入って一服する事にした。無目的に動いた所で得るものなんて限られている。そういう幸運に期待するのも悪くはないが、その前にもっと分があるものを探してそちらから当たった方が効果的だ。酒場で安ワインを一本買い、部屋に持ち込んでちびちびと飲りながら考えを纏める。――とはいっても、纏めれるほどの情報すらないのだが。
結局のところ、圧倒的に情報が不足している。思索に行き詰ってなんとなく窓の外に目をやると、派手なカジノの看板が目に付いた。大方外部の人間から金を巻き上げる為に作ったのだろうが、入って行く人をみるとこの国の国民の姿も結構見える。恐らくはこの厳しい環境にある国の数少ない娯楽の一つなのだろう。
しばらく窓からその様子を眺めていたウピエルは不意に邪悪な笑みを浮かべた。
――久しぶりに、ポーカーで一儲けするのも悪くはねぇな――
コップのワインを飲み干すと軽い足取りで外にでてカジノに向かう。その先に特大級の幸運と不運が同時に待ち受けている事を彼はまだ知らない。
NPC:リーゼロッテ、女王マルガリータ
場所 :断崖の国コモンウェルズ
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「ここが断崖の国の入り口か」
大陸横断鉄道を途中下車して、やや北東へ。スズナ山脈の一角にひっそりとある洞窟の、衛兵が待機している検問所を抜ければそこはもう断崖の国コモンウェルズだ。
この厳しい自然環境の中に敢えて国を作り住んでいるのは、一言で言うと信じる心が為せる技で、コモンウェルズは100%全国民が鳳凰を信仰している特殊な宗教国家だ。その形態は非常に閉鎖的で、外から中の様子を伺い知る事はできない。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
そう呟きながらウピエルはここに来る前に屋敷のメイドに言って調べさせた情報が書いてある紙にもう一度ざっと目を通した。やや小さめの紙に纏められた項目は三つ、閉鎖的であること、鳳凰信仰であること。そして、何十年かに一度鳳凰信仰とまったく関係のない外部の者が中に入り、そのまま行方不明になっていること。最後の点をもう一度確認すると、手紙をポケットに仕舞い、洞窟に向けて歩き出した。
――鬼が出るか蛇が出るか。間違いなく言えるのは、待ち受けているのが仏などではないという事だけである――
◆☆★◇†☆◆◇★
女王からの手紙を見せるとあっさりと入り口を抜ける事ができた。どうやら話はしっかりと通っていたらしい。王族がいる神殿までの案内も提案されたが丁重にお断り申し上げ、洞窟を抜ける。
視界に入って来たのは、絶壁をくり貫いて作ったと思われる茶色い家々とところどころに生えている針葉樹。正直ウピエルは全員が全員顔見知りのような地方の村のような場所を想像していたのだが、断崖の"国"と言うだけにそれなりの規模はあるらしい。予想外の事態だったが、今更戻って案内を頼むのもしゃくなので適当に大きめの道で上の方に向いている道を探して適当に歩くことにした。
しばらく行くとやや開けた広場に辿り着いた。ざっと見渡しただけでも指針にしていた大きめな道が三本もあり、ウピエルはどうしたものかと考えを巡らせた。なんとなく辺りを見渡していると、一人の少女が目に止まる。
先ほどから目にするここの住民は大体同じような民族衣装を着ているのだが、この少女だけは少し派手というか装飾が付いてやや豪華な服装になっている。恐らくは宗教関係の役職にいる娘なのだろう。
仕事なのか単に面倒見がいいだけなのか、広場の隅で泣いている男の子の世話をしていた少女は人が近づく気配を感じて顔を上げた。
「こんにちわ、お嬢さん」
「あ、はい。こんにちわ……?」
半ば条件反射的に挨拶は返したものの、見上げた先のこの国では滅多に見ない服装をした男に戸惑いを隠せない少女に、ウピエルはさらに言葉を重ねる。
「実は俺様、ここの女王様にちょいと頼まれ事があってな。
神殿てヤツを探してるんだけど良かったら道教えてくれないか?」
言いながら女王から受け取った国の紋章入りの手紙を振って見せた所為か少女はあっさりと警戒心を解き、さっと泣いていた少年の腕を包帯で巻いて立ち上がる。包帯に染み込ませてるらしい、薬湯と思しき甘い匂いがウピエルの鼻腔をくすぐった。
「私もちょうどこれから神殿に戻りますから、よろしければご一緒しますか?」
礼を言って駆けて行く男の子を見送ってから少女がそう提案した。ウピエルがそれを断るはずもなく、二人は軽く自己紹介した後山頂近くの神殿を目指して歩き始めたのだった。
リーゼロッテと名乗った少女はやはり神殿に仕える存在である巫女で、祭事の時などにいろいろな雑事をしたり病人やけが人の世話をするのが主な仕事らしい。
先ほど広場で少年を診ていたのもその一環で、ああいう時の為に救急セットは肌身離さず持っているんですよ、とリーゼロッテは小さなポーチを取り出して見せた。
ウピエルが受け取って蓋を開けてみると、綺麗に並べられた包帯やガーゼ、消毒薬が入った瓶など普通の救急パックと同じようなモノが並んでいる。この国独特の治療法でもあるのか、薄い緑色をした液体を入れた小瓶とガーゼに包まれた細長い何かが入っているのが目を引いた。
そんな風にお互いの事やこの国の話をしていると、気付けばもう神殿は目の前という所に辿り着く。
岩壁の斜面から綿密な計算をもって削りだされた神殿はその冠に炎を頂き、荘厳で重厚な気配を惜しむことなく醸し出している。それは名を残す事はなかった人間の、確かな才能と実力の上に建つ一つの芸術の姿だった。
「へぇ、コイツが神殿か……案内ありがとな、助かったよ」
雰囲気との相乗効果でただ燃えているだけの炎さえ神々しく見え、ウピエルは軽く顔をしかめた。自然の神に感謝をしつつ生きていた人間時代の事がフラッシュバックしかけるのを頭を振って強引に押さえ込み、ここまで案内してくれたリーゼロッテに礼を述べた。
しかし当のリーゼロッテは何かを思い悩むような表情をしており、全然耳に入った様子がない。
「リズちゃん?」
「え、あ、ごめんなさい。考えごとしてました」
「ん、案内サンキュな。お陰で迷わずに済んだわ」
「いいえ、私もここに戻ってくる所でしたから。
それよりもウピエルさん、実はちょっとお願いが――」
「リーゼロッテ様、お帰りなさいませ。
やや、そちらの方は……もしかして、ウピエル様ですか?」
意を決して口を開いたリーゼロッテの言葉はしかし大きな声によって遮られてしまった。意図的ではないにしろリーゼロッテの邪魔をしたのは白を基調とした貫頭衣に身を包みハルバードと小型のラウンドシールドで武装した男。恐らくは神殿を守る衛兵なのだろう。
親しげを通り越して馴れ馴れしい笑みを浮かべてリーゼロッテに歩み寄り、本人的にさりげなくリーゼロッテの手を取ろうもさらっとかわされて失敗。表情を軽くひきつらせながらも何事もなかったかのようにウピエルの方に向きなおった。
「ウピエル様、ご本人であれば女王様からのお手紙を見せていただきたいのですが」
言葉面こそ丁寧だが、その行動の端々には相手を見下すような節が見られる。ウピエルは『貴族のボンボンか何かか』と判断を下し、下手に逆らわないで適当に相手する事に決めた。こういう手合いを怒らせるのはそこそこ楽しめ、しかも非常にお手軽なのだが後々面倒な事になる可能性も高い。後で万が一コイツの助力が必要ということにでもなったら目も当てられないのだ。
ウピエルが渡した手紙を無駄に時間だけかけて確かめて(偽造されてないか確かめたかったのだろう)、衛兵は神殿の奥を指差してみせた。
「まっすぐ行くと謁見の間がありますのでどうぞお進み下さい。
……さて、リーゼロッテ様。お部屋にお連れしましょう」
言い終わると同時は後は知らんとばかりにリーゼロッテの方にまた向き直った。正直、ここまで下心丸出しな人間もそうはいないのではないだろうか。これも日常茶飯事なのか、リーゼロッテも何か言うという事はしていないもの表情は明らかに嫌そうだし体に至っては半歩引いている。
仕方ないので、ウピエルは助け舟を出すことにした。
「おいおい、ここの国では手紙で一通で呼びつけた挙句ろくな応対もしないのかよ?」
流石に、それは衛兵としてはあまりにもマズいと自覚できる程度に職業意識はあったらしい。しぶしぶとリーゼロッテから離れ、ウピエルを先導するように歩き始めた。
「それじゃあ、またな。リズちゃん」
特に愛称にイントネーションを置いて発音すると、前を行く衛兵の肩が面白いくらいに痙攣した。さらにリーゼロッテの「はい、また後で」と言う返事が追い討ちを掛ける。
普通に考えればなんてことはないやり取りなのだが妙に意識している者にとってはそういう風に聞こえる、そんなやりとり。意図した以上の結果を受けて、ウピエルは満面の笑みを浮かべた。――まったく。これだから、人をからかうのはやめられない。
「ここが謁見の間です。それでは、私はこれで」
挨拶もそこそこに衛兵はいそいそと自分の持ち場へと引き返していった。よもやリーゼロッテがまだいるとでも思っているのだろうか。
ウピエルは彼のもはや執念じみた行動にいっそ感動すら覚えかけ、それをリーゼロッテの不幸を憐れむ気持ちに切り替えた。あんなのに付きまとわれたらノイローゼになったっておかしくないだろうに。
ちょうど鳴り響いた正午を知らせる鐘の音をきっかけにウピエルは謁見の間に注意を戻した。体を火で覆われた鳥、つまりは鳳凰が舞う姿が美しく刻み込まれた両開きの扉があり、その扉の両脇にはやはり同じ制服の衛兵が二人、待機している。
「ここの女王様から呼び出されたウピエルっつうもんなんだが、通してもらえるか?」
言いながら片方に手紙を渡す。渡された衛兵はざっとその手紙を確認すると、相方に頷いてみせた。
「どうぞお通り下さい、女王様がお待ちです」
なにか操作をしたのか、二人が声を揃えて言うと同時にゴゴゴゴと音を立てて扉が開く。ウピエルが中に入るとまた音を立てて扉は閉まった。
この神殿の謁見の間はその言葉面から想像されるような、よく城に見られるそれとは全然違うものだった。どちらかといえば横長な部屋を簾が二つに仕切っている。しばらくすると、簾の向こうに人が入ってくるのがわかった。
「ようこそ我がコモンウェルズへいらっしゃいました。ウピエル殿」
やってきた女王は大変美しい鈴を転がしたかのような声をしていた。道中にリーゼロッテに聞いた話だと彼女が物心ついてから10年余、女王マルガリータは衰える事ない美貌を保っているらしい。それが鳳凰の加護を受けるこの国の女王の証なんだそうだ。
どうやらこの国の女王は近来稀に見る絶世の美女、それも男を落しに掛かれば落ちない者はいないというほどの魔性の女のようだ。
「事件の解決がご希望だそうで?」
相手への尊敬の念など欠片も入っていない丁寧語。人、それを慇懃無礼という。
しかし女王はウピエルのそんな不遜な物言いに特に腹を立てる様子もなく、話を進める。
「その通りです。今我が国で起きている事件を調査し、解決してください。
その結果が私の望む通りであれば報酬は貴方の望むとおりに差し上げましょう」
「おいおい、そんだけかよ。ちょいとアバウト過ぎねぇか、それ」
あまりといえばあまりに無茶な物言いにウピエルの眉が跳ね上がる。事件がどういうモノかも言わず、自分が望む解決法さえ言わないのであればどう考えたところで動きようがない。喩え事件を無事解決できたとしてもそれを望む通りではないとし、報酬を支払わないという事だって出来てしまうのだ。
「一週間はこちらで宿を手配します。その間に事件を解決してください」
女王はウピエルが何を言おうが淡々と自分の話を進めて行く。それは王族特有の強引さに加え、相手を自分の策に絡めとった自信を持つ策士の余裕を合わせたような行動だ。
「テストも兼ねてるってか。呼びつけておいて偉そうな話だな?」
拒否する要素などはない。それはとうにわかっていたが、敢えてウピエルは否定的な言葉を口にした。無駄なのは百も承知でも、無抵抗でいるのはウピエルの矜持が赦さない。
「もちろん、貴方には依頼を受けないという選択肢もあります。
ただ、我が国では信徒以外の入国は例外を除いて一時たりとも赦していませんが」
案の定、女王は断れば只では済まないというカードを切ってきた。閉鎖的な国に君臨する女王とその国を訪れる部外者では手札に差がありすぎる。もとよりこの場での交渉においてウピエルに勝ち目はないのだ。
「やれやれ……ま、いいだろ。ついでも出来たしな」
これ以上ゴネてもらちが明かないのでウピエルはさっさと話を進める事にした。脳裏に悩んだ末に口を開くリーゼロッテの姿がよぎった。どちらにしろ、すでに引く道はないのだ。
どうやらと言うかやはりと言うか、待ち受けていたのは鬼。これからの面倒くささを思ってウピエルは盛大に溜息をついた。
「貴方が賢明で助かります。それでは、何か分かったら私の所へ報告に来てください」
話は終わりといわんばかりに音を立てて後ろの扉が開く。「へいへい、わかりましたよ」と投げやりな返事を残してウピエルは謁見の間を後にした。
アテなんてもの当然なかったから、ウピエルはとりあえず顔見知りになったリーゼロッテにでも話を聞きに行く事にしたのだった。
◆☆★◇†☆◆◇★
結論から言うと、リーゼロッテを捕まえる事はできなかった。巫女というのはあれやこれやと忙しい仕事らしく、あの後また下の街の方へ降りていってしまったらしい。探しに行く事も考えたが、まったく土地勘の無い街で行動パターンを把握できていない人を一人探せるような広範囲を探索する術をウピエルは持っていない。彼にあるのは基本たる足だけなのだ。
仕方が無いので神殿まで案内される途中で教えてもらった外部の人間の区画の方へ足を伸ばして見る事にした。基本的にこの国は信徒だけで成り立っているが、この断崖という厳しい環境においてそれだけでは人が生活して行くにはあまりにも沢山の物が不足している。だから例外として商人隊が滞在したりする為の宿屋と酒場が用意してあるのだ。
ウピエルはとりあえず宿屋に行き、部屋に入って一服する事にした。無目的に動いた所で得るものなんて限られている。そういう幸運に期待するのも悪くはないが、その前にもっと分があるものを探してそちらから当たった方が効果的だ。酒場で安ワインを一本買い、部屋に持ち込んでちびちびと飲りながら考えを纏める。――とはいっても、纏めれるほどの情報すらないのだが。
結局のところ、圧倒的に情報が不足している。思索に行き詰ってなんとなく窓の外に目をやると、派手なカジノの看板が目に付いた。大方外部の人間から金を巻き上げる為に作ったのだろうが、入って行く人をみるとこの国の国民の姿も結構見える。恐らくはこの厳しい環境にある国の数少ない娯楽の一つなのだろう。
しばらく窓からその様子を眺めていたウピエルは不意に邪悪な笑みを浮かべた。
――久しぶりに、ポーカーで一儲けするのも悪くはねぇな――
コップのワインを飲み干すと軽い足取りで外にでてカジノに向かう。その先に特大級の幸運と不運が同時に待ち受けている事を彼はまだ知らない。
PC :ウピエル、イカレ帽子屋
場所 :断崖の国コモンウェルズ・カジノ→喫煙スペース→宿屋
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
断崖は、かつて神々が悪しき邪神と戦った際、最後の一振りを大地に這いずる
邪神に突き立てた。
そして邪神は息絶え、神の剣は大地の物となり切り立つ崖となった。
ここは、神々の勝利の国。断崖は、神の剣の場所。
王は代々、神の化身である鳳凰の聖なる血を受け継いだ神の代理者として得難
き美と長寿を誇る。
まさに現女王こそ、その映し身であろう。
人々はより一層彼女を信仰し、信頼し、また崇拝している。
辺境で生き抜く腕前、政治手腕から見ても、たしかに彼女は有能だ。
この過酷な土地で国民が満足している、という最も素晴らしい統治を成し遂げ
ているのだから。
そんな中、少しだけ不安が広がり始めている事件がある。
その事件とはーーーーー。
ウピエルがカジノに入ろうとする前に、幾台もの馬車が猛スピードで目の前を
走りぬけた。
「のわっ!……あっぶねぇじゃねぇか」
馬車の走り去った方向を見て、少しだけ眉をひそめる。
人だかりが出来つつあり、また悲鳴も幾つか聞こえる。足をそちらに向けてみ
る。
「ああ、早く!私の娘が…はやく、はやく…」
「どけ!邪魔だ!!早く水をもってこい、燃え尽きるぞ!!」
「むごい、むごすぎる…これで12件目だぞ……」
周囲の人だかりの会話を聞いて、ウピエルから笑みが消えた。
人並みを掻き分けて目にした光景とはーーーー。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「どうすっかな」
カジノの喫煙スペースで、ウピエルは安物の煙草をふかした。
ちらりと柱の向こうを眺めると、先ほどから入れ替わった店員達が卓上の賭け
を笑顔で配当している。
積み上げられた金貨とチップに比例して、ギャラリーは興奮して見守ってい
る。
賭博場に入ったウピエルは、目にした事件を忘れるかのようにカードゲームに
興じた。
異国人が勝ち続けている物珍しさと、ウピエルの度肝を抜く試合状況にいつし
か見物人も出来始めてきた。
それが収まらないのが、店側である。
摩り替わった店員からして、おそらく不当な仕業を繰り出してくる可能性があ
る。
かといって、この熱狂的な雰囲気でゲームを終了すれば、ギャラリーにどやさ
れるに決まっている。
店側も取られたぶんを取り戻そうと、周囲を煽っているのでなお悪い。
現在休憩中と笑みを零して席を立ったのが2分前。
そろそろ戻らないと逃げ出したのかと笑われるか、勝てない戦いをするなんて
分が悪すぎる。
だがしかし、ウピエルの性格からして尾っぽを巻いて逃げるなど断じてするわ
けにはいかなかった。
自分も妙に頑固者だな、とせせら笑い、さてどうやって店側を上手く騙せるか
ーーーと思案して席を立った。
と、立ち上がろうとして一瞬硬直した。
「……気付かなかったぜ、いつの間に?」
「“ずっと前から”」
含み笑いが零れてきそうな返事は、真後ろから流れてきた。
「……そりゃ存在感なかったな、クラスでも手を上げたのに数えてもらえない
タイプだろ。アンタ」
「残念ながら、学校出の経歴はないんですよ。
でもお察しの通り、ギルドの集会などで挙手してもよく無視されますね。これ
からは気をつけましょう」
それはどちらかというと嫌がらせの無視ではなかろうか、とウピエルは思った
が振り返りもせずに笑った。
煙草の灰を落とすフリをして、再び椅子に座りなおす。
まだ、いつの間にか背後にたった人物の顔も姿も見てないが、俗人ではないこ
とだけは確かだった。
吸血鬼である自分の感覚を欺いた何者が、くつくつと笑う声が床に落ちながら
這いずり回った。
「驚かないんですね、さすがは長く生きてらっしゃる…年の功、ですかね」
「驚いてるさ、結構小心者でね。顔に出ないから得してるだけさ」
「貴方が小心者というなら、世の人々は蟻一匹程度の心しか持てないでしょう
ね」
どっちも腹に何かを抱えている会話。
喫煙のこの場所以外は煩いほどに音が騒々しいのに、この区画だけまるで歪ん
でいるように静かに感じた。
「とりあえず、だ。お友達になりたいならまず自己紹介といこうや」
敵か味方か、あるいは別か。
とりあえずこんな公の場所で会話をしてくるということは、少なくとも今は自
分に害を成すとは考えにくい。
まあ、そんな常識が通じるのはある程度の相手だけだが。
「“幸運の女神(フォルトゥーナ)”」
「…はぁ?」
「赤に入れなさい。幸運の女神を呼び出したいなら、ね」
そう言って、背中越しの相手が離れていく気配が響く。
やがて、騒々しい熱狂が周囲を包んだ。トランプが配られるのだろう。そろそ
ろ戻らなくては。
「なぁにが“幸運の女神”だ。思いっきり男の声じゃねぇか…まさか、オカマ
とかそーいうオチか?」
毒つつきながら、自分も席を立つ。
今の会話で少なくとも3つのことが判明した。この事項をどう料理するかは自
分次第。
『ずっと前から』言葉どおりに取れば、彼が喫煙スペースに入る前からだが、
のちの会話を考えるに別の意味もありそうだ。例えば、自分のように人とはか
け離れた、呼吸し歩いてきた時間。
『長く生きてらっしゃる…』自分の素性を知っている。少なくとも、人ではな
いということを。
最後の一つは『赤に入れなさい』。
どうやら、負けるはずだったトランプ遊びに女神を引き寄せた人物がいるらし
い。
煙草を捨てて、彼は不敵に笑った。立ち上がり席に近づくと熱狂はますます度
合いを増す。
唇から、鋭い犬歯がちらりと覗いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
幸運の女神を引き寄せた、というよりむしろ捕らえ引き摺り回したというよう
なまでに冒涜的な白い手が札を配る。
微笑みは穏やかだが、きっとその口内は真っ赤に染まりきっているのだろうと
誰もが連想した。
唯一、彼を知るものや現在悲惨中の相棒が口を開けて驚くならば、彼が素顔を
現しているからだろう。
髪を後ろで束ね、服装は喪服色ではなくディーラーの色相。眼鏡で隠してるつ
もりなのか、それでもあざといセルリアンの瞳は異様に目立った。
席に戻った吸血鬼にむける彼の微笑みは、まごうことなく営業員の笑顔であっ
たが。
幸運の女神を名乗る割には、かなり無理のある邪悪な微笑みだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「んで、女神さんよぉ?何が悲しゅうて俺ら密室にいるわけ?」
「別に私は悲しくないので、お気遣い無く」
「俺は悲しいんだけどね」
カーテンを閉めながら、笑顔で応対する声は、まさしく客商売の見本にするに
は相応しいものだ。
その顔に浮き彫りになった、見る者を不安にさせる微笑みさえなければ。
「人に聞かれたり、見られると困る話題ですので」
「まあ、女神様ったら大胆」
「…先ほどのは冗談ですよ。とりあえず『イカレ帽子屋(Mad hatte)』と覚え
ていただければありがたいですね」
その名前を出しても、ウピエルはへ-ぇと生返事を返した。
だが本心で何を考えているのか分からないタイプ。どちらもだったが。
カジノ建設以来の大勝利をかましたウピエルは鼻歌交じりでその場を後にし
た。
さて、酒場でいっちょ飲み明かすか…と、本来の目的を忘れかけたところで笑
顔の青年に呼び止められた。
その青年は、酒場ではなく宿屋の一室に彼を連れ込んで現状にいたるのであ
る。
「……13件目ですね」
ふと、カーテンの隙間に目を細めていた帽子屋の瞳がさらに細くなった。
ウピエルもつられて見てみると、隙間からも分かるほどの人だかりと喧騒、そ
して悲鳴。
「吸血鬼が……吸血鬼を呼び寄せた だそうですよ」
「…なんだって?」
カーテンの隙間から照りだされた赤い炎のような斜陽は、帽子屋の顔半分を赤
く染めた。
ただ、青い瞳だけが凍りついたように赤くはならず、反逆めいている。
「コモンウェルズ、子供だけが焼死する謎の連続人体発火事件。
百年単位で数十件が頻発に起こり、そして外部調査の者達がことごとくこの国
から事件を解決せずに忽然と…消え去っていることは、ご存知ですか?」
場所 :断崖の国コモンウェルズ・カジノ→喫煙スペース→宿屋
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断崖は、かつて神々が悪しき邪神と戦った際、最後の一振りを大地に這いずる
邪神に突き立てた。
そして邪神は息絶え、神の剣は大地の物となり切り立つ崖となった。
ここは、神々の勝利の国。断崖は、神の剣の場所。
王は代々、神の化身である鳳凰の聖なる血を受け継いだ神の代理者として得難
き美と長寿を誇る。
まさに現女王こそ、その映し身であろう。
人々はより一層彼女を信仰し、信頼し、また崇拝している。
辺境で生き抜く腕前、政治手腕から見ても、たしかに彼女は有能だ。
この過酷な土地で国民が満足している、という最も素晴らしい統治を成し遂げ
ているのだから。
そんな中、少しだけ不安が広がり始めている事件がある。
その事件とはーーーーー。
ウピエルがカジノに入ろうとする前に、幾台もの馬車が猛スピードで目の前を
走りぬけた。
「のわっ!……あっぶねぇじゃねぇか」
馬車の走り去った方向を見て、少しだけ眉をひそめる。
人だかりが出来つつあり、また悲鳴も幾つか聞こえる。足をそちらに向けてみ
る。
「ああ、早く!私の娘が…はやく、はやく…」
「どけ!邪魔だ!!早く水をもってこい、燃え尽きるぞ!!」
「むごい、むごすぎる…これで12件目だぞ……」
周囲の人だかりの会話を聞いて、ウピエルから笑みが消えた。
人並みを掻き分けて目にした光景とはーーーー。
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「どうすっかな」
カジノの喫煙スペースで、ウピエルは安物の煙草をふかした。
ちらりと柱の向こうを眺めると、先ほどから入れ替わった店員達が卓上の賭け
を笑顔で配当している。
積み上げられた金貨とチップに比例して、ギャラリーは興奮して見守ってい
る。
賭博場に入ったウピエルは、目にした事件を忘れるかのようにカードゲームに
興じた。
異国人が勝ち続けている物珍しさと、ウピエルの度肝を抜く試合状況にいつし
か見物人も出来始めてきた。
それが収まらないのが、店側である。
摩り替わった店員からして、おそらく不当な仕業を繰り出してくる可能性があ
る。
かといって、この熱狂的な雰囲気でゲームを終了すれば、ギャラリーにどやさ
れるに決まっている。
店側も取られたぶんを取り戻そうと、周囲を煽っているのでなお悪い。
現在休憩中と笑みを零して席を立ったのが2分前。
そろそろ戻らないと逃げ出したのかと笑われるか、勝てない戦いをするなんて
分が悪すぎる。
だがしかし、ウピエルの性格からして尾っぽを巻いて逃げるなど断じてするわ
けにはいかなかった。
自分も妙に頑固者だな、とせせら笑い、さてどうやって店側を上手く騙せるか
ーーーと思案して席を立った。
と、立ち上がろうとして一瞬硬直した。
「……気付かなかったぜ、いつの間に?」
「“ずっと前から”」
含み笑いが零れてきそうな返事は、真後ろから流れてきた。
「……そりゃ存在感なかったな、クラスでも手を上げたのに数えてもらえない
タイプだろ。アンタ」
「残念ながら、学校出の経歴はないんですよ。
でもお察しの通り、ギルドの集会などで挙手してもよく無視されますね。これ
からは気をつけましょう」
それはどちらかというと嫌がらせの無視ではなかろうか、とウピエルは思った
が振り返りもせずに笑った。
煙草の灰を落とすフリをして、再び椅子に座りなおす。
まだ、いつの間にか背後にたった人物の顔も姿も見てないが、俗人ではないこ
とだけは確かだった。
吸血鬼である自分の感覚を欺いた何者が、くつくつと笑う声が床に落ちながら
這いずり回った。
「驚かないんですね、さすがは長く生きてらっしゃる…年の功、ですかね」
「驚いてるさ、結構小心者でね。顔に出ないから得してるだけさ」
「貴方が小心者というなら、世の人々は蟻一匹程度の心しか持てないでしょう
ね」
どっちも腹に何かを抱えている会話。
喫煙のこの場所以外は煩いほどに音が騒々しいのに、この区画だけまるで歪ん
でいるように静かに感じた。
「とりあえず、だ。お友達になりたいならまず自己紹介といこうや」
敵か味方か、あるいは別か。
とりあえずこんな公の場所で会話をしてくるということは、少なくとも今は自
分に害を成すとは考えにくい。
まあ、そんな常識が通じるのはある程度の相手だけだが。
「“幸運の女神(フォルトゥーナ)”」
「…はぁ?」
「赤に入れなさい。幸運の女神を呼び出したいなら、ね」
そう言って、背中越しの相手が離れていく気配が響く。
やがて、騒々しい熱狂が周囲を包んだ。トランプが配られるのだろう。そろそ
ろ戻らなくては。
「なぁにが“幸運の女神”だ。思いっきり男の声じゃねぇか…まさか、オカマ
とかそーいうオチか?」
毒つつきながら、自分も席を立つ。
今の会話で少なくとも3つのことが判明した。この事項をどう料理するかは自
分次第。
『ずっと前から』言葉どおりに取れば、彼が喫煙スペースに入る前からだが、
のちの会話を考えるに別の意味もありそうだ。例えば、自分のように人とはか
け離れた、呼吸し歩いてきた時間。
『長く生きてらっしゃる…』自分の素性を知っている。少なくとも、人ではな
いということを。
最後の一つは『赤に入れなさい』。
どうやら、負けるはずだったトランプ遊びに女神を引き寄せた人物がいるらし
い。
煙草を捨てて、彼は不敵に笑った。立ち上がり席に近づくと熱狂はますます度
合いを増す。
唇から、鋭い犬歯がちらりと覗いた。
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幸運の女神を引き寄せた、というよりむしろ捕らえ引き摺り回したというよう
なまでに冒涜的な白い手が札を配る。
微笑みは穏やかだが、きっとその口内は真っ赤に染まりきっているのだろうと
誰もが連想した。
唯一、彼を知るものや現在悲惨中の相棒が口を開けて驚くならば、彼が素顔を
現しているからだろう。
髪を後ろで束ね、服装は喪服色ではなくディーラーの色相。眼鏡で隠してるつ
もりなのか、それでもあざといセルリアンの瞳は異様に目立った。
席に戻った吸血鬼にむける彼の微笑みは、まごうことなく営業員の笑顔であっ
たが。
幸運の女神を名乗る割には、かなり無理のある邪悪な微笑みだった。
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「んで、女神さんよぉ?何が悲しゅうて俺ら密室にいるわけ?」
「別に私は悲しくないので、お気遣い無く」
「俺は悲しいんだけどね」
カーテンを閉めながら、笑顔で応対する声は、まさしく客商売の見本にするに
は相応しいものだ。
その顔に浮き彫りになった、見る者を不安にさせる微笑みさえなければ。
「人に聞かれたり、見られると困る話題ですので」
「まあ、女神様ったら大胆」
「…先ほどのは冗談ですよ。とりあえず『イカレ帽子屋(Mad hatte)』と覚え
ていただければありがたいですね」
その名前を出しても、ウピエルはへ-ぇと生返事を返した。
だが本心で何を考えているのか分からないタイプ。どちらもだったが。
カジノ建設以来の大勝利をかましたウピエルは鼻歌交じりでその場を後にし
た。
さて、酒場でいっちょ飲み明かすか…と、本来の目的を忘れかけたところで笑
顔の青年に呼び止められた。
その青年は、酒場ではなく宿屋の一室に彼を連れ込んで現状にいたるのであ
る。
「……13件目ですね」
ふと、カーテンの隙間に目を細めていた帽子屋の瞳がさらに細くなった。
ウピエルもつられて見てみると、隙間からも分かるほどの人だかりと喧騒、そ
して悲鳴。
「吸血鬼が……吸血鬼を呼び寄せた だそうですよ」
「…なんだって?」
カーテンの隙間から照りだされた赤い炎のような斜陽は、帽子屋の顔半分を赤
く染めた。
ただ、青い瞳だけが凍りついたように赤くはならず、反逆めいている。
「コモンウェルズ、子供だけが焼死する謎の連続人体発火事件。
百年単位で数十件が頻発に起こり、そして外部調査の者達がことごとくこの国
から事件を解決せずに忽然と…消え去っていることは、ご存知ですか?」
PC:イカレ帽子屋、ウピエル
NPC:衛兵A、衛兵B、衛兵C、衛兵D
場所:断崖の国コモンウェルズ 宿屋~"病院"
--------------------------------------------------------------------------------
「コモンウェルズ、子供だけが焼死する謎の連続人体発火事件。
百年単位で数十件が頻発に起こり、そして外部調査の者達がことごとくこの国から事件を解決せずに忽然と……消え去っていることは、ご存知ですか?」
その言葉を皮切りに帽子屋によって語られた事件の真相は、ウピエルがいままで目にしてきたどんな事件よりも人間の執念の恐ろしさを感じさせた。
この国の王族は、ある意味どんな人間よりも人間らしく、そしてどんな化け物よりも化け物だ。
「んで、こんだけの情報をまさか無償で提供してくれるほどのお人よしじゃないよな?」
内心のイライラを誤魔化すかのようにウピエルは口を開いた。その目は相変わらずどこまでも挑発的に帽子屋を見ている。最も、帽子屋がそれを気にする様子はなかったが。
「実は私、情報収集がメインでしてね。戦力が欲しいんですよ」
カジノでディーラーをするだけに帽子屋のポーカーフェイスは堂に入っていて、そこから真意を読み取る事はできない。ウピエルはしばらく黙考し、決断をくだした。
逃げるという選択肢はないし、そもそも逃げるつもりもない。
「いーだろう。その話、乗った……ただし、一応裏は取らせてもらうけどな」
ウピエルの返事に、初めて帽子屋の顔に疑問の色が浮かぶ。
「裏を取る……?何をなさるおつもりですか」
訝しげに問う帽子屋にウピエルは思いっきり唇の端を吊り上げて見せた。
「忍び込むのさ。件の"病院"とやらにな」
◆☆★◇†☆◆◇★
夜の闇が濃くなるのを待って、彼らはある街の一角に移動した。
二人の目的地たる"病院"は所謂病気や怪我をした人を治療する場所とは少し違い、先ほどから馬車で緊急運送されている患者だけを収容する、専用の隔離病棟のような場所だ。
そして、先ほど宿屋で帽子屋が語った内容が真実であるのならば、ここはまさに執念が生んだ魔窟ともいえるべき場所でもある。
馬車が通れるような広い道の終着、岩壁に黒々と開けられている大きな洞窟のような入り口は、辺りに灯された松明の揺れる光源で見るとまるで化け物でも棲んでいそうな雰囲気を醸し出していた。
警備の兵が二人、入り口の両脇に待機している。もっとも、時間帯が時間帯なので時々船を漕いでしまっているのだが。
「それで、どうやって忍び込むんですか?」
大仰な仕草で"病院"の入り口を指差す帽子屋に、吸血鬼は人差し指をビシっと立てて見せた。
「案1、殴り倒して忍び込む」
冗談めかして言ってはいるが、ウピエルの目は笑っていない。
別に一切合財が力ずくである必要はないが、邪魔モノは手段を選ばず排除して進む。ウピエルはそういう思考を取る事が多かった。そして、この場合最も手軽なのは物理的に排除する事。信者を金で買収できるとは思えない。
「案2はなんですか?」
問う帽子屋の目の前に、ビッと二本目の指――中指が立つ。
「蹴り倒して忍び込む」
「倒す以外の選択肢はないんですか」
「ふむ……じゃあ物理的な衝撃でおねんねしてもらってから忍び込む、とかどうだ?」
速攻でダメ出しをする帽子屋に、ウピエルは少し考え、三つ目の案を出した。今度は先ほどとは違い、表情に苦笑の色が混ざっている。
「……言い方を変えただけではないですか」
大げさに嘆息し、首を横にふる。やれやれという声が聞こえてきそうな仕草を帽子屋は取った。
「じゃあどうしろってんだよ?」
手早く済ませる方法があるのに、何故わざわざ面倒な方法を模索しなければならないのか。さらに、ここで時間を無駄にする理由がウピエルには思い当たらなかった。自然と目つきは悪くなり、口調は荒くなっていく。
「貴方の"能力"を使えば問題なく通り抜けられるでしょう?」
「あー、残念ながらソイツは無理だ。俺様への対策でそうしたのか元々そういう仕様なのかはしらネェが、ここの国は岩ん中に精霊を飼ってやがってな。言うなれば今はソイツの腹ん中にいるみてぇなモンなのさ。そういう場所じゃあ使えねぇのさ、俺様の能力はな」
帽子屋の意見を聞いて、ウピエルは大きく嘆息した。巻き起こった少々の不安――もしかしてこの即席の相棒は関係無い人間は傷つけるなとかいいだす人間ではないだろうな――を打ち消して、その提案が無意味である事を説明する。
ならば、と帽子屋が口を開きかけた所で"病院"の奥から二人ほど武装した衛兵が出てきて、入り口を護っていた衛兵になにやら耳打ちをする。そして、四人でウピエルと帽子屋が隠れている方へと一直線に歩き始めた。
「……どうやらその壁の中の精霊とやらが監視の役目を果たしてるようですね」
相変わらず帽子屋は落ち着き払っており、特にあわてている様子はない。
「こうなったらもう文句はいわせネェぞ。強行突破あるのみ、だ」
忌々しそうにいいながらも、その表情は何処までも愉しそうに笑みを浮かべていた。
NPC:衛兵A、衛兵B、衛兵C、衛兵D
場所:断崖の国コモンウェルズ 宿屋~"病院"
--------------------------------------------------------------------------------
「コモンウェルズ、子供だけが焼死する謎の連続人体発火事件。
百年単位で数十件が頻発に起こり、そして外部調査の者達がことごとくこの国から事件を解決せずに忽然と……消え去っていることは、ご存知ですか?」
その言葉を皮切りに帽子屋によって語られた事件の真相は、ウピエルがいままで目にしてきたどんな事件よりも人間の執念の恐ろしさを感じさせた。
この国の王族は、ある意味どんな人間よりも人間らしく、そしてどんな化け物よりも化け物だ。
「んで、こんだけの情報をまさか無償で提供してくれるほどのお人よしじゃないよな?」
内心のイライラを誤魔化すかのようにウピエルは口を開いた。その目は相変わらずどこまでも挑発的に帽子屋を見ている。最も、帽子屋がそれを気にする様子はなかったが。
「実は私、情報収集がメインでしてね。戦力が欲しいんですよ」
カジノでディーラーをするだけに帽子屋のポーカーフェイスは堂に入っていて、そこから真意を読み取る事はできない。ウピエルはしばらく黙考し、決断をくだした。
逃げるという選択肢はないし、そもそも逃げるつもりもない。
「いーだろう。その話、乗った……ただし、一応裏は取らせてもらうけどな」
ウピエルの返事に、初めて帽子屋の顔に疑問の色が浮かぶ。
「裏を取る……?何をなさるおつもりですか」
訝しげに問う帽子屋にウピエルは思いっきり唇の端を吊り上げて見せた。
「忍び込むのさ。件の"病院"とやらにな」
◆☆★◇†☆◆◇★
夜の闇が濃くなるのを待って、彼らはある街の一角に移動した。
二人の目的地たる"病院"は所謂病気や怪我をした人を治療する場所とは少し違い、先ほどから馬車で緊急運送されている患者だけを収容する、専用の隔離病棟のような場所だ。
そして、先ほど宿屋で帽子屋が語った内容が真実であるのならば、ここはまさに執念が生んだ魔窟ともいえるべき場所でもある。
馬車が通れるような広い道の終着、岩壁に黒々と開けられている大きな洞窟のような入り口は、辺りに灯された松明の揺れる光源で見るとまるで化け物でも棲んでいそうな雰囲気を醸し出していた。
警備の兵が二人、入り口の両脇に待機している。もっとも、時間帯が時間帯なので時々船を漕いでしまっているのだが。
「それで、どうやって忍び込むんですか?」
大仰な仕草で"病院"の入り口を指差す帽子屋に、吸血鬼は人差し指をビシっと立てて見せた。
「案1、殴り倒して忍び込む」
冗談めかして言ってはいるが、ウピエルの目は笑っていない。
別に一切合財が力ずくである必要はないが、邪魔モノは手段を選ばず排除して進む。ウピエルはそういう思考を取る事が多かった。そして、この場合最も手軽なのは物理的に排除する事。信者を金で買収できるとは思えない。
「案2はなんですか?」
問う帽子屋の目の前に、ビッと二本目の指――中指が立つ。
「蹴り倒して忍び込む」
「倒す以外の選択肢はないんですか」
「ふむ……じゃあ物理的な衝撃でおねんねしてもらってから忍び込む、とかどうだ?」
速攻でダメ出しをする帽子屋に、ウピエルは少し考え、三つ目の案を出した。今度は先ほどとは違い、表情に苦笑の色が混ざっている。
「……言い方を変えただけではないですか」
大げさに嘆息し、首を横にふる。やれやれという声が聞こえてきそうな仕草を帽子屋は取った。
「じゃあどうしろってんだよ?」
手早く済ませる方法があるのに、何故わざわざ面倒な方法を模索しなければならないのか。さらに、ここで時間を無駄にする理由がウピエルには思い当たらなかった。自然と目つきは悪くなり、口調は荒くなっていく。
「貴方の"能力"を使えば問題なく通り抜けられるでしょう?」
「あー、残念ながらソイツは無理だ。俺様への対策でそうしたのか元々そういう仕様なのかはしらネェが、ここの国は岩ん中に精霊を飼ってやがってな。言うなれば今はソイツの腹ん中にいるみてぇなモンなのさ。そういう場所じゃあ使えねぇのさ、俺様の能力はな」
帽子屋の意見を聞いて、ウピエルは大きく嘆息した。巻き起こった少々の不安――もしかしてこの即席の相棒は関係無い人間は傷つけるなとかいいだす人間ではないだろうな――を打ち消して、その提案が無意味である事を説明する。
ならば、と帽子屋が口を開きかけた所で"病院"の奥から二人ほど武装した衛兵が出てきて、入り口を護っていた衛兵になにやら耳打ちをする。そして、四人でウピエルと帽子屋が隠れている方へと一直線に歩き始めた。
「……どうやらその壁の中の精霊とやらが監視の役目を果たしてるようですね」
相変わらず帽子屋は落ち着き払っており、特にあわてている様子はない。
「こうなったらもう文句はいわせネェぞ。強行突破あるのみ、だ」
忌々しそうにいいながらも、その表情は何処までも愉しそうに笑みを浮かべていた。