(PC:ヴィルフリード、リタルード)
NPC:ゼクス、エルディオ
場所:街
犬の遠吠えが、夜の寒さに響いた。それは一般的には不吉な象徴であるが、
このような場所では単なるBGMでしかない。
明け方で見られた嫌な倦怠感は薄れていて、活気はあった。しかし、それら
も比較でしかない。何も知らない客が入れば、倦怠感は漂って、店内は静かな
ものだと感じるだろう。時折聞こえる喋り声も、どれも潜めているものばかり
で、周囲を拒絶している。
活気とは言っても、あくまで薄暗く、陰気な中に薄く見える、狂気によるも
のだ。完全に暗くなって、ようやくその危険な光が浮き彫りになっただけのこ
とだろう。
ゼクスは、今朝と同じ席に一人で座っていた。時折、注文を受けて、忠実に
それにこたえる主人が、ゼクスにグラスを渡すだけで、彼の周囲には、誰もい
ない。
ゼクスは、グラスをじーっと見ては、時折それを仰ぐ。彼には、グラスの中
に歪んで見える自分以外の何かが見えているのだろうか。
彼の口元は歪んでいる。皮肉に笑っているようにも見えるし、ただ単につま
らなそうにも見える。いや、普段どおりなのかもしれない。
「ここ、いい?」
ゼクスは、相手を見ずに、顎で座るように促した。
茶色の毛をした青年は、臆することなくゼクスの隣に座る。
身なりは、派手ではないが、まったくくたびれた様子のない衣服。よく見れ
ば、詳しくないものでも、上等な仕立てだということが分かるだろう。
一見、この店には似つかわしくない客のように見えるが、この界隈の人間に
は分かる。ニオイで分かる。「この青年は自分達に近い」ということを。見か
けどおりの「お坊ちゃん」ではなく、一癖も二癖もあるということを。
適当に、と注文をすると、青年、エルディオは身体の方向をゼクスに向け
た。
「ご苦労様」
「大したことはしてないよ。フラれちゃったしね。散々だ」
「俺なんか何年もフラれ続けてる」
エルディオは笑った。ゼクス相手に笑いを向けれる人間は、本当に稀有であ
ろう。
店の主人が、無造作に青年の前にワインを置いた。香りからしてさしていい
代物ではないということが分かる。エルディオはその差し出されたワインを無
視して、ゼクスの前に重そうな袋を置く。
「成功報酬。これを資金に、追い続けるとかすれば?」
「しつこいのは趣味じゃないんだ。悪趣味だと思わないかい?」
それを受け取り、ゼクスは初めてエルディオの顔を見た。やはり、笑みを浮
かべながら。しかし、エルディオも笑っている。ゼクスとエルディオの笑い方
とは全く違うのに、何故か二人の笑みには共通する雰囲気があった。
「用事は済んだんだろう? 帰れば? そうじゃなければ、それ飲んだらど
う?」
ゼクスは、エルディオが飲む気の無いワイングラスを、楽しそうな視線で促
す。言外に『とっとと帰れ』と言っていることに、エルディオは気づいた。
「………そうだね」
エルディオはワイングラスを上品に持った。
「ゼクスさんが折角勧めているから、いただくよ」
エルディオは、軽く……少しだけ気障に……持ち上げて、ゼクスに乾杯の仕
草をする。
二人の共通項とは、何のことはない。「人が嫌がることを楽しむ」というこ
とだ。
「ねぇねぇ、ゼクスさん。例の短剣のこと。こっそり、俺にだけ教えてくれな
い?」
「一回預けたんだ。君のことだ、調べたんだろう?」
それに対する返答は無い。なれば、答えは一つに限定される。
エルディオは続ける。
「さらに報酬上乗せするからさ」
「クイズにズルはいけないなぁ。どうせ、君には役に立たないものだよ」
笑って、ゼクスはエルディオをかわす。
「クイズなら」
仕掛けた罠に兎がかかった瞬間を見たかのように、エルディオは笑った。
「俺が回答する権利と、ゼクスさんが、その回答が正解かを答える義務がある
んだよね?」
ゼクスは、急激に醒めた顔つきになった。
「……君らは似ているなぁ。
僕に関わっても、ろくなことは無いって分かってるのに。なんでそう、から
むかな?」
「ゼクスさんって、自分に触れられそうになると、すぐにはぐらかそうとする
よね」
エルディオは、クスクスと笑った。子供の「しょうがなさ」を笑うように。
ゼクスの顔から笑みが消えた。いや、表情というものが消えた。
「知らないけどね。俺は。そういう、生体の仕組みとか知らないけど。
……ゼクスさんさ、何歳? まぁ、何歳とでも見えるけどね。でも、雰囲気
は、誤魔化せないよ。……失礼かもしれないけど、ゼクスさんさ、若さが、全
く感じられないんだよ。芝居がかりすぎているよ。
あと、長い月日で何度も打ちのめされて認めざるをえない、諦めている雰囲
気。これって、隠しようがないものだっていうの、知ってた?」
ワイングラスを大きく仰いだ。持ち方は上品だが、飲み方は乱雑だ。品質に
あわせているというのだろうか。
「ゼクスさんさぁ、何歳?」
獲物を、射止めるように。エルディオはゼクスに聞いた。
しかし、ゼクスは、口の端を釣り上げた。
「さぁね。年齢なんか意味が無いから数えないことにしてるんだ。
僕が不死身だとでも思ってるの? 興味があるなら、小賢しい弟よりも、エ
ルフ族だとかの長寿な種族でも追いかけたら?」
「……まぁ、いいや。
とにかく、ゼクスさん。あんたが何歳だろうが、ともかく、傷を負いにくい
身体であることは、確かだ。痛みも無いみたいだしね」
ワイングラスを、置く。
「ねぇ。正解したら、ゼクスさんが読んだあいつの記憶、教えてよ」
あはは、と声を出してゼクスは笑った。
「そっくりだ。本当に、そっくりだよ。
どこから聞いたの? ……あぁ、そうか、あの時あそこにいたヤツの……う
るさかったやつ? ……いや、寝たふりをしていた方かもね。まぁ、そのどっ
ちからか、買ったのか。抜け目ないなぁ。本当に」
「で。教えてくれるのか、答えてないんだけど」
ゼクスは、しばらく宙を見つめ、そして、エルディオに微笑を向けながら答
えた。
「まぁ、言ってごらん。僕が気に入った答えなら教えてあげるよ」
「難しいなぁ」
エルディオは苦笑した。ゼクスはそれに取り合わず、グラスと向き合って一
人でいるかのように振舞った。嫌ならば、帰れ、と言わんばかりに。
ふぅ、と息を吐き、エルディオは口を開いた。
「悪いけど、それ、預かった時、中、見させてもらったんだよね」
ゼクスは見向きもせず答える。
「知ってた。そうすると思ってた」
エルディオはそのそっけなさを気にせず続ける。
「刀身に、びっしり文字が刻まれてた。なんて書いてあるかはわからないけ
ど、古代文字の種類らしいって言われたよ。永続的な効果を持つらしいね。
時間が無くて、そこまでしか専門家に見てもらえなかったよ。
試しに、指の先を切ってみたんだよ」
「勇気があるね。で、どうだった?」
その口調は、やる気が無い。投げやりだ。エルディオの方を見向きもしな
い。
「勿論、俺のじゃないよ。雇ったんだよ。なんともなかった。血が出たけど、
すぐふさがった。今日もそいつはぴんぴんしてたよ」
「だろうね」
「死ぬことがない人の欲しいものって、何だと思います?」
突然のエルディオの質問。ゼクスは答えない。
「……死ねる手段だと、俺は思うんですよ。
自分を殺せる手段というのを手元に置いて殺される可能性を低くしたいのか
もしれないし、ただ単純に死にたいのかもしれないし、あるいは、自分も死ね
ることを安心材料にしたいのかもしれない。
いずれにしても、それが必要になる」
「無駄話はいいよ」
退屈そうに、ゼクスは両手の中でグラスを弄ぶ。
「これが回答だよ。ゼクスさん。
その短刀は、触れた面の魔力をしばらく断絶させる。普通の人にはまったく
不必要なものだけど、それが必要なのは、限られてくる。アナタにだけしか、
必要でないものだよ」
ゼクスは動かない。グラスを握り締め、ピクリとも動かなかった。エルディ
オは笑みを浮かべながらゼクスを見つめている。
と、彼にとっては珍しく……本当に珍しいことに、噴出すように、ゼクスは
笑った。
「君は見かけによらず、想像力が豊かだ。エルディオ」
エルディオは一瞬、何を言われたかを理解できなかった。しかし、すぐに少
しだけ、悔しそうに……というよりも機嫌が悪そうに、歪んだ。
「甘いアメ[ご褒美]はあげられないな。坊や」
エルディオはグラスの中に残っていたものを一気に煽る。
そして、疑わしそうに、
「……本当に、ハズレなの?」
「おかしなことを言うね。君が答えなければいけなかったのは、真実じゃな
い。僕が気に入る答えだ」
苛立ったように、エルディオは立ち上がり、カウンターに適当な金額を置
く。
「お釣りはいらない」
と言って、席から離れようとするエルディオに、ゼクスは楽しそうに声をか
けた。
「アメはあげられないけど、正解、おしえようか? 嘘でいいなら」
ゼクスの声は弾んでいる。ゲームの勝者の余裕が溢れている。
「……嘘なんじゃん」
こちらは、敗者の余裕の無さが滲み出ている。
「じゃぁ、訂正。嘘『かも』しれない」
無視するのは容易かった。だが、それはさらに無様だと、エルディオは思っ
た。かといって、素直に聞くのも癪なので、こんな返答をする。
「……勝手にすれば」
くすくす笑いながら、ゼクスは妙な質問をした。
「君は、米を炊いたものを味付けして、具材と一緒に強火で炒める料理、食べ
たことがあるかい?」
「は?」
エルディオはあっけに取られた顔をした。きっと、リタが一度も見たこと無
い顔だったに違いない。
「美味しいんだよ。チャーハンっていってね」
もう、エルディオは完全に何を言われているかが分からない。
「で、コレはねソフィニアにある、シケた遺跡にあったんだよ。
美味しいチャーハンを極められる、呪いのナイフ。
エルディオ、君は幸運だ。指じゃなくて具材を切っていたら、君は取り憑か
れていたよ」
からかわれている、とエルディオはその時、気づいた。途端、頬が朱に染ま
る。その顔を自覚し、エルディオは背を向ける。
「バカじゃないの!?」
「ま、嘘だけどね。……っていうのも嘘かもしれないから、世の中ややこしい
よね」
実に楽しそうなゼクスの顔を見ることなく、エルディオは店を出た。
あんな馬鹿な話、嘘にしても程がある。
夜空に、また、犬の遠吠えが響いた。
NPC:ゼクス、エルディオ
場所:街
犬の遠吠えが、夜の寒さに響いた。それは一般的には不吉な象徴であるが、
このような場所では単なるBGMでしかない。
明け方で見られた嫌な倦怠感は薄れていて、活気はあった。しかし、それら
も比較でしかない。何も知らない客が入れば、倦怠感は漂って、店内は静かな
ものだと感じるだろう。時折聞こえる喋り声も、どれも潜めているものばかり
で、周囲を拒絶している。
活気とは言っても、あくまで薄暗く、陰気な中に薄く見える、狂気によるも
のだ。完全に暗くなって、ようやくその危険な光が浮き彫りになっただけのこ
とだろう。
ゼクスは、今朝と同じ席に一人で座っていた。時折、注文を受けて、忠実に
それにこたえる主人が、ゼクスにグラスを渡すだけで、彼の周囲には、誰もい
ない。
ゼクスは、グラスをじーっと見ては、時折それを仰ぐ。彼には、グラスの中
に歪んで見える自分以外の何かが見えているのだろうか。
彼の口元は歪んでいる。皮肉に笑っているようにも見えるし、ただ単につま
らなそうにも見える。いや、普段どおりなのかもしれない。
「ここ、いい?」
ゼクスは、相手を見ずに、顎で座るように促した。
茶色の毛をした青年は、臆することなくゼクスの隣に座る。
身なりは、派手ではないが、まったくくたびれた様子のない衣服。よく見れ
ば、詳しくないものでも、上等な仕立てだということが分かるだろう。
一見、この店には似つかわしくない客のように見えるが、この界隈の人間に
は分かる。ニオイで分かる。「この青年は自分達に近い」ということを。見か
けどおりの「お坊ちゃん」ではなく、一癖も二癖もあるということを。
適当に、と注文をすると、青年、エルディオは身体の方向をゼクスに向け
た。
「ご苦労様」
「大したことはしてないよ。フラれちゃったしね。散々だ」
「俺なんか何年もフラれ続けてる」
エルディオは笑った。ゼクス相手に笑いを向けれる人間は、本当に稀有であ
ろう。
店の主人が、無造作に青年の前にワインを置いた。香りからしてさしていい
代物ではないということが分かる。エルディオはその差し出されたワインを無
視して、ゼクスの前に重そうな袋を置く。
「成功報酬。これを資金に、追い続けるとかすれば?」
「しつこいのは趣味じゃないんだ。悪趣味だと思わないかい?」
それを受け取り、ゼクスは初めてエルディオの顔を見た。やはり、笑みを浮
かべながら。しかし、エルディオも笑っている。ゼクスとエルディオの笑い方
とは全く違うのに、何故か二人の笑みには共通する雰囲気があった。
「用事は済んだんだろう? 帰れば? そうじゃなければ、それ飲んだらど
う?」
ゼクスは、エルディオが飲む気の無いワイングラスを、楽しそうな視線で促
す。言外に『とっとと帰れ』と言っていることに、エルディオは気づいた。
「………そうだね」
エルディオはワイングラスを上品に持った。
「ゼクスさんが折角勧めているから、いただくよ」
エルディオは、軽く……少しだけ気障に……持ち上げて、ゼクスに乾杯の仕
草をする。
二人の共通項とは、何のことはない。「人が嫌がることを楽しむ」というこ
とだ。
「ねぇねぇ、ゼクスさん。例の短剣のこと。こっそり、俺にだけ教えてくれな
い?」
「一回預けたんだ。君のことだ、調べたんだろう?」
それに対する返答は無い。なれば、答えは一つに限定される。
エルディオは続ける。
「さらに報酬上乗せするからさ」
「クイズにズルはいけないなぁ。どうせ、君には役に立たないものだよ」
笑って、ゼクスはエルディオをかわす。
「クイズなら」
仕掛けた罠に兎がかかった瞬間を見たかのように、エルディオは笑った。
「俺が回答する権利と、ゼクスさんが、その回答が正解かを答える義務がある
んだよね?」
ゼクスは、急激に醒めた顔つきになった。
「……君らは似ているなぁ。
僕に関わっても、ろくなことは無いって分かってるのに。なんでそう、から
むかな?」
「ゼクスさんって、自分に触れられそうになると、すぐにはぐらかそうとする
よね」
エルディオは、クスクスと笑った。子供の「しょうがなさ」を笑うように。
ゼクスの顔から笑みが消えた。いや、表情というものが消えた。
「知らないけどね。俺は。そういう、生体の仕組みとか知らないけど。
……ゼクスさんさ、何歳? まぁ、何歳とでも見えるけどね。でも、雰囲気
は、誤魔化せないよ。……失礼かもしれないけど、ゼクスさんさ、若さが、全
く感じられないんだよ。芝居がかりすぎているよ。
あと、長い月日で何度も打ちのめされて認めざるをえない、諦めている雰囲
気。これって、隠しようがないものだっていうの、知ってた?」
ワイングラスを大きく仰いだ。持ち方は上品だが、飲み方は乱雑だ。品質に
あわせているというのだろうか。
「ゼクスさんさぁ、何歳?」
獲物を、射止めるように。エルディオはゼクスに聞いた。
しかし、ゼクスは、口の端を釣り上げた。
「さぁね。年齢なんか意味が無いから数えないことにしてるんだ。
僕が不死身だとでも思ってるの? 興味があるなら、小賢しい弟よりも、エ
ルフ族だとかの長寿な種族でも追いかけたら?」
「……まぁ、いいや。
とにかく、ゼクスさん。あんたが何歳だろうが、ともかく、傷を負いにくい
身体であることは、確かだ。痛みも無いみたいだしね」
ワイングラスを、置く。
「ねぇ。正解したら、ゼクスさんが読んだあいつの記憶、教えてよ」
あはは、と声を出してゼクスは笑った。
「そっくりだ。本当に、そっくりだよ。
どこから聞いたの? ……あぁ、そうか、あの時あそこにいたヤツの……う
るさかったやつ? ……いや、寝たふりをしていた方かもね。まぁ、そのどっ
ちからか、買ったのか。抜け目ないなぁ。本当に」
「で。教えてくれるのか、答えてないんだけど」
ゼクスは、しばらく宙を見つめ、そして、エルディオに微笑を向けながら答
えた。
「まぁ、言ってごらん。僕が気に入った答えなら教えてあげるよ」
「難しいなぁ」
エルディオは苦笑した。ゼクスはそれに取り合わず、グラスと向き合って一
人でいるかのように振舞った。嫌ならば、帰れ、と言わんばかりに。
ふぅ、と息を吐き、エルディオは口を開いた。
「悪いけど、それ、預かった時、中、見させてもらったんだよね」
ゼクスは見向きもせず答える。
「知ってた。そうすると思ってた」
エルディオはそのそっけなさを気にせず続ける。
「刀身に、びっしり文字が刻まれてた。なんて書いてあるかはわからないけ
ど、古代文字の種類らしいって言われたよ。永続的な効果を持つらしいね。
時間が無くて、そこまでしか専門家に見てもらえなかったよ。
試しに、指の先を切ってみたんだよ」
「勇気があるね。で、どうだった?」
その口調は、やる気が無い。投げやりだ。エルディオの方を見向きもしな
い。
「勿論、俺のじゃないよ。雇ったんだよ。なんともなかった。血が出たけど、
すぐふさがった。今日もそいつはぴんぴんしてたよ」
「だろうね」
「死ぬことがない人の欲しいものって、何だと思います?」
突然のエルディオの質問。ゼクスは答えない。
「……死ねる手段だと、俺は思うんですよ。
自分を殺せる手段というのを手元に置いて殺される可能性を低くしたいのか
もしれないし、ただ単純に死にたいのかもしれないし、あるいは、自分も死ね
ることを安心材料にしたいのかもしれない。
いずれにしても、それが必要になる」
「無駄話はいいよ」
退屈そうに、ゼクスは両手の中でグラスを弄ぶ。
「これが回答だよ。ゼクスさん。
その短刀は、触れた面の魔力をしばらく断絶させる。普通の人にはまったく
不必要なものだけど、それが必要なのは、限られてくる。アナタにだけしか、
必要でないものだよ」
ゼクスは動かない。グラスを握り締め、ピクリとも動かなかった。エルディ
オは笑みを浮かべながらゼクスを見つめている。
と、彼にとっては珍しく……本当に珍しいことに、噴出すように、ゼクスは
笑った。
「君は見かけによらず、想像力が豊かだ。エルディオ」
エルディオは一瞬、何を言われたかを理解できなかった。しかし、すぐに少
しだけ、悔しそうに……というよりも機嫌が悪そうに、歪んだ。
「甘いアメ[ご褒美]はあげられないな。坊や」
エルディオはグラスの中に残っていたものを一気に煽る。
そして、疑わしそうに、
「……本当に、ハズレなの?」
「おかしなことを言うね。君が答えなければいけなかったのは、真実じゃな
い。僕が気に入る答えだ」
苛立ったように、エルディオは立ち上がり、カウンターに適当な金額を置
く。
「お釣りはいらない」
と言って、席から離れようとするエルディオに、ゼクスは楽しそうに声をか
けた。
「アメはあげられないけど、正解、おしえようか? 嘘でいいなら」
ゼクスの声は弾んでいる。ゲームの勝者の余裕が溢れている。
「……嘘なんじゃん」
こちらは、敗者の余裕の無さが滲み出ている。
「じゃぁ、訂正。嘘『かも』しれない」
無視するのは容易かった。だが、それはさらに無様だと、エルディオは思っ
た。かといって、素直に聞くのも癪なので、こんな返答をする。
「……勝手にすれば」
くすくす笑いながら、ゼクスは妙な質問をした。
「君は、米を炊いたものを味付けして、具材と一緒に強火で炒める料理、食べ
たことがあるかい?」
「は?」
エルディオはあっけに取られた顔をした。きっと、リタが一度も見たこと無
い顔だったに違いない。
「美味しいんだよ。チャーハンっていってね」
もう、エルディオは完全に何を言われているかが分からない。
「で、コレはねソフィニアにある、シケた遺跡にあったんだよ。
美味しいチャーハンを極められる、呪いのナイフ。
エルディオ、君は幸運だ。指じゃなくて具材を切っていたら、君は取り憑か
れていたよ」
からかわれている、とエルディオはその時、気づいた。途端、頬が朱に染ま
る。その顔を自覚し、エルディオは背を向ける。
「バカじゃないの!?」
「ま、嘘だけどね。……っていうのも嘘かもしれないから、世の中ややこしい
よね」
実に楽しそうなゼクスの顔を見ることなく、エルディオは店を出た。
あんな馬鹿な話、嘘にしても程がある。
夜空に、また、犬の遠吠えが響いた。
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