PC:ヴィルフリード、リタルード
NPC:なし
場所:街
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あたたかい。
一定のリズムで身体が揺られている。
そろっと薄目を開けてみると白っぽい地面が見えた。
視界が普段よりも少し高い。
「目ぇ覚ましたか」
リタルードがわずかに身じろいだのを察して、ヴィルフリードは背中に向かって声を
かけた。
リタルードは声を出さずに頷く。
ヴィルフリードが身を屈めてリタルードの身体を支えていた手を外したので、リタ
ルードは彼の背中からすべり下りると自分の足で危なげなく立った。
ヴィルフリードは立ち上がると両腕を上げて身体を伸ばし、肩を回す。
「あー、腰いてぇ」
「ヴィルさんそれ年寄り臭い」
「ここまで運んできてやった人間にそういうこと言うかお前?!」
「だって本当だし」
軽口を叩きながらも、二人の視線は合わない。
ヴィルフリードはまだリタルードに背を向けたままだ。
これが自分の行動の結果だ。
いつ踏み込まれるかわからない親密さより、決定的な違和を抱え込んだ関係のほうが
自分は安心できるはずなのに。
ヴィルフリードの背中を見上げていると、喉の奥に紙くずがつっかえているような気
持ちになってくる。
人を傷つけることなんて、昔はもっと簡単だったはずだ。
「お前なぁ」
軽口の延長で、ヴィルフリードがリタルードの方を向いた。自然と目が合う。リタ
ルードが視線を逸らそうとして、涙がツっと目の端から伝った。
「え、何で…」
自分の身体の予期せぬ反応に狼狽して目元を拭うが、涙は途切れることなく溢れてく
る。
止めたいと思うが止め方がわからない。
人の往来の増え始めた朝の街の真ん中で、リタルードは本格的にしゃくりあげてい
た。
「…不覚」
ようやく落ち着いた頃、リタルードはカウンターに突っ伏してかすれた言った。
朝早くからやっている大衆食堂だ。若い労働者が朝食を取るのによく利用する。
あまりにもリタルードが泣き止まないので、ヴィルフリードに近くにあったそれに
ひっぱり込まれたのだ。
カウンターの中で手早く食事を用意する中年の男性は、二人を迷惑そうに見、とくに
ヴィルフリードに冷たい視線を浴びせたが、リタルードが泣きすぎて鼻血まで噴いた
ときには清潔な布巾を貸してくれた。
窓が大きく光をたくさん取り入れているから、室内が明るい。客の回転も速い。つい
さっき目玉焼きを乗せたトーストを2枚頼んだ客が、1枚を3口で平らげてもう立ち
上がっている。
ここは一日が始まる場所だ。
ゼクスと居た薄暗い空気の篭った酒場とは、まったく反対の役割を持つ店だ。
「おじさん、目玉焼きとベーコン乗せたやつ2枚ちょうだい!
あとコーヒーも!」
身を起こして、リタルードが店主に声をかける。
「朝からよく食うな…」
「だってお腹すいたんだもん」
血がどろどろについた布で、追い討ちのようにリタルードは音を立てて鼻をかむ。
「あー、これ洗って返さないと悪いよなぁ」
「洗ってももう使い物にならなくないと思うぞ」
「そんな気もする」
ヴィルフリードが自分の飲み物に口をつける。
この店に入るときにとりあえず彼が頼んだものだ。おそらくもう冷め切っているだろ
う。
「あのな。一つ聞いていいか?」
「何?」
何でもないように聞き返して、しかしリタルードは無意識に肩を強張らせる。
ヴィルフリードが「あの短剣」と口にするのを聞いて、「あぁ」と応じるのと同時に
力を抜いた。
「いつ手に入れたんだ?
というか、どうやって手に入れた?」
「ゼクスさんに初めて会った日の夜中、人に呼び出されたんだよ」
「その相手とは待ち合わせしていたわけじゃないんだな?」
「そうまでして会いたい相手だったら、まだ気分もよかったんだけどね」
そのとき、店主が注文したものが乗った皿を突き出した。
礼を言って受け取って、続いて黒い液体の入ったカップも受け取る。
「なんかさぁ…僕って遊ばれてるんだよ」
トーストを一口かじる。
場所柄ゆえベーコンは紙のようにぺらぺらだが、ちゃんと焼くときに紙で油を取って
あるからカリカリとした食感だ。
「誰かに会ったり変なものを手に入れたり、そういうことが起こるように仕向けられ
たりさ。そんなにしょっちゅうじゃないし、今までは面白おかしい範囲だっからノッ
てあげてたんだけど」
「遊ばれてるって…なんだ? それはどういうことなんだ?」
「単に暇つぶしじゃない? 僕がフレアちゃんにあの夜ちょっかいをかけたみたいに
さ」
食べながら話していると、卵の黄身が破れて中身が流れ出した。
濃い味の黄色い汁ついた指を、舌で舐める。
「でもさ…、今回みたいなのは腹立つよね。やっぱ」
「…お前さん、いったい何者なんだ?」
ヴィルフリードが、呆気に取られた様子で言った。
「ゼクスは、遊びで物を頼めるほど気安い相手じゃないぞ。それほどの財もコネも
あって、やることが単なる暇つぶしだぁ? しかも他人をほいほい巻き込みやがる。
いったいそいつはどんな奴なんだ」
「知らない。…僕のほうが教えてほしいくらいさ。何回か接触してるから、何人かの
顔は知ってるけど…つまり単独犯ではないよ。
ちなみに僕についていうなら、単なる田舎から出てきた物好きだし」
「ほんっとうに知らないんだな」
「知らない」
リタルードはきっぱりと嘘をついた。
自分の血縁者に自発的に関わる気はさらさらなかったし、これ以上ヴィルフリードに
自分について説明する必要も感じなかった。
「そうか。ならいい」
ヴィルフリードはそういうとカップの中をもう一口飲んだ。
リタルードもコーヒーを飲んで、2枚目に取り掛かる。
今回は、今までに比べてあまりにも悪質だ。
フレアが居なければ彼女があのような目にあうこともなかっただろうが、逆に言えば
彼女がいたからこそ、ゼクスは依頼にも取り組んだのだ。
仕組まれたのはゼクスがフレアに接触する前か、後なのか。
あの晩接触してきた、エルディオ・ルーマの言ったことからは後のように思えるが、
全く当てにはならない。
前だとしたら、自分がフレアにちょっかいをかける事すら計算に入れていた可能性が
ある。後だとしたら、あの街に自分のことを執拗に観察していた人間がいたというこ
とだ。
その人間はもしかしたら、今このときもじっと自分を見ているのかもしれない。
今までは、本当に”単なる暇つぶし”にすぎないのではないかとすら思っていた。だ
が、これからは周りの人間を傷つけるようなことが頻繁に起こるというのだろうか。
ゼクスの魔力による眠りから目覚めた直後の、フレアのあの虚ろな瞳。
底が見えないほどの深く暗い穴を覗き込んだときの暗さ。ゼクスの抱える粘つく闇
を、そのまま注ぎ込んだような。
彼らも自分も、他者にそんな目をさせるということがどういうことかなんて、本当に
はわかっていない。
「これから、どっか行く予定あるのか?」
リタルードが食べ終わったのを見計らって、ヴィルフリードが声をかけた。
「どっか?」
「こんな縁起悪い街、今日にも出たいじゃねぇか。その後の話」
「街の住民の皆さんの前で、縁起悪いとかものすごく失礼だよ」
「ゼクスとお前に出会ったってだけで、十分に縁起悪い街なんだよ」
「それ酷!」
「で、なんか予定あるのか、ないのか。どっちだ?」
ヴィルフリードは挑むような目をしてニッと笑う。
否、今自分は挑まれているのだ。
ディアンに嫌がらせを仕掛けようと持ちかけられたとき、それと同じ目で笑って、彼
はこちらに手を差し出す。
「ないよ。ヴィルさんは暇なの?」
リタルードは、その手を取った。
ここで彼の手を払ったとしても、どうせ自分は永遠に一人でいることなんかできやし
ないのだ。
いつでも断ち切れるよう手に持つ鎖の存在を忘れるずにはいられないけれど。自分の
中での限界はまだ来ていない、と思う。
「だったら俺は近くの街で、仕事の予定があるんだ。
泣き虫でやたらと秘密主義の坊主の連れをやるのも、たまには悪くないと思うんだ
がな」
「…気づいてたんだ、やっぱ」
リタルードはヴィルフリードを睨みつけた。
「だよねー。なんかフレアちゃんに比べて僕の扱いがぞんざいだと思ったんだよね」
「男か女って以前に、着ぐるみで外を歩ける奴を丁重に相手できるか。リタって名前
も、もしかしたら偽名か?」
「”も”って何さ。北のほうでは、男の子どもに女性名をつけることって結構あるん
だよ、知らないの? 安全を願うおまじないなんだ」
しれっとまた嘘をつき、そしてリタルードは笑って言った。
「僕も、腰痛もちのガキっぽいおっさんの連れをやるのも、たまには悪くないと思う
よ」
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