PC:ヴィルフリード、リタルード
NPC:ゼクス
場所:酒場
-------------------------------------------------------
意味が分からない。
自分が鈍感なのか?
行く筋か抜けて裏通りから出ると、人の息づく気配が光と共に息吹いてきた
街通り。その中を、ヴィルフリードは一歩一歩の足を前に投げ出すようにして
歩いていた。
しかし、まだ残っている夜の冷気と、朝の日差しが、だんだんとヴィルフ
リードの怒りの熱を奪い、暗さを消していく。
そして、残ったもののは、冷め切った惨めさだ。
いつも、そうだ。
気づくと、自分のすぐ隣で、自分だけを取り残して事は突然加速していく。
一緒に走っていて、突如「迷惑をかけるから」と一人離れていく人は、すぐ
隣にいる人を残酷なまでに切り捨てているということを理解していないのだろ
うか?
自分はここにいるのに、まるでいないかのように振る舞われ、隣人は一人で
戦って、自分はボロボロに傷ついていく隣人を突っ立って傍観するだけ。
真正面から罵られるよりも、それは存在を否定されている。
それは……ただ、ひたすらにさびしい。
自分は、ただ「やめてしまえ」と思うだけだ。
何故、立ち向かうのだろう。
その姿勢は、逃げを軸に考えている自分を否定されているように思う。
清々しい空気。
先ほどの酒場で肺に溜め込んだ、湿気のある沈殿を思わせる空気が、呼吸で
交換されていく。
澱みが薄れて、クリアに、クリアになっていく。
いや。
この状況は……いつも、自分が逃げ出しているからだ。
無理矢理にでも介入することなんて、いつだってできていた。
拒否されようが、突っ込めばいいだけなのに。
今さっきだって、無理矢理にでもあの場に残っていればよかったんだ。
それをしなかったのは、自分だ。
介入する覚悟ができないのか。
相手の陣地に踏み込んで不興を買うのが怖かったからか。
どちらにしても。
悔しい。悲しい。情けない。
全部ひっくるめてじんわりと涙が滲み出た。
拳で拭って、それを止める。
「ちくしょう、俺も逃げてやろうか」
ヴィルフリードは、情けなく洩れる笑いをこぼしながら呟いた。
宿屋に戻って、町を出て、色んな仕事をして、色んな人と出会って、笑っ
て、別れて、それを繰り返して。
そして、また、隣人を傍観するのか。
踏み込まないくせに、孤独であることを嘆いて逃げるのか。
「あー……。チクショウ」
歩く。歩く。歩く。ただひたすらに、歩く。
行き着いたのは、先ほどの裏通りの酒場。
どうやっても傍観者にしかなれないのであれば、その立場を臨もうじゃない
か。
勇気も、覚悟も無いのだ。
ならば、甘んじるしかない。
肝要なところに連れて行ってくれないのならば、眺めながら待とう。
地下に続く階段の横の壁にもたれかかれ、地べたに座り込む。
薄い板のドアから、リタルードの、意味を成さぬ声が聞き取れる。
もう、始まっている。
ヴィルフリードはそれに静かに耳を澄まして聞く。
湿り気のある薄暗い通りでも、空の色と匂いで日が昇ってきていることがわ
かる。
霧はこの温もりで消えうせて、もうどこにも靄[もや]は無い。
あぁ、今日は晴れるな。
フレアとディアンの旅立ちにはいい日だ。
もう、街を出ている頃だろうか?
行き先ぐらい、聞いておけばよかった。
あの、出会いと別れに臆病な娘は、今頃この別れに後悔を抱いているのだろ
うか?
この騒々しさで、別れの寂寥について忘れていてくれたら、嬉しい。
あのいけ好かない男と一緒にいる喜びで忘れていてくれたら、嬉しい。
新しい出会いと出来事で、この別れと出会いを糧にしてくれたら、嬉しい。
死において、断絶される別れであろうが。
得たものを破棄しないで、抱えて、糧にしてほしい。
傍観者ですら、そう思う。
傍観者でしかないからこそ、そう願う。
ふっ、とヴィルフリードは笑いを洩らした。
今、気づいた。
彼女のあの不安定さは、不良消化起こしているからだ。
だとすれば……相当根深いものなのだろうか。
青い空を横切り、鳥がさえずる。
遮断している境界の薄い板切れからは、男の痙攣した高い笑い声も聞こえ
た。
あのテーブルに転がっていた、虚ろな目の男の声だろうか?
鈍くなった頭に、響く。ヴィルフリードは、その音を頭の中に閉じ込めるよ
うに瞼を下ろす。
ヴィルフリードも、小さく、割れた声で笑う。
虚ろな目の男の姿が、傍観者の成れの果てに思えた。
笑えば笑うほど、悲しかった。
笑い声の割れ目が広がり、肺から喉へと通り抜けるひゅうひゅうという間の
抜けた音だけになった。
深呼吸をして、それを止めた。
懐からひっぱりだす。
鎖に戒められた短刀。出る間際、引っ掴んでいった、生命線。
鞘をしっかり握り、親指で鍔を押し出すように力をかける。
ギリ、と小さく鎖が張る。簡単に、壊れそうだ。
親指にかける力を、さらに
「終わったよ」
音もなく、隣にいるということは、確かめるまでもない。それでも、習慣的
に確認すると、やはりゼクスの見下ろす顔が見えた。
「……別にそれに意味は無いよ。
外しても、構わない。ただ、あんたには意味がない」
「……じゃぁ、お前には意味があるのか?」
挑発するように、笑ってみせた。しかし、ゼクスは笑ってそれをかわした。
「やっぱり、ここにいたんだね。
何? 仲間はずれにされて泣いてるの?」
「誰が泣くか」
短刀を懐におさめ、立ち上がって、尻についた土を払う。
「で。収穫はあったのかよ」
「さぁね」
「またそれかよ」
へッ、と笑いを吐き出す。
すると、ゼクスは、口元でわざとらしく大きく笑ってみせた。
「なら……正直に言おうか? 僕が、何を見たか。……あの子が何を体験した
のか」
「いらねぇな」
眉を大仰に上げ、つまらなそうに笑うゼクスの横を通り抜ける。
「あんたならそう言うと思った」
ヴィルフリードは、振り返って、ゼクスの顔を真っ直ぐ見つめてやり、挑戦
的なくらいニヤリと笑ってみせた。
「……なんでもかんでも、指先でいじくりまわして遊んでいたら、何にも掴め
なくなっちまうぜ? ゼクス」
言うだけ言って、再び階段を下りる。背後から聞こえるのは、冷め切ったゼ
クスの呟き。
「……おもしろくなったじゃないか、ヴィルフリード」
リタはカウンターに突っ伏して倒れていた。背中はわずかに上下している。
気を失っているだけのようだ。苦しんでいる様子は無い。
それを確認して、ヴィルフリードは、椅子に座って、グラスを掴み、宙に上
げてみせる。まだ半分ほど残っている液体が揺らめいて踊る。
楽しそうに……というよりは、酔っ払い特有の自棄的な、芝居がかった仕草
でヴィルフリードはゼクスに向かって呼びかけた。
「さて。まだ残ってるわけだが」
「……続けるかい?」
「勿論だ」
グラスの縁の両端を二本の指で挟んで吊り下げるように持ち、グラスをカウ
ンターに置く。重い空気に音が鈍く響く。指は、まだグラスに乗ったままだ。
「……短時間の間に何があった? 逃げるのがアンタのスタイルだったろう」
「腹を括っただけだ。
どいつもこいつも、俺をはじきやがる。そんなにオッサンを嫌わねぇでいい
じゃねぇかって思っちまうほどに、若いのに遠慮しやがる。
じゃぁ、どうしたらいいか」
テーブルの上で滑らせながらグラスをゼクスに押し出す。
「無理矢理入る? いや、逃げられるし、場合には嫌われちまう。それにな、
自覚したんだ。俺は、こういう時、介入できない臆病者だとな。
なら、どうするか」
指を、離す。
「手を、打つんだ。回避するための。
疎外から逃げるための牽制の攻撃が必要なら、やってやるさ。
さぁ、ゲーム再開だ。ゼクス」
ふん、と鼻を鳴らし、ゼクスはグラスを掴んだ。
「単刀直入に聞く。
今回のことは……誰かからの依頼だったんだな?」
「あぁ」
ゼクスはグラスに口をつけ、唇を塗らす。
「依頼は……終わったのか?」
「……まぁね」
「……目的は、どっちだったんだ」
「依頼の内容は言えないよ」
途端に、愉快そうな顔つきになるが、ヴィルフリードはもう、気にしない。
「依頼じゃない。ゼクス、あんたの興味だ。
あんたが、仕事だけで動くはずがない。あんたの場合、興味が重ならないと
動かないだろう」
再び、ゼクスはグラスを煽る。残りは3分の1だろうか。
「どっちだったんだ? フレアか」
「そうだよ」
「追いかけなかった、ということは、もう、彼女にはちょっかいを出さないと
見ていいのか?」
「……さぁね」
「それは、本当にわからないのか。それとも、答えたくないということか?」
「……調子に乗るんじゃない、ヴィルフリード」
グラスを掴む指の色が、圧迫されて黄色くなっていた。
暗さを伴った、瞳がギラついてヴィルフリードに向けられる。
「……勘違いしちゃいないさ。お前こそ、勘違いしているんじゃないのか?
いいか、これはゲームだ。お前が乗った、ゲームだ。熱くなった方が、負け
なんだ。
例え、今、あんたがここで俺を殺しても……そのときは、お前の負けだ」
しばらく、ゼクスはヴィルフリードを睨んでいたが、グラスを煽ると、目か
らは危険な光は失せていた。残り、4分の1。
「まぁ……今のは、俺がちょっとしつこすぎた。オーケイ、質問を変えよう…
…」
指先で、机を数回カツカツと鳴らして、ヴィルフリードは無意味な間を取
る。
そして、カツ、と指の動きを止め、一息吐いて、聞いた。
「……気は、済んだか?」
長い、沈黙。ゼクスが、グラスを煽る。残り、1口分か、というところで、
ゼクスは、ふぅ、と息を吐いた。
「一通りはね」
「そうか」
ヴィルフリードは、思わず安堵の息を洩らした。
「……さて。残り、これだけだけど。どうするんだい? それとも、もう終わ
りかい?」
ゼクスは、グラスの底で円を描き、揺らして見せ付ける。
ヴィルフリードは、顎に手を当て、しばらくそれを見つめる。そして、握っ
ていた短刀をテーブルに置いた。
「……じゃぁ、コイツについて聞きたい」
ゼクスの手の動きが止まった。グラスの中の液体だけが運動の余韻で踊って
みせる。
「調べたら、これは、元はあんたのモノのようだ。
これは、リタが持っていた。だけども、最初の夜は、お前さんは何にも言わ
なかった。ここの時点で、リタが持っていたとしたら、リタとお前の茶番だっ
つーことになるな。リタがアンタが通じているとか……ここだけの話、さっき
までちょいと思ってた。
だけどもな、さっきので分かった。リタの知り合いが、おそらくアンタの依
頼人だ。アンタが依頼人に、そして依頼人がリタに渡した……もしくは、リタ
の手元へ行くように手配した……ってところだろう?
……まぁ、そいつも後から聞かなきゃなんねぇけど」
テーブルに頭を載せているリタを見て、一息継ぐ。
「……で、本題だ。
コイツを人にほいほい渡せるようで、でも、アンタは……確実に、これに執
着を見せてる。
なんなんだ? これは」
突如、ゼクスはニィ、と笑って、一気にグラスを煽った。
「あ、ズリィっ!」
ヴィルフリードは思わず声を上げる。
カコン、とテーブルに置いたグラスの中身は空だった。
「ゲームはここまでだ、ヴィル」
「……愛称で呼ぶんじゃねぇよ。
ったく……自分で質問が無いか聞いておいて、それはねぇだろうに……」
がっくりと肩を落とすヴィルフリードを見て、ゼクスは声を洩らして笑いな
がら、テーブルに置かれた担当を六本の指で掴んだ。
「……コイツはね。本当に、別にたいしたことがない代物なんだよ。本当に、
くだらない用途の為だけにしか、使われないものなんだ。
お守りみたいなもんなんだ、僕にとってね」
「……ゲームが終わってから言うのかよ」
「ゲームが終わったから言うんだよ。
まさか、今のが本音だと思ったとでもいうのかい?」
ヴィルフリードは、答えなかった。
ゼクスは、真顔で見つめるヴィルフリードの顔をしばらく注視すると、笑み
が消えうせた。
「……ヴィル、やっぱり僕はあんたが嫌いだ」
「なら愛称で呼ぶんじゃねぇよ」
また、笑みの復活。
「嫌がるから呼ぶんだよ、ヴィル」
ゼクスが席から立ち上がった。
「さぁ、お開きだ。
……フラれたことだしね。追いかけてまで、彼女にちょっかいはかけない
よ」
「……だから、ゲーム終了後に言うんじゃねぇよ」
机に、顎を乗せて、ゼクスの背中を見送る。
ゼクスがドアノブに手をかけたところで、ふと、ヴィルは頭の中に1つの疑
問が浮かんだ。
「なぁ、ゼクス。
お前、本当にフレアのこと……」
ゼクスは扉を開けながら、ゆっくりと振り返った。
薄暗い店内に日が差し込み、光の筋が丁度ヴィルフリードの目に当たった。
ヴィルフリードは思わず、目を瞑る。
そして、聞こえた声は。
「ヴィル。
君は、一目惚れというものを解さないほどおいぼれちゃいないだろう?」
再び目を開けた時。開けっ放しのドアだけで、ゼクスの姿は無かった。
NPC:ゼクス
場所:酒場
-------------------------------------------------------
意味が分からない。
自分が鈍感なのか?
行く筋か抜けて裏通りから出ると、人の息づく気配が光と共に息吹いてきた
街通り。その中を、ヴィルフリードは一歩一歩の足を前に投げ出すようにして
歩いていた。
しかし、まだ残っている夜の冷気と、朝の日差しが、だんだんとヴィルフ
リードの怒りの熱を奪い、暗さを消していく。
そして、残ったもののは、冷め切った惨めさだ。
いつも、そうだ。
気づくと、自分のすぐ隣で、自分だけを取り残して事は突然加速していく。
一緒に走っていて、突如「迷惑をかけるから」と一人離れていく人は、すぐ
隣にいる人を残酷なまでに切り捨てているということを理解していないのだろ
うか?
自分はここにいるのに、まるでいないかのように振る舞われ、隣人は一人で
戦って、自分はボロボロに傷ついていく隣人を突っ立って傍観するだけ。
真正面から罵られるよりも、それは存在を否定されている。
それは……ただ、ひたすらにさびしい。
自分は、ただ「やめてしまえ」と思うだけだ。
何故、立ち向かうのだろう。
その姿勢は、逃げを軸に考えている自分を否定されているように思う。
清々しい空気。
先ほどの酒場で肺に溜め込んだ、湿気のある沈殿を思わせる空気が、呼吸で
交換されていく。
澱みが薄れて、クリアに、クリアになっていく。
いや。
この状況は……いつも、自分が逃げ出しているからだ。
無理矢理にでも介入することなんて、いつだってできていた。
拒否されようが、突っ込めばいいだけなのに。
今さっきだって、無理矢理にでもあの場に残っていればよかったんだ。
それをしなかったのは、自分だ。
介入する覚悟ができないのか。
相手の陣地に踏み込んで不興を買うのが怖かったからか。
どちらにしても。
悔しい。悲しい。情けない。
全部ひっくるめてじんわりと涙が滲み出た。
拳で拭って、それを止める。
「ちくしょう、俺も逃げてやろうか」
ヴィルフリードは、情けなく洩れる笑いをこぼしながら呟いた。
宿屋に戻って、町を出て、色んな仕事をして、色んな人と出会って、笑っ
て、別れて、それを繰り返して。
そして、また、隣人を傍観するのか。
踏み込まないくせに、孤独であることを嘆いて逃げるのか。
「あー……。チクショウ」
歩く。歩く。歩く。ただひたすらに、歩く。
行き着いたのは、先ほどの裏通りの酒場。
どうやっても傍観者にしかなれないのであれば、その立場を臨もうじゃない
か。
勇気も、覚悟も無いのだ。
ならば、甘んじるしかない。
肝要なところに連れて行ってくれないのならば、眺めながら待とう。
地下に続く階段の横の壁にもたれかかれ、地べたに座り込む。
薄い板のドアから、リタルードの、意味を成さぬ声が聞き取れる。
もう、始まっている。
ヴィルフリードはそれに静かに耳を澄まして聞く。
湿り気のある薄暗い通りでも、空の色と匂いで日が昇ってきていることがわ
かる。
霧はこの温もりで消えうせて、もうどこにも靄[もや]は無い。
あぁ、今日は晴れるな。
フレアとディアンの旅立ちにはいい日だ。
もう、街を出ている頃だろうか?
行き先ぐらい、聞いておけばよかった。
あの、出会いと別れに臆病な娘は、今頃この別れに後悔を抱いているのだろ
うか?
この騒々しさで、別れの寂寥について忘れていてくれたら、嬉しい。
あのいけ好かない男と一緒にいる喜びで忘れていてくれたら、嬉しい。
新しい出会いと出来事で、この別れと出会いを糧にしてくれたら、嬉しい。
死において、断絶される別れであろうが。
得たものを破棄しないで、抱えて、糧にしてほしい。
傍観者ですら、そう思う。
傍観者でしかないからこそ、そう願う。
ふっ、とヴィルフリードは笑いを洩らした。
今、気づいた。
彼女のあの不安定さは、不良消化起こしているからだ。
だとすれば……相当根深いものなのだろうか。
青い空を横切り、鳥がさえずる。
遮断している境界の薄い板切れからは、男の痙攣した高い笑い声も聞こえ
た。
あのテーブルに転がっていた、虚ろな目の男の声だろうか?
鈍くなった頭に、響く。ヴィルフリードは、その音を頭の中に閉じ込めるよ
うに瞼を下ろす。
ヴィルフリードも、小さく、割れた声で笑う。
虚ろな目の男の姿が、傍観者の成れの果てに思えた。
笑えば笑うほど、悲しかった。
笑い声の割れ目が広がり、肺から喉へと通り抜けるひゅうひゅうという間の
抜けた音だけになった。
深呼吸をして、それを止めた。
懐からひっぱりだす。
鎖に戒められた短刀。出る間際、引っ掴んでいった、生命線。
鞘をしっかり握り、親指で鍔を押し出すように力をかける。
ギリ、と小さく鎖が張る。簡単に、壊れそうだ。
親指にかける力を、さらに
「終わったよ」
音もなく、隣にいるということは、確かめるまでもない。それでも、習慣的
に確認すると、やはりゼクスの見下ろす顔が見えた。
「……別にそれに意味は無いよ。
外しても、構わない。ただ、あんたには意味がない」
「……じゃぁ、お前には意味があるのか?」
挑発するように、笑ってみせた。しかし、ゼクスは笑ってそれをかわした。
「やっぱり、ここにいたんだね。
何? 仲間はずれにされて泣いてるの?」
「誰が泣くか」
短刀を懐におさめ、立ち上がって、尻についた土を払う。
「で。収穫はあったのかよ」
「さぁね」
「またそれかよ」
へッ、と笑いを吐き出す。
すると、ゼクスは、口元でわざとらしく大きく笑ってみせた。
「なら……正直に言おうか? 僕が、何を見たか。……あの子が何を体験した
のか」
「いらねぇな」
眉を大仰に上げ、つまらなそうに笑うゼクスの横を通り抜ける。
「あんたならそう言うと思った」
ヴィルフリードは、振り返って、ゼクスの顔を真っ直ぐ見つめてやり、挑戦
的なくらいニヤリと笑ってみせた。
「……なんでもかんでも、指先でいじくりまわして遊んでいたら、何にも掴め
なくなっちまうぜ? ゼクス」
言うだけ言って、再び階段を下りる。背後から聞こえるのは、冷め切ったゼ
クスの呟き。
「……おもしろくなったじゃないか、ヴィルフリード」
リタはカウンターに突っ伏して倒れていた。背中はわずかに上下している。
気を失っているだけのようだ。苦しんでいる様子は無い。
それを確認して、ヴィルフリードは、椅子に座って、グラスを掴み、宙に上
げてみせる。まだ半分ほど残っている液体が揺らめいて踊る。
楽しそうに……というよりは、酔っ払い特有の自棄的な、芝居がかった仕草
でヴィルフリードはゼクスに向かって呼びかけた。
「さて。まだ残ってるわけだが」
「……続けるかい?」
「勿論だ」
グラスの縁の両端を二本の指で挟んで吊り下げるように持ち、グラスをカウ
ンターに置く。重い空気に音が鈍く響く。指は、まだグラスに乗ったままだ。
「……短時間の間に何があった? 逃げるのがアンタのスタイルだったろう」
「腹を括っただけだ。
どいつもこいつも、俺をはじきやがる。そんなにオッサンを嫌わねぇでいい
じゃねぇかって思っちまうほどに、若いのに遠慮しやがる。
じゃぁ、どうしたらいいか」
テーブルの上で滑らせながらグラスをゼクスに押し出す。
「無理矢理入る? いや、逃げられるし、場合には嫌われちまう。それにな、
自覚したんだ。俺は、こういう時、介入できない臆病者だとな。
なら、どうするか」
指を、離す。
「手を、打つんだ。回避するための。
疎外から逃げるための牽制の攻撃が必要なら、やってやるさ。
さぁ、ゲーム再開だ。ゼクス」
ふん、と鼻を鳴らし、ゼクスはグラスを掴んだ。
「単刀直入に聞く。
今回のことは……誰かからの依頼だったんだな?」
「あぁ」
ゼクスはグラスに口をつけ、唇を塗らす。
「依頼は……終わったのか?」
「……まぁね」
「……目的は、どっちだったんだ」
「依頼の内容は言えないよ」
途端に、愉快そうな顔つきになるが、ヴィルフリードはもう、気にしない。
「依頼じゃない。ゼクス、あんたの興味だ。
あんたが、仕事だけで動くはずがない。あんたの場合、興味が重ならないと
動かないだろう」
再び、ゼクスはグラスを煽る。残りは3分の1だろうか。
「どっちだったんだ? フレアか」
「そうだよ」
「追いかけなかった、ということは、もう、彼女にはちょっかいを出さないと
見ていいのか?」
「……さぁね」
「それは、本当にわからないのか。それとも、答えたくないということか?」
「……調子に乗るんじゃない、ヴィルフリード」
グラスを掴む指の色が、圧迫されて黄色くなっていた。
暗さを伴った、瞳がギラついてヴィルフリードに向けられる。
「……勘違いしちゃいないさ。お前こそ、勘違いしているんじゃないのか?
いいか、これはゲームだ。お前が乗った、ゲームだ。熱くなった方が、負け
なんだ。
例え、今、あんたがここで俺を殺しても……そのときは、お前の負けだ」
しばらく、ゼクスはヴィルフリードを睨んでいたが、グラスを煽ると、目か
らは危険な光は失せていた。残り、4分の1。
「まぁ……今のは、俺がちょっとしつこすぎた。オーケイ、質問を変えよう…
…」
指先で、机を数回カツカツと鳴らして、ヴィルフリードは無意味な間を取
る。
そして、カツ、と指の動きを止め、一息吐いて、聞いた。
「……気は、済んだか?」
長い、沈黙。ゼクスが、グラスを煽る。残り、1口分か、というところで、
ゼクスは、ふぅ、と息を吐いた。
「一通りはね」
「そうか」
ヴィルフリードは、思わず安堵の息を洩らした。
「……さて。残り、これだけだけど。どうするんだい? それとも、もう終わ
りかい?」
ゼクスは、グラスの底で円を描き、揺らして見せ付ける。
ヴィルフリードは、顎に手を当て、しばらくそれを見つめる。そして、握っ
ていた短刀をテーブルに置いた。
「……じゃぁ、コイツについて聞きたい」
ゼクスの手の動きが止まった。グラスの中の液体だけが運動の余韻で踊って
みせる。
「調べたら、これは、元はあんたのモノのようだ。
これは、リタが持っていた。だけども、最初の夜は、お前さんは何にも言わ
なかった。ここの時点で、リタが持っていたとしたら、リタとお前の茶番だっ
つーことになるな。リタがアンタが通じているとか……ここだけの話、さっき
までちょいと思ってた。
だけどもな、さっきので分かった。リタの知り合いが、おそらくアンタの依
頼人だ。アンタが依頼人に、そして依頼人がリタに渡した……もしくは、リタ
の手元へ行くように手配した……ってところだろう?
……まぁ、そいつも後から聞かなきゃなんねぇけど」
テーブルに頭を載せているリタを見て、一息継ぐ。
「……で、本題だ。
コイツを人にほいほい渡せるようで、でも、アンタは……確実に、これに執
着を見せてる。
なんなんだ? これは」
突如、ゼクスはニィ、と笑って、一気にグラスを煽った。
「あ、ズリィっ!」
ヴィルフリードは思わず声を上げる。
カコン、とテーブルに置いたグラスの中身は空だった。
「ゲームはここまでだ、ヴィル」
「……愛称で呼ぶんじゃねぇよ。
ったく……自分で質問が無いか聞いておいて、それはねぇだろうに……」
がっくりと肩を落とすヴィルフリードを見て、ゼクスは声を洩らして笑いな
がら、テーブルに置かれた担当を六本の指で掴んだ。
「……コイツはね。本当に、別にたいしたことがない代物なんだよ。本当に、
くだらない用途の為だけにしか、使われないものなんだ。
お守りみたいなもんなんだ、僕にとってね」
「……ゲームが終わってから言うのかよ」
「ゲームが終わったから言うんだよ。
まさか、今のが本音だと思ったとでもいうのかい?」
ヴィルフリードは、答えなかった。
ゼクスは、真顔で見つめるヴィルフリードの顔をしばらく注視すると、笑み
が消えうせた。
「……ヴィル、やっぱり僕はあんたが嫌いだ」
「なら愛称で呼ぶんじゃねぇよ」
また、笑みの復活。
「嫌がるから呼ぶんだよ、ヴィル」
ゼクスが席から立ち上がった。
「さぁ、お開きだ。
……フラれたことだしね。追いかけてまで、彼女にちょっかいはかけない
よ」
「……だから、ゲーム終了後に言うんじゃねぇよ」
机に、顎を乗せて、ゼクスの背中を見送る。
ゼクスがドアノブに手をかけたところで、ふと、ヴィルは頭の中に1つの疑
問が浮かんだ。
「なぁ、ゼクス。
お前、本当にフレアのこと……」
ゼクスは扉を開けながら、ゆっくりと振り返った。
薄暗い店内に日が差し込み、光の筋が丁度ヴィルフリードの目に当たった。
ヴィルフリードは思わず、目を瞑る。
そして、聞こえた声は。
「ヴィル。
君は、一目惚れというものを解さないほどおいぼれちゃいないだろう?」
再び目を開けた時。開けっ放しのドアだけで、ゼクスの姿は無かった。
PR
トラックバック
トラックバックURL: