PT:ヴィルフリード、ディアン、フレア、リタルード
NPC:ゼクス
場所:宿屋
---------------------------------------
「おっと」
窓から降りたリタルードをヴィルフリードはぼふっと受け止める。
「ありがとー。いやー、最近なんか僕人間好きかもー」
「この状況からどうしてそういう感想がでてくるか、俺にはさっぱりわかないぞ」
リタルードを地面におろして、ヴィルフリードが怪訝な顔をする。
「ん、ここ最近なんか僕とくになつっこい性格でー。
なんだろう年齢的なものかなぁ。さっきも大好きとか言っちゃうし。
で、これからどうするの?」
「脈絡ねぇな」
「だって寝てないし。とりあえず中に入る?」
「そうだな」
「----おや」
ちょうど窓三つ分くらい離れたところから、壁に手をついて二人に声をかけた人物が
あった。
先ほどまでそこにいたのではなく、恐らくは露ほどの気配も感じさせずにたった今こ
こに出現した-----。
「ゼクス……」
ヴィルフリードがかすれた声で呟く。
壁に押し付けるように広げられた指の数は、六本。
「おかしいな。誰もいないはずだったのに。
僕がここにくるまでに窓から飛び降りでもしたのかな」
いやそれ本当なんだけど、とか。
軽口を叩けないのは、彼という存在が放つ奇妙な威圧感のせい。
その圧力は彼の持つ魔力に由来するものなのか、魔力など関係なしに彼が持っている
力なのか。
彼から受ける印象は、明るい髪の色にも関わらず星も月も全ての光をさえぎったとき
のべったりとした闇夜の色。
「何しに、きたの?」
「探し物をしに」
簡潔に答えると、ゼクスは壁から手を離す。その向こうから、なんだか騒がしい声が
聞こえるような気がする。
何をしていたと、尋ねるべきなのだろうか。
「君たちはあの女の子の連れなのかな?」
「そういうことになるな」
「あぁ、ちょうどよかった」
不可解な言葉を吐くと、彼は踵を返して宿の入り口のほうに歩を進める。ヴィルフ
リードが何か言おうとして、その前に彼がこちらを振り返った。
「どうせなら中で話でもしよう。少し騒ぎになっているかもしれないけどじきに収ま
るだろうし。
おそらく彼女も僕を探しているだろう」
ゼクスの声が笑いを含んでいるように聞こえるのは、彼が結局のところ自分に逆らえ
る人間などほとんどいないことを心得ているからなのだろうか、とリタルードはふと
その時思った。
NPC:ゼクス
場所:宿屋
---------------------------------------
「おっと」
窓から降りたリタルードをヴィルフリードはぼふっと受け止める。
「ありがとー。いやー、最近なんか僕人間好きかもー」
「この状況からどうしてそういう感想がでてくるか、俺にはさっぱりわかないぞ」
リタルードを地面におろして、ヴィルフリードが怪訝な顔をする。
「ん、ここ最近なんか僕とくになつっこい性格でー。
なんだろう年齢的なものかなぁ。さっきも大好きとか言っちゃうし。
で、これからどうするの?」
「脈絡ねぇな」
「だって寝てないし。とりあえず中に入る?」
「そうだな」
「----おや」
ちょうど窓三つ分くらい離れたところから、壁に手をついて二人に声をかけた人物が
あった。
先ほどまでそこにいたのではなく、恐らくは露ほどの気配も感じさせずにたった今こ
こに出現した-----。
「ゼクス……」
ヴィルフリードがかすれた声で呟く。
壁に押し付けるように広げられた指の数は、六本。
「おかしいな。誰もいないはずだったのに。
僕がここにくるまでに窓から飛び降りでもしたのかな」
いやそれ本当なんだけど、とか。
軽口を叩けないのは、彼という存在が放つ奇妙な威圧感のせい。
その圧力は彼の持つ魔力に由来するものなのか、魔力など関係なしに彼が持っている
力なのか。
彼から受ける印象は、明るい髪の色にも関わらず星も月も全ての光をさえぎったとき
のべったりとした闇夜の色。
「何しに、きたの?」
「探し物をしに」
簡潔に答えると、ゼクスは壁から手を離す。その向こうから、なんだか騒がしい声が
聞こえるような気がする。
何をしていたと、尋ねるべきなのだろうか。
「君たちはあの女の子の連れなのかな?」
「そういうことになるな」
「あぁ、ちょうどよかった」
不可解な言葉を吐くと、彼は踵を返して宿の入り口のほうに歩を進める。ヴィルフ
リードが何か言おうとして、その前に彼がこちらを振り返った。
「どうせなら中で話でもしよう。少し騒ぎになっているかもしれないけどじきに収ま
るだろうし。
おそらく彼女も僕を探しているだろう」
ゼクスの声が笑いを含んでいるように聞こえるのは、彼が結局のところ自分に逆らえ
る人間などほとんどいないことを心得ているからなのだろうか、とリタルードはふと
その時思った。
PR
PT:ヴィルフリード、ディアン、フレア、リタルード
NPC:ゼクス
場所:宿屋
---------------------------------------
「・・・ふん?」
誰だ?
俺の足元でバカでかい気配を放ってるヤツぁ?
旅支度の手を途中で止めて、俺は床板に目をやった。
誰かが、この真下にいやがる。
今、俺の背筋を震わせた気配は、例えるならふちに立った旅人を引き込まずにはい
られない、千尋の谷の持つ虚無感。
久しく感じたことの無い、巨大なプレッシャーの片鱗を感じて俺は軽く身震いし
た。
「ここまででかいと、もう、瘴気つっても言いすぎじゃねーか・・・」
例えば聖人や聖女の持つそれならば、他者にはプラスに働くこともある。
活力や気力を与えたり、何らかの清らかな空間が作られることがほとんどだ。
だが、コイツは違う。
弱者の力を奪い、見るものの心に恐怖の影を与える負の気配。
それを人は、瘴気と呼んで忌み嫌う。
確か、まだフレアは二階に上がってきてはいないよな?
やりあいたくないからって、窓からとんずらするわけにゃあイカンか・・・
「なぁ、なんだか俺、最近・・・面倒事に巻き込まれてばっかじゃねぇか?」
傍らの愛刀に愚痴るが、返事は返ってくるはずもなく。
俺はため息一つを残して、無口な相棒を手に取った。
鉄拵えの鞘を握ったとき、そのひんやりとした感触に、俺は自分の掌が火照ってい
たことを知った。
(気配に触発されて高ぶっていたか・・・まだまだだな)
一つ息を吐き、体の力を抜いて心を八方に散らせる。
(固まらず、放心せよ。心を空気に溶け込ませ、周囲の全てを我が物とせよ)
心の中で、刀術中伝の口伝を復唱しながらゆるり、と歩を進める。
扉を開け、ゆっくりと階下に向かう。
階段を静かに下りながら、耳だけは1階に集中させる。
恐らく誰かが瘴気にやられたのだろう、宿の人間が巡回兵を呼ぶ大声が聞こえる。
そして、フレアの火を吐くような声も・・・
NPC:ゼクス
場所:宿屋
---------------------------------------
「・・・ふん?」
誰だ?
俺の足元でバカでかい気配を放ってるヤツぁ?
旅支度の手を途中で止めて、俺は床板に目をやった。
誰かが、この真下にいやがる。
今、俺の背筋を震わせた気配は、例えるならふちに立った旅人を引き込まずにはい
られない、千尋の谷の持つ虚無感。
久しく感じたことの無い、巨大なプレッシャーの片鱗を感じて俺は軽く身震いし
た。
「ここまででかいと、もう、瘴気つっても言いすぎじゃねーか・・・」
例えば聖人や聖女の持つそれならば、他者にはプラスに働くこともある。
活力や気力を与えたり、何らかの清らかな空間が作られることがほとんどだ。
だが、コイツは違う。
弱者の力を奪い、見るものの心に恐怖の影を与える負の気配。
それを人は、瘴気と呼んで忌み嫌う。
確か、まだフレアは二階に上がってきてはいないよな?
やりあいたくないからって、窓からとんずらするわけにゃあイカンか・・・
「なぁ、なんだか俺、最近・・・面倒事に巻き込まれてばっかじゃねぇか?」
傍らの愛刀に愚痴るが、返事は返ってくるはずもなく。
俺はため息一つを残して、無口な相棒を手に取った。
鉄拵えの鞘を握ったとき、そのひんやりとした感触に、俺は自分の掌が火照ってい
たことを知った。
(気配に触発されて高ぶっていたか・・・まだまだだな)
一つ息を吐き、体の力を抜いて心を八方に散らせる。
(固まらず、放心せよ。心を空気に溶け込ませ、周囲の全てを我が物とせよ)
心の中で、刀術中伝の口伝を復唱しながらゆるり、と歩を進める。
扉を開け、ゆっくりと階下に向かう。
階段を静かに下りながら、耳だけは1階に集中させる。
恐らく誰かが瘴気にやられたのだろう、宿の人間が巡回兵を呼ぶ大声が聞こえる。
そして、フレアの火を吐くような声も・・・
キャスト:ヴィルフリード・リタルード・ディアン・フレア
NPC:ゼクス
場所:宿屋
―――――――――――――――
いつからかわからないが、床に座っていた。
倒れた椅子の向こうにカウンターが見える。そこには誰もいない。
誰も。
突如、自分の喉が震えた。息が漏れる。それは悲鳴と呼べるほど
澄んだ音ではなかったが、悲鳴より激しく鼓膜を叩いた。
座っている床が、すがるようにもたれている漆喰の壁が。
染みの浮いた天井でさえ。
すべてが揺れている。
いや――
揺れているのは、自分。
(止めないと!)
そう思って手に力を入れるが、壁に爪が立たない。
仕方なく、フレアは座ったまましっかり壁に背を預けた。
すると。
突如、両肩ごしに手が伸びてきた。
驚くと同時、その痩せた6本の指が顔を包むのを待ってしまう。
その体温の低さに愕然とし、背中にあたった壁の硬さに戦慄する。
「言っただろ。また会おうって」
視界が暗転した。
・・・★・・・
ざぁあああああ……。
雑音に近い、不安定なリズムが闇を支配している。
心地よいものではないが、どこかで聞いた事のある懐かしい響き。
(雨…?)
首をかしげる。ふ、と肩口にそろった髪がむき出しの肩をなでた。
変化に驚いて首に手をやろうとするが、鎖に繋がれてでもしているのか
重くて動かせない。
裸足の下に、砂を感じる。硬いのは石か、貝か。
頭の上で、誰かが自分を前にして口論している。話し合いの度を越して、
ただの怒鳴りあいである。
この子ひとりと俺ら全員、どっちが大事なんだ――
そう苦しまないようにやるから――
これは運命だ――
意外と大勢がいるらしい。豪雨だというのに、傘に当たる雨粒の出す、
あの特有な音は聞こえない。
お願いだから――
昔からやってきたことなんだ――
こんな酷い事をして本気でどうにかなるとでも――
視界が開けた。
目の前は、まるで色味のない世界だった。
上が空で、下が海。
灰色の紙に横線を引いただけの、どうしようもない光景。
色を探して上を見上げる。
消し炭色の空から大量の雨が降っている。
まともにそれを浴びながら、落胆してぐるりと周囲を見渡す。
一言で言えば岬である。
海があり、その上に崖があり、
斜下には小さな砂浜と茂み。
今は荒れているけれど、そこが晴れたら驚くほど綺麗なのをなぜか知っている。
自分が立っているのは、その岬の尖端。
着ているのは麻でできた白っぽいワンピースだった。
そこから出ている肩は異常に小さい。手も、足も。
お前ひとりで、みんなが助かるんだよ――
崖から放り投げだされて、フレアは絶叫した。
NPC:ゼクス
場所:宿屋
―――――――――――――――
いつからかわからないが、床に座っていた。
倒れた椅子の向こうにカウンターが見える。そこには誰もいない。
誰も。
突如、自分の喉が震えた。息が漏れる。それは悲鳴と呼べるほど
澄んだ音ではなかったが、悲鳴より激しく鼓膜を叩いた。
座っている床が、すがるようにもたれている漆喰の壁が。
染みの浮いた天井でさえ。
すべてが揺れている。
いや――
揺れているのは、自分。
(止めないと!)
そう思って手に力を入れるが、壁に爪が立たない。
仕方なく、フレアは座ったまましっかり壁に背を預けた。
すると。
突如、両肩ごしに手が伸びてきた。
驚くと同時、その痩せた6本の指が顔を包むのを待ってしまう。
その体温の低さに愕然とし、背中にあたった壁の硬さに戦慄する。
「言っただろ。また会おうって」
視界が暗転した。
・・・★・・・
ざぁあああああ……。
雑音に近い、不安定なリズムが闇を支配している。
心地よいものではないが、どこかで聞いた事のある懐かしい響き。
(雨…?)
首をかしげる。ふ、と肩口にそろった髪がむき出しの肩をなでた。
変化に驚いて首に手をやろうとするが、鎖に繋がれてでもしているのか
重くて動かせない。
裸足の下に、砂を感じる。硬いのは石か、貝か。
頭の上で、誰かが自分を前にして口論している。話し合いの度を越して、
ただの怒鳴りあいである。
この子ひとりと俺ら全員、どっちが大事なんだ――
そう苦しまないようにやるから――
これは運命だ――
意外と大勢がいるらしい。豪雨だというのに、傘に当たる雨粒の出す、
あの特有な音は聞こえない。
お願いだから――
昔からやってきたことなんだ――
こんな酷い事をして本気でどうにかなるとでも――
視界が開けた。
目の前は、まるで色味のない世界だった。
上が空で、下が海。
灰色の紙に横線を引いただけの、どうしようもない光景。
色を探して上を見上げる。
消し炭色の空から大量の雨が降っている。
まともにそれを浴びながら、落胆してぐるりと周囲を見渡す。
一言で言えば岬である。
海があり、その上に崖があり、
斜下には小さな砂浜と茂み。
今は荒れているけれど、そこが晴れたら驚くほど綺麗なのをなぜか知っている。
自分が立っているのは、その岬の尖端。
着ているのは麻でできた白っぽいワンピースだった。
そこから出ている肩は異常に小さい。手も、足も。
お前ひとりで、みんなが助かるんだよ――
崖から放り投げだされて、フレアは絶叫した。
キャスト:ヴィルフリード・リタルード・ディアン・フレア
NPC:ゼクス
場所:宿屋
―――――――――――――――
ゼクスは、ふと立ち止まり、宿の壁を楽しそうな表情で見つめる。
嫌な予感がヴィルフリードの背中を悪寒として走る。無意味なことだろう……
が、気づけば手を伸ばしかけていた。
が、それと同時に、ゼクスが壁に溶けるようにして消えた。
そして。
フレアの悲鳴が聞こえた。
リタとヴィルフリードは、急いで宿に入り、悲鳴の聞こえた食堂に駆けつけ
る。
壁に身を預けるように、ぐったりと崩れているフレア。一見静かに眠っている
ようにも見える。が、彼女の顔色は蒼白だった。
「何をした!」
ヴィルフリードが叫ぶ。
そしてゼクスの顔に拳が埋め込まれ、吹っ飛んだ。
殴ったのは、ヴィルフリードではない。むしろ、ヴィルフリードは目を見開い
て、その光景に驚いる様子だ。殴ったのは……ディアンだ。
「……なんだ? テメェ」
ディアンの表情は、とても冷たかった。その面の下に隠されている、ドロドロ
とした熱い感情を、瞳からリタは感じ取り、恐れ慄いた。
だが、リタはすぐに、更なる恐怖を抱くことになる。
「……おもしろい気配が増えたと思ったら……君かァ」
笑いの含まれた声が流れる。その声の主は、勿論ゼクスだ。
ゼクスの口の端は切れ、口元から血が流れていた。だが、それだけだ。『それ
だけ』で、他には何のダメージも……痛みも何も存在していないような振る舞い
であった。
そして、その顔にはやはり、あの不気味な笑みが張り付いていた。
今度は、ゆっくりと、リタとヴィルフリード方を向く。
「あぁ、ゴメンゴメン。結果的に嘘をついてしまったことになるかな。
『話をする』とか、君達には言ったっけ?
……いやぁ、つい、思わず、なんだよ。だってさぁ。からかいたくなっちゃう
じゃない? ねぇ?
好きな子には意地悪をしたくなっちゃうクチだったろ? ヴィルフリードも
さ」
名指しされたヴィルフリードは露骨に嫌な顔をする。
「……名前を覚えていたとは、光栄だな」
「そりゃ覚えているよ。嫌いなタイプだから」
「そりゃぁ、ありがたいこった」
「それよりも」
二人の会話を塞いだのは、ディアンだった。
「何処のどちら様だ? テメェはよぉ。
それと。フレアに何をした? いや、何故、こんなことをした? 答えてもら
おうか」
今度は、愛刀「破軍」を抜き身にして、ゼクスにその切っ先を向ける。
「物騒な人だね。キミは
そうだね。君とは初対面だ。自己紹介からしよう。
僕はゼクス。祝福と呪いをこの身に受けた男だ。よろしく」
握手を求めるように、ディアンに6本指の手を差し伸べる。
どっ
その音が、その差し伸ばされた腕が床に落ちた音だと理解するのに、リタは数
秒の時間を要した。
「……仲良くする気なんざァ、ねぇんだよ。とっとと次を説明しな。
殺してやるからよ」
リタは、床に落ちている腕から、ゼクスの顔へゆっくりと視線を移す。腕を切
断されたゼクスの表情など、想像もできなかった。
ゼクスの両眼は今までに無いほど見開かれていた。だが。口元には歓喜と呼べ
るほどの笑みが、そこにはあった。
隣にいるヴィルフリードの唾を飲み込む音が、リタの耳に鮮やかに聞こえた。
その音を聴いた瞬間、リタはコトの異常さに気づく。
何故、この腕はただ、人形のように、ごろりと転がっているのだ?
この場面に無ければならないものが、何故、ここにない?
流れるべき、『あれ』はどこにあるというのだ?
「……ハハ。驚いた。
そして、君のことが好きになったよ」
ゼクスは左手で、床に落ちた右腕を拾う。
血が少しも流れていない、奇麗な断面図が見える。血が流れていない分だけ、
その光景はとてもグロテスクに見えた。
そして、切り口に、拾った右腕を合わせられる。2、3秒が経過し、添えられ
た左手が離される。が、右腕は落ちない。それどころか、右手の指の先が動いた
のだ。
……つまり、切断された右腕は、再び繋がっていた。
「……何モンだ……? テメェ」
「言ったろう? 祝福と呪いを受けている、ってね。無駄なんだ。そーゆーモノ
は。
自分でもどうにもならないんだ」
優しく微笑む。だが、その様子はある種の壮絶さが窺えた。
そのとき、食堂の入り口で音がした。宿屋の亭主が、脅えた表情で尻餅をつい
ている。
「ば……ば、バケモノ……」
擦れた声が亭主の喉から絞り出される。
ゼクスは無言でその亭主に近づく。その動作の気配の無さに、3人は『動い
た』という認識が一瞬遅れる。
ゼクスは、亭主の額に手を伸ばす。
亭主は、ヒィ、と、短い悲鳴を漏らすが、身体がすくんで動けない。
そして、額にその禍々しい指が触れると、亭主はガクリと倒れた。
「……うるさいよ、お前」
3人には、その時のゼクスの表情は見えなかったが、その声には、今まで含ま
れていた、楽しそうな響きが排除されていた。
再びこちらを振り返ったゼクスの表情は、やはり変わりが無かった。
「肉体の構成の変化。僕の特技の一つなんだ。
どうやら、生命維持に関することだと、僕の意思とは関係なく作用するみたい
でね。
ちなみに、他人に触れることが出来れば……こんな風にもできるんだ」
ゆったりと、散歩でもするかのように、食堂を歩くゼクス。
ディアンは、その様子を醒めた目で見ていた。動じた様子は、傍からは全く見
られない。本当に、何も動じていないのか。それとも、その衝撃よりも内に渦巻
く感情のほうが大きいからなのか。
「……そいつぁ、楽しい体質だなぁ。
どこまで刻んだら戻れなくなるのか、試したことは無ェんだろ?
なに、遠慮はいらんぜ。俺が寸刻みで試してやらァ」
「やめとくよ。試したことは無いが、寸刻みでも生きていたら、気持ち悪いだろ
う?
ねぇ? そこのキミもそう思うだろう?」
リタに話題を振るが、リタは何も答えることはできない。聴覚が鈍り、その
分、皮膚の内側に流れる脈動が大きく感じる。
恐怖なのか。それとも……この場でも尚且つ反応する、ゼクスに対する好奇心
なのか。
リタ自身にはそれが判断できなかった
「……まぁいいや。ともかく。他の質問に答えなくていいのかい?
僕がこの子に何をしたのか。何故、この子なのか
……そして、この子が目覚める方法を知りたくは無いかい?」
その言葉を聞き、3人はピクリと反応する。
ゼクスはそれを見ると、満足そうに笑う。そして、腕を大仰に振り、やや過剰
な身振りをする。その様は舞台演劇を連想させる。
「脳に刺激をある程度与えて夢を見てもらってるだけだよ。命に別状は無い。…
…とはいっても、このままの状態が続くようであれば、いずれ衰弱死するだろう
けどね。
目が醒める方法は二つだ。自力で目覚めるか。僕が目覚めさせるか。
……だから、僕をどうこうして、目覚めるってことは、有り得ないんだよ」
広げていた手を、フレアの頭に伸ばす。
「触んじゃねぇよ」
ディアンがその6本の指の行く先を刀でふさぐ。
ゼクスは、軽く肩をすくめ、「ヤレヤレ」というように手を上げてみせる。
「嫉妬深い男は嫌われるよ?
……まぁ、彼女は魅力的だから、独占したい気持ちは分かるけどね。
うん……そうだね。『理由』……。理由も、それかもしれないね」
ゼクスは一人で何か納得したように頷く。
「彼女の魅力……それにソソられるんだよ。
大胆で臆病。
賢くもあり愚かでもある。
頑健なようで酷く脆い。
そんな、不安定な状態でありながら、彼女は純粋だ。
その純粋さが、本来のものなのか。眠っているモノを揺り起こして、対面させ
ても尚、その純粋さを保ち続けられるかどうか。
……興味が湧かないか?
打ちのめされた彼女の姿。狂う彼女の姿。……もしくは、それを打破する彼女
の姿」
唄でも詠うように、ゼクスは語る。そして、うっとりとした表情で、フレアを
見つめた。
ディアンには、それが触れるよりもいやらしい行為のように思え、心の隅がチ
リチリと焦げる感覚を味わっていた。
「明日、もう一度来るよ。それまでに目が醒めていなかったら、彼女を起こす。
それまで、細切れにするのを待ってもいいとは思わないかい?」
そっと、ディアンの刀を指先でそっと押しのけるゼクス。
「危害を加えるつもりは無いよ。
だって、僕は彼女が好きだからね」
それは、どんな言葉よりも純粋でありながら、同時におぞましい響きを持って
いた。
「そこの倒れている男も、ただ寝ているだけだよ。
ただ、ちょっと記憶が跳んでるけどもね」
そしてゼクスは再び歩みを進めだした。
と。その足取りがピタリと止まる。
リタの隣で。
そして、肩に手が置かれ、リタはびくりと反応する。
「……そうそう。返してもらおうか? そのキミの持っている、モノ。
それは、君にとっては何の意味が無いモノだ」
その声の底には氷のような冷たさが含まれていた……。
NPC:ゼクス
場所:宿屋
―――――――――――――――
ゼクスは、ふと立ち止まり、宿の壁を楽しそうな表情で見つめる。
嫌な予感がヴィルフリードの背中を悪寒として走る。無意味なことだろう……
が、気づけば手を伸ばしかけていた。
が、それと同時に、ゼクスが壁に溶けるようにして消えた。
そして。
フレアの悲鳴が聞こえた。
リタとヴィルフリードは、急いで宿に入り、悲鳴の聞こえた食堂に駆けつけ
る。
壁に身を預けるように、ぐったりと崩れているフレア。一見静かに眠っている
ようにも見える。が、彼女の顔色は蒼白だった。
「何をした!」
ヴィルフリードが叫ぶ。
そしてゼクスの顔に拳が埋め込まれ、吹っ飛んだ。
殴ったのは、ヴィルフリードではない。むしろ、ヴィルフリードは目を見開い
て、その光景に驚いる様子だ。殴ったのは……ディアンだ。
「……なんだ? テメェ」
ディアンの表情は、とても冷たかった。その面の下に隠されている、ドロドロ
とした熱い感情を、瞳からリタは感じ取り、恐れ慄いた。
だが、リタはすぐに、更なる恐怖を抱くことになる。
「……おもしろい気配が増えたと思ったら……君かァ」
笑いの含まれた声が流れる。その声の主は、勿論ゼクスだ。
ゼクスの口の端は切れ、口元から血が流れていた。だが、それだけだ。『それ
だけ』で、他には何のダメージも……痛みも何も存在していないような振る舞い
であった。
そして、その顔にはやはり、あの不気味な笑みが張り付いていた。
今度は、ゆっくりと、リタとヴィルフリード方を向く。
「あぁ、ゴメンゴメン。結果的に嘘をついてしまったことになるかな。
『話をする』とか、君達には言ったっけ?
……いやぁ、つい、思わず、なんだよ。だってさぁ。からかいたくなっちゃう
じゃない? ねぇ?
好きな子には意地悪をしたくなっちゃうクチだったろ? ヴィルフリードも
さ」
名指しされたヴィルフリードは露骨に嫌な顔をする。
「……名前を覚えていたとは、光栄だな」
「そりゃ覚えているよ。嫌いなタイプだから」
「そりゃぁ、ありがたいこった」
「それよりも」
二人の会話を塞いだのは、ディアンだった。
「何処のどちら様だ? テメェはよぉ。
それと。フレアに何をした? いや、何故、こんなことをした? 答えてもら
おうか」
今度は、愛刀「破軍」を抜き身にして、ゼクスにその切っ先を向ける。
「物騒な人だね。キミは
そうだね。君とは初対面だ。自己紹介からしよう。
僕はゼクス。祝福と呪いをこの身に受けた男だ。よろしく」
握手を求めるように、ディアンに6本指の手を差し伸べる。
どっ
その音が、その差し伸ばされた腕が床に落ちた音だと理解するのに、リタは数
秒の時間を要した。
「……仲良くする気なんざァ、ねぇんだよ。とっとと次を説明しな。
殺してやるからよ」
リタは、床に落ちている腕から、ゼクスの顔へゆっくりと視線を移す。腕を切
断されたゼクスの表情など、想像もできなかった。
ゼクスの両眼は今までに無いほど見開かれていた。だが。口元には歓喜と呼べ
るほどの笑みが、そこにはあった。
隣にいるヴィルフリードの唾を飲み込む音が、リタの耳に鮮やかに聞こえた。
その音を聴いた瞬間、リタはコトの異常さに気づく。
何故、この腕はただ、人形のように、ごろりと転がっているのだ?
この場面に無ければならないものが、何故、ここにない?
流れるべき、『あれ』はどこにあるというのだ?
「……ハハ。驚いた。
そして、君のことが好きになったよ」
ゼクスは左手で、床に落ちた右腕を拾う。
血が少しも流れていない、奇麗な断面図が見える。血が流れていない分だけ、
その光景はとてもグロテスクに見えた。
そして、切り口に、拾った右腕を合わせられる。2、3秒が経過し、添えられ
た左手が離される。が、右腕は落ちない。それどころか、右手の指の先が動いた
のだ。
……つまり、切断された右腕は、再び繋がっていた。
「……何モンだ……? テメェ」
「言ったろう? 祝福と呪いを受けている、ってね。無駄なんだ。そーゆーモノ
は。
自分でもどうにもならないんだ」
優しく微笑む。だが、その様子はある種の壮絶さが窺えた。
そのとき、食堂の入り口で音がした。宿屋の亭主が、脅えた表情で尻餅をつい
ている。
「ば……ば、バケモノ……」
擦れた声が亭主の喉から絞り出される。
ゼクスは無言でその亭主に近づく。その動作の気配の無さに、3人は『動い
た』という認識が一瞬遅れる。
ゼクスは、亭主の額に手を伸ばす。
亭主は、ヒィ、と、短い悲鳴を漏らすが、身体がすくんで動けない。
そして、額にその禍々しい指が触れると、亭主はガクリと倒れた。
「……うるさいよ、お前」
3人には、その時のゼクスの表情は見えなかったが、その声には、今まで含ま
れていた、楽しそうな響きが排除されていた。
再びこちらを振り返ったゼクスの表情は、やはり変わりが無かった。
「肉体の構成の変化。僕の特技の一つなんだ。
どうやら、生命維持に関することだと、僕の意思とは関係なく作用するみたい
でね。
ちなみに、他人に触れることが出来れば……こんな風にもできるんだ」
ゆったりと、散歩でもするかのように、食堂を歩くゼクス。
ディアンは、その様子を醒めた目で見ていた。動じた様子は、傍からは全く見
られない。本当に、何も動じていないのか。それとも、その衝撃よりも内に渦巻
く感情のほうが大きいからなのか。
「……そいつぁ、楽しい体質だなぁ。
どこまで刻んだら戻れなくなるのか、試したことは無ェんだろ?
なに、遠慮はいらんぜ。俺が寸刻みで試してやらァ」
「やめとくよ。試したことは無いが、寸刻みでも生きていたら、気持ち悪いだろ
う?
ねぇ? そこのキミもそう思うだろう?」
リタに話題を振るが、リタは何も答えることはできない。聴覚が鈍り、その
分、皮膚の内側に流れる脈動が大きく感じる。
恐怖なのか。それとも……この場でも尚且つ反応する、ゼクスに対する好奇心
なのか。
リタ自身にはそれが判断できなかった
「……まぁいいや。ともかく。他の質問に答えなくていいのかい?
僕がこの子に何をしたのか。何故、この子なのか
……そして、この子が目覚める方法を知りたくは無いかい?」
その言葉を聞き、3人はピクリと反応する。
ゼクスはそれを見ると、満足そうに笑う。そして、腕を大仰に振り、やや過剰
な身振りをする。その様は舞台演劇を連想させる。
「脳に刺激をある程度与えて夢を見てもらってるだけだよ。命に別状は無い。…
…とはいっても、このままの状態が続くようであれば、いずれ衰弱死するだろう
けどね。
目が醒める方法は二つだ。自力で目覚めるか。僕が目覚めさせるか。
……だから、僕をどうこうして、目覚めるってことは、有り得ないんだよ」
広げていた手を、フレアの頭に伸ばす。
「触んじゃねぇよ」
ディアンがその6本の指の行く先を刀でふさぐ。
ゼクスは、軽く肩をすくめ、「ヤレヤレ」というように手を上げてみせる。
「嫉妬深い男は嫌われるよ?
……まぁ、彼女は魅力的だから、独占したい気持ちは分かるけどね。
うん……そうだね。『理由』……。理由も、それかもしれないね」
ゼクスは一人で何か納得したように頷く。
「彼女の魅力……それにソソられるんだよ。
大胆で臆病。
賢くもあり愚かでもある。
頑健なようで酷く脆い。
そんな、不安定な状態でありながら、彼女は純粋だ。
その純粋さが、本来のものなのか。眠っているモノを揺り起こして、対面させ
ても尚、その純粋さを保ち続けられるかどうか。
……興味が湧かないか?
打ちのめされた彼女の姿。狂う彼女の姿。……もしくは、それを打破する彼女
の姿」
唄でも詠うように、ゼクスは語る。そして、うっとりとした表情で、フレアを
見つめた。
ディアンには、それが触れるよりもいやらしい行為のように思え、心の隅がチ
リチリと焦げる感覚を味わっていた。
「明日、もう一度来るよ。それまでに目が醒めていなかったら、彼女を起こす。
それまで、細切れにするのを待ってもいいとは思わないかい?」
そっと、ディアンの刀を指先でそっと押しのけるゼクス。
「危害を加えるつもりは無いよ。
だって、僕は彼女が好きだからね」
それは、どんな言葉よりも純粋でありながら、同時におぞましい響きを持って
いた。
「そこの倒れている男も、ただ寝ているだけだよ。
ただ、ちょっと記憶が跳んでるけどもね」
そしてゼクスは再び歩みを進めだした。
と。その足取りがピタリと止まる。
リタの隣で。
そして、肩に手が置かれ、リタはびくりと反応する。
「……そうそう。返してもらおうか? そのキミの持っている、モノ。
それは、君にとっては何の意味が無いモノだ」
その声の底には氷のような冷たさが含まれていた……。
キャスト:ヴィルフリード・リタルード・ディアン・フレア
NPC:ゼクス
場所:宿屋
―――――――――――――――
「やめとけ・・・お前が何を持ってるんだか知らねぇが、渡す必要は無い。」
その言葉に、言われた本人より早く、魔術師が反応を見せた。
「いいんですか、そんなことを言っても?」
口ではおどけたような疑問を発するものの、視線すらディアンに向けることは無
い。
ディアンが攻撃することなど、万に一つも考えていないのだろう。
自分の力が無くては、フレアの眠りは覚めることが無い。
だから、自分に進んで協力するべきだ。
全ては、私の心一つなのだから。
明らかに、そう言外に含ませた言い方だが、ディアンは毛ほどの同様も表には表さ
ない。
むしろ落ち着いた風に、言葉を紡ぐ。
「さっき手前が言ってたろ?『自力で目覚めるか。僕が目覚めさせるか。』って
な。お前の手を借りるくらいなら、俺はフレアを信用するさ。あいつはあれで結構し
ぶとい。生きようとする意志、成し遂げようとする気力は、お前の呪縛なぞメじゃ
ねぇよ。」
さっきまでの激昂とは打って変わった穏やかな拍子に、リタルードは一瞬怪訝な顔
を見せたが、機を見るに敏な彼のことだ、その裏にあるものをすぐに感じ取ったのだ
ろう。
さっと顔色が変わった。
ゼクスに肩を掴まれて青ざめていたのが、今は完全に血の気が引いて白くなってし
まっている。
普段の饒舌さも消え、唇を噛んで次の成り行きを伺っている。
内心では何を考えているかは伺えないが、食えない所のある少年だ。
ややもすればこの表情や態度も計算ずくかもしれないが・・・
フレアを信じる、そう断ずるディアンの言葉を聞いて、一瞬、蒼面の魔術師の瞳の
奥に火が点った。
ちらりと垣間見えたその炎の色は、嫉妬・・・?
向かい合ったリタルードにのみ見ることの出来たその炎
それも束の間、一瞬見えかけた感情をすぐに消して、ゼクスは視線を横に立つ傭兵
へと向けた。
何を思ってかわざとゆっくり、問い掛ける。
「へぇ、ということはつまり・・・」
「そうだな、まぁ・・・早いハナシ、お前は用無しってことだよ。」
(この間、決して外しはしない必殺の間合いの内だ。ゼクスとか言ったな・・・出
てきてそうそうで悪いが・・・サヨナラ、だ!瞬間移動でも避けるこたぁできねぇぜ
?)
語尾の『よ』と被せるように、一筋の光がゼクスの首へと伸びた。
無拍子で打ち放った一撃は、さながら迅雷。
この場に居る誰もが認識し得ない内にゼクスの首を切り離す、ハズだった。
「ちィィ!!」
刹那、ディアンが歯を軋らせながら刀を止めた。
リタルードの顔面を断ち割る直前で止まった白刃を憎々しげに見、腕利きで知られ
る傭兵はくそったれ、と吐き捨てた。
魔術師は、自分ではなくリタルードを瞬間移動させたのだ。
自分とディアンの間に、少年を盾にするように。
そして、ディアンの刀が止まると同時に、自分も瞬間移動で逃れたのだ。
恐らく、妙にゆっくり言葉を返した、そのとき既に呪文は完成していたのだろう。
当のリタルードは何がなんだかわからない、と言った風に首を傾げているが、とに
かくゼクスに逃げられたのは確実なようだ。
「あ、あのさ・・・?」
彼が口を開こうとしたとき、空間に異変が生じた。
一本の腕が、現れたのだ。
何の前触れもなく、唐突に。
そしてその腕は、誰も反応し得ないうちに少年の懐に入り込んだ。
慌てて少年が懐を押さえようとした時には、腕はもう懐から抜け出ていた。
6本の指が、鎖に縛られた短刀を、しっかりと握っている。
「すいませんね、僕もまだ命は惜しいですから。手だけで失礼しますね。」
その声は、紛れもなくこの場から姿を消したゼクスのもの。
どうやら、腕だけを操っているようだが、その腕はと言うとリタルードの背後に隠
れるようにして浮いている。
ディアンの腕ならこの距離でも十分に攻撃は届くのだろうが、少年が間に入ってし
まっているため、うかつなことは出来ない。
そもそも、彼にしてみれば短刀などどうでもいい、用は本体さえ討てればそれでい
いのだから、そうまでして腕を狙う必要も無い。
誰も身動きしない中、ゼクスの言葉は、続く。
「それでは、また明日、お目にかかるとしようかな?」
すい、と腕が虚空へと昇っていく。
そのまま消えるか、と思われたが、がくん、と何かに引かれたかのように腕の動き
が止まった。
「!?」
「悪いな、このまま黙っていかせるにゃぁ、俺も忍耐が足りなくてな。」
先ほどから言葉を発しないと思われていたヴァルフリードは、いつのまにかリタ
ルードの背後へと回っていたのだ。
ディアンにすら容易にそれを気づかせない、見事な陰形である。
ゼクスも、まさかここまできて反撃を受けるとは夢にも思わなかったのだろう。
いささか慌てた風に、腕が暴れ出す。
「くッ、この・・・盗賊風情が!」
ヴァルフリードの拳と、腕の間は、どうやら極細の鋼線によって結ばれているらし
かった。
暴れ回る腕の力は相当なものらしく、顔を歪めるヴァルフリード。
その隙を見逃さず、ディアンが跳んだ。
リタの頭上を越え、さっきのお返しだとばかりに唐竹割りに打ち下ろす。
狙いはあやまたず、拳を両断し、ばらばらと指が床へと零れ落ちていく。
そして、真下に駆け寄ったヴァルフリードが、落ちる短剣を寸前で受け止め、リタ
ルードに投げ渡した。
「残念だったな?ま、おとといきやがれってやつだ。悪く、思うなよ?」
おどけるような白の傭兵の台詞に、答えは返ってこなかった。
ただ、床に散らばった指の断片が、現れたときと同じく、唐突に消えうせただけ。
通報で駆けつけた衛兵が宿に踏み込んでくるのと、ほとんど同じタイミングだっ
た。
この後彼らは、延々3時間もぶっ続けで尋問されることになる・・・
NPC:ゼクス
場所:宿屋
―――――――――――――――
「やめとけ・・・お前が何を持ってるんだか知らねぇが、渡す必要は無い。」
その言葉に、言われた本人より早く、魔術師が反応を見せた。
「いいんですか、そんなことを言っても?」
口ではおどけたような疑問を発するものの、視線すらディアンに向けることは無
い。
ディアンが攻撃することなど、万に一つも考えていないのだろう。
自分の力が無くては、フレアの眠りは覚めることが無い。
だから、自分に進んで協力するべきだ。
全ては、私の心一つなのだから。
明らかに、そう言外に含ませた言い方だが、ディアンは毛ほどの同様も表には表さ
ない。
むしろ落ち着いた風に、言葉を紡ぐ。
「さっき手前が言ってたろ?『自力で目覚めるか。僕が目覚めさせるか。』って
な。お前の手を借りるくらいなら、俺はフレアを信用するさ。あいつはあれで結構し
ぶとい。生きようとする意志、成し遂げようとする気力は、お前の呪縛なぞメじゃ
ねぇよ。」
さっきまでの激昂とは打って変わった穏やかな拍子に、リタルードは一瞬怪訝な顔
を見せたが、機を見るに敏な彼のことだ、その裏にあるものをすぐに感じ取ったのだ
ろう。
さっと顔色が変わった。
ゼクスに肩を掴まれて青ざめていたのが、今は完全に血の気が引いて白くなってし
まっている。
普段の饒舌さも消え、唇を噛んで次の成り行きを伺っている。
内心では何を考えているかは伺えないが、食えない所のある少年だ。
ややもすればこの表情や態度も計算ずくかもしれないが・・・
フレアを信じる、そう断ずるディアンの言葉を聞いて、一瞬、蒼面の魔術師の瞳の
奥に火が点った。
ちらりと垣間見えたその炎の色は、嫉妬・・・?
向かい合ったリタルードにのみ見ることの出来たその炎
それも束の間、一瞬見えかけた感情をすぐに消して、ゼクスは視線を横に立つ傭兵
へと向けた。
何を思ってかわざとゆっくり、問い掛ける。
「へぇ、ということはつまり・・・」
「そうだな、まぁ・・・早いハナシ、お前は用無しってことだよ。」
(この間、決して外しはしない必殺の間合いの内だ。ゼクスとか言ったな・・・出
てきてそうそうで悪いが・・・サヨナラ、だ!瞬間移動でも避けるこたぁできねぇぜ
?)
語尾の『よ』と被せるように、一筋の光がゼクスの首へと伸びた。
無拍子で打ち放った一撃は、さながら迅雷。
この場に居る誰もが認識し得ない内にゼクスの首を切り離す、ハズだった。
「ちィィ!!」
刹那、ディアンが歯を軋らせながら刀を止めた。
リタルードの顔面を断ち割る直前で止まった白刃を憎々しげに見、腕利きで知られ
る傭兵はくそったれ、と吐き捨てた。
魔術師は、自分ではなくリタルードを瞬間移動させたのだ。
自分とディアンの間に、少年を盾にするように。
そして、ディアンの刀が止まると同時に、自分も瞬間移動で逃れたのだ。
恐らく、妙にゆっくり言葉を返した、そのとき既に呪文は完成していたのだろう。
当のリタルードは何がなんだかわからない、と言った風に首を傾げているが、とに
かくゼクスに逃げられたのは確実なようだ。
「あ、あのさ・・・?」
彼が口を開こうとしたとき、空間に異変が生じた。
一本の腕が、現れたのだ。
何の前触れもなく、唐突に。
そしてその腕は、誰も反応し得ないうちに少年の懐に入り込んだ。
慌てて少年が懐を押さえようとした時には、腕はもう懐から抜け出ていた。
6本の指が、鎖に縛られた短刀を、しっかりと握っている。
「すいませんね、僕もまだ命は惜しいですから。手だけで失礼しますね。」
その声は、紛れもなくこの場から姿を消したゼクスのもの。
どうやら、腕だけを操っているようだが、その腕はと言うとリタルードの背後に隠
れるようにして浮いている。
ディアンの腕ならこの距離でも十分に攻撃は届くのだろうが、少年が間に入ってし
まっているため、うかつなことは出来ない。
そもそも、彼にしてみれば短刀などどうでもいい、用は本体さえ討てればそれでい
いのだから、そうまでして腕を狙う必要も無い。
誰も身動きしない中、ゼクスの言葉は、続く。
「それでは、また明日、お目にかかるとしようかな?」
すい、と腕が虚空へと昇っていく。
そのまま消えるか、と思われたが、がくん、と何かに引かれたかのように腕の動き
が止まった。
「!?」
「悪いな、このまま黙っていかせるにゃぁ、俺も忍耐が足りなくてな。」
先ほどから言葉を発しないと思われていたヴァルフリードは、いつのまにかリタ
ルードの背後へと回っていたのだ。
ディアンにすら容易にそれを気づかせない、見事な陰形である。
ゼクスも、まさかここまできて反撃を受けるとは夢にも思わなかったのだろう。
いささか慌てた風に、腕が暴れ出す。
「くッ、この・・・盗賊風情が!」
ヴァルフリードの拳と、腕の間は、どうやら極細の鋼線によって結ばれているらし
かった。
暴れ回る腕の力は相当なものらしく、顔を歪めるヴァルフリード。
その隙を見逃さず、ディアンが跳んだ。
リタの頭上を越え、さっきのお返しだとばかりに唐竹割りに打ち下ろす。
狙いはあやまたず、拳を両断し、ばらばらと指が床へと零れ落ちていく。
そして、真下に駆け寄ったヴァルフリードが、落ちる短剣を寸前で受け止め、リタ
ルードに投げ渡した。
「残念だったな?ま、おとといきやがれってやつだ。悪く、思うなよ?」
おどけるような白の傭兵の台詞に、答えは返ってこなかった。
ただ、床に散らばった指の断片が、現れたときと同じく、唐突に消えうせただけ。
通報で駆けつけた衛兵が宿に踏み込んでくるのと、ほとんど同じタイミングだっ
た。
この後彼らは、延々3時間もぶっ続けで尋問されることになる・・・