PC@オルレアン(作中・若い騎士)
NPC@ 国王、魔女、娘
場所@ 正統エディウス帝國(過去~現在)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
◆
ある国に、とても立派な王様がいました。
王様には立派な弟と、立派な息子もいました。
やがて、王様が死んで立派な弟と立派な息子だけが残りました。
どっちもとっても立派だったので、二人は立派な王様の玉座に座るのは自分が
相応しいと喧嘩をしました。
他の人々も、自分がそれぞれ立派だと思うほうについて、違う人々と対立して
しまいました。
国は2つの立派な2人の王様によって、ぱっくり分かれてしまいました。
◆
立派な息子は、とても悩んでいました。
彼には、王様の弟のような人脈も力もありませんでした。
なので、どうしても色々なものが苦しかったり、足りなかったりしました。
そんな時、国の外から魔女がやってきました。
魔女は、王様の息子にこういいました。
「私は追われている魔女です。
私を匿って下さるなら、お礼にとってもすごい使い魔を差し上げましょう」
王様の息子は、喜んでその取引に応じました。
◆
王様の息子はとても強い、とても恐ろしい兵器を作って欲しいと頼みました。
魔女は、そうして子宮も肉も使わずに、何もないところから不思議な何かを作
り上げました。
不思議な何かは、「人造精霊」と名付けられました。
◆
魔女はこういいました。
「私の魔法はとても完璧です」
王様の息子は喜びました。
「これで王様の弟にも負けないぞ!」
◆
王様の息子はとても強い、とても恐ろしい兵器を作って欲しいと頼みました。
魔女はこういいました「私の魔法はとても完璧です」
魔法は成功して、とても強くてとても恐ろしいものが出来ました。
◆
それからわずか三年後、魔女は火炙りにかけられました。
最後に魔女はいいます、私の魔法は、貴方の願いその通りだったでしょう?
と。
◆
兵器として作られ「人造精霊」はとても人を殺すのに優れていました。
兵器として生まれた「人造精霊」は殺す相手の区別なんてつきませんでした。
兵器として呼吸する「人造精霊」は王様の弟の軍勢だろうは王様の息子の軍勢
だろうが関係なく、たくさんの人を殺していったのです。
◆
墓場に並ぶ碑銘、風にそよぐ悲鳴。
「人造精霊」によって殺された人々は両手では数え切れないほどの人数になり
ました。
巷に響く怒り、街路樹に吸われる血潮。
とうとう、王様の息子は「人造精霊」を扱え切れないと、軍隊に殲滅命令を出
しました。
◆
ある日。
「人造精霊」達のいるお城が突然、炎に包まれました。
王様の息子が差し向けた軍隊はとても沢山で、とてもいっぱいで、殺しきれま
せん。
ある時。
初めて「人造精霊」はコワイと思いました。初めて「人造精霊」はシニタクナ
イと思いました。初めて「彼ら」はイキタイと思いました。
◆
王様の息子は安心しました。
怖い怖い化け物もいなくなったし、魔女も燃えてしまいました。
これで、もうあんな目にはあわないと思いました。
……◆
ところが。
ある日、王様の息子の部下の騎士達が風邪を引きました。高熱が出て、とても
苦しそうです。
高熱は何日も続きます、次第に風邪に倒れる騎士が多くなっていきます。
王様の息子は心配になりました。これは魔女の呪いだろうか?それとも、人造
精霊という悪魔の仕業だろうかと?
しいていえば、倒れていく騎士はミンナ、あの悪魔のお城の戦いで先陣を切っ
た者ばかりです。人々は恐れました、呪いだ呪いだ、それはまごうことなく呪
いだと。
◆
高熱が下がると、騎士達はなんだが酷く暗くなりました。
家に閉じこもり、あるいは部屋にこもりっきり、あるいは行方をくらますもの
まで。王様の息子が理由を聞いても答えてくれません。ある者は自殺までして
しまいました。
とうとう、騎士の一人が王様の息子に話しました。
「魔女の呪いに感染してしまったのです」
◆
人造精霊は初めて自我が芽生えた時、あるはずのなかった生存本能にも目覚め
ました。
そうして、最後の力で彼らは自分達を殺そうとした人間にウイルスとなって寄
生すること成功しました。
……◆
正統エディウス帝国・第?派閥「指導者(ハロルド)」
面沙汰には魔法研究部門と軍議会の2%の席を占める派閥。
その正体は、兵器「人造精霊」に寄生・感染された異能集団である。
別名「死導者」、体液感染を主流とする人造精霊故に、その集団は殆どが
なんらかの血縁・親しい者達だけで構成されているという。
火炙りにされた魔女の使い魔達は、まだ生き残っていたのだ。
◆
あるところに、若い騎士がおります。
彼には、とっても愛しい妻がおりました。
若い騎士は、王様の息子にも信頼されていたので、幾つの戦場にも出撃してい
ました。
ある日、高熱が出ました。
死ぬかな、死ぬんだろうと思いました。それぐらいその風邪は酷いものでし
た。
妻は必死に看護いたしました。神にも祈りました。
その必死な思いを神様は聞き届けたのか、やがて騎士の熱は下がりました。
妻は喜びました、若い騎士も嬉しいです。またこれで一緒に仲良く暮らせるの
ですから。
やがて、妻のお腹に子供がいることがわかりました。
二人は喜んで、生まれてくる子供の名前を考えたり、お腹の子に歌を歌ってあ
げました。
そんな時です。
若い騎士が魔女の呪いに感染していたことが発覚しました。
騎士の妻も、騎士から呪いを受け取っていたことがわかりました。
お腹の赤ちゃんにも、呪いは伝わってしまいました。
それでも、二人は大丈夫でした。生まれてくる子供さえいれば、愛する人がい
れば魔女の呪いなど大したものでもなかったのです。
しかし、魔女の呪いは残酷でした。
お腹の赤ちゃんの呪いと、母親の呪いが、互いに互いを異物だと認識して戦い
始めたのです。
そして、魔女の呪いは残忍でした。
母親の体を戦場にして、繰り広げられた戦争によって、妻の体は食い破られて
ぼろぼろになってしまったのです。
かくして、魔女の呪いは成立しました。
残ったのは泣くことも出来なくなった首だけの母親と、泣き叫ぶ幼い赤子と、
泣き崩れた若い騎士だけでした。
呪いはシニタクナイ、生きていたいと叫ぶので、騎士は愛する人の元にすらい
けません。また、残された我が子を思うと身が張り裂けそうなほどに苦しいの
です。
ある日、そんな若い騎士の下に同胞が訪れます。
同じ呪いにかかった仲間達は、騎士に誘いを持ってきます。
私達の仲間にならないか?呪いを解くため、呪いをこれ以上広げない為、これ
以上悲しみを増やさない為。仲間達の差し伸べた手に、若い騎士は手を握り返
しました。
騎士は剣を捨てました。
代わりに手にあるものは、黒い黒い呪いの力です。魔女の残した忌わしいもの
です。
騎士は誇りを捨てました。
愛らしい娘が言います、ママでもパパでも貴方がいてくれれば世界は美しい
と。
死にかけた騎士を救ったのは剣でも火でもなく、何も理解できていない娘の、
なんでもない笑顔でした。
◆
今年で8歳になるオードリーは、施設の白い階段で本を読んでいた。
“ママ”譲りの青い髪を綺麗に編み上げて纏めている。リボンがいっぱいつい
ているのは“ママ”の趣味である。
見かけによらず…というと“ママ”は物凄く怒るのだが、“ママ”は可愛いも
のが大好きで、フリルのお洋服だとかリボンのシューズとか、とにかくどこの
妖精さんが着る服ですかと尋ねたいぐらいのレベルのものを持ってくる。
軍服を着た“ママ”が去年の誕生日に真っ白い巨大ウサギ人形を抱えてやって
きた時の衝撃は、七歳になったばかりのオードリーでさえものすごく感じた。
施設の警備員はいつも、“ママ”を見ると、あやうく持っていた警棒を無意識
に握り締める。関係者以外立ち入り厳禁だから不審者なんてもってのほかだけ
ど、“ママ”はどう見ても不審っていうか激烈に怪しいから、関係者だってわ
かってても身構えるらしい。
警備員さんは、今回で3人目。
以前の警備員さんは“ママ”の抱擁に耐え切れずに辞職したそうだ。
抱きしめられるのはすごい嬉しいのに、どうやら他の人にとっては“ママ”の
抱擁は物凄く攻撃力があるそうだ。
時々、“ママ”と一緒に遊びに来る“ママの恋人”さんに「ママって強い
の?」って聞くと苦笑いされた。隣で“ママ”が笑顔で“ママの恋人”さんに
擦り寄ってたけど。
また聞いてみようと思うけれど、多分無理。
だって”ママの恋人”さん達はいつも違う人達ばっかり。ママはそれを恋多き
人生とか言ってたけど、多分違うと思う。なんとなく。
“ママ”をパパと呼ぶと注意される。
本当はパパって呼ぶのが普通の気がしてならないんだけど、どうやら“ママ”
は他のママとは違うらしい。まず背丈があるし体がおっきしい胸はぺったりだ
し。それでも、中身は他のお友達のママとあんまり変わらない気がする。
“ママ”は友達のママ達には大人気だけど、どうしてか男の人には恐怖の対象
にされている。もちろん、なぜか友達の男の子にさえ恐怖されている。
本を読み終わって、一息つく。
白い階段に座ったまま、少し離れた正門を見つめる。
“ママ”はもうそろそろ来る時間。決まって正門から、答えは簡単。
そこしかこの施設の入り口は存在しないから。頑健に作られたこの施設は、中
の者を逃がさないように出来ている。逃げる気などないからどうでもいいけれ
ど。
逃げるのは、そこが不満だったり嫌だったりするからで。
オードリーは絶対に逃げない、もし逃げたりなどすれば“ママ”が訪れた時に
自分がいないということになる、“ママ”に会う事が出来ないのは、オードリ
ーにとって死活問題だ。
と、一際哀れな悲鳴が聞こえた。
警備員さんの悲鳴だ、これがオードリーの合図。玄関でベルを鳴らすことに近
い。
そんな絶叫が聞こえるや否や、最高の笑顔でオードリーは正門に駆け寄る。
警備員の絶叫は大好きな“ママ”との面接時間の合図なのである。
「ママ!!」
傍目には締め上げているとしか見えないが、本人はどうやら抱擁しているらし
い。
相手はまだ20代前半で、泡を吹きかねないまでに気絶してる。
多分精神的なショックだろう。哀れ警備員、ちなみに彼はこの後一週間で辞表
を出す運命となっていることは誰も知らない。辞表をいつ出すかで周囲が賭け
ていることは知っているが。
気絶した警備員など張っ倒して軍服姿の“ママ”…男は娘を見るや否や満面の
笑顔を浮かべた。
「やぁーん、オードリー!!会いたかったわーー!!」
「ママ待ってたんだよ。ねえ、今日は何を持ってきてくれたの?」
男は娘を抱えて抱きしめた。
ちなみに、どうみても“ママ”は男である。髪は長く、それなりに女っぽく見
える顔立ちだが、どこをどう見ても男性である。
軍服は威嚇色にして、見る者を暗鬱にさせる禁忌の緑色。侮蔑をこめて「魔女
の森色」と呼ばれる正エディウスの象徴。しかし何故か“ママ”の服には白い
フリルがついていた。
台無しである、おもに制服のデザインと威嚇の意が。
「今日はね、夏物のお洋服買ってきたわよぉ。有名店のケーキだって買ってき
ちゃったんだから!!」
「ママ大好きーー!!」
オードリーはそんな“ママ”が大好きである。
NPC@ 国王、魔女、娘
場所@ 正統エディウス帝國(過去~現在)
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ある国に、とても立派な王様がいました。
王様には立派な弟と、立派な息子もいました。
やがて、王様が死んで立派な弟と立派な息子だけが残りました。
どっちもとっても立派だったので、二人は立派な王様の玉座に座るのは自分が
相応しいと喧嘩をしました。
他の人々も、自分がそれぞれ立派だと思うほうについて、違う人々と対立して
しまいました。
国は2つの立派な2人の王様によって、ぱっくり分かれてしまいました。
◆
立派な息子は、とても悩んでいました。
彼には、王様の弟のような人脈も力もありませんでした。
なので、どうしても色々なものが苦しかったり、足りなかったりしました。
そんな時、国の外から魔女がやってきました。
魔女は、王様の息子にこういいました。
「私は追われている魔女です。
私を匿って下さるなら、お礼にとってもすごい使い魔を差し上げましょう」
王様の息子は、喜んでその取引に応じました。
◆
王様の息子はとても強い、とても恐ろしい兵器を作って欲しいと頼みました。
魔女は、そうして子宮も肉も使わずに、何もないところから不思議な何かを作
り上げました。
不思議な何かは、「人造精霊」と名付けられました。
◆
魔女はこういいました。
「私の魔法はとても完璧です」
王様の息子は喜びました。
「これで王様の弟にも負けないぞ!」
◆
王様の息子はとても強い、とても恐ろしい兵器を作って欲しいと頼みました。
魔女はこういいました「私の魔法はとても完璧です」
魔法は成功して、とても強くてとても恐ろしいものが出来ました。
◆
それからわずか三年後、魔女は火炙りにかけられました。
最後に魔女はいいます、私の魔法は、貴方の願いその通りだったでしょう?
と。
◆
兵器として作られ「人造精霊」はとても人を殺すのに優れていました。
兵器として生まれた「人造精霊」は殺す相手の区別なんてつきませんでした。
兵器として呼吸する「人造精霊」は王様の弟の軍勢だろうは王様の息子の軍勢
だろうが関係なく、たくさんの人を殺していったのです。
◆
墓場に並ぶ碑銘、風にそよぐ悲鳴。
「人造精霊」によって殺された人々は両手では数え切れないほどの人数になり
ました。
巷に響く怒り、街路樹に吸われる血潮。
とうとう、王様の息子は「人造精霊」を扱え切れないと、軍隊に殲滅命令を出
しました。
◆
ある日。
「人造精霊」達のいるお城が突然、炎に包まれました。
王様の息子が差し向けた軍隊はとても沢山で、とてもいっぱいで、殺しきれま
せん。
ある時。
初めて「人造精霊」はコワイと思いました。初めて「人造精霊」はシニタクナ
イと思いました。初めて「彼ら」はイキタイと思いました。
◆
王様の息子は安心しました。
怖い怖い化け物もいなくなったし、魔女も燃えてしまいました。
これで、もうあんな目にはあわないと思いました。
……◆
ところが。
ある日、王様の息子の部下の騎士達が風邪を引きました。高熱が出て、とても
苦しそうです。
高熱は何日も続きます、次第に風邪に倒れる騎士が多くなっていきます。
王様の息子は心配になりました。これは魔女の呪いだろうか?それとも、人造
精霊という悪魔の仕業だろうかと?
しいていえば、倒れていく騎士はミンナ、あの悪魔のお城の戦いで先陣を切っ
た者ばかりです。人々は恐れました、呪いだ呪いだ、それはまごうことなく呪
いだと。
◆
高熱が下がると、騎士達はなんだが酷く暗くなりました。
家に閉じこもり、あるいは部屋にこもりっきり、あるいは行方をくらますもの
まで。王様の息子が理由を聞いても答えてくれません。ある者は自殺までして
しまいました。
とうとう、騎士の一人が王様の息子に話しました。
「魔女の呪いに感染してしまったのです」
◆
人造精霊は初めて自我が芽生えた時、あるはずのなかった生存本能にも目覚め
ました。
そうして、最後の力で彼らは自分達を殺そうとした人間にウイルスとなって寄
生すること成功しました。
……◆
正統エディウス帝国・第?派閥「指導者(ハロルド)」
面沙汰には魔法研究部門と軍議会の2%の席を占める派閥。
その正体は、兵器「人造精霊」に寄生・感染された異能集団である。
別名「死導者」、体液感染を主流とする人造精霊故に、その集団は殆どが
なんらかの血縁・親しい者達だけで構成されているという。
火炙りにされた魔女の使い魔達は、まだ生き残っていたのだ。
◆
あるところに、若い騎士がおります。
彼には、とっても愛しい妻がおりました。
若い騎士は、王様の息子にも信頼されていたので、幾つの戦場にも出撃してい
ました。
ある日、高熱が出ました。
死ぬかな、死ぬんだろうと思いました。それぐらいその風邪は酷いものでし
た。
妻は必死に看護いたしました。神にも祈りました。
その必死な思いを神様は聞き届けたのか、やがて騎士の熱は下がりました。
妻は喜びました、若い騎士も嬉しいです。またこれで一緒に仲良く暮らせるの
ですから。
やがて、妻のお腹に子供がいることがわかりました。
二人は喜んで、生まれてくる子供の名前を考えたり、お腹の子に歌を歌ってあ
げました。
そんな時です。
若い騎士が魔女の呪いに感染していたことが発覚しました。
騎士の妻も、騎士から呪いを受け取っていたことがわかりました。
お腹の赤ちゃんにも、呪いは伝わってしまいました。
それでも、二人は大丈夫でした。生まれてくる子供さえいれば、愛する人がい
れば魔女の呪いなど大したものでもなかったのです。
しかし、魔女の呪いは残酷でした。
お腹の赤ちゃんの呪いと、母親の呪いが、互いに互いを異物だと認識して戦い
始めたのです。
そして、魔女の呪いは残忍でした。
母親の体を戦場にして、繰り広げられた戦争によって、妻の体は食い破られて
ぼろぼろになってしまったのです。
かくして、魔女の呪いは成立しました。
残ったのは泣くことも出来なくなった首だけの母親と、泣き叫ぶ幼い赤子と、
泣き崩れた若い騎士だけでした。
呪いはシニタクナイ、生きていたいと叫ぶので、騎士は愛する人の元にすらい
けません。また、残された我が子を思うと身が張り裂けそうなほどに苦しいの
です。
ある日、そんな若い騎士の下に同胞が訪れます。
同じ呪いにかかった仲間達は、騎士に誘いを持ってきます。
私達の仲間にならないか?呪いを解くため、呪いをこれ以上広げない為、これ
以上悲しみを増やさない為。仲間達の差し伸べた手に、若い騎士は手を握り返
しました。
騎士は剣を捨てました。
代わりに手にあるものは、黒い黒い呪いの力です。魔女の残した忌わしいもの
です。
騎士は誇りを捨てました。
愛らしい娘が言います、ママでもパパでも貴方がいてくれれば世界は美しい
と。
死にかけた騎士を救ったのは剣でも火でもなく、何も理解できていない娘の、
なんでもない笑顔でした。
◆
今年で8歳になるオードリーは、施設の白い階段で本を読んでいた。
“ママ”譲りの青い髪を綺麗に編み上げて纏めている。リボンがいっぱいつい
ているのは“ママ”の趣味である。
見かけによらず…というと“ママ”は物凄く怒るのだが、“ママ”は可愛いも
のが大好きで、フリルのお洋服だとかリボンのシューズとか、とにかくどこの
妖精さんが着る服ですかと尋ねたいぐらいのレベルのものを持ってくる。
軍服を着た“ママ”が去年の誕生日に真っ白い巨大ウサギ人形を抱えてやって
きた時の衝撃は、七歳になったばかりのオードリーでさえものすごく感じた。
施設の警備員はいつも、“ママ”を見ると、あやうく持っていた警棒を無意識
に握り締める。関係者以外立ち入り厳禁だから不審者なんてもってのほかだけ
ど、“ママ”はどう見ても不審っていうか激烈に怪しいから、関係者だってわ
かってても身構えるらしい。
警備員さんは、今回で3人目。
以前の警備員さんは“ママ”の抱擁に耐え切れずに辞職したそうだ。
抱きしめられるのはすごい嬉しいのに、どうやら他の人にとっては“ママ”の
抱擁は物凄く攻撃力があるそうだ。
時々、“ママ”と一緒に遊びに来る“ママの恋人”さんに「ママって強い
の?」って聞くと苦笑いされた。隣で“ママ”が笑顔で“ママの恋人”さんに
擦り寄ってたけど。
また聞いてみようと思うけれど、多分無理。
だって”ママの恋人”さん達はいつも違う人達ばっかり。ママはそれを恋多き
人生とか言ってたけど、多分違うと思う。なんとなく。
“ママ”をパパと呼ぶと注意される。
本当はパパって呼ぶのが普通の気がしてならないんだけど、どうやら“ママ”
は他のママとは違うらしい。まず背丈があるし体がおっきしい胸はぺったりだ
し。それでも、中身は他のお友達のママとあんまり変わらない気がする。
“ママ”は友達のママ達には大人気だけど、どうしてか男の人には恐怖の対象
にされている。もちろん、なぜか友達の男の子にさえ恐怖されている。
本を読み終わって、一息つく。
白い階段に座ったまま、少し離れた正門を見つめる。
“ママ”はもうそろそろ来る時間。決まって正門から、答えは簡単。
そこしかこの施設の入り口は存在しないから。頑健に作られたこの施設は、中
の者を逃がさないように出来ている。逃げる気などないからどうでもいいけれ
ど。
逃げるのは、そこが不満だったり嫌だったりするからで。
オードリーは絶対に逃げない、もし逃げたりなどすれば“ママ”が訪れた時に
自分がいないということになる、“ママ”に会う事が出来ないのは、オードリ
ーにとって死活問題だ。
と、一際哀れな悲鳴が聞こえた。
警備員さんの悲鳴だ、これがオードリーの合図。玄関でベルを鳴らすことに近
い。
そんな絶叫が聞こえるや否や、最高の笑顔でオードリーは正門に駆け寄る。
警備員の絶叫は大好きな“ママ”との面接時間の合図なのである。
「ママ!!」
傍目には締め上げているとしか見えないが、本人はどうやら抱擁しているらし
い。
相手はまだ20代前半で、泡を吹きかねないまでに気絶してる。
多分精神的なショックだろう。哀れ警備員、ちなみに彼はこの後一週間で辞表
を出す運命となっていることは誰も知らない。辞表をいつ出すかで周囲が賭け
ていることは知っているが。
気絶した警備員など張っ倒して軍服姿の“ママ”…男は娘を見るや否や満面の
笑顔を浮かべた。
「やぁーん、オードリー!!会いたかったわーー!!」
「ママ待ってたんだよ。ねえ、今日は何を持ってきてくれたの?」
男は娘を抱えて抱きしめた。
ちなみに、どうみても“ママ”は男である。髪は長く、それなりに女っぽく見
える顔立ちだが、どこをどう見ても男性である。
軍服は威嚇色にして、見る者を暗鬱にさせる禁忌の緑色。侮蔑をこめて「魔女
の森色」と呼ばれる正エディウスの象徴。しかし何故か“ママ”の服には白い
フリルがついていた。
台無しである、おもに制服のデザインと威嚇の意が。
「今日はね、夏物のお洋服買ってきたわよぉ。有名店のケーキだって買ってき
ちゃったんだから!!」
「ママ大好きーー!!」
オードリーはそんな“ママ”が大好きである。
PR
PC@オルレアン
NPC@隊商、旅賊、アイス・クラウン中佐、人造騎士騎馬隊
場所 パウラ連合国境付近~正統エディウス国首都軍部
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー
北の果てライラン~リードリース国アンガス~ムーラン経由でクーロンを目指
した商隊(キャラバン)は、ムーランが現在砂嵐によって事実上交通不可であ
る事を受けて、急遽進路を変更。リードリースよりパウラ連邦~正統エディウ
ス国を通過することに決定した。
新生エディウスよりも、正統エディウスは事実上隊商や異国人の通過や人権を
許容してくれることが、正統エディウス経由にした理由もあったが、じつは別
の理由もあった。
北の果てライランで、彼ら隊商は奇妙な荷物を請け負った。
本来なら扱わない品物だが、予想を超える金額と追加報酬もあり通行ルートの
途中で引き渡せる正統エディウス国への荷物、ということで軽い気持ちで引き
受けた。
その荷物は奇妙ではあったが、富豪や貴族が似たような品物を頼むことを知っ
ていた隊商のリーダーはさして気にせず荷物の運搬の支持を出した。
その荷物は宛名に、正統エディウスの軍人の名前が書かれていたことも知って
いたので、軍人貴族の酔狂な遊びだと思ったのだ。
その他にも、今回は奇妙な荷物が多かった。
後々にすれば、彼らも“奴ら”もほとほと運が悪かったとしかいいようがない
のである…
パウラ連合国境付近。
隊商が深夜、夜盗集団に襲われた。隣国エディウスに対抗するためだけに打ち
立てられたパウラ連合は非常に治安がよろしくない。
おざなりな傭兵集団では太刀打ちできず、組織化された盗賊達はあっという間
の見事な戦術で荷物を奪い去った。
幸いなことに、キャラバンのメンバーに命に別状のあるものはいなかった。
その知らせは、翌日正統エディウスのギルドに知らされた。
そして、ギルドはイヤイヤながらも軍のとある人物に荷物の紛失を連絡した。
ギルドと軍は元々犬猿の仲なのだ。それでも軍よりも仕事に筋を通すギルド職
員はきちんと相手にそれを伝えてしまった。
悲劇の幕開けであった。主にとある三人と盗賊達の。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー
正統エディウスの軍人は正直、遠慮したい。
常に近隣国と、お隣の新生エディウス国の常套句である。
答えは悲しい正統派の人材不足にぶち当たる。前国王の弟は、やはり長年生き
ていただけあって人脈も資金も心得ていたが、まだ少年の域の前国王の後継者
にはまったくそのようなスキルがなかったのである。
かろうじて、前国王の忠実な臣下にして懐刀・アルデリックフィーン卿という
人格的にも政界人としても立派な人物が少年王に傅いたのであるが、一羽の鷹
だけでは国を治められない。
また同胞にして、今や宿敵である隣国新生エディウスを打倒し、本当の「エデ
ィウス」国を作るにしても、だ。
おわかりだろうか。
正統エディウスはその正統さ故に紛い者、つまり流れの異国者やエディウス人
以外の人種を集めるはめになった。
ほとんどのエディウス貴族が新生エディウスの旗本に奪われた現在、正統エデ
ィウスの軍人はほぼ過半数が異国人という異例の事態であるのだ。
そんな中で、星と音楽の都市スピカ出身の彼アイス・クラウン中佐も立派な異
国人である。
音楽に才能があった彼がなぜ軍人を努めているのか…それはもしかしたら彼が
国を離れなければならない事情に関係していたのかもしれない。
とりあえず、議会席が常に2パーセントしかない「指導者」派閥は常に財政難
で喘いでいる。
魔法研究など、これほどに資金が必要な部署も存在しないだろうに、悲しいか
な大多数の横暴によって常に彼の頭はいかに資金をやりくりするかで占められ
ている。
いつもの気難しい顔で、研究部の廊下を早足に歩いていたアイス・クラウン中
佐に、後方から哀れなる悲鳴が一直線に聞こえていた。
「たたっ、大変ですクラウン中佐!!」
それでもクラウン中佐は足を止めるどころかわずかにも速度を落とさない。
叫びの主は全速力で廊下を突っ切り、クラウン中佐にすがりつく。まだ若い士
官の必死の形相をようやく気がついたクラウン中佐は歩みを止めた。
「ああ、すまない。やはり今回の研究部の機材拡充は難しいみたいだ」
「そそそ、そんなもの後でいいんです!とりあえずどうにかしてください!!」
はて、若い士官の顔を見てクラウン中佐が不思議そうに首をかしげた。
士官達が自分に声をかけるときは常に研究部の機材をもっと充実させて欲しい
としか言わないので、士官の声の音を聞き分けると彼の意識は自動的に声をか
けられた記憶を改竄する。
愛想笑いで逃げようとしたのだが、どうも何か逼迫した状況なのか、若い士官
はしきりに窓をちらりちらりと横目で見ては中佐を逃がすものかとその軍服を
離さない。
「……って何事、」
彼は士官と同じように窓を眺めて、喉から出そうとした言葉の続きを失った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー
嘶く黒い馬の群れ、またがるのは十字の兜で顔を隠した兵士の集団。
金と黒を基調にデザインされたいかめしい鎧は少しでも動くたびにがちゃがち
ゃと重々しい金属音を立てる。全員が、無機質なまでの赤い二つの瞳を兜の奥
から底光らせる。
指導者直属騎馬隊・通称「荒猟師(ワイルド・ハント)」と呼ばれる人造騎士
兵団。
その語源は旅人の命を奪い去る黒い妖精からとられたもの。全員が意志の無い
人形のようなものである属性を持った上位の存在にしか彼らは制御できない。
人の姿を模してはいるが、元は黒い不定形の泥とも水とも言い難い魔法生物
だ。
「一体何があった!?」
クラウン中佐が息を切って走ってきた。
廊下の窓辺の、陽光躍る夏の風景を埋め尽くしていたのは、この禍々しい集団
である。
普段、というか滅多に彼らが駆り出される事などない。あまりにも戦闘力があ
り、また「指導者」にしか制御できない彼らは一旦制御を解き放たれると、も
はや魔法式の命令どおりに敵を殲滅し尽くす。これほど危険な玩具を保持する
のはそれが少年王の意向だからだ。
『…………』
「答えろ!」
本来喋る機能はない彼らだが、このように人型となっている際だけ、ある程度
の意志相通が可能である。それに、アイス・クラウン中佐は「指導者」だっ
た。
彼の水色の氷のような瞳に、うっすらと紋章が浮かんだ。足元が氷結しはじ
め、周囲の気温が唐突にぐんと冷えた。アイス・クラウン……“氷の王”を宿
す指導者の名前のままに。
『ご命令がございましたので、我らが呼ばれました』
「誰の命令だ!!」
三十人近くの黒い騎士達は不吉な赤い瞳をそれぞれに瞬かせた。
集団の中から、十字の兜の額に金の識別紋章を輝かせる大きな騎士が馬にのっ
たまま前に出た。
その識別紋章は、その彼が集団の司令塔である記号だ。
司令塔の役目の人造騎士から、上位者「指導者」の命令が全体に発せられる。
つまりはこの集団のリーダー役である。リーダー役の人造騎士は周囲の命令を
いっさい受けない。
一時契約した主以外の命令は全て遮断するのだ。
『残念ながら、今回は貴方が我らの主ではありませぬ』
「お前らなど誰が呼ぶか!仲間の誰が起動させたんだ!!」
「あら、クラウンじゃないの。相変わらず不幸そうな顔ねぇ」
割り込んだ第三者の声。
その声を認識するや否や、全ての「荒猟師」は馬を向けて頭を垂れた。
アイス・クラウン中佐は不気味な予感に振り返るとーーー……
「やーねぇ、今日も陽射しが強くって。紫外線ってお肌の仇敵なのよ」
別名「エディウスの毒蛾」と渾名される長身の軍人が、黒い馬を引いて笑って
いた。
クラウン中佐の頭によぎったのは諦めか、あるいは絶望だったのかもしれな
い。
オカマであるとか、まあそういうのも苦手の理解を形成する一つである。
だが、異国人のクラウン中佐は、この生粋のエディウス人というものに遠慮を
感じてしまうのも無理は無い。この正統エディウス国では国民の47パーセン
トしか生来のエディウス国民でしかないのに、その47パーセントは生まれな
がらにして国から特権を幾つか与えられているのだ。
異国人がエディウス国民を殴った場合、ほぼ予断なく禁固刑5年は下らない。
だがエディウス国民が異国人を殴っても、せいぜい罰金程度なものだ。
昔、国が新生エディウスに流れる貴族や騎士を引き止めようとした名残の支配
特権が今だ強くこの国を覆っている。もちろん、軍人であろうがそれは変わら
ない。
だから、クラウン中佐は同い年に近い青年に一歩引きながら、それでも必死に
訴えた。
「ノード卿……一体これはどういうことだ」
「や★だ、オルレアンでいいのに」
お茶目なウインク、だが男がやってもキモイ。
一気に呼吸が止まりそうだが、ここで死ぬな私には果たさねばらぬ誓いがとか
そんなような精神的な柱を支えに踏み止まる。耐えろ自分、相手はエディウス
人でオカマだが、耐えるんだ私。
「卿よ、真面目にお聞きしたい。
こいつらを動かすほどの大事件は私の元に報告されていないぞ…何が、何が起
こった!?」
「ああぁ、それか。もう報告しただろ」
がらりと、口調が変わった。
さらに一歩足が引くのを押さえられない。警告警報発令、至急退避せよ。
オカマが男に、いや漢に戻る時。それすなわちそこには世界の破滅を呼び込む
のだ。
昔は少年王に寵愛されていたという気高い騎士。オカマ化して格下げされたら
しいが。
そう、かつてはエディウスの剣として名高い栄誉と誇りをもった男が今ここに
蘇っていた。
そういえば、いつもは周囲を舞っている蝶が見当たらない。どうやら彼が手綱
を握っている黒馬……昔は、人造精霊ソルデスもあのように凛々しい美しい馬
の姿だった。
懐かしさのあまり、気を遠くなる。
「あのクソ忌々しい旅賊を皆殺しにして来る。クラウンは大人しく生首でも待
ってるんだな」
「待て、件の国境付近のアレか?しかしなぜ我らが…」
国境付近は派閥の違う軍の管轄だ。管轄外の派閥がしゃしゃり出たら後々また
軍議会にかけられて予算が削られる。心配事は尽きないままに問い尋ねる。
「よりにもよって…そう、よりにもよってあの人間の屑どもは、ああ…可愛い
可愛いオードリーの誕生日プレゼントを奪いやがったんだよ!!」
娘の名を口にした時は、一瞬母親っぽい慈愛満ち溢れる顔になったが、再び光
臨したのは、世の男を破滅せんと滅びを謳うオカマ破壊神の無慈悲な表情。
「全員容赦はするな!!骨肉血管筋肉細胞臓器すべて切り刻んで磨り潰しても構
わん!!
脳味噌を踏み潰し、眼球を抉り出してでも誕生日プレゼントの居場所を突き止
めよ!!
どんな手段でも構わない、あらゆる卑怯卑劣非道外道悪辣辛辣な全ての考える
限りの方法を使い、アタシの可愛いオードリーのプレゼントを奪還せよ!!」
「………」
人造騎士達は、歓喜と狂気の雄たけびを上げた。
お前ら絶対理解してないだろ、とはクラウン中佐は突っ込めなかった。
午後2時。正統エディウス第七派閥より人造騎馬隊「荒猟師」30人と同じく
第七派閥少佐・オルレアン・アルヴァ・ノード卿が出撃。目的地はパウラ連合
国とエディウス国境地帯。
目標は先日の隊商襲撃事件容疑者の旅賊。目的は愛する娘の貢物。
一人残された広場に中佐はいた。
爽やかな夏の日差しが眩しいなぁと、アイス・クラウン中佐は思った。
NPC@隊商、旅賊、アイス・クラウン中佐、人造騎士騎馬隊
場所 パウラ連合国境付近~正統エディウス国首都軍部
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー
北の果てライラン~リードリース国アンガス~ムーラン経由でクーロンを目指
した商隊(キャラバン)は、ムーランが現在砂嵐によって事実上交通不可であ
る事を受けて、急遽進路を変更。リードリースよりパウラ連邦~正統エディウ
ス国を通過することに決定した。
新生エディウスよりも、正統エディウスは事実上隊商や異国人の通過や人権を
許容してくれることが、正統エディウス経由にした理由もあったが、じつは別
の理由もあった。
北の果てライランで、彼ら隊商は奇妙な荷物を請け負った。
本来なら扱わない品物だが、予想を超える金額と追加報酬もあり通行ルートの
途中で引き渡せる正統エディウス国への荷物、ということで軽い気持ちで引き
受けた。
その荷物は奇妙ではあったが、富豪や貴族が似たような品物を頼むことを知っ
ていた隊商のリーダーはさして気にせず荷物の運搬の支持を出した。
その荷物は宛名に、正統エディウスの軍人の名前が書かれていたことも知って
いたので、軍人貴族の酔狂な遊びだと思ったのだ。
その他にも、今回は奇妙な荷物が多かった。
後々にすれば、彼らも“奴ら”もほとほと運が悪かったとしかいいようがない
のである…
パウラ連合国境付近。
隊商が深夜、夜盗集団に襲われた。隣国エディウスに対抗するためだけに打ち
立てられたパウラ連合は非常に治安がよろしくない。
おざなりな傭兵集団では太刀打ちできず、組織化された盗賊達はあっという間
の見事な戦術で荷物を奪い去った。
幸いなことに、キャラバンのメンバーに命に別状のあるものはいなかった。
その知らせは、翌日正統エディウスのギルドに知らされた。
そして、ギルドはイヤイヤながらも軍のとある人物に荷物の紛失を連絡した。
ギルドと軍は元々犬猿の仲なのだ。それでも軍よりも仕事に筋を通すギルド職
員はきちんと相手にそれを伝えてしまった。
悲劇の幕開けであった。主にとある三人と盗賊達の。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー
正統エディウスの軍人は正直、遠慮したい。
常に近隣国と、お隣の新生エディウス国の常套句である。
答えは悲しい正統派の人材不足にぶち当たる。前国王の弟は、やはり長年生き
ていただけあって人脈も資金も心得ていたが、まだ少年の域の前国王の後継者
にはまったくそのようなスキルがなかったのである。
かろうじて、前国王の忠実な臣下にして懐刀・アルデリックフィーン卿という
人格的にも政界人としても立派な人物が少年王に傅いたのであるが、一羽の鷹
だけでは国を治められない。
また同胞にして、今や宿敵である隣国新生エディウスを打倒し、本当の「エデ
ィウス」国を作るにしても、だ。
おわかりだろうか。
正統エディウスはその正統さ故に紛い者、つまり流れの異国者やエディウス人
以外の人種を集めるはめになった。
ほとんどのエディウス貴族が新生エディウスの旗本に奪われた現在、正統エデ
ィウスの軍人はほぼ過半数が異国人という異例の事態であるのだ。
そんな中で、星と音楽の都市スピカ出身の彼アイス・クラウン中佐も立派な異
国人である。
音楽に才能があった彼がなぜ軍人を努めているのか…それはもしかしたら彼が
国を離れなければならない事情に関係していたのかもしれない。
とりあえず、議会席が常に2パーセントしかない「指導者」派閥は常に財政難
で喘いでいる。
魔法研究など、これほどに資金が必要な部署も存在しないだろうに、悲しいか
な大多数の横暴によって常に彼の頭はいかに資金をやりくりするかで占められ
ている。
いつもの気難しい顔で、研究部の廊下を早足に歩いていたアイス・クラウン中
佐に、後方から哀れなる悲鳴が一直線に聞こえていた。
「たたっ、大変ですクラウン中佐!!」
それでもクラウン中佐は足を止めるどころかわずかにも速度を落とさない。
叫びの主は全速力で廊下を突っ切り、クラウン中佐にすがりつく。まだ若い士
官の必死の形相をようやく気がついたクラウン中佐は歩みを止めた。
「ああ、すまない。やはり今回の研究部の機材拡充は難しいみたいだ」
「そそそ、そんなもの後でいいんです!とりあえずどうにかしてください!!」
はて、若い士官の顔を見てクラウン中佐が不思議そうに首をかしげた。
士官達が自分に声をかけるときは常に研究部の機材をもっと充実させて欲しい
としか言わないので、士官の声の音を聞き分けると彼の意識は自動的に声をか
けられた記憶を改竄する。
愛想笑いで逃げようとしたのだが、どうも何か逼迫した状況なのか、若い士官
はしきりに窓をちらりちらりと横目で見ては中佐を逃がすものかとその軍服を
離さない。
「……って何事、」
彼は士官と同じように窓を眺めて、喉から出そうとした言葉の続きを失った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー
嘶く黒い馬の群れ、またがるのは十字の兜で顔を隠した兵士の集団。
金と黒を基調にデザインされたいかめしい鎧は少しでも動くたびにがちゃがち
ゃと重々しい金属音を立てる。全員が、無機質なまでの赤い二つの瞳を兜の奥
から底光らせる。
指導者直属騎馬隊・通称「荒猟師(ワイルド・ハント)」と呼ばれる人造騎士
兵団。
その語源は旅人の命を奪い去る黒い妖精からとられたもの。全員が意志の無い
人形のようなものである属性を持った上位の存在にしか彼らは制御できない。
人の姿を模してはいるが、元は黒い不定形の泥とも水とも言い難い魔法生物
だ。
「一体何があった!?」
クラウン中佐が息を切って走ってきた。
廊下の窓辺の、陽光躍る夏の風景を埋め尽くしていたのは、この禍々しい集団
である。
普段、というか滅多に彼らが駆り出される事などない。あまりにも戦闘力があ
り、また「指導者」にしか制御できない彼らは一旦制御を解き放たれると、も
はや魔法式の命令どおりに敵を殲滅し尽くす。これほど危険な玩具を保持する
のはそれが少年王の意向だからだ。
『…………』
「答えろ!」
本来喋る機能はない彼らだが、このように人型となっている際だけ、ある程度
の意志相通が可能である。それに、アイス・クラウン中佐は「指導者」だっ
た。
彼の水色の氷のような瞳に、うっすらと紋章が浮かんだ。足元が氷結しはじ
め、周囲の気温が唐突にぐんと冷えた。アイス・クラウン……“氷の王”を宿
す指導者の名前のままに。
『ご命令がございましたので、我らが呼ばれました』
「誰の命令だ!!」
三十人近くの黒い騎士達は不吉な赤い瞳をそれぞれに瞬かせた。
集団の中から、十字の兜の額に金の識別紋章を輝かせる大きな騎士が馬にのっ
たまま前に出た。
その識別紋章は、その彼が集団の司令塔である記号だ。
司令塔の役目の人造騎士から、上位者「指導者」の命令が全体に発せられる。
つまりはこの集団のリーダー役である。リーダー役の人造騎士は周囲の命令を
いっさい受けない。
一時契約した主以外の命令は全て遮断するのだ。
『残念ながら、今回は貴方が我らの主ではありませぬ』
「お前らなど誰が呼ぶか!仲間の誰が起動させたんだ!!」
「あら、クラウンじゃないの。相変わらず不幸そうな顔ねぇ」
割り込んだ第三者の声。
その声を認識するや否や、全ての「荒猟師」は馬を向けて頭を垂れた。
アイス・クラウン中佐は不気味な予感に振り返るとーーー……
「やーねぇ、今日も陽射しが強くって。紫外線ってお肌の仇敵なのよ」
別名「エディウスの毒蛾」と渾名される長身の軍人が、黒い馬を引いて笑って
いた。
クラウン中佐の頭によぎったのは諦めか、あるいは絶望だったのかもしれな
い。
オカマであるとか、まあそういうのも苦手の理解を形成する一つである。
だが、異国人のクラウン中佐は、この生粋のエディウス人というものに遠慮を
感じてしまうのも無理は無い。この正統エディウス国では国民の47パーセン
トしか生来のエディウス国民でしかないのに、その47パーセントは生まれな
がらにして国から特権を幾つか与えられているのだ。
異国人がエディウス国民を殴った場合、ほぼ予断なく禁固刑5年は下らない。
だがエディウス国民が異国人を殴っても、せいぜい罰金程度なものだ。
昔、国が新生エディウスに流れる貴族や騎士を引き止めようとした名残の支配
特権が今だ強くこの国を覆っている。もちろん、軍人であろうがそれは変わら
ない。
だから、クラウン中佐は同い年に近い青年に一歩引きながら、それでも必死に
訴えた。
「ノード卿……一体これはどういうことだ」
「や★だ、オルレアンでいいのに」
お茶目なウインク、だが男がやってもキモイ。
一気に呼吸が止まりそうだが、ここで死ぬな私には果たさねばらぬ誓いがとか
そんなような精神的な柱を支えに踏み止まる。耐えろ自分、相手はエディウス
人でオカマだが、耐えるんだ私。
「卿よ、真面目にお聞きしたい。
こいつらを動かすほどの大事件は私の元に報告されていないぞ…何が、何が起
こった!?」
「ああぁ、それか。もう報告しただろ」
がらりと、口調が変わった。
さらに一歩足が引くのを押さえられない。警告警報発令、至急退避せよ。
オカマが男に、いや漢に戻る時。それすなわちそこには世界の破滅を呼び込む
のだ。
昔は少年王に寵愛されていたという気高い騎士。オカマ化して格下げされたら
しいが。
そう、かつてはエディウスの剣として名高い栄誉と誇りをもった男が今ここに
蘇っていた。
そういえば、いつもは周囲を舞っている蝶が見当たらない。どうやら彼が手綱
を握っている黒馬……昔は、人造精霊ソルデスもあのように凛々しい美しい馬
の姿だった。
懐かしさのあまり、気を遠くなる。
「あのクソ忌々しい旅賊を皆殺しにして来る。クラウンは大人しく生首でも待
ってるんだな」
「待て、件の国境付近のアレか?しかしなぜ我らが…」
国境付近は派閥の違う軍の管轄だ。管轄外の派閥がしゃしゃり出たら後々また
軍議会にかけられて予算が削られる。心配事は尽きないままに問い尋ねる。
「よりにもよって…そう、よりにもよってあの人間の屑どもは、ああ…可愛い
可愛いオードリーの誕生日プレゼントを奪いやがったんだよ!!」
娘の名を口にした時は、一瞬母親っぽい慈愛満ち溢れる顔になったが、再び光
臨したのは、世の男を破滅せんと滅びを謳うオカマ破壊神の無慈悲な表情。
「全員容赦はするな!!骨肉血管筋肉細胞臓器すべて切り刻んで磨り潰しても構
わん!!
脳味噌を踏み潰し、眼球を抉り出してでも誕生日プレゼントの居場所を突き止
めよ!!
どんな手段でも構わない、あらゆる卑怯卑劣非道外道悪辣辛辣な全ての考える
限りの方法を使い、アタシの可愛いオードリーのプレゼントを奪還せよ!!」
「………」
人造騎士達は、歓喜と狂気の雄たけびを上げた。
お前ら絶対理解してないだろ、とはクラウン中佐は突っ込めなかった。
午後2時。正統エディウス第七派閥より人造騎馬隊「荒猟師」30人と同じく
第七派閥少佐・オルレアン・アルヴァ・ノード卿が出撃。目的地はパウラ連合
国とエディウス国境地帯。
目標は先日の隊商襲撃事件容疑者の旅賊。目的は愛する娘の貢物。
一人残された広場に中佐はいた。
爽やかな夏の日差しが眩しいなぁと、アイス・クラウン中佐は思った。
PC:ルフト
NPC:盗賊達
場所:スズシロ山脈中腹
--------------------------------------------------------------------------------
ルフト・ファングは森の中を歩いていた。
別に何処か目的地があるわけではなく、視覚や嗅覚や聴覚から入ってくる情報に気を付けながら気配を殺してゆっくりと慎重に歩を進める。
人里の近くでは顔を隠すために被っているターバンも今は邪魔になるので外して腰の荷物袋の中へとしまっていた。ピン、と立った耳が時々ピクピクと動いて作り物ではない事を示している。
人と獣の中間、人狼と呼ばれる種族に属する一人であるルフトは、昔ある遺跡をうっかり発動させてしまって以来、ずっと獣人形態のままだ。本来、彼らの種族は人間形態と狼形態を使い分けるのだが。その代わり、と言ってはなんだが人前では顔を隠したりなんだりと不便はあるものの、狼並みの聴覚や嗅覚などの身体能力に加えて人間の知能や器用さを併せ持つ、ある種高性能な体を手に入れる事となり、こうして食事のために獲物を狩る時などには重宝していた。
「ルフト、この森はなんかおかしいぜ。野鳥が全然いやがらねぇ」
ばさっ、ばさっと羽音を立てて一羽の鷹がルフトの肩に舞い降りた。人語を解し、操る事ができるこの鳥の名はヴィンドブルフと言い、ルフトと同じ日に生み出された鷹型の魔法生物だ。以来ずっと彼と行動を共にしている。新しく子供が生まれるのにあわせて魔法生物を創り行動を共にさせるのが、ルフトの出自である砂漠の民ジグラッドの風習なのだ。
「野鳥だけじゃないみたいですね。さっきから動物の気配も少ししか感じられません」
時々他の生き物がいる気配は感じるのだが、近づこうとするとすぐに気付かれて逃げられてしまう。ハンパではない警戒を敷いているような雰囲気をルフトは感じ取っていた。
「どーも、この森にはかなり無茶をやらかす……ま、人間が居座ってるんだろうな。どうする?」
「どうしたモノでしょうね。……おや、この臭いは」
言葉を途中で切って、ルフトは顔を空に向け、目を閉じる。それは鼻に飛び込んでくる様々な臭いの中から特定の一つを嗅ぎ分けようとする時にいつもやる動作なので、ブルフは黙って様子を見守っている。
「……その、人間とやらの家が近くにありますね。こんな街道を外れた山奥に、結構な大所帯で」
「パウラ連合とやらの砦か何かか?」
「さぁ、臭いだけではそこまで分かりませんが。とりあえずこの森の動物達がこんなに警戒してるのは間違いなく彼らの所為でしょうね」
彼らが今居る森は、パウラ連合と正統エディウスの国境境になっているスズシロ山脈の中腹辺りにある森だ。ルフトが聞きかじった話では二国間で結ばれている協定はこの山脈は中立地帯とし、それぞれ側の麓からをお互いの領土としていたはずである。もしパウラ連合がここに砦を築いているのならば、その動きを正統エディウスの軍部に知らせれば多少の報酬が見込めるかもしれない。
「どうする、ちょいと調べてみるか?」
「……そうですね。狩りの成果が見込めない以上、せめて食費のタネくらいは見つけて帰るべきでしょう。頼りにしてますよ、ブルフ」
かくて、一匹と一羽は臭いを頼りに大勢の人の気配の方へと歩きだしたのだった。
◆◇★☆†◇◆☆★
――同時刻、スズシロ山脈中腹、山間部にある盗賊のアジトでは
「親分!報告します!!」
大慌てでアジトの最奥に駆け込んできた部下を、盗賊団の頭はとりあえず殴り飛ばした。
「馬鹿野郎!俺の事はリーダーって呼べっつってるだろうが!……で、どうした」
入って来たドアからそのままたたき出される部下だが、それにめげずに部屋に戻ってきて報告を続ける。
「はい。昨夜商隊からパクって来た荷物の中に、正統エディウスの、あの、毒蛾宛の荷物が入っていたらしいんです」
「なにぃぃぃぃぃ!!馬鹿野郎!!アイツとは何があっても関わるなって厳命しといたじゃねぇか!ああいう理性がぶっとんだ手合いを敵に回すのが一番こえぇんだぞ!」
会心の右ストレートが部下を捕らえる。言い訳しようと口を開いた瞬間に顔面に痛打を食らった部下は、軽く脳震盪を起こしながら再び廊下へとたたき出された。
「も、申し訳ありやせん……昨夜は新人教育を兼ねて大半を新入りで構成してたので、命令を徹底させる事ができやせんでした……」
「……ちっ、パクっちまったもんはしょうがねぇ。野郎ども、第一種戦闘配備だ!パターンはC!篭城迎撃戦の用意をしやがれ!アジトの回りの罠も強化しておけよ!そんなに時間は残されてないと思え!」
伝声管を通じて各部署に指令を飛ばす頭領の顔には、怒りというよりも恐怖の表情が張り付いていた。"エディウスの毒蛾"の異名はこの辺りでは知らない者はいないとされているほど有名なモノだが、それを抜きにしてもなおあまりある怯え方をしている。
「……あの、毒蛾宛の荷物を街道に置いてくれば俺たちは安泰なのでは……?それに、この場所もそう簡単に見つかるとは思えねぇですし」
物凄くおずおずと、控えめに、刺激しないように気をつけて発言した部下の方を、自称リーダーは鬼の形相をして振り向く。
「し、しつれぐはっ!?」
慌てて謝ろうとした瞬間、コークスクリュー気味に捻りが加わったアッパーカットが華麗に顎を打ち抜いた。
「馬鹿野郎!一度パクったもんを返すなんて盗賊の美学に反するじゃねぇか!さらに、ああいう手合いは不条理だからこそ油断はできねぇ。ヤツは来る。必ずだ!わかったらとっととテメェも配置につきやがれ!」
部下を部屋の外まで叩き出したついでに扉をしめ、部屋の中央に設えてある椅子に腰掛け、机に肘を乗せて頭を支えた。思わず溜息がこぼれるのを、彼は止めることができなかった。
エディウスの政変などであぶれた人材を纏め上げ、ばれないように山の中にアジトとなる砦を築き、討伐隊を差し向けられない程度に加減をしながらちまちまと商隊を襲って力を蓄えてきたこれまでが走馬灯のように脳裏を駆け巡る。ようやく部下達の練度も上がり、資金も段々とたまってきて、これからという所だったのに……その思いは、何度溜息に乗せようとも尽きる事はなかった。
さらに溜息を数回ついて、盗賊団の頭、アドルフ・ハイマンは自分の顔を思いっきり両手で叩いて気合をいれた。まだだ、まだ終わらん。準備期間が十分だったとはいえないが、もしここであのエディウスの毒蛾を倒す事ができれば彼の野望はかなり実現に近づく事になる。死中に活とはまさにこのことなのだ。
「見張り!周囲の警戒、怠るなよ!どんな些細な事であろうと変化があれば俺に報告しろ!」
「リーダー、砦南方面に人間クラスの生命反応が!」
見張り兵は計八人。砦を囲う塀の四隅に建てられた物見塔に、感知を得意とする魔術師と、高い視力を持つ弓兵が配備されている。
「数は一つか?……偵察にしても早すぎるな……今、出れる部隊はいるか?」
伝声管を通じて、部下達の詰め所に声をかける。念のためにいまから警戒をしてはいるが、荷馬車が襲われた情報が軍の元に届き、毒蛾が出てくるまでにはどう考えても一日は掛かるので、襲撃があるとしたら早くても明日の昼以降だろうと首領は睨んでいた。
「は、第二部隊いけます」
名乗りを上げた第二部隊は盗賊や弓手などが主戦力の部隊。アドルフは少し悩んだ上で、「よし、砦南の森に潜んでいる人間と思しき者を探索、捕獲しろ」と命令をくだした。その判断が、さらなる不幸を呼び込む事を彼はまだ知らない。
◆◇★☆†◇◆☆★
「これはまた立派な砦ですね……」
臭いを辿って来た先は、木を組み合わせて作った塀で囲われている典型的な砦の姿だった。ご丁寧に見張り塔の上などには緑の葉を重ね、上空からから見ても注意してみなければわからないように配慮してある。
とりあえず、ルフトは各見張り塔から死角になる大きな木の陰に陣取り、ブルフが帰ってくるのを待っていた。
がらがらがら、と門が開けられる音が辺りに響いた。思わずそちらを窺うと、ルフトが隠れている方に向かってバラバラと武装した兵隊達が寄ってくるのが見えた。
「ばれた!?いったいどうして!」
2mあるルフトの身長とほぼ同じ長さの棒を引き抜き、ルフトは身構えると同時に、一斉に矢が飛んでくる。当てるつもりがないのか周囲を囲うように刺さる矢に逃げ場をなくしたところを、短刀を構えた男が突撃してくる。
「なんとっ!」
木々が生い茂るこの場所では2mもある棍を振り回す事なんてできはしない。裂帛の気合と共に打ち出された突きは、予想通りといわんばかりにあっさりとかわされる。突き出された左が泳ぎ、体が開く。狙い通りにいってほくそえむ盗賊が飛び込み、無防備の体目掛けて、銀閃が疾走る。
しかし、短刀がルフトの毛皮に傷をつける事はなかった。泳いでいた左腕を肘を畳んで引き戻し、ナイフ使いの後ろを通って顔を出した棒を右手で掴み、全力で引き寄せる。棍によって押され、体に引き寄せられるナイフ使い。まさに振り落とす真っ最中だったナイフは距離を失い力が乗らず、味方の体が盾になって弓手は矢を放つことができない。「がはっ」という声と共に棍とルフトの体に押しつぶされたナイフ使いの肺から空気が逃げ、手からナイフが零れ落ちる。
そのままナイフ使いを人質にして突っ切ろうとした、ルフトの背後に忽然と気配が湧き上がる。慌てて振り返ろうとする獣人の脳天に鈍器による強打が炸裂、思わず膝をついたところにさらにもう一発。完全に意識を失ったルフトを軽々と担ぎ上げ、第二部隊の隊長ブロンブスは部下に撤退の指示を下した。
「やべぇやべぇ、ベアに知らせねーと!!」
上空から砦の様子を見ていたために気づくのが遅れ、ルフトと合流しそこなったブルフは最寄の街のある宿を目指して全力で羽ばたいていた。そこにいるはずの仲間に、救援を求めるために。
NPC:盗賊達
場所:スズシロ山脈中腹
--------------------------------------------------------------------------------
ルフト・ファングは森の中を歩いていた。
別に何処か目的地があるわけではなく、視覚や嗅覚や聴覚から入ってくる情報に気を付けながら気配を殺してゆっくりと慎重に歩を進める。
人里の近くでは顔を隠すために被っているターバンも今は邪魔になるので外して腰の荷物袋の中へとしまっていた。ピン、と立った耳が時々ピクピクと動いて作り物ではない事を示している。
人と獣の中間、人狼と呼ばれる種族に属する一人であるルフトは、昔ある遺跡をうっかり発動させてしまって以来、ずっと獣人形態のままだ。本来、彼らの種族は人間形態と狼形態を使い分けるのだが。その代わり、と言ってはなんだが人前では顔を隠したりなんだりと不便はあるものの、狼並みの聴覚や嗅覚などの身体能力に加えて人間の知能や器用さを併せ持つ、ある種高性能な体を手に入れる事となり、こうして食事のために獲物を狩る時などには重宝していた。
「ルフト、この森はなんかおかしいぜ。野鳥が全然いやがらねぇ」
ばさっ、ばさっと羽音を立てて一羽の鷹がルフトの肩に舞い降りた。人語を解し、操る事ができるこの鳥の名はヴィンドブルフと言い、ルフトと同じ日に生み出された鷹型の魔法生物だ。以来ずっと彼と行動を共にしている。新しく子供が生まれるのにあわせて魔法生物を創り行動を共にさせるのが、ルフトの出自である砂漠の民ジグラッドの風習なのだ。
「野鳥だけじゃないみたいですね。さっきから動物の気配も少ししか感じられません」
時々他の生き物がいる気配は感じるのだが、近づこうとするとすぐに気付かれて逃げられてしまう。ハンパではない警戒を敷いているような雰囲気をルフトは感じ取っていた。
「どーも、この森にはかなり無茶をやらかす……ま、人間が居座ってるんだろうな。どうする?」
「どうしたモノでしょうね。……おや、この臭いは」
言葉を途中で切って、ルフトは顔を空に向け、目を閉じる。それは鼻に飛び込んでくる様々な臭いの中から特定の一つを嗅ぎ分けようとする時にいつもやる動作なので、ブルフは黙って様子を見守っている。
「……その、人間とやらの家が近くにありますね。こんな街道を外れた山奥に、結構な大所帯で」
「パウラ連合とやらの砦か何かか?」
「さぁ、臭いだけではそこまで分かりませんが。とりあえずこの森の動物達がこんなに警戒してるのは間違いなく彼らの所為でしょうね」
彼らが今居る森は、パウラ連合と正統エディウスの国境境になっているスズシロ山脈の中腹辺りにある森だ。ルフトが聞きかじった話では二国間で結ばれている協定はこの山脈は中立地帯とし、それぞれ側の麓からをお互いの領土としていたはずである。もしパウラ連合がここに砦を築いているのならば、その動きを正統エディウスの軍部に知らせれば多少の報酬が見込めるかもしれない。
「どうする、ちょいと調べてみるか?」
「……そうですね。狩りの成果が見込めない以上、せめて食費のタネくらいは見つけて帰るべきでしょう。頼りにしてますよ、ブルフ」
かくて、一匹と一羽は臭いを頼りに大勢の人の気配の方へと歩きだしたのだった。
◆◇★☆†◇◆☆★
――同時刻、スズシロ山脈中腹、山間部にある盗賊のアジトでは
「親分!報告します!!」
大慌てでアジトの最奥に駆け込んできた部下を、盗賊団の頭はとりあえず殴り飛ばした。
「馬鹿野郎!俺の事はリーダーって呼べっつってるだろうが!……で、どうした」
入って来たドアからそのままたたき出される部下だが、それにめげずに部屋に戻ってきて報告を続ける。
「はい。昨夜商隊からパクって来た荷物の中に、正統エディウスの、あの、毒蛾宛の荷物が入っていたらしいんです」
「なにぃぃぃぃぃ!!馬鹿野郎!!アイツとは何があっても関わるなって厳命しといたじゃねぇか!ああいう理性がぶっとんだ手合いを敵に回すのが一番こえぇんだぞ!」
会心の右ストレートが部下を捕らえる。言い訳しようと口を開いた瞬間に顔面に痛打を食らった部下は、軽く脳震盪を起こしながら再び廊下へとたたき出された。
「も、申し訳ありやせん……昨夜は新人教育を兼ねて大半を新入りで構成してたので、命令を徹底させる事ができやせんでした……」
「……ちっ、パクっちまったもんはしょうがねぇ。野郎ども、第一種戦闘配備だ!パターンはC!篭城迎撃戦の用意をしやがれ!アジトの回りの罠も強化しておけよ!そんなに時間は残されてないと思え!」
伝声管を通じて各部署に指令を飛ばす頭領の顔には、怒りというよりも恐怖の表情が張り付いていた。"エディウスの毒蛾"の異名はこの辺りでは知らない者はいないとされているほど有名なモノだが、それを抜きにしてもなおあまりある怯え方をしている。
「……あの、毒蛾宛の荷物を街道に置いてくれば俺たちは安泰なのでは……?それに、この場所もそう簡単に見つかるとは思えねぇですし」
物凄くおずおずと、控えめに、刺激しないように気をつけて発言した部下の方を、自称リーダーは鬼の形相をして振り向く。
「し、しつれぐはっ!?」
慌てて謝ろうとした瞬間、コークスクリュー気味に捻りが加わったアッパーカットが華麗に顎を打ち抜いた。
「馬鹿野郎!一度パクったもんを返すなんて盗賊の美学に反するじゃねぇか!さらに、ああいう手合いは不条理だからこそ油断はできねぇ。ヤツは来る。必ずだ!わかったらとっととテメェも配置につきやがれ!」
部下を部屋の外まで叩き出したついでに扉をしめ、部屋の中央に設えてある椅子に腰掛け、机に肘を乗せて頭を支えた。思わず溜息がこぼれるのを、彼は止めることができなかった。
エディウスの政変などであぶれた人材を纏め上げ、ばれないように山の中にアジトとなる砦を築き、討伐隊を差し向けられない程度に加減をしながらちまちまと商隊を襲って力を蓄えてきたこれまでが走馬灯のように脳裏を駆け巡る。ようやく部下達の練度も上がり、資金も段々とたまってきて、これからという所だったのに……その思いは、何度溜息に乗せようとも尽きる事はなかった。
さらに溜息を数回ついて、盗賊団の頭、アドルフ・ハイマンは自分の顔を思いっきり両手で叩いて気合をいれた。まだだ、まだ終わらん。準備期間が十分だったとはいえないが、もしここであのエディウスの毒蛾を倒す事ができれば彼の野望はかなり実現に近づく事になる。死中に活とはまさにこのことなのだ。
「見張り!周囲の警戒、怠るなよ!どんな些細な事であろうと変化があれば俺に報告しろ!」
「リーダー、砦南方面に人間クラスの生命反応が!」
見張り兵は計八人。砦を囲う塀の四隅に建てられた物見塔に、感知を得意とする魔術師と、高い視力を持つ弓兵が配備されている。
「数は一つか?……偵察にしても早すぎるな……今、出れる部隊はいるか?」
伝声管を通じて、部下達の詰め所に声をかける。念のためにいまから警戒をしてはいるが、荷馬車が襲われた情報が軍の元に届き、毒蛾が出てくるまでにはどう考えても一日は掛かるので、襲撃があるとしたら早くても明日の昼以降だろうと首領は睨んでいた。
「は、第二部隊いけます」
名乗りを上げた第二部隊は盗賊や弓手などが主戦力の部隊。アドルフは少し悩んだ上で、「よし、砦南の森に潜んでいる人間と思しき者を探索、捕獲しろ」と命令をくだした。その判断が、さらなる不幸を呼び込む事を彼はまだ知らない。
◆◇★☆†◇◆☆★
「これはまた立派な砦ですね……」
臭いを辿って来た先は、木を組み合わせて作った塀で囲われている典型的な砦の姿だった。ご丁寧に見張り塔の上などには緑の葉を重ね、上空からから見ても注意してみなければわからないように配慮してある。
とりあえず、ルフトは各見張り塔から死角になる大きな木の陰に陣取り、ブルフが帰ってくるのを待っていた。
がらがらがら、と門が開けられる音が辺りに響いた。思わずそちらを窺うと、ルフトが隠れている方に向かってバラバラと武装した兵隊達が寄ってくるのが見えた。
「ばれた!?いったいどうして!」
2mあるルフトの身長とほぼ同じ長さの棒を引き抜き、ルフトは身構えると同時に、一斉に矢が飛んでくる。当てるつもりがないのか周囲を囲うように刺さる矢に逃げ場をなくしたところを、短刀を構えた男が突撃してくる。
「なんとっ!」
木々が生い茂るこの場所では2mもある棍を振り回す事なんてできはしない。裂帛の気合と共に打ち出された突きは、予想通りといわんばかりにあっさりとかわされる。突き出された左が泳ぎ、体が開く。狙い通りにいってほくそえむ盗賊が飛び込み、無防備の体目掛けて、銀閃が疾走る。
しかし、短刀がルフトの毛皮に傷をつける事はなかった。泳いでいた左腕を肘を畳んで引き戻し、ナイフ使いの後ろを通って顔を出した棒を右手で掴み、全力で引き寄せる。棍によって押され、体に引き寄せられるナイフ使い。まさに振り落とす真っ最中だったナイフは距離を失い力が乗らず、味方の体が盾になって弓手は矢を放つことができない。「がはっ」という声と共に棍とルフトの体に押しつぶされたナイフ使いの肺から空気が逃げ、手からナイフが零れ落ちる。
そのままナイフ使いを人質にして突っ切ろうとした、ルフトの背後に忽然と気配が湧き上がる。慌てて振り返ろうとする獣人の脳天に鈍器による強打が炸裂、思わず膝をついたところにさらにもう一発。完全に意識を失ったルフトを軽々と担ぎ上げ、第二部隊の隊長ブロンブスは部下に撤退の指示を下した。
「やべぇやべぇ、ベアに知らせねーと!!」
上空から砦の様子を見ていたために気づくのが遅れ、ルフトと合流しそこなったブルフは最寄の街のある宿を目指して全力で羽ばたいていた。そこにいるはずの仲間に、救援を求めるために。
キャスト:ベアトリーチェ
NPC:武器職人・ブルフ
場所:正エディウス国境近くの宿
――――――――――――――――――――――――――――――――
【パラノイア】
外見的には正常さを保ちながら、徐々に妄想世界を自己の中に築きあげていく疾患。
――――――――――――――――――――――――――――――――
そう、全取っ替えよ。確かに今のはいいやつ。そう思ってあたしも買ったんだもの。
だけど仕事のパートナーとしてはちょっとヤワすぎるわ。接近戦にも対応したいし。
あとね、読み込みも遅いの。
本当にパーツに印呪した魔術師は信用していいの?
…まぁ、そこまで言うなら期待してもいいか。
分かった、今小切手書くわ。
あたしは仕事でもう発つから、直接受け取れないのよ。
だから品物は向こうの宿に発送して?住所はこれ。あんまり遅いのはやーよ。
3日待つから、それ以上かかりそうなら伝書ね。方法は任せるから。
あ、だけど梱包はしっかりね。あんたの命より大事に扱いなさい。
・・・★・・・
馬鹿か聡明か。
ベアトリーチェ・ガレットにとって、この世界にはその2種類の人間しかいない。
もちろん彼女は間違いなく後者の人間であり、それ以外は全て前者だと思っている。
「命より大事に扱いなさいって言ったでしょうがぁあああっ!」
どかん、と土足の片足をテーブルの上に置いて、ベアトリーチェは目の前にいる
武器職人の胸倉を掴んだ。
鮮やかな赤毛を短い三つあみでまとめた、10歳前後の少女である。
だがそこには年相応の可愛さや無邪気さはなく、ましてや優しさもない。
右目には黒い眼帯をしており、それがさらに剣呑さを深めていた。
普段でも吊目なくせに、今は怒りでその度合いが増して凶悪になっている。
衝撃で、部屋の壁にかかっている金色の額縁に飾られた絵画が
ごとんと揺れた。
「どういうことよ!なんであたしの武器盗まれてんのよ!?」
「俺ァ関係ねーよ。悪ぃのはアッタマの悪い傭兵か、知能指数の低い旅賊だろ」
しかし当の武器職人の男――彼女の親の代から付き合いがある、初老の男である。
歳はわからないが、ベアトリーチェはおそらく50歳はくだらないだろうと
検討をつけていた――は、のらりくらりとそう返してきた。
「なによその言い草!」
「お、親方ァっ」
後ろで様子を見ていた、彼に師事している若い弟子が、ベアトリーチェの
剣幕に青い顔を見せている。武器職人は適当にそっちをドアの外に追い払うと、
やんわりとベアトリーチェの手から首を解放した。
「ちょっと――」
「あんな、ベア嬢よ」
勢いをそがれて、空いた両手で拳を作る彼女に、今度は武器職人が諭すように
身を乗り出してきた。
「俺は武器職人だ。武器職人は武器を作る職人のことさ。わかるだろ?
俺は最高の材料、経験、そしてちょっとしたアイデアで『アレ』を造ったんだ。
そして最高のクライアントに渡す――これが俺の仕事なんだよ。
だが、あんたに渡すのは違う仕事をしている奴の役目だ。
そいつがしくじったんだから、俺に嬢が怒るのはお門違いじゃねぇのか?」
なんであたし説教されてるのよ――
むっとして言い返そうとしたその時、素っ頓狂な声と共に、開いている
窓から一羽の鷹が舞い込んできた。
「あら鳥。今日の夕飯獲れた?」
いったいどういう仕組みなのか、姿は普通の鷹のくせに喋りまくる性質を持つそれは、
名をウィンドブルフという。
本来ならば話題に上っている狼男の肩が定位置なのだが、今は所在無さげに
ばたばたと部屋の中を飛び回っている。
「それどころじゃねぇ!ベア!大変だ!あのな、よく聞けよ。
――ルフトがさらわれた!」
「まぁ大変」
眉ひとつ動かさずに、ベアトリーチェは鷹の訴えを一蹴した。
「ぜんっぜん大変そうじゃねーじゃねーか!お前どんな神経してんだよ!」
「あんたこそどんな生物形態してんのよ。今あたし忙しいのよ!」
「さらわれたって?あのルフトがか?オイ」
ベアトリーチェとは反対に、武器職人はまともに顔色を変えて立ち上がった。
「どんな奴らだったんだ。あいつが敵わなかったってのか?ンな馬鹿な!」
「たぶんありゃー盗賊だ。国境の南あたりにでけぇ砦があってよぅ、いきなり
向こうから仕掛けてきやがったんだ」
真鍮のベッド枠にとまり、羽を広げるウィンドブルフ。武器職人はううむと
したり顔であごに手をあて、愕然と独り言をつぶやく。
「国境…盗賊……!間違いねぇ!」
「おっさん知ってるのか!」
「おそらく、隊商を狙って嬢の武器を奪ったのはそいつらだ!」
そこまで言ってから、武器職人と鷹が同時にこちらを振り向く。
『ていうか聞けよ話!!』
「あん?」
二人が盛り上がっている間に注文した、ルームサービスのアップルパイを頬張りつつ、
ベアトリーチェは半眼で二人を見返した。
NPC:武器職人・ブルフ
場所:正エディウス国境近くの宿
――――――――――――――――――――――――――――――――
【パラノイア】
外見的には正常さを保ちながら、徐々に妄想世界を自己の中に築きあげていく疾患。
――――――――――――――――――――――――――――――――
そう、全取っ替えよ。確かに今のはいいやつ。そう思ってあたしも買ったんだもの。
だけど仕事のパートナーとしてはちょっとヤワすぎるわ。接近戦にも対応したいし。
あとね、読み込みも遅いの。
本当にパーツに印呪した魔術師は信用していいの?
…まぁ、そこまで言うなら期待してもいいか。
分かった、今小切手書くわ。
あたしは仕事でもう発つから、直接受け取れないのよ。
だから品物は向こうの宿に発送して?住所はこれ。あんまり遅いのはやーよ。
3日待つから、それ以上かかりそうなら伝書ね。方法は任せるから。
あ、だけど梱包はしっかりね。あんたの命より大事に扱いなさい。
・・・★・・・
馬鹿か聡明か。
ベアトリーチェ・ガレットにとって、この世界にはその2種類の人間しかいない。
もちろん彼女は間違いなく後者の人間であり、それ以外は全て前者だと思っている。
「命より大事に扱いなさいって言ったでしょうがぁあああっ!」
どかん、と土足の片足をテーブルの上に置いて、ベアトリーチェは目の前にいる
武器職人の胸倉を掴んだ。
鮮やかな赤毛を短い三つあみでまとめた、10歳前後の少女である。
だがそこには年相応の可愛さや無邪気さはなく、ましてや優しさもない。
右目には黒い眼帯をしており、それがさらに剣呑さを深めていた。
普段でも吊目なくせに、今は怒りでその度合いが増して凶悪になっている。
衝撃で、部屋の壁にかかっている金色の額縁に飾られた絵画が
ごとんと揺れた。
「どういうことよ!なんであたしの武器盗まれてんのよ!?」
「俺ァ関係ねーよ。悪ぃのはアッタマの悪い傭兵か、知能指数の低い旅賊だろ」
しかし当の武器職人の男――彼女の親の代から付き合いがある、初老の男である。
歳はわからないが、ベアトリーチェはおそらく50歳はくだらないだろうと
検討をつけていた――は、のらりくらりとそう返してきた。
「なによその言い草!」
「お、親方ァっ」
後ろで様子を見ていた、彼に師事している若い弟子が、ベアトリーチェの
剣幕に青い顔を見せている。武器職人は適当にそっちをドアの外に追い払うと、
やんわりとベアトリーチェの手から首を解放した。
「ちょっと――」
「あんな、ベア嬢よ」
勢いをそがれて、空いた両手で拳を作る彼女に、今度は武器職人が諭すように
身を乗り出してきた。
「俺は武器職人だ。武器職人は武器を作る職人のことさ。わかるだろ?
俺は最高の材料、経験、そしてちょっとしたアイデアで『アレ』を造ったんだ。
そして最高のクライアントに渡す――これが俺の仕事なんだよ。
だが、あんたに渡すのは違う仕事をしている奴の役目だ。
そいつがしくじったんだから、俺に嬢が怒るのはお門違いじゃねぇのか?」
なんであたし説教されてるのよ――
むっとして言い返そうとしたその時、素っ頓狂な声と共に、開いている
窓から一羽の鷹が舞い込んできた。
「あら鳥。今日の夕飯獲れた?」
いったいどういう仕組みなのか、姿は普通の鷹のくせに喋りまくる性質を持つそれは、
名をウィンドブルフという。
本来ならば話題に上っている狼男の肩が定位置なのだが、今は所在無さげに
ばたばたと部屋の中を飛び回っている。
「それどころじゃねぇ!ベア!大変だ!あのな、よく聞けよ。
――ルフトがさらわれた!」
「まぁ大変」
眉ひとつ動かさずに、ベアトリーチェは鷹の訴えを一蹴した。
「ぜんっぜん大変そうじゃねーじゃねーか!お前どんな神経してんだよ!」
「あんたこそどんな生物形態してんのよ。今あたし忙しいのよ!」
「さらわれたって?あのルフトがか?オイ」
ベアトリーチェとは反対に、武器職人はまともに顔色を変えて立ち上がった。
「どんな奴らだったんだ。あいつが敵わなかったってのか?ンな馬鹿な!」
「たぶんありゃー盗賊だ。国境の南あたりにでけぇ砦があってよぅ、いきなり
向こうから仕掛けてきやがったんだ」
真鍮のベッド枠にとまり、羽を広げるウィンドブルフ。武器職人はううむと
したり顔であごに手をあて、愕然と独り言をつぶやく。
「国境…盗賊……!間違いねぇ!」
「おっさん知ってるのか!」
「おそらく、隊商を狙って嬢の武器を奪ったのはそいつらだ!」
そこまで言ってから、武器職人と鷹が同時にこちらを振り向く。
『ていうか聞けよ話!!』
「あん?」
二人が盛り上がっている間に注文した、ルームサービスのアップルパイを頬張りつつ、
ベアトリーチェは半眼で二人を見返した。
PC@ベアトリーチェ、ルフト、オルレアン
NPC@旅賊、旅賊リーダー・アドルフ・ハイマン、人造騎馬隊「荒猟師」
場所@エディウス~パウラ連合国境付近・スズシロ山脈中腹
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー
「う………」
視界が徐々に明瞭になってくるにつれ、目の前の鉄格子の群れがひどく錆び付
いていることに気がつき始めた。
しばらく混濁した頭で、ぼんやりとしていたが数時間前までの記憶を取り戻す
とがばっと跳ね起きる。後頭部がじんじんと痛むが、それを無視して目の前の
鉄格子を掴む。
「もしかして、捕まってしまいましたか…」
もしかしてもない。
容赦なく叩かれた後頭部をさすりながら周囲を見渡す。
冷たい雫が背筋に落ちて、ひやっとした。岩窟の中だろうか、最初に見た砦は
木で作られていたがここは山脈地帯だ。おそらく砦の中にも地下を作ってあっ
たのだろう。
「…あれ、ここは奪ったものの保管庫ですか?」
てっきりここは牢屋か何かと思いきや、辺りには包装された大小様々な荷物が
積まれている。
ある種の美術館の倉庫のような密やかで静かな空間に、ふと自分以外の息遣い
が感じた。
「!?」
獣人特有の耳を立てて、ルフトは後ろを振り返った。
同じようにさび付いた別の檻の中で、くんくんと鼻を突き出してこちらを眺め
ている一匹の動物を見てルフトは唖然とした。
「し、白熊……?」
馴染みない巨体に、つぶらな黒い目。
ライラス北極グマ。体長は最大2.6メートルの巨体も発見されているという巨
大な熊である。
しかし性格は温厚、主食は雑食だが好んで狩りや動物は食べない。
額には独特の模様があり、それは真正面からみると花のような可愛らしい形に
見える。
その性格と外見、貴重さも相まって密猟保護リストに名を連ねているライラス
の天然保護動物だ。
「え、えとー…」
白熊の知識はあるものの、初めて出会った動物に戸惑いを隠せない。
ふと、白熊の檻にタグがついているのを見て、何気なく彼はそれを見た。
そのタグは受取人の住所と名前が記載されており、ルフトに分かったことと言
えば。
ー…名前の主は、異国人や旅人のルフトも耳に流れてきたことがある、変態軍
人の名でもあった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー
正統なる王は、三つの毒物を飼っている。
もはや常套句になった一つの文章があった。
一人はエディウスの毒蜘蛛と呼ばれる新生エディウス国対テロ組織のカリスマ
的リーダー兼狂人。
一人はエディウスの毒蝮と呼ばれる辣腕政治家兼少年少女変態愛好家。
最後の一人は、エディウスの毒蛾と呼ばれる元国王専属騎士にして「指導者」
少佐兼……オカマであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー
「安心なっさいな。
このベアトリーチェ様が嫌々でばってんだから金品強奪して衣服剥いで髪の毛
むしってすっ裸で街でつるし上げするぐらいしてやるわよ。ええルフトの為に
も!!」
「いや、誰もそこまでしろとは言ってねぇ!ついでにそれだと旅賊の仕業より
も極悪だ。
そして嫌々ってヒドイだろうよ」
鳥類に突っ込まれつつも赤毛の少女・ベアトリーチェはぶつくさ言いながら森
を歩いていた。
がっちりと装備しているのは彼女ご自慢の武器である。これからもっとご自慢
なソレやアレやになるはずだったのに、それを目前でかっぱらわれて機嫌は軒
並み急降下中である。
「大体夕飯どうしたのよ?そうか、鳥。アンタを焼き鳥にすればいいんじゃな
い」
「ベア、なあ本気でルフトを助ける気ある?」
ウィンドブルフは、ちょっとだけ本気な目で少女を見た。
「あったりまえじゃない。飼い主に黙って犬ッころ奪おうとはいい度胸じゃな
いの旅賊ども」
「あー…まあ、とりあえずルフト待ってろよ……」
今や囚われのヒロイン・ルフトを夕暮れる空の一番星にかさねつつ、ウィンド
ブルフは涙ぐみながらベアトリーチェの肩で相棒の無事を祈った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー
正統エディウスギルドにて。
ーー…今まさに、軍の横暴が形となって目の前でのさばっている。現在進行
形。
「早くしなさいよ」
ギルドの応接間は騒然と、唖然としていた。
一番大きい机に、軍靴を載せてソファにふんぞり返っている軍人がいる。
青い長髪が、文学少女の基本スタイルである二つの三つ編みになっていて軍人
が顎で人を使いにやる度にひょこひょこと揺れる。先っぽには黒いリボン。レ
ースだった。えーぇ?
「一時間で旅賊どもの場所を特定しろって今何時よ?つくづく無力だとは思っ
てたけど無能だとまでとは思ってなかったわよ」
ギルドの応接間隔てた事務室では現在、必死悲惨の表情のギルド職員達が現地
の捜査員に一秒でも早く情報をよこせと、魔術ギルドから7年も前に買った無
線機で連絡を飛ばしている。
軍人の不機嫌な声が響くたびに、びくりと背筋を凍らせて狂ったように作業に
戻る。ここまでギルドが骨肉惜しんで働いているのは何も軍が怖いからといっ
た内容ではない、ちょっとはそりゃ怖いけど。
なぜなら、哀れなる彼らは人質を取られて、なお下手すれば自分自身が次の犠
牲者になりかねないからである。
「夜まで待たせる気?だったらこいつら部屋に連れ込んでイイコトしてたほう
が早いじゃない。
人間待ち時間が一番不快なのよわかってんの?」
軍人の手袋には正統エディウスの国章と、続いてベルト。ベルト?
軍人の真横には現在、哀れなギルド職員(21)が上半身を脱がされて震えて
いる。哀れ。
現在彼のズボンのベルトは軍人にしてオカマの手の中に握られている。
その他若くて女性社員に受けがいい男性ギルド職員二人、職場のS君と付き合
い始めて一週間の女性の事務員が己が身を抱きしめて恐怖に目を見開かせてい
る。
何故なら、逃げられないように黒い騎士の集団が三人を取り囲んでじっと見つ
めている。そしてギルドの応接間には、人造騎士兵団が18人。外には出入り
口12人。完全包囲である。
ギルドに突如、土足で乗り込んできた軍人は即座に建物を包囲した。
そうしてギルドの現地調査員が未だに件の旅賊の根城すら特定できてないこと
に、何を思ったか軍人…いいやオカマはギルド職員を人質としてとって一時間
の猶予を与えた。
同志にして仲間の中佐が見たら卒倒しそうな場面である。主に中間管理職の彼
が軍の会議に出ているのであるから、もちろん嫌味中傷お小言は彼の担当なの
である。
仲間の魂の危機に必死にオカマのいいなりになって居場所を特定しようとする
職員。
すると、神はやはり善良な人間を救うのか。一つの連絡が入ってきた。
「国境近くの宿で、目撃者がいました!
スズシロ山脈中腹の森で、件の旅賊らしき砦を見かけたという情報が入ったそ
うです」
次の瞬間。
見事にかつての風格を見せるオカマ(元騎士)はすくっと立ち上がって、人質
などはじめっから存在しなかったように無視して早足でギルドの扉を開けた。
無言で続々と続く黒い騎士。まるで馬の軍団のような彼らの去った後には、恐
怖に怯える職員た
ちの無残な姿が取り残されていたのである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー
『情報の真偽はお確かめなさらずとも良いのですか?』
「いい、モノは密猟で手に入れた保護指定の生き物だ。先にギルドにでも押収
されるとのちのち面倒なことになる」
愛馬にして自らの人造精霊の背にぱしんっと鞭を打って手綱を引く。
嘶く声に、こだまのように返す人造騎士の馬達の泣き声をコーラスにオルレア
ンはいつもよりもやや無表情に(眉下に怒りマーク)答えた。
「目的地はスズシロ山脈だ!付いてこれない奴は容赦なくその場で切り殺す!!
死んでも後に続け!!」
おおおおおおおっー…と響く雄叫び。
続いて、けたたましいまでの蹄の交響曲。砂塵を巻き上げて走る黒い騎馬隊が
目指す方向の空には聳えたつ山並みと、暮れ逝く夕暮れの赤い空が見えた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー
「ぶえっくしょい!!」
「親分どうしやしたー?」
すかさずアッパー。部下は中々愛らしい悲鳴を上げながらドアの向こうへ飛ん
でいく。
「俺のことはりぃーだぁー★ と呼べといっただろ!!」
物覚えの悪い部下を叱り付けながら、なにか悪い予感がする旅賊親分・アドル
フ・ハイマンであった。
…往々にして良い予感というはありえない。
常に物事は悪くなる一方なのでから。君よ、こころして待ち構えよ。
悪夢と未来、そして頭痛を予防することは不可能であり、我らにできることと
いえばただ頑ななに身を強張らせてそれを待ち続けるだけなのだ。
どっかの偉人さんがいった言葉。まさに、後の彼らのことを予言しているとし
か、思えない。
NPC@旅賊、旅賊リーダー・アドルフ・ハイマン、人造騎馬隊「荒猟師」
場所@エディウス~パウラ連合国境付近・スズシロ山脈中腹
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー
「う………」
視界が徐々に明瞭になってくるにつれ、目の前の鉄格子の群れがひどく錆び付
いていることに気がつき始めた。
しばらく混濁した頭で、ぼんやりとしていたが数時間前までの記憶を取り戻す
とがばっと跳ね起きる。後頭部がじんじんと痛むが、それを無視して目の前の
鉄格子を掴む。
「もしかして、捕まってしまいましたか…」
もしかしてもない。
容赦なく叩かれた後頭部をさすりながら周囲を見渡す。
冷たい雫が背筋に落ちて、ひやっとした。岩窟の中だろうか、最初に見た砦は
木で作られていたがここは山脈地帯だ。おそらく砦の中にも地下を作ってあっ
たのだろう。
「…あれ、ここは奪ったものの保管庫ですか?」
てっきりここは牢屋か何かと思いきや、辺りには包装された大小様々な荷物が
積まれている。
ある種の美術館の倉庫のような密やかで静かな空間に、ふと自分以外の息遣い
が感じた。
「!?」
獣人特有の耳を立てて、ルフトは後ろを振り返った。
同じようにさび付いた別の檻の中で、くんくんと鼻を突き出してこちらを眺め
ている一匹の動物を見てルフトは唖然とした。
「し、白熊……?」
馴染みない巨体に、つぶらな黒い目。
ライラス北極グマ。体長は最大2.6メートルの巨体も発見されているという巨
大な熊である。
しかし性格は温厚、主食は雑食だが好んで狩りや動物は食べない。
額には独特の模様があり、それは真正面からみると花のような可愛らしい形に
見える。
その性格と外見、貴重さも相まって密猟保護リストに名を連ねているライラス
の天然保護動物だ。
「え、えとー…」
白熊の知識はあるものの、初めて出会った動物に戸惑いを隠せない。
ふと、白熊の檻にタグがついているのを見て、何気なく彼はそれを見た。
そのタグは受取人の住所と名前が記載されており、ルフトに分かったことと言
えば。
ー…名前の主は、異国人や旅人のルフトも耳に流れてきたことがある、変態軍
人の名でもあった。
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正統なる王は、三つの毒物を飼っている。
もはや常套句になった一つの文章があった。
一人はエディウスの毒蜘蛛と呼ばれる新生エディウス国対テロ組織のカリスマ
的リーダー兼狂人。
一人はエディウスの毒蝮と呼ばれる辣腕政治家兼少年少女変態愛好家。
最後の一人は、エディウスの毒蛾と呼ばれる元国王専属騎士にして「指導者」
少佐兼……オカマであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー
「安心なっさいな。
このベアトリーチェ様が嫌々でばってんだから金品強奪して衣服剥いで髪の毛
むしってすっ裸で街でつるし上げするぐらいしてやるわよ。ええルフトの為に
も!!」
「いや、誰もそこまでしろとは言ってねぇ!ついでにそれだと旅賊の仕業より
も極悪だ。
そして嫌々ってヒドイだろうよ」
鳥類に突っ込まれつつも赤毛の少女・ベアトリーチェはぶつくさ言いながら森
を歩いていた。
がっちりと装備しているのは彼女ご自慢の武器である。これからもっとご自慢
なソレやアレやになるはずだったのに、それを目前でかっぱらわれて機嫌は軒
並み急降下中である。
「大体夕飯どうしたのよ?そうか、鳥。アンタを焼き鳥にすればいいんじゃな
い」
「ベア、なあ本気でルフトを助ける気ある?」
ウィンドブルフは、ちょっとだけ本気な目で少女を見た。
「あったりまえじゃない。飼い主に黙って犬ッころ奪おうとはいい度胸じゃな
いの旅賊ども」
「あー…まあ、とりあえずルフト待ってろよ……」
今や囚われのヒロイン・ルフトを夕暮れる空の一番星にかさねつつ、ウィンド
ブルフは涙ぐみながらベアトリーチェの肩で相棒の無事を祈った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー
正統エディウスギルドにて。
ーー…今まさに、軍の横暴が形となって目の前でのさばっている。現在進行
形。
「早くしなさいよ」
ギルドの応接間は騒然と、唖然としていた。
一番大きい机に、軍靴を載せてソファにふんぞり返っている軍人がいる。
青い長髪が、文学少女の基本スタイルである二つの三つ編みになっていて軍人
が顎で人を使いにやる度にひょこひょこと揺れる。先っぽには黒いリボン。レ
ースだった。えーぇ?
「一時間で旅賊どもの場所を特定しろって今何時よ?つくづく無力だとは思っ
てたけど無能だとまでとは思ってなかったわよ」
ギルドの応接間隔てた事務室では現在、必死悲惨の表情のギルド職員達が現地
の捜査員に一秒でも早く情報をよこせと、魔術ギルドから7年も前に買った無
線機で連絡を飛ばしている。
軍人の不機嫌な声が響くたびに、びくりと背筋を凍らせて狂ったように作業に
戻る。ここまでギルドが骨肉惜しんで働いているのは何も軍が怖いからといっ
た内容ではない、ちょっとはそりゃ怖いけど。
なぜなら、哀れなる彼らは人質を取られて、なお下手すれば自分自身が次の犠
牲者になりかねないからである。
「夜まで待たせる気?だったらこいつら部屋に連れ込んでイイコトしてたほう
が早いじゃない。
人間待ち時間が一番不快なのよわかってんの?」
軍人の手袋には正統エディウスの国章と、続いてベルト。ベルト?
軍人の真横には現在、哀れなギルド職員(21)が上半身を脱がされて震えて
いる。哀れ。
現在彼のズボンのベルトは軍人にしてオカマの手の中に握られている。
その他若くて女性社員に受けがいい男性ギルド職員二人、職場のS君と付き合
い始めて一週間の女性の事務員が己が身を抱きしめて恐怖に目を見開かせてい
る。
何故なら、逃げられないように黒い騎士の集団が三人を取り囲んでじっと見つ
めている。そしてギルドの応接間には、人造騎士兵団が18人。外には出入り
口12人。完全包囲である。
ギルドに突如、土足で乗り込んできた軍人は即座に建物を包囲した。
そうしてギルドの現地調査員が未だに件の旅賊の根城すら特定できてないこと
に、何を思ったか軍人…いいやオカマはギルド職員を人質としてとって一時間
の猶予を与えた。
同志にして仲間の中佐が見たら卒倒しそうな場面である。主に中間管理職の彼
が軍の会議に出ているのであるから、もちろん嫌味中傷お小言は彼の担当なの
である。
仲間の魂の危機に必死にオカマのいいなりになって居場所を特定しようとする
職員。
すると、神はやはり善良な人間を救うのか。一つの連絡が入ってきた。
「国境近くの宿で、目撃者がいました!
スズシロ山脈中腹の森で、件の旅賊らしき砦を見かけたという情報が入ったそ
うです」
次の瞬間。
見事にかつての風格を見せるオカマ(元騎士)はすくっと立ち上がって、人質
などはじめっから存在しなかったように無視して早足でギルドの扉を開けた。
無言で続々と続く黒い騎士。まるで馬の軍団のような彼らの去った後には、恐
怖に怯える職員た
ちの無残な姿が取り残されていたのである。
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『情報の真偽はお確かめなさらずとも良いのですか?』
「いい、モノは密猟で手に入れた保護指定の生き物だ。先にギルドにでも押収
されるとのちのち面倒なことになる」
愛馬にして自らの人造精霊の背にぱしんっと鞭を打って手綱を引く。
嘶く声に、こだまのように返す人造騎士の馬達の泣き声をコーラスにオルレア
ンはいつもよりもやや無表情に(眉下に怒りマーク)答えた。
「目的地はスズシロ山脈だ!付いてこれない奴は容赦なくその場で切り殺す!!
死んでも後に続け!!」
おおおおおおおっー…と響く雄叫び。
続いて、けたたましいまでの蹄の交響曲。砂塵を巻き上げて走る黒い騎馬隊が
目指す方向の空には聳えたつ山並みと、暮れ逝く夕暮れの赤い空が見えた。
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「ぶえっくしょい!!」
「親分どうしやしたー?」
すかさずアッパー。部下は中々愛らしい悲鳴を上げながらドアの向こうへ飛ん
でいく。
「俺のことはりぃーだぁー★ と呼べといっただろ!!」
物覚えの悪い部下を叱り付けながら、なにか悪い予感がする旅賊親分・アドル
フ・ハイマンであった。
…往々にして良い予感というはありえない。
常に物事は悪くなる一方なのでから。君よ、こころして待ち構えよ。
悪夢と未来、そして頭痛を予防することは不可能であり、我らにできることと
いえばただ頑ななに身を強張らせてそれを待ち続けるだけなのだ。
どっかの偉人さんがいった言葉。まさに、後の彼らのことを予言しているとし
か、思えない。