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2024/11/07 04:26 |
火の山に望み追うは虹の橋 第六節 schiettamente/スイ(フンヅワーラー)
 くるくるくるくるくるくるくるくる……

 その風車の回転の速度はゆっくりになり、そして静止した。
 風がやんだのを合図に、スイはふらり、と立ち上がった。

「出発は明日なら、私は戻る」

 あ、と小さな声が上がる。ノクテュルヌである。櫻華は声を上げてはいない
が、スイの方を見ている。

「あぁ……そうか」

 ゴソゴソ、としばらく、ポケットの中をまさぐる。が、結局は目当てのものが
なかったのか、ウェイトレスを呼び寄せて、紙とペンを借りた。その際のウェイ
トレスの声は少し上ずり、手も少し震えていたことは、先ほどの様子からして言
うまでも無い。
 小さな紙片に、なにやら書き付け、それを櫻華に渡す。

「アンタ達は、ここに泊まれ。
 宿代なら、ダヴィードの名を出せば、払わなくていいはずだ。
 朝、日が昇って一刻ほどして迎えに行く」

「わかった。椿も、それで異論は無いか?」

「うん」

 スイは、先ほどのウェイトレスに、「助かった」と短くお礼を言いペンを丁寧
に返す。それはまるで、貴公子のような振る舞いであったが、全く嫌味に見えな
かった。それどころか、決していい身なりではないというのに、様になってい
る。
 しかしなによりも、と、櫻華は思う。先ほどの、希薄な雰囲気からは想像でき
ない、対応にこそ、この魅力はあるのだ。
 今にも倒れそうなウェイトレスを、あっけなく放し、スイは「では」と、ノク
テュルヌと櫻華に挨拶をし、店から出て行った。

「なぁ……椿。あの振る舞いは、意識してか? それとも無意識だと思うか?」

「え? 何が?」

 餡蜜を食べていたのか、さじを口にくわえながら、聞き返す。
 櫻華は、短い嘆息を漏らした。この娘に聞いたのが間違いだった、と。


「スイ、戻ってきたのか」

 屋敷に入ると、すぐに男に声をかけられた。……確か、イーサとか言う名前の
男だったか。
 ダヴィードに雇われている、一応「仲間」であることになる。
 なにかと、スイに絡んでくるのだが、それは好意からか、それともからかい
か、見分けが付きにくいものだった。だが、どちらにしても。行為が同じなら、
それはスイにとってはどうでもいい問題であった。

「なんだ? 失敗したのか?
 なァに、あの旦那は、失敗しても、金が減るだけだから、怖くも何ともない
さ」

 ニヤニヤとしながら、馴れ馴れしく、肩に手をかける。

「相変わらず、細っせー身体だなぁ」

 スイは、特にそれを振り払うでもなく、イーサの好きなようにさせる。
 そして、自分に宛[あて]がわれた部屋に向かい歩き出す。

「明日の朝、出発になった。だから戻った」

「なぁんだ、つまんねぇなぁ」

 廊下を曲がる。イーサはついてくる。

「それよりよ、鍵は見つかったか?」

「まだだ」

 イーサの部屋を通り過ぎる。

「オイオイ、いつ盗るつもりだ?」

「盗らない。私にはそんな技能は無い」

「じゃぁ、どうするんだ?」

 スイの部屋が見えてきた。

「鍵を使わせた後、中身を奪えばいい」

「気ィ、長ぇなぁ、オイ」

 部屋のドアを開ける。
 遠慮なく、イーサは入る。

「で、どうなのよ」

「どう、とは」

 品の無い、笑みを浮かべるイーサ。

「だってよ、あんな美人さん2人と一緒に、だ。旅をするんだろう?
 ちょっとぐらい、興奮とかしないのか?」

「……何がだ?」

「野暮だね、スイちゃんもよ」

 イーサはもたれかかるように、スイに近づき、耳元で声を抑えながら言った。

「勃たねぇのか、ってことだよ」

 イーサは、照れるように笑いながら、ようやくスイから離れた。
 スイは、一度自分の下腹部を見て、イーサに真顔で答える。

「……勃ちようがないな……」

 イーサの笑いが消える。

「……は?」

 そして、何かに気づいたようで、気まずそうな顔をしながら、今度は恐る恐る
と尋ねる。

「あー……もしかして、不能、とか? 俺、まずいこと言っちゃった?」

 その様子を見て、どうやら、好意から、自分に絡んでくるらしい、とスイは的
外れなことを考えていた。

「不能……とかではないな……」

「も、もしかして、男色家[ゲイ]か!? お、オレ、そのケは無いからな!」

「……いや……違う」

 イーサには、もはや何がなんだかわからない様子だ。
 スイは、しょうがないので、事実を伝える。

「……そもそも、そんなものは付いていないんだ」

「……そんなハードなこと、サラリと言うなよ」

 ……どうやら、切り取られたものだと思われたらしい。
 少し、泣きそうな声を出している。

「いや……だから……。生まれつき、ついていないんだ」

 まだ、分かっていない顔をしている。

「あー……。アレだ。女だ、私は」

 イーサが、固まった。

 その数秒後、屋敷に響き渡る大声に、広い庭の木にいた鳥が驚き、バサバサと
飛び立った。

  *   *   *   *

 髭の生えていない顎をさする。何かを考えている様に見えるが、実のところ、
返事はもう決まっている。
 目の前の人物を見る。頭を下げており、顔は見えない。
 その様子を見て、満足したのか、ダヴィードはようやく重々しく口を開いた。

「……いいだろう。もう一度チャンスをやろう」

「ありがとうございます!」

 そう言って顔を上げたのはイーサだった。

「明朝、すぐ発てるように、準備をしろ」

「はい」

 イーサが何を思ったのか、ダヴィードは知らないが。
 イーサは、もう一度、鍵を奪うチャンスをくれと言ってきた。今度は待ち伏せ
をすれば、勝機はある、というのがイーサの言だった。
 イーサが成功すれば、それで良し。失敗したとしても、スイの信頼を上げるこ
とになる。
 正直なところを言うと、ダヴィードは、男数人がかかっても敵わなかった2人
の人物に、スイ一人で太刀打ちできる、と信じきることができなかった。
 『強い』とは、聞いているが、実際に戦っている姿はまだ見ていない。そし
て、あの細い見た目では、どうしても不信感は残る。

 ダヴィードは、満足そうに笑った。
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 schiettamente〔伊〕 (スキエッタメンテ)=装飾せずに、素直に
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2007/02/10 17:21 | Comments(0) | TrackBack() | ●火の山に望み追うは虹の橋
火の山に望み追うは虹の橋 第七節 tempestoso/狛楼櫻華(生物)
PC:ノクテュルヌ・ウィンデッシュウグレーツ 狛楼櫻華 スイ
場所:ヴァルカン~街道 
NPC:イーサ以下悪党ご一行様

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 スイが紹介してくれた宿を出て櫻華は少し歩く。東の空が薄く朱に染まり始める。
もうじき夜明けだ。

「ふぅ」

 街外れの丘まで来て櫻華は溜息をついた。ダヴィードの息のかかった――聞こえは
悪いが事実その通りである――宿は思いっきり豪華だった。普段こういう所に慣れて
いない櫻華はあまりよく眠れなかったのだ。

「この程度で眠れなくなるとは、修行不足か」

 ノクテュルヌは自分のベッドの中で今も夢の中だ。自嘲気味に笑って空を仰ぐ。東
から明るくなる空は茜、空、紺、のグラデーションの中に星が瞬いていた。

「夜明けの空を眺めるのも久しぶりだな……」

 手頃な大きさの岩に腰掛けて櫻華は呟く。ふと修行時代の想い出がよぎる。夜通し
翁や兄弟弟子と仙術と体術の修行をして夜明け頃になると昇って来る日を眺めてい
た。

「そろそろ戻るか」

 すっかり日が昇りきり、櫻華はもと来た道を引き帰す。ノクテュルヌはもう起きて
いるだろうか?

 目覚め始めたヴァルカンの街を横目に櫻華は宿、ブルーディランに向かう。早起き
の――もしくは徹夜の――鍛冶屋から鉄を打つ音が響いてくる。その音を聞きながら
櫻華は宿のドアを開く。

「早いな」

 ドアに手をかけたまま櫻華はロビーのソファーに座っているスイに言った。

「……朝迎えに来ると言ったと思う」

 人通りの少ない通りをガラス越しに見ながらスイはそう返した。

「そうだったな。今椿を呼んでくる」

 スイに告げて、絨毯の敷かれた階段――やり過ぎだと思う――を上がり、櫻華は部
屋の前で立ち止まりノックをする。が、返事は返って来ない。まだ寝ているのだろう
か。

「椿、まだ寝ているのか?」

 返事は無い。やはり寝ているのだろう。

「入るぞ」

 一言断って櫻華は部屋へと入る。カーテンの閉められた部屋は薄暗く、開きっぱな
しのクローゼットにはハンガーにノクテュルヌのコートとパンツがかかっていた。ブ
ーツが脇に置かれたベッドの上でシーツがもぞもぞと動いている。

「起きろ椿、出るぞ」

 ベッドの横でとりあえず声をかけてみる。が、反応は無い。

「起きろ、朝だぞ」

 今度は揺さぶってみる。

「うーるーさーいぃ」

 恨めし気な声を上げ、ノクテュルヌは手をぶんぶん振り回す。運悪くその手が櫻華
の顔面にぶち当たる。

「あうっ」

 顔を押える櫻華をよそにノクテュルヌはシーツを頭から被り直して再び夢の世界へ
入り込む。

「くっ、起きろ!」

 櫻華は大声を上げて、ノクテュルヌの被っているシーツを引っぺがし床に投げ捨て
る。

 うー、と枕を抱きしめながら唸ったと思うと、ノクテュルヌはゆっくりと上体を起
こした。ようやく起きたか。

「スイも下で待っている。いつまで寝ぼけてないで早く用意をしろ」

「とおりゃあ」

 半目のノクテュルヌは枕を抱きしめたままいきなり櫻華に足に蹴りをいれて床に倒
すと、枕を放り投げ今度は櫻華に抱き着いてくる。

「うぅん、わんこぉ……ふわふわぁ」

「こら、誰が犬だ! 寝ぼけるな!」

 思いっきり抱き着いてくるノクテュルヌを押しの返しながら叫ぶ。今まで押し倒さ
れそうになった経験などないが、このままだと何か物凄く嫌な予感がする。

「わんこ、わんこぉ。よしよしぃ」

「待て! いい加減にしろぉおお!」

 上の階から聞こえてくる櫻華の叫び声を聞きながらスイは朝のコーヒーをウェイタ
ーに頼んでいた。

      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「……遅かったな」

 三枚目のガーリックトーストをかじりながらスイは疲労を顔一面に湛えた櫻華と、
眠そうにあくびをしているノクテュルヌに言葉を投げる。

「ああ……。すまないな」

 櫻華がノクテュルヌを起こしに行ってからかれこれ四半時は経っている。遅いと非
難されても仕方が無い。

「ねぇ、櫻華ちゃん。お腹減った」

 寝癖のままのノクテュルヌがのほほーんと言い放つ。その言葉に櫻華のこめかみと
眉間がぴくっと動いた。

「好きなだけ食えばいいだろう……」

「やぁ、櫻華ちゃん怖い」

 台詞とは裏腹にノクテュルヌは笑いながらスイの隣に座り、ウェイターを呼ぶ。溜
息を漏らしてから、櫻華も同じテーブルにつく。

「えっとね、コーヒーとベーグルサンド。あ、コーヒーはミルクとお砂糖たっぷり
ね」

「かしこまりました」

 慇懃に頭を下げてウェイターは戻って行った。

「櫻華ちゃんは何も食べないの?」

「私は基本的に食べなくても生きていける」

 髪を直しながら尋ねるノクテュルヌに櫻華は溜息混じりに応える。ノクテュルヌと
出会ってから櫻華は自分の修行不足を実感させられるような気がする。

「へぇ、でも昨日は食べてたよね?」

 感心した様子のノクテュルヌに、櫻華は苦笑しつつ言葉を続ける。

「純粋に食を楽しむために食べることもある。私達、俗に仙人と呼ばれる者は食事を
摂らなくても死なないが、食の楽しみが無くなるとやはり生きていて味気ないから
な」

「そういうものか?」

 スイがコーヒーを飲みながら呟く。まあ、浮世離れしすぎて、俗世の人間に言わせ
ればそうなのだろう。

「そうだよねー。やっぱり食べるって楽しいよね」

 運ばれてきたベーグルサンドを笑顔で頬張るノクテュルヌ。その様子を見て櫻華も
食欲を刺激される。

「やはり私も何かもらおう」

 そう言って、櫻華は軽い食事を注文した。

      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「くそっ! まだこねぇのかよ」

 木の陰に隠れてむさ苦しい顔を更に見難く歪めてイーサは毒づいた。もうとっくに
お天道様は頭の上を通り過ぎていた。

「スイの野郎、朝に出るつったじゃねぇか。ありゃ、ウソか? あぁ?」

 野郎という表現は間違っているが、イーサのボキャブラリーではそれに代わる言葉
が浮かばないのだ。

「そ、そんな、俺に言わないでくれよ兄貴ぃ」

 八つ当たりされ、弟分のブランは冷や汗流して慌てる。しかし、イーサの苛立ちも
わかる。スイの話しでは朝の内に宿を出るということだった。それが本当ならばもう
とっくにイーサ達が待ち伏せしている場所を通りかかるはずだった。

「……イーサの兄貴、もしかして場所間違えました?」

「………………ば、バカヤロウ! 俺がそんなヘマするわきゃねぇだろ!」

 もしかして、という自分に都合の悪い想像を振り払いイーサはブランの頭を殴る。

「ひでぇよ、兄貴。冗談なのに」

「きやしたぜ!」

 涙目で抗議をするブランの横から櫻華達の到着を告げる声が上がる。

「そうか! へ、へっへっへ。この顔の恨み。晴らしてやるぜぇ」

 イーサは街道の向こうから歩いてくる三人組みを確認して、低くなった――元々大
して高くなかったが――鼻の触れながら低く笑った。

「行くぞ野郎ドモ!」

「ヘイッ、兄貴!」

 イーサの声に、呼応して男達が三人を取り囲む。イーサ達は一応正式にギルドに登
録しているハンターなのだが。どうみても野党の類にしか見えない。

「なんだ? 金なら無いぞ」

 イーサ達を一瞥して櫻華はすぐにそう吐き捨てた。ノクテュルヌは面白そうといっ
た感じでそれぞれの顔を見渡している。スイに至っては全く興味無しという感じだ。

「俺たちゃ盗賊じゃねぇよ。この顔を忘れたとはいわせねぇぞ!」

 櫻華達の態度に激昂するイーサ。更に不細工になってしまった自分の鼻を指差して
叫ぶ。

「……悪いな。お前の様な不細工な野党に知り合いはいない」

「て、テメェ! ふざけんな。俺たちゃ野党でも盗賊でも海賊でも山賊でもねぇ!」

「あ、兄貴落ちついて。野党に間違えられるのはいつもことじゃねぇですかい。それ
より今はやる事があるでしょう」

「そ、そうだったな」

 ブランに窘められ、コホンと咳払いをしてから、イーサはノクテュルヌを指差して
高らかに声を上げる。

「そこの金髪のネェちゃん、アンタは鍵を持ってるはずだ。そいつを渡してもらおう
か。そうすりゃ、痛い目みないで済ませてやる」

 イーサの言葉に、ノクテュルヌは顎に人差し指をあてて小首を傾げる。

「鍵? ……うーん、なにそれ?」

「しらばっくれてもダメだぜ。調べはちゃぁんとついてんだからよ」

 下卑た笑いをあげて、しばらく考えていたノクテュルヌはぽんと手を打ってけたけ
たと笑い出す。

「ああ、もしかしてあれのことかな。あー、でも君達、特に君みたいな不細工には扱
えないと思うよ」

 にこやかにそう指を刺され返され、イーサは一瞬絶句してしまう。そして次の瞬間
顔を真っ赤に染め上げる。ただまだ内出血で青黒くなった鼻の部分はそのままだ。

「見て見てマンドリルみたい」

 服の袖をひっぱりながらはしゃぐノクテュルヌに対して、櫻華は冷静に言葉を返し
た。

「そんなこと言ったらマンドリルに失礼だろう」

「あ、それもそうか。じゃあ、あれなんだろ?」

「あ、兄貴ィ。完全にバカにされてますぜ」

 ブランは恐る恐るイーサに言った。イーサのこめかみにはぶっとく血管が浮きあが
り、今にも破裂して血が吹き出てきそうな勢いで脈打っている。

「ふ・ざ・け・や・が・っ・てぇええええええええええええ!!!! かまわねぇ、
野郎ドモやっちまえ!」

「おぉう!」

 イーサの絶叫で男達が一斉に剣を抜いた。それを見やって櫻華とノクテュルヌはそ
れぞれの武器に手をかけた瞬間。

「ぬごっ」

 二人の背後からくぐもった悲鳴が響いた。その場全員が同じ場所に視線をやった。

「私一人でやる……手を出すな」

 先程までのぼーっとした雰囲気とは打って変わって、餓えた獣の様な雰囲気で槍を
構えるスイが櫻華を睨みつける。

「……わかった」

「えー、つまんなぁーい」

 三日月型のハープを片手にブーイングをするノクテュルヌを手で制して櫻華はとり
あえず周囲に気を配る。どうやら野党――櫻華の中では野党に決定したらしい――は
スイにターゲットを絞った様だ。

「ケッ、そんなほせぇ腕で何しようってんだ!」

 野党の一人が大振りに剣を振り回す。スイはそれを軽々とかわすと槍の刃に巻きつ
けていた真っ白な革布を引き剥がすと鞭の様にしならせ野党の顔を打ちつける。

「あが」

 たまらず顔を押える野党の胴を、槍の腹で薙いでふっ飛ばす。左腕を回転させ、革
布を腕に巻きつけたスイは低く唸る様に言葉を吐いた。

「来い、手加減は……期待するな」

「ふざけやがって!」

 数人が一斉にスイに襲いかかる。一瞥もくれず、スイは正面の野党の足を柄で払
い、倒れてきた野党の頭に蹴りを入れると回転しながら左側と背後の野党の足を斬り
つける。更に迫ってきた野党を勢いを殺さず蹴り飛ばす。

 そのまま横っ飛びで野党の一人の肩口に槍を突き刺し上に薙ぐ。返り血を浴びるよ
り早く次の目標に向かって突きを放つ。心臓を突かれ絶命した野党から槍を引きぬく
と、低い体勢で向かってくる野党の頭に思いっきり槍を振り下ろす。

 振りぬいた反動を利用して頭蓋を砕かれ倒れる野党の背後のもう一人の喉目掛け飛
び蹴りのつま先を叩き込む。着地と動じに首を折り大勢を立て直す。

「つ、つえぇ……」

 一瞬にして八人倒された。イーサは嫌な汗が背中に流れるのを感じた。今この瞬間
にも、スイは悪夢の中で吹き荒れる嵐の様にイーサの仲間をなぎ倒していく。
 
 まさかここまで強いとは。手加減は期待するなと言ったが、イーサはこの場限りの
方便だと思っていた。だが、どうやらスイは本気だったようだ。悪い冗談にしては被
害が大き過ぎる。

「兄貴、ヤバイよ。こままじゃ……俺達皆殺される!」

 うろたえたブランの声を聞いて、さらにイーサの汗の量が増した。確かにこのまま
では全滅である。泣きの一手のはずだった。ある意味狂言だったはすだ。なぜこうな
る? ダヴィードはスイにこの事を話してなかったのか?

 イーサの頭の中でグルグルと言葉が回る。そして辿り着いた結論は……。

「逃げろ、退却だ!」

 悲鳴に近い絶叫を上げて、イーサは一目散に森の中へと走り出す。その姿を確認し
た野党の男達は悲鳴を上げて我先にと逃げ出す。

 そして数秒あとには野党達は死者、重傷者を残して全て消えていた。

「わぁ、スイちゃんすごーい!」

 はしゃぎながらノクテュルヌは槍の血を払うスイに駆け寄って行く。

「こんな物、運動にもならない」

 息一つ乱さず、革布を槍に巻き直しながらスイは吐き捨てた。スイの手を取っては
しゃぐノクテュルヌの後ろ姿と、スイを見ながら櫻華は拭いきれぬ不安を感じてい
た。

 ダヴィードが監視の意味――他の目的もあるだろうが――で道案内につけたのもあ
るだろうが、戦っている時に見たスイの刹那的な表情には少し危ういモノが見て取れ
る。

「それじゃあ、先急ごうか」

 スイの腕にひっついたノクテュルヌが元気にはしゃぐ。危ういモノがあるのはこの
娘も同じか。

「ほら、櫻華ちゃんも早く」

 ノクテュルヌに「ああ」と短く応えて、櫻華は歩き出した。

(気を揉み過ぎるのも考え物だな。今はこの旅を、楽しむ事にしよう)

―――――――――――――――――――――――――――――――――
tempestoso(テンペストーン)[伊]:嵐のように、激しく

2007/02/10 17:21 | Comments(0) | TrackBack() | ●火の山に望み追うは虹の橋
火の山に望み追うは虹の橋 第八節 『悲歌(エレジー)』/ノクテュルヌ(Caku)
PC:ノクテュルヌ 狛楼櫻華 スイ
場所:街道 


―――――――――――――――――――――――――――――――――

「スイちゃんねぇ、私の大好きな人に似てるんだよねぇ」
哀れ野党一味が殲滅されかかったのは少し前、スイの見事な手際を見たゆえ
か、彼女はいきなりそう切り出した。
「恋人か?」
と、櫻華が疑問を口に出した。
といいつつも、ノクテュルヌの隣に立てる人物像が特定できないらしく、興味
と疑惑を等分に配置した視線で問いかける。
スイは、無言であった。

女三人で歩きつつ、彼女はどこか遠くを眺めた。
「多分、恋人とゆーかなんとゆーか。相手は30代だったしねぇ」
その後半部分に、思いっきり咳き込む櫻華。スイも何故かこちらに視線を投げ
るリアクションを披露。
「いくつ離れてたんだ!?」
[えと、15ぐらい?かな]
「・・・私はそんなに老けて見えたのか」
「問題はそっちなのか!?」
「あ、違う違う。心のほうが似てるの、スイちゃんはまだ若いよー」
頭をなでなでされても、さして肯定も否定もしないスイ。これも傍目から見る
と謎の一場面である。


「結婚とか、そういうは考えなかったのか?いや、無粋なら答えなくて
も・・・」
「もーしてるよ?」

「・・・・・・・・・・・」

「と、いっても戸籍だけだけど。あ、結婚式の引き出物欲しいって思ったでし
ょ?」
「違うだろ」
即答切り返し。さすが剣の名手であった、それは会話にも発揮される。
「何が貰えるんだ?」
「スイちゃん欲しいの?」
「モノによるが」
会話の論点はずれまくる。テンポがいいのか悪いのかはご愛嬌。


なんとか話が修正されたのはそれから30分後の事。
「駄目なんだよ」
「何がだ?」

ぽつりと呟いた後の微笑みは、意表をついた。
それは『虹追い』ではなく『人』としての微笑だった。
浮世めいた仕草と言動で、まるで人間ではなく物語の主人公のような違和感を
もつ彼女だが、その時は確かに「人」だった。

「私の好きな人は“一角獣”。
それはね、神様の獣。神様に仕え戦う高潔で潔癖な騎士。
彼は神様のために戦い、走るの。駆ける剣となって、神の座、天上を目指す者
だから」
彼女は、そのとき一人のただの女性だった。
「彼は神様の場所まで行かなきゃいけない。だって、彼の主は天にいるんだか
ら。
だから、彼は駆けるの。大地を駆けて、海を越えて、山を飛び越え野を過ぎ
る。でも、彼には翼がないから、直接空へは行けないの。だから駆けるの。
空と大地が出会う“地平線”まで。決して届かない場所を求めて世界を駆け
る」
ここはヴァルカン、山々が地平を支配し、その地平線は見えない。
それでも、彼女は地平線を見ているように遠くを見ていた。

「どんなに走ってもね、彼は空に辿り着けない。
だって、おかしいじゃない?天空は上に、大地は下に。大地から離れられない
彼は、大地と空が触れ合う場所までいって、そして空へ行こうとするの。大地
を必死に駆けて。
だから空には、神様の場所には、彼は決して行けないの」
だから、と続ける。
「私たちは瓜二つ。
神様の場所を求め、神様の書物を求め。彼は地平線を見、私は空を見上げる。
おんなじようなものを求めてるのに、おんなじものを探してるのに、私と彼の
道は絶対重ならないの。
だって彼は常に地平線を求めて駆けて、私は虹を求めて空を見上げるの。どっ
ちも手に入らないし、触れられないのにね」
それに、と最後はどこか諦めのような微笑で。

「見つめ合ったままじゃあ、青空の向こうは見えないしね」


ラルヴァの村まで、もう少し。
ヴァルメストの偉大な峰が、青空の向こうに聳え立つ。


2007/02/10 17:22 | Comments(0) | TrackBack() | ●火の山に望み追うは虹の橋
火の山に望み追うは虹の橋 第九節 trascinando/スイ(フンヅワーラー)
PC:ノクテュルヌ 狛楼櫻華 スイ
NPC:イーサ、ナンパ3人衆
場所:街道 
----------------------------------------------------------------
「……朝に出て、四半日かかる道のりで、なぜ、こんなにもとっぷりと日が暮れ
ているのだ?」

 眉間に手を当てながら、櫻華は赤い空が深い青に染まりかけ始めた空に向かっ
て嘆いた。

「ねー。不思議だねぇ。
 あの、おじさん、嘘ついたのかなぁ?」

 櫻華の着物の裾をつかみながら、ノクテュルヌが応ずる。
 それを振り払いながら、櫻華はノクテュルヌをチラリと睨む。

「蝶が舞っていれば追いかけ。クローバーの群生を見つけたら、四葉のクロー
バーを見つけ出すまで動かず。何もなくても、突如野原に寝転んで、ゴロゴロ転
がったりした人のせいだとは思わないのか?」

「……まぁ、尺度は人それぞれだからな。多少の誤差は仕方ないだろう」

 蓮華の花の輪を、頭に載せたスイがボソリと呟く。先ほど、ノクテュルヌが
作ったものだ。櫻華にも、あやうくおそろいの花飾りを載せられそうになった
が、丁重に断った。
 思うに、スイは、心なしか椿に甘くないだろうか。
 スイの頭上の蓮華の花飾りを見ながら、ほんのりと、櫻華はそう感じた。

「ある程度の旅費はダヴィードから貰っている。
 今日は、ここで泊まるか」

 辺りの様子は、小規模な村にしては、夕方だというのにそんなに静けさと寂し
さを感じさせない雰囲気であった。
 向こうの方から、3人ほどの人の影が見えた。その人影の風体は、どうみても
まっとうな生活をしているというようには見えなかった。恐らく、この小さな村
にありがちな雰囲気でない原因は彼らによるものだろう。
 その3人が、こちらに気づいた。

「よぉ、あんたらも、お仲間かい?」

 真ん中の男が気軽そうに、声をかけてきた

「今、ここに来たばかりか? 今から、飲みに行くんだが、付き合わないか?」

「いや、いい。遠慮する」

 これに答えたのが櫻華だ。
 特に、相手から下卑た感じはしないが、かといって、応じる理由も無い。

「それより、泊まれる所を教えてくれると助かる」

「つれないなぁ。そんなに、怪しく見える?」

 苦笑いしながら、頭をかく。

「それじゃぁ、さ。ただで泊まれるところ教えてあげるから……って、一緒に泊
まるとかそんなんじゃなくて……だから、30分ほどだけでいいから、付き合っ
てよ」

 左隣の男が、少し気弱そうに切り出す。

「どうせ、ご飯まだなんでしょ? 食事ができるところって、今から行くところ
だけだから、ついでに、さ」

 右隣の男が、少し強引に薦める。

「たまにはさ、綺麗な女の子と食べて潤いたいっていうお兄さん達の小さな願
い、叶えてよ。ね?
 そこの、彼氏も、ちょっとぐらい、潤い分けてもらってもいいでしょ?」

 そして最後に、再び真ん中の男が、今度はスイに向かって拝む。
 スイは、表情を何一つ変えていない。彼氏でないのだから、反応の仕様が無
い、というところだろうか。
 それでも、断ろうとした櫻華の台詞の前に、ノクテュルヌのお腹が返事した。
 すなわち、ぐぅ~、という、空腹を示す音。

「お腹空いたぁ~」

 その彼女の様子に、櫻華は思わず苦笑した。自分一人の旅とは違うのだ、とそ
の時、実感したのだ。
 食事を必要としない彼女一人の旅とは違い、普通の人間は「空腹」を感じ、そ
して「食事」のことを考えなければならないのだと。

「すまない。それじゃぁ、頼む」

   *     *     *

「それじゃぁ、ヴァルメストの山の廃鉱は、鉱物が尽きたということではないの
か」

 櫻華が、水を口にしながら、男たちに切り出した。
 スイは、少し離れたところで、一人でスペアリブにかじりついていた。まだ、
花飾りは頭に載せている。……気に入ったのだろうか。

「そうそう。あまりにも無計画に掘り進めたから、迷路のようになってね。
 崩れやすくなって、閉鎖されたんだよ」

「んで、俺達みたいなのが、そのおこぼれを細々と採掘してるわけ」

「ひのひはけ?」

 溶いた小麦粉と野菜をあわせたお焼きを頬張りながら、ノクテュルヌが質問す
る。どうやら、「命懸け」と言いたいらしい。

「そうそ! そのとおり!
 それにね、そこには残った水晶だけじゃないんだよ。
 どうやら、遺跡も埋まってるようでね。それ目当てのヤツも結構いるんだよ
ね。ってか、俺らも、それ目当てだけども」

 ここで、男は、声のトーンを落とす。別段、他に人がいるというわけでもない
ので、それは、気分的なものなのだろう。

「噂によるとね、虹をかけるための『楽譜』があるっていうんだよ、あの伝説
の」

 ……とっくに、知っている(むしろ、目的である)情報であった。
 折角、誇らしげに語るのだ、ここは、「へぇ」だとか「ほぉ」だとかの、相槌
を打っておくほうが相手の為であろう、と櫻華は大人の対応を取ろうと決めた。
 その、まさしく、「ほぉ」という言葉を言おうとした時。

「知ってるよ? っていうか、それの為に来たんだもんねー、櫻華ちゃん」

 ……何故、この娘は、こうも天真爛漫なのか。
 思わず、額に手を当てる櫻華。
 堂々と、商売敵だと宣言してどうする。
 軽く、覚悟を決める。
 しかし、それを吹き飛ばす豪快な笑い声がその覚悟を掻っ攫った。

「そうか! お嬢ちゃん達もそうか!」

 思わず、拍子抜けする櫻華。

「いやぁ、あんた達みたいな別嬪さんが、もし、虹を架けることがあれば、さぞ
や絵になるんだろうネェ!」

「『もし』、じゃなくて、架けるんです」

 にっこりと、しかし、一歩も引かない様子で、受け答えするノクテュルヌ。
 それを聞いて、さらに大きな笑い声が沸く。
 それは、多少のからかいの色が含まれていたが、決して悪意的ではなかった。

「こりゃぁいいや、期待してるよ。
 呑みな呑みな! 気に入ったよ、お嬢ちゃん」

「わーい。いただきまーす」

 両手でグラスを煽るノクテュルヌの耳元に、櫻華は小声で囁く。

「少しは言動に気をつけろ。一つ間違えれば、険悪なモノになってもおかしくな
かったぞ」

「大丈夫」

 声のボリュームを落とした櫻華の気遣いを無視して、ノクテュルヌは普通の声
のトーンで返してきた。

「これでも結構、人、見る目あるんだよ?」

 極上の笑顔。
 何度、その顔で黙らされたことか。……そう、自覚しながら、櫻華はまたも
や、何も言えなかった。
 それだけの魅力が、彼女の笑顔にはあった。

「……もう、いい」

 諦めたように、吐息する。
 そこで、ようやく気づく。

「……スイはどうした?」

 カウンターの上には、晩餐の残骸である骨と、ソースの付いた皿、そしてしお
れた花輪が置いてあった。

   *     *     *

「イーサ」
「うおぁぁぁぁぁ!!!」

 不意に、暗闇からぼそりと静かな声に、イーサは過剰反応した。
 背後を振り返ると、そこにはスイが、眉間にしわを寄せて、耳を塞いで立って
いた。

「……馬鹿でかい声を出すな。耳が痛い」

「て、てめぇが、イキナリ声をかけるから……!」

 イーサの目の端に、キラリと光るモノがあったが、スイはあえてそれについて
言及しなかった。

「……いきなり以外での声のかけ方を聞きたいものだが……。
 まぁ、いい。そんなことを話しに来たんじゃない。お前も、そんなためにここ
に来たわけじゃないだろう」

「そ、そうだ。
 スイ、オメェ、一体……どういうつもりだ?」

「それこそ、こちらが聞きたい。
 どういうつもりだ。出発前、アンタが襲うことを聞いて、正直驚いた」

 聞いていたのか。
 イーサの目が大きく見開く。

「じゃ……じゃぁ、なんで……」

 擦れた声が聞こえなかったのか、それとも無視されただけのことなのか。スイ
は、良く徹る声を出した。

「何故、仲間で、命のやり取りをするような、馬鹿な真似をふっかけた」

「し、死人がでてるんだぞ!? こっちはよ!!
 お、オマエが、殺したんだ!!」

 たまらず、叫ぶイーサ。しかし震えでその声は、夜の空気にそんなには響かな
かった。

「馬鹿な真似!? それはオマエだよ! 殺すことはなかった。アンタはそれを
分かっていたはずだ!
 何故、殺したんだ!? あんなに圧倒的なら、殺さずに済んだろうに!!」

 イーサは、顔を上げて、スイを見た。
 スイは、いつもの無表情ではなかった。その顔は……形容するなら、そう。
『キョトン』とした顔、という表現がぴったりだった。
 イーサの背筋に、戦慄が走った。

「……刃を向けたら、死を覚悟しているのは当然だろう?」

 イーサは絶句した。
 コイツは、世界が違う。
 生きている世界が、違う。
 見ている世界が、違う。

「おま……えは……。女だろう。
 何故、そんな……」

 苛烈な生き方をするのか。

「男女の差に、何故、それが関係する?」

「お、オレが……」

 イーサが何か言いかける。
 しかし、スイはそれをまたもや塞ぐ。

「警告はした。
 言ったはずだろう。『私一人でやる』、と」

 あの、台詞は、イーサに放ったものだったのか……。
 どうでもいいと思えた台詞が、イーサの内で色身を帯びて蘇る。

「死んでしまった人や、怪我をさせてしまった人に哀れみは持てるが、謝罪の気
持ちはない。
 少なくとも、私は、死ぬ可能性や、腕を切り落とされる覚悟で、いつも臨んで
いる」

 もう、言葉は出てこない。
 なんだかひどくやりきれない思いになったが、だからといって、その思いが言
葉になるとは限らない。

「何を思ったのか、知らないが……。私に、任せてくれないか」

 わずかに、スイの声に懇願が含まれた。少し、申し訳なさそうに。

「私は、できれば、イーサ、お前を殺したくない」

 しかし、それゆえに、その台詞の残酷さが際立った。

 先ほど、イーサが言いかけた台詞。……今では、完全に、その言葉は、イーサ
の内で冷たく横たわっているが。
 それは、「何故、自分がお前の仕事を横取りするような真似をしたのか」とい
う、答えを用意した問いかけだった。
 『女』だからだ。
 その言葉に内包された、労りと蔑み。イーサはそれに気づいていない。そこま
で考え込める男ではなかった。ただ、イーサにとっては、それだけで、十分に理
由付けられたものだったのだ。
 しかし、そんな、愚かな男ですら、理解できた。
 スイは、女でも、男でもない。

 ただの、トチ狂った人間だ。

「狂っている、と思うか」

 まるで、イーサの思考を読んだかのように、スイが言い当てる。
 その言動に、思わずビクリと身体を強張らせるイーサ。

「大抵、そんな目をした奴は、私に、そう言う」

 イーサは、何も反応できない。
 一刻も早く、この狂った空間から逃げ出したかった。
 それを感じたのか、スイが、イーサに背を向け、歩き出した。
 イーサは、呆然としながら、その背中を見送っていたその時。スイの足が止
まった。

「そうだ。
 私に、ある女性がこう言ったんだ。
 私を、神に仕え戦う高潔で潔癖な騎士、だと。一角獣に似ていると。
 イーサ、どう思う?」

 吐き捨てるように、イーサは言った。

「その神様は、きっと狂っているんだろうよ。
 ……なんにしても、それを言った女は、頭のイカれた女だ」

 スイは、その回答を聞いて、少しだけ満足そうな顔をし、再び歩き出した。

   *     *     *

「椿」

 櫻華がノクテュルヌに呼びかける。

「人を見る目があるというのなら……スイはどうなんだ?
 信用していいのか?」

 ワイングラスを持ったノクチュルヌの手が止まる。

「んーーーー。
 スイちゃんは、指針がシンプルだから。
 誰かの為に、方向を合わせるってことは、しないと思うんだ。
 だから、信用とか……違うんだけども、信じられる、みたいな。
 何かの方向に向かっているっていることだけは確かみたいなんだよね」

「……なんだ? それ」

「あはははー。私もわかんないや」

 そう言って、無邪気な笑顔のトラビアータは、ワイングラスを煽り、グラスを
空にした。

 頭のイカれた女
        ――――トラビアータ

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trascinando〔伊〕 (トラシナンド)     
 引きずるように、おさえて
 || →trascinare  「他動」 引きずる、無理矢理連れて行く、導く、魅惑する


2007/02/10 17:23 | Comments(0) | TrackBack() | ●火の山に望み追うは虹の橋
火の山に望み追うは虹の橋 第十節 angstlich/狛楼櫻華(生物)
PC:ノクテュルヌ・ウィンデッシュウグレーツ 狛楼櫻華 スイ
場所:ダグムス村~ヴァルメスト山・廃鉱
NPC:アール・グレイ

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 夜もすっかり更けてきた。ノクテュルヌはまだあの三人組と飲んでいるのだろう
か。開け放った窓から月明かりが差し込む。雲一つ無い星空を櫻華はぼんやりと眺め
ていた。
「やれやれ、大変な娘についてきてしまったか」
 ため息を一つついて湯のみに口をつける。淹れてから大分時間が経ってしまってぬ
るくなってしまった緑茶は渋みが一層際立っていた。
「渋い顔してるな」
 窓の下から声が聞こえてきた。顔を向けると先ほどまでノクテュルヌと飲んでいた
男の一人だ。
「よう、そういやまだ名乗ってなかったな。俺はアール、アール・グレイだ。あんた
は?」
 大柄なアールは豪快な笑みを櫻華に向けた。武装は外していたが服装は動きやすそ
うなごく普通の冒険者の格好だ。茶色の髪の隙間から同じ色の瞳が鋭く光っていた。
「狛楼」
 短くそう返した櫻華にアールは額に手を当てて大きく笑った。よく笑う男だ。
「はっはっは、いや、あんたには嫌われたかな。金髪の嬢ちゃんとは仲良くなれそう
だったんだがな」
 屈託の無い顔で笑うと、酒瓶をあおる。ノクテュルヌとのやりとりを見ていたが、
なかなか豪胆な男のようだ。
「それで、お前は私になにか用か?」
 櫻華は月明かりに照らされながら無表情にアールを見下ろす。
「美人に声をかけるのに理由がいるのか?」
「理由も無く声をかけられる方としては迷惑なんだがな」
 櫻華の容赦の無い言葉にアールは苦笑する。そして少し考えるような表情をしたか
と思うと真摯な視線を櫻華に向けた。
「理由がないとは言わない。ただ、口説き文句にしては硬かったもんでな」
 櫻華の部屋から正面に位置する木にもたれかかると、アールは再び酒をあおった。
「あんたら、本当にヴァルメストの廃鉱に入るつもりか?」
「ああ、そのためにここまで来たのだからな」
「それはあんたの意思でか?」
 アールは鋭い眼差しを櫻華に向ける。それは修羅場を数多く体験してきた者の眼だ
った。アールがよく笑うのは常に死が隣り合わせの日常を一時でも忘れるためではな
いかと、櫻華はふと思った。
「私の意志でもある」
「なるほど、金髪の嬢ちゃんに付き合ってか」
 顔を少し伏せてアールは呟いた。
「私達が廃鉱に入るとなにか不都合があるのか?」
「別に、あんたらがあそこへ入るのには問題無い。ただな、あんたの連れの一人、な
んて名前だったかな、あのぼーっとしてた奴だ」
「スイのことか」
 いつの間にか姿を消したスイ。必要以上に干渉するつもりは櫻華にはないが、ダヴ
ィードの私兵ということもあって警戒は怠るべきはないとも思う。
「まあ、名前はこの際どうでもいい。奴はダヴィードに雇われた傭兵だろ?」
「知っているのか?」
「ダヴィードには俺達も雇われてたからな。その時に見たことがある。なぜ一緒にい
るかは知らないが、もしもまだダヴィードに雇われているのなら気をつけたほうがい
いぞ。野郎は腹黒いからな」
 そこまで言うと、アールは再び笑顔を浮かべた。
「まあ、名高い狛楼山の仙女にこんなことを言ってもしょうがないがな」
「食えん男だな」
 櫻華は少し微笑んで、それから窓を閉じた。
「……、玉砕覚悟で誘った方がよかったかな」
 アールは苦笑すると、酒瓶を肩に担いでふらふらと歩き出した。

        ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ダグムスの村から二時間ほど山を登ったところに廃鉱はあった。案の定、出発は昼
前になったが――原因は言うまでもなくノクテュルヌである――それほど離れていな
かったことが救いである。
「廃鉱ってわりには魔物とかの気配しないね」
 ノクテュルヌが廃鉱の中を覗き込みながら少し残念そうに言う。
「ダヴィードが管理しているし、残った水晶や遺跡目当ての冒険者が集まってくるか
らな」
 ランプに火を灯していたスイが答える。ランプを持って立ち上がったスイを櫻華は
黙って見据えていた。
 アール達は朝早くに村を去ったと聞いた。何を思って櫻華にあんなことを言ったの
かはわからない。ただ、やはりスイには注意しておいた方がいいだろう。
「なんだ?」
「いや、道はわかってるのか?」
 当たり障りの無い言葉で櫻華はその場を濁す。短い沈黙が漂ったが、ノクテュルヌ
が相変わらずの表情で二人の間に割って入った。
「ほらほら、行けばわかるよ、なんとかなるよ。しゅっぱーつ」
 櫻華とスイの手を握って、ノクテュルヌは廃鉱の中へと二人を引っ張っていった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――
angstlich[独]おじ気づいた、心配そうな

2007/02/10 17:23 | Comments(0) | TrackBack() | ●火の山に望み追うは虹の橋

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