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2024/05/19 00:40 |
火の山に望み追うは虹の橋 第六節 schiettamente/スイ(フンヅワーラー)
 くるくるくるくるくるくるくるくる……

 その風車の回転の速度はゆっくりになり、そして静止した。
 風がやんだのを合図に、スイはふらり、と立ち上がった。

「出発は明日なら、私は戻る」

 あ、と小さな声が上がる。ノクテュルヌである。櫻華は声を上げてはいない
が、スイの方を見ている。

「あぁ……そうか」

 ゴソゴソ、としばらく、ポケットの中をまさぐる。が、結局は目当てのものが
なかったのか、ウェイトレスを呼び寄せて、紙とペンを借りた。その際のウェイ
トレスの声は少し上ずり、手も少し震えていたことは、先ほどの様子からして言
うまでも無い。
 小さな紙片に、なにやら書き付け、それを櫻華に渡す。

「アンタ達は、ここに泊まれ。
 宿代なら、ダヴィードの名を出せば、払わなくていいはずだ。
 朝、日が昇って一刻ほどして迎えに行く」

「わかった。椿も、それで異論は無いか?」

「うん」

 スイは、先ほどのウェイトレスに、「助かった」と短くお礼を言いペンを丁寧
に返す。それはまるで、貴公子のような振る舞いであったが、全く嫌味に見えな
かった。それどころか、決していい身なりではないというのに、様になってい
る。
 しかしなによりも、と、櫻華は思う。先ほどの、希薄な雰囲気からは想像でき
ない、対応にこそ、この魅力はあるのだ。
 今にも倒れそうなウェイトレスを、あっけなく放し、スイは「では」と、ノク
テュルヌと櫻華に挨拶をし、店から出て行った。

「なぁ……椿。あの振る舞いは、意識してか? それとも無意識だと思うか?」

「え? 何が?」

 餡蜜を食べていたのか、さじを口にくわえながら、聞き返す。
 櫻華は、短い嘆息を漏らした。この娘に聞いたのが間違いだった、と。


「スイ、戻ってきたのか」

 屋敷に入ると、すぐに男に声をかけられた。……確か、イーサとか言う名前の
男だったか。
 ダヴィードに雇われている、一応「仲間」であることになる。
 なにかと、スイに絡んでくるのだが、それは好意からか、それともからかい
か、見分けが付きにくいものだった。だが、どちらにしても。行為が同じなら、
それはスイにとってはどうでもいい問題であった。

「なんだ? 失敗したのか?
 なァに、あの旦那は、失敗しても、金が減るだけだから、怖くも何ともない
さ」

 ニヤニヤとしながら、馴れ馴れしく、肩に手をかける。

「相変わらず、細っせー身体だなぁ」

 スイは、特にそれを振り払うでもなく、イーサの好きなようにさせる。
 そして、自分に宛[あて]がわれた部屋に向かい歩き出す。

「明日の朝、出発になった。だから戻った」

「なぁんだ、つまんねぇなぁ」

 廊下を曲がる。イーサはついてくる。

「それよりよ、鍵は見つかったか?」

「まだだ」

 イーサの部屋を通り過ぎる。

「オイオイ、いつ盗るつもりだ?」

「盗らない。私にはそんな技能は無い」

「じゃぁ、どうするんだ?」

 スイの部屋が見えてきた。

「鍵を使わせた後、中身を奪えばいい」

「気ィ、長ぇなぁ、オイ」

 部屋のドアを開ける。
 遠慮なく、イーサは入る。

「で、どうなのよ」

「どう、とは」

 品の無い、笑みを浮かべるイーサ。

「だってよ、あんな美人さん2人と一緒に、だ。旅をするんだろう?
 ちょっとぐらい、興奮とかしないのか?」

「……何がだ?」

「野暮だね、スイちゃんもよ」

 イーサはもたれかかるように、スイに近づき、耳元で声を抑えながら言った。

「勃たねぇのか、ってことだよ」

 イーサは、照れるように笑いながら、ようやくスイから離れた。
 スイは、一度自分の下腹部を見て、イーサに真顔で答える。

「……勃ちようがないな……」

 イーサの笑いが消える。

「……は?」

 そして、何かに気づいたようで、気まずそうな顔をしながら、今度は恐る恐る
と尋ねる。

「あー……もしかして、不能、とか? 俺、まずいこと言っちゃった?」

 その様子を見て、どうやら、好意から、自分に絡んでくるらしい、とスイは的
外れなことを考えていた。

「不能……とかではないな……」

「も、もしかして、男色家[ゲイ]か!? お、オレ、そのケは無いからな!」

「……いや……違う」

 イーサには、もはや何がなんだかわからない様子だ。
 スイは、しょうがないので、事実を伝える。

「……そもそも、そんなものは付いていないんだ」

「……そんなハードなこと、サラリと言うなよ」

 ……どうやら、切り取られたものだと思われたらしい。
 少し、泣きそうな声を出している。

「いや……だから……。生まれつき、ついていないんだ」

 まだ、分かっていない顔をしている。

「あー……。アレだ。女だ、私は」

 イーサが、固まった。

 その数秒後、屋敷に響き渡る大声に、広い庭の木にいた鳥が驚き、バサバサと
飛び立った。

  *   *   *   *

 髭の生えていない顎をさする。何かを考えている様に見えるが、実のところ、
返事はもう決まっている。
 目の前の人物を見る。頭を下げており、顔は見えない。
 その様子を見て、満足したのか、ダヴィードはようやく重々しく口を開いた。

「……いいだろう。もう一度チャンスをやろう」

「ありがとうございます!」

 そう言って顔を上げたのはイーサだった。

「明朝、すぐ発てるように、準備をしろ」

「はい」

 イーサが何を思ったのか、ダヴィードは知らないが。
 イーサは、もう一度、鍵を奪うチャンスをくれと言ってきた。今度は待ち伏せ
をすれば、勝機はある、というのがイーサの言だった。
 イーサが成功すれば、それで良し。失敗したとしても、スイの信頼を上げるこ
とになる。
 正直なところを言うと、ダヴィードは、男数人がかかっても敵わなかった2人
の人物に、スイ一人で太刀打ちできる、と信じきることができなかった。
 『強い』とは、聞いているが、実際に戦っている姿はまだ見ていない。そし
て、あの細い見た目では、どうしても不信感は残る。

 ダヴィードは、満足そうに笑った。
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 schiettamente〔伊〕 (スキエッタメンテ)=装飾せずに、素直に
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2007/02/10 17:21 | Comments(0) | TrackBack() | ●火の山に望み追うは虹の橋

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