キャスト:イェルヒ
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
----------------------------------------------------------------
忍び足の心得など、イェルヒには当然ない。
この、音の反響する空間で、何故に気づかれず、ルークをつけることができたのか。
ルーク達が鈍感であったということもあっただろう。
しかし、それ以上に。
びぃよぉーーーーん
「ルぅゥーーーーーーークさまァ!!!!」
どうやら、今度は、ゴムを利用した罠に引っかかったらしい。
ぬらぬらしたもの(ルークが滑った模様から推測して、恐らく油だろう)を避けながら、イェルヒは思った。
尾行対象者が騒がしくてよかった、と。
……反響効果の高いこの場所で、この叫び声を聞かなければいけないのが辛いが。
「うあぁ!」
突如、吸い込まれるような響きが聞こえた。
その声の主は……
「イマツぅうぅうぅう!!」
……そう。ルークの声ではなかったのだ。(当のルークは、声の揺れからして、どうやらまだゴム仕掛けの罠にひっかかっているらしい)
そこに、今度は、バチン、とゴムの切れる音がした。
それに伴うのは勿論。
「ぐぉぁ!」
そして、振動。
間違いない。この、床の下からのものだ。
……変だ。
あまりに、唐突過ぎる。
そして……何故、穴がある?
床は、石で敷き詰められている。先ほどまでの、稚拙な罠では、穴を掘るなどの仕掛けは考えられない。
先ほどの音の反響からして、穴は浅くは無く、その先にはある程度の空間があるようだ。
おかしい。
「この遺跡の特徴は平面性にある」
この遺跡、パジオの資料の書き出しを思い出す。
生命の源である、「種」に対する信仰だそうだ。
地中深くには「死」があり、それが時とともに浮上し、「生」になる。その、「生」の直前の形が「種」である。
その、生と死を孕んだ神秘状態を崇めるという、信仰のゆえに、通常ならば多層構造をとりがちな地下に、珍しい平面構造をとっているというのが、一つの特徴である。
確か、そんなことが書いてあったはずだ。
ただ、この信仰による遺跡は、いくつか発見されている。
パジオはその中でも、とりわけ目立っていない。遺跡の規模は中規模。遺物は、ありきたりなものばかりであり。ご神体である種も、現在ではなんの変哲の無い植物のものであった。
その、遺跡に、何故、更なる『地下』がある?
そんなことは、どこにも記されていなかった。
もし、そんなことが、発見されていれば、パジオは注目されていたはずだ。
鼓動の感覚が早くなる。体温の上昇も確認できる。
今まで追尾していたことを忘れ、イェルヒは早足でルーク達を追った。
しかし、そこには、切れたゴムの残骸と、その付随したなんだかがぶら下がっているだけで、穴など、無かった。
生命力の精霊は、足元から感知されている。
つまり、あの二人は、ここで落ちたのは事実のようだ。
イェルヒは、杖を軽く振った。すると、その杖の先に明かりが灯った。
それを、辺りの壁に照らし、周囲の壁をしばし観察する。
「これは……」
しゃがみこんで壁の下部に見入る。
イェルヒの指の先には「開放」を意味する、一文字の古代文字。
それは、石の模様に紛れて記されており、注意深く見ないと、見逃してしまうものだった。
「何故だ……?」
イェルヒは目を細める。彼の、考え込む時の癖だ。
ただでさえ、普段から目つきが悪いというのに、この時の顔は、さらに凶悪になる。傍から見ると、機嫌が悪いとしか思えないことに、彼はまだ気づいていない。
「……おかしい。
この遺跡に……なぜ、この文字がある?」
自然こそに力があるという信仰の文化の遺跡に、「力ある文字」がある事例など、無い。
そもそも、この自然崇拝文化と、「力ある文字」は、相反する思想だ。共存しているはずがない。
杖を握る手に、自然と力がこもる。
古代文字は、力を発動した後、時間がたたないと効力が戻らないタイプらしい。
したがって、後を追いかけることはできない。
このまま、学院に戻って報告すれば、きっと、特待処遇は約束されるだろう。それどころか、イェルヒの評価は上がるに違いない。
「……課外活動は苦手なんだ。
肉体労働だって、向いていない。
部屋にこもっていれば、広く知識は集まるから、不便はない。
まだ、勉強すべきことは、ここだけじゃない。他にも沢山ある……」
思わず、今まで来た方向に、顔が向く。
だが。その顔の方向はまだ、踏み出していない領域に続く道に向き直った。
「……なのに、何故、俺は、先に進みたいと思うのか」
心臓が好奇心に震える。
杖を握りなおし、イェルヒは立ち上がった。
そして、先へ進む道に踏み出した。
そんな、彼の熱い思いを、冷やすように、バケツが水とともに降ってきた。
ばしゃん。
運命の残酷さに、イェルヒは静かに耐える。バケツが、イェルヒの頭に当たらなかったのは不幸中の幸いであろうが、そんなのは気休めにしかならない。
ただ、ルークならば、バケツを頭にかぶるというベタな展開にはなっていただろうな、と空想をして、ほんの少しだけ、慰められた。
握り締めていた、地図を確かめる。
丈夫な、紙でできているから、そう簡単には、崩れはしないだろうが……。
地図は、びっしょりと濡れていた。
「ん……?
……なん……だ? コレは」
遺跡の場所が記された地図の端が、『めくれている』。
その地図の下に、何か、神がもう一枚張り付いているようだ。
イェルヒは慎重に、それをめくって剥がしていく。
地図の下には。
地下の存在まで、詳しく書かれた地図があった。
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
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忍び足の心得など、イェルヒには当然ない。
この、音の反響する空間で、何故に気づかれず、ルークをつけることができたのか。
ルーク達が鈍感であったということもあっただろう。
しかし、それ以上に。
びぃよぉーーーーん
「ルぅゥーーーーーーークさまァ!!!!」
どうやら、今度は、ゴムを利用した罠に引っかかったらしい。
ぬらぬらしたもの(ルークが滑った模様から推測して、恐らく油だろう)を避けながら、イェルヒは思った。
尾行対象者が騒がしくてよかった、と。
……反響効果の高いこの場所で、この叫び声を聞かなければいけないのが辛いが。
「うあぁ!」
突如、吸い込まれるような響きが聞こえた。
その声の主は……
「イマツぅうぅうぅう!!」
……そう。ルークの声ではなかったのだ。(当のルークは、声の揺れからして、どうやらまだゴム仕掛けの罠にひっかかっているらしい)
そこに、今度は、バチン、とゴムの切れる音がした。
それに伴うのは勿論。
「ぐぉぁ!」
そして、振動。
間違いない。この、床の下からのものだ。
……変だ。
あまりに、唐突過ぎる。
そして……何故、穴がある?
床は、石で敷き詰められている。先ほどまでの、稚拙な罠では、穴を掘るなどの仕掛けは考えられない。
先ほどの音の反響からして、穴は浅くは無く、その先にはある程度の空間があるようだ。
おかしい。
「この遺跡の特徴は平面性にある」
この遺跡、パジオの資料の書き出しを思い出す。
生命の源である、「種」に対する信仰だそうだ。
地中深くには「死」があり、それが時とともに浮上し、「生」になる。その、「生」の直前の形が「種」である。
その、生と死を孕んだ神秘状態を崇めるという、信仰のゆえに、通常ならば多層構造をとりがちな地下に、珍しい平面構造をとっているというのが、一つの特徴である。
確か、そんなことが書いてあったはずだ。
ただ、この信仰による遺跡は、いくつか発見されている。
パジオはその中でも、とりわけ目立っていない。遺跡の規模は中規模。遺物は、ありきたりなものばかりであり。ご神体である種も、現在ではなんの変哲の無い植物のものであった。
その、遺跡に、何故、更なる『地下』がある?
そんなことは、どこにも記されていなかった。
もし、そんなことが、発見されていれば、パジオは注目されていたはずだ。
鼓動の感覚が早くなる。体温の上昇も確認できる。
今まで追尾していたことを忘れ、イェルヒは早足でルーク達を追った。
しかし、そこには、切れたゴムの残骸と、その付随したなんだかがぶら下がっているだけで、穴など、無かった。
生命力の精霊は、足元から感知されている。
つまり、あの二人は、ここで落ちたのは事実のようだ。
イェルヒは、杖を軽く振った。すると、その杖の先に明かりが灯った。
それを、辺りの壁に照らし、周囲の壁をしばし観察する。
「これは……」
しゃがみこんで壁の下部に見入る。
イェルヒの指の先には「開放」を意味する、一文字の古代文字。
それは、石の模様に紛れて記されており、注意深く見ないと、見逃してしまうものだった。
「何故だ……?」
イェルヒは目を細める。彼の、考え込む時の癖だ。
ただでさえ、普段から目つきが悪いというのに、この時の顔は、さらに凶悪になる。傍から見ると、機嫌が悪いとしか思えないことに、彼はまだ気づいていない。
「……おかしい。
この遺跡に……なぜ、この文字がある?」
自然こそに力があるという信仰の文化の遺跡に、「力ある文字」がある事例など、無い。
そもそも、この自然崇拝文化と、「力ある文字」は、相反する思想だ。共存しているはずがない。
杖を握る手に、自然と力がこもる。
古代文字は、力を発動した後、時間がたたないと効力が戻らないタイプらしい。
したがって、後を追いかけることはできない。
このまま、学院に戻って報告すれば、きっと、特待処遇は約束されるだろう。それどころか、イェルヒの評価は上がるに違いない。
「……課外活動は苦手なんだ。
肉体労働だって、向いていない。
部屋にこもっていれば、広く知識は集まるから、不便はない。
まだ、勉強すべきことは、ここだけじゃない。他にも沢山ある……」
思わず、今まで来た方向に、顔が向く。
だが。その顔の方向はまだ、踏み出していない領域に続く道に向き直った。
「……なのに、何故、俺は、先に進みたいと思うのか」
心臓が好奇心に震える。
杖を握りなおし、イェルヒは立ち上がった。
そして、先へ進む道に踏み出した。
そんな、彼の熱い思いを、冷やすように、バケツが水とともに降ってきた。
ばしゃん。
運命の残酷さに、イェルヒは静かに耐える。バケツが、イェルヒの頭に当たらなかったのは不幸中の幸いであろうが、そんなのは気休めにしかならない。
ただ、ルークならば、バケツを頭にかぶるというベタな展開にはなっていただろうな、と空想をして、ほんの少しだけ、慰められた。
握り締めていた、地図を確かめる。
丈夫な、紙でできているから、そう簡単には、崩れはしないだろうが……。
地図は、びっしょりと濡れていた。
「ん……?
……なん……だ? コレは」
遺跡の場所が記された地図の端が、『めくれている』。
その地図の下に、何か、神がもう一枚張り付いているようだ。
イェルヒは慎重に、それをめくって剥がしていく。
地図の下には。
地下の存在まで、詳しく書かれた地図があった。
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キャスト:リクラゼット
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部、下層
----------------------------------------------------------------
明かり一つない遺跡の中、念仏のようなか細い声が微かに響く。
その声は声量の小ささだけでなく、くぐもった声のせいでひどく聞こえづらい。
場所が場所なだけにまるでアンデッドや悪霊の恨み言に聞こえなくもない。
しかし、響く声を聞き取るべき聴衆はこの舞台には存在しない。
ただ、役者だけが舞台にのぼっているだけの一人芝居。
まるで意味のない芝居ではあるが、役者である彼にとってソレは至極自然のことだった。
古代文字魔法。
遥か古代の超テクノロジー。
しかしその特性ゆえに実用には向かず、「骨董魔法」との蔑称もある。
はるか昔に存在したロストテクノロジーに思いをはせる、そう、まるで骨董品のように。
そんな魔法に、いかにこの身を捧げ熱心に研究しようとも、それは一人芝居でしかない。
興味を示すものはいた。
だが、それは「骨董魔法」としてしか古代文字に興味を示せないものだった。
学生の時も、教員になった時も。
そして。
(今も、同じ。)
今、自分がいるこの場……バジオ遺跡の地下に古代遺跡があるかもしれないというのは、何だかひどく滑稽なように思える。
そして、皮肉とも。
バジオの遺跡が作られた主な目的は、とある信仰に対する神殿のような役割を果たすためだった。
生命の源である、「種」に対する信仰。
ー地中深くには「死」があり、それが時とともに浮上し、「生」になる。
その、「生」の直前の形が「種」である。
その、生と死を孕んだ神秘状態を崇めるという、信仰のゆえに、通常 ならば多層構造をとりがちな地下に、珍しい平面構造をとっていると いうのが、一つの特徴である。ー
自然信仰にて多く見受けられる形態である。
バジオの遺跡が発見された前後は、神秘の遺跡として魔術師や教員達の関心も高かった。
信仰の対象とされていた「神の種」が巨大な魔力を秘めた魔道器具である可能性があったからだ。
信仰の伝承から「神の種」は生と死……すなわち創造と破壊という両極の力を併せ持つという予測がなされた。
両極の力を内包することにより、力の循環が起き絶え間なく力を発現するため能力は未だ衰えなく健在であるだろう。
そして、その力は両極を孕むが故に強力であると。
それが、彼らの予想であった。
しかし、その予想は裏切られた。
「…………保存状態……良好……」
か細い詠唱をそんな言葉を締めくくり、彼……リクラゼットは手中へと視線を落とす。
筋張ったその手のひらの上に、淡く発光する楕円形の物体がある。
この物体こそ、かつてこの地で信仰されていた御神体こと「神の種」である。
それから魔力は感じられるものの、決して強いものではなく、むしろ弱弱しい印象を受ける。
しかも、その魔力は先ほどリクラゼットが注入した彼自身の魔力だ。
周りを注意深く見回すと、壁や柱に絡まる蔦に「神の種」とまったく同質の物体があるのが見えた。
そう、彼らが期待を寄せた「神の種」は特別な魔道器具などではなく、魔力を保存できるだけの植物だったのだ。
きっと遥か古代に信仰の対象に成りえるほどの強力な魔道器具として機能することができたのは優秀な魔術師の魔力がこもっていたからであろう。
今はもう、そのこめられた力は失われている。
「……予測が正しければ……そろそろ……」
主に「神の種」が生息しているのは遺跡の奥……すなわち祭壇の近くとなる。
リクラゼットの調査が正しいのならば、そろそろ更に地下へ降りるための仕掛けなり魔術封印なりがあるはずなのだが。
「……む。」
リクラゼットは背中に背負っていた巨大な羽根ペンを持つと、地面に魔方陣を描き始めた。羽根ペンは何かの魔道器具なのだろうか、先端から薄い魔力の光を発しては、地面に 光の軌跡を残していく。
文字そのものが魔力をもつ古代魔法とは違い、記述した魔術公式に自らの魔力を通し「力」を発現する。
迂闊に動いて罠を発動したら危険なので、魔術で周囲を探索することにしたのだ。
しばし周囲を探索していたリクラゼットの魔方陣が何かを捕らえた。
それは床に刻まれた古代文字。
「開放」を意味する古代文字であった。
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部、下層
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明かり一つない遺跡の中、念仏のようなか細い声が微かに響く。
その声は声量の小ささだけでなく、くぐもった声のせいでひどく聞こえづらい。
場所が場所なだけにまるでアンデッドや悪霊の恨み言に聞こえなくもない。
しかし、響く声を聞き取るべき聴衆はこの舞台には存在しない。
ただ、役者だけが舞台にのぼっているだけの一人芝居。
まるで意味のない芝居ではあるが、役者である彼にとってソレは至極自然のことだった。
古代文字魔法。
遥か古代の超テクノロジー。
しかしその特性ゆえに実用には向かず、「骨董魔法」との蔑称もある。
はるか昔に存在したロストテクノロジーに思いをはせる、そう、まるで骨董品のように。
そんな魔法に、いかにこの身を捧げ熱心に研究しようとも、それは一人芝居でしかない。
興味を示すものはいた。
だが、それは「骨董魔法」としてしか古代文字に興味を示せないものだった。
学生の時も、教員になった時も。
そして。
(今も、同じ。)
今、自分がいるこの場……バジオ遺跡の地下に古代遺跡があるかもしれないというのは、何だかひどく滑稽なように思える。
そして、皮肉とも。
バジオの遺跡が作られた主な目的は、とある信仰に対する神殿のような役割を果たすためだった。
生命の源である、「種」に対する信仰。
ー地中深くには「死」があり、それが時とともに浮上し、「生」になる。
その、「生」の直前の形が「種」である。
その、生と死を孕んだ神秘状態を崇めるという、信仰のゆえに、通常 ならば多層構造をとりがちな地下に、珍しい平面構造をとっていると いうのが、一つの特徴である。ー
自然信仰にて多く見受けられる形態である。
バジオの遺跡が発見された前後は、神秘の遺跡として魔術師や教員達の関心も高かった。
信仰の対象とされていた「神の種」が巨大な魔力を秘めた魔道器具である可能性があったからだ。
信仰の伝承から「神の種」は生と死……すなわち創造と破壊という両極の力を併せ持つという予測がなされた。
両極の力を内包することにより、力の循環が起き絶え間なく力を発現するため能力は未だ衰えなく健在であるだろう。
そして、その力は両極を孕むが故に強力であると。
それが、彼らの予想であった。
しかし、その予想は裏切られた。
「…………保存状態……良好……」
か細い詠唱をそんな言葉を締めくくり、彼……リクラゼットは手中へと視線を落とす。
筋張ったその手のひらの上に、淡く発光する楕円形の物体がある。
この物体こそ、かつてこの地で信仰されていた御神体こと「神の種」である。
それから魔力は感じられるものの、決して強いものではなく、むしろ弱弱しい印象を受ける。
しかも、その魔力は先ほどリクラゼットが注入した彼自身の魔力だ。
周りを注意深く見回すと、壁や柱に絡まる蔦に「神の種」とまったく同質の物体があるのが見えた。
そう、彼らが期待を寄せた「神の種」は特別な魔道器具などではなく、魔力を保存できるだけの植物だったのだ。
きっと遥か古代に信仰の対象に成りえるほどの強力な魔道器具として機能することができたのは優秀な魔術師の魔力がこもっていたからであろう。
今はもう、そのこめられた力は失われている。
「……予測が正しければ……そろそろ……」
主に「神の種」が生息しているのは遺跡の奥……すなわち祭壇の近くとなる。
リクラゼットの調査が正しいのならば、そろそろ更に地下へ降りるための仕掛けなり魔術封印なりがあるはずなのだが。
「……む。」
リクラゼットは背中に背負っていた巨大な羽根ペンを持つと、地面に魔方陣を描き始めた。羽根ペンは何かの魔道器具なのだろうか、先端から薄い魔力の光を発しては、地面に 光の軌跡を残していく。
文字そのものが魔力をもつ古代魔法とは違い、記述した魔術公式に自らの魔力を通し「力」を発現する。
迂闊に動いて罠を発動したら危険なので、魔術で周囲を探索することにしたのだ。
しばし周囲を探索していたリクラゼットの魔方陣が何かを捕らえた。
それは床に刻まれた古代文字。
「開放」を意味する古代文字であった。
キャスト:ジュリア
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
--------------------------------------------------------------------------
「――そうだ! 考えてみれば、閉じてるわけじゃないじゃないか」
思わずジュリアは彼を注視した。
クラークの声は自信に満ちてるように聞こえたが、同時に、その自信が何らかの根拠によって支えられているという風でもあった。
彼の発言は統一性というものに無縁であるようで、実は一つの法則の元に収束している。それが、彼が他者に抱かせる印象そのものを形成しているといってもいいだろう。
即ち。
――無意味であること。
室内用ランプの燃料が切れるのは、そう遠い未来ではなさそうだ。
相変わらずにへらにへら笑っているクラークを眺めながらジュリアは判断する。彼そのものに対する評価を下さなかったのは……その試みも、無意味でしかないからだ。
「なぜ?」
「だって地図があるんだ」
わけがわからない。
ジュリアが表情で示すと、馬鹿は胸を張って言い出した。
「地図があるんだから扉は開いてるわけさ!」
「悪いけど、共通語とか話せるかな? 無理なら古西方語でもいい。
私に理解できる言語で会話をしようと試みてくれると嬉しいな」
「お姉さんたら西の出身?」
「南の島から来たわけではないかな。
いっそ古代文字を羅列して読み上げてくれも構わない。必死さだけは伝わるから」
「今の言い方は、南の島の人に失礼だと思うだにゃん。
あと、今のってよーするに古代文字は読めないってコトだぁよね」
ジュリアはうっすらと微笑んだ。
「死を覚悟したことはある?」
「この半月でまだ五十三回くらいしかないげ。
修行が足りないかな。師匠は一日十五回は確実に」
「…………ああ、そう」
駄目だ勝てない。何が勝利なのかもわからないし、それを掴んだところで、むなしさ以上の物が手に入るわけではないとはわかりきっていたが。
むしろ勝っては駄目だ。人として。
そう納得して――たとえばそれが負け惜しみの一種だったとしても構わない――ジュリアは、深く深く嘆息した。
「で、なんで地図があったら扉が開いてるの?」
「この遺跡って実は平面構造なんだよねん」
「あ゛?」
さっき階段を降りた記憶があるのだが。階段を降りた後で馬鹿馬鹿しい会話を交わしたのも覚えている。
「そんな怖い声出しちゃイヤン。
ここって秘密地下だったりしちゃったりして。閉まってたら封印解除しなきゃだったけど降りれたから降りてきちゃったー」
もはや何キャラかわからない。どちらかといえばそちらを矯正したい気もしたが、我慢する。クラークは室内用ランプを振り回しながら、まるで、下手くそな演劇の登場人物のようなわざとらしさで続けた。
「この地図は――つまり、この写しの元になった地図は、新しいんだ。
古くても百年は経ってない地図に、この地下のことが書かれていたわけだ」
「……へぇ?」
「百年以内に誰かが……無能な学院の連中じゃない。誰かがこの地下まで辿りついたからに他ならない。地図には、この扉の奥までが書かれている。部屋の奥に安置された秘法が、しっかりと示されているわけだ」
この喋り方をどこかで聞いたことがあるような気がした。
淡々と、わずかな眠気を伴って。
「だけどそれが持ち去られていないことも、この地図から明らかだ。
なくなった宝の存在まで書き記す馬鹿がいるわけがない」
「その宝は?」
クラークは、ぴたりと動きを止めた。ジュリアに背を向けて闇に両腕を掲げるような格好である。彼の返事は気だるげだった。
「――究極の武器だ」
くだらないおもちゃのナイフで世界を滅ぼせるか? 答えは決まって――いるだろうか、本当に。真綿で人を殺せるのだ。ナイフならば、世界を殺せるかも知れない。どうでもいい付属効果は忘れることにしたとして。
「ふぅん」
ジュリアは軽く頭を振った。振り返らないクラークに気のない相槌だけを打つ。
それから改めて周囲を見渡せば、さきほどまでとは建築様式が違うようだ。上層階も遺跡と呼べる程度には年代物だったが、こちらは……
「ここは、さっきとは別の遺跡か。
相当どころじゃなく古い……」
「そうなんだみょん。
パジオは古い信仰の神殿だったけど、同時にここを封印する役割も持ってた」
開かれた扉の向こうは闇に閉ざされている。ランプの明かりを喰って余計に黒さを増しているように感じた。実際にそんなことはない。入り口に近い地面は、橙色の明かりを受けて乾いた砂地を晒している。
積もった砂埃なのか、それとも古代の舗装なのかわからない。
その下が地面なのか石畳なのかも判断が付かない。
「行こうか」
クラークが振り向いて人懐こく笑った。
踏み込むと近くにあった闇はあっけなく払われた。それほど広い空間ではなさそうだが、端のほうまでは照らしきれない。明かりが足りない、というのは不吉ではあった。不吉、などというのは精神論だ。気にしなければ不幸は近寄らない。
部屋の真ん中に、ぽっかりと穴が開いていた。その穴の上にガラスのような透明な板が置かれている。
「ここに呪文を記せばいいわけだ」
「呪文? わかるの?」
クラークは膝を付いて観察する。それからその姿勢のまま見上げられたジュリアは、無表情に近い彼の顔を見て、クラークがさっきふざけて演じて見せたのが誰だか理解して気分が悪くなった。
「書いてある。古代文字だね」
彼はジュリアの反応は無視して答え、その言葉の後半で肩を竦めた。
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
--------------------------------------------------------------------------
「――そうだ! 考えてみれば、閉じてるわけじゃないじゃないか」
思わずジュリアは彼を注視した。
クラークの声は自信に満ちてるように聞こえたが、同時に、その自信が何らかの根拠によって支えられているという風でもあった。
彼の発言は統一性というものに無縁であるようで、実は一つの法則の元に収束している。それが、彼が他者に抱かせる印象そのものを形成しているといってもいいだろう。
即ち。
――無意味であること。
室内用ランプの燃料が切れるのは、そう遠い未来ではなさそうだ。
相変わらずにへらにへら笑っているクラークを眺めながらジュリアは判断する。彼そのものに対する評価を下さなかったのは……その試みも、無意味でしかないからだ。
「なぜ?」
「だって地図があるんだ」
わけがわからない。
ジュリアが表情で示すと、馬鹿は胸を張って言い出した。
「地図があるんだから扉は開いてるわけさ!」
「悪いけど、共通語とか話せるかな? 無理なら古西方語でもいい。
私に理解できる言語で会話をしようと試みてくれると嬉しいな」
「お姉さんたら西の出身?」
「南の島から来たわけではないかな。
いっそ古代文字を羅列して読み上げてくれも構わない。必死さだけは伝わるから」
「今の言い方は、南の島の人に失礼だと思うだにゃん。
あと、今のってよーするに古代文字は読めないってコトだぁよね」
ジュリアはうっすらと微笑んだ。
「死を覚悟したことはある?」
「この半月でまだ五十三回くらいしかないげ。
修行が足りないかな。師匠は一日十五回は確実に」
「…………ああ、そう」
駄目だ勝てない。何が勝利なのかもわからないし、それを掴んだところで、むなしさ以上の物が手に入るわけではないとはわかりきっていたが。
むしろ勝っては駄目だ。人として。
そう納得して――たとえばそれが負け惜しみの一種だったとしても構わない――ジュリアは、深く深く嘆息した。
「で、なんで地図があったら扉が開いてるの?」
「この遺跡って実は平面構造なんだよねん」
「あ゛?」
さっき階段を降りた記憶があるのだが。階段を降りた後で馬鹿馬鹿しい会話を交わしたのも覚えている。
「そんな怖い声出しちゃイヤン。
ここって秘密地下だったりしちゃったりして。閉まってたら封印解除しなきゃだったけど降りれたから降りてきちゃったー」
もはや何キャラかわからない。どちらかといえばそちらを矯正したい気もしたが、我慢する。クラークは室内用ランプを振り回しながら、まるで、下手くそな演劇の登場人物のようなわざとらしさで続けた。
「この地図は――つまり、この写しの元になった地図は、新しいんだ。
古くても百年は経ってない地図に、この地下のことが書かれていたわけだ」
「……へぇ?」
「百年以内に誰かが……無能な学院の連中じゃない。誰かがこの地下まで辿りついたからに他ならない。地図には、この扉の奥までが書かれている。部屋の奥に安置された秘法が、しっかりと示されているわけだ」
この喋り方をどこかで聞いたことがあるような気がした。
淡々と、わずかな眠気を伴って。
「だけどそれが持ち去られていないことも、この地図から明らかだ。
なくなった宝の存在まで書き記す馬鹿がいるわけがない」
「その宝は?」
クラークは、ぴたりと動きを止めた。ジュリアに背を向けて闇に両腕を掲げるような格好である。彼の返事は気だるげだった。
「――究極の武器だ」
くだらないおもちゃのナイフで世界を滅ぼせるか? 答えは決まって――いるだろうか、本当に。真綿で人を殺せるのだ。ナイフならば、世界を殺せるかも知れない。どうでもいい付属効果は忘れることにしたとして。
「ふぅん」
ジュリアは軽く頭を振った。振り返らないクラークに気のない相槌だけを打つ。
それから改めて周囲を見渡せば、さきほどまでとは建築様式が違うようだ。上層階も遺跡と呼べる程度には年代物だったが、こちらは……
「ここは、さっきとは別の遺跡か。
相当どころじゃなく古い……」
「そうなんだみょん。
パジオは古い信仰の神殿だったけど、同時にここを封印する役割も持ってた」
開かれた扉の向こうは闇に閉ざされている。ランプの明かりを喰って余計に黒さを増しているように感じた。実際にそんなことはない。入り口に近い地面は、橙色の明かりを受けて乾いた砂地を晒している。
積もった砂埃なのか、それとも古代の舗装なのかわからない。
その下が地面なのか石畳なのかも判断が付かない。
「行こうか」
クラークが振り向いて人懐こく笑った。
踏み込むと近くにあった闇はあっけなく払われた。それほど広い空間ではなさそうだが、端のほうまでは照らしきれない。明かりが足りない、というのは不吉ではあった。不吉、などというのは精神論だ。気にしなければ不幸は近寄らない。
部屋の真ん中に、ぽっかりと穴が開いていた。その穴の上にガラスのような透明な板が置かれている。
「ここに呪文を記せばいいわけだ」
「呪文? わかるの?」
クラークは膝を付いて観察する。それからその姿勢のまま見上げられたジュリアは、無表情に近い彼の顔を見て、クラークがさっきふざけて演じて見せたのが誰だか理解して気分が悪くなった。
「書いてある。古代文字だね」
彼はジュリアの反応は無視して答え、その言葉の後半で肩を竦めた。
キャスト:イェルヒ
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
----------------------------------------------------------------
イェルヒは、古代文字を見つけた。
が、しかし、そこからは、古代文字独特の輝きがない。
これで、三つ目だ。
「……地図があったって、意味が無いじゃないか……!!」
古代文字の魔力。
それは、記述された時点で、記述された物質に対して発動される。よって、使い手を選ばない。
その物質的な媒体にて形状による発動がゆえに、変化に弱い。
文字の一部が擦れて消えたり、傷が付いて切断されたりすると、魔力は失われる。
期待された割には、「どうでもいい遺跡」と判断された遺跡だ。落胆は、調査に直に反映される。つまりは……粗雑に扱われる。
地図には、残り2つ、古代文字の在り処が記されている。
イェルヒは、来た方向を振り返る。地図によると、遺跡の中頃に来ている。
忌々しそうに、古代文字を見る。
こんな些細な傷で……阻むと言うのか。
あの、講師ならば、再生できただろうか?
と、イェルヒは気づいた。
……どこにも、傷などない。
これは、破損した文字ではない。
文字自体の魔力は失われてはいない。
これは、使用された直後の、回復されていない文字だ。
「……ちょっと……待て」
誰だ?
あの、多数の罠を仕掛けた、馬鹿か?
馬鹿な。あのイカレ具合は半端じゃなかったぞ。
しかし、イェルヒにあるのは「イカレも突っ切れば、運がきまぐれに味方する」という、ルークの前例だけだ。
急がなければ。
馬鹿どもが、貴重な古代遺産を破損してしまっては、手遅れだ。
なんといっても、馬鹿が二組。傷つけられる可能性は二倍になんてものじゃない。
自然と、早足になる。
地図によれば、この近くにもう一つあるはずだ。
―――が。
「……タチの悪い冗談は……やめてくれ」
イェルヒは古代文字の前で、崩れるように座り込んだ。
そこにあったのは、破損した古代文字ではなく。
使用された直後のもの。
専門ではないが、どのくらいの時間が経過したのかなどはわからない。が、おそらく数分前から、半日までの間、といったところか。
「誰なんだ……」
願わくば、馬鹿でないことを祈るばかりである。
地図を見る。
―――残り一つ。
イェルヒは自覚している。自分は、運が決していいほうではないということを。五分五分ならば、悪い方になる確率が大きいのだ。
諦める覚悟と、捨てきれない期待を抱き、イェルヒは歩き出す。
神など信じていないイェルヒは、何かに祈ることをせずに、ただ、歩いた。
そんな彼に偉大なるかな、神は微笑んだのだ。
「あった……」
イェルヒ自身、信じていなかった存在が、そこにはあった。
保存状態、良好。直後の使用形跡、無し。
柄にも無く、イェルヒは少し浮かれた。
だから、彼は気づかない。
経験的な自分の運の悪さを、忘れてしまったのだ。
”五分五分ならば、悪い方になる確率が大きいのだ”
悪意の神は、微笑んだ。
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
----------------------------------------------------------------
イェルヒは、古代文字を見つけた。
が、しかし、そこからは、古代文字独特の輝きがない。
これで、三つ目だ。
「……地図があったって、意味が無いじゃないか……!!」
古代文字の魔力。
それは、記述された時点で、記述された物質に対して発動される。よって、使い手を選ばない。
その物質的な媒体にて形状による発動がゆえに、変化に弱い。
文字の一部が擦れて消えたり、傷が付いて切断されたりすると、魔力は失われる。
期待された割には、「どうでもいい遺跡」と判断された遺跡だ。落胆は、調査に直に反映される。つまりは……粗雑に扱われる。
地図には、残り2つ、古代文字の在り処が記されている。
イェルヒは、来た方向を振り返る。地図によると、遺跡の中頃に来ている。
忌々しそうに、古代文字を見る。
こんな些細な傷で……阻むと言うのか。
あの、講師ならば、再生できただろうか?
と、イェルヒは気づいた。
……どこにも、傷などない。
これは、破損した文字ではない。
文字自体の魔力は失われてはいない。
これは、使用された直後の、回復されていない文字だ。
「……ちょっと……待て」
誰だ?
あの、多数の罠を仕掛けた、馬鹿か?
馬鹿な。あのイカレ具合は半端じゃなかったぞ。
しかし、イェルヒにあるのは「イカレも突っ切れば、運がきまぐれに味方する」という、ルークの前例だけだ。
急がなければ。
馬鹿どもが、貴重な古代遺産を破損してしまっては、手遅れだ。
なんといっても、馬鹿が二組。傷つけられる可能性は二倍になんてものじゃない。
自然と、早足になる。
地図によれば、この近くにもう一つあるはずだ。
―――が。
「……タチの悪い冗談は……やめてくれ」
イェルヒは古代文字の前で、崩れるように座り込んだ。
そこにあったのは、破損した古代文字ではなく。
使用された直後のもの。
専門ではないが、どのくらいの時間が経過したのかなどはわからない。が、おそらく数分前から、半日までの間、といったところか。
「誰なんだ……」
願わくば、馬鹿でないことを祈るばかりである。
地図を見る。
―――残り一つ。
イェルヒは自覚している。自分は、運が決していいほうではないということを。五分五分ならば、悪い方になる確率が大きいのだ。
諦める覚悟と、捨てきれない期待を抱き、イェルヒは歩き出す。
神など信じていないイェルヒは、何かに祈ることをせずに、ただ、歩いた。
そんな彼に偉大なるかな、神は微笑んだのだ。
「あった……」
イェルヒ自身、信じていなかった存在が、そこにはあった。
保存状態、良好。直後の使用形跡、無し。
柄にも無く、イェルヒは少し浮かれた。
だから、彼は気づかない。
経験的な自分の運の悪さを、忘れてしまったのだ。
”五分五分ならば、悪い方になる確率が大きいのだ”
悪意の神は、微笑んだ。
キャスト:リクラゼット
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部、最下層
----------------------------------------------------------------
ふわり、ふわりと落ちていく。
漆黒の闇に墜ちると共に紡がれる自己改革の言葉。
すとん。
不確かな地面の感覚を感じると共に足元に記述展開していた魔術公式を解いた。
羽根ペンから生まれた光の文字がまるで夢のようにするりするりと解けていく。
後に残るは巨大な魔導書が落ちたドサリ、という音だけ。
そのフロアには本当に微かな光のみが存在していた。
「……ッ」
着地した時の身体への衝撃に眉を潜める。
一般人にとってはただの衝撃でしかないソレは、極端に貧弱になったリクラゼットにとっては鋭い痛みに他ならなかった。
幸い、捻挫には至ってはいない。
自らが落ちてきた方向――上を振り向くとそこは既に暗闇に包まれていた。
どうやらあそこにあった古代文字は一方通行のようである。
非常用か、雑な工事だったのか。
……それとも、この遺跡を封印するためか。
真実は分からない、分かることはただ一つ。
この遺跡から脱出するためには他の作動する「開放」の古代文字、もしくは何処かにあるかもしれない出口を探さなければならない。
後者は、かなりの確立で埋められているだろうが。
ともかく、ぼーっと突っ立っていてもしょうがない。
そう思い、リクラゼットは魔導書を押しながら微かな闇の中をすすむ。
ぐぁらり、ぐぁらり、魔導書に備え付けられたキャスターが不気味な音をたてる。
反響で戻ってきた音は、まるで獣のうなり声だ。
何故だろう、その反響音がリクラゼットを焦らせる。
――時間は無限にあるとは限らないの。
もしかしたら次の瞬間に、自分という存在の時間が終わってしまうこともありうるのである。
そう、それはあの、気だるくも、腐りつつも、心底愛しいあの時期のように。
それはまるで幻想のような思い出。
鬱々としつつも教師として、日向の下で未来を見ていたころ。
気の合う教え子。
古代文字。
記述。
被験者。
記録。
暴走。
呪い。
思い。
酷い。
ゴツッ。
手で押していた魔導書が何かにぶつかって固い音を発する。
どうやら考え事をしているうちにボーっとしてしまったらしい。
太ももに鈍い痛み。打撲まではいかなかったが魔導書にぶつかり内出血を起こしている。
「む。」
応急処置のためかがもうとしたその時、線のような光が魔導書とリクラゼットの上を走る。
目を上げた先にはわずかに開いた扉。
その隙間から漏れる光はひっそりとしていてどこかよそよそしい。
どうやら魔導書がぶつかったのは扉のようだ。
リクラゼットは中の様子を見ようと扉に近づく。
そこにあるのは――。
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部、最下層
----------------------------------------------------------------
ふわり、ふわりと落ちていく。
漆黒の闇に墜ちると共に紡がれる自己改革の言葉。
すとん。
不確かな地面の感覚を感じると共に足元に記述展開していた魔術公式を解いた。
羽根ペンから生まれた光の文字がまるで夢のようにするりするりと解けていく。
後に残るは巨大な魔導書が落ちたドサリ、という音だけ。
そのフロアには本当に微かな光のみが存在していた。
「……ッ」
着地した時の身体への衝撃に眉を潜める。
一般人にとってはただの衝撃でしかないソレは、極端に貧弱になったリクラゼットにとっては鋭い痛みに他ならなかった。
幸い、捻挫には至ってはいない。
自らが落ちてきた方向――上を振り向くとそこは既に暗闇に包まれていた。
どうやらあそこにあった古代文字は一方通行のようである。
非常用か、雑な工事だったのか。
……それとも、この遺跡を封印するためか。
真実は分からない、分かることはただ一つ。
この遺跡から脱出するためには他の作動する「開放」の古代文字、もしくは何処かにあるかもしれない出口を探さなければならない。
後者は、かなりの確立で埋められているだろうが。
ともかく、ぼーっと突っ立っていてもしょうがない。
そう思い、リクラゼットは魔導書を押しながら微かな闇の中をすすむ。
ぐぁらり、ぐぁらり、魔導書に備え付けられたキャスターが不気味な音をたてる。
反響で戻ってきた音は、まるで獣のうなり声だ。
何故だろう、その反響音がリクラゼットを焦らせる。
――時間は無限にあるとは限らないの。
もしかしたら次の瞬間に、自分という存在の時間が終わってしまうこともありうるのである。
そう、それはあの、気だるくも、腐りつつも、心底愛しいあの時期のように。
それはまるで幻想のような思い出。
鬱々としつつも教師として、日向の下で未来を見ていたころ。
気の合う教え子。
古代文字。
記述。
被験者。
記録。
暴走。
呪い。
思い。
酷い。
ゴツッ。
手で押していた魔導書が何かにぶつかって固い音を発する。
どうやら考え事をしているうちにボーっとしてしまったらしい。
太ももに鈍い痛み。打撲まではいかなかったが魔導書にぶつかり内出血を起こしている。
「む。」
応急処置のためかがもうとしたその時、線のような光が魔導書とリクラゼットの上を走る。
目を上げた先にはわずかに開いた扉。
その隙間から漏れる光はひっそりとしていてどこかよそよそしい。
どうやら魔導書がぶつかったのは扉のようだ。
リクラゼットは中の様子を見ようと扉に近づく。
そこにあるのは――。