キャスト:ジュリア
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
--------------------------------------------------------------------------
「――そうだ! 考えてみれば、閉じてるわけじゃないじゃないか」
思わずジュリアは彼を注視した。
クラークの声は自信に満ちてるように聞こえたが、同時に、その自信が何らかの根拠によって支えられているという風でもあった。
彼の発言は統一性というものに無縁であるようで、実は一つの法則の元に収束している。それが、彼が他者に抱かせる印象そのものを形成しているといってもいいだろう。
即ち。
――無意味であること。
室内用ランプの燃料が切れるのは、そう遠い未来ではなさそうだ。
相変わらずにへらにへら笑っているクラークを眺めながらジュリアは判断する。彼そのものに対する評価を下さなかったのは……その試みも、無意味でしかないからだ。
「なぜ?」
「だって地図があるんだ」
わけがわからない。
ジュリアが表情で示すと、馬鹿は胸を張って言い出した。
「地図があるんだから扉は開いてるわけさ!」
「悪いけど、共通語とか話せるかな? 無理なら古西方語でもいい。
私に理解できる言語で会話をしようと試みてくれると嬉しいな」
「お姉さんたら西の出身?」
「南の島から来たわけではないかな。
いっそ古代文字を羅列して読み上げてくれも構わない。必死さだけは伝わるから」
「今の言い方は、南の島の人に失礼だと思うだにゃん。
あと、今のってよーするに古代文字は読めないってコトだぁよね」
ジュリアはうっすらと微笑んだ。
「死を覚悟したことはある?」
「この半月でまだ五十三回くらいしかないげ。
修行が足りないかな。師匠は一日十五回は確実に」
「…………ああ、そう」
駄目だ勝てない。何が勝利なのかもわからないし、それを掴んだところで、むなしさ以上の物が手に入るわけではないとはわかりきっていたが。
むしろ勝っては駄目だ。人として。
そう納得して――たとえばそれが負け惜しみの一種だったとしても構わない――ジュリアは、深く深く嘆息した。
「で、なんで地図があったら扉が開いてるの?」
「この遺跡って実は平面構造なんだよねん」
「あ゛?」
さっき階段を降りた記憶があるのだが。階段を降りた後で馬鹿馬鹿しい会話を交わしたのも覚えている。
「そんな怖い声出しちゃイヤン。
ここって秘密地下だったりしちゃったりして。閉まってたら封印解除しなきゃだったけど降りれたから降りてきちゃったー」
もはや何キャラかわからない。どちらかといえばそちらを矯正したい気もしたが、我慢する。クラークは室内用ランプを振り回しながら、まるで、下手くそな演劇の登場人物のようなわざとらしさで続けた。
「この地図は――つまり、この写しの元になった地図は、新しいんだ。
古くても百年は経ってない地図に、この地下のことが書かれていたわけだ」
「……へぇ?」
「百年以内に誰かが……無能な学院の連中じゃない。誰かがこの地下まで辿りついたからに他ならない。地図には、この扉の奥までが書かれている。部屋の奥に安置された秘法が、しっかりと示されているわけだ」
この喋り方をどこかで聞いたことがあるような気がした。
淡々と、わずかな眠気を伴って。
「だけどそれが持ち去られていないことも、この地図から明らかだ。
なくなった宝の存在まで書き記す馬鹿がいるわけがない」
「その宝は?」
クラークは、ぴたりと動きを止めた。ジュリアに背を向けて闇に両腕を掲げるような格好である。彼の返事は気だるげだった。
「――究極の武器だ」
くだらないおもちゃのナイフで世界を滅ぼせるか? 答えは決まって――いるだろうか、本当に。真綿で人を殺せるのだ。ナイフならば、世界を殺せるかも知れない。どうでもいい付属効果は忘れることにしたとして。
「ふぅん」
ジュリアは軽く頭を振った。振り返らないクラークに気のない相槌だけを打つ。
それから改めて周囲を見渡せば、さきほどまでとは建築様式が違うようだ。上層階も遺跡と呼べる程度には年代物だったが、こちらは……
「ここは、さっきとは別の遺跡か。
相当どころじゃなく古い……」
「そうなんだみょん。
パジオは古い信仰の神殿だったけど、同時にここを封印する役割も持ってた」
開かれた扉の向こうは闇に閉ざされている。ランプの明かりを喰って余計に黒さを増しているように感じた。実際にそんなことはない。入り口に近い地面は、橙色の明かりを受けて乾いた砂地を晒している。
積もった砂埃なのか、それとも古代の舗装なのかわからない。
その下が地面なのか石畳なのかも判断が付かない。
「行こうか」
クラークが振り向いて人懐こく笑った。
踏み込むと近くにあった闇はあっけなく払われた。それほど広い空間ではなさそうだが、端のほうまでは照らしきれない。明かりが足りない、というのは不吉ではあった。不吉、などというのは精神論だ。気にしなければ不幸は近寄らない。
部屋の真ん中に、ぽっかりと穴が開いていた。その穴の上にガラスのような透明な板が置かれている。
「ここに呪文を記せばいいわけだ」
「呪文? わかるの?」
クラークは膝を付いて観察する。それからその姿勢のまま見上げられたジュリアは、無表情に近い彼の顔を見て、クラークがさっきふざけて演じて見せたのが誰だか理解して気分が悪くなった。
「書いてある。古代文字だね」
彼はジュリアの反応は無視して答え、その言葉の後半で肩を竦めた。
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
--------------------------------------------------------------------------
「――そうだ! 考えてみれば、閉じてるわけじゃないじゃないか」
思わずジュリアは彼を注視した。
クラークの声は自信に満ちてるように聞こえたが、同時に、その自信が何らかの根拠によって支えられているという風でもあった。
彼の発言は統一性というものに無縁であるようで、実は一つの法則の元に収束している。それが、彼が他者に抱かせる印象そのものを形成しているといってもいいだろう。
即ち。
――無意味であること。
室内用ランプの燃料が切れるのは、そう遠い未来ではなさそうだ。
相変わらずにへらにへら笑っているクラークを眺めながらジュリアは判断する。彼そのものに対する評価を下さなかったのは……その試みも、無意味でしかないからだ。
「なぜ?」
「だって地図があるんだ」
わけがわからない。
ジュリアが表情で示すと、馬鹿は胸を張って言い出した。
「地図があるんだから扉は開いてるわけさ!」
「悪いけど、共通語とか話せるかな? 無理なら古西方語でもいい。
私に理解できる言語で会話をしようと試みてくれると嬉しいな」
「お姉さんたら西の出身?」
「南の島から来たわけではないかな。
いっそ古代文字を羅列して読み上げてくれも構わない。必死さだけは伝わるから」
「今の言い方は、南の島の人に失礼だと思うだにゃん。
あと、今のってよーするに古代文字は読めないってコトだぁよね」
ジュリアはうっすらと微笑んだ。
「死を覚悟したことはある?」
「この半月でまだ五十三回くらいしかないげ。
修行が足りないかな。師匠は一日十五回は確実に」
「…………ああ、そう」
駄目だ勝てない。何が勝利なのかもわからないし、それを掴んだところで、むなしさ以上の物が手に入るわけではないとはわかりきっていたが。
むしろ勝っては駄目だ。人として。
そう納得して――たとえばそれが負け惜しみの一種だったとしても構わない――ジュリアは、深く深く嘆息した。
「で、なんで地図があったら扉が開いてるの?」
「この遺跡って実は平面構造なんだよねん」
「あ゛?」
さっき階段を降りた記憶があるのだが。階段を降りた後で馬鹿馬鹿しい会話を交わしたのも覚えている。
「そんな怖い声出しちゃイヤン。
ここって秘密地下だったりしちゃったりして。閉まってたら封印解除しなきゃだったけど降りれたから降りてきちゃったー」
もはや何キャラかわからない。どちらかといえばそちらを矯正したい気もしたが、我慢する。クラークは室内用ランプを振り回しながら、まるで、下手くそな演劇の登場人物のようなわざとらしさで続けた。
「この地図は――つまり、この写しの元になった地図は、新しいんだ。
古くても百年は経ってない地図に、この地下のことが書かれていたわけだ」
「……へぇ?」
「百年以内に誰かが……無能な学院の連中じゃない。誰かがこの地下まで辿りついたからに他ならない。地図には、この扉の奥までが書かれている。部屋の奥に安置された秘法が、しっかりと示されているわけだ」
この喋り方をどこかで聞いたことがあるような気がした。
淡々と、わずかな眠気を伴って。
「だけどそれが持ち去られていないことも、この地図から明らかだ。
なくなった宝の存在まで書き記す馬鹿がいるわけがない」
「その宝は?」
クラークは、ぴたりと動きを止めた。ジュリアに背を向けて闇に両腕を掲げるような格好である。彼の返事は気だるげだった。
「――究極の武器だ」
くだらないおもちゃのナイフで世界を滅ぼせるか? 答えは決まって――いるだろうか、本当に。真綿で人を殺せるのだ。ナイフならば、世界を殺せるかも知れない。どうでもいい付属効果は忘れることにしたとして。
「ふぅん」
ジュリアは軽く頭を振った。振り返らないクラークに気のない相槌だけを打つ。
それから改めて周囲を見渡せば、さきほどまでとは建築様式が違うようだ。上層階も遺跡と呼べる程度には年代物だったが、こちらは……
「ここは、さっきとは別の遺跡か。
相当どころじゃなく古い……」
「そうなんだみょん。
パジオは古い信仰の神殿だったけど、同時にここを封印する役割も持ってた」
開かれた扉の向こうは闇に閉ざされている。ランプの明かりを喰って余計に黒さを増しているように感じた。実際にそんなことはない。入り口に近い地面は、橙色の明かりを受けて乾いた砂地を晒している。
積もった砂埃なのか、それとも古代の舗装なのかわからない。
その下が地面なのか石畳なのかも判断が付かない。
「行こうか」
クラークが振り向いて人懐こく笑った。
踏み込むと近くにあった闇はあっけなく払われた。それほど広い空間ではなさそうだが、端のほうまでは照らしきれない。明かりが足りない、というのは不吉ではあった。不吉、などというのは精神論だ。気にしなければ不幸は近寄らない。
部屋の真ん中に、ぽっかりと穴が開いていた。その穴の上にガラスのような透明な板が置かれている。
「ここに呪文を記せばいいわけだ」
「呪文? わかるの?」
クラークは膝を付いて観察する。それからその姿勢のまま見上げられたジュリアは、無表情に近い彼の顔を見て、クラークがさっきふざけて演じて見せたのが誰だか理解して気分が悪くなった。
「書いてある。古代文字だね」
彼はジュリアの反応は無視して答え、その言葉の後半で肩を竦めた。
PR
トラックバック
トラックバックURL: