キャスト:イェルヒ
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
----------------------------------------------------------------
忍び足の心得など、イェルヒには当然ない。
この、音の反響する空間で、何故に気づかれず、ルークをつけることができたのか。
ルーク達が鈍感であったということもあっただろう。
しかし、それ以上に。
びぃよぉーーーーん
「ルぅゥーーーーーーークさまァ!!!!」
どうやら、今度は、ゴムを利用した罠に引っかかったらしい。
ぬらぬらしたもの(ルークが滑った模様から推測して、恐らく油だろう)を避けながら、イェルヒは思った。
尾行対象者が騒がしくてよかった、と。
……反響効果の高いこの場所で、この叫び声を聞かなければいけないのが辛いが。
「うあぁ!」
突如、吸い込まれるような響きが聞こえた。
その声の主は……
「イマツぅうぅうぅう!!」
……そう。ルークの声ではなかったのだ。(当のルークは、声の揺れからして、どうやらまだゴム仕掛けの罠にひっかかっているらしい)
そこに、今度は、バチン、とゴムの切れる音がした。
それに伴うのは勿論。
「ぐぉぁ!」
そして、振動。
間違いない。この、床の下からのものだ。
……変だ。
あまりに、唐突過ぎる。
そして……何故、穴がある?
床は、石で敷き詰められている。先ほどまでの、稚拙な罠では、穴を掘るなどの仕掛けは考えられない。
先ほどの音の反響からして、穴は浅くは無く、その先にはある程度の空間があるようだ。
おかしい。
「この遺跡の特徴は平面性にある」
この遺跡、パジオの資料の書き出しを思い出す。
生命の源である、「種」に対する信仰だそうだ。
地中深くには「死」があり、それが時とともに浮上し、「生」になる。その、「生」の直前の形が「種」である。
その、生と死を孕んだ神秘状態を崇めるという、信仰のゆえに、通常ならば多層構造をとりがちな地下に、珍しい平面構造をとっているというのが、一つの特徴である。
確か、そんなことが書いてあったはずだ。
ただ、この信仰による遺跡は、いくつか発見されている。
パジオはその中でも、とりわけ目立っていない。遺跡の規模は中規模。遺物は、ありきたりなものばかりであり。ご神体である種も、現在ではなんの変哲の無い植物のものであった。
その、遺跡に、何故、更なる『地下』がある?
そんなことは、どこにも記されていなかった。
もし、そんなことが、発見されていれば、パジオは注目されていたはずだ。
鼓動の感覚が早くなる。体温の上昇も確認できる。
今まで追尾していたことを忘れ、イェルヒは早足でルーク達を追った。
しかし、そこには、切れたゴムの残骸と、その付随したなんだかがぶら下がっているだけで、穴など、無かった。
生命力の精霊は、足元から感知されている。
つまり、あの二人は、ここで落ちたのは事実のようだ。
イェルヒは、杖を軽く振った。すると、その杖の先に明かりが灯った。
それを、辺りの壁に照らし、周囲の壁をしばし観察する。
「これは……」
しゃがみこんで壁の下部に見入る。
イェルヒの指の先には「開放」を意味する、一文字の古代文字。
それは、石の模様に紛れて記されており、注意深く見ないと、見逃してしまうものだった。
「何故だ……?」
イェルヒは目を細める。彼の、考え込む時の癖だ。
ただでさえ、普段から目つきが悪いというのに、この時の顔は、さらに凶悪になる。傍から見ると、機嫌が悪いとしか思えないことに、彼はまだ気づいていない。
「……おかしい。
この遺跡に……なぜ、この文字がある?」
自然こそに力があるという信仰の文化の遺跡に、「力ある文字」がある事例など、無い。
そもそも、この自然崇拝文化と、「力ある文字」は、相反する思想だ。共存しているはずがない。
杖を握る手に、自然と力がこもる。
古代文字は、力を発動した後、時間がたたないと効力が戻らないタイプらしい。
したがって、後を追いかけることはできない。
このまま、学院に戻って報告すれば、きっと、特待処遇は約束されるだろう。それどころか、イェルヒの評価は上がるに違いない。
「……課外活動は苦手なんだ。
肉体労働だって、向いていない。
部屋にこもっていれば、広く知識は集まるから、不便はない。
まだ、勉強すべきことは、ここだけじゃない。他にも沢山ある……」
思わず、今まで来た方向に、顔が向く。
だが。その顔の方向はまだ、踏み出していない領域に続く道に向き直った。
「……なのに、何故、俺は、先に進みたいと思うのか」
心臓が好奇心に震える。
杖を握りなおし、イェルヒは立ち上がった。
そして、先へ進む道に踏み出した。
そんな、彼の熱い思いを、冷やすように、バケツが水とともに降ってきた。
ばしゃん。
運命の残酷さに、イェルヒは静かに耐える。バケツが、イェルヒの頭に当たらなかったのは不幸中の幸いであろうが、そんなのは気休めにしかならない。
ただ、ルークならば、バケツを頭にかぶるというベタな展開にはなっていただろうな、と空想をして、ほんの少しだけ、慰められた。
握り締めていた、地図を確かめる。
丈夫な、紙でできているから、そう簡単には、崩れはしないだろうが……。
地図は、びっしょりと濡れていた。
「ん……?
……なん……だ? コレは」
遺跡の場所が記された地図の端が、『めくれている』。
その地図の下に、何か、神がもう一枚張り付いているようだ。
イェルヒは慎重に、それをめくって剥がしていく。
地図の下には。
地下の存在まで、詳しく書かれた地図があった。
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
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忍び足の心得など、イェルヒには当然ない。
この、音の反響する空間で、何故に気づかれず、ルークをつけることができたのか。
ルーク達が鈍感であったということもあっただろう。
しかし、それ以上に。
びぃよぉーーーーん
「ルぅゥーーーーーーークさまァ!!!!」
どうやら、今度は、ゴムを利用した罠に引っかかったらしい。
ぬらぬらしたもの(ルークが滑った模様から推測して、恐らく油だろう)を避けながら、イェルヒは思った。
尾行対象者が騒がしくてよかった、と。
……反響効果の高いこの場所で、この叫び声を聞かなければいけないのが辛いが。
「うあぁ!」
突如、吸い込まれるような響きが聞こえた。
その声の主は……
「イマツぅうぅうぅう!!」
……そう。ルークの声ではなかったのだ。(当のルークは、声の揺れからして、どうやらまだゴム仕掛けの罠にひっかかっているらしい)
そこに、今度は、バチン、とゴムの切れる音がした。
それに伴うのは勿論。
「ぐぉぁ!」
そして、振動。
間違いない。この、床の下からのものだ。
……変だ。
あまりに、唐突過ぎる。
そして……何故、穴がある?
床は、石で敷き詰められている。先ほどまでの、稚拙な罠では、穴を掘るなどの仕掛けは考えられない。
先ほどの音の反響からして、穴は浅くは無く、その先にはある程度の空間があるようだ。
おかしい。
「この遺跡の特徴は平面性にある」
この遺跡、パジオの資料の書き出しを思い出す。
生命の源である、「種」に対する信仰だそうだ。
地中深くには「死」があり、それが時とともに浮上し、「生」になる。その、「生」の直前の形が「種」である。
その、生と死を孕んだ神秘状態を崇めるという、信仰のゆえに、通常ならば多層構造をとりがちな地下に、珍しい平面構造をとっているというのが、一つの特徴である。
確か、そんなことが書いてあったはずだ。
ただ、この信仰による遺跡は、いくつか発見されている。
パジオはその中でも、とりわけ目立っていない。遺跡の規模は中規模。遺物は、ありきたりなものばかりであり。ご神体である種も、現在ではなんの変哲の無い植物のものであった。
その、遺跡に、何故、更なる『地下』がある?
そんなことは、どこにも記されていなかった。
もし、そんなことが、発見されていれば、パジオは注目されていたはずだ。
鼓動の感覚が早くなる。体温の上昇も確認できる。
今まで追尾していたことを忘れ、イェルヒは早足でルーク達を追った。
しかし、そこには、切れたゴムの残骸と、その付随したなんだかがぶら下がっているだけで、穴など、無かった。
生命力の精霊は、足元から感知されている。
つまり、あの二人は、ここで落ちたのは事実のようだ。
イェルヒは、杖を軽く振った。すると、その杖の先に明かりが灯った。
それを、辺りの壁に照らし、周囲の壁をしばし観察する。
「これは……」
しゃがみこんで壁の下部に見入る。
イェルヒの指の先には「開放」を意味する、一文字の古代文字。
それは、石の模様に紛れて記されており、注意深く見ないと、見逃してしまうものだった。
「何故だ……?」
イェルヒは目を細める。彼の、考え込む時の癖だ。
ただでさえ、普段から目つきが悪いというのに、この時の顔は、さらに凶悪になる。傍から見ると、機嫌が悪いとしか思えないことに、彼はまだ気づいていない。
「……おかしい。
この遺跡に……なぜ、この文字がある?」
自然こそに力があるという信仰の文化の遺跡に、「力ある文字」がある事例など、無い。
そもそも、この自然崇拝文化と、「力ある文字」は、相反する思想だ。共存しているはずがない。
杖を握る手に、自然と力がこもる。
古代文字は、力を発動した後、時間がたたないと効力が戻らないタイプらしい。
したがって、後を追いかけることはできない。
このまま、学院に戻って報告すれば、きっと、特待処遇は約束されるだろう。それどころか、イェルヒの評価は上がるに違いない。
「……課外活動は苦手なんだ。
肉体労働だって、向いていない。
部屋にこもっていれば、広く知識は集まるから、不便はない。
まだ、勉強すべきことは、ここだけじゃない。他にも沢山ある……」
思わず、今まで来た方向に、顔が向く。
だが。その顔の方向はまだ、踏み出していない領域に続く道に向き直った。
「……なのに、何故、俺は、先に進みたいと思うのか」
心臓が好奇心に震える。
杖を握りなおし、イェルヒは立ち上がった。
そして、先へ進む道に踏み出した。
そんな、彼の熱い思いを、冷やすように、バケツが水とともに降ってきた。
ばしゃん。
運命の残酷さに、イェルヒは静かに耐える。バケツが、イェルヒの頭に当たらなかったのは不幸中の幸いであろうが、そんなのは気休めにしかならない。
ただ、ルークならば、バケツを頭にかぶるというベタな展開にはなっていただろうな、と空想をして、ほんの少しだけ、慰められた。
握り締めていた、地図を確かめる。
丈夫な、紙でできているから、そう簡単には、崩れはしないだろうが……。
地図は、びっしょりと濡れていた。
「ん……?
……なん……だ? コレは」
遺跡の場所が記された地図の端が、『めくれている』。
その地図の下に、何か、神がもう一枚張り付いているようだ。
イェルヒは慎重に、それをめくって剥がしていく。
地図の下には。
地下の存在まで、詳しく書かれた地図があった。
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