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2024/11/06 14:55 |
イェルヒ&ジュリア11/イェルヒ(フンヅワーラー)
キャスト:イェルヒ
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
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 湿気を含む冷たい風に頬を弄られ、ようやくイェルヒは我に返った。
 どのくらいの時間が経ったのかは、自身が知る由もない。2、3秒だったのかもしれないし、10分を超えていたのかもしれない。
 なにしろ、意識がとんでいたのだ。
 かろうじて、太陽の高さで、数時間単位ということではないとわかったのが救いだった。

 そーっと、洞窟内部を覗く。
 入り口から3mほどの位置に、トラバサミがぽつんと存在していた。それはまるで、「ぼく、おるすばんしているんだ。えらいでしょ?」という幻聴が聞こえそうなほど、健気に一人で何かを待っている様子だった。
 もちろん、そんな幻聴は聞こえない。いや、聞こえてはいけない。そんな妄想と大差の無い比喩が浮かぶ事態は、既にイェルヒの日常外なのだ。
 そんな幻聴など聞こえてたまるか。イェルヒは痛みで意識を捕まえるように、舌を噛んだ。

 どうやら、馬鹿は既に遺跡に入ったらしい。
 学院発行の地図。それさえ手に入ればいいのだが。
 どうも、この一歩が踏み出せない。
 自分の内にある感覚を、イェルヒは素直に認めた。
 その感覚とは、恐怖だ。

 たった一人で、馬鹿と対面しなければならないのかと思うと……いや、相手は、複数かもしれないという可能性もある……そう思うと、背筋が凍った。

 この信じがたい現状は夢ではないのか。
 そんな無為な願望を抱いてみるが、先ほど噛んだ舌の痛みがまだ残っている。儚い望みは簡単に潰え、また絶望が襲った。

 その数秒後。
 イェルヒは、ようやくまともな選択肢を思いついた。

「……待とう」

 ボランティアの人たちを待とう。それで、事情を説明して……信用されなくても、きっと中にいる不審者を拘束してくれるだろう。そうしたら、学院発行の地図が見つかり……自分を信用してくれるはずだ。身元確認をしてもらえば、証明もできる。
 世の中というものは、常識人に対して真っ当に掛け合えば、大抵の場合ちゃんとした処理が成されるのだ。
 何も相手のフィールドに自ら赴く必然性は無い。こっち側に引きずり出してやればいいだけの話だ。

 ようやく、イェルヒは、自分の世界を取り戻した。
 トラバサミに目を向ける。
 もう、あんな馬鹿げた比喩など思い浮かばない。
 思えば、仕掛けられた罠は、自分の理性を絡め取っていたのだ。それを思うと、恐ろしい罠だったものだ。

 不意に、人の小さな叫び声と、草の擦れる音、枝の折れる音が派手に聞こえた。
 そちらの方向に目をやると、なにやら紙が一枚飛んできた。

 魔術学院の正式印が見えた。

 その不意打ちに一瞬固まった。そして、認識が脳内で処理された時、イェルヒは小さく声を上げ、その紙を追いかけようとした。
 が、その時、声がした。

「私のことはいい! あの地図を追いかけてくれ!!

 爽やかで、生真面目そうな若い声だった。

「は、はいぃ!」

 こちらは、少し頼りなさそうな、高い声。

「命に代えてでも、守ってくれえぇぇぇぁぁぁァァァァ!」

 最後の台詞は、まるで断末摩の叫びのようだった。
 関わるな、と、イェルヒの脳からの強い信号が発したのだろう、気づけば形振り[なりふり]構わず茂みに隠れていた。

 大きなリュックを背負った中肉中背の青年が必死に走って出てきた。その際、ばしゃり、と泥水をまともに踏み、「うぇぁっ」と、小さく叫んだものの、その男は、既に地面に落ちていた魔術学院の正式印のついた地図を拾った。

「ルーク様ぁ! 地図は無事ですぅっ!」

 声を裏返しながらの叫び。そこには、頼りないながらも誠実さだけはあった。
 ……こんな場面では何の意味も持たない誠実さではあるが。

「よくやった! イマツ! ……うわぁ!!!!」

 と、ガサリとか、ドテリだとかいう音がし、それから少しだけ遅れてドゥワンという響く音がした。

「ルぅーーーク様ぁぁぁぁぁーーーーー!!!」

 泣きそうな声を上げながら駆け寄る青年。イェルヒの視界から消えてゆく。

「だ、大丈夫だ。金ダライが落ちてきただけだ」

 金ダライが落ちてくる異常な状況を「大丈夫」とサラリと流している発言に、イェルヒは、釈然としない思いを抱いた。

「こけた拍子に、思わずそこのロープをひっぱってしまって……。
 こんなにも罠を仕掛けて……!」

 その男の怒りは、その乱暴に草を踏みしめる音で分かった。

「お気をつけ下さい、ルーク様! そこには泥水が!」

「それぐらい分かってい……」

 どてばちゃ

 頭から泥水に突っ伏す男性。

「ルぅーーーク様ぁぁぁぁぁーーーーー!!!」

 こう何度も叫ばれると、誠実さがある分だけイラつく原因となってきた。

 口の中に入った泥を、ペッペッ、と吐き出し、そのルークとかいう男はまた、怒りを込めて解説を始める。

「クソォ、兄さんめ! 罠を連動させるとは、卑劣なァ!」

 イェルヒの記憶が確かであれば、泥水地帯付近には、草を結わえた罠は無かったはずである。おそらく、木の根や石で勝手に躓[つまづ]いたのだろう。
 あの発言は、責任転嫁か。照れ隠しか。被害妄想が酷いだけなのか。……イェルヒの予想では、3番目の答えだ。
 イマツと呼ばれた男は、大きなリュックからタオルやら、水筒やらを取り出し、必死でルークの泥を拭ったり、洗い流したりしていた。
 露になったルークの顔は、やや面長ではあるが、鼻筋や眉がスラリと通っており、生真面目そうな目の持ち主であった。
 好感の持てる顔立ちだといえるはずの構成であったが、イェルヒの本来のひねくれた価値観と、そして今までのやりとりで、その顔立ちはむしろ腹の立つ要因にしかなっていなかった。

「ルーク様! あ、あの、ここに『関係者以外立ち入り禁止』と……。
 あ、あとから、関係者がここに来るんでしょうか……」

 情けない声だ。相変わらず誠実さは残っている。正直、不快になってきた。

「安心しろ。調べてある。
 ここは、今、魔術学院関係のボランティアが探索を続けている。
 が、今日は、定休日だそうだ」

 今……何と言ったのか。
 理解したくない単語が、聞こえたような気がする。気がしたことにしてくれ。
 本日、何度目になるか分からない些細な願い事をするイェルヒを他所に、小劇場は続く。

「流石です……! ルーク様! 私など、そんなこと、ここに来るまで、まったく気づきませんで……!」

「いやいや、イマツ。お前が兄から地図を取り戻してくれたからこそ、ここまで追いかけることができたんだ。
 ……しかし、兄さんにも呆れるな。よりにもよって、魔術学院の印を偽造する
とは……。どれだけの罪か、知っていてやっているんだろうか。
 クッ…! 私もどういう運命か、馬鹿な兄を持ったものだ!」

「ルーク様もお大変なのですねぇ……」

「お前には、そんな身内事に巻き込んでしまって、本当にすまないと思っている」

「いえいえ! そんな!! 私は、どんなことでもルーク様についていきます!」

「すまんな。
 ……さぁ、中に入るぞ!」

「はいぃ!」

 遺跡の中へ消える二人。
 数秒後、ガシャン、というトラバサミの作動する音と、叫び声と、悲鳴が聞こえた。
 イェルヒには、そのガシャンという音は、まるで、留守番を終えた子供が喜ぶ声のように聞こえた。……もぉ、聞こえたことにしていいや、と、イェルヒは諦めた。
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2007/02/10 16:44 | Comments(0) | TrackBack() | ●もやしーず
イェルヒ&ジュリア12/ジュリア(小林悠輝)
キャスト:ジュリア
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
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 そろそろ――そろそろ、真面目に考えるべきではあるまいか。
 生物学的かつ物理的に視線で殺す方法。

 とはいえ残念ながら自分には目から怪光線を発するなどという素敵な芸当はできないし、そもそも、そんなことができるのは、人間ではなくて、見ようによっては人間に似ているかも知れない何か別の種族だったような気がする。
 数年前に会った若い吟遊詩人が変なノリでそんな歌を歌っていた。

 物騒な現実逃避をしながら歩いていたジュリアは、ぐえ、とい声とともに、目の前を歩いていたクラークがいなくなったことに気づいて足を止めた。

 彼がいないのは、もうどうでもいいが、灯りがないのは困る。
 今がまだ“最悪”ではないことを――つまりは、まだどん底が待ち構えているということを――暗示するように、光はかすかに届いていた。

 足元から。

「……なんで、穴に落ちてるの」

「なんて恐ろしい罠だ!」

 見下ろすとクラークが、人の身長より少し深いくらいの穴の中で喚いた。大きな穴で、通路の真ん中にぽっかりと開いている。端を通るのに、こういう場所に慣れたものでなければ危うさを感じる程度まで。人為的に掘られたのは間違いないが……

「こんな場所に穴を掘っておくなんて! これはきっと、地図を盗んだ奴が仕組んだに違いない! 我々も巧妙な罠を張ったから、きっとその仕返しだ!」

「言ってることおかしいって、自分でわかってる?
 本当に天然? タチの悪い冗談じゃなくて?」

 遺跡と同じくらい深い穴だと一目でわかる。

「なんで落ちるのかなぁ……」

 ただ穴が開いてるだけで、隠されてもいない。こんなものに落ちる人間がいるとは思わなかった。仕掛けるならば……と、ジュリアが、穴の縁の狭い部分の通路の壁を見ると、とても怪しい穴がいっぱい開いていた。ついでに、地面には怪しい石が埋まっている。

 これを踏むと槍か何かが飛び出してくるらしい。仕掛けが錆びていなければ。

「まったく……これは、なんて陰険な罠なんだ……!」

「っていうか、回りくどい……」

 相手が、罠の本当の意図に気づいているかどうかはだいぶ疑わしかったが、相槌だけは打っておく。それからジュリアは「見たら殺す」と言ってから、縁を回って、穴の反対側まで抜けた。

「ランプ貸して」

「持って逃げない?」

 言われて、そうしてしまおうかと思ったが、無意味ではあった。
 ジュリアは溜め息をつきながら首を振る。地図さえあればそうしてもよかったのだが。

 なにやらべらべらと喋っているクラークの手から重い室内用ランプをもぎ取り、ジュリアはそれを地面に置いた。地面に膝をつくと服が汚れるから、彼自身がよじ登ってくるのには手を貸さない。そんな義理もない。

 大荷物を背負った彼のいる穴の中に、熱湯を注ぎ込む義理ならあるかも知れないが。

 服装が場に適していないのはもう諦めるとして、唯一諦めのつかないヒールの靴で強く地面を叩いて、目印になるわけでもない傷を地面につけると、余計に疲労感が押し寄せてきた。

 今まで、こういうことがなかったわけではない――勿論、遺跡の中で迷う、ということに関してだ。馬鹿に関わった後悔度なら今回がダントツで一位に輝く。
 毎回、なんだかんだて適当に上手くいっているのだから、今回もなんとかなるだろう。

 世の中とはそういうものだ。誰が思っているよりもご都合主義にできている。誰に都合がいいか……それが自分であるか、そうでないか、それだけの違いに過ぎない。
 そして運命の女神は今のところ、いい友だ。

「……それで、この遺跡は、どのくらい大きいの」

 這い上がってきたクラークに問いかける。
 今更すぎる質問に、彼は持ち上げたランプを振りかざして自信満々に答えてきた。

「わからない!」

「せっかくのぼってきたところ悪いけど、もう一度落ちてみない?
 次はランプが割れるかも」

「も、もうすぐ最下層さ!
 もう半分以上来てたりしたりしたりするんだな、これが」

「……?」

 視線を逸らしたクラークの言葉に、何か違和感を感じた。
 だがそれが何なのかわかるよりも早く――彼は背を向けて歩き出していた。

2007/02/10 16:44 | Comments(0) | TrackBack() | ●もやしーず
イェルヒ&ジュリア&リクラゼット13/イェルヒ(フンヅワーラー)
キャスト:イェルヒ
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
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 何をもってして「正しい選択」かを言い切ることができるのかはわからない。
 どんな選択をしても、そこには後悔と確信が絶対に存在し、選択されなかった道には期待と絶望を含んでいる無数の可能性がある。
 そうと分かっていてしても。今、これだけは分かる。

 これは間違った……しかも最低最悪の選択だった。

 あの後、そのまま帰ろうかとも思った。
 が、そうもいかなかった。
 そもそもの目的は、特待生の資格のためだ。
 そして、その為の「人格優秀の定義」のボランティア。

 学院でのイェルヒの立場は、実は肩身の狭いものだった。
 魔術学院は、「広く優秀人材を募る」という言葉を掲げているが、そこは人の集まり。個人個人の偏見は拭えない。そして闘争が、そこにはある。一般的に外れるものは、弾かれやすい。
 エルフ種族。
 理由はそれだけで十分だった。
 入学試験に種族欄がなかったからこそ、特待の枠を勝ち取れた。が、それを快く思わない人はいる。それは、立場の上下を問わずに。

 一度引き受けたボランティアをキャンセルする。重要書類を紛失する。このような失態は絶対にしてはいけない。
 特に、今回は「人格優秀の定義」の強化を図っている。ここでのミスは、絶対に犯してはならない。





 こうしてイェルヒは、この遺跡、パジオに踏み出した。

 それでも、ルーク達と接触しようとは思わなかった。
 興奮状態にあり、思い込みやすい状況にある彼にいくら説得しても、疑われるだけであろう。
 見守るのだ。
 見極めるのだ。
 終わりを。

 明かりをつけず、イェルヒはルーク達の後を付けていた。
 視界は、おぼろげながら、見える。……研究者の言うことでは、光ではなく、熱を感知しているらしいのだが。
 そして、もう一つ。イェルヒには視界を補助する能力があった。

 生命の精霊を頼りに。
 感情に取り巻く精霊を頼りに。
 ルーク達の進路を感じ取る。

 そう、見えるのだ。「精霊」と呼ばれる存在が。先ほどの「熱を感知する能力」も、どうやらここから起因しているらしい。
 イェルヒには……古い風習を守るエルフ族には、その、自然を感知する能力が備わっている。聞くところによると、その習俗を捨てたエルフ族には、その能力が消えてしまっているらしいが。イェルヒは、前者の出身だった。
 通常、その能力を持つものは、自然と交わることによって、その力を成長させる。
だが、イェルヒにはその道を選ぶことができなかった。

 その存在が見えるのにもかかわらず、イェルヒはその存在との交流ができなかった。
 精霊に嫌われている。
 精霊たちのその振る舞いはそのようにしか見えないものだった。

 見えるだけに、それは……

 いや、今はそんな感傷に浸っている場合ではない。
 イェルヒは、その感情を理性という名のナイフで切り捨てる。

 今、自分が選んでいる道は、いわば逃げ道だ。
 系統が理論付けられて構成されている魔術に。
 後悔はある。未練もある。だが、それと同等に、確信と充足がある。

 どんな道でもそれはある。

 では、この、最低最悪に思えるこの道にも、それらはあるのだろうか?
 この、見捨てられた遺跡に、それらはあるのだろうか?

 ……ここに、希望を抱いている者は、その自身が思い描いたものを手に入れることができるのだろうか?

 そう、幻想に限りなく近い夢想を思い描き、イェルヒは、記憶の片隅で、とある人物を思い出した。

 この場所に希望を抱いている者。
 それは、学院にも、確か一人いた。
 二年ほど前のことだ。このパジオに、情熱を抱いている古代言語学の講師がいた。

 あそこには、可能性がある。

 彼はそう言っていた。
 その彼は、もう、学院にはいない。
 何の理由かは知らないが、彼は学院から消えた。

 その講師の名は、確か……。

2007/02/10 16:45 | Comments(0) | TrackBack() | ●もやしーず
イェルヒ&ジュリア&リクラゼット14/リクラゼット(スケミ)
キャスト:リクラゼット
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
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「あたし、古代文字って大好きですよ先生。」

 その微笑が、まるで癒えない傷跡のように記憶を犯している。

 その教え子はサボり癖がひどく、どうやって国立であるソフィニアの魔術学院に入れたのかがとても不思議だった。
 古代文字魔術学教師である自分と、サボり常習犯の教え子。本来ならあまり接点もなく、お互いに顔見知り程度であっただろう。
 しかし、「古代文字」が私たちを結びつけた。それが良かったことなのか悪かったことなのか。もう、彼女がいなくなった今では知る由もないが。

 それを同じくして自分は自分でなくなってしまったのだから。
 
 人を導く立場でありながら、私はこの好奇心に耐えられなかったのだ。厳重に封印された、ソレは自分のことを待っているのだろう、その時確かにそう思った。
 ソレこそが、自分の真相であると。





 「…………む。」

 状況を確認する。目前に見えるのは地面だ。そして彼は今、洞窟の中で地面に突っ伏していた。
 魔力でイメージした蛇を全身の中をくまなく探索させる。

(右上腕部打撲、左上腕部正常、腹部擦り傷による出血。)

 診断しつつも手探りで周囲をまさぐると慣れ親しんだ皮の感触。愛用している魔道書であろう。そこに描くべき文字の容量が膨大なため、その魔道書の大きさはとても大きい。なんたって二メートルある彼の身長の腰ほどまであるのだから。
 彼はそれを支えに何とか立とうとする。背表紙である底辺に付けられている車輪が、からり、とかすかな音をたてた。今の彼は、この魔道書がないと移動すら困難な身体になってしまった。それが、「代償」だ。

「……………。」

 なんとかして立ち上がった彼は、手早い動きで自らの傷に応急処置を施していく。たとえ負った傷が軽傷であろうとも、はやいうちに処置しておかないと命に関わることもあるのだ。
 右腕を簡易構成の魔術で補強し、腹部の傷を処置しようと下を向く。その視界に彼の持ち物の中で唯一の金属がちらり、と鈍く光る。護符とともに首から下げられた金属のプレート。そのプレートには彼のギルドランクと名前が記述されていた。発行日は今から二年前になっている。

 彼の名前はリクラゼット=フォルセス。ギルドに所属する「記術使い」、もしくは「ルーンユーザー」と呼ばれる魔術士である。
 「記術使い」とはその字の如く、「記術使い」、記述した文字や図形を媒体に発動する系統の魔術を好んで使う者のことをいう。一言に「記術」といっても様々な種類がある。それは魔方陣や呪符や護符然り。
 そして、古代文字もこの「記術使い」に分類されている。リクラゼットは、その古代文字を求める偏執的な探求者だ。あまりのそののめりこみっぷりに陰では「ルーンフリーカー」とも呼ばれている。
 古代文字、それは遺産。
 文字自体が強大な魔力を持ち、その文字を記すだけで効力を発揮するという魔術。本来魔術を行使する際、魔術を行うための構成・詠唱は使用時にのみ魔力を帯びるという説がある。しかし、古に作られたその文字は常に自身の持つ構成・詠唱に魔力を帯びさせているらしい。つまりは、その文字が消えないかぎり半永久的に魔術は継続するのだ。
 この魔術の特徴は使用者の魔力に左右されずに力を行使することができる点である。
 ただし、その文字の魔力の影響のせいか記述して記録するのはある特定の方法を用いる以外は不可能。故に主に口述継承が使用されてきた。
 しかし、古代文字の書き方はあまりにも複雑でその結果、正確に口述されなかった古代文字は失われていく。
 現在まで無事に口承で伝えられてきた古代文字は数えるほどしかなく、新たに古代文字を発見する術は古代遺産等から発掘される古代文字が記された「ルーンストーン」と呼ばれるものしかないのが現状だ。

 処置を終えた彼は、自らに怪我を負わせた凶器を確認すべく足元を見る。
 彼の感覚が確かならば何かが唐突に足に絡み付いてきたような気がしたのだが……。
 魔術で強化した目が、暗闇をものともせず足に絡みつく物体を認知する。

「……ロープ。」

 そう、それは何の変哲もないただのロープだった。
 足を躓かせるためだろうかロープは左右の壁に縫い付けられている。単純な罠である。暗闇であることを利用した単純な罠。無論、ランプや魔術などの明かりがある場合はただの障害物である。
 無論、リクラゼットの目は魔術により暗闇をものともしない。しかしながら彼は単純なトラップにひっかかってしまった。
 それは何故か。
 それは

「ぬ。」

 再び歩みを再開しようとした彼の身体がゆっくりと傾く。あまりにも軽いその身体は風の抵抗があるのかないのか、ゆっくりゆっくりと落ちていく。
 そう、彼はまた同じ罠にかかったのだ。ちなみに本日三回目である。

 どんくさい。
 それが彼という人物をあらわす形容詞の一つだ。





 あれはそう。
 学院を出て行くことになる事件から何ヶ月か前のことであろうか。
 学院によって摂取され、見捨てられたこの遺跡……バジオの遺跡に関する話が授業で出た時だ。
 私は私的な研究を積み重ねることにより、バジオの遺跡がある位置に古代の遺跡が存在したという結論を出した。それも未だ古代文字が生活の中で当たり前のように使われていた時代の遺跡だ。
 勿論、バジオの遺跡がそれと言っているわけではない。バジオの遺跡の建築様式は古代文字が存在する時代ものではなく、バジオの遺跡自体にはもう何もないだろう。
 しかし、だ。古代の都市や遺跡には遥か地下にも存在するという記録もある。
ということはバジオの更に地下に古代遺跡が存在するのではないのだろうか。
 そのことを学院側に持ち寄ってみたがめぼしい反応はなかった。それもそうだ。何の後ろ盾もない、ただ古代文字に詳しいだけの一教師が「バジオの遺跡に更に遺跡がある。」などといっても何の説得力もないだろう。
 それに、もう何もないがバジオが貴重な遺跡であることは変わりない。リスクは背負いたくないだろう。
 
 そんなことはわかっている。
 わかっているのに去来する悔しさ、寂しさ。

 そんな気持ちでいたからだろうか。私は授業中に柄でもなく熱っぽく語ってしまった。


 「あそこには、可能性がある。」


 そう、確かに言ったんだ。
 誰もが「そんなわけない。」とでも言いたそうな目を向ける中、なんとも不思議な視線を向ける生徒がいた。
 まるで値踏みするような、見定めるような鋭い視線を。いや、あれは問いかけだったのだろうか。

 何故今更そんなことを思い出すのか、まったくもって不可解だった。


2007/02/10 16:47 | Comments(0) | TrackBack() | ●もやしーず
イェルヒ&ジュリア&リクラゼット15/ジュリア(小林悠輝)
キャスト:ジュリア
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
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「やっと最下層だ!」

 崩れかけた階段は見かけほど崩れていないらしい。そこを降りるクラークの足取りはひどく不安定に見えたが、階段そのものはびくともしなかった。
 勝手に転倒しかけた彼が悲鳴だか奇声だかを上げた。
 擬音にすらできない声がどこまでもどこまでも暗闇に響いていく。見えるはずのないそれを見送るように闇の先を眺めてから、ジュリアは嘆息した。
 彼よりはまだ身軽に半ば瓦礫と化した階段を越す。

「意外と運動できる? お姉さん」

「お前ほどのギャグセンスがないだけ」

「あれ、褒められてる。嬉しーなぁ」

 言っている方もよくわからない返答に、しかしクラークは何故か満足したらしかった。嫌味に気づいていないだけだとしても本人が幸せなら、それはそれでいいだろう。
 何が面白いのかケタケタと笑いながら――背中を向け歩き始めたクラークは、室内用ランプを掲げるように闇に翳して、言った。

「この先から世界の滅びが始まるんだ」

「…………」

 物騒な物言いにジュリアは思わず沈黙する。
 だが我に返るまでに時間は必要なかった。止まりかけた思考は、何の支障もなく再び動き始める。

「……もう一度、言ってもらえる? 奥に何があるか」

「ことあるごとにチャーハンを作りたくなる呪いのナイフ。」

「もう、なんでもいいけどね……」

 そんなものでどうやって世界を滅ぼすことができるのか若干の興味が湧かないでもなかったが、適当に流すことにしておく。

「そしたらお姉さんは下僕にしてあげよう」

「いらない。ってか本気で実行する気なの世界征服?」

「世界征服できそうなものを手に入れたら、とりあえずやるだけやってみないと損だと思うだに」

「……あー、ちょっとわかる」

 得体が知れない上にくだらないナイフ一本では、また話が別だ。
 適当に相槌を打ちながら退屈まぎれの会話は進む。





 いくつもの角を曲がり、通り過ぎ。
 やがて目の前に現れたのは、巨大な両開きの扉だった。

「この奥に宝がある!」

 目の前にあるのは、巨大な両開きの扉だった。材質は――分厚い石か。岩をそのまま削りだしたのかも知れない。この上なく重厚であり、閉ざされたそれを人間の力で開くことは不可能だろう。
 無感動に扉を見上げ、ジュリアは、とても冷静に現実を指摘した。

「……もう開いてるし」

「それはおかしーってやつだぁよ」

 クラークは相変わらず統一できていない言葉遣いで反論しながら、懐から一枚の紙切れを取り出した。ランプの光でそれを見下ろす。そして、彼の表情に混じったのは、わずかな含み笑い――

「この地図だと閉まってるのに」

「地図あるんじゃない!」

 強引に奪い取る。それは手書きの地図だった。かなり精巧に書き込まれている。
 特徴のありすぎる現在地から辿ると、通路の幅までが記憶の通りだ。ご丁寧なことに入り口まで赤線が引かれているのを見て無性に腹が立った。

「お前、さっきは地図ないって! だからこんなところまで来たのに」

「誤魔化したけどー、ないとは言ってないと思ってみたり。
 ホラ、やっぱ嘘はいけないし?」

「盗まれたんじゃなかったの?」

「写しを作っておくのは常識かなー」

「……なんで黙ってたの」

 自然と口調がキツくなる。ジュリアは年齢不詳の男を睨みつけて問いを重ねたが、返ってきたのは軽薄な笑顔と声だった。

「だって、せっかく偶然にA級ハンター見つけたんだから。
 ホントは肉体派の人がよかったんだけど、これはもう、うやむやのうちに無償で手伝ってもらうしかなうわわわぶひゃっ!」

「最低っ、お前サイテーだ!」

 自分でも意外なくらい綺麗な軌道を描いた回し蹴りが、クラークの背負い袋に吸い込まれた。バランスを崩し転倒して背負い袋の下敷きになって変な声で鳴いたそれがもがくのを無視して、ジュリアは――

「…………はぁ」

 ――目の前に口をあける闇と地図を、見比べた。

2007/02/10 16:48 | Comments(0) | TrackBack() | ●もやしーず

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