キャスト:ジュリア
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
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そろそろ――そろそろ、真面目に考えるべきではあるまいか。
生物学的かつ物理的に視線で殺す方法。
とはいえ残念ながら自分には目から怪光線を発するなどという素敵な芸当はできないし、そもそも、そんなことができるのは、人間ではなくて、見ようによっては人間に似ているかも知れない何か別の種族だったような気がする。
数年前に会った若い吟遊詩人が変なノリでそんな歌を歌っていた。
物騒な現実逃避をしながら歩いていたジュリアは、ぐえ、とい声とともに、目の前を歩いていたクラークがいなくなったことに気づいて足を止めた。
彼がいないのは、もうどうでもいいが、灯りがないのは困る。
今がまだ“最悪”ではないことを――つまりは、まだどん底が待ち構えているということを――暗示するように、光はかすかに届いていた。
足元から。
「……なんで、穴に落ちてるの」
「なんて恐ろしい罠だ!」
見下ろすとクラークが、人の身長より少し深いくらいの穴の中で喚いた。大きな穴で、通路の真ん中にぽっかりと開いている。端を通るのに、こういう場所に慣れたものでなければ危うさを感じる程度まで。人為的に掘られたのは間違いないが……
「こんな場所に穴を掘っておくなんて! これはきっと、地図を盗んだ奴が仕組んだに違いない! 我々も巧妙な罠を張ったから、きっとその仕返しだ!」
「言ってることおかしいって、自分でわかってる?
本当に天然? タチの悪い冗談じゃなくて?」
遺跡と同じくらい深い穴だと一目でわかる。
「なんで落ちるのかなぁ……」
ただ穴が開いてるだけで、隠されてもいない。こんなものに落ちる人間がいるとは思わなかった。仕掛けるならば……と、ジュリアが、穴の縁の狭い部分の通路の壁を見ると、とても怪しい穴がいっぱい開いていた。ついでに、地面には怪しい石が埋まっている。
これを踏むと槍か何かが飛び出してくるらしい。仕掛けが錆びていなければ。
「まったく……これは、なんて陰険な罠なんだ……!」
「っていうか、回りくどい……」
相手が、罠の本当の意図に気づいているかどうかはだいぶ疑わしかったが、相槌だけは打っておく。それからジュリアは「見たら殺す」と言ってから、縁を回って、穴の反対側まで抜けた。
「ランプ貸して」
「持って逃げない?」
言われて、そうしてしまおうかと思ったが、無意味ではあった。
ジュリアは溜め息をつきながら首を振る。地図さえあればそうしてもよかったのだが。
なにやらべらべらと喋っているクラークの手から重い室内用ランプをもぎ取り、ジュリアはそれを地面に置いた。地面に膝をつくと服が汚れるから、彼自身がよじ登ってくるのには手を貸さない。そんな義理もない。
大荷物を背負った彼のいる穴の中に、熱湯を注ぎ込む義理ならあるかも知れないが。
服装が場に適していないのはもう諦めるとして、唯一諦めのつかないヒールの靴で強く地面を叩いて、目印になるわけでもない傷を地面につけると、余計に疲労感が押し寄せてきた。
今まで、こういうことがなかったわけではない――勿論、遺跡の中で迷う、ということに関してだ。馬鹿に関わった後悔度なら今回がダントツで一位に輝く。
毎回、なんだかんだて適当に上手くいっているのだから、今回もなんとかなるだろう。
世の中とはそういうものだ。誰が思っているよりもご都合主義にできている。誰に都合がいいか……それが自分であるか、そうでないか、それだけの違いに過ぎない。
そして運命の女神は今のところ、いい友だ。
「……それで、この遺跡は、どのくらい大きいの」
這い上がってきたクラークに問いかける。
今更すぎる質問に、彼は持ち上げたランプを振りかざして自信満々に答えてきた。
「わからない!」
「せっかくのぼってきたところ悪いけど、もう一度落ちてみない?
次はランプが割れるかも」
「も、もうすぐ最下層さ!
もう半分以上来てたりしたりしたりするんだな、これが」
「……?」
視線を逸らしたクラークの言葉に、何か違和感を感じた。
だがそれが何なのかわかるよりも早く――彼は背を向けて歩き出していた。
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
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そろそろ――そろそろ、真面目に考えるべきではあるまいか。
生物学的かつ物理的に視線で殺す方法。
とはいえ残念ながら自分には目から怪光線を発するなどという素敵な芸当はできないし、そもそも、そんなことができるのは、人間ではなくて、見ようによっては人間に似ているかも知れない何か別の種族だったような気がする。
数年前に会った若い吟遊詩人が変なノリでそんな歌を歌っていた。
物騒な現実逃避をしながら歩いていたジュリアは、ぐえ、とい声とともに、目の前を歩いていたクラークがいなくなったことに気づいて足を止めた。
彼がいないのは、もうどうでもいいが、灯りがないのは困る。
今がまだ“最悪”ではないことを――つまりは、まだどん底が待ち構えているということを――暗示するように、光はかすかに届いていた。
足元から。
「……なんで、穴に落ちてるの」
「なんて恐ろしい罠だ!」
見下ろすとクラークが、人の身長より少し深いくらいの穴の中で喚いた。大きな穴で、通路の真ん中にぽっかりと開いている。端を通るのに、こういう場所に慣れたものでなければ危うさを感じる程度まで。人為的に掘られたのは間違いないが……
「こんな場所に穴を掘っておくなんて! これはきっと、地図を盗んだ奴が仕組んだに違いない! 我々も巧妙な罠を張ったから、きっとその仕返しだ!」
「言ってることおかしいって、自分でわかってる?
本当に天然? タチの悪い冗談じゃなくて?」
遺跡と同じくらい深い穴だと一目でわかる。
「なんで落ちるのかなぁ……」
ただ穴が開いてるだけで、隠されてもいない。こんなものに落ちる人間がいるとは思わなかった。仕掛けるならば……と、ジュリアが、穴の縁の狭い部分の通路の壁を見ると、とても怪しい穴がいっぱい開いていた。ついでに、地面には怪しい石が埋まっている。
これを踏むと槍か何かが飛び出してくるらしい。仕掛けが錆びていなければ。
「まったく……これは、なんて陰険な罠なんだ……!」
「っていうか、回りくどい……」
相手が、罠の本当の意図に気づいているかどうかはだいぶ疑わしかったが、相槌だけは打っておく。それからジュリアは「見たら殺す」と言ってから、縁を回って、穴の反対側まで抜けた。
「ランプ貸して」
「持って逃げない?」
言われて、そうしてしまおうかと思ったが、無意味ではあった。
ジュリアは溜め息をつきながら首を振る。地図さえあればそうしてもよかったのだが。
なにやらべらべらと喋っているクラークの手から重い室内用ランプをもぎ取り、ジュリアはそれを地面に置いた。地面に膝をつくと服が汚れるから、彼自身がよじ登ってくるのには手を貸さない。そんな義理もない。
大荷物を背負った彼のいる穴の中に、熱湯を注ぎ込む義理ならあるかも知れないが。
服装が場に適していないのはもう諦めるとして、唯一諦めのつかないヒールの靴で強く地面を叩いて、目印になるわけでもない傷を地面につけると、余計に疲労感が押し寄せてきた。
今まで、こういうことがなかったわけではない――勿論、遺跡の中で迷う、ということに関してだ。馬鹿に関わった後悔度なら今回がダントツで一位に輝く。
毎回、なんだかんだて適当に上手くいっているのだから、今回もなんとかなるだろう。
世の中とはそういうものだ。誰が思っているよりもご都合主義にできている。誰に都合がいいか……それが自分であるか、そうでないか、それだけの違いに過ぎない。
そして運命の女神は今のところ、いい友だ。
「……それで、この遺跡は、どのくらい大きいの」
這い上がってきたクラークに問いかける。
今更すぎる質問に、彼は持ち上げたランプを振りかざして自信満々に答えてきた。
「わからない!」
「せっかくのぼってきたところ悪いけど、もう一度落ちてみない?
次はランプが割れるかも」
「も、もうすぐ最下層さ!
もう半分以上来てたりしたりしたりするんだな、これが」
「……?」
視線を逸らしたクラークの言葉に、何か違和感を感じた。
だがそれが何なのかわかるよりも早く――彼は背を向けて歩き出していた。
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