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2024/11/06 17:46 |
イェルヒ&ジュリア11/イェルヒ(フンヅワーラー)
キャスト:イェルヒ
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
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 湿気を含む冷たい風に頬を弄られ、ようやくイェルヒは我に返った。
 どのくらいの時間が経ったのかは、自身が知る由もない。2、3秒だったのかもしれないし、10分を超えていたのかもしれない。
 なにしろ、意識がとんでいたのだ。
 かろうじて、太陽の高さで、数時間単位ということではないとわかったのが救いだった。

 そーっと、洞窟内部を覗く。
 入り口から3mほどの位置に、トラバサミがぽつんと存在していた。それはまるで、「ぼく、おるすばんしているんだ。えらいでしょ?」という幻聴が聞こえそうなほど、健気に一人で何かを待っている様子だった。
 もちろん、そんな幻聴は聞こえない。いや、聞こえてはいけない。そんな妄想と大差の無い比喩が浮かぶ事態は、既にイェルヒの日常外なのだ。
 そんな幻聴など聞こえてたまるか。イェルヒは痛みで意識を捕まえるように、舌を噛んだ。

 どうやら、馬鹿は既に遺跡に入ったらしい。
 学院発行の地図。それさえ手に入ればいいのだが。
 どうも、この一歩が踏み出せない。
 自分の内にある感覚を、イェルヒは素直に認めた。
 その感覚とは、恐怖だ。

 たった一人で、馬鹿と対面しなければならないのかと思うと……いや、相手は、複数かもしれないという可能性もある……そう思うと、背筋が凍った。

 この信じがたい現状は夢ではないのか。
 そんな無為な願望を抱いてみるが、先ほど噛んだ舌の痛みがまだ残っている。儚い望みは簡単に潰え、また絶望が襲った。

 その数秒後。
 イェルヒは、ようやくまともな選択肢を思いついた。

「……待とう」

 ボランティアの人たちを待とう。それで、事情を説明して……信用されなくても、きっと中にいる不審者を拘束してくれるだろう。そうしたら、学院発行の地図が見つかり……自分を信用してくれるはずだ。身元確認をしてもらえば、証明もできる。
 世の中というものは、常識人に対して真っ当に掛け合えば、大抵の場合ちゃんとした処理が成されるのだ。
 何も相手のフィールドに自ら赴く必然性は無い。こっち側に引きずり出してやればいいだけの話だ。

 ようやく、イェルヒは、自分の世界を取り戻した。
 トラバサミに目を向ける。
 もう、あんな馬鹿げた比喩など思い浮かばない。
 思えば、仕掛けられた罠は、自分の理性を絡め取っていたのだ。それを思うと、恐ろしい罠だったものだ。

 不意に、人の小さな叫び声と、草の擦れる音、枝の折れる音が派手に聞こえた。
 そちらの方向に目をやると、なにやら紙が一枚飛んできた。

 魔術学院の正式印が見えた。

 その不意打ちに一瞬固まった。そして、認識が脳内で処理された時、イェルヒは小さく声を上げ、その紙を追いかけようとした。
 が、その時、声がした。

「私のことはいい! あの地図を追いかけてくれ!!

 爽やかで、生真面目そうな若い声だった。

「は、はいぃ!」

 こちらは、少し頼りなさそうな、高い声。

「命に代えてでも、守ってくれえぇぇぇぁぁぁァァァァ!」

 最後の台詞は、まるで断末摩の叫びのようだった。
 関わるな、と、イェルヒの脳からの強い信号が発したのだろう、気づけば形振り[なりふり]構わず茂みに隠れていた。

 大きなリュックを背負った中肉中背の青年が必死に走って出てきた。その際、ばしゃり、と泥水をまともに踏み、「うぇぁっ」と、小さく叫んだものの、その男は、既に地面に落ちていた魔術学院の正式印のついた地図を拾った。

「ルーク様ぁ! 地図は無事ですぅっ!」

 声を裏返しながらの叫び。そこには、頼りないながらも誠実さだけはあった。
 ……こんな場面では何の意味も持たない誠実さではあるが。

「よくやった! イマツ! ……うわぁ!!!!」

 と、ガサリとか、ドテリだとかいう音がし、それから少しだけ遅れてドゥワンという響く音がした。

「ルぅーーーク様ぁぁぁぁぁーーーーー!!!」

 泣きそうな声を上げながら駆け寄る青年。イェルヒの視界から消えてゆく。

「だ、大丈夫だ。金ダライが落ちてきただけだ」

 金ダライが落ちてくる異常な状況を「大丈夫」とサラリと流している発言に、イェルヒは、釈然としない思いを抱いた。

「こけた拍子に、思わずそこのロープをひっぱってしまって……。
 こんなにも罠を仕掛けて……!」

 その男の怒りは、その乱暴に草を踏みしめる音で分かった。

「お気をつけ下さい、ルーク様! そこには泥水が!」

「それぐらい分かってい……」

 どてばちゃ

 頭から泥水に突っ伏す男性。

「ルぅーーーク様ぁぁぁぁぁーーーーー!!!」

 こう何度も叫ばれると、誠実さがある分だけイラつく原因となってきた。

 口の中に入った泥を、ペッペッ、と吐き出し、そのルークとかいう男はまた、怒りを込めて解説を始める。

「クソォ、兄さんめ! 罠を連動させるとは、卑劣なァ!」

 イェルヒの記憶が確かであれば、泥水地帯付近には、草を結わえた罠は無かったはずである。おそらく、木の根や石で勝手に躓[つまづ]いたのだろう。
 あの発言は、責任転嫁か。照れ隠しか。被害妄想が酷いだけなのか。……イェルヒの予想では、3番目の答えだ。
 イマツと呼ばれた男は、大きなリュックからタオルやら、水筒やらを取り出し、必死でルークの泥を拭ったり、洗い流したりしていた。
 露になったルークの顔は、やや面長ではあるが、鼻筋や眉がスラリと通っており、生真面目そうな目の持ち主であった。
 好感の持てる顔立ちだといえるはずの構成であったが、イェルヒの本来のひねくれた価値観と、そして今までのやりとりで、その顔立ちはむしろ腹の立つ要因にしかなっていなかった。

「ルーク様! あ、あの、ここに『関係者以外立ち入り禁止』と……。
 あ、あとから、関係者がここに来るんでしょうか……」

 情けない声だ。相変わらず誠実さは残っている。正直、不快になってきた。

「安心しろ。調べてある。
 ここは、今、魔術学院関係のボランティアが探索を続けている。
 が、今日は、定休日だそうだ」

 今……何と言ったのか。
 理解したくない単語が、聞こえたような気がする。気がしたことにしてくれ。
 本日、何度目になるか分からない些細な願い事をするイェルヒを他所に、小劇場は続く。

「流石です……! ルーク様! 私など、そんなこと、ここに来るまで、まったく気づきませんで……!」

「いやいや、イマツ。お前が兄から地図を取り戻してくれたからこそ、ここまで追いかけることができたんだ。
 ……しかし、兄さんにも呆れるな。よりにもよって、魔術学院の印を偽造する
とは……。どれだけの罪か、知っていてやっているんだろうか。
 クッ…! 私もどういう運命か、馬鹿な兄を持ったものだ!」

「ルーク様もお大変なのですねぇ……」

「お前には、そんな身内事に巻き込んでしまって、本当にすまないと思っている」

「いえいえ! そんな!! 私は、どんなことでもルーク様についていきます!」

「すまんな。
 ……さぁ、中に入るぞ!」

「はいぃ!」

 遺跡の中へ消える二人。
 数秒後、ガシャン、というトラバサミの作動する音と、叫び声と、悲鳴が聞こえた。
 イェルヒには、そのガシャンという音は、まるで、留守番を終えた子供が喜ぶ声のように聞こえた。……もぉ、聞こえたことにしていいや、と、イェルヒは諦めた。
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2007/02/10 16:44 | Comments(0) | TrackBack() | ●もやしーず

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