キャスト:ジュリア
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
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ひんやりじとじとした遺跡の中を歩きながら、ジュリアは、前を行くクラークの後ろ頭を、どうにか視線で物理的に貫けないものかと思索していた。
鞄の中には一応マトモな物も入っていたらしく、周囲を照らしているのは、彼が持っているランプだ。明らかに室内用であるのが不安ではあるが、屋外用だってそこそこの衝撃を与えれば壊れるのだから、一緒といえば一緒だろう。重量についても、自分が持つのではないから関係ない。
「つまりさ」
湿った空気にへらへらと浮いていくような声でクラークが言い出した。
返事をする前に(するつもりもなかったが)、彼は大仰に両手を広げた。大きな鞄を背負っているせいで、まるで亀が伸びをしたように見える。ランプが動いたせいで、影が揺れた。
「あれだけ待っても来なかったんだから、犯人はこの先にいるに違いないんだ」
一般的には、あれだけしか待たなかった、というべきではなかろうか。
そして彼は幾度目かの角を曲がる。
「なんたって、あれは恐ろしい宝だからね。手にした者だけでなく、その周囲……いや、国ひとつに途方もない災厄をもたらすような!」
「……チャーハンで?」
「そうとも!」
力強い断言で、彼はランプを握った拳を振り上げた。よくもまぁ、あんな重そうなものを振り回せるなと感心しながらジュリアはこっそりと溜め息を吐く。
「この剣に魅入られた者は、いつでもどこでもどんなときでもチャーハンを作りたくてたまらなくなるのさ。そしてその材料を得るためならなんでもするようになる。
全財産を使い果たし、万引きなんてまだ可愛いほうで、強盗から人殺しまで躊躇いなく犯す。そして最後には、調理の火を起こすために自分の家を」
「もういいから、黙れ」
だんだんとどこかで聞いたような話になってきたので、割り込んでおく。ジュリアは頭痛でもしてきたような気分になって額に片手をやりかけたが、爪の間に泥が詰まっているのを見て、顔をしかめた。
クラークは不満そうな表情で振り向いて、
「これから、ひとつの町を一夜にして消滅させた伝説の男が記憶を失い生き残って、優しい娘さんに助けられて数ヶ月間お世話になりつつ、実はチャーハン大王の最後の弟子だった娘さんと料理対決をし、苦難の末に打ち破って、究極のチャーハンを作るために王都へ乗り込む話が」
「聞きたくないから。ワケわかんないし」
「お姉さんて、けっこぉ冷血だったりしたり?」
駄目だこいつ本格的に話が通じない。
昨日も思ったが、やはり、すかっと殴り倒すのがいちばん賢い解決方法だろうか。
だとしたらすぐにでも実行したいが、先行しているのがクラークということは、帰り道を知っているのも彼ということで……
…………いや、ちょっと待て。
一瞬、脳裏を過ぎったとても禍々しい想像に、ジュリアは思わず足を止めた。
スカートの生地が肌に触れる。不快なくすぐったさに気分が沈みかける。
どうしてこんな格好でこんなところにいるのだろうとか、それも問題ではあったが、差し迫って、どうしようもなくどうしようもない大問題が目の前にぶら下がっている。
気のせいだと願うことさえ、昨日から今朝にかけての記憶が許してくれない。
「おい、お前――」
クラーク、と覚えていたが本当にそう名乗られたかどうかはあまり覚えていないため、そして名前を呼んでしまったら、本当に手遅れに(今、何に間に合うのかは知らないが)なってしまいそうだったため、そう呼びかける。
「どしたのだに、お姉さん」
なんでわざわざ変な言葉遣いをするんだ、とか、そのことも問い詰めてみたくないわけではなかったが……
目の前の冴えない男は昨日、傷を盗まれたと言っていた。そして、それを盗んだ人間を捕まえるために今朝、遺跡の前でくだらない細工をしていた。しかも、遺跡を入ってからもたまに、しつこく細工をしていた。
曰く、「これで後から奴が来ても対策ばっちりだ!」
――と、いうことは、だ。
「帰路はわかっている……?」
クラークはへらへらと笑って振り向いた。
下から照らされる軽薄な笑顔が、何よりも恐ろしい言葉を紡ぐ。
「ヤだなぁ、そんな今更」
「死ねッ!」
とりあえずジュリアは、馬鹿の鳩尾にヒールの底を思いっきり叩き込んでやった。避けられたが。
場所:ソフィニア近郊 -遺跡パジオ、内部
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ひんやりじとじとした遺跡の中を歩きながら、ジュリアは、前を行くクラークの後ろ頭を、どうにか視線で物理的に貫けないものかと思索していた。
鞄の中には一応マトモな物も入っていたらしく、周囲を照らしているのは、彼が持っているランプだ。明らかに室内用であるのが不安ではあるが、屋外用だってそこそこの衝撃を与えれば壊れるのだから、一緒といえば一緒だろう。重量についても、自分が持つのではないから関係ない。
「つまりさ」
湿った空気にへらへらと浮いていくような声でクラークが言い出した。
返事をする前に(するつもりもなかったが)、彼は大仰に両手を広げた。大きな鞄を背負っているせいで、まるで亀が伸びをしたように見える。ランプが動いたせいで、影が揺れた。
「あれだけ待っても来なかったんだから、犯人はこの先にいるに違いないんだ」
一般的には、あれだけしか待たなかった、というべきではなかろうか。
そして彼は幾度目かの角を曲がる。
「なんたって、あれは恐ろしい宝だからね。手にした者だけでなく、その周囲……いや、国ひとつに途方もない災厄をもたらすような!」
「……チャーハンで?」
「そうとも!」
力強い断言で、彼はランプを握った拳を振り上げた。よくもまぁ、あんな重そうなものを振り回せるなと感心しながらジュリアはこっそりと溜め息を吐く。
「この剣に魅入られた者は、いつでもどこでもどんなときでもチャーハンを作りたくてたまらなくなるのさ。そしてその材料を得るためならなんでもするようになる。
全財産を使い果たし、万引きなんてまだ可愛いほうで、強盗から人殺しまで躊躇いなく犯す。そして最後には、調理の火を起こすために自分の家を」
「もういいから、黙れ」
だんだんとどこかで聞いたような話になってきたので、割り込んでおく。ジュリアは頭痛でもしてきたような気分になって額に片手をやりかけたが、爪の間に泥が詰まっているのを見て、顔をしかめた。
クラークは不満そうな表情で振り向いて、
「これから、ひとつの町を一夜にして消滅させた伝説の男が記憶を失い生き残って、優しい娘さんに助けられて数ヶ月間お世話になりつつ、実はチャーハン大王の最後の弟子だった娘さんと料理対決をし、苦難の末に打ち破って、究極のチャーハンを作るために王都へ乗り込む話が」
「聞きたくないから。ワケわかんないし」
「お姉さんて、けっこぉ冷血だったりしたり?」
駄目だこいつ本格的に話が通じない。
昨日も思ったが、やはり、すかっと殴り倒すのがいちばん賢い解決方法だろうか。
だとしたらすぐにでも実行したいが、先行しているのがクラークということは、帰り道を知っているのも彼ということで……
…………いや、ちょっと待て。
一瞬、脳裏を過ぎったとても禍々しい想像に、ジュリアは思わず足を止めた。
スカートの生地が肌に触れる。不快なくすぐったさに気分が沈みかける。
どうしてこんな格好でこんなところにいるのだろうとか、それも問題ではあったが、差し迫って、どうしようもなくどうしようもない大問題が目の前にぶら下がっている。
気のせいだと願うことさえ、昨日から今朝にかけての記憶が許してくれない。
「おい、お前――」
クラーク、と覚えていたが本当にそう名乗られたかどうかはあまり覚えていないため、そして名前を呼んでしまったら、本当に手遅れに(今、何に間に合うのかは知らないが)なってしまいそうだったため、そう呼びかける。
「どしたのだに、お姉さん」
なんでわざわざ変な言葉遣いをするんだ、とか、そのことも問い詰めてみたくないわけではなかったが……
目の前の冴えない男は昨日、傷を盗まれたと言っていた。そして、それを盗んだ人間を捕まえるために今朝、遺跡の前でくだらない細工をしていた。しかも、遺跡を入ってからもたまに、しつこく細工をしていた。
曰く、「これで後から奴が来ても対策ばっちりだ!」
――と、いうことは、だ。
「帰路はわかっている……?」
クラークはへらへらと笑って振り向いた。
下から照らされる軽薄な笑顔が、何よりも恐ろしい言葉を紡ぐ。
「ヤだなぁ、そんな今更」
「死ねッ!」
とりあえずジュリアは、馬鹿の鳩尾にヒールの底を思いっきり叩き込んでやった。避けられたが。
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