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2025/11/16 08:34 |
ファランクス・ナイト・ショウ  18/ヒルデ(魅流)
登場:クオド、ヒルデ
場所:ガルドゼンド国内
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「ほう……これは」

 一切れ食べた所で、思わずヒルデの口から感嘆の声が零れた。以前、野で捕
らえた鹿を調理したときには硬い上に臭みがあって正直あまり美味いとも思わ
なかったのだが、今回の昼食に供された鹿肉のステーキはけして硬すぎない程
よい歯ざわりと、付け合せの香草によるものか後味はすきっと爽やか。さらに、
添えられたベーコンの鹿肉とはまた違った食感の存在が、口を飽きさせない。
それは、王侯貴族のそれとはまた違った意味でのご馳走だった。例えるならば
戦を前にした戦士が精をつける為に食す類の。いや、例えどころの話ではない。
確かに、この地には戦火が迫ってきているのだから。

 だと言うのに。

 ちらりと視線を子爵に向けると、偶々目が合った。柔らかい笑みを浮かべ
「お口に合いますか?」と問われたので素直に賛辞を述べると、それはよかっ
たと返事が返ってくる。それを言う姿は何か意図があるようにも、純粋にもて
なせている事を喜んでいるようにも見えた。
 視線を横に移すと、彼の騎士がステーキを小さく丁寧に切り分けて少しずつ
口に運んでいる様子が目に入る。その様子に何かを連想しかけたが、結局それ
が何なのか思い出す事はできなかった。なんとなくほっこりした気持ちを抱き
ながら、さらに視線を動かしていく。
 主の兄は懲りるという言葉を知らないのか、何かと話題を見つけてはヒルデ
に話しかける事をやめようとしない。半ば聞き流しながら不躾にならない程度
に相槌だけ打っているとその内に料理を食べ終わり、だいたいその頃には丁度
話も一区切りがつく。不思議な事に、コルネールの皿は綺麗に空になっていた。
あれだけ喋りながら、――しかも相手に不快感を与えずに――食事までこなす
というのはどういった技術の為せる技なのか……ヒルデには見当も付かなかっ
た。

 食堂を後にし、割り当てられた部屋への廊下を歩きながら様子を伺っている
と、確かに数日前よりは慌しくなってきているような空気を感じられる。

「なぁ、クオド。私は――」

 傍らを歩く騎士に口を開きかけて、ヒルデはそこで言葉を止めた。というよ
りも、どう続く言葉が出てこなかった。

「どうかしました、ヒルデさん?」

「いや……すまない、なんでもない」

 何度か口を開いたり閉じたりしてみたものの結局続く言葉は出てこず、そう
言ってヒルデは強引に会話を打ち切った。
 もう一度、昼食の時の事を思い返してみる。何かがおかしいと思うのに、そ
れが何かが分からない。まるで小さな棘が甲冑の隙間から入り込んだような心
地が、ヒルデをなんとも言えない気持ちにさせた。

「何かあったら呼んでくださいね」

 クオドはヒルデを部屋まで送り届けると、そう言い残して去っていった。基
本的にヒルデの扱いは逗留している客人のそれだ。朝のように自重を求められ
る事もあるものの、今現在このレットシュタインが置かれている状況を考えれ
ばむしろかなり厚遇されていると言っても間違いではない。
 結局のところ、だからこそヒルデは言い様のない居心地の悪さを感じているのかも知れなかった。

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2010/02/20 22:45 | Comments(0) | TrackBack() | ○ファランクスナイトショウ
羽衣の剣 8/デコ(さるぞう)
PC:  デコ、ヒュー
NPC: 商人風の男
場所:  コタナ村→フェンリル→ポッケ海(90-203付近の湖)

――――――――――――――――――――――――


「何でついて来る?」
片眉をピクリと動かしてヒューに視線を送る。
「いけないか?俺はデコが心配になった、だからついて行く」
真面目な表情、からかっている様子は無い。

「心配って、あのなぁ、これでも俺は旅には慣れてる、小僧こそ大丈夫なのか?」
新雪降り積もった街道を一歩一歩踏み締めながら並ぶヒューに話しかける。
もっとも冬の時化て船も出せない田舎道を歩いて旅をするなど
慣れでどうこう言えたりしないのだが。

「俺の生まれは、”北風の向こう”と呼ばれてる、大丈夫」
デコにとってはかすかに聞いたことのある蛮族の地。
お互いに昨日まで語らなかったことを少しづつ語り、知る。

なんだかんだ言いながらも、一人で旅をする危険はデコもヒューも良く知っているのだ。


それは人生も然り、一人では何も出来ない。
出会い、別れ、そして新たに出会う。
それは生きとし生ける者達全ての幸であり業なのだから。


「やっと峠越えか、あとはこの森を抜ければフェンリルだ。」
コナタ村を出て所々に備えられた冬旅用の無人宿を使い二週間
港のある小街フェンリルに到着し、ようやく乗合馬車が使えるようになる。

町並みは少々寂しいが、コタナ村やチヌタナに比べるべくも無く活気があり
足元の雪もかなり少なく歩きやすい。

「さぁて、運命の女神様は俺たちをどこに誘ってくれるんだろうな・・・」
町を見渡しそんな事を呟く。
「坊主、行きたい場所はあるか?」
言いながら荷物を担ぎ直すと横に並ぶヒューに聞く。

「んー、修行だから何処でも。」
素っ気無く返した後、デコと同じように町の様子をゆっくり見渡す若者の姿に
あいかわらず普段は緊張感の無い子だなとデコは苦笑しながら「わかった」と返した。




そして周りに漂う久しぶりの暖かな香りに「まずはメシにするか・・・」
ヒューの肩をポンと叩き、香りの漂う一軒を指を指すと、二人は歩き出した。





+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++





――――堕ちた神々の社――――

ポポル北西にあるポッケ海と呼ばれる巨大な湖に沈む遺跡。
湖の周りは常に霧で覆われ、湖の透明度は高く
数十メートル底に沈む遺跡がはっきりと視認することが出来る。

この遺跡を調査しようとした探検隊も存在し調査を行ったところ
この湖を司る水の精霊達は精霊力が歪んでおり、凶暴化とまでは行かないが
まるで酒精の影響を受けているようだったと語る。

そのため遺跡まで潜る事が出来ず、遺跡は現在も謎に包まれている・・・



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「あんたら冒険者だろ?」
ヒューが手に持った肉に齧り付こうとしたところ、商人風の男に声を掛けられる。

「ギルド登録はしてるが、冒険が本職ではないんだ、他を当たった方が良い。」
食事を邪魔されてちょっと目付きの悪くなったデコが答えると男は多少たじろいだ表情になるが
それでも何かあるのか話を続けようとする。

「ちょっとまって、食事終わったら話聞く。」
ヒューもとりあえずお腹を満たしたいのか男を落ち着かせようと話を向ける。
話を聞いてくれそうな空気をヒューが醸し出した為
男は食事が終わるのを大人しく待つことにしたようだ。




「と、言うわけなんだが、頼めるかい?」
食事を終わったデコとヒューに事情を話し手元の水をグッと空けて一息を吐く男。

「つまり、逃げちまった護衛冒険者の代わりに、ポッケ海までの護衛しろってかい?
そんなもん、ギルド通じて違約金ぶんどって、他の護衛雇えば済む話じゃないか」
追い返すような仕草で手を降るデコ。

「他を雇ってる時間が惜しいんだ
ポッケの水を汲んで戻ってこの船に乗せる荷の護衛だ、悪い話じゃないと思うがね?」


冒険者を探す手間が省けたのが幸いと思ったのか、デコの言葉に一歩も引かない男。



「わーったよ、”相棒”が良いって言うなら引き受けよう」


デコは話を突然振られキョトンとした表情のヒューを見た。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

2010/02/20 22:47 | Comments(0) | TrackBack() | ○羽衣の剣
カットスロート・デッドメン 6/ライ(小林悠輝)
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PC:タオ, ライ
場所:シカラグァ・サランガ氏族領・港湾都市ルプール - 船上
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「ああ……もう、面倒臭いなぁ」
 ライは振り向きざまに投矢を放った。砲門の穴から這い出ようとする海賊の額に命中し、重量と勢いによる反動で頭を仰けぞらせる。「蓋して! そこらへんの箱や樽でいいから!」
 声を上げるが、怯えた乗客は動かない。ライは舌打ちした。その間にも海賊は体勢を立て直し、船内へ乗り込んだ。投矢は既に消え、額に穴を開けたまま、痛みは感じていなさそうだった。乗客たちが悲鳴を上げ、狭い空間を逃げ惑う。
 ライは、戦うには彼らが邪魔だなと思いながらこぼした。「……本当、面倒臭い。なんで船に乗ると必ず海賊に襲われるのさ」
「きみは守り神じゃなくて疫病神だったのか」急に声がしたので横目にすれば、モスタルグィアのエグバートが感心したような表情で海賊を見ていた。
「何、馬鹿なこと言ってるの?」
「あれは万鬼だな。東方のアンデッドだ」
「へぇ」ライは無関心に答えて海賊に向かった。放っておくわけにもいかない。「爪に毒があるぞ」「だから?」背後からの声に問い返し、今まさにその爪を乗客に向けて振り下ろそうとしていた海賊の背に、抜き様の剣で切りつける。実体のない刃は血の気のない肉に食い込み、物理的な傷はつけられないまま、内部の魂か精神だか大体そんなようなものを裂いた。
 刃を通して、腕に何かが絡みつくような手応えがあった。ライはぞっとして剣を引く。
 海賊は糸が切れたように倒れ、動かなくなった。
「あ……あ……?」襲われてた乗客は腰を抜かしたままがたがたと震えている。視線は海賊の骸にあった。ライは、こんなものは何でもないのだと示すように海賊の背を踏みつけた。乗客は怯えた目で顔を上げる。
 ライは言った。「……穴、塞いで。壊れてないところも。たぶん砲はもう使えないからどかしていい。じゃないと、これがまた来るよ」
 乗客はすぐには反応できず、周囲に救いを求める視線を泳がせた。他の乗客たちは何の役にも立たなかったが、神父がやたらと重々しく頷いた。聖職者が言うならと、数人が躊躇いながらも動き出した。
 行動が始まれば早かった。絶対的な危険に対して、自分たちでも何らかの対処を行うことができるのだという希望は、どうやら活力に繋がるらしい。作業の途中で二度、海賊が乱入したが、犠牲者は一名にとどまった。襲ってくる海賊はライが仕方なく倒したが、海賊が突き破った砲門の蓋に板を打ち付けようとしていた者だけは助けられなかった。彼は蓋を裂く爪で頭を共に引き裂かれ、即死だった。
 神父が彼のために祈った。哀れな犠牲者の為というよりは周囲の人々を落ち着かせるためだった。
 ライは剣を消して右の腕をさすった。粘つく糸が絡みついているような気味の悪さがまだ残っている。アンデッドを斬ったことは何度もあるが、何の手応えもないことが常だった。この感触が東方アンデッド特有のものだとしたら、本当、勘弁して欲しい。
「底層は無事みたいだ」と乗客の誰かが言った。「窓もないし、頑丈だから、立て篭れるかも知れない」
「荷は?」エグバートが尋ねた。彼の落ち着きは幾らか憎たらしく感じた。
「小さいのを幾らか、ここの窓を塞ぐのに運び出した。お陰で余裕がある」
 何人かは迷ったが、少しでも完全な場所へ避難したいと求める乗客たちの希望に寄って、彼らは底層へ移動した。がらんとした空間に、波音と甲板の騒ぎが響いている。
 ライは上へ向かった。頭上から、人間の声がほとんど聞こえなくなっていることが気になったのだ。

 階段上に、赤髪の後ろ姿が見えた。
「健闘してるね」
「まあね。手伝いに来たのか?」
 ソムは息を切らしながら問い返してきた。その間にも彼に向かって剣を振り下ろしたのは、護衛仲間の一人だった。嫌に蒼白な肌。顎を掠め、喉元に牙の痕が残っている。ソムは身を翻して躱し、そのまま後退した。「ちょっと休憩」と言って彼は左手を上げる。ライはぱんと掌を合わせて代わりに前に出て、ソムを追おうとした元仲間を斬り倒した。
「って、なんで普通に手伝わせるの!?」
「殺された連中まで起き上がって襲って来やがる。剣で殺せないから一々バラさなきゃいけなくて体力が持たない。ところでそれ魔法の剣か?」
「実は剣じゃないから貸せない。味方は何人残ってる?」
「バラントレイとレットシュタインは残ってるだろうが、後は知らない」
「レットシュタイン?」
「あー、タオ」
「なんでわざわざ長く呼ぶの?」言いながら、新手がソムに襲いかかるのを、横から喉元を裂いて倒す。死体には傷ひとつつけていないが。
「“ちいさくて強いお兄さん”より短いと思うね」ソムはぼやいた。彼は、はあと息を整えた。「よし、サンクス」
「じゃあ頑張ってね。あ、乗客は底層の倉庫に立て篭もってるけど、あの怯えようじゃあ、扉叩いても開けてくれないと思うよ」
「退いたら死ぬってはっきり言えよ!」
「他の人と合流したら?」
「ここ空けたら、ヴァンプが下に雪崩れ込むだろ」ソムは嘆息した。「まったく、戦闘狂は自分が楽しみに行くことにしか興味がなくて困るね。護衛の仕事だって忘れてんじゃないのか」
「じゃあ誰か呼んでくるよ。甲板上に、他に守るところはもうなさそうだし」
 ライは彼の元を離れた。離れる間際、また、他の海賊がライの横をすり抜けてソムに向かって行った。ライは違和感を覚えてその後ろ姿を眺め、船室への出来事を思い返した。他の人間を襲う海賊ばかりを横から倒してきた。直接、襲われてはいない。どころか、海賊たちはこちらに注意を払いもしない。
(……このアンデッド共には、僕は見えていない?)
 ライは近くにいた海賊の目の前にひらひらと手を翳してみたが、海賊は無関心のまますっと余所へ行ってしまった。折角なのでそれを背中からばっさり斬りつけてから、甲板上を見渡した。霧のために見通しは悪い。
 死体が重なり、その幾つかは起き上がろうと身悶えしている。切り落とされた四肢や頭部があちこちに転がっている。灯火は倒れ、幾つかは消え、幾つかは死体や木材に引火し周囲を照らしていた。
 周囲を覆う血と死の臭い。霧となって立ち上る瘴気。
 見上げれば絢爛な夜空だった。無数の星屑、白い満月。
 ライは船員の死体を乗り越えた。そして気づいた。下には乗客だけが残されていた。甲板上に立っているのは数人の護衛だけだ。たとえ、海賊たちが諦めて去ったとして、誰がこの船を陸まで動かすのだろうか?
(船長とか……が、指示すれば、一般人にも船は操縦できるのかな)
 そんなことはないだろう、船は漂流する棺桶に成り果てるだろうと思いながらも、考えずにはいられなかった。考えて、ライは踵を返した。妙な不安を抱きながら船長室へ向かう。
「おや、幽霊詩人殿?」歩く間に声をかけられた。ライは相手を確認せずに答えた。「悪いけど急いでる。――いや、そこから動いちゃいけない理由がないなら、一緒に来て」
 背後から、人の気配が続いた。ライは船長室へ向かった。途中、背後で何度も短い戦いの音がした。
 扉に嵌められた硝子はただ黒く沈黙していた。乱暴に真鍮のノブを回したが、がちゃがちゃと音を立てるばかりだった。
「開けるのですか?」
「そう」ライはノブから手を放し、鍵と思われる部分を蹴りつけた。扉は悲鳴を上げたが、表面を潮に焼かれた木材は存外に上部らしく、びくともしない。
「僕、出港してから一度も、船長なんて見てない。客や護衛には他の偉い船員が挨拶したりしてたし、船員の統括もしてた。大きな船だから、船長が人前に出ることはないのかとも思ってたけど……」
 破裂音がして、鍵が爆ぜた。ライが驚き振り向くと、壊れた扉に掌底を当てたまま、タオが立っていた。ぎいと轢みながら扉が、開いた。中は暗闇だった。
「そういえば、空、見た?」
「霧で見えません。何かあるのですか?」
「……いや、何でもない」言いながら、扉の奥に視線を向ける。タオが背後を振り返り、どさとまた屍が倒れる音がした。
 ライは船長室に足を踏み入れた。暗闇には、熟れたような腐臭と、霧の冷気が満ちていた。一瞬、酷い眩暈に意識を失いかけたが、それでも足を進めれば、奥の異常は明確だった。そこにあるものを、視覚ではない感覚で理解していたが――ライは手を伸ばして卓上灯に火を入れた。
 橙の火に照らし出されたのは、奥の机に座した腐乱死体だった。元は質のよい衣装であった布は腐汁を吸って染まり、食み出た肉は半ば溶け、骨の間を滴っている。爛れた筋肉を蛆が這い、羽化して飛んでは地に落ちる。足元には、無数の蝿の死骸が積み重なっている。
「……」後退りすると、乾いた蝿の死骸ががさと鳴った。目の前にあるのは死体だった。船長室に破られた形跡はなく、死から短くはない時間が経っていると思われた。出航前から。あり得ない。これでは、海賊と、どちらが幽霊船だかわからない。
「幽霊詩人殿」
 外から声を掛けられた。ライは視線だけで振り向いた。状況の不自然さが、腐乱死体に背を向けることを拒ませた。「死んでる」ライは答えた。「死んで、腐ってる」
「……用事は済みましたか?」
「用事」タオの無関心さに苛立を感じながら呟いた。用事。ここに来て、何かをしようと思っていたわけではない。ただ確かめたかっただけだ。船長が生きているのか、いないのか。或いは、実在するのか、しないのか。ついては――ここは船上なのか、棺中なのか。
 それでも、用事などなかったと言うのはなんだか癪で、ライは答えた。「もう少しかかる……けど、さっきソムがへばってたから、先に見に行ってあげて」
「彼はどこに?」
「船室に降りる階段の前で護衛らしいことしてるよ。中には客がいるから」
「……わかりました」
 ソムの気配が遠ざかった。ライは躊躇いながらも、机へ近づいた。蝿の死骸に埋もれて、一冊の本が置かれていた。これが、よく聞く航海日誌というものだろうかと思いながら、ライはそれを手に取った。
 未だ気味の悪さが絡みつく右手。黒点のような死骸を払い、朽ちた黒革の表紙に触れる。
 指先から、凍えるような冷気が伝わった。
 ライは反射的に手を放した。指を縁にひっかけてしまい、本はばさと音を立てて開いた。虫に食われ、腐った羊皮紙。記されているのは、日付と航路、風向きと、やはり、想像していた航海日誌そのものだった。

“――2000 風力3、雲量3以下晴れ、やや波がある
   2030 航海灯異常なし。巡回点検異常なし   ”

 内容には変哲がないように見えた。日付は、八年前だった。
 ライはそのことに気づいて青ざめた。途端に外から風が舞い込み、本の頁がばらばらと捲れた。撒い上げられた蝿が黒い嵐のように荒れ狂った。部屋中の調度が倒れ、風に弄ばれた腐乱死体から肉と汁が飛ぶ。ライは咄嗟に目を庇ったが、実体のない亡霊にそれらの物理的なものが危害を及ぼすことはなかった。染み入るような気味の悪さに目を細める。
 乱れた部屋で、机上の本だけがそのままあった。

   “おお、我が神よ。貴方の言こそ真であった。
     水も尽き、皆は争って死んだ。
      今や生は苦痛に過ぎぬ。我ら罪深き者には死こそが救い。

                 ミランダ、すまない。帰れぬ私を許してくれ。”

 外で、誰かが一際高い悲鳴を上げた。甲板からにしては遠い声だった。
 ライは身を翻して外へ出た。海風はますます強く、霧は深かった。

2010/02/20 22:49 | Comments(0) | TrackBack() | ○カットスロートデッドメン
鳴らない三味線/ストック(さるぞう)
PC   ストック
NPC   カミヤ オオタニ フルイケ メメコ 婆ちゃん
場所  今じゃない時と場所


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ガヤつく雑踏、今じゃない時、此処ではない場所、コンクリートとガラスで出来た街
陽炎を上らせるアスファルト、排気ガスとクラクションの騒音。





此処は今じゃない時と場所の世界・・・・・・




「おーい、ストック~、今度のライブ準備良いか?」
五尺程の四角いケースを肩に掛け隣を歩く黒髪の少年が声をかけてくる。

「うん、大丈夫だよカミヤ、僕のほうは完璧」
にっこりと小首を傾げながらストックと呼ばれた少年は
同じく肩に掛けてあるケースを軽く持ち上げて見せた。

皮製のスリムなパンツに和をモチーフにしたであろう黒いジャケット。
そして端正だがちょっと印象に乏しい顔立ちと纏っている空気は
ライブという言葉があまり似合いそうに無い。


「楽しみだな、今度のライブ。
チケも全部捌けたし、あと心配は新しく作ったあの曲だけだけど。」
カミヤと呼ばれた少年はニコニコとこの週末に行われる箱での演奏を想像しているらしい。

夏休みはもうすぐ、彼等の夏の始まり・・・・・・


そしてストックの永遠の始まり・・・・・・



ストック・ミュー・カワモトは高校2年生。
癖の無い茶色の髪、茶色い目、多少色白の少年。
身長も高いとは言えない、体格も太っていないだけで、筋肉質というわけでもない。
穏やかで静かな性格は敵も作らず
積極的とは言えない行動力は多くの友達を作ることも無かった。

所謂、”影の薄い少年”と言えるかも知れない。






「ねぇ、婆ちゃん、ここ、もっと強く弾く様な方で行きたいんだけど・・・」
ストックが構えた撥(ばち)をシャンと弾きながら尋ねたのは
早くに両親を失った彼を育てたのは今の彼に”三味線”と呼ばれる弦楽器を教えた彼女。

「お前の好きな様にお弾き、御三味(おしゃみ)が全て語ってくれますよ。」
ニコニコと、彼の紡ぎ出す音を聴きながら、そう答える。
ストックが穏やかに育ったのは、彼女のそんな気質からかもしれない。

そして対面に座った彼女は背筋を伸ばし撥を握り
ストックが奏でた旋律と同じ旋律を紡ぎ出す。
同じ旋律なのに、違う音楽に聞こえる・・・
ストックは聴き惚れる。




           御三味にはね



     今迄過ごした時間と思い出が乗るの



           それを紡ぐの



           いつか解るわ




遥か昔に聞いた様な声は、幻なのか、現実なのか、それすら解らない。






「おい!おいったら!ストック?」
揺り起こされる。
自分が今どこに居るのか解らない。

「大丈夫か?もうすぐ時間だぜ?」
赤毛の大きな体格の男が太鼓の撥を片手に肩を揺する。

「ああ、オオタニ君、平気ボーっとしちゃってた。」
読み取ろうとしなければ判り辛い”作った笑顔”。
自分でも誤魔化せたかどうか解らない。

「気合が足りない・・・あと1時間でリハ・・・」
ショルダーキーボードを確認しながら茶髪の小柄な女の子が眼鏡をクイッと上げる。

「そこまで言うなよメメコ、リハーサル前で緊張してんのさ」
カミヤも調弦を確認しながら爽やかに笑う。
彼の場所を制する空気は天性のものなのだろう。

「あーーん?ストックの寝ぼけは今に始った事ぢゃねーじゃん?」
巻き舌&スキンヘッドに鶴と亀のペーパータトゥを貼り付けたフルイケはカラカラ笑う。
自称”小節の回るロックシンガー”らしいが
誰も突っ込まないのは優しさか。




(なんだろう、音が・・・音楽がわからない)
そして、リハーサルが終わった後ストックは違和感を感じていた。

昨日まで、いや、さっき起される前までは”音”が絡み合って”音楽”
を作り出していた。

(でも、違う・・・今迄沢山練習したのに・・・なんだろう、この違和感・・・)
ストックは違和感を感じたまま地下鉄に乗り込んでいった・・・



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2010/03/12 20:00 | Comments(0) | TrackBack() | ソロ
鳴らない三味線 2/ストック(さるぞう)
PC   ストック
NPC   カミヤ (オオタニ フルイケ メメコ) 婆ちゃん
場所  今じゃない時と場所

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電車に乗り込んだ後も、違和感は続く。
つり革に手を掛け、ゴトンゴトンとレールが奏でる音に耳を預ける。
そして何度目かの違和感。

(街が・・・歌っていない?)

直感的にそう思う。
普段なら、音が連なりリズムを奏で、自然と音楽が生まれる。
だけど、違った・・・
ストックの体を流れるリズムが音楽として伝わってこないのだ。

自然と周りを見渡す。

いつもならどこかに一人位ヘッドホンを耳にする若者が居る筈。
しかし、一人もいない。

鼻歌を口ずさむ人も居ない。

車掌のアナウンスすら歪に聞こえてくるような感覚。


酸素が薄くなっていく様な奇妙さに思わず息を大きく吸い込みたくなる。


「×○○~×○○~、御降りの際は~」

ストックは自らが降りる駅名に、ハッと我を取り戻す。
車掌の調子っぱずれのアナウンスに顔をしかめてホームに降り立つ。

ガヤつくホームのベンチに座ると、バックからヘッドホンを取り出し耳に掛け
再生ボタンに手を掛ける。
このボタンを押せば、いつも聞いている”音”が”音楽”となって耳に流れ込むはず。


願いにも近い想いでボタンを押す。


(どうなってるんだろ、買ったばかりだぞこれ)


願い叶わず、”音”はするが”音楽”ではない。
音は飛び、旋律も無く、雑音だけがヘッドホンを通し耳に流れ込む。

故障を願うような思考に自らが傾く事を感じる。
直感はすでに故障などではない事を告げている。
それでも・・・である。

そして
じっとしている訳にもいかず、家路に向う事を決め駅を出た時に
絶望感にも似た確信を得た。



”音楽”が”消えた”のだと・・・




街からは何一つとして音楽が聞こえてこない。

店頭から流れてくるはずの音楽は乱れ。

歩む人々は空ろな目でその音すら耳に入らない様子で。

いつも楽しそうに噴水の前でギターを引いてた男は
街角でギターを抱えたまま座り込んでいる。


(どうなってる?何が起きた?)


焦燥感だけがストックを襲い、ヨロつきながらも自然と駆け出した。


(悪い夢でも見てるのか・・・)

目が回るような感覚、目の前がぼやけ、思考が出来なくなってくる。




!"#$%&''()!"$%&''()(''&%$"#$%&=~|)(''&

思考を呼び覚ますかのような”異音”が携帯電話から響いた事に気が付けたのは
バイブレーター機能が妙な振動をしたおかげか。
電話の表示名は「カミヤ」だった。

「もしもし?」
いくらかの平常心を取り戻しカミヤであろう電話に返事を返す。

「なぁ、気付いたよな?俺だけじゃないよな?」
上擦り、怯えた様な声でカミヤは開口一番問い掛ける。

「うん、変だよ、”音楽”が消えた。」
ストックはなんと表現して良いのか解らなく、そう言った。

「お前は弾いて見たか?・・・俺は・・・・・もういやだよっ!」
かなり取り乱しながら最後は叫ぶカミヤ、普段の明るい彼の様子は全く感じられない。

弾いて見たか?とは無論二人の共通の楽器である三味線の事だろう。

「まだ、ケースに・・・・・」
そう答えたときには携帯電話の向こうの声は途絶え、聞こえるはずのツーツーと言う音

すら只の異音と化している。

「カミヤ?どうしたのカミヤっ?」
切れた電話に向って問いかけても返事が無い事はわかっていても
そうせずにいられなかった。
再びカミヤに繋ごうとしても繋がらない。
他のメンバーにも
登録されてる他の人たちにも・・・


(携帯電話が使えなく?音楽と関連のあるものが全部使えなくなってる?)
あまりにも適当な仮説を立てる。
それに対し殆ど意味の無い確信を持ちながら再び家を目指す。


ガチャリとドアを開け、祖母の居るはずの部屋へ急ぐ。
「婆ちゃん!?」
奇妙な焦燥感にあおられる。
そして、奥にある居間の襖を返事を待たずに開けると
「どうしたんだい?まぁまぁ慌てて・・・今御茶でも淹れるから」
などと、呑気な返事が返ってくる。

ホッと息をついた、なぜか解らないが安心できた。
気を抜いたときにシャランと三味線の音が鳴った様な気がした。

途端に目の前がぼやける。
目の前にいた筈の祖母の影が薄く消えていく様に見えた。
続いて、家具、テーブル、部屋に存在したはずの全てが消えてゆく。

薄れ行くストックの意識と共に・・・・・・



―――――――――――――――――――――――――――――――――――

2010/03/12 20:08 | Comments(0) | TrackBack() | ソロ

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