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2025/11/15 10:57 |
羽衣の剣 3/ヒュー(ほうき拳)
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PC:デコ、ヒュー
NPC:イーネス
場所:コタナ村
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 ヒューは毒を抜くために、静かに神から借りた力を行使する。一般的な司祭や神官とまた違った体系の奇跡で、事前に借りておく必要があるが、祈りの言葉はほとんどいらない。ただし、彼の神の場合剣を媒介にする必要があった。
 剣で軽く腕を切り、少しだけ血を流した。冷たい感触と痛みが走った後に体がすっと痺れが消え体が軽くなる。音も何もない小さな奇跡の力だ。血から毒素を抜くという単純で効果的なこの奇跡はヒューは少し気に入っている。

「なに、やってるんだ!」

 イーネスが戸惑ったようにヒューを見た。彼女は剣士がおかしくなったとしか思えない。けれどヒューは首を振った。

「落ち着け」
「アンタがしろ!」

 落ち着いてるのに、とばかり首を傾げるヒュー。

「まあいい。行ってくる」
「え、ちょっちょっと!」

 さっと初雪を踏むような音を上げて、剣士は熊へと向かった。
 外へでれば、丁度熊の腕神官へ振り下ろそうとした所だった。砂袋では受けきれないだろう。ヒューは雪を軽く踏み、その間へ跳ぶ。空中で爪を受け、きりきりと吹き飛び雪の上を転がった。薪割りの台に叩きつけられて止まる。背中が痛むが背骨は平気のようだ。まだやれる。剣を熊目掛けて構え直す。

 二人の男に囲まれて、熊は戸惑っているようだった。

 その熊目掛けて、ヒューは走り込んだ。いわゆる突きのための動きだ。熊はそれに勝負するかのように四本足で突っ込んでくる。ヒューは頭部を狙うが、熊は体を沈めることによって回避し、剣士の足へと爪を振るう。ヒューは咄嗟に剣から右手を離して跳び上がり足を折る。そして熊の背中を腕で叩き、台がわりにして跳び越える。

 けれど着地はうまく行かず、受け身はとれなかった。雪のおかげで怪我はないが地面か舗装路でこれはやりたくないな。剣士はぼやいた。口に入った雪をはき出し、熊へ再び向かう。

 そしてじりじりとにらみ会う。だれも声を出さない。獣は剣士の瞳を見ていた。剣士もまた目を反らさない。

 雪がまた降り始めた。それが体を叩くと外套を着なかったのが悔やまれた。国がどこの出身だろうと、雪が体温を奪うのは当たり前だ。今頃になって背中が強く痛み始めた。あざにでもなったのだろう。

 しばらく、風と雪の音だけがした。

 遠くから見れば、熊との間にデコが審判のように立っているような構図だった。ちょっとした決闘のようにも見えるだろう。旅先で知り合った画家ならどういう風に描くだろうか。ヒューはそんな連想でなんとか気を紛らわしていた。
 がちがちと歯がなりそうだ。熊は中々の大きさだが怖いとは思っていない。どちらかと言えば寒さのためだった。南方の気質に慣れすぎたのだろうか。

「死ねや!」

 物騒な女の声と同時に、家から矢が飛び出した。けれど雪風に遊ばれて外れてしまう。
 熊がじっと少女の方へ目を向けた。イーネスは喉をひぃっと鳴らして一歩後ずさる。野生動物に襲ってくださいと言わんばかりの表情だった。

「ちっ!」

 少女の方へ熊が来ないようにデコが牽制の砂袋を振るう。しかし、熊はパンっという音ともに袋をはじき飛ばす。狙い澄ましたような一撃で思わず感嘆の息をヒューは上げた。並の戦士より器用だ。

「ディザームっておい」

 武器落としに手を結んで開いてしながら驚くデコ。それを無視して熊は跳躍した。弱い者から潰していくためか、それとも弓がよほど気に触ったのか。吠えながら飛びかかる。

 ヒューはその横から叩き伏せるような斬撃を放った。跳躍の威力と斬撃の一撃がぶつかりあい、互いの体を伝わった。ヒューは押し負けて雪にまた転び、すぐにその勢いで立ち上がる。
 熊の方は一撃をまともに受けて失速し、跳躍は失敗に終わっていた。赤い血が流れだし、喉の奥を荒げている。余計凶暴さを増したようだ。

「しまった」

 手負いの獣にしてしまった。中途半端に傷ついた獣に暴れられると手が付けれない。ただでさえ大熊なのにこれではどうしようもない。

 砂袋をデコがそっと拾う。警戒しながら、家の方へ指を向けた。ヒューは静かに頷いた。
 怒り狂った熊がまた爪を振り降ろす。ヒューはすっと受け流す。しかし、また一撃、また一撃と爪が振るわれる。そして時折混じる牙がヒューに攻撃のリズムを取らせない。人間と戦い慣れているような熊だ。

 その間デコはゆっくりと少女を家の中へ引っ張り、キッチンの暖炉へと走った。火のついた炭を収めている壺ごと取り出す。火傷しそうな熱さだが、手袋が何秒かは押さえてくれる。

「小僧、退け!」

 剣士は答える前に、祈りの言葉を遂げた。剣にはいくつもの小さな魔力の粒がぽつぽつと湧き上がる。そして牙の攻撃が来た時にタイミングを合わせて、剣を地面へと叩きつける。ばっと魔力の粒が爆ぜて、雪を大量にまき散らした。

 熊が一瞬ひるんでいるうちに、ヒューはすっと退いた。それと同時にデコが火の壺を投げつけた。陶器が割れる歯切れのいい音と共に熊の頭部に炎が降り注いだ。 

 咆哮が木々を揺らし、人間達を震え上がらせる。熊は体毛に写った火を消そうともがきながら、やっと人里から離れていった。

 イーネスが安心したように息を吐いた。慣れたのか腰砕けには成らずには済んでいた。
 けれども、ヒューとデコの表情は険しく冷たいものだった。

「あれはまた来る、な」
「ああ」

 寒風と雪の中に二人の言葉は消えていった。

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2010/02/06 03:35 | Comments(0) | TrackBack() | ○羽衣の剣
モザットワージュ - 3/マリエル(夏琉)
PC:マリエル、アウフタクト
場所:魔術学院
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“真面目だねぇ、君。君みたいな歳から論文なんか読んでたら、将来ハゲるよ”

 マリエルは、棟を出て図書館に向かいながら、先ほどハーフエルフの青年にかけられた言葉を思い出して、改めて腹を立てていた。

 さっきは、驚きが先に立ってなんとか受け流したが、一人になって思い返すと、思いかえるほど胃の中がぐっと熱く重たくなるようだった。思わず、先ほど資料室で借りた分厚い資料数冊をぎゅっと胸に抱える。

 マリエルは、学院を目指すことになるまで、ほとんど魔術に触れたことはなかった。コールベルの両親にそのような力はないし、親類縁者に魔法使いもいない。
 魔術学院入試のために父親の知人の魔法使いに、最低限の基礎を教えてもらったのが、マリエルが魔法の力に本格的に触れた最初だった。

 そのような環境だったから、魔術学院に合格したのも奇跡のようなものだと、マリエルは思っている。

 実際マリエルは、入学1年目の頃、幼いころから自然と魔法の力に慣れ親しんでいた級友から、知識面でも技術面でも大きく引き離されていたのだ。
 そんな自分が、現在級友たちになんとかついていけているのは、与えられた課題に対して全力で取り組むようにしているからこそだ…というのがマリエルの現状認識だ。

 ハーフエルフの青年の言葉は、そのような自分のあり方を意地悪く全面的に否定したように、マリエルには感じられた。

 確かに、いま胸に抱えている資料に乗っているような文献は、今のマリエルには難しいものだ。読んでいて、わからない言葉が沢山でてくるし、そもそも本文の意図するところを捉えることすらおぼつかないこともある。
 それでも、わからない言葉1つ1つを調べることで確実に知識は増えるし、わからないなりに以前よりは概要もつかめるようになってきているような気もしているのだ。

 それになにより、自分が魔術学院にくるきっかけとなったベッケラート教授の授業は、少し無理をしてでもしっかり勉強したいと思っていた。

 イライラと考え事をしながら足を動かしていたら、いつもより早足で歩いていたらしい。重たい資料を抱えているにも関わらず、気がついたら、図書館の前まで来ていた。

 魔術学院には、図書館がいくつか点在している。主に、学問領域ごとにわかれていて、立地も図書館によってそれぞれだ。
 授業によっては、学院の敷地内を回って本を借りる必要があり、要領を得ないうちはそれだけで休日がほとんどつぶれてしまうこともあった。

 そしてなにしろ魔術学院という場所だ。マリエルの周りでは、学生には所在地すら知らされていない図書館や、肉眼では見ることのできない図書館すらあるのでは、という噂すらあった。

 マリエルは入口の前で一度立ち止まる。ドアをあけるために資料を抱え直していると、後ろに人の気配がして、ぐっと入口が動いた。
 マリエルが見上げると、マリエルよりも年次が大分上の学生だろうか、明るい髪の色の男性が、ドアを支えてくれていた。

「ありがとうございます」

 マリエルが礼を言うと、男性も頭だけを動かして軽く会釈を返した。



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2010/02/06 03:43 | Comments(0) | TrackBack() | ○モザットワージュ
羽衣の剣4/デコ(さるぞう)
PC:  デコ、ヒュー
NPC: イーネス
場所:  コタナ村

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「イーネス、あの熊は危険、手、出さないで」
熊の危機が一時とは言え過ぎ去った暖炉の前で
ヒューは少し興奮気味な彼女に向って諭すような口調。
彼の分かり辛い表情と対照的なのはイーネス。

「あんたに何が分かるってのさ、あいつは・・・あの獣はっ!」
思い出したくなかった物を、無理やり思い出させられたような苦渋に満ちた表情。
チラリとヒューに視線を流したあと顔を下に向けぎゅっと奥歯を噛み締める。


バチッっと生木の爆ぜる音が部屋を一瞬支配する中
デコは片目を瞑り、髭を弄る  
その視線はイーネスとヒューをゆっくり辿った。

そして
「ちょっといいか?」
と二人の若者の視線を自らに向けさせゆっくりとした口調で言葉を紡ぎ出した。


「とりあえず、だ、イーネス、お前の事情も少しは聞いている、逸る気持ちは分かるが・・・
お前の手に負える相手じゃない。」
再び薪が爆ぜる。
イーネスは憮然とした表情で反論しようとして留まる。
大人の男の視線に少女と呼ばれる年齢の娘が太刀打ちできるはずも無く押し黙る



「小僧」
そう言って今度は視線をヒューに移す。
小僧と呼ばれた事が少し癇に障ったのか、ピクリと片眉が動くが言葉は無い。

「”あいつ”はもう一度来る、陽が落ち切ってから暗闇に乗じて・・・」
視線を暗闇が支配し始めた吹雪く窓の外に向けた。



ガタガタと鳴り止まぬ窓枠と隙間風に揺らぐランプの明かりが不安と緊張を高める


「でもどうする?あれだけでかいと厄介、バルディッシュ司祭の”武器”ダメージ通らない。」
ヒューは自分の装備を確認しながら身に付け始める。

「”デコ”で良い”司祭”もいらない・・・・・・俺達聖職者は”神を信じる人々”の為に在るんだ、神その人の為じゃ無い」
ヒューの質問に答えずただ、それを告げる。
デコにとって司祭などと言う肩書きは邪魔なだけだと言う事をヒューは知る由も無いのだが。

「では、デコ、あなたの武器、貧弱すぎる、熊倒せない。」
名前だけを言い換え、真っ直ぐ視線をぶつけてくる辺りは少年の域を超えようと足掻く姿なのだろう。

「ならお前が倒せば良い・・・いや、倒すのだろう、お前の神に掛けて・・・」
ヒューの剣から漂う”神氣”を感じ取りながら皮鎧を纏う姿を見遣り、告げる。

「あなたは戦わないのか?さっきは飛び出した、戦う意志があるなら戦うべき。」
剣に身を捧げた神官からすれば、戦うのが普通なのだ。
そしてそのまま外への警戒を始める。彼にして見ればそれは普段からの習性なのだろう。




「んん、戦わないとは言わない、”闘争”は司ってはいないがね、生き延びるために”泳ぎ続ける”位は
俺の神様も止めやしないだろうさ。
とりあえず、奴がこの近くに来たら起きる」
言った直後、左手に持った聖印を使い印を切り呪を掛ける。
そして呪と共に周囲に神氣が広がる・・・

「今のは?」
神氣に反応してヒューが問いかけた。

「なに、うちの神様みたいなのは策敵範囲が広くてね、”外敵”って奴への反応はピカイチなのさ
なんせ、”俺達”は臆病なんだ。
何はともあれ、外敵が近くに来ればわかる・・・」
目を閉じその場に座り込むと禅を組みそのまま沈黙する。
外の気配を漏らすまいとしているのが傍目にも伝わるのは司祭としての修練の賜物か。




何時の間にか陽はすっかり沈み吹雪は収まる気配すらない・・・
ヒューは沈黙したデコに合わせるかのように自らも沈黙を選ぶ。
そして剣に語る様な素振りを見せ、そして帯剣をした。


ガチャリと扉の開く音と香ばしい香り
イーネスは暖炉前のテーブル座るヒューに焼いたパンとスープを置く。
「暖かいうちに食べて」
「ありがとう」
感謝の態度を表すとヒューは食事を受け取った。



逃げ去る時に見せた巨大熊の表情を思い出しデコは言われぬ不安に襲われながらも
瞑想に集中する。



心なしか追い詰められたようなイーネスの表情は瞑想する司祭には窺う事は出来なかった・・・
  



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2010/02/08 03:01 | Comments(0) | TrackBack() | ○羽衣の剣
羽衣の剣 5/ヒュー(ほうき拳)
PC:  デコ、ヒュー
NPC: イーネス
場所:  コタナ村

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「神そのものと同一であれ、神の具現者であれ」
 パンを食べながらそんなことをヒューはその言葉を思い出した。

 神に仕えるものというものは、民族の中で神の代行をするものだ。ヒューの父は幼い頃、そう語っていた。彼は神官ではなかったが、役割というものについて厳しい人だった。そのことを思い出す。異教には異教の役割があるのだろう。逃げることも役割であるのだ。おかしいことではない。

 とはいえ、不真面目過ぎるような司祭に加護が与えられるのは少しだけ面白くなかった。

 瞑想している神官をじっと見る。乱してはいけない、特有の雰囲気をだしてはいた。
 ヒュー自身には言うこと、人のため、ということは余り考えつかない。部族に残っている神官達は十分、人のために働いているだろう。それが神の体現だから。だが、自分のようなものは毒にも薬にもならない。そもそも道を説く剣などないのだ。

 そう思いながら少年はパンとスープを交互に食べる。律儀にその順番は変えなかった。

「ねぇ、あんたさ、家族っている?」

 意外とのんきに食べているヒューに暗い表情でイーネスは問い掛けた。思い詰めたような顔のままでじっと互いの顔を合わせた。そしてゆるやかに剣士は静かに頷いた。

 少女はそれを見て、しばらくしてから口を開く。唇の色素は薄く、血が少ないようだった。


「あいつが、みんな殺した。二年も前の話だった。良い家族ってわけでもなかったけどさ。仲も悪かったけど嫌いじゃなかった、うん。」


 パチパチと薪の爆ぜる音が鳴る。火の粉が暖炉からほんの少し吹き出した。ヒューはただ目を逸らさずいちいち頷く。


「親父はさ、山へ入るのは許してもくれないし、母ちゃんはさ、いいとこの嫁へいけとしかいわないし、弟達は姉ちゃんうぜーって態度だし、妹はあたしより女らしいこと全部できるから、すごいくやしかった。でもそんなんでもいたんだよ、家族がさ」


 外は雪が打ち付けられて、静かな物音を上げる。彼らは自分達で作り出した音を吸い込んでしまう。降っているのか降っていないのか、分からない。

「あの熊はさ、小さい頃にさ、あたしが助けちゃったの。大怪我してたのをね。それで半端に人里や街道に現れるようになって……」

 冷たい顔の両目を瞬かせる。そうしてからヒューは口を開け、すぐ閉じた。


「だからさ、あたしがケリを付けなきゃならないんだ、お願い。デコ司祭はあんなんだし、あたしだけじゃ無理だ」


 ぱさんという針葉樹から雪が落ちる音が遠くで、聞こえた。
 ヒューは静かに首を振った。

「そ、そうだよね。そうだよね」

 少女は頭を掻きながら、立ち上がる。そして力任せに暖炉へ薪をぶち込んだ。

「なにいってんだ、あたしは……」
「斬ることは、俺の役目。貴方は、この家を守るだけでいい」

 ぎゅっと剣の柄を握り、少年はほほえんだ。


 スープを空になっていてパンは食べきっていた。チーズがひとかけ欲しかったが、もらい物に文句をつける気はないし、故郷よりは随分いいものだ。

「うまかった。なにこの魚」

 そもそも海産物を食べないヒューには、珍しい者らしい。表情を変えてはいないが、目が生き生きとしているのは、気に入った証拠だろうか。

「雑魚のスープだよ、そんな、たいしたものじゃない」

 ふっと笑いながら、イーネスは少年を見た。ヒューは少しだけ首をかしげた。


「おい、来たみたいだぞ」

 つんっとした潮の匂いがしたような気がした。静かな水音が辺りに伝わる。釣り糸がゆれる程度の不安の波があたりを支配した。
 デコが立ち上がり、村の端の方を刺す。

 ヒューは出しっぱなしだった松明に暖炉から火を付ける。
 デコはさっとそれを奪うと、目で剣を刺した。ヒューはすぐに抜刀し、外へ駆けた。不安そうなイーネスの視線は黙殺した。こういう時、剣士にはどうすればいいかわからない。

「あと、三回か」

 小さな奇跡の回数を剣を握りしめ一人呟いた。あとは手札は実力、そして後ろへ付いてくる神官だけだ。

 雪は冷たく打ち付け、剣士と司祭を家へ押し戻そうとする。
 けれど、二人は引くわけにも行かず、ずんずんと新雪を踏みつぶしていった。




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2010/02/08 03:03 | Comments(0) | TrackBack() | ○羽衣の剣
モザットワージュ - 4/アウフタクト(小林悠輝)
PC:アウフタクト, マリエル
場所:ソフィニア-魔術学院

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 図書館へ足を踏み入れると、微かに紙と黴の匂いがした。アウフタクトは本を抱
えて歩いていく少女に続いて奥へ向かおうとしたが、受付員に呼び止められ足を止
めた。
「あの、卒業生の方ですか? 入館受付をお願いします」
「ああ、はい」
 用紙を受け取り、名前、年齢、性別といった至って平凡な項目を埋めていく。連
絡先で僅かに迷ったが、泊まっている宿の場所を書いた。魔術の取り扱いに関する
簡単な設問に答え規定の入館料を支払うと、入館証は問題なく発行された。
「こちらの入館証は半年のあいだ有効ですから、次回からご提示いただくだけで結
構です」
「そうですか。ありがとうございます」アウフタクトは、その時は連絡先は変わっ
ているだろうなぁと思いながら頷いた。案外、こういった施設の入館手続きはいい
加減だ。学生時代に昼寝のために入り浸っていたからよく知っている。書籍の持ち
出しともなればそうはいかないだろうが……と思ったところで、気づいた。
「……本の借り出しとか、できませんよね」
「申し訳ありません、資料の持ち出しは学生の方のみとなっておりまして」受付は
申し訳なさそうに頭を下げた。アウフタクトは「そうですか」とだけ答えて書架へ
向かった。
 とりあえず資料を探して、図を書き写すか、面倒だったらそこら辺の学生を捕ま
えて借りさせればいいだろう。在学していた当時は、大人しそうな後輩を見つけて、
自分の貸出記録を残したくない本を一緒に借り出させる者は、いた。
 入り口を抜け、一望した光景は昔とさして変わっていないように見えた。古びた
木の書棚が並び、色褪せた背表紙が整然ながらも乱雑に押し込まれている。学院に
は複数の図書館があるが、ここはその中でも最も一般的な、魔術概論や歴史の資料
が蔵められている棟だ。蔵書が他と比べて専門化されておらず、入館基準が甘い為、
最も幅広い年齢層の学生の他、市井の魔術師や学者、時には暇な貴族や冒険者まで
が出入りする。
 館内は今はがらんとしていた。靴の反響音が懐かしい気がして目を細める。埃く
さい空気を循環させる魔術の機構が、天井付近で、羽虫のような微かな音を立てて
いる。そして、一度、はたと翼の音がした。見上げれば、目録帳の棚に文鳥がと
まっていた。
「……コロラトゥーラ」無声音で呼びかけると、鳥は振り向き、小首を傾げた。ア
ウフタクトは小声で続けた。「外で待っていなさい。動物を連れてきてはいけない
ので」
 鳥は、はたはたと羽ばたき、奥へと向かう。アウフタクトは誰にも見られなけれ
ばいいがと思った。階段の手前で案内図で目的の分野の資料がある階を確認し、階
段へ。書架は地下に配置され、深いほど専門性が強くなる。吹き抜けから見下ろす
階下は広く、開放的だ。鳥は翼を広げてゆるやかに降りていく。
 アウフタクトは階段を降り、目的の書架へ向かった。階段で、鳥がちぃと鳴いた。
更なる地下へ誘う様子に、アウフタクトは首を横に振った。どこへ誘おうとしてい
るのかはわかっていた。下層には禁書の収められた閉架があり、そこには嘗て読み
かけで放置したままの本がある。続きを読みたいと、そう思わないではなかったが、
もう何年も前に読んだ本の内容は殆ど覚えていなかった。再び忍び込むことは気乗
りしなかった。一度目は発覚しなかった。二度目はないだろう。
 鳥は幼子のような一途さでじっと視線を注いできていたが、ふいに顔を背けると、
小さな姿は階下へ消えた。アウフタクトは追わなかった。鳥は時折、好きに行動す
るが、決まって半日もせず戻ってくる。
 アウフタクトは踵を返し、書架の番号を眺めながら奥へ向かった。
 目的の資料はすぐに検討がついた。魔力や素質の分類や、それらの測定法や検査
器具の資料は充実していた。“用具の貸出は研究棟受付まで”と記された紙片が棚
の上部に貼られている。
「クロフト式……」呟きながら背表紙に手を伸ばし、ぱらぱらと中身を眺めて書架
に戻す。それらしい図がある本は、他の本の手前に立てかけて、次を探す。暫くそ
れを続けていると、不意に視線を感じた。アウフタクトは手にしていた本を閉じて
からそちらを見た。
 両手に本を抱え、困った顔をした少女が立っている。彼女はアウフタクトと目が
合うと、気まずそうに視線を逸らし、書架の間に去ってしまった。
 アウフタクトは散らかした本を眺め、彼女もおなじ分野に用があったのだろうか
と思った。だが本が必要ならまた来るだろう。たまたまおなじ目的の他人が本を散
らかしていたとして、どくのを一々待っているようでは、レポートや試験の度に貴
重な時間を無駄にすることになる。マナーの悪い学生などいくらでもいるので、対
処には慣れておいた方がいい。と、他人の要らぬ心配をして(それなら、そもそも
自分が散らかさなければいい)、資料探しを再開する。
 クロフト式診断機、と書いてある本を一通り調べ終わった頃、先程の少女が再び
現れた。取り分けておいた資料を集めていたアウフタクトは彼女を横目にし、立ち
去ろうとした。
 そして立ち止まった。本の借り出しはできない。近くにいるのは、気の弱そうな
少女だけだ。
 アウフタクトは振り向いた。「あの、今日、本を借りる予定ありますか?」
「え……あ、はい……?」
 少女は目を丸くして答えた。年の頃は十三歳か一つ上か。十五歳にはなっていな
いだろうというのは――根拠のない勘だった。大人と子供の境界線に、まだ足をか
けてはいないだろうと見えたからだ。その境界線とやらの定義もできないが。色気
がない、とは、身も蓋もない表現だが、そういうことでもある。
「それが、どうかしましたか?」と、少女は問いかけてきた。真面目そうな表情に、
警戒の色が浮かんでいる。アウフタクトは苦笑で場の空気を誤魔化そうとした。
「後輩から本を借りてくるよう頼まれたんですが、学生証がないので本を持ち出せ
ないことを失念していて。迷惑じゃなければ――まあ、迷惑でしょうが、一緒にこ
れ借りてくれませんかね」そして少女が抱えている資料に視線を落とす。少女は勝
手に表紙を覗かれたことに僅かな不快感を滲ませた。
「……そういうの、いいんですか?」
「よくない。けど、お願いします」
 少女は言葉を失った。
 アウフタクトは苦笑した。目的がわからない相手に何を言われても信用できない
に違いない。「ベニントン教授の研究室で、これの」と書名を示す。「再現実験し
てるんですよ。それに本が必要で。代わりにレポートか何かなら手伝いますよ。一
応、大学部には通ってたので……」基礎科目ならまだなんとか覚えている――無理
でも研究室の元少女に押し付ければなんとかなるだろう。
 喋りながら今の自分は不審者そのものだと思ったが、きっと気のせいだ。

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2010/02/08 21:31 | Comments(0) | TrackBack() | ○モザットワージュ

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