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2024/05/17 03:39 |
モザットワージュ - 4/アウフタクト(小林悠輝)
PC:アウフタクト, マリエル
場所:ソフィニア-魔術学院

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 図書館へ足を踏み入れると、微かに紙と黴の匂いがした。アウフタクトは本を抱
えて歩いていく少女に続いて奥へ向かおうとしたが、受付員に呼び止められ足を止
めた。
「あの、卒業生の方ですか? 入館受付をお願いします」
「ああ、はい」
 用紙を受け取り、名前、年齢、性別といった至って平凡な項目を埋めていく。連
絡先で僅かに迷ったが、泊まっている宿の場所を書いた。魔術の取り扱いに関する
簡単な設問に答え規定の入館料を支払うと、入館証は問題なく発行された。
「こちらの入館証は半年のあいだ有効ですから、次回からご提示いただくだけで結
構です」
「そうですか。ありがとうございます」アウフタクトは、その時は連絡先は変わっ
ているだろうなぁと思いながら頷いた。案外、こういった施設の入館手続きはいい
加減だ。学生時代に昼寝のために入り浸っていたからよく知っている。書籍の持ち
出しともなればそうはいかないだろうが……と思ったところで、気づいた。
「……本の借り出しとか、できませんよね」
「申し訳ありません、資料の持ち出しは学生の方のみとなっておりまして」受付は
申し訳なさそうに頭を下げた。アウフタクトは「そうですか」とだけ答えて書架へ
向かった。
 とりあえず資料を探して、図を書き写すか、面倒だったらそこら辺の学生を捕ま
えて借りさせればいいだろう。在学していた当時は、大人しそうな後輩を見つけて、
自分の貸出記録を残したくない本を一緒に借り出させる者は、いた。
 入り口を抜け、一望した光景は昔とさして変わっていないように見えた。古びた
木の書棚が並び、色褪せた背表紙が整然ながらも乱雑に押し込まれている。学院に
は複数の図書館があるが、ここはその中でも最も一般的な、魔術概論や歴史の資料
が蔵められている棟だ。蔵書が他と比べて専門化されておらず、入館基準が甘い為、
最も幅広い年齢層の学生の他、市井の魔術師や学者、時には暇な貴族や冒険者まで
が出入りする。
 館内は今はがらんとしていた。靴の反響音が懐かしい気がして目を細める。埃く
さい空気を循環させる魔術の機構が、天井付近で、羽虫のような微かな音を立てて
いる。そして、一度、はたと翼の音がした。見上げれば、目録帳の棚に文鳥がと
まっていた。
「……コロラトゥーラ」無声音で呼びかけると、鳥は振り向き、小首を傾げた。ア
ウフタクトは小声で続けた。「外で待っていなさい。動物を連れてきてはいけない
ので」
 鳥は、はたはたと羽ばたき、奥へと向かう。アウフタクトは誰にも見られなけれ
ばいいがと思った。階段の手前で案内図で目的の分野の資料がある階を確認し、階
段へ。書架は地下に配置され、深いほど専門性が強くなる。吹き抜けから見下ろす
階下は広く、開放的だ。鳥は翼を広げてゆるやかに降りていく。
 アウフタクトは階段を降り、目的の書架へ向かった。階段で、鳥がちぃと鳴いた。
更なる地下へ誘う様子に、アウフタクトは首を横に振った。どこへ誘おうとしてい
るのかはわかっていた。下層には禁書の収められた閉架があり、そこには嘗て読み
かけで放置したままの本がある。続きを読みたいと、そう思わないではなかったが、
もう何年も前に読んだ本の内容は殆ど覚えていなかった。再び忍び込むことは気乗
りしなかった。一度目は発覚しなかった。二度目はないだろう。
 鳥は幼子のような一途さでじっと視線を注いできていたが、ふいに顔を背けると、
小さな姿は階下へ消えた。アウフタクトは追わなかった。鳥は時折、好きに行動す
るが、決まって半日もせず戻ってくる。
 アウフタクトは踵を返し、書架の番号を眺めながら奥へ向かった。
 目的の資料はすぐに検討がついた。魔力や素質の分類や、それらの測定法や検査
器具の資料は充実していた。“用具の貸出は研究棟受付まで”と記された紙片が棚
の上部に貼られている。
「クロフト式……」呟きながら背表紙に手を伸ばし、ぱらぱらと中身を眺めて書架
に戻す。それらしい図がある本は、他の本の手前に立てかけて、次を探す。暫くそ
れを続けていると、不意に視線を感じた。アウフタクトは手にしていた本を閉じて
からそちらを見た。
 両手に本を抱え、困った顔をした少女が立っている。彼女はアウフタクトと目が
合うと、気まずそうに視線を逸らし、書架の間に去ってしまった。
 アウフタクトは散らかした本を眺め、彼女もおなじ分野に用があったのだろうか
と思った。だが本が必要ならまた来るだろう。たまたまおなじ目的の他人が本を散
らかしていたとして、どくのを一々待っているようでは、レポートや試験の度に貴
重な時間を無駄にすることになる。マナーの悪い学生などいくらでもいるので、対
処には慣れておいた方がいい。と、他人の要らぬ心配をして(それなら、そもそも
自分が散らかさなければいい)、資料探しを再開する。
 クロフト式診断機、と書いてある本を一通り調べ終わった頃、先程の少女が再び
現れた。取り分けておいた資料を集めていたアウフタクトは彼女を横目にし、立ち
去ろうとした。
 そして立ち止まった。本の借り出しはできない。近くにいるのは、気の弱そうな
少女だけだ。
 アウフタクトは振り向いた。「あの、今日、本を借りる予定ありますか?」
「え……あ、はい……?」
 少女は目を丸くして答えた。年の頃は十三歳か一つ上か。十五歳にはなっていな
いだろうというのは――根拠のない勘だった。大人と子供の境界線に、まだ足をか
けてはいないだろうと見えたからだ。その境界線とやらの定義もできないが。色気
がない、とは、身も蓋もない表現だが、そういうことでもある。
「それが、どうかしましたか?」と、少女は問いかけてきた。真面目そうな表情に、
警戒の色が浮かんでいる。アウフタクトは苦笑で場の空気を誤魔化そうとした。
「後輩から本を借りてくるよう頼まれたんですが、学生証がないので本を持ち出せ
ないことを失念していて。迷惑じゃなければ――まあ、迷惑でしょうが、一緒にこ
れ借りてくれませんかね」そして少女が抱えている資料に視線を落とす。少女は勝
手に表紙を覗かれたことに僅かな不快感を滲ませた。
「……そういうの、いいんですか?」
「よくない。けど、お願いします」
 少女は言葉を失った。
 アウフタクトは苦笑した。目的がわからない相手に何を言われても信用できない
に違いない。「ベニントン教授の研究室で、これの」と書名を示す。「再現実験し
てるんですよ。それに本が必要で。代わりにレポートか何かなら手伝いますよ。一
応、大学部には通ってたので……」基礎科目ならまだなんとか覚えている――無理
でも研究室の元少女に押し付ければなんとかなるだろう。
 喋りながら今の自分は不審者そのものだと思ったが、きっと気のせいだ。

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2010/02/08 21:31 | Comments(0) | TrackBack() | ○モザットワージュ

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