件名:
MLNo. [tera_roma_2:0892]
差出人: まっつぁんさん
"周防 松"
送信日時: 2008/07/12 23:34
本文: PC:スーシャ ロンシュタット
NPC:バルデラス 街の人達
場所:セーラムの街 宿屋前の大通り
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あ、悪魔だ!」
どこからか、男の声がした。
――それは、雫といって良かった。
言うなれば、なみなみと水をたたえた湖の上に落ちた、小さな雫。
だがその雫は、自身の大きさをはるかに越えた波紋を広げる。
湖の大きさに比例して、どこまでも、どこまでも。
ざあっと、人々の間に緊張と恐怖が伝染するのを、スーシャは感じ取った。
振り向くと、人々が全員、一人の男に注目している。
注目されているのは、色あせたシャツによれよれのズボンの、農夫とおぼしきやせた
男だ。
男は、震える指でロンシュタットを指差した。
「考えてみろ。全部、こ、こいつが来てから起きたことじゃないか! 仕立て屋の一
家が殺されたのだって、団長がおかしくなったのだって、こいつがこの街に来てから
なんだろう!?」
男は目を見開き、口からつばを飛ばしながらロンシュタットを糾弾する。
「こいつも悪魔なんだ!」
対するロンシュタットは表情一つ変わらない。
これだけ糾弾されれば不快そうな顔の一つもしそうなものだが、『事実ではないから
気にしていない』というよりも、『そもそもこの男に関心がない』というような態度
である。
「そうだわ!」
太った中年女が、自分の子供をぎゅっと抱き寄せながら同調する。
「今まで、この街は何の問題もなかったじゃない! 平和で、安心して暮らしていた
のに、一体どうしてこんなことに……」
平和で、安心して暮らしていたのに――。
その言葉が、スーシャの胸を突き刺した。
朝起きて朝食の仕度をし、夫と子供を起こして食べさせて、掃除と洗濯にいそしみな
がら夕飯の献立に悩み、夜になったら子供を寝かしつけ、夫と少し話をした後で眠り
につく。
退屈ながらも、何事もなく平和に過ぎていく毎日。
何の不安もない、心配事とは無縁な日々。
彼女にとってはそうなのかもしれない。
だが、自分にとっては……。
「悪魔め!」
じわり、と恐ろしいものが伝染していく。
「きっと、さっきのやつの仲間なんだ」
「何もかもこいつのせいだ」
「こいつが街に災いを呼んだんだ」
数人の男が女・子供を後ろにかばうようにして進み出る。
進み出てきたのは、さっきは背を向けて逃げ出した、自警団員達だった。
わけのわからないもの相手に剣を振るうのは怖いが、人間の見た目をしている相手な
ら怖くない、というわけだろうか。
やめて。
やめて。
やめて。やめて。
やめて――。
「や……やめてくださいっ」
スーシャは、一瞬遅れてから、自分が何をしているかを理解した。
ロンシュタットの前に立ち、か細い両腕をピンと広げ、震える足で地面に踏ん張って
いる。
まるで、街の人間から彼をかばうように。
「何をしてるんだ、そいつは悪魔なんだぞ」
スーシャはぶんぶんと首を横に振った。
本当は、「違います」と大声で言いたかったが、いつもいつも黙って耐えてきたせい
で癖がついたのか、どうしても喉が開かなかった。
「どきなさい、危険だよ」
「そうだよ。さ、こっちおいで」
「殺されるかもしれないんだぞ」
ロンシュタットさんは、そんなことしない――。
スーシャは、愕然とした。
彼らは、先ほどのロンシュタットの行動を見ていなかったのだろうか?
水柱に飲まれるスーシャと団長の子供を助け出した、彼の行動を。
街の人を守るためにいるはずの自警団員でさえ、命が惜しいとばかりに逃げ出した、
恐ろしい水柱にただ一人立ち向かった男。
ほめられるべきはロンシュタットだ。
それなのに、怖いものから逃げ出した者が、逆に立ち向かっていった男相手に、どう
して平然と正義ヅラをさらしていられる?
嫌悪感が、ぞわぞわと背すじをはい上がって来た。
「逃げた、くせ、に……」
心の中から押し出されてきた言葉に、唇が震えた。
聞き取れそうにない小さな声だったけれど、自分の気持ちを吐き出したのは、ずいぶ
んと久しぶりだった。
本心をさらけ出すのは、とてもとても怖いことだ。
傷つかないためには、やらない方がいい。
いつの間にか身につけた、彼女なりの処世術。
しかし、もう、止められない。
今言わなかったら、自分は一生後悔する。
「なんだって?」
自警団員の一人に聞き返された瞬間、スーシャの中で何かが爆発した。
「知らないふり、したくせに! 見ないふり、したくせに! 助けてくれなかったく
せに!」
痛いほど、周りがしいんと静まり返った。
自警団員の中には、目をそらす者もいた。
「ロンシュタットさんは、助けてくれたもの。恩人なんだもの……だから、だから、
ののしったら、わたしっ、みんなのこと、軽蔑します!」
たかがちっぽけな小娘が一人、街の人達を軽蔑したところで痛くもかゆくもないだろ
う。
冷静に考えれば、思いあがりも甚だしい台詞だ。
だが――これが偽らざる気持ち、だった。
――もう、この街にはいられない。
スーシャは、覚悟を決めた。
この街を出て、どこか別のところでなんとかやっていこう。
武器を振るって怖いものに立ち向かうほどの強さはないけれど、一人でもちゃんと生
きていけるほどの強さなら、手が届くかもしれない。
自分の足で、しっかり立って、生きる。
それだって、強さの一つに違いない。
――じゃり。
後方から、砂を踏む音がした。
見ると、ロンシュタットがこちらに背を向けて歩き出していた。
その足は、街の外へと向かっている。
気まずいから逃げる、というような歩き方ではない。
仕事を終えた職人が帰宅する時のような、そんな足取りだった。
「あ……」
まだ、ちゃんとお礼を言ってない。
スーシャはロンシュタットの後を追いかけた。
――街の人達がどんな目で自分を見ていたとしても、もう気にならなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
MLNo. [tera_roma_2:0892]
差出人: まっつぁんさん
"周防 松"
送信日時: 2008/07/12 23:34
本文: PC:スーシャ ロンシュタット
NPC:バルデラス 街の人達
場所:セーラムの街 宿屋前の大通り
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あ、悪魔だ!」
どこからか、男の声がした。
――それは、雫といって良かった。
言うなれば、なみなみと水をたたえた湖の上に落ちた、小さな雫。
だがその雫は、自身の大きさをはるかに越えた波紋を広げる。
湖の大きさに比例して、どこまでも、どこまでも。
ざあっと、人々の間に緊張と恐怖が伝染するのを、スーシャは感じ取った。
振り向くと、人々が全員、一人の男に注目している。
注目されているのは、色あせたシャツによれよれのズボンの、農夫とおぼしきやせた
男だ。
男は、震える指でロンシュタットを指差した。
「考えてみろ。全部、こ、こいつが来てから起きたことじゃないか! 仕立て屋の一
家が殺されたのだって、団長がおかしくなったのだって、こいつがこの街に来てから
なんだろう!?」
男は目を見開き、口からつばを飛ばしながらロンシュタットを糾弾する。
「こいつも悪魔なんだ!」
対するロンシュタットは表情一つ変わらない。
これだけ糾弾されれば不快そうな顔の一つもしそうなものだが、『事実ではないから
気にしていない』というよりも、『そもそもこの男に関心がない』というような態度
である。
「そうだわ!」
太った中年女が、自分の子供をぎゅっと抱き寄せながら同調する。
「今まで、この街は何の問題もなかったじゃない! 平和で、安心して暮らしていた
のに、一体どうしてこんなことに……」
平和で、安心して暮らしていたのに――。
その言葉が、スーシャの胸を突き刺した。
朝起きて朝食の仕度をし、夫と子供を起こして食べさせて、掃除と洗濯にいそしみな
がら夕飯の献立に悩み、夜になったら子供を寝かしつけ、夫と少し話をした後で眠り
につく。
退屈ながらも、何事もなく平和に過ぎていく毎日。
何の不安もない、心配事とは無縁な日々。
彼女にとってはそうなのかもしれない。
だが、自分にとっては……。
「悪魔め!」
じわり、と恐ろしいものが伝染していく。
「きっと、さっきのやつの仲間なんだ」
「何もかもこいつのせいだ」
「こいつが街に災いを呼んだんだ」
数人の男が女・子供を後ろにかばうようにして進み出る。
進み出てきたのは、さっきは背を向けて逃げ出した、自警団員達だった。
わけのわからないもの相手に剣を振るうのは怖いが、人間の見た目をしている相手な
ら怖くない、というわけだろうか。
やめて。
やめて。
やめて。やめて。
やめて――。
「や……やめてくださいっ」
スーシャは、一瞬遅れてから、自分が何をしているかを理解した。
ロンシュタットの前に立ち、か細い両腕をピンと広げ、震える足で地面に踏ん張って
いる。
まるで、街の人間から彼をかばうように。
「何をしてるんだ、そいつは悪魔なんだぞ」
スーシャはぶんぶんと首を横に振った。
本当は、「違います」と大声で言いたかったが、いつもいつも黙って耐えてきたせい
で癖がついたのか、どうしても喉が開かなかった。
「どきなさい、危険だよ」
「そうだよ。さ、こっちおいで」
「殺されるかもしれないんだぞ」
ロンシュタットさんは、そんなことしない――。
スーシャは、愕然とした。
彼らは、先ほどのロンシュタットの行動を見ていなかったのだろうか?
水柱に飲まれるスーシャと団長の子供を助け出した、彼の行動を。
街の人を守るためにいるはずの自警団員でさえ、命が惜しいとばかりに逃げ出した、
恐ろしい水柱にただ一人立ち向かった男。
ほめられるべきはロンシュタットだ。
それなのに、怖いものから逃げ出した者が、逆に立ち向かっていった男相手に、どう
して平然と正義ヅラをさらしていられる?
嫌悪感が、ぞわぞわと背すじをはい上がって来た。
「逃げた、くせ、に……」
心の中から押し出されてきた言葉に、唇が震えた。
聞き取れそうにない小さな声だったけれど、自分の気持ちを吐き出したのは、ずいぶ
んと久しぶりだった。
本心をさらけ出すのは、とてもとても怖いことだ。
傷つかないためには、やらない方がいい。
いつの間にか身につけた、彼女なりの処世術。
しかし、もう、止められない。
今言わなかったら、自分は一生後悔する。
「なんだって?」
自警団員の一人に聞き返された瞬間、スーシャの中で何かが爆発した。
「知らないふり、したくせに! 見ないふり、したくせに! 助けてくれなかったく
せに!」
痛いほど、周りがしいんと静まり返った。
自警団員の中には、目をそらす者もいた。
「ロンシュタットさんは、助けてくれたもの。恩人なんだもの……だから、だから、
ののしったら、わたしっ、みんなのこと、軽蔑します!」
たかがちっぽけな小娘が一人、街の人達を軽蔑したところで痛くもかゆくもないだろ
う。
冷静に考えれば、思いあがりも甚だしい台詞だ。
だが――これが偽らざる気持ち、だった。
――もう、この街にはいられない。
スーシャは、覚悟を決めた。
この街を出て、どこか別のところでなんとかやっていこう。
武器を振るって怖いものに立ち向かうほどの強さはないけれど、一人でもちゃんと生
きていけるほどの強さなら、手が届くかもしれない。
自分の足で、しっかり立って、生きる。
それだって、強さの一つに違いない。
――じゃり。
後方から、砂を踏む音がした。
見ると、ロンシュタットがこちらに背を向けて歩き出していた。
その足は、街の外へと向かっている。
気まずいから逃げる、というような歩き方ではない。
仕事を終えた職人が帰宅する時のような、そんな足取りだった。
「あ……」
まだ、ちゃんとお礼を言ってない。
スーシャはロンシュタットの後を追いかけた。
――街の人達がどんな目で自分を見ていたとしても、もう気にならなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
PR
PartyMember:
フェドート・クライ イヴァン・ルシャヴナ ヴァージニア・ランバート
Stage:
ガルドゼンド王国南部・フォイクテンベルグ
Turn:
ヴァージニア・ランバート(01)
――――――――――――――――
空は抜けるほどに青くて、そのことがヴァージニアをさらに苛立たせていた。
あの時も空は高く遠く澄み、眼前の男の髪は鮮やかな金。
君は一生を人任せで送るつもり? まだ若いのにご苦労なことだね。
そう言った男は挑発的に笑った。今でもあの眼を覚えている。
「きゃー助けてー」
表情が見えなくとも声だけでわかるほど、男はその状況を楽しんでいた。
通行人は足を止めない。ちらりと視線を向けても素通りしていく。巻き込まれたくないのもあるだろうが、この悲鳴では切迫感もないのだろう。そしてその緊張感のなさは意外な効果を生んだ。
若干の苛立ちは想定内だが、同時になんだか馬鹿らしくなってくるのだ。
「何やってんのかしら、わたし……」
ヴァージニアは溜め息を一つ吐くと、拘束を解かないままに宙を見つめた。
"年の頃は二十四、五。金髪で長身、カフール風の派手な服装をした優男"
この条件に当てはまる人間が何人もいるとは思えない。しかしこの男の片腕は明らかに金属質の義腕で、捕獲対象の身体条件としてはやや特異すぎる。服の陰に隠された剣も素人が取りまわしやすい長さではない。条件を聞き逃したとは思えないが、単に言い忘れただけ(という形で後から面倒な条件が発覚することは過去にもままあった)かもしれず、断定するにも開放するにも決め手に欠けるのがすっきりしなかった。
「依頼主のところまで付き合ってもらうわ。人違いならそこで開放」
「違うのに連れてくの? それって誘拐だよ」
「そうね。でも潔白が証明できていいんじゃない?」
"年の頃は二十四、五。金髪で長身、カフール風の派手な服装をした優男"
頭の中で反芻する。この男に会うまで一度としてそんな風貌を見たことがない。カフール風の服装というだけでも滅多にお目にかからないが、その上金髪となると。
「ぼくが逃げたら?」
「無傷で逃がすほど優しくないの」
このままここにいても埒が明かない。左の金属腕にするりと絡み付き、拘束を解く代わり脇腹に幅広の短剣を突き付けた。一連の流れの間に愛用のフランベルジュを背負う。
至近距離なら薄い鎧を貫くくらいの殺傷技術はあるつもりだ。そしてなにより移動に際してさっきほどは目立たない。口に出さなくとも自覚できる程度に短剣を押し付け、改めて腕を組み直した。より自然に見えるように。
面白がっているのか観念したのか、フェドート・クライを名乗った男は軽く身を捩っただけで本気で逃げるそぶりは見せなかった。話が早くていいことだ。
「坊やもこの子に何か用?」
帰るように声をかけてからも変えるそぶりを見せなかった男に声をかける。
上から自分たちを見ていた男は、降りてきてから殆どこちらを見ていなかった。観察対象はフェドート・クライを名乗った男、ということなのだろう。
「用ならこっちの仕事が終わってからにしてね。なんなら付いてくる?」
返事も待たずに歩き出したが、数歩歩いたところで隣の男が立ち止った。
「あ、やっぱり行く必要無いかも」
「証拠ないなら連行」
「うん、それで思い出したの。おねーさんもギルドに登録してそうだし、身分証の検分って出来るよね?」
空いた右手で懐を探る男に一瞬空気が張り詰める。取り出したのはカードタイプの登録証。書かれた名前はフェドート・クライ。
「ほらー、みてみてー」
こちらに差し出される前に読み取れた名前に頭を抱える。ギルドに偽名で登録する人間は昔からいるが、この有名な名でAランクまで登れるのは一握りだ。ということは「黒騎士」か「竜眼の」? いずれにせよ手に負える相手ではない。
「偽名でご婦人を騙していない証拠にはならないけど……」
軽く眼を伏せ、ヴァージニアは首を横に振った。そして両手を肩の高さに挙げて見せる。
「負けよ。悪かったわ」
「わーい」
解放されて楽しそうにはしゃぐ男に肩を竦め、ふわりと揺れる髪を掻き上げた。どこからともなく煙草を取り出し、柔らかい唇で銜え込む。ヴァージニアに向きなおったフェドートは小首を傾げた。
「どこかで会った?」
「さあ、どうだったかしら」
ヴァージニアは答えながら点火石で火を点け、目を細める。
本当にどこかで会っているかもしれない。でも少なくとも彼はこの格好ではなかったろうし、お互い名乗ってもいないのだろう。フェドート・クライの名なら忘れない。
改めて正面から見ると、なるほど確かに貴族風の風貌をした隻腕の青年だ。以前会ったフェドート・クライを名乗る男は義腕を使っていなかったが、奴も義腕を使い始めたせいで見つからなかったのかもしれないなと宙を見る。
ふっと笑って視線を戻すと爬虫類のような左目に気付いた。名前と合わせて記憶に残すには十分だ。
「あなたは“竜眼の”?」
「わあぼく有名人だったんだ。おねーさんは?」
「ヴァージニア」
「えーと……“紅蓮の”」
「そう呼ぶ人もいるわね」
煙を燻らせながら路地の壁に背を預け、視界の端に映った青い男に声をかけた。
「それで、坊やはどうするの?」
移動を示唆したにもかかわらず、青い男は立ち去っていなかった。ついてくる気があったかどうかまではわからない。
「あ! 丁度いいところに!」
通りの向こう側から声が上がり、手を振りながらこちらへ駆けてくる女性が一人。見覚えがある、名前は覚えていないがたしか冒険者ギルドの受付嬢だ。息を切らしているが足が遅い。なんとなく無言になって彼女を待ちながら、謎のフードの男の返事を聞きそびれたなと視線を投げた。本人に動いた様子がないのに影が揺れたような気がしたのは気のせいだろうか。
「はあ、はあ、急ぎの知らせが今届いたんですよ。“紅蓮の”ヴァージニア・ランバートさんですよね?」
「……わざわざ探してまで呼び出される覚えはないわね」
「封書なので私も内容の方はちょっと。すぐに見つかってよかったですよ。しかし、華やかですねえ!」
意味が分からず彼女の視線を追うが、彼女はヴァージニアとフェドート・クライと謎のフードの男とを見比べていた。
「私、Aランクの方が三人揃っているのって初めてで!」
「……私も初めてよ」
なるほど、謎のフードの男もAランクハンターらしい。さっきフェドートの登録証は確認したし、ヴァージニアも一応Aランクを持っている。
「お揃いでお仕事中なんですか? 実はSランク・Aランク限定の依頼が入っているんですけどよかったらギルドでお茶でも」
「いただくわ」
「ぼくもギルドに向かってたんだよ」
フェドートが人懐っこく笑うと、受付嬢はしばし固まる。おそらく見惚れたのだろう。返事をしないもう一人に強引に向き直り声を張り上げたのは、緊張をごまかそうとしてのことなのかもしれない。
「“蒼烈の彗星”イヴァン・ルシャヴナさんもいらっしゃいますよね!」
ヴァージニアはイヴァンという男の声をまだ聞いていなかった。喋るか無視か興味があって、ぼんやりと見守る。
しばらく沈黙が続いて、受付嬢があわあわと動揺し始めた。イヴァンは何を考えているのかわからない。フェドートは面白そうに目をキラキラさせている。
「旦那、どうなさるんで?」
……誰? 男の影が不自然に揺れた。
イヴァンは口を開いていないし、聞いた覚えのない声だ。
「あんまり嬢ちゃんを困らせるもんじゃありませんぜ」
今度ははっきりと影が動く。
ヴァージニアは躊躇なくしゃがみこんで、影に向かって声をかけた。
「あなたがしゃべってるの?」
「フィル・パンドゥールと申しまさあ。あっしのことは気にしないでおくんなせぇ」
気にするなと言われても。こんなに興味を刺激されることはそうそうない。
「おもしろーい!」
「やだ、面白いわ……」
フェドートとヴァージニアがほぼ同時に声を上げた。なんとなく視線を合わせ、なんとなく意味深に笑う。
状況が呑み込めずにおたおたする受付嬢をよそに、フェドートとヴァージニアはイヴァンの背中を押すように歩き出した。目的地はとりあえず近くのギルド支部。
「何か用があるんでしょ? 一緒に行けばいいじゃない」
「フィルくんも一緒に行くよね」
「あっし? もちろん旦那とはたとえ火の中水の中、ですがね」
「わー、フィルくん忠義者ー」
イヴァンは目立った抵抗はしなかった。ただ、歩きながら背に手を当てようとすると、その手を避けるようにほんの少し前を歩くのがおかしくてヴァージニアは笑った。
結局、ギルドで受け取った急ぎの手紙は依頼の破棄だった。指輪を持って逃げたと思っていた男は、南の方で首飾りを買って帰ってきたらしい。しかも指輪のことを聞くと夫人の引き出しの一つから見つけ出してみせたのだそうだ。だから男を探す必要もなくなって、でも手間をかけさせたからと報酬の三割を振り込んでおくという。
「なにそれ」
貰えるというなら貰っておく。だが手に入れるつもりだった金額には若干遠い。
ヴァージニアは読み終わった手紙を適当に破り捨て、不思議な縁でここにいるフェドートとイヴァンに向き直った。
「こっちの仕事はおしまい。新しい仕事探さなきゃね」
――――――――――――――――
フェドート・クライ イヴァン・ルシャヴナ ヴァージニア・ランバート
Stage:
ガルドゼンド王国南部・フォイクテンベルグ
Turn:
ヴァージニア・ランバート(01)
――――――――――――――――
空は抜けるほどに青くて、そのことがヴァージニアをさらに苛立たせていた。
あの時も空は高く遠く澄み、眼前の男の髪は鮮やかな金。
君は一生を人任せで送るつもり? まだ若いのにご苦労なことだね。
そう言った男は挑発的に笑った。今でもあの眼を覚えている。
「きゃー助けてー」
表情が見えなくとも声だけでわかるほど、男はその状況を楽しんでいた。
通行人は足を止めない。ちらりと視線を向けても素通りしていく。巻き込まれたくないのもあるだろうが、この悲鳴では切迫感もないのだろう。そしてその緊張感のなさは意外な効果を生んだ。
若干の苛立ちは想定内だが、同時になんだか馬鹿らしくなってくるのだ。
「何やってんのかしら、わたし……」
ヴァージニアは溜め息を一つ吐くと、拘束を解かないままに宙を見つめた。
"年の頃は二十四、五。金髪で長身、カフール風の派手な服装をした優男"
この条件に当てはまる人間が何人もいるとは思えない。しかしこの男の片腕は明らかに金属質の義腕で、捕獲対象の身体条件としてはやや特異すぎる。服の陰に隠された剣も素人が取りまわしやすい長さではない。条件を聞き逃したとは思えないが、単に言い忘れただけ(という形で後から面倒な条件が発覚することは過去にもままあった)かもしれず、断定するにも開放するにも決め手に欠けるのがすっきりしなかった。
「依頼主のところまで付き合ってもらうわ。人違いならそこで開放」
「違うのに連れてくの? それって誘拐だよ」
「そうね。でも潔白が証明できていいんじゃない?」
"年の頃は二十四、五。金髪で長身、カフール風の派手な服装をした優男"
頭の中で反芻する。この男に会うまで一度としてそんな風貌を見たことがない。カフール風の服装というだけでも滅多にお目にかからないが、その上金髪となると。
「ぼくが逃げたら?」
「無傷で逃がすほど優しくないの」
このままここにいても埒が明かない。左の金属腕にするりと絡み付き、拘束を解く代わり脇腹に幅広の短剣を突き付けた。一連の流れの間に愛用のフランベルジュを背負う。
至近距離なら薄い鎧を貫くくらいの殺傷技術はあるつもりだ。そしてなにより移動に際してさっきほどは目立たない。口に出さなくとも自覚できる程度に短剣を押し付け、改めて腕を組み直した。より自然に見えるように。
面白がっているのか観念したのか、フェドート・クライを名乗った男は軽く身を捩っただけで本気で逃げるそぶりは見せなかった。話が早くていいことだ。
「坊やもこの子に何か用?」
帰るように声をかけてからも変えるそぶりを見せなかった男に声をかける。
上から自分たちを見ていた男は、降りてきてから殆どこちらを見ていなかった。観察対象はフェドート・クライを名乗った男、ということなのだろう。
「用ならこっちの仕事が終わってからにしてね。なんなら付いてくる?」
返事も待たずに歩き出したが、数歩歩いたところで隣の男が立ち止った。
「あ、やっぱり行く必要無いかも」
「証拠ないなら連行」
「うん、それで思い出したの。おねーさんもギルドに登録してそうだし、身分証の検分って出来るよね?」
空いた右手で懐を探る男に一瞬空気が張り詰める。取り出したのはカードタイプの登録証。書かれた名前はフェドート・クライ。
「ほらー、みてみてー」
こちらに差し出される前に読み取れた名前に頭を抱える。ギルドに偽名で登録する人間は昔からいるが、この有名な名でAランクまで登れるのは一握りだ。ということは「黒騎士」か「竜眼の」? いずれにせよ手に負える相手ではない。
「偽名でご婦人を騙していない証拠にはならないけど……」
軽く眼を伏せ、ヴァージニアは首を横に振った。そして両手を肩の高さに挙げて見せる。
「負けよ。悪かったわ」
「わーい」
解放されて楽しそうにはしゃぐ男に肩を竦め、ふわりと揺れる髪を掻き上げた。どこからともなく煙草を取り出し、柔らかい唇で銜え込む。ヴァージニアに向きなおったフェドートは小首を傾げた。
「どこかで会った?」
「さあ、どうだったかしら」
ヴァージニアは答えながら点火石で火を点け、目を細める。
本当にどこかで会っているかもしれない。でも少なくとも彼はこの格好ではなかったろうし、お互い名乗ってもいないのだろう。フェドート・クライの名なら忘れない。
改めて正面から見ると、なるほど確かに貴族風の風貌をした隻腕の青年だ。以前会ったフェドート・クライを名乗る男は義腕を使っていなかったが、奴も義腕を使い始めたせいで見つからなかったのかもしれないなと宙を見る。
ふっと笑って視線を戻すと爬虫類のような左目に気付いた。名前と合わせて記憶に残すには十分だ。
「あなたは“竜眼の”?」
「わあぼく有名人だったんだ。おねーさんは?」
「ヴァージニア」
「えーと……“紅蓮の”」
「そう呼ぶ人もいるわね」
煙を燻らせながら路地の壁に背を預け、視界の端に映った青い男に声をかけた。
「それで、坊やはどうするの?」
移動を示唆したにもかかわらず、青い男は立ち去っていなかった。ついてくる気があったかどうかまではわからない。
「あ! 丁度いいところに!」
通りの向こう側から声が上がり、手を振りながらこちらへ駆けてくる女性が一人。見覚えがある、名前は覚えていないがたしか冒険者ギルドの受付嬢だ。息を切らしているが足が遅い。なんとなく無言になって彼女を待ちながら、謎のフードの男の返事を聞きそびれたなと視線を投げた。本人に動いた様子がないのに影が揺れたような気がしたのは気のせいだろうか。
「はあ、はあ、急ぎの知らせが今届いたんですよ。“紅蓮の”ヴァージニア・ランバートさんですよね?」
「……わざわざ探してまで呼び出される覚えはないわね」
「封書なので私も内容の方はちょっと。すぐに見つかってよかったですよ。しかし、華やかですねえ!」
意味が分からず彼女の視線を追うが、彼女はヴァージニアとフェドート・クライと謎のフードの男とを見比べていた。
「私、Aランクの方が三人揃っているのって初めてで!」
「……私も初めてよ」
なるほど、謎のフードの男もAランクハンターらしい。さっきフェドートの登録証は確認したし、ヴァージニアも一応Aランクを持っている。
「お揃いでお仕事中なんですか? 実はSランク・Aランク限定の依頼が入っているんですけどよかったらギルドでお茶でも」
「いただくわ」
「ぼくもギルドに向かってたんだよ」
フェドートが人懐っこく笑うと、受付嬢はしばし固まる。おそらく見惚れたのだろう。返事をしないもう一人に強引に向き直り声を張り上げたのは、緊張をごまかそうとしてのことなのかもしれない。
「“蒼烈の彗星”イヴァン・ルシャヴナさんもいらっしゃいますよね!」
ヴァージニアはイヴァンという男の声をまだ聞いていなかった。喋るか無視か興味があって、ぼんやりと見守る。
しばらく沈黙が続いて、受付嬢があわあわと動揺し始めた。イヴァンは何を考えているのかわからない。フェドートは面白そうに目をキラキラさせている。
「旦那、どうなさるんで?」
……誰? 男の影が不自然に揺れた。
イヴァンは口を開いていないし、聞いた覚えのない声だ。
「あんまり嬢ちゃんを困らせるもんじゃありませんぜ」
今度ははっきりと影が動く。
ヴァージニアは躊躇なくしゃがみこんで、影に向かって声をかけた。
「あなたがしゃべってるの?」
「フィル・パンドゥールと申しまさあ。あっしのことは気にしないでおくんなせぇ」
気にするなと言われても。こんなに興味を刺激されることはそうそうない。
「おもしろーい!」
「やだ、面白いわ……」
フェドートとヴァージニアがほぼ同時に声を上げた。なんとなく視線を合わせ、なんとなく意味深に笑う。
状況が呑み込めずにおたおたする受付嬢をよそに、フェドートとヴァージニアはイヴァンの背中を押すように歩き出した。目的地はとりあえず近くのギルド支部。
「何か用があるんでしょ? 一緒に行けばいいじゃない」
「フィルくんも一緒に行くよね」
「あっし? もちろん旦那とはたとえ火の中水の中、ですがね」
「わー、フィルくん忠義者ー」
イヴァンは目立った抵抗はしなかった。ただ、歩きながら背に手を当てようとすると、その手を避けるようにほんの少し前を歩くのがおかしくてヴァージニアは笑った。
結局、ギルドで受け取った急ぎの手紙は依頼の破棄だった。指輪を持って逃げたと思っていた男は、南の方で首飾りを買って帰ってきたらしい。しかも指輪のことを聞くと夫人の引き出しの一つから見つけ出してみせたのだそうだ。だから男を探す必要もなくなって、でも手間をかけさせたからと報酬の三割を振り込んでおくという。
「なにそれ」
貰えるというなら貰っておく。だが手に入れるつもりだった金額には若干遠い。
ヴァージニアは読み終わった手紙を適当に破り捨て、不思議な縁でここにいるフェドートとイヴァンに向き直った。
「こっちの仕事はおしまい。新しい仕事探さなきゃね」
――――――――――――――――
PC マレフィセント、フレア
NPC リノ、宿屋の女将、盗賊ギルドからの男、他宿屋の旅人
PLACE 宿屋の食堂
------------------------------------------------------------------------
そして、一夜が明けた次の日。
******
宿屋の食堂。
窓の向こう側からけたたましい鶏とロバの叫びが、家の中にまで響いている。だが誰もそんな些細なことに頓着などしていない。
「……………」
宿屋の朝は夕食時と同じぐらい煩かった。
眠りから目覚めた旅人達、起きるだけで一騒動を起こす傭兵達。朝の宿屋は夜にもおとらずに騒々しい。そこかしこで朝食の取り合いが起こり、屈強な男達が宿屋の女将に朝飯の量でいちゃもんをつけている。
そんな騒がしくも賑やかな朝の風景の中で、一人腕組をしてじっと静寂を保っている男が一人。穏やかな微笑みが似合う彼の表情は、深い憂いに彩られていた。朝食が揃うテーブルに腰掛けて、食べるでもなく石像のようにじっとしている。彼の視線は階段の二階、旅人達の寝室のほうへ向けられている。憂いは、部屋の中で閉じこもる一人の少女へ。
『δδαー』
その横で、大きな皿を垂直に立てている少女がいた。三つめのスープ皿をたいらげて、皿をテーブルに戻す。皿の横幅は少女の顔とほぼ同じで、口の周りには今飲み干したばかりのかぼちゃスープのヒゲができている。真っ赤な頭巾を羽織っているため周囲には悪魔だと気がつかれていないものの、隣のテーブルの旅人達は先ほどから不安そうにリノを見つめている。何も手をつけていないリノの朝食の行方を心配しているらしく、マレが新しい皿に手を伸ばすたびにハラハラと彼の顔へ危険のメッセージを送っている。
「……………」
『σー』
ちなみにテーブルに用意されていたメンバー分のスープを全部平らげてしまっていたのである。そのまま次は、とマレフィセントはテーブルの上を凝視しはじめる。獲物を見つめる瞳は瞳孔が針のように細まり、人ならざる存在であることを象徴している。その魔の瞳に映る白い湯気。にわかにマレフィセントの表情が凄みを帯びる。そうして、ほっこりと暖かい胡桃のパン(三個)に手を伸ばした次の瞬間―…
「ほらほら!お嬢ちゃんばっかり食べるんじゃないよ!」
『ασ!』
パンとマレフィセントの直線の間に、突如異物が降ってきた。びっくりしたマレフィセントは慌てて手をひっこめる。マレの指がパンの入ってるかごに届く寸前に、テーブルに垂直落下してきたのは青々とした葉をつけたままの橙色の果実がはいった籠だった。
「まったく!あんたのところの子供はそこいらの傭兵どもよりも大喰いだねぇ!!」
「…あぁまったくだ」
辛抱強く開かない扉を眺め続けていたリノは、諦めたように視線を戻して女将の発言に肩をすくめた。籠の中から艶やかな果実を一つもぎ取り、顔に近づける。爽やかな酸味と甘みが香りからもよく伝わった。マレは早くもふんふんと鼻をひくつかせてこちらを伺っている。
「あんた、もう一人連れがいただろ?黒髪の可愛い子が」
「それを待っていたんだが…どうもこっちの子は待ちきれないようだ」
女将と会話しながらも、リノは果実の皮をむき始める。その僅かな間さえ我慢ならなかったのか、むけた皮をマレがあーんと口を開いてせがんできた。
「こらこら、そのままだと美味しくないよ」
それを見ていた女将が、おおすぎるほどに付属しているエプロンポケットからごそごそと一つの菓子袋を取り出す。リノがむいている果実と同じもののようだが、飴色に褐色ししぼんでいる。蜂蜜にでも漬けてあるのか、きらきらと果実の周りに沈殿している液体が輝きを放つ。
「売り物ではないのか?」
宿屋のカウンターで、愛想のよい看板娘が旅人達にすすめている菓子の一つ。伝統的な方法で丁寧に作られたそれは、この周辺の食べ物屋でも多く見かけることができ、旅人にも人気が高い。
「もちろん売り物さ、銅貨3枚」
女将の根性に苦笑いしながらも、リノは懐から銅貨を取り出す。女将はにこやかに銅貨を受け取ると、袋をマレフィセントの口に落とす仕草をした。もちろん女将はマレフィセントが手で受け取るものだと思っていたし、大きな口を開けっ放しにしているマレをみて、つい何気ない仕草をしてみただけだったが、
ばくっ
「…ってお嬢ちゃん!?」
「…マレ…」
見事、釣り餌を飲み込む魚のように一口で袋ごと菓子を平らげてしまう。
リノの席の周辺は、女将、リノ、不幸にも現場を目撃した幾人の旅人達によって硬く凍り付いてしまった。
******
フレアを激情させ、マレを助けた男。
リノは現段階では静観の立場を取る事にした。どんなに悪者であったとしても、リノはまだその所業を知らないし、それに彼は一応マレを助けてくれたのだ。もし仮に旅の障害として立ちふさがるのならば、剣を取るまでのこと。ただ、フレアがいつ自分の殻から出てきてくれるのかが―
「おい」
と、思考にふけっていると、後ろから呼びかけられた。リノは後ろを振り向く。
「…?」
見たことのない男だった。年の頃は三十前後、ありていな旅人の服装に特徴はない。肌はややくすんでいて、フードを被せた顔の中から覗いてくる瞳の色は赤に近い茶色だった。
どの街にも一人ぐらいはいそうな、平凡な顔立ちの男。リノがざっと記憶を洗っていると、男はすばやく口を開いた。
「初対面だ」
「そうか、見覚えないわけだ。で、何のようかな?」
男はさきほどより、やや声音を潜めて答える。
「…ギルドに悪魔の情報を買う、といったのはお前か?」
「あぁ」
リノは数日前に、この街の盗賊ギルドに潜入し悪魔の情報を探した。表に出ない情報や物品が当然のように流通している裏のギルドならば…と入ってみたものの、さすがに盗賊ギルドにもそんな話題はそうそうないのか、せっかく社会の暗部へ足を踏み入れたにも関わらず空振りに終わっていた。
「信頼できる筋かね?確証や情報の保障は?」
「百聞よりも一見してみるがいい」
リノが情報を確かめようと矢継ぎ早に質問をすると、男はあっさりと言葉を返し、懐から布にくるまれた棒状のものを出した。
「…待て、貴様…これはどこから手に入れた?」
一級品の絹で出来たと思われる鮮やかな青布を見た瞬間、リノは一気に表情を変えた。男が取り出した棒状のものはまだわからないが、それを包む聖なる布はリノにとって見慣れている品物だった。
「ある盗賊が『これじゃ売り物にもなりやしない』と持ってきた。いくら外側の聖布が上質の魔道具でも、中身は呪いの品かもしれんものを引き取る酔狂な客はいなかったようだ」
男が淡々と説明する。手に持つそれはちょうど小刀ほどの大きさで、布地は端からぼろぼろとほつれていた。かなりの年代物だが、聖なる加護を与えられたその色は時さえ寄せ付けないとあって、色鮮やかな色彩を今も保っている。
「中身は」
「もう封印は掛かっていない。こちらの魔術師に開錠させた」
リノが躊躇している間にも、男は構いなく布を取り払った。
「?」
果たして何が出るかと身を硬くしたリノだったが、一目それを見ると拍子抜けしてしまった。思わずぽかんと開いた口が塞がらない。
「…木、いや木炭か?」
「聖戦の時の異物だそうだ、なんでもこの世のものでは―」
男の話が途中も途中だったその時、二人の間に怖ろしいほどのスピードで割り込んだ影。
「!」
「マレ!?」
男が驚愕に身を引き、リノの膝上に乗りかかってそれを奪い取った。赤いフードが取れそうになるのをリノが慌てて被せなおしている間にも、マレフィセントはそれをまじまじと見つめている。
ふと、木炭のように黒ずんでいたものに青い光の筋が入った―…ような気がした。リノが思わず目を細めるがそこにはただの黒い板切れがあるだけだった。
「…おい…」
男のやや狼狽した声に、リノは男のほうを見る。男もリノと同じ光を見たのか、目をしばたたかせこちらに説明を求めている。マレといえばそんな二人など意中にないかのように、板切れを両手で大切そうに包み込んだ。そのまま胸まで持っていき、瞼を閉じる。その様子を黙ってみていたリノだったが、男に向き直り、
「…これを見つけたのはどこだかきいているか?」
「大陸の南、辺境ハルバートよりもさらに南の海にせり出した岬の聖堂跡地だそうだ」
「…辺境ハルバート…」
リノは絶句する。名前しか知らぬ辺境のさらに奥地だと聞き、さすがのリノでも軽く眩暈を起こしかけた。
思わず顔を手で覆って嘆息する。
「…到着するまで何年かかるのやら」
「それよりいくらで買うんだ、品は見せたぞ。ギルドにかけて質は保証する」
一体それは何のかさえ解からないが、マレの反応を見るに思わぬところでマレの家族に繋がる品物かもしれない。リノは懐から銀貨を七枚取り出した。が、男は不満そうに鼻をならした。
「金貨はないのか」
「…うむ、仕方ないな」
二人がやりとりしている間も、マレは動かず、ただその欠片を握り締めていた。瞼の裏に伝わる映像に心を馳せる。
******
夜明けと悲鳴、剣戟の音が歌のように響いてる。炎と十字架が、手を取り合って踊っているように舞い散らばる。火の粉が、雪のようにはらはらと夜空に煌く。悪魔の群れ、騎士の群れ。
光景は乱雑に、まるで絵本の挿絵の順番をばらばらにしてしまったかのように脈絡がない。遠くに海が見え、水平線から昇る朝日。雄たけび、勝利の歓喜。
不意に映像から激痛が迸る。思わず息を呑み、自らの頭部にある角を触った。実際は角はちゃんとあり、血も出ていない。しかし、痛い。無理やりへし折られたかのような衝撃に頭蓋がぐらぐらする。
意識が剥がれる。痛みに負けて映像が消えていく。
ただ遠のく風景の中で蹄の音だけが響いている。もう少しで、あともう少しでその姿が見える。が、次の瞬間に肩を支える男の手がマレを現実に呼び戻す。
******
「マレ?」
リノが心配そうに少女の肩を支えていた。先程の男はもういなかった、交渉がすんで帰ったのだろうか。マレはいつの間にかリノの膝上で涙を浮かべて縮こまっていた。手の中には消し炭のような板切れ、それが父親の角であるとわかった途端、マレはぼろぼろと大粒の涙を零し始め、泣き出した。マレがこんなにも感情を強く発露することなど、まだ旅を共にして日数の浅いリノにとって初めてだった。
「どうした、どこか痛むのか?」
子供の扱いには慣れているが、さすがに唐突すぎてリノも慌てふためく。朝の宿屋の食堂にはマレの泣き声に好奇と疑念の視線が集まる。リノは慌てて立ち上がり、さて一度部屋へと戻るかと思い立ったところで、二階へ続く階段から降りてきた黒髪の少女を見てほっと一安心した。
「やぁおはようフレア、さっそくで悪いがなんとかできないか?」
NPC リノ、宿屋の女将、盗賊ギルドからの男、他宿屋の旅人
PLACE 宿屋の食堂
------------------------------------------------------------------------
そして、一夜が明けた次の日。
******
宿屋の食堂。
窓の向こう側からけたたましい鶏とロバの叫びが、家の中にまで響いている。だが誰もそんな些細なことに頓着などしていない。
「……………」
宿屋の朝は夕食時と同じぐらい煩かった。
眠りから目覚めた旅人達、起きるだけで一騒動を起こす傭兵達。朝の宿屋は夜にもおとらずに騒々しい。そこかしこで朝食の取り合いが起こり、屈強な男達が宿屋の女将に朝飯の量でいちゃもんをつけている。
そんな騒がしくも賑やかな朝の風景の中で、一人腕組をしてじっと静寂を保っている男が一人。穏やかな微笑みが似合う彼の表情は、深い憂いに彩られていた。朝食が揃うテーブルに腰掛けて、食べるでもなく石像のようにじっとしている。彼の視線は階段の二階、旅人達の寝室のほうへ向けられている。憂いは、部屋の中で閉じこもる一人の少女へ。
『δδαー』
その横で、大きな皿を垂直に立てている少女がいた。三つめのスープ皿をたいらげて、皿をテーブルに戻す。皿の横幅は少女の顔とほぼ同じで、口の周りには今飲み干したばかりのかぼちゃスープのヒゲができている。真っ赤な頭巾を羽織っているため周囲には悪魔だと気がつかれていないものの、隣のテーブルの旅人達は先ほどから不安そうにリノを見つめている。何も手をつけていないリノの朝食の行方を心配しているらしく、マレが新しい皿に手を伸ばすたびにハラハラと彼の顔へ危険のメッセージを送っている。
「……………」
『σー』
ちなみにテーブルに用意されていたメンバー分のスープを全部平らげてしまっていたのである。そのまま次は、とマレフィセントはテーブルの上を凝視しはじめる。獲物を見つめる瞳は瞳孔が針のように細まり、人ならざる存在であることを象徴している。その魔の瞳に映る白い湯気。にわかにマレフィセントの表情が凄みを帯びる。そうして、ほっこりと暖かい胡桃のパン(三個)に手を伸ばした次の瞬間―…
「ほらほら!お嬢ちゃんばっかり食べるんじゃないよ!」
『ασ!』
パンとマレフィセントの直線の間に、突如異物が降ってきた。びっくりしたマレフィセントは慌てて手をひっこめる。マレの指がパンの入ってるかごに届く寸前に、テーブルに垂直落下してきたのは青々とした葉をつけたままの橙色の果実がはいった籠だった。
「まったく!あんたのところの子供はそこいらの傭兵どもよりも大喰いだねぇ!!」
「…あぁまったくだ」
辛抱強く開かない扉を眺め続けていたリノは、諦めたように視線を戻して女将の発言に肩をすくめた。籠の中から艶やかな果実を一つもぎ取り、顔に近づける。爽やかな酸味と甘みが香りからもよく伝わった。マレは早くもふんふんと鼻をひくつかせてこちらを伺っている。
「あんた、もう一人連れがいただろ?黒髪の可愛い子が」
「それを待っていたんだが…どうもこっちの子は待ちきれないようだ」
女将と会話しながらも、リノは果実の皮をむき始める。その僅かな間さえ我慢ならなかったのか、むけた皮をマレがあーんと口を開いてせがんできた。
「こらこら、そのままだと美味しくないよ」
それを見ていた女将が、おおすぎるほどに付属しているエプロンポケットからごそごそと一つの菓子袋を取り出す。リノがむいている果実と同じもののようだが、飴色に褐色ししぼんでいる。蜂蜜にでも漬けてあるのか、きらきらと果実の周りに沈殿している液体が輝きを放つ。
「売り物ではないのか?」
宿屋のカウンターで、愛想のよい看板娘が旅人達にすすめている菓子の一つ。伝統的な方法で丁寧に作られたそれは、この周辺の食べ物屋でも多く見かけることができ、旅人にも人気が高い。
「もちろん売り物さ、銅貨3枚」
女将の根性に苦笑いしながらも、リノは懐から銅貨を取り出す。女将はにこやかに銅貨を受け取ると、袋をマレフィセントの口に落とす仕草をした。もちろん女将はマレフィセントが手で受け取るものだと思っていたし、大きな口を開けっ放しにしているマレをみて、つい何気ない仕草をしてみただけだったが、
ばくっ
「…ってお嬢ちゃん!?」
「…マレ…」
見事、釣り餌を飲み込む魚のように一口で袋ごと菓子を平らげてしまう。
リノの席の周辺は、女将、リノ、不幸にも現場を目撃した幾人の旅人達によって硬く凍り付いてしまった。
******
フレアを激情させ、マレを助けた男。
リノは現段階では静観の立場を取る事にした。どんなに悪者であったとしても、リノはまだその所業を知らないし、それに彼は一応マレを助けてくれたのだ。もし仮に旅の障害として立ちふさがるのならば、剣を取るまでのこと。ただ、フレアがいつ自分の殻から出てきてくれるのかが―
「おい」
と、思考にふけっていると、後ろから呼びかけられた。リノは後ろを振り向く。
「…?」
見たことのない男だった。年の頃は三十前後、ありていな旅人の服装に特徴はない。肌はややくすんでいて、フードを被せた顔の中から覗いてくる瞳の色は赤に近い茶色だった。
どの街にも一人ぐらいはいそうな、平凡な顔立ちの男。リノがざっと記憶を洗っていると、男はすばやく口を開いた。
「初対面だ」
「そうか、見覚えないわけだ。で、何のようかな?」
男はさきほどより、やや声音を潜めて答える。
「…ギルドに悪魔の情報を買う、といったのはお前か?」
「あぁ」
リノは数日前に、この街の盗賊ギルドに潜入し悪魔の情報を探した。表に出ない情報や物品が当然のように流通している裏のギルドならば…と入ってみたものの、さすがに盗賊ギルドにもそんな話題はそうそうないのか、せっかく社会の暗部へ足を踏み入れたにも関わらず空振りに終わっていた。
「信頼できる筋かね?確証や情報の保障は?」
「百聞よりも一見してみるがいい」
リノが情報を確かめようと矢継ぎ早に質問をすると、男はあっさりと言葉を返し、懐から布にくるまれた棒状のものを出した。
「…待て、貴様…これはどこから手に入れた?」
一級品の絹で出来たと思われる鮮やかな青布を見た瞬間、リノは一気に表情を変えた。男が取り出した棒状のものはまだわからないが、それを包む聖なる布はリノにとって見慣れている品物だった。
「ある盗賊が『これじゃ売り物にもなりやしない』と持ってきた。いくら外側の聖布が上質の魔道具でも、中身は呪いの品かもしれんものを引き取る酔狂な客はいなかったようだ」
男が淡々と説明する。手に持つそれはちょうど小刀ほどの大きさで、布地は端からぼろぼろとほつれていた。かなりの年代物だが、聖なる加護を与えられたその色は時さえ寄せ付けないとあって、色鮮やかな色彩を今も保っている。
「中身は」
「もう封印は掛かっていない。こちらの魔術師に開錠させた」
リノが躊躇している間にも、男は構いなく布を取り払った。
「?」
果たして何が出るかと身を硬くしたリノだったが、一目それを見ると拍子抜けしてしまった。思わずぽかんと開いた口が塞がらない。
「…木、いや木炭か?」
「聖戦の時の異物だそうだ、なんでもこの世のものでは―」
男の話が途中も途中だったその時、二人の間に怖ろしいほどのスピードで割り込んだ影。
「!」
「マレ!?」
男が驚愕に身を引き、リノの膝上に乗りかかってそれを奪い取った。赤いフードが取れそうになるのをリノが慌てて被せなおしている間にも、マレフィセントはそれをまじまじと見つめている。
ふと、木炭のように黒ずんでいたものに青い光の筋が入った―…ような気がした。リノが思わず目を細めるがそこにはただの黒い板切れがあるだけだった。
「…おい…」
男のやや狼狽した声に、リノは男のほうを見る。男もリノと同じ光を見たのか、目をしばたたかせこちらに説明を求めている。マレといえばそんな二人など意中にないかのように、板切れを両手で大切そうに包み込んだ。そのまま胸まで持っていき、瞼を閉じる。その様子を黙ってみていたリノだったが、男に向き直り、
「…これを見つけたのはどこだかきいているか?」
「大陸の南、辺境ハルバートよりもさらに南の海にせり出した岬の聖堂跡地だそうだ」
「…辺境ハルバート…」
リノは絶句する。名前しか知らぬ辺境のさらに奥地だと聞き、さすがのリノでも軽く眩暈を起こしかけた。
思わず顔を手で覆って嘆息する。
「…到着するまで何年かかるのやら」
「それよりいくらで買うんだ、品は見せたぞ。ギルドにかけて質は保証する」
一体それは何のかさえ解からないが、マレの反応を見るに思わぬところでマレの家族に繋がる品物かもしれない。リノは懐から銀貨を七枚取り出した。が、男は不満そうに鼻をならした。
「金貨はないのか」
「…うむ、仕方ないな」
二人がやりとりしている間も、マレは動かず、ただその欠片を握り締めていた。瞼の裏に伝わる映像に心を馳せる。
******
夜明けと悲鳴、剣戟の音が歌のように響いてる。炎と十字架が、手を取り合って踊っているように舞い散らばる。火の粉が、雪のようにはらはらと夜空に煌く。悪魔の群れ、騎士の群れ。
光景は乱雑に、まるで絵本の挿絵の順番をばらばらにしてしまったかのように脈絡がない。遠くに海が見え、水平線から昇る朝日。雄たけび、勝利の歓喜。
不意に映像から激痛が迸る。思わず息を呑み、自らの頭部にある角を触った。実際は角はちゃんとあり、血も出ていない。しかし、痛い。無理やりへし折られたかのような衝撃に頭蓋がぐらぐらする。
意識が剥がれる。痛みに負けて映像が消えていく。
ただ遠のく風景の中で蹄の音だけが響いている。もう少しで、あともう少しでその姿が見える。が、次の瞬間に肩を支える男の手がマレを現実に呼び戻す。
******
「マレ?」
リノが心配そうに少女の肩を支えていた。先程の男はもういなかった、交渉がすんで帰ったのだろうか。マレはいつの間にかリノの膝上で涙を浮かべて縮こまっていた。手の中には消し炭のような板切れ、それが父親の角であるとわかった途端、マレはぼろぼろと大粒の涙を零し始め、泣き出した。マレがこんなにも感情を強く発露することなど、まだ旅を共にして日数の浅いリノにとって初めてだった。
「どうした、どこか痛むのか?」
子供の扱いには慣れているが、さすがに唐突すぎてリノも慌てふためく。朝の宿屋の食堂にはマレの泣き声に好奇と疑念の視線が集まる。リノは慌てて立ち上がり、さて一度部屋へと戻るかと思い立ったところで、二階へ続く階段から降りてきた黒髪の少女を見てほっと一安心した。
「やぁおはようフレア、さっそくで悪いがなんとかできないか?」
PC:アベル ヴァネッサ
NPC:セリア ギア
場所:エドランス国 ウサギ型眷属の村
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おお~、やっぱりおまえかぁ」
ギアは男を見た途端、あきれたような顔をした。
「ゲッ! な、なんでアースマスターがくんだよ??」
たしかにギアの名声やギルドに評価されているランクを考えれば、男の起こし
た事件は一部にはおおごとでもせ世間的にはたかが香草ドロボウ、とても「マス
ター」と称されるギアが出張ってくるケースではないはずだった。
「お前は根性とやる気だけでなく、運もなかったようだな」
ギアは思いっきり馬鹿にした表情で、縛られたまま転がされた男を見下ろした。
「ここはな俺がいまだに頭の上がらない恩人ゆかりの村なのさ。 ついでに言う
ならお前を捕まえたこいつらは俺がアカデミーに連れてきたってことで、保護者
がわりでもある」
男は驚いた顔をして、改めて周りを見渡し、付き添いのウサギの長老や腹立た
しい小僧と小娘をみてがっくりとうなだれる。
「なあ、やっぱり知ってるやつなんだ?」
やり取りを眺めていたアベルがじれてギアの袖を引いた。
「ああ、こいつはもともとアカデミーの予備校、リックとかがいたみたいなとこ
だが、その一つにいたんだけど、努力するよりもいかに楽して儲けるかばかり考
えてるようなやつでな……ほら来る途中に話した、アカデミーに盗みに入った間抜
けな盗人、あれさ」
ギアと一緒に男を確認していたセリアも苦い顔をする。
「逃げ出したあと追っ手を出さなかったのは実害がなかったことからの温情処置
だったんだが、『教室』を動員してでも狩だしてやればよかった」
はっきり言って無視してもよい程度の小物であった男だったため、「めんどく
さいし」と忘れたのが真相だったが、セリア達一般職員向けには温情処置と説明
されていた。
「さて、色々聞きたいことがあるんだけどなぁ」
ギアはうなだれる男の首根っこを掴んで引きずり起こすと、壁にもたれかける
ようにして座らせた。
「まー、あれだ、お前が単なる雑魚だってのは知ってるから、お前自身のことに
ついては何も言わなくていーよ」
「うわ、なんだか怒ってない?(ヒソヒソ)」
「そうね、笑顔なのに目が怖いかも……(ヒソヒソ)」
「うむ、それはな、あのとき最初はアカデミーへの不法侵入なうえ、一度罠で捕
まえながら逃がしてしまったこともあり、逃げられた当初は完全警戒態勢が敷か
れたんだ。 ギアは大地の精霊魔法にかなりつかえる追跡系の魔法があるものだ
から、かなりこき使われたらしいんだ(ヒソヒソ)」
声をひそめて話すアベルとヴァネッサにつられるようにセリアも小声で説明を
した。
「それも無報酬で(ヒソヒソ)」
わーそりゃおこるよー、とアベルもヴァネッサも頬を引きつらせた。
「さて、まずはお前が何のためにこんなことをしでかしたか、だが……」
「くっ! なにもいわねえぞ!」
「どうせ楽して儲けらんねーかとかおもいながらブラブラしてるところを声掛け
られて、言われるまま、とかそんなとこだろう」
「な、なんで! って、いわねぇって言ってるだろ!」
「そ・ん・な・とこ、だろ?」
「う……」
ギアの問いかけに強気に反発しようとした男は、すぐにギアの目が座っている
のに気付き、再び気弱げに言葉を飲み込んだ。
「どうせウサギがたはおとなしいとか言われたんだろうけど、ほかの盗賊とかが
やらないのは、アカデミーにも調合用の野草を届けてくれたりとかで結構つなが
りがあって意外と厄介なことになりやすいからさ、知ってたら、普通は何度も繰
り返すような間抜けな真似はしないさ」
意地悪く笑うとギアはアベルたちを指でさした。
「あいつらにやられた話は聞いたが、結構分不相応なもん持ってたらしいな」
言いながら例の指輪を出して見せた。
「あ、それは……」
「これもらって妙な自信植えつけられてまんまとノセられたわけか」
小馬鹿にしたギアの物言いに、気を悪くした男が睨むように見上げた。
「ところでさ、なんで黒幕がいるって断定するような聞き方なんだ?(ヒソヒソ)」
「え、それは……どうしてかしら?(ヒソヒソ)」
「それは指輪をみたからさ(ヒソヒソ)」
「セリア先生、指輪ってべつに鑑定とかしてないですよね?(ヒソヒソ)」
「ふむ、アベルにはまだ難しいか? ヴァネッサは?(ヒソヒソ)」
「ええと……すいません、わかりません(ヒソヒソ)」
睨んだまま男が口を開いた。
「……遺跡で見つけてきた俺の秘蔵の逸品……」
「……お前そんなんだから道踏み外してもうだつ上がらんままなんだよ、いい加減
いいように利用されたことに気づけよなぁ」
「は?」
こころなしギアは憐れむように言った。
男はギアが憐れみだした理由が分からず、さっきまでの怒りを感じさせる様子
からの変化についていけないのか、みるからに「わかりません」という顔をして
ポカンとしていた。
アベルとヴァネッサも今一ギアの言ってることがわからずに、こっちはこっち
でセリアを助けを求めるように見た。
「あー、ギア、説明が必要じゃありませんか?」
「ん? こいつはともかくそっちの二人もか?」
「のようです」
セリアの提案にギアが聞き返す。
仕方ないという風に息をつくと、ギアは指輪をかざして話し出した。
「いいか、こいつは何かの魔力はあるが、それはコボルドを使役するものじゃな
いし、そもそも話で聞く限り、そのコボルドは召喚とか支配とかじゃなく、ゴー
レム系の使い魔だったらしいから、おそらくそれを維持し命令時の鍵として使わ
れてたにすぎん」
「あれ? でもその指輪で呼び出したんじゃなくて単に維持してたってなんでわ
かるの?」
「おいアベルこれぐらいわからんのか? ヴァネッサは?」
「えーと……あ、そうか、最初から連れまわしていたから?」
「そうだ、やっぱりお前らもレポート書くかぁ?」
指輪で呼び出すなら現場で呼べばよいが、たしかにあの時、男ははじめからコ
ボルド達を従えてやってきたのだ。
「そしてこの指輪に彫りこまれた言葉は呪文の類としては機能してないうえに、
この指輪一つでは意味がつながらない」
「あ、前後に続きがまだあるって言ってたやつか」
「そうだ、わざわざこんな雑魚に中途半端な文言を刻んだ指輪、わざとらしく使
い魔のコマンドアイテムになってりゃ見逃すわけないし……」
「おまけにそのザコはアカデミーの指輪、もちろんアカデミーで保管している以
上、普通でない指輪の保管庫に盗みに入った男だ」
ギアにぶせるようにセリアも補足を入れた。
「ああ、おまけにアカデミーにもつながりも深い上に距離も近いこの村を狙うわ
かりやすさ」
「……何が言いたいんだ?」
男が耐えかねるように聞いた。
「お前はメッセンジャーにされたのさ」
「な、何だと!」
「普通こんなアカデミーの近場で何かしでかすのに雑魚にコボルド3匹ってあり
えんだろうが」
「そ、そんな……」
ようやく男はギアが何を聞き出そうとしていたのか理解し、再びがっくりと肩
を落とした。
「でもこんな手の込んだこと、だれが何のために」
うーん、とアベルが首をひねる。
ここまでして何の目的があるのかさっぱりわからなかったからだ。
「さあな、それをこれから調べるんだが……、ま、だいたい思ったとおりだった
し、アカデミーに連行すっか、セリア!」
「わかった……よ、行くぞ、たて!」
ギアに促されてセリアが引きずり起こすように男を立たせた。
(こいつはひょっとすると、アカデミーにって言うより、ひょっとするとグラン
ト先輩に……だとしたら……)
鍛え上げられたセリアの力に逆らえるはずもなく、小突かれながら部屋を出て
いく男の後ろについて歩きながら、同じようについてくるアベルとヴァネッサを
横目で見ながらギアは何かが動きだした予感を感じていた。
ギアがそんなことに思いをはせているとも知らないアベルと後を追うヴァネッ
サは別のことに思いをはせていた。
(あの戦いのとき感じた力は確かに……何か関係があるの?)
知らずに胸、というよりも心臓を抑えるように右手のひらを当てたヴァネッサ
は、得体の知れない不安を感じていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
NPC:セリア ギア
場所:エドランス国 ウサギ型眷属の村
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おお~、やっぱりおまえかぁ」
ギアは男を見た途端、あきれたような顔をした。
「ゲッ! な、なんでアースマスターがくんだよ??」
たしかにギアの名声やギルドに評価されているランクを考えれば、男の起こし
た事件は一部にはおおごとでもせ世間的にはたかが香草ドロボウ、とても「マス
ター」と称されるギアが出張ってくるケースではないはずだった。
「お前は根性とやる気だけでなく、運もなかったようだな」
ギアは思いっきり馬鹿にした表情で、縛られたまま転がされた男を見下ろした。
「ここはな俺がいまだに頭の上がらない恩人ゆかりの村なのさ。 ついでに言う
ならお前を捕まえたこいつらは俺がアカデミーに連れてきたってことで、保護者
がわりでもある」
男は驚いた顔をして、改めて周りを見渡し、付き添いのウサギの長老や腹立た
しい小僧と小娘をみてがっくりとうなだれる。
「なあ、やっぱり知ってるやつなんだ?」
やり取りを眺めていたアベルがじれてギアの袖を引いた。
「ああ、こいつはもともとアカデミーの予備校、リックとかがいたみたいなとこ
だが、その一つにいたんだけど、努力するよりもいかに楽して儲けるかばかり考
えてるようなやつでな……ほら来る途中に話した、アカデミーに盗みに入った間抜
けな盗人、あれさ」
ギアと一緒に男を確認していたセリアも苦い顔をする。
「逃げ出したあと追っ手を出さなかったのは実害がなかったことからの温情処置
だったんだが、『教室』を動員してでも狩だしてやればよかった」
はっきり言って無視してもよい程度の小物であった男だったため、「めんどく
さいし」と忘れたのが真相だったが、セリア達一般職員向けには温情処置と説明
されていた。
「さて、色々聞きたいことがあるんだけどなぁ」
ギアはうなだれる男の首根っこを掴んで引きずり起こすと、壁にもたれかける
ようにして座らせた。
「まー、あれだ、お前が単なる雑魚だってのは知ってるから、お前自身のことに
ついては何も言わなくていーよ」
「うわ、なんだか怒ってない?(ヒソヒソ)」
「そうね、笑顔なのに目が怖いかも……(ヒソヒソ)」
「うむ、それはな、あのとき最初はアカデミーへの不法侵入なうえ、一度罠で捕
まえながら逃がしてしまったこともあり、逃げられた当初は完全警戒態勢が敷か
れたんだ。 ギアは大地の精霊魔法にかなりつかえる追跡系の魔法があるものだ
から、かなりこき使われたらしいんだ(ヒソヒソ)」
声をひそめて話すアベルとヴァネッサにつられるようにセリアも小声で説明を
した。
「それも無報酬で(ヒソヒソ)」
わーそりゃおこるよー、とアベルもヴァネッサも頬を引きつらせた。
「さて、まずはお前が何のためにこんなことをしでかしたか、だが……」
「くっ! なにもいわねえぞ!」
「どうせ楽して儲けらんねーかとかおもいながらブラブラしてるところを声掛け
られて、言われるまま、とかそんなとこだろう」
「な、なんで! って、いわねぇって言ってるだろ!」
「そ・ん・な・とこ、だろ?」
「う……」
ギアの問いかけに強気に反発しようとした男は、すぐにギアの目が座っている
のに気付き、再び気弱げに言葉を飲み込んだ。
「どうせウサギがたはおとなしいとか言われたんだろうけど、ほかの盗賊とかが
やらないのは、アカデミーにも調合用の野草を届けてくれたりとかで結構つなが
りがあって意外と厄介なことになりやすいからさ、知ってたら、普通は何度も繰
り返すような間抜けな真似はしないさ」
意地悪く笑うとギアはアベルたちを指でさした。
「あいつらにやられた話は聞いたが、結構分不相応なもん持ってたらしいな」
言いながら例の指輪を出して見せた。
「あ、それは……」
「これもらって妙な自信植えつけられてまんまとノセられたわけか」
小馬鹿にしたギアの物言いに、気を悪くした男が睨むように見上げた。
「ところでさ、なんで黒幕がいるって断定するような聞き方なんだ?(ヒソヒソ)」
「え、それは……どうしてかしら?(ヒソヒソ)」
「それは指輪をみたからさ(ヒソヒソ)」
「セリア先生、指輪ってべつに鑑定とかしてないですよね?(ヒソヒソ)」
「ふむ、アベルにはまだ難しいか? ヴァネッサは?(ヒソヒソ)」
「ええと……すいません、わかりません(ヒソヒソ)」
睨んだまま男が口を開いた。
「……遺跡で見つけてきた俺の秘蔵の逸品……」
「……お前そんなんだから道踏み外してもうだつ上がらんままなんだよ、いい加減
いいように利用されたことに気づけよなぁ」
「は?」
こころなしギアは憐れむように言った。
男はギアが憐れみだした理由が分からず、さっきまでの怒りを感じさせる様子
からの変化についていけないのか、みるからに「わかりません」という顔をして
ポカンとしていた。
アベルとヴァネッサも今一ギアの言ってることがわからずに、こっちはこっち
でセリアを助けを求めるように見た。
「あー、ギア、説明が必要じゃありませんか?」
「ん? こいつはともかくそっちの二人もか?」
「のようです」
セリアの提案にギアが聞き返す。
仕方ないという風に息をつくと、ギアは指輪をかざして話し出した。
「いいか、こいつは何かの魔力はあるが、それはコボルドを使役するものじゃな
いし、そもそも話で聞く限り、そのコボルドは召喚とか支配とかじゃなく、ゴー
レム系の使い魔だったらしいから、おそらくそれを維持し命令時の鍵として使わ
れてたにすぎん」
「あれ? でもその指輪で呼び出したんじゃなくて単に維持してたってなんでわ
かるの?」
「おいアベルこれぐらいわからんのか? ヴァネッサは?」
「えーと……あ、そうか、最初から連れまわしていたから?」
「そうだ、やっぱりお前らもレポート書くかぁ?」
指輪で呼び出すなら現場で呼べばよいが、たしかにあの時、男ははじめからコ
ボルド達を従えてやってきたのだ。
「そしてこの指輪に彫りこまれた言葉は呪文の類としては機能してないうえに、
この指輪一つでは意味がつながらない」
「あ、前後に続きがまだあるって言ってたやつか」
「そうだ、わざわざこんな雑魚に中途半端な文言を刻んだ指輪、わざとらしく使
い魔のコマンドアイテムになってりゃ見逃すわけないし……」
「おまけにそのザコはアカデミーの指輪、もちろんアカデミーで保管している以
上、普通でない指輪の保管庫に盗みに入った男だ」
ギアにぶせるようにセリアも補足を入れた。
「ああ、おまけにアカデミーにもつながりも深い上に距離も近いこの村を狙うわ
かりやすさ」
「……何が言いたいんだ?」
男が耐えかねるように聞いた。
「お前はメッセンジャーにされたのさ」
「な、何だと!」
「普通こんなアカデミーの近場で何かしでかすのに雑魚にコボルド3匹ってあり
えんだろうが」
「そ、そんな……」
ようやく男はギアが何を聞き出そうとしていたのか理解し、再びがっくりと肩
を落とした。
「でもこんな手の込んだこと、だれが何のために」
うーん、とアベルが首をひねる。
ここまでして何の目的があるのかさっぱりわからなかったからだ。
「さあな、それをこれから調べるんだが……、ま、だいたい思ったとおりだった
し、アカデミーに連行すっか、セリア!」
「わかった……よ、行くぞ、たて!」
ギアに促されてセリアが引きずり起こすように男を立たせた。
(こいつはひょっとすると、アカデミーにって言うより、ひょっとするとグラン
ト先輩に……だとしたら……)
鍛え上げられたセリアの力に逆らえるはずもなく、小突かれながら部屋を出て
いく男の後ろについて歩きながら、同じようについてくるアベルとヴァネッサを
横目で見ながらギアは何かが動きだした予感を感じていた。
ギアがそんなことに思いをはせているとも知らないアベルと後を追うヴァネッ
サは別のことに思いをはせていた。
(あの戦いのとき感じた力は確かに……何か関係があるの?)
知らずに胸、というよりも心臓を抑えるように右手のひらを当てたヴァネッサ
は、得体の知れない不安を感じていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
PartyMember:
フェドート・クライ イヴァン・ルシャヴナ ヴァージニア・ランバート
Stage:
ガルドゼンド王国南部・フォイクテンベルグ
Turn:
フェドート・クライ(02)
------------------------------------------------------------------------------
ヴァージニアの仕事に一段落がついたというので、三人で待合室の隅の椅子のあたり
にたむろして、仕事の条件の希望だの冗談だのを言い合っていると(といっても、イヴ
ァンの代わりに喋っている影が主人の意思を正しく伝えているかどうかは甚だ疑わしか
ったが)、先程の女性職員がカウンターからこちらに手を振ってきた。
「ヴァージニアさん、フェドートさん、イヴァンさん!」
その声に、少し離れた場所に居合わせていた他の集団が、ぎょっとして振り向いた。
一瞥だけで彼らを無視するヴァージニアとイヴァンの様子は注目を浴びることに慣れて
いることをうかがわせた。フェドートは少しだけ笑いかけてから、二人に続いてカウン
ターへ近づいた。
「さっきのお仕事の話なんですけど、いいですか?
今ちょうど依頼人が来てて、他の子が話を聞いてるんです。
それで皆さんのことを話したら、是非とも三人に受けてもらいたいって!」
「なんだか、わたしたちがもうその仕事をするって決まっているような口ぶりね」
ヴァージニアが軽い毒を含ませた口調で呟いた。
職員は慌てたように首を横に振った。
「断っていただいても結構ですから。
強制するつもりなんてありません、大丈夫です!
でも、せめてお話だけでも聞いてみていただけませんか?」
「聞いたら断れない場合だってあるんじゃないかしら」
「そういう場合は私が耳を塞いでさしあげますから!」
イヴァンの影から、かすかな忍び笑いが聞こえた。フェドートも笑いながらヴァージ
ニアを横目にした。彼女は相手の心算を確かめようとしただけで、本気で拒否するつも
りはなかったらしく、呆れたような表情で天井を見上げた。
フェドートは失言に気づいて真っ赤になった職員に、できるだけ魅力的に微笑んだ。
「もしものときはお願いね。案内してくれる?」
「は、はいっ」
女性職員は勢いよく頷いて、同僚に声をかけてカウンターを任せると、傍らの扉を開
けて待合室へと出てきた。
「こっちです。この先には会議室が幾つかあって、申請があれば貸し出しもしています。
皆さんも何かあったら使ってくださいね。ここで仲介する依頼に関わりのあること以外
の用途だと、有料になっちゃうんですけど……今回はいちばん奥の部屋です。賓客の接
待用にも使う部屋で、ソファのクッションがすごくふわふわなんですよ!」
ヴァージニアは無関心そうな目をして頷いた。
「へぇ……ところで依頼人はどんな人なの? 仕事に関する話を聞きたいわ」
「えっと、綺麗な人でした。
背が高くて、きらきらの金髪で……フェドートさんみたいな」
先行する彼女が振り向いたので、フェドートはその分だけ歩調を緩めた。
「ぼくみたい?」
「はいっ」
ヴァージニアは歩みを遅らせなかったので、少しだけ取り残されたフェドートはイヴ
ァンの横に並んだ。
「……」
彼はこちらを横目で見上げて、無言のまま視線を前に戻した。
その歩みは音もなく、さながら青い影のようだ。たとえばここが夜道で、ふと意識を
外す瞬間があったとすればその途端に見失っても不思議ではない。そして再びその姿を
目に捉えられるときには既に決定的な瞬間は過ぎてしまっているだろう。
「ここです。なんでも、依頼人は貴族の方らしいので、丁寧にしてくださいね。
皆さんなら大丈夫だと思いますけど」
ヴァージニアが軽く目を見開いた。彼女が何を思ったのかは、手に取るようにわかっ
た。この一言に尽きるのだろう、“どうしてさっき聞いたときにそれを言わなかった”。
しかしヴァージニアはそれ以上の表情の変化を、恐らくは多大な努力の末に抑制したの
で、職員は何にも気づかずに済んだ。
「……案内ありがとう。ここまでで平気よ。
普通の人は目の前の扉を開けるだけのことで道に迷わないもの」
「え、でも、耳……」
フェドートは苦笑してヴァージニアに言った。
「いいんじゃない?」
「…………あなた、さっきから随分と肩を持つわね。
何かやましい魂胆でもあるんじゃないでしょうね?」
ヴァージニアは剣呑な小声で言った。
フェドートは言葉を詰まらせるような短い沈黙の後、目を逸らした。
「よくわかったね」
「最低」
「冗談なのにー」
フェドートは笑ってそう言い、憮然とした表情のヴァージニアよりも早く、軽いノッ
クをして扉を開けた。そこは手狭ながらも調度の整えられた部屋で、確かにクッション
の柔らかそうなソファが設えられている。
腰掛けているのは、豪奢な黄金の髪を丁寧に編んで後ろに流した若い女。切れ長の目
元を強調するように繊細な線が引かれ、睫には銀の粉が散っている。肢体を包む男物の
装束は、逆にその艶めかしさを増して見せているように感じさせた。腰に剣――軍刀と
呼ばれる類の。
女は火花のような鮮紅色の眸でこちらを薮睨みにし、ぞんざいに腕を振って、他人に
命令をすることに慣れた者独特の(つまり、フェドートが実はあまり好きでない類の)
口調で言った。
「きみたちか、よく来た。そこへかけろ」
「……ええ、よろしく」
ヴァージニアが囁くように言った。三人は女の向かいのソファに腰掛けたが、それは
体が沈みこむほど柔らかかった。代わりに立ち上がった職員が、一緒に来た職員の背を
押して部屋から追い出した。
「自己紹介でもしましょうか?」
女は長い脚を組んで、頷いた。
「聞こう」
「ヴァージニアよ。こちらがフェドートで、こちらが……」
「イヴァン・ルシャヴナ」
沈黙を保っていた青ずくめが、ぼそりと言った。それは初めて聞いた彼の声だった。
ヴァージニアは一瞬だけ言葉を失ってから、改めて仕切りなおした。
「全員がAランクってこと以外で、何か知りたいことは?」
女は鷹揚に微笑した。
「きみたちは何が得意なのかね?
つまり、私の頼みごとに向いているかどうか、ということだが」
「大抵の相手には負けないつもり。特に、男には」
ヴァージニアが即答した。フェドートはイヴァンの言葉を待ってみたが、どうやら先
程ので今日の分は使い果たしてしまったらしく、彼が口を開く気配はなさそうだった。
となるともう少し汎用性のある返答を用意する必要があるので、フェドートは適当な言
葉を探した。まさに目の前の女のような人種を納得させられるような答え方は、いくつ
か予想がついていたけれど。
「おもしろそうなことならなんでもやるよ? 巷では高ランクハンターは戦うしか能が
ないって思われてるみたいだけどー、他のこともできるんだよ。だよね、イヴァンくん」
同意を求めてみる。青フードは無反応のようにも、かすかに頷いたようにも見えた。
女は二人分の返事で満足したのか、思案する風に唇に指を当てた。白い指先の動きが
妙に官能的だったので、フェドートは内心だけで苦笑した。
「あ、ぼく、あと明後日のお昼には帰らなきゃいけないから、長いお仕事は無理だよ」
女は渋い顔をした。
「別にどうしてもきみたちでなくても構わないのだが……
できれば早く決めてしまいたいとは思っている。時間も、まあ、そうはかからないだ
ろう。私も長くかけるつもりはない――数日が経てば、今考えているのとは別の手段に
頼ることになるだろうから」
「はっきりしないわね」
「武力が必要なら部下を使う。きみたちに求めるのは、口の堅さだ。私は冒険者などと
いう輩をまったく信用していないが、それなりに名の知れた者ならばある程度は期待で
きるだろうと思った。つまり……何だ、その、仕事の内容は、あまり世間に知られたく
ないことだ」
「後ろ暗い仕事ならいくらでも請けてきたわ。
いろんな人の秘密を知っているけど、言い触らしたことはないわね」
「ぼくもー。悪魔の起こし方とか、人の生き返らせ方とか知ってるよ。内緒ね?」
「……ねえ、フェドート。あなたが喋ると、わたしの説得力までなくなるんだけど?」
ヴァージニアが猫なで声で言った。眠たげな目元に本物の殺意が見えた。フェドート
は少し俯いて黙っておくことにした。イヴァンは何を思っているのか無言のままだ。
女はため息をついた。
「次に紹介される者がきみたちよりも信用できるという保証がない以上、もうきみたち
に頼みたいのだが、この様子では、内容を知らないままで頷いてくれそうにはないな」
「当然」
「……まあ、いいか。断るにしても、幾らか払おう」
「口止め料ね」
「その言い方は無粋で好まないがな。
とにかく話すから、聞いてから判断してくれ」
ヴァージニアは反対しなかった。
女はまた唇に指を当てた。
「ああ、私はツィツィリエという。家名は、悪いが名乗れない」
男装のツィツィリエ、男勝りの令嬢。フェドートはその名前を知っていた。
たとえば彼女の首を切り落として陣へ持ち帰れば、いくらかの金貨と、ついでに後で
騎士の位でももらえるかも知れない。どちらにもあまり興味がない。戦争で遊ぶために
稼いだのであって、稼ぐために戦っているわけではない。
他の二人は彼女を知っているだろうか。この国の者か、近隣の国の軍人か傭兵なら、
知っているだろうが。
女は続けた。
「……きみたちは、川原へ行ったことがあるか?
こう、水流で角が削れて丸くなった石が沢山落ちているような……」
「は? あるけど……それが?」
「この町の城壁を抜けすぐ南に、川が流れている。無理をすれば徒歩でも渡れる、普通
の川だ。その傍らに、古い塔の瓦礫が散乱している箇所があるのだが……そのあたりで、
石を拾ってきて欲しい」
「……え?」
「まあ、その、何というべきか……どうやら私は誤解を招きやすいようで……」
女は口元を指で隠したまま、何かに耐える表情で視線を逸らした。頬が紅潮している。
重大な秘密を打ち明ける乙女の姿そのもの、或いは、屈辱を暴露かれた騎士の表情か。
女は、声を絞り出した。
「……恋人に、逃げられてしまったんだ。探してくれ」
「それで、どうして、石を?」
女は落ちつかなげに脚を組みかえ、眉をひそめた。
「あのひとは、魔法使いに頼んで、その川原で自分を石に変えてしまったんだ。
私だけには絶対に見つけられないようにと、そのための魔法まで用意して……」
○ ● ○ ● ○
秋の空はどこまでも高く、青く澄み渡っていた。風は冬の予兆の冷たさをはらんでい
たが、それでも絶好の行楽日和と言うのに不都合はなく、悠々と流れる川の波はきらき
らと輝いている。
「わー!」
フェドートは視界が開けてその光景が目に入るなり、歓声を上げた。
「ついた! 広ーい、石いっぱいある! 川きれー!」
「…………そうね」
どうして自分がこんなところにいるのかさっぱりわからない、という表情で、ヴァー
ジニアが頷いた。フェドートはツィツィリエとの会話の中でヴァージニアが最も感心を
払った事柄が破格の報酬額であることを覚えていたが、あえて指摘して怒らせることは
しなかった。
「見つかるといいねー」
言いながら、足元の石を拾い上げてみる。丸みを帯びて表面に灰色の輪を浮かせた灰
色の石は何の変哲もないようだった。手の中で転がして、川に向けて投げる。
石は綺麗な放物線を描き、ちゃぽんと飛沫を立てて沈んだ。
「それが目的の石だったらどうするの?」
「そうだと思う?」
「いいえ」
ヴァージニアは醒めた目で川原を眺めた。
日の照り返しで白く褪せてみえる丸い砂利に、古い建築物の瓦礫が混ざっているが、
それらももう既に名残を失いつつあり、半ば自然へと還っている。
「わたし、どうしてここにいるのかしら」
「…………」
イヴァンは空から落ちた青が人の形をしているだけのように佇んでいる。彼が何を考
えているのかはまったく想像がつかない。が、フェドートはとりあえず自分は楽しいの
で気にしないことにした。
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フェドート・クライ イヴァン・ルシャヴナ ヴァージニア・ランバート
Stage:
ガルドゼンド王国南部・フォイクテンベルグ
Turn:
フェドート・クライ(02)
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ヴァージニアの仕事に一段落がついたというので、三人で待合室の隅の椅子のあたり
にたむろして、仕事の条件の希望だの冗談だのを言い合っていると(といっても、イヴ
ァンの代わりに喋っている影が主人の意思を正しく伝えているかどうかは甚だ疑わしか
ったが)、先程の女性職員がカウンターからこちらに手を振ってきた。
「ヴァージニアさん、フェドートさん、イヴァンさん!」
その声に、少し離れた場所に居合わせていた他の集団が、ぎょっとして振り向いた。
一瞥だけで彼らを無視するヴァージニアとイヴァンの様子は注目を浴びることに慣れて
いることをうかがわせた。フェドートは少しだけ笑いかけてから、二人に続いてカウン
ターへ近づいた。
「さっきのお仕事の話なんですけど、いいですか?
今ちょうど依頼人が来てて、他の子が話を聞いてるんです。
それで皆さんのことを話したら、是非とも三人に受けてもらいたいって!」
「なんだか、わたしたちがもうその仕事をするって決まっているような口ぶりね」
ヴァージニアが軽い毒を含ませた口調で呟いた。
職員は慌てたように首を横に振った。
「断っていただいても結構ですから。
強制するつもりなんてありません、大丈夫です!
でも、せめてお話だけでも聞いてみていただけませんか?」
「聞いたら断れない場合だってあるんじゃないかしら」
「そういう場合は私が耳を塞いでさしあげますから!」
イヴァンの影から、かすかな忍び笑いが聞こえた。フェドートも笑いながらヴァージ
ニアを横目にした。彼女は相手の心算を確かめようとしただけで、本気で拒否するつも
りはなかったらしく、呆れたような表情で天井を見上げた。
フェドートは失言に気づいて真っ赤になった職員に、できるだけ魅力的に微笑んだ。
「もしものときはお願いね。案内してくれる?」
「は、はいっ」
女性職員は勢いよく頷いて、同僚に声をかけてカウンターを任せると、傍らの扉を開
けて待合室へと出てきた。
「こっちです。この先には会議室が幾つかあって、申請があれば貸し出しもしています。
皆さんも何かあったら使ってくださいね。ここで仲介する依頼に関わりのあること以外
の用途だと、有料になっちゃうんですけど……今回はいちばん奥の部屋です。賓客の接
待用にも使う部屋で、ソファのクッションがすごくふわふわなんですよ!」
ヴァージニアは無関心そうな目をして頷いた。
「へぇ……ところで依頼人はどんな人なの? 仕事に関する話を聞きたいわ」
「えっと、綺麗な人でした。
背が高くて、きらきらの金髪で……フェドートさんみたいな」
先行する彼女が振り向いたので、フェドートはその分だけ歩調を緩めた。
「ぼくみたい?」
「はいっ」
ヴァージニアは歩みを遅らせなかったので、少しだけ取り残されたフェドートはイヴ
ァンの横に並んだ。
「……」
彼はこちらを横目で見上げて、無言のまま視線を前に戻した。
その歩みは音もなく、さながら青い影のようだ。たとえばここが夜道で、ふと意識を
外す瞬間があったとすればその途端に見失っても不思議ではない。そして再びその姿を
目に捉えられるときには既に決定的な瞬間は過ぎてしまっているだろう。
「ここです。なんでも、依頼人は貴族の方らしいので、丁寧にしてくださいね。
皆さんなら大丈夫だと思いますけど」
ヴァージニアが軽く目を見開いた。彼女が何を思ったのかは、手に取るようにわかっ
た。この一言に尽きるのだろう、“どうしてさっき聞いたときにそれを言わなかった”。
しかしヴァージニアはそれ以上の表情の変化を、恐らくは多大な努力の末に抑制したの
で、職員は何にも気づかずに済んだ。
「……案内ありがとう。ここまでで平気よ。
普通の人は目の前の扉を開けるだけのことで道に迷わないもの」
「え、でも、耳……」
フェドートは苦笑してヴァージニアに言った。
「いいんじゃない?」
「…………あなた、さっきから随分と肩を持つわね。
何かやましい魂胆でもあるんじゃないでしょうね?」
ヴァージニアは剣呑な小声で言った。
フェドートは言葉を詰まらせるような短い沈黙の後、目を逸らした。
「よくわかったね」
「最低」
「冗談なのにー」
フェドートは笑ってそう言い、憮然とした表情のヴァージニアよりも早く、軽いノッ
クをして扉を開けた。そこは手狭ながらも調度の整えられた部屋で、確かにクッション
の柔らかそうなソファが設えられている。
腰掛けているのは、豪奢な黄金の髪を丁寧に編んで後ろに流した若い女。切れ長の目
元を強調するように繊細な線が引かれ、睫には銀の粉が散っている。肢体を包む男物の
装束は、逆にその艶めかしさを増して見せているように感じさせた。腰に剣――軍刀と
呼ばれる類の。
女は火花のような鮮紅色の眸でこちらを薮睨みにし、ぞんざいに腕を振って、他人に
命令をすることに慣れた者独特の(つまり、フェドートが実はあまり好きでない類の)
口調で言った。
「きみたちか、よく来た。そこへかけろ」
「……ええ、よろしく」
ヴァージニアが囁くように言った。三人は女の向かいのソファに腰掛けたが、それは
体が沈みこむほど柔らかかった。代わりに立ち上がった職員が、一緒に来た職員の背を
押して部屋から追い出した。
「自己紹介でもしましょうか?」
女は長い脚を組んで、頷いた。
「聞こう」
「ヴァージニアよ。こちらがフェドートで、こちらが……」
「イヴァン・ルシャヴナ」
沈黙を保っていた青ずくめが、ぼそりと言った。それは初めて聞いた彼の声だった。
ヴァージニアは一瞬だけ言葉を失ってから、改めて仕切りなおした。
「全員がAランクってこと以外で、何か知りたいことは?」
女は鷹揚に微笑した。
「きみたちは何が得意なのかね?
つまり、私の頼みごとに向いているかどうか、ということだが」
「大抵の相手には負けないつもり。特に、男には」
ヴァージニアが即答した。フェドートはイヴァンの言葉を待ってみたが、どうやら先
程ので今日の分は使い果たしてしまったらしく、彼が口を開く気配はなさそうだった。
となるともう少し汎用性のある返答を用意する必要があるので、フェドートは適当な言
葉を探した。まさに目の前の女のような人種を納得させられるような答え方は、いくつ
か予想がついていたけれど。
「おもしろそうなことならなんでもやるよ? 巷では高ランクハンターは戦うしか能が
ないって思われてるみたいだけどー、他のこともできるんだよ。だよね、イヴァンくん」
同意を求めてみる。青フードは無反応のようにも、かすかに頷いたようにも見えた。
女は二人分の返事で満足したのか、思案する風に唇に指を当てた。白い指先の動きが
妙に官能的だったので、フェドートは内心だけで苦笑した。
「あ、ぼく、あと明後日のお昼には帰らなきゃいけないから、長いお仕事は無理だよ」
女は渋い顔をした。
「別にどうしてもきみたちでなくても構わないのだが……
できれば早く決めてしまいたいとは思っている。時間も、まあ、そうはかからないだ
ろう。私も長くかけるつもりはない――数日が経てば、今考えているのとは別の手段に
頼ることになるだろうから」
「はっきりしないわね」
「武力が必要なら部下を使う。きみたちに求めるのは、口の堅さだ。私は冒険者などと
いう輩をまったく信用していないが、それなりに名の知れた者ならばある程度は期待で
きるだろうと思った。つまり……何だ、その、仕事の内容は、あまり世間に知られたく
ないことだ」
「後ろ暗い仕事ならいくらでも請けてきたわ。
いろんな人の秘密を知っているけど、言い触らしたことはないわね」
「ぼくもー。悪魔の起こし方とか、人の生き返らせ方とか知ってるよ。内緒ね?」
「……ねえ、フェドート。あなたが喋ると、わたしの説得力までなくなるんだけど?」
ヴァージニアが猫なで声で言った。眠たげな目元に本物の殺意が見えた。フェドート
は少し俯いて黙っておくことにした。イヴァンは何を思っているのか無言のままだ。
女はため息をついた。
「次に紹介される者がきみたちよりも信用できるという保証がない以上、もうきみたち
に頼みたいのだが、この様子では、内容を知らないままで頷いてくれそうにはないな」
「当然」
「……まあ、いいか。断るにしても、幾らか払おう」
「口止め料ね」
「その言い方は無粋で好まないがな。
とにかく話すから、聞いてから判断してくれ」
ヴァージニアは反対しなかった。
女はまた唇に指を当てた。
「ああ、私はツィツィリエという。家名は、悪いが名乗れない」
男装のツィツィリエ、男勝りの令嬢。フェドートはその名前を知っていた。
たとえば彼女の首を切り落として陣へ持ち帰れば、いくらかの金貨と、ついでに後で
騎士の位でももらえるかも知れない。どちらにもあまり興味がない。戦争で遊ぶために
稼いだのであって、稼ぐために戦っているわけではない。
他の二人は彼女を知っているだろうか。この国の者か、近隣の国の軍人か傭兵なら、
知っているだろうが。
女は続けた。
「……きみたちは、川原へ行ったことがあるか?
こう、水流で角が削れて丸くなった石が沢山落ちているような……」
「は? あるけど……それが?」
「この町の城壁を抜けすぐ南に、川が流れている。無理をすれば徒歩でも渡れる、普通
の川だ。その傍らに、古い塔の瓦礫が散乱している箇所があるのだが……そのあたりで、
石を拾ってきて欲しい」
「……え?」
「まあ、その、何というべきか……どうやら私は誤解を招きやすいようで……」
女は口元を指で隠したまま、何かに耐える表情で視線を逸らした。頬が紅潮している。
重大な秘密を打ち明ける乙女の姿そのもの、或いは、屈辱を暴露かれた騎士の表情か。
女は、声を絞り出した。
「……恋人に、逃げられてしまったんだ。探してくれ」
「それで、どうして、石を?」
女は落ちつかなげに脚を組みかえ、眉をひそめた。
「あのひとは、魔法使いに頼んで、その川原で自分を石に変えてしまったんだ。
私だけには絶対に見つけられないようにと、そのための魔法まで用意して……」
○ ● ○ ● ○
秋の空はどこまでも高く、青く澄み渡っていた。風は冬の予兆の冷たさをはらんでい
たが、それでも絶好の行楽日和と言うのに不都合はなく、悠々と流れる川の波はきらき
らと輝いている。
「わー!」
フェドートは視界が開けてその光景が目に入るなり、歓声を上げた。
「ついた! 広ーい、石いっぱいある! 川きれー!」
「…………そうね」
どうして自分がこんなところにいるのかさっぱりわからない、という表情で、ヴァー
ジニアが頷いた。フェドートはツィツィリエとの会話の中でヴァージニアが最も感心を
払った事柄が破格の報酬額であることを覚えていたが、あえて指摘して怒らせることは
しなかった。
「見つかるといいねー」
言いながら、足元の石を拾い上げてみる。丸みを帯びて表面に灰色の輪を浮かせた灰
色の石は何の変哲もないようだった。手の中で転がして、川に向けて投げる。
石は綺麗な放物線を描き、ちゃぽんと飛沫を立てて沈んだ。
「それが目的の石だったらどうするの?」
「そうだと思う?」
「いいえ」
ヴァージニアは醒めた目で川原を眺めた。
日の照り返しで白く褪せてみえる丸い砂利に、古い建築物の瓦礫が混ざっているが、
それらももう既に名残を失いつつあり、半ば自然へと還っている。
「わたし、どうしてここにいるのかしら」
「…………」
イヴァンは空から落ちた青が人の形をしているだけのように佇んでいる。彼が何を考
えているのかはまったく想像がつかない。が、フェドートはとりあえず自分は楽しいの
で気にしないことにした。
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