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2024/05/05 07:07 |
異界巡礼-9 「夜、明けて動き出す」/マレフィセント(Caku)
PC マレフィセント、フレア
NPC リノ、宿屋の女将、盗賊ギルドからの男、他宿屋の旅人
PLACE 宿屋の食堂
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そして、一夜が明けた次の日。




******

宿屋の食堂。
窓の向こう側からけたたましい鶏とロバの叫びが、家の中にまで響いている。だが誰もそんな些細なことに頓着などしていない。

「……………」

宿屋の朝は夕食時と同じぐらい煩かった。
眠りから目覚めた旅人達、起きるだけで一騒動を起こす傭兵達。朝の宿屋は夜にもおとらずに騒々しい。そこかしこで朝食の取り合いが起こり、屈強な男達が宿屋の女将に朝飯の量でいちゃもんをつけている。

そんな騒がしくも賑やかな朝の風景の中で、一人腕組をしてじっと静寂を保っている男が一人。穏やかな微笑みが似合う彼の表情は、深い憂いに彩られていた。朝食が揃うテーブルに腰掛けて、食べるでもなく石像のようにじっとしている。彼の視線は階段の二階、旅人達の寝室のほうへ向けられている。憂いは、部屋の中で閉じこもる一人の少女へ。

『δδαー』

その横で、大きな皿を垂直に立てている少女がいた。三つめのスープ皿をたいらげて、皿をテーブルに戻す。皿の横幅は少女の顔とほぼ同じで、口の周りには今飲み干したばかりのかぼちゃスープのヒゲができている。真っ赤な頭巾を羽織っているため周囲には悪魔だと気がつかれていないものの、隣のテーブルの旅人達は先ほどから不安そうにリノを見つめている。何も手をつけていないリノの朝食の行方を心配しているらしく、マレが新しい皿に手を伸ばすたびにハラハラと彼の顔へ危険のメッセージを送っている。

「……………」

『σー』

ちなみにテーブルに用意されていたメンバー分のスープを全部平らげてしまっていたのである。そのまま次は、とマレフィセントはテーブルの上を凝視しはじめる。獲物を見つめる瞳は瞳孔が針のように細まり、人ならざる存在であることを象徴している。その魔の瞳に映る白い湯気。にわかにマレフィセントの表情が凄みを帯びる。そうして、ほっこりと暖かい胡桃のパン(三個)に手を伸ばした次の瞬間―…

「ほらほら!お嬢ちゃんばっかり食べるんじゃないよ!」

『ασ!』

パンとマレフィセントの直線の間に、突如異物が降ってきた。びっくりしたマレフィセントは慌てて手をひっこめる。マレの指がパンの入ってるかごに届く寸前に、テーブルに垂直落下してきたのは青々とした葉をつけたままの橙色の果実がはいった籠だった。

「まったく!あんたのところの子供はそこいらの傭兵どもよりも大喰いだねぇ!!」

「…あぁまったくだ」

辛抱強く開かない扉を眺め続けていたリノは、諦めたように視線を戻して女将の発言に肩をすくめた。籠の中から艶やかな果実を一つもぎ取り、顔に近づける。爽やかな酸味と甘みが香りからもよく伝わった。マレは早くもふんふんと鼻をひくつかせてこちらを伺っている。

「あんた、もう一人連れがいただろ?黒髪の可愛い子が」

「それを待っていたんだが…どうもこっちの子は待ちきれないようだ」

女将と会話しながらも、リノは果実の皮をむき始める。その僅かな間さえ我慢ならなかったのか、むけた皮をマレがあーんと口を開いてせがんできた。

「こらこら、そのままだと美味しくないよ」

それを見ていた女将が、おおすぎるほどに付属しているエプロンポケットからごそごそと一つの菓子袋を取り出す。リノがむいている果実と同じもののようだが、飴色に褐色ししぼんでいる。蜂蜜にでも漬けてあるのか、きらきらと果実の周りに沈殿している液体が輝きを放つ。

「売り物ではないのか?」

宿屋のカウンターで、愛想のよい看板娘が旅人達にすすめている菓子の一つ。伝統的な方法で丁寧に作られたそれは、この周辺の食べ物屋でも多く見かけることができ、旅人にも人気が高い。

「もちろん売り物さ、銅貨3枚」

女将の根性に苦笑いしながらも、リノは懐から銅貨を取り出す。女将はにこやかに銅貨を受け取ると、袋をマレフィセントの口に落とす仕草をした。もちろん女将はマレフィセントが手で受け取るものだと思っていたし、大きな口を開けっ放しにしているマレをみて、つい何気ない仕草をしてみただけだったが、

ばくっ

「…ってお嬢ちゃん!?」

「…マレ…」

見事、釣り餌を飲み込む魚のように一口で袋ごと菓子を平らげてしまう。
リノの席の周辺は、女将、リノ、不幸にも現場を目撃した幾人の旅人達によって硬く凍り付いてしまった。

******

フレアを激情させ、マレを助けた男。
リノは現段階では静観の立場を取る事にした。どんなに悪者であったとしても、リノはまだその所業を知らないし、それに彼は一応マレを助けてくれたのだ。もし仮に旅の障害として立ちふさがるのならば、剣を取るまでのこと。ただ、フレアがいつ自分の殻から出てきてくれるのかが―

「おい」

と、思考にふけっていると、後ろから呼びかけられた。リノは後ろを振り向く。

「…?」

見たことのない男だった。年の頃は三十前後、ありていな旅人の服装に特徴はない。肌はややくすんでいて、フードを被せた顔の中から覗いてくる瞳の色は赤に近い茶色だった。
どの街にも一人ぐらいはいそうな、平凡な顔立ちの男。リノがざっと記憶を洗っていると、男はすばやく口を開いた。

「初対面だ」

「そうか、見覚えないわけだ。で、何のようかな?」

男はさきほどより、やや声音を潜めて答える。

「…ギルドに悪魔の情報を買う、といったのはお前か?」

「あぁ」

リノは数日前に、この街の盗賊ギルドに潜入し悪魔の情報を探した。表に出ない情報や物品が当然のように流通している裏のギルドならば…と入ってみたものの、さすがに盗賊ギルドにもそんな話題はそうそうないのか、せっかく社会の暗部へ足を踏み入れたにも関わらず空振りに終わっていた。

「信頼できる筋かね?確証や情報の保障は?」

「百聞よりも一見してみるがいい」

リノが情報を確かめようと矢継ぎ早に質問をすると、男はあっさりと言葉を返し、懐から布にくるまれた棒状のものを出した。

「…待て、貴様…これはどこから手に入れた?」

一級品の絹で出来たと思われる鮮やかな青布を見た瞬間、リノは一気に表情を変えた。男が取り出した棒状のものはまだわからないが、それを包む聖なる布はリノにとって見慣れている品物だった。

「ある盗賊が『これじゃ売り物にもなりやしない』と持ってきた。いくら外側の聖布が上質の魔道具でも、中身は呪いの品かもしれんものを引き取る酔狂な客はいなかったようだ」

男が淡々と説明する。手に持つそれはちょうど小刀ほどの大きさで、布地は端からぼろぼろとほつれていた。かなりの年代物だが、聖なる加護を与えられたその色は時さえ寄せ付けないとあって、色鮮やかな色彩を今も保っている。

「中身は」

「もう封印は掛かっていない。こちらの魔術師に開錠させた」

リノが躊躇している間にも、男は構いなく布を取り払った。

「?」

果たして何が出るかと身を硬くしたリノだったが、一目それを見ると拍子抜けしてしまった。思わずぽかんと開いた口が塞がらない。

「…木、いや木炭か?」

「聖戦の時の異物だそうだ、なんでもこの世のものでは―」

男の話が途中も途中だったその時、二人の間に怖ろしいほどのスピードで割り込んだ影。

「!」

「マレ!?」

男が驚愕に身を引き、リノの膝上に乗りかかってそれを奪い取った。赤いフードが取れそうになるのをリノが慌てて被せなおしている間にも、マレフィセントはそれをまじまじと見つめている。
ふと、木炭のように黒ずんでいたものに青い光の筋が入った―…ような気がした。リノが思わず目を細めるがそこにはただの黒い板切れがあるだけだった。

「…おい…」

男のやや狼狽した声に、リノは男のほうを見る。男もリノと同じ光を見たのか、目をしばたたかせこちらに説明を求めている。マレといえばそんな二人など意中にないかのように、板切れを両手で大切そうに包み込んだ。そのまま胸まで持っていき、瞼を閉じる。その様子を黙ってみていたリノだったが、男に向き直り、

「…これを見つけたのはどこだかきいているか?」

「大陸の南、辺境ハルバートよりもさらに南の海にせり出した岬の聖堂跡地だそうだ」

「…辺境ハルバート…」

リノは絶句する。名前しか知らぬ辺境のさらに奥地だと聞き、さすがのリノでも軽く眩暈を起こしかけた。
思わず顔を手で覆って嘆息する。

「…到着するまで何年かかるのやら」

「それよりいくらで買うんだ、品は見せたぞ。ギルドにかけて質は保証する」

一体それは何のかさえ解からないが、マレの反応を見るに思わぬところでマレの家族に繋がる品物かもしれない。リノは懐から銀貨を七枚取り出した。が、男は不満そうに鼻をならした。

「金貨はないのか」

「…うむ、仕方ないな」

二人がやりとりしている間も、マレは動かず、ただその欠片を握り締めていた。瞼の裏に伝わる映像に心を馳せる。

******

夜明けと悲鳴、剣戟の音が歌のように響いてる。炎と十字架が、手を取り合って踊っているように舞い散らばる。火の粉が、雪のようにはらはらと夜空に煌く。悪魔の群れ、騎士の群れ。
光景は乱雑に、まるで絵本の挿絵の順番をばらばらにしてしまったかのように脈絡がない。遠くに海が見え、水平線から昇る朝日。雄たけび、勝利の歓喜。

不意に映像から激痛が迸る。思わず息を呑み、自らの頭部にある角を触った。実際は角はちゃんとあり、血も出ていない。しかし、痛い。無理やりへし折られたかのような衝撃に頭蓋がぐらぐらする。

意識が剥がれる。痛みに負けて映像が消えていく。
ただ遠のく風景の中で蹄の音だけが響いている。もう少しで、あともう少しでその姿が見える。が、次の瞬間に肩を支える男の手がマレを現実に呼び戻す。

******

「マレ?」

リノが心配そうに少女の肩を支えていた。先程の男はもういなかった、交渉がすんで帰ったのだろうか。マレはいつの間にかリノの膝上で涙を浮かべて縮こまっていた。手の中には消し炭のような板切れ、それが父親の角であるとわかった途端、マレはぼろぼろと大粒の涙を零し始め、泣き出した。マレがこんなにも感情を強く発露することなど、まだ旅を共にして日数の浅いリノにとって初めてだった。

「どうした、どこか痛むのか?」

子供の扱いには慣れているが、さすがに唐突すぎてリノも慌てふためく。朝の宿屋の食堂にはマレの泣き声に好奇と疑念の視線が集まる。リノは慌てて立ち上がり、さて一度部屋へと戻るかと思い立ったところで、二階へ続く階段から降りてきた黒髪の少女を見てほっと一安心した。

「やぁおはようフレア、さっそくで悪いがなんとかできないか?」
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2008/09/22 00:16 | Comments(0) | TrackBack() | ○異界巡礼

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