キャスト:トノヤ・ファング
NPC:ワッチ・月見・リア・セバス
場所:ヴァルカン/リア邸内
――――――――――――――――
「待てー★」
「うわァあああ!来るな来ないでほんとに来ないで!」
夕闇に沈む不気味な木立ちの中を全力で駆けながら、ファングはただひたすらに
叫んでいた。
後ろを振り返れば、一体なにがそんなに楽しいのか満面の笑みを浮かべた
少女が追ってきている。
「なして逃げるですかファング君!お話があるというに!」
「やだやだやだお前の場合話だけじゃ終わらないじゃん!」
「なにを根拠にそげな事ー!」
「両手わきわきさせつつ寄ってくれば一目瞭然だってー!」
とはいえ、二人の間には十分な距離がある。
どちらかというと疲労しているのは月見のほうで、ファングはというと
屋敷をぐるりと回って帰るルートを見出すくらいの余裕はあった。
しかし月見のことだから、あらゆる法則を無視して
追い付いてこないとも限らない。
結局、ファングにできることは全力で逃げるほかにないという事だ。
「ぅおげあ★」
奇妙な声と共に派手な音が背後からした。
足を止めてそちらに目をやると、月見は頭から枯葉の山に突っ込んで
動きを止めていた。
木の根にでもつまづいて、そのまま幹にでも頭をぶつけた、といったところか。
その横には見慣れた巨体がたたずんでいる。
思わずファングは歓声をあげてそちらに駆け寄った。
「ワッチ!助けに来てくれたの!?」
「いや…お前らを探しに来たんだけどよ」
見上げるほどの巨体と褐色の肌を持つその男――ワッチは、
困ったように頭を掻きながら枯葉の山から生えている足を見やった。
「杖の修理が終わったらしい。帰るぜ」
「え!?マジ!?」
ざざざざ、とその足をひっつかんで引き抜き、目を回している
月見を軽々と肩に担いでワッチが歩き出す。
ファングも意気揚々と後に続く。
墓場がある林を進みながら、ふと思い出して呟いた。
「そういや、月見の話ってなんだったのかな…」
「話?」
「うん、なんか話があるとかって。でも超あやしかったから
今まで逃げ回ってたんだけど、聞いてやりゃよかったな」
落ち着いてみれば、全力で逃げたのが馬鹿らしくて
笑いがこみ上げてくる。もっとも、実際に月見に捕まっていたら
笑い事ではすまなかっただろうが。
「あとで聞いてやれよな。大事な話かもしんないから」
ワッチの一言に、ファングは頷いて軽い口調で答えた。
「そだね」
・・・★・・・
「難産だったけど。まぁなんとか形になったわ」
応接室に入るなり、リアは腕を組んでそう言った。
目の前のテーブルには、どこで誂(あつら)えたか紙製の長細い箱が置いてある。
その隣には同じような箱がもう一つあったが、そちらはかなり小さいものだった。
「意外に早かったっすね」
二つの箱とリアの顔を交互に見ながら、ファングはソファに腰を下ろす。
「そうね。ほかの注文もそんなに入ってなかったし…それに
月見ちゃんが手伝ってくれたしね」
「月見が?」
「ええ」
ファングの問いに簡潔に答え、全員が腰を下ろしたのを見計らって
リアは長細い箱の蓋を開けた。自然に皆が身を乗り出す。
「…すげ」
「いったん溶かしてから再成形したの。まったく元通り、
てわけにはいかなかったけど、まぁほぼ前と同じ状態のはずよ」
箱に入っていた布ごと、リアが剣を捧げ持つようにして取り出したのは、
間違いなく『浅葱の杖』だった。
テーブルに置かれたそれに、顔を近付ける。
澄んだ水がそのまま凝り固まったような、淡い色。
じっと見ているとふいに魚影を見いだせそうな気さえする。
ファングはリアに笑顔を向けると、ぺこりと頭を下げた。
「いや十分元通りっすよ!ありがとございます!」
「あと、これ」
正直、その礼すら彼女にとってはどうでもいいことのようだったが、
言葉を受け取るように頷いて、小さいほうの箱を開ける。
敷き詰められた綿の中から角の取れた長方形の薄いガラス片が出てくる。
ガラス片には革紐が通され、吊り下げられるようになっていた。
「ペンダント…?」
「ええ、菓子袋に残った遺産の欠片で作ったの」
ファングの目の前でふらふらと振り子のように軽く振って、また箱に戻す。
「洗浄したけど本体に入れるわけにはいかなかったし…でも
捨てるのももったいないしね」
テーブルに横たわる遺産と、箱に納まったペンダントを見比べるが。
「俺にはどっちのガラスも変わりないように見えるっすけど」
「そうね。大抵の細かい不純物は燃え尽きて飛んでしまうから。でも
ゴミには違いないし」
いまだ起きない月見がソファの上で寝返りを打つ。
聞こえてくる寝言のようなうわごとのような呟きを聞く限りでは、
やはり逃げたのは正解だったらしい。
「ガラスとしては最悪だけど、アクセサリーにはいいんじゃない」
そこで自分の仕事は終わりと言わんばかりに、リアは言葉を切る。
ファングは小さい箱を手元に寄せ、革紐をつまんで遺産の欠片を
目の前に吊り下げて――隣でふんぞりかえっているトノヤに差し出した。
「…いる?」
「は?」
あくまで喧嘩腰のトノヤは、寝起きのせいかいつにも増して機嫌が悪かった。
「なんでだよ」
「またガラス化したくないもん俺」
「俺だってやだし」
険悪になりそうな空気を割るようにして、それまで黙っていたワッチが口を挟む。
「でももう、あの神殿から出ちまえばそんな事なくなるんだろ?」
目の前にある遺産、『浅葱の杖』はそれを持つ者の欲望を食らい、
ガラス化させてしまう力を持っている。ワッチの言うとおり、
安置されていた神殿から運び出されてきた今では杖を触ってもなんの反応もないが、
半身をガラス化されたあの恐怖は、今思い出しても寒気がするほどだった。
できることならああいった経験は二度としたくないものだ。
「や…でもなんか。リアさんには悪いけど」
詫びながら、額を掻くようにしてバンダナに触れる。
トノヤは台詞とは裏腹に、ペンダントに少しばかり興味を持ったらしかった。
箱を手元に引き寄せ、革紐をつまんで疑うような目で透明な欠片を見ている。
もらっとけよ、とワッチが言うと、彼はばつが悪そうになにやら毒づいて
ペンダントを箱に戻した。
ファングはそこでリアのほうに向き直り、杖の入った箱を押し戻す。
「あとこれ…リアさん、持っててもらえないっすか」
「え!?」
ガラス職人は驚愕の声をあげて動きを止めた。普段からあまり
表情を変えない彼女の珍しい顔になんとなく罪悪感に近いような
ものを覚えながら、苦笑する。
「なんつーか、また割っちゃいそうで」
「それはそうだけど」
間髪入れずに同意して、リアは念を押すようにファングの顔を下から
覗き込んでくる。
「でも、お父さんの形見なわけでしょ?これ。いいの?」
「まぁ…形見っちゃ形見っすけど。正直、俺が持ってても…。むしろ、
リアさんが持っててくれてたほうが大事にしてくれそうじゃないっすか」
「…それは…まぁ、そりゃあ大事にするけど…」
まさか依頼品をそのまま渡されるとは思っていなかったのだろう、
困惑したように頬に手をあてながら、リア。
一瞬黙り込んだ彼女の目を盗み、ファングはさっと周囲を見渡した。
ワッチは特に驚いたような顔を見せていなかったが、彼もファングと
同じように物にはあまり執着がないのか、じっと座ってただ事の成り行きを
見守っている。
月見はというと静かになってしまった室内で声を出すタイミングを逃したらしく、
ようやく目にした遺産を前になにか落ち着かないそぶりを見せていた。
窓のほうへ顔を向けているトノヤは論外だが、まったく話を聞いていないと
いうわけではなさそうだった。
独断で言ってしまったが、どうやら異論はないようでファングは内心
胸を撫で下ろした。
「俺は…どうでもいいんすよ。別に。宝が欲しいんじゃなくて、ただ
見つけたいってだけなんすよ。しかも、親父のその形見ってこの世界中に
まだたくさんあるはずだし。親父もまさか俺にそれを全部管理してもらおう
なんて思ってるわけじゃなかったと思う…んです」
それはリアを説得する文句というより、ファングなりの自己分析と
父に対する想いだった。
「本当はちゃんと全部保存して…もしかしたらどこかに寄贈しなくちゃ
いけないものもあるかもしれない。
けど俺、トレジャーハンターだから。探すしか脳がなくて」
そして、軽い自嘲。
笑うように息を吐いて言葉を切ると、リアはふっと口を緩めて頷いた。
「――わかったわ。大丈夫、きっと大切に保管しとく」
――――――――――――――――
NPC:ワッチ・月見・リア・セバス
場所:ヴァルカン/リア邸内
――――――――――――――――
「待てー★」
「うわァあああ!来るな来ないでほんとに来ないで!」
夕闇に沈む不気味な木立ちの中を全力で駆けながら、ファングはただひたすらに
叫んでいた。
後ろを振り返れば、一体なにがそんなに楽しいのか満面の笑みを浮かべた
少女が追ってきている。
「なして逃げるですかファング君!お話があるというに!」
「やだやだやだお前の場合話だけじゃ終わらないじゃん!」
「なにを根拠にそげな事ー!」
「両手わきわきさせつつ寄ってくれば一目瞭然だってー!」
とはいえ、二人の間には十分な距離がある。
どちらかというと疲労しているのは月見のほうで、ファングはというと
屋敷をぐるりと回って帰るルートを見出すくらいの余裕はあった。
しかし月見のことだから、あらゆる法則を無視して
追い付いてこないとも限らない。
結局、ファングにできることは全力で逃げるほかにないという事だ。
「ぅおげあ★」
奇妙な声と共に派手な音が背後からした。
足を止めてそちらに目をやると、月見は頭から枯葉の山に突っ込んで
動きを止めていた。
木の根にでもつまづいて、そのまま幹にでも頭をぶつけた、といったところか。
その横には見慣れた巨体がたたずんでいる。
思わずファングは歓声をあげてそちらに駆け寄った。
「ワッチ!助けに来てくれたの!?」
「いや…お前らを探しに来たんだけどよ」
見上げるほどの巨体と褐色の肌を持つその男――ワッチは、
困ったように頭を掻きながら枯葉の山から生えている足を見やった。
「杖の修理が終わったらしい。帰るぜ」
「え!?マジ!?」
ざざざざ、とその足をひっつかんで引き抜き、目を回している
月見を軽々と肩に担いでワッチが歩き出す。
ファングも意気揚々と後に続く。
墓場がある林を進みながら、ふと思い出して呟いた。
「そういや、月見の話ってなんだったのかな…」
「話?」
「うん、なんか話があるとかって。でも超あやしかったから
今まで逃げ回ってたんだけど、聞いてやりゃよかったな」
落ち着いてみれば、全力で逃げたのが馬鹿らしくて
笑いがこみ上げてくる。もっとも、実際に月見に捕まっていたら
笑い事ではすまなかっただろうが。
「あとで聞いてやれよな。大事な話かもしんないから」
ワッチの一言に、ファングは頷いて軽い口調で答えた。
「そだね」
・・・★・・・
「難産だったけど。まぁなんとか形になったわ」
応接室に入るなり、リアは腕を組んでそう言った。
目の前のテーブルには、どこで誂(あつら)えたか紙製の長細い箱が置いてある。
その隣には同じような箱がもう一つあったが、そちらはかなり小さいものだった。
「意外に早かったっすね」
二つの箱とリアの顔を交互に見ながら、ファングはソファに腰を下ろす。
「そうね。ほかの注文もそんなに入ってなかったし…それに
月見ちゃんが手伝ってくれたしね」
「月見が?」
「ええ」
ファングの問いに簡潔に答え、全員が腰を下ろしたのを見計らって
リアは長細い箱の蓋を開けた。自然に皆が身を乗り出す。
「…すげ」
「いったん溶かしてから再成形したの。まったく元通り、
てわけにはいかなかったけど、まぁほぼ前と同じ状態のはずよ」
箱に入っていた布ごと、リアが剣を捧げ持つようにして取り出したのは、
間違いなく『浅葱の杖』だった。
テーブルに置かれたそれに、顔を近付ける。
澄んだ水がそのまま凝り固まったような、淡い色。
じっと見ているとふいに魚影を見いだせそうな気さえする。
ファングはリアに笑顔を向けると、ぺこりと頭を下げた。
「いや十分元通りっすよ!ありがとございます!」
「あと、これ」
正直、その礼すら彼女にとってはどうでもいいことのようだったが、
言葉を受け取るように頷いて、小さいほうの箱を開ける。
敷き詰められた綿の中から角の取れた長方形の薄いガラス片が出てくる。
ガラス片には革紐が通され、吊り下げられるようになっていた。
「ペンダント…?」
「ええ、菓子袋に残った遺産の欠片で作ったの」
ファングの目の前でふらふらと振り子のように軽く振って、また箱に戻す。
「洗浄したけど本体に入れるわけにはいかなかったし…でも
捨てるのももったいないしね」
テーブルに横たわる遺産と、箱に納まったペンダントを見比べるが。
「俺にはどっちのガラスも変わりないように見えるっすけど」
「そうね。大抵の細かい不純物は燃え尽きて飛んでしまうから。でも
ゴミには違いないし」
いまだ起きない月見がソファの上で寝返りを打つ。
聞こえてくる寝言のようなうわごとのような呟きを聞く限りでは、
やはり逃げたのは正解だったらしい。
「ガラスとしては最悪だけど、アクセサリーにはいいんじゃない」
そこで自分の仕事は終わりと言わんばかりに、リアは言葉を切る。
ファングは小さい箱を手元に寄せ、革紐をつまんで遺産の欠片を
目の前に吊り下げて――隣でふんぞりかえっているトノヤに差し出した。
「…いる?」
「は?」
あくまで喧嘩腰のトノヤは、寝起きのせいかいつにも増して機嫌が悪かった。
「なんでだよ」
「またガラス化したくないもん俺」
「俺だってやだし」
険悪になりそうな空気を割るようにして、それまで黙っていたワッチが口を挟む。
「でももう、あの神殿から出ちまえばそんな事なくなるんだろ?」
目の前にある遺産、『浅葱の杖』はそれを持つ者の欲望を食らい、
ガラス化させてしまう力を持っている。ワッチの言うとおり、
安置されていた神殿から運び出されてきた今では杖を触ってもなんの反応もないが、
半身をガラス化されたあの恐怖は、今思い出しても寒気がするほどだった。
できることならああいった経験は二度としたくないものだ。
「や…でもなんか。リアさんには悪いけど」
詫びながら、額を掻くようにしてバンダナに触れる。
トノヤは台詞とは裏腹に、ペンダントに少しばかり興味を持ったらしかった。
箱を手元に引き寄せ、革紐をつまんで疑うような目で透明な欠片を見ている。
もらっとけよ、とワッチが言うと、彼はばつが悪そうになにやら毒づいて
ペンダントを箱に戻した。
ファングはそこでリアのほうに向き直り、杖の入った箱を押し戻す。
「あとこれ…リアさん、持っててもらえないっすか」
「え!?」
ガラス職人は驚愕の声をあげて動きを止めた。普段からあまり
表情を変えない彼女の珍しい顔になんとなく罪悪感に近いような
ものを覚えながら、苦笑する。
「なんつーか、また割っちゃいそうで」
「それはそうだけど」
間髪入れずに同意して、リアは念を押すようにファングの顔を下から
覗き込んでくる。
「でも、お父さんの形見なわけでしょ?これ。いいの?」
「まぁ…形見っちゃ形見っすけど。正直、俺が持ってても…。むしろ、
リアさんが持っててくれてたほうが大事にしてくれそうじゃないっすか」
「…それは…まぁ、そりゃあ大事にするけど…」
まさか依頼品をそのまま渡されるとは思っていなかったのだろう、
困惑したように頬に手をあてながら、リア。
一瞬黙り込んだ彼女の目を盗み、ファングはさっと周囲を見渡した。
ワッチは特に驚いたような顔を見せていなかったが、彼もファングと
同じように物にはあまり執着がないのか、じっと座ってただ事の成り行きを
見守っている。
月見はというと静かになってしまった室内で声を出すタイミングを逃したらしく、
ようやく目にした遺産を前になにか落ち着かないそぶりを見せていた。
窓のほうへ顔を向けているトノヤは論外だが、まったく話を聞いていないと
いうわけではなさそうだった。
独断で言ってしまったが、どうやら異論はないようでファングは内心
胸を撫で下ろした。
「俺は…どうでもいいんすよ。別に。宝が欲しいんじゃなくて、ただ
見つけたいってだけなんすよ。しかも、親父のその形見ってこの世界中に
まだたくさんあるはずだし。親父もまさか俺にそれを全部管理してもらおう
なんて思ってるわけじゃなかったと思う…んです」
それはリアを説得する文句というより、ファングなりの自己分析と
父に対する想いだった。
「本当はちゃんと全部保存して…もしかしたらどこかに寄贈しなくちゃ
いけないものもあるかもしれない。
けど俺、トレジャーハンターだから。探すしか脳がなくて」
そして、軽い自嘲。
笑うように息を吐いて言葉を切ると、リアはふっと口を緩めて頷いた。
「――わかったわ。大丈夫、きっと大切に保管しとく」
――――――――――――――――
PR
PartyMember:
フェドート・クライ イヴァン・ルシャヴナ ヴァージニア・ランバート
Stage:
ガルドゼンド王国南部・フォイクテンベルグ
Turn:
イヴァン・ルシャヴナ(01)
――――――――――――――――
飽きれるほど青い空が、直線で切り取られている。
そこに風が舞って、着ているマントの裾が視界に曲線を加えた。
青い――それこそ空に浸して染め上げたようなフードつきのマントは、
目立つように思えても日陰に入ればそう気に留めるものでもないだろう。
目深に被ったフードからのぞく髪の色も、空を見る隻眼も、みな一様に青い。
閉じられた唇は薄かった。その表情はめったに動かないが、まだどこか
少年の持つ独特な隙のようなものをかすかに残している。
暗い路地の下から空を見上げていたイヴァン・ルシャヴナは、悲鳴を聞いて
動きを止めた。
まず耳が反応する。甲高い悲鳴は短く、すでにやんでいたが
さきほどから言い争いのような会話は聞こえていたので位置は特定できた。
切れ切れに聞こえる内容から判断するに、誰かが脅されているらしい。
だがどうという事もない。路地では珍しいことではないし、
そうだったところで助けてやる義理も理由もない。
市場のざわめきは相変わらずだ。悲鳴ひとつ聞こえたからといって
それが破られるはずなどなかった。
イヴァンは歩きだした。
「――追い剥ぎかねぇ」
突然、足元から声がする。
だみ声と甲高い声が交じった不思議な響きのある声だ。
しかし声の主はいない。それでもイヴァンは歩みを止めることもせず、
ただ前を向いて進んでいる。
「今のは女じゃ無ェな。なんでぇ、男のくせに情けねぇ声出しやがる」
相づちなどまるで期待しないで声は毒づく。
「情けねぇといやぁ、今探してる某(なにがし)もなぁ。
まるで絵から抜け出てきたような駄目男じゃねぇか?
描かれた紙から出てくる根性はあるってぇのに紙よりうすっぺらい野郎だよゥ」
ぺらぺらとまくしたてる声は、イヴァンが歩いている間にあらゆる場所を
移動しながらついてきている。
「案外、そういう奴があんな声――旦那?」
足を止めると、数メートル先に進んでからあわてたように声も動きを止めた。
イヴァンは再び天を振り仰ぐと、いきなりその場で真上に跳んだ。
大して足音もたてずに、勢いを失う前に足が古い壁にかかる。
そこを足場にまた踏み切ると、体はなんなく路地を垂直に抜けた。
着地し、路地を構成する古いアパートメントの屋根の上から声のした方を探る。
路地は幾筋にも分かれてそのくせ狭いから、屋根と屋根を飛び移っていくのは
難しくなかった。
「旦那、自分で言っておいちゃ何だがそりゃいくらなんでも出来過ぎさァ」
陽の下に出たところで、声の主はようやく正体を現わした。
もっとも、隠れるつもりなどなかったのだろうが。
「どうせうだつの上がらねぇチンピラだよゥ」
「フィル」
声の主の名を呼んで、イヴァンは足元に目をやった。
整然と並ぶ瓦、それに流れる黒い影。声はそこからしていた。
「黙れ…」
「はいはい、影は影らしく這いつくばってましょ」
静かな叱咤に、フィルと呼ばれた影は流れた重油のように不規則な動きで
主人のシルエットをとって沈黙した。
騒々しい同伴者が黙ったことで、周囲の音がより微細に拾えるようになった。
もう一棟屋根を飛び越えて下を覗き込むと、ちょうど現場の真上だった。
目に飛び込んでくるのは彩度の高い鮮やかな黄色――。
"年の頃は二十四、五。金髪で長身、カフール風の派手な服装をした優男"
脳裏に閃くのは探している人間の特徴。それらすべてに合致した男が、
今まさに一人の女に刃物をつきつけられて腕を捻りあげられている。
男は依頼書の通りの長身だったが、女はその細腕でしっかとその動きを
抑えていた。スリップドレス一枚と、夜会から抜け出してきたような
格好をして、手には炎の曲線がそのまま凝り固まったような刃。
女の髪がふわりと揺れる。
「…あなた、名前は?」
男へのその問いは気だるげだが、感情がこもっていないわけではなかった。
針を含んだ綿。たとえるならそういうものに近い。
「いまさらそれ聞くの?ぁいたたたたフェドート・クライたたたた!
なんで名乗ったのに力込めるのー」
「偽名を使うなんていい度胸してるわね?」
フェドート・クライの名は子供でも知っているほど有名だ。
女が冗談だと思っても無理はない。
しかもそれが軽快な声音で名乗られたとあっては、信じろという方が無理だ。
イヴァンはしばらく様子を見ていたが、どうやら膠着状態にあるらしい。
女は本気だろうが、男に対するすべての事柄に確証を得られず
次の行動に移りかねているようだ。
ぱっと、女が顔をあげた。
「見せ物じゃないのよ。あっち行って」
苛立ちを隠さない女のせりふが、膨らんだ花弁のような唇から放たれる。
男も上目遣いでこちらを見上げてきていた。
もしかしたら最初から気がついていたのかもしれない。
イヴァンは観念して―――というより屋根の上にいる理由を失って、
女には答えないまま軽く跳躍して屋根から降りた。
女が男の肩越しににらみつけてくる。舌打ちすらしそうなくらい不機嫌な
その目尻には、泣きぼくろがひとつ。
「言ったでしょ。見てわからないかしら――家にお帰り、坊や」
男のほうへ目をやる。彼は自分と目が会うと、今日の空のように
晴れ晴れとした顔で笑うとこう言った。
「きゃー助けてー」
――――――――――――――――
フェドート・クライ イヴァン・ルシャヴナ ヴァージニア・ランバート
Stage:
ガルドゼンド王国南部・フォイクテンベルグ
Turn:
イヴァン・ルシャヴナ(01)
――――――――――――――――
飽きれるほど青い空が、直線で切り取られている。
そこに風が舞って、着ているマントの裾が視界に曲線を加えた。
青い――それこそ空に浸して染め上げたようなフードつきのマントは、
目立つように思えても日陰に入ればそう気に留めるものでもないだろう。
目深に被ったフードからのぞく髪の色も、空を見る隻眼も、みな一様に青い。
閉じられた唇は薄かった。その表情はめったに動かないが、まだどこか
少年の持つ独特な隙のようなものをかすかに残している。
暗い路地の下から空を見上げていたイヴァン・ルシャヴナは、悲鳴を聞いて
動きを止めた。
まず耳が反応する。甲高い悲鳴は短く、すでにやんでいたが
さきほどから言い争いのような会話は聞こえていたので位置は特定できた。
切れ切れに聞こえる内容から判断するに、誰かが脅されているらしい。
だがどうという事もない。路地では珍しいことではないし、
そうだったところで助けてやる義理も理由もない。
市場のざわめきは相変わらずだ。悲鳴ひとつ聞こえたからといって
それが破られるはずなどなかった。
イヴァンは歩きだした。
「――追い剥ぎかねぇ」
突然、足元から声がする。
だみ声と甲高い声が交じった不思議な響きのある声だ。
しかし声の主はいない。それでもイヴァンは歩みを止めることもせず、
ただ前を向いて進んでいる。
「今のは女じゃ無ェな。なんでぇ、男のくせに情けねぇ声出しやがる」
相づちなどまるで期待しないで声は毒づく。
「情けねぇといやぁ、今探してる某(なにがし)もなぁ。
まるで絵から抜け出てきたような駄目男じゃねぇか?
描かれた紙から出てくる根性はあるってぇのに紙よりうすっぺらい野郎だよゥ」
ぺらぺらとまくしたてる声は、イヴァンが歩いている間にあらゆる場所を
移動しながらついてきている。
「案外、そういう奴があんな声――旦那?」
足を止めると、数メートル先に進んでからあわてたように声も動きを止めた。
イヴァンは再び天を振り仰ぐと、いきなりその場で真上に跳んだ。
大して足音もたてずに、勢いを失う前に足が古い壁にかかる。
そこを足場にまた踏み切ると、体はなんなく路地を垂直に抜けた。
着地し、路地を構成する古いアパートメントの屋根の上から声のした方を探る。
路地は幾筋にも分かれてそのくせ狭いから、屋根と屋根を飛び移っていくのは
難しくなかった。
「旦那、自分で言っておいちゃ何だがそりゃいくらなんでも出来過ぎさァ」
陽の下に出たところで、声の主はようやく正体を現わした。
もっとも、隠れるつもりなどなかったのだろうが。
「どうせうだつの上がらねぇチンピラだよゥ」
「フィル」
声の主の名を呼んで、イヴァンは足元に目をやった。
整然と並ぶ瓦、それに流れる黒い影。声はそこからしていた。
「黙れ…」
「はいはい、影は影らしく這いつくばってましょ」
静かな叱咤に、フィルと呼ばれた影は流れた重油のように不規則な動きで
主人のシルエットをとって沈黙した。
騒々しい同伴者が黙ったことで、周囲の音がより微細に拾えるようになった。
もう一棟屋根を飛び越えて下を覗き込むと、ちょうど現場の真上だった。
目に飛び込んでくるのは彩度の高い鮮やかな黄色――。
"年の頃は二十四、五。金髪で長身、カフール風の派手な服装をした優男"
脳裏に閃くのは探している人間の特徴。それらすべてに合致した男が、
今まさに一人の女に刃物をつきつけられて腕を捻りあげられている。
男は依頼書の通りの長身だったが、女はその細腕でしっかとその動きを
抑えていた。スリップドレス一枚と、夜会から抜け出してきたような
格好をして、手には炎の曲線がそのまま凝り固まったような刃。
女の髪がふわりと揺れる。
「…あなた、名前は?」
男へのその問いは気だるげだが、感情がこもっていないわけではなかった。
針を含んだ綿。たとえるならそういうものに近い。
「いまさらそれ聞くの?ぁいたたたたフェドート・クライたたたた!
なんで名乗ったのに力込めるのー」
「偽名を使うなんていい度胸してるわね?」
フェドート・クライの名は子供でも知っているほど有名だ。
女が冗談だと思っても無理はない。
しかもそれが軽快な声音で名乗られたとあっては、信じろという方が無理だ。
イヴァンはしばらく様子を見ていたが、どうやら膠着状態にあるらしい。
女は本気だろうが、男に対するすべての事柄に確証を得られず
次の行動に移りかねているようだ。
ぱっと、女が顔をあげた。
「見せ物じゃないのよ。あっち行って」
苛立ちを隠さない女のせりふが、膨らんだ花弁のような唇から放たれる。
男も上目遣いでこちらを見上げてきていた。
もしかしたら最初から気がついていたのかもしれない。
イヴァンは観念して―――というより屋根の上にいる理由を失って、
女には答えないまま軽く跳躍して屋根から降りた。
女が男の肩越しににらみつけてくる。舌打ちすらしそうなくらい不機嫌な
その目尻には、泣きぼくろがひとつ。
「言ったでしょ。見てわからないかしら――家にお帰り、坊や」
男のほうへ目をやる。彼は自分と目が会うと、今日の空のように
晴れ晴れとした顔で笑うとこう言った。
「きゃー助けてー」
――――――――――――――――
キャスト:トノヤ・ファング
NPC:ワッチ・月見
場所:ヴァルカン/郊外
___________________
「んあぁあああ!っと」
盛大な伸びをかまし、トノヤは馬車から飛び降りた。
後ろからノロノロとファングも出てきた。
先に降りていたワッチは屈伸をして固まった身体をほぐしている。
「いやぁ…またこの骨馬車にお世話になるとは……」
気持ちぐったりとしたファングが振り返った先には古びた小さな馬車。
馬車自体はそこいらの物とは特に大差はない。ただ一つ違うとすれば、
車を引く馬が存在せず、車体の中心から伸びたロープの先に繋がれているのは、
白い鳥。
いや、皮も肉も羽根も何処へ置いてきたのか骨のみの鳥だった。
「なかなか空飛ぶ馬車なんて乗れないよな。まあ、乗り心地は別として、うん」
「ワッチ、狭すぎてずっと身体折れ曲がってたしね」
薄暗い月明かりに慣れてきた目を回りにやると、今居る場所はヴァルカン郊外の
小さな街道のようだ。
ぽつぽつと民家が並んでいる。
そろそろ空も白んできそうな遅い時間なので光の点いている家はない。
「さて、お宝も治ったことだし、これk……」
「ちょっとーーー!!お待ちくだされぇええ!何か!何か大事なことをお忘れではありませんかい!?」
『あ』
ファングの台詞を遮り、馬車の中からうぞうぞとみの虫のように出てきたのは、簀巻にされたスケミだった。
狭い空間でセクハラの限りを尽くそうと命を燃やしていたので、ぐるぐる巻きにして荷台に置いておいたのをすっかり忘れていた。
ワッチが急いでほどきにかかる。
「あっ、そ、そこはもう少し、やさし…あっ」
「変な声を出すんじゃなーい!ほどいてやらないぞ!」
「ぐえぇぇえ、締まってますぞ…!キまってますってオヤジ殿……!!!」
日課の筋トレより疲れた…と、ぼやきながらワッチが戻ってきた。
月見は何やらヨロヨロしているが、誰も気にしている様子はなかった。
「で?これからどーすんだ?」
街道わきの丸太で組まれた柵にだらしなく座るトノヤが眠そうに言った。
「オイラはここでお別れ、だな」
「ワッチ……」
ワッチは爽やかに笑って3人を見回した。
荷物を背負いなおし、ンルディを両手で正面に持つ。
七色に光らずともンルディは静かに月の光をキラキラと反射している。
それを満足そうに眺め、背中へ納めた。
「報酬は先にもらってるし。楽しかったぜ。こんなハチャメチャなパーティそうそうないからな」
「助かったよホント。ワッチのお陰で杖も無事に…ってわけには行かなかったけど、結果的にちゃんと手に入った」
「ファングはこの先もお宝探しに行くんだろ?」
「ああ、親父なんかには絶対ェ負けない!」
「ははは、なんだか、めっちゃ不安だけど、頑張れよ」
子供をあやすようにファングの頭に手をやり、わしわしとかき回した。
くすぐったそうに、照れくさそうにファングは口を尖らせて髪を直すと、仕切り直してワッチに手を突き出した。
ワッチは嬉しそうにファングの手をしっかり握りしめる。
力強い、というか強過ぎるワッチの握力に少し苦笑を漏らしてファングは改めて礼を言い、手を離した。
「ああああ!ずるいですぞ!ボクもいっしょにレッツザニギニギ☆シェイクザハァーn……およ?」
いつもの調子で避けられるかカウンターを喰らうと思っていた月見は、予想外の感触に変な声を出してしまった。
嫌そぉ~な引きつる顔を隠しきれてはいなかったがワッチは、はっはっは、と笑いながら月見に抱きつかれていた。
「まあ、最後ぐらい、う…うん。まあ、サービス、だぜ」
「オ、オ、オヤジ殿ぉおおお!!いや、ワッチん~~~!!!!」
「や、やっぱりキモイ!!!」
ボカッ
「ぎゃふん☆これも…愛ッ!」
ズシン
結局地面に沈むことになった月見。
はぁはぁと、荒い息で鳥肌のたった自分の腕を掴むワッチ。
そして、柵の上で器用に居眠りをしているトノヤを見やる。
軽くため息をつき、声をかけた。
「少年、おーい。トノヤ!」
「んあ?あ、ああ、起きてる、起きてるって。ん?おう。で、何食べる?おれは別にコンビニ弁当でも…」
「完全に寝ぼけてるじゃないか!少年!ああ、落ちるってあぶな!」
急に身体を起こしたせいで後ろに倒れそうになったトノヤをワッチは慌てて掴んだ。
そこでやっと現実へ戻ってきたトノヤは体大欠伸をしながら体制を整えた。
「はー……。少年、オイラはここでお別れだから。元気でな」
「ああ、じゃあな」
ポケットへ手を突っ込んだまま、ニヤリと口の端をあげて、一言。
「ちょ、ええええ!そんだけ!?」
あまりの素っ気なさについファングが突っ込む。
ワッチは疲れたように、ははは、と苦い笑いを漏らすしかなかった。
「もうちょっと、こう、なんかあるだろトノヤ!!ワッチにはそうとうお世話になったじゃん!」
「るせぇな、苦手なんだよ、こういう別れとか湿っぽいの」
「それにしたって……あー、もう。なんだかなぁ」
「ははは、良いよファング。じゃあ、ホントに行くよ。少年もあんまりファングをいじめるなよ」
じゃ!と、片手をあげてワッチは歩き出す。
「ワッチ!!」
「!」
ワッチは振り返ると同時に、飛んできた何かを掴んだ。
手の中身を確認すると驚いたように目を見開き、自分を呼んだ、それを投げてきたファングの顔を見た。
「これ…」
「ホント、ワッチにはお世話になったから。さ!」
「報酬はもう…」
「いーのいーの!今回はワッチのおかげで成功したようなもんだしね!」
「じゃあ、有難く頂いておくよ。サンキュ!みんな元気でな!」
最高に爽やかな笑顔で手を振り、ワッチは再び歩き出した。
「良いのか」
「なにが?」
「ここの通貨は良くわからないが、オマエの財布がスッカラカンなのはわかるぞ」
「う、いいの!なんでトノヤはそういうとこだけ目敏いんだよ…」
ファングとトノヤは沈んだままの月見を振り返った。
ずっと静かだったので意識がまだないのかと思ったが、うつぶせのまま顔はあげていた。
ワッチの小さくなった背中を眺めて少し涙目になっているのは気のせいだろうか。
二人が見ているのに気付くと、慌てて立ち上がる。
そして、月見は少し改まったように口を開いた。
「じゃあ、そろそろボクは屋敷に戻る事にしまっす★」
『はぁ!?』
静かな夜道に二人の叫び声がこだました。
_________
NPC:ワッチ・月見
場所:ヴァルカン/郊外
___________________
「んあぁあああ!っと」
盛大な伸びをかまし、トノヤは馬車から飛び降りた。
後ろからノロノロとファングも出てきた。
先に降りていたワッチは屈伸をして固まった身体をほぐしている。
「いやぁ…またこの骨馬車にお世話になるとは……」
気持ちぐったりとしたファングが振り返った先には古びた小さな馬車。
馬車自体はそこいらの物とは特に大差はない。ただ一つ違うとすれば、
車を引く馬が存在せず、車体の中心から伸びたロープの先に繋がれているのは、
白い鳥。
いや、皮も肉も羽根も何処へ置いてきたのか骨のみの鳥だった。
「なかなか空飛ぶ馬車なんて乗れないよな。まあ、乗り心地は別として、うん」
「ワッチ、狭すぎてずっと身体折れ曲がってたしね」
薄暗い月明かりに慣れてきた目を回りにやると、今居る場所はヴァルカン郊外の
小さな街道のようだ。
ぽつぽつと民家が並んでいる。
そろそろ空も白んできそうな遅い時間なので光の点いている家はない。
「さて、お宝も治ったことだし、これk……」
「ちょっとーーー!!お待ちくだされぇええ!何か!何か大事なことをお忘れではありませんかい!?」
『あ』
ファングの台詞を遮り、馬車の中からうぞうぞとみの虫のように出てきたのは、簀巻にされたスケミだった。
狭い空間でセクハラの限りを尽くそうと命を燃やしていたので、ぐるぐる巻きにして荷台に置いておいたのをすっかり忘れていた。
ワッチが急いでほどきにかかる。
「あっ、そ、そこはもう少し、やさし…あっ」
「変な声を出すんじゃなーい!ほどいてやらないぞ!」
「ぐえぇぇえ、締まってますぞ…!キまってますってオヤジ殿……!!!」
日課の筋トレより疲れた…と、ぼやきながらワッチが戻ってきた。
月見は何やらヨロヨロしているが、誰も気にしている様子はなかった。
「で?これからどーすんだ?」
街道わきの丸太で組まれた柵にだらしなく座るトノヤが眠そうに言った。
「オイラはここでお別れ、だな」
「ワッチ……」
ワッチは爽やかに笑って3人を見回した。
荷物を背負いなおし、ンルディを両手で正面に持つ。
七色に光らずともンルディは静かに月の光をキラキラと反射している。
それを満足そうに眺め、背中へ納めた。
「報酬は先にもらってるし。楽しかったぜ。こんなハチャメチャなパーティそうそうないからな」
「助かったよホント。ワッチのお陰で杖も無事に…ってわけには行かなかったけど、結果的にちゃんと手に入った」
「ファングはこの先もお宝探しに行くんだろ?」
「ああ、親父なんかには絶対ェ負けない!」
「ははは、なんだか、めっちゃ不安だけど、頑張れよ」
子供をあやすようにファングの頭に手をやり、わしわしとかき回した。
くすぐったそうに、照れくさそうにファングは口を尖らせて髪を直すと、仕切り直してワッチに手を突き出した。
ワッチは嬉しそうにファングの手をしっかり握りしめる。
力強い、というか強過ぎるワッチの握力に少し苦笑を漏らしてファングは改めて礼を言い、手を離した。
「ああああ!ずるいですぞ!ボクもいっしょにレッツザニギニギ☆シェイクザハァーn……およ?」
いつもの調子で避けられるかカウンターを喰らうと思っていた月見は、予想外の感触に変な声を出してしまった。
嫌そぉ~な引きつる顔を隠しきれてはいなかったがワッチは、はっはっは、と笑いながら月見に抱きつかれていた。
「まあ、最後ぐらい、う…うん。まあ、サービス、だぜ」
「オ、オ、オヤジ殿ぉおおお!!いや、ワッチん~~~!!!!」
「や、やっぱりキモイ!!!」
ボカッ
「ぎゃふん☆これも…愛ッ!」
ズシン
結局地面に沈むことになった月見。
はぁはぁと、荒い息で鳥肌のたった自分の腕を掴むワッチ。
そして、柵の上で器用に居眠りをしているトノヤを見やる。
軽くため息をつき、声をかけた。
「少年、おーい。トノヤ!」
「んあ?あ、ああ、起きてる、起きてるって。ん?おう。で、何食べる?おれは別にコンビニ弁当でも…」
「完全に寝ぼけてるじゃないか!少年!ああ、落ちるってあぶな!」
急に身体を起こしたせいで後ろに倒れそうになったトノヤをワッチは慌てて掴んだ。
そこでやっと現実へ戻ってきたトノヤは体大欠伸をしながら体制を整えた。
「はー……。少年、オイラはここでお別れだから。元気でな」
「ああ、じゃあな」
ポケットへ手を突っ込んだまま、ニヤリと口の端をあげて、一言。
「ちょ、ええええ!そんだけ!?」
あまりの素っ気なさについファングが突っ込む。
ワッチは疲れたように、ははは、と苦い笑いを漏らすしかなかった。
「もうちょっと、こう、なんかあるだろトノヤ!!ワッチにはそうとうお世話になったじゃん!」
「るせぇな、苦手なんだよ、こういう別れとか湿っぽいの」
「それにしたって……あー、もう。なんだかなぁ」
「ははは、良いよファング。じゃあ、ホントに行くよ。少年もあんまりファングをいじめるなよ」
じゃ!と、片手をあげてワッチは歩き出す。
「ワッチ!!」
「!」
ワッチは振り返ると同時に、飛んできた何かを掴んだ。
手の中身を確認すると驚いたように目を見開き、自分を呼んだ、それを投げてきたファングの顔を見た。
「これ…」
「ホント、ワッチにはお世話になったから。さ!」
「報酬はもう…」
「いーのいーの!今回はワッチのおかげで成功したようなもんだしね!」
「じゃあ、有難く頂いておくよ。サンキュ!みんな元気でな!」
最高に爽やかな笑顔で手を振り、ワッチは再び歩き出した。
「良いのか」
「なにが?」
「ここの通貨は良くわからないが、オマエの財布がスッカラカンなのはわかるぞ」
「う、いいの!なんでトノヤはそういうとこだけ目敏いんだよ…」
ファングとトノヤは沈んだままの月見を振り返った。
ずっと静かだったので意識がまだないのかと思ったが、うつぶせのまま顔はあげていた。
ワッチの小さくなった背中を眺めて少し涙目になっているのは気のせいだろうか。
二人が見ているのに気付くと、慌てて立ち上がる。
そして、月見は少し改まったように口を開いた。
「じゃあ、そろそろボクは屋敷に戻る事にしまっす★」
『はぁ!?』
静かな夜道に二人の叫び声がこだました。
_________
キャスト:トノヤ・ファング
NPC:ワッチ・月見
場所:ヴァルカン/路上
――――――――――――――――
骨だけの鳥はおとなしく羽をたたんで路上に佇んでいる。
薄青い夜明けの静かな空気の中にあるそれは不気味としか言いようがなかったが、
特に危害を加えてくるでもないのでファングはできるだけそちらを
見ないように勤めた。
唖然としているファングとトノヤに、月見はあとを続けた。
「…リアさんが、アテがないなら屋敷で働けばって言ってくれたんです。
あのスーパーセクシーダイナマイツが」
「お前、なんで普通に喋れないの…?」
恐怖すら覚えて、ファングはつぶやいた。
彼女はいうと、今までに見せたことのないほど深刻な顔で言葉を続けている。
「いやね、なんとここは異世界とも繋がることがあるんですってよ奥さん!
だから、そこに居ればいつか帰れるかも★と思って!」
暗い雰囲気をぱっと変えてまくしたてる月見の突拍子もない申し出を聞きながら、
ファングはぼんやりと思い出していた。
月見はそれこそ唐突に目の前に現れた。きけばこの世界とは全く異なる場所から
"飛ばされてきた"のだと言う。
ファングはそれを100%信じているわけでもないが、月見の言動は
「こいつは自分とは違う人種だな」と思わせるには十分すぎるくらいで、
そのあたりからすれば確かに彼女は異世界の人間に違いなかったのだが。
「…あー」
「アラッ★なんすかその平坦なリアクション!」
「いや…お前の口から出た言葉で一番納得できる言葉が
異世界がらみなんて…と思ったらなんかしみじみきちゃって」
果てのない徒労感に打ちひしがれ、ファングもまたトノヤが寄りかかっている
柵を手探りで見つけ、よじ登って腰を下ろす。
月見に関する事情を詳しく教えられていないトノヤは、あくび交じりで
薄い色の月を眺めていた。
「確かにしみじみベクトルっすなぁ!だけどホラ、出会いあれば別れあり、
エロ本見つかり涙あれば一人妄想にふけっての笑いありですよ!」
「なんかこう、そんだけ話しておいて会話が成立してるようで
してないってのは凄いと思う」
さきほどまで涙すら見せていたとは思えないほど、月見の笑顔は清々しい。
「てなわけで、ご理解頂けましたでしょーかッ★」
「言ってる事はさっぱりだけど、つまりはあそこに残るってことだよね?」
言うと、月見は勢いよく首を縦に振った。
そしていつものようにばたばたと必要以上に近づいてくる。
「だもんで、副将軍トノヤんとバンダナボーイファング君とは…お別れ…ッ」
「あー泣くなよ!なんだよお前実は女の子じゃん!」
「気持ちはわかるがおかしいだろ、それ」
トノヤのツッコミ(寝言かもしれないが)は無視して、急に泣き出した月見を
持て余し、ファングは無意味に手など伸ばしながら柵から降りた。
「泣くなって。なんだかよくわかんないけど、たぶん楽しかったから、だから
…えーと…泣くなって」
自分でもよくわからない慰めは、当然のことながら効果がなかった。
それでも月見はなんとか泣き止もうと涙を拭いている。
「月見、もしお前が帰れなくても…いつかまたリアさんちに会い行くからさ。な?」
両膝に手をついて、月見の顔を覗き込む――と、いきなり月見はがばりと
こちらの首に腕を巻きつかせ、さらに本格的に寝ていたトノヤも同じようにして
柵から引きずり下ろした。二人の喉から同時に悲鳴が漏れる。
『ぎゃあああああ!』
「うわああんお前ら大好きだこんちくしょー!」
「痛いってば!なんなの!お前テンションのムラありすぎだよ!」
「コンビニ…!」
「トノヤお前はいいかげん起きろ!」
沈むように路上に倒れこみ、全力で叫びながら、ファングはめまぐるしく揺れる
視界の中で静かに消えていく浅葱色の月を見た。
・・・★・・・
「で?」
「で…?」
空飛ぶ馬車が夜明けの空に消えたのを見送って、どこかぼろぼろになった
ファングとトノヤは、二人で疑問符を投げ合った。
「どうすんの」
「あー…」
ファングが再度尋ねると、トノヤは面倒だといわんばかりに意味もなく
伸びをしてから、これ以上ないほど淡白に一言で答えてくる。
「暇」
「なにそれ!わけわかんないよ」
笑いながら、路上に放りっぱなしだったザックを手に取る。
サイドポケットから紙製の小さい箱を取り出し、蓋を開けると、
そこには陽光を受けて淡い色を放つ遺産の欠片が収めてあった。
それを手に取り――軽く勢いをつけてトノヤに放ってやる。
「?」
顔をしかめながらもそれを受け取るのを見て、ゆっくり進む。
「行こっか。俺も暇だし」
返事はなかったが、黙って横に並ぶトノヤの肩を軽く小突くと、
ファングはいつもどおりの速さで歩き始めた。
――――――――――――――――
NPC:ワッチ・月見
場所:ヴァルカン/路上
――――――――――――――――
骨だけの鳥はおとなしく羽をたたんで路上に佇んでいる。
薄青い夜明けの静かな空気の中にあるそれは不気味としか言いようがなかったが、
特に危害を加えてくるでもないのでファングはできるだけそちらを
見ないように勤めた。
唖然としているファングとトノヤに、月見はあとを続けた。
「…リアさんが、アテがないなら屋敷で働けばって言ってくれたんです。
あのスーパーセクシーダイナマイツが」
「お前、なんで普通に喋れないの…?」
恐怖すら覚えて、ファングはつぶやいた。
彼女はいうと、今までに見せたことのないほど深刻な顔で言葉を続けている。
「いやね、なんとここは異世界とも繋がることがあるんですってよ奥さん!
だから、そこに居ればいつか帰れるかも★と思って!」
暗い雰囲気をぱっと変えてまくしたてる月見の突拍子もない申し出を聞きながら、
ファングはぼんやりと思い出していた。
月見はそれこそ唐突に目の前に現れた。きけばこの世界とは全く異なる場所から
"飛ばされてきた"のだと言う。
ファングはそれを100%信じているわけでもないが、月見の言動は
「こいつは自分とは違う人種だな」と思わせるには十分すぎるくらいで、
そのあたりからすれば確かに彼女は異世界の人間に違いなかったのだが。
「…あー」
「アラッ★なんすかその平坦なリアクション!」
「いや…お前の口から出た言葉で一番納得できる言葉が
異世界がらみなんて…と思ったらなんかしみじみきちゃって」
果てのない徒労感に打ちひしがれ、ファングもまたトノヤが寄りかかっている
柵を手探りで見つけ、よじ登って腰を下ろす。
月見に関する事情を詳しく教えられていないトノヤは、あくび交じりで
薄い色の月を眺めていた。
「確かにしみじみベクトルっすなぁ!だけどホラ、出会いあれば別れあり、
エロ本見つかり涙あれば一人妄想にふけっての笑いありですよ!」
「なんかこう、そんだけ話しておいて会話が成立してるようで
してないってのは凄いと思う」
さきほどまで涙すら見せていたとは思えないほど、月見の笑顔は清々しい。
「てなわけで、ご理解頂けましたでしょーかッ★」
「言ってる事はさっぱりだけど、つまりはあそこに残るってことだよね?」
言うと、月見は勢いよく首を縦に振った。
そしていつものようにばたばたと必要以上に近づいてくる。
「だもんで、副将軍トノヤんとバンダナボーイファング君とは…お別れ…ッ」
「あー泣くなよ!なんだよお前実は女の子じゃん!」
「気持ちはわかるがおかしいだろ、それ」
トノヤのツッコミ(寝言かもしれないが)は無視して、急に泣き出した月見を
持て余し、ファングは無意味に手など伸ばしながら柵から降りた。
「泣くなって。なんだかよくわかんないけど、たぶん楽しかったから、だから
…えーと…泣くなって」
自分でもよくわからない慰めは、当然のことながら効果がなかった。
それでも月見はなんとか泣き止もうと涙を拭いている。
「月見、もしお前が帰れなくても…いつかまたリアさんちに会い行くからさ。な?」
両膝に手をついて、月見の顔を覗き込む――と、いきなり月見はがばりと
こちらの首に腕を巻きつかせ、さらに本格的に寝ていたトノヤも同じようにして
柵から引きずり下ろした。二人の喉から同時に悲鳴が漏れる。
『ぎゃあああああ!』
「うわああんお前ら大好きだこんちくしょー!」
「痛いってば!なんなの!お前テンションのムラありすぎだよ!」
「コンビニ…!」
「トノヤお前はいいかげん起きろ!」
沈むように路上に倒れこみ、全力で叫びながら、ファングはめまぐるしく揺れる
視界の中で静かに消えていく浅葱色の月を見た。
・・・★・・・
「で?」
「で…?」
空飛ぶ馬車が夜明けの空に消えたのを見送って、どこかぼろぼろになった
ファングとトノヤは、二人で疑問符を投げ合った。
「どうすんの」
「あー…」
ファングが再度尋ねると、トノヤは面倒だといわんばかりに意味もなく
伸びをしてから、これ以上ないほど淡白に一言で答えてくる。
「暇」
「なにそれ!わけわかんないよ」
笑いながら、路上に放りっぱなしだったザックを手に取る。
サイドポケットから紙製の小さい箱を取り出し、蓋を開けると、
そこには陽光を受けて淡い色を放つ遺産の欠片が収めてあった。
それを手に取り――軽く勢いをつけてトノヤに放ってやる。
「?」
顔をしかめながらもそれを受け取るのを見て、ゆっくり進む。
「行こっか。俺も暇だし」
返事はなかったが、黙って横に並ぶトノヤの肩を軽く小突くと、
ファングはいつもどおりの速さで歩き始めた。
――――――――――――――――
PC: フェイ、コズン
NPC: レベッカ、青年、鬼、飛び大口
場所:町はずれの墓地
武器相手に素手は不利というのが一般的な認識だろう。
それは二つの要素、間合いが武器の分だけ伸びることと器物であるというとこ
ろに起因する認識であながち間違ってはいない。
(だが気功で強化された拳は武器となんら変わらない)
フェイはまずは相手の実力が未知数な戦闘の基本通り、重く強い一撃よりも、
回避しやすいぎりぎりの浅い間合いからの速さを優先した回転のいい攻撃を繰り
出していった。
はたで見ていたコズンでもすべてを見きれないほどの連撃は、並の相手ならそ
れだけで倒せてしまう、十分必殺技と言えそうなものだったが、相手の男はかわ
しきれないと見るや少しも動じずに、拳を打ち付けるようにして弾き、あるいは
払うことで、一筋の傷も受けずに防ぎ切った。
盾、盾がなくても手にした武器で相手の武器を防ぐことは、一定レベル以上の
実力があれば珍しくない。
男は気功で武器とかわらない硬度を拳に付与しているから、と口で言うほどた
やすいことではない。
「あ!」
コズンの頭でレベッカが声を上げる。
高速で攻防を繰り広げるフェイを、男と挟み込むように鬼――ヤクシャがすべる
ような動きで回り込み、滑らかな歩法とは裏腹の荒々しい一撃を放ったのだっ
た。
しかしフェイの五感は激しい攻防のさなかでもその動きを見逃さしてはいな
かった。
連撃の最後の一撃を弾かれた勢いをわざと殺さずに、舞うように回転しながら
囲いを抜けるとそのまま少し距離を取ってまた構えをとった。
「こいつら……」
いくら気に食わないと反発してもやはり自分の感覚はうそをつけない。
コズンは目の前の二人(ヤクシャも数えるなら三人?)明らかにマスター・クラ
スの達人たちであることが分かり、その垣間見たレベルの高さに感嘆してしまっ
ていたが、すぐにそれに比べた自分の力なさに歯噛みした。
コズンはアカデミーの基礎講座をまじめに受けたことこそないが、レベッカ達
のパーティでは基礎から仕込まれていたため、フェイの位置取りが対二戦闘のポ
ジショニングをしていることに気がついた。
今のフェイは男とヤクシャの二人を正面に均等な位置にとらえる三角形の形に
位置取りをしている。
もしコズンを当てにしているのならば、コズンと並列隊形を取っても良いし、
どちらか一方の後ろを取るように動けば、コズンとふたりで、一対一を二つ作る
形にする手もある。
いまのフェイの位置取りはコズンを完全に当てにしてないと言っているような
ものなのに、戦闘に乱入すれば足を引っ張ることが自分自身でわかってしまった
ため、悔しさをかみしめていたのだった。
そんなコズンが見つめる先でフェイは言い知れぬ焦燥が湧き上がってくるのを
無理やりぬじ伏せ、集中力という牙を研ぎ澄ましていた。
(なんだ、何か変だ)
フェイの斬撃の鋭さに慎重になったのか、あるいはもともとそのスタイルでよ
うやく本来の力を出してきたのか、男はヤクシャを先攻させ、自身は連携を取り
ながらおもに防御を担うように動きだした。
ヤクシャが鋭い爪を剛腕とともにつきたてようとするのを、フェイは剣ではじ
き返して懐に飛び込もうとするが男がヤクシャの攻撃に少しタイミングをずらし
ながら追撃してくるため、迂闊に踏み込めず次の手につなげられない。
ならばと攻めれば必殺の一撃にたどり着く前に、最初の攻防のように男が防い
でしまう。
フェイはますます焦燥感が募ってくるのを感じていた。
(なんだ? こいつらは確かに強敵だが……勝てない相手ではないはず)
だが実際は必殺の間合いに入れずに攻防を繰り返していたずらに消耗していく
だけ。
「まずいわね」
コズンの頭の上でレベッカが唸った。
レベッカはクラッドがいっていたフェイの「問題」を思い出して苦虫をかみつ
ぶしたような顔になった。
レベッカとて熟練者としてアカデミー・ギルドで長く仕事しているだけあっ
て、フェイのうわさはよく知っていた。
修士取得後もアカデミーの教室に残ったフェイは、冒険者として完全に独立し
て仕事をしていたレベッカ達とは、根が同じとはいえ片やアカデミー、片やギル
ドと活動の中心が違ったため直接組むことはなかったが、とくにギルド中心に仕
事をしている独立した冒険者達にとって優秀な「お仲間になるかもしれない」人
文の情報収集は当たり前のことだった。
強靭なうえに不死身の肉体というもって生まれた特性を持ちながら、わ゛を磨
くことにも余念がなく、実績こそまだまだだが、単純戦闘力では間違いなくトッ
プレベルの戦士。
いずれ独立の折には間違いなくいろんなパーティーからオファーが殺到するで
あろう彼の幾多の「戦果」は教室で受けていただけにレポートも残されていて、
確認可能な事実であることもレベッカは知っていた。
そういうのは日の出の魔道師がコネを持っていたため、しぜんとレベッカも知
ることができたのだ。
(私の知るフィって戦士の力なら心配はないって思ってたけど、ほんとにこうい
う問題があるとは……ね)
コズンにちょっとしたペナルティーと同時にトップクラスの戦士と組ませてや
るチャンスと思ってクラッドの話を軽く聞き流していた自分に舌打ちしたい気分
だったが、今はそれどころではなかった。
「おい、まずいってなんだよ?」
コズンが訝しげに、しかし視線は動かさずに聞いてきた。
「……このままじゃだめってことよ」
フェイが動きに精彩を欠くのも焦燥に心を乱しているのも、こうして離れた位
置からレベッカほどの者が本来の実力を知った上でみればよくわかった。
おそらくフェイの問題とは……。
(どんなに強くなっても選択肢を一つしか持たないものは、限られた条件かだけ
でしか使い物にならない……なるほどこの急増チームは、フェイのためでもあっ
たわけか)
こればっかりは自身で気づきみにつけていかねばならないことだし、ここで
言ってても仕方がないことだ・、レベッカはそう割り切ると頭の中で何ができるか
を考えた。
「よし、コズン、いまから合図したらまっすぐ走って。 あっちに転がってる大
口から攫われた人救出するよ」
コズンはレベッカのいう「あっち」が視線を外さずに見れることに目を向いた。
「おい! 簡単に言うけどそれってあのなかをつっきれってことかよ!」
そう、フェイ達が闘っているその向こうに飛び大口は命令を待っているのか、
じっとたたずんでいた。
「あたりまえでしょ、迂回とかしてたらバレるじゃない」
レベッカはさも当然のように言った。
「大丈夫スキは作る。 それに、あんたはしってるはずでしょ?」
「?」
「パーティー組むってのは、ぼーっと眺めてりゃいいわけじゃないってこと」
「な! おれがいつぼーっとしてるってんだ! いいぜ、やってやるよ!」
レベッカは予想通りのコズンの反応に微笑みながら、風の精霊魔法で「声」を
フェイに届けた。
『今からスキを作る。 そしたらゴンが攫われた人を助けるからあとはお願い』
耳元で聞こえた声にフェイが思わず聞き返しそうになる。
『聞いて! 枷がはまったまま勝てる相手じゃないでしょ? 私たちを信じなさい』
そう言って一方的に切れた声に何も言い返せないままフェイは押し黙るしかな
かった。
(枷だと?)
気になったものの、そちらに気をとられたまま戦えるほど甘い相手ではない
し、またレベッカの行動は思考に沈む暇を与えないほど手早いものだった。
「コズン!」
さっきの声で意識がそっちを向いていたからか、フェイの超感覚を差し引いて
も思いもよらないほどの大きさのレベッカの叫びがした瞬間、大気がふるえフェ
イと男(とヤクシャ)の間の空気が圧縮されたかと思ったら「爆ぜ」た。
「! ヤクシャ!」
男はとっさに気を高め両手をあげてガードを固めると同時に忠実なしもべ足る
鬼にも警告の意をこめて撃を飛ばした。
魔法は大気の炸裂弾だったようで、直撃でなかったため何の被害も受けなかっ
たが、完全に足を止められてしまった。
「くっ……なに!」
決して気を緩めていなかった男は、爆風が収まりきらないうちに突っ切るよう
に飛び出してきたフェイの攻撃を危ういところでかわし、そして驚愕した。
フェイはかわされても踏みとどまらずに飛び込んだ勢いのまま後ろに抜けて
ちょうど位置を入れ替えるようにして振り返った。
男が驚いたのはフェイの攻撃が予想外だったからではなかった。
まずフェイの懺悔気の鋭さが先ほどまでとは全然違ったこと。
さらにフェイの後ろに、仲間のコズンが飛び大口を仕留め、腹を裂いて少女を
引きずり出しているのが見えたこと。
なにより、魔法が例えば火の系統の破壊魔法であることまで考えて最高に高め
ていたはずの気の装甲を引き裂いて、浅いものだったが自分の腕から血が流れて
いることに驚愕したのだった。
フェイは飛び大口追っているとき――いや、ひょっとすると最初に村が襲われた
ときから、得体のしれない不安を抱えていた。
いつもなら迷う必要のないところで迷い、戦いに入ってからはなおのこと、思
い切った決断ができずにいた。
それはいつもなら仲間が後始末をするという、聞こえ良く言えば信頼の上で自
分の思い込みだけですべて突っ走ってこれたからだったが、今はそうはいかない
状況だった。
ただ目の前の敵に持てる全力をぶつけるだけで済むというのは、ほんとは最も
安易で楽なことだったのだ。
そうして楽をし続けてくれたフェイはどんなチームにいても「自分の実力以
上」のことはできなくなっていた。
今回も召喚術師と思われる男が強敵だとわかった途端、「ここで相打ちにでも
なったら、攫われた人は救えない」と無意識に考えてしまい、どうしてもリスク
を取れなくなってしまっていた。
自分ではっきりとそれを自覚できたわけではなかったが、レベッカの勢いに押
された後、魔法が炸裂して大気が荒れた中を同じレベッの風除けの魔法うに身を
包んだコズンがまっすぐに駆け抜けていくのを見、「あっちは任せたら良い」と
思った後男に突っ込んだ時は自分でも驚くほど本来の調子を取り戻せていた野は
わかった。
実際フェイは関心もしていた。
レベッカの魔法は直撃させないならハッタリのようなものにすぎないし、コズ
ンにかけられた風除けも基礎的なものだ。
しかしそれらをうまく組み合わせ、なおかつコズンが向こうに抜けるタイミン
グも、日ごろからそういう練習でもしていたかのようにベストのタイミングだっ
た。
彼らだけで吸湿をやらせるのはあまりに危険と思いさがらせていたというの
に、あの二人はフェイが男の注意を引いてる子の戦いを利用したのだ。
「どうやらこれで仕事を残しているのはおれの方になったようだ」
フェイは不敵に笑うと改めて剣を構えた。
「アカデミーの意地もあるが、俺にはたどり着かねばならないところがあるのを
忘れていた。 お前は強いが、それでもお前程度に勝てないようでは到底そこに
はいけるはずもなかった」
フェイの様子が変わったのは男にも伝わった。
いや、むしろフェイから伝わる闘気の変化を感じたのかもしれない。
男は聞こえない程度につぶやいた。
「……やはりあまりよくない仕事を受けてしまったようだな」
――――――――――――――――
NPC: レベッカ、青年、鬼、飛び大口
場所:町はずれの墓地
武器相手に素手は不利というのが一般的な認識だろう。
それは二つの要素、間合いが武器の分だけ伸びることと器物であるというとこ
ろに起因する認識であながち間違ってはいない。
(だが気功で強化された拳は武器となんら変わらない)
フェイはまずは相手の実力が未知数な戦闘の基本通り、重く強い一撃よりも、
回避しやすいぎりぎりの浅い間合いからの速さを優先した回転のいい攻撃を繰り
出していった。
はたで見ていたコズンでもすべてを見きれないほどの連撃は、並の相手ならそ
れだけで倒せてしまう、十分必殺技と言えそうなものだったが、相手の男はかわ
しきれないと見るや少しも動じずに、拳を打ち付けるようにして弾き、あるいは
払うことで、一筋の傷も受けずに防ぎ切った。
盾、盾がなくても手にした武器で相手の武器を防ぐことは、一定レベル以上の
実力があれば珍しくない。
男は気功で武器とかわらない硬度を拳に付与しているから、と口で言うほどた
やすいことではない。
「あ!」
コズンの頭でレベッカが声を上げる。
高速で攻防を繰り広げるフェイを、男と挟み込むように鬼――ヤクシャがすべる
ような動きで回り込み、滑らかな歩法とは裏腹の荒々しい一撃を放ったのだっ
た。
しかしフェイの五感は激しい攻防のさなかでもその動きを見逃さしてはいな
かった。
連撃の最後の一撃を弾かれた勢いをわざと殺さずに、舞うように回転しながら
囲いを抜けるとそのまま少し距離を取ってまた構えをとった。
「こいつら……」
いくら気に食わないと反発してもやはり自分の感覚はうそをつけない。
コズンは目の前の二人(ヤクシャも数えるなら三人?)明らかにマスター・クラ
スの達人たちであることが分かり、その垣間見たレベルの高さに感嘆してしまっ
ていたが、すぐにそれに比べた自分の力なさに歯噛みした。
コズンはアカデミーの基礎講座をまじめに受けたことこそないが、レベッカ達
のパーティでは基礎から仕込まれていたため、フェイの位置取りが対二戦闘のポ
ジショニングをしていることに気がついた。
今のフェイは男とヤクシャの二人を正面に均等な位置にとらえる三角形の形に
位置取りをしている。
もしコズンを当てにしているのならば、コズンと並列隊形を取っても良いし、
どちらか一方の後ろを取るように動けば、コズンとふたりで、一対一を二つ作る
形にする手もある。
いまのフェイの位置取りはコズンを完全に当てにしてないと言っているような
ものなのに、戦闘に乱入すれば足を引っ張ることが自分自身でわかってしまった
ため、悔しさをかみしめていたのだった。
そんなコズンが見つめる先でフェイは言い知れぬ焦燥が湧き上がってくるのを
無理やりぬじ伏せ、集中力という牙を研ぎ澄ましていた。
(なんだ、何か変だ)
フェイの斬撃の鋭さに慎重になったのか、あるいはもともとそのスタイルでよ
うやく本来の力を出してきたのか、男はヤクシャを先攻させ、自身は連携を取り
ながらおもに防御を担うように動きだした。
ヤクシャが鋭い爪を剛腕とともにつきたてようとするのを、フェイは剣ではじ
き返して懐に飛び込もうとするが男がヤクシャの攻撃に少しタイミングをずらし
ながら追撃してくるため、迂闊に踏み込めず次の手につなげられない。
ならばと攻めれば必殺の一撃にたどり着く前に、最初の攻防のように男が防い
でしまう。
フェイはますます焦燥感が募ってくるのを感じていた。
(なんだ? こいつらは確かに強敵だが……勝てない相手ではないはず)
だが実際は必殺の間合いに入れずに攻防を繰り返していたずらに消耗していく
だけ。
「まずいわね」
コズンの頭の上でレベッカが唸った。
レベッカはクラッドがいっていたフェイの「問題」を思い出して苦虫をかみつ
ぶしたような顔になった。
レベッカとて熟練者としてアカデミー・ギルドで長く仕事しているだけあっ
て、フェイのうわさはよく知っていた。
修士取得後もアカデミーの教室に残ったフェイは、冒険者として完全に独立し
て仕事をしていたレベッカ達とは、根が同じとはいえ片やアカデミー、片やギル
ドと活動の中心が違ったため直接組むことはなかったが、とくにギルド中心に仕
事をしている独立した冒険者達にとって優秀な「お仲間になるかもしれない」人
文の情報収集は当たり前のことだった。
強靭なうえに不死身の肉体というもって生まれた特性を持ちながら、わ゛を磨
くことにも余念がなく、実績こそまだまだだが、単純戦闘力では間違いなくトッ
プレベルの戦士。
いずれ独立の折には間違いなくいろんなパーティーからオファーが殺到するで
あろう彼の幾多の「戦果」は教室で受けていただけにレポートも残されていて、
確認可能な事実であることもレベッカは知っていた。
そういうのは日の出の魔道師がコネを持っていたため、しぜんとレベッカも知
ることができたのだ。
(私の知るフィって戦士の力なら心配はないって思ってたけど、ほんとにこうい
う問題があるとは……ね)
コズンにちょっとしたペナルティーと同時にトップクラスの戦士と組ませてや
るチャンスと思ってクラッドの話を軽く聞き流していた自分に舌打ちしたい気分
だったが、今はそれどころではなかった。
「おい、まずいってなんだよ?」
コズンが訝しげに、しかし視線は動かさずに聞いてきた。
「……このままじゃだめってことよ」
フェイが動きに精彩を欠くのも焦燥に心を乱しているのも、こうして離れた位
置からレベッカほどの者が本来の実力を知った上でみればよくわかった。
おそらくフェイの問題とは……。
(どんなに強くなっても選択肢を一つしか持たないものは、限られた条件かだけ
でしか使い物にならない……なるほどこの急増チームは、フェイのためでもあっ
たわけか)
こればっかりは自身で気づきみにつけていかねばならないことだし、ここで
言ってても仕方がないことだ・、レベッカはそう割り切ると頭の中で何ができるか
を考えた。
「よし、コズン、いまから合図したらまっすぐ走って。 あっちに転がってる大
口から攫われた人救出するよ」
コズンはレベッカのいう「あっち」が視線を外さずに見れることに目を向いた。
「おい! 簡単に言うけどそれってあのなかをつっきれってことかよ!」
そう、フェイ達が闘っているその向こうに飛び大口は命令を待っているのか、
じっとたたずんでいた。
「あたりまえでしょ、迂回とかしてたらバレるじゃない」
レベッカはさも当然のように言った。
「大丈夫スキは作る。 それに、あんたはしってるはずでしょ?」
「?」
「パーティー組むってのは、ぼーっと眺めてりゃいいわけじゃないってこと」
「な! おれがいつぼーっとしてるってんだ! いいぜ、やってやるよ!」
レベッカは予想通りのコズンの反応に微笑みながら、風の精霊魔法で「声」を
フェイに届けた。
『今からスキを作る。 そしたらゴンが攫われた人を助けるからあとはお願い』
耳元で聞こえた声にフェイが思わず聞き返しそうになる。
『聞いて! 枷がはまったまま勝てる相手じゃないでしょ? 私たちを信じなさい』
そう言って一方的に切れた声に何も言い返せないままフェイは押し黙るしかな
かった。
(枷だと?)
気になったものの、そちらに気をとられたまま戦えるほど甘い相手ではない
し、またレベッカの行動は思考に沈む暇を与えないほど手早いものだった。
「コズン!」
さっきの声で意識がそっちを向いていたからか、フェイの超感覚を差し引いて
も思いもよらないほどの大きさのレベッカの叫びがした瞬間、大気がふるえフェ
イと男(とヤクシャ)の間の空気が圧縮されたかと思ったら「爆ぜ」た。
「! ヤクシャ!」
男はとっさに気を高め両手をあげてガードを固めると同時に忠実なしもべ足る
鬼にも警告の意をこめて撃を飛ばした。
魔法は大気の炸裂弾だったようで、直撃でなかったため何の被害も受けなかっ
たが、完全に足を止められてしまった。
「くっ……なに!」
決して気を緩めていなかった男は、爆風が収まりきらないうちに突っ切るよう
に飛び出してきたフェイの攻撃を危ういところでかわし、そして驚愕した。
フェイはかわされても踏みとどまらずに飛び込んだ勢いのまま後ろに抜けて
ちょうど位置を入れ替えるようにして振り返った。
男が驚いたのはフェイの攻撃が予想外だったからではなかった。
まずフェイの懺悔気の鋭さが先ほどまでとは全然違ったこと。
さらにフェイの後ろに、仲間のコズンが飛び大口を仕留め、腹を裂いて少女を
引きずり出しているのが見えたこと。
なにより、魔法が例えば火の系統の破壊魔法であることまで考えて最高に高め
ていたはずの気の装甲を引き裂いて、浅いものだったが自分の腕から血が流れて
いることに驚愕したのだった。
フェイは飛び大口追っているとき――いや、ひょっとすると最初に村が襲われた
ときから、得体のしれない不安を抱えていた。
いつもなら迷う必要のないところで迷い、戦いに入ってからはなおのこと、思
い切った決断ができずにいた。
それはいつもなら仲間が後始末をするという、聞こえ良く言えば信頼の上で自
分の思い込みだけですべて突っ走ってこれたからだったが、今はそうはいかない
状況だった。
ただ目の前の敵に持てる全力をぶつけるだけで済むというのは、ほんとは最も
安易で楽なことだったのだ。
そうして楽をし続けてくれたフェイはどんなチームにいても「自分の実力以
上」のことはできなくなっていた。
今回も召喚術師と思われる男が強敵だとわかった途端、「ここで相打ちにでも
なったら、攫われた人は救えない」と無意識に考えてしまい、どうしてもリスク
を取れなくなってしまっていた。
自分ではっきりとそれを自覚できたわけではなかったが、レベッカの勢いに押
された後、魔法が炸裂して大気が荒れた中を同じレベッの風除けの魔法うに身を
包んだコズンがまっすぐに駆け抜けていくのを見、「あっちは任せたら良い」と
思った後男に突っ込んだ時は自分でも驚くほど本来の調子を取り戻せていた野は
わかった。
実際フェイは関心もしていた。
レベッカの魔法は直撃させないならハッタリのようなものにすぎないし、コズ
ンにかけられた風除けも基礎的なものだ。
しかしそれらをうまく組み合わせ、なおかつコズンが向こうに抜けるタイミン
グも、日ごろからそういう練習でもしていたかのようにベストのタイミングだっ
た。
彼らだけで吸湿をやらせるのはあまりに危険と思いさがらせていたというの
に、あの二人はフェイが男の注意を引いてる子の戦いを利用したのだ。
「どうやらこれで仕事を残しているのはおれの方になったようだ」
フェイは不敵に笑うと改めて剣を構えた。
「アカデミーの意地もあるが、俺にはたどり着かねばならないところがあるのを
忘れていた。 お前は強いが、それでもお前程度に勝てないようでは到底そこに
はいけるはずもなかった」
フェイの様子が変わったのは男にも伝わった。
いや、むしろフェイから伝わる闘気の変化を感じたのかもしれない。
男は聞こえない程度につぶやいた。
「……やはりあまりよくない仕事を受けてしまったようだな」
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