PC:アベル ヴァネッサ
NPC:ラズロ リリア リック 主犯格の男 ワム ミノ
場所:エドランス国 ウサギ型眷属の村
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「それじゃあわしらは広間のところにいるんで、帰りにでも声掛けてくれたらい
いから、ゆっくり休んでてくれていいよ」
この村では大事な話は広間に集まってするらしく、事の顛末や犯人の男を預
かったことを説明しに行くようだった。
アベルたちには一休みしてから帰ることを勧めたウサギの夫婦は、そのままみ
んなを部屋に残したまま席を立った。
恩人でもあるアベル達に対する警戒心はないらしく、皆にとっては、のんき
な、という思いと、信用されてることに対するくすぐったさがないまぜになり、何
となく顔を見合せて笑い合った。
「……信用ってさ、するのもされるのもいいよね」
ウサギの夫婦が出て行った戸口を見ながら、リリアが言った。
ヴァネッサはリリアが何かを言おうとしてるのを感じ、まじめな顔になって続
きを待った。
アベルは姉の様子に感じるところがあったのか、リックに目をやる。
ラズロは特に何をいでもなく、いつもの通り自然体でいるだけだった。
リックはそんなラズロの様子に苦笑しながら、二人に目で「聞いてくれ」と伝
えた。
「うーん、そうね、まずはこれをみてくれる?」
リリアは集中するように少し目を閉じてじっとしていたかと思うと、ゆっくり
目を開けた。
その眼は動向が縦に細く収縮し猫科の獣によくみられる目を金色に光らせていた。
「どうかな?」
リリアはそういいながら、見えやすいように机の上に手を出して見せた。
その手の指の爪は鋭く突き出していたが、みている前で引っ込んだり出たりを
繰り返して見せた。
「ほんとはもっと変化するらしいんだけど、骨格とかさ、体型とか変わると服も
着てられなくなるしでずっとやってないから、ちょっと練習しないとできないみ
たいなんだ」
そういってリリアはちょっと伺うように三人を見る。
「それって…・・・」
「うん、獣人、ライカンスロープってやつなんだ」
「ライカンスロープ……」
「うん、私は猫、人猫、ワーキャットってやつなんだ」
呟くように言うヴァネッサにリリアは丁寧に答えた。
そして不安そうにヴァネッサを見る。
ヴァネッサも突然――薄々何かを感じてたとしても――のことに何を言っていいか
分からず息をのむ。
なんとも言えない沈黙にリックが何か言おうとしたとき、伸びをするようにア
ベルが手を伸ばしてそのまま首の後ろに組んだ。
「ふーん、そうなんだ」
ラズロは意に返さない感じで普通に茶をすすると机に置いた。
「ふむ、それで?」
再び沈黙が下りたが今度は先ほどの重苦しさはなかった。
なによりアベルとラズロは沈黙の意味が分からずに「ん?」と首をかしげ不思
議そうにしていた。
「……そ、そんな、二人とも!」
ヴァネッサがそのあまりに軽い態度をたしなめようと、珍しくとがめるように
言った。
しかしアベルはますます不思議そうに首をかしげる。
「ん? なにか深刻になるところあったか? リリアが獣人?で半猫?たっけ?
そうだって話だろ?」
「そうだな、俺にもお前らが深刻な顔をしてるのがわからない」
ラズロも同意するようにうなづいて、特にリックを見ていった。
「要するの昨夜の戦いで事前に報告し忘れてた特殊能力の話だろ? ちがうのか?」
そんな二人にさらに何か言おうとしていたヴァネッサは、腰を浮かしかけたと
ころで何かに気づき、再び腰を落ち着けると、アベルたちのように首をかしげた
。
「…・・・あら? ほんとだわ」
昨夜からのリリアの態度と今の真剣な様子に「大事な話」と雰囲気にのまれて
いたが、たしかに深刻になるような話ではなかった。
近しい人としては初めてだが、あまり交流はないが同じクラスにもいたはずだ
し、レアスキルではあるが、それだけのことだった。
キョトンとしてしまったヴァネッサを見て、リックがこらえきれないように肩
を震わせた。
「くっ!あ、はははは、そうだよな、ここではそんなもんだよ」
リリアも安心したような顔をしていたが、笑い出したリックには不満そうに頬
をふくらませた。
「むー、仕方ないじゃない。 それでも……」
「はははは、は、いやすまない、そうだよな、不安だもんな」
ひとしきり笑ったリックはますます不思議そうにするん人に簡単に説明をした。
この国の外でのライカンスロープが差別の対象、いや迫害の対象で、地域に
よっては嫌われるどころか命すら脅かされるということ。
リリアとリックはエドランスには損な差別はないと聞いて、一縷の望みを持っ
てここまで来たが、それでもなかなか他人に打ち明ける気にはなれずにいたこと
。
そして、皆になら、「エドランスの人だから」でなくはじめて「仲間だから」
打ち明けてみたくなったこと。
リックはどんなめにリリアがあってきたかを詳しくは語らなかったが、その口
ぶりから命を脅かされるほどの迫害がどんなものだったのかはよく伝わったよう
で、ヴァネッサは顔を曇らし、アベルは驚き、ラズロは眉をひそめて話を聞いた。
「そうだったの……でも、仲間として信頼されたのはうれしい」
ヴァネッサは嘘偽りのない笑顔でリリアの手を握った。
あわてて詰めを引っ込めたリリアは、ヴッネッサの両手に包まれた自分の手を
見て、ほんとにうれしそうに笑った。
アベルたちは卷族と共生している。
卷族が各地に暮らすためエルフに代表される亜人種の方が少ないぐらいのこの
国において、異業など珍しくもなく、例え獣化しようとも、人間の姿をベースに
するライカンスロープは、忌諱する対象にはなり得なかった。
それゆえリリアの告白の重さは想像の域を出なかったが、それが信頼の証であ
ることはよくわかった。
ヴァネッサはその心こそがうれしかったのだった。
そんな女の子たちの様子と、思わぬところで信用を得ていたことを伝えられ
て、少し照れたようにしていたアベルだったが、ふいに思い出したようにリックを
見た。
「あれ? それじゃあリックの話ってのも?」
だがリックは首をふるとにやりと笑った。
「いや? こっちはそんな大した話じゃないさ、見ればわかるよ」
そういうと、何やら自分の頭を軽く叩くようにして「いいぞ、少しご挨拶だ」
と言った。
まるで自らの頭に話しかけるような様子にさすがに少し引いてしまった三人
だったが、中でもアベルが最初にそれに気がついた。
「まめー」
かすかにそんな声が聞こえた気がしたが、三人は幻想かとは思えなかった。
ただ、冗談だとは思った。
なぜなら、リックの髪の間からこちらを窺うように姿をのぞかせたそれは、
「マメ???」
「まあ」
「……非常識な」
リックは予想どおり驚いてくれた三人に満足したようににやりと笑うと、自分
の頭を指していった。
「こいつはマメ太郎、なんだかよくわからない奴で、正直何で一緒にいるのか俺
にもわからない不思議生物な相棒だ」
名前はリックがそう呼んでるだけで、「まめ」としかいわないこの相棒のこと
は実は何も分かってないという。
「別に調べたいとも思ってないんだ。 ただ、こいつはほんの少しだけ魔力を
持ってて小さい魔法を使って俺を助けてくれるんだ。 だからかがいのない相棒
なのさ。」
「それじゃあ、昨夜のは」
「ん、ああ、こいつが何かしてくれたんだろうな」
ヴァネッサにそう返すと、こともなげに行ってのけた。
ラズロがうなる。
「そうか、リトルラック……不思議と小さな幸運に恵まれ、実力以上のせいかを残
している期待のルーキーってことだったが」
リックは自慢げに「こいつのおかげさ」といった。
「ただ、いつもあとから考えなと助けられたことに気付かない程度のことなん
で、あてにはできないんだ。 それで基礎から鍛えようと思ってな」
アカデミーに来たということらしい。
「もう! そいつ出てきたせいでだいないしたよ!」
せっかく感動してた空気を一気に持っていかれてリリアがふてくされたように
リックノアを蹴りつける。
とはいえ、その顔はどこかてれてるようでもあった。
リリアとしても、素直に感動してたのが照れくさいのだろう。
いつものように掛け合いを始めた二人を見て、ヴァネッサは昨夜のことを思い
出していた。
去り際、ヴァネッサとアベルの二人だけを読んだ妖精は、何やら呪文らしきも
のをとなえると、二人の額に手を触れた。
するとふたりの脳裏に、お互いが食い合うようにしてからまる蛇を描いた紋章
のような図形が浮かんだ。
『やくそくだからね、ランバートはそれについて調べてるっていってた』
詳しいことは妖精にはわからないらしい。
旅の途中によったという父は、この紋章を掲げる組織は卷族の排斥、というよ
りも卷族と人間(亜人も含んだエドランスの国民のことらしい)の間に争乱を生も
うと暗躍しているらしく、念のために気をつけろと言いに来てくれたらしい。
なんでもウサギの人たちは警戒心というものが薄いらしく、それにそういう組
織の話は卷族には伝えにくいので、気を配ってほしいと言いに来たらしいのだった。
『なんでも、ひょっとするとそもそも誤解だったかも知れなくて、それを証明す
れば呪いもといてもらえるかもっていってたよ』
興味のないことに関心の薄い妖精はそこらへんの話は聞き流してたらしく、実
にあいまいだったが、アベルもヴァネッサも、父がまだヴァネッサを救うことを
あきらめてないどころか、なにか手掛かりをつかんでるらしいことに驚き、顔を
見合わせて喜んだ。
ヴァネッサは父の無事に、アベルは姉を救う希望に。
しかしその組織については、なんのな目にそんなことをしてるかは妖精は聞い
てないらしく、紋章以上の手がかりはなかった。
『でもさ、人間っては他者を拒絶することで結束することもあるから、手段と目
的に整合性があるととは限らないんじゃない?』
そんな妖精に「まともなこと言った!」とおどろくアベルに
『これでも君たちより長く生きてる大先輩なんだぞ!』
と怒り出す妖精をあとにしてきたのだった。
リリアの話は遠い世界の話ではないのかもしれない。
自分の身にではないとしても、たとえば、そう、この村や女将さんが迫害され
たらどんなに悲しいことだろう。
そんなことをしようとしている人たちが身近にいるかもしれないのだ。
ヴァネッサはアベルを見た。
「うん、もどったら先生にも相談してみよう。あの男のこともあるし」
気持ちを察したアベルがヴァネッサにだけ聞こえるように言った。
「この国をリリアが住めないような世界にしないためにも」
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NPC:ラズロ リリア リック 主犯格の男 ワム ミノ
場所:エドランス国 ウサギ型眷属の村
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「それじゃあわしらは広間のところにいるんで、帰りにでも声掛けてくれたらい
いから、ゆっくり休んでてくれていいよ」
この村では大事な話は広間に集まってするらしく、事の顛末や犯人の男を預
かったことを説明しに行くようだった。
アベルたちには一休みしてから帰ることを勧めたウサギの夫婦は、そのままみ
んなを部屋に残したまま席を立った。
恩人でもあるアベル達に対する警戒心はないらしく、皆にとっては、のんき
な、という思いと、信用されてることに対するくすぐったさがないまぜになり、何
となく顔を見合せて笑い合った。
「……信用ってさ、するのもされるのもいいよね」
ウサギの夫婦が出て行った戸口を見ながら、リリアが言った。
ヴァネッサはリリアが何かを言おうとしてるのを感じ、まじめな顔になって続
きを待った。
アベルは姉の様子に感じるところがあったのか、リックに目をやる。
ラズロは特に何をいでもなく、いつもの通り自然体でいるだけだった。
リックはそんなラズロの様子に苦笑しながら、二人に目で「聞いてくれ」と伝
えた。
「うーん、そうね、まずはこれをみてくれる?」
リリアは集中するように少し目を閉じてじっとしていたかと思うと、ゆっくり
目を開けた。
その眼は動向が縦に細く収縮し猫科の獣によくみられる目を金色に光らせていた。
「どうかな?」
リリアはそういいながら、見えやすいように机の上に手を出して見せた。
その手の指の爪は鋭く突き出していたが、みている前で引っ込んだり出たりを
繰り返して見せた。
「ほんとはもっと変化するらしいんだけど、骨格とかさ、体型とか変わると服も
着てられなくなるしでずっとやってないから、ちょっと練習しないとできないみ
たいなんだ」
そういってリリアはちょっと伺うように三人を見る。
「それって…・・・」
「うん、獣人、ライカンスロープってやつなんだ」
「ライカンスロープ……」
「うん、私は猫、人猫、ワーキャットってやつなんだ」
呟くように言うヴァネッサにリリアは丁寧に答えた。
そして不安そうにヴァネッサを見る。
ヴァネッサも突然――薄々何かを感じてたとしても――のことに何を言っていいか
分からず息をのむ。
なんとも言えない沈黙にリックが何か言おうとしたとき、伸びをするようにア
ベルが手を伸ばしてそのまま首の後ろに組んだ。
「ふーん、そうなんだ」
ラズロは意に返さない感じで普通に茶をすすると机に置いた。
「ふむ、それで?」
再び沈黙が下りたが今度は先ほどの重苦しさはなかった。
なによりアベルとラズロは沈黙の意味が分からずに「ん?」と首をかしげ不思
議そうにしていた。
「……そ、そんな、二人とも!」
ヴァネッサがそのあまりに軽い態度をたしなめようと、珍しくとがめるように
言った。
しかしアベルはますます不思議そうに首をかしげる。
「ん? なにか深刻になるところあったか? リリアが獣人?で半猫?たっけ?
そうだって話だろ?」
「そうだな、俺にもお前らが深刻な顔をしてるのがわからない」
ラズロも同意するようにうなづいて、特にリックを見ていった。
「要するの昨夜の戦いで事前に報告し忘れてた特殊能力の話だろ? ちがうのか?」
そんな二人にさらに何か言おうとしていたヴァネッサは、腰を浮かしかけたと
ころで何かに気づき、再び腰を落ち着けると、アベルたちのように首をかしげた
。
「…・・・あら? ほんとだわ」
昨夜からのリリアの態度と今の真剣な様子に「大事な話」と雰囲気にのまれて
いたが、たしかに深刻になるような話ではなかった。
近しい人としては初めてだが、あまり交流はないが同じクラスにもいたはずだ
し、レアスキルではあるが、それだけのことだった。
キョトンとしてしまったヴァネッサを見て、リックがこらえきれないように肩
を震わせた。
「くっ!あ、はははは、そうだよな、ここではそんなもんだよ」
リリアも安心したような顔をしていたが、笑い出したリックには不満そうに頬
をふくらませた。
「むー、仕方ないじゃない。 それでも……」
「はははは、は、いやすまない、そうだよな、不安だもんな」
ひとしきり笑ったリックはますます不思議そうにするん人に簡単に説明をした。
この国の外でのライカンスロープが差別の対象、いや迫害の対象で、地域に
よっては嫌われるどころか命すら脅かされるということ。
リリアとリックはエドランスには損な差別はないと聞いて、一縷の望みを持っ
てここまで来たが、それでもなかなか他人に打ち明ける気にはなれずにいたこと
。
そして、皆になら、「エドランスの人だから」でなくはじめて「仲間だから」
打ち明けてみたくなったこと。
リックはどんなめにリリアがあってきたかを詳しくは語らなかったが、その口
ぶりから命を脅かされるほどの迫害がどんなものだったのかはよく伝わったよう
で、ヴァネッサは顔を曇らし、アベルは驚き、ラズロは眉をひそめて話を聞いた。
「そうだったの……でも、仲間として信頼されたのはうれしい」
ヴァネッサは嘘偽りのない笑顔でリリアの手を握った。
あわてて詰めを引っ込めたリリアは、ヴッネッサの両手に包まれた自分の手を
見て、ほんとにうれしそうに笑った。
アベルたちは卷族と共生している。
卷族が各地に暮らすためエルフに代表される亜人種の方が少ないぐらいのこの
国において、異業など珍しくもなく、例え獣化しようとも、人間の姿をベースに
するライカンスロープは、忌諱する対象にはなり得なかった。
それゆえリリアの告白の重さは想像の域を出なかったが、それが信頼の証であ
ることはよくわかった。
ヴァネッサはその心こそがうれしかったのだった。
そんな女の子たちの様子と、思わぬところで信用を得ていたことを伝えられ
て、少し照れたようにしていたアベルだったが、ふいに思い出したようにリックを
見た。
「あれ? それじゃあリックの話ってのも?」
だがリックは首をふるとにやりと笑った。
「いや? こっちはそんな大した話じゃないさ、見ればわかるよ」
そういうと、何やら自分の頭を軽く叩くようにして「いいぞ、少しご挨拶だ」
と言った。
まるで自らの頭に話しかけるような様子にさすがに少し引いてしまった三人
だったが、中でもアベルが最初にそれに気がついた。
「まめー」
かすかにそんな声が聞こえた気がしたが、三人は幻想かとは思えなかった。
ただ、冗談だとは思った。
なぜなら、リックの髪の間からこちらを窺うように姿をのぞかせたそれは、
「マメ???」
「まあ」
「……非常識な」
リックは予想どおり驚いてくれた三人に満足したようににやりと笑うと、自分
の頭を指していった。
「こいつはマメ太郎、なんだかよくわからない奴で、正直何で一緒にいるのか俺
にもわからない不思議生物な相棒だ」
名前はリックがそう呼んでるだけで、「まめ」としかいわないこの相棒のこと
は実は何も分かってないという。
「別に調べたいとも思ってないんだ。 ただ、こいつはほんの少しだけ魔力を
持ってて小さい魔法を使って俺を助けてくれるんだ。 だからかがいのない相棒
なのさ。」
「それじゃあ、昨夜のは」
「ん、ああ、こいつが何かしてくれたんだろうな」
ヴァネッサにそう返すと、こともなげに行ってのけた。
ラズロがうなる。
「そうか、リトルラック……不思議と小さな幸運に恵まれ、実力以上のせいかを残
している期待のルーキーってことだったが」
リックは自慢げに「こいつのおかげさ」といった。
「ただ、いつもあとから考えなと助けられたことに気付かない程度のことなん
で、あてにはできないんだ。 それで基礎から鍛えようと思ってな」
アカデミーに来たということらしい。
「もう! そいつ出てきたせいでだいないしたよ!」
せっかく感動してた空気を一気に持っていかれてリリアがふてくされたように
リックノアを蹴りつける。
とはいえ、その顔はどこかてれてるようでもあった。
リリアとしても、素直に感動してたのが照れくさいのだろう。
いつものように掛け合いを始めた二人を見て、ヴァネッサは昨夜のことを思い
出していた。
去り際、ヴァネッサとアベルの二人だけを読んだ妖精は、何やら呪文らしきも
のをとなえると、二人の額に手を触れた。
するとふたりの脳裏に、お互いが食い合うようにしてからまる蛇を描いた紋章
のような図形が浮かんだ。
『やくそくだからね、ランバートはそれについて調べてるっていってた』
詳しいことは妖精にはわからないらしい。
旅の途中によったという父は、この紋章を掲げる組織は卷族の排斥、というよ
りも卷族と人間(亜人も含んだエドランスの国民のことらしい)の間に争乱を生も
うと暗躍しているらしく、念のために気をつけろと言いに来てくれたらしい。
なんでもウサギの人たちは警戒心というものが薄いらしく、それにそういう組
織の話は卷族には伝えにくいので、気を配ってほしいと言いに来たらしいのだった。
『なんでも、ひょっとするとそもそも誤解だったかも知れなくて、それを証明す
れば呪いもといてもらえるかもっていってたよ』
興味のないことに関心の薄い妖精はそこらへんの話は聞き流してたらしく、実
にあいまいだったが、アベルもヴァネッサも、父がまだヴァネッサを救うことを
あきらめてないどころか、なにか手掛かりをつかんでるらしいことに驚き、顔を
見合わせて喜んだ。
ヴァネッサは父の無事に、アベルは姉を救う希望に。
しかしその組織については、なんのな目にそんなことをしてるかは妖精は聞い
てないらしく、紋章以上の手がかりはなかった。
『でもさ、人間っては他者を拒絶することで結束することもあるから、手段と目
的に整合性があるととは限らないんじゃない?』
そんな妖精に「まともなこと言った!」とおどろくアベルに
『これでも君たちより長く生きてる大先輩なんだぞ!』
と怒り出す妖精をあとにしてきたのだった。
リリアの話は遠い世界の話ではないのかもしれない。
自分の身にではないとしても、たとえば、そう、この村や女将さんが迫害され
たらどんなに悲しいことだろう。
そんなことをしようとしている人たちが身近にいるかもしれないのだ。
ヴァネッサはアベルを見た。
「うん、もどったら先生にも相談してみよう。あの男のこともあるし」
気持ちを察したアベルがヴァネッサにだけ聞こえるように言った。
「この国をリリアが住めないような世界にしないためにも」
――――――――――――――――
PR
PC:(セラフィナ、ザンクード)
NPC:ムドウ、ベニハガ、ビャクガ、ヴィクゼニア、レゼーラ、アラクネ、???
場所:カフール、ホーネティア、侵略種本拠地
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
―遡る事数日前―
地下内の一室・・・
そこは黒い大理石のように周囲を平らに加工された鉱物の壁に囲まれた巨大な部屋だった、黒光りする
三対の直方型の椅子と巨大なデスクが並べられ、燭台に灯がともされると
その会合は行われた・・・腰掛けているのは二体の蟲族一体は黒色の厳しい外骨格を有する者、もう一体は鎧を纏い、白き外骨格の牙をギチギチと音をたてて苛立っていた。
<落ち着かないかビャクガ>
黒い外骨格の異形が制止の言葉を述べ、ビャクガと呼ばれた白き外骨格の異形がしぶしぶと音を止まらせる。
その数分後、
ようやく最後の一人…ベニハガが現れ、景気のよさそうな挨拶をする。
<は~ロォ~待ったかしらァ~?♪>
そんな言葉を聞いたビャクガは振り向くと、二体の蟲族とは対照的に紅い振袖を着た人間の女の姿の
ベニハガを睨みつけた。
<怖い顔。“先輩”に失礼じゃなぁい?>
<お前の下の座に着いた覚えはない…。さっさと座ってブツを見せろ、その為にワザワザお前の用につき合わされてるんじゃないのか?>
<…全くこれだから群衆行動型の連中って嫌いよ。頭カタイったらありゃしない。嫌だわぁ~…>
<…人間の雌の皮で会合に出る程我々は悪趣味ではない。“ヒト臭く”てかなわん…>
<ただの趣味がいけないの?ケチつけちゃって‥そういうお宅ら拾ったなァ誰だと思ってんだい?おとなしく連中の巣でもよろしくガリガリカジってりゃ良いものを…>
<‥…貴様ァッ!!>
―<やめろ…>
赤い鞘に手をかけるベニハガと、ガントレットから射出した爪を構えるビャクガの双方の動きを停めたのは、双方の首元に突き付けられる黒き外骨格の者の鋏…。
<ムドウ…あんた>
<…貴様もか?‥こんな俗物に肩を‥>
<黙れ…。事が事だぞ?お前ら。
事態はこれからの俺たちの絶望的な命運も…絶対的勝算も握っている。今荒立てて邪魔をするなら、総統の命令を預かる俺が、お前ら両方とも手を下す…>
そう語るムドウと呼ばれた黒い外骨格の者は、背後から生えた鋭い毒針の尾を逆立つように構え、二体はおとなしくお互いの刃を収めた。
そして舌打ちするベニハガは、二冊の束になった書類をデスク出し、二つの書類をムドウとビャクガは眺めた。
<これが、あのアラクネという奴の研究記録か?>
<全部あの野郎のモンさ。全くあいつもとんでもない“情報”残して出てったもんさ。>
<奴の考えなど誰にも読めんよ…その強欲以外はな…>
<とんでもない業つく野郎さ。こんなもんウチらに残された日にゃ、首が繋がらないね>
<確かに…。今回の件で偵察に協力してくれたお前らには感謝しよう…ビャクガ>
―<あんなことでよければいつでも貸してやるが…、実働部隊はいつ派遣させる?この程度の連中なら制止までそう時間はかからないが…>
ムドウはビャクガの言葉を耳にしたが…聞くや否や首を横に振り、ベニハガに向けて言った。
<…この件での潜入は、ベニハガに任せた方が良い。お前達はあくまでも情報収集のみに動け…>
―言葉に引っかかったのか…ビャクガは<…どういう意味だ?>と尋ねるが、
ムドウは声色さえ変えずに言った。
<この代物を狙うためとは言え…今の時点ではお前らを動かすには大きくリスクが伴う。“奴ら”はこれがどれほどの価値があるかに、あまり気づいていない様子だがな>
<いつまでもコソコソやっていれば、連中は直ぐ様気づく‥
この機会がいつまで続くとも知れないのだぞ…!?>
<あくまでも隠密に行動しろ。滅多に突撃など仕掛ければ、隣国まで喚き声が伝わる。お前らの全兵力をかけたとして…奴らの数に追いつくと思うか?>
ギリギリと癇癪的に鋏の牙を擦りあわせるビャクガを見て、ベニハガは言い放つ。
<…‥最悪厄介なのは、あの銭亡者のクソ野郎がこの件に絡んでるって事さ。奴を知らねぇあんたにゃ向かないよ…あいつの相手は。戦争屋はすっこんでな>
椅子から立ち上がるベニハガは満面に微笑み、会合から立ち去ろうとするが、憎悪をこめてビャクガがソレを引き止めた。<待て…この外道めが…>
―<何だい…今度こそ殺ろってのかい>
<…‥“貴様と括るな”…。ただこれは警告と思って聞け。情報収集に偵察していた我らの同胞ら数名が…、“奴”らしき者の動きを捉えた。余程その存在を隠すためか…即座に同胞との“意識”は途絶えたがな…>
<何?>
<“伝達”された姿の像蟷螂血統…並列された刻と地点を考えれば、我らの狙う地を向かっていると見える……>
それを聞いた途端…張り付いた人間の皮の口から、突如鋏状の牙を剥き出し甲高い声で笑い出したベニハガは呟いた。
<あの“クソ餓鬼”が‥‥、まさかこんな日が来るとはねぇ…>
─同刻─
存在する数少ない蟲族の街…城塞都市ホーネティアの中心区に構える琥珀色の巨大な城では、羽軍帝の三皇帝の一人…クイーン・ヴィクゼニアが、城の自室にある窓から城下を眺めある不穏な予感を感じとっていた。
<……入れ>
言葉の後に扉の開閉音が鳴ると、現れたのは皇族直属の特務部隊の司令官の任に着く雀蜂血統の女兵士だった。
<クイーン…話とは…?>と彼女が尋ねた直後だった。
ヴィクゼニアが傍にあった円形のデスクに出したのは、彼らの組織の分析班が発見したある研究資料であり、それが視線に飛び込み彼女は言葉を詰まらせた…。
<それは…>
<この研究を行っていたのはアラクネという者で、間違いはないのだな…?…消息を途絶えた侵略種という…>
<…“第4次凶殻戦争”以来聞く名ですが…、奴の研究が何か?>
<お前は…あの者の研究していた“毒”が、この世界に存在する可能性は…在りうると思うか?>
第4次凶殻戦争とは、かつて侵略種側のあるBC兵器技術者の手によって、ソレが蟲族同士の戦争にも関わらず、蟲であるとあらざるとに問わず多くの命を奪い去った最も忌まわしき蟲の歴史の一つであり、
その悲惨さを身をもって体感していたベテラン兵のレゼーラは、その話を聞いて凍りつかずにいられなかった。
<…私の考える限りは…“在りえてはならない代物”と思いますが…、その危険性は甚大なモノと思われます………>
──危機を黙認する最中、言葉を切り出したヴィクゼニアだった。
<…お前には‥、特級任務として、早急にここに書かれたカフールという極東の地に出向いてもらい、その地の人間とコンタクトを取ってもらう………そして侵略種…あるいはアラクネと呼ばれる者の所在が判明し次第、場合によっては彼らを守護し、“ガーベラV08”の完成を阻止するのだ…>
<…御言葉ですが……、人間を護衛するとなると…“地國連”とも……>
<‥……その際は私も出向くこともやむおえないだろう…。>
<クイーン…!この件は必ず侵略種が絡んで来ます…そうとなれば奴等は…>
<…あぁ…最悪の場合…全兵力をもってこの地の民ごと殲滅戦を仕掛けかねない。
・・・・互いにいがみ合う者が存在するのは我々側とて同じだ・・・・だがあの惨劇は二度も繰り返すわけにはいかない。
例え人間という種を巻き込むことになろうとあらば、寧ろ断じてあってはならない…
どの勢力が動くよりも速く…決着をつけねば悲劇は目前だぞ…、レゼーラ司令>
勢力中最大の物量数を有する地國連がこの情報を知ったとあれば、連中はこの一件に絡んでくる侵略種に対してその手段を選びはしない。
白蟻共の反逆、そして他の種族との因縁の歴史が生み出した溝が、
尚もその理由に“拍車をかける”。
より迅速な行動が…レゼーラに求められた…。
<………“イエス、クイーン”…
では、戦力の召集が整い次第、また後ほど>
敬礼し、やがて部屋をあとにしたレゼーラは、触角の通信波動能力から羽軍帝の幾多の兵士に戦闘体勢の召集をかけるのだった。
───何を笑っているの?─
「今笑わないでどうするよ?俺達のゲームは今始まったばっかだぜ?」
─“ゲーム”?─
「あぁ、“ゲーム”さ。 ヒトか蟲か…それとも俺達か…
どいつの勝算が勝つか…
それとも俺達の賭けが勝つかのな…。小僧が俺ら側に着かなかったのは残念だったが…まぁ策に支障は無ぇ…」
─あの…ザンクードとかいう蟲族の事?─
「使える駒だとは思ったんだがな…まぁ“ボーナス”みてぇなもんさ。自分の立場も見極めることすら
出来ずに、進んで俺に逆らった挙句犬死にしやがったあいつが悪ィのさ…。
あとは侵略種の連中が全部片付けてくれる…。面倒はかけさせねぇぜ?“相棒”よォ・…」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
NPC:ムドウ、ベニハガ、ビャクガ、ヴィクゼニア、レゼーラ、アラクネ、???
場所:カフール、ホーネティア、侵略種本拠地
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
―遡る事数日前―
地下内の一室・・・
そこは黒い大理石のように周囲を平らに加工された鉱物の壁に囲まれた巨大な部屋だった、黒光りする
三対の直方型の椅子と巨大なデスクが並べられ、燭台に灯がともされると
その会合は行われた・・・腰掛けているのは二体の蟲族一体は黒色の厳しい外骨格を有する者、もう一体は鎧を纏い、白き外骨格の牙をギチギチと音をたてて苛立っていた。
<落ち着かないかビャクガ>
黒い外骨格の異形が制止の言葉を述べ、ビャクガと呼ばれた白き外骨格の異形がしぶしぶと音を止まらせる。
その数分後、
ようやく最後の一人…ベニハガが現れ、景気のよさそうな挨拶をする。
<は~ロォ~待ったかしらァ~?♪>
そんな言葉を聞いたビャクガは振り向くと、二体の蟲族とは対照的に紅い振袖を着た人間の女の姿の
ベニハガを睨みつけた。
<怖い顔。“先輩”に失礼じゃなぁい?>
<お前の下の座に着いた覚えはない…。さっさと座ってブツを見せろ、その為にワザワザお前の用につき合わされてるんじゃないのか?>
<…全くこれだから群衆行動型の連中って嫌いよ。頭カタイったらありゃしない。嫌だわぁ~…>
<…人間の雌の皮で会合に出る程我々は悪趣味ではない。“ヒト臭く”てかなわん…>
<ただの趣味がいけないの?ケチつけちゃって‥そういうお宅ら拾ったなァ誰だと思ってんだい?おとなしく連中の巣でもよろしくガリガリカジってりゃ良いものを…>
<‥…貴様ァッ!!>
―<やめろ…>
赤い鞘に手をかけるベニハガと、ガントレットから射出した爪を構えるビャクガの双方の動きを停めたのは、双方の首元に突き付けられる黒き外骨格の者の鋏…。
<ムドウ…あんた>
<…貴様もか?‥こんな俗物に肩を‥>
<黙れ…。事が事だぞ?お前ら。
事態はこれからの俺たちの絶望的な命運も…絶対的勝算も握っている。今荒立てて邪魔をするなら、総統の命令を預かる俺が、お前ら両方とも手を下す…>
そう語るムドウと呼ばれた黒い外骨格の者は、背後から生えた鋭い毒針の尾を逆立つように構え、二体はおとなしくお互いの刃を収めた。
そして舌打ちするベニハガは、二冊の束になった書類をデスク出し、二つの書類をムドウとビャクガは眺めた。
<これが、あのアラクネという奴の研究記録か?>
<全部あの野郎のモンさ。全くあいつもとんでもない“情報”残して出てったもんさ。>
<奴の考えなど誰にも読めんよ…その強欲以外はな…>
<とんでもない業つく野郎さ。こんなもんウチらに残された日にゃ、首が繋がらないね>
<確かに…。今回の件で偵察に協力してくれたお前らには感謝しよう…ビャクガ>
―<あんなことでよければいつでも貸してやるが…、実働部隊はいつ派遣させる?この程度の連中なら制止までそう時間はかからないが…>
ムドウはビャクガの言葉を耳にしたが…聞くや否や首を横に振り、ベニハガに向けて言った。
<…この件での潜入は、ベニハガに任せた方が良い。お前達はあくまでも情報収集のみに動け…>
―言葉に引っかかったのか…ビャクガは<…どういう意味だ?>と尋ねるが、
ムドウは声色さえ変えずに言った。
<この代物を狙うためとは言え…今の時点ではお前らを動かすには大きくリスクが伴う。“奴ら”はこれがどれほどの価値があるかに、あまり気づいていない様子だがな>
<いつまでもコソコソやっていれば、連中は直ぐ様気づく‥
この機会がいつまで続くとも知れないのだぞ…!?>
<あくまでも隠密に行動しろ。滅多に突撃など仕掛ければ、隣国まで喚き声が伝わる。お前らの全兵力をかけたとして…奴らの数に追いつくと思うか?>
ギリギリと癇癪的に鋏の牙を擦りあわせるビャクガを見て、ベニハガは言い放つ。
<…‥最悪厄介なのは、あの銭亡者のクソ野郎がこの件に絡んでるって事さ。奴を知らねぇあんたにゃ向かないよ…あいつの相手は。戦争屋はすっこんでな>
椅子から立ち上がるベニハガは満面に微笑み、会合から立ち去ろうとするが、憎悪をこめてビャクガがソレを引き止めた。<待て…この外道めが…>
―<何だい…今度こそ殺ろってのかい>
<…‥“貴様と括るな”…。ただこれは警告と思って聞け。情報収集に偵察していた我らの同胞ら数名が…、“奴”らしき者の動きを捉えた。余程その存在を隠すためか…即座に同胞との“意識”は途絶えたがな…>
<何?>
<“伝達”された姿の像蟷螂血統…並列された刻と地点を考えれば、我らの狙う地を向かっていると見える……>
それを聞いた途端…張り付いた人間の皮の口から、突如鋏状の牙を剥き出し甲高い声で笑い出したベニハガは呟いた。
<あの“クソ餓鬼”が‥‥、まさかこんな日が来るとはねぇ…>
─同刻─
存在する数少ない蟲族の街…城塞都市ホーネティアの中心区に構える琥珀色の巨大な城では、羽軍帝の三皇帝の一人…クイーン・ヴィクゼニアが、城の自室にある窓から城下を眺めある不穏な予感を感じとっていた。
<……入れ>
言葉の後に扉の開閉音が鳴ると、現れたのは皇族直属の特務部隊の司令官の任に着く雀蜂血統の女兵士だった。
<クイーン…話とは…?>と彼女が尋ねた直後だった。
ヴィクゼニアが傍にあった円形のデスクに出したのは、彼らの組織の分析班が発見したある研究資料であり、それが視線に飛び込み彼女は言葉を詰まらせた…。
<それは…>
<この研究を行っていたのはアラクネという者で、間違いはないのだな…?…消息を途絶えた侵略種という…>
<…“第4次凶殻戦争”以来聞く名ですが…、奴の研究が何か?>
<お前は…あの者の研究していた“毒”が、この世界に存在する可能性は…在りうると思うか?>
第4次凶殻戦争とは、かつて侵略種側のあるBC兵器技術者の手によって、ソレが蟲族同士の戦争にも関わらず、蟲であるとあらざるとに問わず多くの命を奪い去った最も忌まわしき蟲の歴史の一つであり、
その悲惨さを身をもって体感していたベテラン兵のレゼーラは、その話を聞いて凍りつかずにいられなかった。
<…私の考える限りは…“在りえてはならない代物”と思いますが…、その危険性は甚大なモノと思われます………>
──危機を黙認する最中、言葉を切り出したヴィクゼニアだった。
<…お前には‥、特級任務として、早急にここに書かれたカフールという極東の地に出向いてもらい、その地の人間とコンタクトを取ってもらう………そして侵略種…あるいはアラクネと呼ばれる者の所在が判明し次第、場合によっては彼らを守護し、“ガーベラV08”の完成を阻止するのだ…>
<…御言葉ですが……、人間を護衛するとなると…“地國連”とも……>
<‥……その際は私も出向くこともやむおえないだろう…。>
<クイーン…!この件は必ず侵略種が絡んで来ます…そうとなれば奴等は…>
<…あぁ…最悪の場合…全兵力をもってこの地の民ごと殲滅戦を仕掛けかねない。
・・・・互いにいがみ合う者が存在するのは我々側とて同じだ・・・・だがあの惨劇は二度も繰り返すわけにはいかない。
例え人間という種を巻き込むことになろうとあらば、寧ろ断じてあってはならない…
どの勢力が動くよりも速く…決着をつけねば悲劇は目前だぞ…、レゼーラ司令>
勢力中最大の物量数を有する地國連がこの情報を知ったとあれば、連中はこの一件に絡んでくる侵略種に対してその手段を選びはしない。
白蟻共の反逆、そして他の種族との因縁の歴史が生み出した溝が、
尚もその理由に“拍車をかける”。
より迅速な行動が…レゼーラに求められた…。
<………“イエス、クイーン”…
では、戦力の召集が整い次第、また後ほど>
敬礼し、やがて部屋をあとにしたレゼーラは、触角の通信波動能力から羽軍帝の幾多の兵士に戦闘体勢の召集をかけるのだった。
───何を笑っているの?─
「今笑わないでどうするよ?俺達のゲームは今始まったばっかだぜ?」
─“ゲーム”?─
「あぁ、“ゲーム”さ。 ヒトか蟲か…それとも俺達か…
どいつの勝算が勝つか…
それとも俺達の賭けが勝つかのな…。小僧が俺ら側に着かなかったのは残念だったが…まぁ策に支障は無ぇ…」
─あの…ザンクードとかいう蟲族の事?─
「使える駒だとは思ったんだがな…まぁ“ボーナス”みてぇなもんさ。自分の立場も見極めることすら
出来ずに、進んで俺に逆らった挙句犬死にしやがったあいつが悪ィのさ…。
あとは侵略種の連中が全部片付けてくれる…。面倒はかけさせねぇぜ?“相棒”よォ・…」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
PC:スーシャ、ロンシュタット
NPC:バルデラス
場所:セーラムの街、宿屋前の大通り
痙攣を繰り返す団員。
彼を心配するスーシャをよそに、室内に入った僅かの人間の思惑は様々だった。
何だ、こいつは?──疑問を抱く者。
一体、何が起きているんだ?──目の前の現実が理解できない者。
この暴力が、自分に向かって来たらどうなる?──己の身を案ずる者。
この3つの思考が入り混じり混迷の度合いを深めていく中、ただひとり、殺意を持って明確な行動に出たのは、ロンシュタットだった。
喋る剣、という明らかにおかしな物があるのに、誰一人それに言及しないのは、ただ異形となった、団長を恐れるがゆえだ。
扉近くの壁にいた、と思った瞬間、バネでも仕込んであるように一足飛びで悪魔の目の前に踏み込む。
既に両手に握られた長剣バルデラスは引き下げられ、踏み込んだ足に釣られて回転する腰、肩、腕に伝わる力が頂点になったところで命中した。
今度は悪魔が弾かれたように吹き飛び、鎧戸を突き破って2階から外へと落ちて行く──悲鳴を上げる間もないうちに。
振り切った体勢からゆっくり剣を背中へ戻し、焦る風でもなく窓へ近づいて行くロンシュタット。
彼を見た一同は、全く同じ事を感じた。
──こいつも、悪魔か?
畏怖に満ちた視線が集中するのを背中で弾き返しながら、室内から叩き出した悪魔を見るために、破れた窓から顔を出した。
お願い、死なないで。
その想いだけで痙攣を繰り返している団員の側へ行こうとした時、彼女は自らにも畏怖に満ちた視線が突き刺さるのを敏感に感じた。
悪魔の手を、触れただけで焼くものも、やはり、ただものではない。
あれは勝手に悪魔が触れて、何もしていないのに火傷になっただけで、スーシャの意思とも行動とも無関係だ。
だが、触れたものを焼く、というその事実が、決定的な心の壁を相手の中に作ることになった。
その視線が自分に向けられた理由は分からないが、それの意味するところはわかる──彼らは、自分の事も同じ悪魔か何か、その仲間だとでも思っているに違いない。
その証拠に、団員に近づこうとすると、止めろ、と相手の口が開きかかる。
言葉になる事は無い──自分に触れられたら、自分が焼けるからだ。
だが、倒れている仲間の団員に触れられれば、今度は仲間の命が無い。
とんでもないこの誤解が、酷くスーシャを傷つけた。
そして、その思考は互いに思っても見なかった同じ着地点に到達する。すなわち、
──俺たちの近くに、こんな悪魔が潜んでいたのか!
生活を脅かされる怒りと、命の危険を察知した彼らの恐怖が鋭く見えない槍となって、スーシャの心臓を貫いた。
彼女自身、何と言葉にしていいのか分からない、暗く、冷たい感覚が全身を包む。
ただ一言、それを表すなら、間違いなくこうなる。
「絶望」
と。
彼らにされてきた冷たい仕打ちからでも、内気な性格からでもない。
スーシャは恐らく始めて向けられたであろう、殺意と決して相容れない、飛び越えることのできない心の溝で傷つけられ、言葉を失った。それは、ロンシュタットと出会う前、ひとり雨に濡れていた時よりも、冷たく心を侵食し、決して逃れられることの無い業のように思えた。
ロンシュタットは視線を落とし、地面に転がっているはずの悪魔を見る。
しかし、そこに悪魔はいなかった。
スーシャから引き離すためにバットを振るう要領で叩き出したとはいえ、相当の深手を負っているのは手応えで分かる。
その姿が無い。
いるのは、2階から何か大きなものが降ってきたと知った、宿の中に避難している街人たちだけで、彼らも通りに何もないのを知って、不思議そうに顔を見合わせている。
少し街人たちと同じ様に通りを見ていたが、彼は室内に向き直ると、そのまま硬直しているスーシャと街人たちのところへ歩み寄る。
石になったように、互いに動かないのを見て、ロンシュタットが声をかけようと口を開きかけたとき、口元が急に締まり、床を見る。
いや、見ているのは床ではなく、視点はもっと奥に合っている。
悪魔が近づいて来る。それも、急速に。
しかし、眼には(正確には、彼の感覚では)さほど大きさは変わっていないようにしか見えない。
数呼吸ほどのあいだ、彼はそうしていたが、唐突に固まっているスーシャの腰に腕を回し、今度は自分が破れた窓から飛び出した。
いきなり目の前の風景が変わったスーシャはびっくりする間もなく、急な重力の変化を感じ、気がついたら宿屋の前の通りにいた。もちろん、ロンシュタットに抱えられていることもよく分からない。
まだあの部屋には、怪我をした動けない団員がいる。自分を庇ってくれた人がいる。
助けに行きたい、と言ったが、誰の耳にも届かなかった。
轟音と共に、部屋の窓から滝のように水が溢れ出て来る。
部屋の中にいた街人も、ロンシュタットの荷物もみんな流されて出て来る。
水に乗って、団員が足元に流れ着いた時、聞き慣れた声がした。
「こいつ、運がいいな」
呆れた声を出したのはバルデラスだ。
そうだ、彼(?)もいたんだと、スーシャは思った。
「あ、あの」
と声をかける。
「この人を助けたいんです。お、下ろしてもらえませんか?」
バルデラスの視線がロンシュタットに向く。
「俺はまぁ、こんなやつ放っておいても助かるんじゃないか、と思うんだが……あ、いやいや、そんな悲しそうな顔しないでよ、スーシャちゃん。俺はもちろん、賛成。でも、こいつが何ていうか」
コイツ呼ばわりされたロンシュタットは気にする風でもなく、無言のまま再び地面を見ている。
何も言わない、目も合わせないロンシュタットに、どうして答えてくれないの? と思うスーシャだが、答えはすぐに出た。
再び、ロンシュタットが人間離れした跳躍を見せ、一瞬で数メートルも移動する。
その刹那、今までいた場所から水が出る。
その勢いは、まるで間欠泉のようだ。熱湯ではなく水なのだが、まともに浴びれば吹き飛ばされるのは間違いない。
水は出てきた時と同じ様に唐突に止む。まるで水が地面に潜ったようだ。
するとすぐにロンシュタットが次の跳躍に移る。
やはり同じ様に、水の槍がロンシュタットのいた場所から突き出してきた。
等身大になった猫のように、ひょいひょいと柵、壁、屋根、と飛び移り、あっという間に家の屋上に降り立つ。
水の槍は今度は当てずっぽうのようにあちこちから飛び出していたが、どこにもいない、命中しないのを知ると、地面に引っ込む。
それきり、何も怪異は起こらない。
突然の出来事にずぶ濡れになった街人は多いが、誰も顔にかかる水滴を払おうとはせず、心の中でこれ以上何も起きるなと祈った。
だが。
「来るぞ」
ロンシュタットが言ったのか、あるいはバルデラスの呟きか。
その言葉に違わず、今度は地面が揺れ始める。
地震などほとんど経験したことの無い街人は一体何が起こっているのか理解できず、地面が揺れるという出来事に強いショックを受け、一斉に理性を失ってしまった。
そしてそれに追い討ちをかけるように、地震を起こした源である水が、今度は巨大な一本の柱となって、通りから噴出した。
もうそれはただの水ではない。
本来、重力に引かれて地面に落ちるはずの飛沫は一滴も無く、その形を崩さず、陽光を反射して輝いた。
表面から中を通して反対側まで視線が通る。柱としてそこにあるため、表面から水の流れがはっきりわかる。ゆらゆらと姿を少しずつ歪めてはいるが、森の木々より遥かに高い水の柱であることに変わりは無い。
あっけにとられて見ている街人のひとりが、急に悲鳴を上げて尻餅をついた。訳の分からぬ、言葉になり損ねた悲鳴を上げる。
その声が、あちこちから上がった。
どうして悲鳴を上げるのか分からないスーシャ。
柱を見ても何も、水の流れしか見えない。
しかし。
木に茂る葉が、幾重にも複雑に折り重なり、偶然人の顔に見えるように、水面が人の顔に見えた。
始めはぼんやりと、人の顔に見える程度だった。
だが、水面の流れに見えるそれのあちこちで、上へ下へと流動しながら幾つも浮かんでは消え、消えては浮かんで来たらどうだ。
スーシャも怖かった。あそこに浮かんでいる顔の全ては苦悶に歪み、ゆっくりと流れて行く。
悪魔のこけおどしかとも思えたが、その顔の中に、見覚えのある顔が急に浮かんで来た。
自分をいじめた仕立て屋一家。
殺されたと言われた医者。
その他、スーシャも知っているこの街の人達の顔が。
そして、はっきり分かった。
彼らは行方不明になったのではない。
悪魔に殺され、あるいは喰われ、もう既にこの世にいないのだと。
そしてこの悪魔に喰われたら、悪魔の一部として、ああして延々と苦しみ続けるしかないのだと。
恐らく、その魂が発狂でもして、何もかも分からなくなるまで。
それは、喰らわれた魂の永劫の牢獄。
スーシャは悲鳴を上げることもできず、ただただ、震えた。
NPC:バルデラス
場所:セーラムの街、宿屋前の大通り
痙攣を繰り返す団員。
彼を心配するスーシャをよそに、室内に入った僅かの人間の思惑は様々だった。
何だ、こいつは?──疑問を抱く者。
一体、何が起きているんだ?──目の前の現実が理解できない者。
この暴力が、自分に向かって来たらどうなる?──己の身を案ずる者。
この3つの思考が入り混じり混迷の度合いを深めていく中、ただひとり、殺意を持って明確な行動に出たのは、ロンシュタットだった。
喋る剣、という明らかにおかしな物があるのに、誰一人それに言及しないのは、ただ異形となった、団長を恐れるがゆえだ。
扉近くの壁にいた、と思った瞬間、バネでも仕込んであるように一足飛びで悪魔の目の前に踏み込む。
既に両手に握られた長剣バルデラスは引き下げられ、踏み込んだ足に釣られて回転する腰、肩、腕に伝わる力が頂点になったところで命中した。
今度は悪魔が弾かれたように吹き飛び、鎧戸を突き破って2階から外へと落ちて行く──悲鳴を上げる間もないうちに。
振り切った体勢からゆっくり剣を背中へ戻し、焦る風でもなく窓へ近づいて行くロンシュタット。
彼を見た一同は、全く同じ事を感じた。
──こいつも、悪魔か?
畏怖に満ちた視線が集中するのを背中で弾き返しながら、室内から叩き出した悪魔を見るために、破れた窓から顔を出した。
お願い、死なないで。
その想いだけで痙攣を繰り返している団員の側へ行こうとした時、彼女は自らにも畏怖に満ちた視線が突き刺さるのを敏感に感じた。
悪魔の手を、触れただけで焼くものも、やはり、ただものではない。
あれは勝手に悪魔が触れて、何もしていないのに火傷になっただけで、スーシャの意思とも行動とも無関係だ。
だが、触れたものを焼く、というその事実が、決定的な心の壁を相手の中に作ることになった。
その視線が自分に向けられた理由は分からないが、それの意味するところはわかる──彼らは、自分の事も同じ悪魔か何か、その仲間だとでも思っているに違いない。
その証拠に、団員に近づこうとすると、止めろ、と相手の口が開きかかる。
言葉になる事は無い──自分に触れられたら、自分が焼けるからだ。
だが、倒れている仲間の団員に触れられれば、今度は仲間の命が無い。
とんでもないこの誤解が、酷くスーシャを傷つけた。
そして、その思考は互いに思っても見なかった同じ着地点に到達する。すなわち、
──俺たちの近くに、こんな悪魔が潜んでいたのか!
生活を脅かされる怒りと、命の危険を察知した彼らの恐怖が鋭く見えない槍となって、スーシャの心臓を貫いた。
彼女自身、何と言葉にしていいのか分からない、暗く、冷たい感覚が全身を包む。
ただ一言、それを表すなら、間違いなくこうなる。
「絶望」
と。
彼らにされてきた冷たい仕打ちからでも、内気な性格からでもない。
スーシャは恐らく始めて向けられたであろう、殺意と決して相容れない、飛び越えることのできない心の溝で傷つけられ、言葉を失った。それは、ロンシュタットと出会う前、ひとり雨に濡れていた時よりも、冷たく心を侵食し、決して逃れられることの無い業のように思えた。
ロンシュタットは視線を落とし、地面に転がっているはずの悪魔を見る。
しかし、そこに悪魔はいなかった。
スーシャから引き離すためにバットを振るう要領で叩き出したとはいえ、相当の深手を負っているのは手応えで分かる。
その姿が無い。
いるのは、2階から何か大きなものが降ってきたと知った、宿の中に避難している街人たちだけで、彼らも通りに何もないのを知って、不思議そうに顔を見合わせている。
少し街人たちと同じ様に通りを見ていたが、彼は室内に向き直ると、そのまま硬直しているスーシャと街人たちのところへ歩み寄る。
石になったように、互いに動かないのを見て、ロンシュタットが声をかけようと口を開きかけたとき、口元が急に締まり、床を見る。
いや、見ているのは床ではなく、視点はもっと奥に合っている。
悪魔が近づいて来る。それも、急速に。
しかし、眼には(正確には、彼の感覚では)さほど大きさは変わっていないようにしか見えない。
数呼吸ほどのあいだ、彼はそうしていたが、唐突に固まっているスーシャの腰に腕を回し、今度は自分が破れた窓から飛び出した。
いきなり目の前の風景が変わったスーシャはびっくりする間もなく、急な重力の変化を感じ、気がついたら宿屋の前の通りにいた。もちろん、ロンシュタットに抱えられていることもよく分からない。
まだあの部屋には、怪我をした動けない団員がいる。自分を庇ってくれた人がいる。
助けに行きたい、と言ったが、誰の耳にも届かなかった。
轟音と共に、部屋の窓から滝のように水が溢れ出て来る。
部屋の中にいた街人も、ロンシュタットの荷物もみんな流されて出て来る。
水に乗って、団員が足元に流れ着いた時、聞き慣れた声がした。
「こいつ、運がいいな」
呆れた声を出したのはバルデラスだ。
そうだ、彼(?)もいたんだと、スーシャは思った。
「あ、あの」
と声をかける。
「この人を助けたいんです。お、下ろしてもらえませんか?」
バルデラスの視線がロンシュタットに向く。
「俺はまぁ、こんなやつ放っておいても助かるんじゃないか、と思うんだが……あ、いやいや、そんな悲しそうな顔しないでよ、スーシャちゃん。俺はもちろん、賛成。でも、こいつが何ていうか」
コイツ呼ばわりされたロンシュタットは気にする風でもなく、無言のまま再び地面を見ている。
何も言わない、目も合わせないロンシュタットに、どうして答えてくれないの? と思うスーシャだが、答えはすぐに出た。
再び、ロンシュタットが人間離れした跳躍を見せ、一瞬で数メートルも移動する。
その刹那、今までいた場所から水が出る。
その勢いは、まるで間欠泉のようだ。熱湯ではなく水なのだが、まともに浴びれば吹き飛ばされるのは間違いない。
水は出てきた時と同じ様に唐突に止む。まるで水が地面に潜ったようだ。
するとすぐにロンシュタットが次の跳躍に移る。
やはり同じ様に、水の槍がロンシュタットのいた場所から突き出してきた。
等身大になった猫のように、ひょいひょいと柵、壁、屋根、と飛び移り、あっという間に家の屋上に降り立つ。
水の槍は今度は当てずっぽうのようにあちこちから飛び出していたが、どこにもいない、命中しないのを知ると、地面に引っ込む。
それきり、何も怪異は起こらない。
突然の出来事にずぶ濡れになった街人は多いが、誰も顔にかかる水滴を払おうとはせず、心の中でこれ以上何も起きるなと祈った。
だが。
「来るぞ」
ロンシュタットが言ったのか、あるいはバルデラスの呟きか。
その言葉に違わず、今度は地面が揺れ始める。
地震などほとんど経験したことの無い街人は一体何が起こっているのか理解できず、地面が揺れるという出来事に強いショックを受け、一斉に理性を失ってしまった。
そしてそれに追い討ちをかけるように、地震を起こした源である水が、今度は巨大な一本の柱となって、通りから噴出した。
もうそれはただの水ではない。
本来、重力に引かれて地面に落ちるはずの飛沫は一滴も無く、その形を崩さず、陽光を反射して輝いた。
表面から中を通して反対側まで視線が通る。柱としてそこにあるため、表面から水の流れがはっきりわかる。ゆらゆらと姿を少しずつ歪めてはいるが、森の木々より遥かに高い水の柱であることに変わりは無い。
あっけにとられて見ている街人のひとりが、急に悲鳴を上げて尻餅をついた。訳の分からぬ、言葉になり損ねた悲鳴を上げる。
その声が、あちこちから上がった。
どうして悲鳴を上げるのか分からないスーシャ。
柱を見ても何も、水の流れしか見えない。
しかし。
木に茂る葉が、幾重にも複雑に折り重なり、偶然人の顔に見えるように、水面が人の顔に見えた。
始めはぼんやりと、人の顔に見える程度だった。
だが、水面の流れに見えるそれのあちこちで、上へ下へと流動しながら幾つも浮かんでは消え、消えては浮かんで来たらどうだ。
スーシャも怖かった。あそこに浮かんでいる顔の全ては苦悶に歪み、ゆっくりと流れて行く。
悪魔のこけおどしかとも思えたが、その顔の中に、見覚えのある顔が急に浮かんで来た。
自分をいじめた仕立て屋一家。
殺されたと言われた医者。
その他、スーシャも知っているこの街の人達の顔が。
そして、はっきり分かった。
彼らは行方不明になったのではない。
悪魔に殺され、あるいは喰われ、もう既にこの世にいないのだと。
そしてこの悪魔に喰われたら、悪魔の一部として、ああして延々と苦しみ続けるしかないのだと。
恐らく、その魂が発狂でもして、何もかも分からなくなるまで。
それは、喰らわれた魂の永劫の牢獄。
スーシャは悲鳴を上げることもできず、ただただ、震えた。
PC:礫 メイ
NPC:
場所:ポポルの町外れの森
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
礫とメイは、ガリュウ・ソーンが住むというところを目指して森の中を歩いていた。
森の中は町の中よりも涼しく、静かで過ごしやすい。
時折、小鳥のさえずりが聞こえる。
視線を上に向ければ、木漏れ日の天井が美しい。
――カインはガリュウ・ソーンという老人について知っていることを教えてくれた。
いわく、「とにかく扱いづらい」とのことだ。
子供が熱を出したというので助けてくれと泣きつく母親の頼みを無下に断ったかと思
えば、飼い犬のケガを治してほしいという少年の頼みはきいてやった。
食べ過ぎで苦しむ金持ちをとんでもない額をふっかけて助けてやったかと思えば、一
文なしの行き倒れの親子にその全額をくれてやったりもした。
泥棒退治に協力してくれと言われて「面倒だから嫌だ」と断ったかと思えば、公園の
掃除には熱心に参加していた。
とかく、何を基準にして行動しているのかわからないのだという。
わかるのは、気に入らなければ他人の頼みを平気で断るというところだ。
そんなわけで、今日のとりあえずの目標は「話を聞いてもらう」ことだったりする。
もしかしたら、それすら叶わないかもしれないからだ。
礫の肩に座っていたメイは、ひょいっと立ちあがって空中に飛び立った。
「森はいいねー。なーんか落ちつくわー」
メイは思いっきり手足を伸ばし、リラックスした顔つきで礫を見る。
だがすぐに首をかしげる。
「なんでこんないいトコ住んでて、根性ワルになっちゃうのかな?」
わっかんないわー、と言いたげに、メイは腕組みをした。
「根性ワルじゃないよ。頑固で偏屈っていうだけだよ」
礫は、やや苦笑しつつメイの発言を訂正する。
「えー。それを根性ワルって言うんでしょー?」
それを聞いて、うーん……という呟きが、礫の唇から漏れる。
「森に住む前は町にいたっていうから……きっとその時から頑固で偏屈だったんじゃ
ないかな」
そんなに昔から頑固なら、ガリュウ・ソーンという老人は相当な筋金入りの頑固なの
だろう。
「治んないのかな、それ」
「……性格って、なかなか変わらないものだからね」
メイはポンと手を打った。
「あ、知ってる! それ、三つ子の魂百までも、ってヤツでしょ」
どことなく得意げに話し、メイは胸を張る。
得に自慢できるほどの知識でもないのだが。
「でも、努力すればきっと、変われると思うよ」
礫にそう言われると、「そうだなあ」と素直に思える。
胸に広がる、妙に心地良いドキドキを感じながら。
(もうっ、何なのよ、こないだから!)
こないだ、というのはあのキシェロに捕らわれて礫に助けられた一件のことである。
あの時のことは、本当に感謝している。
見世物になって一生を過ごすなんて、まっぴらゴメンだ。
問題はその後だ。
礫の顔をふと見た一瞬や、他愛ない会話の最中――そんな何気ない場面に、時々、今
のような妙に心地よいドキドキが襲ってくるようになった。
ただ――その心地良いはずのドキドキを感じると、同時に否定したい気持ちが沸き起
こることがあって、それがメイを戸惑わせ、イライラさせるのだ。
心地良い感情なら、素直にそれを味わっていれば良いはずなのに、どうしてか心が揺
れる。
こんな心の動きは、初めてだ。
メイは、ハッとした。
(ひょっとしてあたし、病気……?)
熱もなければ体のどこも痛くない、食欲だっていつも通りなのに、それでも病気なん
てことがあるだろうか。
そう思わないではなかったが、だがやはり、これは「病気」としなければ説明がつか
ない。
「病気」という単語を頭に浮かべた途端、メイは冷や汗が出てきた。
(ど、どうしよ。病気だって言ったら、れっきーに迷惑かけるんじゃないかな?
黙ってよっと)
――ドキドキの正体を理解するには、メイの思考は少しばかり幼いようである。
それからしばらく奥へと進んだ時、ふと礫が足を止めた。
止めた理由は、メイにもわかった。
「あ、あれじゃない? おじいさんの住んでるところって」
メイは、木々の間に見える小屋を指差す。
木を寄せ集めたような粗末な小屋だ。
おそらくあそこに、件の『頑固で偏屈な老人』が住んでいるのだろう。
礫の表情が引き締まる。
「話を聞いてもらえるといいんだけど……」
「こればっかりは、行ってみないとわかんないね。あたし、ちょっと祈っとくわ」
二人は、少しばかり不安な気持ちになりながら、小屋へと近付いていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
NPC:
場所:ポポルの町外れの森
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
礫とメイは、ガリュウ・ソーンが住むというところを目指して森の中を歩いていた。
森の中は町の中よりも涼しく、静かで過ごしやすい。
時折、小鳥のさえずりが聞こえる。
視線を上に向ければ、木漏れ日の天井が美しい。
――カインはガリュウ・ソーンという老人について知っていることを教えてくれた。
いわく、「とにかく扱いづらい」とのことだ。
子供が熱を出したというので助けてくれと泣きつく母親の頼みを無下に断ったかと思
えば、飼い犬のケガを治してほしいという少年の頼みはきいてやった。
食べ過ぎで苦しむ金持ちをとんでもない額をふっかけて助けてやったかと思えば、一
文なしの行き倒れの親子にその全額をくれてやったりもした。
泥棒退治に協力してくれと言われて「面倒だから嫌だ」と断ったかと思えば、公園の
掃除には熱心に参加していた。
とかく、何を基準にして行動しているのかわからないのだという。
わかるのは、気に入らなければ他人の頼みを平気で断るというところだ。
そんなわけで、今日のとりあえずの目標は「話を聞いてもらう」ことだったりする。
もしかしたら、それすら叶わないかもしれないからだ。
礫の肩に座っていたメイは、ひょいっと立ちあがって空中に飛び立った。
「森はいいねー。なーんか落ちつくわー」
メイは思いっきり手足を伸ばし、リラックスした顔つきで礫を見る。
だがすぐに首をかしげる。
「なんでこんないいトコ住んでて、根性ワルになっちゃうのかな?」
わっかんないわー、と言いたげに、メイは腕組みをした。
「根性ワルじゃないよ。頑固で偏屈っていうだけだよ」
礫は、やや苦笑しつつメイの発言を訂正する。
「えー。それを根性ワルって言うんでしょー?」
それを聞いて、うーん……という呟きが、礫の唇から漏れる。
「森に住む前は町にいたっていうから……きっとその時から頑固で偏屈だったんじゃ
ないかな」
そんなに昔から頑固なら、ガリュウ・ソーンという老人は相当な筋金入りの頑固なの
だろう。
「治んないのかな、それ」
「……性格って、なかなか変わらないものだからね」
メイはポンと手を打った。
「あ、知ってる! それ、三つ子の魂百までも、ってヤツでしょ」
どことなく得意げに話し、メイは胸を張る。
得に自慢できるほどの知識でもないのだが。
「でも、努力すればきっと、変われると思うよ」
礫にそう言われると、「そうだなあ」と素直に思える。
胸に広がる、妙に心地良いドキドキを感じながら。
(もうっ、何なのよ、こないだから!)
こないだ、というのはあのキシェロに捕らわれて礫に助けられた一件のことである。
あの時のことは、本当に感謝している。
見世物になって一生を過ごすなんて、まっぴらゴメンだ。
問題はその後だ。
礫の顔をふと見た一瞬や、他愛ない会話の最中――そんな何気ない場面に、時々、今
のような妙に心地よいドキドキが襲ってくるようになった。
ただ――その心地良いはずのドキドキを感じると、同時に否定したい気持ちが沸き起
こることがあって、それがメイを戸惑わせ、イライラさせるのだ。
心地良い感情なら、素直にそれを味わっていれば良いはずなのに、どうしてか心が揺
れる。
こんな心の動きは、初めてだ。
メイは、ハッとした。
(ひょっとしてあたし、病気……?)
熱もなければ体のどこも痛くない、食欲だっていつも通りなのに、それでも病気なん
てことがあるだろうか。
そう思わないではなかったが、だがやはり、これは「病気」としなければ説明がつか
ない。
「病気」という単語を頭に浮かべた途端、メイは冷や汗が出てきた。
(ど、どうしよ。病気だって言ったら、れっきーに迷惑かけるんじゃないかな?
黙ってよっと)
――ドキドキの正体を理解するには、メイの思考は少しばかり幼いようである。
それからしばらく奥へと進んだ時、ふと礫が足を止めた。
止めた理由は、メイにもわかった。
「あ、あれじゃない? おじいさんの住んでるところって」
メイは、木々の間に見える小屋を指差す。
木を寄せ集めたような粗末な小屋だ。
おそらくあそこに、件の『頑固で偏屈な老人』が住んでいるのだろう。
礫の表情が引き締まる。
「話を聞いてもらえるといいんだけど……」
「こればっかりは、行ってみないとわかんないね。あたし、ちょっと祈っとくわ」
二人は、少しばかり不安な気持ちになりながら、小屋へと近付いていった。
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PC:アベル ヴァネッサ
NPC:ラズロ リリア リック セリア ギア
場所:エドランス国 アカデミー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ウサギ型眷属の村での騒動を解決した一行は、首都に帰ってきてから二手に別れた。
ラズロ、リリア、リックはせせらぎ亭へ、女将に調味料の原料となる香草を渡しに向
かった。
一方のアベルとヴァネッサはアカデミーへ直行した。
香草の畑を荒らしていた犯人の処遇についての意見を求めるためと、妖精が教えてく
れた、あの紋章のことを伝えるために。
「絡み合う蛇……ねえ」
一連の話を聞き終えたセリアが、ほっそりした指をあごに当て、ふむ、と考え込む。
教務室に他の教師の姿はない。
授業やら何やらで、全員出払っているらしい。
他の人間にわずらわされず話ができるのは利点だった。
「どこかの家の家紋だったら、図書館に行けば資料があると思うが……」
「家紋とか、そういう立派なものじゃないと思います。悪い組織が使っているらしい
ですから」
悪い組織、と聞いてセリアの眉が動く。
「どんな紋章だった?」
その真剣な表情に、二人は気圧されかかった。
「ええと、お互いを食い合うように、2匹の蛇が絡み合ってる感じの紋章」
アベルは懸命に、身振り手振りなども交えて説明するが、セリアは今一つピンとこな
い様子で首を傾げた。
「なんだかわからないな、ちょっと描いてみてくれ」
セリアはそう言うと、机の上にあった羊皮紙と羽根ペン、それにインクつぼを二人の
前に置く。
「だからー、2匹の蛇がいて~」
アベルは羽根ペンを取ると、ガリガリと書きなぐり始めた。
「そんで、こう、絡み合ってて……」
ガリガリガリガリ。
「それが、お互いを食い合うみたいにー」
やがて形を成して来たそれは……蛇というよりも不恰好なミミズという表現がぴった
りだった。
「ぶわっはっはっは! 何だこりゃおい!」
唐突に声が上がり、三人はビクッと体を振るわせた。
「いやー、傑作だ傑作。お前、面白い才能あるなあ!」
――いつの間にか忍び寄っていたらしいギアが、出来あがった物を見て、腹を抱えて
爆笑している。
「笑うなよ! 俺、今まで絵なんか書いた事ねーんだから、しょうがねえだろ!」
真っ赤になってアベルが立ち上がると、「まあまあ」とギアは片手をひらひらさせ
た。
「じゃあ、ヴァネッサはどうだ? 描いてみな」
「あ、はい」
返事をしたものの……内心、ヴァネッサはゆううつだった。
ヴァネッサだって絵を描いたことなどほとんどない。
小さい時に、地面に小枝で落書きをしたことがある程度だ。
絵を描くことに関心のある方ではない、という自覚はある。
ヴァネッサは、絵を描くよりも花輪を作るほうがうんと楽しかった。
……だから、その腕前となると……。
数刻後、ヴァネッサは、黙って羽根ペンをインクつぼに入れた。
羊皮紙には、アベルが描いた物のさらに上を行くシロモノが描かれていた。
蛇どころか、こんがらがったミミズにすら見えないというのはどういうわけだろう
か。
その場にいた全員が、あんまりにもあんまりな出来映えに黙りこむ。
ギアの方も、女の子を相手に笑い飛ばすのは、さすがに良心が咎めるらしい。
「……すみません」
しゅんとするヴァネッサの頭に、セリアがいたわるように手を乗せる。
「頭の中には、ちゃんとあるんですけど……みんなにわかるように描くのは、ちょっ
と……」
「ま、まあ。しっかり覚えてる人間が二人もいるんだ、問題はないさ。見ればわかる
んだろう?」
かばうようなセリアの言葉が、余計みじめな気持ちを増幅させる。
(もう絵なんか描きたくない)とヴァネッサは思った。
「あ、そうだ、おっちゃん」
アベルが目をキラキラさせながらギアを見上げる。
「父ちゃん、生きてるって! 妖精が会ったんだって! あと、ヴァネッサの呪い、
もしかしたら解けるかもしれないって!」
それはアベルだけではなく、ヴァネッサにとってもうれしい情報だった。
だが二人だけで分かち合うべきではない。
ギアはほんの少し目を丸くしていたが、すぐにニカッと笑みを浮かべた。
「良かったな! そうか、あいつ生きてるのか!」
太い腕で、ぎゅうううっと二人を抱きしめる。
よほど嬉しかったのだろう、その腕には力がこもっていた。
「あ、それで……畑を荒らしてた奴はどうしたらいいんだろ? アカデミーの名前を
出したらビビってたから、たぶんアカデミーに関係してる気がするんだけど」
「そうだなー……ま、こっちに連れてきて、あらいざらい吐かせるか。その後、ギル
ドで手配されてるならギルドに引き渡してもいいし」
ギアは寝癖のついた頭をぼりぼりかいた。
「というかな、そいつ、もしかしたら俺の知ってる奴かもしれん。迎えに……っつう
か連行しに戻る時は俺も一緒に行くから、声かけてくれや」
「私も行こう」
三人が抱き合う様子を微笑ましそうに見ていたセリアが、片手を上げる。
「大人が二人ついて行くのが望ましいだろう。それに色々と自分で探ってみたい部分
があるからな」
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NPC:ラズロ リリア リック セリア ギア
場所:エドランス国 アカデミー
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ウサギ型眷属の村での騒動を解決した一行は、首都に帰ってきてから二手に別れた。
ラズロ、リリア、リックはせせらぎ亭へ、女将に調味料の原料となる香草を渡しに向
かった。
一方のアベルとヴァネッサはアカデミーへ直行した。
香草の畑を荒らしていた犯人の処遇についての意見を求めるためと、妖精が教えてく
れた、あの紋章のことを伝えるために。
「絡み合う蛇……ねえ」
一連の話を聞き終えたセリアが、ほっそりした指をあごに当て、ふむ、と考え込む。
教務室に他の教師の姿はない。
授業やら何やらで、全員出払っているらしい。
他の人間にわずらわされず話ができるのは利点だった。
「どこかの家の家紋だったら、図書館に行けば資料があると思うが……」
「家紋とか、そういう立派なものじゃないと思います。悪い組織が使っているらしい
ですから」
悪い組織、と聞いてセリアの眉が動く。
「どんな紋章だった?」
その真剣な表情に、二人は気圧されかかった。
「ええと、お互いを食い合うように、2匹の蛇が絡み合ってる感じの紋章」
アベルは懸命に、身振り手振りなども交えて説明するが、セリアは今一つピンとこな
い様子で首を傾げた。
「なんだかわからないな、ちょっと描いてみてくれ」
セリアはそう言うと、机の上にあった羊皮紙と羽根ペン、それにインクつぼを二人の
前に置く。
「だからー、2匹の蛇がいて~」
アベルは羽根ペンを取ると、ガリガリと書きなぐり始めた。
「そんで、こう、絡み合ってて……」
ガリガリガリガリ。
「それが、お互いを食い合うみたいにー」
やがて形を成して来たそれは……蛇というよりも不恰好なミミズという表現がぴった
りだった。
「ぶわっはっはっは! 何だこりゃおい!」
唐突に声が上がり、三人はビクッと体を振るわせた。
「いやー、傑作だ傑作。お前、面白い才能あるなあ!」
――いつの間にか忍び寄っていたらしいギアが、出来あがった物を見て、腹を抱えて
爆笑している。
「笑うなよ! 俺、今まで絵なんか書いた事ねーんだから、しょうがねえだろ!」
真っ赤になってアベルが立ち上がると、「まあまあ」とギアは片手をひらひらさせ
た。
「じゃあ、ヴァネッサはどうだ? 描いてみな」
「あ、はい」
返事をしたものの……内心、ヴァネッサはゆううつだった。
ヴァネッサだって絵を描いたことなどほとんどない。
小さい時に、地面に小枝で落書きをしたことがある程度だ。
絵を描くことに関心のある方ではない、という自覚はある。
ヴァネッサは、絵を描くよりも花輪を作るほうがうんと楽しかった。
……だから、その腕前となると……。
数刻後、ヴァネッサは、黙って羽根ペンをインクつぼに入れた。
羊皮紙には、アベルが描いた物のさらに上を行くシロモノが描かれていた。
蛇どころか、こんがらがったミミズにすら見えないというのはどういうわけだろう
か。
その場にいた全員が、あんまりにもあんまりな出来映えに黙りこむ。
ギアの方も、女の子を相手に笑い飛ばすのは、さすがに良心が咎めるらしい。
「……すみません」
しゅんとするヴァネッサの頭に、セリアがいたわるように手を乗せる。
「頭の中には、ちゃんとあるんですけど……みんなにわかるように描くのは、ちょっ
と……」
「ま、まあ。しっかり覚えてる人間が二人もいるんだ、問題はないさ。見ればわかる
んだろう?」
かばうようなセリアの言葉が、余計みじめな気持ちを増幅させる。
(もう絵なんか描きたくない)とヴァネッサは思った。
「あ、そうだ、おっちゃん」
アベルが目をキラキラさせながらギアを見上げる。
「父ちゃん、生きてるって! 妖精が会ったんだって! あと、ヴァネッサの呪い、
もしかしたら解けるかもしれないって!」
それはアベルだけではなく、ヴァネッサにとってもうれしい情報だった。
だが二人だけで分かち合うべきではない。
ギアはほんの少し目を丸くしていたが、すぐにニカッと笑みを浮かべた。
「良かったな! そうか、あいつ生きてるのか!」
太い腕で、ぎゅうううっと二人を抱きしめる。
よほど嬉しかったのだろう、その腕には力がこもっていた。
「あ、それで……畑を荒らしてた奴はどうしたらいいんだろ? アカデミーの名前を
出したらビビってたから、たぶんアカデミーに関係してる気がするんだけど」
「そうだなー……ま、こっちに連れてきて、あらいざらい吐かせるか。その後、ギル
ドで手配されてるならギルドに引き渡してもいいし」
ギアは寝癖のついた頭をぼりぼりかいた。
「というかな、そいつ、もしかしたら俺の知ってる奴かもしれん。迎えに……っつう
か連行しに戻る時は俺も一緒に行くから、声かけてくれや」
「私も行こう」
三人が抱き合う様子を微笑ましそうに見ていたセリアが、片手を上げる。
「大人が二人ついて行くのが望ましいだろう。それに色々と自分で探ってみたい部分
があるからな」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・