PC:スーシャ、ロンシュタット
NPC:バルデラス
場所:セーラムの街、宿屋前の大通り
痙攣を繰り返す団員。
彼を心配するスーシャをよそに、室内に入った僅かの人間の思惑は様々だった。
何だ、こいつは?──疑問を抱く者。
一体、何が起きているんだ?──目の前の現実が理解できない者。
この暴力が、自分に向かって来たらどうなる?──己の身を案ずる者。
この3つの思考が入り混じり混迷の度合いを深めていく中、ただひとり、殺意を持って明確な行動に出たのは、ロンシュタットだった。
喋る剣、という明らかにおかしな物があるのに、誰一人それに言及しないのは、ただ異形となった、団長を恐れるがゆえだ。
扉近くの壁にいた、と思った瞬間、バネでも仕込んであるように一足飛びで悪魔の目の前に踏み込む。
既に両手に握られた長剣バルデラスは引き下げられ、踏み込んだ足に釣られて回転する腰、肩、腕に伝わる力が頂点になったところで命中した。
今度は悪魔が弾かれたように吹き飛び、鎧戸を突き破って2階から外へと落ちて行く──悲鳴を上げる間もないうちに。
振り切った体勢からゆっくり剣を背中へ戻し、焦る風でもなく窓へ近づいて行くロンシュタット。
彼を見た一同は、全く同じ事を感じた。
──こいつも、悪魔か?
畏怖に満ちた視線が集中するのを背中で弾き返しながら、室内から叩き出した悪魔を見るために、破れた窓から顔を出した。
お願い、死なないで。
その想いだけで痙攣を繰り返している団員の側へ行こうとした時、彼女は自らにも畏怖に満ちた視線が突き刺さるのを敏感に感じた。
悪魔の手を、触れただけで焼くものも、やはり、ただものではない。
あれは勝手に悪魔が触れて、何もしていないのに火傷になっただけで、スーシャの意思とも行動とも無関係だ。
だが、触れたものを焼く、というその事実が、決定的な心の壁を相手の中に作ることになった。
その視線が自分に向けられた理由は分からないが、それの意味するところはわかる──彼らは、自分の事も同じ悪魔か何か、その仲間だとでも思っているに違いない。
その証拠に、団員に近づこうとすると、止めろ、と相手の口が開きかかる。
言葉になる事は無い──自分に触れられたら、自分が焼けるからだ。
だが、倒れている仲間の団員に触れられれば、今度は仲間の命が無い。
とんでもないこの誤解が、酷くスーシャを傷つけた。
そして、その思考は互いに思っても見なかった同じ着地点に到達する。すなわち、
──俺たちの近くに、こんな悪魔が潜んでいたのか!
生活を脅かされる怒りと、命の危険を察知した彼らの恐怖が鋭く見えない槍となって、スーシャの心臓を貫いた。
彼女自身、何と言葉にしていいのか分からない、暗く、冷たい感覚が全身を包む。
ただ一言、それを表すなら、間違いなくこうなる。
「絶望」
と。
彼らにされてきた冷たい仕打ちからでも、内気な性格からでもない。
スーシャは恐らく始めて向けられたであろう、殺意と決して相容れない、飛び越えることのできない心の溝で傷つけられ、言葉を失った。それは、ロンシュタットと出会う前、ひとり雨に濡れていた時よりも、冷たく心を侵食し、決して逃れられることの無い業のように思えた。
ロンシュタットは視線を落とし、地面に転がっているはずの悪魔を見る。
しかし、そこに悪魔はいなかった。
スーシャから引き離すためにバットを振るう要領で叩き出したとはいえ、相当の深手を負っているのは手応えで分かる。
その姿が無い。
いるのは、2階から何か大きなものが降ってきたと知った、宿の中に避難している街人たちだけで、彼らも通りに何もないのを知って、不思議そうに顔を見合わせている。
少し街人たちと同じ様に通りを見ていたが、彼は室内に向き直ると、そのまま硬直しているスーシャと街人たちのところへ歩み寄る。
石になったように、互いに動かないのを見て、ロンシュタットが声をかけようと口を開きかけたとき、口元が急に締まり、床を見る。
いや、見ているのは床ではなく、視点はもっと奥に合っている。
悪魔が近づいて来る。それも、急速に。
しかし、眼には(正確には、彼の感覚では)さほど大きさは変わっていないようにしか見えない。
数呼吸ほどのあいだ、彼はそうしていたが、唐突に固まっているスーシャの腰に腕を回し、今度は自分が破れた窓から飛び出した。
いきなり目の前の風景が変わったスーシャはびっくりする間もなく、急な重力の変化を感じ、気がついたら宿屋の前の通りにいた。もちろん、ロンシュタットに抱えられていることもよく分からない。
まだあの部屋には、怪我をした動けない団員がいる。自分を庇ってくれた人がいる。
助けに行きたい、と言ったが、誰の耳にも届かなかった。
轟音と共に、部屋の窓から滝のように水が溢れ出て来る。
部屋の中にいた街人も、ロンシュタットの荷物もみんな流されて出て来る。
水に乗って、団員が足元に流れ着いた時、聞き慣れた声がした。
「こいつ、運がいいな」
呆れた声を出したのはバルデラスだ。
そうだ、彼(?)もいたんだと、スーシャは思った。
「あ、あの」
と声をかける。
「この人を助けたいんです。お、下ろしてもらえませんか?」
バルデラスの視線がロンシュタットに向く。
「俺はまぁ、こんなやつ放っておいても助かるんじゃないか、と思うんだが……あ、いやいや、そんな悲しそうな顔しないでよ、スーシャちゃん。俺はもちろん、賛成。でも、こいつが何ていうか」
コイツ呼ばわりされたロンシュタットは気にする風でもなく、無言のまま再び地面を見ている。
何も言わない、目も合わせないロンシュタットに、どうして答えてくれないの? と思うスーシャだが、答えはすぐに出た。
再び、ロンシュタットが人間離れした跳躍を見せ、一瞬で数メートルも移動する。
その刹那、今までいた場所から水が出る。
その勢いは、まるで間欠泉のようだ。熱湯ではなく水なのだが、まともに浴びれば吹き飛ばされるのは間違いない。
水は出てきた時と同じ様に唐突に止む。まるで水が地面に潜ったようだ。
するとすぐにロンシュタットが次の跳躍に移る。
やはり同じ様に、水の槍がロンシュタットのいた場所から突き出してきた。
等身大になった猫のように、ひょいひょいと柵、壁、屋根、と飛び移り、あっという間に家の屋上に降り立つ。
水の槍は今度は当てずっぽうのようにあちこちから飛び出していたが、どこにもいない、命中しないのを知ると、地面に引っ込む。
それきり、何も怪異は起こらない。
突然の出来事にずぶ濡れになった街人は多いが、誰も顔にかかる水滴を払おうとはせず、心の中でこれ以上何も起きるなと祈った。
だが。
「来るぞ」
ロンシュタットが言ったのか、あるいはバルデラスの呟きか。
その言葉に違わず、今度は地面が揺れ始める。
地震などほとんど経験したことの無い街人は一体何が起こっているのか理解できず、地面が揺れるという出来事に強いショックを受け、一斉に理性を失ってしまった。
そしてそれに追い討ちをかけるように、地震を起こした源である水が、今度は巨大な一本の柱となって、通りから噴出した。
もうそれはただの水ではない。
本来、重力に引かれて地面に落ちるはずの飛沫は一滴も無く、その形を崩さず、陽光を反射して輝いた。
表面から中を通して反対側まで視線が通る。柱としてそこにあるため、表面から水の流れがはっきりわかる。ゆらゆらと姿を少しずつ歪めてはいるが、森の木々より遥かに高い水の柱であることに変わりは無い。
あっけにとられて見ている街人のひとりが、急に悲鳴を上げて尻餅をついた。訳の分からぬ、言葉になり損ねた悲鳴を上げる。
その声が、あちこちから上がった。
どうして悲鳴を上げるのか分からないスーシャ。
柱を見ても何も、水の流れしか見えない。
しかし。
木に茂る葉が、幾重にも複雑に折り重なり、偶然人の顔に見えるように、水面が人の顔に見えた。
始めはぼんやりと、人の顔に見える程度だった。
だが、水面の流れに見えるそれのあちこちで、上へ下へと流動しながら幾つも浮かんでは消え、消えては浮かんで来たらどうだ。
スーシャも怖かった。あそこに浮かんでいる顔の全ては苦悶に歪み、ゆっくりと流れて行く。
悪魔のこけおどしかとも思えたが、その顔の中に、見覚えのある顔が急に浮かんで来た。
自分をいじめた仕立て屋一家。
殺されたと言われた医者。
その他、スーシャも知っているこの街の人達の顔が。
そして、はっきり分かった。
彼らは行方不明になったのではない。
悪魔に殺され、あるいは喰われ、もう既にこの世にいないのだと。
そしてこの悪魔に喰われたら、悪魔の一部として、ああして延々と苦しみ続けるしかないのだと。
恐らく、その魂が発狂でもして、何もかも分からなくなるまで。
それは、喰らわれた魂の永劫の牢獄。
スーシャは悲鳴を上げることもできず、ただただ、震えた。
NPC:バルデラス
場所:セーラムの街、宿屋前の大通り
痙攣を繰り返す団員。
彼を心配するスーシャをよそに、室内に入った僅かの人間の思惑は様々だった。
何だ、こいつは?──疑問を抱く者。
一体、何が起きているんだ?──目の前の現実が理解できない者。
この暴力が、自分に向かって来たらどうなる?──己の身を案ずる者。
この3つの思考が入り混じり混迷の度合いを深めていく中、ただひとり、殺意を持って明確な行動に出たのは、ロンシュタットだった。
喋る剣、という明らかにおかしな物があるのに、誰一人それに言及しないのは、ただ異形となった、団長を恐れるがゆえだ。
扉近くの壁にいた、と思った瞬間、バネでも仕込んであるように一足飛びで悪魔の目の前に踏み込む。
既に両手に握られた長剣バルデラスは引き下げられ、踏み込んだ足に釣られて回転する腰、肩、腕に伝わる力が頂点になったところで命中した。
今度は悪魔が弾かれたように吹き飛び、鎧戸を突き破って2階から外へと落ちて行く──悲鳴を上げる間もないうちに。
振り切った体勢からゆっくり剣を背中へ戻し、焦る風でもなく窓へ近づいて行くロンシュタット。
彼を見た一同は、全く同じ事を感じた。
──こいつも、悪魔か?
畏怖に満ちた視線が集中するのを背中で弾き返しながら、室内から叩き出した悪魔を見るために、破れた窓から顔を出した。
お願い、死なないで。
その想いだけで痙攣を繰り返している団員の側へ行こうとした時、彼女は自らにも畏怖に満ちた視線が突き刺さるのを敏感に感じた。
悪魔の手を、触れただけで焼くものも、やはり、ただものではない。
あれは勝手に悪魔が触れて、何もしていないのに火傷になっただけで、スーシャの意思とも行動とも無関係だ。
だが、触れたものを焼く、というその事実が、決定的な心の壁を相手の中に作ることになった。
その視線が自分に向けられた理由は分からないが、それの意味するところはわかる──彼らは、自分の事も同じ悪魔か何か、その仲間だとでも思っているに違いない。
その証拠に、団員に近づこうとすると、止めろ、と相手の口が開きかかる。
言葉になる事は無い──自分に触れられたら、自分が焼けるからだ。
だが、倒れている仲間の団員に触れられれば、今度は仲間の命が無い。
とんでもないこの誤解が、酷くスーシャを傷つけた。
そして、その思考は互いに思っても見なかった同じ着地点に到達する。すなわち、
──俺たちの近くに、こんな悪魔が潜んでいたのか!
生活を脅かされる怒りと、命の危険を察知した彼らの恐怖が鋭く見えない槍となって、スーシャの心臓を貫いた。
彼女自身、何と言葉にしていいのか分からない、暗く、冷たい感覚が全身を包む。
ただ一言、それを表すなら、間違いなくこうなる。
「絶望」
と。
彼らにされてきた冷たい仕打ちからでも、内気な性格からでもない。
スーシャは恐らく始めて向けられたであろう、殺意と決して相容れない、飛び越えることのできない心の溝で傷つけられ、言葉を失った。それは、ロンシュタットと出会う前、ひとり雨に濡れていた時よりも、冷たく心を侵食し、決して逃れられることの無い業のように思えた。
ロンシュタットは視線を落とし、地面に転がっているはずの悪魔を見る。
しかし、そこに悪魔はいなかった。
スーシャから引き離すためにバットを振るう要領で叩き出したとはいえ、相当の深手を負っているのは手応えで分かる。
その姿が無い。
いるのは、2階から何か大きなものが降ってきたと知った、宿の中に避難している街人たちだけで、彼らも通りに何もないのを知って、不思議そうに顔を見合わせている。
少し街人たちと同じ様に通りを見ていたが、彼は室内に向き直ると、そのまま硬直しているスーシャと街人たちのところへ歩み寄る。
石になったように、互いに動かないのを見て、ロンシュタットが声をかけようと口を開きかけたとき、口元が急に締まり、床を見る。
いや、見ているのは床ではなく、視点はもっと奥に合っている。
悪魔が近づいて来る。それも、急速に。
しかし、眼には(正確には、彼の感覚では)さほど大きさは変わっていないようにしか見えない。
数呼吸ほどのあいだ、彼はそうしていたが、唐突に固まっているスーシャの腰に腕を回し、今度は自分が破れた窓から飛び出した。
いきなり目の前の風景が変わったスーシャはびっくりする間もなく、急な重力の変化を感じ、気がついたら宿屋の前の通りにいた。もちろん、ロンシュタットに抱えられていることもよく分からない。
まだあの部屋には、怪我をした動けない団員がいる。自分を庇ってくれた人がいる。
助けに行きたい、と言ったが、誰の耳にも届かなかった。
轟音と共に、部屋の窓から滝のように水が溢れ出て来る。
部屋の中にいた街人も、ロンシュタットの荷物もみんな流されて出て来る。
水に乗って、団員が足元に流れ着いた時、聞き慣れた声がした。
「こいつ、運がいいな」
呆れた声を出したのはバルデラスだ。
そうだ、彼(?)もいたんだと、スーシャは思った。
「あ、あの」
と声をかける。
「この人を助けたいんです。お、下ろしてもらえませんか?」
バルデラスの視線がロンシュタットに向く。
「俺はまぁ、こんなやつ放っておいても助かるんじゃないか、と思うんだが……あ、いやいや、そんな悲しそうな顔しないでよ、スーシャちゃん。俺はもちろん、賛成。でも、こいつが何ていうか」
コイツ呼ばわりされたロンシュタットは気にする風でもなく、無言のまま再び地面を見ている。
何も言わない、目も合わせないロンシュタットに、どうして答えてくれないの? と思うスーシャだが、答えはすぐに出た。
再び、ロンシュタットが人間離れした跳躍を見せ、一瞬で数メートルも移動する。
その刹那、今までいた場所から水が出る。
その勢いは、まるで間欠泉のようだ。熱湯ではなく水なのだが、まともに浴びれば吹き飛ばされるのは間違いない。
水は出てきた時と同じ様に唐突に止む。まるで水が地面に潜ったようだ。
するとすぐにロンシュタットが次の跳躍に移る。
やはり同じ様に、水の槍がロンシュタットのいた場所から突き出してきた。
等身大になった猫のように、ひょいひょいと柵、壁、屋根、と飛び移り、あっという間に家の屋上に降り立つ。
水の槍は今度は当てずっぽうのようにあちこちから飛び出していたが、どこにもいない、命中しないのを知ると、地面に引っ込む。
それきり、何も怪異は起こらない。
突然の出来事にずぶ濡れになった街人は多いが、誰も顔にかかる水滴を払おうとはせず、心の中でこれ以上何も起きるなと祈った。
だが。
「来るぞ」
ロンシュタットが言ったのか、あるいはバルデラスの呟きか。
その言葉に違わず、今度は地面が揺れ始める。
地震などほとんど経験したことの無い街人は一体何が起こっているのか理解できず、地面が揺れるという出来事に強いショックを受け、一斉に理性を失ってしまった。
そしてそれに追い討ちをかけるように、地震を起こした源である水が、今度は巨大な一本の柱となって、通りから噴出した。
もうそれはただの水ではない。
本来、重力に引かれて地面に落ちるはずの飛沫は一滴も無く、その形を崩さず、陽光を反射して輝いた。
表面から中を通して反対側まで視線が通る。柱としてそこにあるため、表面から水の流れがはっきりわかる。ゆらゆらと姿を少しずつ歪めてはいるが、森の木々より遥かに高い水の柱であることに変わりは無い。
あっけにとられて見ている街人のひとりが、急に悲鳴を上げて尻餅をついた。訳の分からぬ、言葉になり損ねた悲鳴を上げる。
その声が、あちこちから上がった。
どうして悲鳴を上げるのか分からないスーシャ。
柱を見ても何も、水の流れしか見えない。
しかし。
木に茂る葉が、幾重にも複雑に折り重なり、偶然人の顔に見えるように、水面が人の顔に見えた。
始めはぼんやりと、人の顔に見える程度だった。
だが、水面の流れに見えるそれのあちこちで、上へ下へと流動しながら幾つも浮かんでは消え、消えては浮かんで来たらどうだ。
スーシャも怖かった。あそこに浮かんでいる顔の全ては苦悶に歪み、ゆっくりと流れて行く。
悪魔のこけおどしかとも思えたが、その顔の中に、見覚えのある顔が急に浮かんで来た。
自分をいじめた仕立て屋一家。
殺されたと言われた医者。
その他、スーシャも知っているこの街の人達の顔が。
そして、はっきり分かった。
彼らは行方不明になったのではない。
悪魔に殺され、あるいは喰われ、もう既にこの世にいないのだと。
そしてこの悪魔に喰われたら、悪魔の一部として、ああして延々と苦しみ続けるしかないのだと。
恐らく、その魂が発狂でもして、何もかも分からなくなるまで。
それは、喰らわれた魂の永劫の牢獄。
スーシャは悲鳴を上げることもできず、ただただ、震えた。
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