PC:スーシャ、ロンシュタット
NPC:バルデラス
場所:セーラムの街
地下墓地での悪魔との一戦を終え、スーシャが避難している宿へ戻ってきたロンシュタットを待っていたのは、団長を始めとする、街人たちの冷たい視線と無言の出迎え、そしてこれから始まる詰問という嫌味のフルコースだった。
流石に身の丈以上もある長大な剣を楽々と背負って出歩くロンシュタットに、正面切って突っかかっていくものはいない。
だからというわけでもないが、彼を包囲するように街人との間に割って入るのは自警団の構成員だった。
特に足を踏み鳴らしたり、腕を組むわけでもないが、何となく不安感を抱くのが普通だろう。
しかし、ロンシュタットは囲まれても居心地が悪くなるどころか、彼らなど度外視して、悠然と周囲に視線を回す。
「──スーシャを探しているのか?」
街人を押し退ける様にして、団長が彼の目の前に立つ。
ロンシュタットはちらり、とだけ視線を向ける。
脅すでもない、だが射竦めるような迫力のある眼力に押され、団長が気圧される。
その僅かな心の隙を察知したのか、街人たちの間に静かに動揺が生まれる。
まさか、団長はこの流れ者の若造を怖がっているんじゃないか?
街人同士が目を合わせてそれを確認する前に、ひとつ咳払いをして言葉を続け威厳を保つ程度には、団長は強かだった。
「君には、確か詰め所にいるよう命じたはずだ。それを破ったとあればそれ相応の罰を──軟禁することもできる」
おお、と街人たちに安堵が広がる。
「しかし、この異常な事態に幾らか対処し、この宿に集まるよう、避難するように進言したことはいいことだ」
何だ、褒めるのか?
こいつをどうするつもりなんだ、という疑問が街人たちの頭に浮かぶ。
「君が来てからこのような異常事態が起きた。君が原因かどうか分からないが、君がひとつのキーになっていることは間違いない。ロンシュタット、知っていることは全てここで話してもらうぞ」
ゆっくりとロンシュタットの視線が上を向き、やがて自分の荷物の置いてある部屋の天井を見ると、そこで固定された。
「眼を合わせないようにして、誤魔化しているのか? そんな手は通じないぞ」
声を低くし、一歩近寄る団長。
そこでようやく、ロンシュタットが言葉を発した。
「……今、何と言った?」
団長が鼻をふん、と鳴らして返す。
「何だ、誤魔化していると言われて気に障ったのか? だが、こちらも非常事態だ。この際、些細な言葉のあやを気にしたり、揚げ足を取り合うつもりは無い。さっさと吐いてもらおうか」
周囲の街人だけでなく、自警団の若者もひともんちゃくあるのではないか、と不安になるような事を団長は言うが、ロンシュタットは一向にその点については取り合わない。
それどころか、自分の近くに立っている自警団のひとりに、こう聞く始末だ。
「お前は、私の名前を知っているのか?」
急に団長とロンシュタットの話に加わることになったその団員は、質問の意図を理解しかねてまごついた。
「え? ああ、ロンシュタット……だろう?」
「どこで聞いた?」
「はあ? 何でそんなことを答えなきゃならない?」
やや反抗的に言い返すが、無言でロンシュタットに見られると、その圧力に耐えられず、すぐに言った。
「いや、今、団長がそう言ったからだ」
ロンシュタット、今度は団長の方を向き、自分から切り出した。
「……そういう事だ」
どういうことだ?
誰もが抱く、その質問に、最初に違和感を感じて結論に辿り着いたのは、スーシャを上へ隠した団員だった。
まさか、そういうことか?
「つまり、あんたは……俺たちが誰も知らないあんたの名前を、どうやって団長が知ったのか、おかしくないか? そう言いたいのか?」
「少し違う」
短く答えると、ロンシュタットは団長へ一歩踏み出す。
「私は、この街へ着いてから、誰にも自分の名前を言ったことは無い」
俺が勝手にスーシャに喋ったがね。
珍しく沈黙しているバルデラスは誰にも聞こえないように呟いた。
「この宿の宿泊帳にも書いてはいない。この街の人間がそれを知る事はできないはずだ──私が街の外で、別の悪魔を倒した直後でなければ」
街人に動揺が生まれる。
こいつ、そんな所でそんなことをしていたのか!
しかも、この近くに「別の悪魔」がいるだと?
つまり、今もこの街にはロンシュタットが倒したのとは別の悪魔が巣食っている!
「お前は昨夜、街人に呼ばれて殺人事件を初めて知り、この宿へ来た。その時、知っていたことはほとんどなかった。なぜなら私ではなく、被害者家族に養われていたスーシャを連れて行ったからだ。私の街の外での事を知らないお前が、私の名前を知る機会は無い。ならばどこで、誰からロンシュタットの名を聞いた?」
「それは、詰め所に最初にスーシャを連れて行った時に……」
「いや」
遮ったのは、その団員だった。
「確かにスーシャは色々聞かれていたが、単に事件のあった時の状況を聞いたりとかで、彼の名前なんか聞いていない」
当たり前の話だ。
この時点で、スーシャとロンシュタットには何の繋がりも無い。
「それなら」
団長はわざと大きな声を出して言い放った。
「スーシャに聞いてみよう。そうすればはっきりする。……彼女はどこにいる?」
「あ、2階の一番手前の部屋です」
うっかり、団員は答えてしまい、答えてから自分で彼女を隠したことを思い出した。
「では、行こうか」
団長はそう言うと、階段を上がって行った。
余りに静かなせいか、厚い床板を通しても、階下でのやり取りが聞こえてくる。
声しか聞こえないせいで……というよりは、普段から口を利かないロンシュタットのせいで、彼が追い詰められていると思っていたスーシャだったが、中盤に来て、いきなり優位に立ったことに少し安心した。
しかし、その安心も束の間、今度は自分の所に来るという。
びっくりしてどうしようかとも思うが、今からドアを開けても部屋を出て少し行けば見つかってしまうし、この宿泊室では隠れられるところも無い。いや、ロンシュタットも一緒に上がってくるのは足音と、バルデラスが揺れる止め具の音で分かる。
彼が一緒なら、隠れなくてもいいんじゃないのかな?
私は団長にも、他の人にも名前を言ったことなんて無い。
それはそうだ、誰も訊かなかったから。
ただ、それを言えばいいだけなのだ。悪い事をするわけでも、誰かを咎める訳でもない。
それならせめて、ドアを開けて入ってくるのがロンシュタットであればいいのに。
そんなふうに思った。
NPC:バルデラス
場所:セーラムの街
地下墓地での悪魔との一戦を終え、スーシャが避難している宿へ戻ってきたロンシュタットを待っていたのは、団長を始めとする、街人たちの冷たい視線と無言の出迎え、そしてこれから始まる詰問という嫌味のフルコースだった。
流石に身の丈以上もある長大な剣を楽々と背負って出歩くロンシュタットに、正面切って突っかかっていくものはいない。
だからというわけでもないが、彼を包囲するように街人との間に割って入るのは自警団の構成員だった。
特に足を踏み鳴らしたり、腕を組むわけでもないが、何となく不安感を抱くのが普通だろう。
しかし、ロンシュタットは囲まれても居心地が悪くなるどころか、彼らなど度外視して、悠然と周囲に視線を回す。
「──スーシャを探しているのか?」
街人を押し退ける様にして、団長が彼の目の前に立つ。
ロンシュタットはちらり、とだけ視線を向ける。
脅すでもない、だが射竦めるような迫力のある眼力に押され、団長が気圧される。
その僅かな心の隙を察知したのか、街人たちの間に静かに動揺が生まれる。
まさか、団長はこの流れ者の若造を怖がっているんじゃないか?
街人同士が目を合わせてそれを確認する前に、ひとつ咳払いをして言葉を続け威厳を保つ程度には、団長は強かだった。
「君には、確か詰め所にいるよう命じたはずだ。それを破ったとあればそれ相応の罰を──軟禁することもできる」
おお、と街人たちに安堵が広がる。
「しかし、この異常な事態に幾らか対処し、この宿に集まるよう、避難するように進言したことはいいことだ」
何だ、褒めるのか?
こいつをどうするつもりなんだ、という疑問が街人たちの頭に浮かぶ。
「君が来てからこのような異常事態が起きた。君が原因かどうか分からないが、君がひとつのキーになっていることは間違いない。ロンシュタット、知っていることは全てここで話してもらうぞ」
ゆっくりとロンシュタットの視線が上を向き、やがて自分の荷物の置いてある部屋の天井を見ると、そこで固定された。
「眼を合わせないようにして、誤魔化しているのか? そんな手は通じないぞ」
声を低くし、一歩近寄る団長。
そこでようやく、ロンシュタットが言葉を発した。
「……今、何と言った?」
団長が鼻をふん、と鳴らして返す。
「何だ、誤魔化していると言われて気に障ったのか? だが、こちらも非常事態だ。この際、些細な言葉のあやを気にしたり、揚げ足を取り合うつもりは無い。さっさと吐いてもらおうか」
周囲の街人だけでなく、自警団の若者もひともんちゃくあるのではないか、と不安になるような事を団長は言うが、ロンシュタットは一向にその点については取り合わない。
それどころか、自分の近くに立っている自警団のひとりに、こう聞く始末だ。
「お前は、私の名前を知っているのか?」
急に団長とロンシュタットの話に加わることになったその団員は、質問の意図を理解しかねてまごついた。
「え? ああ、ロンシュタット……だろう?」
「どこで聞いた?」
「はあ? 何でそんなことを答えなきゃならない?」
やや反抗的に言い返すが、無言でロンシュタットに見られると、その圧力に耐えられず、すぐに言った。
「いや、今、団長がそう言ったからだ」
ロンシュタット、今度は団長の方を向き、自分から切り出した。
「……そういう事だ」
どういうことだ?
誰もが抱く、その質問に、最初に違和感を感じて結論に辿り着いたのは、スーシャを上へ隠した団員だった。
まさか、そういうことか?
「つまり、あんたは……俺たちが誰も知らないあんたの名前を、どうやって団長が知ったのか、おかしくないか? そう言いたいのか?」
「少し違う」
短く答えると、ロンシュタットは団長へ一歩踏み出す。
「私は、この街へ着いてから、誰にも自分の名前を言ったことは無い」
俺が勝手にスーシャに喋ったがね。
珍しく沈黙しているバルデラスは誰にも聞こえないように呟いた。
「この宿の宿泊帳にも書いてはいない。この街の人間がそれを知る事はできないはずだ──私が街の外で、別の悪魔を倒した直後でなければ」
街人に動揺が生まれる。
こいつ、そんな所でそんなことをしていたのか!
しかも、この近くに「別の悪魔」がいるだと?
つまり、今もこの街にはロンシュタットが倒したのとは別の悪魔が巣食っている!
「お前は昨夜、街人に呼ばれて殺人事件を初めて知り、この宿へ来た。その時、知っていたことはほとんどなかった。なぜなら私ではなく、被害者家族に養われていたスーシャを連れて行ったからだ。私の街の外での事を知らないお前が、私の名前を知る機会は無い。ならばどこで、誰からロンシュタットの名を聞いた?」
「それは、詰め所に最初にスーシャを連れて行った時に……」
「いや」
遮ったのは、その団員だった。
「確かにスーシャは色々聞かれていたが、単に事件のあった時の状況を聞いたりとかで、彼の名前なんか聞いていない」
当たり前の話だ。
この時点で、スーシャとロンシュタットには何の繋がりも無い。
「それなら」
団長はわざと大きな声を出して言い放った。
「スーシャに聞いてみよう。そうすればはっきりする。……彼女はどこにいる?」
「あ、2階の一番手前の部屋です」
うっかり、団員は答えてしまい、答えてから自分で彼女を隠したことを思い出した。
「では、行こうか」
団長はそう言うと、階段を上がって行った。
余りに静かなせいか、厚い床板を通しても、階下でのやり取りが聞こえてくる。
声しか聞こえないせいで……というよりは、普段から口を利かないロンシュタットのせいで、彼が追い詰められていると思っていたスーシャだったが、中盤に来て、いきなり優位に立ったことに少し安心した。
しかし、その安心も束の間、今度は自分の所に来るという。
びっくりしてどうしようかとも思うが、今からドアを開けても部屋を出て少し行けば見つかってしまうし、この宿泊室では隠れられるところも無い。いや、ロンシュタットも一緒に上がってくるのは足音と、バルデラスが揺れる止め具の音で分かる。
彼が一緒なら、隠れなくてもいいんじゃないのかな?
私は団長にも、他の人にも名前を言ったことなんて無い。
それはそうだ、誰も訊かなかったから。
ただ、それを言えばいいだけなのだ。悪い事をするわけでも、誰かを咎める訳でもない。
それならせめて、ドアを開けて入ってくるのがロンシュタットであればいいのに。
そんなふうに思った。
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登場:クオド, ヒルデ
場所:ガルドゼンド国内
--------------------------------------------------------------------------
二人を取り囲んだ盗賊の頭領と思しき人物が大音声を上げたので、クオドは手綱を引
いて馬を静めなければならなかった。軽い馬用鎧をつけさせてはいるが、戦闘に慣れて
いない乗用馬だ。戦いの気迫に飲まれれば、動かなくなるか暴れだす。
周囲の賊たちが各々の武器を構えて一歩、前に出た。包囲の輪が狭まる。武装は様々
だが、騎手を馬から落とすための長柄武器を持っているものはいない。十一人。森の中
に数人いるとして、十五人前後だろう。二人で戦えない数ではないが、油断すれば危険
だ。
「お知り合いですか」
「まったく!」
クオドは鎖帷子の首元を直し、鞘に収めたままの片手半剣の鍔を逆手に握った。
横手から突進してきた男の斧を無理やり弾き、相手が体勢を崩す隙に馬首を巡らせる。
続く剣の攻撃を受け流しながら声を上げる。
「――人違いではありませんか」
「違わねぇ、そのォ女だ!
忘れたとは言わせねえぞ、ティグラハットとの国境でのことだ!」
クオドは「とりあえず突破しましょう」と囁いた。ラインヒルデが頷く。
馬の首筋を軽く叩いて、拍車を入れる。嘶きと共に走り出す。進路上でまだ若い賊が
悲鳴を上げた。立ちすくむ彼の横を何の妨害もなくすり抜け、呆気なく包囲から脱出し
振り返る。
ラインヒルデの騎馬は鮮やかな脚捌きで敵を翻弄し後に続いた。栗毛の馬が、兜の下
から少し得意げな視線を向けて来たのは気のせいか。
道の先には岩山。例の襲撃事件が起こったという場所まではまだ遠い。
「お、おい、手前ェら!
何してやがんだ、逃がすんじゃねえ!」
「すいませんお頭!」
賊は慌てて陣を展開し武器を構えたが、必要以上に遠巻きだった。
今度は本当に撥ね飛ばされるのを恐れたのか、単純に騎馬を相手にする不利を悟って
攻めあぐねているのか。
「逃げませんよ。あなたがたは、ここで旅人を襲いましたね?」
ラインヒルデが無言のままだったので、クオドが口を開いた。
証拠のようにひらりと下馬し、青い飾り帯で封じた片手半剣を盾代わりに構えてみせ
る。新しく借り受けた小剣はまだ抜かない。剥き出しの刃は人間を興奮させる。特に、
敵手の持つそれは。
「それがどうしたってんだ!」
頭領は一瞬の躊躇の後で怒声を張り上げた。
「……私はアプラウト家の騎士クオド・エラト・デモンストランダム。
レットシュタイン公の命により、この森に巣食う賊を排除しに参りました」
「……げ…」
敵集団はその一言にいくらか怯んだようだった。「本物かよ」と誰かが呟いた。
頭領は怒りか焦りか、それに近い激情に顔を歪ませた。息を詰まらせる一瞬で、彼は
戦うべきか退くべきかを迷ったに違いない。たった二人なら倒せる――しかし、次の追
手は二人では済まない。彼が「そうなれば逃げればいいだけだ」と結論付けたことは、
引きつりながらも不敵に笑おうとした表情から察せられた。
「貴族と手ェ組めばオレ達がビビるってか!? 甘いんだよ女ァ!」
「……そろそろ喋ってもいいか?」
「ご随意に、お嬢様」
「その呼び方はやめろ。
何か、こう、昨日あたりの悪いものを思い出す」
ラインヒルデは堅い声で答えた。
クオドは彼女の言葉の意味を汲んで「ごめんなさい」と苦笑した。
戦乙女はばさりと外套を翻し、剣を抜いた。波打つ刃はきららかに陽光を反射する。
馬上ですっくと背筋を伸ばした彼女の姿は言葉を失うほどの威圧を感じさせた。
「思い出したぞ。確かに、お前らのような輩には前にも会ったことがある。
彼らを打ち倒したことも認めよう。人間の引いた国境線の、すぐ近くでのことだった」
「なっ……やっぱり手前ェか!」
「仇討ちならば掛かって来い。ただし、覚悟を持ってだ」
「ざけんじゃねえ!!」
頭領が怒声を上げた。その声に背を押され、盗賊たちが動き出す。
ラインヒルデは眼前に剣を掲げた。その横顔がわずかに微笑んで見えたのは錯覚に違
いない。軽い眩暈。クオドは剣の柄を握って目を細めた。“多勢に無勢ね”、頭の奥で
声が聞こえる。“悪魔が一緒に来るなんて言わなければ、砦の兵隊を使えたのに”。
「…………」
耳元で心臓が鳴っている。
幻聴を振り切るより早く戦闘は再開し、終結まで、さしてかからなかった。
足元には斬り倒された死体がいくつも転がっている。その数は十人分で、森の中には
更に二人が倒れている。戦闘に参加せず様子を窺い、逃げた者もいるかも知れないが、
これだけの被害を被って、再び集団を立て直すことは困難だ。すぐに他の土地へ移るだ
ろう。
唯一、無事と言える生き残りは、残念ながら頭領格の禿頭の男ではなかった。ほとん
ど血溜まりと化した地面に座り込み呆然としているのは、集団の中では比較的若く朴訥
そうな男だった。賊の顔つきはしていない。怯えきって顔を蒼白にし、がたがた震えて
いる――頭領の突撃命令に、最も躊躇い、出足が遅れたのが彼だった。
従った者は死んだか、立ち上がれない怪我に倒れている。
クオドは血脂で曇った小剣の刃を見下ろし、ため息をついた。当たり前のことながら、
気分のよい仕事ではなかった。鉄靴で、生き残りの男に歩み寄る。
「……これ以上の抵抗をしないなら、私たちもあなたに危害を加えません」
男はがくがくと頷いた。断るわけがないということはわかりきっていた。
ラインヒルデは戦いが終わると、冷めた目で周囲を見渡していた。彼女は返り血こそ
浴びていたが、自身は掠り傷すら負っていないように見える。クオドは兜を外し、投げ
捨てた。肘を曲げると打撲が鈍く痛んだ。さすがに無理な人数差だったか。体のあちこ
ちに違和感がある。
がしゃんという音に、男は「ひっ」と小さく悲鳴を上げる。
「他に仲間はいますか」
「い……いない。お頭が、全員出ろって……仇討ちだって……」
「そうですか」
彼はあまり事情を知らないかも知れない――いや、ただの賊に裏はないだろう。何か
しらの陰謀に関わっている者は、もっと慎重に動くものだから。国境での出来事にして
もラインヒルデから話を聞けばいいだけだ。
「今は戦時です。多少の略奪でしたら見逃されたかも知れません。
しかし死人が出た以上――」
「や、やってない! 俺は殺しなんて一度も!
だって、抵抗する奴なんて滅多にいない。身包み剥いで、それでお仕舞いだ……」
男は弾かれたように顔を上げた。顔は怯えだけに塗りつぶされている。
クオドは眉を顰めた。
「少なくとも一件はあったはずですよ。
開戦の数日前、馬に乗った旅人を襲ったでしょう」
「違う!」
男は声を絞り出した。激しく首を横に振る。
「ち…違う。あれは俺たちじゃない」
彼は必死の形相で訴えた。クオドはラインヒルデを横目にした。彼女は周囲に他の者
の気配はないことを確認したのか、騎馬のまま寄ってきた。クオドの乗用馬がその横に
並んでいる。戦いに巻き込まれないよう遠ざけたはずだったが。
「あれは……あれは違うんだ。本当だ!
あのとき俺は死体から金を盗んだだけで……」
「どうした?」
ラインヒルデが尋ねた。クオドは無言で男に先の言葉を促した。
男は「女だ」と震える声で言った。
「女がやったんだ。あの貴族の後から黒い軍馬の女が通って、峠が騒がしくなって……
静かになってから行ってみたら、死体がごろごろ転がってたんだ。本当だ!
俺たちは護衛つきの貴族なんか襲わねえよ!
あんたらに手ェ出したのだって、お頭が言うから仕方無く……!」
「後で続きを聞かせてください。
あの、お嬢……ええと」
「まだその茶番を続けるのか?」
クオドは迷ったが、「そうですね」と答えた。
略称だけで彼女の正体を特定できる者がここにいるとは思えない。先ほどの戦いぶり
にしても――幸い、彼女は名宣を上げなかったし、明らかに人間には不可能なことをし
たりもしなかったので、大丈夫だろう。たぶん。
「ヒルデさん、申し訳ありませんが、領主館まで人を呼びに行っていただけませんか。
動けない状態の人も多いですし、死体を片付けなければいけませんから」
「お前は?」
「済んだらすぐに戻ります。
危険なことはもうないでしょうから、ゆっくりして待っていてください。
一晩しか休んでいないのにこんなことに着き合わせてしまってごめんなさい」
お手伝いいただきありがとうございました、と頭を下げると、ラインヒルデは複雑な
表情で小さく頷いた。
---------------------------------------------------------------------
以下は時系列順の出来事。
間違ってたらごめんなさい。
・ヒュッテ砦で小競り合い
↓40日強
・クオドがレットシュタインを出発する
↓10日前後(「・ヒルデが国境付近で盗賊団を壊滅させる」がこの間?)
・レットシュタインを決起軍の使者が訪れる
・ヒルデがヒュッテ砦の見張り開始
↓3日
・クオドがヒュッテ砦に到着する
↓3日
・ヒルデがヒュッテ砦に潜入する
・ヒュッテ砦が陥落する
↓数日
・ガルドゼンド王国軍、王都を出撃
↓10~15日くらい
・クオドとヒルデがレットシュタインに到着、盗賊退治
・アナウア砦陥落
場所:ガルドゼンド国内
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二人を取り囲んだ盗賊の頭領と思しき人物が大音声を上げたので、クオドは手綱を引
いて馬を静めなければならなかった。軽い馬用鎧をつけさせてはいるが、戦闘に慣れて
いない乗用馬だ。戦いの気迫に飲まれれば、動かなくなるか暴れだす。
周囲の賊たちが各々の武器を構えて一歩、前に出た。包囲の輪が狭まる。武装は様々
だが、騎手を馬から落とすための長柄武器を持っているものはいない。十一人。森の中
に数人いるとして、十五人前後だろう。二人で戦えない数ではないが、油断すれば危険
だ。
「お知り合いですか」
「まったく!」
クオドは鎖帷子の首元を直し、鞘に収めたままの片手半剣の鍔を逆手に握った。
横手から突進してきた男の斧を無理やり弾き、相手が体勢を崩す隙に馬首を巡らせる。
続く剣の攻撃を受け流しながら声を上げる。
「――人違いではありませんか」
「違わねぇ、そのォ女だ!
忘れたとは言わせねえぞ、ティグラハットとの国境でのことだ!」
クオドは「とりあえず突破しましょう」と囁いた。ラインヒルデが頷く。
馬の首筋を軽く叩いて、拍車を入れる。嘶きと共に走り出す。進路上でまだ若い賊が
悲鳴を上げた。立ちすくむ彼の横を何の妨害もなくすり抜け、呆気なく包囲から脱出し
振り返る。
ラインヒルデの騎馬は鮮やかな脚捌きで敵を翻弄し後に続いた。栗毛の馬が、兜の下
から少し得意げな視線を向けて来たのは気のせいか。
道の先には岩山。例の襲撃事件が起こったという場所まではまだ遠い。
「お、おい、手前ェら!
何してやがんだ、逃がすんじゃねえ!」
「すいませんお頭!」
賊は慌てて陣を展開し武器を構えたが、必要以上に遠巻きだった。
今度は本当に撥ね飛ばされるのを恐れたのか、単純に騎馬を相手にする不利を悟って
攻めあぐねているのか。
「逃げませんよ。あなたがたは、ここで旅人を襲いましたね?」
ラインヒルデが無言のままだったので、クオドが口を開いた。
証拠のようにひらりと下馬し、青い飾り帯で封じた片手半剣を盾代わりに構えてみせ
る。新しく借り受けた小剣はまだ抜かない。剥き出しの刃は人間を興奮させる。特に、
敵手の持つそれは。
「それがどうしたってんだ!」
頭領は一瞬の躊躇の後で怒声を張り上げた。
「……私はアプラウト家の騎士クオド・エラト・デモンストランダム。
レットシュタイン公の命により、この森に巣食う賊を排除しに参りました」
「……げ…」
敵集団はその一言にいくらか怯んだようだった。「本物かよ」と誰かが呟いた。
頭領は怒りか焦りか、それに近い激情に顔を歪ませた。息を詰まらせる一瞬で、彼は
戦うべきか退くべきかを迷ったに違いない。たった二人なら倒せる――しかし、次の追
手は二人では済まない。彼が「そうなれば逃げればいいだけだ」と結論付けたことは、
引きつりながらも不敵に笑おうとした表情から察せられた。
「貴族と手ェ組めばオレ達がビビるってか!? 甘いんだよ女ァ!」
「……そろそろ喋ってもいいか?」
「ご随意に、お嬢様」
「その呼び方はやめろ。
何か、こう、昨日あたりの悪いものを思い出す」
ラインヒルデは堅い声で答えた。
クオドは彼女の言葉の意味を汲んで「ごめんなさい」と苦笑した。
戦乙女はばさりと外套を翻し、剣を抜いた。波打つ刃はきららかに陽光を反射する。
馬上ですっくと背筋を伸ばした彼女の姿は言葉を失うほどの威圧を感じさせた。
「思い出したぞ。確かに、お前らのような輩には前にも会ったことがある。
彼らを打ち倒したことも認めよう。人間の引いた国境線の、すぐ近くでのことだった」
「なっ……やっぱり手前ェか!」
「仇討ちならば掛かって来い。ただし、覚悟を持ってだ」
「ざけんじゃねえ!!」
頭領が怒声を上げた。その声に背を押され、盗賊たちが動き出す。
ラインヒルデは眼前に剣を掲げた。その横顔がわずかに微笑んで見えたのは錯覚に違
いない。軽い眩暈。クオドは剣の柄を握って目を細めた。“多勢に無勢ね”、頭の奥で
声が聞こえる。“悪魔が一緒に来るなんて言わなければ、砦の兵隊を使えたのに”。
「…………」
耳元で心臓が鳴っている。
幻聴を振り切るより早く戦闘は再開し、終結まで、さしてかからなかった。
足元には斬り倒された死体がいくつも転がっている。その数は十人分で、森の中には
更に二人が倒れている。戦闘に参加せず様子を窺い、逃げた者もいるかも知れないが、
これだけの被害を被って、再び集団を立て直すことは困難だ。すぐに他の土地へ移るだ
ろう。
唯一、無事と言える生き残りは、残念ながら頭領格の禿頭の男ではなかった。ほとん
ど血溜まりと化した地面に座り込み呆然としているのは、集団の中では比較的若く朴訥
そうな男だった。賊の顔つきはしていない。怯えきって顔を蒼白にし、がたがた震えて
いる――頭領の突撃命令に、最も躊躇い、出足が遅れたのが彼だった。
従った者は死んだか、立ち上がれない怪我に倒れている。
クオドは血脂で曇った小剣の刃を見下ろし、ため息をついた。当たり前のことながら、
気分のよい仕事ではなかった。鉄靴で、生き残りの男に歩み寄る。
「……これ以上の抵抗をしないなら、私たちもあなたに危害を加えません」
男はがくがくと頷いた。断るわけがないということはわかりきっていた。
ラインヒルデは戦いが終わると、冷めた目で周囲を見渡していた。彼女は返り血こそ
浴びていたが、自身は掠り傷すら負っていないように見える。クオドは兜を外し、投げ
捨てた。肘を曲げると打撲が鈍く痛んだ。さすがに無理な人数差だったか。体のあちこ
ちに違和感がある。
がしゃんという音に、男は「ひっ」と小さく悲鳴を上げる。
「他に仲間はいますか」
「い……いない。お頭が、全員出ろって……仇討ちだって……」
「そうですか」
彼はあまり事情を知らないかも知れない――いや、ただの賊に裏はないだろう。何か
しらの陰謀に関わっている者は、もっと慎重に動くものだから。国境での出来事にして
もラインヒルデから話を聞けばいいだけだ。
「今は戦時です。多少の略奪でしたら見逃されたかも知れません。
しかし死人が出た以上――」
「や、やってない! 俺は殺しなんて一度も!
だって、抵抗する奴なんて滅多にいない。身包み剥いで、それでお仕舞いだ……」
男は弾かれたように顔を上げた。顔は怯えだけに塗りつぶされている。
クオドは眉を顰めた。
「少なくとも一件はあったはずですよ。
開戦の数日前、馬に乗った旅人を襲ったでしょう」
「違う!」
男は声を絞り出した。激しく首を横に振る。
「ち…違う。あれは俺たちじゃない」
彼は必死の形相で訴えた。クオドはラインヒルデを横目にした。彼女は周囲に他の者
の気配はないことを確認したのか、騎馬のまま寄ってきた。クオドの乗用馬がその横に
並んでいる。戦いに巻き込まれないよう遠ざけたはずだったが。
「あれは……あれは違うんだ。本当だ!
あのとき俺は死体から金を盗んだだけで……」
「どうした?」
ラインヒルデが尋ねた。クオドは無言で男に先の言葉を促した。
男は「女だ」と震える声で言った。
「女がやったんだ。あの貴族の後から黒い軍馬の女が通って、峠が騒がしくなって……
静かになってから行ってみたら、死体がごろごろ転がってたんだ。本当だ!
俺たちは護衛つきの貴族なんか襲わねえよ!
あんたらに手ェ出したのだって、お頭が言うから仕方無く……!」
「後で続きを聞かせてください。
あの、お嬢……ええと」
「まだその茶番を続けるのか?」
クオドは迷ったが、「そうですね」と答えた。
略称だけで彼女の正体を特定できる者がここにいるとは思えない。先ほどの戦いぶり
にしても――幸い、彼女は名宣を上げなかったし、明らかに人間には不可能なことをし
たりもしなかったので、大丈夫だろう。たぶん。
「ヒルデさん、申し訳ありませんが、領主館まで人を呼びに行っていただけませんか。
動けない状態の人も多いですし、死体を片付けなければいけませんから」
「お前は?」
「済んだらすぐに戻ります。
危険なことはもうないでしょうから、ゆっくりして待っていてください。
一晩しか休んでいないのにこんなことに着き合わせてしまってごめんなさい」
お手伝いいただきありがとうございました、と頭を下げると、ラインヒルデは複雑な
表情で小さく頷いた。
---------------------------------------------------------------------
以下は時系列順の出来事。
間違ってたらごめんなさい。
・ヒュッテ砦で小競り合い
↓40日強
・クオドがレットシュタインを出発する
↓10日前後(「・ヒルデが国境付近で盗賊団を壊滅させる」がこの間?)
・レットシュタインを決起軍の使者が訪れる
・ヒルデがヒュッテ砦の見張り開始
↓3日
・クオドがヒュッテ砦に到着する
↓3日
・ヒルデがヒュッテ砦に潜入する
・ヒュッテ砦が陥落する
↓数日
・ガルドゼンド王国軍、王都を出撃
↓10~15日くらい
・クオドとヒルデがレットシュタインに到着、盗賊退治
・アナウア砦陥落
PC:礫 メイ
NPC:カイン・レーベンドルフ
場所:ポポル
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
男が礼儀正しく椅子に座っている。
男はカイン・レーベンドルフと名乗った。心底困り果てたような、疲れたような複雑な
表情をしている。髪は明るいライトブラウンで、平凡で素朴な顔立ちだ。暫く会わなけれ
ば忘れてしまいそうな、普通の顔だ。彼の家も彼と同様、普遍的で質素である。扉を入っ
て直ぐのところに居間があり、樫の木の四人がけのテーブルがある。台所は居間の奥まっ
たところにある。他に二部屋あるようだ。
テーブルを挟んだ反対側には礫とメイがいる。礫は椅子に、メイはテーブルの上に座っ
ている。
「さて、詳しい話を聞かせてください」
礫が切り口上に口火を切った。
「はい。実は……小人が夜中に騒いでいまして、夜も寝られないんです」
括目して見れば目の下にくまがある。熟睡したことが無い、というのはどうやら本当の
ようだ。小人というくだりに引っ掛かりがある。
「それが小人の仕業だとわかったのはいつですか?」
「先月です。夜中にこっそり見張っていたんです。そうしたら、破けた服を着た色黒で毛
の生えた小さいものたちが、なにやら騒いでいるんです。家畜を騒がせたり、皿や食器を
割られたり。空き部屋で物音がしたり。……一度なんか、朝起きたらミルク壷が倒されて
いたりしたんです。それで……夜も寝られない有様で、どうしようかと悩んでいたところ、
隣のジグジーさんがギルドに依頼を出してはどうかと言ってくれて」
礫とメイは一瞬顔を見合わせた。礫が続けてさらに質問した。
「何か心当たりは無いんですか?」
「さあ……? こちらが訊きたいほどです。あ。始まった時期ならはっきりしています。
丁度一ヶ月前からでした」
始まった時期を言われても、何が解る訳でもない。誰かがけしかけたというなら話は解
るが、ことはそれ程複雑ではないらしい。ただの自然現象だろう。
「待てよ。…………破けた服を着て色黒で毛の生えた小さな生き物…………ひょっとした
ら、小人じゃないかもしれないぞ」
礫は独りごちた。
一般的な小人の容姿とは少し違うような気がした。背丈が小さいのは共通しているよう
だが、普通の小人が悪さをするとも思えない。それも、家屋の中に限定しているようだ。
――母屋続きの家畜小屋は例外だが。
「とりあえず、様子を見させてもらいます」
■□
深夜。昼に動く者が皆寝静まった頃、夜行性の生き物達が活動を開始する頃合。例の小
人さんが動き出す時刻でもある。灯りは蝋燭を燭台に立てたもの一つだけ。見つかるわけ
にはいかないので、周りを紙で囲ってある。
どこに現れるか解らないので、寝室で息を殺して待つことにした。
暫時の後、動きがあった。
何か、引き摺るような音がする。台所の方からだ。
「来ました。あいつの歩く音です」
小声でカインが説明する。カインは一度様子を見ているから解るのだ。
礫は足音を立てずに扉に近付き、扉を絹糸のように細く開いてみる。布製の靴に履き替
えておいたから、音は立たない。開いた扉の隙間からそっと覗くと、破けた服を着た色黒
で毛の生えた小さいものたちが床を歩いている。暫瞬の後に、砂糖の入った袋をひっくり
返したり、水瓶をひっくり返したりした。この行為が執拗に繰り返されているとなると、
手の負えない妖精の類かもしれない。そう思って、礫は肩の上にちょこんと乗っているか
わいい妖精に訊いてみることにした。妖精のことは妖精に訊け、だ。
「メイちゃん。あいつのこと、何か知らない?」
礫が小声で訊ねる。
「んーっとね、確かボガートっていう性悪妖精だよ。いたずらばっかりするの」
突然隣の台所で大きな音が響いた。皿が割れるような音だ。隙間から見ると、本当にボ
ガートが皿を割っていた。
「ああっ! うちの皿が……」
かわいそうだが、歯噛みするしかない。
「物理攻撃は効くの?」
礫がメイに発問する。
「んー? わっかんないなー? やってみれば?」
足をぶらぶらさせながら言うメイ。実際に攻撃するのは礫の仕事だから、気が重いのは
礫の方だ。
礫はそっと扉を開け広げると、足音を立てないように注意しながらボガートの直ぐ後ろ
まで近付いていく。ボガートは皿を割るのに夢中になっていて、気付かない。居合い斬り
の要領で、抜き打ち様にボガートを斬る。一瞬、実像がぶれたが、また元に戻る。そこで
やっと、礫の存在に気付いたかのように振り向くボガート。二言三言、妖精語で話しかけ
てきた。メイはそれに答えるように妖精語で返す。
「なんて言ったの?」
すかさず礫が訊ねる。
「俺の遊びを邪魔するなって」
メイは素直に通訳してくれた。
「遊びって! 何も僕の家で遊ばなくてもいいじゃないか!」
泣きそうになりながらカインが抗議する。礫はなんだか気の毒に思えた。どちらが、で
はなく、両方とも、だ。ボガートはボガートで家の中でしか行動できないだろうし、かと
いって家の中で暴れられても家主としてはいい迷惑である。どうしたものかと思案する。
ボガートを説得するにしても、骨が折れそうである。
その日はとりあえず場を締めて、翌日に持ち越すことにした。
■□
次の日の朝。早速会議を開いた。
「何か良い案は無いかな?」
礫はメイに訊いてみた。妖精同士だから何かあるかもしれない。すると、
「うーん、強力な魔法だったら追い払えるかもしれない……」
ボガートは強力な魔法じゃないと追い払えないという。
「ポポル近辺に魔法使いは住んでいますか?」
カインに訊ねてみる。
「居ます。一人だけ…………」
紹介されたのはガリュウ・ソーンという人だった。頑固で偏屈な老人で、一人町外れの
森の中に住んでいるのだという。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
NPC:カイン・レーベンドルフ
場所:ポポル
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
男が礼儀正しく椅子に座っている。
男はカイン・レーベンドルフと名乗った。心底困り果てたような、疲れたような複雑な
表情をしている。髪は明るいライトブラウンで、平凡で素朴な顔立ちだ。暫く会わなけれ
ば忘れてしまいそうな、普通の顔だ。彼の家も彼と同様、普遍的で質素である。扉を入っ
て直ぐのところに居間があり、樫の木の四人がけのテーブルがある。台所は居間の奥まっ
たところにある。他に二部屋あるようだ。
テーブルを挟んだ反対側には礫とメイがいる。礫は椅子に、メイはテーブルの上に座っ
ている。
「さて、詳しい話を聞かせてください」
礫が切り口上に口火を切った。
「はい。実は……小人が夜中に騒いでいまして、夜も寝られないんです」
括目して見れば目の下にくまがある。熟睡したことが無い、というのはどうやら本当の
ようだ。小人というくだりに引っ掛かりがある。
「それが小人の仕業だとわかったのはいつですか?」
「先月です。夜中にこっそり見張っていたんです。そうしたら、破けた服を着た色黒で毛
の生えた小さいものたちが、なにやら騒いでいるんです。家畜を騒がせたり、皿や食器を
割られたり。空き部屋で物音がしたり。……一度なんか、朝起きたらミルク壷が倒されて
いたりしたんです。それで……夜も寝られない有様で、どうしようかと悩んでいたところ、
隣のジグジーさんがギルドに依頼を出してはどうかと言ってくれて」
礫とメイは一瞬顔を見合わせた。礫が続けてさらに質問した。
「何か心当たりは無いんですか?」
「さあ……? こちらが訊きたいほどです。あ。始まった時期ならはっきりしています。
丁度一ヶ月前からでした」
始まった時期を言われても、何が解る訳でもない。誰かがけしかけたというなら話は解
るが、ことはそれ程複雑ではないらしい。ただの自然現象だろう。
「待てよ。…………破けた服を着て色黒で毛の生えた小さな生き物…………ひょっとした
ら、小人じゃないかもしれないぞ」
礫は独りごちた。
一般的な小人の容姿とは少し違うような気がした。背丈が小さいのは共通しているよう
だが、普通の小人が悪さをするとも思えない。それも、家屋の中に限定しているようだ。
――母屋続きの家畜小屋は例外だが。
「とりあえず、様子を見させてもらいます」
■□
深夜。昼に動く者が皆寝静まった頃、夜行性の生き物達が活動を開始する頃合。例の小
人さんが動き出す時刻でもある。灯りは蝋燭を燭台に立てたもの一つだけ。見つかるわけ
にはいかないので、周りを紙で囲ってある。
どこに現れるか解らないので、寝室で息を殺して待つことにした。
暫時の後、動きがあった。
何か、引き摺るような音がする。台所の方からだ。
「来ました。あいつの歩く音です」
小声でカインが説明する。カインは一度様子を見ているから解るのだ。
礫は足音を立てずに扉に近付き、扉を絹糸のように細く開いてみる。布製の靴に履き替
えておいたから、音は立たない。開いた扉の隙間からそっと覗くと、破けた服を着た色黒
で毛の生えた小さいものたちが床を歩いている。暫瞬の後に、砂糖の入った袋をひっくり
返したり、水瓶をひっくり返したりした。この行為が執拗に繰り返されているとなると、
手の負えない妖精の類かもしれない。そう思って、礫は肩の上にちょこんと乗っているか
わいい妖精に訊いてみることにした。妖精のことは妖精に訊け、だ。
「メイちゃん。あいつのこと、何か知らない?」
礫が小声で訊ねる。
「んーっとね、確かボガートっていう性悪妖精だよ。いたずらばっかりするの」
突然隣の台所で大きな音が響いた。皿が割れるような音だ。隙間から見ると、本当にボ
ガートが皿を割っていた。
「ああっ! うちの皿が……」
かわいそうだが、歯噛みするしかない。
「物理攻撃は効くの?」
礫がメイに発問する。
「んー? わっかんないなー? やってみれば?」
足をぶらぶらさせながら言うメイ。実際に攻撃するのは礫の仕事だから、気が重いのは
礫の方だ。
礫はそっと扉を開け広げると、足音を立てないように注意しながらボガートの直ぐ後ろ
まで近付いていく。ボガートは皿を割るのに夢中になっていて、気付かない。居合い斬り
の要領で、抜き打ち様にボガートを斬る。一瞬、実像がぶれたが、また元に戻る。そこで
やっと、礫の存在に気付いたかのように振り向くボガート。二言三言、妖精語で話しかけ
てきた。メイはそれに答えるように妖精語で返す。
「なんて言ったの?」
すかさず礫が訊ねる。
「俺の遊びを邪魔するなって」
メイは素直に通訳してくれた。
「遊びって! 何も僕の家で遊ばなくてもいいじゃないか!」
泣きそうになりながらカインが抗議する。礫はなんだか気の毒に思えた。どちらが、で
はなく、両方とも、だ。ボガートはボガートで家の中でしか行動できないだろうし、かと
いって家の中で暴れられても家主としてはいい迷惑である。どうしたものかと思案する。
ボガートを説得するにしても、骨が折れそうである。
その日はとりあえず場を締めて、翌日に持ち越すことにした。
■□
次の日の朝。早速会議を開いた。
「何か良い案は無いかな?」
礫はメイに訊いてみた。妖精同士だから何かあるかもしれない。すると、
「うーん、強力な魔法だったら追い払えるかもしれない……」
ボガートは強力な魔法じゃないと追い払えないという。
「ポポル近辺に魔法使いは住んでいますか?」
カインに訊ねてみる。
「居ます。一人だけ…………」
紹介されたのはガリュウ・ソーンという人だった。頑固で偏屈な老人で、一人町外れの
森の中に住んでいるのだという。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
PC:ジュリア アーサー
NPC:自称騎士(ヴァン・ジョルジュ・エテツィオ)
エンプティ バルメ レノア チャーミー
場所:モルフ地方東部 ― ダウニーの森
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
痛々しい焼け跡を残しながらも、ダウニーの森は穏やかな森の気配を取り戻しつつ
あった。
木々の隙間からは朝日が差し込み始め、陰鬱で不気味な夜――魔の支配する時刻
――は終わり を告げようとしている。
俺達は、疲れ果てた身体をひきずるように、無言で魔女の待つ元へと足を向けた。
手ぶらでの帰還だ。
気がついた時には竜の身体は跡形もなく消え去り、ジュリアがその場を示さなけれ
ば、俺達は 竜の唯一残した焼け跡にすら気がつかなかった。
エンプティの言葉が真実ならば、あの竜の正体は魔女の子供であるという。
彼女の使い魔たちのように、魔法で異形に変えられたのか、宮廷魔道師というバル
メの立場が そうさせたのか。
理由に興味はなかったが、子を失った狂った魔女が、約束どおりチャーミーを返し
てくれるの かが心配だった。
「ぶ、ふわっくしゅん!」
前方を歩く騎士が、身体を震わせて盛大にくしゃみをした。
ちちち、と小枝の上で朝のさえずりを始めた小鳥達が空に散る。
朝方の空気は、夜よりもずっと冷え込んで身体にこたえる。
失礼。と詫びを入れた騎士はポケットからハンカチを出すと鼻をかんだ。
「そのように血まみれでは仕方ありませんね。あなたに神のご加護があらんことを」
「きっと、従者が僕を探して悪口でも言っているのでしょう」
夜会に来たはずが、もうすっかり朝だ。
先に帰したエリス女史もおそらく心配している事だろう。
もちろん彼女が心配しているのは、俺の安否ではなく、今日俺が仕事で使い物にな
るか、だっ たが。
「まだ終わったわけじゃないぞ」
ジュリアが気の緩んだ俺達をたしなめるように会話に加わった。
そんな彼女の黒いドレスも所々破れ、内側のレースが露出している。
二度とこのドレスが夜会で披露されることはないだろう。
もっとも、彼女の職業を考えれば、夜会にでる機会などそうそうないだろうが。
「そうですね。ジュリアさん、森から帰った是非ご一緒にお茶でも・・・」
「アイツはどこに行った?」
目の前をハエを追いやるような仕草をしてジュリアは俺の言葉を無視した。
折角の紅一点なのだから、もう少し愛想を振りまいてくれてもいいものだが・・・い
や、その考え は女性蔑視に繋がる、とフェミニストの俺は考えることで己を慰め
た。
アイツ、とはエンプティのことだ。
つい先ほどまで最後尾にいたはずの魔法使いはいつの間にか姿を消していた。
恐らく一足先にバルメの様子を伺いに向かったのだろう。
「もし、バルメが我々の要求を拒んだら、その時は騎士殿」
自分に向けられた言葉に、ヴァンはごくりと息を飲んだ。
「貴方が魔女をしとめてください。伝承を本物にするチャンスですよ」
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
子供達を攫った悪い魔女は、騎士の手によって倒され、古木に姿を変えたのでし
た。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「お帰りなさい。みんな無事で何よりだわ」
俺達を迎えた魔女は、行きと同様穏やかな微笑を浮かべて立っていた。
しかし、その姿はある点で先ほどと一つ、大きく異なっていた。
「ええ、再び貴女にお会いするために死力を尽くしました」
俺の声が、どんなビジネスの交渉時よりも甘く優しいものになる。
ジュリアの呆れたような軽蔑するような眼差しが視界の端に映ったが、気にしない
ことにした 。
何故なら、そこに立っていたのは妙齢のとても美しい女性だったのだから。
まるで、竜を倒したことですべての悪い魔法が解けたようだった。
老木の化身のような魔女は、美しい女性に。
猫の使い魔は愛らしい金髪の少年に。
梟の兄弟は、お互いの手を握ってすやすやと眠っていた。
チャーミーに生えていた不自然な角や羽も姿を消していた。
「ん?・・・この女性は・・・?」
ヴァンは直ぐに状況が飲み込めなかったようだ。
目の前に立つ女を不思議そうに眺めていた。
「よく、竜を倒してくださいました。騎士さん」
「はっはっは!僕の手にかかれば竜など赤子の手をひねるようなものだ!」
それでも、褒められるとまんざらでもない様子で、竜との決闘の様子を語り始め
た。
彼らは竜の正体を知らない。
「悪の化身など、正義の剣の前では・・・」
「それでですね」
バルメの機嫌が悪くなる前に、この男の口を塞がなければ。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
PC:ジュリア アーサー
NPC:自称騎士(ヴァン・ジョルジュ・エテツィオ)
エンプティ バルメ レノア チャーミー
場所:モルフ地方東部 ― ダウニーの森
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痛々しい焼け跡を残しながらも、ダウニーの森は穏やかな森の気配を取り戻しつつ
あった。
木々の隙間からは朝日が差し込み始め、陰鬱で不気味な夜――魔の支配する時刻
――は終わり を告げようとしている。
俺達は、疲れ果てた身体をひきずるように、無言で魔女の待つ元へと足を向けた。
手ぶらでの帰還だ。
気がついた時には竜の身体は跡形もなく消え去り、ジュリアがその場を示さなけれ
ば、俺達は 竜の唯一残した焼け跡にすら気がつかなかった。
エンプティの言葉が真実ならば、あの竜の正体は魔女の子供であるという。
彼女の使い魔たちのように、魔法で異形に変えられたのか、宮廷魔道師というバル
メの立場が そうさせたのか。
理由に興味はなかったが、子を失った狂った魔女が、約束どおりチャーミーを返し
てくれるの かが心配だった。
「ぶ、ふわっくしゅん!」
前方を歩く騎士が、身体を震わせて盛大にくしゃみをした。
ちちち、と小枝の上で朝のさえずりを始めた小鳥達が空に散る。
朝方の空気は、夜よりもずっと冷え込んで身体にこたえる。
失礼。と詫びを入れた騎士はポケットからハンカチを出すと鼻をかんだ。
「そのように血まみれでは仕方ありませんね。あなたに神のご加護があらんことを」
「きっと、従者が僕を探して悪口でも言っているのでしょう」
夜会に来たはずが、もうすっかり朝だ。
先に帰したエリス女史もおそらく心配している事だろう。
もちろん彼女が心配しているのは、俺の安否ではなく、今日俺が仕事で使い物にな
るか、だっ たが。
「まだ終わったわけじゃないぞ」
ジュリアが気の緩んだ俺達をたしなめるように会話に加わった。
そんな彼女の黒いドレスも所々破れ、内側のレースが露出している。
二度とこのドレスが夜会で披露されることはないだろう。
もっとも、彼女の職業を考えれば、夜会にでる機会などそうそうないだろうが。
「そうですね。ジュリアさん、森から帰った是非ご一緒にお茶でも・・・」
「アイツはどこに行った?」
目の前をハエを追いやるような仕草をしてジュリアは俺の言葉を無視した。
折角の紅一点なのだから、もう少し愛想を振りまいてくれてもいいものだが・・・い
や、その考え は女性蔑視に繋がる、とフェミニストの俺は考えることで己を慰め
た。
アイツ、とはエンプティのことだ。
つい先ほどまで最後尾にいたはずの魔法使いはいつの間にか姿を消していた。
恐らく一足先にバルメの様子を伺いに向かったのだろう。
「もし、バルメが我々の要求を拒んだら、その時は騎士殿」
自分に向けられた言葉に、ヴァンはごくりと息を飲んだ。
「貴方が魔女をしとめてください。伝承を本物にするチャンスですよ」
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子供達を攫った悪い魔女は、騎士の手によって倒され、古木に姿を変えたのでし
た。
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「お帰りなさい。みんな無事で何よりだわ」
俺達を迎えた魔女は、行きと同様穏やかな微笑を浮かべて立っていた。
しかし、その姿はある点で先ほどと一つ、大きく異なっていた。
「ええ、再び貴女にお会いするために死力を尽くしました」
俺の声が、どんなビジネスの交渉時よりも甘く優しいものになる。
ジュリアの呆れたような軽蔑するような眼差しが視界の端に映ったが、気にしない
ことにした 。
何故なら、そこに立っていたのは妙齢のとても美しい女性だったのだから。
まるで、竜を倒したことですべての悪い魔法が解けたようだった。
老木の化身のような魔女は、美しい女性に。
猫の使い魔は愛らしい金髪の少年に。
梟の兄弟は、お互いの手を握ってすやすやと眠っていた。
チャーミーに生えていた不自然な角や羽も姿を消していた。
「ん?・・・この女性は・・・?」
ヴァンは直ぐに状況が飲み込めなかったようだ。
目の前に立つ女を不思議そうに眺めていた。
「よく、竜を倒してくださいました。騎士さん」
「はっはっは!僕の手にかかれば竜など赤子の手をひねるようなものだ!」
それでも、褒められるとまんざらでもない様子で、竜との決闘の様子を語り始め
た。
彼らは竜の正体を知らない。
「悪の化身など、正義の剣の前では・・・」
「それでですね」
バルメの機嫌が悪くなる前に、この男の口を塞がなければ。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
PC:スーシャ ロンシュタット
NPC:バルデラス 自警団長 団員
場所:セーラムの街 宿屋
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ドアを開けて、一番最初に入って来たのは団長だった。
スーシャは自分でもびっくりするほど、そのことに落胆していた。
「やあ、スーシャ。少しばかり話を聞かせてもらいたいんだが、いいかな?」
入るなり、団長はそう言って少しだけ身を屈めてくる。
「いやだ」という答えは認めないような、妙な威圧感があった。
続いてスーシャをかくまってくれた団員が、ひどくばつの悪そうな、すまなそうな顔
をして入ってくる。
彼はスーシャを見ると、気の毒がるような目をした。
最後に入って来たのはロンシュタットだ。
出会った時とほとんど変わらない無表情で入ってくると、壁に寄りかかって立った。
まるで観察するかのような態度である。
「さっそく話を始めよう。スーシャ、君は彼の名を知っていたのかな?」
「彼、って……」
スーシャはやたらビクビクしながら答えた。
団長を前にすると、どうしてか足が震えるのだ。
「ロンシュタット。あの青年のことだよ」
「あの」のところで団長はロンシュタットをあごで指した。
「は、はい。知ってます」
「いつ、彼の名を知った?」
いつ、というと……。
「あ、あの……」
唐突に、「剣がしゃべったのだ」と正直に言って、信じてもらえるだろうかという不
安がこみ上げてきた。
おそらく信じてはもらえないだろう。
そういえば自分はすんなり受け入れているが、剣がしゃべるなんて、本当はあまりに
突飛な話だ。
「バルデラスさんに教えてもらったんです」
「ほう」
団長がわずかに眉を動かす。
「それは誰かね。この街に、そんな名前の人間はいなかったと思うが」
「あの、ロンシュタットさんと一緒にいて……」
――わたしがロンシュタットさんの名前を知っているのが、そんなに問題なのかな。
スーシャは不意に違和感を覚えたが、わざわざ口に出して言えるほど、強気ではな
かった。
「団長、もういいじゃありませんか」
スーシャを匿った団員が、たまりかねたように声を上げる。
ゆっくりと、団長がそちらに視線を向けた。
「少し落ちついて下さいよ。一体どうしたんですか。いつもの団長らしくないです
よ、名前ぐらいでムキになって、小さい女の子相手にネチネチ聞き出すなんて。かわ
いそうに、怖がってるじゃないですか」
「らしくない……か。君はなかなか鋭いね」
団員の顔に緊張が走る。
たった今答えた団長の声に、別の誰かの声が混ざって聞こえたのだ。
異常を感じ、いぶかしげな表情を浮かべながらなおも何かを言おうとすると。
「ああ、怖がらなくていいんだよ。あともう少しだけ話を――」
出し抜けに、団長の大きな手が、スーシャのやせ細った小さな肩をつかんだ。
スーシャは目を見開き、ひくっ、と呼吸を止めた。
その途端のことだった。
「……っぐ、ぐあああああっっ」
肉の焦げる嫌な匂いとともに、団長の巨躯がその場に崩れた。
手を押さえ、苦しげなうめき声を上げ続けている。
――見ると、スーシャの肩をつかんだ団長の手が、黒く焦げていた。
「あ……があ……!」
――どうしてこんなことになったのか、わからない。
苦しむ団長を前に、スーシャはひたすらおろおろするばかりだった。
何もしていないのに、団長が大やけどを負ってしまった。
自分のせいだろうか。
でもわたしは何もしてない。
こう言っては悪いような気がするけれど、勝手にやけどを負ったのだ。
でも、謝らなくちゃいけないのかな。
少し前まで日常的に行動を支配していた思考の癖が、頭をもたげてくる。
団長が、顔を上げる。
わかりやす過ぎるほどの憤怒の表情が浮かび、まるで悪鬼のようだった。
「おのれぇ……っ! おとなしく体を引き裂かれていれば良いものを、無駄な抵抗を
!」
団長の声に混ざっている別の声が、さっきよりも大きく聞こえる。
「小娘と思って油断していたぞ。よくもこんなことを……」
全身の筋肉がぶるぶる震えながら、盛り上がる。
団長の腕は、まるで丸太みたいに太くなって見えた。
わたしをこれで引き裂こうとしていたのか、と思うと、スーシャの体を寒気が襲う。
――唐突に、人影が動いた。
「おい、あんた! スーシャちゃんを連れて逃げろ!」
団員が、素早く後ろに回って団長の体を羽交い締めにし、ロンシュタットに叫んでい
た。
ロンシュタットはすでに、壁から身を離していた。
だが、臨戦体勢というわけではなく、腕組みをしていた。
「団長はもう、おれ達の知ってる団長じゃない! 早く逃げろ、ここはおれが抑える
!」
「……よせ」
叫ぶ団員に、ロンシュタットがぽつりと呟いた。
「な……馬鹿野郎、早くしろよ! おれじゃそんなにもたないぞ!」
「そうだな。よくわかっている」
ひた、と見据えられて、団員は、どういう意味だ、という表情を浮かべた。
「お前ではそいつを抑えられない」
冷静にロンシュタットが告げた、そのほんの一瞬の後。
団長が、背中に貼りついていた団員の体を引っつかみ、床に叩きつけた。
その勢いはすさまじく、団員の頭は完全に床にめりこんでいた。
床から生えた団員の体が、ビクビクと痙攣している。
どうやら彼の頭は床を突き抜けているらしい。
――階下から、悲鳴と絶叫と怒号が沸いてきた。
「っかー。馬鹿だねぇ。ここまで隠して来れたんだから、最後まで隠しておきゃいい
のに。詰め甘いんじゃねえ?」
バルデラスのからかうような声に、『団長』は血走って真っ赤になった目をむいた。
「何だと……?」
その声は、すでに団長自身のものではなくなりつつあった。
妙にしゃがれて低い、嫌な響きの声が、彼の口から漏れている。
「おーおー。ナマイキ」
バルデラスがケタケタと楽しそうに――どこが楽しいのかさっぱり不明だが、実に楽
しそうに笑い声を上げた。
「いるんだよな、時たま。実体化できねえ低級の奴が、人間の体乗っ取って悪さすん
だよ。なあ、お前、その程度だもんな。ザコだよザコ。どんだけすごいのがいるかと
思ったら、まさかこんなザコだったとはなぁ!」
「愚弄する気か!」
咆哮にも似た叫びが、団長の口から発せられる。
その凄まじいこと。
宿屋全体が、ビリビリと揺れた。
スーシャは、青白い顔で浅い呼吸を繰り返しながら、ただ、団員のことだけを考えて
いた。
助けに行きたい。
もしかしたら、まだ間に合うかもしれない。
だが――彼は、団長の足元にいるから、近寄れない。
彼の痙攣は、しだいに間隔を長く置いて引き起こされるようになっていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
NPC:バルデラス 自警団長 団員
場所:セーラムの街 宿屋
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ドアを開けて、一番最初に入って来たのは団長だった。
スーシャは自分でもびっくりするほど、そのことに落胆していた。
「やあ、スーシャ。少しばかり話を聞かせてもらいたいんだが、いいかな?」
入るなり、団長はそう言って少しだけ身を屈めてくる。
「いやだ」という答えは認めないような、妙な威圧感があった。
続いてスーシャをかくまってくれた団員が、ひどくばつの悪そうな、すまなそうな顔
をして入ってくる。
彼はスーシャを見ると、気の毒がるような目をした。
最後に入って来たのはロンシュタットだ。
出会った時とほとんど変わらない無表情で入ってくると、壁に寄りかかって立った。
まるで観察するかのような態度である。
「さっそく話を始めよう。スーシャ、君は彼の名を知っていたのかな?」
「彼、って……」
スーシャはやたらビクビクしながら答えた。
団長を前にすると、どうしてか足が震えるのだ。
「ロンシュタット。あの青年のことだよ」
「あの」のところで団長はロンシュタットをあごで指した。
「は、はい。知ってます」
「いつ、彼の名を知った?」
いつ、というと……。
「あ、あの……」
唐突に、「剣がしゃべったのだ」と正直に言って、信じてもらえるだろうかという不
安がこみ上げてきた。
おそらく信じてはもらえないだろう。
そういえば自分はすんなり受け入れているが、剣がしゃべるなんて、本当はあまりに
突飛な話だ。
「バルデラスさんに教えてもらったんです」
「ほう」
団長がわずかに眉を動かす。
「それは誰かね。この街に、そんな名前の人間はいなかったと思うが」
「あの、ロンシュタットさんと一緒にいて……」
――わたしがロンシュタットさんの名前を知っているのが、そんなに問題なのかな。
スーシャは不意に違和感を覚えたが、わざわざ口に出して言えるほど、強気ではな
かった。
「団長、もういいじゃありませんか」
スーシャを匿った団員が、たまりかねたように声を上げる。
ゆっくりと、団長がそちらに視線を向けた。
「少し落ちついて下さいよ。一体どうしたんですか。いつもの団長らしくないです
よ、名前ぐらいでムキになって、小さい女の子相手にネチネチ聞き出すなんて。かわ
いそうに、怖がってるじゃないですか」
「らしくない……か。君はなかなか鋭いね」
団員の顔に緊張が走る。
たった今答えた団長の声に、別の誰かの声が混ざって聞こえたのだ。
異常を感じ、いぶかしげな表情を浮かべながらなおも何かを言おうとすると。
「ああ、怖がらなくていいんだよ。あともう少しだけ話を――」
出し抜けに、団長の大きな手が、スーシャのやせ細った小さな肩をつかんだ。
スーシャは目を見開き、ひくっ、と呼吸を止めた。
その途端のことだった。
「……っぐ、ぐあああああっっ」
肉の焦げる嫌な匂いとともに、団長の巨躯がその場に崩れた。
手を押さえ、苦しげなうめき声を上げ続けている。
――見ると、スーシャの肩をつかんだ団長の手が、黒く焦げていた。
「あ……があ……!」
――どうしてこんなことになったのか、わからない。
苦しむ団長を前に、スーシャはひたすらおろおろするばかりだった。
何もしていないのに、団長が大やけどを負ってしまった。
自分のせいだろうか。
でもわたしは何もしてない。
こう言っては悪いような気がするけれど、勝手にやけどを負ったのだ。
でも、謝らなくちゃいけないのかな。
少し前まで日常的に行動を支配していた思考の癖が、頭をもたげてくる。
団長が、顔を上げる。
わかりやす過ぎるほどの憤怒の表情が浮かび、まるで悪鬼のようだった。
「おのれぇ……っ! おとなしく体を引き裂かれていれば良いものを、無駄な抵抗を
!」
団長の声に混ざっている別の声が、さっきよりも大きく聞こえる。
「小娘と思って油断していたぞ。よくもこんなことを……」
全身の筋肉がぶるぶる震えながら、盛り上がる。
団長の腕は、まるで丸太みたいに太くなって見えた。
わたしをこれで引き裂こうとしていたのか、と思うと、スーシャの体を寒気が襲う。
――唐突に、人影が動いた。
「おい、あんた! スーシャちゃんを連れて逃げろ!」
団員が、素早く後ろに回って団長の体を羽交い締めにし、ロンシュタットに叫んでい
た。
ロンシュタットはすでに、壁から身を離していた。
だが、臨戦体勢というわけではなく、腕組みをしていた。
「団長はもう、おれ達の知ってる団長じゃない! 早く逃げろ、ここはおれが抑える
!」
「……よせ」
叫ぶ団員に、ロンシュタットがぽつりと呟いた。
「な……馬鹿野郎、早くしろよ! おれじゃそんなにもたないぞ!」
「そうだな。よくわかっている」
ひた、と見据えられて、団員は、どういう意味だ、という表情を浮かべた。
「お前ではそいつを抑えられない」
冷静にロンシュタットが告げた、そのほんの一瞬の後。
団長が、背中に貼りついていた団員の体を引っつかみ、床に叩きつけた。
その勢いはすさまじく、団員の頭は完全に床にめりこんでいた。
床から生えた団員の体が、ビクビクと痙攣している。
どうやら彼の頭は床を突き抜けているらしい。
――階下から、悲鳴と絶叫と怒号が沸いてきた。
「っかー。馬鹿だねぇ。ここまで隠して来れたんだから、最後まで隠しておきゃいい
のに。詰め甘いんじゃねえ?」
バルデラスのからかうような声に、『団長』は血走って真っ赤になった目をむいた。
「何だと……?」
その声は、すでに団長自身のものではなくなりつつあった。
妙にしゃがれて低い、嫌な響きの声が、彼の口から漏れている。
「おーおー。ナマイキ」
バルデラスがケタケタと楽しそうに――どこが楽しいのかさっぱり不明だが、実に楽
しそうに笑い声を上げた。
「いるんだよな、時たま。実体化できねえ低級の奴が、人間の体乗っ取って悪さすん
だよ。なあ、お前、その程度だもんな。ザコだよザコ。どんだけすごいのがいるかと
思ったら、まさかこんなザコだったとはなぁ!」
「愚弄する気か!」
咆哮にも似た叫びが、団長の口から発せられる。
その凄まじいこと。
宿屋全体が、ビリビリと揺れた。
スーシャは、青白い顔で浅い呼吸を繰り返しながら、ただ、団員のことだけを考えて
いた。
助けに行きたい。
もしかしたら、まだ間に合うかもしれない。
だが――彼は、団長の足元にいるから、近寄れない。
彼の痙攣は、しだいに間隔を長く置いて引き起こされるようになっていた。
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