PC:スーシャ、ロンシュタット
NPC:バルデラス
場所:セーラムの街
地下墓地での悪魔との一戦を終え、スーシャが避難している宿へ戻ってきたロンシュタットを待っていたのは、団長を始めとする、街人たちの冷たい視線と無言の出迎え、そしてこれから始まる詰問という嫌味のフルコースだった。
流石に身の丈以上もある長大な剣を楽々と背負って出歩くロンシュタットに、正面切って突っかかっていくものはいない。
だからというわけでもないが、彼を包囲するように街人との間に割って入るのは自警団の構成員だった。
特に足を踏み鳴らしたり、腕を組むわけでもないが、何となく不安感を抱くのが普通だろう。
しかし、ロンシュタットは囲まれても居心地が悪くなるどころか、彼らなど度外視して、悠然と周囲に視線を回す。
「──スーシャを探しているのか?」
街人を押し退ける様にして、団長が彼の目の前に立つ。
ロンシュタットはちらり、とだけ視線を向ける。
脅すでもない、だが射竦めるような迫力のある眼力に押され、団長が気圧される。
その僅かな心の隙を察知したのか、街人たちの間に静かに動揺が生まれる。
まさか、団長はこの流れ者の若造を怖がっているんじゃないか?
街人同士が目を合わせてそれを確認する前に、ひとつ咳払いをして言葉を続け威厳を保つ程度には、団長は強かだった。
「君には、確か詰め所にいるよう命じたはずだ。それを破ったとあればそれ相応の罰を──軟禁することもできる」
おお、と街人たちに安堵が広がる。
「しかし、この異常な事態に幾らか対処し、この宿に集まるよう、避難するように進言したことはいいことだ」
何だ、褒めるのか?
こいつをどうするつもりなんだ、という疑問が街人たちの頭に浮かぶ。
「君が来てからこのような異常事態が起きた。君が原因かどうか分からないが、君がひとつのキーになっていることは間違いない。ロンシュタット、知っていることは全てここで話してもらうぞ」
ゆっくりとロンシュタットの視線が上を向き、やがて自分の荷物の置いてある部屋の天井を見ると、そこで固定された。
「眼を合わせないようにして、誤魔化しているのか? そんな手は通じないぞ」
声を低くし、一歩近寄る団長。
そこでようやく、ロンシュタットが言葉を発した。
「……今、何と言った?」
団長が鼻をふん、と鳴らして返す。
「何だ、誤魔化していると言われて気に障ったのか? だが、こちらも非常事態だ。この際、些細な言葉のあやを気にしたり、揚げ足を取り合うつもりは無い。さっさと吐いてもらおうか」
周囲の街人だけでなく、自警団の若者もひともんちゃくあるのではないか、と不安になるような事を団長は言うが、ロンシュタットは一向にその点については取り合わない。
それどころか、自分の近くに立っている自警団のひとりに、こう聞く始末だ。
「お前は、私の名前を知っているのか?」
急に団長とロンシュタットの話に加わることになったその団員は、質問の意図を理解しかねてまごついた。
「え? ああ、ロンシュタット……だろう?」
「どこで聞いた?」
「はあ? 何でそんなことを答えなきゃならない?」
やや反抗的に言い返すが、無言でロンシュタットに見られると、その圧力に耐えられず、すぐに言った。
「いや、今、団長がそう言ったからだ」
ロンシュタット、今度は団長の方を向き、自分から切り出した。
「……そういう事だ」
どういうことだ?
誰もが抱く、その質問に、最初に違和感を感じて結論に辿り着いたのは、スーシャを上へ隠した団員だった。
まさか、そういうことか?
「つまり、あんたは……俺たちが誰も知らないあんたの名前を、どうやって団長が知ったのか、おかしくないか? そう言いたいのか?」
「少し違う」
短く答えると、ロンシュタットは団長へ一歩踏み出す。
「私は、この街へ着いてから、誰にも自分の名前を言ったことは無い」
俺が勝手にスーシャに喋ったがね。
珍しく沈黙しているバルデラスは誰にも聞こえないように呟いた。
「この宿の宿泊帳にも書いてはいない。この街の人間がそれを知る事はできないはずだ──私が街の外で、別の悪魔を倒した直後でなければ」
街人に動揺が生まれる。
こいつ、そんな所でそんなことをしていたのか!
しかも、この近くに「別の悪魔」がいるだと?
つまり、今もこの街にはロンシュタットが倒したのとは別の悪魔が巣食っている!
「お前は昨夜、街人に呼ばれて殺人事件を初めて知り、この宿へ来た。その時、知っていたことはほとんどなかった。なぜなら私ではなく、被害者家族に養われていたスーシャを連れて行ったからだ。私の街の外での事を知らないお前が、私の名前を知る機会は無い。ならばどこで、誰からロンシュタットの名を聞いた?」
「それは、詰め所に最初にスーシャを連れて行った時に……」
「いや」
遮ったのは、その団員だった。
「確かにスーシャは色々聞かれていたが、単に事件のあった時の状況を聞いたりとかで、彼の名前なんか聞いていない」
当たり前の話だ。
この時点で、スーシャとロンシュタットには何の繋がりも無い。
「それなら」
団長はわざと大きな声を出して言い放った。
「スーシャに聞いてみよう。そうすればはっきりする。……彼女はどこにいる?」
「あ、2階の一番手前の部屋です」
うっかり、団員は答えてしまい、答えてから自分で彼女を隠したことを思い出した。
「では、行こうか」
団長はそう言うと、階段を上がって行った。
余りに静かなせいか、厚い床板を通しても、階下でのやり取りが聞こえてくる。
声しか聞こえないせいで……というよりは、普段から口を利かないロンシュタットのせいで、彼が追い詰められていると思っていたスーシャだったが、中盤に来て、いきなり優位に立ったことに少し安心した。
しかし、その安心も束の間、今度は自分の所に来るという。
びっくりしてどうしようかとも思うが、今からドアを開けても部屋を出て少し行けば見つかってしまうし、この宿泊室では隠れられるところも無い。いや、ロンシュタットも一緒に上がってくるのは足音と、バルデラスが揺れる止め具の音で分かる。
彼が一緒なら、隠れなくてもいいんじゃないのかな?
私は団長にも、他の人にも名前を言ったことなんて無い。
それはそうだ、誰も訊かなかったから。
ただ、それを言えばいいだけなのだ。悪い事をするわけでも、誰かを咎める訳でもない。
それならせめて、ドアを開けて入ってくるのがロンシュタットであればいいのに。
そんなふうに思った。
NPC:バルデラス
場所:セーラムの街
地下墓地での悪魔との一戦を終え、スーシャが避難している宿へ戻ってきたロンシュタットを待っていたのは、団長を始めとする、街人たちの冷たい視線と無言の出迎え、そしてこれから始まる詰問という嫌味のフルコースだった。
流石に身の丈以上もある長大な剣を楽々と背負って出歩くロンシュタットに、正面切って突っかかっていくものはいない。
だからというわけでもないが、彼を包囲するように街人との間に割って入るのは自警団の構成員だった。
特に足を踏み鳴らしたり、腕を組むわけでもないが、何となく不安感を抱くのが普通だろう。
しかし、ロンシュタットは囲まれても居心地が悪くなるどころか、彼らなど度外視して、悠然と周囲に視線を回す。
「──スーシャを探しているのか?」
街人を押し退ける様にして、団長が彼の目の前に立つ。
ロンシュタットはちらり、とだけ視線を向ける。
脅すでもない、だが射竦めるような迫力のある眼力に押され、団長が気圧される。
その僅かな心の隙を察知したのか、街人たちの間に静かに動揺が生まれる。
まさか、団長はこの流れ者の若造を怖がっているんじゃないか?
街人同士が目を合わせてそれを確認する前に、ひとつ咳払いをして言葉を続け威厳を保つ程度には、団長は強かだった。
「君には、確か詰め所にいるよう命じたはずだ。それを破ったとあればそれ相応の罰を──軟禁することもできる」
おお、と街人たちに安堵が広がる。
「しかし、この異常な事態に幾らか対処し、この宿に集まるよう、避難するように進言したことはいいことだ」
何だ、褒めるのか?
こいつをどうするつもりなんだ、という疑問が街人たちの頭に浮かぶ。
「君が来てからこのような異常事態が起きた。君が原因かどうか分からないが、君がひとつのキーになっていることは間違いない。ロンシュタット、知っていることは全てここで話してもらうぞ」
ゆっくりとロンシュタットの視線が上を向き、やがて自分の荷物の置いてある部屋の天井を見ると、そこで固定された。
「眼を合わせないようにして、誤魔化しているのか? そんな手は通じないぞ」
声を低くし、一歩近寄る団長。
そこでようやく、ロンシュタットが言葉を発した。
「……今、何と言った?」
団長が鼻をふん、と鳴らして返す。
「何だ、誤魔化していると言われて気に障ったのか? だが、こちらも非常事態だ。この際、些細な言葉のあやを気にしたり、揚げ足を取り合うつもりは無い。さっさと吐いてもらおうか」
周囲の街人だけでなく、自警団の若者もひともんちゃくあるのではないか、と不安になるような事を団長は言うが、ロンシュタットは一向にその点については取り合わない。
それどころか、自分の近くに立っている自警団のひとりに、こう聞く始末だ。
「お前は、私の名前を知っているのか?」
急に団長とロンシュタットの話に加わることになったその団員は、質問の意図を理解しかねてまごついた。
「え? ああ、ロンシュタット……だろう?」
「どこで聞いた?」
「はあ? 何でそんなことを答えなきゃならない?」
やや反抗的に言い返すが、無言でロンシュタットに見られると、その圧力に耐えられず、すぐに言った。
「いや、今、団長がそう言ったからだ」
ロンシュタット、今度は団長の方を向き、自分から切り出した。
「……そういう事だ」
どういうことだ?
誰もが抱く、その質問に、最初に違和感を感じて結論に辿り着いたのは、スーシャを上へ隠した団員だった。
まさか、そういうことか?
「つまり、あんたは……俺たちが誰も知らないあんたの名前を、どうやって団長が知ったのか、おかしくないか? そう言いたいのか?」
「少し違う」
短く答えると、ロンシュタットは団長へ一歩踏み出す。
「私は、この街へ着いてから、誰にも自分の名前を言ったことは無い」
俺が勝手にスーシャに喋ったがね。
珍しく沈黙しているバルデラスは誰にも聞こえないように呟いた。
「この宿の宿泊帳にも書いてはいない。この街の人間がそれを知る事はできないはずだ──私が街の外で、別の悪魔を倒した直後でなければ」
街人に動揺が生まれる。
こいつ、そんな所でそんなことをしていたのか!
しかも、この近くに「別の悪魔」がいるだと?
つまり、今もこの街にはロンシュタットが倒したのとは別の悪魔が巣食っている!
「お前は昨夜、街人に呼ばれて殺人事件を初めて知り、この宿へ来た。その時、知っていたことはほとんどなかった。なぜなら私ではなく、被害者家族に養われていたスーシャを連れて行ったからだ。私の街の外での事を知らないお前が、私の名前を知る機会は無い。ならばどこで、誰からロンシュタットの名を聞いた?」
「それは、詰め所に最初にスーシャを連れて行った時に……」
「いや」
遮ったのは、その団員だった。
「確かにスーシャは色々聞かれていたが、単に事件のあった時の状況を聞いたりとかで、彼の名前なんか聞いていない」
当たり前の話だ。
この時点で、スーシャとロンシュタットには何の繋がりも無い。
「それなら」
団長はわざと大きな声を出して言い放った。
「スーシャに聞いてみよう。そうすればはっきりする。……彼女はどこにいる?」
「あ、2階の一番手前の部屋です」
うっかり、団員は答えてしまい、答えてから自分で彼女を隠したことを思い出した。
「では、行こうか」
団長はそう言うと、階段を上がって行った。
余りに静かなせいか、厚い床板を通しても、階下でのやり取りが聞こえてくる。
声しか聞こえないせいで……というよりは、普段から口を利かないロンシュタットのせいで、彼が追い詰められていると思っていたスーシャだったが、中盤に来て、いきなり優位に立ったことに少し安心した。
しかし、その安心も束の間、今度は自分の所に来るという。
びっくりしてどうしようかとも思うが、今からドアを開けても部屋を出て少し行けば見つかってしまうし、この宿泊室では隠れられるところも無い。いや、ロンシュタットも一緒に上がってくるのは足音と、バルデラスが揺れる止め具の音で分かる。
彼が一緒なら、隠れなくてもいいんじゃないのかな?
私は団長にも、他の人にも名前を言ったことなんて無い。
それはそうだ、誰も訊かなかったから。
ただ、それを言えばいいだけなのだ。悪い事をするわけでも、誰かを咎める訳でもない。
それならせめて、ドアを開けて入ってくるのがロンシュタットであればいいのに。
そんなふうに思った。
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