登場:クオド, ヒルデ
場所:ガルドゼンド国内
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クオドとヒルデが峠に向かい、馬を進めていた一方その頃。
暗がりの中で数人の男達が焚き火を囲んでいる。揺らめく炎に照らし出されている顔は、どれも酷く汚れていたりあるいは傷が刻まれていたりとまるで上品とは程遠い獣の様な気配を放っている。
「その情報は確かなのか……?」
中央に座った禿頭の男が重々しく口を開く。片目を覆う眼帯が能面のような表情に凄みを加えて対面の男を威圧する。
「た、確かでさ!例の女が騎士を連れてこの辺りに来てるのをこの目でみやし……ヒッ」
怯えた様子の男が喋り終える前に、眼帯の男は手に持ったシミターを目の前の焚き火に叩き付けた。鼻先を掠めた死の気配に怯え、思わず尻餅をつく男。だが恐怖を与えた盗賊団のボスは恐怖する男にはまったく構わずに焚き火の中からシミターを引き上げる。その口の端には、ねっとりとした笑みが張り付いていた。
「弟よ……お前の仇は俺が取るぞ。このデアゾーネン=ベルンハルト様がな!」
気炎を上げる男の注意を引かぬように、情報をもってきた小心者の男は小さい声で呟く。
「ただ、あの二人……なんか様子がおかしかったんだよなぁ。コレも報告した方がいいのかなぁ。でもなぁ……」
その呟きに応えるのは、パチパチと焚き木が爆ぜる音だけだった。
―= ◇ = ◆ = ◇ = ◆ = ◇ =―
森の傍の街道を二頭の馬が行く。
前を行く葦毛の馬は装飾の少ない実戦的な馬具をつけ、その背には鎖帷子を始めとした鈍く輝く鋼の具足で身を固めた完全武装の出で立ちの若い騎士を乗せている。油断のない眼差しで辺りを警戒する騎士の足には金の拍車が輝いており、彼の身分の高さを密かに主張していた。
二頭目は角飾りが付いた少し派手な兜を被った栗毛の馬。跨る女性は、上等な布で織られたシンプルな白いワンピースを無骨な砂色の革マントで出来るだけ隠すように気をつけながらおっかなびっくり馬を進めている。髪に挿された一目で高価と分かる羽をあしらった飾りが、身分を隠そうとする彼女の努力を無に帰しているとも気付かぬままに。
遠目に見ただけならば、旅慣れぬ貴族の女性が護衛の騎士と共に旅をしているようにも見えるだろう。だが近づいてもう少し観察してみるといろいろと綻びが見えてくる。それは例えば他の誰かに任せたと言わんばかりに全く後方を警戒しない騎士の所作であったり、あるいはいかにも馬は乗りなれませんという装いを保ちながらも道にあるちょっとした障害――張り出した木の根であるとか――は顔色一つ変えずに乗り越えていく女性の様子であったり。
そしてなによりも――
「あー、クオド……さん?目的地はまだ遠いの……ですか?」
「そうですね、あの峠を越えて漸く半分と言った所でしょうか。陽が落ちる前に次の町に着けると良いのですが」
この二人の会話が聞こえるくらいにまで近くに寄った者がいるとしたら、十人中十人が遠目からみた彼らの印象を変える事になるだろう。女性は無理をして丁寧な口調で話そうとしているのがまったく隠せていないし、それに応える騎士は喋り方こそ流暢なものの見た目の年齢に反して使う言い回しがやたらと古く、どう考えても不自然さが鼻につく。
領主から盗賊退治の依頼を請けた冒険者。――それも二人以上の一団であるか、よっぽど腕に自信がある。あるいはその両方――
このどうにも怪しい二人の正体を考えた時に辿りつく、一番ありそうな結論がそれだろう。他にわざわざ盗賊に狙われやすそうな貴族を装うような理由はないし、生半可な腕では実際に釣られて出てきた盗賊を倒すことができないのだから。
故に、慎重な野盗ならばむしろ彼らに手を出す事はない。目先の利益に釣られて命まで落としてしまっては意味がないからだ。そういう意味で、クオドとヒルデの試みは完全に的を外していたと言える。しかし、幸運の女神は二人を見放してはいなかった。
「……来たか」
街道を進む二人を取り囲むように、森の中からバラバラと出てくる人の群れ。その全員が剣や槍、あるいは斧や槌といった思い思いの武器で武装し、顔には下卑た笑みを浮かべている。その中心で通常のものよりもたっぷり一回り半は大きい円月刀を肩に担いだ男が一人、怒りに燃えた視線をヒルデに送りながら、重々しく口を開く。
「可愛い弟が死んだという話を聞いてからはや数ヶ月……長かったぜェ」
ビシッとシミターを馬上のヒルデに向けて突きつける盗賊団の首領。その動作の一つ一つに、溢れ出んばかりの純粋な怒りが篭められていた。
「今ッ!このデアゾーネン=ベルンハルトが最愛の弟、ブリント=ブランドの仇を討つ!復讐するは我に有り、覚悟しろ!」
何もかもを置き去りにして、復讐に燃えるベルンハルトの戦いが今まさに幕を開ける。万感の思いを込め、ベルンハルトは部下達に命令を下した。いつも通りのお決まりの台詞を。
「野郎ども、やっちまえィ!」
―= ◇ = ◆ = ◇ = ◆ = ◇ =―
――ガルドゼンド シュワングラッド子爵領 アナウア砦
「クソックソックソッ!こんなハズではなかったのだ。何故この私がこんな目に……!!」
この世に存在する全てを呪わん勢いで悪態を吐きながらエーリヒという名を持つ騎士は狭い廊下を急いでいた。
ほんの半年ほど前には王都に居を構える貴族として何不自由ない暮らしを送っていたというのに、今のこの状況はなんだ。自慢だった真紅のサーコートは血と埃に汚れ見る影も無く、供をする部下の姿もなく一人道を急ぐ姿はどう良く見ても敗北者のそれに他ならない。
「クソックソックソッ!こうなったのも元はと言えば……!!」
ケチの付き始めは開戦の切っ掛けとなる為にヒュッテ砦に足を運んだ辺りからだ。
元々私はこんな辺境になど来たくはなかったのだが、王直々の命令ともなれば王都に生きる貴族としては断るわけにはいかない。『目論見どおりに戦いが始まれば魔法士と供に脱出して良い』などと言われてなんとか納得してやってきてみれば、ティグラハットの野蛮な馬鹿どもが星落とし等という凶行に走った為自分と魔法士二人のみの脱出となってしまった。しかも魔法士の腕が悪かった為(奴らは事もあろうかと急な儀式だったからだと言い訳ばっかりして自分の責任をちっとも認めようとしなかったが)、徒歩でアナウアまで歩きとおす羽目になった。貴族である自分が!
さらにアナウアの愚図どもは流石に面と向かっては何も言いはしないものの影では『味方を見捨てて逃げ出した臆病者』等とさも知ったような口を効き、お陰でずいぶんと肩身の狭い思いもした、それを誤魔化すために近くの村へ偵察に出たりもした。王都の貴族たるこの私がだ!
そしていよいよこの砦にもティグラハットの馬鹿どもが押し寄せてきた。ありえない速度で奇襲を掛けてきた部隊はなんとか撃退したものの、消耗した所を本隊に囲まれてはこの砦が落ちるのも時間の問題だろう。だから私はまた魔道の力を使って砦を脱しようとした。当然の事だ。私はここで死ぬわけにはいかないのだから。だというのに、砦のどこを探してもヤツらがいない。最後に立ち寄った地下房で見つけたのは、ヒュッテの地下で見た石の群れ。そう、ヤツら魔法士は己が命を投げ打ってでも護るべきこの私を置いて逃げ出したのだ!この、今にも陥落しそうなこの砦に!!
エーリヒが自分をこのような場所へ追いやった狂王とここを襲ったティグラハットの兵達と自分を見捨てて逃げた魔法士達を等しく三十回ほど呪った所で、ようやく長い通路は終わりを告げ小さな部屋へと辿りつく。
一見するとただの倉庫だが、この部屋にはこのような事態の時の為の――あるいは、落とされた時にここから兵隊を送り込み砦を奪還する為の――隠し通路が設えられているのだ。
「こ、ここまでくれば……」
息を切らせながら隠し通路を開く為の仕掛けの前にたどり着き、ようやく少し表情を和らげるエーリヒ卿。だがその次の瞬間、油断した彼の背中から一本の鉄の棒が生えた。
「がッ、はっ」
空を裂いて飛来した太矢は狙いを違えず鎧を貫き、さらにその下の薄い背肉を突き破り、生命の根源たる紅い臓器を打ち砕いた。
「うわ、背後から一撃かよ。隊長容赦ねぇなぁ」
「えー?だって……」
痛い、と思う間もなく倒れ伏せるエーリヒ卿。聞こえてきた会話からようやく自分が撃たれたらしいと認識しながら、ある意味でとても貴族らしかった男は意識を手放した。最期の最期まで、王都で何不自由ない豪華な生活を送る自分の姿を夢想しながら。
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場所:ガルドゼンド国内
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クオドとヒルデが峠に向かい、馬を進めていた一方その頃。
暗がりの中で数人の男達が焚き火を囲んでいる。揺らめく炎に照らし出されている顔は、どれも酷く汚れていたりあるいは傷が刻まれていたりとまるで上品とは程遠い獣の様な気配を放っている。
「その情報は確かなのか……?」
中央に座った禿頭の男が重々しく口を開く。片目を覆う眼帯が能面のような表情に凄みを加えて対面の男を威圧する。
「た、確かでさ!例の女が騎士を連れてこの辺りに来てるのをこの目でみやし……ヒッ」
怯えた様子の男が喋り終える前に、眼帯の男は手に持ったシミターを目の前の焚き火に叩き付けた。鼻先を掠めた死の気配に怯え、思わず尻餅をつく男。だが恐怖を与えた盗賊団のボスは恐怖する男にはまったく構わずに焚き火の中からシミターを引き上げる。その口の端には、ねっとりとした笑みが張り付いていた。
「弟よ……お前の仇は俺が取るぞ。このデアゾーネン=ベルンハルト様がな!」
気炎を上げる男の注意を引かぬように、情報をもってきた小心者の男は小さい声で呟く。
「ただ、あの二人……なんか様子がおかしかったんだよなぁ。コレも報告した方がいいのかなぁ。でもなぁ……」
その呟きに応えるのは、パチパチと焚き木が爆ぜる音だけだった。
―= ◇ = ◆ = ◇ = ◆ = ◇ =―
森の傍の街道を二頭の馬が行く。
前を行く葦毛の馬は装飾の少ない実戦的な馬具をつけ、その背には鎖帷子を始めとした鈍く輝く鋼の具足で身を固めた完全武装の出で立ちの若い騎士を乗せている。油断のない眼差しで辺りを警戒する騎士の足には金の拍車が輝いており、彼の身分の高さを密かに主張していた。
二頭目は角飾りが付いた少し派手な兜を被った栗毛の馬。跨る女性は、上等な布で織られたシンプルな白いワンピースを無骨な砂色の革マントで出来るだけ隠すように気をつけながらおっかなびっくり馬を進めている。髪に挿された一目で高価と分かる羽をあしらった飾りが、身分を隠そうとする彼女の努力を無に帰しているとも気付かぬままに。
遠目に見ただけならば、旅慣れぬ貴族の女性が護衛の騎士と共に旅をしているようにも見えるだろう。だが近づいてもう少し観察してみるといろいろと綻びが見えてくる。それは例えば他の誰かに任せたと言わんばかりに全く後方を警戒しない騎士の所作であったり、あるいはいかにも馬は乗りなれませんという装いを保ちながらも道にあるちょっとした障害――張り出した木の根であるとか――は顔色一つ変えずに乗り越えていく女性の様子であったり。
そしてなによりも――
「あー、クオド……さん?目的地はまだ遠いの……ですか?」
「そうですね、あの峠を越えて漸く半分と言った所でしょうか。陽が落ちる前に次の町に着けると良いのですが」
この二人の会話が聞こえるくらいにまで近くに寄った者がいるとしたら、十人中十人が遠目からみた彼らの印象を変える事になるだろう。女性は無理をして丁寧な口調で話そうとしているのがまったく隠せていないし、それに応える騎士は喋り方こそ流暢なものの見た目の年齢に反して使う言い回しがやたらと古く、どう考えても不自然さが鼻につく。
領主から盗賊退治の依頼を請けた冒険者。――それも二人以上の一団であるか、よっぽど腕に自信がある。あるいはその両方――
このどうにも怪しい二人の正体を考えた時に辿りつく、一番ありそうな結論がそれだろう。他にわざわざ盗賊に狙われやすそうな貴族を装うような理由はないし、生半可な腕では実際に釣られて出てきた盗賊を倒すことができないのだから。
故に、慎重な野盗ならばむしろ彼らに手を出す事はない。目先の利益に釣られて命まで落としてしまっては意味がないからだ。そういう意味で、クオドとヒルデの試みは完全に的を外していたと言える。しかし、幸運の女神は二人を見放してはいなかった。
「……来たか」
街道を進む二人を取り囲むように、森の中からバラバラと出てくる人の群れ。その全員が剣や槍、あるいは斧や槌といった思い思いの武器で武装し、顔には下卑た笑みを浮かべている。その中心で通常のものよりもたっぷり一回り半は大きい円月刀を肩に担いだ男が一人、怒りに燃えた視線をヒルデに送りながら、重々しく口を開く。
「可愛い弟が死んだという話を聞いてからはや数ヶ月……長かったぜェ」
ビシッとシミターを馬上のヒルデに向けて突きつける盗賊団の首領。その動作の一つ一つに、溢れ出んばかりの純粋な怒りが篭められていた。
「今ッ!このデアゾーネン=ベルンハルトが最愛の弟、ブリント=ブランドの仇を討つ!復讐するは我に有り、覚悟しろ!」
何もかもを置き去りにして、復讐に燃えるベルンハルトの戦いが今まさに幕を開ける。万感の思いを込め、ベルンハルトは部下達に命令を下した。いつも通りのお決まりの台詞を。
「野郎ども、やっちまえィ!」
―= ◇ = ◆ = ◇ = ◆ = ◇ =―
――ガルドゼンド シュワングラッド子爵領 アナウア砦
「クソックソックソッ!こんなハズではなかったのだ。何故この私がこんな目に……!!」
この世に存在する全てを呪わん勢いで悪態を吐きながらエーリヒという名を持つ騎士は狭い廊下を急いでいた。
ほんの半年ほど前には王都に居を構える貴族として何不自由ない暮らしを送っていたというのに、今のこの状況はなんだ。自慢だった真紅のサーコートは血と埃に汚れ見る影も無く、供をする部下の姿もなく一人道を急ぐ姿はどう良く見ても敗北者のそれに他ならない。
「クソックソックソッ!こうなったのも元はと言えば……!!」
ケチの付き始めは開戦の切っ掛けとなる為にヒュッテ砦に足を運んだ辺りからだ。
元々私はこんな辺境になど来たくはなかったのだが、王直々の命令ともなれば王都に生きる貴族としては断るわけにはいかない。『目論見どおりに戦いが始まれば魔法士と供に脱出して良い』などと言われてなんとか納得してやってきてみれば、ティグラハットの野蛮な馬鹿どもが星落とし等という凶行に走った為自分と魔法士二人のみの脱出となってしまった。しかも魔法士の腕が悪かった為(奴らは事もあろうかと急な儀式だったからだと言い訳ばっかりして自分の責任をちっとも認めようとしなかったが)、徒歩でアナウアまで歩きとおす羽目になった。貴族である自分が!
さらにアナウアの愚図どもは流石に面と向かっては何も言いはしないものの影では『味方を見捨てて逃げ出した臆病者』等とさも知ったような口を効き、お陰でずいぶんと肩身の狭い思いもした、それを誤魔化すために近くの村へ偵察に出たりもした。王都の貴族たるこの私がだ!
そしていよいよこの砦にもティグラハットの馬鹿どもが押し寄せてきた。ありえない速度で奇襲を掛けてきた部隊はなんとか撃退したものの、消耗した所を本隊に囲まれてはこの砦が落ちるのも時間の問題だろう。だから私はまた魔道の力を使って砦を脱しようとした。当然の事だ。私はここで死ぬわけにはいかないのだから。だというのに、砦のどこを探してもヤツらがいない。最後に立ち寄った地下房で見つけたのは、ヒュッテの地下で見た石の群れ。そう、ヤツら魔法士は己が命を投げ打ってでも護るべきこの私を置いて逃げ出したのだ!この、今にも陥落しそうなこの砦に!!
エーリヒが自分をこのような場所へ追いやった狂王とここを襲ったティグラハットの兵達と自分を見捨てて逃げた魔法士達を等しく三十回ほど呪った所で、ようやく長い通路は終わりを告げ小さな部屋へと辿りつく。
一見するとただの倉庫だが、この部屋にはこのような事態の時の為の――あるいは、落とされた時にここから兵隊を送り込み砦を奪還する為の――隠し通路が設えられているのだ。
「こ、ここまでくれば……」
息を切らせながら隠し通路を開く為の仕掛けの前にたどり着き、ようやく少し表情を和らげるエーリヒ卿。だがその次の瞬間、油断した彼の背中から一本の鉄の棒が生えた。
「がッ、はっ」
空を裂いて飛来した太矢は狙いを違えず鎧を貫き、さらにその下の薄い背肉を突き破り、生命の根源たる紅い臓器を打ち砕いた。
「うわ、背後から一撃かよ。隊長容赦ねぇなぁ」
「えー?だって……」
痛い、と思う間もなく倒れ伏せるエーリヒ卿。聞こえてきた会話からようやく自分が撃たれたらしいと認識しながら、ある意味でとても貴族らしかった男は意識を手放した。最期の最期まで、王都で何不自由ない豪華な生活を送る自分の姿を夢想しながら。
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