忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2025/11/07 06:46 |
BLUE MOMENT -船葬- ♯7/マシュー(熊猫)
キャスト:セシル・マシュー
NPC:ジラルド・主婦
場所:コールベル/ビクトリア商店街
――――――――――――――――

橋を渡ると、そこは斎場だった。

水路に沿って建物が建つコールベルでは、必然的に路地が多くなる。
そして複数の路地が交差する所には、こうした開けたスペースができる。
大抵は噴水や像、ベンチなどが配置された公園がほとんどだが、
マシュー達が着いた広場には、そういったものはない。

「ここは葬儀や祭りを行う場所なんじゃよ。
 イベントスペースと言ったほうがいいかもしれん」
「へえ」

少年がぐるりと広場を見渡す。広場にはなにもないが、人はいた。
まるでそこだけ何かの手違いで色彩が失われたように、
集まっている者達は一様に黒い色の服を着ている。

「んー、こっち」

広場を囲う建物はそのほとんどがアパートだったが、
中二階あたりの位置にはバルコニーが設けられており、
広場の四方にある階段から昇れるようになっていた。
そのうち、手近な階段に向かう。

少年がほっとしたように息をついて、着ている白い上着を手で撫でた。
黒い集団と化しているわだかまりを目で示す。

「あそこに突っ込んでいくのかと」
「あっはっは。まぁ橋についたら喪服もなにも関係ないからのう。
しばしの辛抱じゃ」

バルコニーの上にも喪服姿は見受けられた。
烏のように点々とバルコニーの柵に寄り掛かり、広場を見ている。

「? 何、してるんですか」

バルコニーの上に上がった途端、柵のほうではなくアパートの壁に
ぴったり背をつけて動かないこちらを見て、きょとんとして少年が見てくる。
マシューはそろそろと壁に両手をつき、ひっつくようにしながら擦り足で進む。

「こわい」
「は?」
「高いところ」

余裕のない口振りを自覚しながら、視線だけは遥か向こうに広がる空と、
相変わらず美しい水路を見ている。
少年はしばしこちらのそんな様子を観察してから、心底不思議そうに
首を傾げた。

「じゃあなんで昇るんです」
「好き~じゃから~♪」
「声震えてるけど…」
「ビブラートじゃけ」

歌って恐怖をごまかすマシューを半眼で見て、彼は
「どうでもいいですけど」、と嘆息する。

「ここに登る意味、あったんですか」
「…下は危ないからの」
「え」

ぎくりとして少年が動きを止める。マシューはずりずりと広場を迂回するように
アパートに沿って歩き続けながら口を開く。

「そこの広場、どのくらい人がおる?」
「どのくらいって…二十数人…もうちょっといるかな。なんでです」

そうか、と相槌を打つ。そして広場のほうを見もせず、マシューは
答えた。


「儂にはその広場が真っ黒に見える。数え切れん」


・・・★・・・

結局、たっぷり時間をかけて広場を迂回した頃にはマシューは
ぐったりとしていた。

耳鳴りがやまない。軽い酩酊感が足の感覚を無くしている。
少年は心配そうに何度も帰ることを提案してきたが、そのたびに
首を振って歩いた。

「ようは、イメージの問題なんじゃよ」

片手でネクタイを緩めながら、欄干に寄りかかって水路を眺める。
さきほど降った雨のせいで少し水が濁っていた。

さっきいた広場からはやや下流に位置する場所の橋だ。
ほとんどの者はもっと上流で待ち構えていることが多い。
まだ動き始めて間もない船のほうが、花を投げ入れやすいからだ。

したがって、この橋にいるのはマシューと少年だけだ。

「死と葬式は切っても切れない関係だと思っている限り、その
イメージは死んでも継承される。そして葬式は特別な場所だと思う。
やつらは、そこに集まる。たとえそれが自分の葬式でなかったとしても」
「集まって…どうするんです」
「そこじゃよ」

どっこいしょ、と体の向きを変えて欄干に背を預ける。
少年は半信半疑のようだったが、どうでもよかった。
まだ話を聞いてくれるだけ僥倖といえよう。

「なにもせん。――というより、"なにをしていいのかわからない"」
「わからない?」
「もし、お兄ちゃんが幽霊になって葬式に行ったらどうする?」
「…わかりません」
「そうじゃろう。あいつらも、そこにいて、ただどうしていいのかわからない」

みんな同じじゃ、と言って、マシューは空を仰ぎ見た。
でも、と少年が追いすがる。

「さっき、危ないって言ってませんでしたか」
「そりゃそうよ。数が多すぎるものはみんな危ないんよ」

手の中の花束から、一枚花びらを抜く。川に向き直り、花びらを落とす。
紙切れのようにくるくる回りながら、芳香も音も残さずに白い手向けは
濁った水に流されていった。

と、かすかに人々のざわめきが聞こえたので、顔を上げる。

「もうそろそろかのう」

花を束ねていた紐をほどき、適当に半分にわけると、少年に手渡す。


「ほれ。想いなんて込めなくていいから」


――――――――――――――――
PR

2008/05/01 13:57 | Comments(0) | TrackBack() | ●BLUE MOMENT ―船葬―
BLUE MOMENT - 船葬- ♯ 8/セシル(小林悠輝)
キャスト:セシル・マシュー
NPC:ジラルド
場所:コールベル/水路
――――――――――――――――

 篭める想いもないというのに、何のために花を落とすのだろう?
 追悼だろうか哀惜だろうか感傷だろうか。
 そんなものは果たして本当に必要だろうか。

 きらきらと光る水面を滑ってボートは現れた。

 真新しい、正に今日のために製られたような船は、ペンキのにおいを錯覚するほど鮮
やかな青や黒などの色で塗りたくられて、異質な存在感を主張しているように見えた。

 何の変哲もないくすんだ緑色のベストを着た漕ぎ手が、上部が丁の字の形になった櫂
を持っている。彼はこちらの気配を察知したのかわずかに顔を上げたが、目元はハンチ
ングに隠れて窺えなかった。

 その足元は色とりどりの花に埋もれている――

「ほら、タイミングに気をつけて」

 店主が言った。
 船はすべらかに水路を進み、じきに二人のいる橋へ辿りついた。

 店主は、「そぉら」と小さな掛け声と共に、半分の花束を手放した。
 花は途端にばらけて、はらはらと船の上に落ちた。いくらかは船から外れて水路に落
ち、船の立てる波に遊ばれてくるくると回る。

 船は、するりと橋の下へ潜り込んだ。

「難しいじゃろ?」

 店主が笑う。
 セシルは欄干に預けていた体を起こし、大股で反対の欄干へ向かった。

 船が進むのとセシルが歩くのとは、大して変わらない速さだった。
 再び、今度は下流側の水面を覗き込んだ時、橋の下の影から船が滑り出た。

 目が灼けるほど鮮やかなコントラスト。

 無数に咲き誇る色とりどりの花に覆われて、横たわる婦人の姿が見えた。
 歳は四十かその前後だろうか。青白い死に顔でも尚、表情は穏やかで、目尻に皺の刻
まれた、笑えばさぞかし優しそうな――

 無惨でない死人を見るのは初めてだった。
 セシルは一瞬で目に灼きついた女の姿に、硬直した。

「お兄ちゃん」

「……ああ」

 握っていた手を放す。花はひらひらと舞って、船の周りに降った。
 ハンチングにその一輪を受けた漕ぎ手が迷惑そうに手をやって、摘んだ花をそっと死
者の上に乗せた。

 船は流れて行く。
 ぴちゃ、と小さな水音がした。

「終わりですか」

「うん」

 手に草のにおいが残っている。
 船はすぐに見えなくなった。

「漕ぎ手はあのまま下流まで船を送って、焼き衆に引き渡す」

「……海まで、結構ありますよね」

「それでも送らんといかん。
 途中で引っかかったら気まずいじゃろ?」

「そうですね」

 話す間に船は進んで、遠ざかり、見えなくなった。
 店主は「んじゃ、帰るけー」と伸びをして、ぺたぺたと歩き出す。

 セシルは彼の後に続きかけ、ふと思いついて立ち止まった。
 足元を流れる水に向けて、「さようなら」と口の中だけで呟いてみる。
 乗せるべき想いは見つからなかったから、別離の言葉は言葉以上ではなかった。

「あんまり見とると魅入られんよ」

「や、大丈夫ですよ。
 俺そういうの見えないから」

 セシルは苦笑して店主を追いかけた。
 店主は首を傾げて、まあいいやというような口調で「気ぃつけえ」とだけ言った。


+++++++++++++++++++++++

2008/05/01 13:59 | Comments(0) | TrackBack() | ●BLUE MOMENT ―船葬―
BLUE MOMENT -船葬- ♯9/マシュー(熊猫)
キャスト:セシル・マシュー
NPC:ジラルド・主婦
場所:コールベル/ビクトリア商店街
――――――――――――――――

店の奥から夕焼けの外を見ている。

雨はあがったが、それで客足が増えるということもない。
ごく稀に、迷い込んできた観光客が"骨董"という単語に
つられて店内を一回りしては何も買わずに出てゆくくらいだ。

ここはコールベル。水と芸術の都。

水はいくらでもあるし、芸術もそこかしこに溢れている。

だからこんな寂びれかかった商店街の中にある、
奇妙な骨董屋に人が立ち寄るいわれなどないはずだ。

おまけに店主は変わり者ときている。喪服を喜んで着るような、
薄情なほど陽気で、笑いたいくらい不謹慎な店主だ。

カウンターにだらりと上半身を預け、持ったハタキごと腕を伸ばす。
ちょいちょい、とそこに猫でもいるかのように振ってみるが、
反応してくる者がいるはずもない。

「ただいまー」

ぺたしぺたしという緊張感がまるでない足音と声音がした。
ジラルドは机に突っ伏すようにしたまま、顔だけをあげて
店の入り口に目をやった。

「おかえりなさい」

予想通り、そこには喪服姿のマシューが立っている。

「…靴、忘れてったでしょ。ありえませんよ」
「あっはっは、つい」

呆れ顔で言うが、まったく意に介さない様子で店主が
朗らかに笑う。ふと気づいて、今度は完全に身を起こす。

「あの子は?」
「お兄ちゃん?行ってしもうたよ」

マシューは、店先に置いてある乙女を象った像を手に取りながら
至極あっさりとした口調で答えてきた。そのまま、像を持って
カウンターに向かってくる。

「花を半分こにしてな、一緒に投げたのよ」
「乗りましたか」
「さぁ、どうじゃったかねぇ」

――なんなんだ。

あれだけ行きたい行きたいと喪服までひっぱり出して行ったくせに。
アイロンすらかけてやって、革靴を履き替え忘れて、名も知らない
会ったばかりの少年をひっぱっていったかと思うとものの数刻で
帰ってきて。

そこに怒りはない。ただ本当に、疑問だった。

――なんなんだよ、この人。

胸中で繰り返す。当の本人は、店内にある自分で買い付けたはずの
像をたった今はじめて見たような目で興味ありげに眺めていた。
そして、ぽつりとつぶやく。

「ジュンちゃん、さっき誰かに会った?」
「え?ええと――あ、買い物帰りにトマスさんの奥さんと」
「カーシャさん」

ことり、と静かに像をカウンターに置いて、店主が言う。
それが彼女の名前だと気づくのが一瞬遅れた。

「あぁ…あの人、カーシャさんて言うんだ」

マシューは何も言わない。馬鹿みたいに綺麗なカーブのかかった
瞼を軽く伏せて、ただ立ちすくんでいる。
思いもよらないその雰囲気に圧されるように、ジラルドは訊いた。

「その人が、何か?」
「カーシャさんのだったんよ」
「はい?」
「葬式」

そう言ってくる店主の顔を見て、ジラルドは声を出そうとし――
ぱた、と緩んだ手からハタキが落ちる。

「一昨日、亡くなったんじゃて。眠るように、静かに」
 


駄目よ、買い物袋ちゃんと持たないと。



「そ…」
「――明日の朝には、海に着くじゃろうか」

がたん!

ジラルドは椅子を蹴るようにして立ち上がった。突然の物音にも、
眉ひとつ動かさない店主を見据えて、震える喉で声を絞り出す。

「店長、あの」
「雨が降ったから、少し流れが速くなっとるかもしれん」
「店長!」

二回目にして、ようやく声が出た。
まるで怒鳴るような、自分でも驚くほどの声量が。
そこでようやくマシューが表情をわずかに変える。同情するようなその視線に
さらされながら、口を開く。

「あの人…言ってました。店長に、よろしくって。言ったんです、俺に」

こんなこと言って何になるのだろう、とジラルドは言いながら思った。
だがマシューはそれを一蹴するでもなく、優しげにも淋しげにも見える
かすかな笑みを浮かべると、くせのついた自分の髪に片手を突っ込んで、
そうか、とだけ答えた。

その手が厭に青白く見えて、驚いて周囲を見渡す――いつの間にかあたりは
青い夕暮れに染まっていた。青と名のつくものすべてを虚空に溶かしたような、
恐ろしいくらい美しい青い色。

「ほい。ジュンちゃんのぶん」

いきなり眼前に突き出されたのは一本の野菊だった。
まるで燃え出してしまいそうに白く輝いて見えるその花を見つめて――

無言で受け取り、ジラルドは床を蹴ってマシューの横を通り過ぎ、
全速力で表へ飛び出した。

誰もいない商店街を走り抜ける。一様に青く沈む淋しい通りを、
一輪のしなびた白い花を持ってただひたすら駆ける。

ラムネの瓶をすかして世界を見ているような気分で、ジラルドは手近な
水路へと向かい、そこにかかっている橋のほぼ中央で立ち止まり、
流れている群青色の束を覗き込んだ。
そこに船はない。死体も、喪服もなにもない。

しかしそのまま白菊を持つ手を伸ばし――手放した。

手向けにするにはあまりにも質素な、だが鮮やかな白い色の
花が落ちた先にはかすかな波紋が広がり、波間に消えていく。


なんだかかっこ悪いわねぇ。


まったくだ、とジラルドは水面に映った自分の影を見つめて笑う。
そしてきびすを返すと、青い夕闇の中を歩いて家路についた。

――――――――――――――――

2008/05/01 14:01 | Comments(0) | TrackBack() | ●BLUE MOMENT ―船葬―
Get up! 06/フェイ(ひろ)
PC: フェイ コズン
NPC: レベッカ、飛び大口、少女(アニス)の連れの女性
場所:道中宿兼酒場

――――――――――――――――


 フェイにとって戦いとは単純なものだった。
 目標と問われれば当然のように「復讐」と即答するフェイだったが、
より限定するなら戦いの場において仲間を守り切る、言い換えれば生
き残らせることが強さを求める大きな理由だった。
 そのためにフェイがたどりついた結論は、仲間の誰にも攻撃が届く
前に敵をせん滅する、単騎先行による最大打撃だった。
 もちろんそれはよほどの強敵を相手にした場合のことだったが、必
要のない時はどうかといえば、それこそリーダーの指示に従い、チー
ムプレーでもあるいは後衛の守りでもそつなくこなしてきた。
 つまり極論すれば、フェイの戦闘における選択とは、指示をこなす
か単騎突撃するかの二択だったのだ。
 フェイにすれば余計な思考をそぎ落としその分戦闘能力に特化させ
るために編み出した戦術だった。


 エルガー達なら迷うことなく召喚現場に向かうだろう。
 しかし今闘っているのはコズンとレベッカだ。
 飛び大口程度一匹二匹ならともかく、数はかなりいる。
 
「誰か! あの子を! アニスを助けて!」

 その時フェイの耳は叫ぶような悲鳴を聞いた。

 犠牲者が出ているのか?と思った時にはすでにフェイは駆け出していた。
 
 
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


 アカデミーに依頼が来るだけあって、力自慢のドワーフやハーフオ
ークやほかにも「普通の村人」と言い切るには眉をひそめそうな雑多
な人種がいながら、ちゃんとした戦士はいないらしく、村の中は辛う
じて飛び大口をかわして身を守れている程度のものが数名見えるだけ
であとは建物の中や物陰に隠れて、飛び大口の接近のたびに悲鳴をあ
げてるのばかりで、しっかり倒しているのはコズン達だけだった。

「誰か! あの子を! アニスを助けて!」

せっかく隠れていた建物から、周囲の止める手を振り切って少女と成
熟した女性の間ぐらいに見える旅装束の女性が飛び出して叫んだ。

「なんだ、なにかんがえてんだ!」

 神経をすり減らすように敵をひきつけ、レベッカのダガーでさらに二
体を落としていたコズンは突然の乱入者に、戸惑いと怒りの声を上げる。

「あ、あの娘のことじゃない? 最初につれてかれた女の子!」

 新たな飛び大口の急襲をぎりぎりでかわすコズンの肩の上でレベッカ
がそう言った。、
 コズンも苦い顔しながら目をそちらに向ける。

「ちっ! でもこんな状況じゃ……って、おい! にげろ!」

 文句を言いかけたコズンはあわてて叫んだ。
 少女をさらい空に逃げた飛び大口を見上げながら叫ぶ女性の死角から、
さらに別の飛び大口が急降下しているのが見えたのだ。

「遠い!」

 レベッカもダガーを投擲態勢に構えるが、非力な彼女は長距離のスロ
ーイングは不可能だった。
 気づいた瞬間からコズンは駆け出していたが、回避で崩れた体制から
では到底間に合うものではなかった。

 コズンの声にようやく自身の危機に気がついた女性が首をひねる。
 コズンの位置からは見えないが、おそらく恐怖に目を見開いて、迫り
くる脅威を眼前にしているのであろう、それまで上げていた声もピタリ
と止まり硬直したように立ち尽くす。
  女性に迫る飛び大口がその名にふさわしい大口を開け――

「あ!」

 コズンの肩の上でレベッカが声を上げた。
 
 
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
 
 
 辺境に位置するこの村は当然あるていどの畜産は自前で賄っている。
 酒場から少し先にある少し開けたところには、家畜のためにいくつ
かの柵に囲われた飼育所が設けられていた。
 田舎の村らしくただ柵で囲っただけで放し飼いされてた家畜たちが
まっ先に犠牲になったのだろう。
 その騒ぎを聞きつけ様子を見に出てきた村人がさらなる犠牲になっ
たのかはわからないが、空をみあげると飛び大口の特徴でもあるのど
袋が、獲物をとらえた証拠に張っているものが幾つか確認できる。

(やはり、そうか)

 こんなに多くの飛び大口があらわれ、獲物をとらえたはずの奴が、
何かを待つように空中にとどまっている。
 本来群れをなさないはずなのに、なわばり争いをするでもなく、
「仕事」を終えたものは待機しておとなしく待っている。
 あり得ないことだが、召喚によって使役されているのなら、術者に
よってそうコントロールされていたとしても不思議はない。
 確信を深めたフェイは、視線を動かして現場の確認をする。
 地面には四体が撃ち落とされている。

 フェイはコズンの資質はそれなりのものがあると見ていたものの、
一対一ならともかく飛び大口クラスを複数相手取るにはまだまだ経験
不足とよんでいた。
 経験とはつまり視野と選択肢の広さである。
 複数相手にするには最低限一体を相手にしつつほかの敵の動きをと
らえ続けるだけの余裕がいる。
 それは体や技を鍛えるだけでは身に付かず、ただひたすら実践の積
み重ねで得るしかないものだった。
 おまけに建物の中から外を伺うような気配が多数あるところをみる
と、コズンがその身をさらすことで避難の時間を稼いだことが予測さ
れた。

(ふん、そのぐらいはしてもらわねば、な)

 そして、焦ったようコズンが見つめる先には、一人の女性とそこに
迫る一体の飛び大口がいた。
 それらを一瞬で確認したフェイは、走りながら呼吸リズムを変え、

「はぁっ!」

 一気に一息ではきながら、全身の筋肉の収縮を足へと伝え、地面を
踏み砕くほどの力に変えて解き放った。
 その瞬間、フェイの視界がぶれるようにして流れ、一瞬の後には、
飛び大口を眼前にとらえていた。
 女性と飛び大口の間に飛び込んだフェイは剣をふるう。
 ただ其の一撃で真っ二つに両断された飛び大口は、勢いそのまま
に二つに分かれて左右に飛び散る。
 
「さて、と」

 女性の無事を確認し、駆け寄ろうとしているコズンを一瞥すると、
仲間がやられたことも気にせずにさっそく新たな獲物に反応して群が
りだす飛び大口に視線を向けた。

 
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


「おい! あんたならおとせたんじゃないのかよ!」

 駆け付けたフェイは飛び大口が不用意に飛びかかってくるたびに、
いっそ無造作とも見える動作で撃ち落とし続けた。
 そうして残ったほとんどが、文字通り獲物で腹(喉袋)を膨らませ
たものになった。
 しかしフェイは、しばらく様子を見るように空を旋回していたそれ
らがどこかへ飛び立つのを黙ってみていたのだった。

「アニス、というのはおつれですか?」
「は、はい。 あの」
「大丈夫ですよ。 お任せください。 必ず助けますから」
「あ、お願いします!」
「レベッカさん」
「え、なに?」
「ほかの被害の確認を」
「そうだね、うん、聞いてくる」
「…・・・おい!」

 実に淡々と話を進めるフェイに、コズンが改めて怒鳴る。
 
「はー、あんな所を飛んでるものを落としたら中にいる人も無事で
は済まんことぐらいわかるだろう」
「ぐ……でも逃がしたらおなじだろうが。巣穴に返したら餌になる
んだろうが!」

 いきり立つコズンにフェイは怒るどころか、溜息をつく。

「まさか、あれが野生のものとか思ってないだろうな」
「? なんのことだ?」
「おまえ……アカデミーに座学がある理由がわかったよ」
「んだと!」

 コズンにはフェイがあきれている理由はわからなかったが、バカ
にされていることはわかったのだろう。
 コズンとしてはフェイの実力を目の当たりにしたからこそ、フェ
イなら何とかしただろうという確信があった。
 アカデミーのトップクラスの実力がどういうものなのか。
 認めたからこそそれを使い切らなかったフェイに腹を立ててしま
うのだった。
 そんなコズンに説明してやる気もないフェイは、村人に聞き込み
をしているレベッカのほうを何とはなしに見る。

(レベッカはさすがに気付いているはず。俺の五感と妖精族の魔力に
対する感覚の鋭さがあれば追跡は可能だ)

 レベッカがこちらに戻ってくるのを見て、横で納得いかない様子の
コズンに言い放つ。

「レベッカさんが戻ったらすぐに出るぞ。 こういうのは根本から絶
たねばな」
「根? なんのことだ?」
「詳しいことはレベッカさんにでも聴け。 ああそれと、今度は武器
を離すなよ」
「! てめぇ……」

 コズンがなにか言おうとする前にレベッカが戻ってきた。

「あー、また喧嘩して。 とりあえずやられたのは家畜だけで、人はあ
の女の子だけみたいね」

 その言葉にはコズンが飛び出したおかげで被害が少なく済んだという
意味が隠されていたが、フェイは気付かないふりをする。
 そんなフェイを仕方ないなーといった風にみたレベッカは苦笑する。

「それで、フェイはわかってるんでしょ?」
「ええ、すぐに追います」
「そうね、あれはどう見ても捕獲用よね。殺す気ならもっといいのいる
だろし」
「だから、何の話だよ!」
「急ぐほど結果はいいはず、いきますよ」
「わかった」
「おい!」

 コズンの怒声を聞き流しながらフェイは飛び大口の気配の残る先をみる。

(召喚というのが気にかかるが、まさか、な)


――――――――――――――――

2008/05/01 14:05 | Comments(0) | TrackBack() | ○Get up!!
ファランクス・ナイト・ショウ  14/ヒルデ(魅流)
登場:クオド, ヒルデ
場所:ガルドゼンド国内
--------------------------------------------------------------------------------

 クオドとヒルデが峠に向かい、馬を進めていた一方その頃。


 暗がりの中で数人の男達が焚き火を囲んでいる。揺らめく炎に照らし出されている顔は、どれも酷く汚れていたりあるいは傷が刻まれていたりとまるで上品とは程遠い獣の様な気配を放っている。

「その情報は確かなのか……?」

 中央に座った禿頭の男が重々しく口を開く。片目を覆う眼帯が能面のような表情に凄みを加えて対面の男を威圧する。

「た、確かでさ!例の女が騎士を連れてこの辺りに来てるのをこの目でみやし……ヒッ」

 怯えた様子の男が喋り終える前に、眼帯の男は手に持ったシミターを目の前の焚き火に叩き付けた。鼻先を掠めた死の気配に怯え、思わず尻餅をつく男。だが恐怖を与えた盗賊団のボスは恐怖する男にはまったく構わずに焚き火の中からシミターを引き上げる。その口の端には、ねっとりとした笑みが張り付いていた。

「弟よ……お前の仇は俺が取るぞ。このデアゾーネン=ベルンハルト様がな!」

 気炎を上げる男の注意を引かぬように、情報をもってきた小心者の男は小さい声で呟く。

「ただ、あの二人……なんか様子がおかしかったんだよなぁ。コレも報告した方がいいのかなぁ。でもなぁ……」

 その呟きに応えるのは、パチパチと焚き木が爆ぜる音だけだった。

            ―= ◇ = ◆ = ◇ = ◆ = ◇ =―

 森の傍の街道を二頭の馬が行く。
 前を行く葦毛の馬は装飾の少ない実戦的な馬具をつけ、その背には鎖帷子を始めとした鈍く輝く鋼の具足で身を固めた完全武装の出で立ちの若い騎士を乗せている。油断のない眼差しで辺りを警戒する騎士の足には金の拍車が輝いており、彼の身分の高さを密かに主張していた。
 二頭目は角飾りが付いた少し派手な兜を被った栗毛の馬。跨る女性は、上等な布で織られたシンプルな白いワンピースを無骨な砂色の革マントで出来るだけ隠すように気をつけながらおっかなびっくり馬を進めている。髪に挿された一目で高価と分かる羽をあしらった飾りが、身分を隠そうとする彼女の努力を無に帰しているとも気付かぬままに。


 遠目に見ただけならば、旅慣れぬ貴族の女性が護衛の騎士と共に旅をしているようにも見えるだろう。だが近づいてもう少し観察してみるといろいろと綻びが見えてくる。それは例えば他の誰かに任せたと言わんばかりに全く後方を警戒しない騎士の所作であったり、あるいはいかにも馬は乗りなれませんという装いを保ちながらも道にあるちょっとした障害――張り出した木の根であるとか――は顔色一つ変えずに乗り越えていく女性の様子であったり。

 そしてなによりも――

「あー、クオド……さん?目的地はまだ遠いの……ですか?」

「そうですね、あの峠を越えて漸く半分と言った所でしょうか。陽が落ちる前に次の町に着けると良いのですが」

 この二人の会話が聞こえるくらいにまで近くに寄った者がいるとしたら、十人中十人が遠目からみた彼らの印象を変える事になるだろう。女性は無理をして丁寧な口調で話そうとしているのがまったく隠せていないし、それに応える騎士は喋り方こそ流暢なものの見た目の年齢に反して使う言い回しがやたらと古く、どう考えても不自然さが鼻につく。



 領主から盗賊退治の依頼を請けた冒険者。――それも二人以上の一団であるか、よっぽど腕に自信がある。あるいはその両方――
 このどうにも怪しい二人の正体を考えた時に辿りつく、一番ありそうな結論がそれだろう。他にわざわざ盗賊に狙われやすそうな貴族を装うような理由はないし、生半可な腕では実際に釣られて出てきた盗賊を倒すことができないのだから。

 故に、慎重な野盗ならばむしろ彼らに手を出す事はない。目先の利益に釣られて命まで落としてしまっては意味がないからだ。そういう意味で、クオドとヒルデの試みは完全に的を外していたと言える。しかし、幸運の女神は二人を見放してはいなかった。

「……来たか」

 街道を進む二人を取り囲むように、森の中からバラバラと出てくる人の群れ。その全員が剣や槍、あるいは斧や槌といった思い思いの武器で武装し、顔には下卑た笑みを浮かべている。その中心で通常のものよりもたっぷり一回り半は大きい円月刀を肩に担いだ男が一人、怒りに燃えた視線をヒルデに送りながら、重々しく口を開く。

「可愛い弟が死んだという話を聞いてからはや数ヶ月……長かったぜェ」

 ビシッとシミターを馬上のヒルデに向けて突きつける盗賊団の首領。その動作の一つ一つに、溢れ出んばかりの純粋な怒りが篭められていた。

「今ッ!このデアゾーネン=ベルンハルトが最愛の弟、ブリント=ブランドの仇を討つ!復讐するは我に有り、覚悟しろ!」

 何もかもを置き去りにして、復讐に燃えるベルンハルトの戦いが今まさに幕を開ける。万感の思いを込め、ベルンハルトは部下達に命令を下した。いつも通りのお決まりの台詞を。

「野郎ども、やっちまえィ!」

            ―= ◇ = ◆ = ◇ = ◆ = ◇ =―

 ――ガルドゼンド シュワングラッド子爵領 アナウア砦

「クソックソックソッ!こんなハズではなかったのだ。何故この私がこんな目に……!!」

 この世に存在する全てを呪わん勢いで悪態を吐きながらエーリヒという名を持つ騎士は狭い廊下を急いでいた。
 ほんの半年ほど前には王都に居を構える貴族として何不自由ない暮らしを送っていたというのに、今のこの状況はなんだ。自慢だった真紅のサーコートは血と埃に汚れ見る影も無く、供をする部下の姿もなく一人道を急ぐ姿はどう良く見ても敗北者のそれに他ならない。

「クソックソックソッ!こうなったのも元はと言えば……!!」

 ケチの付き始めは開戦の切っ掛けとなる為にヒュッテ砦に足を運んだ辺りからだ。
 元々私はこんな辺境になど来たくはなかったのだが、王直々の命令ともなれば王都に生きる貴族としては断るわけにはいかない。『目論見どおりに戦いが始まれば魔法士と供に脱出して良い』などと言われてなんとか納得してやってきてみれば、ティグラハットの野蛮な馬鹿どもが星落とし等という凶行に走った為自分と魔法士二人のみの脱出となってしまった。しかも魔法士の腕が悪かった為(奴らは事もあろうかと急な儀式だったからだと言い訳ばっかりして自分の責任をちっとも認めようとしなかったが)、徒歩でアナウアまで歩きとおす羽目になった。貴族である自分が!

 さらにアナウアの愚図どもは流石に面と向かっては何も言いはしないものの影では『味方を見捨てて逃げ出した臆病者』等とさも知ったような口を効き、お陰でずいぶんと肩身の狭い思いもした、それを誤魔化すために近くの村へ偵察に出たりもした。王都の貴族たるこの私がだ!

 そしていよいよこの砦にもティグラハットの馬鹿どもが押し寄せてきた。ありえない速度で奇襲を掛けてきた部隊はなんとか撃退したものの、消耗した所を本隊に囲まれてはこの砦が落ちるのも時間の問題だろう。だから私はまた魔道の力を使って砦を脱しようとした。当然の事だ。私はここで死ぬわけにはいかないのだから。だというのに、砦のどこを探してもヤツらがいない。最後に立ち寄った地下房で見つけたのは、ヒュッテの地下で見た石の群れ。そう、ヤツら魔法士は己が命を投げ打ってでも護るべきこの私を置いて逃げ出したのだ!この、今にも陥落しそうなこの砦に!!



 エーリヒが自分をこのような場所へ追いやった狂王とここを襲ったティグラハットの兵達と自分を見捨てて逃げた魔法士達を等しく三十回ほど呪った所で、ようやく長い通路は終わりを告げ小さな部屋へと辿りつく。
 一見するとただの倉庫だが、この部屋にはこのような事態の時の為の――あるいは、落とされた時にここから兵隊を送り込み砦を奪還する為の――隠し通路が設えられているのだ。

「こ、ここまでくれば……」

 息を切らせながら隠し通路を開く為の仕掛けの前にたどり着き、ようやく少し表情を和らげるエーリヒ卿。だがその次の瞬間、油断した彼の背中から一本の鉄の棒が生えた。

「がッ、はっ」

 空を裂いて飛来した太矢は狙いを違えず鎧を貫き、さらにその下の薄い背肉を突き破り、生命の根源たる紅い臓器を打ち砕いた。

「うわ、背後から一撃かよ。隊長容赦ねぇなぁ」

「えー?だって……」

 痛い、と思う間もなく倒れ伏せるエーリヒ卿。聞こえてきた会話からようやく自分が撃たれたらしいと認識しながら、ある意味でとても貴族らしかった男は意識を手放した。最期の最期まで、王都で何不自由ない豪華な生活を送る自分の姿を夢想しながら。
--------------------------------------------------------------------------------

2008/05/13 20:07 | Comments(0) | TrackBack() | ○ファランクスナイトショウ

<<前のページ | HOME | 次のページ>>
忍者ブログ[PR]